───たわけモン道中記05/普通の日常───
【ケース15:過去悠介(再)/穏やか爽やかモーニン】 ───朝である。 悠介 「ン……」 本日快晴、素晴らしい朝なのである。 悠介 「くぁ……ぁ〜あっと……」 布団から体を起こして伸びをした。 布団はすぐに干すようなことはせず、五分置いてから干す。 うん、いつも通りだ。 悠介 「さてと───朝食朝食、と」 不思議なもので、いろいろあると家事だのなんだのが途端に恋しくなる。 や、べつにメシ作るのをサボっているわけではないのだが、昨日はいろいろあったから。 着替えを終えて部屋を出て、窓から差し込む日差しに安堵しながら洗面所へ。 顔を洗って歯を磨いて、さっぱりしてから台所へ向かう。 悠介 「…………はぁ〜ぁ、やっぱり朝だよなぁ」 早朝の晦家はとにかく静かだ。 周りに車が通っているわけでもなく、誰が起きているわけでもない。 常日頃から妹や姉、死神に吸血鬼が出す騒ぎに頭を痛める俺にとって…… 早朝という時間は、まさに魔法の奇跡そのものに思えたものだ。 悠介 「今日も頑張るか」 台所にやってきて一言。 早速冷蔵庫から食材を取り出す。 悠介 「……うおう」 いや、取り出そうと思ったが……冷蔵庫は見事にカラッポだった。 あるのは水だけ。 ……一体何が? 悠介 「………」 まあいい。 これでも食材の持つ栄養素だのなんだのを学んだことがある。 今必要な食材を片っ端から創造して、ちゃっちゃと調理してしまおう。 悠介 「よし」 エプロンを付けて、いざ食材との格闘を始める。 やはり朝はさっぱりとしたものを選ぶ。 悠介 「卵が出ます」 ポムと卵を創造して、熱したフライパンに引いた油の上に落とす。 すぐに弱火にすると他の調理に移り、それもテキパキとこなしてゆく。 悠介 「……ああ、平和だ……」 そう、この瞬間こそが平和だ。 この早朝だけは誰にも譲れない。 ジュワァッ!! 悠介 「っとと」 別のフライパンで焼いていた野菜が跳ねる。 それを菜箸で巧く調理してゆき、野菜全体に火を通してゆく。 全体がしなびすぎない内に火を止めて、あとは余熱を利用した味付けを。 ジュワァッ!! 悠介 「お───……っと?」 ジュワッ!ジュウウッ!! 悠介 「………」 妙だ。 火は止めてあるのにフライパンがジュワジュワと…… 悠介 「……?」 いや、フライパンがジュワジュワ鳴ってるのは確かだが……これは火と油の所為じゃない。 敢えて言うなら…… 悠介 「……オイ」 彰利 「………」 ……天井に張り付いて、胃液を落としているどこぞのフルフルだ。 ポタポタ……ジュウウウウウッ!! 悠介 「ば、馬鹿やめろっ!なんだってお前、またフルフルになってんだよ!!」 彰利 「………」 ババッ!……のたのたのたのた…… 悠介 「………」 行ってしまった。 悠介 「……あーもう、せっかくの野菜炒めが台無しだ……」 フライパンが溶けてしまうような唾液が入った野菜炒めなど食べられん。 というか喰わせられん。 仕方なくそれはフライパンもろともブラックホール行き。 愛用していたフライパンを泣く泣く手放した俺は、新たにフライパンを創造する。 悠介 「───“超越せよ汝(クリエイション)
”」 しかもただのフライパンではない。 俺用にカスタマイズされた超越フライパン! 悠介 「なんとこのフライパン、油を引かなくてもこびりつかない優れもの。     しかも独自のイメージが搭載され、臭いも汚れも付かない。     つまり、このフライパンは洗浄要らずなんですよ奥さん。     この機会にいかがでしょう。今なら税込み価格、4,980円!!」 …………。 悠介 「……まったく、アホゥか俺は……」 自分の行動に呆れが入った。 軽く頭を振った後に、創造したフライパンを使って手早く調理を進める。 既存を超越したフライパンの性能は素晴らしく、 フライパンに熱が通るのも一瞬なら、消えるのも一瞬だった。 しかも余熱が欲しいと念じれば、きちんと余熱を残すことも可能。 悠介 「おお……」 良い物が出来た。 