───幼い頃、小さく……だけど、ただしっかりと誓った思いがあった。 誰かのために生きて、誰かのために笑顔を作ろうと。 そう誓って、きっと自分は誰かのために生きていけたと信じてる。 でも……今でも、思い出せば後悔する。 あの時、どうして自分は助からなかったのかと。 あの時、どうして周りは自分を助けてくれなかったのかと。 あの時、どうして自分は……助けてくれもしない何かに手を伸ばしたのかと。 ずっと孤独で居れば良かった。 ずっと泣いていれば良かった。 それでも……その未来に憧れてしまったのだ。 『誰もが笑っていられる未来』に。 そのためならきっと、自分はなんだって出来た筈だった。 悪いヤツから誰かを守って、泣いている子に微笑みをあげたかった。 強いヤツに立ち向かって、弱い誰かを安心させてあげたかった。 そのためなら……きっと。 自分がどれだけ傷ついてもいいと───そう、思った頃があった。 誰に理解されなくても、誰かが笑ってくれればそれでいいと思えた頃があった。 そんな自分を貫いていた頃が、自分には確かにあったのだ。 血と肉の海で絶望していた自分に、手を差し伸べてくれる人が居た。 笑って、『わたしと一緒に生きよう?』と微笑みかけてくれた人が居た。 でも自分は笑うことすらも知らないで、 産まれたばかりの自分は何を言っていいかも解らなかった。 ……それでもその人は自分の手を引っ張って、 刀で刺され、棒で殴られた自分を悲しんでくれた。 そんな微笑みと悲しみが、自分には眩しすぎたのだ。 ……だから生きた。誰かのために、と。 悲しんでいる人が居たら、あの人に負けないくらいの笑顔で迎えようと。 苦しんでいる人が居たら、あの人よりも暖かく手を伸ばそうと。 こんな自分が救われたのだ、きっと他の人も救われるんじゃないかって。 そう思って、誰かのために必死に生きた。 でも……自分はその人とは違ったんだと思う。 自分は誰からも否定されて、殴られて。 救いたかった誰ひとりを救えないまま、またこうして血と肉の海に居た。 それでも、とある月の輝く夜。 自分には隣に居る親友を守ることがきっと出来たのだと思って、 それが嬉しくて……初めて自分の存在の意味を見つけられたんだと思う。 ……だから憧れた。 誰もが笑っていられる未来に。 自分がどれだけ傷つこうと、いつかはその笑みが自分を癒してくれると信じて。 いつまでも心から笑えない自分を嘆きながら、それでも前を見て走った。 ───いつだったか、『黒』になろうと思った。 自分を黒にして、自分以外のみんなを白にすれば、みんながきっと輝けると。 真っ黒な秩序になって、他に黒になりたいヤツを追い返して白にして、 白いみんなをずっと輝く白のままにしようと。 子供心に、それがみんなを輝かせる方法だと信じていた。 だから───いくら頭の中が『たすけて』って言ったって聞いてやらなかった。 聞いても、どうせ助けてくれないのだから。 だから早くみんなを真っ白に輝かせて、自分を救って欲しかった。 みんなが白になれば、ひとりぼっちの黒を救ってくれると信じてた。 それが。どれほどの孤独を生むのかも解らないままに。 ……重ねる幻想は山ほど。 ああ出来たらいいなとか、こう出来たらいいなとか。 そんなことを何度も思いながら、けれど芯にあるのはひとつの思いだけ。 『黒で居よう。誰もが、ずっと笑っていられる未来を築くために』 自分以外の誰かが笑っていられる未来が作れれば、 きっと自分も、いつかは笑えるんじゃないか、って…… そんな未来を夢見たことが、自分には確かにあったのだ。 ───自分は果てを見ていない。 いつか辿り着けるであろう『何処か』も見えず、ただずっと彷徨っている。 自分は黒であり、白をより輝かせるための闇だと言い張って駆け続けている。 ……いつの日か、自分を救ってくれる場所が見つかるのなら。 きっと自分は、“無限の黒い秩序”(アンリミテッドブラックオーダー)を背負うことも無くなるのだろう─── ───UnlimitedBlackOrder-No.16月詠。黄昏に響く『人の詩』───
【ケース49:過去悠介/遙かに遠き望郷の詩(ワールドオブノスタルジア)】 ───その姿を直視した。 だが。 腕に黒い包帯のようなものを雁字搦めに巻きつけたそいつは、 未来の『晦悠介』の記憶と一致する姿ではなかった。 悠介 「お前……いったい何者だ?」 だからだろうか……そんな言葉が漏れた。 ロディ「ロディエル=D=シュトロヴァイツ……。この世界の闇を殺す者さ」 石段を登りきり、境内へ現れたそいつは笑う。 にこり、だなんて生易しいものじゃなく、にたりと。 その様はまるで幽鬼。 彼には既に生気が無く、闇と同化したのではと思えるくらいに……そう、危うかった。 人なのに人じゃないと思わせるなにかを、そいつは持っている。 そう感じさせたのだ。 ロディ「お前は───ああそうか、こんなところに居たのか。     会いたかったぞ、貴様に。待っていろ……苦しめながら殺してやる」 男はさらに笑う。 せっかく整っている顔を『崩す』ではなく『変形させる』と言った方が解りやすいほどに。 言ってることも笑う理由も何ひとつとして理解に至らない。 目の前のそいつは何を考え、どうして俺を見て笑ったのか。 それがいつまでも疑問に残る。 悠介 「……訊くまでもないけど。この街に何の用だロディ」 ロディ「初対面───いや。お前とは既に会っていたな。     だが感心しないのは確かだ。ロディエルと呼べ」 悠介 「そんなことはどうでもいいんだ……質問に答えろ」 ロディ「……フン」 少年が鼻で笑う。 答える気があるのかをその表情から読むのなら、こいつは絶対に話さない。 ───けど。 そう感じさせるなにかを持っているのに、そいつは話した。 ロディ「言っただろう、僕はこの世界の闇を殺すためにこそ存在する。     その中でこの街はただ闇が多く、一息に殺すには最適だっただけさ。     ああ、別にそのために一般市民がどうなろうと知ったことじゃない。     あいつらは自分のためなら誰でも差し出すような醜いやつらだ、死んで当然だ」 悠介 「………」 その時に感じたものはなんだっただろうか。 よく解らないけれど、それとは別に解ったことがある。 この男が雰囲気と言動に違和感を齎しているのは当然だ。 『話さない』と思わせる何かを持っていたとして、それをあっさりと払拭するのも頷ける。 ───コイツは。目の前の男は、とうにコワレてる。 その目は既に狂っていて、少し気が向けば初対面の通行人だろうが殺してしまうだろう。 それだけ、こいつの存在は危うい。 悠介 「姉の仇だかなんだか知らないが、いい迷惑だ。     敵討ちをしたいなら、姉を殺した闇を消せばいいだけのことだろう」 ロディ「だめだね。それじゃあなんの解決にもならない。     『闇が居るから光が喰われる』。それはいつまでも変わらないさ。     ……闇を、完全に滅ぼすまではね」 悠介 「………」 目の前のそいつは真実狂っていた。 なにが可笑しいのかクックッと笑い、かと思うといつの間にか笑みを止めている。 ロディ「僕はね、悠之慎。     どうしてお前が姉さんのことを知っているのかなんて、     ああ、そんなことにはまるで興味が無い。     ただ闇を滅ぼせればいいんだ。私情はもう挟まないことにする。     だって、お前の言うその闇は、とうに喰ってあるんだから」 男が腕の包帯を外していく。 ゆっくりと、可笑しそうに笑いながら。 静かに落ちてゆくボロボロの包帯は黒い。 だから。 その包帯の下の黒を見ても、まだ包帯があるものだと思い、その混沌に気づかなかった。 ロディ「紹介しようか。『時の番人』だ」 全ての包帯が落ちた今、俺の視界にある人間の腕には混沌が蠢いていた。 少しずつロディエルの腕を食い、より混沌へと変貌する、正体不明の物体。 ロディ「僕の姉さんを殺した闇はね、時の番人に食われて地獄を見ているよ。     未だに生きて、『出してくれ、出してくれ』ってうわ言みたいに言ってるんだ。     はは、おかしいだろ。光を飲み込む闇だったくせに、     深い絶望が恐ろしくて仕方ないらしい。本当に滑稽だ」 悠介 「……なにが『未だに生きて』だよ……。『生かしてる』のはお前だろ」 ロディ「……うん?ああ、はは。そう、僕だ。     だってそうだろ?生きたまま頭から股の下までの皮を引き裂かれ、     絶叫とともに絶命した姉さんの痛みに比べれば……こんな仕打ちは序の口だ。     だから殺してやらない。     もう腕も足も無いカタチだけど、生きていればそれでいいよ。     ようはその、苦しみもがく声が聞ければ癒されるだけなんだ」 悠介 「………」 腐ってやがる。 目は既に焦点も合っておらず。 俺の予想が正しければ、目の前のこいつは『ロディエル』じゃない。 ロディエル=D=シュトロヴァイツなんて存在は、とうに闇に取り込まれている。 悠介 「時の番人……そう言ったな。未来の俺が、彰利と一緒に殺した存在か」 ロディ「過去も現在も未来も関係無いよ。僕はお前だからこそ殺したい。     前はどう思っていたかなんて覚えてもいないけれど、今は違う。     殺したい、殺しても殺したりないくらいに、ああ、殺したい。     絶叫を響かせのた打ち回り折れた身体を振り回して血反吐を吐いて、     それでも死ぬことは許されず助けを求めるその存在をいつまでも殺したい。     ククッ……ほら、楽しそうだろう?そこに『人間』がある。     今この世界に居る人間なんて、みんな嘘っぱちだ。     偽り、偽善におぼれ、自己満足の奴隷になっているだけのカタチに過ぎない。     偽るくらいなら偽っていると絶叫してみせろ。     