───UnlimitedBlackOrder-No.01少年の頃のように───
───……夜。 悟り猫「なんですと!?悠介がまだ目を覚まさない!?」 一眠り終えた俺はリヴァっちにそげなことを聞いて、大変驚いてました。 リヴァ「ああ。原因は簡単だ。魔払いの弾丸を撃たれたらしい。     内側からどんどんと蝕まれていっている」 悟り猫「なんとまあ……」 虚無僧テッカーを脱いで、 すっかり悟り猫な俺が言うのもなんだが、悠介ってばお馬鹿さん。 悟り猫「治す方法は!?」 リヴァ「言ったろ、『内側から蝕まれてる』って。だったら内側から治してやればいい」 悟り猫「ふむ……ってーと、また精神?」 リヴァ「そういうことだ」 あ〜……あんまり精神世界って行きたくないんですけどねぇ。 しかしこれも友を助けるため。 せっかくだから性根から叩き直してあげましょう。 この悠介、ほんに平和ボケしすぎです。 いざという時にこんなんじゃあ守れるものも守れん。 悟り猫「あ、なあリヴァっち?この時代の悠介は今なにしてる?」 リヴァ「ああ、悠介なら今日中には自分の仕事が終わるとかで、     明日にはこっちに来れるらしい。     実際は今日を乗り切れればわたしも文句はなかったんだ。     悠介の創造の理力以外に対抗する手立てが無かった。     わたしの式を使っても良かったんだが、     困ったことにわたしは今、弱齢の時期にあってな」 悟り猫「じゃくれいのじき?なにそれ」 リヴァ「空界人には何年かに一度、力が弱まる時期が訪れるんだ。     『千年の寿命』の代償だな。     わたしの場合は通常の魔導魔術師よりもその時期が長い」 悟り猫「千年の寿命って?」 リヴァ「言ってなかったか?空界人が魔導魔術に手を染める場合、     その最初の条件として『千年の寿命』という戒めを身に刻む必要がある。     わたしは両腕と喉の下の胸、額にそれぞれ千年の寿命を刻み込んである。     ようするにわたしの寿命は4000年はあるということだ」 悟り猫「うおう……でもその分、力は強いとか?」 リヴァ「ああ。空界では三本指の実力者として数えられてるな」 ほほう……リヴァっちがそれほどの実力者だったとは。 道理でいろいろなことが出来る上に顔が広いわけだ。 悟り猫「で、話を戻すけどさ。蝕まれてる悠介ってあとどれくらい持つ?」 リヴァ「……そうだな。ハッキリ言えば明日の朝までだ」 悟り猫「早ッ!!あと数時間じゃねぇですか!」 リヴァ「そうだ。だからお前が入ると言うのを待っている」 悟り猫「そ、そうなん!?それ先に言ってくださいよ!     勘弁してくださいよ!マジヤバイッスよ!?」 リヴァ「それはすまなかった。それで、すぐ行くのか?」 悟り猫「うむですじゃ!───って、ちょいと待った!悠介も一緒に行かせましょう!」 リヴァ「悠介をか?だが明日になれば来るらしいが」 悟り猫「待ってられん!リヴァっち。この時代の悠介が何処に居るか解るかね!?」 リヴァ「……やれやれ、仕方ない……」 リヴァっちが指を光らせて、虚空に式を描く。 それを描き終えると、描いた光が弾けて大きな画面になる。 リヴァ「地図からしてここだ。隣町、だな。稲岬街というところだ」 悟り猫「ふむ、座標は?」 リヴァ「IM-90298……その街の神社だな」 悟り猫「OK。月空力……!!」 ゆっくりと月空力発動。 さあ待ってろよ平和ボケ悠介……俺に小さな秘策ありですよ? というか考えがありますですハイ。 ───……。 悠介 「……光とともにあれ。汝、闇に溺れゆく者にあらず。     ならば光を以って浄化され、光にこそ溺れ救われよ……」 稲岬街にある、とある神社……将門神社にて、俺はその場の浄化を行っていた。 