───たわけモン道中記09/黒スケさん───
【ケース24:桐生真穂(再)/死神さんの憂鬱と歓喜】 彰利 「あ〜……」 真穂 「………」 桐生 「〜♪」 わたしの部屋に、なんともいえない空気が立ち込めている。 いろいろ気になることもあるのだけれど、それよりも恥ずかしさで顔をあげられない。 ───現在、部屋にある小さな簡易テーブルを三人で囲むように座っている。 そんな中で未だにご飯をぱくぱくと食べているお母さんは、随分と暢気なものだ。 娘の上半身が他人にさらされたというのに、眉のひとつも寄せなかった人だ、当然だ。 彰利 「や……失礼いたした。     拙者としたことが、ドナルドに会えた喜びでポカをやらかすたぁ……。     この家は、原中の猛者どもに否定された俺が来ていいような場所じゃあなかった」 真穂 「え───」 桐生 「む」 耳を疑った。 それじゃあ弦月くんは、まだあれが誤解だったって知らずにここに来たってことになる。 わたしなんかよりよっぽど気まずい筈だ。 しかも今の言葉に眉を寄せる存在がひとり。 桐生 「……真穂。今の話、どういうこと?アキちゃんを否定したって」 真穂 「え?そ、それは……」 その目は困る。 普段てんで怒らないお母さんだからこそ、本気で怒る時の顔は心臓によくない。 というか、自分の娘の下着姿に眉を動かさなかったくせに、この差はなんなんだろうか。 彰利 「いや、いいのですよキリュ───いや桐生先生。     責められるべきは娘さんじゃなくて拙者です。     小学から中学にかけて、ずっと偽り続けた我らに非があるんだ」 桐生 「───……ア、アキ、ちゃん?いま……」 彰利 「だから、『桐生先生』。     訳が解らないだろうけど、俺達のことなんて忘れたままでいい。     俺達月の家系のやつらはさ、人になんか触れちゃいけなかったんだ。     そうしたって、さっきみたいに馬鹿なことをしてばっかりだ。     おなごが男子に肌を見せるのは、好いた者にのみが一番だというのに……。     ……ごめん、桐生さん。俺、人として最低のことしちまった」 真穂 「……!」 愕然とした。 これが、誤解とはいえ……ウソとはいえ、『暗い過去を背負う人』を否定した結果。 だって、弦月くんの目はわたしとお母さんを『友達』として見ていない。 それはあくまで『教師』と『見慣れぬ元級友』としてくらいで、 呼び方からして既に『桐生先生』と『桐生さん』。 彰利 「……ごめん。浮かれて他人の部屋に侵入するなんて、ほんと最低だ。     でも……安心してくれていいよ。     俺はもう、未来のあいつらや悠介以外、きっと誰も信用出来ない。     けどさ、あの時言った『ありがとう』にウソは無いから。     本当に……こんな俺と一緒に笑ってくれて、ありがとう」 状況が掴めないまま固まるお母さんと、状況が解っていながらも何も言えないわたしに。 今度こそ、弦月くんはお別れの言葉を連ねていった。 何か言い返したかったけれど、 その顔があんまりにも辛すぎて……何も言えなくなってしまった。 どうして……どうしてそんな笑顔が出来るのか。 まるで……そう、まるで解らなかったから。 悪いのはわたしたちなのに。 弦月くんは悪いことなんて何もしてないのに。 どうして…… 桐生 「ア、アキちゃん!」 彰利 「───弦月、だよ。先生」 桐生 「───!」 ……もう、だめだった。 その笑顔の奥にある『黒』に、わたしたちは勝てない。 呼び方さえも否定されたお母さんには、もうさっきまでの笑顔は残っていない。 彰利 「……ありがとう。夢みたいな『日常』だった。     その全てが誤解だったとしても、俺は確かに『幸せ』だったと思うから」 だから、と。 弦月くんは着ている黒い服を揺らしながら、その手に黒い光を集めた。 そしてわたしには───それがなんなのか、どうしてか解ってしまった。 だから声を発したのに─── 真穂 「ま、待ってよ弦月くん!     『あれ』は違うの!あれは晦くんの誕生日のために───」 彰利 「……大丈夫。その気持ちも全部持っていく」 ……どうして、その笑顔が向けられてしまったのか。 もう何もかも解らなかった。 彰利 「俺達は弱いから。