───地上最強猫列伝『第四章◆屈辱!悟りを開く猫!の巻』───
───……ヒタヒタ、てしてし……。 戦猫 「にゃぁあおぉおおお〜〜〜っ!!」 冬。 その季節に身を縮めながら、俺は激しく生きていた……じゃなくて(たくま)
しく生きていた。 腹が減っては、こうして小僧やら大人やらの足に纏わりついてメシを頂いていた。 俺は流離(さすら)いの戦猫。 触ると……火傷じゃ済まないぜ? 子供 「なんだーおまえー。たべものがほしーのかー?」 戦猫 「にゃあああおおおおお〜〜〜〜っ!!」 子供 「うわっ、かわいくないなきごえっ!あっちいけこのやろー!」 戦猫 「ゴギャーッ!!!」 ゴリリッ!! 子供 「いてっ!な、なにすんだこのっ!!」 ゴリゴリ!ゴリリリリリ!!!! 子供 「や、やめろっ!このっ!やめっ……うぐっ……うわぁあーーーーん!!     いたいよー!!おかーさぁーーん!!」 戦猫 (クソジャリが!猫を猫とも思わぬその態度……恥と知れ!!) 噛み付いていた足を離してやり、俺はゆっくりとその場をあとにした。 戦猫 (この村はそろそろダメだな……他の村を探すか) ───俺は流離いの戦猫。 メシをよこさないヤツには容赦しません。 戦猫 (はぁ〜あ、ちくしょう……) さて、何故にこげな面倒なことをしているのかというと…… それは秋の頃に遡りますじゃ。 あの時、空神様に吹き飛ばされた俺は、 神の力場と空神能力の所為でこっぴどくやられました。 ようするにどちらかというと『神側』に偏らせてた能力が、 空神様の能力をぶつけられた所為で一時的に『神側』に固定されちゃったんですよね。 だから回復系は使えても、神魔融合系の月操力とかが出来ないでいます。 そもそも月操力自体が神魔融合の末だから、回復系も難儀してるんですが。 戦猫 (くそ……この俺が人にメシを強請(ねだ)らなければならんとは……) いくら強くなれても空腹には勝てんよね……。 これが生き物の限界か……? 唯一の救いは胃袋が小さいってことなんだが…… 戦猫 (既に紅葉刀閃流道場がどこにあるかも解らんこの状況……どうしたものか) しゃあない……またのんびりと旅をしますか。 どこか暖を取れる場所を探すのもよいでしょう……。 ───………… ………… 冥月 「……あれ?さっきの猫……」 光莉 「え?どうかしたの?」 冥月 「……ううん、気の所為だね。行こっか」 光莉 「うんっ、ママも道場で待ってるよっ」 冥月 「そうだね。あ〜あ、彰衛門さんも早く帰ってくればいいのね」 光莉 「パパ……なにやってるんだろうね……」 ───……春。 戦猫 「ミッション……スタート」 ダタッ!! 自分の言葉をスイッチに、俺は物陰から飛び出した!! 目標は───魚三尾!! 村人1「───!居たぞ!捕まえろ!!」 村人2「おのれっ!今日こそは捕まえてやるぞっ!!」 ───俺は漆黒の戦猫。 古き時代を駆ける流離いのロシアンブルーだ。 村人3「なんとしても捕まえろっ!!城からも捕り物状が出てるんだ!褒美も貰える!」 村人 『おおっ!!!』 今やこの付近の村人でこの猫を知らない者は居ないというほど、 俺は尋常ならざる働きをしてきた。 しかしこれも生きるため……貴殿らの食料、頂戴致す!! ガブリッ!! 村人1「あっ───魚が取られたぞ!!」 村人2「ちくしょう!俺達が苦労して手に入れた魚を!」 甘い……甘いぞ貴君ら。 苦労とは……心労とは、こういうことを言うのだ。 我輩を見ろ、貴君らとの戦いの日々に、もうボロボロだ。 それでも尚、生存競争に君臨する我輩に対し、 苦労を知らぬと言うかのような言動……───恥と知れ。 村人1「このっ!」 ブンッ───スカッ。 村人1「あっ……」 甘いな、人の子よ……。 我輩はその程度では屠れぬよ……。 さらばだ、人の子よ……。 村人2「ああっ……!逃げられたっ……!!」 村人3「くそっ……!!」 ───……夏。 戦猫 「くっそ……熱いな……」 毛が夏の毛に生え変わる頃、俺はピチャピチャと小川の水を舐めていた。 月操力も戻りつつある……あと少しの辛抱だ。 月操力が戻ったら……えーと、なにするんだっけ? 戦猫 「……鰹節」 えーと……うん、確かそれでよかった筈。 どこかに戻らなけりゃならんかったような気がするけど思い出せない。 戦猫 「FUUUUM……」 久しぶりに訪れた小川に化け物の気配は無い。 