───地上最強猫列伝『第十一章◆再来!竹尾タケオと怒れる猫!の巻』───
ジュ〜〜〜ジュッジュッジュッジュッジュ〜〜〜ッ!! 悟り猫「いでよ鳳凰!!」 ゴウッ!! 調理に使用しているフライパンから鳳凰を模した火が飛び出る。 さて……何故にこげな状況になっているのかというと───
桐生 「ねぇアキちゃん、今日泊まっていきなよ」 悟り猫「いや……そんないきなりベッドインだなんて……誘ってる?」 ボゴシャッ!! 悟り猫「ダップス!!」 桐生 「わ、わたし誘ってなんかないもん!!」 悟り猫「ぶべっ!ぶべべっ!ちゃ、ちゃいますがな失礼な!     『泊まりに誘ってるんですか』と言ったんですよ!     まったく何を言っているんだこの小娘は……」 桐生 「その前に───そ、その、えと……べ、『べっどいん』とか……言ってたもん」 悟り猫「あぁ〜〜〜ん?あんだってぇ〜〜〜っ!?」 桐生 「うぐ……だ、だから……べっどいん……」 悟り猫「なにかね!声が小さくて全く聞こえんよ!?     真面目に話す気が無いなら私はこれで失礼させてもらうよ!?」 桐生 「わわっ!?ま、待ってよ!『べっどいん』だよ『べっどいん!』」 悟り猫「ンマーーー!!なんざますのこの娘ったらはしたない!     年頃のおなごが大きな声で『ベッドイン』だのと叫ぶなんて!」 桐生 「え……え?……えぇ……?」 悟り猫「これ!桐生さん!?ちょいとそこに座」 ボゴシャッ!! 悟り猫「ブベラッ!!」 桐生 「『キリュっち』って呼ばなきゃひどいよ!?」 悟り猫「ぶべべべべ……!!だ、だからってなにも鼻っ柱折らんでも……!」 涙と鼻血が溢れた。 まるで龍書文だ。 桐生 「とにかく泊まっていくこと!いい!?」 悟り猫「オウコラてめぇ小娘この野郎!!なにいきなり脅迫モードになってんだコラ!!     俺にゃあよ、使命ってもんがあるんだよクラッ!!解ったかコラ!」 ボゴシャッ!! 悟り猫「キャオッ!?」 桐生 「そんな汚い言葉使っちゃだめでしょ!?」 悟り猫「だ、だから……なにも殴らなくても……」 桐生 「人をバカにした罰だよ!晩御飯はアキちゃんが作ること!」 悟り猫「なんと!?何故かね!」 桐生 「えっとね?アキちゃんの過去を見てる中で、     いろんな人がアキちゃんの料理食べて幸せそうな顔をしてたんだよ?     だからね、わたしも食べてみたいなぁって」 悟り猫「あの……そげなことのためだけに俺を強制外泊させようと?」 桐生 「だめ……かな?」 悟り猫「だめだ」 ボゴシャッ!! 悟り猫「ペイッ!!」 桐生 「即答しちゃだめだよ!アキちゃんには情ってものがないの!?」 悟り猫「貴様にかける情などない」 キリュっちの質問に、愛の獄殺マシーンの真似で対応。 ボゴシャッ!! 悟り猫「へぎゅう!!」 当然の如く殴られました……。
……まあそんなわけで、俺はこうして桐生家の晩餐を預からせてもらったわけです。 しかしまさかキリュっちがここまで欲望に素直だったとは…… 悟り猫「化け物の 正体見たり ジョルノ=ジョバァーナ……か」 真穂 「それを言うなら『枯れ尾花』」 悟り猫「あら真穂さん」 いつの間にか後ろに立っていた真穂さんが、 『なにか手伝えることはある?』と訴えかけてくる。 俺はそれに─── 悟り猫「そうですな、ではこの料理を掻き混ぜながら鳳凰を出してください」 真穂 「無理」 即答だった。 悟り猫「まあそれはそれとして、猫の姿で調理ってやっぱりツライわ。     夜華さんたちに作ってはきたけど、あの時も苦労したし……」 真穂 「『夜華さん』って篠瀬夜華さんだよね?昔の人の」 悟り猫「うむですじゃ」 真穂 「一緒に暮らしてるんだよね?」 悟り猫「いつまでこの時代に居るのかは解らんけど、今は一応」 真穂 「その人のこと好き?」 悟り猫「ノーコメント。どちらであっても誰も好きになりません」 真穂 「日余さんのこと、やっぱり辛い?」 