───UnlimitedBlackOrder-Final.“無限の黒い秩序”(アンリミテッドブラックオーダー)───
【ケース50:ゼノ=グランスルェイヴ/変わる存在】 ───……。 倒れているズタズタの存在に近寄った。 既に命の炎は灯火程度。 恐らく5分もしない内に息絶えるだろう。 ゼノ 「……やれやれだ」 息を吐く。 そうでもしなければ自分に呆れが出るのだ。 ゼノ 「フレイア───いや。ルナ、だったな。そいつの場所へ連れてゆく。     ヤツならば融合と再生でなんとか出来よう」 闇の覚醒を喰らい、暴走しかけたあいつを真っ先に気絶させたのは正解だったか。 あいつの完全覚醒はフレイアの力の復活を意味する。 その状態で暴走なぞしていたら、先ほどの混沌とて瞬殺されていたことだろう。 ゼノ 「我が、人を助ける日が来るとはな……」 存外なものだが、悪くないと感じている。 これが以前、弦月彰利が言っていた『ベジータ症候群』というものだろうか。 ゼノ 「……よくは解らんな」 だがそれでいい。 理解に至らない程度の方が、この世界は楽しめる。 ゼノ 「さて。目を覚ましていればいいがな」 『気絶させて』と言うから存分に力を込めて殴った。 しかと気絶はしたが、すぐに目覚めるかは……まあ、どうでもいい。 あの女には月癒力という再生と融合、さらには蘇生の力もある。 どうとでもなるだろう。 【ケース51:ルナ=フラットゼファー/最強のボディブローだったらしい】 ───……。 ルナ 「……あのね、ゼノ。わたしは確かに気絶させてって言ったわよ?     でもね、あんなに強く女の子殴るなんて、何考えてるの?」 ゼノ 「笑わせる。100を超えている者が己を『女の子』と唱えるか」 ルナ 「……封冠、外していい?殺すわよ?」 ゼノ 「それは困る。この世界から消えるのは好ましくない」 ルナ 「………」 聞き訳があるのはいいことだけど、だからって思いっきり殴られたお腹は痛いまま。 気絶するなって方が無理だったよ、あの拳は。 ルナ 「何があったのかは解らないけど、本当にゼノがやったんじゃないのよね?」 ゼノ 「死神を失った存在に興味は無い。     身体能力は残っているだろうが、既にこの男は月操力を失っている」 ルナ 「え……そうなの?」 ゼノ 「あるのは創造の理力のみだろう。つまり今のこの男は、人のそれに限りなく近い」 ルナ 「………」 そうなんだ。 ちょっと残念かもしれないけど、でも悠介が悠介のままならそれでいい。 傷の再生は済んだし、今は暢気に寝息をたてている。 その安心しきった顔が、なんだか嬉しかった。 ゼノ 「ではな。我は水穂を降ろしてくるとしよう。     じきにこの男の姉と妹も目を覚ますだろうが、気にするなと伝えておけ」 ルナ 「……最近よく喋るよね、ゼノって」 ゼノ 「それだけ人の暮らしも慣れたということだろう。ここでの暮らしは悪くない」 ルナ 「そ。それはよかったわね」 ゼノ 「ああ」 ゼノは、かつての彼からは信じられないくらいの笑みを少し浮かべて、 そのまま壁を抜けて部屋を去っていった。 ルナ 「………」 ちょっと唖然。 笑った……あのゼノが。 ルナ 「……そう、そうなのよね……。     なんだか知らないけど、特にベニーと一緒に居る時に笑ってるのよね」 ……まさか、ゼノったらベニーのことが……!? ルナ 「……まさかね」 だって『あの』ゼノよ?人を好きになるだなんて考えられないわ。 ルナ 「………」 悠介を見下ろす。 ボロボロだった身体は再生したけど、体力までは回復してないと思う。 それでもすやすやと眠るその姿に安堵する。 ルナ 「………」 えと。 今……誰も居ないよね? ルナ 「…………♪」 穏やかに眠る悠介の、その唇を見る。 ホモっちの記憶の中で悠介と結婚していたわたしは、随分ととろけるような表情だった。 正直に言えば変な顔だ、とか思ったけど……今の自分そう変わらないと思う。 どうしよう……キス、しちゃおうかな。 ルナ 「ゆーすけ……」 そっと口を近づける。 ゆっくりと悠介の顔が近づき、やがて─── 声  「言い忘れていたがな、ルナよ」 ルナ 「ひきゃあっ!?」 ズザーーッ!!! ……聞こえた声に、凄まじい勢いで壁際に逃走した。 ゼノ 「……なにをしている?」 ルナ 「な、なななななにもっ!?」 ゼノはあまり感心がないように『そうか』と呟くと、いつもと変わらぬ声調で言った。 ゼノ 「これから貴様のことは『ルナ』と呼ばせてもらう。     断ろうが我はそう呼ぶから覚えておけ」 ルナ 「え───?」 言いたいことだけ言って、ゼノはさっさと消えてしまった。 ……どういう風の吹き回しだろうか。 わたしのことをフレイアのおまけのようにしか見てなかった男が。 ルナ 「………」 再び悠介の傍に近寄って、その寝顔を見下ろす。 邪魔された所為か、困ったことにさっきみたいな感情は消えてしまっていた。 まぁ……いっか。 急ぐことじゃないと思うし。 くすくすと笑いながら、悠介の頬をうにうにと動かした。 悠介は『うぅ……』ってうなされ始めて、小さく寝返りを打っていた。 【ケース52:未来悠介/頭を痛めるリヴァイアさん】 ───……。 悠介 「………」 ガチャッと開けるとリヴァイアの工房。 その先ではリヴァイアがぐったりと倒れ伏していて、 寝台では猫姿のままの彰利が微動もせずに倒れていた。 悠介 「リヴァイア〜……?」 頭をペシペシと叩く。 と─── リヴァ「う、うぐぐ……?あ……」 うっすらと目を開けて……というか、 凄まじく辛そうに目を開けたリヴァイアが『戻ったのか……』と重い息を吐いた。 みさお「どうしたんですか?辛そうですけど」 俺の後ろからひょいと顔を覗かせるように、みさおが質問をする。 俺も訊こうとしていたから丁度いい。 リヴァ「弱齢の時期のピークだ……。     あと少しで乗り切れるからそっとしておいてくれ……」 ……と言われても。 俺としては早く彰利に千年の寿命を流してやりたいんだが。 悠介 「リヴァイア、千年の寿命って彰利に埋め込むだけでいいのか?」 リヴァ「や、やめろ……!ヘタに埋め込んだりしたら身体がついてこれなくなる……!     それ相応の埋め込み方というものがあるんだ……!」 悠介 「……そっか」 もどかしいな。 自分の手に、親友を助けるための材料が揃っているというのに。 みさお「悠介さん、弱齢を治療する薬とか創造出来ないんですか?」 悠介 「弱例の時期自体がどういうものなのか、俺にはイメージ出来ないからな。無理だ」 みさお「うぅ……」 聖  「………」 悠介 「聖?」 聖がリヴァイアに近づき、手を翳した。 すぐにピンと来たが、果たして月清力は効くのだろうか? 聖  「───、……、……」 みさお「───あ……!」 悠介 「みさお?どうした」 みさお「ダメだよ聖ちゃん!また倒れちゃうよ!」 聖  「───“Paci───”」 悠介 「あたっ」 ズビシッ!! 聖  「はきゅっ!?」 みさおの様子から何かを感じ取った俺は、聖の詠唱を止めるべく首筋に手刀を落とした。 聖  「……!?」 案の定というか、『なにをするんだろうこの人は』という顔で見られたが……まあ。 悠介 「無茶はするなって言ったろ?───クリエイション」 聖  「あ……」 みさお「………」 聖が放とうとした波動を超越、創造する。 おまけにリヴァイアの魔力も創造し、リヴァイアの中に流し込んで───と。 リヴァ「うわわわわわわわぁああああああっ!!!!!」 静まるどころか騒ぎ出した。 リヴァ「ば、ばかっ!早く止めろ!弱齢の時期は魔力の最大値が極端に減るんだ!     そんな状態で魔力を流され続ければ───!」 悠介 「っと、了解」 イメージを遮断。 余った分を自分の中に消して、一息入れた。 リヴァ「……はぁ。空界でどんなことがあったのか知らないけどな、無茶なことはするな」 悠介 「………」 みさお「ぷくっ……!」 聖  「くふふ……」 俺が聖に言ったことを、リヴァイアに言われたことがおかしかったのだろう。 