───たわけモン道中記22/飛べない鳥の眠る場所───
【ケース55:簾翁みさお(再)/先に続かないものなんて未来じゃない】 ……キィンッ!! 彰衛門「到着ザ〜ンス」 そうしてまた転移。 辿り着いた場所は、木に囲まれた森のようだった。 みさお「雰囲気は現代に近い感じですね」 悠之慎「そうだな。てっきりまた過去の世界なのかと思ったのに」 聖  「………」 みなさんが辺りを見渡している。 後悔を探知できない彰衛門さん以外の人としては、 なにをどうすればいいのかもよく解らない。 肝心のその彰衛門さんは───ああ、一応機嫌は直ってるみたいです。 引きずる時は嫌なくらいに引きずるのに、今回はあっさりしてるみたいです。 彰衛門「えー、各員に通達!ここの後悔、もう目前に迫ってます」 全員 『なっ!?』 本当にあっさりしてるらしく、軽い口調で爆弾発言。 聖  「ど、どこ……?」 彰衛門「あちらに見える洞穴です」 みさお「洞穴?どこに───あ」 指差された場所に目を移して、 よく目を凝らしてみると……茂みに隠れるように穴のようなものがあった。 みさお「なんですか……?熊でも隠れてるんですか?」 聖  「キムンカムイ……?」 彰衛門「聖さん、ナイス判断だけどそれは違うと思う」 みさお「彰衛門さん……普段から聖ちゃんに何を教えてるんですか……」 彰衛門「え?だからアタイの中にある知識YO」 つまりキムンカムイも彰衛門さんが教えたことというわけですか……。 って、それはそうですよね、そんなこと教えるのは彰衛門さんくらいです。  ◆キムンカムイ  確か週間少年マガジンで連載したヒグマ物語。  幼い頃の熊は人から食べ物を貰うと、  大人になった時に人を襲う可能性が高くなるそうな。  *神冥書房刊『サンピタラカムイとは関係ない』より みさお「あの。わたしに教える時は出来るだけおかしなことを教えないでくださいね?」 彰衛門「それってアタイの知識の全てが、     おかしなことで埋め尽くされてるって言ってるように聞こえるんですけど?」 悠之慎「事実だろ」 彰衛門「ホント容赦ないねキミ!でもそんなダーリンを愛してる!」 悠之慎「やめろおぞましい!!」 聖  「〜〜〜……!!」 悠之慎「聖もわざわざ睨むな!これはこいつの馬鹿が発動してるだけだ!     ほんとに愛してるわけがないだろっ!」 みさお「怒る時にわざわざ叫ばないでください」 悠之慎「くはっ……!お前にだけはそれを言われたくない……!」 みさお「でも叫びましたよ?」 悠之慎「………」 ……あ、頭抱えた。 頭痛に悩まされてるようです。 みさお「頭痛にバファリン」 悠之慎「いらんわっ!!」 即答でした。 聖  「パ、パパはわたしのパパだもん!あなたなんかに渡さない!」 彰衛門「そーだそーだこのモミーめ!でも俺は渡せねぇけど溢れる愛は届いてフォーユー」 悠之慎「いらんわっ!!ていうか後悔が目前に迫ってるのに暢気に会話してんじゃねぇ!」 彰衛門「ワー、怒った怒ったオーコッター」 みさお「小さい小さい人間ちーさーい」 悠之慎「……殴っていいか?」 彰衛門「それが愛なら」 みさお「わたしは遠慮しておきます」 彰衛門「えぇっ!?」 悠之慎「愛情ォオオオオオッ!!!!」 ドゴッパァアアアアアアンッ!!!! 彰衛門「愛ーーーッ!!!」 ……その日。 彰衛門さんは鳥になりました。 ───……。 ……空に飛ばされて落下した彰衛門さんと、 それに寄り添う聖ちゃんを置いて立ち上がったのはわたしと悠之慎さんだった。 悠之慎「……で、この穴だよな?」 みさお「そうだと思いますけど……うっ」 穴に近づいた途端、嫌な匂いに顔をしかめた。 これは……この匂いは…… 悠之慎「……解ってると思うから聞くぞ?一緒に来るか?それともここに居るか?」 みさお「っ……!!」 あまりの嫌な匂いに吐きそうになる。 この匂い───間違い無いと思う。 この洞窟の中には、『ソレ』があるのだ。 