悟り猫「それこそノーコメント」 真穂 「う〜ん……同じ女として、日余さんの気持ちが解らないわけじゃないけど……」 粉雪ねぇ……。 そういや今なにやってるんかな。 同窓会には来ないって言ってたし…… 真穂 「同窓会には日余さん、来るかな」 悟り猫「来ないらしいよ?俺に会いたくないみたい」 真穂 「あ……そういえば弦月くんの記憶の中で中井出くんが『来ない』って言ってたね」 悟り猫「うむですじゃ」 真穂 「………」 悟り猫「………」 月然力で適度に火を通しながら、手早く調理をする。 FUUUUM、やはり料理が上手くいくと嬉しいねィェ〜〜ッ!! 真穂 「あの、さ。ほんとに良かったの?     わたしとお母さんに、弦月くんのプライベートも何もかも教えちゃって」 悟り猫「うん?ははっ、こうして普段通り接してくれてるじゃない。     俺ゃそれだけで満足じゃよ。面白くなかったっしょ?俺の記憶。     だったらそげなもんを上映させた俺にも非はあるよ、おあいこおあいこ」 真穂 「……強いね、弦月くんは」 悟り猫「まあねぇ、半ば心が腐ってたからこそ生きてこられたって感もあるけどね。     でも……途中で諦めなくてよかった。     諦めて終わらせちゃってたら……こうして楽しい時間を味わえなかったから」 真穂 「弦月くん……」 悟り猫「あ、真穂さん。そっちの冷凍庫開けて、     右下の容器に入ったやつをキリュっちとふたりで食べてていいよ」 真穂 「冷凍庫?」 湿った空気になってきたものを払拭しようと、俺は真穂さんに指定をした。 なんのことはない、アタイ特製のアセロラシャーベットだ。 真穂 「……凄いねぇ……。ほんとになんでも出来ちゃうんだ……」 真穂さん、素直に感心。 悟り猫「ささ、親子の語らいもあるでしょう。それ食べながらゆっくりと話すとよいです」 真穂 「語らい……ああ、ほんとの親子じゃないってあれ?」 悟り猫「違いますよ?」 真穂 「あははっ、いいよ隠さなくても。弦月くん、そういうところ不器用だから」 悟り猫「なんと!?拙者、どこにも不器用なところなどありませんよ!?     俺の!俺の一体どこが不器用だとぬかすのかね小娘!」 真穂 「オセロ」 悟り猫「ごめんなさい……」 窓は閉め切っている筈なのに悲しい風が吹きました……。 ああ……こげな俺と対等の勝負をしていた閏璃凍弥は、きっと弱かったに違いねぇや……。 真穂 「心配してくれてありがとうね?     でもお母さんは、どんなことがあってもお母さんだから」 悟り猫「そうザンスか……俺はそうはいかんかったけどね」 真穂 「あれは仕方ない……って、わたしが言うのは無理だね。     ───あれ……なんだよね?     弦月くんが『面と向かってバケモノ』って言われるのが嫌な理由……」 悟り猫「………」 過去、母だった存在は俺を見てバケモノと言った。 その時、初めて俺は心を砕いた。 あんなことがなければ俺は心を砕くことはなかったのかもしれない。 いや、そもそもの原因は俺が弦月に生まれてきたということ。 何度、『弦月』を捨てたいと思ったことか。 でもそれは雪子さんが許さなかった。 『親との最後の絆でしょう』とか、簡単に言ってくれちゃって……。 俺はそんな親との絆から逃げたかったっていうのに。 悟り猫「真穂さん、キリュっちはどうしてる?」 真穂 「……話、逸らした?」 悟り猫「つまらんでしょ。湿っぽい空気は嫌いです」 真穂 「うん……そうだね。お母さんならルーの散歩に行ったよ。     『楽しみにしてるね〜♪』って、元気よく出てったよ」 悟り猫「そうざますか。じゃあシャーベットはあとですな」 レタスの盛り付けをしつつ会話。 それが終わると料理の全てが完了。 俺はエーテルコーティングした我が両手から月聖力を解除して一息ついた。 真穂 「ところで弦月くん。