みさおと聖はくすくすと笑っていた。 ……へいへい……確かに俺が一番無茶してますよ……。 リヴァ「けど、弱った魔力の最大値くらいは溜まったし、弱齢の痛みも静まってくれた。     礼を言っておくぞ、悠介」 悠介 「いや、それより彰利だ。千年の寿命は持ってきたから、早速助けてやってくれ」 リヴァ「ああ、任せておけ。───それで、干渉払いはどうした?」 悠介 「みさおが持ってる」 リヴァ「そうか。じゃあ、それを貸してくれ」 みさお「はい」 言われて、手袋を外したみさおがリヴァイアに渡す。 ……と、リヴァイアの顔が一気に不機嫌極まりないものへと変貌。 リヴァ「……悠介。これはルーゼンが作ったものだな?」 悠介 「へ?わ、解るのか?」 リヴァ「当たり前だ。あいつの作ったものは大体、妙な装飾が施してある。     こんな余分なものを付けるのなんて、あいつくらいだ」 そう言ったリヴァイアが、手袋についている装飾をブチブチと取り払った。 リヴァ「お前、わたしが渡した干渉払いはどうした」 悠介 「悪い、壊れた」 リヴァ「こっ───!?お、お前なっ!     あれの材料を手に入れるのがどれだけ面倒か……!」 悠介 「あー、皆まで言うなリヴァイア。俺も集めたからよく解る」 リヴァ「なに……?集めたのか?この手袋の材料を」 悠介 「ルーゼンが精製に失敗して、見事に破壊されたけどな」 リヴァ「……あいつはな、無駄が多すぎるんだ。     あれでよく、三大魔導術師に選ばれたもんだ」 悠介 「あいつの話は勘弁してくれ。それより……」 リヴァ「待て。おい悠介、あの女がこの手袋を作ったと言ったな?」 悠介 「言ったぞ?」 はた、と気づいたようにリヴァイアが詰め寄る。 なんだいいきなり。 リヴァ「……あのルーゼン=ラグラツェルがか?」 悠介 「ああ。一応」 リヴァ「……いずれ王国を支配してやるとか言ってたあいつが、     ひとりの地界人のために干渉払いを作った……?     おい悠介、デタラメ言ってるんじゃないだろうな」 悠介 「ウソ言ってどうする。     材料集めれば作るって言われたから集めて、作ってもらっただけだ」 リヴァ「………」 リヴァイアの中ではルーゼンはどういう人物像なんだろうか。 …………多分俺と変わらないだろうな。 悠介 「………」 考え込んでるリヴァイアを余所に、 ちらりと横を見てみれば……みさおと聖は固まっている彰利を突付いて遊んでいた。 もっとも、聖はただ心配しているだけのようだったが。 リヴァ「……そうか。単純だ。お前、ルーゼンに創造の理力を見せたろ」 悠介 「へ?あ、ああ。よく解ったな」 リヴァ「あいつはクリエイターに憧れてたからな。だから───…………おい」 悠介 「な、なんだよ。早く彰利を───」 リヴァ「お前……お前なんだこれは!ドラゴンスレイヤー!?ドラゴンブレイバー!?     おい悠介答えろ!向こうでなにやってきたんだ!」 悠介 「……その疑問については言いたいことなど山ほどあるだろう。     だがな、まずは落ち着いてくれ。俺だって最初は、     ただのゴブリンとの戦いに憧れた一介の冒険者にすぎなかったんだ……」 ランクカードを見てギャースカ言うリヴァイアを宥める。 ああもう、ランクカード隠しておけばよかった……。 悠介 「えーとだな、空界に降りていろいろあったんだ。以上」 リヴァ「詳しく言え。……どんなヤツと戦った」 悠介 「うう……」 しつこい。 『話すまでは検察官を助けないぞ』と今すぐにでも言いそうな雰囲気だ。 もちろんそんなことは絶対言わないって解ってるけど。 悠介 「えーとだな……最初はヘンな森でカマドウマとゴキブリと戦って、     そのあとはリザードマン。次にミル・ミノタウロスと」 リヴァ「ミル……ミノタウロス……!?あ、当然逃げたんだろう!?」 悠介 「勝った」 ズパカン! 悠介 「ぐはっ!」 リヴァ「ばかっ!ヘタをすれば死んでいたぞ!     無謀な戦いは勇気じゃなくて自殺行為って言うんだ!」 悠介 「仕方ないだろ!いきなり襲われて、しかも足がハンパじゃなく速いんだから!」 リヴァ「……で?他には」 悠介 「まったく……殴るくらいなら訊くなよな……?     えーと、次は……ゴーレムとかと戦ったあと、黄竜王シュバルドラインと……」 リヴァ「………」 あー、呆れてる。 頭抱えるようにして『あいたー』って顔してるよ。 リヴァ「あのな……一言言わせてもらうぞ。お前は炸裂バカだ」 悠介 「炸裂!?」 リヴァ「命があったからいいものを……まあ逃げられただけ奇跡だな」 悠介 「へ?いや、勝ったけど」 リヴァ「───」 悠介 「じゃなきゃドラゴンスレイヤーとかになるわけないだろ?ホラ、黄竜珠」 じゃーん!と黄竜珠を見せる。 が、リヴァイアは珍獣にでも遭遇したかのような顔で、俺を見ていた。 リヴァ「……お前な……炸裂バカじゃ足りないのか?」 悠介 「十分すぎると思う。自分でも呆れてる」 だが。 状況に流されたとはいえ、シュバルドラインに勝てたのは事実。 それを俺は誇りに思っている。 リヴァ「はぁ……それで終わりか。しかし黄竜王を倒すやつが地界人だなんてな……」 悠介 「いや、終わりじゃないぞ?     ルーゼンが出したグリフォンとも戦ったしフェンリルとも戦った」 リヴァ「………」 あ……固まった。 リヴァ「じゃ、なにか?お前はひとりでシュバルドラインを倒しても飽き足らず、     ルーゼンの召喚獣二体を倒したっていうのか?」 悠介 「えーと……まあその、そういうことになる」 『ちなみにルーゼンが頼みを聞いてくれたのはその所為だ』と加えると、 リヴァイアは妙に納得したようだった。 リヴァ「ああそうだ……あの捻くれ者に言うこと聞かせるなら、     力にものを言わせるしかないだろうさ……。     それにしたって召喚獣を地界人が打倒するか……?」 悠介 「むっ。信じてないな?リヴァイア、そういうのってよくないぞ。     なんなら証拠、見せようか?」 リヴァ「な、なに?」 悠介 「───……」 イメージ展開。 ルドラとの意識を結合。 未完成の詩の下……発動せよ、ラグナロク。 ───ブワァッ!! リヴァ「……ラグナロクを発動させて、どうする気だ?」 悠介 「こうする。充満せし魔力の下、我が前に現れよ!     契約は完了せり!出でよ───グリフォン!フェンリルゥッ!!」 ヒィイイイン……ジュパァンッ!! リヴァ「うわぁあああっ!!?」 創造したリヴァイアの魔力を自分の中に流し込むと、 その場にグリフォンとフェンリルが召喚される。 グリフォン『どうしたのだ王よ……』 フェンリル『……うん?こいつは敵か?』 悠介   「違う違う。リヴァイアって言う俺の知り合いだ。       ただな、お前らと契約したことを信じようとしないから、証拠を見せたんだ」 フェンリル『ふむ、それは心外だ。我らの存在の肯定を促したこと、感謝するぞ、王よ』 悠介   「………」 あまり王、王、って言わないで欲しいんだが。 悠介   「悪い、本当にそれだけなんだ。また今度、思い切り暴れさせるよ」 フェンリル『構わぬ。先の戦闘で存分に楽しませてもらった。       しばらくは欲求など溜まらぬだろう』 グリフォン『好きな時に呼ぶといい。我らは王の下にある』 悠介   「助かるよ。それじゃ」 フィィイイ……ン。 黄昏が消えるのと同時に、グリフォンとフェンリルが消えてゆく。 で……目の前には真っ青な顔のリヴァイア。 その様はまるで、乗り物酔いに苦しんでいるクロマティ高校の竹之内くんのようだった。 リヴァ「……なぁ、悠介」 悠介 「なんだ?」 リヴァ「殴っていいか……?夢かどうか確かめたい……」 悠介 「気持ちは解るけど、自分の頬を抓ろうな?」 リヴァ「……はぁ……」 しっかりと自分の頬を抓って、重苦しい溜め息を吐くリヴァイア。 や、ほんとに気持ちは解るぞ?うん。 リヴァ「さすがにもう無い、よな?ミルミノタウロス倒してシュバルドライン倒して、     グリフォンもフェンリルも倒して、召喚獣と契約をして。