これはいい、悪くないどころか非常にいいぞ。 これを使えば家の女達も少しは料理が出来るんじゃないだろうか。 悠介 「………」 無理だな。 ああ、5秒も保たずに無理だと断定出来る。 あいつらはまず根本がダメだ。 教えたって必ず『独自の製法』がどうとか言って、 教えたもの以外の味付けをして爆発事故でも起こすんだ。 よしてくれ、『誰かさんのみの製法』なんて『トニーだけの秘密の製法』だけで十分だ。 悠介 「彰利〜、遊んでないで皿運ぶの手伝ってくれ〜」 声を出す。 料理はもう出来ているから、あとは運ぶだけなのだ。 ……しかし出した声に反応する声は無し。 代わりにのたのたと天井を移動してくるひとりの馬鹿が居た。 のたのたのたのた……ババッ! 彰利 「………」 ポタポタッ……ジュウウウ……!! 悠介 「あー……まあこいつがどうしてフルフル化したのかを調べるのは後にしようか。     っていうかおいフルフル……     なんだってまた料理の上に胃液落としてんだお前はぁっ!!!」 ブルドックソースを創造して思いっきり投げた。 みんな知っているか?ブルドックソースは案外投げやすいんだぞ? しかも中身がたっぷりだと上手く飛んでくれるし破壊力もまあまあだ。 しかも超越させたソースは味もさることながら───ベゴチャアッ!! 彰利 「ギャーーーーッ!!!!」 ───容器もヤワなものではないのだ。 悠介 「お〜ら立てフルフル」 彰利 「あ、あれ!?お、俺今まで何を……」 ドゴシャアッ!と落ちてきたフルフルの首根っこを掴んで台所に立たせる。 状況が掴めていないのは相変わらずらしい。 彰利 「ゆ、悠介を驚かせようと思って、     天井に張り付いたところまでは覚えてるんですけど……」 悠介 「……あのなぁ。朝っぱらから妙なこと考えるなよ……。     ちなみに、冷蔵庫の中身が無いのはお前が原因か?」 彰利 「いや……どうだろ。確かに不思議と腹は減ってないんだよね。     これってミステリー!?キャア!アタイ怖いわ!」 悠介 「寝言は寝て言え」 彰利 「ねごっ……!?」 騒いでいる彰利にエプロンを渡して、再び食材を創造、格闘。 ぶつくさ言い始める彰利だが、その調理の巧さは相変わらずだ。 彰利 「懐かしいワ……。     昔はよくこうやって、ダーリンのために料理を作ったものよね……」 悠介 「過去をでっちあげるのはやめろ」 彰利 「そげな即答で打ち切らんでも……ああ悠介?コショウは?」 悠介 「ああ、そこの戸棚に新品入ってると思う。あったのはさっき使い切った」 彰利 「了解。いや〜、料理してると『平和だ〜』って言いたくなるねィェ〜。     もう最高だね、愛してる。こげな早朝とキミの瞳に乾杯だね、最強」 悠介 「……お前って感情受け入れてもそういう性格なのな。     俺てっきり恐ろしいほどの真人間になるのかって、内心不安だったんだぞ?」 彰利 「そうなん?まあ俺としても仮面を作ったことが無駄にならんでよかった。     感情の無いものでも、一応『俺』として存在した証だし。     それが無駄になるとしたら、     小僧───隆正とか楓巫女とかを見守ってきた俺もウソになる。     そんなの、やっぱイヤだしね」 悠介 「彰利……」 なんていうか嬉しかった。 しばらく『誰かのために』ってのは抜けないと思うけど、 こいつが自分の過去をきちんと振り返っていることに酷く安心した。 悠介 「ま、ゆっくりやっていけばいいさ。俺はいくらでも付き合うから」 彰利 「ヨゥヨゥヨゥメェ〜〜ン、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇの。     そうそう、そうザンスよ。ダーリンが居れば我が生涯に敵は無し!!     『幸せ〜』ってのは、ほんと言うとまだよく解らんけど、     悠介の言う通りのんびりやってきゃいいんだよな。     いいかいトニー、困った時はお互い様じゃぜ?     