だから、一度でも否定されると崩れちまう。     ほんとはさ、あの時のみんなの気持ちが偽りだったなんてこと、解ってた。     悠介は気づかなかったみたいだけど……     『黒』だからかな、ウソかホントかなんて、簡単に解ったよ。     それでもさ、俺達は『別れ』を選んだんだ。     俺はもう……『誰か』の『日常』にはなれないから」 真穂 「……!」 違う。 それは違う。 日常になる必要なんてない。 ただそこに居てくれればいい筈なのに、どうして─── 彰利 「……さあ、お客様。長い長い夢の上映時間が、ようやく終わりを迎えます。     願わくば───どうか。     『黒』が無くても綺麗に見える『絵』を描く『絵の具』であってください」 真穂 「待って……!待ってって言ってるのに……!」 どうして、わたしの声は彼の『黒』に届いてくれないのだろう。 ……そんなこと、考えるまでもなかった。 カタチはどうあれ、『わたしたち』は彼の『黒』を否定してしまった。 昔、彼が歌うように言っていた『取り返しのつくこととつかないこと』が、 きっとそれだっただけ。 それはそうだ、そんなもの、『知りませんでした』じゃ済まされない。 彰利 「……白状するとね、ここには最初からその目的で来てたんだ。     中井出から全部聞いたよ、謝りに来てくれたことも、祝おうとしてくれたことも」 真穂 「そんなっ───だったら!」 彰利 「……あいつさ、『記憶を消す』って言ったら泣いてくれた。信じられるか?     あの中井出がさ……『バカヤロウ』って言って、俺を本気で殴ってきた。     他の原中生のところにも行ったけど、同じように怒られたよ」 真穂 「っ……!」 彰利 「一番最初に中井出の所に行って良かったって……心底そう思った。     だってさ、凄く痛かったんだ。あいつの涙も、あいつの拳も。     あんまり痛かったから……左のクロスでキメてきた」 真穂 「………」 それは、彼なりの最高の別れの言葉だったんだろう。 殴ってくる人には全力で殴り返すなんて、男の子じゃないと出来ないことだろうけど…… 彰利 「それじゃ、ありがとう。この光が散れば、全部忘れられるから。     貴女達は在るべき日常に戻ってくれ」 桐生 「───!」 光が散れば、という言葉を聞いたお母さんは、 すぐさまに立ち上がって弦月くんの手を蹴った。 彰利 「アウチッ!!」 バチィンって音がして───黒い光が霧散する。 桐生 「あっ───!?」 お母さんはただ、その黒い光を消したかっただけなんだろう。 でもそれは逆効果で─── 彰利 「桐生先生……そんなに俺のことを早く忘れたかったのか……」 桐生 「ちがっ───ちがっ……!やだ……やだよ……!     忘れたくなんかないよ……!アキちゃんの『黒』を見た後でも言えるよ……!?     アキちゃんはわたしが想像してたものなんかよりも、     ずっと黒い世界を生きてきたかもしれないけど……でも、『友達』だもん!     教師とか生徒とかそんなの関係ないっ!アキちゃんはわたしの友達なんだもん!」 彰利 「………」 静かに、弦月くんがわたしを見る。 お母さんの気持ちが痛いくらいに解るわたしは、 いろいろ言いたいこともあったのに嗚咽に邪魔されて、 声を出すことも出来ずに……頷くだけだった。 彰利   「……そっか。───じゃあ合格!!」 桐生&真穂『え───?』 ……ここに、素っ頓狂な母子の声が響いた。 彰利 「やぁ〜、サンクスサンクス。貴女達は合格YO。     こげに思って貰えて、家系の存在も幸せってもんだ」 桐生 「え……え……?」 真穂 「あの……弦月くん?」 彰利 「む?なにかねキリュっち、真穂さん。     ハトが豆を弾丸にしたスナイパーライフルで撃たれたみたいな顔して」 それは死ぬと思う。 桐生 「あ……キ、キリュっち……って」 彰利 「へ?ああ桐生センセのままの方がいい?なんなら戻すけど」 真穂 「………」 やられた。 考えてもみよう、弦月くんは『他の原中生のところにも行った』とは言った。 けど、『記憶を消した』なんて一言も言ってない。 ようするに試されたんだ。 真穂 「……あのさ、弦月くん。他のみんなの記憶、消したりなんかしてないよね?」 彰利 「……何を言っているのだ?