それだけだよな?」 悠介 「それだけって言うか……その、すまんリヴァイア」 リヴァ「なに……?」 悠介 「───ディル」 黄竜珠をコンと突付く。 刹那にその珠から出現するワイバーン。 その姿に……リヴァイアがまた頭を抱えた。 ディル『どうした、王。どこかへ飛ぶのか?』 悠介 「いや……俺が空界で何をしたのかを訊ねる人物に、その詳細をと」 ディル『そうか。ならば私はもう戻ってもよいのだな?』 悠介 「ああ。悪いな」 ディル『構わん。王の命は絶対であり、私はそれを誇りに思う』 シュパァン。 ディルゼイルが珠に戻る。 だが、リヴァイアの表情は戻らなかった。 リヴァ「………」 悠介 「ちなみにこの工房と向こうの工房を繋ぐためのドアを直すために、     西の魔導技師の小屋の周りに居たミル・ガーゴイルとガーゴイルも殲滅した」 リヴァ「………」 悠介 「……リヴァイア?」 リヴァ「やっぱり殴っていいか?」 悠介 「やめぃ。殴られる理由が見つからん。     大体、リヴァイアがちゃんとチェイルドエデンに飛ばさなかったのが悪いんだぞ?     俺だけ責められるのは不公平だし、そうやって否定ばっかりするのはよくない」 リヴァ「……過去、否定論ばっかり言ってたお前に言われたくないぞ」 悠介 「ぐっ……古い思い出を……!」 みさお「あーのー、過程報告もいいんですけど。     早く彰衛門さんを治してあげてくださいよ。     聖ちゃん、イライラしてきてますよ〜?」 聖  「み、みさおちゃん……」 ……確かに。 リヴァイアがムキになって否定するもんだから、ついこっちも熱くなってしまった。 悠介 「じゃ、頼むよリヴァイア」 リヴァ「……任せておけ───というか、     わたしがイメージした千年の寿命を悠介に創造してもらった方が早かったな……」 悠介 「よぅしリヴァイア、地獄に落ちろ」 リヴァ「や、待て……落ち着け」 悠介 「おんどりゃこちとら散々死ぬ思いしたんだぞ!?     そのオチが『イメージの具現』で済んだで済むかばかっ!!」 リヴァ「もしもの話だ、落ち着け……。     わたしだってまだ千年の寿命の全てが解っているわけじゃない。     そんな状態でやれば、どこかにおかしな部分が出てくる」 悠介 「ガルルルル……!!!」 リヴァ「こ、言葉のアヤっていうやつだ。悪気は無かった」 悠介 「………」 そうじゃなきゃ困る、というか……。 複雑だけど、本当にリヴァイアのイメージの創造で済むのなら、 今までの死闘はなんだったのかと絶叫していたところだ。 それでも得たものは散々あるわけで、複雑と言えば複雑だった。 リヴァ「それじゃあ始める。みさお、検察官の時間氷結を解いてくれ」 みさお「はい」 みさおが指をパチンと弾く。 すると、完全に微動もしなかったその身体が、呼吸により上下する。 それを確認すると、今度はリヴァイアが指を鳴らして、彰利の身体から何かを取り出した。 悠介 「それは?」 リヴァ「偽造魂。説明してる暇は無い」 突き放すような口調。 ようするに『話し掛けるな』ってことだろう。 リヴァ「───、……。……」 偽造魂とやらを取り出したリヴァイアはそれを捨て、 干渉払いから解放した寿命に式を織り交ぜてゆく。 編まれる式は美しく。 だが……その式に包まれてゆくにつれ、真っ白な光だった千年の寿命は黒く染まってゆく。 悠介 「………」 どうして黒く染めるんだ?と訊く以前に…… どうしてか、彰利に埋め込むものは『黒』じゃないといけない気がした。 だからリヴァイアの行為が『寿命は黒く変換させて使うもの』だったとしても、 『故意に黒く染めなければ埋め込めないもの』だったとしても、 その行為がなんの違和感もないように感じてしまった。 やがて───完全に真っ黒に染まった光が、ゆっくりと彰利の身体の中に沈んでゆく。 リヴァ「……ふぅ、終わりだ」 悠介 「え……もうか?」 リヴァ「なんだ、長引かせて欲しかったのか?」 悠介 「いや……そんなことはないけど」 リヴァ「元々、検察官のデータは調査してあったんだ。     そのパターン通りに千年の寿命を染めていけば、あとは簡単だろう」 ……ああ。 もしかしてそのデータ調査のしすぎで倒れてたのか? リヴァ「けど、検察官のパターンは異常だ。     千年の寿命を黒く塗り替えての埋め込みなんて初めてだった」 悠介 「そうなのか?」 リヴァ「ああ。他のどのパターンでもダメなんだ。     ただ黒く。ただ真っ黒なパターンじゃないと受け入れそうになかった」 悠介 「………」 よく解らない。 ピンと来る思考なんてなんにもないし、考えても先には進めそうに無い。 引っかかるものがあっても、その答えが見つかりそうにないことが歯がゆかった。 聖  「パパ……?」 みさお「彰衛門さ〜ん?」 つんつん……つん、つんつん……。 みさおと聖は相変わらず彰利の頬を突付いている。 猫であるその毛触りは良いらしく、時折撫でるようにわさわさと遊んでる。 ふたりも感じているのだろう、彰利はもう大丈夫だと。 悠介 「お疲れさん、リヴァイア」 リヴァ「うん?……今回のことで一番お疲れなのはお前だろ、ドラゴンスレイヤー」 悠介 「……それを言うなよ」 別に好きでなったわけじゃないんだし……。 そりゃあ、名前は気に入ってるけど。 みさお「あっ───」 聖  「パパッ!」 悠介 「あ───彰利?」 聞こえた声に、視線をずらした。 すると、そこに─── 【ケース53:悟り猫/目覚めて2分の悲劇】 ───……。 悟り猫「………」 見えるのは天井。 身体は自分の意思で動くようで、だけどそのまま寝転がっていた。 目だけを動かせば、俺を見下ろしている聖とみさおの姿を確認出来て。 首を捻って見た視界には、 安心したように『よっ』て手を上げる悠介と、リヴァっちが居た。 ……でも。 悟り猫「………」 さっきまで、自分は夢を見ていた。 見えたのは草原。 自分が時間凍結されていた感覚は確かにあったのに、自分にはその景色が見えていた。 黄昏に染まる景色の中で、親友と詩を書く前世の記憶。 そんな幻視を、確かに見ていた。 悟り猫「……うん」 その先に、ボロボロになった悠介を見た。 泣き、それでもただ独りの馬鹿野郎のために立ってくれた親友を幻視した。 ……悪い気分じゃなかった。 むしろ、心の奥が暖かくなるのを感じた。 あれが夢でも幻でもいい。 ただ俺は、あいつの親友で在り続けられた自分を、誇りたかった。 悟り猫「トタァアーーーッ!!!!」 ババッ!ドシュゥウウウンッ!!スタッ! 悟り猫「モーニン」 気分は晴れやかだった。 奥底はしんみりしていたけれど、それを表に出すようなことはしない。 気分は確かにいいのだから。 聖  「パパッ……!!」 がばしっ!! 悟り猫「おほうっ!?」 着地した途端に抱きつかれた。 というか……この場合、抱き上げられたの方がいいのか? 聖  「パパッ……パパァッ……!!」 悟り猫「ほっほっほ、これこれ聖さん?なにを泣くのかね?     じいやは家族を置いてひとり居なくなるようなことなど───グゲッ!?」 メキ、ミシミシミシ……!! 悟り猫「ベゲゴッ!!ほ、ほっほっほ……ちょ、ちょいと聖さん……!?     く、くくく苦しいのですが……!!!」 聖  「うあぁあああん!!パパァ〜〜〜ッ!!」 バキッ!ミシッ!!ベキッ!! 悟り猫「ぐ、ぐあぁあっ!!お、起きた途端に娘に殺されることになろうとは……!!     こ、これもサイヤ人の宿命か……!!」 ベゴキュッ!! 悟り猫「はきゅうっ!!」 ……ガクリ。 みさお「わ、わぁあーーーっ!!彰衛門さん!?」 悠介 「あ、彰利ぃっ!?」 こうしてアタイの意識は、 目覚めてたった2分間で、娘の死国(ベアハッグ)によって断たれたのであった……。 【ケース54:悟り猫(再)/やっぱりいつも通り】 ───……。 悟り猫「う、むむ……む、むおお……」 で、再び目覚めました。 