───地上最強猫列伝『第六章◆販売!メイド服を売る猫!の巻』───
───……。 悟り猫「さて……」 てくてくと歩く中、擦れ違う人々の憧れの眼差しを一身に浴びながら考える。 腹が減った、と。 悟り猫「金はさっきの無礼なドブルベイベーからかっぱらったからいいんだが……」 問題は何を食うかだ。 ちなみに金は全部奪ったわけではありませんよ? 奪ったのは千円です。 悟り猫「しかし……このような薄っぺらな紙幣が、時に人の命さえも脅かすとは……」 世も末とはよく言ったものぞ。 さてそれはそれとして、やっぱり何を食うかなんだが───む!! 悟り猫「あれに見えるはラーメン屋ではありませんか……」 猫にとって、ラーメンなどの熱いモノは天敵。 だが、この悟り猫は熱さをも克服したのだ。 さすがに夜華さんの口内江戸っ子症候群の熱には耐えられんけど。 悟り猫「しからば、メシはラーメンにしませう」 もちろん大盛りで。 ラーメンってどうして大盛りで頼みたくなるよね。 などと考えつつ、俺はラーメン屋の引き戸を開けるのでした。 親父 「ヘイらっしゃ───あれ?」 親父が威勢のいい声で迎えてくれた。 くれたけど……途中で止めてしまった。 親父 「……誰も居ないな」 気づいてないらしい。 さすがにカウンター越しじゃあ見えませんか? 悟り猫「失礼、大盛りラーメンを所望したいのだが」 親父 「あいよっ───おぉっ!!?」 悟り猫「?」 おっさんが何かに驚いた。 こっち見てるが……後ろを見てもなにもない。 悟り猫「おやっさん、もしかして霊とか見える人?」 親父 「……猫、だよな?」 悟り猫「いかにも?拙者、歌って踊れる猫でござる。名を悟り猫。よろしく」 親父 「…………疲れてるんかな」 おやっさんは目頭をぐっぐっと押している。 だがそげなことよりもラーメンを作っていただきたいのだが…… 悟り猫「親父、ここはラーメンを作る店であって、差別をする店ではござらんでしょう?     ならば拙者にラーメンを振舞ってほしいのですが」 親父 「あ、ああっ……わ、解ってる!そりゃ解っちゃいるがっ……」 チラチラと俺を見る親父。 むう……威勢の良さそうな親父さんなのにねぇ。 しゃあない、ここはひとつ当たり障りの無い話で気を紛らわせるか。 悟り猫「時に親父」 親父 「な、なんだ?」 悟り猫「この店に隠しメニューとかはござるか?」 親父 「ああ……あるが」 悟り猫「むむっ、気になりますな。どんなメニューでござる?」 親父 「………」 悟り猫「………」 親父が俺の目を見る。 そしてどこか呆れるように息をひとつ吐くと、ニカッと笑ってみせた。 親父 「おうっ、ウチの隠しメニューはな、『野菜だけてんこもりラーメン』ってんだ」 悟り猫「野菜だけてんこもりラーメン……ですか?」 親父 「ああ。子供ン頃ここで働いてた子が居てな。     ありゃあ今年の春頃だったかな……新メニューに悩んでたところに、     そいつが案を出してくれたってわけだよ」 悟り猫「ほほう……失礼、ならばその隠しメニュー、食したいのですが」 親父 「最初のラーメンは取り消しか?」 悟り猫「然り。大盛りでお願いします」 親父 「おうさ了解だ!待ってな、腕に依りをかけて作るぜ」 悟り猫「ありがとうござる」 よかった、この店の親父は人を見る目も猫を見る目もあるようだ。 悟り猫「しかし……」 キョロキョロと見渡す。 ピークが過ぎたのか、客の姿は無いようだ。 まあだからこそ、こうやって堂々としてられるんですがね? 悟り猫「おや?」 見渡す中、ひとつの見出しを見つけた。 『超絶ラーメン。  20分以内に食べ終えたら1万円進呈。出来なかったら5000円の罰金』 悟り猫「おお……こういうヤツ実際に見たのは初めてだ……。     漫画の中のものだけだと思ってたのに」 つつ、と視線をずらしてゆく───と、ひとつの写真に目が移る。 『現チャンピオン:日野壁涼子。  スリムながらにして超絶を僅か10分で攻略した若きチャンプ』 写真の横に書いてある文字と、その写真自体に写っているおなご。 