───懲りず悩める少年少女───
【ケース77:弦月彰利/懲りることなくからかえ少年】 彰利 「ゲッペッタン♪」 ───そうして……僕らは僕らの時代に戻ってきました。 月視力で見た彼らの未来はとても幸せなもので、 最初はヤツを幸せにするなんて冗談じゃないと思ってた俺は、 案外素直に喜べたりしたのです。 今、僕の胸を打つのは幸せに対する希望です。 なぜなら僕は未来というものにとても夢を見るようになったからです。 思えば僕と僕らはたくさんの人を救ってきたと思います。 けれど果たして、その中に僕らこそは含まれていたでしょうか。 思えば人助けに走る毎日、いつだって自分の幸せは置き去りにしてきました。 だからでしょうか。 僕の心は今、幸せに向かおうと一生懸命高鳴っています。本当です。 だからこそ僕は、今のこの気持ちを素直に口にすることにしました。 駆け出し、幸せに向かっていることを実感しながら。 彰利 「夜華さぁああああああん!!!アイラァアヴュウウウウウウウッ!!!!!」 がばしーーーーーっ!!!!! 夜華 「うわわわゎわわわぁあああああああああああっ!!!!!」 彰利 「アイニィイイイイイイヂュウウウウウウウッ!!!!!!」 夜華 「あ、彰衛門!?貴様いきなりなにを───」 彰利 「アイウォ〜ンチュ───」 春菜 「………」 粉雪 「………」 彰利 「……ワァオ」 けれど、僕が夜華さん以外にその場に居た彼女たちに気づいた時、 きっと幸せは一時的に僕からとんずらしたんだと思います。 夜華 「は、離せ!!貴様いったいなにを考えている!!」 だから僕は、全力でこの状況を楽しむことに決めました。 なぜなら幸せは歩いてこないととある人が歌っていたからです。 ……理由になってませんね。意味も解りません。 彰利 「夜華さん愛してる!!僕はキミが大好きだ!!」 愛してると大好きだ、もちろん陳腐な言葉です。 どうにも本気を感じさせない言葉で、僕はそれがからかいに最適だと思ったのです。 だけどどうやら彼女達の心のマッチに火を灯すだけのようでした。 冗談の解らない人って悲しいけど、からかい甲斐はこれ以上を存在させません。 夜華 「なっ……ばばばばかっ!!人前でなんてこと言ってるんだ貴様っ!!     離せ!!離さんと───!!」 チキリ、夜華さんの愛刀の鍔が少し跳ねます。 けれど僕はそれを手でやさしく制し、夜華さんの耳に囁くように言ったのです。 彰利 「ダメですよ夜華さん。     抵抗はしないでください。僕らは結ばれる偶然にあったんです」 みさお「普通、運命って言いませんか?」 彰利 「運命キライ」 僕は運命の所為で散々な目に遭ってきました。 だから運命という言葉を喩えにあげるのは極力避けてきたつもりです。本当です。 劈烏を使用した時も、 しっかりと『なんたる奇遇、なんたる偶然のいたずらか』と言いました。 はい、本当は『なんたる奇遇、なんたる運命のいたずらか』です。 でも今はそんなことどうでもいいです。 僕と夜華さんを見る粉雪と春菜の視線がそろそろ痛みを発してきました。 夜華 「そ、そんなことは知らんっ!いいから離せっ!!」 彰利 「夜華さん……キミが欲しい」 マフゥ、と耳に息を吹きかけました。 すると 夜華 「うぞぞわぁあああああああああああっ!!!!!」 夜華さんは全力で気持ち悪がりました。 さすがにショックです。 夜華 「やめっ……やめてくれぇっ……!!」 あまりの気持ち悪さにか、腰を抜かしたように力が抜けてしまう夜華さん。 うっすらと目の端に見えた雫はどうやら本物らしく、 抵抗の力は随分と無くなってしまいました。 けれど周りの抵抗の力と愛のボルテージはMAXです。 神様さようなら、僕は今日もいい夢が見れそうにありません。 春菜&粉雪『死ねコラァッ!!!』 やがて繰り出される拳と拳。 僕はどこぞの脇役で友人な誰かさんにでもなったかのように、 無情なくらいにボコボコにされたのです。