フオオ、よもや起きた途端に死国(ベアハッグ)されるとは夢にも思いませんでしたよ。 悟り猫「で……なんで俺、死国(ベアハッグ)されたの?」 悠介 「背骨を折りたくなるくらい嬉しかったんだろ。喜べ」 悟り猫「喜べって……」 アンタそりゃ無茶ってもんですよ? 悟り猫「……はうあ!そうYO悠介!ロディエルの野郎はどうなったのかね!?     ブッ殺!?はたまたどこかに居やがるの!?」 悠介 「こっちのロディエルは閏璃葉香が消したらしい。     今頃、次元の狭間で狂ってるだろ」 悟り猫「うおう……」 そりゃ恐ろしい。 バカですねィェ〜、ヨウカンとまともに遣り合おうだなんて。 なんつーか核兵器発射しても、爆発する前に消されそうな強さを持ってますからね。 悟り猫「そかそか、ではアタイはもう戻ってもいいのですね?」 悠介 「そりゃ構わんが……意外だったな。     お前のことだから、この時代で遊んでから帰ると思ったのに」 悟り猫「そうかえ?」 そりゃあ紅花さんで遊ぼうと思ってはいましたけど。 悟り猫「……ふむ」 聖  「パパ……?」 みさお「彰衛門さん?」 悟り猫「んむ?ああいやいや、別に怒っておるわけではありませんよ?     復活を喜んでくれた聖には感謝しております」 聖  「パパ……」 悟り猫「ただ───むう。これ、みさおさん、聖さん」 聖  「?」 みさお「なんですか?」 悟り猫「キミ達は先に過去に帰っていなされ。アタイはちと用事を思い出しました」 みさお「用事、ですか?」 悟り猫「フッ、そうだ。小僧の緩みきった性根を叩き直してあげねばならんのです。     そうじゃないと椛が悲しがりますから。     どっちかが悲しんでる夫婦なんて、平等じゃない」 娘にかまけて妻を蔑ろにするその性根……気に食わん! アタイが何気なく正してくれるわアンチキショウ!! 悠介 「で───彰利。お前はどうなんだ?」 悟り猫「あぁ〜ん?」 悠介 「モンスターハンターの爺さんの真似はいいから。     確か日余と付き合ってるとか言ってただろ?」 悟り猫「………」 みさお「あ〜……」 聖  「………」 悠介 「?あ、もしかしてお前……」 悟り猫「……よいことを教えて差し上げましょう、悠介」 悠介 「フラレ……って、なんだ?」 悟り猫「俺はね。きっと最初から、誰も愛してなんていなかった」 悠介 「───……」 その言葉は悠介にどう伝わったのか。 悠介は驚いた顔をして、ただ『そっか』と言った。 深く追求するつもりはないってことだろう……ありがたい。 悠介 「お前のことだ、これからも誰も愛するつもりも、     好きになるつもりもないって言うんだろ?」 悟り猫「ホッホォ〜、さすが悠介。よォ解ってるじゃねェの。     誰かを好きにならないなら、誰かの気持ちも受け取らんよ。     よくどっかのお節介さんとかが言いそうだけどね、     『それじゃあ彼女の貴方への想いが可哀相じゃない』ってのは大却下。     ありゃ卑怯だし、こっちの都合をまったく考えていない無責任発言ですよ。     明らかにそのおなごの方に偏っている意見です。偏見です」 悠介 「言われたことは?」 悟り猫「似たようなことを言われたね。正直とんでもなく嫌な気分でした。     アタイにゃあ漢になるという野望があります。     アタイの中の漢像とは即ち、様々な人を守るナイスガイ!     そこに男女の例外などありません!     故に誰かがアタイに連れ添いたいと言おうがお断りです!     つまり!皆がN極ならば俺はS極になり、皆が白なら俺は黒になる!     ホレ、そうすりゃ誰も俺側に来て『好き』とか『嫌い』とか言わないでしょ?」 悠介 「………」 悟り猫「あら?ダーリン?」 悠介 「ダーリン言うな!!……あのさ、それ、本音か?」 悟り猫「本音、って……なにが?」 悠介 「ん……なんだろな。なんか違うかなって思ったから訊いてみただけだけど」 悟り猫「ふむぅん……」 よぅ解らんね。 悟り猫「まぁいいさね。とにかく俺は誰も好きにならんし誰も愛しません。     友情や家族愛はもちろんあると信じてますけどね?」 聖  「パパ……」 悟り猫「おぉっほっほ、不安にさせてしまったかね?     大丈夫じゃよ、じいやは聖の味方じゃあ」 歩み寄ってきた聖の頭を、寝台に乗ることで撫でてやった。 悟り猫「さ、森へお帰り」 悠介 「森じゃなくて過去にだろ」 悟り猫「だ、黙ップ!!……過去へお帰り。なぁに、じいやもすぐに帰るさね」 聖  「……うん」 みさお「じゃ、行こっか聖ちゃん」 聖  「うん……」 リヴァ「帰るのか。それじゃあ───」 リヴァっちがゲートを作る。 聖とみさおはアタイに手を振ったあとにそれをくぐり、やがて消えた。 ……フゥム。 リヴァ「検察官、一応あっちの悠介が降りた時間に合わせたゲートを作ったが、いいか?」 悟り猫「えーよ、それで。さぁてと、俺も行動に移るとしますかぁ」 悠介 「何をする気なんだ?」 悟り猫「フッ……知れたこと。紅花を人質にとって、椛と小僧をぶっちゅさせる」 悠介 「起きて早々にやることかよ!!」 悟り猫「馬鹿野郎!何を言っているのかね!当たり前じゃないの!     夫婦の絆が子供の所為で壊れるなんてもの、     アタイはもう見たくないんですよ!解ります!?」 悠介 「───……あ」 悟り猫「フッ……解ればいいんじゃ、解ればな……」 悠介 「……解ったけどさ。どうでもいいけど凄まじく偉そうだぞお前」 悟り猫「まあまあ、これも小僧と椛の愛のため。     後押しすれば、紅花に兄弟のひとりやふたり……クォックォックォッ」 悠介 「……なんだろ……ものすげぇほどの脱力感が……。     ドラゴンやらなにやらと死闘を繰り広げた時の俺が泣いてる気が……」 悠介がなにやらブツブツと言う中、 リヴァっちに挨拶してから工房を出たアタイは、 一直線に紅花の居る部屋目指して走るのであった。 ───……。 ───トカカカカカ!!ドガシャァアアーーーーンッ!!!! 悟り猫「うおらぁーーーっ!!」 紅花 「っ!?」 我輩は猫である! 故に気まぐれに道を走る! これぞ至高の旅路なり! 悟り猫「よし訳解らん!そげなわけで紅花さん!一緒に来なさい!」 紅花 「えっ……?えっ……?」 小僧と椛の部屋のドアを蹴破るように開けた俺は、一直線に紅花へと駆け寄った! じゃけんど紅花さんたらおろおろとするばかりです。 ぬう、なんとも無礼な。 約束通りに紅花さんで遊んであげようとしたのに。 凍弥 「彰衛門……?どうしたんだよ」 悟り猫「むっ!丁度良かった小僧!貴様一体どうしたってんだよ!」 凍弥 「どうした、って……なにが」 悟り猫「小僧貴様、最近椛をほったらかしにしてるらしいじゃねぇか!!     せっかく夫婦になったというのに何事か!!」 はああ!ほんにはらくしゃあ!! 親が喧嘩するのなぞ見たくもねぇ!! 凍弥 「え……ちょ、ちょっと待ってくれよ、なんのことだ?     俺、別に椛をほったらかしにした覚えはないぞ?」 悟り猫「ウソおっしゃい!現に紅花さんとばっかり遊んで、椛と遊んでねぇじゃねぇの!」 凍弥 「遊ぶって……あのなぁ彰衛門……。     俺達もう子供のままじゃいられないところまで来ちゃったんだよ……」 悟り猫「むっ!?どういうことかね!私にも解るように平明に説明しなさい!!」 凍弥 「ほら……俺、もうカンパニーの家族だろ……?志摩兄弟も結婚して子供作って、     お互いがお互いに会社を盛り上げていかなきゃいけない状態なんだ。     俺が仕事の時は椛が紅花の面倒を見て、     俺が休憩してる時は俺が紅花の面倒を見てる。     夜にはちゃんと椛の話相手にもなっていられてるし、     もし彰衛門がそれを『ほったらかし』って言うんなら、     俺はこの先どういう風に仕事していったらいいんだよ……」 悟り猫「む……むむむ……」 仕事……仕事か。 確かに仕事は大事だろう。 小僧は既に家族を持っちまってるんだ、その分働かないといけないのは当然だ。 