───幸せの遊歩道───
【ケース95:弦月彰利/ツンツン頭の章】 ───俺達は春という季節の中に居た。 毎日はとても楽しくて、それが今まで通りの日常だということがひどく嬉しかった。 今まで通り───そう、親友と馬鹿をやりながら、 周りの人たちに妙なこと言われたりからかい返したり、そうして生きる毎日。 今感じている感情を幸せというのなら、俺は間違い無く幸せだった。 夜華 「卍・解!!」  コォッ───ガカァッッキィインッ!! 夜華 『“緋凰(ひおう)
───焔紅諡(ほむらぐし)”』 早いもので、既に卍解を修めた夜華さんは、 最初は嫌っていた死神という存在を完全に受け入れていた。 今まではそのために、あと一歩で至らなかった卍解。 それを為した今、そうなるのは確かに当然だったのかもしれない。 緋凰焔紅諡。それが夜華さんの卍解の名前だ。 春菜、聖、みさおも現在は卍解まであと一歩。 悠介に神魔の在り方を聞いてからというもの、みさおの伸びは随分と早くなった。 この中で一番苦労しているのはやはり聖だ。 死神の力を強化して解き放つというのに、それが聖なる属性のものなのだ。 当然、俺と同じような苦労の狭間で 自分の不甲斐なさに嘆いているのを見かけることがあった。 それでも同じく思うように卍解に進めないみさおとともに、日々鍛錬に励んでいる。 それを見た俺と悠介はここに来て初めて、 子を見守る親というものの気持ちを知ることが出来た気がした。 夜華 『───悠介殿、手合わせ願いたい』 悠介 「ああ。それじゃあリアナ、リオナとの魔法剣術、頑張れよ」 リアナ「はい」 リオナ「どうにでもなる。───いや、どうにでもする。案ずるな」 リオナ嬢にリアナ嬢は現在、 リアナ嬢が両手に持つ剣にそれぞれ別の魔術をエンチャントして戦う戦法を研究中だ。 剣の双方がともに親から残されたものであり、 長い時が流れればところどころにボロも出る。 ある日の鍛錬中に悠介に攻撃を止められ、 それを指摘された際のリアナ嬢の表情は辛そうなものだった。 そこで悠介は以前俺がドワーフのおっちゃんに言伝を頼まれていたことを思い出し、 会いに行くついでに二本の剣を鍛え直してもらったのだ。 そして───その二本の剣が、エンチャントブレード───即ち、 魔術などの力を封じ込めることの出来る剣だと知った。 それからのリアナ嬢とリオナ嬢は、 以前より気になっていたらしい『技』についてを悠介に提案する。 それからはまた修行の毎日だ。 エンチャントした異なる魔術を反発させることで、 爆発的な威力を繰り出す魔術剣技───になる予定らしい。 以前黄昏の一角で大爆発が起こったが、 それに関係あるかは虚無の彼方に捨てようと思う。 夜華 『紅葉刀閃流、篠瀬夜華───参ります』 悠介 「創造者晦悠介───行くぞ」 悠介はリアナ嬢やリオナ嬢に引っ切り無しに教えを乞われる上、 ルナっちの献立を考えたり自分の鍛錬をしたりで休む暇が無い。 時折黄昏の一角でぐったりと寝ているところを見るくらいだ。 そんな彼でもてんで腕が鈍ることもなく─── 悠介 「───風を自分で発生させて、流れを完全に読んでの高速移動。     さらに風に邪魔されて、相手は思うように動けない───厄介な能力だな。     気配も風に消されてて解らないし、足音も聞こえない。───でも甘い」 コパァンッ!! 夜華 『はうっ!?』 姿がまったく見えなかった夜華さんの頭にハリセンが叩き込まれた状態で、 消えていた姿がパッと現れる。 悠介 「相手が風の動きや自然の声を聞こえる状態なら、     翻弄する前に攻撃した方がいいな」 夜華 『うぐ……っ!不覚……』 彰利 「……ふむ」 でもなんだろう。 やっぱり妻と意識したからだろうか、こうあっさりと捉えられると悔しい気もした。 改めてそう感じてみると、俺の感情も随分成長したもんだって笑えた。 でも悔しいのも事実だから、俺はちょっと反則技を使うことにした。 彰利 「は〜るなっ♪」 春菜 「はぁ……はぁっ……て、え?なに……?」 彰利 「チェストォーーーッ!!」 春菜が屈服させようと頑張っている死神を無理矢理引きずり出し、 死神王の威圧で擬似的に屈服状態にすると、無理矢理春菜の鎌弓に叩き込んだ。 すると───バギィンッ!!という音ともに、春菜の弓の形状が変化した。 春菜 『え……えぇ!?』 彰利 「ハイ卍解完了!!夜華さんと力を合わせて悠介を倒すのです!!」 春菜 『……こ、こんな簡単に出来るものなの……?』 彰利 「擬似的ですから、一度やると抗体が出来て二回目からはダメになるけどね。     