今のところはタイムマシンのボスが押さえつけておいてくれてるらしい。 そうだよな、この時代じゃあまだ悠之慎と彰衛門があいつを殺してないしね。 そもそもこの時代に『彰衛門』が降りるのはあと一年と数ヶ月後。 確か夜華さんが16あたりの頃の筈だったからね。 戦猫 「しっかし……いつまで経っても水には馴れませんなぁ……」 恐るべし、猫の本能……! まあそれはそれとして、おいおい馴れるとしましょう。 それまではまた、どっかの村でのんびりと───ややっ? 猫  「にゃ〜」 ───ドックン!!! 戦猫 「ややっ!?」 ふと見た視線の先に、一匹の猫。 そげな猫を見た途端、胸がトキメキやがりました。 な、なにごと……!? どっくんどっくんどっくん……!! 戦猫 「動悸が激しい……!呼吸もだ……!ど、どうなっちまったんだ俺の体……!!」 こんなことがあっていいのか……!? だが……嗚呼だが!! 俺は今、目の前のメス猫に惹かれているッッ!! ひょっとしてこれが噂に聞く『発情期』!?  ◆発情期───はつじょうき  メス猫は7月に発情期が訪れ、  その発情するメス猫を見たオス猫は発情すると言われている。  つまり普段はオス猫に発情期などなく、メスの発情期が訪れない限りはてんで平気。  *神冥書房刊『愛の歌-勝手にシンドバット-』より 戦猫 「よ、よせ!俺の体よ!本能よ!     猫の本能なぞに負けるな!つーか負けないでプリーズ!!お願い!マジで!!」 必死に抵抗! こげな場面で大人の階段なんぞ登りたくありません!! ボクはまだシンデレラじゃなくていいんです!!! ガラスの靴もいりません!! だから!だからぁああっ!! 戦猫 「イヤァアアーーーーーッ!!!体が勝手にメス猫の方にィイイイーーーッ!!!」 一歩一歩を全力で止める!!……止めている筈なのに!! すげぇよ猫の本能って!てんでコントロールが利かねぇ!! 戦猫 「くっそ……!!ゲッタウ!ゲッタウヨ!!失せろメス猫!!     わ、我が貞操……斯様なところで潰えさせるわけにはいかぬのだ……!!」 漢として……!漢としてぇええええっ!!! うおおお!!止まりやがれ体!!これ以上メス猫に近づいたら理性が保てねぇ!! つーか猫相手に理性無くすなんて末代通り越して地獄までの恥ですよ!! 戦猫 「ちくしょ……ちくしょおおおーーーーっ!!!」 ───ベジータは泣いた。 生まれて初めて知る絶望を前に、誇り高きサイヤ人の王子は泣いたのだ。 恐怖から体が震えるのも初めてだった。 ……その気持ち……今なら解る。 悔しくてしょうがないです。 俺が今まで守ってきた漢が猫に奪われようとしている……。 しかもそれを防ぐ理性までもが、猫の本能に握られているという屈辱……。 猫として生きるのもいいとは思ったが、『漢』までもを捨てる気など無かった。 ───これが屈辱でなくてなにかね!! 戦猫 「ちくしょおおおーーーー!!ちくしょおおおおーーーーーっ!!!!!」 涙が止まらない。 俺は……俺の歴史はこんなところで……!! ……やがて、メス猫がすぐ目の前に居る場所まで辿り着いてしまった。 俺は無念からか、自然と目を瞑り……血が出るほどに歯を食いしばりそうになった。 だが───そこにこそ、起死回生はあったのだ。 戦猫 「あ……」 そう。 『口は自由に動かせる』のだ。 ならば─── 猫  「にゃ〜?」 戦猫 「フッ───俺は漢だ……!おなごにもメスにも手は出さんわぁっ!!     轟天弦月流奥義───毒霧!!」 ブシィッ!! 猫  「ゴギャーーッ!!?」 歯を噛み締めた際に気づいた突破口……毒霧袋を潰して勢いよく吹き出した!! そのお陰かその場に毒霧の臭いが舞い、一時的にでも発情期フェロモンを抑えてくれた。 戦猫 「うおおおおおーーーーーっ!!!とんずらぁあああーーーーっ!!!!」 俺は走った……。 脇目も振らず、まるで最大の恐怖から逃げるかのように無様に……。 それも仕方の無いことだったのだ。 勝利に彩られていた人生がその実、 猫に破壊されるような絵空事だったことに気づいてしまったのだから。 戦猫 「解っていたよ烈海王……わたしこそが敗北者だったのだッッ……!!」 しばらくの間、悔し涙は治まりそうにはありませんでした。 だが、お陰で決意を新たにした。 絶対に悟りを開いてみせる。 