その神社の宮司に見つからないように創造を働かせ、その場に聖域を創る。 悠介 「……ふう。お疲れ様でした。これにて、この部分の浄化を終了致します」 気が逸るのは確かだ。 月詠街に『狩る者』が訪れてからというもの、俺達にゆっくりとした安息はない。 相手には月操力も死法力も効かず、鎌の攻撃でさえ無効化される。 情報ばかりがシェイドから届けられる中、俺は抜け出せない宮司の仕事に追われていた。 それも今終わったが、帰るまでの時間がまったくもどかしい……というかやりきれない。 悠介 「早く帰らないとな……」 そのためにもちんたらとしてないで───パキィンッ!! 悠介 「───?これは……」 感じる波動は月空力。 景色が一瞬にして変わり、 どこかの屋敷の中に居ると理解した瞬間、初めて転移させられたことに気づいた。 猫  「ハロ〜エブリニャァ〜ン」 リヴァ「すまないな、一刻を争う事態なんでな」 気づいたら気づいたで、大きな部屋の中で俺に語りかけてくるリヴァイアと……猫? 喋った……な、今。 ひとまず話を聞いた方が良さそうだった。 ───……。 悠介 「ぶははははははは!!!ぶははははははははっ!!!     ぶはっ───ぶあはははは!!くひひははははは!!!!」 悟り猫「……………」 久しぶりに大爆笑だった。 何故って、このちんまりとした『悟り猫』と名乗る猫が彰利だというんだから。 笑わない方がどうかしてるだろ。 悟り猫「あの……あんま笑わないでくれません?過去の団子屋事件での仕返しかこの野郎」 悠介 「ゲフッ!ゴフッ……!そ、そんなつもりは毛頭ないが……!!     お、お前なぁ……なにしたらそんな事態に追い込まれるんだよ……」 悟り猫「そげなこと俺が訊きたいわい!     ……ともかく、今はそれよりもこっちの悠介の問題を解決に導いておくれ」 悠介 「まったく、ようやく物事が片付いたと思ったらまた厄介事か。     お前ってつくづく変わらないよな。変わったのは外見だけか?」 悟り猫「フッ、そういうことだ」 悠介 「猫の姿で威張るなよたわけ。物凄く情けないぞ」 悟り猫「グ、グムーーーッ!!!」 キン肉マンのように唸る彰利を余所に、少し『俺』を見てみる。 ……俺だな。 少し若いが確かに俺だ。 聞いた事情からすればこいつの中に入るらしいが……はぁ、気が進まん。 悟り猫「そういや悠介?夜華さんに聞いたんだけど、     お前って確か旅に出たんじゃなかったっけ?」 悠介 「ああ。宮司としての勤めの旅だよ。たまにはこういうこともしとかないとな」 悟り猫「そんなもんかね」 悠介 「やってみると案外面白いぞ?お前もやるか?」 悟り猫「あのね、それは日本好きな悠介だからこそ言える言葉だと思うぞ?     俺に宮司なんてもんが勤まるわきゃねぇでしょうが」 悠介 「そうか?難しく考えることないんだが……」 悟り猫「それも悠介が日本のことよく知ってるから考えることもないんザマス」 そんなことはないと思うが……遣り甲斐ならかなりのものだぞ? なんてったって聖域を創って日本の象徴たる神社を守るんだからな。 これが遣り甲斐でなくて何が遣り甲斐か。 リヴァ「なぁ検察官。どうして悠介は日本のことになると、こうも目を輝かせるんだ?」 悟り猫「好きだからだとしか言いようがないねぇ。     俺がメイドのことで長々と語れるように、     悠介も日本のことになれば相当語れると思うよ?」 リヴァ「……傍迷惑な話だな」 悠介 「迷惑になるのは彰利の方だろ。メイドの話を延々と聞かされても訳が解らん」 悟り猫「な、なにを言う!メイドさんナメんなよコナラァ!!」 悠介 「あーうるさいうるさい。