でも感覚は忘れんこと。それだけでも屈服させる参考にはなるから」 春菜 『う、うん解った。ありがとうね、アッくん』 彰利 「お礼はいいから悠介に傷ひとつでも負わせるのです!     我ら家族の威信にかけて!!無傷なんて許せません!!」 春菜 『え?───あ、あははははっ!!うん解った!覚悟してね悠介くん!!』 心底嬉しそうな顔で春菜が駆けてゆく。 夜華さんを後方支援するカタチで弦を引き、光の矢を放つ。 が、その矢はただ放たれただけではなく、 放たれた刹那に極光を放つ七つの矢となって悠介を襲った。 そのひとつひとつの威力は───間違い無く、 悠介の光の武具であるロンギヌスくらいのものだった。 悠介 「んー……“鏡面にて弾く石眼の盾(イージス)”」 けどまあ、ミルハザードのレーザーさえ弾く悠介のイージスの前には容易く弾かれる。 このままではいかん。 彰利 「よし!次はキミだ聖!」 聖  「〜〜〜っ……!!」 彰利 「あの……聖さん?いい加減俺を見て真っ赤になるのはやめてほしいんだけど」 聖  「し、知らないっ!パパなんて知らない!!」 彰利 「知れ!」 無茶なことを言って聖の中から死神を引っ張り出し、 またもや擬似的に屈服させて鎌へと押し込んだ。 すると聖の鎌は姿を変え───……見覚えのある鎌へと変化した。 聖  『あ……あぁあぅう……』 それを自覚したのか、とても恥ずかしそうな聖。 これ、思いっきり俺がコピーしたディザスティングヴァニッシャーと同じ卍解じゃん……。 彰利 「フッ……口ではなんと言っても、やはりじいやめを思っていてくれたのか……」 聖  『うぅうううう……!!』 彰利 「あいや結構!では聖さん!悠介の力自体を鎮めるのです!!     さすれば戦いにはなる筈です!!」 聖  『うぅう……』 彰利 「聖や……?お主はじいやの自慢の娘じゃ。頑張ればきっと出来るよ」 聖  『う───〜〜〜っ……う、うん!わたしパパのために頑張る!!』 聖が駆けていった。 ウィ、僕は幸せです。 早速悠介の力を低下させてくれたようだし。 悠介 「───とわっ!?ちょ、待て!それは反則だろ!!」 聖  『知らないっ!わたしはパパのために頑張るだけだもん!!』 悠介 「くっは……!この子馬鹿め!!」 聖  『ばっ……馬鹿じゃないもん!!馬鹿って言うほうが馬鹿だもん!!』 悠介 「馬鹿とはなんだこの野郎!!」 聖  『パパの真似しないで!!』 悠介 「ばかっ!これは彰利の真似じゃなくてマルボロの真似だ!!」 やがて始まる論争と戦争。 全体的な力が低下した悠介は、 夜華さんに刀を振られ、春菜に射られ、聖に能力低下を続けられて擽ったそうに笑ってる。 ……いや、なんで笑うんだ?もしかして楽しんでる? これはいかん。 彰利 「みさおさぁん?あなたまぁだ始解から脱していないのぉ?」 みさお「ほっといてください……」 彰利 「いい加減目覚めなさぁい?あなただけが卍解に至ってないのよぉぅ?」 みさお「それを言ったら、ルナさんや粉雪さんだってそうじゃないですか……」 彰利 「あら……あなたには言ってなかったかしら。     粉雪はね、成長型の鎌───いいえ、目だから、始解も卍解も無いのよぉ?     自分だけ始解卍解が無いのは寂しいだろうと『始解に至った』と言ったけれど、     彼女とあなたは全く別なの。解った?だったらいい加減目覚めなさい?」 みさお「うぐ……じゃあルナさんは……?」 彰利 「彼女は百貫デヴ状態だからどうしようもないわねぇ。     そんな状態の彼女たちと自分を比べるなんて、恥ずかしいと思わないのぉ?」 みさお「う……で、でもっ───!!」 彰利 「いい加減目覚めなさい。     何百年も刀の中に居て、その刀自身の力を理解出来なくてどうするの?     あなたがそんなことだから───あれ?」 みさお「っ〜〜〜……親になってくれるって……     傍に居てくれるって言ったことを裏返した人に……     頑張って上手く出来たのに褒めてもくれない人に……!!     そんなこと言われたくありません!!」 ギガシャゴコォッフィィイインッ!!! 彰利 「ア───」 その時の俺の心境を誰が知ろう。 俺が何かしらの手を加えるまでもなく、 キレた彼女は自分の中の神魔を屈服させちまったのです。 冥月刀だったそれは細くなった月を思わせ、息を呑むほどの力を発揮しています。 僕を睨む紅蓮の瞳と目つきは、既に穏やかだったみさおのものではなく─── そう、どちらかといえば“冥界の月の具現”を思わせるような目つき。 “屠神冥月”の名に相応しい、とても冷たい瞳でした。 冥月 『……わたし。聖ちゃんが悠介さんのことを嫌いなように、     もう彰衛門さんのことなんか好きでもなんでもありません』 彰利 「あ、あいやー……そうなの?」 冥月 『彰衛門さんの家族が悠介さんを襲ってるなら、     悠介さんの家族であるわたしが彰衛門さんを狙うのは当然ですよね?     ……言っておきますけど。冥界側の力を持つ彰衛門さんが、     “冥界の月”であるわたしに勝てるなんて思わないでくださいね?』 彰利 「フ、フフフ……こ、小娘がなんばぬしゃあっとやぁ〜〜〜っ!!     俺は死神側の力というよりは黒を行使して戦っとんのじゃ〜〜〜っ!!     だから俺が負ける要素など皆無!!」 冥月 『……そうですね。勝てるなんて思わないでくださいなんて、     自信過剰者が言う言葉です。     悠介さんの家族なら、こんなことを言っちゃいけませんよね』 彰利 「その通りだ!!」 冥月 『だからお報せだけ。彰衛門さんの黒は鎌による力が大体ですよね。     鎌が死神側の力である限り、わたしは抑制することが出来ますけど』 彰利 「あ」 そうです、僕は彼女の鎌の能力を知りません。 けれど、今言った言葉が真実ならば、鎌の力は一切使用不能? 冥月 『鎌───冥月刀から聞こえてきた声は三つです。     ひとつ。神、死神の力の抑制と爆発的向上。     ふたつ。全月操力が体に張り巡らされた状態。     つまり傷はすぐに癒えるし転移も即座に出来るし、     体と魂が残っていれば、死んでもすぐに復活出来ます。     みっつ。力が無限汲々されます。疲れることなんて無いんです』 彰利 「フッ……だがキミは大きな間違いをしてるぜ?     得物を見せた状態ってことは、俺がコピーすることも出来るってことさね」 冥月 『神、死神、奇跡の魔法のみっつの要素が無ければ体が崩壊すると思いますけど。     それでもコピーしますか?』 彰利 「やめときます」 奇跡の魔法が条件に出てちゃあ俺ゃなんも出来んよ。 冥月 『とにかくです。わたしは日頃の鬱憤を彰衛門さんで晴らさせてもらいます。     いっつも人のことをからかったり馬鹿にした罰です。     確かにわたしは子供ですし、こんな風に偉ぶるのは好きじゃありませんけど。     だけど子供にだって感情があるし、発言権もあるんです。     それを頭っから否定して真似事ばっかりされたら、いくらわたしだって怒ります』 彰利 「む……」 至極もっともな意見だ。 これは全身全霊で受け止めてやったほうがいいでしょう。 彰利 「OKだ少女よ。ならば私も、全力でお相手しよう。     闇黒の影さん、目覚めなさい!“影鎌繰り殺ぐ闇黒の秩序(アンリミテッドブラックオーダー)”!!」 卍解を解放すると同時に、僕の体を黒と影と闇が包み─── 冥月 『ですから。させませんってば』 カタチを変えた冥月刀が輝くと、卍解の効果が掻き消されました。 彰利 「あ、あれ?」 ちょっと待ってセニョリータ。 これって…… 冥月 『親の任から外れるなら、それ相応の文句をその身に受け取ってもらいますからね。     たぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っぷりと』 彰利 「ア、アワワ……ギャワァアアーーーーーーーーッ!!!!!」 ……その日。 僕は生身の体で“冥界の月”と戦うハメになりました。 その強さはハンパではなく、“神魔”の力をナメていたことを深く後悔しました。 月操力も力が向上すればハンパじゃない力を発揮するんだなぁと確認。 だってさ、月操力を身に宿したみさおさんには、 生半可な攻撃もそれ以上の攻撃も通用しねぇんだもん。 そもそも死神化が出来ないんじゃあ、 僕はただの戦闘のための筋肉が発達したあんちゃんです。 当然ボコボコにされました。 次元斬の剣閃をガトリング砲のように放ってくるわ、捉えたと思ったら幻だったりするわ、 いつの間にか後ろに転移されてるわ───もう本当に勘弁してほしかった。 ちょこまか逃げ出したらホーミング性の雷光閃を撃ってきたり、 黄昏の中に居るならとイメージを弾かせて “カッチン鉱”でみさおさんを閉じ込めてみれば、 フルブレイクで辺り一面ごと消滅させやがりましたし。 だってのに全然消費してないんです。僕はもう泣きたくなりました。 そしてその上に散々ボコボコにされたのち、散々文句を言われました。 