悠之慎「匂いを通さない透明の膜が出ます───弾けろ」 パチン───指が鳴る音。 途端に匂いは届かなくなり、わたしはようやく息を整えることが出来た。 みさお「す、すいません……」 悠之慎「いや。こればっかりは仕方無いだろ」 悠之慎さんは苦虫を噛んだような顔でわたしを見る。 それは『進むのか進まないのか』を選択させる視線だ。 わたしは─── みさお「……行きます。匂いは初めてですけど、見るだけなら……癪ですけど慣れてます」 悠之慎「そか。それじゃあ」 悠之慎さんが茂みをどかす。 それと同時に真っ暗だったその先に光が差し込む。 悠之慎さんは茂みを除去すると、ゆっくりと洞窟の中を覗いた。 悠之慎「っ……」 そして───途端に顔をしかめる。 それは仕方の無い行為だ。 よっぽど慣れている人じゃないと、これは直視できはしない。 少女 「……、……?」 『ソレ』の隣で動く影があった。 小さな少女───わたしくらいの背格好の娘だ。 わたしはその事実に驚愕する。 『ソレ』の傍に居るなんて異常行為をしている娘が居たのだから。 悠之慎「これは……」 悠之慎さんの顔が驚愕に彩られる。 本当に、仕方が無い。 驚くなというのが無理だ。 だって、『ソレ』は─── 悠之慎「……目が見えないのか。それと───鼻も利かなければ口も利けないのか……?」 『ソレ』、は…… 少女 「……、……」 ……少女が『ソレ』に縋り付くように震える。 耳は聞こえているのだろう、わたしと悠之慎さんが立てた足音に怯えているらしい。 でも……わたしたちからしてみればそんなもの、 『ソレ』に抱きつける少女に比べればよっぽど脅威は無い。 みさお「───ひっ!」 ふと何かを踏んだ感触に地面を見れば、そこには『蛆虫』が居た。 ぞろりぞろりと這い回り、その姿だけで全身に寒気を齎す。 みさお「は、悠之慎さんっ……!」 悠之慎「………」 だっていうのに悠之慎さんは気にする風でもなく、ただ少女の隣の『ソレ』を見ていた。 ……いや。 『ソレ』の傍にあるひとつの存在を見ていたのだ。 普通の人には見えないその存在は、少女を見下ろしながら悲しそうな顔をしていた。 少女 「……、……」 少女が声の出ない口を動かして『ソレ』を揺する。 それと同時に『ソレ』の腕は崩れ落ち、 辛うじて『肉』と呼べるその間からは、蛆虫とよく解らない虫がごぞりと落ちた。 人であった『ソレ』は『腐乱死体』。 あるべきものが何処にも無く、既に眼球と呼べるものもないその窪みから虫が飛び立つ。 みさお「っ……!」 慣れているとはいえ、吐き気がでるのはしょうがないことだと思う。 込み上げるものに視界が歪み、すぐにこの場から逃げ出したくなる。 悠之慎「……なぁ」 それなのに悠之慎さんは『ソレ』の傍に存在するものに声をかけた。 その存在……多分、かつて『ソレ』だったものが、その声にゆっくりとこちらを向く。 男性 『……お前は……?』 悠之慎「神社の神主やってるヤツって覚えてくれればいい。     あんたでいいと思うけど、あんたの後悔を消しに来た」 男性 『後悔……?』 男性は首を傾げる。 『後悔』というものに心当たりがないのか、それとも思案しているのか。 男性 『お前は……こいつを奪いに来たわけじゃあ……ないのか?』 男性が訊ねてくる。 それは、ゆっくりと核心に迫るような問い方だった。 生前、よっぽど頭のキレる人だったのか、駆け引きが得意そうな物腰だ。 悠之慎「奪う理由が無い。言っただろ?俺は、あんたの後悔を消しに来ただけだ」 男性 『…………』 男性はじっくりと悠之慎さんを見る。 そしてふと、ひとつの事柄へと思考が辿り着いたかのようにハッとする。 男性 『そうか……あんた、死神か』 悠之慎「………」 悠之慎さんは答えない。 けれどその視線を受けて、男性の方は納得したようだった。 男性 『……悪い、まだ逝くわけにはいかないんだ。     