───たわけモン道中記10/猫たちの旅路───
【ケース25:晦悠介&世界猫/アラビアンゲーティア】 ───……朝。 自己鍛錬を切り上げた俺は、妹たちの居ない母屋へと降りた。 体はボロボロで、黄昏の酷使の所為で頭痛がしている。 枷なんて超越したつもりでも、やっぱり心のどこかで枷を意識してしまっているらしい。 そのための頭痛。 だってなぁ……イメージを創り上げるなんて能力、 なんの消費も無しに出来るって完全には思えない。 悠介 「………」 なんとなくドッと疲れていた俺は、母屋に入って落ち着くなりテレビを付けて息を吐いた。 普段あまりテレビを見ない俺を見て、 その場に居たセレスが少し驚いた顔で俺を見た。 赤ずきん『どうしてお腹は減るのかな』 オオカミ『それは貴様を食べたいからさ』 テレビの中では『赤ずきんとロンリーウルフ』が放送されている。 そのチャンネルをすぐに変えると、自然風景を映しているものに行き当たった。 『自然とあそぼ』だ。 悠介 「……はぁ」 今時の番組なんかを見ているより、こっちの方がよっぽど落ち着く。 むしろこういうものは好きな方だ。 セレス「大丈夫ですか?なんだか疲れてるようですけど」 悠介 「ああえっと、一応無事。ただ流石に疲れた……」 気づくと体中がメキミシと鳴っているのが気になるが、 筋肉が出来てる証拠のようなので放置。 セレス「……筋肉が随分と発達しましたね。     それも、無駄に大きな筋肉じゃなくて……細い筋肉の集合体のように」 悠介 「……そりゃ良かった。あれだけやって全てが無駄だったら泣ける……」 言って、ばたりと倒れた。 正直、体があまり言うことを聞いてくれない。 相変わらずメキメキ鳴ってるし、ジリジリと熱くなっている。 セレス「ああそうです、悠介さん」 悠介 「んあ……なに?」 倒れた状態で首だけを動かしてセレスを見る。 ……と、なにやらテープレコーダーのようなものを渡してきた。 悠介 「これは?」 セレス「原沢南中学校の方々の贈り物です」 悠介 「あいつらの……?だって、あいつらは───」 セレス「全ては誤解だったそうですよ。聞いてあげてください」 悠介 「………」 頭の中が整理されないままに再生スイッチを押す。 レコーダーといっても再生機能もあるようで、それはそれでありがたかった。 で─── テープ『ハッピーバースデー……お前〜』 悠介 「………」 テープ『ハッピーバースデー……うぬ〜』 悠介 「………」 うぬって……。 テープ『ハッピーバースデー、親愛なる晦〜』 悠介 「………」 テープ『ハッピーバースデー、貴様に〜』 ……出だしはそんなもんだった。 テープ『最初に言っておくが、     【ハッピーバースデートゥ−ユー】じゃあ在り来たりだと思っただけだぞ?』 言われんでも解るわ……。 テープ『というわけで───コホン。やあ……俺はシャーマンダドリーだ。     俺が死んだあと、このメッセージが発見されたら遺言と思ってほしい』 悠介 「いきなり遺言メッセージかよ!!」 訳が解らなかった。 テープ『俺はペットのバードと酒を愛した。いい夫やいい父親になろうと努力もした。     だが失敗に終わった。……こんな俺になにが言える。     いったいなにを遺せばいいんだ……」 悠介 「遺さんでいい」 テープ『───……上手なオムレツを作るには卵は三つじゃなくて二つだ。     素人はよくミルクを入れるけど、あれは大きな間違いだ』 セレス「…………」 悠介 「……なぁ、こいつらなにがしたいんだ?」 セレス「わ、わたしに聞かれましても……」 ますます訳が解らなかった。 テープ『ハッピーバースデーだ!あんた!     つーわけでみんなのアイドル田辺だ。晦よ、誕生日おめでとう。     や、正直すまんかった。     誕生日のためとはいえ落ち込ませるにも手段を選ぶべきだったな。     だが忘れるな、我ら原中生はなにがあろうと級友は裏切らん。     遊びでそうすることはあろうとも、真実裏切ることなど末代まで切腹ものだ。     貴様は我らの友だ。     お前が【友達はひとりでいい】って思おうが、俺達は友達だって思ってるから。     