同窓会、その格好で出るつもり?」 悟り猫「押忍」 真穂 「うわ……大丈夫かな」 悟り猫「大丈夫。我ら原沢南中学の者どもはなによりもまず『楽しい』を優先する。     クラスメイトが猫になったとですよ?アルティメットインパクトです」 真穂 「それはそうかもだけど……」 悟り猫「真穂さんとて、かつて『原中のアイドル』と謳われたおなご。     久々に会うことも手伝って、皆様から羨望の眼差しを受けること請け合い!」 真穂 「羨望は違うと思うけど。     あ、そういえばそういう呼ばれ方してた人がもうひとり居たよね?」 悟り猫「む?……あー……『原中の修羅』ね……」 なんのことはない、更待先輩殿のことだ。 あの人はあの人で誰かに嫌われることを極端に恐れてるくせに、 キレると手がつけられなくなるからなぁ。 真穂 「更待先輩だったよね」 悟り猫「そそ。俺の過去を見たならあの人の恐ろしさ、知っておりましょう?」 真穂 「さすがにね。あの人が『月の家系』っていうところの人だとは思わなかった」 悟り猫「でがしょ?俺もほんとに最初の最初は解らんかったし」 真穂 「嫌われるのが苦手なのにお姉さんぶっていっつも失敗してたね」 悟り猫「特に料理がいけねぇ。あれは食材に対する侮辱以外のなにものでも」 真穂 「───ないぞクラースくん、でしょ?」 悟り猫「ややっ!?これ!キメ台詞を横から奪うとはなにごとか!」 真穂 「うわ……キメ台詞だったんだ……」 悟り猫「格好いいっしょ?」 真穂 「全然……」 彼女はとっても正直でした……。 悟り猫「さて……そろそろキリュっちが帰ってきてもいいと思うんだけど」 真穂 「うん……ちょっと遅いかな。     晩御飯楽しみにしてたからすぐに帰ってくると思ったのに」 ぬう……なにやら嫌な予感がするぜ? 悟り猫「あ、じゃあ料理にバリアー(サランラップ)かけといて。     俺ちょいと外見てくるわい」 真穂 「うん、お願い」 悟り猫「念のため鍵は掛けておくこと。よろしいな?」 真穂 「大袈裟だよ弦月くん」 悟り猫「それでもですじゃ!」 真穂 「あはは、いってらっしゃ〜い♪」 にこにこ微笑む真穂さんに見送られ、俺はトカカカカと走った。 にこにこ微笑んでた理由の大半は、多分『猫を見送る』という状況を笑ってたんだと思う。 ───……。 タケオ「キミ可愛いねぇ〜〜〜〜っ!!ボボボ、ボクの好みだよぉおおお〜〜〜〜っ!!」 ウネウネウネウネ!! 桐生 「うわややぁああああーーーっ!!!気持ち悪いぃいいいいいっ!!!!」 ルーの散歩途中、わたしは……突然現れた竹尾タケオと名乗る変態さんに捕まっていた。 その人の動きは人間とは思えないほどに不気味で、 頬を赤らめながら体をグニグニと動かすような気持ち悪いものだった。 人体の関節運動を完全に無視したグニャグニャとした動き…… それは不気味以外のなにものでもなかった。 ルーは完全に気持ち悪がって震えてしまっていて、わたしも同じ状況。 うう……どうしよう……。 タケオ「そ、そそそその震え方、たまらないねぇええ〜〜〜〜っ!!!!     あ、そこはもっとこうやってポーズつけて」 桐生 「やだぁっ!!触らないでよぉっ!!」 伸ばされた手を払いのける。 でも自分が思うほど力が出ない。 タケオ「反抗的な人だねぇ〜〜〜っ!!でもそこがまたたまらないねぇええ〜〜〜っ!!」 桐生 「ひぅっ……!?」 その目を見て悟る。 この人は本当に変態さん。 そもそもこの体のグニャグニャした動きを見れば、一目で解ることだ。 ……どうしよう、怖いよ……。 怖くて、体が動かないよ……! タケオ「あれぇ〜〜〜っ!?もう抵抗しないのかなぁ〜〜〜っ!?     だ、だだだだったらここのポーズをもっとこう……」 桐生 「っ……!!」 手が、伸ばされる。 それがわたしの手首を取った時、わたしの頭の後ろに冷たい何かが通り過ぎた。 それは───恐怖。 