見ると、まだまだ余裕そうな顔で立っていた。 ……こげなスリムボディのおなごが食える量ってどのくらい? そげなことを思ってみたが、その写真の奥に写っている男女を見て吹き出した。 フェイスアートが美しいそのふたりは、男がおなごを背負ってる状態だった。 しかしこの男とおなごの顔、どこかで見た気が───……ああ! 解った!俺知ってるよこのふたり!! 悟り猫「この男、遙か過去で神の子にぶっちゅされてた男ぞ!?     それからこのおなごは……ちと自信はないが面影がある!     間違い無い……ジャパニーズ巫女さま!!」  ◆ジャパニーズ巫女さま───じゃぱにーずみこさま  巫女服姿の最強戦士兼便利屋。  世界各国に現れ、世界各国でさまざまな物事を助けたとされている。  既に伝説と謳われている彼女だが、最近はその名を聞くこともない。  *神冥書房刊『魔王アヤーホの軌跡』より 悟り猫「……あれ?でもなんで過去にぶっちゅされてた男がこげなところに?来世?」 ……うむ、エニグマくらいに謎だ。 しかしさっきからやたらと気になることが。 だってこの男が着てる服ってあれでしょ?殿様装束でしょ? つーことはさ……いや、まさかな。 仮にこの男が乱闘殿様スタイルをしていたとしても、咲桜純殿だとは限らん。 カンタロスみたいにニセ殿様なのかもしれんし。 悟り猫「しかしこのおなごさんは実にいい。メイド服をきちんと着こなしてますよ。     俺のメイドアイで見るに至り……素人というわけではなさそうです。     この人の着こなしは本職のものですね……いやはや実によい。     これで巫女さんじゃあなければもっとよかったんですがね……」 そう。 メイドさんと巫女さんは相容れぬ対象的象徴属性。 それを両立させようとすれば必ず不幸が降り掛かるだろう。 今、ジャパニーズ巫女さまが何をしているのかは知らんが、 恐らくはどっちかを辞めていることだろう。 親父 「あいよお待ち。野菜だけてんこもりラーメン大盛りね」 悟り猫「やや、痛み入る」 親父 「その写真、気になるかい?」 悟り猫「む?ウムス。特にこの殿様スタイルの男が」 親父 「……チャンプはそいつじゃないぞ?」 悟り猫「いやいや、気にしているのはチャンプではなくこの男自体ですよ。     拙者が探している漢が伝説として語り継がせた衣装に似ているので。     知りませんかね、乱闘殿様と謳われた咲桜純殿のこと」 親父 「……純坊がなんだって?」 悟り猫「え?」 親父 「?」 純坊……純坊と言いましたかこの親父さん。 いや、ひとまずは膳をとろう。 悟り猫「いただきます」 パキッと割った割り箸を器用に持ち、まずはスープを一口。 悟り猫「して、純坊とは?」 親父 「ああ、だから。そこの写真に写ってる殿様のことだよ。     その野菜だけてんこもりラーメンの案を出したのも純坊だ」 悟り猫「なんとまあ……マジすか」 え?なに?てーことは……神の子にぶっちゅされてた男───いや、漢って……? や、まさか。 きっと前世だったのよ。 悟り猫「しかし親父さん。このスープ……不思議な味がしますな」 親父 「そりゃあな。純坊に頼まれた時は驚きもしたが、     これはこれで常連が頼んできたりもする。     なんたって、豚骨も鶏ガラも魚も使わないんだ。おっと、材料は秘密だぞ?」 悟り猫「それはもちろんですじゃ」 いやはや驚いた。 鳥ガラも豚骨も魚も使ってない、澄んだ味わいだ。 なんだかんだでラーメンっていったら動物性のダシがベースなのに、これは違う。 これなら『肉類』を使ってないから神の子も食べられる。 しかも美味です。 親父 「しっかし驚いたね。     ウチにはいろんな客が来たが……喋る猫が来たのは初めてだよ」 悟り猫「もっと驚いてもいいですよ?」 親父 「そりゃ、他に誰かが居たら一緒になって騒いだだろうけどね。     生憎と今は俺ひとりだ。ゆっくりしていくといいさ。     お前さんの言う通り、差別をしてたら客商売は勤まらないしな。     