俺が一度でも『記憶を消した』などと言いましたか?」 ほらやっぱり。 つまるところ、こういう人なんだ。 弦月彰利って人は。 彰利 「けどね、最初はほんに消すつもりで言ったんですよ。     したらもう中井出が怒るわ泣くわ、殴るわ蹴るわ。     『俺達の友情ってこんなもんだったのかよっ!!』て怒られました」 真穂 「それで、気が変わったの?」 彰利 「んにゃ。否定したままで受け入れる人が居るなら、     その人の記憶は消そうと思ってましたよ?」 真穂 「……その口ぶりからすると……」 彰利 「そゆこと。ひとりも居ねぇのよ、否定したままなんてヤツ。     口々に『お前は友達だ』とか『友情を否定する気!?』って。     いや驚いたね、ここまで理解してくれる人がこの世に居るなんて」 真穂 「……じゃあ」 彰利 「ん、消しませんよ?ああけど、消されたくなったら容赦なく言っておくれ?     いつでも笑顔で抹消しちゃるけん、どんと来なさい」 真穂 「……そうやって、罪悪感も持って行っちゃう気なんだね」 彰利 「む?」 スッパァンッ!! 彰利 「───……む?」 カッとなったわたしは弦月くんの頬を叩いた。 だって、そんな生き方はあんまりだ。 真穂 「あのねぇっ!わたしたちってそんなに頼り無い!?     弦月くんの支えにもなれないくらいに薄い存在!?     確かに弦月くんの生きてきた道はとんでもなく辛いものだよ!?     でもそんな道の一端を自分の手で消すことを、     そんな風に笑顔で言わせるほど安い生き方なんてしてこなかったつもりだよ!?」 彰利 「……ほっ、小娘がいっぱしの口を利きおって」 真穂 「なっ───」 彰利 「解らないなら言ってあげましょうか?     俺達はね───『安い安くない』を目安に生きてきたわけじゃない」 真穂 「───……」 叩いた手が、心が、とんでもなく痛くなった。 ああ、感情的になんかなるもんじゃないって、そう思えた。 だって……その言葉が、こんなにも重い。 支えになんかなれるわけがなかった。 生き方以前に、考え方や前提がそもそも違っていたのだ。 自分の生き方に『安い』とか『安くない』とか言えるような自分が、 自分の生き方を『価値』として見ていない人に意見するなんて馬鹿げてる。 ……そうだ。 どんなくだらない生き様でも、 それがその人にとっての精一杯だとするなら、そこに『価値観』なんて必要じゃない。 それを、なによりもまず解っていなきゃいけなかったのに……。 彰利 「けどまあ……まいったな、これで全員だ。     まさか元クラスメイト全員に殴られるなんて思ってもみなかった」 真穂 「え……?」 違和感は感じていた。 けれど直視しようとしなかった弦月くんの顔は、ところどころが腫れていた。 真穂 「な、治さないの……?」 彰利 「押忍。これは彼ら彼女らの『本当』の思いですから。     自然に治るまで待つつもりです」 真穂 「………」 ……ああ───どうしてこの人はこうも強くあろうとするのだろう。 弱音くらい吐いてもいいのに、また全てを背負おうとしている。 誰かが支えてあげなきゃいけないのに、 その支えてくれる人の思いまでこの人は背負ってしまうんだ。 真穂 「……辛く、ないの?」 叩いてしまった頬を撫でる。 そこには熱がこもっていて、よっぽど殴られてきたんだということが伺えた。 彰利 「大丈夫だよ、真穂さん。今俺、こんなにも充実してる。     感情を受け入れて良かった思えてるんだ。     こんな感情がなかったら、あいつらの思いも真穂さんの思いも、     キリュっちの思いも全部無駄にして消してたと思う。     そんなの、きっとただの逃げなんだってことをこの感情が教えてくれたんだ。     ……俺はさ、真穂さん。     そんな思いをさせてくれたこの人生と、出会えた人達に感謝したい。     迷惑かけてごめんなさいなんて言うんじゃなくて、     心からさ、笑顔を向けて───ありがとう、って」 真穂 「───!!」 思わず目を逸らして、それでは無理だと思って顔を逸らした。 彰利 「あ、えと……真穂さん?」 真穂 「やっ!ちょ、ちょっと待って───!」 ……なんて笑顔をするんだろうか、この人は。 