偽りさえも偽る群衆に生命を持つ価値は無い」 悠介 「………」 狂ってゆく。 会話をしている間にも混沌の蝕みは続き、 カタチ無きソレが顔半分を覆った時には、そいつは完全に狂っていた。 ロディ「死の直前にこそ『ニンゲン』があり犯される瞬間にこそ『ニンゲン』があり潰れる     瞬間にこそ『ニンゲン』があり轢かれる瞬間にこそ『ニンゲン』があり壊れた瞬間     にこそ『ニンゲン』があり人を殺める刹那にこそ『ニンゲン』があり飢餓の絶望の     淵にこそ『ニンゲン』がる!!『人』を知るのならば奪えばいい!この世の全てが     とうの昔に偽られているのだとすればそれを取り戻すために殺せ殺せ殺せ殺せ!!     百度を越してもなお殺し絶命してもなお殺し魂すらも砕き殺して自分さえ殺せ!」 ……吐き気がする。 『ニンゲン』を語るそいつが壊れているのはもう間違い無い。 だらしなく涎を垂らし、絶望と死を語るそいつは、 とっくの昔に正気など置き去りにしてきたのだろう。 ロディ「───……知ってるか?どれだけドス黒い闇でも、偉ぶっている闇でも、     絶望を知れば泣き叫び、狂い、自我崩壊するんだ。     その瞬間の表情が僕は大好きでね……ああ、本当は復讐なんてどうでもいい。     僕はひとつのことを有言実行できればどうでもいいのかもしれない。     ───せめて、いい声をあげるニンゲンであれよ、お前」 混沌の腕が躍動する。 そこからはなにか嫌な音が放たれ、気づけばその場には数えきれないくらいの死神が居た。 そして……そのどれもが、元は人間だったものだと……気づいた。 悠介 「───姉さん……若葉、木葉……篠瀬、日余…………閏璃葉香……」 その中に知人が居る事実に身体が震えた。 こいつが次にすることなんて解りきっている。 悠介 「やめろ───!!」 ロディ「え?はは、遅いよ」 腕の混沌が爆発する。 いや、そう見えただけであって、その存在は大きく肥大しただけなのだ。 それは食事をするために、遠くのおかずを取ろうとする様子に似ていた。 その場に集まった死神を次々と喰らい、腕の中へと納めていく様は、 なんて現実から離れた光景だろう。 それでもこれは現実なんだと思考が言っている。 ロディ「ははは……あはははは、あ───あはははははははっ!!!!     喰らえ喰らえ!闇の全てなんて消してしまえばいい!!     闇が闇に喰われて僕の力になるなんて最高だ!!」 悠介 「っ……てめえええええっ!!!」 気づけば駆けていた。 拳を強く握り、月鳴力を込めて殴ろうと。 ───だが。 どういう訳か俺の手に月鳴力が響かない。 電撃の『で』の字も無く、だが俺は拳を振るった。 ロディ「鬱陶しいな、目障りだよそういうの」 混沌が唸る。 喰われる、と思ったが、その混沌は俺を横殴りにして石畳へと吹き飛ばした。 悠介 「ぐ、づ……!!」 ロディ「偽善で怒るのは感心しない。実にニンゲンらしくないからね。     ニンゲンを求めるならやっぱり死の淵だ。     そこに、『自分以外はどうでもいい』っていうニンゲンの真実がある。最高だ」 そう言うと、狂っているそいつは最後の死神を満足そうに飲み込んだ。 ……混沌には果てが無い。 飲み込んだそいつらの力を吸収するように蠢いて、見ているだけでも吐き気がする。 ロディ「へえ……いろいろな力を持っているんだね。     こんな力を持ちながら『人』として生きてきたなんて滑稽だ。     神でも死神でも人でもない存在が人の暮らしに憧れる?ああ、実に滑稽だ。     孤独になるのは当然じゃないか。だってお前らは『人』じゃない」 悠介 「……黙れ」 痛む身体を無視して立ち上がる。 殴られた箇所は黒く染まり、まるでそこだけ『黒』に喰われたようで気持ち悪かった。 ロディ「黙れ?はは、お前が黙れよ」 バチュゥンッ!! 悠介 「───……」 混沌がブラストを放つ。 頬の皮を裂き、石畳を破壊して消えたソレは─── 間違える筈も無い……間違い無く月醒力だ。 ロディ「凄いだろ。僕は飲み込んだ闇から能力を奪えるんだ。     だから月操力も使えるし鎌だって使える。記憶を奪うことだって出来る」 悠介 「こ、の……!!」 ロディ「へえ……これは面白いな。神にでもなれる力だ。     あははははは!!こんな力を持ちながら、よく人間と一緒に居られたものだね!     これは滑稽だよ!闇が深い闇に恋をするだなんて!無駄だよ無駄!     弓彰衛門って男は誰も好きになったりしない!あいつはとうにコワレてる!」 悠介 「───!野郎ッ……!」 あいつが、コワレたヤツにコワレたと言われる筋合いはない。 だから地面を蹴った。 真っ直ぐに混沌へと走り、その手にイメージを展開する。 ロディ「そう、それだ。その力が欲しかった。     ───でも、もう要らないよ。     お前はもう闇じゃないから吸収出来ないし、不味そうだから」 ガコォッ!! 悠介 「───、はっ……!!」 巨大な混沌の塊が腹にめり込む。 意識が吹き飛びそうになるくらいの衝撃と、自分が吹き飛ばされていると感じたのは同時。 気づけば再び石畳に倒れ伏し、内臓か骨でもイカレたのか、血反吐を吐いていた。 悠介 「ぐ、あ、───かはっ……」 意識が朦朧とする。 だってのに相手の声はハッキリと聞こえて、酷く苛立った。 ロディ「お前らの言う『トモダチ』っていうのはなんだ?     隠し事をずっとしながら生きてゆくことか?     ああ、お前はきっとそれを否定するだろうな。     だが───だとしたら、お前は級友とやらに自分のことを話したか?」 悠介 「うる……せぇ……!お前に関係……ねぇだろうが……!」 ロディ「あるさ。お前が苦しめば時の番人が喜ぶ。     そうすれば、僕はもっと力を手に入れられる。だから苦しめる。     悠之慎……貴様と彰衛門がもっとも苦しむ形でな」 声を質が変わる。 その声は、未来の俺が過去で聞いた……腐れ外道の親玉の声に他ならなかった。 キィ───ビジュンッ!! 悠介 「…………?なにを……」 見える景色の空に、霧のようなものが展開された。 そこに倒れ伏す俺が映し出されて、状況に戸惑った。 ロディ「見せてやるのさ。世界中の連中に、お前らの闇を」 悠介 「な、に……?」 言ってる意味が解らない。 いや、解ろうとしたくなかっただけだ。 次にこいつがどうするかなんてこと、きっとすぐに解ってた。 ロディ「今の僕には『月視力』と『月空力』がある。     それを使って、世界中の人間にひとつの映画を上映してあげようと思う」 悠介 「……!や、やめろ……!」 ロディ「ああそうだ……お前には黙っててもらう。     騒ぐなら絶望の悲鳴だけにしてもらいたいからね」 混沌が広がる。 ぐちゃぐちゃと蠢くそれは意外に硬く、俺を覆うとそのまま持ち上げた。 その拍子に内臓か骨が軋み、狂いそうなくらいの激痛が身体の中を駆け巡った。 ロディ「さあ、上映時間だ。     未来で倒れている『弦月彰利』の中から直接引き出す物語だ、     きっと世界中が楽しめるぞ。一度見たお前でも……な」 空のあちこちにある霧がひとりの少年を映した。 霧の数はひとつやふたつじゃない。 この男は本当に、世界中にこの霧を出現させたのだろう。 悠介 「くそ……!やめろ……!やめろよ、こら……!」 ロディ「───黙れって言っただろ」 メキッ───ミシミシ……! 悠介 「ぐっ、あっ!が、うあぁああああああああっ!!!!!」 ロディ「ン〜ン……いい声だ……。だが次に騒いだら腕の一本は貰う」 悠介 「あ、が……!ぐ……!」 確実だ。 肋骨がイカレてる。 今の軋みは、自分の耳にさえ届いたのだ。 それが酷く気持ち悪い。 悠介 「彰……利……」 空の彼方にある幾つもの霧は、ひとりの少年の人生を次々と映してゆく。 今を唱えるよりもずっと前。 誰もが笑っていられる未来を夢見た少年の物語を。 自分はそいつを親友と言って、彼も俺を親友と言った。 その少年の過去が今、地界に居る全ての人に見せびらかされている。 悠介 「くそっ……!やめろ……!あいつの過去は見世物なんかじゃ───」 ボギンッ!! 悠介 「ッ!?あ、ア───ぐあぁああああああああぅ!!!!!」 左腕が不自然な音を立てて曲がった。 その場には木も何も無かったっていうのに、 しっかりとした木が無理矢理ヘシ折られたような音が……その場に響いた。 ロディ「不満ならお前の過去も映してやろうか?     ───……へえ、なんだお前、記憶をふたつ持ってるのか?」 悠介 「あ、か……、ぐぁ、あああああ……!!!!」 痛みに耐えるだけで精一杯だった。 痛みは神経を登ってきて脳を支配している。 何を先に考えるべきかも纏めさせてくれないくらいの激痛に、 何度も意識が刈り取られそうになる。 それなのにその激痛が俺に気絶を許さず、 矛盾だらけの痛みにどうにかなってしまいそうだった。 ロディ「いいだろう。お前の過去も、未来のお前の過去も全部映してやる。     良かったじゃないか、     これで胸を張って級友だった存在を級友って呼べるんじゃないか?     偽ってたのはお前の方で、これからは本音同士でぶつかれる。     ……もっとも、相手がお前をトモダチだと思えるかどうかは別だけどね」 悠介 「……、……」 空に映し出される親友の過去。 そして、俺の過去や未来の俺の過去。 それを朦朧とする意識の中で眺めた。 今すぐ消してやりたいのに身体は動かず、 あれが月操力なら月蝕力で消せばいいと思っても月操力が使えない。 なんて悪夢だろう。 俺を掴み、笑っているそいつにはもう、創造の理力なんか効かない。 だって───俺は未来の俺とは違い、絶望的なくらいに大切なものが足りない。 それがこの時代に戻ってきて一番に感じた違和感の正体だ。 