じゃけんど─── 悟り猫「じゃあこれならどうかね?     別に交代制じゃなくても、小僧と椛とで紅花の面倒を見ればいい」 凍弥 「……最初はそうだったんだけどさ。     椛のやつ、俺が紅花を可愛がると嫉妬するんだよ……」 悟り猫「………」 出した提案は、あまりにも真実味のある返答で返された。 もちろん俺と小僧の間には、『あいたぁ〜……』って感じの空気がもっさりと。 ならば─── 悟り猫「では小僧!椛のことを愛しているか!もう愛想が尽きたなんてことは無いか!!」 凍弥 「なっ───当たり前だろ!     いくら彰衛門でも言っていいことと悪いことがあるぞ!」 悟り猫「紅花さんと同じ───否!それ以上に愛しているか!!」 凍弥 「当然だ!───あ、いや、紅花?     別にお前のことが嫌いなわけじゃないからな〜?」 紅花 「………」(こくこく) 凍弥 「……ホゥ。って、なんでこんな質問してるんだよ!!」 悟り猫「簡単さね。今のがお前の本音と受け取った。     ならば小僧よ、この悟り猫からのスプゥェッシャルなアドヴァイスをあげよう」 凍弥 「スペシャルならスペシャルって言えよ……」 悟り猫「お黙り!!……いいかね。椛には紅花の面倒を見てもらう。     自分の娘だ、嫉妬するとはいえ可愛くないわけがない。で、小僧……お前はだ」 凍弥 「……お、俺は?」 悟り猫「フッ───椛を可愛がれ!!」 凍弥 「───…………」 あ、固まった。 凍弥 「なっ、なななな……ななななんてこと言うんだお前はぁあああっ!!」 そして怒った。 やぁね〜ィェ、これだから単細胞は。 ……俺も同じか? 凍弥 「そ、そんなこと、紅花の前で出来るわけないだろうが!!」 悟り猫「なんと!?では貴様!さっき口にした椛への愛を否定するというのかね!!     おどりゃあ人ン娘を傷物にしてタダで済むと思っとるンだろうなコラァ!!」 凍弥 「な───ちょ、ちょっと待ってくれって!!     いくら彰衛門の言葉でも出来ることと出来ないことがあるだろ!!     そりゃあ俺、彰衛門のこと信頼してるよ!     ここ一番の時に頼りになるし、話してても楽しいよ!     で、でもさ、やっぱり出来ない……っていうか、恥ずかしいだろそれ……!!」 悟り猫「やれ!貴様なら出来る!!誰に見られても気にするな!!     なんならホレェェェェ、学生時代に教室で椛とぶっちゅした映像、     また見せようか?ン?ンン〜〜〜?」 凍弥 「ごぉおおおおおっ!!まだ持ってたのかよてめぇ!!」 悟り猫「承服しなさい!でなければこの映像をカンパニー全土に見せびらかす!!     この通りだ!頼む!お願いだ!!」 凍弥 「そりゃお願いじゃなくて脅迫って言うんだよ!!」 悟り猫「なにぃ!?……そうなの?」 すぐ横に居る紅花さんに意見を求めた。 紅花 「………」(ふるふる) だが、紅花さんは首を横に振る。 それ即ち小僧の間違いを示している!! 悟り猫「それみたことか!!紅花さんは違うとおっしゃってる!!     解るかね!つまり紅花さんも自分に構うより椛に構えって言っているのだよ!!」 凍弥 「そ、そんな……紅花……そうなのか?」 紅花 「………」(こくん) 凍弥 「───!!」 ドッギャァアアーーーンッ!!という感じでした。 小僧は仰け反るように頭を抱え、カタカタと震え出している。 凍弥 「お、俺が……俺が間違っていたのか……?」 悟り猫「小僧……夫婦仲を心配しない子供なんて居ないのだよ……?     それだけ愛されてるってことじゃあねぇか……。     紅花の愛に応えてやれぃ……。お前はただ、椛を愛せ……」 凍弥 「彰衛門……俺……俺……」 悟り猫「うんうん……」 凍弥 「彰衛門……俺、やるよ!俺の愛の全てを椛に!     その愛が椛を通して紅花に伝わるって信じてる!」 悟り猫「うむ!行くのだ愛戦士!!約350年越しの思いの丈、見せてやれ!!」 凍弥 「ああっ!!うぉおおおお椛ぃいいいっ!!!」 ドガシャァアアーーーンッ!!!! 俺によって蹴破るように開け放たれたドアは、今再び小僧によって蹴破られた。 それでも尚走り、やがて見えなくなった小僧に……もはや迷いの文字は無いだろう。 悟り猫「ふっ……強くなるぜ?あいつァ」 アタイはアタイで、そげな小僧を子の成長を見守るどこぞの人のような口調を放ってみた。 ……うん、てんで意味ないね、これ。 しばらくすると、どこぞから『ど、同志!?白昼堂々イカレたか!?』とか、 『おお、やるではないか同志!』とか、まあ。 色とりどりの喧噪がこの部屋にまで届いた。 多分、俺がビデオを公開するまでもなく、それは展開されたのだろうという確信とともに。 紅花 「……いじわるですね」 悟り猫「不器用なヤツには不器用なりのやり方ってもんがあるのさ。     それが、『時には』とか『対象によっては』とかで器用な武器になる。     1000年生きたってな、解らないことなんていっぱいあるさ。     特に俺の場合、感情を手に入れてからは手に入る情報が違って見える。     今まで相手が放つ情報を受け取ってただけなのに、     今は受け取るべき情報に自分の感情が混ざっちまう。     感情的になるのも仕方ないだろ、訳の解らないことだらけだ」 紅花 「だから『ぶきよう』ですか」 悟り猫「そんなとこだろ。でもな、紅花。     今までずっと生きてきて、     ただひとつ俺が自信を持って、胸を張れることがあるよ」 紅花 「……なんですか?」 紅花はまるで、知っているくせに試すような口調で訊いてくる。 俺はそんな紅花の額をテシッと叩いてから、笑ってやった。 悟り猫「俺がたとえ『弦月彰利』を捨てたとしても。     あいつが親友だって事実を、きっと、一生を賭けてでも誇りに思っていられる」 紅花 「………」 その言葉に、紅花はくすりと笑った。 まるでそう言われると信じていたようなその表情が気に入らなくて、 その頬をムニイと引っ張る。 よく解らない言葉を言う紅花を笑い飛ばして、それでも……うん。 ───きっと、ずっと誇っていられる。    俺が、俺である限り。 そう、胸に刻み込んだ。 誰もが笑っていられる未来を望んだ馬鹿は、きっともうこの場には居ない。 そいつはずっと昔に死んでしまって、その果てに今の俺がある。 もしその意思が少しでも俺の中に残っているのだとすれば、それは─── 他の誰でもない、『晦悠介』っていう親友が笑っていられる未来を望む俺だ。 悟り猫「いいか、紅花。絶対に幸せになれ。     凍弥と椛を離婚にでもさせたら本気で怒るぞ?」 紅花 「いわれるまでもありませんよ。あきえもんさんの『いし』は、わたしが。     わたしがちゃんと、まもってみせますから」 悟り猫「アホゥ、お前はお前として生きろ。俺は独りでも構わない。     俺はまだ黒でいいから、お前は白のままであいつらを支えてやってくれ」 紅花 「しろ?くろ?なんのことですか……?」 悟り猫「ははっ、なんでもないよ」 またテシッと額を叩き、口の端を持ち上げた。 きっと上手く笑えなかったと思うけど、それでも紅花はコクリと頷いたから。 ああ、笑えたのかなって信じることにした。 悟り猫「まいったな、ほんと。無意識だったのに」 “無限を刻む真闇の魔人(アンリミテッドブラックオーダー)”。 自分で付けた鎌の名は、あまりにも『俺』の象徴すぎた。 それを選んでしまったのは紛れも無く俺自身。 ヤケになるようなことはしない。 ただ俺は俺として、今まで通りあいつの親友を貫き通そう。 この身が黒でも構わない。 たとえ、無意識下に『誰もが笑っていられる未来』を望む俺が居るとしても─── 血と肉の海で俯いていた時の俺なんかより、よっぽど幸せなんだろうから……。 悟り猫「……ありがとう、雪子さん」 だから俺は。 血と肉の海で産まれ、 自分が血塗れだと絶望していた俺を迎えてくれた女性に……ただ、感謝をした。 【ケース55:弦月彰利/黒の少年-UnlimitedBlackOrder-】 ───……で。 