行くならさっさと行くぞ」 リヴァ「いいのか?渋ってたように見えたが」 悠介 「どの道行くんだろ?なら早めの方がいい。     それに『自分』の精神の中にも興味はある」 悟り猫「おお、そりゃ確かに。自分の精神の中には入れんしねぇ」 リヴァ「じゃあそこに寝てくれ。すぐに始めよう」 悟り猫「御意に」 頷く猫とともに、寝台のような場所に寝転がる。 結局こういうことになるんだよな、彰利と一緒に居ると。 イヤというわけじゃないが、こう何度も厄介ごとを持ってこられるのはどうか。 リヴァ「それじゃあダイヴを始めるぞ。目を閉じてくれ」 悠介 「ああ」 悟り猫「クォックォックォッ、楽しみじゃて」 リヴァ「ダイヴ───開始」 キィンッ、という音とともに、俺の意識は光の中に飲まれていった。 【悠介Side1:目的の確認】 ───……コーン……コーン……。 悠介 「………」 気が付くと俺は、神社の境内に立っていた。 精神の中に入るとまず鳴る『コーン』という音が耳に残る。 悠介 「リヴァイア、ここでの目的は?」 声  《ああ、精神の中で『晦悠介』を探せ。     そいつに魔払いの蝕みが取り憑いてる筈だ。それを排除すればいい》 悠介 「自分の排除か……?笑えない条件だな」 声  《そうか?多分喜んで滅ぼすと思うが》 悠介 「?なんだそりゃ」 声  《とにかく探せ。検察官はもう行動してるぞ》 悠介 「……そっか、彰利も居るんだな───って、猫か?」 声  《いや、精神体だから人間の姿だ》 悠介 「………」 んー……少し残念だな、面白かったんだが。 悠介 「まあいいか、とにかく『俺』を見つけて排除すればいいんだな?」 声  《ああ。ガツンと行け》 悠介 「………」 正直気が進まん。 進まんが……それが条件なら仕方ないだろう。 さっさと終わらせるか。 頭をトントンと軽く小突いてから、当てもなく歩き始めた。 【彰利Side1:身軽な姿】 彰利 「ンー……猫じゃあねぇなぁ」 猫の方が身軽なんだけどなぁ。 手をワキワキと動かして、少し寂しい気分に浸る。 彰利 「よっ、はっと」 軽く拳を振るってみるも、どうにも体が重く感じるのだ。 や、猫って相当軽いね、羨ましいわい。 彰利 「それはそれとして、さっさと終わらせましょうね。     ───てゆゥか、やっぱこの精神内にも逝屠って居るんかね」 確か未来悠介の中にも消飲した逝屠が居た筈だから…… 彰利 「居るンだろうなぁ」 うーおー、もうツラも見たくなかったのに。 しつこいヤツは嫌われますぞー? ……もう嫌われてるだろうけど。 【悠介Side2:苛立ちの正体は】 ───……。 悠介 「『俺』を見つけて始末……ああ、それはもう覚悟決めたからいいんだが……」 何処に居るんだ? 一応神社周りも母屋の中も調べてみたが、まったく気配無しだ。 それどころかこの世界、人っ子ひとり見当たらない。 どうなってんだ?一体。 悠介 「ロディエルってヤツだって待ってはくれないだろうし、     さっさと終わらせたいんだが」 なにより家族が危険に晒されるのは冗談じゃない。 魔払い士ということは、月の家系の全てを狙う可能性だってあるのだ。 悠介 「やれやれ……過去ってのはどうして未来に付いて回るやら」 あの時、徹底的に敗北を味わわせればよかったか?……馬鹿な。 俺はそういうことは出来ないタイプだったし、弱った相手に攻撃するのも趣味じゃない。 だったら俺が出来ることは、弱ったあいつを逃がすだけ、だった筈だ。 悠介 「ごちゃごちゃ考えても始まらないか。先に進もう」 適当に歩いてれば何処かにはぶつかるだろう。 ……というか、この精神内部、随分と小奇麗だな……。 