俺は俺の味を食べてもらいたいから店を構えたんであって、差別のためじゃない」 悟り猫「おやっさん……」 ええ人や……アンタええ人や……。 俺、この神降に来て───初めてこげな人に出会えたよ……。 思えばここに来ると絶対にヒドイ目に合ってた気がする。 苦労して作った薬はかっぱらわれるわ、テレビ局に売られそうになるわ……。 だが悟ったね。 この人はいい人だ。 悟り猫「いや、美味い。美味いよおやっさん」 親父 「ああ、あんがとよ。……しかしな……差別はしないつもりだが、     猫が箸使ってラーメン食う姿って……ブフッ!」 悟り猫「おや?風邪ですか?」 親父 「くひっ……い、いやっ……な、なんでもないっ……!」 親父さんは調理場に戻って体を震わせながら咳き込んだ。 これはいかん……風邪は引き始めが肝心ですよ? まあまずはラーメンを食ってしまいましょう。 ゾボボボボボ……ゴッフゴッフ……ゴトリ。 悟り猫「喰わせモン……完了!」  ◆喰わせモン───くわせもん  ラーメン屋で汁まで残さず食すこと。  この場合、大盛りラーメンが暗黙の規定とされているような気がする。  *神冥書房刊『旨し!さらに旨し!』より 悟り猫「ごちそうサマンオサ」 親父 「くくっ……あ、ああ、あんがとさん……」 顔が赤いですな。 むう……この親父さんには神降の暖かみを教えてもらったし……よし! ここは恩返しといこうではありませんか!! 悟り猫「おやっさん!」 親父 「んあ?なんだい」 悟り猫「貴君にお渡ししたいものがござる!受け取っていただけますか!?」 親父 「………」 悟り猫「そこで黙られても困るんですがね……」 親父 「モノにもよるけど、いいのかい」 悟り猫「構いませぬ!受け取れぬものだったら、その心だけでも受け取ってくだされ!     貴君はこの悟り猫に、神降の暖かさを教えてくださった!     ならばこそ、恩返しをするのは戦士として当然!!なにとぞ!」 親父 「……今この場で受け取らないって言ったら?」 悟り猫「潔く切腹!!」 シャアッと刀を抜き、腹に構える。 それを、親父さんが音速を超える速さで止めにかかった。 親父 「はあ……猫に脅迫される日がくるなんてな……」 悟り猫「お心遣い、痛みいる」 親父 「それはそうと、なにをする気なんだい」 悟り猫「服でございます。     こう見えても拙者、服屋でして。ほら、営業許可証もこの通り」 服屋と言った途端に訝しげな顔をした親父さんに営業許可証を見せる。 親父 「……猫でも許可証は貰えるのか」 悟り猫「腕が確かなら差別などされないのです。そんなわけで、早速取り掛かりますじゃ」 親父 「ああ、もう好きにしてくれ……」 折れてくれた親父さんに頭を下げて、俺はさっそく作業にとりかかるのでした。 ───……ぎったんばっとんぎったんばっとん……ちくちくちく…… 悟り猫「………」 ぎったんばっとん……ちくちく───グサッ。 悟り猫「ぐええ痛やあぁーーーーーっ!!!!!」 針を肉球に刺してしまった。 これは痛い。 それでもさっさと癒して作業を続行させた。 ───……。 ちくちくちく……バサッ、ちくちく……。 しゅっしゅっ……ガタガタガタガタ……。 悟り猫「ンー……ここはもうちょいこうだな……よし」 ちくちくちく…… ───。 悟り猫「できたー!!」 ラーメンを食いに来てから五時間後。 俺はついに完成させたのだ───メイド服を!! 見てください!この素材から選んだ素晴らしいフォルム!! こりゃあ……こりゃあ今までの俺の作品の中でも最高の出来ですよ!? 喜んでくだされ親父殿! 俺は今までこれほどまでのメイド服など作ったことがありません!! 悟り猫「親父さん親父さん!!出来たよ!」 俺は嬉しくて走った。 両手で抱えるようにして、人間サイズのメイド服を抱えて走った。 そげな俺に親父さんが一言。 親父 「男の俺にそれをどうしろってんだい……」 ……正論でした。 ───……。 悟り猫「……夕日が眩しいな……」 ラーメン屋を後にした俺は、 究極メイド服を入れてもらった小さなリュックを背に、トボトボと歩いていた。 でもね?