桐生 「やっ───やだぁああああああっ!!!!!     助けてアキちゃぁああああああああんっ!!!!」 気づけばわたしはそんなことを叫んでいて─── でも、家で料理を作って待っててくれるアキちゃんがこんなところに居る筈もなくて…… わたしは恐怖から逃げるように、目をきつく閉じた───その時だった。 声  「ハァッ!!ハッハァッ!!」 声  「だ、だだだ誰ッ!?ボクの邪魔をするのは!!クビにするよ!?」 ……? 今の……今の……聞いただけで安心する声は───? 猫  「黒衣を───身に着けた猫だ!!」 ゆっくりと目を開けた景色の中、塀の上に乗って刀を抜く猫さんが居た。 それは間違える筈もない、わたしの心を暖かくしてくれる猫さんだった。 タケオ「ね、ねねね猫が喋ったっ!?」 猫  「我が(まろばし)
、受けるがいい……柳生新陰流───神妙剣」 ゆら…… タケオ「はっ……ま、まるで風に揺れるヒモのようなしなやかな動きっ……!」 猫  「ニャアッ!!」 ゾブシュッ!! タケオ「キャーーッ!!?」 猫さんは刀を抜いておきながら、爪を伸ばしてタケオさんの足に突き刺した。 猫  「いくぜ相棒───家系全力パァーーーンチッ!!!!」 メゴシャドッパァアアアーーーーーン!!!!! タケオ「ぎゃあああーーーーーーーっ!!!!」 猫さんの小さな手。 それがタケオさんの頬を捉えると、 タケオさんはずっとずっと遠くの方まで飛んでいってしまった。 猫  「セニョール、ご無事でしたか」 桐生 「う、うん……ありが───あ」 振り向いて、被っていた帽子を取ってペコリとお辞儀をする猫さん。 その肩が荒く動き、息も乱れていることに気づいた。 ……探してくれたんだ、わたしを。 見れば、黒い靴もボロボロだ。 桐生 「アキちゃん……」 猫  「ふふっ、おかしなことを言うお嬢さんだ。     私は正義の放浪猫、黒衣を身に着けた猫ですよ。     暗い夜道には気をつけなさいお嬢さん。月夜の晩ばかりじゃあありませんよ」 桐生 「月夜の晩……だよ?」 猫  「え?」 猫さん……アキちゃんが空を見上げると、まんまるの綺麗な満月があった。 猫  「………」 桐生 「………」 アキちゃんが恥ずかしそうに帽子を深く被って顔を隠した。 わたしはそんなアキちゃんの帽子をやさしく上げて、その体を抱きかかえた。 猫  「ゴニャッ!?」 アキちゃんはびっくりしたかのようにわたしの腕から逃げる。 猫  「セニョール、お戯れを。さあ、家まで付き添いましょう」 桐生 「……うん」 猫  「にゃにゃーにゃにゃにゃ」 ルー 「わうっ」 アキちゃんは猫の声でルーに何かを言った。 すると所在無さげにわたしを見ていたルーがてこてこと歩いてくる。 多分、『気にするな』とか言ったんだと思う。 桐生 「ね、アキちゃん」 猫  「セニョール、私は放浪猫の黒衣を身に着けた猫だ」 桐生 「うん、それじゃあ放浪猫さん。ありがとうね」 猫  「礼には及ばないさセニョール。私はああいう男が許せないだけなのだ。     趣向に走るなとは言わないが、堂々と人に迷惑をかけるのはいけない。     それが漢として許せなかっただけさセニョール」 桐生 「ふ〜ん……あ」 ふと、前を歩く猫さんの腰……そこにある刀に目がいく。 よく時代劇なんかでお侍さんが持ってる、黒く光る鞘に収められた刀。 桐生 「放浪猫さん!」 猫  「オワッ!?な、なにかね!」 桐生 「その刀、触らせて?」 猫  「……ハハッ、おいおいセニョール、調子に乗っちゃいけない。     これは武士の魂だ、他の誰にも触らせるわけには」 ババッ!! 融通の利かない放浪猫さんの腰から刀を奪い取る。 猫  「ややっ!?あ───これ!危ないですよ!?」 桐生 「わ、わっ……重いこれ!」 猫  「当たり前ですよ!刀は紙細工とは違うのですよ!?返しなさい!」 シャアアアア……。 