───地上最強猫列伝『第十六章◆戦慄!原中名物【鬼喪堕痲死(きもだめし)】!の巻』───
中井出「さて諸君らよ!皆が風呂に入り終えたところで、     恒例の原中名物【鬼喪堕痲死】を行いたいと思う!」 全員 『サー・イェッサー!!』  ◆鬼喪堕痲死───きもだめし  あらゆる方法で対象の肝を試すという原沢南中学伝統の儀式である。  ここで言う『あらゆる方法』とは驚かす者が考えるものであり、  どのような手段であろうとこの鬼喪堕痲死の最中では正当化される。  ただし、猥褻(わいせつ)行為は堅く禁じられている。  *神冥書房刊『原中大原則辞典』より 中井出「人が集えば霊も集う!     我ら吾郎さんの名の下に、心霊研究を尊ぶどころか騒がせる者なり!!」 全員 『サー・イェッサー!!』 悠介 「めげないよな、こいつらも……」 悟り猫「まーまー、楽しい方がいいって。丁度満月だし、月操力の回復も図れる」 悠介 「そりゃそうだけどな……」 オリバにブチノメされてから10分後、俺達は何事も無かったかのように風呂に入った。 てっきりいろいろ訊かれるかと思ったが…… やはり楽しければことの顛末など関係ない原中の猛者どもらしく、 そのまま何も訊かれなかった。 風呂から出た俺達がメシを喰ったのが数時間前。 今じゃすっかり暗くなった外に立ち、俺達は秋の空の下で溜め息を吐いていた。 悠介 「なぁ彰利よ……肝試しって秋にやるものなのか?」 悟り猫「そこに『楽しみ』があれば全力で実行するのが我ら原中魂」 悠介 「そりゃそうだが……」 悟り猫「じゃーじょーぶよ。幽霊にとっちゃあ季節も納涼もなにも関係ないから。     俺達だって楽しけりゃあ肝試しだろうが乱闘だろうが全力で実行する」 悠介 「だからさ。オリバにボコられてまだ懲りてないのかって言いたいんだよ」 悟り猫「これくらいで懲りるなら、     最後のひとりがオリバに屠られるまで立ち向かわなかったよね?」 悠介 「……あぁ、そう……そうだったな……」 自分が最後まで逃げ出さなかったように、 結局あの場に居た全員がオリバの手によって屠られたのだ。 せめて最後はオリバと木村を鉢合わせさせたかったんだがなぁ。 ───ああ、ちなみに藍田はその強さと笑いと驚愕とを称えられ、 『ビスケット・オリバ』というあだ名を付けられた。 俺が原因なだけに、さすがに気の毒だ。 原中大原則『付けられるあだ名に拒否権は無し』の名の下に、藍田はオリバとなったのだ。 『拒否権は無し』とあるが、これはつまり『拒否しても無駄』なのだ。 本人がどれだけ嫌がろうが、オリバがオリバであることに変わりは無い。 木村夏子がオリバの隣で『どうしてオリバって言われてるの?』と首を傾げるが…… オリバは遣る瀬無(やるせな)さそうに俺を見るだけだった。 すまん……今回ばっかりは本気で心の底からすまんかった。 俺も相当楽しんでたからブレーキが効かなかった。 中井出「えー、驚かし役だが、ここは公平を期してクジ引きで決めようと思う」 蒲田 「クジか。不正はしとらんだろうな」 中井出「いきなり疑うなよオイ……。     大丈夫だって、紙縒(こよ)りにグループ名書いてあるだけだから。     俺のグループなら『中井出』で、中村のグループなら『中村』って」 蒲田 「なるほど。あ……女子もか」 中井出「もちろん。つーことで蒲田よ。一枚引け、そのグループを脅かし役にする」 蒲田 「そ、そか。そんじゃあ……」 悟り猫「自分のグループ引け自分のグループ!俺達、脅かされる側に回りたいザマス!」 悠介 「まぁ、たまにはのんびり歩くだけってのもいいよな」 蒲田 「オーケーオーケー、俺に全て任せておきたまえ!ンマッハッハッハハ!!」 