俺にはこれくらいしか出来なかったからさ……。 俺が自信持って誰かにしてやれることっていったら、 メイド服作ることくらいだったからさ……。 悟り猫「………」 俺は『ラーメン衣川』と書かれた店に向き直って、静かに頭を下げた。 お世話になりました。 俺はここでまたひとつ、大人になれたんだと思います。 『男へのプレゼントにメイド服は意味が無い』。 俺はそこんところをメモリーの一番大事なところに刻み込んだ。 ───やがてその店に背を向けて、 まるで風呂敷を背にしてゆっくりと歩く老婆のように腰を曲げて歩き出した。 旅へ出よう。 どこでもいい……どこか暖かいところへ……。 ……そうだ、このメイド服を売ってお金にしましょうか。 ラーメン食べたからもうお金が無い。 悟り猫「旅ぃ〜ゆけ〜ばぁ〜♪るるる〜」 のんびりと歩く。 当ても無く、頼るものもなく。 どこかで誰かがこれを買ってくれればいいなぁと思いつつ。 ───…………。 やがて───俺はひとつの豪邸へと辿り着いた。 デケェ……ハンパじゃねェよこれ。 門がデカすぎて中が見えねぇ。 でもこのずぅっと続いている塀は、恐らくこの豪邸を囲う塀なのだろう。 驚きだね、まったく。 悟り猫「さて……」 こういう豪邸にはメイドさんが付き物。 しからばここで売れれば最高じゃないですか。 そげなわけで『神城』と書かれたその豪邸を見上げ、まずは空を浮いてチャイムを押す。 すると、レイヴナスカンパニーの門のように、門にディスプレイが映し出された。 懐かしいなぁ、カンパニーではメイさんが笑顔で迎えてくれたっけ。 きっとこの神城さん家もそげなように─── ババア『誰ザマス?』 ……───夢、破れたりか……。 映し出されたババアを前に、俺は地獄の底に突き落とされたような気分に陥った。 ババア『あんザマスかてめぇ。猫なんかに用はねぇザマス』 ブツッ……。 しかも用件も聞かずに切りやがった……。 それが気に入らんかったので、俺はもう一度チャイムを鳴らした。 ババア『なんザマスか。猫を画面に出して顔も見せねぇヤツに用はねぇザマス』 悟り猫「いや、顔も見せないもなにも、俺が」 ブツッ……。 悟り猫「……無視かよ」 また切りやがったよあのババア……。 ───……。 悟り猫「ちわーっ!新聞の集金でーす!」 ババア『新聞なんて取ってねぇザマス!』 ブツッ。 ピッ。 ババア『なんザマスか』 悟り猫「話くらい聞けてめぇ!!猫だと思って馬鹿にしてんのかコラ!!」 ババア『てめぇとはなんザマスか!わたくしにはタブレーという名前があるザマスよ!』 悟り猫「え?ダーブラ?」 ブツッ。 ピッ。 タブレー『しつけーザマスよ!何度も呼ぶんじゃねーザマス!!』 悟り猫 「てめぇがブツブツ切るからだろうがクソダーブラ!ちゃんと聞けてめぇ!!」 タブレー『うるせーザマス!      なんでわたくしがてめぇごときの言うことを聞かにゃならねーザマス!!』 悟り猫 「てめっ───人に『てめぇ』とはなんだとか言ってたくせに!」 タブレー『ンなこた知らねーザマス!!』 ブツッ。 ピッ。 タブレー『いい加減にするザマスてめぇ!!ヒットマン放つザマスよ!?』 悟り猫 「いい加減にするのはてめぇだババア!!      口の悪いババアがメイド服着てるのはもはや犯罪の域だぞこのタコ!!      ゆでるぞコラ!!」 タブレー『うるせーザマス!!とっとと失せろザマス!!』 ブツッ。 ピッ。 タブレー『あんザマスかてめぇ!!うるせーザマスよ!?ブッ殺されてぇザマスか!?』 悟り猫 「うるせーのはてめぇだババア!!いいから話聞け!      こちとらディスプレイに合わせるために空飛んでんだぞ!?      こっちの消耗の都合もちったぁ考えろ!!」 タブレー『話したいならひとりで語っているザマス!わたくしは知らねーザマス!!』 ブツッ。 ピッ。 悟り猫 「てめぇの辞書には『客を持て成す』って言葉はねぇのかコラ!!」 タブレー『ねぇザマス!!』 悟り猫 「即答かよオイ!!」 タブレー『もう用はねぇザマスね!?失せろザマス!』 悟り猫 「あ───待ててめぇ!!