戦猫を超越し、かならず猫の全てを超越した存在……悟り猫へとクラスチェンジしてやる。 いつか俺に涙を流させたこと……後悔させてやるからな!メス猫どもめ!! ……などと理不尽な怒りを残しながら、夏は過ぎてゆく。 ───……時は巡り、とある秋。 紅葉   「ふうっ……今日はここまで」 氷雨&冥月『あ、ありがとう……ございましたぁっ……』 どしゃっ。 ママと冥月ちゃんが倒れた。 最近ずぅっとこんな調子が続いてる。 意外なもので、『弟子はひとりしかとらない』と言っていた紅葉さんは、 ママと冥月ちゃんを教え導いていた。 けどそれは、確かに基本的な事柄だけで…… 冥月 「は、はぁ……」 氷雨 「はっ……はっ……」 事実、『刀技を教えているわけじゃない』から弟子をとったとは言わないんだと思う。 光莉 「〜♪」 わたしは肩で息をしているふたりを眺めながら、昼餉の準備をしている。 この時代に来てからあと少しで一年という頃、わたしももうこの時代に馴れ始めていた。 問題があるとすればパパが傍に居ないこと。 甘えたい時に甘えたい人が居ないと、なんとも寂しいもので…… わたしは最初こそ、うじうじと塞ぎこんだものだ。 何を言われようが一緒に旅に出ればよかったと。 光莉 「ご飯、もうそろそろ出来ます」 紅葉 「そうか、助かる」 冥月 「は、はう……!は、吐かないかなぁ……」 氷雨 「気分が悪いなら少し休んでから食べればいい……。     わたしも、最初はそうだった……」 冥月 「うう……刀技の道って険しいです……」 ふたりは道場の床に座り込んだまま、しばらくはそうして動かなくなっていた。 時々聞こえる話し声は、刀技のことやパパのこと。 パパ……今なにやってるのかな。 紅葉 「そうだ、お前ら知っているか?以前から噂されている猫のこと」 氷雨 「猫……ですか?」 紅葉 「ああ。お尋ね者にもなっていて、捕まえれば褒美として金まで貰えるらしい」 氷雨 「猫がお尋ね者……───猫、ですか……」 冥月 「………猫って」 紅葉 「なんだ、心当たりでもあるのか?」 光莉 「なんの話……?」 冥月 「あ、光莉ちゃんこっちこっち」 光莉 「うん」 猫が好きなわたしはなんだかその話が気になって、お話に混ぜてもらうことにした。 そうすると冥月ちゃんが自分の隣の床を軽く叩いて、座る場所を促してくれる。 わたしは冥月ちゃんの隣に座って、その話に耳を傾けることにした。 紅葉 「それで、心当たりは?」 氷雨 「いえ、あの……心当たりかどうかは解らないのですが、     古き時、わたしはとある猫と出会いまして」 紅葉 「ふむ」 氷雨 「言葉を話したり後ろ足二本で歩いたり、とにかく滅茶苦茶な猫でして……」 冥月 (うわ……彰衛門さん、記憶消さなかったんだ……) 光莉 「冥月ちゃん?」 冥月 「あっ、あやっ!ううん!なんでもないのっ!」 光莉 「……?」 冥月ちゃんは慌てて取り繕うように笑った。 なにか知ってるみたいだけど…… 氷雨 「そうか……この時代はあの時の……。     それならばあの猫が居てもおかしくはない……」 光莉 「ママ?」 氷雨 「うん?ああいや、なんでもないんだ光莉。少し懐かしい気分に浸っていた」 光莉 「……?」 やっぱりよく解らなかった。 紅葉 「最近ではそうでもなくなったらしいが、     少し前までは食料の強奪をしたり人に襲い掛かったりと大事だったらしい。     そこでだ。先日、わたしのもとに討伐願いが出された。     わたしは行ってみようかと思うんだが……お前らはどうする?」 冥月 「えっ……それはやめた方が……」 氷雨 「行きます。もしその猫がわたしの知る猫ならば、     なにがその猫をそんな姑息な猫に変えたのか、見てみたい」 冥月 「あぁあぁぁぁぁぁあ……」 光莉 「冥月ちゃん?」 頭を押さえながら俯く冥月ちゃん。 やっぱりなにか知ってそうだけど、事情が複雑そうだし訊かない方がいいかもしれない。 紅葉 「それでは昼餉を食したら出かけるとしよう。     猫が住むと言われている洞窟は、裏手の山にあると言われている」 氷雨 「はい」 冥月 「………」 光莉 「…………?」 結局なんにも解らないままに食を囲むことになった。 冥月ちゃんの苦悩が気になりながらも、 わたしは冥月ちゃんが話してくれるまでは待ってみようと思った。 ───……。 