せめてこいつが誰かに救ってもらうか、     動けなくなっちまうまでは見守っていたい……』 男性は酷くやさしい目で『ソレ』に縋り付く少女を見下ろしている。 よっぽど大事な存在なのか、それとも守ってやりたい何かだったのか。 既に霊体であるというのに、その瞳はとてもやさしさに満ちたものだった。 悠之慎「……みさお。月視力、いいか?」 みさお「え?どうして───あ」 言われてから思考して、ある結論に至った。 納得するのと月視力を発動させるのはほぼ同時。 その場の未来を視覚に捉えて、『この場での』少女の先を見届けた。 みさお「……大丈夫です。その娘は誰かにここから連れ出してもらってます」 悠之慎「そうか。その先は?」 みさお「そこまではちょっと……。この場の未来を見ただけなので……」 悠之慎「……そっか」 小さく頭を振って、悠之慎さんはもう一度男性を見て言葉を発した。 悠之慎「その娘は助かる。誰かにここから連れ出してもらってる。だから───」 男性 『……いいや。俺達は逃げてたんだ……     その【誰か】が俺達を追っていたヤツじゃないとは言い切れない』 悠之慎「逃げ……?」 男性 『正直、自分がここまで弱いヤツだなんて思わなかった。     逃げ出したはいいけど、いろんなヤツに迷惑かけて……。     しかもその挙句が銃弾一発でこの有様。こいつをひとりぼっちにしちまった……』 男性が見下ろす先には少女。 男性の死も知らず、今もなお縋り付いている小さな存在だった。 男性 『妹にも、知り合いにも幼馴染にも謝らなきゃいけない……。     こんな結末、あんまりだ……』 悠之慎「………」 男性から重い悲しみが流れてくる。 自分の死よりも、迷惑をかけた人達への謝罪と悲しみが。 悠之慎「……な、みさお」 みさお「え……はい」 悠之慎「お前、月癒力は出来るか?」 みさお「できますけど……ここまで腐敗が進んだ人を生き返らせるのは無理です。     たとえ月空力で死体の時間を戻しても、     もう魂と肉体の因果が完全に閉じちゃってますから……」 悠之慎「……ん。それは解ってる。     そうじゃなくてさ……こいつを『転生』させてやってくれないか」 みさお「え───?」 転生……? この人を……? 悠之慎「我が儘だってのは解ってる。     世界中探せばこういうヤツは他にも居るんだと思う。     でも……こいつの悲しみは自分の死じゃなくて他人にばっかり向いてる。     こんな馬鹿野郎……このまま死神なんかに渡したくない」 みさお「悠之慎さん……」 ……悲しみとやさしさに満ちた顔で、わたしに振り向く悠之慎さん。 他人のために馬鹿をする誰かさんの姿を重ね見たのか、その願いは切実なものだった。 みさお「解りました。でも……転生先は誰に───」 彰衛門「そういうことならボクにお任ッせェーーッ!!」 ……ああ、やかましい人が来た。 シリアス空間が一瞬にしてゴシャアと崩れ去った気分です。 聖  「……!……!」 その背中には聖ちゃんがしがみついていて、 見るからにこの場の匂いと光景に苦しんでいるのが解った。 彰衛門「こやつの魂、拙者が預かる。ステキなヤツに魂埋めてくるから待っといで」 それこそ言うや否や。 彰衛門さんは有無も言わさずに早口で発言すると、男性の魂を抱えて転移してしまった。 当然、聖ちゃんも一緒に。 悠之慎「………」 みさお「えーと」 どうしよう。 そりゃあ彰衛門さんのことは信じてますけど…… 悠之慎「なぁ。魂を埋めてくるってどういうことだ?」 みさお「……話すなら外で話ましょう。正直に言うと、この場所は目に悪いです」 悠之慎「そだな。虫だけを確実に消す霧が出ます───弾けろ」 パチンと指を鳴らす音が洞窟に響く。 途端、その場に蠢いていた虫の全てが消滅する。 悠之慎さんはそれを確認すると、わたしに『ソレ』の時間を巻き戻してくれと頼んできた。 みさお「え?