悠介 「………」 何も出来ないまま、歴史は流れてゆく。 誰かのために生きて、自分を犠牲にして、 自分以外の誰かの笑みを望んだひとりの少年と。 親友を亡くし、それでも前を向いて生きてゆく男。 ……それに比べれば、自分の生き方はなんて幸福に満ちているんだろう。 絶望の意味も知らず、あいつがどれだけ辛い思いをしてきたのかも知らず、 あいつの親友を騙って生きてきた自分が居る。 ───……それでも。 映像の中のそいつは、俺を親友だと言ってくれる。 それが救いでもあり……辛くもあった。 ……景色は続いてゆく。 ロディエルを退けた未来の俺や、 長い旅をして傷つきながらも感情を取り戻した彰利を映しながら。 日常に憧れて、だけどその日常にこそたくさん傷つけられた親友を……映しながら。 猫になったり篠瀬の肉を食べたり、本当に滅茶苦茶なそいつの人生がそこにある。 楽しんでいられてるのだろうか、という疑問は……出たり消えたりを繰り返していた。 自分達が幸せになる過程で一番傷ついたそいつは、 報われるのだろうかという思考を繰り返す。 けど……こんな景色を見た人々は、口々に呟くのだろう。 『バケモノ』、と。 歴史を何度も繰り返し、血と肉の海で目覚めては殴られ。 誰にも理解されずに、 だけど誰よりも誰かのためを願った少年の人生を、いろいろな人が軽蔑する。 だって、そんなことは他の誰かに出来るような人生じゃないから。 自分に出来ないことを平然と……本当に平然とやっている彼を見て、 地界に住むやつらは『コワレてる』と思うだろう。 ───死んでもなお、友のため。 死ぬと解っていても友のため。 深層の中に『なによりも自分が大事』という思念が、どんな人間にも必ずある。 でもそいつは違うのだ。 感情なんていう一番大事なものを、 一番大事な時に無くしてしまったそいつは……他人のために生きるしかなかったのだ。 悠介 「ぐ、ず……!」 口から血が流れた。 動くたびに肋骨と折れた腕が軋み、痛みが意識を削りとってゆく。 でも……そんなもの、視線の先で晒し者にされている親友の記憶に比べれば、 どれだけ生易しいものだろう。 ───誰もが笑っていられる未来を夢見た少年が居た。 そのためなら自分がどうなろうと構わないと思った。 ……生きた軌跡は至福に遠く、 その生き様はお世辞にも幸せだと言えるようなものではなかった。 いろんな人の血が流れたんだ。 いろんな死を、その目で見た。 泣き、それでも笑い。 絶望を抱き、それでも他人のためにと自らを犠牲にした。 その先には確かに『笑み』はあって。 けど……その少年は傷ついた。 一握りの笑みのために払った代償は高く、その笑みも長続きはしなかった。 それでも少年は未来を夢見た。 自分ではなく、誰かが微笑んでいるその未来を、幾度となく夢見た。 その度に傷つき、否定され、何度も血を流した。 悠介 「くそ……!」 ───人は彼を『日常だ』と言った。 その度に少年は、いろいろな人の『日常』であろうとした。 ……少年にはそれしかなかったから。 自分の感情というものがない少年は、それを糧に自分の生き方を決めるしかなかった。 それでも……その感情の果て。 自分が誰かの日常となり、その誰かが笑ってくれると心が暖かくなった気がした。 ───それが彼の全て。 誰かのためにしか生きられず、自分の好いている人を受け入れた事実さえ、 その人が喜ぶのならと自分の感情を無理矢理作ったものだった。 悠介 「やめろって……言ってるのに……!」 ───彼には何もなかった。 生きる糧を自らでは生み出せず、その全てが他人のため。 他人のために生きるそいつは、しかし他人から否定され続けてきた。 ……なんて矛盾。 きっと誰よりも幸せになるべきだった少年は、 ただの一度として誰からも理解されなかった。 誰かが落ち込めば自分を悪者にして元気づけ、 誰かが怒ればその怒りのままに殴らせもしたし刺されもした。 少年はそんな生き方しか知らなかった。 与えられるべき愛情も与えられず、誰にも『やさしさ』を教えられなかった少年は、 ただ自分を悪者にすることでしか誰かを救えなかったのだ。 悠介 「晒し者にして楽しいか……!     こんなことをするそれだけの権利が、世界中の誰にある……!」 ……たくさんの人が死んだ。 それを見下ろしている少年は、きっと自分が許せなかった。 少年の生き方が他人のためにあるというのなら、 誰かを殺めてしまった時点で矛盾が生じる。 だから、生き方を探した。 誰かに助けてもらいたかった少年は、けれど『助けを求める言葉』すらも知らなかった。 産まれ落ちて数年間、ほとんど唯一の話相手だった母は自分を裏切り、既に死んでいた。 それでも誰かに助けてもらいたかった。 感情の無い自分と、目の前に広がる血と肉の海から。 けれど……少年は助けられるどころか殴られた。 なにがいけなかったんだろう、って考えた。 自分は助けて欲しかったのに、どうして殴られたんだろうと。 出た笑みは、きっと父親に向けたものだった。 自分が友達だと思っていた少年が目の前に横たわり、 その少年に駆け寄る少女ふたりを見ても、彼が笑ったのは父親への笑み。 少年の父親は、ずっと少年を殴り続けた。 その時にも少年は考えた。 なにがいけないのか、と。 自分の父親である筈のその人は、どうして自分を殴るのかと。 悠介 「やめろ……頼むから……!」 ……出た答えは『笑み』だった。 きっと、笑わない自分が嫌いなんだと思って、父親に殴られるたびに笑っていた。 だから……ふたりの少女の視線に父親と同じなにかを感じ取った時。 少年は……自然と笑っていた。 ふたりの少女はそんな少年を見て真に怒り、彼を殴った。 ……そんな中で、少年は願った。 誰か、助けて、と。 ……違う、願うことしか出来なかったんだ。 助けを求める言葉さえ知らなかった少年は、願うことしか出来なかった。 自分には手を差し伸べてくれる人も居なくて、 たった今まで殺されそうになっていたというのに、今もなお殴られて。 だったら自分はなんのために生まれてきたのか。 なんのために少年の友達になったのか。 ずっと、そんなことを考えた。 悠介 「く、そ……!くそぉっ……!」 ───……出た答えは、あまりにも残酷だった。 自分は誰かに殴られて、貶され、馬鹿にされて。 ならば自分の生は自分のためにあるものなんかじゃなくて、他人のためにあるものだ、と。 少年はそう思ってしまった。 そうなると……既に感情を失ってしまっていた少年は、その生き方にすがるしかなかった。 たとえ誰が自分を殴ろうとも、自分を『友達』と言ってくれた彼のために生きようと。 そんな、他人からしてみれば一言貶されて終わってしまうような馬鹿な道を、 ただひたむきに願った少年が居た。 彼を笑う者も馬鹿にする者もたくさん居た。 時には殴られ、時には鼻で笑われ。 それでも彼にはそれしかなかった。 だから、どれだけ傷つこうとも、少年は笑って傷ついていった。 ……誰も、そんな彼の傷に気づこうともしないまま。 悠介 「っ……、く、あああ……!!」 ───……涙が溢れた。 それは悔し涙であり、 親友の人生の在り方を滅茶苦茶にしてしまったであろう、自分自身への怒りの涙。 ……誰もが笑っていられる未来に憧れた少年は、その実誰にも理解されないままに死に。 きっと、一番笑ってほしかったであろう人に笑ってもらえずに……命を落とした。 そんな人生を送ったそいつが悲しかった。 そんな生き方を選ばせてしまった自分が、ただ許せなかった。 怒りの矛先は少年には無く。 ただ唯一許せない自分が、 こんなにも幸福の中に立っている事実が、それ以上に許せなかった。 ───怒り。 自分を殴ってばかりの父は、いつになったら笑ってくれるだろうか。 そいつの、ずっと遠い過去は……そんな思いでいっぱいだったから。 だから……笑って欲しかった存在を自分の中の死神が殺してしまった事実から、 その少年は逃げようともしなかった。 ……なんて、人生。 あいつが見せた過去は全てじゃなかった。 だって、目の前の混沌が見せた過去は、俺達が見た過去とはあまりにも違った。 こんなにも息が苦しくなるくらいの絶望なんて感じなかったし、 日常と言われるたびに苦しんでいたことなんて気づきもしなかった。 ……それに気づいてやれなかった自分に、心底腹が立つ。 悠介 「………」 憧れた未来があった。 それは、他の誰でもない『弦月彰利』が欲した、唯一の未来だった。 ……誰もが笑っていられる未来。 子供の頃に一度だけ願ってみたものは、その人生の全てごと否定された。 いつしか『望むだけ無駄なのだ』と考えるようになった少年が向かう先なんて、 誰が考えても……きっとひとつしかなかったのだ。 悠介 「ちくしょう……!ちくしょう……!!」 自分への苛立ちで頭がどうかしそうだった。 腕に走る痛みの熱なんかよりも、流れる涙が熱くて。 肋骨を蝕む痛みなんかよりも、心を傷つけるくらいの悲しみが痛くて。 ……どうして気づいてやれなかった。 少年は、あんなにも誰かに助けてほしかったというのに。 あんなにも、助けを求めていたというのに。 ロディ「無力は罪だな。今のお前は、実に哀れだ」 混沌が俺を、石畳に叩きつけるように投げ捨てた。 ボギリ、という音がして、折れ曲がっていた腕が完全に砕ける音が耳に届いた。 それでもなお、その痛みが心の痛みに勝ることなどなく……。 この目に溢れる涙は、自分への苛立ちと、ただ友のために流れるものだった。 悠介 「……、づ……」 守りたいって。 初めて心の底から思った。 ……あいつの人生を。 あいつが帰ってきた、この時代を。 誰かに幸せになってほしいって、心の底から思ったことさえ…… これが真実に最初だっただろう。 悠介 「は、あ……」 だらしなく左腕を垂らして、立ち上がった。 ……守らないと。 あいつが『故郷』だと思ってくれた、あいつが帰るべき場所を。 この映像を見ている全ての人に否定されても、俺がお前を肯定するから。 だから…… 悠介 「く、……」 誰が敵になってしまっても。 世界中の誰からも理解されなくても、俺がお前を理解してやるから。 俺が……俺が、ずっとお前の親友で居るから……!! 悠介 「っ───あぁああああっ!!!!」 イメージを弾かせた。 けど、不甲斐なさに潰されそうな自分には深いイメージを纏めることもできずに、 放ったイメージの光は簡単に消されてしまった。 ロディ「驚いたな。まだ立てるんだ」 混沌がゆっくりと近づいてくる。 逃げよう、だなんて思わなかった。 ただ真っ直ぐに前を見て、その混沌と向き合った。 ロディ「……そうだ、いいことを思いついたぞ。     ああ、ニンゲンというものを世界に教えてやるいい機会だ」 ジュルッ───! 悠介 「ぅ……」 満足に身動きが取れない俺を、再び混沌が持ち上げる。 逃げられないようにするためか強く握られ、俺は再び血を吐いた。 ロディ「もう上映も終わった。だったらこれから公開ニンゲンショーといこうじゃないか」 悠介 「……、……」 既に意識は朦朧。 目を開けていられるのが不思議なくらいの眩暈の中で、 目の前の混沌は可笑しそうに笑った。 その先───遠くの空にある霧が、俺と混沌を映し出す。 ロディ「そら、準備は整ったぞ。これからお前の中の『ニンゲン』を出してやる」 悠介 「………」 何を言っているのかよく解らない。 でも……ああ、あいつの映像は終わってくれたのか。 それなら……そうしてくれるなら、俺にどんなものが来ても構わない。 あいつの苦しむ姿なんて見たくないから……。 誰もがあいつのために何かをしようとしないのなら、 俺だけでも『あいつのため』になりたいから……。 ロディ「───晦悠介。お前は今、地獄の苦しみを味わっている。     肋骨にヒビが入り、腕も折れ、締め付けられることで骨が軋んでいることだろう」 悠介 「………」 ロディ「……今ここで、弦月彰利との『友情』を否定しろ。     そうすれば、お前を助けてやる」 悠介 「………」 ボゥ、と。 その景色の先にある映像を見た。 映像の中では、泣き顔の男が混沌に潰されそうなくらいに強く握られていて、滑稽だった。 悠介 「………」 ロディ「どうした。喋ることくらいは出来る筈だ」 悠介 「………」 ……誰もが笑っていられる未来に憧れた少年が居た。 誰よりも『笑みのある世界』を夢見て走っていた少年が居た。 けれどそいつの夢も憧れも、みんな周りに否定されて……。 最後に残ったものは、『親友のため』なんていう……馬鹿みたいな夢だった。 ……もしも、だなんて考えない。 俺の答えは決まっているんだから。 悠介 「……、ない」 ロディ「なに?」 悠介 「い、なんて……できない……」 ロディ「───……」 悠介 「否定、なんて……できない……!」 ギチィッ!! 悠介 「あ、ぐ───ぐあぁああああああああっ!!!!!」 ロディ「……苦しいだろう。なんならその折れた腕を千切ってもいいんだぞ。     否定しろ。でなければお前が死ぬぞ」 誰かのために泣いてやれるヤツだった。 自分のためには泣けず、他人のためにばっかり生きて、傷ついて。 そいつにとっては自分以外の誰もが平等で。 好き嫌いはあっても、きっとそいつの深層ではそう変わりはなかったんだと思う。 でも───そんな少年が、俺を親友だと言って信じてくれた時代があった。 悠介 「っ、……否定なんて……してやらない……!     あいつが否定したって……!誰が、してやるもんか……!」 ロディ「───……」 混沌が数瞬、信じられないものを見る目で俺を見た。 けどそれも実に数瞬。 悠介 「あ、が……!!ぐ、ぎあああ……!!!」 混沌の圧迫度は高まる一方で、もうどれくらい血を吐いているのか解らない。 ロディ「……そうか、ならば題を変えてやろう。     お前と弦月彰利に、無限地獄が発生しなかった世界をくれてやる。     お前らはその世界でならば『幸せ』とやらを手に入れられる。     弦月彰利が願った『誰もが笑っていられる未来』がそこにある。     今まで死んできた者達の死がなかったことになるのだ。悪くないだろう。     その世界をくれてやる条件は到って簡単だ。この場で自害してみせろ」 悠介 「………」 混沌が俺を解放する。 俺はだらしなく石畳の上に落ちて、でも……立ち上がった。 ロディ「この鎌をくれてやる。喉を切って死んでみせろ。     お前が死ねば、お前は晦の両親の死に責任を感じることはなくなる。     知っているぞ、お前は義理の親の死を自分の所為だと思っているだろう。     それが無かったことになる。これが幸福でなくてなんだ?」 悠介 「………」 死の先に、あいつが望んだ世界がある。 あいつが願ってやまなかった世界が、俺の死を以って完成する。 目の前の混沌にウソは無い。 今のこいつには、それだけの力があるのだろう。 過去にまで遡り、無限地獄の発生要素を全て無くせばそれも可能だろう。 でも─── 悠介 「……断る」 ロディ「なに……?」 悠介 「自害なんて無責任なこと、俺には出来ない……」 でも───この時間軸で。 彰利が駆けていた時間軸で、たくさんの人が血を流し、涙を流した。 死んでいった人も居て、悲しみに明け暮れた人もきっと居た。 そんな人たちの苦しみの果てにあるこの時間軸を、どうして捨てることが出来るだろう。 悠介 「俺は……俺達は、あいつが命を賭して切り開いたこの未来が、     どんな時間軸にも負けないくらいに輝いてるって信じてる……」 あいつはこの時代を『帰るべき場所』だと言ってくれた。 あいつにとっての帰る場所がここなら、他の時間軸も違う歴史も要らない。 なにより、背負っていた悲しみを捨てて、自分だけ幸せになれる世界なんて望まない。 ロディ「………」 混沌が顔を歪ませた。 それは怒りだ。 ニンゲンを見れると思って行ったものが愚行にすぎなかったことに、 怒りを覚えているのだろうか。 ロディ「ふざけるな。それはニンゲンの思考じゃない。     ニンゲンは常に罪悪感から逃げ、そのためならば自殺すらする存在だ!」 グヂィッ!! 悠介 「っ……!!、ア───!!」 折れた腕が握り潰された。 声にならない声がその場に響き、映像がそれを世界中に放った。 ロディ「次は肩だ。人は絶望の淵に居る方が真実を吐く。     放っておいても出血多量で死ぬだろうけど、そんなことは僕が許さない」 言って、目の前の混沌が、混沌の腕の中に幾つかの『顔』を出した。 それは…… 何か 『あぁぁああ、あ……あああ……』 それは…… ロディ「見覚えがあるだろう?過去から引っ張り出したお前の親と弦月の親だ」 かつて、自分が親と言っていたものではなかったか───? ロディ「どれも死の直前の状態を引き出してきた。     朧月に十六夜、晦に弦月。その全ての親と、弦月に殺された者達だ」 悠介 「───……っ!!」 目の前に地獄があった。 目に見える景色はいつものソレと変わらない筈なのに。 どうして自分の目の前だけ、こんなにも地獄なのかと思うくらいに。 だって、目の前に居る存在はもう人ですらない。 顔は崩れ、髪が焼け、目が白く変色し、骨が見えている場所さえある。 そんな存在達が口々に俺に言うのだ。 『いたい、たすけて、死にたくない』と。 ロディ「お前が頷いて自害さえすれば、     お前の親も義理の親も、弦月彰利の親も妹も死ぬことなんてない。     さあ、お前のニンゲンを僕に見せろ───!!」 グジリ、グジリと肩が潰されてゆく。 肩を潰してゆく腕からは苦しげな声と、ぐちゃぐちゃになった腕が伸びてくる。 『たすけて、たすけて、たすけて……』 頭に響く声はひどく掠れていて。 もう、元の彼らの声がどんなものだったのかすら掻き消すくらいにか細くて。 『死んで、死んで……たすけて……』 かつて自分に相続権を渡した人でさえ、死ぬ間際に後悔した。 ロディ「お前が死ねばこの亡者達が死ぬことのない世界を作り、     お前と弦月は幸せを見つけることが出来るんだ。     辛さから逃げて、自分の幸福だけを選ぶのが人間だろ?     そら、さっさと自害して楽になれ」 悠介 「……、……」 声が聞こえる。 ただ『たすけて』と。 ただ『死ね』と。 自分の息子にさえ、義理の息子にさえ『死ね』と。 自分が助かりたいから、目の前で混沌に圧迫されている男に『死ね』と。 悠介 「ああ……」 もし自分の命くらいで、 若葉や木葉……彰利が笑って暮らせる世界が目指せるなら…… それはどれだけ幸福なのだろう……。 悠介 「……ぐ……」 こんな、すぐにでも消えてしまいそうな命で、 いったいどれくらいの辛い思いをした人を救えるのだろう……。 悠介 「………」 でも…… 悠介 「っ……」 でも、それでも…… 悠介 「……ふ、ぐ……っ……」 ───ああ……俺はきっと、この人たちを。 目の前で苦しむ人や、 今もまだどこかの時間軸の過去で苦しんでいるであろう彰利を…… 救うことなんて……出来ないんだ─── 悠介 「………」 ただ涙が溢れた。 目の前に、救える人たちが居る。 それでも救えないことを、俺はただ涙した。 親友の『たすけて』という願いにも気づいてやれず、 目の前で『たすけて』と泣いている存在も助けてやれず。 俺はただ、謝ることもせずに……首を横に振るうことしか出来なかった。 悠介 「できない……」 ロディ「なに……?」 悠介 「そんな世界なんて、いらない……」 自分の命で助かる人が居る。 苦しい、と手を伸ばす人を、確かに自分には救えた筈だった。 ……それでも頷けなかった。 