───FantasticFantasia-Set47/ある意味台無しになった至高の力───
【ケース108:簾翁みさお/信じられない光景】 ───物凄い音とともに、彰衛門さんと悠介さんの体が地面に転がった。 その姿は酷いもので、見る影もない、までいかないにしても酷く痛々しいものだった。 ノート『これにて審判を終える。よく抗った、汝ら』 無の精霊さんは動かないふたりを見下ろし、そう言った。 続いてわたしを見ると、小さく笑みをこぼす。 ノート『やれやれだ。あんな時にまで他人を心配するなど。     どうやら私が思った以上にこやつらは筋金入りらしい』 そう言って、今度は声を上げて笑った。 それは小さなものだったけれど、確かな笑みだった。 けど……その言葉の意味が解らない。 どうしてわたしを見て、『他人の心配』なんて言うんだろう。 ノート『戦は決した。汝らを癒そう』 スピリットオブノートさんは手にしていた装飾武具をただの首飾りに戻すと、 その手に光を込めて彰衛門さんと悠介さんに振り撒いた。 するとふたりともすぐに上半身を起き上がらせ、 倒れていた自分たちと立っているスピリットオブノートさんを見て─── 勝敗の行方に気づくと息を漏らした。 悠介 「……負けた、か」 彰利 「いや、そりゃ負けるって。この精霊さん強すぎ」 ノート『汝らもよく抗った。     汝らの強さは本物であり、その全てが己以外のために行使されている。     それが理解できただけで十分だ。───特に、晦悠介』 悠介 「……言うなよ?」 ノート『解っている』 スピリットオブノートさんは小さく笑うと、 自然に笑っている自分に驚いたように笑みを止めた。 ノート『笑み、か。語りかけるものから離れて久しいが、     よもや再び笑むことが出来るとはな』 彰利 「ほっほっほ、感謝せぇよ?」 ノート『ああ、感謝しよう。笑むという行為は嫌いではない』 彰利 「ィヤッハッハッハッハッハ!!!!」 ノート『フフフフフ……』 やがて笑い出す彰衛門さんとスピリットオブノートさん……ノートさんでいいか。 そのふたりとはべつに、悠介さんは雷を帯びている槍を手にしてボ〜ッとしていた。 みさお「……悠介さん?」 悠介 「ん───あ、っと、どうした?」 みさお「いえあの、その言葉そっくりそのままお見舞いしますけど。どうしました?     なんだか元気が無いです。     契約は出来なかったのは確かですけど、生きていられたんですから……」 悠介 「……そりゃな。生きていられたのは良かったけど……     融合したやつらを元に戻すことが出来なかったのがな……」 みさお「あ……」 そうだ。 悠介さんは元々、そのためにノートさんと契約しに来たんだ。 それが出来なくなるなんてこと、考えもしなかったに違いない。 ノート『……?おかしなことを言うな。誰が契約しないと言った?』 全員 『───はぇ?』 その場に居た全員がノートさんに向き直り、 素っ頓狂……って言えるのかも解らない声を出した。 ノート『私は最初から勝敗など求めたつもりはないぞ。     忘れたか、私は【抗ってみせろ】と言っただけだ。     汝らの力は確かに試された。弦月彰利では無理だが、晦悠介。     汝の精神力ならば私と契約することも出来るだろう』 悠介 「え……い、いいのか!?」 ノート『構わん。汝の傍は居心地がいい。そしてこれが重要だが、なにより【楽しい】。     私が汝に力を貸す理由など、それでいくらでもお釣りがくる』 悠介 「は、はは……よっしゃぁあああああああっ!!!!」 悠介さんが右手を空に突き上げて、跳ねるようにして叫んだ。 わたしもなんだか嬉しくなってその喜びを共感しようとしたけれど、 普段から考えられないくらいにはしゃぎ飛ぶ悠介さんの後を追おうとしたその過程。 なにやらドス黒いオーラを撒き散らしながらしくしく泣いている彰衛門さんに話し掛けた。 みさお「あの……どうかしたんですか?」 