ボコボコにされた件はどうかと思いますが、 この文句はしっかり受け取らねばと一字一句逃さず聞きました。 そんな文句を言う中で、終いにゃ泣き出してしまったみさおさん。 僕はそんなみさおさんをやさしく抱きとめると、 タワーブリッジに移行して仕返しをしました。 もちろんその後、再びボコボコにされましたが。 ……ここに。死神最大の天敵が誕生しました。 その名は屠神冥月さん。 “冥界の月”の名を冠した彼女は、何処でどう間違ったのか死神達の天敵になりました。 【ケース96:晦悠介/モミアゲの章】 弱体化させられながら戦い、 しかし離れた場所で神魔の気配を感じるとともに増幅された力を以って、 篠瀬たちを打ち負かしたあの日から数日。 みさおが卍解に至ったからかどうかは知らないが、彰利はみさおに小言を言わなくなった。 小言といっても『女王の教室』を真似たアレのことであって、 普通にからかったりすることは今でもやっている。 みさおもみさおで彰利に言いたいことはハッキリと言うようになったし、 だからといって聖との仲が悪くなったわけでもない。 もし親を嫌うことが原因で仲違いをするのなら、 聖が俺を嫌っている時点でアウトだった筈だ。 彰利 「ようするにさ。悠介もカッコヨク『卍・解!』って叫んでみりゃいいのよ」 悠介 「なんでいきなりそんな話になるのかは知らんが、     格好の良さなんてどうでもいいだろ」 彰利 「いやいや、男として格好良さは必要デショ」 悠介 「俺はこのままでいいよ。卍解がどうとかは意識してない」 彰利 「…………もしかして神魔の皆様って卍解って言葉嫌い?」 悠介 「だから、なんでも好きとか嫌いとかこじつけるな。     言いたくないってことと嫌いは違うだろうが」 彰利 「グ、グウム」 まあなんにせよ相変わらずの日常。 ひたすらに普通に生きて、人間関係の中で苦笑したり呆れたりしている。 それでも人間、本気で笑える時間があれば案外やっていけるもんだ。 中井出「…………肉じゃがコワイ……女コワイ……」 悠介 「っと、中井出〜?」 中井出「ヒィイイイイッ!!!ごめんなさいごめんなさい!!     僕肉じゃが嫌いなんです!!本当です!!     許してください勘弁してください!!」 悠介 「───……あ〜……」 彰利 「こりゃあもう大変ですな。というわけで春と言えばピクニック!!     春の陽気を噛み締めながら、ざっくばらんに行こうぜぇっ!!」 悠介 「いや……なぁ彰利?この庭園での生活が続くと、     ピクニックって物凄く有り難味が無い気がするんだが」 彰利 「あ……やっぱり?でも放心状態の中井出のキツケにはなるんでないかい?」 悠介 「……まあ、さすがにこの状態のまま放置するのは気の毒すぎるな。     解った、じゃあとりあえず中井出の中から人肉肉じゃがのことを消滅させよう。     そうすれば、ただ肉じゃがを食わされるだけで済む」 彰利 「……遊んでる?」 悠介 「馬鹿、友人で遊ばない馬鹿が何処に居る。それにこれは人助けだろ」 彰利 「よし乗った!!」 まあ、いろいろあるけど───とりあえず一言。 俺達は、今を全力で楽しんでいる。 ───……。 ……。 中井出  「マイネ〜ムイズ───ナカイデ!!」 悠介&彰利『外人になってるーーーーーっ!!!』 実験は失敗に終わった───なんてことはない。 ただ悪戯してみただけだ。 中井出「───はっ!?こ、ここはどこ?僕は誰?     ……ん?あ、どうも───え?なに?」 彰利 「アァンソニィイイイーーーーーーッ!!!!」 メゴロシャァアアアアッ!!!!! 中井出「ぶるうぇあぁあああああああっ!!!!」 彰利 「ど、どうだ!?正気に戻ったか!?」 中井出が宙に舞った───ってしまった。 外人ネタは一発的な冗談だってこと、彰利に言ってないぞ俺。 中井出「わがががが……」 彰利 「どしたね!?ん!?正気かね!?ん!?ね!?はい!ね!?」 中井出「な、なにすんだよいきなり!!」 彰利 「───おお!復活したぞ悠介くん!キツケは成功だ!!」 悠介 「………」 中井出の頬に残る殴痕が気の毒なほど痛々しい。 まあそれは置いておくとして。 悠介 「中井出、涼香って知ってるか?」 中井出「……?誰それ」 彰利 「よっしゃ!我らがジャスティス!!」 正義は関係ない。 悠介 「とりあえずこれで心配は無くなった、と。     ところで中井出よ、肉じゃがは好きか?」 中井出「さあ。元々親がちっせぇ頃に死んでたからさ、母の味ってのも知らんし」 彰利 「よし。それもOKと」 中井出「……?さっきからなんなんだよ」 彰利 「秘密さ。