そこんとこ、ずっと忘れないでくれよな』 悠介 「………」 テープ『おぅ!俺だぁ!丘野だぁ!……というわけで、ハッピーバースデ〜おのれ〜。     まず最初にごめん。そしてふざけんなコノヤロウ。     俺達ゃお前のこと信じてるからこそああいう落とし方したんだぞー!?     それをお前、ずっと俺達のこと信じてなかったなんて正直ショックだったぞ!?     しかも【友達ごっこ】って……ああもうはらくしゃあ!!     いいか晦!お前がどう思おうが知らん!けどな、俺達にとっちゃあお前は友達だ!     月の───なんだっけ?』 テープ『家系だ家系』 テープ『あ、そっか。月の家系がどうとかなんて、俺達にゃあ想像出来るもんじゃねぇし、     だからって体験できるわけでもねぇ!それでもお前は俺達の友達なんだよ!     いっぺん思いっきり俺達のこと信じてみろってんだ!     それをする前から半信半疑で居られちゃこっちだって馬鹿出来ねぇだろ!?』 テープ『してるしてる、十分してる』 テープ『黙ァーーップ!!』 丘野……お前……。 テープ『次、桐生行け桐生!』 テープ『オリバどうする?気絶してっから声入れらんねぇや』 テープ『あ、じゃあちょっといいか?フンッ!!』 ボゴチャッ! テープ『ごぉおアァああああああああああっ!!!!』 テープ『うぅわ痛ッ!お、お前、そりゃ気絶してても痛ぇって!』 テープ『まあまあ。つーわけで、金的くらったオリバの絶叫でした〜。     よし桐生いけ桐生!!』 テープ『……そんなコメントのあとにコメントするわたしの身にもなってよ……』 テープ『NoSir!!(ノォサーッ!!)』 テープ『もう……えっと、お誕生日おめでとう晦くん。     そこに弦月くんは居るかな。一緒に謝らせてね、ごめん。     空に映された映像を見る前にふたりの過去は知ってたのに、     ああいう状況を傍観しちゃったこと、すごく後悔してる。     でもね、これだけは解って欲しいんだ。     わたしたちはあなたたちを裏切ったりなんかしてない。     やり方を間違えちゃったけど、わたしたちは晦くんを祝いたかっただけなんだよ』 悠介 「桐生……」 テープ『なんつーか悔しいよなぁ、     桐生ってなんだかんだで俺達より【月の家系】のこと知ってるんだろ?』 テープ『え……たまたまだよ、たまたま』 テープ『でもさ、映像じゃあ弦月に直接見せてもらったんだろ?     それって受け入れられてる証拠じゃん。いいなぁ』 テープ『うぅ……』 テープ『っと、まだコメント録音してないやつはどんどんやれー!』 テープ『早くするんだ!中村の血涙を無駄にするな!』 テープ『アラホラサッサー!』 ……それから、飽きることの無いコメントをテープが尽きるまで聞かされた。 でも自然と顔がにやける自分に気づくと、もう既にあいつらを許してる自分が居た。 いや……もともと許すも許さないもなかったんだ。 ひとりで勝手に壁を作ってたのは俺だけで、あいつらは純粋に俺を祝いたかっただけ。 悠介 「まいったな……ほんと『人』ってのは簡単じゃない……」 セレス「そんなこと、多分悠介さんとホモさんが一番知ってることでしょう?」 悠介 「……はぁ」 溜め息が出た。 でも顔はどこかニヤけたままで、 なんだかそれをセレスに見られることが恥ずかしかった。 恥ずかしかったから─── 悠介 「“時操反転(プリーヴィアス)”」 シャキィン! セレス「───え?」 ……猫になった。 セレス「あ、あの……悠介さん、ですよね?」 世界猫「ゴニャ」 イエス、と手を挙げた。 セレス「いつの間に猫の化身になったんですか……?」 世界猫「ゴニャ、ニャニャ……」 セレス「……すいません、何を言ってるのか解りません」 世界猫「ニャ……ゴニャーウ、ニャニャウウォンニャァアア〜〜ォ……バァアーーッ!!」 セレス「うひゃっ!?」 世界猫「……ん、迷惑かけた。     えーとな、今日起きてからすぐに黄昏創って修行してたんだけどな?     しばらくしてから無茶して黄昏を消したわけだ。     