桐生 「うわ、うわわぁ……綺麗だねぇ……」 猫  「ターーッ!!抜いてはなりません!怪我をしますよ!?」 桐生 「大丈夫だよ、もう。放浪猫さんは心配性だね」 言って、なにかを切ってみたい衝動に駆られたわたしは、 近くに落ちていた木の枝を持って、片手で軽く刀を押し付けてスパッ……。 桐生 「え……」 ……押し付けただけで斬れちゃった……。 桐生 「あ、ま、まさか、だよね?」 わたしは声を震わせながら、すぐ横にあった塀に刀を軽く振るってシュパァンッ!! 桐生 「わわぁあーーーーっ!!!!」 き、斬れちゃった!塀が斬れちゃったよ!? 全然なんの引っかかりも抵抗もないよ!?豆腐みたいだよ!? 桐生 「放浪猫さん!こんな物騒なモノ持ってちゃだめでしょ!!」 猫  「返すのです!それはあなたが持っていていいような刀にあらず!     猫の戦士の魂、それ以上侮辱することなかれ!」 ババッ!! 桐生 「あっ───」 刀はあっさりと奪われてしまった。 すごく速かった。 猫  「よいですか?これはただの刀ではないのですよ?     強く振れば風さえも切れる真空刀なのです。     拙者のような猫の戦士のみが扱っていいものなのですよ?     面白半分に扱ってもらっては困ります」 桐生 「むー!」 猫  「ごねてもだめでござる。さ、もう行きますよ」 放浪猫さんの頭の上に両手で持った刀が揺れる。 そのままの状態で、放浪猫さんは『ゴニャァアアァア〜〜ォ』と鳴きながら走る。 桐生 「あ、待ってよ放浪猫さんっ」 わたしはそんな放浪猫さんを慌てて追うことにした。 どっちにしても……ありがとう、放浪猫さん。 ───……。 真穂 「ほんと、心配性だよね弦月くんって」 少々呆れる。 でもそんな弦月くんだからこそ、誰かを思い遣ることが出来るに違いない。 ガタンッ。 真穂 「あ、帰ってきたかな?弦月く───!?」 黒覆面「───!!」 強盗!? 真穂 「きゃっ───」 黒覆面「チッ!」 ドンッ!! 真穂 「かふっ……!?」 腹部に鈍痛。 一気に駆けてきた覆面の男は、わたしのお腹に握り拳を埋め込んだ。 黒覆面「まぁ上等だ。毎度、この時間に親が散歩に出かけるのは知ってたんだ。     どぉれ、金目のものはと……」 真穂 「っ……」 痛むお腹からどんどんと力が抜けてくる。 だめだ……気を失ったらだめだ……! 真穂 「けほっ……!ご、ごめんね弦月くん……」 弦月くんの言う通りだった。 心配なんてものは、して損をすることなんてない。 きちんと戸締りをしておけばこんなことには……ならなかったのに……。 声  「あん?千両箱?……うおっ!本物の小判じゃねぇか!!どうなってんだこりゃ!」 真穂 「あ……!」 いけない……! あれは弦月くんの大切な思い出の小判だ……! 誰かに盗まれたりしていいものじゃない……!! 声  「ある家にはあるもんなんだな……ホッホォ〜、持っとるのォォォォ」 真穂 「うっ……!く、ふっ……!」 悔しい。 悔しい悔しい悔しい悔しい……!! 弦月くんがどんな苦しみの上に生きたのかも知らない人に、 あれに触れる資格なんてきっと無い……!! それなのに……!体がっ……動かないっ……!! 黒覆面「なんつーかさ、俺これだけでいいや。     これだけで一生遊べて暮らせるぜ?───いや、だぁが……」 真穂 「っ!?」 男が蹲るわたしの傍に寄ってきて、わたしをジロジロと見る。 黒覆面「上玉じゃねぇか……。ま、金がいくらあったって出来ないことってのもあるしな」 真穂 「え……あ───!!やめっ───んぐっ!?」 叫ぼうと思った瞬間、わたしの口は男の手で押さえつけられた。 黒覆面「暴れるんじゃあねぇよ……!     暴れたってどうにもならねぇ状況だってあるってこと、今から教えてやるからよ」 真穂 「んぐっ!!んぐうぅう!!」 押し退けようとしても、男の腕力には勝てない。 