彰利 「あの……なしてオイラ、捕まってんでしょうね」 小僧と椛のラヴシアターでも見に行こうと部屋を出たまでは覚えてる。 猫だった姿を人間にして現れたら驚くかな、とも考えて人間に戻ったのも覚えてる。 うん、記憶に一切の間違い無し。 だってのに、部屋を出てからの記憶が曖昧……というか、目を開けたらここに居た。 しかも縄で縛られてる状態……イッツァマジック!? なんて、お馬鹿な結論はこの際うっちゃろう。 コホリと咳払いをして、俺は目の前でデータ解析をしているリヴァっちを見た。 リヴァ「寿命の融合をした途端に走り回る馬鹿が居るか。大人しくしていろ」 彰利 「ボク子供でいい。だから関節外して逃げていい?」 ポキポキ……。 言いながら関節を外してゆく。 リヴァ「却下だ」 ギュムッ! 彰利 「ギャア!?」 俺を縛っていた縄はキツく締まり、外していた関節にメリ込んだ。 彰利 「オギャアアアアーーーーッ!!!!」 リヴァ「うるさい、すぐ終わるから待ってろ」 彰利 「ギャーーーッ!!ギャーーーーーーッ!!!!!」 リヴァ「気が散るだろ、黙ってないといつまで経っても終わらないぞ」 彰利 「そげなことギャーーッ!!言われたってギャアーーーーッ!!」 痛い!痛いよムーミン・トロール!! リヴァ「……魔力回路確認。千年の寿命は……ああ、しっかり魂に根付いている。     この分なら基礎さえ習えば式も使えるようになるだろう。     ……問題点は、式は本来が光で編むものだから……     検察官の場合、“黒”をイメージしないと纏まるものも纏まらない。     悪いな検察官、少し手を加えさせてもらうぞ───“回路、解放(アクセス)”」 バヂンッ!! 彰利 「ギッ……!?」 それは。 縄が外され、リヴァっちが俺の額の前に手を掲げて、何かを唱えた瞬間だった。 脳に冷たいなにかが刺し込まれた感触。 味わったことの無い感触なのに、それがそれだと解る矛盾がどんどんと流れてくる。 けれど身体の中にあった違和感が、次々と『黒』にされてゆくのを感じる。 やがて───その全てが違和感じゃなくなった頃、リヴァっちが訊ねてきた。 リヴァ「……検察官。何が見える」 彰利 「な、なにって……!」 そんなもの。 そんなもの……きっと、『弦月彰利』にとって、『それ』が見える場所なんて…… 彰利 「───俺の、深淵か」 リヴァ「………」 リヴァっちは答えない。 つまり、それが正解。 恐らくリヴァっちも見ているのだろう。 この、血と肉と、その自らが手にしていたであろう刀から始まる凶器の残骸の海を。 それが自分の全てだと言うかのように。 真っ黒な大地、真っ黒な空の中、ただ『血の色』だけが赤かった。 だっていうのに、その海が、血と肉と凶器だと解るのだ。 これが矛盾でなくてなんだ。 そんな世界の海の中心。 血に塗れ、凶器が突き刺さっている肉の山の頂上で、真っ黒な空を眺める少年が居た。 それがきっと─── リヴァ「───、ぐっ……!!」 視界が戻された。 リヴァっちは口元を手で押さえ、涙目になりながら、込み上げるものを抑えている。 ……別に、吐いてくれてもよかった。 きっとこの景色は、俺と悠介にしか耐えられない。 こんな景色の中で、あいつは俺の命を救ってくれたのだから。 リヴァ「、はっ……!検察官……お前は……」 彰利 「………」 リヴァっちはただ、悲しく、辛そうな目で俺を見た。 その目が言っている。 『お前は、こんな絶望の上に立っているのか』と。 『お前は、こんな絶望を何度も繰り返したのか』と。 ああ、それはそうだ。 俺にはやらなきゃいけないことがあったから。 その果てに今の自分があって、鎌の名がそう名付けられたのだ。 それを否定してしまったらきっと。 ……きっと、俺は本当にコワレてしまうから。 彰利 「詮索は無しだよ、リヴァイア。俺は黒になりたかった。     自分で選んだ道だ、自己を笑うことはあっても、他人を笑うことなど在り得ない」 リヴァ「───」 その時の俺がどんな表情をしてたのかなんて知らない。 けど、リヴァイアは確かに息を飲んだ。 ……それだけで解る。 きっと俺は、怖い───いや、危うい顔をしているのだろう。 リヴァ「……やれやれ。     久しぶりにまともに名前を呼んだのが、こんな絶望を見せられた後か。     つくづく掴み所がないな、お前は」 彰利 「そうかな」 リヴァ「お前は……誰かがお前を思う像を糧にしなければ、自分を作れなかったんだな」 彰利 「………」 核心だ。 決して開いてもらいたくはなかった扉に、リヴァイアが触れてくる。 リヴァ「単純なことだったんだ……“無限の黒い秩序(アンリミテッドブラックオーダー)”。     自身を黒い秩序にして、自分以外の黒を認めない存在。     その生き様は無限にして刹那。     全ての白を守ろうとした黒は、ひとつの例外を置いた全ての白から否定された」 彰利 「リヴァイア……」 それ以上は、と続けるより早く。 リヴァイアが俺の発言を許さないといった表情で睨んできた。 ……彼女のそんな表情、初めてだった。 リヴァ「白を輝かせるためだけの黒。     白が望むままの性格を演じて、誰もが笑っていられる未来を目指した黒……。     ああ検察官、そりゃあ、お前の周りでは『暗い雰囲気』が長続きしない筈だ。     そんな雰囲気、白の全てが望まない。わたしだって同じだ。     お前はそんな『白の願望』を叶えて馬鹿をして、白に笑みを与えていた。     そのためなら、自分がどれだけ傷つこうが構わないなんて、馬鹿な考えの下でだ」 彰利 「………」 リヴァ「解るか?わたしは怒ってる。まったく……なんだってこんな……。     いろいろ疑問にあることも、解らないことだってたくさんあった。     けどな、そんなものはもうどうでもいい。     今回のことで悠介の言葉の意味がよく解った。     検察官、お前は───どんな犠牲の上であろうと、幸せにならなきゃいけない」 彰利 「え……?」 それは予想外の言葉だった。 およそ、自分に向けて、誰であろうと吐かない……いや。 吐く必要なんて無い筈の言葉だったから。 たとえ自分が誰に手を伸ばそうが、 黒であり、白の仲間じゃない自分が受け入れられる筈が無いことなんて。 きっと、ずぅっと昔に気づいていた。 だってのにどうして、目の前の女性はそんなことを言うのだろうか。 リヴァ「解らないか?わたしは、どれだけ人を馬鹿にしようとも、     お前だけは幸せになれ、って言ってるんだ」 噛み砕くように言うリヴァイアに、俺はただ首を傾げた。 ふざけてなんかいない。 ただ純粋に、そう思ったから口にした。 彰利 「リヴァイア、それはおかしい。     俺は自分が幸せになれないことなんて、ずっと昔に気づいてる。     幸せを目指そうって、確かに過去の時代に戻った時に思った。     でも今は違う。自分の心が偽りのものだって気づいて、     けどそんな偽りに気づく前に、偽りの愛を向けていた人が俺を裏切ってくれた。     今じゃ感謝してる。だって、きっとこれ以上微笑みを奪うことなんて無いから」 リヴァ「……っ……」 今度のは今までの比じゃなかった。 とんでもなく辛そうな顔をして、ただ呟いた。 『どうして【裏切ってくれた】なんて、笑って言えるんだ』って。 ああ、そんなもの……きっと自分の心が一番知っていることだ。 彰利 「言っただろ。俺はきっと、最初から誰も愛してなんていなかった」 それが答えだ。 『誰かのために』と走り続けた馬鹿野郎が犯した大罪。 『日余』に罪なんて無くて、彼女を受け入れてしまった俺にこそ罪があるんだ。 生き方を否定するわけにはいかない。 だって、これが俺の『精一杯』なんだから。 それを自分自身で否定してしまったら、きっともう走れない。 彰利 「俺はさ、リヴァイア。全てにおいて『きっと』に縛られてる。     今まで偽ってきた自分を奥底から引っ張り出して、それを仮面にして生きている。     