遠慮無くいろいろ言ってくれ、俺も遠慮無くいろいろ言う」 悠介 「言われるまでもないな。そもそもお前、俺に遠慮するタマじゃないだろ」 彰利 「タマタマ!?」 悠介 「違う」 調理を終えた料理を皿に移す。 いろいろ言いながらもきちんとこなすのは流石としか言いようがない。 彰利 「ほい一丁あがりぃっ!!」 言って、皿に盛った野菜炒めを俺に渡す彰利。 ……相変わらず見事な出来栄えだ。 実に悔しいが、料理ではこいつに敵わない。 彰利 「さぁ、早速いただきましょう!     時間は待ってはくれません!みんな〜、朝YO〜!降りてらっしゃ〜い!!」 彰利がフライパンとお玉を手にしてカンカンと叩きだした。 その様はまるで、起きてこない子供に手を焼くどこぞの主婦のようだった。 ……まあ主婦は『YO』なんて言ったりはしないとは思うが。 水穂 「うぅ……おはようございましゅ……」 彰利 「おお、一番乗りは水穂ちゃんか。モーニンよモーニン!     歯ァ磨いて顔洗ってきなせぇ、髪整えるのも忘れずに」 水穂 「え?あ……」 水穂が俺と彰利を見て唖然とする。 ───ってそうか、水穂は月の家系でも死神でもない。 ということは、昨日の映像を見たってことになる。 悠介 「なぁ、水穂───」 水穂 「おはようございます、お兄さん、彰利さん」 悠介 「───へ?」 けど水穂はにっこりと穏やかに笑ってみせたのだ。 その顔には、微量の恐怖も無い。 ……それが答えだ。 水穂は、このまま俺達との時間を過ごして構わないと言っている。 悠介 「……ありがとな、水穂」 彰利 「ああもう、なんというハーバルエッセンス……!体感、人情体験……!     もうそんなやさしいキミにキスを進呈!     プレゼンテッドバァーイ彰利ィイーーーッ!!!」 彰利、なにを思ったのか水穂の手を取り───その甲にムチュリとキスをした。 水穂 「きゃあああっ!!!な、ななななにするんですかぁっ!!」 ズパァーーン!!! 彰利 「ウーナチ!!」 そのお返しとして、かなり痛そうなビンタが進呈された。 その際に彰利の口から出た言葉の意味は、正直まるっきり解らんかった。 悠介 「うう、よかったなぁ彰利」 彰利 「あの……メチャクチャ痛いんですけど……?」 『なにが良かったのさ』と続ける彰利の背を押して、ひとまず皿を並べることにした。 悠介 「ああ水穂、すぐにメシにするから他のヤツら起こしてきてくれ」 彰利 「キャア!だったらここはこのアタイこと弦月彰利が、     皆様をそっと起こしてくるわセニョール!」 悠介 「よし、じゃあ早速で悪いがゼノを頼む」 彰利 「ゴメンナサイ」 即答だった。 悠介 「アホゥなこと言ってないで、さっさと皿運んでくれ」 彰利 「アイアイサー!愛々さーっ!!激しくサー!愛してる!」 悠介 「愛さんでいいから皿を運べ」 彰利 「うぬ……悠介がいつも通りの『ぶっきら坊(誤言にアラズ)』になっちまったい。     そんでなにか?何か話し始めたら否定論ばっか出すのか?」 悠介 「……人を否定論の具現みたいに言うのはやめろ。     別にもう否定論ばっかりってわけじゃないだろ」 彰利 「そうかね」 言って、彰利は水穂が歩いていった方向を見て、ふと呟いた。 彰利 「ところでさ、水穂ちゃんって誰かと愛っぽい話とかないんかい?」 悠介 「いきなりだな。無いんじゃないか?俺は聞かないけど」 彰利 「いやァ〜ンア……案外悠介が知らないだけで、     水穂ちゃんも誰か好きなお方が居るかもしれんよ?」 悠介 「それはないだろ」 彰利 「……なして?」 悠介 「ん……なんとなく。水穂ってこう、男と遊んでるような状況って想像つかないし」 彰利 「…………あのね、ダーリン?今まさに否定論を繰り出したキミが、     どうして否定論がどうのこうのって言えるのさ」 ……む。 悠介 「……いや、違うぞ?これは別に否定論とかそういうんじゃなくてだな」 彰利 「クォックォックォッ、今更なに言ったって戯言にしか聞こえンのォォォォ」 悠介 「……野郎」 ……もしかしてハメられたか? だが俺は普通に俺の意思に従ったことを言ったまでで、 否定論を出したくて出したわけじゃない。 