───地上最強猫列伝『第十章◆合間!北斗の犬とロシア猫!の巻』───
悟り猫「グビグビ……」 桐生 「はっ、はぁぅ……はぁあ……!」 真穂 「またハデにやったね……」 傍から見れば動物虐待の決定的瞬間なんだけど……不思議とそう見えないのが不思議だ。 真穂 「……弦月くん、生きてる?」 悟り猫「あの……これって動物虐待ですよね?」 真穂 「……ほんとにそう思ってる?」 真穂さんが小さな声で語りかけてくる。 俺はそれに応えるように小声で答えた。 悟り猫「いやはや、キリュっちが変わってないようでホントに嬉しかったとですよ。     でもそれはそれ、これは動物虐待ですよ?」 真穂 「うん、弦月くんならそう言うと思ってた」 あらら……見切られておりますねぇ俺。 真穂 「でもさ、それって自分が人間じゃないって言ってるように聞こえるよ?」 悟り猫「ふざける程度なら平気ですじゃ。     でもね、真剣な目をして俺のことを『人間じゃない』とか言ってくるヤツにゃあ、     俺は興味ございませんよ?」 真穂 「それは解るかも。弦月くん、多分どんな人よりも人間っぽいよ」 悟り猫「おっとお嬢さん、それは言いすぎですぜ?」 真穂 「そんなことないと思うけどなぁ……あ、     でも弦月くんってなんだか雰囲気変わったよね。なにかあった?」 悟り猫「む!いい質問です!」 俺は感覚的に親指っぽい指をなんとか立てて見せた。 中々不憫です、猫。 指を使う動作は疲れます。 悟り猫「え〜とですね」 きゅるるるる……くきゅ〜…… 悟り猫「………」 真穂 「………」 桐生 「わっ……わたしじゃないよ!?」 自然と目がキリュっちへ向いた。 焦るキリュっちだが、それは真実だ。 今のはこの悟り猫の腹の虫。 正直、家で食ってきたやつでは足りん。 何気に消化早いよ猫って。 悟り猫「しばしお待ちを。今、食の準備をするので」 桐生 「アキちゃんだったんでしょ!今の!」 悟り猫「あの……キリュっち?     恥ずかしいからって人に擦り付けるのはよくありませんよ?」 桐生 「違うもん!擦り付けてないもん!」 悟り猫「ほっほっほ、よいよい、照れるでない」 桐生 「照れてないよ!」 横でギャーギャー騒ぐキリュっちを余所に、 俺は『ムンッ……!』と言って肉焼きセットを用意。 さらに神降でザーマスおばさまに投げられたボンレスハムを取り出す。 それを点火した肉焼きセットの上でゆっくりと回す。 悟り猫「料〜理ドン!」 ベッポッベッポッ♪ でんとことこてと・でんとことこてと♪ でこてんでこてんでこてんでこてん♪テントンテントンテンッ♪ 悟り猫「ハァッ!!───上手に焼けましたぁ〜っ♪」 でんとてんててんとんっ───テンッ♪ 焼き加減が丁度良くなったところで肉を頭上に掲げる。 これぞモンスターハンター。 俺はその肉を片手に持って、メラルーフットワークを披露してみせた。 悟り猫「ゴ〜ニャ、ニャ……ゴ〜ニャ、ニャ……」 ただ左に飛んだり右に飛んだりするだけですがね。 だがリズムが大事なのです、ハイ。 桐生 「………」 キリュっちはそんな俺をどう思ったのか、ただじぃ〜〜〜っと見つめていた。 一頻りフットワークをした俺はドッカとソファに座り込み、お肉をカフカフと食った。 悟り猫「して、確か俺の雰囲気がどうとかいうものだったよね?     えーと……いろいろありまして、感情が復活したんですよ」 桐生 「?」 真穂 「よく解らないよ?」 悟り猫「いや……なんつーか刺激が強いからさ、     『いろいろあって』で納得しといた方がいいよ?」 真穂 「刺激?」 桐生 「詳しく教えてよ」 悟り猫「ダメですじゃ!後悔することになるぜ〜〜〜っ!!」 桐生 「いいから!」 悟り猫「ええいならぬ!!よいかね!     