辛いことなんてさっさと忘れて、日常に浸っていたいって気持ちが手に取るように解る。 悠介 「………」 俺はそんな『過去の俺』に、少なからず苛立ちを覚えた。 嫉妬とか、そんなくだらない感情じゃない。 『情けない』っていう、自分への不甲斐なさから来る苛立ちだ。 こんなに気が抜けた状態で、いざって時に家族を守れるか? こんな状態で守りたいものを守りきれるのか? ……無理だ。 だって、現にこいつはこんな状態で気を失っているんだ……守れやしない。 悠介 「……そうだな」 リヴァイアが『喜んで滅ぼすと思う』って言った意味が解った。 俺はこんな腑抜けを認めたくない。 『彰利』っていう親友の存在がこれほどまでに影響を与えるとは思ってもみなかった。 けど、あいつは悪くない。 悪いのはその状況に甘えることだけしかしない、過去の俺だ。 悠介 「……面白いな。存分に喧嘩してやるよ」 『自分』に対するこんな苛立ちは本当に久しぶりだ。 まさか過去の自分にこうして苛立つ日が来るとは思ってもみなかった。 向かう場所の見当は大体ついてる。 神社に居ないとしたら、彰利のアパートか弦月屋敷。 恐らくはそこ居る筈だ。 見つけたら……思いっきり殴ってやろう。 悠介 「………」 懐かしい気分。 俺は本当に久しぶりに苛立っていた。 悠介 「───」 自分の中に確かな苛立ちを覚えた刹那、その世界に『影』が現れた。 気づけば見える空は混沌のように渦巻き、虚空からは影が降りてくる。 ……どうやら敵意に気づいて、それを処分しようとしてるらしい。 悠介 「ご苦労だな、まったく……───影を斬り滅ぼす刀が出ます」 俺は降りてくる影がカタチを作る前に創造を完了させた。 創造した刀で影を貫くと、影はやかましい声をあげて消える。 だが影は次々と降りてきて、俺に襲い掛かってくる。 悠介 「そうか……自分は来ないくせに影には任せるって気か……心底呆れたな」 俺は目を紅く変異させつつ、影の群生に向かってゆっくりと歩きだした。 そっちがその気なら全力で潰させてもらう。 悠介 「ああそうだな。生きた時代や重さが違う分、もうお前は俺じゃない」 だったら遠慮もなく戦えるってものだ。 俺は刀を構えて、『人』にカタチを変える影に向かって一気に駆けた。 【彰利Side2:想像は既存を超越する】 ───……。 彰利 「感動……シャンプー体験」 精神内の月詠街でそげなことを呟いてみました。 だってこの世界、何も無いんですもの。 彰利 「こうして歩き始めて早30分くらいかのぅ。人っ子ひとりおらんちゃい」 未来悠介の時みたいに創造が出来るわけでもない。 くそう、影でもなんでもいいからカモンだチクショウ。 彰利 「悠介でも探しますか。……チェーーンジセンサァーーーッ!!!」 ただ気配を探すのは悲しいので、意味も無く叫んでみた。 もちろん名前は適当だが…… 彰利 「……いやん、余計に悲しくなってきちゃった」 とまあ冗談はさておき…… 彰利 「───ハッ!?か、感じるわゴメス!西の方で強い力がぶつかっている!!     しかもこりゃあ……」 大多数対1。 つまりフクロ。 悠介ったらフクロにされてるらしい。 彰利 「……なんで俺のところにゃ敵が来ないのかね?」 ちと疑問。 まあいいコテ、行ってみましょう。 彰利 「クォックォックォッ、待っときんさい悠介。     今おいどんがステキに美麗に助けてあげるけぇのぉ!!」 俺は意気揚々と走り出すのでした。 ───……なんて、暢気な思いで走ったのも……ほんに束の間の出来事で。 彰利 「ワァ」 その光景を見て、俺は大変驚きました。 悠介 「───影を滅ぼす無情の刃よ」 黒く蠢いて、人の形を象りながら次々と降りてくる影の中に、ひとりの修羅がおりました。 