ああもう、『無邪気』なんて言葉が掠れるくらいに無防備な笑顔だ。 あんなもの見せられて赤面するなっていうのは…… 顔を逸らすなっていうのは、無茶な話だ。 『自分は敵って言葉を知りません』ってくらいに無邪気な笑顔は、 確実にわたしを赤面させる威力を持っていた。 だからって好きだとか言うわけじゃないけど、あれはいくらなんでも反則だ。 真穂 (うぅ……) 思わず『かわいい』なんて思ってしまった自分が恥ずかしくて仕方が無い。 それ以前に、実際まじまじと人の姿の成長した弦月くんを見るのはこれが初めてなのだ。 成長した弦月くんはお世辞に言うにも恥ずかしいくらいに整った顔立ちだ。 内に秘めた黒の所為か、さっきまでどこか険しさを感じていた彼。 そんな彼が突然見せた無邪気さは、あまりにも不意打ちだった。 ……確かに過去も見たし黒も見た。 でもやっぱり……そう、喩えとしてはあれだ。 『テレビで見るのと実際で見るのとでは違う』ってあれ。 でも、それと同時に悲しくもあった。 普通にあんな笑顔で笑える筈だった弦月くんから、 その笑顔を奪ってしまった過去が忌まわしくて仕方が無い。 真穂 「………」 目の前では、同じく笑顔に魅了されたお母さんが弦月くんを抱きしめている。 その顔はもう、『かわいいものに骨抜きにされた女の子』の顔だった。 未婚で、義理の母とはいえ……こんな顔を見るのは正直ヘンな気分ではあるなぁ……。 桐生 「もっかい!もっかいやって今の笑顔!かわいいかわいいかわいいよ〜〜〜!!」 彰利 「ぬ、ぬぅうううう!?男子を可愛いだと……!?」 桐生 「だって可愛かったもん!ほらやってやって!」 彰利 「グ、グウウ〜〜〜ッ!!───極意!ガイア極上スマイル!」 ビッシィイイン!!! 桐生 「うわ一気に冷めた……」 真穂 「わたしも……」 彰利 「アータ贅沢すぎですよ!?笑顔なんてどれも一緒でしょうが!」 桐生 「んー、わたしも今までそうだと思ってたんだけどね。     アキちゃんの笑顔見た今なら断言出来るよ。同じなんかじゃないね」 真穂 「わたしもそう思う」 彰利 「うう……やっぱガイアスマイルを真似ようなんてこと、俺には早すぎたのか……」 真穂 「そもそもそんなの真似ようとすること自体が間違ってると思うよ?」 彰利 「そったらことねぇだ!つーかね!     笑顔を求められて笑顔を見せたのに冷めたとか言われたら悲しいですよ!?」 桐生 「わたしが見たかったの、あんなキモチ悪いのじゃないもん」 彰利 「キモッ……!?」 うわ……今のはダメージ大きいよお母さん……。 そんな、面と向かってキモチ悪いなんて…… 彰利 「キリュっち!」 桐生 「え……なにかな」 彰利 「……貴様は正しい!」 真穂 「え?」 彰利 「やー、実際気持ち悪い顔だしね。     あれでカワイイなんて言ってたら神経疑ってたね、うん」 真穂 「………」 それでいいのかな……いや、うん……いいんならいいんだけど……。 彰利 「さて、そんじゃあそろそろ俺はおいとましますよ。     悠介の誕生日祝ってやれんかったから、せめてプレゼントでも渡すさね」 真穂 「プレゼントって……なに?」 彰利 「『面倒』をちょほいと。     いやね、死神化したことで意外な能力を発見しちまったんですよ。     鎌が俺の中の月操力と融合してさ。     お蔭で俺、いろんな時代の景色を見れるようになったんです」 真穂 「……それってスマイルしながら言うこと?とんでもないことだよね?」 彰利 「いやいや、スマイルしながら言うことですよ?だってこの能力、     いろんな時間軸の中でも一際キッツイ状況ってのを感じ取れるんだ。     それというのも、『それを助けられればそんな思いはせずに済んだ』とか、     そういう思いが募ってカタチになるものでしてね?」 桐生 「……?よく解らないよ?」 彰利 「えーとつまり、いろんな時間軸には現在過去未来が存在してるでしょ?     こうしてる『今』の先にも未来は既に存在してる。     そういった『未来の後悔』が、過去に存在する出来事を明確化するわけです」 桐生 「……?」 お母さんは首を傾げるだけだった。 学校の先生なんだから、これくらい解らないでどうするのか……。 