悠介 「……否定論の話はいいから。ほら、それで最後だぞ」 彰利 「おっとソーリー」 悠介 「まったく……どうして一番最初に手に持ったお前が、一番最後に皿を置くんだよ」 彰利 「イッツァマジック!!」 悠介 「それは違う」 彰利 「即答!?もうちょっと引き延ばそうよ!」 悠介 「そんなことしたって意味ないだろ。ほら、手ぇ洗ってこい」 彰利 「薬用石鹸ミャーズは?」 悠介 「……ミャーズじゃないが、石田さん家の手作り石鹸があるだろ。それ使え」 彰利 「なっ───ば、馬鹿かねキミは!手を洗う石鹸といったらミャーズでしょうが!     それ以外で手を洗えなど……恥をお知りなさい!!」 悠介 「………」 何故? 悠介 「妙な拘りがあるな……。まあそれは解ったからさっさと洗ってこい。     腹が膨れてても食うんだろうが」 彰利 「いやん解る?」 悠介 「解らいでかっ!無理に会話を引き延ばしとらんでとっとと行けっつーの!!」 彰利 「CertainliySir!!」 フハハハハと訳の解らん笑いをしつつ走り去る彰利を見送る。 その後、俺は俺でゆっくりと作っていた味噌汁の完成に向けて味を加え、 それを人数分よそると食卓に並べた。 声  「おはよ〜ゆ〜すけ〜♪」 悠介 「へ?───ってその声……ルナか?」 と、そんな時───どこぞから壁抜けしてきたのか。 いつの間にか背後に居たらしいルナが抱きついてくる。 悠介 「うわっ!こ、こらっ!いきなりなにをっ……!」 ルナ 「むっ!抱きつくくらいいいじゃないのさー!     最近悠介ってケチだよね。なに?ほんとにホモっちに感化されたの?」 悠介 「断言出来るが俺はホモでもオカマでもないっ!!」 ルナ 「だったらいいでしょ?」 悠介 「いや、それはよくない」 ルナ 「む……なんでよぅ〜」 ぶー、と言うルナさん。 ……どうやら本気でお気づきになられていないらしい。 声  「あの。おにいさまから離れていただけますか?」 ルナ 「え?あ……」 ルナが視線を向ける。 その先には───ひどく落ち着いた顔だが、 何気に青筋が浮き出ててたり、カタカタと震えてたりする我が妹の若葉さんが。 しかもそのふたりの視線が合わさった時、思いっきり食堂に殺気が溢れかえりました。 ああもう、こうなるから嫌だったのに───! 若葉 「さ、おにいさま。その死神から離れてください。簡単ですよね?」 ルナ 「ダメ」 若葉 「……貴女には訊いていません。黙っていてもらえますか?     それ以前に……!おにいさまにべたべたとくっつかないでいただけますか……?」 ルナ 「おお、ヤキモチか義妹」 若葉 「だっ───誰が義妹ですか!!     貴女に義妹呼ばわりされる覚えは微塵にもありませんし、     これからだって有り得ません!あってたまりますかっ!!」 ルナ 「ふーん、ヤキモチは否定しないんだ。素直なのか回りくどいのか。     ハッキリしなさいよねー。ね?悠介」 悠介 「……ソコデ俺ニ話シヲ振ラナイデクレ」 無心だ、無心……そうさ、こんなの茶飯事じゃないか。 きっとすぐ終わるさ……うん、終わるよ。 ……終わる……といいなぁ。 若葉 「大体あなたはいつもいつも図々しすぎるんです!     なんですか!後から現れたくせにおにいさまにベタベタと!恥を知りなさい!」 ルナ 「むっ。ほんとは義妹だってベタベタしたいくせに。     わたしにだけ文句言う前に、行動に移すべきだと思うけど?     そんな勇気もない義妹にそんなこと言われる筋合いないと思うな」 若葉 「クゥッハァアーーーッ!!     わ、わわわわたしは貴女みたいな見境無しの女じゃあありません!     所構わず抱きついたりして、何を考えているんですか!!」 ルナ 「見境無しは違わない?それにわたしは自分に正直なだけだもの。     