覆面ごしにニタリと笑う男の顔がだんだんと近づいてきて……! やだ……!やだ、やだよ……!!やだぁっ!! 真穂 「ふぐっ……!う、うぐっ……!!」 黒覆面「おやおや、泣いちまったよ。だがこれからもっと───」 どがしゃぁあああああああんっ!!!!!! 黒覆面「っ!?な、なんだぁっ!?」 ドチャッ!ゴチャッ!ゴロゴロ……ドサ。 猫  「グビグビ……」 真穂 「───!!」 猫……猫が窓を破って転がってきた。 その猫は黒い服を着ていて、腰には刀。 間違える筈もない……それは弦月くんだった。 桐生 「アキちゃん!わたしのこと子供扱いするなんて───……あれ?誰?」 真穂 「ぷはっ───お母さんっ!!弦月くんっ!」 黒覆面「チッ───騒ぐな!」 窓が割れる音で驚いたのか、力が抜けた男の手を押し退けて叫ぶ。 その声に、弦月くんの体がピクンッと反応する。 猫  「……───!」 桐生 「え……強盗さん?」 その姿がゆっくりとこちらを向き、 男に押し倒されているわたしを見ると……その目が見開かれて、深紅眼に変異する。 黒い服がブワァッ!!と躍動して、部屋の中に感じたことのない気配が溢れる。 きっとこれが『殺気』というものなんだろう。 パガァンッ!! 黒覆面「ぶぎっ!?」 真穂 「え───?」 一瞬だった。 本当に目にも留まらない。 視線の先に居た筈の猫が自分のすぐ横で、男を殴り飛ばしていた。 殴られた男はとんでもない速さで壁に叩きつけられて動かなくなった。 ……なったのに。 猫  「てめぇ……真穂さんになにしやがった……?あ……?なにしやがったんだよ!!」 バガッ!グチャッ!! 黒覆面「ぎっ!げうっ!!」 弦月くんは決して止まらなかった。 既に……最初の一撃で抵抗する力を奪われていたのに、弦月くんは止まらなかった。 桐生 「───アキちゃん!だめっ!!アキちゃん!!」 猫  「てめぇええっ!!     男が気まぐれで女襲って!!女がどれだけ傷つくか解ってんのか!?     男ってのは女を守る存在だろうが!!───いいか!!     てめぇ勝手にンなことをするヤツをなぁ!!本当のクズって言うんだよ!!」 ガゴッ!!ブチャッ!! 桐生 「だめぇっ!だめだよ!アキちゃん!!死んじゃうよ!!アキちゃん!!」 猫  「男だからってなに偉ぶってんだてめぇ!アァ!!?     男だってだけでなに強い気になってんだよ!!     強気になりてぇなら女を守れる男になりやがれ!!」 桐生 「アキちゃん!!」 猫  「はっ……はぁっ……!!はぁっ……───はっ……!!真穂さん!!」 弦月くんがお母さんの手を振り払ってわたしのところに駆け寄ってくる。 猫  「大丈夫か!?真穂さん!どっか痛いところないか!?」 真穂 「弦月……くん……」 意識が朦朧とする。 痛いのはお腹。 それを感じ取ったのか、弦月くんは軽く手を当てて……暖かい光を流し込んできた。 すると痛みは無くなって、意識もしっかりしてきた。 猫  「大丈夫か?……ごめん、俺がもっと早く戻ってくれば……」 真穂 「だ、大丈夫だよ。     それよりもわたしが弦月くんの言う通りにして鍵を閉めてれば……」 桐生 「アキちゃん!それよりもこっち!治してあげないと危ないよ!」 猫  「──────……ややっ!?そりゃいかん!」 ようやく正気に戻ったのか、弦月くんは動かなくなった男に向かって走り出した。 真穂 「……はぁ。弦月くんでもキレたりするんだねぇ……。     あ……そういえば小学生の頃、一度だけキレたんだっけ……」 かつてイジメグループの中心に居た小野田さんのことを思い出す。 演劇の時に弦月くんをキレさせて、本気で半殺しにさせられた女子だ。 真穂 「………」 わたしは頭を振るようにして心を落ち着かせてから、弦月くんの後を追った。 人をイジメて悦に入るような人のことを思い出すなんて、そんなことはやめよう。 ───……さて。 男が警察に捕らえられてからというもの、 一気に恐怖が襲い掛かってきたらしい真穂さんに付き添い、 俺とキリュっちは大きな布団で真穂さんと一緒に寝ることになったわけですが…… 悟り猫「あのさ、真穂さん?俺……漢なんですけど?」 真穂 「大丈夫。弦月くんはヘンなことしない人だって信じてるもん」 桐生 「そんな度胸もないもんね〜」 悟り猫「なんだとこの小娘が!」 桐生 「小娘じゃないったら!もう!アキちゃんのバカ!」 悟り猫「バカとはなんだコノヤロウ!!」 暗い中で、俺を挟むようにして川の字になる我ら。 正直、なんとも寝苦しい。 手出しすることなんぞありませんが、それでもね、やっぱりね、あー……解るでしょ? 悟り猫「自分の枕じゃないと寝辛いのぅ……」 桐生 「あ、じゃあわたしが腕枕してあげよっか!」 悟り猫「なんと!マジかね!?では遠慮なく!」 桐生 「え?あ……てっきり嫌がると思ったんだけどな……」 とか言いつつ腕を伸ばすキリュっち。 その腕にちょこんと頭を乗せて─── 悟り猫「ワイの体がどんどん重く〜♪触ったものまでどんどん重く〜♪」 ズシッ…… 桐生 「いたっ……!?」 悟り猫「どんどんどんどん重くなる〜♪果てもないほど重くなる〜♪」 ミシミシミシミシ……!! 桐生 「いたっ……いたたたた!     いたいいたい!!いた───痛いっていってるでしょ!」 ボゴシャァンッ!! 悟り猫「うじゅっ!!」 桐生 「いたぁっ!!?」 月然力・重力で重くしていた空間に入り込んだキリュっちの拳が、 重力運動で俺の顔面にめり込んだ!! お蔭で下段突きをされたドイルさんのような顔になってしまった……。 悟り猫「グビグビ……」 桐生 「あいたたた……」 それゆえにキリュっちの腕も無事では済まなかったらしい。 そりゃね、重力が発生してる場に拳落としすれば引っ張られて腕の筋がおかしくなるよ。 桐生 「アキちゃん!なんてことするの!」 悟り猫「そっちこそなんてことするの!顔がヘコんだじゃないですか!───フンッ!!」 パァンッ!! 桐生 「うひゃああっ!!?」 悟り猫「我……復活せり!」 口と鼻を塞いで一気に空気を噴出。 行き場を失った空気が、顔のヘコミを無くしたのだ!! 真穂 「弦月くん……ほんとになんでもありだね、すごいよ」 悟り猫「褒めてませんね?」 真穂 「……褒めてるんだけど」 悟り猫「おいおいお嬢さん、いくら俺だってそげなおべんちゃらでは騙されんぜ?     この猫を悟り猫と知っての狼藉ですか?」 真穂 「弦月くんってほんとに愉快な思考回路してるよね……」 桐生 「だってアキちゃん、馬鹿だもん」 悟り猫「激馬鹿は黙ってなさい」 桐生 「激!?今激馬鹿って!激馬鹿って言ったぁーーっ!!」 悟り猫「ほほっ、怒りおったわ。さては図星かえ?」 ガシィッ!! 悟り猫「ほごっ!?」 顔面を掴まれました……いわゆる……あれだ、アイアンクローだ。 桐生 「激馬鹿だなんて言われれば誰でも怒るよ……!!」 メリメリメリメリ……!! 悟り猫「ぐ、ぐおお……!!お、俺の生徒に手を出すな……!!」 桐生 「アキちゃんに生徒なんて居ないでしょ!!」 メキキ……!!! 悟り猫「ぐごっ!?はおっ!はおっ!はおっ!!」 も、物凄ぇ握力だ! このままじゃやべぇぞ……!! キリュっちの手のサイズが、この悟り猫の頭の大きさにジャストフィットしておる……! 悟り猫「ご、ごにゃにゃ……!」 さすがにヤバイと感じた俺は、キリュっちの手にテシテシとタップした。 桐生 「ふふーーんだ!そんなの痛くもないよ!!」 悟り猫「ゲェエエエーーーーッ!!!」 が、なにを勘違いしたのか……キリュっちはさらに力を込めてきた。 ぬおお、意識が白くなってゆくよママン……!! し、しからば……ザリッ。 桐生 「ひゃあっ!?」 アイアンの呪縛から解放された。 