本当です。 【ケース78:簾翁みさお/懲りることなく悩めよ少女】 彰利 「グビグビ……」 戻ってくるなりボコボコにされた彰衛門さんが庭園の草原に転がった。 自業自得とはよく言ったものだけど、これほどその言葉が似合う人も珍しい。 少なくともわたしが知る限りでは……ああいえ、一番は咲桜純さんですね。 あの人の自業自得っぷりは凄まじいものがあります。 今はなにをしているのかは解りませんけど、 多分彰衛門さんと同じで碌なことをしてないと思います。 みさお「彰衛門さん、少しは学んだ方がいいですよ?」 彰利 「ゲブッ……グ、フフフ……学んでようがいまいが、     俺の行動は変わらなかったぜ……?」 みさお「じゃあ懲りてくださいよ……」 彰利 「俺にそれを望むのは無駄だって、きっとキミなら解るよね?」 みさお「ええ……付き合いも相当ですからね……」 でも嫌いになれない人だからこうして一緒に居る。 なんだかんだで、自分の身を犠牲にした捨て身のムードメーカーにはなっているので。 それに……腐れ縁とはいえ、わたしを娘として受け入れてくれた人ですから。 みさお「彰衛門さん、今日はもう夜が更けちゃいますけど……朝が来て、     結婚式をやって、それが終わったら───何処かに遊びに行きませんか?」 彰利 「え……彰利ランドとか?」 みさお「そこだけは絶対に嫌です」 彰利 「俺も絶対行きたくねぇや。まあでも、どこかに行くってのはいい手だね。     新婚旅行ついでにいろいろ行こう」 みさお「え……そんな大事なものにわたしも付いて行っていいんですか?」 彰利 「ほっ?なにを言っておるのかねみさおさん。キミは我輩の娘ですよ?     娘をほっぽって旅行に出る野郎なんぞクズでカスでゴミでカスです」 みさお(カスって二回言った……) 彰利 「だからキミも遠慮することなんでありません。     母親が増殖しちゃったけど、キミが俺の娘であることに変わりはありませんから」 みさお「彰衛門さん……」 どの口が『娘をほっぽって』とか言ってるんですかと言いそうになったのを止めた。 一応連れていってくれるみたいだし、ここで何か言うとまた騒ぎが起きそうです。 みさお「ところであの。参列者は原沢南中学のみなさんだけですか?」 彰利 「んにゃ、記憶元に戻しに行ったついでに小僧や椛も誘っといた。     おまけがゾロゾロ付きそうだけど、仕方あんめえ」 みさお「えっ……父上と母上が来るんですか?」 彰利 「ウィー。小僧に『ブーケは貴様に投げるからしっかり受け取れ』って言っといた。     したらね?あやつ『椛に殺されるからやめてくれ!』って本気でお願いしてきた」 みさお「あー……母上、嫉妬深いですからね……」 ブーケを受け取った人は次に結婚出来る、とかいう謂れがある。 それは絶対に、母上を激怒させること間違い無しだ。 『凍弥さん……!?わたしというものがありながら……!』とか言って。 なんだか、簡単に想像できてしまうのがおかしかった。 みさお(……父上、母上、か……) 本当の父親と母親が居るのに甘えられないというもどかしさ。 顔を会わせてもただ普通に挨拶されるだけ。 そう。家族だというのに、普通に挨拶をされてしまうのだ。 それはどれだけ辛いことだろう。 考えても考えても思いを届ける手段は無い。 言ったところできっと迷惑だ。 だって、わたしは『あの人たちの子供』じゃないのだから。 わたしは別の時間軸の『あの人たちの子供』で、 けれどそこに居るべきは『簾翁みさお』なんて存在じゃなく、『朧月紅花』という存在。 つまりそう、わたしじゃない。 わたしは過去で歳をとり、やがて死ぬはずだった存在。 それが刀の楔になって、彰衛門さんたちと出会って、 こうして存在出来ているだけなのだから。 だったらわたしの存在意義は─── みさお「……あ、あの、彰衛門さん。