そしたら自分の近くに紙が落ちてたことに気づいてさ。     そこに書いてあった。『頭に手を当てて“時操反転(プリーヴィアス)”と言え』って。     そしたら猫に変わるじゃないか……。流石に追記に、     『どこまでも親友なんだな、お前は』って書かれてたことには呆れた」 セレス「え……それじゃあ」 世界猫「そゆこと。前世でも前々世でも俺はあいつの親友だったわけだ。     しかも猫だぞ?さすがに開いた口が塞がらなかった……」 セレス「……それで、それは戻せるんですか?」 世界猫「大丈夫。頭に手を当てて“時操回帰(アフティアス)”って言えば───」 シャキィンッ!! 悠介 「……この通り、人間に」 セレス「なるほど……ところで、猫の姿の時の服は───」 悠介 「ああ、あれはそうなるように創造したやつ。     『俺が猫になる時、自動で装着する服』ってイメージだ」 セレス「……相変わらず便利な能力ですね」 もちろん脇差二刀も忘れてない。 服と同時に現れるようにしてあるのだ。 腰に脇差を二刀、背に野太刀を一刀。 これを標準装備としている。 悠介 「“時操反転(プリーヴィアス)”」 シャキィンッ!! 世界猫「ゴニャ……」 猫になった俺はその場に寝転がり、モシャアと息を吐いた。 身軽という点では、体にかかる負担がてんで無いのはありがたい。 ほんと体がメシミシと痛いから困る。 世界猫「……悪い、少し寝る」 セレス「それは構いませんけど。……猫になってもモミアゲは長いんですね」 世界猫「………」 なんていうか、俺ってモミアゲしか特徴無いのか? 未来の俺の記憶からしても、同じことばっかり言われてる気がする……。 ───なんて、少し頭を痛めていた時だった。 シャキィンッ!シュタッ! 悟り猫「アイアムライデン」 猫姿の彰利がその場に降り立った。 悟り猫「やー、まいったまいった、ボコボコですよ。     でもこの痛みがある限り俺は挫けねぇぜ?だって───………」 世界猫「………」 目が合った。 悟り猫「あら悠介。どぎゃんしたのその格好」 世界猫「解るのかよ……」 悟り猫「イエス!なんたって俺の脳は謎々博士ばりの博識っぷりですから!     ……なんてのはウ・ソ♪あてずっぽが当たっただけです」 世界猫「……お前って……」 悟り猫「さあそげなことより悠介!貴様に誕生日プレゼントがあります!     スタンドアップユー!!一緒に世界に蔓延る後悔をブッチめに行こうぜ!!」 世界猫「………」 いきなりドカドカと喋られても何がなんだか解らんが。 悟り猫「いやいや何も言うな?     キミが『世界』を創れるからって『世界猫』って名前なのも知っておる。     そして今キミは修行のしすぎで体がガタガタぞ。     ならば我が力を以ってリフレェーーーッシュ!!」 ギシャア!! 世界猫「おわぁっ!?」 悟り猫が顔を輝かせた。 その光を浴びた俺は───…… 世界猫「……お前さ、どういう猫なんだ?」 悟り猫「悟り猫!黒くはないが黒き猫と呼んでくれてもオールオッケー!!」 体のダルさも傷も、全部吹き飛んでしまった。 それなのにしっかりと筋肉は発達したようで、力を込めればそれだけ力の篭り具合が解る。 悟り猫「つーわけで付き合ってプリーズ!歴間にある後悔をオラたちの手で無くすんだ!」 世界猫「……イマイチ状況が掴めないんだが。     つまりなにか?お前と一緒に、なにかしらの行動をするってことか?」 悟り猫「そのッ!通り!手っ取り早く説明するとね?     俺、鎌の能力であらゆる時間軸に存在する、     『辛さ』や『後悔』を感じられるようになったんだ。     だからね?それを探知して、強大な辛さや後悔の瞬間を正そうと思ったのです!」 世界猫「……ひとつ訊きたいんだけどさ。それのどこが誕生日プレゼントなんだ?」 悟り猫「え?……さあ」 世界猫「……お前って……」 悟り猫「マーマーいいじゃないですか!ここでこうしてぐったりしてるよかマシでしょ!?     汚れちまった時間軸の中で、ひとつだけでも後悔の無い歴史を作るんですよ!     面白そうじゃない!ね!?」 