彰利 「オイラ……世界の精霊サマにさりげなくダメだしされちゃった……」 みさお「あ゙……」 そういえば言ってたっけ、『弦月彰利では無理だが』とかなんとか……。 みさお「ま、まあまあ彰衛門さん、修行すればもっと強くなれますって。     そうやって限界をひとつひとつ超えていけば、認められる時も来ますよ」 彰利 「……そうかな……オイラ、強くなれるかな……」 みさお「………」 彰利 「オウコラテメェみさおこの野郎……なんでそこで目ェ逸らすんだ……」 みさお「あっ!いえそのっ!な、なんででしょう……!?」 彰利 「タワァアーーーーーーブリッジッ!!!」 ガッキィインッ!!! みさお「おわぁあーーーーーっ!!!」 わたしの体をロンドン名物が襲います。 どこらへんが名物なのかを是非問いたいことですが、とても苦しいことは確かです。 悠介 「みさおー、彰利ー!ちょっとこっち来てくれー!」 みさお「あ……けほっ!あ、彰衛門さんっ……!?     呼んでますよ……!すぐにこれ解いていきましょう……!」 彰利 「話をしながらでもっ……!タワーブリッジは決められるっ!」 みさお「離してくださいぃいいーーーーーっ!!!」 彰利 「むっ!?だから『話す』んでしょうが!何をゆゥとるのかねキミッッ!!」 みさお「『はなす』の意味が違いますよぉっ!!」 何処で間違ってしまったんでしょうか。 ともかくわたしは彰衛門さんにタワーブリッジをされた状態のまま、 恐れ多くも最強の精霊さんの前に連れて行かれてしまった。 ノート『来たか。汝らの人格と健闘を称え、ひとつだけ汝らの願いを叶えてやろう。     ただし取り返しは効かない。よく考えてから言うといい』 彰利 「なんと!?」 悠介 「いいのか……?俺達、負けたっていうのに」 ノート『汝らが負けた理由はアレのみだろう。本来ならばあの時点で汝の勝ちだった。     ならばそれも頷けるだろう。さあ、願いを言うといい』 悠介 「………」 みさお「?」 アレってなんでしょう……って、 驚きながらいつまでタワーブリッジ続ける気なんでしょうね、彰衛門さんは……! 彰利 「ひとつだけ……ひとつだけか。こりゃまいったな、どげなことにしようか……」 悠介 「世界が平和でありますように、とか?」 彰利 「……この世界はボクらの手───つーか悠介の手で平和にしてください。     つーことで却下」 悠介 「親友に世界委ねるって、どういう神経なんだろうな」 みさお「それより助けてくれません……?」 さっきからメキメキと背骨が軋んで……あぐぐ……! 彰利 「じゃあアレだ、全世界の人々がレタス好きになりますようにと」 悠介 「当然却下だ」 彰利 「グ、グウムッ」 ノート『……こんな時くらい、己のためを願わないのか汝らは』 悠介 「自分のことで願うことなんて……無いと思うぞ?」 彰利 「だぁねぇ、現状に満足してるに近いし。実力不足は否めんが」 みさお「うぐぐ……彰衛門さん……?離してくれないと、     『彰衛門さんが離してくれること』を願い事にしちゃいますよ……?」 彰利 「なんと!?そりゃいかん!」 彰衛門さんがそう言うと、わたしを押さえつける力が弱まる。 わたしは『助かった』という思いに包まれて、ようやく大地に足を下ろ─── 彰利 「そりゃーーーっ!!!カメハメ流究極技!バック・フィリップーーーッ!!」 みさお「え?あ、あわぁーーーーーーーっ!!!」 あ、ああっ!地面が近くなって───ぁあああああドゴチャアッ!! みさお「うぶっ!!」 【ケース109:晦悠介/ダットサーン】 ヒュゥウウオオオオ…… 彰利 「やっちまったぜ……」 みさおをバック・フィリップ(フリップ)で気絶させた彰利は、 まるで神をチェーンソ−で斬殺したあとのような暗い声でそう言った。 悠介 「やっちまったぜ……じゃない!なにやってんだお前は!」 彰利 「プリンス・カメハメごっこ!最強!」 悠介 「………」 彰利 「あ……いや……ただの気分です、ごめんなさい……」 軽く最低物体を見つめるような目で見てやると、彰利はひどく反省した。 