救ってやることが出来なかった。 それが誰かの救いになるのなら。 この世界に絶望して、 ただひとりの親友を守るために走ってきた少年を救う『何か』になるのなら。 俺はきっと、その場で頷いていればよかったのに……。 ロディ「いらない、だと……?」 でも……目の前で死の激痛に苦しむ人よりも、 きっと誰よりも助けを求めていた少年が居た。 目の前で苦しむ人たち……そいつを救ってやれなかった自分。 そんな命と引き換えなんかで手に入る世界を、 この世界と天秤にかけることなんて、きっと出来ない。 ……『帰るべき場所』と言ってくれたのだ。 こんな、なんでもない世界を。 でも……こんな世界でも、あいつが笑っていられた時間は確かにあった。 悠介 「人の在り方に絶望した……。人の黒さに涙した……。     でも……幸せじゃなかったなんて、そんなことなかった……!!」 未来の俺も、彰利も笑ってた。 心の底から笑って、 『ああ、こんな瞬間もあるのか』って……そう思った瞬間が確かにあったんだ。 悠介 「いろんな人に否定されてきた……!     流した涙よりも、流した血の方がきっと多かった……!     でも……そんな辛い世界で笑っていられた全ての瞬間を否定してまで、     幸せの世界が欲しいなんて思わない───!!」 溢れる涙は止まらない。 自分が語っていることは、俺の思考じゃないからだ。 俺が放った言葉は未来の俺の言葉。 俺の中にある苦しみなんて、きっと及びもしない。 でも───幸福に生きたからこそ、彼らの辛さが理解できた。 だから。今叫ぶことで届くのなら、言ってあげたかった。 辛いばかりじゃなかったよ、って。 笑っていられる瞬間は確かにあって、 その一瞬その一瞬は確かに……そう、幸せだったんだ。 そんな歴史を否定した先にある幸福の世界になんて行きたくない。 そんなこと、きっと俺達は頷けない。 グシャッ───! 悠介 「っ……!い、ぐ、あ……!!」 肩が砕けた。 左肩から先は完全に感覚を無くし、 骨がバラバラになった皮は、だらしなく地面に落ちていた。 ロディ「月の家系として長生きしすぎたか?     お前はもう人間でしかないんだ、素直にニンゲンを曝け出せよ」 左耳が握られた。 それはあんまりにも無造作に、感心が無いように───毟り取られた。 悠介 「いっ───あ、ぎあぁあああああっ!!!!」 ビヂヂヂヂ、なんて音が直に響く。 頭がどうにかなってしまいそうなくらいに痛い。 音が、声が流れてくるたびに痛い。 それでも─── ロディ「痛いだろう?さっさとニンゲンを見せろよ」 ああ、それでも……。 悠介 「……いらない。そんな世界(もの)に、興味なんてない……」 その世界を受け取るわけにはいかなかった。 命なんて惜しくない。 誰に言われるでもなく、このまま放っておけば俺は死ぬだろうから。 でも……受け取れないものは受け取れない。 彼らが生きてきた軌跡は、確かに至福になんてほど遠い。 世界中の誰もが得るであろう小さな幸福すらも受け取れず、ずっと否定されてきた。 それでも……確かにあったんだ。 穏やかに笑っていられる、そんな瞬間が。 誰かの行為に感動して、『ああ、幸せだ』って思える瞬間が。 だから……俺までもが否定してしまったら、彼らの思いはどこに行けばいいのだろう。 悠介 「どれだけ言われても、俺はこの世界を捨てようだなんて、思えない……!」 ……否定なんかしてやらない。 彼らの思いは潰させない。 こんな俺でもきっと、それくらいは出来るだろうから。 だから…… ───自分には、あなたたちを救ってあげることが出来ない……。 目の前で助けを求める存在に、精一杯の謝罪をした。 頭を下げるくらいじゃ、きっと足りなかった。 目の前のそれは『たすけて』と繰り返し、 でも……俺は助けを求める手を掴むことが出来なかった。 悠介 「ぅ……、く……」 目の前の。 自分の手が届く場所に居る人を守りたいって、ずっと思っていた。 それは自分にとって、穏やかな未来を築く糧になるのだと信じていた。 それでも……そんな『自分』を捨ててもなお、守りたい世界があった。 助けを求める人の手を振り払っても。 涙を流して、手を伸ばしたくて仕方が無い自分を殺しても。 罪悪感で吐き気がするくらいの『たすけて』を耳にしても……。 泣き叫んで謝りたい自分を殺してでも……守りたい未来があった。 何か 『あぁあぁあ……ぁ……』 声は止まない。 きっと、自分の中にはこの声がずっと残るのだろう。 それでも、今流す涙は本物で。 誰かの死を見殺しにすることがこんなにも辛く苦しいもので。 そんな思いを背負ってもなお、自分の死を受け入れられない自分を謝りたかった。 小さな幸せのある世界を選んでやれない自分を、謝りたかった。 悠介 「ぐっ……、う、ふぐっ……」 でも、そんなことをしたら全てがウソになってしまう。 目の前で苦しむ人たちの死の先に、この未来があった。 本当の親が居る世界で暮らせたなら、どれだけの幸せが待っているのか。 ……幾度と無く親の居る世界に憧れた。 幾度と無く、本当の親のやさしさを知りたかった。 自分はずっと『朧月和哉』で、誰も死なず、 いつかあの黄昏で、誰も悲しむこともなく少年と出会いたかった。 そして……一度も見れなかった、あの大きな背中の彼の笑顔を見てみたかった。 そんな幻視に、ずっと、いつだって憧れた自分が居た。 悠介 「は、あ……く、ぐっ……」 ああ……それでも……俺はきっと頷けない。 罪悪感と苦しさ、止まらない嗚咽。 悲しみに押しつぶされそうになりながらも、自分は絶対に頷かない。 目の前の人たちの死を無かったことにするなんて、そんなこと出来ない。 それが出来たらいいと何度も思った。 全部無かったことにして、幸せの中に居たいって何度も思った。 『その時、俺とお前がどんな関係になってるのかはまるっきり解らないけどさ。  でも、やっぱり全部ひっくるめて、俺は謝りたいんだと思う』 でも約束をした。 この世界、この時間軸で。 謝る必要なんてない筈のあいつと、最後に思いっきり喧嘩をすると。 そんな約束、そんな思い、 そして───全ての苦しみや悲しみを置き去りにした先にある世界に、 あいつが望む幸せなんて、きっと無い。 ロディ「………」 目の前の男が心底驚愕した。 人間の面影を残している顔の半分が、驚愕を絵にしたような表情を象っている。 やがて放たれた言葉は─── ロディ「オマエ、なんだ?」 そんな、意図の読めないものだった。 次の瞬間には殴り飛ばされ、 社の欄干を破壊しても勢いを止めなかった衝撃は、俺を社の壁に叩きつけた。 ロディ「馬鹿げてる。自分を選ばない人間なんて、人間ですらない」 だから。 オマエ、なんだ?と疑問をぶつけてきては、混沌は俺を殴った。 その度に混沌の腕の中に居た残り小さな命が潰れて、その叫びが俺の頭の中に響いた。 悠介 「……っ……」 意識なんてものは既に灯火。 見える景色も虚ろで、心の何処かが折れてしまいそうだった。 けど───そんな虚ろな世界の中で、小さな詩を聞いた気がした。 それはどんな詩だったのか。 なんて詩だったのか。 殴られる度に飛び、激痛で戻ってくる意識の中で、ただそれだけを考えた。 火花が散るように飛び散るものは自分の血液。 目の前のソレは完全に混沌に飲まれ、とうに人間ではなくなっていた。 死神の力に負けたのか、それとも混沌が飲み込んでいるのか。 どんどんと巨大化してゆくそれは、だけどいつまでも俺を殴った。 意識が飛ぶ。 けれど戻される。 ……そんな滅茶苦茶な暗転とフラッシュの中で、 どこか……とても遠い景色を見た気がした。 なんだろう、とか思う前に───その景色がとても懐かしく思えた。 解らないことだらけで、だから───どうしてそんな幻視を見るのか。 それもきっと、解らないままだった。 朋燐(ほうれん) 「───詩を?」 月永 「ああ。どういった風の吹き回しなのかは知らんが、言ノ守が作れと」 朋燐 「言ノ守か……あいつには世話になっている。無下に断ることは出来んな」 月永 「俺はそうでもないんだがな。折角だ、お前に付き合うと思えば軽かろう」 朋燐 「なにを言う。常日頃に退屈を謳うお前だ、これは丁度いい催しだろう」 月永 「……耳が痛いな」 遠く、遥かに遠い黄昏の中。 『俺に似たそいつ』は『彰利に似たそいつ』とともに詩を書いた。 それがどんなものかなんて今の俺には思い出せないし、 きっと記憶にだって存在しないもの。 それでも─── 月永 「朋燐よ。詩、とは……どんなものを喩えるものだ?」 朋燐 「知らん」 月永 「……俺からしてみれば、お前の方がよほど怠けているように見えるがな」 それでも……こいつらが抱いている友情は深いもので。 そんなふたりを見たからこそ思えた。 ───ああ、きっと……彼らは『俺達』の前世なのだろう、と…… 朋燐 「言ノ守は『題』くらい提供しなかったのか?」 月永 「『人』を詩えと言った」 朋燐 「……そういうことは早目に言え」 どこかの草原で語らうふたり。 その姿は今の自分と彰利と、そう変わりは無い。 着ている服、落ち着いた物腰以外を見れば、きっと彰利も笑って頷くんだろう。 月永 「冥月刀の覚醒儀式が決まったそうだ」 朋燐 「そうか……大丈夫なのか?」 月永 「胸は張れんが……なるようにはなる。暴走しないようには努めるさ」 朋燐 「………」 月が綺麗な夜、ふたりは杯を合わせて笑った。 未完成な詩を口ずさみ、似たような詩であることを初めて知り、また笑った。 その幻視の、なんと穏やかなものか……。 朋燐 「月永!手を離せ!」 月永 「っ───馬鹿者!儀式の際に祭壇に入る者があるかっ!!」 朋燐 「友の危機にも駆け寄れぬ者が真っ当な者なのであれば、俺は馬鹿者で構わん!!」 冥月刀の儀式。 