世界猫「でもなぁ」 悟り猫「ギャアもう!なんかもうギャアよギャア!!     否定論はもうえーからとにかく行きますよ!?     キミだって人は救いたいでしょう!!」 あ、キレた。 世界猫「当たり前だ。困ってる人を見捨てるほど、不良をしてたわけじゃない」 悟り猫「オッケーフレンド!そげなわけでセレちゃん、お留守番よろしくね?」 セレス「セレちゃんって……」 悟り猫「“無限を刻む真闇の魔人(アンリミテッドブラックオーダー)”!!     アブラカタブラ・ファイナルドギューンパァーーンチ!!」      ドギューーーン!!! 彰利が拳に溜めた黒い光を虚空に放った。 するとその場に巨大な黒い渦が出来─── 悟り猫「よっしゃあさっそく一発目だ!覚悟はよろしおすな!?」 世界猫「……よし!行くか!」 迷ってても始まらない。 自分の力を試したいってこともあったけど、 なによりこいつと馬鹿をやるのは悪いことじゃない。 俺と悟り猫は立ち止まることもなく渦の中に飛び込んで、気づけば見慣れぬ世界に居た。 【ケース26:悟り猫/おっとどっこい過去】 ───ヒュキィンッ!! 悟り猫「あい、到着」 世界猫「っと」 時空の渦を通った先は、そこまで見慣れている風景ではなかった。 だがしかし、多少は見慣れているつもりはある。 世界猫「で……ここにどんな『辛さ』と『後悔』があるんだ?」 悟り猫「む……拙者の口からは上手く説明できませんな。     なんたって相当にヒドイみたいだから」 世界猫「そんなこと言って、ほんとはお前も知らないだけじゃないのか?」 悟り猫「……それ言われるとオラ辛ェ」 むう、確かに感じ取ることは出来ても、それがどんなものなのかまでは解らんのですよね。 死神にとっちゃ、どんな出来事で人が不幸になっても関係ない訳だし。 悟り猫「まあとにかく歩きましょう。     後悔レーダーによれば、こっちの方に後悔の流れがあります故」 世界猫「ん、解った」 テトテトと歩く。 かたや死神の黒衣を着た猫で、かたや和服を着た猫。 どちらも服の色は黒だが、体はどうにも黒じゃない。 俺は蒼色で悠介───世界猫は茶トラだ。 悟り猫「んー、ロシア猫を馬鹿にするつもりはないが、どうせなら黒が良かったなぁ」 世界猫「そうか?お前の場合その色で十分映えてると思うけど」 悟り猫「いやいや映えとかはこの際二の次ですよ。     己が黒ならば全てが黒であることを望むのもまた黒でござる」 世界猫「……お前はそのままでいいよ。無理に黒になろうとするな」 悟り猫「ぬう」 別にさっきのは建前で、『黒』って色が好きなだけなんですけどね。 まあいいコテ、今は後悔さんを救うのが鮮血───じゃなくて先決ぞ。 悟り猫「───む。レーダーからするとここですね」 世界猫「ここ……か?」 世界猫がぐるゥりと辺りを見渡す。 世界猫「……誰も居ないが」 悟り猫「えーと、そうですね」 妙でござるな。 まだ早かったのかね……───む!! 悟り猫「大変よゴメス!!足音が聞こえるわ!隠れて!」 世界猫「誰がゴメスだ誰がっ!」 悟り猫「えーがら言う通りにしてけろっちゃ!     猫が喋ってる場面なんて見られたらお前……大変だぜ!?」 世界猫「……一応自覚があったんだな」 『そんな気は無いのかと思った』と続ける世界猫に若干の悲しさを抱きつつ、 電柱の後ろに隠れてコトの成り行きを見守った。 しばらくするとひとりの男とひとりのおなごが歩いてきて─── おなご「な、なんで後を付いてくるんですか!!やめてください!!迷惑です!!」 などという言葉をおなごが言い放っていた。 確かに男はおなごの後を追うように歩いているが───って 悟り猫「ゲェーーーもぐごっ!?」 世界猫「ば、ばかっ……!いきなり大声出すヤツがあるかっ……!!」 男  「……?」 男が一瞬こちらを見たが、特に興味もなさそげにおなごを見た。 ……どうやら修羅場中らしいが、まさかあの人に限っておなごとのトラブルなど……!! 男  「勘違いするな小娘。     吾輩の家もそっちの方だから俺もそっちに歩いているだけのこと。     