みさおも災難だな、こんなアホゥが親代わりなんて……。 彰利 「そんで?なんか言いづらかったことあったんしょ?     俺が見た限りじゃあみさおには聞かれたくないこととみた。     それも、さっきの戦いの勝敗を決めるほどの大切なコト。違うかね?」 ノート『なに、簡単なことだ。あの時───晦悠介がヴィジャヤを完成させた時だ。     本来ならばあの一撃で審判は私の負けで終わりを迎えていた筈だったのだ』 彰利 「……ほへ?なにそれどういうこったい」 ノート『晦悠介はな、ヴィジャヤを放たんとする瞬間にその軌道上───否。     余波がぶつかる場所に簾翁みさおが居ることに気づいてしまったのだ。     故にわざと放つ位置をずらした。     そのために私も風を行使することでヴィジャヤを逸らすことに成功した』 彰利 「……え、なに。じゃあその時にみさおさんがその場に居なかったら……」 ノート『ヴィジャヤは確実に私の芯を貫いていただろうな。     そして私は世界を展開することもなく、汝らは勝利を手に入れていた』 そう。 あの時───ヴィジャヤを槍として完全に創造し、いざ放たんとした時だ。 俺はその軌道上にみさおの姿を見てしまい、 すぐに放てる筈だったヴィジャヤの軌道変更をした。 その際、ほんの半呼吸分の間が開いた。 それだけあればスピリットオブノートが反応出来る道理は確かに存在した。 彰利 「あぁ……そりゃ言えねぇわな……」 真実を知ると、さすがの彰利も決まりの悪そうな顔で頭を掻いた。 それでもこうして契約が出来たのなら、それは喜ぶべきことだろう。 ノート  『さあ、知ることを知ったのなら願いを言うといい。       どのような願いでも構わないぞ』 彰利   「それって……黒竜王をなんとかしてくれーってのでも?」 ノート  『無論だ。それが願いなのであれば構わんが、       私は二度と汝らの前に姿を見せんぞ』 彰利   「まあ、そうだわなぁ。ええよ、願いは別のものにするさね。       願いごとで誰かをブチコロがすなんて、願いというより呪いじみてて嫌だし」 悠介   「けど……願いか。言われてみると何も浮かんでこないもんだな」 彰利   「そやねー。俺達って案外そういう願望無いんかな」 悠介   「昔っから無いものねだりしても無駄な環境で育ったからなぁ……」 悠介&彰利『はぁ〜……』 考えてる内に溜め息が出た。 でもそれでいいのかもしれない。 欲しいものが今すぐ手に入るって言われたって、 それを簡単に決められるほど幸せな道を歩んできたわけじゃない。 だったなにも今決めなくても、ゆっくりと考えればいいんじゃないだろうか。 悠介 「なぁスピリットオブノート、べつに今決めなくてもいいんだよな?」 ノート『当然だ。そもそも願いといっても、     その者が心から願っていることでなくては叶えることなど出来はしない。     その者が心から願って初めて、私の対応の有無もなく叶えられるものだ』 彰利 「一度だけ?」 ノート『その通りだ。時にして千年に一度程度だろう。     根源たる力を少しずつ蓄え、それを力に変えるのだ。     当然、蓄える時間は叶えられた願いの大きさによるものだがな』 彰利 「ほほう。じゃあ例えば、     悠介に頼めばいつだって創造してもらえるレタスを食いたいって願いだったら、     蓄積時間はどれくらい?」 ノート『ものの数秒だな。私自身が晦悠介と同じ【世界を持つ者】という事実を忘れるな』 彰利 「グウム……んじゃさ、これはどぎゃんでしょ。えっとね───」 彰利は思いつく限りの質問を連ねてゆく。 スピリットオブノートもそれを楽しんでいるようで、次々と質問に答えてゆく。 ……なんだか妙な光景だな───なんて思った時だった。 声  「この俺を!人間にしろぉおーーーーーーっ!!!!モミアゲ!!」 ……なんていうか、全ての希望をブチ壊しにする声が聞こえてしまった。 彰利 「ゲッ……きさーーん!!こげなところまで追ってきたのかね!?     