紅葉 「では、行くとしよう」 氷雨 「はい」 紅葉さんと氷雨さんが刀を持ち、立ち上がった時にはもう逃げ場はなかった。 なんとしたことか……恨みますよ彰衛門さん……。 紅葉 「光莉はどうする?ここに残るか?」 光莉 「はい。なんだか行っちゃいけないような予感がして……」 紅葉 「……?そうか。なら留守番だ、任せたぞ」 光莉 「はいっ」 冥月 「光莉ちゃん……」 残ると言った光莉ちゃんは、きっとなにか予感的なものを感じたんだろう。 行ったところで変わり果てた彰衛門さんを見て唖然とするだけ。 だったら、確かにここに残っていた方がいいのかもしれない。 冥月 「じゃあ、行ってくるね」 光莉 「うん。なにに悩んでたのかは解らないけど……     向かった先でそれが晴れるといいね」 冥月 「光莉ちゃん……」 わたしに出来た初めての友達は、にっこりと微笑んでわたしの背中を押してくれた。 さすがは彰衛門さんに育てられた娘だ。 心の中は純粋で、少し子供っぽいところもあるけど─── その深層にはとってもやさしい『人を思い遣る心』がある。 彰衛門さんの場合、からかうことが先行して思い遣りが後回しになるけど、 光莉ちゃんはからかうことをしない分、やさしさを直接感じられる。 ……もっとも、彰衛門さんの前だと『甘えたい』って気持ちが先行して、 ちょっと口数が少なくなったりするけど……うん、わたしはこの娘が大好きだ。 最初の友達がこの娘で本当に良かった。 冥月 「それじゃあ」 光莉 「うん、頑張って」 わたしは光莉ちゃんに見送られながら、ゆっくりと裏手の山を目指して歩いた。 ───……。 氷雨 「いい娘だな、光莉は」 冥月 「氷雨さん……聞いてたんですか?盗み聞きはよくないですよ」 氷雨 「聞いてたんじゃない、聞こえたんだ。彰衛門みたいなことを言うな」 冥月 「あははっ……すいません」 無意識に『盗み聞き』とかいう言葉が出るあたり、 わたしは光莉ちゃんとは違って彰衛門さんの『からかい部分』ばっかり覚えたんだろう。 うう、ちょっと自己嫌悪。 でも彰衛門さんの『暗い雰囲気を明るくする方法』は、 普段からこれくらい言えなきゃ勤まらない。 自己犠牲の感が強すぎるけど、それでも彰衛門さんは簡単にやってのけるから凄い。 わたしは殴られたり蹴られたりするって解っていながら、 からかい続けることなんか出来ない。 氷雨 「なぁ冥月。何故……刀技を身に着けようなんて思ったんだ?     お前や彰衛門が住む現代はこれといった争いは無い。     無理に覚える必要なんかないだろう」 冥月 「む、確かにそうですけどね。わたし、悔しかったんです」 氷雨 「悔しい?何故」 冥月 「わたしには……彰衛門さんに思いっきりぶつかるくらいの度胸がないんです。     氷雨さんみたいにからかわれれば怒鳴りあって、隙あらば斬って、なんて……     彰衛門さんと旅をしてて、     わたしにはそういうものが無いんだなって解っちゃって」 氷雨 「……冥月。『隙あらば斬る』というのは、     あいつがわたしをからかうからであってだな。     わたしは別に好きで斬っているわけでは……」 冥月 「でも凄く楽しそうにしてます。ご自分で気づいてませんか?     彰衛門さんと一緒に居る時の氷雨さん、凄く隙だらけです。     楽しそうで、幸せそうで……この数ヶ月、     彰衛門さんの居ない場所での氷雨さん見てたらよく解りました」 氷雨 「なっ……なにを……」 氷雨さんが顔を逸らす。 恥ずかしくなった時の氷雨さんの癖だ。 それは肯定を意味している。 冥月 「光莉ちゃんも甘えたい時には遠慮なく甘える娘です。     全力でぶつかって、笑って……。ほら、わたしだけじゃないですか。     わたしだけが彰衛門さんに全力でぶつかってない。     100年以上も一緒に居たのに、わたしは……」 氷雨 「………」 胸が苦しかった。 こういうのを嫉妬感とか、悔しいとか言うんだろう。 そう……わたしはふたりに嫉妬している。 彰衛門さんに基本的にからかわれる氷雨さんや、 彰衛門さんに基本的に可愛がられてる光莉ちゃんに。 わたしにはそのどちらもなくて、それが悔しくて仕方が無いんだ。 だから追うしかない。 刀技を身に着ければ───もっと素直になれれば、 彰衛門さんはきっと、もっとわたしのことを気にかけてくれるんじゃないかって─── 氷雨 「……勝手なことばかり言うな、馬鹿者」 冥月 「え───?」 