ただ貴様が我が行く手を先んじて歩いているのが悪いのだ」 おなご「───っ!!」 男の言葉に、おなごが走り去ってゆく。 しかし男は走って後を追うようなことはせず、自分のペースでのんびり歩き始めた。 世界猫「……知ってるヤツなのか?」 悟り猫「イ、イエス。これは困ったぞ……絶対に失敗は出来ん……」 世界猫「誰なんだ?あいつら……」 悟り猫「い、いや……見間違いかもしれません。行きましょう」 世界猫「あ、ああ……」 歯をギチリと噛み締めながら歩いた。 ……拙者は既に彼の者が彼であることに気づいてる。 だがしかし、早合点は人生の敵だ。 ゆっくりと慎重に行かなくては……。 ───……。 おなご「や、やっぱり跡を付いてきてるじゃないですか!!このストーカー!!     これ以上付いてくるようなら私だってただじゃおかないんだから!!」 それは、道の角に差し掛かった時でした。 角の影には先ほどのおなごがおり、その手には角材棒。 悟り猫(馬鹿な……これが噂に名高いあのふたりだと言うのか……?     ラーメン屋で見た楽しそうな顔は何処にも無いではないか……) OH絶望。 訳も解らんままに後を追って、辿り着いてみればいきなり喧嘩……。 こげなものはあんまりですよ? というか、これが噂に聞く『あのふたり』の喧噪なのだとしたら、俺は心底落胆する。 男  「失せろ。それなら俺が先に進めばいいだけのことだろう?」 おなご「ど、どうだか……っ!!     すれ違い様に私を押し倒そうったってそうはいかないんだから……っ!!」 男  「頭あったけえんじゃねえのかお前?自意識過剰もいいところだぞ?」 おなご「な───っ!!」 イエス。 こんな状況でならば俺も頷きます。 男  「自分がそんなに綺麗だ〜とか可愛い〜とか自慢でもしてぇんなら他を当たれ。     俺はてめえのような自意識過剰女にゃ興味ねえよ」 おなご「こ、このっ……このぉぉっ!!」 おなごが角材を振り上げ、男の頭を殴打する。 血が少々出たが、俺が知る彼ならば大丈夫な筈だ。 世界猫「お、おい……大丈夫なのか?」 悟り猫「大丈夫。見ててみい」 言ってる間にも男の頭の傷はすぐに完治した。 おなごはそげな男を見てバケモノでも見たような顔をして───あ、なんか腹立ってきた。 悟り猫「あのおなご……ヘヴン見たいのかな」 世界猫「俺には何が起きてるのか───ってそうか、     あのふたりってお前の記憶の中に居た……」 悟り猫「その通り。だから余計に腹立たしいんですよ。     あのふたりがこげなことでどうしますか?     俺が聞いたふたりの噂はこげなもんじゃあありませんよ?」 世界猫「……噂の発生源は?」 悟り猫「シェイド」 世界猫「あの暇人か……」 そう、あやつの情報が間違いなわけがあらへん。 これは何かの間違いYO!! ……けんどもなぁ、確かめようにも他人の過去を月視力で覗き見するってのも……。 とかなんとか思ってる内に、おなごの胸倉を掴む男。 おなご「あっ!!」 男  「邪魔くせえからさっさと失せろ。それと、ストーカーと罵ったことは謝れ」 おなご「や、やだよ……私は変質者なんかに屈しないんだから……」 ……あ、ヤバイよ? 人の尊厳を傷つけられた瞬間って、多分こんな感じだと思う。 悟り猫「い〜ぃ度胸ォオオだ小娘がァァアア……!!!!     ぬしゃあ(タマ)要らねぇんだな……オォ……!?」 世界猫「ば、ばか落ち着け!!様子を見るんだろ!?」 悟り猫「だってYO!!」 悔しいじゃないですか! 漢である彼が目の前でストーカー扱いと変質者扱いですよ!? サミングくらいはしとかないと気が済まねぇYO!! ───ドンッ! おなご「あぅっ!!」 悟り猫「ややっ!?」 男がおなごを突き飛ばした。 その反動でおなごは壁に背をぶつけ、倒れる。 おなご「や、やめて……」 逃げ場を失う彼女だが……気の毒とはてんで思わない。 だってありゃあどう見てもあのおなごが悪いし、 あの御仁はおなごを手篭めにするようなお方ではない。 男  「お前、これから俺が何をしようとしてると思ってんだ?」 おなご「許して……乱暴なことしないでぇ……」 ブチィッ!! 