蒲田が中井出の手の中から一枚の紙縒りを引く。 中井出「誰のグループだ?」 蒲田 「……中井出」 中井出「……へぇっ!!?」 悠介 「ぐあ……」 悟り猫「なにやってんだ蒲田この野郎!!     なにが任せておきたまえだこのタコ!この野郎!!」 藍田 「てめぇ俺と夏子とのひと夏のアヴァンチュールを!!     一緒に回りたかったのにどうしてくれるんだ!!」 島田 「なに寝惚けたこと言ってんだこのオリバは……」 灯村 「今はひと夏どころか秋だろうがオリバ……」 藍田 「オリバって言うなぁあっ!!!」 丘野 「うるせーぞオリバカ日誌!!」 下田 「おおっ!釣りバカ日誌みたいで語呂がいいぞ!」 全員 『オ〜リ〜バカ!オ〜リ〜バカ!!』 藍田 「晦……ボクに全身オリバ化の薬をください……。     あいつら屠れるならもうオリバでいいです……」 悠介 「や、やめとけって……」 藍田はこの同窓会で『尊厳』というものを失ってしまった気がする……。 別にビスケット・オリバが尊厳の無い男ってわけではなく、なんというか……なぁ? 悟り猫「しかしさ、俺ってやっぱ心の奥底では信用されてなかったのね」 悠介 「仕方無いだろ?いくら原中の猛者どもでも、     クラスメイツが猫になったなんて完全に信じられることじゃない」 悟り猫「でもねぇ……」 メシを喰っていた時のことだ。 部屋の隅にあったカラオケを目ざとく見つけた中井出が、 『誰か歌えーーーィ!!』っと叫び、それぞれが歌っていった。 そんな中、最後のシメとして彰利が選ばれ、 壇上(小さな段差だが)に立ってマイクを持った。 で───
悟り猫「最後のシメをこの悟り猫に任せるとはお目が高い!!     では歌わせてもらいましょう!!『漢の花道』!!」 全員 『よし弦月だ
クラスメイツ全員が流行歌や懐かしい歌を歌う中で、 ひとりだけ演歌を歌おうとした彰利は確信を得られたというわけだ。 悟り猫「演歌歌おうとした瞬間に『よし彰利だ』って……、     正直過去の自分が悲しくなりましたよ?」 悠介 「それこそ仕方ないだろ。     修学旅行のバスの中で自作の演歌や既存の演歌しか歌わなかったお前が悪い」 悟り猫「そげなこと言われたってねィェ〜……」 ブツブツ言う彰利を余所に、中井出が戻ってきて溜め息を吐く。 ああ、そうだったな。 俺達が脅かし役なのだ。 脅かして、キャーキャー言いつつイチャイチャする男女どもを見るのが仕事なのだ。 これ以上のやってられないことがあろうか? 当然『ある』。 中井出「んーじゃあルートはコピーした紙に書いたのを配ったから、     そろそろ林道に潜むか」 藍田 「潜む場所は適当でいいのか?」 中井出「あー。少し距離を空けて、ひとりずつ潜むとしよう。ここの公園、結構広いから」 悟り猫「計画のために既に調査済みなのか……流石だな中井出」 中井出「スムーズにコトが進めば途中で冷める暇なんてないもんだよ。     計画ってのはそういう時のためにこそあると、俺は自負している」 悠介 「遊びにだけは脳が回転するのは相変わらずか」 中井出「そんなもの、我ら原中の猛者どもならば標準装備だろ?」 悟り猫「ほっほっほ、悠介はどうかは知らんが、俺はそうじゃよ」 藍田 「俺はお前らほどじゃない」 悟り猫「状況が訪れれば人はスイッチの切り替えが出来るもんじゃよ」 そうかもしれん。 実際、オリバとの乱闘時の俺はそんな感じだった。 中井出「んじゃ、10分後に第一グループ……ああ、男と女の第一メンバーが出るから。     それまでに自分の恐ろしさを最大限に発揮出来る場所に潜んで準備しろ」 藍田 「イェッサー!」 中井出「あ、晦。