用件も聞かずに用はねぇとか勝手に決め───」 ブツッ。 悟り猫「………」 ……ババア……アンタ勝手すぎだよ……。 俺、いろいろなメイドさんに会ってきたけど……多分あれは最悪ですよ……? 悟り猫「仕方ない……こうなったらアレだ。     次押してもダーブラが出るようなら、別のところへ行くとしましょう」 俺は震える指先でチャイムを鳴らした。 すると───出てきたのはメイド服を着たおなごさんでした。 メイド『どちらさまで───猫?』 悟り猫「あちょッス!!」 メイド『───』 ディスプレイの中、メイドねーちゃんがゆらりと動いた。 俺はそれが『画面を消そうとする恐怖の動作』だと確信し、それを静止! 悟り猫「お待ちなさい!話を聞いてくれるだけでいいんです!     話聞いてくれてもし共感してくれるなら、     このメイド服を買ってやってくだされ!それがこの悟り猫の用件なんですじゃ!」 メイド『………』 悟り猫「お願いしますじゃ……。     さっきからでしゃばるババアメイドの所為で、     再びメイドの素晴らしさが破壊されつつあるんですよ……。     これ以上俺にメイドの悪いところを見せないでくだされ……」 もう自分のメイド好きを偽る気など微塵にもないが、正直辛いのは事実。 メイド『……どうして猫が喋ったり浮いてたりするのかは解りませんけど……     困ってるんですね?』 悟り猫「イエス」 メイド『でも……ごめんなさい。     一介のメイド風情の一任で開くほど、この屋敷の門は軽くないんです。     わたしはただ、タブレーメイド婦長にここを任されただけでして……』 悟り猫「……ババア、逃げやがったか」 しかしマジで困りました。 これでは服は売れませんね。 悟り猫「あいや失礼した。あなた様のご都合や立場もござろう。     無理を言ってすみませんでした……拙者は別の宅を当たってみることにします」 メイド『……お力に及ばず、申し訳ありません』 悟り猫「なんのなんの。     あなた様のような奥ゆかしきメイドさんが働いていると解っただけでも、     それは最高の土産話でございますよ。これからも頑張ってくだされ」 画面に向かってお辞儀をして、道路に降り立った。 それからリュックを背負いなおして歩き始める。 悟り猫「ほんに、やはりメイドさんは捨てたものではありませんな。     あげなメイドさんが居てこそ、メイドさん好き冥利に尽きるというものです」 懐は寂しいが、心はどこか暖かな気持ちのままに、俺は神城邸をあとにした。 ───……。 聖  「………」 びっくり。 どうしよう……。 聖  「えと……えとえと」 神社の場所を聞いて、そこまで来たのはよかった。 よかったんだけど……その『塚本神社』がボロボロになっていた。 どんな巨大生物が暴れればこんなふうに壊れるのかと、不思議に思うくらいに。 聖  「……?」 ふと、石畳に落ちている瓶に目がいく。 ちょうどラベルらしきものが上を向く感じに割れているそれは、 既に液体がシミだけになって蒸発しているようだった。 ラベルに目を移してみれば、そこにはこう書いてあった。 聖  「……『忘却の薬』……?」 これって確か、パパの記憶の中でパパが盗まれた薬……? どうしてここに……? 聖  「………」 気配を探ってみる。 でも神の子とかの気配は全然しない。 普通なら神聖な気配がしなくちゃならないその神社はその実、暗黒に満ちていた。 神社なのにここまで黒い雰囲気っていうのも珍しい。 神社は住まう人の心でもプラスとマイナスが働くらしいけど、 この神社に住む人の心はそこまで曲がっているのかな……。 ちょっと気になる。 聖  「こんなところに猫神様が居るわけないよね。     それじゃああとは……そう、確か鳳翼神社」 わたしはこの神降にあるもうひとつの神社を目指して歩いた。 ひとつの地域に神社がふたつあるのはそう珍しいことじゃない。 わたしはそこにこそ猫神様が居ることを願った。 ───……。 悟り猫「たのもーっ!!」 歩いて歩いて、俺はとある場所に辿り着いた。 