俺は幼い頃の事故で感情を無くしたけど、とある出来事で感情を取り戻した!     それで納得してはくれまいかね!」 桐生 「だめ!」 悟り猫「なんと!おのれ小娘が!この悟り猫を侮辱する気か!」 桐生 「侮辱なんかしてないでしょ!教えてよ!」 悟り猫「なにを申されるか!『深入りをする』ということは時に絶望を知ることも同義!     知識なんて飾りでしょう!お偉い方にはそれが解らんのですよ!」 桐生 「う〜〜っ!いいから教えてよ!『知りたい』って思ってもいいでしょ!?」 悟り猫「ダメですじゃ!この悟り猫、もう辛抱たまらん!     悠介やその家族にまで哀れみの目で見られた拙者!     また誰かにそげな目で見られるのは嫌なのですよ!」 桐生 「わたしがそうとは限らないでしょ!」 悟り猫「悠介でさえ哀れみに走ったのですよ!?     キリュっちにそれに耐える根性があるというのかね!」 桐生 「ある!きっとあるよ!」 悟り猫「嘘おっしゃい!」 桐生 「いきなり嘘って言ったらだめだよ!!」 ───…… ───……五時間後。 桐生 「けほっ!だ、だから……!わたしはアキちゃんのいろんなこと知りたいの!」 悟り猫「なんと!しからば───キャプテンガントレットの秘密、キミだけに教えよう!」 桐生 「そんなのどうでもいいよ!」 悟り猫「グ、グムーーーッ!!話が流れーーーん!!」 真穂 「はぁ……」 お母さんと弦月くんが話を始めてもう五時間。 お母さんはまったく引かず、弦月くんもまったく引かない。 彼の過去にどんなことがあるのか気になるけど…… 弦月くんの一番の友達だった晦くんが弦月くんを哀れみの目で見るという過去…… それはわたしたちが軽い気持ちで見ていいものじゃないと思う。 見るか、と言われれば見るだろうけど…… 悟り猫「……あのさぁキリュっち。好奇心旺盛なのはいいけどさ、ほんまにドキツイよ?     これが最後の質問です。     ……本当に見たいかね?キミの想像など遙かに超越してますよ?」 桐生 「───!」 話の流れが変わった途端、お母さんの表情に明るさが差した。 けど───わたしはなんだか嫌な予感がした。 『軽い気持ちで見ていいものじゃない』と。 真穂 「おっ───お母さんっ!!」 桐生 「見るっ!」 真穂 「あ───」 時、既に遅く。 お母さんは『見る』と言ってしまった。 『最後の質問』と言った弦月くんは、もうお母さんが嫌がっても見せるだろう。 悟り猫「………」 真穂 「あ……」 そんなことを考えていたわたしを見て、弦月くんはニコリと目を細めた。 姿が猫だから解りづらいけど、それは『止めようとしてくれてありがとう』って顔だった。 悟り猫「ではこれから拙者の能力で拙者の過去を見せますが……よいですかな?     これからこの部屋は密閉状態になります。逃げられません。     その過去が如何に今の俺から懸け離れたものであろうと、     貴君らに逃げ道の一切はありません。     目を閉じようが逃げようが叫ぼうが、目の中にその景色が流れます。     俺が生きた300年余りの時───生半可なものではござらん。     どうか、常識を超えたその歴史の中で、カラに閉じ困らんよう……」 桐生 「え?う、う……うん……」 弦月くんの真面目な顔や声に何かを感じたお母さんは、 ここにきてようやく緊張を走らせた。 ……あれ? 真穂 「え……わたしも?」 悟り猫「だって『見るか』と訊かれたら『見る』って言いそうな顔でしたよ?」 真穂 「………」 見抜かれてる。 これが普段からおちゃらけてる弦月くんの、本当の洞察力……。 もしかしてお母さんとわたしはとんでもない領域に踏み込もうとしてるんじゃあ─── 悟り猫「ではまいりましょう!!