なにをしたかと言えば、キリュっちの掌を舐めたのです。 悟り猫「フッ……ラーメンの汁の温度にも耐える我が超猫舌、甘く見るでないぞ」 真穂 「舐める行為に猫舌かどうかは関係ないと思うけど……」 悟り猫「グ、グウムッ……!」 桐生 「ねぇアキちゃん、トイレには行った?」 悟り猫「いきなりですな……まさか怖いから付き添ってとか言うのではあるまいね」 桐生 「違うよ。行ったかどうか訊きたかっただけだよ」 悟り猫「ほほほっ、強がるでない……どれ、じいやが一緒に行ってやろうね」 桐生 「ち、違うったら!」 悟り猫「遠慮するでない、便意に身を任せることは大切なことですよ?」 桐生 「むーーー!     300年生きてきたのにお漏らししたアキちゃんに言われたくないよ!」 グサァッ!! 悟り猫「ッ…………!!」 真穂 「うわ……顔が漂流教室に……」 悟り猫「あの……な、なんでキリュっちがそれを……?」 真穂 「え?だって弦月くんの過去に出てきたよ?『みさお』って娘の前で漏らしてるの」 悟り猫「───キャッ……!!キャアアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!!」 桐生 「アキちゃんうるさい!」 ボゴシャッ! 悟り猫「ぶべら!」 キリュっちの叩き付けパンチ炸裂……。 ひでぇ……恥ずかしかったから叫んだだけなのに……。 悟り猫「あ、あの……お願いですからくれぐれもご内密に……」 真穂 「うん、それはもちろんだよ」 桐生 「ふふ〜ん、どうしよっかな〜」 悟り猫「ガキですかアンタは!!」 桐生 「むっ!わたしガキじゃないもん!!」 悟り猫「だったら素直に頷きんしゃい!まったく……明日我らは同窓会なんですよ!?     ギャースカ騒いで迷惑かけるんじゃありません!」 桐生 「……そうなの?」 真穂 「うん、明日同窓会。中学校の頃のみんなで集まるんだよ」 桐生 「へ〜……」 反論が無いってことは、一応ギャースカ騒いでた自覚はあったんでしょうかね。 悟り猫「まあいいコテ、明日のために今は寝ましょう。     集合場所って昂風街付近だったよね?」 真穂 「うん。なにをするのかは知らないけど、男女一組ずつになって向かうとか」 悟り猫「へぇ……なにするやら」 桐生 「わたし、見に行ってもいい?」 真穂 「お母さんは学校でしょ?」 桐生 「うぅ……仲間はずれだ……」 悟り猫「フッ、部外者が」 ボゴシャッ!! 悟り猫「ブゲッ!!」 桐生 「もうっ!アキちゃんのばかっ!知らない!」 悟り猫「なにが知らないのか全く解らんのですが……あでででで……!」 また顔面に痛打を一撃……。 喋る度に殴られてる気がしますな……もう寝ましょう。 悟り猫「おやすみゴワス……」 真穂 「うん、おやすみ」 桐生 「おやすみ〜♪」 むぎゅっ! 悟り猫「ギャニャッ!?」 で、おやすみ宣言のあとにいきなり俺を抱き枕代わりに使うキリュっち。 それに対しての俺のCOOLな対応はというと─── 悟り猫「ぐごー!ふんごー!!」 ボゴシャッ! 桐生 「いたっ!?」 寝たフリでの裏拳。 これでキリュっちもただの寝返りに思うこと請け合い。 桐生 「うぐぐぐぐぐ……!!」 悟り猫「………」 でも考えが甘かったです。 キリュっちならば騙せるという奇妙な予感があったんだが…… キリュっちは目に涙を溜めて俺を睨んでおりました。 どうやら裏拳が目に当たったらしい。 ああ、こりゃ痛いね。 悟り猫「ぐ、ぐごー!ふんごー!!」 桐生 「アキちゃんのぉおおお……!!」 悟り猫「ぐごー!!ぐ、ぐごごーーー!!」 桐生 「ばかぁあああーーーーーーーっ!!!!!!」 悟り猫「ぐごぉーーーっ!!?」 ドカバキベキゴキガンガンガン!!!! 悟り猫「ぎょえぇえええぇーーーーーっ!!!!!!」 ───静かな夜。 その家に、一匹の猫の『猫とは思えない絶叫』が響き渡った。 Next Menu back