ちと創造してもらいたいものがあるんだが」 藍田 「あ、せっかくだから俺も」 悟り猫「既に順応してるのが恐ろしいな」 悠介 「まったくだ……」 ───……。 ───……ゴゾォ……ッ!! 中井出「フッ……」 気分は良好。 俺は右手に勇気を、左手に涙を、心にやさしく邪気を抱きしめ、 訪れるメンバーを待っていた。 そう……第一関門はこの俺、中井出博光さまだ。 恐れるがいいクラスメイツども! 中井出「原中大原則ひとぉーーつ!!遊べる状況ではなによりも全力を出すことォッ!!     貴様らヒヨッコどもに戦場の厳しさを叩き込んでくれるわ!」 手にある創造物を見てニヤリと微笑む。 神よ……ワタシはこの状況を最大限に利用して楽しむことを誓います。 ですからどうか。 どうかこの俺に今までに無いポテンシャルをお与えしろこの野郎。 ───ざわざわ…… 中井出(───!第一犠牲者が訪れおったわ……) 第一犠牲者は……佐野グループと三月グループか。 フッ、イチャイチャしやがって……。 佐野、貴様は今この俺を敵に回したぜ? 三月 「ね、ねぇ佐野くん……ありがとうね、彰利ランドでのこと」 佐野 「へ?あ、あー……あんなの朝飯前だって。気にすんなよ」 三月 「う、うん……」 吾妻 「ヒューヒュー!まったく秋の夜だってのに暑いわねぇ〜!」 綴理 「ぶっちゅしちゃえぶっちゅ!」 佐野 「う、うるせぇ!!」 ……チィ、あの状況の中に入って一緒になって冷やかしてぇ。 だが今の俺は脅かし役。 与えられた状況と使命の中で最大に楽しむことが、今の俺に課せられたものだ。 それを挫折に導く行為は愚かなる行動と知れ!! ……シュハァ〜…… 中井出(……ン?) なにやら背後に冷気が……。 しかも物凄く生臭い。 なんだろこれ…… 中井出(……?) ゆっくりと後ろを振り向く。 すると……そこに青白く透き通った人が……おがったとしぇ。 中井出(なんだホンモノさんかよ……。     あのね、俺は今、楽しみのために一生懸命なんだ。     邪魔するなら除霊するぞこの野郎) 霊  『シュハァ〜〜〜……』 中井出(うるせぇ!楽しみを前にしたこの俺、原中の中井出が霊ごときで挫けるか!     失せろ!お呼びじゃねぇんだコラ!!大体息臭ェんだよ!!) 霊  『………』 霊は悲しそうな顔をして去っていった。 ったく……さてと。 俺は『効果音発生装置』と『思考映像装置』を手に、茂みに隠れつつ機会を伺う。 中井出(さて、是非とも驚いてくれ佐野、二階堂……) まずは思考映像装置を発動させて、まずは思考の中の人間を公園の道端に発現させる。 音はまだ早い。 ───……。 吾妻 「───あれ?あそこに誰か居るよ?」 佐野 「ン……藍田じゃん。キョロキョロしてるぞ?」 三月 「あ……もしかしていいネタが出なくてまだ迷ってるとか」 野中 「あ〜、あるかもねぇ〜」 吾妻 「うん、後ろから驚かしちゃお?」 綴理 「りょ〜か〜い」 俺、佐野清一と二階堂三月が率いるメンバーが紙に書いてある通りの道を進む中、 うろうろする藍田を見つけてゆっくりと近づいてゆく。 吾妻がニシシシシと女らしくない笑みで笑い、 一定距離に入ると藍田の背中をバンッと叩いて『わぁっ!!』と叫んだ。 ビクッ!と戦慄く藍田の体。 吾妻 「あはははは!!大成功〜〜!立場が逆になってどうするの〜っ?」 藍田 「………」 藍田が恐る恐るといった感じに振り向く。 ……体をそのままに、首だけで。 吾妻 「は……」 佐野 「お、おわ……!!」 やがてその首がゴチャッ、と地面に落ち───ジャジャーーーン!! 総員 『うわっひゃぁああああああっ!!!!』 落ちた首がニヤリと笑った途端、何処かから大きな音が鳴った。 しかもその藍田の体がスゥウウ……と消えてゆくのだ。 吾妻 「きゃーーっ!きゃーーーっ!!」 綴理 「うわひゃぁあーーーーっ!!!」 もうなにがなんだか解らず、状況に苦しむだけだった。 ───……。 藍田 「よく見えんけど……さすが中井出。向こうの方がうるせぇうるせぇ」 さて……二番手はこの藍田亮。 あまりいい脅かし文句は閃かなかったが……まあ楽しめることは楽しもう。 俺は創造してもらったブツを目にしてニヤリと笑った。 これは魂消(たまげ)