発動せよ聖域!     まずはこの部屋を封印して干渉を遮断する!」 弦月くんがそう言うと、弦月くんの体から薄い黄色の光が放たれた。 それがこの部屋の壁に付着すると、景色を真っ白に消した。 全てが白一色された───けど、ソファだけが残された。 悟り猫「次に月視力!!フルパワァーーッ!!」 白い景色が反転して黒い景色になる。 それはまるで、映画を写す時に明かりを消すかのような光景だった。 その瞬間に目を庇って閉じた。 ……けど、その景色が見える。 さっき弦月くんが言っていた『目を閉じても見える』という意味が解った気がした。 ……もう逃げ場は無いのだ。 悟り猫「では……ごらん、あれ……」 弦月くんは仙界伝封神演義の次回予告のような言葉を放って、 その闇の景色に溶けて消えた。 ───それから間も無く、逃げ場のない景色にひとりの少年が映された。 桐生 「あ……これアキちゃんだよね?」 まだ純粋に笑っていたその少年の映像は…… これから始まり、孤独の中を生きてゆく少年のたった一部にすぎなかった。 ───……カツコツカツコツ…… 悟り猫「FUUUUM」 キリュっちと真穂さんを上映部屋に閉じ込めてきた俺は、キリュっち家を探索していた。 いやはや、なかなか広いお家じゃないですか。 安定収入の賜物ってやつ? 悟り猫「む……」 その時に感じた違和感。 この家にはおなごの香りはあっても男の香りがなかった。 それってばつまり…… 悟り猫「キリュっちの旦那は死去したか、それとも別れたか……」 気になった俺は自分の過去を見せる代わりと言うのはちと違うけど……月視力を発動。 この場の過去を覗き見ることにした。 ほんとはこういうことってしたくないんですけどね、 悲惨な過去ならどっかの時間軸に幸せな軸を刻んでやりたいからね。 キリュっちは、つまらないだけだった筈の小学時代の俺に、 確かな『思い出』と呼べる過去を作ってくれた恩師ですし。 悟り猫「どぉおおぅれぇええ〜〜〜……」 過去を遡る。 さらに、さらに遡る。 だが───この家に、元から『男』なんて居なかった。 それは、つまり……キリュっちは結婚なんてしたわけではなく、真穂さんは…… 悟り猫「うわ……マジかよ」 真穂さんは捨て子だった。 確かに『キリュっちが16の時の子供』というのは間違いではない。 間違いではないけど……それは当時16だったキリュっちが、 捨てられていた真穂さんを抱えて家出をするという壮絶なものだった。 無茶なバイトをしながら真穂さんを育て、苦労とともに生きてきた。 育児をしながら夢だった教師を目指して、勉強をして。 そんな景色を見たからか……俺は『ああ、そっか』と納得が出来てしまった。 こんなキリュっちだったからこそ……同じ境遇にあった俺が気になって仕方なかったんだ。 キリュっちはまるで雪子さんだ。 真穂さんは俺。 そんな、少し似たような境遇に生きた俺を放ってはおけなかったんだ。 悟り猫「……そか」 だからあんなに子供っぽい。 雪子さんにも言えることだけど、 キリュっちは本来遊ぶべき時代に遊べなかった子供なんだ。 悟り猫「ほっほっほ、ならばこれからもっとからかってあげませんとな」 俺は月視力を解除して息を吐いた。 悟り猫「ふむ」 真穂さんもキリュっちが実の親じゃないことは既に知ってるみたいだ。 キリュっちは秘密にしてるようで秘密にできてなかったらしい。 次々に出てくるバレバレな言い訳が、 より一層『父親なんて最初から居なかった』ということを理解させたようだ。 さすがキリュっちだ。 けどまあそれを考えたら、 小学の頃の真穂さんがなしてあげに内気なやつだったのか理解できた気分ですじゃ。 そかそか、やはり世の中にゃあいろんなことが───む? 犬  「ハルルルルルルル……!!」 悟り猫「あっ!