耳を疑った。 今、氷雨さんはなんて───? 『勝手なこと』って……言ったの? 冥月 「なんですかそれ……     彰衛門さんに構ってもらえる氷雨さんに勝手だとか言われたくないですよ……」 氷雨 「子供だな」 冥月 「子供ですよっ!だから構ってもらいたいんじゃないですか!」 氷雨 「お前は彰衛門がひとりで行こうとしていた旅に連れて行ってもらえたんだろう?     それは、構ってもらえているとは言わないのか?」 冥月 「そういう問題じゃあありません!     わたしと彰衛門さんが遠慮なく向かい合えなければ旅に出れたって同じです!」 氷雨 「……やれやれ。母に似てなんとやらというやつか……。     聞かされた時は驚きもしたが、この物言いには納得出来るものがある……」 冥月 「なんですかっ!言いたいことがあるならハッキリ言ってください!」 氷雨 「解った、言いたいことを言おう。『今言った言葉、全部彰衛門に向けて言え』」 冥月 「なっ……」 なんてことを言うんだこの人は。 それが出来ないから、恥ずかしいからこうして悩んでるっていうのに。 大体自分はどうなんだろう。 彰衛門さんを前にすると、思うことを言えなくなるような人がこんなことを……! 氷雨 「……出来ないし恥ずかしいだろう?わたしとて同じだ」 冥月 「え……?」 氷雨 「わたしはな、冥月。彰衛門と全力でぶつかっていられてるわけじゃないんだ」 冥月 「……嘘つかないでください」 氷雨 「最初から嘘と決め付けるな……彰衛門かお前は……」 冥月 「あう……」 これはもう一種の癖だろう。 真面目な空気が漂うと、自分からそうしたにも関わらず……そんな空気を砕きたくなる。 氷雨 「冥月。お前には彰衛門から教わったものがたくさんあるだろう?     楽しむことだったり悲しむことだったり。     それは長い間彰衛門と共に居られたお前にしかないものであり、     わたしや光莉では到底受け取れられぬものだ。     お前がわたしや光莉を羨むとするなら、わたしや光莉こそがお前が羨ましい。     わたしや光莉には……彰衛門とそれだけの時を生きることは出来ないからな」 冥月 「あ……」 そう、なのかな。 確かにわたしは彰衛門さんと一緒に誰かをからかうことが出来て、 そんな瞬間が楽しくて、面白くて…… さらにからかおうとする彰衛門さんの勢いに乗らず、 驚く彰衛門さんを見るのも楽しくて…… それは───それは確かに、わたしと彰衛門さんの間にしかない確かな絆で─── 冥月 「……なんだ、そっか……」 考え方が悪かったんだ。 わたしは彰衛門さんの、なんでもかんでもが欲しくなっていた。 思いっきり騒ぎたいしぶつかりたいし、思いっきり甘えたいし甘えさせて欲しい。 そんなことを考えて、独占欲ばかりを走らせてつまらない嫉妬をしてしまった。 でも……どうせだったら遠慮なく騒いでいたいから。 だから、今度は─── 冥月 「解りました氷雨さん。目が覚めた気分です」 氷雨 「そうか、それはよかった」 冥月 「ですから刀技、教えてくださいね」 氷雨 「───待て。何故そうなる」 冥月 「だってどうせだったら彰衛門さんと思いっきり騒ぎたいじゃないですか」 氷雨 「………」 冥月 「わたし、頑張りますよっ?」 もっと強くなろう……心も体も。 肝心な時に、もう迷わないように。 氷雨 「……楓さま……。わたしは今ほどあなたの性格が恨めしいと思ったことは……」 何かをぶつぶつと言う氷雨さんの腕に抱きついて、わたしは上機嫌で山を登った。 ───……。 紅葉 「ここだ」 歩き始めて数時間。 その洞窟は高い位置にあった。 冥月 「この中に猫が……?あまり想像出来ませんね……」 中からは寒いくらいの風が吹き抜けている。 この穴自体がどこかの穴に通じているのかもしれない。 冥月 「えと……とりあえず、行きますか?」 紅葉 「ああ。中は暗い、気を引き締めろ。     動くものを見て『嫌な気配』を感じたら迷わず攻撃に転じろ」 氷雨 「はい」 冥月 「了解です……あ、わたし明かりを作れますよ?どうしましょうか」 紅葉 「……そうか、冥月は不思議な術が使えたな。頼めるか?」 冥月 「お任せあれですっ」 頼ってもらえるのは嬉しいことです。 わたしは意気揚々と月醒光を使って洞窟の中を照らした。 紅葉 「では行こう。あまり焦るようなことはしなくていい。まずは様子を見る」 氷雨 「はい」 冥月 「はい」 ゆっくりと中へ入ってゆく。 けど……予想通りに寒い。 どうなってるのか訊ねたくなるくらいに寒かった。 こんなところに……本当に猫が住めるんでしょうか。 紅葉 「……うん?行き止まりだ」 冥月 「あれ……?」 少し歩いただけで、もうその洞窟は行き止まりだった。 けど───よく見てみると、その行き止まりの壁に─── 氷雨 「書記ですね……」