でも……」 悠之慎「『人』として埋葬してやりたい。頼む」 みさお「……はい」 その言葉だけで、悠之慎さんの考えを汲むのは簡単だった。 すぐに月空力を発動させて、『ソレ』の時間を巻き戻す。 ───やがてその巻き戻しが終わると、その場にはさきほどの男性の肉体が残った。 悠之慎「……よし。それじゃあこの少女ごと洞窟の外に出すぞ」 みさお「はい。じゃあわたしは女の子の方を」 悠之慎さんが男性を持ち上げる中、 わたしは男性から離されて驚いている少女を抱きかかえた。 同じ体格だからちょっと難しいけど、それでもすぐに洞窟から抜け出た。 悠之慎「……ふぅ」 みさお「………」 男性の体を草むらに寝かせた悠之慎さんが息を漏らす。 それは疲れから来る溜め息なんかじゃなくて、 こんな状況が発生してしまうこの世界に対してのもののように見えた。 みさお「この娘は……どうします?」 目が見えず、口も利けず、鼻も利かない少女。 懸命に何かを探して、おろおろとするその娘を見ていると、なんだかかわいそうになる。 悠之慎「……無理に現実を見せることはないだろ。この娘は……このままでいい」 みさお「……はい」 なんとかしてあげたかったけど、 辛そうな悠之慎さんの顔を見たら……頷かないわけにはいかなかった。 みさお「これからどうします……?」 悠之慎「彰衛門達が帰ってくるのを待つしかない。     俺達にはこれが『後悔』だったのかは解らないから」 みさお「そう、ですね」 少女の手が男性の体に触れた。 途端、目の見えない少女は笑顔を作って抱きついた。 目の見えない世界は、どれだけ残酷なものなんだろう。 真実を知らないということはどれほど悲しいことなんだろう。 そんなことを考えながら……わたしはその少女の行動を見守っていた。 ……やがて、その場に訪れた数人の男性が少女を連れてゆく。 わたしと悠之慎さんは、ただ静かにその様子を見守っていた。 ───……。 ……。 ───……。 しばらくしてからのことだった。 その場にひとりの女性……多分高校生くらいの人が訪れて、 動かない男性を見下ろしながら拳を固めた。 女性 「……なんて、悪い冗談」 その顔は離れていても解るくらいの怒りに染まっていた。 わたしと悠之慎さんは隠れながらその様子を見守った。 ただ何かを憎むかのようにさらに拳を固め、ゆっくりと歩き去ってゆく。 みさお(あの人……) 悠之慎(ああ……) わたしと悠之慎さんは、去ってゆく女性に誰かの面影を感じた。 いや、面影どころじゃない。 間違い無くあの人は彼女だ。 みさお(悠之慎さん……) 悠之慎(………) 悠之慎さんは何も言わない。 ただ静かに、去ってゆく女性を見送るだけだった。 【ケース56:簾翁みさお(超再)/オチはカルテットより】 ───……。 みさお「あの……悠之慎さん」 悠之慎「あぁ悪いみさお。もう過去じゃないんだ、普通に悠介でいい」 みさお「こだわりますね……じゃあ、悠介さん」 悠介 「ん。どうした?」 みさお「彰衛門さん……誰にあの男性の魂を埋めたんですかね」 悠介 「───あ」 みさお「え?どうしたんですか?」 ふと思い出したように、悠介さんがわたしを見る。 ……で、わたしも思い出した。 みさお「あ、えと……すいません。まだ魂を埋めるっていう意味を伝えてませんでした」 そうです。 元々そのために洞窟から外に出たんですから、それをまず話さなきゃいけなかった。 みさお「えっとですね。月癒力は再生と蘇生と転生があるのはご存知ですよね?」 悠介 「ああ。一応これでもルナの月癒力をなんどか使わせてもらってる身だからな」 みさお「はい。それでですね、悠介さんが願った通り……     彰衛門さんがやろうとしてるのは『転生』です。     で、この転生ですけど───     普通はその場で魂を清めることで何処の誰かに魂が宿るんですよ。     言ってしまえばランダムみたいなものです」 悠介 「清めた時点で誰の子孫になるかは解らないってことか?」 