悟り猫「しぎゃぁあーーーーっ!!!!」 世界猫「さ、悟り猫!?」 血管が切れた血管が切れた血管が切れた血管が切れた血管が切れた血管が切れた!! オォオオオあのおなご許せん!!よりにもよってあのお方を『そういう目』で見るか!! 世界猫「落ち着けって……!!」 悟り猫「ふふふ……ダメだよサド隊員……わたしはもう我慢の限界だ……。     何もかももういいじゃないか……あいつを殺そう……」 世界猫「誰だよサド隊員って!!」 ホォオオゥオオオ……!!あンのおなごめ……! 今度たわけたことをぬかしおったらいくら温厚なボクでも怒るぞ……? 男  「そうか、お前には俺が、     今からお前を汚してしまうようなカスに見えるってことだな?」 おなご「ご、ごめんなさい……っ!!ごめんなさい……っ!!」 男  「ちっ!」 とまあバックスバニーの真似をしていると、男は面白くなさそうに舌打ちをする。 悟り猫「───む」 そこで悟ったのだ……だって悟り猫だし。 つまりこれには海洋深層水のミウを精製するために必要な、 海洋深層水を入手する場所より深い『理由』がある。 それがなんなのかまでは悟られんが、恐らくそれは間違いあるまいよ……。 男  「ふん……」 男はやっぱり面白くなさそうにおなごから目を逸らすと、そのまま歩いていってしまった。 ───その途端でした。 悟り猫「───ムッ!近いわゴメス!!ここだ!修正すべきはここなのだ!!」 『後悔の念』を頭にブチ込まれた拙者は高らかに叫んだ。 そうしている今、その正に今だ─── 視線の先の泣きじゃくるおなごに群がるクズ男どもを発見した。 ……頭の中に叩き込まれる後悔はハンパじゃない。 それも、視線の先に居るのは複数の男とひとりのおなごなのだ。 ───その後の出来事など、あいつらの表情を見れば伺い知れた。 悟り猫「……行こうか、世界猫」 世界猫「……了解だ、悟り猫」 悠介もその構図を見て感じるものがあったのだろう。 静かな、けれど確かな怒りを発しながら男達へと歩いていった。 男  「おほう♪こんなところにメイドさんが一人でいるぞ?」 男B 「ようよう、どうしたんだい?なんか滅茶苦茶震えてんじゃん」 男C 「寒いのか?だったら……ってこいつ、綾稀じゃん」 男A 「綾稀……お〜お〜綾稀だ綾稀!大沢が欲しがってた女じゃん!!」 綾稀───そう、そのおなごの名は綾稀。 乱闘殿様と称されるあの御仁の朋友である筈の人。 そんな彼女があの御仁を罵ったのだ、驚愕しない方がおかしい。 世界猫「───!悟り猫、あいつ……」 悟り猫「……解ってる、ほっとこう。クズ男にはいい薬だ」 ───とちゅっ。 軽い、何か柔らかいものを切り破ったような男がした。 見れば、男Dの脇腹には包丁が突き刺さっている。 包丁男「うひっ……うひひひひっ……」 男C 「なんだこいつ!?おい持田、大丈夫か!?」 男D 「い、いてぇぇぇっ!!救急車!救急車呼んでくれぇぇっ!!」 男B 「おいお前正気か!?何考えてやがんだよ!!」 包丁男「んん〜〜……なんて開放感だ……気持ちいい……」 全員 『……っ!?』 包丁を持った男の言葉に、 その場に居た全員が『目の前の男が狂っている』ことに気づいた。 けど、その一言で気づくのは些か遅い。 人を刺すなんてこと、正気で出来るわけがないんだから。 世界猫「あいつか?」 悟り猫「ん、あいつみたいだ」 そんな存在を見慣れた自分たちは、焦ることもなく状況判断をした。 悟り猫「しかし……素っ裸とはなかなかどうして。そりゃあ開放感も味わえるでしょう」 世界猫「見苦しいな……凄まじく」 包丁男は産まれたままの姿だった。 違和感があるとすれば薄紫に濁った腕と、 言葉の割にガタガタフルフルと震えていることか。 悟り猫「おお、ヤク中ですね。ナマで見たのは初めてだ。     写真でも撮って警察署の掲示板にでも張っておくか」 世界猫「趣味悪いぞ……」 悟り猫「まったくだ。だがレアですよ?」 世界猫「レアかどうかなんてほっとけよ……     男達も逃げたし、そろそろいいんじゃないか?」 見れば、男どもは尻尾を巻いて逃げ出していた。 ……うわー最低ですな、泣きじゃくるおなごを見捨てて自分たちだけ逃げるとは。 包丁男「……あれ?」 綾稀 「……っ!!」 包丁男「あれあれあれれ〜〜?」 綾稀 「やっ……こないで……」 包丁男「どこかで見た顔だぁ〜……先輩、確か咲桜のお友達じゃなかったっけ?」 綾稀 「し、知らない……っ!!私そんな人知らないっ!!」 包丁男「さきざくらぁ〜……さきざくらぁ〜……」 悟り猫「ややっ!?」 聞いた───確かに聞きましたぞ!? あのおなご、『知らない』と言いおった! 悟り猫「つまり───魔王アヤーホは記憶喪失なんだーーーっ!!」 世界猫「な、なんだってぇーーっ!?」 悟り猫「ありがとう」 世界猫「いやなんのなんの」 魔王アヤーホ……つまりジャパニーズ巫女さまは、現在弱りきっている!! 記憶喪失じゃ仕方ないよね、よし助けましょう。 悟り猫「爆砕!」 ドパァンッ!! 包丁男「ブゲェッ!!?」 ひとまずパイルバンカー。 勢いとともに殴った包丁男の脇腹は瞬時に痣が出来、男は苦しそうに蹲った。 綾稀 「ひっく……え……?」 悟り猫「さぁお眠りレィディ〜、これは夢、夢ぞ。     目が覚めれば貴様は……えーと、うむ、乱闘殿様の部屋で目覚めるのです。     だからもう目を閉じなさい。悪夢なんて、見ていても面白くないでしょう?」 綾稀 「さ、桜ちゃん……?───っ!ち、違う……!     知らない……私知らない……!殿様なんて人……」 悟り猫「あたっ!!」 ズビシッ! 綾稀 「ふきゅっ!!」 おなごの額に肉球掌底。 それとともに月清力を流し、彼女には眠りについてもらった。 桜……確か伝説の猫神様がそげな名前だったような気もしたが、今は包丁メンだ。 悟り猫「さて……これ貴様、     おなごの前に粗末なものをぶらさげた報い、取ってもらいますよ?」 包丁男「痛くない痛くない……くひひひゃははははは!!!     猫が喋ってるぜ猫が!!あははははは!!     こりゃいいや、喋る猫ってどんな風に叫ぶのかな!!     いいぜ、とりあえず死んでくれよ!!」 世界猫「───たわけ」 ギュル───ドパァンッ!! 包丁男「ブゲッ!?」 おお、見事なカカト落とし。 鼻が潰れましたよ? 世界猫「お前のようなクズが居るから女が怯える時代がいつまで経っても無くならない。     存在価値無いよお前。狂った時点でもう、お前の人生なんて終わっちまったんだ」 包丁男「べっ!あははは、なに言ってんのお前。     こんな開放感、普通に生きてたら味わえねぇぜ?」 血を吐き捨て、それでも笑う男。 あ〜あ、最後のやさしさ踏みにじっちゃって。 世界猫「……もういい、話しても無駄だってことがよく解った。     目の前のクズ野郎を飲み込むブラックホールが出ます───弾けろ」 包丁男「はぁ?なに言っちゃってんのお前、頭でもイカレ───」 キュバァンッ!! 包丁男「───……え?」 狂った頭でも理解したのだろうか。 『ソレ』が、自分を完全に消し去る黒い穴だということを。 男は狂ったままの頭で僅かに恐怖し、一歩後ろへ下がった。 けど逃げられない。 凄まじい風が黒い穴に吸い込まれてゆき、その風に煽られるように男も引きづられてゆく。 包丁男「な、なんだこれ……なんだこれなんだこれなんだこれ!!     こんなのどうかしてる!なんだよこれ!なんでこんなっ……!     ははっ……あははははは!!そうだ!これ夢だよ!     あははは!!そうだそうだ!だって俺がこんな……こんなことで消えるなんて!     ひ……ひひひははははははは!!!すげぇ夢だ!痛みがリアルだよ!!     そうだよそう!この穴くぐれば俺は退学になんかなってなくて、     またいろんな女を犯して犯して犯しまくって───!     そしてガキを孕んだアマに言ってやるんだ!俺は───」 ……くだらない遺言は途中で途切れた。 その場には何も残らず、ただ男が吐いた血だけが地面にべっとりと落ちていた。 世界猫「……お前の言う通りだ彰利。こんな後悔、潰さなきゃならない」 悟り猫「オウヨ。つーわけで───ム!近いわゴメス!!     乱闘殿様(中身)が帰ってきたみたい!!」 