とりあえず腹は空かせててOKだ。夜食を届ける」 中井出「ますます話が見えんが。なんで昼間っから夜食の話が出てくるんだ?」 彰利 「秘密さ。というわけで貴様の分のメシは無しだ」 中井出「なんかのイジメかそれは!!」 彰利 「いえいえワタクシ少々違ってございます!とどのつまりは今日この日から、     キミのところにおなごが夜食を持っていきますから。キミの食事はそれだけ」 中井出「……激ヴスが現れるってオチだろ」 彰利 「顔自体はそう悪くないよ?体格も普通だし。ただ肉じゃがしか作れないだけ」 中井出「なんだそりゃ……」 悠介 「じゃあ俺はルナのメシ作るから。お前らはどうする?」 彰利 「あ、悪い悠介。粉雪の分も作っといてくれるか?     俺ちょほいとリヴァっちに頼まれごとされててさ」 悠介 「そか。中井出はどうする?」 中井出「妊娠してるふたりが口揃えて『退屈だ』って言うから、     お前らの歴史と我ら原中の歴史を映像編集したものを放映する」 悠介 「……妙なものはカットしてあるんだろうな」 中井出「いや、カット無しだ。ゲームも映像も漫画も、そっちの方が楽しめるんだぞ」 彰利 「て、提督?せめてロビン系統は削っといてくれんかね?」 中井出「いやだぁ」 彰利 (健に似てる……!) ……まあ、今さら自分が仕出かしたことを後悔しても遅いものは遅い。 どうにでもなれだ。 それに、相手がルナなら今さらだ。 彰利 「ほいじゃあ解散ね。夜までには帰ってくっから。今日俺晩飯当番だったよね?」 悠介 「ああ。空界の材料でカレーライス作るんだろ?」 中井出「この前みたいに“ガリーライス”にならないことを祈るよ」 彰利 「あれはあれで珍味だったと思うんだけどね」 みさお「悠介さん悠介さん、料理教えてくれませんか?」 悠介 「ああいいぞ。じゃあ手伝ってもらいながら少しずつ飲み込んでいこうな」 みさお「はいっ」 彰利 「あ〜……オイラも教えましょうか?」 みさお「いりません」 彰利 「ま、まあそげなこと言わんと───」 みさお「ふかーーーーっ!!!!」 彰利 「おお……威嚇された」 悠介 「こ〜ら、威嚇してないで行くぞみさお。時間に遅れると五月蝿いんだ、あいつら」 みさお「がるるるる……!!」 彰利 「ィヤッハ……嫌われたもんですなぁ〜」 嫌いだ、と宣言して以来、みさおの彰利嫌いは相当なものだ。 代わりに俺に酷く懐き、やっぱりしがみつかれたりしている。 ソレが結構堪えてるのか、彰利は結構寂しそうにしている。 自業自得だから仲を取り持つなんてことはしないが。 俺はみさおを肩に乗せると中井出と彰利に適当な言葉を言って料理場に向かった。 さて───昼はどんなものにするか─── ───……。 ……。 悠介 「ルナ、日余、昼食持ってきたぞー」 そうして出来たのは、やっぱり軽いものだった。 油分の多くないあっさりしたものを選び、一日三食ではなく五・六食にしている。 といっても量はそのままってわけではなく、 回数が増える分、一食の量は控えめなものだ。 ルナ 「うー、今あまり食欲無いんだけど……」 悠介 「ダメだ食え。食わないとイモ子を送り込むぞ」 ルナ 「ひきっ!?……た、食べるね?」 悠介 「よし」 中井出の武勇伝……といったら明らかに誤解されるが、 ともかく中井出が毎夜毎夜襲われていることはルナも日余も知っている。 だからこそ、言うこと聞かない悪い子は夜中迎えに来るんだよと脅してある。 迎えるどころか、肉じゃがを食わせてくるわけだが。 俺の家にも一度訪れたが、霊能パンチ一発で退散した。 その後、すぐに中井出が住む方向から絶叫が響いたが、もちろん無視して寝た。 ……案外、ルナと日余に見せる映像にカットが入らなかったのは、 彼なりの仕返しなのかもしれない。 見られてそこまで困るというものが彰利ほどには無いから俺は構わないが。 粉雪 「あ、晦くん。……彰利は?」 悠介 「あいつならリヴァイアに頼まれたことってのを片付けるために出かけたぞ。     で、代わりに俺が料理を作った。日余は薄味が好みでよかったんだよな?」 粉雪 「うん、ありがと」 鍋ごと持ってきた澄まし汁をおたまで掬い、椀に注ぐ。 それと各自に小さな弁当を渡すと、ふたりの調子を分析して安堵の溜め息を吐く。 死神が産気づくまでどれくらいかかるかなんて知らないが、 少なくとも未来の地界で深冬を身ごもった時は、お産までは相当かかった。 人間の場合は五・六ヶ月だとか聞くが、ルナは七ヶ月以上かかった筈だ。 恐らく人とは違い、『子を産む』ように創られていないからだろう。 