つまり、自分に正直にもなれなくて行動にも移せない義妹とは天地の差なのだ。     うりうり〜、悔しかったら正論で返してみろ義妹〜」 言って、俺の頬に自分の頬をすりすりと擦り寄せてくるルナさん。 ……ハハ、目の前に修羅が居るYO。 若葉 「う、うぐぐぐぐ……!!ぐぁあああああぁぁーーーーっ!!!!     この泥棒猫ーーーッ!!おにいさまを返せぇえええーーーーっ!!!!」 ルナ 「あははー、悠介聞いた?『返せ』だって。     これって義妹が悠介がわたしのものだって認めたってことだよね?」 若葉 「天地が引っ繰り返ろうが崩壊しようがそんなことは有り得ません!!     離れなさい!離れろぉおおおーーーーっ!!!」 ルナ 「うわー、雄々しいね。悠介?現実逃避してないで止めた方がいいと思うけど」 悠介 「だったらそもそも挑発するなよ!!お前、絶対俺で遊んでるだろ!!」 ルナ 「そんなことしないわよぅー。わたしはただ状況を楽しんでるだけだもん」 悠介 「………」 あの。 それって結局、俺をダシに使わなけりゃ実行出来ないわけだよね? じゃあ結局、結果は変わらないんじゃないでしょうか……。 って───ああ、そうこう思ってる間に若葉が俺の両手を引っ張って、 ルナが俺の首に抱きついて……ぐあああ……!!締まる、締まってる……! 木葉 「………」 悠介 「ごげっ……!がはっ……!ご、ごのは……!ぢょうどいいどごろに……!!」 ジト目で降臨した木葉を発見。 すぐさまに救援要請を発信! 木葉 「……朝っぱらからお熱いことですね。せいぜい頑張りやがれください色男」 ……が、ジト目のままでトンデモナイことを言って食卓に座る無情な妹が居ました。 『頑張りやがれください』ってなんだよ……。 ルナ 「むー!離せー!悠介はわたしんだー!」 若葉 「な、なにを言いやがりますかっ!おにいさまはわたしのおにいさまです!     誰が死神風情に渡したりするものですか!貴女こそ離しなさい!」 木葉 「姉さん、『わたしたちの』です」 悠介 「だっだら……!だずげ……!」 木葉 「……モテモテですね、兄野郎」 兄野郎!?なにそれ!!モテモテとか言われても嬉くねぇ!! つーか苦しむ俺を見て喜んでるようにしか見えないんですが!? しかも埒が明かないと判断したのか、若葉が俺の右腕に抱きつくようにして引っ張るわ、 何か思うところがあったのか木葉まで左腕に抱きつくように引っ張るわ。 ああもう勘弁してくれ……!こんな状況で誰かに見られたりでもしたら……! 彰利 「チース、みんな起こしてきたYO〜……お───」 悠介 「ぐは……!!」 ……世界ってどうしてこう残酷なんでしょうか。 戻ってきた彰利はその後ろにゼノ、姉さん、篠瀬、日余、みさお、聖を連れ、 今までに無いくらいに焦った顔して連れてきたみんなを押すようにして戻ろうとする。 彰利 「あ───ゴ、ゴメッ……!ゴメンナサイね……!     ア、アタイたち……別の場所で食べるわねっ!     ホントにもうごめんなさいねぇ、いつになっても気の利かないアタイで……!」 悠介 「だぁあああ待てぇえええっ!!!     結婚前のバカップルを持った母親みたいな顔で     全てを理解した風に去っていくなぁああーーーっ!!!」 首に抱きついているルナの腕を掴んで力任せに少し空間を空けて叫んだ。 が、それも少しの間で、すぐにパワー負けして抱きつかれる。 ……そうだよなぁ。死神とはいえ、女に力負けするのは正直どうかと思うよなぁ。 ほんと、体鍛えないと……───ていうか─── 悠介 (本当に料理持って別の部屋行きやがったよ……) 悲しみが胸を打った。 嗚呼……あの清々しい朝は一体何処に……。 ああ、締まる……締まる……!ヤバイ、ヤバイって……! ルナ、完璧にキマってる……!回した腕がいつの間にかスリーパーになってるって……! 若葉   「早くおにいさまから離れやがりなさいっ!!」 ルナ   「いいわよ?義妹が先に離せばねー」 若葉   「なっ……そんなこと言って、       わたしが離せばおにいさまを壁抜けで連れ去る気でしょう!!」 