るぜ? 間違い無いね。 藍田 (……お、来た来た) ビクビクしながら、辺りを注意深く見渡している……佐野と三月のメンバーだな。 そいつらを眺めながら、中井出が仕掛けたものを素直に感心した。 さすが中井出だ。 どんなものを使ったのかは知らんが、よほど恐ろしいものだったんだろう。 さて……俺も準備するかな。 ───……。 綴理 「な、なんだったのさっきの……!」 吾妻 「藍田くん……だったよね……?でも首が取れて笑って消えて……」 佐野 「あぁっ……!訳解んねぇ……!」 三月 「佐野くん……」 佐野 「あ……だ、大丈夫だって。三月は俺が守ってやるから……」 野中 「佐野くん……そんな余裕あるの?     正直、中井出達を脅かし役に回して、平気で居られる自信ないよ……?」 綴理 「こういう時には奇妙な力を発揮する人達だからね……」 吾妻 「それにしたってさっきのはどうやったんだろ……まさか藍田くん、死んだ?」 ますます解らない。 首が取れるとか大きな音とかは、 なんとかすれば仕掛けとして出来ないこともないかもしれない。 本当の首は、服の中にあったとか……そういう風に。 でも『消える』ってなんだよ……。 ───ガササッ! 三月 「っ!!」 吾妻 「こっ……今度はなにっ!?」 茂みが音を出した。 しかしそれはフェイクだったのだ。 本当の驚愕は木から落ちてきたのだ!! 半魚人「はんぎょじぃい〜〜〜〜ん」 ドチャッ。 吾妻 「………」 佐野 「………」 よく解らん魚スーツを着たなにかが降ってきた。 綴理 「……なにコレ」 野中 「……半魚……人?」 三月 「ある意味で驚愕だけど……」 半魚人「……あれ?」 半魚人が首を傾げた。 吾妻 「とりあえず……殴っとく?」 佐野 「そだな」 野中 「賛成」 半魚人「えっ!?あ、いやちょっ───ぎゃあああああああああっ!!!!!!」 ───……。 悟り猫「FUUUM……藍田の野郎。どんなことをしてるのかは解らんが、     さっきから絶叫続きじゃねぇか……こりゃ負けられねぇな」 気の所為か、聞こえる絶叫が同じ人物の声のような気がしてならねぇが……フフッ。 きっと郡を抜いて怖がりなヤツが居るに違いねぇ。 悟り猫「さてさて、シメは悠介に任せたとして。俺はどうやって驚かしてくれようか。     “冥府誘う深淵の災い(ハデスディザスター)”使っちまった所為で気分が悪いが……     なんのなんの、俺はこげな状況でぐったりしていられるような男じゃあねぇぜ?」 ちなみに創造したブツは悠介に渡しておきました。 きっと助けになりますよ? 悟り猫(お……来おった来おった) 佐野グループと三月グループか。 でもなにやらすっげぇ脱力してるといいますか、疲れてるといいますか……。 フフフ、きっとヤセ我慢してるんだぜ? クォックォックォッ、これは驚かし甲斐がありそうだぜ〜〜〜っ!! 悟り猫(ミッション!スタート!) ───……。 吾妻 「あ〜……なんかシラケちゃったなぁ〜……」 佐野 「まったくだ……」 半魚人をボコボコにした俺達は、地図に沿ってゆっくりと歩いていた。 残りは弦月と晦。 案外クセモノなふたりだ……どんなことが起こるのか、想像もつかない。 綴理 「あとはここ通って階段登って、     その先にあるベンチの上のノートに名前書くだけだよね?」 