   『貴君らがここを訪れることは悟っていた。     悟りを開くとともに復活した我が力、侮ることなかれ……                          ───かしこ、悟り猫(さとりねこ)
冥月 「あ……」 しまった……月視力で見られていたんだ。 どうして逃げるのかは知らないけど、間違い無い。 この洞窟に居たのは間違い無く彰衛門さんだ。 そもそもどうして『かしこ』って書いてあるんだろう。 猫のくせに何気に達筆なのが余計にムカつきます。 紅葉 「面妖な……猫は文字を書けるのか?誰かの悪戯では……」 氷雨 「いえ。この世には人の言葉を解す猫も居るのです。     書記程度で驚いていては、本物に出会った時に驚きますよ……」 冥月 「そうですよね……」 また食人鬼なんかになってたら、正直ついていけない。 あれはもう驚いていられる余裕すら与えてもらえないから。 ゴゴ……ゴゴゴゴゴ…… 冥月 「……あれ?なんの音です?」 紅葉 「───光が閉ざされて……しまった!!出口を塞がれている!!」 氷雨 「なっ───くそっ!!」 紅葉さんと氷雨さんが駆ける。 だが───時既に遅し。 出入り口は巨大な岩で塞がれてしまった。 氷雨 「ッ……くっ!出口が……っ」 声  『……人の子らよ。この悟り猫に何用だ……』 氷雨 「なにっ!?何者だ───何処に居る!!」 冥月 「氷雨さんっ、外です!」 声は岩の向こうから聞こえてきている。 その声は紛れも無く、猫化した彰衛門さんの声だった。 冥月 「なんで!?なんでこんなことするんですか!?」 声  『何故……?おかしなことを訊くのだな、人の子よ……。     ならば問おう……人の子よ、貴君らは何故、我輩の住処を荒らしに来たのだ……』 冥月 「荒らしに来たんじゃないですよ!     ただ本当に村を荒らしているのかどうかを調べに来ただけです!」 声  『……少しは上等な理由を期待したのだがな……期待外れだぞ人の子よ……。     しばらくそこでそうしているとよいだろう……。     我輩はこの中に居ない人の子と語らいに行くとしよう……』 声が遠ざかってゆく。 この中に居ない子……?───光莉ちゃん!! 冥月 「やめてよっ!!光莉ちゃんに手を出したら許さないよ!?」 …………。 返事はなかった。 それはつまり、彰衛門さんが既にこの場に居ないことを表明していた。 ───……。 光莉 「……うんっ、美味しいっ♪」 夕餉の下準備をしていたわたしは、パパに習った料理を存分に振舞って上機嫌だった。 やっぱりパパは凄い。 こんなにも美味しいものが作れちゃうから。 光莉 「パパ、早く帰ってこないかなぁ……」 約一年くらい……かな。 もうずっとパパの顔を見てない。 光莉 「うう……」 パパの顔を思い出しただけで、少し幸せな気持ちになる。 あの大きな体に抱きついて、また頭を撫でてもらいたくなる。 ……パパの傍は、本当に幸せだ。 ぽかぽかした気持ちになれて、もうそれだけで満足になってしまう。 光莉 「一応わたし……高校生にもなったのにね……」 それでもパパの前ではまるっきり子供だった。 メルティアだった頃の記憶もあるのに、パパの前ではとろけてしまう。 『凍弥さんが好きだった』っていう気持ちも、 いつしかパパを思う気持ちに飲み込まれてた。 結論……わたしは本当に子供だ。 でもパパの傍が好きだから仕方がない。 ───災狩の役目を果たして光になって……パパの娘として生まれた時、 わたしの中にはいろいろな記憶があった。 聖だった頃の記憶、堕ちてメルティアに頃の記憶、パパに出会った頃の記憶、 椛ちゃんや浅美ちゃんと一緒になって笑い合った記憶。 そのどれもが確かなわたしの記憶で、 だけど……本当に楽しかったのはパパに出会えてからの記憶だった。 