刺し、貫き、穿ち……振るい、薙ぎ、捌き、突き─── 様々な型で、影を次々と滅ぼす修羅……つーか悠介。 彰利 「おーい悠介〜、どうなっとるんですかこりゃー!!」 声をかけてみる。 じゃけんど、影はおろか悠介すらこっちを見ようとしない。 彰利 「うわー、怒っとるのォォォォ」 なにやらよう解らんが、悠介ったら全開で怒ってます。 そげな悠介が、持っていた刀を投げて次の創造に移る。 影達はその隙を突こうと一気に駆け出したんですがね…… 悠介 「───遅いんだよ、鈍間(のろま)
」 そうなのだ。 この精神の主である悠介がこの影どもの思考回路の元だとしたら、今の動作はちと遅い。 だって未来悠介ってば創造の速度まで過去悠介に勝ってるし。 悠介 「波動刀-閃-」 黒く輝く刀が創造された刹那、悠介はそれを振るっていた。 ……まあ、それで終わり。 体を回転させて一気に振るった刀からは鋭い光の一閃が放たれ、影を一気に殲滅しました。 恐らくは……『影を破壊する光を放つ刀が出ます』とでもイメージしたんでしょうな。 あれだけの群生に囲まれた状態であのイメージですよ?信じられんよまったく。 彰利 「いやはや、やはり創造者はまず第一に冷静でなくてはいけませんな」 戦いを前にして、余計なこと考えたりするとやられちまいます。 精神を介して学びなされ、過去悠介よ。 これが『強い』ってことですよ? ……などと考えてる間に、次から次へと湧き出る影に悠介の姿が飲み込まれていった。 一瞬心配した……ほんと一瞬。 でもね、そりゃ杞憂ってもんでしたよ。 声  「世界よ染まれ。赤く、紅く、朱く、緋く」 そうなんですよ……彼にはアレがあります。 ここが精神だろうがなんだろうが、なんでも創造しちまう『世界』を持つ者。 考えてみりゃあ……ねぇ、 死神の力無しの生身で死神だのなんだのと戦えるのって、悠介くらいなもんじゃないか? ───パキィンッ!! 彰利 「あ」 世界が草原に変わる。 約束の木を柔らかく染める黄昏の陽が、今はなんとも無敵に見えた。 それでは屠ってみましょう、サンハイ。 声  「我紡ぐは破壊の光。無限の創造に抱かれ、その刹那を思え」 影から光が漏れました。 それを埋めようと次々と影が覆いかぶさりますが、無駄です。 声  「“無限破壊の災放者(ガトリングカタストロファー)”」 ……やっぱ無駄でした。 悠介を押さえていた影は、放たれたアルファレイドの高速連射で瞬時に消滅。 おまけにそのアルファレイドが影に覆われて暗くなっていた空を貫き、蒼空にしました。 ……なんつーか、苦労してアルファレイドを研究開発した立場ないよなぁ俺。 俺がまだレオの中に居た頃の記憶で、 ルドラに言われたものの中に『想像は既存を超越する』ってのがあったけどさ……。 いや、その意味は解るよ?解るけどさ……それにしたって悠介強すぎ。 相手の方が可哀相に思えてきたよ……。 【悠介Side3:親友】 ───……。 悠介 「大人しく消えてろ」 影が消えた世界にある黄昏を消し、溜め息を吐いて歩き出す───と、 その視界の先に彰利が立っていた。 悠介 「彰利……」 彰利 「ヘロウ」 ベンジャミンよろしくの挨拶をする彰利。 その体は猫じゃない。 悠介 「残念だな。結構猫の姿が似合ってたのに」 彰利 「会って言う言葉がそれスカ……」 悠介 「仕方ないだろ、正直ちょっとばかり残念だ」 彰利 「その気持ちは同じだけどねぇ。精神ってのはどうにも融通が利かんらしい」 悠介 「同感だ」 小さく頭を掻いて、一緒になって歩き出す。 彰利 「そういやさ、どしたん?随分の数の影に襲われてたわよねィェ?」 悠介 「ん……まああれだ、この精神内が俺を『敵』と認識したらしい」 彰利 「敵……か。