わたし───」 彰利 「うりゃ」 がばしっ。 みさお「うひゃっ!?あ、彰衛門さん!?」 言葉を発しようとしたわたしを突然抱きしめる彰衛門さん。 いきなりなんなんだろう、と思うより先に、こうされることに酷く安心した。 彰利 「安心おしよ、じいやはみさおを置いて幸せに走ったりなどせん。     みさおが自分で俺と居たくないと思って、出て行ってしまうなら別じゃが……     けれどね、みさおの居場所はちゃぁんとここあるよ。     じいやがいつだってみさおの居場所になってやる。     ……みさおは椛と一緒で心配性だからねぇ。     寂しがり屋なのに甘え方を知らなかった頃にそっくりじゃわい」 みさお「彰衛門さん……」 彰利 「みさお……?不安があるなら言ってごらん……?じいやが全部聞いてあげよう。     おぬしの寂しさも悲しみも、全部じいやが受け止めてあげよう……。     『家族』というものが嫌いじゃったじいやじゃが、     今なら好きになれそうな気がするんじゃ……」 みさお「……その『家族』の中には」 彰利 「当然、おぬしも入っておるよ、みさおや」 みさお「───〜〜〜……」 不覚でした。 いつものようなからかいの序章かもしれないと頭の中が警報を出すよりも、 わたしはその言葉がウソでも嬉しいと思ってしまった。 ……本当に、なんて不覚。 いつだって言って欲しかった、 いつだって求めていた居場所になってくれると言ってくれる人が居る。 でも……それは本当だろうか。 ウソでもいいって言ったけど、受け入れてしまえばきっと不安になる。 だって、彰衛門さんには聖ちゃんが居る。 彰衛門さんと篠瀬さんの遺伝子の果てに生まれた子供が。 わたしと違い、繋がりのある子供が。 みさお(……いやだな) そこまで考えてハッと気づく。 わたしは友達に嫉妬しているのか、と。 それに気づくと、自分がどうしても醜い存在に思えてしまった。 『居場所になってくれる人が居る。だからその人を独占したい』なんて、 わたしはそんなことを考えていた。 彰利 「みさお?」 みさお「……彰衛門さん。わたし……きっといつだって不安でした。     居場所なんて無いって思ってて、その居場所を自分で作ろうとして     悠介さんや彰衛門さんに『一緒に居てください』ってお願いして……。     だけどその願いはほとんど叶えられなくて、結局わたしは置いてけぼりで……。     だから思いました。本当は彰衛門さんも悠介さんも、     わたしのことなんかどうでもいいんじゃないかって」 彰利 「む……みさお、それは」 みさお「聞いてください。口を挟まれると言うべきことが逸れてしまうかもしれません」 彰利 「………」 彰衛門さんの言葉を遮って放った言葉。 それに彰衛門さんが驚く中、わたしは心を落ち着かせた。 八つ当たりになっちゃいけない。 ここで泣くのは簡単だけど、言いたいことも言わないで泣くのは卑怯だ。 みさお「……続けます。ふたりに置いてけぼりをくらって、     わたしはさっき言ったとおりのことを思いました。     わたしの居場所はここじゃないのかもしれないって。     だからまた父上と母上のことを思い出しました。     彰衛門さんと悠介さんが受け入れてくれていたのに、     凝りもせず思い出していました。無駄だって解ってるのに……」 彰利 「………」 みさお「わたしは確かにあの人たちの血を引いている筈なのに、     あの人たちの子供じゃなくて……。     わたしの親だった人たちはもう居ないって解ってるのに、     それでも思い出さずにはいられないんです。……おかしいですよね。     わたしは自分の居場所になってくれたかもしれない場所を奪う人みんなに     嫉妬してるんです」 彰利 「………」 みさお「彰衛門さんの傍に血の繋がった子供の聖ちゃんが居て、     父上と母上の傍に血の繋がった子供の紅花が居て……。     ……ほら、そんな人たちにわたし、嫉妬してるんです。     わたしの居場所になってくれたかもしれない場所を取らないで、って。     あまつさえわたし、自分の前世にまで嫉妬していたんですよ?     あそこに居るのがセシルじゃなくてわたしだったら、って。     情けなくて悔しくて、忘れようと努力するしかありませんでした」 彰利 「……それが、校務仮面かね?」 みさお「ええそうです。思ったとおり、嫌なことなんて忘れられました。     羞恥が先に勝って思い切り暴走なんて出来ませんでしたけど、     でも……でもそれも結局、彰衛門さんと悠介さんが居ないと出来なかったんです。     あ、はは……笑っちゃいますよね。     自分でなんとか立っていこうって思っても、やっぱりわたしは子供なんですよ。     刀の中でどれだけ生きようと、     刀が安置されていた場所のこと意外なんてなにも知らない。     意識がある分、気が遠くなるような時間の中を孤独に生きて……     ああ……そっか、そうですね。     わたしの居場所なんて、きっと自分が安置されていた場所にしか───」 パァンッ!! みさお「っ───……え……?」 突然景色が揺らいだ。 何が起きたのか解らず、けれど次第に左の頬に現れてくる痛覚は─── 彰利 「………」 痛覚は、彰衛門さんがわたしを叩いた……───証拠……? みさお「あ……、え……ど、どうして……」 この人なら受け入れてくれる。 そう思って自分の中に溜め込んだものを吐き出したつもりだった。 それなのに、聞いてもらっていただけの筈なのにどうしてわたしは叩かれたのか。 彰利 「呆れた……ああもう呆れたね俺は。なんすかそりゃあ。     人がキミを娘として認めてるのに、テメェ勝手に自分を刀扱いかね?     自分が安置されてた場所が居場所?みんなに嫉妬してた?     おふざけにおしでないよ。人が誰かに嫉妬するのは当然だし、     お前は刀としてじゃなくちゃんと歩いたり考えたり出来るだろうが。     俺はな、たとえ今のがお前が吐き出したかった心の闇だったとしても、     それを自嘲として吐き出すことが許せない。居場所が無いからなんだ?     そんなものは月の家系には当然の憑き物だったし、そもそもお前、     そう言って俺達を突き放したら自分から居場所無くしてるだけだろう」 みさお「………でも」 彰利 「あぁいいいい、もう解った、理解出来たわ。     どうしてあの時時空転移してきた“屠神冥月”が悠介に熱心だったのか。     お前さ、さっき自分で言っててひとつ穴があることに気づいてるか?」 みさお「え……穴……?」 彰利 「居場所として、俺のことも言ったし小僧や椛のことも言った。     ああ、ゼットのことも言ったな。やっぱ前世の記憶とかあると好ましく思えるか?     ああいや、それはいいとして。で……お前、何を見落としてるか気づいたか?」 みさお「………」 そんなこと言われたって知らない。 頬を叩かれたことのショックが胸を締め付けていて、 迂闊に長い言葉を発しようとすると、それがきっかけとなって嗚咽がこぼれそうだった。 彰利 「お前にゃさ、まだもうひとり居るだろ。ホレ。     人付き合いに不器用でぶっきらぼうで、     そのくせ人の心配してても口には出さない。     無茶で無謀でモミアゲの長い俺の親友がさ」 みさお「あ───」 確かに挙げた喩えの中には入ってなかった。 けどそれは、あの人には守るべき人とやるべきことが多すぎると解っていたからだ。 それに彼は、こんな我が儘な子供を受け入れてはくれないだろう。 自分でも自分が嫌になるくらいなんだ、 自分が楽しいと思わないものを、他の人が楽しいと思えるはずが無いと思うのと同じだ。 