その名も───日野壁ボクシングジム!! ……日野壁?あれ?どっかで見たような…… 若人 「どなたですか?」 出迎えて(?)くれたのはボクサー(若者)だった。 だが俺を見てない。 悟り猫「下ですよ下。ちと用があるのですが」 若人 「………」 凄まじい形相で睨まれてしまった。 いや、睨まれてるというか対処に困ってる顔だなこりゃ。 悟り猫「えーと、メイド服いりません?渾身の出来なんです。     メイド業をやっている人にこそ着てもらいたいので、     もし娘さんとかが居て、これからメイドさんなどになる予定でしたら……」 若人 「………」 ……固まってますね。 どうしたものでしょう。 オヤジ「なんだ、どした」 と、そこへ少々ハゲのかかってるおっさんがやってきた。 服装からするに、このジムの会長さんなんだろう。 会長 「……猫?」 悟り猫「あ、失礼。拙者、こういう者です」 こげな時のためにコツコツと自作しておいた名詞を渡す。 会長 「メイド愛好漢No.1……弦月彰利?」 悟り猫「ゲェエエーーーーッ!!!!」 しもうた!そういやこの名詞ってば人間の時に作ったモンだから、 名前が人間の頃のままだった!! 会長 「………」 悟り猫「え、えと……」 呆れたような目で見られてしまった。 しかも相当驚いていると見える。 だがこげなところでくすぶるわけにはいかぬのです。 悟り猫「あの……娘さんとかいらっしゃいます?     もし娘さんがメイド業に生涯を費やしたいのでしたら、     この彰利印の究極メイド服を購入していただきたいのですが」 言って、手放すのが惜しいくらいの出来栄えのメイド服を見せる。 だが─── 会長 「………」 悟り猫「……固まってますね」 最近の人は喋る猫を見ると固まるものなんですかねぇ。 説明不足で困ってるとか? では説明せねばなるまい……メイドを愛して生きることとはなんたるかを!! 悟り猫「あっ!最初に言っておきますけどね!『趣味』とかで着せるとか夜の営みとかに使     うなんてのは邪道ですよ!?メイド服はそげな用途のためにあるものじゃあござい     ません!!!メイド服とは!メイド業を心からの拠り所とせん人こそが着るべきも     の!!神聖にして清楚!それは決してエロ人どもの欲望の捌け口ではござらん!!     解りますか!?俺はメイドさんが男どもにエロい目で見られるのが我慢できないの     ですよ!そりゃ俺も最初はそうだったのかもしれません!しかしですね!俺はメイ     ドさんは汚れた目で見るべき存在ではないと悟ったのです!この世にあれほど美し     い存在がありますか!?メイドさんは最強だと思うでしょ!?むしろメイドさんは     崇めるべき存在!称えるべき存在!拝むべき存在!!昔っから思ってたけどメイド     さんより偉い主人など存在しませんよ!?メイドさんとは即ち家事のエキスパート     なり!主婦よりも優れ掃除屋にも勝る機能性!全てのものをこなし、その屋敷の事     情を脳に叩き込んである真の意味での主人!おかしいと思とは思わんかね!どうし     て雇っただけの分際で!主人という役柄というだけの分際で!雇い主ってだけで!     何故そいつが踏ん反り返っているのか!メイドこそ館の主!メイドこそ心のオアシ     ス!家事や掃除を言われるまでもなく完璧にこなすパーフェクトヒューマン!メロ     ドラマの姑の嫌味なんぞ足元にも及ばない完璧なまでの仕上がり!そう!メイドこ     そ人間の完成形であり!人類が作り出した最高の職業!つまりは人に奉仕すること     で人の心を癒し主人に忠実に仕えるのだからこそ出来るその行動!主人を否定して     おいてなんですがね!出来の悪い主人が居てこそメイドは輝くのですよ!……否!     違う!如何に輝いた主人が居ようともメイドの輝きには劣る!!そもそも主人など     という役柄にメイドと同じようなことが出来るわけがないのです!出来るのならば     雇いはしないし頼ったりもしないのですからね!