持て余した力は外へと溢れ、覚醒者である月永の手を焦がしていった。 それを見て、祭壇に近寄ることを禁じられていたにも関わらず───朋燐は駆けた。 聞こえる声は『こいつが死ぬくらいなら、儀式が失敗した方がいい』というもので…… 彼がどれだけそいつを大事に思っていたのかが、痛いくらいに解って…… ……いつしか、それを幻視していた俺の視界は滲んでいた。 月永 「……朋……燐……」 朋燐 「なにを……馬鹿面を下げている……。お前は笑わねば、つまらん……」 月永 「っ……馬鹿者……!何故……何故、暴走をひとりで抑えるようなことを……!」 朋燐 「───……」 朋燐は答えない。 ただきっと、そんなことは俺も月永も知っていた。 『友達を助けることに理由なんて必要ない』。 どうしても必要なら、きっとそれこそが理由。 月永 「……死ぬなっ……!───そうだ、未練を残せ!     未練があれば死にたいなどとは───!」 朋燐 「……、かはっ……」 月永 「だめだ……逝くな……!俺を友と思うなら、ひとりで逝くな───!!     未練ならあるだろう!?思い出せ!     詩を……詩を詠うと、約束しただろう……!」 朋燐 「………」 喋れなかった。 既にそれだけの力は無く、朋燐はただ静かに、懐にあったひとつの和紙を出した。 月永 「……これは……?」 それは……朋燐が書いた、ひとつの『人』の詩。 ……そして。 月永がそれを受け取るのを眺めると、朋燐は満足そうにして……静かに目を閉じた。 ───……。 遠く。 どこまでも赤き、遥かに遠い黄昏の世界。 涙は既に枯渇し、ただその草原に立って空を眺めた。 手には刀。 友の命を奪ってしまった刀を断ち、三つに割れたもののひとつを手に、黄昏に立っていた。 ……出す言葉などは何処にも無い。 ただいつか、詩を詠おうと誓ったその場所で、男は紅く染まる景色を眺めていた。 ───随分前になる。あいつが、この場所に現れた時のこと。 ゆっくりと沈んでゆく赤。 景色は遠く、草原以外に何もないその場で、小さな幻視をした。 ───自分のとっておきの場所に現れたそいつは自分に似ていて、    それが気に食わなくて、出会って早々に殴り合いの喧嘩をした。 懐にある和紙を広げる。 己と、友とが書いた詩が記される和紙を。 ───ああ、だがきっとそれは。他者から見たらじゃれあっているような可愛いもので。    一目で互いが嫌いだったであろう俺たちは、いつしかボロボロの格好で笑っていた。 小さく詠う。 聞かせる者などおらず、ただ黄昏はその詩を消していった。 ───そんな遠い日の思い出を、今でも鮮明に覚えている。 その詩は、連ねた文字こそ違うとはいえ、やはりどこか似ていた。 そんな事実に、主の居ない和紙を手にした男は涙した。 ───そう。どこかの広い草原で。私が、お前と友になる前に─── ……ただ幻視する。 いつか、自分が友とともにこの場所で、独りではなくふたりで詠う時の夢を。 ───今日と同じ、この黄昏の世界で出会って。    呆れるくらいに怒鳴り合い、いつしか笑ってしまうような……そんな喧嘩をした。 友と詠う幻視。 それは、どれだけ願っても二度と叶うことの無い希望。 だが……いつか、『来世』というものがあって、その先で出会うことが出来るのなら。 その時こそ……この思考に芽生えたささやかな願いを叶えたい。 ……それは小さな願いだった。 ただ、友と書いた詩を詠うというだけの、とても小さな願い。 今ではもう遥かに遠い黄昏の景色の中、詩を詠い終えた男は小さな苗を取り出した。 それを、そいつと友になる前に喧嘩した場所に埋め……ただ願った。 ───いつか……またこの場所にその男が来る時は。    笑って喧嘩が出来ますように、と─── そんな願いを託し、男はその草原で独りの時を過ごす。 誰も訪れることのない、その広い広い黄昏の草原で。 歳を老い、ゆっくりと成長してゆく木を眺めながら。 そしていつか思い出すのだ。 自分の隣にはとても大切な友達が居て、 互いに不器用だった自分たちは、きっと誰よりも友達を大切に思っていたと。 彼と出合った黄昏は既に遠く。 白くなった自分の髪を撫で、何十年かぶりに……彼は再び涙した。 ───目に映る景色は黄昏。 赤く染まるその世界を眺め、ただその未来を願った。 滲んだ景色は遠く儚い。 目に映るものは虚ろを現し、全ての景色を虚像と謳った。 ……だからだろうか。 小さな『夢』を幻視した。 遠い先にある未来。 大きな木の下で、喧嘩をしている少年ふたりを見た気がした。 ……今では無い、どこか遠い景色。 見知らぬ衣服を着たふたりの若者は、ボロボロになりながらも大きな声で笑っている。 ……そう。 その瞬間、ふたりは友達だったのだ。 月永 「………」 ただ懐かしむ。 ああ、自分もきっとこうだったのだ、と。 ……しわくちゃになった手を見下ろして、強く、強く握ってみる。 そこにはもう、喧嘩をするだけの力は残されていない。 それでももし、彼ともう一度出会えたなら、すぐにでも自分達は喧嘩をするのだろう。 言いたいことなど山ほどあった。 返したいものだってあった。 だから───その夢を、いつまでも幻視した。 いつまでも、いつまでも。 ……やがて黄昏が闇へと色を変える頃。 その草原の木の傍で、ひとりの男が眠りについた。 しわくちゃになった体はまさに、年寄りのそれだっただろう。 けど……その寝顔だけは、いつまでもいつまでも……あどけない子供のような寝顔だった。 ……そして再び幻視する。 自分が、たったひとりの友とともに詠う夢を。 それはつまらない、とても陳腐な人の詩。 だがそこには確かな意思が込められていた筈だった。 ───思考を紡げ。意識を繋げ。異端の思考よ例外を創造(つく)れ。    矛盾を抱きつつ既存を創り、既存を抱きつつ矛盾を目指せ。    枷は己の心にあり。臆せぬ思考が既存を超越(こえ)る。    想像は留まりを知らず、想像は無限に換わり、創造すらも無限に換える。    生きた軌跡は至福に遠く、その思い出は黄昏へと集約せん。 それが朋燐の『人の詩』。 『人』は創造する者であり、逆に壊す者であるという矛盾を詠ったもの。 ───連ねるは(げん)連言(れんげん)より軌道と成す。意は創造と化し、その在り方は正に人。    無二で在りつつ無二に在らず、唯一で在りながら既に虚無。    束ねる思考は例外に堕ち、虚無なる無象は有象へ換わる。    その在り方は神が如く。越せぬ壁など我が身にあらず、我が意思こそが無限の自由。    ならばその在り方をここに示し、無限の自由を世界と謳え。 それが月永の『人の詩』。 想像と創造を同一と信じ、無限の自由だと詠ったもの。 創造は想像から産まれるものであり、その想像はなによりも自由。 故に創造も自由であり。その心には、元より枷など存在しなかった。 ……黄昏は遠く。 今では手を伸ばしても届かない場所にあった。 ───でも……その望郷を覚えてる。 どうして涙するのかなんて知らない。 それが前世であっても、その生き方が自分と酷似していても、彼は彼であり俺は俺。 ───でも、その友情を覚えてる。 意識が割れる。 夢から覚める時のように、夢が虚ろに堕ちてゆく。 ───でも……その黄昏を。今も変わらず覚えている─── ……立ち上がろう。 体はもうボロボロだけど。 意識も虚ろだけれど。 でも……立ち上がろう。 たったひとりの友達であるあいつを独りにしてしまい、 その生涯を黄昏の景色だけで終わらせてしまったことを報いるために。 悠介 「あ、くっ───」 気づけば倒れていた自分が居る。 混沌はつまらなそうに俺を見下ろし、なにかを言っている。 ───折れた腕がだらしなく揺れる。 その度に、頭の後ろに冷たい鉄を刺しこまれたような痛みが奔る。 悠介 「か、は……っ!」 足がガクガクと揺れる。 視界は相変わらず虚ろ。 次々と襲い掛かる吐き気は留まることを知らない。 悠介 「……、ア……」 でも倒れない。 倒れたら起き上がれなくなることを知っている。 だったら立たなきゃいけない。 あいつが『故郷』としてこの時代を選んでくれたことを、胸を張って認めてやるために。 あいつが、いつでも笑ってこの時代に帰ってこれるように。 ロディ『……しつこいな。まだ抗うのか……』 混沌の声が頭に響く。 まるで誰かに同時に話し掛けられているように、重なって聞こえる声に頭を痛めた。 折れていない右手を伸ばして、何かをしようと思っても……今の俺に何が出来るのか。 俺なんかにはもう出来ることなんてものは無くて、 ただこうして立っているだけで、すぐに殺されてしまうんじゃないだろうか。 ───そんなことを考えた時、ふと……    他人のために傷つきながらも、    何度も立ち上がった血塗れの少年の姿を思い出した。 悠介 「───!!」 歯を噛み締める。 死に辿り着くまで足掻くために。 自分を犠牲にしてまで、俺に───未来の俺に、未来を遺してくれたあいつのために。 ここで倒れることなんて簡単なことだ。 でもあいつは諦めなかった。 『月の家系に産まれた者は、孤独を味わう』 その言葉がまやかしだったって信じてる。 でも、孤独だった時間は確かに存在したのだ。 誰にも認められず、親にさえ否定され。 けれども自分にはきっと意味があると信じた頃が確かにあった。 そんな中であいつは、誰よりも血を流して、誰よりも苦しんだ。 誰よりも泣く筈だったそいつは誰よりも涙を我慢して、誰よりも痛みを知っていたのだ。 そんなあいつが倒れなかったのに、どうして今の俺が倒れられるだろう。 ───絶望しか待っていない筈の未来に、歯を喰いしばりながら立ち向かった少年が居た。 ───腹を貫かれながらも、他人の未来を守るために自分を犠牲にした少年が居た。 