まあ同一人物が精神の中に入ってくりゃあ精神も驚くわなぁ」 悠介 「あー、彰利。同一人物ってのは撤回してくれ。寒気がする」 彰利 「ウィ……?何故に?」 悠介 「向かい合ってみて呆れた。俺は『こいつ』じゃないし、『こいつ』は俺じゃない。     俺とこいつとじゃあ生きた歴史も時間の流れ方も違うんだよ。     正直な話、俺はこいつを殴ってやりたい」 勢いに任せるみたいに、自分の気持ちを一気に口にする。 彰利はきょとんとした顔を見せたあとにニカッと笑って─── 彰利 「こりゃ珍しい。悠介の口から『殴ってやりたい』と出るとは」 そう言った。 悠介 「珍しいか?お前にはよく言ってた記憶があるんだが」 彰利 「言われた時には既に殴られてたけどね。     アタイが言いたいのはアレYO。     悠介が俺以外にそういうこと言うのは珍しいってことYO」 悠介 「………」 まあ確かに。 言われなきゃ気づかなかっただろうけど。 悠介 「……なぁ彰利」 彰利 「んあ?どしたね」 ふと頭を過ぎったことを口にしてみようと思った。 それはなんというか、訊くだけ無駄だと思うことだが…… 悠介 「お前さ、感情手に入れられてどうだ?」 彰利 「……どうだ、と言われてもな。その意を聞かせてほしいが」 悠介 「前と何か変わったような気はするか?」 彰利 「ん……そりゃまあなんとなくは。     でも『怒りやすくなった』ってこと以外は変わってない気がする。     なんつーかさ、ただストレス溜まってばっかなのな、感情ってのは」 悠介 「極論だとは思うけど頷けるな。所詮人間なんてもんは、     一生を賭けてストレスと戦う人物とそうじゃない人物とで分けられる程度だろ」 それこそ極論だという気分ではあるが。 彰利 「それこそ極論じゃないか?」 悠介 「………」 どうやら同じ気持ちだったらしい。 つくづく親友だ。 悠介 「お前って性格的には俺と正反対なのになぁ。     なんだって深層の方で考えることが似てるんだか」 彰利 「ほえ?……なに馬鹿なこと言ってんのかねキミは。     んなもん『たったひとりの親友』だからに決まってるでしょうが。     意見の食い違いばっかのヤツらが親友語るなんて愚かしいことだボケ」 悠介 「ボケは余計だが……そうだな、お前の言う通りだ。     けどな、お前の場合は『たったひとり』じゃないだろ。     腐るほど『俺』と付き合ってきたわけだし、     その歴史の数だけ『違う俺』とも付き合ったわけだ。     現に今の俺と『こいつ』は明らかに違うって認識できた。     そうなると、『たったひとり』じゃなくなるんじゃないか?」 彰利 「俺にとっちゃあ悠介は悠介だ。     性格の違いや情けなさがあったしても、多分……深層の心は変わっちゃいないよ」 悠介 「……なんでそう思える?」 疑問。 軽いとは言えない、少し苛立ちを含んだ声が俺の口から漏れた。 『こいつ』と一緒にされるのに抵抗があるからだ。 けど……目の前の親友は、俺のそんな疑問に苦笑するように振り向いて口を開いた。 彰利 「『本当の親友』って言葉に差別なんてないって思えるからさ。     お前が『晦悠介』なら、俺はきっとどんな性格でも命を賭けて守ってたよ」 ……そんなことを、そいつは笑いながら言ってのけたのだ。 いつもふざけてばっかりだったそいつが。 そんな親友を見て、俺は自分が恥ずかしくなった。 悠介 「……苛立つ必要なんて……ないのかもしれないな」 彰利 「んあ?」 悠介 「……ああ、いや」 知らず、苦笑が漏れた。 おかしなものだ。 さっきまであんなに苛立っていたっていうのに、 俺の中からその苛立ちが消えてしまったのだから。 