メルティアの記憶……『凍弥さんが好きだった』って記憶を持ってる今なら解る。 わたしはきっと、パパのことが誰よりも……───ヒタッ。 光莉 「?」 妙な音が耳に届いた。 何気なく首を傾けて自分の後ろを見てみると…… そこに黒い服を着て二本足で立っている猫が居た。 それも前足で腕組みをしながら立っている……。 光莉 「えっと……」 猫  「我輩、悟り猫と申す者。怪しい者ではありません。どうか、事を荒げぬよう」 光莉 「は、はい」 どこか遠い目をした悟り猫さんがヒタヒタと歩み寄ってくる。 光莉 「猫さん……喋れるんだね」 悟り猫「人の子よ……我輩は悟り猫。『猫さん』などという呼び方はご遠慮願いたい」 光莉 「あ……ごめんなさい。せっかく名乗ってくれたのに……。     わ、わたし、光莉っていいます。     よろしくね、『悟り猫さん』……で、いいのかな」 悟り猫「……然り」 コクリと頷く悟り猫さん。 その体を纏ってる黒い服が、はたはたと揺れている。 ……不思議だね、風もないのに。 光莉 「それで……悟り猫さん。悟り猫さんはなにを悟ってるの?」 悟り猫「我輩か……?我輩はな、猫の弱点である水を克服し、     メス猫の発情期にも耐えることに成功したのだよ……。     長い……長い精神修行であった……。だが、それ故に我輩はもう挫けぬ。     今では水の中をクロールで泳げるほどなのだからな……」 光莉 「猫が……クロール?」 少し想像してみた。 …………怖かった。 悟り猫「時に人の子よ……」 光莉 「むっ!だめだよ悟り猫さんっ!わたしもちゃんと自己紹介したんだよっ?     名前で呼んでくれないなら、わたしも『猫さん』って呼ぶよっ?」 悟り猫「む……これは迂闊。この悟り猫としたことが。許したまえ人の子よ」 光莉 「『人の子』じゃないよぅ……」 悟り猫「なんと……貴君は人の子ではなかったのか……。     ではどのような種族なのだ……?我輩にそっと教えてたもれ」 光莉 「そ、そういう意味じゃなくてっ!     わたしのことは光莉って呼んでくれなきゃダメってことだよっ!」 悟り猫「……そうだったな、人の子よ。許したまえ」 光莉 「うぐぐうぅ……」 悟り猫さんは全然わたしを光莉って呼んでくれなかった。 それが、どうしてか凄く嫌だ。 この悟り猫さんに名前で呼んでもらえないのが凄く凄く嫌だった。 悟り猫「許せ、人の子よ……。我輩は悟り猫であるが故、     人知を超えたような言葉で話さねば格好がつかぬのだ……」 光莉 「でも……」 悟り猫「───そこまでだ人の子よ。どうやら戻ってきたらしい」 光莉 「え?」 戻ってきたって……? 悟り猫「足音が聞こえたのだ。……数はみっつ。恐らくは我輩を狩りにきた者どもだろう」 光莉 「え……それじゃあ悟り猫さんが噂の猫……?」 悟り猫「どのような噂が流れようとも我輩は我輩。     言葉を飲むだけが人の知恵だとするならば、     信念は己が胸の中で灰燼と化すと知れ、人の子よ。     人の言葉のみに流されるようでは、まだまだ青い」 てしっ。 光莉 「ひゃうっ!?」 悟り猫さんがわたしの足に前足を付けた。 それがひやりとしていて、驚いてしまった。 悟り猫「ここはもう、我らが居座るべき時代ではないのだ……。     さあ行きましょう、猫神様を探す旅に……」 光莉 「ね、猫神様って……?」 悟り猫「それはおいおい話すとしよう……。さあ───」 ───……。 冥月 「光莉ちゃんっ!?」 道場の引き戸を開け放って中を見た。 ……けど、光莉ちゃんの姿はどこにもなく─── その場に乱雑に転がっている置物や木刀が、その惨状を物語っていた。 氷雨 「っ……これは……」 紅葉 「………」 おそらく先ほどまでここに居たであろう光莉ちゃんの気配はもうしない。 なにがなんだか解らない。 冥月 「あっ───」 理解出来ない状況に苛立ちが高まっていった頃、 道場の床にある赤いものを見つけて駆け寄った。 冥月 「これは───ダイイングメッセージ!?」 床には血で何かが書かれていた。 それはこんな文字だった。 『犯人はヤス』 冥月 「誰ですかっ!!」 思わず大声でツッコミを入れてしまったのだった。 間違いようがありません……!!これは絶対に彰衛門さんの仕業……!! 冥月 「月視力……!!」 