犬だ!!」 過去の情報から察するにこいつの名は『ルー』。 そして俺はロシア猫……丁度いい名前じゃあねぇか……! 悟り猫「くらえぇっ!!ヘアァッ!!」 俺は手に持っていたボンレスハムの残りを犬に向けて投げた。 それを見た犬が即座にかぶりつく。 悟り猫「ほっほっほ、意思の弱い番犬よのぅぉ〜〜〜っ!!!」 被っていた帽子を人差し指の感覚で動く指でクイッと上げて、俺は微笑した。 西部劇なんかでよくある行為だ。 だが俺の場合はどちらかというとギルティギアのジョニーだ。 だって刀だし、黒衣だし。 悟り猫「ん?ほれ、もっと欲しいか?ン?ンン〜?」 犬  「エウワウウォウ!!」(訳:くれ!) 悟り猫「あら……」 これは驚き。 なんと犬の言葉が解りますよ? 悟り猫《えーとさ、キミ、名前は?ルーでいいの?》(動物語) 犬  《ああ、俺の名はルー。『北斗の(けん)
』と呼んでくれ!》(動物語) 悟り猫《CATS&DOGSかよ……》 ルー 《子犬の時にヒトミに拾われたんだ。彼女は捨てられた者にやさしくしてくれる。     ちょっと抜けてるところがあるけどいいヤツさ》 悟り猫《でしょうな、雰囲気で解るよ。キリュっちはやさしい人だ》 ルー 《お前は?見たところただの猫には見えないけど》 悟り猫《ウムス。我輩は悟り猫。この世界のどこかに居る猫神様を探す猫の戦士だ》 ルー 《よくわからないな》 悟り猫《えーよそれで♪》 犬と自然に話してる自分が怖いが、差別する必要もない。 言葉が通じるなら、俺にとっては人間も猫も犬もそう変わらん。 ……真正面から『人間じゃない』って言われたのはこたえたけどね……。 ルー 《ヒトミの客人なら俺の客人だ。背中に乗れよ、この家を案内してやる》 悟り猫《うむ、くるしゅうないぞ》 ルー 《……死ぬほど偉そうだなお前》 悟り猫《はっはっは、バカヤロてめぇ、褒めたってなんにも出ねぇぞ?》 ルー 《微塵にも褒めてないけど……》 悟り猫《あら……》 犬にまでやっちまった……。 ちょっと自分が恥ずかしい俺であった……。 ───……デ〜ンデ〜ンデ〜ンデ〜ンデゲ・デッテッテ〜ン・テ〜ンテ〜ン♪ ルー 《お前おかしな猫だな、何もないのに音が出せるのか》 悟り猫《ウムス》 ルー 《なんの音楽なんだ?》 悟り猫《真・三國無双2の南蛮平定戦のテーマ。象に乗ってる時にすげぇハマってるんだ》 ルー 《ん……よくわかんないな》 悟り猫《かまわんさね》 犬の背に乗りながら、まるで乗馬のように優雅に景色を眺める俺。 ハードボイルドです。 悟り猫(ハードボイルドの意味なんざ知りませんけどね) ルーはのんびりと家を案内してくれた。 驚いたことに、犬って結構知識が高い。 計算高いって言っていいのだろうか、人間と大差ない思考のもとに行動していた。 従うのは忠誠のためであり、その姿勢は遙か昔の武士のようであり…… 現代人が忘れてしまった『人に尽くす姿勢』そのものだった。 ルー 《俺達は生きる時間が短いだろ?     だからこそ『この人だ』と決めた人に忠義を尽くす。     人間にしてみれば『じゃれついてるだけ』なんだろうけど、     俺達は精一杯に主が喜んでくれそうなことをする。     それで反感を喰うこともあるけど、     そこで折れる程度の忠誠なら最初から必要じゃない》 悟り猫《そかそか》 ルー 《その点、お前ら猫は自由だよな。忠誠なんて誓わない》 悟り猫《そーでもないさ。俺ら猫は人間を霊体から守る。     お前らの忠誠にはほど遠いけど、それなりに主のことは思ってる》 ルー 《そっか。お前、変わったヤツだな。猫なんてみんな自分勝手なヤツだと思ってた。     うん、お前はいい猫だ》 悟り猫《いやいや、貴殿も中々の忠犬っぷり。