悠介 「俺は……自分が思うよりもまだまだ子供みたいだ」 彰利 「……そだな。俺だってそうだ。多分それは1000年生きたって変わらない」 悠介 「さすがにそれは解らんが……そうだな。いつまでも童心を持っていたい」 例えば幼い日。 初めて友達になってくれたこいつは、なんとも笑顔が印象的な子供だった。 その頃から親に殴られていたにも関わらず、そいつは俺とは違って笑ってみせたのだ。 もし俺が、最初に『救われたこと』を口にするとするなら…… とっくの昔、俺はこいつの笑顔にこそ救われていたのかもしれない。 少年の頃、ただひとり俺と本気で殴り合って、一緒に笑ってくれたこいつの笑顔にこそ…… 悠介 「……あの頃に会えた子供がお前でよかった」 だから、小さくそう呟いた。 大きな言葉で言うには恥ずかしくて。 聞こえたのかどうかは解らないけれど、 横を歩いていたそいつは架空の蒼空を見上げて目を閉じた。 その横顔は……どこかくすぐったそうな、子供っぽい笑顔だった。 彰利 「実はさぁ、ちょいとばかし後悔してることがあるんだ」 悠介 「……ん?」 ふと、空から視線を下ろした彰利が呟く。 それは俺の言葉とは違って、聞こえるものだったから俺は聞き返した。 悠介 「珍しいな、後悔なんて。俺が聞けるものなら聞くぞ?」 さっきの会話の所為だろうか。 俺はどこかやさしい気分になっていて、自分で出来ることならしてやりたい気分だった。 彰利 「……俺さ。多分さっきの悠介と同じこと考えてたと思う。     『今目の前に居る悠介と、俺の時代に居る悠介は違う』って。     でもさ、自分の言葉に気づかされた。いや……思い出したのかな。     そうなんだよ……俺にとってはみんな悠介なんだ。     この時代の悠介は強かったとか、なんでも瞬時に行動できた、とか……     そんなことを考えること自体が馬鹿なことだったんだ。     ほら、それってそれぞれの時代で悠介が悠介として生きてこれた証じゃないか」 悠介 「彰利……」 彰利 「この時代の悠介と俺の時代の悠介に違いがあるってことは、     俺がちゃんと運命に逆らえたって意味で……。     俺はなににも文句を言う必要なんてなかったのにな……」 悠介 「………」 ……こんな時に思う。 こいつは、本当につくづく親友なんだって。 自分のことではこんな悲しい顔を見せないくせに、 俺のことでこんなにも深い後悔を見せてくれる。 ……本当に、親友ってのはいいものだ。 特に、こいつは。 この世界にいったい何人くらい、こいつと同じことを本気で言えるヤツが居るだろうか。 親友のために命を投げ出したり、他人のためばっかりに傷ついたり。 そんなバカヤロウと友達なれるヤツが居たのなら、きっと笑って居られてるに違いない。 ……そう、今の俺のように。 口を開けて笑うんじゃなくて、ただ……ひどく落ち着いて、やさしい心で笑える。 そんな瞬間の中に居られることを、心底嬉しいと思える自分がとてもくすぐったかった。 悠介 「彰利……」 彰利 「……ん?」 悠介 「サンキュな」 彰利 「へ?」 呼んで、振り向いたそいつにニカッと笑ってみせた。 それから俺らしくもなく高揚した気分で彰利の背中をバシバシと叩いて、先を促した。 悠介 「………」 ……なぁ、過去の俺。 お前はこんなにいいヤツと同じ時代に居られて幸せだよ。 だからさ、もっと自分に自信を持てよ。 しっかりと前向いて、なににも遠慮することなく、さ。 失敗したっていい。 お前にはそれを糧に一緒に笑ってくれる馬鹿野郎が居るんだから……。 悠介 「………」 俺は静かに、自分もこうして彰利に『遠慮』を排除してもらったことを思い出した。 