自分はまだそんな苦しみにさえ至ってないというのに、何故倒れることが出来る───!! 悠介 「まだだ…………───!!」 俺が倒れることを許されるとするなら…… それはきっと、目の前の混沌を殺した時のみなのだろうから……。 ロディ『……目障りだよ、オマエ』 混沌が閃く。 気づいた時には横殴りに吹き飛ばされていて、硬い壁に自分の体を打ち付けていた。 悠介 「あ、……」 意識が飛ぶ。 指の先が震え、どこにも力が入らなくなった。 ……だっていうのに。 ロディ『……?』 ……どうしてこの体は起き上がったのだろう。 だらしなく血を吐いて尚、どうしてこの体は起き上がるのだろう。 ロディ『……殺されなければ解らないみたいだね。もういい、死ねよオマエ』 ───遠い昔、大切な友達が居た。 そいつはいつでも他人を気遣っていて、ならばこそそいつを気遣うのが俺の友情だった。 俺以外には本当の感情をぶつけてこないような捻くれ者で、 そんなあいつを周りの連中は『人形みたいな男だ』と罵った。 それでも……そいつは他人のためにいつでも走っていた。 疲れないのか、と訊いてみれば軽く口を開き、 『自分が手を貸すだけで誰かが幸せになれる。  ほら、それはどのようなことよりも尊いものなのではないかな』 子供が話すようにそんなことを言ったそいつは、きっと心底変わり者だった。 その時だ。 こいつのために、なにか出来ることはないだろうかと考えたのは。 あの時、冥月刀の暴走からあいつを守って、独り死んでいったことが答えとは思わない。 でもあの時にあいつが死んでしまうんじゃあ、あんまりにも救いがなかったから。 ───バガァンッ!! 悠介 「はっ───く、……!!」 腹に痛みが奔る。 もう、どの思考が自分のものなのかが虚ろだ。 あんな幻視を見たからか。 そいつが見ていた視界が自分のもののように感じられて、ただ……頬に涙が伝った。 ロディ『くっ……ははははは!!苦しいか!?涙するほど苦しいか!!     だったら死ねよ!死んでしまえ!!』 ……解ってる。 朋燐……お前の苦しみも月永の苦しみも、全部持っていく。 だから…… 悠介 「っ……」 ああ、そうだ……行こう。 ちゃんと大地に足をついて、前を向いて。 今もきっと、誰からも真に理解されていない孤独なあいつに、 自分はお前の友達だって……笑顔で、胸を張れるように……─── 悠介 「……フォース、オブ……」 血が逆流する。 思わず吐き、血が自分の足と地面を染める。 ……なんて、緋。 目がジンジンと痛み、その痛みが遠い景色を思い出させる。 悠介 「………」 眩暈は止まない。 涙も止まらず、視界を滲ませながらも……こんなにも心を熱くさせる。 悠介 「っ───あぁああああああっ!!!!」 ロディ『……?』 叫び、体に渇を入れる。 泣き言は寝言。 戯言は空へと還れ。 今必要なのは、ただ前を見て……目の前のこいつを消すことのみ。 悠介 「…………!」 イメージを開始する。 体力なんて、とうに底をついている。 でも想像は止めない。 だってそれは、いつか黄昏の中に立っていたふたりが願った、唯一絶対の自由なのだから。 悠介 「はっ、あぁ……!!」 自分の中に、既に『ルドラ=ロヴァンシュフォルス』っていう、 黒衣の死神が居ないことなんて知ってる。 死神は宿主を出し抜いて外に出ようとする意思で生き長らえる。 だが───ルドラは俺の意思を優先させ、外に出ようとはしなかった。 もし……かつての時間軸で死にゆくルドラを救った力が、 ロディエルが発動させた『闇の存在率を飛躍させる法』だとしたなら。 その力を浴びなかった俺の中のルドラは既に息絶えていて…… 俺の中にはもう死神の力も月操力も無く、 『創造の理力』という力しか残っていないのだ。 いや───銀の弾丸を受けた時、きっと既に……彼は俺の代わりに死んでいた。 悠介 「……、ぐ……」 彼が生かしてくれたのだ。 だったら、こんなところで死ぬなんて馬鹿げてる。 こいつをこのままにして死ぬなんて、馬鹿げてる───!! 悠介 「───」 思い出せ。 この身は既に創造の塊。 かつての自分がこの場で何を創り、何を打倒したのかを思い出せ。 『“黄昏を抱く創造の世界(ラグナロク)”』という鎌が無くても、 俺にはゼノを創造することが出来たのだ。 ───ならば。 ならば、その全てを超越しろ。 ルドラの言葉───想像は既存を超越するという言葉が確かならば、 その鎌さえも超越できる筈───!! 悠介 「か、は───!!」 矛盾なんてものは最初からあったのだ。 自由である筈のものに『体力の消費』なんて枷があることがなによりの矛盾。 自分は既に、ルナに聞かされた時点で自分に枷を作っていたのではないか? 思い出せ。 自分がハトを創造した時、多少の消費は存在したか? そして、いつから消費を感じるようになった? ───そんなことは簡単だ。 自分に枷を作るのは自分以外に有り得なかった。 ならばきっと、創造したものを自己に戻すことで、 『体力が戻る』という感覚を味わうことさえも有り得るだろう。 ……そう。 矛盾なんてものは常に自分の中にはあって。 それが自分に、枷と更なる思考を生み出していた。 元々、自分に流れてきたのはルドラという死神ではなく、 『創造の理力』という世界の理に反した能力だけだった。 ならば自分の中の死神が死んでも、自分は未だに創造者でいられる。 ───ルドラは言った。『己こそ最大の枷だ』と。 だから考えた。 “黄昏を抱く創造の世界(ラグナロク)”こそが、その枷を外してゆくものだったのでは、と。 『その世界では体力の消費が無い』と、無意識下に教えたのは彼で。 彼は最初から、『俺』を成長させるためだけに存在していたのでは、と。 いつか、自分とその親友が関係を違えてしまったことを悔やみ、 俺にはそれに打ち勝つだけの力を持っていてほしいと願ったのでは、と……。 悠介 「……、……」 不器用だった親友。神と死神の……遠い遠い昔の物語。 今となっては、どうやったって答えなんて見つからない。 だから、今は前を見なきゃ……。 そして詠おう。 黄昏の者達が書いた、『人の詩』を。 今までの自分の力が何に役立ってたのかなんて知らない。 そして、これからの自分が誰の役に立てるのかなんて知らない。 でも……そこにあった友情が、確かな友情であったことを覚えてる。 悠介 「ぐ、……」 だから……詠おう。 ふたりが詠えなかった詩を、その友情の証として。 自分に対する価値感なんてものはない。 ただ、この詩が強い思いを持っていることを知っている。 それだけで───自分はきっと強くなれるから。 思い出すだけで、溢れるイメージは留まりという枷を消していっているのだから。 悠介 「ぐ、うう……うぁああああああああっ!!!!!」 折れた腕を握りしめ、痛みを痛みで潰すように集中を掻き立てる。 その時だけでいい。 ただ、詩を詠えるだけの時間をくれればいい。 ロディ『───』 刹那、視界の暗転。 パキン、って音がして……枷が外れた。 灰色に見えるその景色を凝視し、ただイメージを続ける。 何を望む?そんなものはただひとつだ。 余計なことなんて要らない。 俺には何が出来る?月操力を使って抗うことか? ……よしてくれ、月操力ってのは大体、死神やら家系の馬鹿どもに使うものだ。 この世界に存在しないものに対抗する力を行使してる場合じゃないだろう。 第一に、内なる死神が消えた今、その力を使う術も無い。 ならば。 ただ帰ろう……あの、なにも無かった黄昏へ……。 悠介 「思考を紡げ。意識を繋げ。異端の思考よ例外を創造れ(連ねるは言。連言より軌道と成す。意は創造と化し、その在り方は正に人)」 自分の中にあるものが、既に創造だけなら……やることなんてひとつだ。 悠介 「矛盾を抱きつつ既存を創り、既存を抱きつつ矛盾を目指せ(無二で在りつつ無二に在らず、唯一でありながら既に虚無)」 その創造神本人が自分の中に存在しないからなんだっていうんだ。 悠介 「枷は己の心にあり。臆せぬ思考が既存を潰す(束ねる思考は例外に堕ち、虚無なる無象は有象へ換わる)」 人間・晦悠介に『約束の木(ラグナロク)』が無いというのなら…… 悠介 「想像は留まりを知らず、想像は無限に換わり、創造すらも無限に換える(その在り方は神が如く。越せぬ壁など我が身にあらず、我が意思こそが無限の自由)」 帰ろう。 緋く、どの赤よりも緋かったあの黄昏へ。 体力は無い。 そんなものはどうだっていい。 この戦いは単純なものだ。 俺の体と魂の枯渇が先か、混沌の消滅が先か。 それだけのことなのだ。 悠介 「生きた軌跡は至福に遠く、その思い出は黄昏へと集約せん(ならばその在り方をここに示し、無限の自由を世界と謳え)」 ───ガチンッ、と歯車が噛み合わさる。 身が震え、意識が飛びかけ、強く食い縛る歯が欠ける。 目の前には混沌。 次の瞬間には我が身を滅ぼすであろうその混沌は、 まるでこの世に生れ落ちる際に見たであろう、現世の光のようだった。 ───ならば。 誕生こそが破壊であり、生きるからこそ死ぬという答えに繋がるのでは。 光はそれを思わせたが───ああ、そんなもの正直どうでもいい。 ただイメージしろ。 深く、より鮮明に。 月操力なんて概念は、今の俺にとっては邪魔なものでしかない。 全てを忘れて、その余ったスペースでイメージをしろ。 鮮明に、より深く、紅蓮に染まるほど。 行こう……あの、遙かに遠き黄昏の世界へ─── 悠介 「───“遙かに遠き望郷の詩”(ワールドオブノスタルジア)」 スイッチを切り替えるようにそう呟いた。 その刹那に体の中心からその景色までもが黄金(こんじき)に染まる。 それもまた刹那。 黄金だったそれは朱となり、景色は黄昏の草原へと姿を変えた。 