スッピー!あげなヤツの願いなんて聞く必要───」 ノート『───その願い、受諾する。     我、精霊スピリットオブノートの名において、汝を人間へと変えよう』 彰利 「イヤァアアア聞き入れちゃってるーーーーっ!!!!!」 悠介 「おわぁあああ待て待て待ってくれスピリットオブノート!!     そいつは俺達とはなんの関係もないモミアゲ馬鹿で───あぁあああっ!!!」 スピリットオブノートは首飾りを杖に変化させると、それに光を込めて智英へと放った。 そう、放ってしまった。 智英はそれが攻撃だとでも思ったのかとんずらし、だが追跡する光に対して絶叫。 やがて大木に衝突すると同時に光を浴び───人間になった。 ノート『……今よりこれから先の歴史の在り方を修正する。     これより汝は山岡智英という人間として生きてゆけ。     今の私は気分がいい。不死の能力を残し、不老にもしておいた。     まあそのために次に願いを叶えられる期日が延びたが……どうとでもなるだろう。     次に願いを叶えられるのはおよそ百年後あたりだな。夢を抱いて生きてゆけ』 悠介 「は……ははは……わはっ……ははははは……」 彰利 「わはっ……うわははは……うわはははは……」 こうして……いつか決定し、 叶えられる筈だった願いごとは智英の願いによって灰燼と化した。 そして俺達は思うのだ。 不老不死の人間は、人間なんて言えないんじゃなかろうかと……。 しかしそれを言ったら千年生きた彰利も三千年生きる俺も似たようなものなのだ。 そうして自分たちが智英(あいつ)
と同列なのかと考えると涙が出てきた。 ノート 『では契約を開始する。……と、その前にだ。      シェイド、汝も晦悠介と契約をしろ。      弦月彰利には私から能力をプレゼントしよう』 シェイド『───承知した。では晦悠介、邪魔をするぞ』 悠介  「お……おー……」 ホロホロと泣いている俺の額に光となったシェイドが入ってくる。 すると俺の右手の小指に黒の指輪が出現した。 ノート『……よし。では弦月彰利よ。汝の欲しい能力はなんだ?     汝は他人から力を受けて強くなることに抵抗が無いようだ、     どんな能力、強化であろうとくれてやる』 彰利 「えー!?マジマジ!?だったらオイラ、より一層の『黒』がいい!!     加減無しの黒!とにかく黒系の能力クラサイ!!     たとえば───ホラ!『黒』とか『影』とか『闇』とかその他いろいろ!!」 ノート『……いいだろう。では汝には【黒】に関係する全ての能力を贈ろう』 スピリットオブノートが彰利の額に手を添える───と、その手が額に埋もれてゆく。 彰利 「あ、うおっ!?おわぁーーーーっ!!!!」 ノート『恐れるな……というか遊ぶな。今より汝の裡を闇と黒と影で満たす。     ああついでだ、これも引き出しておこう』 彰利 「───ギッ!?」 ノートが額に埋め込んだ手に力を込めると、彰利の表情が豹変する。 メキメキと音が聞こえるくらいに表情が軋み、彰利が放つ声も既に言葉になっていない。 彰利 「ア、ギ、ギギア……!ア、ガァアアアアアッ!!!!」 ノート『耐えろ。望むだけで力が得られるなどということは無い。     鍛えることを望まぬのなら、苦痛の果てに超えてゆけ。     汝の力はコピーした鎌の数だけ強くなる。     その鎌の持ち主である死神の力を鎌から引き出しているところだ』 彰利 「ギ……あ、……!!」 ノート『───フレイアのロードを完了した。     一番厄介な死神を先に終わらせたぞ。あとは楽なものだ』 彰利 「───かはっ!は、はぁっ!!はぁっ……!!ちょ、ちょっと待……!!     こんなの体が保たねぇよ……!!」 ノート『馬鹿者。こんなもの、     汝がゼノを打倒するために繰り返した歴史に比べれば些細なものだ』 ビギィッ!! 彰利 「ガ、あ……あぐあぁああああああっ!!!!」 彰利の体が痙攣する。 恐らく意識としてやっていることではないだろう。 