わたしはきっと、誰からも─── 彰利 「あぁホレ、あいつにゃ子供も居ないし。     ルナっちがどーのこーの言いそうだけど、俺は絶対にOKしてくれると思うぜ?」 みさお「でも……でも……」 でも。 もしそんなことを言って、悠介さんにまで拒絶されたらわたしはどうしたらいいんだろう。 ……ううん、もちろんわたしは誰からも拒絶されてない。 けど、本当の子供が居る場所に他人が入り込むっていうのはとても居心地が悪いもので…… わたしはそれが解っているからこそ、ずっと本当の居場所を探していたんだと思う。 だからそうして、子供を持たない彼にそれを言って拒絶されたら、今度こそわたしは─── 彰利 「いいから、行ってみ。ほら。     あいつなら悠黄奈さんが使ってた部屋に居るから」 みさお「あっ……」 ぐい、と背中を押される。 抱きしめられたままだった体が離されたことで胸が痛んだけど、でも─── みさお「………」 ここで進まなければどうにもならないんだ。 もうこれが最後なら、それでいい。 受け入れられたら嬉しいけど、 その先でふたりの間に子供が出来たら……わたしはどうなるんだろう。 断られたらわたしはどうなるんだろう……。 そんなことを考えると、自然と歩みも重くなった。 ───……。 ……。 そうして、時間をかけて少しの距離を歩いた。 目の前にある扉は閉ざされておらず、 見える景色は悠黄奈さんが居た頃のままになっている。 そしてそこに、本を手に取って溜め息を吐いている彼が居た。 みさお「………」 出来る限りを伝えよう。 ここまで来ればもうヤケでもいいから。 みさお「あ、あのっ!」 まずは第一歩を。 それが悲しみの一歩でも構わない。 あんな風にうじうじ考えてる自分を、歩きながら思い返してみて腹が立ったのは事実だ。 誰にだって幸せになる権利はある筈だ。 だったら、両親に確かに愛されていた筈の自分が、 どうしてこんな状況に追い遣られなければならなかったのか。 そんな、不平等な時の流れに次第に苛立ちを覚えていた。 悠介 「……?みさお。どうした?」 みさお「あ……」 驚いた。 彼……悠介さんは、わたしの顔を見るなり微笑んでみせ、 わたしが苛立っていることを知ったうえで落ち着いて話をしようと構えてくれた。 先読みの速い人だとは思ったけど、こんな時にまで驚かされるとは思ってもみなかった。 みさお「あ、あの……あ、の……」 だけど。 わたしは一体なんて言えばいいんだろう。 娘にしてください?わたしの居場所になってください?拠り所になってください? ……だめだ、頭が混乱していて何もかもが滅茶苦茶になってゆく。 彰衛門さん、わたし解りません。 やっぱりわたし、いざという時は話も出来ない刀なんです、きっと。 勇気を出してここまで来ても、動けなくなってしまうんじゃあ……それは───ポム。 みさお「え……?」 バササ、という音がした。 気づけばわたしの目の前にハトが居て、 羽音を立てながら慌てふためくわたしの肩に留まる。 その隙をつくように、わたしの頭にポンと乗せられた暖かい手。 見上げてみれば……微笑む彼がそこに居た。 悠介 「どうした?」 そしてもう一度、ゆっくりとそう言ってくれた。 ハトに驚いた所為か、緊張なんてものは吹き飛んでいたわたしの目をしっかりと見て。 ……そしてまた驚いた。 この人は、いつからこんな風に穏やかに笑えるようになったんだろうと。 そして、どうしてこんなにもやさしいんだろう、と。 みさお「あのっ……っ……うくっ……うぐ……」 そのやさしさが荒んだ心に暖かくて。 わたしは、彰衛門さんの前でも我慢していた涙をとうとう流してしまった。 だってこんなのはずるい。とんだ不意打ちだ。 そんな文句が頭に浮かんできたけど、それと同時に気づいてしまったのだ。 彼は『守りたいものを守るため』に強くなった。 そしてその『守りたいもの』の中には……ああ、わたしも入っていたんだ。 