みさお「そう、ですね。願った人に転生するのはランダムだと難しすぎます。     そんな時に使うのが『魂を埋める』行為です」 悠介 「───ああそっか。つまり『この人の子孫として生まれて欲しい』って時は、     その人にその魂を埋め込んじまえばいいってことか?」 みさお「そうです。でも相当に難しいし消耗も激しいからお奨めできませんけど」 悠介 「……じゃあなにか?彰利のヤツ、それを誰かにやろうとしてるってことか?」 みさお「戻るのが遅いですから。苦労してるんじゃないですか?」 悠介 「………」 悠介さんは『ふむ』と一度頷いて空を見上げた。 みさお「ん……」 釣られて空を見上げる。 森から見上げる空は妙に広く感じた。 まるで、狭い檻の中から綺麗なものを見上げる感覚。 いくら手を伸ばしても届かず、届いても掴めず。 無いものねだりをしたわけでもないのに、どうしてか虚しい気分を味わわせてくれる。 空って少し不思議。 でも見上げていればどうしてか心が落ち着くのが解る。 結局、それを含めても不思議なのが空なのかもしれない。 みさお「………」 会話はさっきので途切れたままだった。 別に息苦しいわけでもないけど、気になりだしたら止まらない。 わたしは少し思考を巡らせてひとつの質問をぶつけてみた。 みさお「あの、悠介さん」 悠介 「んあ?どうした?」 みさお「えっと、その。悠介さんって好きな人って居るんですか?」 ……我ながら、もうちょっとマシな質問は出来なかったのだろうかと頭を痛めた。 でも純粋に気になるところでもあったので、そのまま貫くことにする。 悠介 「んー……そだな。     未来の記憶もあるし、元から嫌いなわけでもないって意味ならルナだ」 みさお「ルナさんですか……結婚とかは考えてるんですか?」 悠介 「知らん。別に結婚しなくても今の状態で十分だと思うが」 みさお「む。日本の美に拘る悠介さんらしからぬ発言。     じゃあ未来で結婚してたのはどうしてですか?」 悠介 「……質問責めは感心しないんだが」 みさお「気になるんだからいいじゃないですか。さ、白状しっちゃってください」 悠介 「お前のそういうところ、ほんと彰利によく似てるよ」 みさお「はい、まあ……長い間一緒に居ましたから」 それでも答えてくれる悠介さんも、律儀というかなんというか。 悠介 「結婚した理由か……ルナがやりたいって言ったからだ」 みさお「うわ、それだけですか?」 悠介 「それこそ白状すれば、『好き』って感情は俺も彰利も解らんと思う。     俺がルナと結婚したのだって、一緒に居るのもいいかなって思えたからだ。     それが『好き』に繋がるのか?って訊かれれば正直解らん」 みさお「あの。それじゃあ傍に居てくれるなら誰でも良かったって聞こえますよ?     外道ですか悠介さん」 悠介 「たわけ」 ズビシィッ!! みさお「はにゅぅっ!?」 鋭いデコピンがわたしの額を襲った。 しかも痛がるわたしを抱きかかえた悠介さんは、 自分の足の間にわたしを座らせてスリーパーのような状態をとってから…… 悠介 「……だったら。『好き』ってのはなんなのか、お前に解るか?」 そう、ポツリと呟いた。 みさお「え?えっと……」 首に悠介さんの腕が通り、頭に添えられた手はわたしの頭をロックする。 けど、痛みも無ければ息が詰まることもない。 ただそういう体勢を取っただけなのだ。 みさお「……すいません、わたしにも解りません」 悠介 「……ん。よろしい」 ようするに何が言いたかったのかと言えば、 『自分でも解らないことで人を責めるな』ということなんだろう。 悠介 「好きは解らないけど、嫌いは解るのが普通だろ?     誰も見なけりゃ人間、永久に『好き』なんて気持ちは解らない。     俺と彰利は特別、そういうことは解らないように育ったんだろうけどさ。     