それはまるで電気椅子にかけられた囚人のようだった。 ノート『一気にやりたいのは山々だがな。     そんなことをすれば汝の意識は苦痛の果てに死を選ぶだろう。     どのみち耐えるしかないのだ。汝が望んだ力だ、受け止めろ』 ビギッ! 彰利 「ぐあぁあああああっ!!!」 噛み締めていた歯が砕ける。 目に見えて血管が浮き出た表情は恐ろしいくらいに歪んでいる。 それでも俺と目が合うと、無理矢理表情を作って極上ガイアスマイルをしてみせた。 おお、さすがだ。 あ───でもすぐ苦痛の表情に変わった。 これは……さすがに見るに耐えないな。 ───……。 ……ドサ。 彰利 「……、……」 叫びすぎて喉が潰れ、もはや何も言えなくなった彰利が地面に倒れた。 悠介 「……終わったのか?」 彰利 「終わったぞ」 悠介 「そうか───って復活早すぎだろオイ!」 ノート『言っただろう、鎌からその持ち主である死神の力全てを吸い出したのだ。     さらに闇、影、黒の力を埋め込み、それを引き伸ばした。     死神としてならばそうそうに負けは無いだろう』 彰利 「人としてならどうかね?」 ノート『……命を無駄にするものじゃない。汝の【黒】は元々死神としての力の片鱗だ。     人の状態では大した強さは望めん』 彰利 「グ……グウムッ」 ノート『さらに言えば人である状態の力も死神の方へ流した。     今の汝は人である時は普通の人間と同じく簡単に死ぬ。気をつけろ』 彰利 「あっさりと言う言葉じゃねぇよそれ!!“死神の骨子(デスサイス)”!!」 世にも恐ろしいことを言われた彰利はすぐさまに死神化し、溜め息をモシャアと吐いた。 彰利 「えーと……じゃあ、もしかして人の状態の時って月操力も身体能力も無し?」 ノート『無しだ』 彰利 「足が速いとか腕力があるとかは……」 ノート『無しだ』 彰利 「ア、アゥワワワワ……」 ノート『今この時より、寝ている間も死神化していられるようにしておけ。     人間の状態でモンスターに襲われればどうなるか解るだろう』 彰利 「……!!」(こくこくこくこく!!) ノートの言葉を聞くと、彰利はそれはもう必死に頷いていた。 ノート『さて……次は汝だ、晦悠介』 悠介 「……ああ」 ゆっくりと浮きながら近づいてくる。 その手が俺の額に添えられ、彰利の時のように沈んでゆく。 まるで……脳味噌を鷲掴みにされているような、圧迫感を感じる。 なるほど……!こ、これは確かに叫びたくも……な───あ、ぐあ……!! ───頭が軋む。 ギジリと緋が広がり、視界が真っ赤に染まってゆく。 足がガクガクと震え───だが、倒れないように足を踏ん張ろうとする。 ノート『……ふむ、なるほど』 悠介 「……へ?」 だが、踏ん張る必要もなく手は引き抜かれ、頭の中の圧迫感は無くなった。 ノート『汝は素直なのか強情なのか解らんな。     力を引き出そうとしてやったというのに、それを拒否するか』 悠介 「んなっ───そ、そんなことしようとしてたのか!?やめろよ!?     そんなことされたら今までなんのために修行したのか解らないだろ!」 ノート『……与えられた力では満足出来ないと。そう言うのだな?』 悠介 「満足とか不満足とかじゃない。     それをやったらこの世界や地界で自分を高めた『意味』が無くなる」 ノート『……やれやれ。初めてのマスターは思いの他に強情らしい』 悠介 「当然の反応だろがっ!!」 ノート『汝の親友はそうでもないようだが?』 悠介 「……あいつは特別なんじゃないか?」 ノート『特別なのは汝の方だと思うのだがな……』 そう言ったノートの体が光に包まれる。 光はゆっくりと球体に変化すると、俺の額の中に消えてゆく。 いや、消えそうになったんだが…… 声  「お───おおおモミアゲ!!人間になってるモミアゲェエーーーィ!!!」 そんな声が聞こえた途端、台無しになってしまった願いのことが思い返された。 ……もちろんその、なんだ……その時の口惜しさも。 