母胎での子供の成長が、人間のそれよりも遅いのだ。 ……この調子でいくと、産まれるのは夏か。遅ければ秋になる。 日余はどうか解らないが、少なくともルナの方がこの春に子を産むことは無いだろう。 ルナ 「食欲が無いのに、この澄まし汁飲むと体が食べ物を欲するんだよね……不思議」 悠介 「日本料理の始めは汁物からだろ。     それで如何に相手の食欲を誘発させるかが調理者の腕の見せ所だ。     最初に出した汁物が不味かったら食欲なんて出ないだろ」 粉雪 「ん、そうだね」 悠介 「彰利も言ってたけど、ラーメンだって同じだ。     最初にスープ飲んだのに、     そのスープが不味いとすぐに『ハズレの店だ』って落胆するだろ。     まあ中にはスープが美味いのに麺がダメってのはあるけど」 粉雪 「晦くんもラーメンとか食べるんだ」 悠介 「……日余。お前は人をなんだと……」 粉雪 「や、だって晦くんって日本料理しか食べないって印象があるし」 悠介 「どういう印象だ、それ」 苦笑するしかなかった。 なにせ、隣のベッドに居るルナがうんうんと頷いている。 悠介 「まあいいか。それで───何かリクエストはあるか?     三時間後にまたメシを作るけど」 ルナ 「酸っぱいものが食べたい〜」 悠介 「……基本に忠実な言葉をどうも。酢漬けニンニクでいいか?」 ルナ 「ニンニクは……やー……」 悠介 「お前は……。こんな時くらい甘えろって言ったのは俺だけどな、     どうしてそう『これだ』ってものが無いんだ。     漠然と酸っぱいものって言われたって困るだろ」 ルナ 「うー、じゃあ酢だこさん太郎……」 悠介 「……どうしてそこでそう、一部でマニアックな食べ物が出てくるんだ……」 大体あれは妊婦食には向かん。 ルナ 「酸っぱいもの食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい〜……」 悠介 「はぁ……ったく、一度ごね出すと止まらないのは未来のままか。     ほら、これでも飲め。日余も」 粉雪 「わたしも?」 ルナ 「?」 ルナと日余に飲み物をふたつ渡す。 タンプラーに注がれたそれは無色透明。 パッと見ればただの水に見えるだろう。 事実匂いもしないから、嗅いでみたところで解らない。 ふたりは恐る恐る口を近づけ、それを飲んだ。 すると─── ルナ 「───……あ、ああっ!これ!これだよゆーすけ!!」 粉雪 「わっ……!す、すごい!なんか体が欲しいって言ってたものが満たされる感じ!」 悠介 「そうなるように創造した飲み物だ。     けど飲みすぎるとこれ以外欲しくなくなるから今日だけだぞ」 ルナ 「けちー」 粉雪 「ケチー」 悠介 「やーかーまーしい。いいからのんびりしてろ。     今日は中井出が映像見せてくれるらしいから」 ルナ 「あ、そうなんだ。ゆーすけは?」 悠介 「俺は地界に行って、住む場所の手配でもしてくるよ。     深冬を地界で育てるなら、住む場所が必要だろ?」 粉雪 「うーん……ねぇ晦くん?神社出て本当に良かったの?」 悠介 「何度でも断言しよう。後悔無し。まあ住む場所は適当に検討してみるさ。     だから別に心配とかは要らないよ。     ……ようやくここから、しがらみから外れた自分の人生を生きれるんだ。     両親を殺されて十六夜に拾われて、晦に拾われて相続権を押し付けられて。     そんな『用意されたレール』からようやく外れることが出来た。     ははっ、喜ぶなって言われるより後悔しろって言われるのが無茶な話だよ」 粉雪 「でも今まで一緒だった家族と縁を切るのって辛くなかった?」 悠介 「彰利にも言ったけど、俺が切ったのは『神社との縁』だ。     あの家に住むやつらが『守りたい対象』であることは変わってないよ」 粉雪 「そうなんだ……あ、じゃあ神社は誰が継ぐことになるのかな」 悠介 「晦神社は代々男が継ぐらしい。だから誰かが婿を取るか、それとも───ゼノ?」 粉雪 「あー……じゃあ候補的には水穂ちゃんなのかな」 悠介 「色恋沙汰は今もよく解ってないから俺からはなんとも言えないな。     けどそういうこと自体を否定する気もない。いいんじゃないか?」 粉雪 「わー、ぶっきらぼう」 ルナ 「さすが、ホモっちにぶっきらヴォーノとか言われてるだけはあるね」 悠介 「やかましい」 喋りながらも食べ終えた弁当箱と椀を盆に乗せる。 悠介 「というか……なぁルナ?いい加減彰利をホモっち呼ばわりするのはやめないか?」 