拙者、目から鱗が落ちた気分ですじゃ》 ルー 《大袈裟だなぁ……っと、ここがベランダに続く窓だ。     この家のベランダは気持ちがいいんだ。     でも『落ちたら大変だ』って言って、ヒトミは滅多に出してくれない》 悟り猫《大事にされてるんだな》 ルー 《ああ》 ベランダの案内が終わると、またルーが歩きだす。 俺はルーの背中に跨りながら、のんびりとその景色を堪能した。 ───……。 ルー 《案内終了》 悟り猫《む、堪能させていただいた。サンクス》 ルー 《さんくす?よく解らないけど礼を言うよ。猫に対する差別感が少し無くなった》 悟り猫《それはよいことです。同じ命なのですから、助け合わねば》 ルー 《そっか。じゃあさっそく助けてくれないか?》 悟り猫《む?この悟り猫に出来ることならば申してみるとよござんす。なんぞね》 ルー 《普段ならヒトミがご飯をくれる時間なんだが……今日はまだ来ないんだ。     出来たらご飯を出してくれないか?     あの『れーぞこ』とかいうのに入ってると思う》 れーぞこ?……ああ、冷蔵庫ね。 悟り猫《任せときんしゃい、今取ってやるけん》 ルー 《ああ》 てこてこと歩き、その巨大な物体を見上げる。 悟り猫「………」 でけぇ……でけぇよこれ……届かないよ……。 さすがにルーの前で飛んだらやばいし……せっかく薄れた差別感が蘇るかもしれん……。 ここは───そうだ、案内されてた時、確か脚立を見た筈だ。 あれを使って─── ───ガタガタ……ゴシャッ。 悟り猫「ニャア」 用意した脚立を立てて、冷蔵庫をゴチャアと開ける。 中には……ホッホォ〜、入っとるのォォォォ!! 買い物にはマメに行くタイプと見た! 悟り猫《なに食いたい?》 ルー 《肉類》 即答だった。 悟り猫《犬って野菜類が消化されにくいんだっけか?》 ルー 《ああ。だから肉》 悟り猫《御意》 俺は丁度あったボンレスハムを手にして、冷蔵庫を閉めた。 悟り猫《飲み物はどうする?》 ルー 《唾液が出た方が消化がいいから必要ない》 悟り猫《御意。ではしばし待たれよ》 脚立から下りた俺は再び脚立を持ち上げ、今度は俎板(まないた)前まで持っていって登った。 ルー 《なにする気なんだ?勝手にそれに触ると怒られるかもしれないぞ》 悟り猫《大丈夫ですぞ、えーがら待っちょれ》 俎板にトンと置いたボンレスハム。 それ目掛けて刀を抜刀!! 悟り猫《見様見真似!飛燕龍-散葉-!!》 ざくっ……どしゅっ……すぱっ…… 悟り猫《グ、グムーーーッ!!刀の熟練度が圧倒的に足りーーーん!!》 やってみた散葉は、なんとも遅いものだった。 改めて、こげなもんを極めた夜華さんの凄さを知った瞬間だ。 悟り猫《いいや……普通に斬ろう》 俺は炊事流基本の型『猫の手』を標準装備だからな、これで指を切るなんてことはない。 トントントントントン───ザクッ! 悟り猫《ぐええ痛やぁああーーーーーーーーっ!!!!!!》 盛大に斬ってしまった。 調理師さんのウソツキ!!『猫の手』でも斬るじゃねぇか! なにが『包丁を使う時は手を猫の手の形にしましょうね♪』だ! こちとらモノホンの猫の手だぞコラ!! 悟り猫《グウウ……》 心の中で罵倒を飛ばした俺はさっさと月生力を発動させ、指(?)を治した。 何はともあれ、薄切りにしたボンレスハムを皿に移して脚立を下りる。 頭上に皿を抱えたこの姿……まさにウエイターアイルー!! 悟り猫「ゴニャァアアァア〜〜ォ」 脚立を下りた先に居たルーに、ウエイターアイルーのお辞儀をした。 ルー 《なんだいそれ》 悟り猫《ウエイターアイルーの真似です。深い意味はありません》 言って、ボンレスハムのスライスを一枚渡す。 ルー 《切ったのか?丸ごと喰うが好きなのに》 悟り猫《丸ごと喰うよりこっちの方が長く味わえるさね。