あの瞬間の俺はきっとこんな顔だった、とか。その時の俺はきっとこうだ、とか。     全ては誰かのためであって、     最初から俺にはひとつしか選ぶ権利が与えられなかったんだ」 その上で選んだ。 『誰かのために』と。 誰もが笑っていられる未来を望んで、 その世界が開けるのなら、自分がどれだけ傷つこうと構わないと謳った。 その瞬間、自分はもう『きっと』の塊だったのだ。 身体の全ては願望で。 意思の全ては誰かのため。 血潮も心も未来を目指し、辿る道など常に孤独。 彰利 「そんな俺でも、たったひとつの宝物を手に入れることが許された。     俺は……きっとそれで十分だったんだよ」 リヴァ「……だが、検察官。お前が手に入れた宝が、     お前をこんなにも変えてしまったことに後悔はないのか……?」 彰利 「後悔なんてあるわけない。俺はその宝に救われた。     その心は偽りじゃないし、その宝物だけは『きっと』じゃない」 そう。 永い永い道だったんだ。 傷ついて、それでも前を向いた。 目が覚めれば血と肉の海があって、 泣きたくなるくらいの血の臭いに噎せながら立ち上がった。 ……からっぽだった俺を、親友って呼んでくれる宝物があったから。 だから駆けた。 そいつの未来を閉ざそうとする存在を、この手で幾度となく砕いた。 その度に血と肉の海で目覚めようとも、俺はそいつのために笑っていられた。 その心だけは偽りなんかじゃない。 その宝だけはきっとじゃない。 そして……そいつの傍に居られたことが幸せじゃなかったなんて、そんなことなかった。 だから。 あいつの傍でどれだけの罵倒を浴びようが、 あいつが俺を『友達じゃない』って本気で言うまで。 その時の俺がその言葉に崩れてしまうまで、駆け続けていられるって信じた。 リヴァ「……そうか。『変わるわけが無かった』んだな。     ようやく解った、悠介が、他のやつらがお前を『変わらない』って言うわけが」 そう。 俺は俺でしかなくて、最初から偽ることでしか自分を出せなかった。 だから仮面が外れれば、そこいらに居る小さな子供となんの変わりもない子供なんだ。 リヴァ「けど、今は違う。お前はきっと変わっていけるよ」 彰利 「……?なんでさ、リヴァイア」 リヴァ「お前には、親友が取り戻してくれた『感情』があるだろう?」 彰利 「………」 目の前の女性は、そんなことをあっけらかんと言ってのけた。 俺はそんな彼女を前にホウケてしまって、彼女に『そら、隙がある』と笑われた。 彰利 「ひどいな。そういうのって卑怯だと思うよ、リヴァイア。あまりよくない」 リヴァ「そう言うな。わたしはこれでも嬉しがってるんだぞ?     だって今のお前、間違い無く『弦月彰利』だ」 彰利 「………」 リヴァ「そら、また隙が出来た」 彰利 「あ、あのね、リヴァイア……きみ、そんな意地悪だったか?」 リヴァイアは彼女らしくもなく大声を出して笑った。 そんな瞬間、いつのまにか何処かに置いてきてしまった感覚を思い出す。 彰利 (……ああ……) そう……確かにこんな瞬間があったのだ。 自分がポカをやらかした時、傍で笑ってくれた母が居た。 人は絵の具だと言ったその人は、自分を裏切って死んでしまって。 でも、今もその言葉を覚えてる。 未練だな、って思うよりも、なんだかそれが暖かかった。 暖かかったんだ、誰かの微笑みが。 だからこそ憧れた。 父親の所為で少しも笑わなかった母の笑みを見て、もっといろいろな人を笑わせたいって。 それが───唯一、『弦月彰利』が望み、感情とともに置き去りにしてしまった願い。 そこに残ったのは『生きる道』だけで、心がまるでこもってなかった。 だから……傷ついてもいいって思った。 傷ついても誰かが微笑んでくれればいいのだと、そんなことを幻想した。 ……そんなやり方で、自分が救われるわけないのに……。 リヴァ「なんだか嬉しいな。     そうか、感情が死んだのが子供の頃なら、今の口調も子供っぽさも頷ける」 あははははは、なんて。 目の端に涙を浮かべた彼女は、 自分の中にある未発達の感情を掻き集めて真面目に話していた俺を笑う。 彰利 「なんだよ。悪かったな、子供っぽくて」 悔しいったらない。 だからそう抗議した。 そうしたらどうだ、涙目の彼女はもっと涙を出して笑い転げるじゃないか。 彰利 「よくないって言ったろ、リヴァイア。怒るぞ」 むっ、と眉間にシワを寄せて、精一杯怒り顔を作ってみた。 それは仮面じゃなくて、俺がそうした本当の『精一杯』。 そんな顔を見たからか、リヴァイアは笑うのをやめて、代わりに言った。 リヴァ「はは、いや、今のお前は危うくなくていい。     こう言うのもなんだけど、うん。検察官じゃなくて、お前らしい」 彰利 「……?なんだいそれ」 リヴァ「子供の頃に出会いたかったな、って。そう言ってるんだ」 彰利 「?」 訳が解らなかった。 でもその後、『お前のそういう顔、嫌いじゃない』って言われたのが嬉しかった。 だから─── 彰利 「───うん、ありがとう。多分俺、ちょっとだけでもその言葉に救われた」 そう言って微笑んだ。 リヴァ「───!!」 そしたらリヴァイアは顔を真っ赤にして目を逸らした。 そんな行為が、なんだか感謝した気持ちが無駄にされたような気がして、癪に障った。 彰利 「む……リヴァイア、そういう態度はよくないよ。     俺、お礼を言ったつもりだったんだけどな」 リヴァ「ば、ばかっ……!お前があんな、無防備な笑みなんてするからっ……!」 彰利 「……?」 ますます訳が解らなかった。 状況に困惑する、そんな俺を置いてけぼりにしたままに頭を抱えるリヴァイア。 その彼女が、『なんて不意打ちだ……!あんな笑顔、反則だ……』とか言ってる。 彰利 「リヴァイア?」 リヴァ「い、いいっ!なんでもないっ!     わた、わたしは別に映写機でも持っていればとか、そんなことは思ってないぞ!」 彰利 「?」 リヴァ「あ……あ、あぁあいや……ああもぅ、調子が狂う……」 がばーーっ!って立ち上がったと思ったら、また意気消沈して座り込む。 仮面を付けなきゃ、ろくに経験も引き出せない俺にとって、 リヴァイアのそれはよく解らなかった。 リヴァ「でも……ああ、『彰利』。お前はそのままが、一番いい」 彰利 「……このままの、俺?なんの経験もない俺が?」 リヴァ「ああ。お前がそこに居るって一番実感出来る。笑ったりしたのは悪かった。     けど───あんなに笑ったのは初めてだ。     それをさせてくれたのは間違いなく、どんな人格でもない、お前なんだよ」 彰利 「………」 リヴァ「もっと胸を張ってみればいいじゃないか。     わたしも悠介と同じだ。……ああ、自分で言って気づくなんて、どうかしてる。     わたしはな、彰利。お前と親友になりたいよ」 彰利 「───……」 身体がビクンと躍動した。 それは、今まで俺が被ってきた仮面の数々。 『受け入れたらウソになる』 仮面の全部が、眼球も口内も無い顔でそう話し掛けてくる。 真っ黒な闇の中、視界の全ては仮面に覆われて……ただ、それだけを言われ続けた。 そして俺も……結局『きっと』でしかなかった。 彰利 「ああ……もしそうなれたら、きっと楽しいんだろうな……」 リヴァ「………」 リヴァイアはもう、何かに気づいてしまったようだった。 それは恐らく、俺の『きっと』を聞いてから。 彰利 「でも……ごめん。俺は弱いから。親友をふたりも持てば、折れちゃうから」 だから、と。 立ち上がって頭を下げた。 彰利 「俺はもう、悠介以外の誰の親友にも……友達にだって、きっとなれない」 彼女から笑みを奪ってしまったことへの謝罪。 それだけを込めて、ただ頭を下げた。 リヴァ「……すまない。お前を、傷つけた」 ───その言葉の意味が解らない。 俺はずっと誰かのために生きて、誰からも傷つけられた。 『自分は誰かのためにある』 それが自分の存在意義ならば、誰かに謝られることは違和感でしかなかった。 なかった……筈なのに。 