気に入れば好きってわけでもないだろ?     そういう意味の在り方は『彰利は親友として好きだ』って言ってるようなものだ。     だから一緒に居るのは悪くないって思えるし、ルナにしたってそうだ」 みさお「………」 それは、そうですけど。 なんだかルナさんの気持ちの一方通行みたいでかわいそうです。 悠介 「あー……でもな、例えばだ。     お前は適当な男とずっと同じ屋根の下に暮らすことになったとして、     それが生涯続くとする。お前はそれをどう思う?」 みさお「そんなの、相手が心を許せる人じゃないと嫌で───あっ!」 促された質問が答えに繋がった。 途端、スリーパーはやさしい頭撫でに変わる。 悠介 「そういうこった。好きだからとか、そういうのは俺も彰利も解らない。     解らないけど、心が許せるんだったらそれでいいんじゃないかな。     『好きじゃなきゃいけない』なんてものに縛られたままなのはおかしいだろ」 みさお「………」 悠介 「心が許せる上に相手のことをよく知ってれば……     離婚なんてしなくて済むんじゃないかな」 みさお「……はい」 それはそうだ。 半端な『好き』よりも、きっとその方が強い。 一緒になりたいっていうだけで結婚して、 相手の些細なことが気に入らないから離婚だなんて馬鹿げてる。 それなら……ああそうだ、 心が許せるって程度の関係の方が相手のことをたくさん許せるのかもしれない。 それこそ、その些細なことを笑っていられるように。 みさお「驚きました。本当に物事を教えてくれる気があったんですね」 悠介 「……あのな。お前は人をなんだと思ってるんだ。     言ったことは守ってるつもりだ。撤回しない限りはだが」 みさお「そうですか。それで改めて訊きたいんですけど───ルナさんと結婚する気は?」 悠介 「知らん」 即答でした。 みさお「なっ……未来で一緒になったなら今でも一緒でいいって気持ちはあるでしょう!?     それがどうして『知らん』になるんですか!」 悠介 「だから……可能性を否定するなって言っただろ?     ルナが俺と一緒に居たいって思うかどうかは解らんだろ。     結婚するのかしないのかはルナ次第だ」 みさお「うーわー、なんだかやる気の無いボケ亭主みたいです」 悠介 「相手の行動を尊重してるって言ってくれ、頼むから。     俺は拒むつもりはないし、かといって自分から言うつもりもない。     大体さ、お前……俺が女に告白する場面なんて想像できるか?」 みさお「え?えと…………」 ………………。 みさお「……無理です、イメージ出来ません」 悠介 「解ったらこの話は終わり。自分でも想像出来ないんだ、無茶ってもんだよ」 みさお「うー、でも『想像』は悠介さんの得意分野じゃないですか。     イメージを組み立ててみてくださいよ」 悠介 「イメージって……」 悠介さんが頭を捻る。 どうやら相当にイメージに繋がらないらしい。 悠介 「あー、その。     告白ってのは『俺のために毎日味噌汁を作ってくれ』とかいうやつだよな?」 みさお「古ッ!!いつの時代の人間ですか悠介さん!!」 ───その次の瞬間、わたしの頭を撫でるやさしい手が魔のショーグンクローに変貌して みさお「しゃぎゃああーーーーーーーーっ!!!!!」 ……地獄を見ました。 ───……。 ……。 悠介 「あのな……!俺が時代の古さがどうとか、     流行がどうとか言われるのが嫌いなのは知ってるだろうが……!!」 みさお「いがががが……!!ご、ごごごめんなさい……!!」 頭蓋が砕けるかと思いました……!は、発言には気をつけましょう……! でも仕方ないですよ、まさかあんな告白文句を出してくるだなんて思わなかったんです。 みさお「え、えと……それじゃあ言葉には出さなくていいですから……     適当に纏めてみたイメージをわたしの中に流してみてくださいよ」 悠介 「……なんだいそりゃあ」 みさお「他人のイメージの物質化が出来るならそれくらい出来ると思いますし。     