一枚一枚、よく噛んで食うんだ》 ルー 《へー……》 言われた通り、一枚一枚をよく噛んで食うルー。 ───やがて、全て食べ終える頃には満足そうに口周りを舐めていた。 ルー 《なんだかいつもよりたくさん食べた気がするな》 悟り猫《満腹中枢の問題ですな。     物を食べながら顎を何度も動かすとね、『いっぱい食べた気』になれるんだ》 ルー 《よく知ってるな》 悟り猫《悟ってますから。……ふむ》 時計を見る。 ……あの部屋自体の時間の流れは変えてあるし、そろそろ俺の過去も見終わる頃かな。 悟り猫《ではルー、拙者はちと部屋に戻るよ。キリュっちと真穂さんの用も終わった頃だ》 ルー 《そっか。じゃあ俺は食後の睡眠でも頂くかな……》 のんびりと庭目指して歩くルーを見送ってから、俺はキリュっち達の居る部屋へと戻った。 ───……で。 部屋に戻ってみるとお二方が泣いていらっしゃった。 俺の時空旅行の映像も既に終わっており、 今はついさっきまで俺がルーと遊んでた場面が映し出されている。 ルーの声がしっかりと人の声で聞こえてるんだから驚きだ。 そりゃあ認識できれば言葉として発せられるのは当然なんですけど。 悟り猫「お疲れサマンオサ。映像と聖域を解除します」 俺は器用に指をパチンと鳴らし、その場の景色を元に戻した。 それを感じ取ってからようやく、お二方は長い長い溜め息を吐いた。 桐生 「アキちゃん!!」 悟り猫「オワッ!?な、なにかね!驚くではないかね!」 桐生 「………」 悟り猫「な、なんだオウコラ?なにガンつけてんねん!」 桐生 「ア゙ギぢゃあぁあああ〜〜〜〜んんん……!!」 がばしっ!! 悟り猫「ギャニャッ!?」 キリュっちは何を思ったのか、突如俺に抱きついてきました! 悟り猫「な、なにをするのかね!離したまえ!失礼ではないのかね!!」 桐生 「アキちゃぁああ〜〜〜ん!!うあぁああああ〜〜〜ん!!!!」 悟り猫「なにを泣いておるのかね!わたしにも解るように平明に答えててほしいものだね!     でなければこれは猫に対する侮辱以外のなにものでも」 ギュギュッ…… 悟り猫「はぎゅっ!?やっ……キリュっち!?ち、ちと力込めすぎ……!」 桐生 「アキちゃん……アキちゃぁん……!辛かったね……!頑張ったね……!」 悟り猫「キ、キリュっち……」 『頑張ったね』 そう言ってくれた。 俺の過去を見た誰もが言ってくれなかった言葉を、キリュっちが。 ……たったそれだけだったのに、どうしてか胸の中が暖かかっ───メキリ。 悟り猫「ゴゲッ!!?」 桐生 「わたしっ……わたしっ……!アキちゃんに『恩師』だなんて思ってもらえて……!     わたしでもアキちゃんの思い出になれたんだなって……!     わたしっ……わたし嬉しくってぇっ……!アキちゃぁあああああん!!!!!」 メキメキメキメキ!!!! 悟り猫「はくっ!!カ、カカカカ……!!は、う……!」 ベゴキュッ!! 悟り猫「はきゅうっ!?」 ……背骨が折れるのを体感。 その刹那、見上げた天井でひとりの老婆とひとりの男がニッコリと微笑んでいた気がした。 おお……まさかキリュっちに死国(ベアハッグ)をされる時が来るとは……!! やがて力が抜けてゆく超自然現象に身を任せ、俺は気を失うのでした……。 ───……パチン。 桐生 「王手」 悟り猫「ゲゲェエエエーーーーーッ!!!!」 弦月くんの過去を見てから二時間後。 お母さんと、あっさりと回復した弦月くんは将棋をやっていた。 不思議なもので、お母さんは弦月くんの過去を見てからというもの…… もっと自然体で弦月くんにぶつかっていた。 そしてわたしも。 『近すぎるから、親しすぎるからこそ哀れむ』という事実。 それこそが、晦くん達を飲み込んだ感情なんだと思う。 