といっても、リヴァイアに教えてもらったことだ、精神の中のことは覚えてない。 ……これがきっかけになるのなら、俺はその手伝いをしてやろう。 だから、今度はお前の番だ。 俺の代わりに、お前の時代でこいつが辛さを見せたら……それを助けてやってほしい。 ちゃんと……『親友だ』って胸張って言える『晦悠介』のままで。 そのために、俺が…… 悠介 「俺が……」 ……ボッコボコにしてくれよう。 それはもう、情けないことを言えなくなるくらい。 【彰利Side3:彼にとっての幸せの価値】 モシャアアア〜〜〜…… 彰利 「………」 なにやら隣の悠介から殺気が滲み出てる気が……気の所為か? いやいやまあまあ、それはそれでいいんだが、こういう時に出されるとちょっと困る。 彰利 「……久しぶりだな、こんな感情」 随分と久しぶりに『子供の頃の俺』を思い出せた気がする。 消えていった『子供の弦月彰利』のものじゃない。 辛いながらも純粋に悠介と笑いあってた頃の自分だ。 だから、今の俺から言えば『自分らしくもない口調』で喋ってた。 彰利 「精神の中だからか、それとも俺が精神体だから、か……」 だとしたら、人の精神の中ってのは案外暖かいものしれない。 何年も何十年も、何百年も汚いものだと思っていた人の心ってのは、 暖かいものなのかもしれない。 彰利 (……なに言ってんだ、悠介の精神なんだから暖かいに決まってんじゃんか) 苦笑しながら頭を小突いた。 どうにも自分が恥ずかしい。 でも、そうだな。 感情を取り戻せて良かったとは思えた。 彰利 「……こんなにやさしい気分になれるんだもんな……」 悠介 「うん?」 彰利 「ああいや、なんでもない」 特に気にした風でもなく視線を戻す悠介を見て、やっぱりどこか苦笑する。 べつに本当に『苦笑』ってわけでもなく、クスッと笑う程度に。 つまり……楽しくて仕方が無いんだ。 なんでだ?と考えてみると、それは案外身近な答えだった。 人は生きた分だけ何かを背負わなければいけないわけで、 俺は合計1000年近く生きてるバケモノなわけで。 普通の人の100倍は背負うものがある。 そんなもの、今まで気にしたことなんてなかったけれど…… もし俺を『好き』だなんて言ってくれる人が居るのなら、それも俺が背負うべきもの。 今まで背負うものなんて気にしてなかった俺が、 今度こそきちんと向かい合って解決しなきゃいけない問題。 彰利 「………」 でも、な。 俺なんかが人を幸せになんか出来るだろうか。 自分の幸せすら満足に見つけられない俺が、 他人を幸せにしてやろうなんて……傲慢もいいところなんじゃないだろうか。 彰利 「……………ん」 悩むってことは、それほど幸せに執着がないってことだ。 だったらそれでいいじゃないか。 誰かの喜ぶ顔を見てた方がまだ嬉しいんだしさ。 よし決定。 幸せ探し、や〜めたっとぉ。 大体、幸せなんて探すものじゃないよな。 生きた証としてそれが訪れるなら、無理に探す必要なんてどこにもなかったんだ。 求め続ける幸せなんてクソ喰らえだ。 俺はただ生きて、この世界の果てを見る修羅になろう。 『時の番人』になって、モーロック……じゃなかった、腐れ外道を操るのもいいだろう。 さすがに誰かに呪いをかけるようなことはしないが、それもいい。 そうするためにもまず、悠介を救ってやらなきゃな……。 彰利 「うしっ!とっとと行こうぜ友よ!」 もたもたなどしてられなくなって、俺は悠介の背中を叩いて駆け出した。 てっきり溜め息を吐くだけかと思った悠介はそれで走り出し、横に並ぶと笑ってみせた。 そんななんでもない行為が、なんだかとても楽しく感じられて、俺もまた笑った。 Next Menu back