彰衛門さんがわたしをここに歩かせた理由が解った。 居場所を探す必要なんてもう無かった。 わたしはこの人の傍でこうやって、普通に日常を送っていればよかったのだから。 ───気づけばわたしは、悠介さんに抱きついて大声で泣いていた。 悠介さんは少しだけ驚いていたようだけど、 顔を赤面させながらわたしをやさしく抱きしめてくれた。 泣きじゃくるわたしの頭をゆっくりと撫でて、 いつものような苦笑じゃない笑みを浮かべながら。 けど─── 中井出「目撃ドキューーーーーーン!!!!」 その場に原中のみなさんが来た時、悠介さんはわたしもびっくりするほどに驚いてました。 ───……。 ……。 悠介 「あーのーなー、だから違うって言ってるだろうが……」 彰利 「ンマァ〜〜〜〜ァ、いい歳をして     宅のカワイイ学ちゃんをイジメるなんて!もう絶対許さないザマスよ!?」 悠介 「お前はもはや現代においては絶滅したとされるザーマスおばさんか!!」 中井出「ミステリーだ……」 悠介さんは、わたしの泣き声で集まってきた原中のみなさんに言い訳をしている。 ……その、えと……わたしを抱きかかえながら。 わたしはまだ完全に嗚咽が抜けたわけではなく、未だにぐずっている。 そんなわたしを見て原中のみなさんが真っ先につけたあだ名が『泣き赤子』。 相当に屈辱でしたけど、 反論や口論を述べられるほどの余裕が今のわたしにはありませんでした。 悠介 「大体、泣かしたってんならお前だって同罪だろうが。     みさお、悠黄奈の部屋に来て俺と話する前から泣きそうな顔だったんだからな?     それに。俺は『どうした?』って聞いただけで、特になにも言ってない」 中井出「なんと!犯人は貴様だったのかヒヨッ子!!」 藍田 「子供を泣かせるとは……恥を知れクズが!!」 彰利 「あれ?」 突然矛先が変わった先に居る彰衛門さんは、 それはもうきょとんとした顔で首を傾げました。 中井出「ええいこのクズが!!     貴ッ様、人に罪を押し付けようと俺達を利用するとは!!恥を知れクズが!!」 彰利 「いやいやちょっと待って!?おかしいよ!     なんで俺に矛先が向いた途端にクズとか言い出してんの!?」 中井出「黙れクズが!!」 総員 『死ね!!』 彰利 「うわヒデッ!!全員で言うかよ!!泣くぞコノヤロウ!!」 中井出「ええい黙れ!!貴様には人権が無い!よって黙秘権も反論も無しとする!!」 彰利 「いやそりゃ俺もう人じゃないから人の権利なんて無いけど───」 藍田 「おお認めたぞ!!このクズが!!」 中井出「クズが!!」 彰利 「いやちょっと待って!!待ってよ!!     なんで人じゃないこと認めた途端にクズがって言われてんの!?」 麻衣香「女の子を、しかも子供を泣かせるなんて最低……」 夏子 「クズ……」 丘野 「カス……」 殊戸瀬「タロイモ……」 彰利 「タロイモ!?それ罵倒文句なの!?ちょっ……殊戸瀬!?     微妙に視線逸らして無視しないでよ!!」 中井出「黙れクズが!!」 総員 『死ね!!』 彰利 「いやいやいやいや!!ちゃんと俺の意見も聞いてってば!     ───殊戸瀬さん!?なんでそこで人を見ながら丘野に耳打ちしてんの!?」 島田 「クズが……」 灯村 「カスが……」 殊戸瀬「ウエストポーチ……」 彰利 「ウエストポーチ!?俺生き物ですらないの!?     ええいくそ!だったら俺も反撃してやる!!クズめカスめ外道めハゲめ!!」 総員 『カスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカ     スカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカス     カスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカス』 彰利 「あっ!