真穂 「つまり……現在過去未来における『現在』と『未来』が、     『過去』にある後悔を教えてくれるって……ことかな」 彰利 「イエース・ザッツライト!!     死神にしてみればそういう後悔を食って生きるのも手だからね、     それを知らせてくれてるだけなんだろうけど───     でも俺、人の死を見届けるのって好きくないから。     逆に利用しちまやぁ真に困ってる人ってのが助かる未来が作れるって寸法さ!」 真穂 「へぇ……弦月くんにはぴったりな能力かもね」 彰利 「いや、それがね……そうとも言えないんですよ」 桐生 「……そうだよ、真穂」 真穂 「え……どうして?」 疑問だ。 弦月くんの言っていることの意味が解らなかったお母さんは、今何に気づいたんだろう。 桐生 「いい?過去の『後悔する瞬間』を現在と未来が教えてくれるんだとしたら、     言っちゃえばそれは未来永劫ってことだよ?     人間なんて『後悔の塊』みたいな生き物だもん。     後悔しない人なんて居ないし、その後悔が溜まる度にアキちゃんが向かって……     その先で見るものってなんだと思う?」 真穂 「あ……」 そうだ。 その時間軸に行って助けようとしても、それを救えるとは限らない。 そうなれば弦月くんは目の前で人の『後悔の具現』を見ることになる。 真穂 「ご、ごめんね弦月くん……わたし軽率だった……」 彰利 「んにゃ、いいんですよ真穂さん。死神化はむしろ望んでいた能力だ。     黒を名乗るなら『深淵』を知らなきゃいけません。     しかし今はまさに深ッ!淵ッ!死神という最強の『黒』を手に入れた俺に、     もはや怖いものは───……あるような無いような」 桐生 「でも大丈夫なの?ほら……死神さんって人の魂を狩るってイメージがあるよね?     そんな状態で人を助けたりなんかしたら、      アキちゃんになにかしらの副作用みたいなものがあるんじゃ……」 彰利 「あぁそこんところは大丈夫。だってさ、シェイド見てれば解りそうなもんじゃん。     あやつは死神の長と融合しておきながら、人助けをしまくってる死神ですよ?     そんな代表者が居るんだ、怖れるものは何も無し!!」 桐生 「……そっか、よかった……」 お母さんの安堵は頷ける。 もうこれ以上、弦月くんには『闇』を背負ってほしくない。 もういい加減に幸せになってもらいたいんだ。 その幸せっていうのが『誰かを好きになること』とは限らない。 だから、その『限り』の無い『何か』を信じたい。 弦月くんは『もう誰も好きにならない』と言っていたんだ、 そういう『家庭』の幸せっていうのは望めないから。 ───そうなると、必然的に頭に思い浮かぶ存在はひとりしか居ない。 ……晦くん、どうか…… この傷だらけでひとりぼっちの『黒』さんを、幸せにしてあげてください。 真穂 「………」 わたしは『友達』として祈ることしか出来ない。 自分の手で彼を幸せに出来るなら、きっと楽しいだろうと思うけど─── わたしはそこまで自信過剰に育たなかった。 だから自分を弁えてるつもりだ。 『わたしじゃあ、弦月くんを幸せにすることは出来ない』。 そんなこと、きっと初めて出会った時から解ってた───。 彰利 「ところでほらほら!これがドナルド直筆のサインですよ!?     ドナルドっていうかロナルドですが!」 桐生 「わぁっ……よく貰えたね。アキちゃん英語とか喋れるの?」 彰利 「いや……よう解らんかったから知ってる英語を適当に並べてみたんだけど……。     そしたら快くサインしてくれましたよ?」 桐生 「へええ〜、きっとアキちゃんの熱意が伝わったんだね」 彰利 「そうなのですか?     俺、『キルユー!ヘルユー!サインギブミー!』って叫んでただけなんだけど」 桐生 「………」 彰利 「キリュっち?」 桐生 「世界中にドナルドを脅迫した人ってどれくらい居るんだろ……」 彰利 「え?知りませんよそんなこと」 ……多分、ただひとりだと思う。 彰利 「まあいいコテ。そんじゃあね、あたしゃこれで失礼しますわ」 桐生 「えぇ……?もっとゆっくりしていけばいいのに」 彰利 「すまんねキリュっち、俺にとってはたったひとりの大親友なんだ」 桐生 「あ……」 真穂 「……!」 