ルナ   「むっ。ちょっと義妹?わたしは約束は守るわよ。       そうしてほしいならそうしてもいいけど」 若葉   「ぐっ……!とことんいけ好かない死神ですね……!」 ルナ   「義妹も人類として相当『アレ』の部類よね。なんだっけ、ブラコンだっけ?」 若葉   「ブラッ……!こ、ここここの空き缶死神ぃいいいいいいいっ!!!!」 ルナ   「空き缶って言うなぁあああああああっ!!!!」 悠介   「グビグビ……」 木葉   「あの。どうでもよろしいのですが、お兄様が泡を吹いていらっしゃいますが」 ルナ&若葉『今はそれどころじゃないっ!!』 木葉   「左様でございますか。それは喜ばしいことです。       それではお兄様はお離しになられるのでしょうか」 ルナ&若葉『離すわけがないでしょうっ!!』 木葉   「…………お兄様、せめてやすらかに」 エイメン、シスター……。 【ケース16:弦月彰利/後藤家の食卓】 彰利 「マグロの赤身にマヨネーズを満遍なく塗って、     さらにラップで包んだものを一晩寝かせると───     『赤身トロ』のでっきあがりでぃ!!」 みさお「……またリトルグルメとかいうやつですか……?」 朝。 朝食を悠介達とは別の部屋でとることにしたアタイたちは、 適当な広間に卓を敷いて皿を並べた。 さて、ここでアタイが昨晩用意した『赤身トロ』の登場です。 アオミドロでは断じてないのでご安心を。 彰利 「ノゥノゥ、これはリトルグルメではないぞ?ちゃんとした工夫でござる。     よいですか?マグロにマヨネーズを満遍なく塗って、     ラップで包んで冷蔵庫の中で一晩寝かせて、     ラップとマヨネーズを払拭するとですね───ほれ、食べてみんさい」 みさお「?赤身となにが違うっていうんですか?」 彰利 「えーがらえーがら!誰でもえーがら食ってみ!美味いでェ!!」 夜華 「……鮪は、確か不味い魚ではなかったか?」 彰利 「オー、それは冷蔵庫とかが無かった過去の離しネー。     重いしデカいし、その頃はまだ釣った魚をシメて血抜きをすることもせんかった。     船から上げて家まで持っていく頃にはダメになっていたんです。     しかし今は違います。マグロはもともと美味いもので、     今では秋刀魚や鰯などより高価なのですよ夜華さん」 夜華 「そうなのか……あ───そんなもの、わたしが食べてしまってもいいのだろうか」 彰利 「構いませんよ。食べてもらいたくなけりゃあ作るわけがないっしょ。     んむ、折角じゃけぇ……夜華さんに一番に食べてもらいましょ。どうぞどうぞ」 夜華 「え……あ、い、いいのか?」 彰利 「御意」 ゼノ 「弦月彰利。そこで『御意』は違うと思うが」 彰利 「ツッコムなや……」 とかなんとか言ってる間に夜華さんがマグロの刺身を箸で取り、醤油を少し付けて食べた。 といっても『高価』というイメージが頭の中に残っていたのだろう。 『小さく噛む』といった感じで、一口で食べるようなことはしなかった。 夜華 「───……これは……」 みさお「あっ、あっ、篠瀬さんっ?無理しないで吐き出してもいいんですよっ?」 彰利 「不味いって決め付けんなや!ホレ!みなさんも食いんせぇ!     朝っぱらから脂っぽいものをススメるのは料理人としては減点じゃけんど、     今日はまあアレですから!たんとおあがり!!」 粉雪 「アレ?アレって……」 春菜 「ン───ああ、アレだね」 水穂 「アレですね」 ゼノ 「……む?」 聖  「……?」 みさお「……ああ、アレですか」 アレという言葉に皆様が困惑したり納得したりする。 そんな中、夜華さんはゆっくりと赤身トロを噛み締めて一言。 夜華 「脂の乗った魚、というのは……こういうもののことを言うのだな。     このような柔らかい魚は初めて口にした。     柔らかいというのに身が崩れているわけでもない。     