ルナ 「え?でもしっくりくるっていうか、慣れちゃったし」 悠介 「ホモっぽいところなんてもう全然無いだろ」 ルナ 「でも今さら変えるのも……」 悠介 「了承せんのなら俺と彰利はキサマを空き缶と呼ぶ」 ルナ 「空き缶じゃないってば!!ていうかいきなり脅迫なんかずっこいわよぅー!」 悠介 「ええいやかましい、いいから呼び方のほうは考えておけ」 ルナ 「アッキーとか?」 悠介 「アッキーマウスを思い出すから却下」 ルナ 「トンガリとか?」 悠介 「キテレツ大百科かよ……」 どうにもしっくりする名前が浮かばないらしい。 そらそうか、随分前から『ホモっち』で定着してるんだ。 定着したものを修正するってのは相当大変なことだろう。 悠介 「……まあ、いいか。彰利自体呼ばれ慣れてるだろうし。     変わりになんて呼ばれても文句言えないぞ、お前」 ルナ 「空き缶以外ならもうなんでもいいよ……」 悠介 「そうか。それじゃあお前は今から“お月さん”だ」 ルナ 「ごめんなさい……やっぱりそれもヤ……」 悠介 「わがまま言うな、馬鹿者」 閏璃もルナに相当ダメージを与えたからなぁ。 『お月さん』も、あいつがルナに言った名前だし。 ルナ 「これって我が儘かなぁ」 悠介 「いーから。編み物でもしてみるか?雰囲気出るぞ」 ルナ 「いー……わたしあれ苦手……」 悠介 「素直に手先が不器用って言ったらどうだ?」 ルナ 「うぐ……わ、解った。やるよ?やるもん」 悠介 「よし、じゃあこれが毛糸と編み棒な」 ヒョイと創造した毛糸と編み棒を渡し、ポムと頭を撫でる。 頑張れ、の意味を込めたものだ。 ルナ 「えと……ゆーすけ?」 悠介 「ん?なんだ?」 ルナ 「……あはは……あぁ……えっと。どうやって編むのかな」 悠介 「………」 手先云々以前の問題だった。 ───……。 ……。 編み物の講師を日余に任せて地界に来た俺は、住み易い場所を探して歩き始めた。 悠介 「アパート───はダメだな、やかましいのが常である俺達じゃあ、     多分三日と経たずに隣部屋あたりから苦情が来そうだ」 そんな行為が随分と現実味を帯びていて、なんだか物凄くヘンテコな気分になった。 そらそうだ、いままで空界で死闘繰り広げたりの非日常を歩んできたんだ。 いきなり住む家がどうので悩むなんて、 物凄く馬鹿馬鹿しいというか嫌なくらいに現実的だ。 悠介 「広い土地を買うのが一番なんだろうけどな。     そんな場所が都合よくあるかどうか───って、あったな」 盲点だ。 未来で起きた出来事を辿ってみれば、案外楽なものだった。 俺は場所を鮮明に思い出してから、走りだした。 それはもう、視覚に映らないほどの速さで。 ───……。 そして辿り着いたのは昂風街の外れにある豪邸、蒼空院邸。 ここに来るのも随分と懐かしい。 悠介 「えっと……」 さてどうするか。 未来の方ではちょっとした出来事で知り合うことが出来た蒼空院氏だが、 今こうして正面から入っていっても応対してくれるかどうか。 べつに気難しい人ってわけじゃない。むしろとてもやさしく温和な人だ。 でもいきなり『ここに住まわせてくれ』なんて言って─── 了承しそうだから怖いんだよな、久義さんは。 いや、それを言うなら櫻子さんの方が怖いか? 声  「───あら」 悠介 「───!!」《ビクゥッ!》 体中が危険信号を発した。 もはや忘れることなどあろう筈もないあの人の声。 硬直した体を案じるように首だけ動かして振り向くと、案の定─── 櫻子 「あらあらあらあら?あなた……もしかしてお客さま?そうね?そうなのね?」 ……元気なおばあさま、蒼空院櫻子(せいくういんさくらこ)さんが居た。 この時代で会う……いや、遭うのは初めてだが、未来では随分と深冬がお世話になった。 性格:元気だけど寂しがり屋 特技:人をお茶に誘うこと(俺は一度も逃げられた経験無し) 趣味:薙刀を教えている。家の中にあった門下生名簿に閏璃雪奈という名前があった。 好きなもの:ティータイム、子供、お客様。 嫌いなもの:お茶のお誘いを意地でも断る人。 ───という、本当に元気な人。 目さえ合えば、誰でも友達になった気でお茶に誘う凄まじい人だ。 そもそも蒼空院の家と関係を持つことになったのも、この人が引き金だったわけだし。 信じられるだろうか。 神社の境内を掃除していたらそこに櫻子さんが来て、 お参りし終わったと思ったら偶然目が合った俺をお茶に誘ってきたのだ。 しかも強引にだ。この人のお茶のお誘いは本当に凄まじい。 