自分のために辛い目に合ってきたというのだから、 当事者の人たちが気を落とすのは当然のことで…… 多分、弦月くんはそれに気づいてないんだと思う。 芽生えたばかりの感情は、そう上手くは回転してくれないのだろう。 悟り猫「ま、待った!その王手待った!」 桐生 「いいよ〜?オセロから始まって、わたしまだ一回も負けてないもん」 悟り猫「じゃあ王手」 パチン。 桐生 「………」 悟り猫「………」 桐生 「卑劣だよアキちゃん!」 悟り猫「なんで!?」 ふたりは本当に楽しそうに笑っている。 哀れみだけをぶつけられることにならなかったからか、弦月くんは嬉しそうだった。 桐生 「いいもん!じゃあさっきの待ったされたやつ、戻すもん!」 悟り猫「フッ……キリュっち。貴様には王は取れんぞ」 桐生 「負け惜しみは見苦しいよ?ほら、王取った!わたしの勝ちだよ!」 悟り猫「フフフ……その王、よく見てごらんなさい」 桐生 「え?……あれ?シールが……あれぇっ!?角!?アキちゃんこれ角だよ!?」 悟り猫「轟天弦月流奥義……変わり身の術!!     というわけで俺はこの隙にキリュっちの王将を」 桐生 「なっ───だめだよ!卑劣すぎるよアキちゃん!!」 悟り猫「なんと!?俺の過去を見たならば知ってもいませう!     過去の世とはあまりに無情!忍びが王に模すなど茶飯事ですよ!?」 桐生 「そんなの屁理屈だよ!」 悟り猫「ほっほっほ、さりとて、貴殿がそれを取ったことには変わりはありますまい?     したら、なして拙にいちゃもんばつけっとや?」 桐生 「変わり身なんて将棋に無いもん!じゃあアキちゃんの王将は!?     どこに隠したの!?将棋版に置いてないと反則だよ!」 悟り猫「ほほっ、拙の王将ならそれ、そこに存在しておろうよ」 桐生 「え……?これ、わたしの角……あれぇっ!?こっちにもシールが……!」 悟り猫「敵を騙すならばまず味方からと言うでしょう。     戦が始まり、真穂さんの『コーヒー飲む?』という言葉に視線を動かした時点で、     貴殿は勝負に隙を作っていたのですよ……戦とは一瞬の隙が命取りなり」 桐生 「だ、だからこの角全然狙わなかったの!?」 悟り猫「然り。王将が角が如く縦横無尽に走る様……見事でしたぞ」 滅茶苦茶な人だ。 多分負け続けてヤケになったんだろう。 桐生 「だ、だめだよ!王将がそんな風に動いたらゲームにならないよ!     やり直ししよ!?」 悟り猫「ほっほっほ、よいでしょう。     ならばキリュっちが我が王将を角の如く使って屠った我が精鋭───     今すぐ返してもらいましょうか?そこから仕切り直しをしましょう」 桐生 「え……?」 ……哀れ。 お母さんは、弦月くんが『角』を狙わないと知ってから、ずっと角しか使ってなかった。 しかし弦月くんはそんな中でも『歩』でお母さんの精鋭を削っていたわけで…… 悟り猫「さあ!新たなる神を決める戦いを始めましょう!」 弦月くん側の版には、溢れるほどの精鋭。 一方のお母さんは少数精鋭。 桐生 「う、うううう……!!」 悟り猫「ほほほっ、ほっほっほっほ!!     さあどうしたのかねキリュっち!駒を動かしたまえよ!」 桐生 「うぐぐぅううう……!!!」 悟り猫「どうしたのかね!えぇーーっ!!?怖じ気づいたのかね!!」 桐生 「うぐぐぅうううーーーーっ!!!」 ……わたしはお母さんの様子を見て、静かに胸の前で十字を切った。 やがて踵を返してコーヒーのおかわりを取りに行こうと思ったまさにその時─── 声  「アキちゃんのばかぁああーーーーーっ!!!!」 ドカバキ!! 声  「ギャアアアアーーーーーーーーッ!!!!!」 ……懐かしい音が、この家に響いたのでした。 Next Menu back