悠介 「どこまで感動ブチ壊せば気が済むんだあの野郎……」 神様───人の感情の中には悔し涙ってのは確かにあるようです。 思い出し泣きってのがあるのは知ってたつもりだがなぁ。 いや、結局どっちも知ってるか。 とりあえずもし神界の扉が開けるのなら、今すぐ智英を送り返したい気分だ。 ───ともかく。 感動をブッ潰されたことに溜め息を吐いている内にノートは俺の額に消えてゆき、 俺の両手の親指には常々色を変える指輪が現れた。 契約してくれると言われた時のあの胸の高鳴りなど既に無く、 俺は心の底から智英と出会ってしまった事実に涙した───その時。 タラララスッタンタ〜ン♪ 悠介 「………」 随分と久しぶりに聞いた気がするランクアップの音に、これまた虚しさ倍増。 相変わらず喜ばせる気があるのかどうかも解らんのが余計に悲しい。 それでも『“全精霊と契約せし者(エレメンタルマスター)”』の称号を見ると、心が少しだけ温かくなってくれた。 ───……。 ……。 ザァアアア……───草が揺れていた。 近くでは蝉のような虫が鳴いていて、ふと見上げた空は蒼かった。 そんな自然の草原の上に座って、ただ遠くを眺めた。 悠介 「空が蒼いな……」 彰利 「そうね……」 みさお「ほんとそう……」 あれからエルフの里の区域から出てきた俺達は、 どこでもいいので心を癒せる場所を探していた。 途中で合流したベリーは、 俺の指にあるスピリットオブノートの指輪を見て泣き叫んで喜んでいたが、 残念ながら一緒に喜んでやれるだけの気力は俺達には無かった。 ……一応、みさおには願いごとは智英が叶えてしまったことを話してある。 だからこそこうして三人並んで体育座りで黄昏てるわけだが。 そりゃそうだろう。 バック・フィリップで気絶させられて、 目覚めたら『智英が人間になってました』じゃああまりにも夢が無い。 智英 「まあ元気だせモミアゲ。     ここはおいらが人間になったことを喜ぶべきだろうモミアゲ」 悠介 「なぁ……願いが叶ったんだから神界帰らない?お前」 智英 「モミッ!?なにを言ってるんだモミアゲ!     おいらの願いは人間になって人間の女と交配することだぞモミアゲ!」 全員 『うわくっだらねぇ!!』 智英 「モミィッ!?くだらねぇとはなんだモミアゲ!!」 悠介 「伝説の精霊が叶えた願いがそんなもののためのことって……カカカカ……!!」 彰利 「あぁ……ヤバイよ俺……目の前が真っ暗になってきた……」 みさお「なんかわたし……今なら世界征服を目前にしてたのに、     願いごとがギャルのパンティーと化したピラフさんの気持ちが     痛みで気が狂うくらいに解ります……」 解りやすい喩えをありがとうみさお……。 ベリー「悠介さぁ、いつまで腐ってる気?叶っちゃったものは仕方ないじゃない。     この謎漢だって不老不死で、殴りたい放題って意味じゃ変わらないんだから」 全員 『───!!』 ベリー「ひえっ!?……あー……な、なにかな?」 そうか……そうだった。 殴り放題だったんだっけ……。 人間になった、っていうから遠慮してたよ俺……いや、俺だけじゃないな。 彰利もみさおもだ。 全員 『死ぬぅえぇええええーーーーーっ!!!!』 智英 「モミィッ!!?ちょ、待つモミアゲ!!     そんな人間になって初めての行為が殴られることなんて、     冗談じゃねぇモミア───ゲェエエーーーーーーーッ!!!!」 バゴシャドゴベコドゴォンバゴゴキャベキゴキ…… ───……。 ……。 悠介 「───よし!忘れた!」 彰利 「俺もだ!散々殴ったらスッキリしたわい!」 みさお「わたしもです!」 智英 「グビグビ……モミアゲ……」 現在、俺達の目の前には智英がボコボコ状態で転がっている。 だからどうってこともないので無視していいだろう。 みさお「それで……これからどうしましょうか。     一応荒焼きさんも、ノートさんたってのお願いなので引きずってきましたけど」 彰利 「捨てときゃいいのに」 悠介 「そんなことしたら森が腐敗する」 彰利 「すげぇハッキリ言いますな」 実際に木が一本腐敗したからなぁ……。 