試すのと一緒にやってみてください」 悠介 「……お前、何気に人の恥ずかしがる様を見て楽しんでるだろ」 みさお「あの……頭蓋が軋むくらいの命懸けのからかいなんて、     わたしがすると思いますか?     そんなの彰衛門さんだけで十分ですし、     そんな彰衛門さんを見てたわたしです、辛さはよく知ってますよ」 悠介 「そういう彰利を見てきたお前だから油断できないんだよ」 みさお「…………」 なんていうか、さすが悠介さんだと納得してしまった。 悠介 「まあいいか。いくぞ?」 みさお「はい」 目を閉じて集中する。 真っ暗な世界には何も映されず、 けど───後頭部に悠介さんの額がコツンと当たった感触を覚えた途端。 頭の中と閉じた視界の中に映されたものがあった。
畳が敷かれた部屋に、二つの人影があった。 ひとりは晦悠介。 もうひとりはルナ=フラットゼファー。 ふたりは向かい合うように座り、茶の湯を嗜んでいた。 「ルナ」 悠介が口を開く。 その声に反応したルナは湯飲みを置くと、真っ直ぐに悠介を見て、続く言葉を待った。 「俺のために毎日、一緒に日本の歴史の勉強をしてくれ」 放たれた言葉に迷うことなく頷くルナ。 やがてふたりは杯を交わすかの如くお茶をバフゥッ!!!
みさお「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!     バブフッ!くひゃっ……!あはははははははは!!!!」 思考の中に流れた景色が噴き出された笑いとともに消し飛んだ。 代わりにわたしを襲うのは激しい笑いと腹痛だった。 みさお「こくっ……告白に勉強って……!歴史のべんきょ───ぶはっ!!     くひゃはははははははは!!!あははははっ!ゲフッ!     や、やめっ……お腹が痛いっ……!ひはははははっ!!あははははははは!!!」 耐え切れずに転がりまわった。 周りなんて見えず、ただ雨のように降りかかる笑いに打たれるがままに笑い続けた。 ……まあその、わたしを見下ろす真紅眼と目が合うまでは。 みさお「ッ……!!」 一秒と経たずに笑いが尻尾を巻いて逃げ出しました。 脳内が『あぁぁあ待ってぇええーーーっ!!』と叫びたくなるくらいの逃げっぷりです。 体は金縛りにあったかのように動かなくなって─── わたしはただ、ゆっくりと近づいてくるその手から下されるであろう審判を、 黙って受け入れるしかありませんでした。 みさお「やっ───ちょ、待ってください!い、いまのはその冗談といいますかっ!     あぁあああ悪気は無かったんです!悪気はっ!そのっ!!     ───え?悪気が無ければなにをやっても許されるのか?     あ、あの、今だけは許されるべきであってほしいです!切実に!     だからその、えっと、あぁあああああっ!!!!頭!頭掴まないでください!     うわっ!あのっ!そのまま立ち上がってどうする気わややぁっ!!     首が!首が伸びっ───!!いたたたた!もげる!もげてしまいます!     痛いですやばいです危険です離してください!ほんともう危ないんですってばぁ!     あっ!いたっ!?あ、あのあのどうして手に力込めあいたたたたぁあああっ!!     はおあっ!頭蓋が!頭蓋がメキメキって!だ、だめです!これ以上はだめです!     声が聞こえてるなら今すぐ手を離して───え!?聞こえるけど聞く耳もたん!?     そ、そんなっ!そんなのってないです!     だってあんなもの見せられて笑わない人なんて居ませんよ!?え!?上等だ!?     き、聞く耳持たないって言ったじゃないですかぁああああああああっ!!!!」 あぁああっ!頭蓋が!頭蓋がメキメキと! やっ、やっ───ぃやぁああああああああっ!!!! Next Menu back