わたしはその場で月視力を展開させて、この場所の過去を見た。 すると……自分の手を爪で切って、ご丁寧に血文字を書いている猫が居た。 その傍らで、光莉ちゃんがそれを見守っていた。 ……なんだか全然緊迫感がなかった。 冥月 「……あ」 そんな緊迫感ゼロの景色の中、発動する月空力。 これは歴間移動───ということは、 彰衛門さんと光莉ちゃんはもうこの時代には居ないということで…… 冥月 「氷雨さんっ」 氷雨 「ど、どうしたっ?なにか手がかりでも見つかったかっ!?」 氷雨さんが駆け寄ってきて、まず足元の血文字に気づいた。 氷雨 「『犯人はやす』……!?くっ……なんと健気な……!     光莉……わたしたちのために、こんな血文字を残すとは……!」 冥月 「……………」 なんだか彰衛門さんが氷雨さんをからかう理由がよく解った瞬間でした。 簡単に騙されるから面白い。 そんな氷雨さんに月視力で過去を見せると、顔を真っ赤にさせてそっぽを向いてしまった。 ……うん、こんな反応も確かに面白い。 とまあ氷雨さんで遊んでいる場合じゃなくて。 わたしたちも彰衛門さんを追わないと。 冥月 「氷雨さん、彰衛門さんと光莉ちゃんは現代の一歩手前に転移してます。     わたしたちも───」 氷雨 「あ、ああ……だが……」 チラリと、氷雨さんが紅葉さんを見る。 でも状況を悟っていたのか、紅葉さんはただ頷いた。 そして言う。 『行け』、と。 氷雨 「───っ……はいっ!」 冥月 「じゃあ───行きますよっ!」 氷雨 「ああっ!」 冥月 「月空力!!」 光が溢れる。 綺麗な光の粒子が宙に舞う中、紅葉さんが氷雨さんに言った。 紅葉 「皆伝の答え……自分で切り開いてみせろ。     飛燕龍と四聖刀覇を極めたお前がわたしの型を見たのなら、     自ずとその型の派生に気づけるだろう。     あとは……お前が新たな型を作ればいい。     それが出来たなら……お前が教える者となれ」 氷雨 「……気づいて……いたのですか」 紅葉 「お前が訪れた当日にな。あの男が教えてくれた」 氷雨 「なっ……!ひ、人の気も知らずにあの男はぁああっ……!!!」 紅葉 「そう言うな。お前にはああいうくらいの男が合っているのかもしれない」 氷雨 「ごがっ……?!やっ……い、いえっ……母上!?     あ、あの男とわたしは、べつにそういった関係ではっ……!!」 紅葉 「ふふっ……顔が赤いぞ、夜華。如何なる時にも隙を見せるなと何度教えた?」 氷雨 「うぐっ……」 うわ、ほんとに真っ赤だ。 氷雨さんって彰衛門さんのことになると本当に弱いですよね……。 氷雨 「……あの、母上。ひとつだけ教えてください。     わたしは……何故母上に破門を……」 一呼吸置いて───恐らく、ずっと不安だったであろうことを氷雨さんが訊いた。 紅葉さんはそれを訊かれることを先読みしていたかのように口を開いた。 紅葉 「……迷うな。どんな過程があれ、お前がこうして幸せそうに刀を振るっている。     迷うくらいならば、それを答えにしてしまってもいいんじゃないか?」 氷雨 「───……母上……」 紅葉 「信念に生きろ。     破門を言い渡しても刀を捨てなかったお前だからこそ、わたしは胸を張れる。     そんなお前だからこそ、わたしの刀技の行く末を預けたい。     『紅葉刀閃流』の名などどうでもいい。お前はお前の刀技を磨け。     それがお前の、お前だけの紅葉刀閃流になるだろう」 氷雨 「……はい、母上」 光が溢れる。 会話のために引き伸ばしていた月空力を解放したためだ。 氷雨 「さようなら、母上……。     もう会うこともないのでしょうが……また会えて嬉しかった」 紅葉 「わたしもだ。こうして謝ることが出来てよかった」 氷雨 「はっ───母上っ!?」 紅葉さんは氷雨さんに頭を下げた。 それは恐らく、 娘として拾っておきながらも家を追い出してしまった無責任さへの償いなんだろう。 紅葉 「お前の居るべき時代が幸福に溢れていることを、ただ願う」 氷雨 「母上っ!わたしは───」 やわらかく微笑む紅葉さんに、氷雨さんは何かを叫んだ。 でも次元転移の光に遮られて───きっとその言葉が届くことはなかった。 『わたしは、あなたの娘でいられて幸福でした』 ───氷雨さんはきっと、そう言いたかったんだと思った。 Next Menu back