そこに『約束の木』は無く、 ただいつか、(ひと)りの男が(ひと)りの男とともに過ごした草原のみがあった。 ───創造に場所など不要(いら)ない。 想像は唯一無二の自由であり、創造は絶対的なる無限の可能性なのだから。 ───『月を詠う』と書く月詠街……その街に、人の詩が詠われた。    月の家系……冥界にある月の名をつけられた少女の刀を得ることで、    いつからかその家系に名付けられた戒めの名。    月の顔の数だけあると言われた家系には、ひとつの言い伝えがあった。    『家系に産まれた者は、孤独を味わう』。    それはどういう呪いなのか。確かに人々は孤独を味わっていった。    時に己から孤独になり、時に人に絶望し。そして……時に、親しい者と死に別れ。    けど……今。その孤独の思いと友情を、黄昏に込めて詠う者が居た。    孤独ばかりじゃなかったと。    悲しいだけじゃなかったと。    その思いを込めて、少年は詠った。    思考に流れてくるものは、ただ懐かしい黄昏の草原。    その懐かしい望郷のイメージは、枷などを軽く超越し───    その場に、とても懐かしい金色を齎した。    さあ……前を向こう。悲しみに溢れたふたりの思い出の中の闇を、払うために。 ───……ここに。黄昏の超越を完了する───!! ロディ『なんだこれは……世界を創る、だと……!?』 悠介 「───……」 きっと長くはもたない。 ……急がないと。 頭の中に響く詩が、思いが、消えて無くならない内に─── ロディ『いや───だからどうした!オマエはどうせすぐ死ぬんだ!     この世界がオマエに何を齎すのかなんて知らない!今すぐ死ね!!     僕が闇の秩序になろう!オマエら闇を殺し、ただひとりの闇になる!!     僕が闇の秩序になれば、オマエら闇が人を殺すことなんて無いんだ!     だから死ね!消えろ!闇の王として命令してやる!!』 悠介 「……器を知れ、クソガキ」 ロディ『なにっ……!?』 悠介 「たかだか十と数年生きただけのクソガキが、闇の秩序がどうのこうのと……!     闇の歴史はてめぇみたいなクソガキが背負えるほど薄っぺらなもんじゃねぇ!!」 ロディ『なんだと……!?』 悠介 「『大切な弱さ』も『本当の強さ』も知らないガキが!!     弱さを知らないヤツが強者を語るな!     『闇を背負う』ってことを知らないガキが秩序を語るな!!     てめぇなんか───『黒い秩序』(ブラックオーダー)の器じゃねぇんだよ!!」 ロディ『ふざけるな!僕は誰よりも闇の辛さを知っている!     お前みたいな小さな闇に戯言を謳われる覚えは無い!!     僕だ───僕が闇の秩序だ!!』 悠介 「千年早ぇ!!無限地獄も味わったことのないガキが粋がるな!!」 ロディ『この───黙れ黙れ黙れぇっ!!』 混沌が蠢き、その中から巨大な樹が唸るように伸びてくる。 けど───押しつぶす気か、とか考えるより先に、口と体が動いていた。 悠介 「“草薙の叢雲(ツムガリノタチ)”!!」 砕けていない手に光が篭り、そこに綺麗な剣が創造された。 体は既に前へと進み、その剣で───巨大な樹を殲滅した。 ロディ『なにっ───!?くそっ!』 さらに蠢く混沌。 巨大な蛇が吐き出されるのを見て、創造されるものは既に手の中にあった。 悠介 「“大蛇屠る長柄の神剣(トツカノツルギ)”───!」 振るわれる剣。 それは、俺を丸飲みしようとしたであろう大蛇を一閃で滅ぼした。 ロディ『馬鹿な……どこにそんな力が……!?ならば───!』 悠介 「っ……」 混沌から何かが吐き出され、その場に霧が篭る。 目の前に居た筈の混沌を見失い、その次の瞬間───目の前に彰利を見た。 でも─── 悠介 「“荒神殺しの神剣(フルノツルギ)”……!」 その霧を、幻覚ごと斬った。 そこに躊躇なんてものは無い。 あいつは、俺が苦しんでいる時に傍観したままで済ませるヤツなんかじゃないから。 ロディ『っ───図に乗るなぁっ!!』 次に吐き出されたものは巨大な闇の渦。 飲み込み、精神干渉で人を殺すであろうそれは、一直線に俺に向けて放たれた。 悠介 「“全てを切り裂く英雄の輝剣(バルムンク)”───!!」 ゾフィィンッ!! ロディ『なっ……』 渦は一閃により消滅。 その先では混沌が驚愕の声を上げていた。 ロディ『ウソだ……こんな筈は!』 再び吐かれる濃度の高い闇。 それを─── 悠介 「“暗黒殺しの光剣(ブルトガング)”……」 フィィンッ───ジョゴォッパァアアンッ!!! ロディ『ア……』 完全に吐かれる前に、薙ぎ払った。 ロディ『馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!何かの間違いだ!!死に損ないが!』 ───吐かれたものは人形。 蠢くそれは、魂の無い泥人形のようなものだった。 悠介 「“存在を喰らう殺戮の黒剣(ストームブリンガー)”───!!」 それを、創造した黒剣を投擲することで薙ぎ払った。 やがて戻ってきた剣は、破壊しつくした人形から奪い取った小さな活力を俺に与える。 ……ああ……まだだ。 もう少し……頑張れる。 ロディ『……ッ!!しつこいんだよ!オマエ!』 混沌が闇を込める。 その力は、恐らくここら一帯を破壊し尽くしても足りないくらいの力があっただろう。 ロディ『街ごと消えろ!虫ケラ!!』 やがて放たれる闇。 あまりの巨大さに目が霞む。 でも───俺の体は諦めようだなんて選択肢を許さなかった。 悠介 「───“天地斬離剣(エア)”」 その手に凄まじい光が込められた。 もう、まともに立っていられない体が、静かに、ゆらりと揺れる。 悠介 「“創世、是即ち乖離也(エストランジメント)”───!!」 振るわれる剣から放たれるは『斬り離す力』。 だがそれだけには留まらず、放たれた光はその闇を完全に滅ぼした。 つまり───『この世界から斬り離した』。 故にあの闇はこの世界には存在してはならない。 ロディ『………』 混沌は、まるで人であるかのように呆然と動きを止める。 馬鹿な。 その姿は既に人のそれではないというのに。 悠介 「は、あ……!!」 さあ……これで終わりだ。 消えろ、人の詩が静かに響く、この赤い世界で。 悠介 「……“七刃の柄無き支刀(シチシトウ)”」 体が軋むのを抑えるように、歯を喰い縛りながら呟いた。 刹那、手に現れる柄の無い七つ刃の刀。 一目見れば不恰好と思えるそれは、その七つ刃に今まで使用した剣の全てを込めている。 ロディ『こ、の───くたばれよてめぇっ!!』 悠介 「(シツ)───!!」 蠢く混沌が塊となり、俺を滅ぼそうと振るわれる。 だがそんなことはもう些事だ。 最後の力を振り絞り、俺は臆することなく駆けた。 その瞬間に、痛みが体を襲うが───そんなものは耐えろ。 悠介 「は、っく……!!ア、アァアアアアアアアッ!!!!!」 柄の無い刀を手にして、下から切り払うように振るった。 それは混沌の腕を裂き、その切っ先である七つの刃からはそれぞれの力が解放される。 草薙の剣、十柄の剣、布流の剣、バルムンク、ストームブリンガー、ブルトガング、エア。 その全てを込めた七支刀から、数にして六十一の光が放たれた。 ロディ『───!?こんなものっ───!』 混沌が蠢く。 それを吸収してしまおうとしたんだろう。 だが───ゾボガガガガガガガァアアチュゥウウンッ!!!! ロディ『ギャアアアアアッ!!!?ッ……ば、ばかなっ!!何故吸収出来ない!!』 悠介 「生憎だったなっ……!闇が純粋な光を受け入れられるわけがねぇんだよっ……!」 砕けていない右手で、さらに七支刀を強く握る。 体が軋むが、それも構わない。 イメージを展開し、七支刀に更なる力を紡ぎだす。 するとその柄の無い刀に柄が現れ、刃がより鋭くなる。 儀式刀である七支刀を、戦のための刀へと創造(つく)り換えた。 悠介 「“七刃統べる古の至宝剣”(その身には、七つの希望が生きている)───!!」 片手で構え、天から地へと振り下ろす。 悠介 「ここにお前の望む黒なんて無いっ……!永遠に……闇に彷徨え!     お前の望んだ黒い秩序はそこにあるだろうよ……!!     そこで───永遠に秩序を謳ってろ!!」 ロディ『よ、よせぇええーーーーっ!!!』 悠介 「くっ───あぁああああああああっ!!!!!」 フィンッ───ゾッパァアアアアアアンッ!!!! ロディ『ギッ───!?ギアアアアアアアアアッ!!!!!』 その太刀筋は無数の光と闇に換わり、巨大な混沌を切り裂いた。 切り裂く過程、その刀からは七と六十一の光が放たれ、混沌を内側から滅殺していった。 ロディ『ッ……ァ、……』 ……消えてゆく。 散り散りと霧散し、黒かったものが七支刀とともに光に照らされるように消えてゆく。 そして───それを確認するより早く、既に限界だった俺はその場に倒れた。 ……既に痛みも感じない。 体は痺れ、意識が遠退いてゆく。 そんな時になって初めて気づいた。 自分の体は自分が思っているよりズタズタで、 倒れた瞬間に鳴ったドチャッという音に呆れた。 悠介 「……、……」 まいった……声も出ない。 このままじゃ……ヤバイかな……。 悠介 「………───」 意識が薄れる。 気を失う、どころじゃない。 黄昏は既に無く、千切れた耳に届いていた詩も、もう聞こえない。 でも安心した。 目の前にある視界には、確かに『人』である姉や妹の姿があったのだ。 倒れてはいたけれど、死んでいるわけではなさそうだった。 その先では上空の霧が晴れ、 無様に倒れている俺を映していた映像がゆっくりと消えてゆく。 ……ひどく安心した俺は、そのまま……ゆっくりと目を閉じた。 まるで、月永に詩を託し……独り、眠りについた彼のように……─── Next Menu back