だというのに、口にすると柔らかさとしっとりした感触が味わえる」 彰利 「お……夜華さん通だね。一口でそこまで語れるとは」 夜華 「だが───この魚は、わたしは好かない」 彰利 「ん、そう言うだろうと思ってた」 みさお「え?あ───やっぱり」 彰利 「コラ。なんじゃいその『やっぱり結果的には不味かったんですか』って顔は」 みさお「え……い、いやですね、そんな顔してませんよ?」 思いっきりしてやがりますが? 夜華 「正直に言うと───」 彰利 「───魚を食べているっていう感じがしない、でしょ?」 夜華 「……何故」 彰利 「だって夜華さんだもの。多分マグロも食べたことないって思ってたし、     そもそも夜華さんの時代じゃあ生きシメして血抜きもしてなかったろうし、     漁猟村の近場じゃない限り新鮮な魚なんて食べられない。     釣った時には脂が乗ってたとしても……それを夜華さんが食べたいとして、     その場に届くまでにはどうしてもダメになる部分も出てくる」 夜華 「……ああ」 彰利 「第一にあの頃の晦神社の近場には漁猟村なんて無かった。     確かに川はあったけど、あそこには腐れ外道も居たから村人は近づけない。     ほら、そうなるとやっぱり、別の村から届けてもらうしかないわけだ。     そうなればどうしても魚は高いものになるし、     あの村は元々裕福な村じゃなかったから……     夜華さんが口に出来た魚も、言っちゃ悪いけどそういう類のものになる」 夜華 「……その通りだ。だが───」 彰利 「いやいや解ってますよ夜華さん。それでも美味かったのでしょう?     当時の魚が美味いと感じられたからこそ、このマグロは魚とは認められない。     解りますよ、思い出の味ってのはいいものです。     夜華さんはそれを大事にするべきだ」 夜華 「彰衛門……」 言いたいことを言って、夜華さん用に焼いておいた魚を用意する。 なんの工夫もない、塩を振って炭火で焼いただけの秋刀魚だ。 夜華 「これは……」 彰利 「ンマー、アタイは昔の人じゃないから、     昔の人がどういう工夫で魚を美味しく焼いてたのかは知らんちゃい。     じゃけんどこれは、     アタイの中の知識にあるであろう最高の焼き方をしたものですよ?     さ、たーんとおあがり」 夜華 「あ……い、いや、その……い、いいのか?」 彰利 「む?なにがかね。夜華さん用に焼いたんだから、構いませんて」 夜華 「そ、そうか……貴様が……わたしのためにか……」 彰利 「?なんぞ言ったかね?」 夜華 「え、遠慮なく頂くと言ったんだ!わざわざ訊くなっ!」 がーっ!と怒鳴るように言って、夜華さんは魚をつついた。 それが口に含まれると同時に、夜華さんは何かを懐かしむような顔をした。 ……んむんむ、こういう表情が見れてこそ、料理は作る甲斐があるってもんです。 春菜 「……なんなのかな、この雰囲気」 粉雪 「息苦しいっていうか居苦しいっていうか……」 聖  「パパ……」 ゼノ 「……何故この家で食をする者は、食事時になれば殺気を出すのだろうかな」 みさお「ゼノさん、お気持ちはすごく解ります」 彰利 「……そういえば殺気が溢れかえってますね。なんで?」 みさお「根源がこれですもんね……」 彰利 「………」 みさおが俺を見て『これ』扱い。 しかも溜め息まで吐きやがってくれました。 おお、あなたヒドイ人。 彰利 「さ、皆様も食して食して。みさおさんもあんまりヒドイこと言うとヒドイぞ?」 みさお「ジャイアンみたいなこと言ってないで、彰衛門さんも食べてくださいよ」 彰利 「解っておるわい」 言われたとおり、かりこりちゃむちゃむと咀嚼してゆく。 ぬおお、この沢庵のなんと美味なることよ……──────あ。 彰利 「…………ちょいと失礼」 みさお「え?どうし……あ」 彰利 「ままま、キミ達はメシ食ってなせぇ」 みさお「……はぁ」 ……やれやれです。 まったく損な役回りですねぇ。 Next Menu back