それ以上は何も言えなかった。 そんな笑顔で言われたら、止める言葉なんて見つからない。 引きとめようとしてたお母さんでさえ、赤面して動かなくなってしまった。 ───そんな風にして固まってる内に弦月くんはその場から消えて。 わたしとお母さんは、それから少ししてからようやく息を吐いた。 桐生 「……うん。いい笑顔で笑えるようになったよね、アキちゃん」 真穂 「うん。怖いくらいに子供みたいな無邪気な笑顔だね」 桐生 「悔しいなぁ。あんな笑顔、小学生の時には見せてくれなかったのに。     羨ましいなぁ、あんなに真っ直ぐに感情ぶつけてもらえる晦くん……」 真穂 「仕方ないよ。だって……800年以上も親友してきたんだもん。     わたしたち……ううん、他の誰にだって間に入れる余地なんて無いよ」 桐生 「そして迎える薔薇色の人生……」 真穂 「……怒るよ?」 桐生 「ぶーぶー、だってずっこいわよぅー。     わたしもあんなアキちゃんと遊びたかったよぅー……」 真穂 「またすぐに遊びに来るよ、きっと。     来なかったらこっちから遊びに行っちゃえばいいんだよ」 桐生 「……あ、そっか。じゃあ今度の日曜日にでも───」 真穂 「お母さん、日曜は学校の宿直でしょ?」 桐生 「……ううぅー……世の中って無情だよぅー……。     日曜日の学校に宿直なんていらないよぅきっと……」 イジケ始めるお母さんを宥める。 こんなことはもうずっと前から。 わたしが中学に上がった頃から……厳密に言うと、 弦月くんが小学校を卒業してしまってからのお母さんの落ち込み様は相当だった。 ホケ〜〜っとしてて、話し掛けても覇気がなく…… かと思えばわたしが学校から帰ってくるなり、 『今日アキちゃんどうだった?』とか聞いてきていた。 ……わたしから言わせてもらえば、 お母さんこそ弦月くんを婿に貰ってみたらどうだろうか。 今でも高校生で通じるくらいの恐ろしい母だ、十分すぎる。 桐生 「ううー……こうなったら宿直室で思いっきり遊んでやるー……。     ひとりぼっちでもいいもん……。アキちゃんはもっと辛かったんだもん……」 でも、母はきっとそうしない。 彼女……っていうのもヘンな話だけど、 お母さんは『大事な誰か』を恋愛対象として見れない人だから。 大切だからこそ、縛りたくないという思いがあるから。 真穂 (……ほんと、損な性格なのか得な性格なのか) でもわたしは……─── そんなお母さんが、やっぱり大好きです。 真穂 「ほらお母さん、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ」 桐生 「えっ?あ、あぁーーーっ!!あ、じゃ、じゃあ真穂もほら!」 真穂 「わたしはもう用意は済んでるし。朝はコンビニでパン買って食べるから」 桐生 「ダメッ!朝を食べたあとは歯を磨かないとダメッ!!     そんなこと、わたしの目が茶色い内はさせないよっ!?」 真穂 「……あの、お母さん?それを言うなら黒い内は、でしょ?」 桐生 「え?やだなー真穂ったら。日本人の目って茶色なんだよ?     いくら『言葉』として存在してもね、     それが不自然と感じたら別の方向から考えなくちゃだめだよ?     固定された思考回路なんて碌なもの生まないんだから」 真穂 「………」 珍しいこともあるもんだ。 『あの』お母さんに、朝っぱらから説教されてしまった……。 真穂 「……怒るのはいいけど、仕度」 桐生 「え……あっあっ……!!」 パタパタと奔る音がわたしの部屋にこだまする。 けど、いくらわたしの部屋を走り回ったってお母さんの着替えなんて見つかるわけがない。 ……見つかるわけがないのに。 桐生 「じゃ、行コッ!?」 真穂 「………」 どうしてわたしの服がこうも似合ってしまうんだろうか……。 これじゃあどう見ても同い年の姉妹にしか見えないよぅ……。 真穂 「はぁ……」 桐生 「あっ───真穂?溜め息を吐くと幸せさんが逃げちゃうんだよ?     朝っぱらから溜め息なんてダメダメ」 ……わたしはつくづく、 目の前に存在する人体情報を超越した生命体に疑問を抱いてしまうのだった……。 Next Menu back