彰利 「あ……」 この、頬を伝う熱いものはなんなんだろう。 胸の奥を熱くする思いは、何を具現したものなんだろう。 リヴァ「彰利……」 彰利 「あ、あれ……?」 訳も解らず涙した。 押し寄せてくる感情は、ごめんなさいとありがとう。 こんな俺の親友になりたいって、『心から』言ってくれてありがとう。 そんな『心から』を押し返して、ごめんなさい。 溢れる涙は止まらない。 後悔なんてきっと無い。 でも、その『きっと』が、自分をもっと悲しませていった。 リヴァ「ああ……すまない……すまない……!     今のお前は、ただ純粋なだけだったのに……!」 両手で顔を覆って震える俺の背に、暖かい手の平が乗せられた。 とてもとても暖かく、遙か───そう、ずっと遠くの景色で。 こうして、誰かに慰めてもらったのを思い出した。 ───どうして父さんは僕を殴るの? ───父さんはね、彰利を愛していたからこそ、悲しいの ……ああ……。 そうだ……遠い昔に、そんなことを言ってくれた母が居た。 泣いている俺の背中を撫でながら慰めてくれる彼女のように、 困ったような……だけどやさしい顔で慰めてくれる人が居た。 自分が出来損ないなんかじゃなかったら。 自分が父の願っていたような子に産まれていたら、 なにもかもが曲がることなんて、きっと無かった。 母が父を選んで死ぬことも、俺が全てに絶望することも無かった。 彰利 「母さん……母さん……」 弱いのは自分だったのかもしれない。 抱えきれなくなった何かを母の所為にして、逃げたかったのは自分だったのかもしれない。 やさしかった母なら、そんなことを許してくれるんじゃないかって…… 自分はそんなことを思っていたのではないだろうか─── 『わたし達は絵の具です。  想いを抱いて、真っ白なキャバスに人生を描いてゆく絵の具です。  たった一色の絵の具でしかないけれど、  ぼくらは手を取り合って綺麗な絵を描き続けていきます。  だからその絵が完成した時は、他の絵の具に感謝しながら筆を置くのです』 月の無い夜、母が口ずさんだその言葉を美しいと感じた。 自分も綺麗な絵の具になれるだろうかと言った俺に、母は穏やかな笑みを返してくれた。 その笑みが、暖かかったのを覚えてる。 でも─── 彰利 (───……ああ、そっか……) なにもかも、遅すぎたのだ。 俺の体は黒に染まって、もう他の色を食い潰すことしか出来ないものになってしまった。 白はそれを助けてくれるだろうか。 彰利 (……馬鹿な) そんなこと、ずっと昔に絶望したことだ。 ……でも。 背中を撫でるその暖かさは、嘘なんかじゃないのだろう。 その暖かさに応えられなかったからこそ自分は泣いていて、 こんなにやさしい人を罪悪感でいっぱいにさせてしまったのだ。 だから。 もし嗚咽に殺されていても、この声が届くのなら。 子供みたいに泣いているこんな俺でも、その言葉を届けることが出来るのなら。 この、背中に触れる暖かい手の平の人に言いたかった。 ごめんなさい、と。 俺はきっと弱いから。 誰かを助けることは出来ても、自分の助けになることには臆病すぎて、怖いから。 だから……頷いてあげられないことを、ごめんなさい。 こんな俺の親友になろうとしてくれて……理解しようとしてくれて、ありがとう。 それだけを嗚咽とともに吐いた。 何度も、何度も。 届いたのかは解らない。 でも……やがて泣き止むその時に、 彼女が見せてくれた苦笑めいたその笑みが、悲しいと言えば悲しかった。 いっそ泣いてくれれば助けてあげられたかもしれないのに。 『お前の黒は受け取れない』と苦しそうに呟く彼女が、 ただ……いつまでも、俺を慰め続けてくれていた。 【ケースFINAL:リヴァイア=ゼロ=フォルグリム/幸せを望まぬ少年】 ───……。 リヴァ「落ち着いたか?」 彰利 「……ん、ごめん」 リヴァ「ばか、謝罪の言葉なら腐るほど聞いた。お前がそんなに気に病むことか」 彰利 「でも、俺……」 さっきからこの調子だ。 『検察官』からは想像できないくらいの弱々しさ。 それが今目の前に居る『弦月彰利』その人だった。 リヴァ「……お前はな、子供の頃の感情のままで傷ついたんだ。     泣いてしまうのは当然なんだよ。     そんなことも先読みできないで、無責任なことを言ったわたしが悪かったんだ。     ……頼むから、もうそんな顔をしないでくれ。お前は笑ってる方がいい」 彰利 「………」 けど……正直に言うとわたしは喜んでいる。 『今まで傷ついてきたものが仮面でよかった』と。 この少年は、まだ『きっと』、心から傷つけられていないから。 リヴァ(うん……?───ああ、まいったな) 所詮思考を先んじるものなど『きっと』に縛られている。 予想でしかないそれを糧に生きれば、『きっと』に固定されてしまうのも仕方ない。 目の前の彰利は、その先に行ってしまった存在なんだ。 リヴァ(彰利、か……) 不思議と、自分の中で違和感はなかった。 親友になりたいという言葉も拒否されはしたが…… 目の前の人は、そんなことを本気で泣いてくれた。 それが、拒否されたことを塗り替えてくれるくらい、とんでもなく嬉しかったのだ。 誰かのために本当に泣いてくれる人など、探したところで見つからない。 それでも、親友になろうという言葉を断った本人が泣くなんて馬鹿が居た。 そしてわたしは、そんな馬鹿に出会えたことが嬉しかったのだから。 リヴァ(ああ、仕方が無いな) 本当に仕方が無い。 たとえわたしの一方通行であろうと、この男を助けようって思ってしまったのだ。 恋だの愛だの、そんな感情は一切無い。 あったとしても、さっきの涙で全部流されてしまった。 ───友達でいい。 いや、お節介な知り合いで十分だ。 いつかこいつが心を許してくれる時が来たら、その時に友達になってもらえばそれでいい。 ……そう、思ってしまったのだから。 本当に、仕方が無かった。 リヴァ「お前は、やっぱり幸せになれ。少なくとも、わたしも悠介もそれを願ってる」 彰利 「………」 リヴァ「ただし、これは『黒の仮面』として受け取らないでくれ。     お前はもう十分走ったから。     わたしや悠介で良かったら、いつでもお前を白に染めてやる」 彰利 「………」 リヴァ「だから───」 だから。 もうそんな顔をするな、と言おうとした。 けどその前に、彰利は既に言葉を放っていた。 彰利 「いつか。本当にそう願える時が来て……自分にその資格があったなら……。     ……うん、その時に迎えてもらえると嬉しい」 ……そんな言葉に喜びを感じた。 けど、それも束の間。 彰利は『資格』と言った。 そしてそれは、わたしが想像する『弦月彰利』の中では、 恐らく生涯精製されないであろう感情の遂。 目の前のこいつにはもう、幸せになるなんて思考は無いのだと……気づいてしまった。 ならばと願った。その予感が間違いであるようにと。 こんな幻想は真実幻想にしか過ぎず。 目の前の、黒として生きてきた少年が幸せになれるようにと、ただ願った。 彰利 「……ありがとう、リヴァイア。俺、そろそろ自分の時代に帰るよ」 リヴァ「あ───ああ、そっか」 どうしてその言葉に『寂しさ』を感じるのか。 ずっとこの時代に居てくれたなら、 わたしと悠介とでこいつを『黒』だけの生き方から解放してやれるのに。 ……いや、それも結局『きっと』なのだろう。 こいつの『黒』は1000年分だ。 彰利側から見て『白』なわたしが何を言っても無駄なのだろう。 解放してやれるのは……白の中でも例外の、悠介くらいだ。 ……信じよう、過去の悠介を。 どんな手段、方法を使ってくれていい。 この時代の何かを利用するのなら、なんでも利用してくれて構わない。 だから───どうか、この独りぼっちの『黒い秩序』を救ってやってほしい。 リヴァ「また、いつでも来い」 彰利 「……ああ。ありがとう」 ───そんな願いを光の粒子に託し、やがて消えてゆく少年を見送った。 きっと向こうに着けば仮面をつけるそいつが、いつか心から笑って暮らせる未来を願って。 Next Menu back