この頼る、という部分が重要なの     ですよ!!そもそも主人という役柄は上位のものとしての印象が高い!だがしかし     だ!ことメイドに関してはその威厳も薄れる!何故なら主人という者とて所詮は人     間なり!メイドに頼らなければ掃除も出来ず、豪邸をむざむざ廃墟にするような存     在なのだからです!その上クソ坊ちゃんごときに料理が出来るわけがなく、そんな     調子では餓死することは目に見えおるのですよ!その事柄を合わせ、総合するに至     り!主人という役柄は態度がデカイだけのデクノボウに過ぎないのだァ!!メイド     の前では輝きを失い、自分ひとりでは何も出来ないクソミソ人生を送る可哀相な役     柄なのだァ!!解るかね!お手伝いとして誰かを雇うのとメイドを雇うのとでは明     らかに違います!!ベビーシッターはメイドとは違う!掃除夫などもその考えから     は除外する!メイドとは家の番人にも勝る究極と言って差し支えないない職業だ!     生半可な覚悟で挑める職業じゃないのは元より!半端な技術レベルで取り組める     仕事でもない!鉄壁の一面と蒼空のような一面!その両面を持ち合わせた者だけが     真のメイドさんになれるのですよ!鉄壁とは即ち!仕事に対する意欲と努力と完璧     さ!蒼空とは即ち主人に対する笑顔に献身にひたむきさ!よいかね!従順さなどと     いうのはこの際、二の次!なんでも言うことを聞くのがメイドだというんじゃない     のですよ!!献身ッ!!誰かを思うことほど人を強くするものはないのです!!そ     れはある種の欲なわけですからねッッ!!人を突き動かすのは欲望なわけですよ!     それで動かないのは道理に至らぬのです!ようするにこういうことですよ!メイド     さんを雇うなら主人もそれなりに見合った性能がなければならない!そのメイドさ     んがその主人に就くに価値する者か否か!すべてはそこに終着する!!言っておく     が俺はメイドさんは好きだが『ご主人様』ってのは大嫌いだ!やはり名前のあとに     『〜さま』か『〜さん』でしょう!これは譲れん!!大体だね、ご主人様なんての     は何処にでもあるような言い方じゃないですか!複数に通用する言葉なんてのは駄     目だ駄目駄目無駄無駄無駄ァ!!そこで必要となるのが個人に向ける『〜さま』や     『〜さん』なのだ!これならそのメイドさんが『その人のみに仕える!』という気     持ちが十二分に溢れ出てもう最強!俺ゃあ個人的に『〜さま』をオススメする!こ     の方が仕えてる感覚があるでしょう!?でもご主人様は頂けぬ!あれはダメなり!     旦那さまも嫌でゴワス!やはり名前のあとに『さま』でしょう!!嗚呼この絶える     ことのない鍋から溢れ出す煮汁のような気持ち……!無駄にアクが多くてしつこい     がその中には確かな旨味が隠れてる至高の極み……!俺ゃあメイドを好きになるべ     く生まれたと言っても過言じゃねぇ!!ていうかメイド服作った人ってば最強!!     尊敬するね!!嗚呼素晴らしきかなメイド服!!素晴らしきかなメイドさん!!」 会長 「………」 ……ややっ!?余計に固まってしまわれた! ───何故!? せっかく俺の持つメイドさんの愛を、今まで溜まった分だけ言い放ったというのに! 悟り猫「───はっ!?」 ま、まさか実は最初から断るつもりで、 断り文句を考えている最中に俺が話を始めちまったもんだから…… それで断るタイミングを見失って困ってる……!? な、なんてこった……!また早とちりしちまった……! 悟り猫「……ゴニャアァアア〜〜〜ォ」 俺はモンスターハンター(オンライン)でウェイターをやってるアイルーの如く、 綺麗に滑らかにペコリとお辞儀をして、ジムに背を向けてゆっくりと歩き出した。 くっ……なんとも恥ずかしい限りよ……! 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