くそっ!圧倒的な戦力差で相手にもなってない!!!     ちくしょう!!こんなの聖徳太子だって勝てない!!     だが挫けぬ心があればひとりずつ言葉で負かしていける筈!!     このカスカスカスカス!!カスどもめ!!」 総員 『クズが!カスが!ゴミが!ウジムシが!!』 彰利 「しまった音量ですら勝ててない!!ひ、卑怯だぞてめぇら!!」 総員 『害虫!ゾウリムシ!アオミドロ!!ケンミジンコ!!』 彰利 「ちょ───待って!なんでどんどんランクが下がって来てるの!?     罵倒文句が微生物って───え!?俺今罵倒されてんの!?解んないよ!     微妙な罵倒はやめてって!!ああくそ訳が解らない!!     ちょ、やめて!持参した風船飛ばしてぶつけないで!くそっ!動きが読めない!」 次々と悠介さんが創造する空気で膨らませた風船が空を飛ぶ。 しかもどうやら彰衛門さんに当たるように創造された空気らしく、 その勢いとともに、面白いように風船が体に当たる。 でもやっぱり風船は風船。 どう飛ぶかは予測不可能で、 『最終的に彰衛門さんに当たればいい』という事柄を抜いては、 叩き落そうとする彰衛門さんの手をとことんまでに躱している。 ……地味に嫌な集団攻撃ですね。 と、そんな光景を見ていたら自然と涙が止まっていることに気が付いた。 それを横目にニヤリと笑う彰衛門さんの顔にもだ。 みさお(……なんだ……) 結局はわたしのひとり相撲だったわけだ。 まったく馬鹿馬鹿しい、何を悩んでいたんだろう。 一緒に居てくれることなんて、 この世界までふたりを追いかけてきた時に解ってた筈なのに。 居場所なんて探す必要はないんだって、もうあの時に理解してた筈なのに。 わたしは何度同じことで悩めば気が済むんだろう。 悠介 「……落ち着いたか?」 みさお「あ……えと、はい」 俗に言うお姫様抱っこをされているわたしは、 わたしを見下ろすなんでもない顔にそっと体のこわばりを解いた。 自分では泣いている意識があったため、体はずっと震えたままだったから。 そして───言う必要はもう無いだろうと思ったけれど、 やっぱり言うことにしようと思った言葉をわたしは静かに呟いた。 悠介さんにしか聞こえないくらいの、本当に小さな声で。 みさお「あの……わたしの『拠り所』になってくれますか?」 それはとても小さな声だった。 けれど悠介さんはその言葉を確かに聞き、そしてきょとんとした顔でわたしを見た。 好きな人への告白とかそんな大層なものじゃないけど、 鏡を見ればきっとわたしは顔が赤いだろう。 そんなわたしの心境を知ってか知らずか悠介さんは小さく笑い、 そんなこと言われたのは二度目だと言った。 そして……嫌な顔ひとつせず、わたしを受け入れてくれた。 娘としてじゃなく、漠然とした『拠り所』として。 そしてわたしは思うのだ。 一番最初にそんなことを言ったのは誰だったのか、って。 そうしたら、案外簡単にその答えは出た。 浮かんだ顔は、大根おろし醤油が好きな女死神。 孤独に生きて、けれど悠介さんを拠り所にすることで元気になった死神さんだった。 みさお(……うん) 大丈夫。 わたしもきっと、今まで通り元気に生きていける。 わたしを抱きしめてくれているこの人は、そりゃあぶっきらぼうで不器用だけど、 孤独や苦しみや悲しみの辛さを知っている人だから。 辛いことがあれば不器用なりに慰めてくれるだろうし、 苛立った時は何も言わずにただ傍に居てくれるだろう。 だからもう泣くのはよそう。 わたしはこの人を拠り所にして、ゆっくりとこの時代に生きていけばいい。 父上や母上のことが吹っ切れるのかと訊かれれば…… 今なら、時間がなんとかしてくれそうだって言える気がする。 だったらそれでいい。 わたしはこれまで通り生きていこう。 刀なんかじゃなくて、簾翁みさおとして─── Next Menu back