世界猫「そっか。じゃ───行くか?」 悟り猫「オウヨ。それでえーよね?ゴッド達」 何やらこの場に来てから感じていた『神の気配』に向かって言う。 返事は無かったが、頷いてくれたような気がしたのでおいとますることにした。 悟り猫「『死神』と話すことなどございませんか?まあよいけど。     まったく嫌よねィェ〜〜!!種族差別は偏見でしかありませんぞ!?」 ピキィンッ!! 悟り猫「ややっ!?」 刹那、世界が凍った。 しかも目の前からひとりのおなごが近づいてきて、拳を振り上げてくる。 そ、そうか!これが伝説の時神さまか!! 相手にとって不足はねぇ〜〜〜!! 悟り猫「“微動無き時操の理(セカンドハンズフリーザー)”!!」 ピキィンッ!! こちらも『時』を操る。 そうすることで、満足に動かせた部分が視覚だけではなく、全身になる。 悟り猫「甘いわっ!!」 ブォンッ!! おなごの拳が空を切る。 フフフ、これぞ救世主避け!! おなご「なっ───!」 悟り猫「キャアア!シャッターチャンス!!     時神さまを撮るなんてこと、滅多に出来るもんじゃねぇぜ〜〜〜!!」 すぐさまに、取り出したカメラのシャッターを押す!!───が 悟り猫「……あ、あら……?か、体の動きがゆっくりだ……」 しかもシャッター押しても時が止まってるから動かない。 悟り猫「い、いや……ゆっくりじゃない!まったく動けん!!     どうしたことだ、このDIOが!!」 おなご「……案外居るものなのね、純之上くん並みに状況に慣れてる人って」 悟り猫「オウコラおなごォ!貴様なにをしおった!     せ、セカンドハンズフリーザーは俺の知る限り、     最高の時間操作の技術である筈!」 おなご「鎌ごときが神の力に勝てるわけないでしょ」 悟り猫「………」 OH……。 おなご「それじゃ、お仕置きタ〜イム♪」 悟り猫「よ、よせ……やめろ!!卑怯だぞこんなっ……!一方的じゃないか!     男ならきちんとバトルフィールドで戦えタコ!!」 おなご「お、男じゃないっ!!私は女っ!」 悟り猫「でも男は知らんようですね。感じますよ?初々しいおなごの香り♪」 おなご「───」 図星だったのか、時神のおなごは冷たい目で黙って拳を振り上げました。 ああ……ほんの冗談だったのに……。 毒霧でも吹きたいところなのに体は動かず、やがて拳は俺の頬に───! ───……。 キュバァンッ!! 世界猫「……?」 凍った時間が元に戻った。 世界猫が隣に立っていた筈の俺を探し、 俺はというとボコボコにされて地面に横たわっていた。 悟り猫「グビグビ……」 世界猫「……お前、今度はどんな面白珍道中やらかしたんだ?」 悟り猫「訳解りませんよなんですかそりゃあ!!」 しかし……おのれ、 いくら濃い死神の気配が舞い降りたからって、わざわざ監視することもあるめぇよ……。 おぉ痛い……あの時神さま、人を殴るのに慣れてやがるぜ絶対……。 世界猫「一応聞くけど、大丈夫か?」 悟り猫「だ、大丈夫だよのび太くん……     こげなもんは死神の超回復力に任せれば───この通り!!」 シャキィンッ!! 悟り猫「見事に傷の無い俺に大変身」 世界猫「お前ってほんとなんでもありだよな……」 悟り猫「世界猫のキミに言われたくないんですけどね……ってギャアしまった!!     中井出達に殴られた箇所まで治しちまった!!オーマイガー!」 世界猫「というよりさ、そんなのここに来る前に消えてたんじゃないか?     死神には自己治癒能力があるわけだし」 悟り猫「……それを……言うなや……」 出来るだけ考えないようにしてたのに……まあ何はともあれ月空力。 虚空に穴を開けて、すぐさまに飛び込むことにした。 だって殿様がすぐ近くまで来てるんですもの。 悟り猫「さらばじゃああーーーっ!!」 サインでも欲しいところだが、今の彼はきっと冷静さを失ってます。 そげな状態で会ったら多分ボコよボコ。 悟り猫「死神として、この場所に居るのは辛いですからね」 ゾバァッ! 俺と世界猫はその穴に身を投じて、ただのその未来の幸福を願いましたとさ……。 Next Menu back