吾妻 「うん。この調子じゃあ後は楽そうだね」 野中 「最初のは本気で驚いたけどね」 三月 「うん……なんだったんだろうね、あれ……」 〜……♪ 三月 「……?ねぇ、今なにか聞こえなかった?」 佐野 「ああ……なんか音楽みたいなのが……」 綴理 「音楽?いや……聞こえた?たっちゃん」 吾妻 「ううん全然……気の所為じゃない?」 三月 「そんな筈は……あ、あそこ……誰か居るよ?」 吾妻 「えぇっ!?ちょ、ちょっと勘弁してよ……!     また首取れるとかのだったら、嫌だよ……?」 トントン。 佐野 「うん?……あれ?」 吾妻 「な、なに?どしたの?」 佐野 「今……誰かに肩を突付かれた」 野中 「ちょ、ちょっとやめてよ……!佐野くんの後ろ、誰も居ないじゃない……!」 佐野 「綴理?」 綴理 「ち、違うわよ!こんな状況でからかえるのは提督と弦月くんくらいよ!」 それはそうだ……。 二番目のインパクトがあまりに低かったとはいえ、一番目がキツかった。 そんな状況の中でふざけられるほど、このグループは強豪ではない。 ───グイッ! 三月 「いたっ!」 佐野 「三月っ!?」 野中 「こ、今度はなによ……」 三月 「だ、誰かに髪を引っ張られて……!」 吾妻 「ちょっとちょっと……ホントなの……?」 総員 『───!!』 吾妻 「……え?どしたの?」 筒理 「あ、あがっちゃん……!うしろ……!う、うしろ……!!」 吾妻 「?後ろがどうしたって───」 吾妻が振り向く。 と───体がジュクジュクと焼け爛れ、穴が空いた喉から声を漏らす何かと目があった。 その目も白く変色し、何処を見ているのかも解らない。 吾妻 「う、わ───きゃああああああああっ!!!!!」 吾妻は腰を抜かしたように倒れこみ、ジリジリと這うように俺達の方へ逃げてくる。 何か 『ルゥウウウェエエウウ……!!デェケケケケ……!!ガヴォガヴォォオ……!!     血ィイイ……吸ったらいィだろォなァァアァ……ジュルジュルってよォオオ……』 なにが可笑しいのか、崩れた何かは笑っていた。 その体がこちらにゆっくりと歩いてきて、崩れた手を差し伸べてくる。 綴理 「に、逃げ───逃げてぇえええっ!!!」 野中 「きゃあああああああっ!!!!!」 それぞれが走って逃げ出す。 そんな中で俺は三月を先に逃がし、恐怖に足が竦んでいる吾妻に肩を貸して走り出した。 吾妻 「な、なんなのよ……っ!なんなよあれぇっ!!」 佐野 「そんなの知るかよぉっ!!」 脇目も振らずに階段目掛けて走る。 あの崩れた状態じゃあ階段は登れないと感じたからだ。 ───それは正解だった。 案の定、階段の前でぐちゃぐちゃと蠢くそれは、 俺達を憎憎しげに見上げて、手を招くように動かしていた。 佐野 「はぁっ……はぁっ……」 綴理 「訳解んないよもう……っ!     て、提督さん達なんかに任せるべきじゃなかったんだよ……!」 佐野 「恨むぜ……蒲田……」 のろのろと階段を上がってゆく。 足はガクガクと震え、駆け上がることなんて出来そうにもなかった。 ───……。 悠介 「……まあ、あれは効果的ではあるか」 階段の上で待機していた俺は、彰利が月奏力・幻惑の調べで出現させたバケモノを見る。 さっさと消してくれればいいものを、 あいつらを逃がさないために階段の下で待機させているようだ。 悠介 「まあいい。俺も準備するか」 彰利に渡されたものを手に、イメージを膨らませる。 渡されたものってのは『黄昏の種』。 イメージを与えることで、一時的だが黄昏の創造を可能にするものらしい。 あいつのことだ……強がってはいたが、 無茶なものを作った所為で月奏力程度しか発動できなかったんだろう。 だったらそれに応えてやるのが友情ってもんだ。 