あれには俺も驚いた。 悠介 「目的は果たせた───というか、スピリットオブノートとは契約出来たわけだ。     骨が折れたけど、なんとか」 ベリー「……一日で全精霊と契約するって、どういう地界人よ……」 悠介 「なんとかなったんだからそれで納得しよう。出てきてくれ、ノート」 両親指に意識を込めて召喚。 ふたつの指輪からスピリットオブノートが現れ、空中で俺を見下ろした。 ノート『どうしたマスター。私になにか用件か?』 悠介 「ああ、ちょっと確認しておきたかった。     お前の力で『融合した存在』は切り離せるか?」 確認したかったこと。 それは最初にベリーが言っていたことだ。 元々の目的はそこにあり、それが出来ないのなら……さすがにヘコむ。 ノート『ああ可能だ。だが融合の解除には多大な精神力を使うぞ。     汝の器は無限に近いが、     だからといって現在の絶対値が私の能力を完全に受け止められるわけではない』 悠介 「……なるほど。ようするに乗馬初心者が暴れ馬に乗ろうとしてるのと同じか」 ノート『なに?……フフッ、これはいい、暴れ馬か。     くふふははははっ……そうだな、汝からしてみれば私は暴れ馬に等しい。     だが忘れるな。暴れ馬とてともに在れば次第に慣れる。     そして私は汝が途中で諦める愚者でないことを知っている。     だったら何を心配する必要がある。今からでも絶対値を超越してゆけばいい』 悠介 「簡単に言うなよな……これでも出来る限り鍛えたつもりだぞ?」 人として限界を向かえ、神として限界を向かえ、死神として限界を向かえ、 神魔として限界を向かえ、それぞれの回路(カオスは除く)で限界を向かえ、 そうして竜人力の制御にまで辿り着いた。 酷使すれば人格崩壊も有り得るという不安は未だに消えないが─── ノート   『……汝は己の力と、ともに在る者を信じればいい。        今の鍛錬で満足が利かないのなら、精霊とともに鍛錬し直せばいい。        私から言わせてもらえば、        汝はそれよりも黄昏の在り方を極めるべきだと思うが』 悠介    「お前もか、それ。……自分の中の死神にも神にも言われたよ。        『汝はまだ真に至ってない』って。        黒竜王と戦っても八割方負けるんだとさ。        ……自分でも無茶なことしてるって解ってるつもりなのにな、        彰利のこと馬鹿だなんて言えやしない。俺だって馬鹿だ」 彰利    「なんと!?この馬鹿!馬鹿が!馬鹿め!馬鹿め!!」 みさお   「“バッ”!!この“バッ”!!」 悠介    「ここぞとばかりに罵るなっ!!」 彰利&みさお『キャーーーッ!!』 ガオォと怒鳴ると彰利とみさおが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。 さらに逃げ出した先に転がる智英を見つけるとふたりしてフクロにし、 面白そうだという理由でベリーも加わってフクロにした。 どうやら復活の最中だったらしく、今再び『モミィイーーッ!!』とか聞こえてる。 俺はそんな様子を見ると自然と溜め息とともに苦笑を漏らした。 ノート『……楽しそうだな』 悠介 「うん?……ああ、そりゃ楽しいさ。     今までこんな充実した瞬間なんてきっと無かったよ。     親友と一緒にこうやって冒険出来る。     それってさ、俺が今まで歩いてきた日常じゃあ体験できないことだった」 ノート『ふむ、そうかもしれんな。     汝らの記憶を見るに、地界はあまりいい環境には思えない』 悠介 「だからって」 ノート『歴史を否定するつもりはない、だろう?そんなことは解っているぞマスター』 悠介 「………」 俺ってそんなに解りやすい性格しているだろうか。 ちょっと不安がよぎる瞬間だった。 そして───そんな時だった。 俺と彰利の耳を、違和感が襲ったのは。 Next Menu back