悠介 「……種よ芽生えろ。そして染まれ。赤く、紅く、朱く、緋く……」 ───……。 ───タンッ。 俺達はようやく息切れしながら階段を登り終えた。 ハァ、と息を吐いて、疲労から俯かせていた顔を上げる。と…… 佐野 「え……?」 吾妻 「な、なにこれ……」 いつの間に迷い込んだのか……そこは広い草原だった。 夜であった筈の景色は黄昏に染まり、後ろを見ても階段など存在していない。 景色にあるのは一本の木と草原のみ。 遠くの空に見える沈みゆく陽の光が、その景色を赤く染めていた。 そんな中で───そいつはポツンと立っていた。 悠介 「ようこそ、遙かに遠き黄昏の世界へ」 ポツンと立っていると認識した筈なのに、そいつの存在はなによりも色濃かった。 吾妻 「晦くん……?」 佐野 「油断するなよ……!また首が取れたりするのかもしれないぞ……!」 悠介 「首?言ってる意味がよく解らんが……ああ。安心はしろとは言わないが、     お前らはただあそこにあるベンチを目指すだけで構わない。     この世界ではお前らが『見たくないもの』が創造される。     それに耐えて、ベンチの上のノートに名前を書ければお前らの勝ちだ」 三月 「な、なに言ってるの……?」 野中 「ねぇ晦くん……この草むら、どうなってるの……?それにあの夕陽も……」 悠介 「企業秘密だ。タネはタネだからこそ仕掛けになる。     俺から言えることは『頑張れ』ってことだけだ」 そう言うや否や、晦は姿を消した。 見失う筈の無いこの草原で、ハタと姿を消したのだ。 吾妻 「う……なんかヤバイよ……!?どう考えたっておかしいよ……!」 綴理 「どうしていきなり草原になんか出るのよ……!公園は何処に行ったの……!?」 佐野 「………」 迷っていても仕方が無い。 とにかくノートに名前を書けば終わるんだから。 佐野 「ノートに名前を書こう。すぐに離れたいならそうするべきだ」 三月 「う、うん……」 野中 「でも、わたしたちの『見たくないもの』が創造されるって……」 綴理 「『創造』なんて出来るわけないよ!とにかく書けばいいんの!ほらっ!」 綴理が走り出す。 躊躇していたみんなもやがて、それに引かれるように走り─── 吾妻 「───!!な、なによこれっ……!!」 草原からゆっくりと湧き出るように浮かぶ黒いものを見て、立ち止まった。 それが『影』だと知ったのは───そのカタチが『見たくないもの』を象った瞬間だった。 声  『ぎゃああああああああああっ!!!!!!』 悠介 「よし、上出来っと」 黄昏から抜け出した俺は、次の獲物がやってくるのをただ待った。 後ろから絶望の悲鳴が上がる中、 俺はただただあいつらがショック死することがないようにと願った。 悠介 「ン───」 ふと、階段下を見てみると、 猫の彰利が『随分ヒドイことやってるみたいだな』と声を上げる。 それはそうかもしれない。 これは人間の深層意識にある『恐怖のカタチ』を創り上げてるようなものだから。 悠介 「もう次の客は来てるのかー?」 悟り猫「オウヨー。なにやらさっきから同じような悲鳴が聞こえてくるわさー」 悠介 「お前の前って藍田だったよなー?」 悟り猫「オウヨー。あいつもなかなかやりますなー」 半魚スーツなんてものを注文された時はどうしたものかと思ったが…… なかなかどうして、藍田のヤツは応用を利かせたらしい。 あんなもんでどういう応用を利かせれば怖がらせられるのかは解らんが。 悟り猫「まァ、まったりいきましょうやー」 悠介 「そだなー」 未だに悲鳴が止まない背後のことはひとまず無視。 既に泣き声と化しているが無視。 俺はのんびりと次の獲物を待つことにした。 Next Menu back