逃走方法は“走って逃げる”だが、 このおばあさまは足が速く、よほど足に自信がある者でなければ到底逃げ切れない。 櫻子 「さあさ、なにはともあれ入ってくださいな。今美味しいお茶を用意するからねぇ」 にこりとシワを動かしながら笑う櫻子さん。 ほんと、こういうところも未来で見たままだ。 悠介 「…………」 …………。 って!なに俺案内されるままに庭の椅子に腰掛けてんだ!? いかん!またいつもの櫻子さんのペースに飲まれてる!! このままじゃあ未来の蒸し返しだ!やっぱりここはちゃんと話し合って─── 櫻子 「紅茶に合わせるお菓子は“小樽濁し”の新作を試してみようと思うのだけれど」 悠介 「是非」 もう戻れなかった。 ───……。 ……。 櫻子 「へえ……そうなの。家を探していたの」 悠介 「ええ、まあ」 小樽濁しの新作と鼻腔を擽る紅茶をすすりながら、マフゥと息を吐いた。 どれも口当たりがよく、和菓子と紅茶の意外な組み合わせに驚いたりしている。 紅茶に含まれた甘みと微量の渋みが、この和菓子には丁度よかった。 こういう新しい味と組み合わせを見つけるのが得意なのも変わらないらしい。 櫻子 「この家を見ていたのは『こんな家に住めたら』、とか思っていたから?」 悠介 「多分」 穏やかに笑うこの人は、人の心が読めるんじゃないかってくらいに鋭い。 そして人の感情に随分と敏感なのだ。 落ち込んでいる人が居れば無理矢理お茶に誘うし、 元気な人が居ればお茶に誘って賑やかに過ごすし。 薙刀の名手だから、相手がヤクゥザでも困ること無しだし。 さすがにチャカは苦手だろうが。 櫻子 「そう。じゃあここに住む?」 悠介 「ぶっ!?」 櫻子 「ひょいとな」 突然のあっさりとした申し出に、口に含んだばかりの紅茶を吐き出してしまった。 しかしそれを予測していたのか、櫻子さんはあっさりとそれを躱す。 いやそんなことよりっ……!! 悠介 「さ、櫻子さんっ!いきなりなに言い出すんだよ!」 櫻子 「あら?わたしあなたに名乗ったかしら」 悠介 「ぐはっ……!!」 まずい、未来のクセで……! 櫻子 「……なんてね。解っているわ、晦悠介くん。だからこそお茶に誘ったわけだし」 悠介 「へ?……って、まさか───」 櫻子 「空に浮かぶ映像を見たわ。不思議だったけど、簡単に受け入れられた」 ……やっぱり。 この人のことだ、人のことを疑う以前になんでも信用しちまう。 それくらい、櫻子さんの性格を知ってるなら予想できた筈なのに……アホゥか俺は。 櫻子 「未来のわたしがお世話になったわ。でも、未来は未来、現代は現代よ。     わたしはあなたたち月の家系に嫌悪なんて感じないし、     理解者になれればいいと思ってる。……ああ、紅茶のお代わりはどう?」 悠介 「……もらう」 櫻子 「ふふっ、はいはい」 シワを柔らかく歪ませながら、櫻子さんがお代わりをくれる。 なみなみと注がれた紅茶を和菓子と一緒に含み、味わいながら飲み下して一息。 悠介 「でも……いいのか?     未来でもそうだったけど、久義さんとふたりで暮らしてるんだろ?」 櫻子 「これで断ったらあの人を摂関するわよ。     あなたは何も遠慮することなんて無いわ。     無駄に広いんだから、うるさいくらいの方が丁度いいのよ」 悠介 「………」 櫻子 「それとも。家族を作るのは怖い?」 悠介 「いや───……いや。怖くはないよ。     実際、未来の方で無理矢理櫻子さんに連れ去られた時、案外楽しかった」 櫻子 「未来のわたしと今のわたし、どちらが紅茶の腕がいいかしらね」 悠介 「ん……正直に言えば未来の方だな。あの味はちょっと難しい」 櫻子 「あらそう。よかったわ、未来のほうでも勉強は欠かしていなかったみたい」 悠介 「……うん、本当に美味かった」 櫻子 「………」 悠介 「………」 ……ふと訪れる沈黙。 嫌な空気は無いのだけれど、その場に吹く風は小さく紅茶を揺らした。 櫻子 「犯人はどうしたのかしらね」 悠介 「ん……交通事故で死んだって聞いてる。せめて仇くらいとりたかったんだけど」 櫻子 「いいのよ、気にしないで。深冬ちゃんだけでも無事だったんだから」 悠介 「………」 ───今から考えて数年後、蒼空院邸は強盗に襲われることとなる。 強盗は拳銃を持っていて、薙刀では敵わず、櫻子さんも久義さんも殺される。 でも……俺は知っている。 櫻子さんが本気でかかれば、拳銃を撃たれる前にきっと相手を叩きのめせた筈だった。 それが出来なかったのは───深冬を気遣うあまりだった。 櫻子さんは『気にしないで』と言う。 けれど、これが気にせずにいられるだろうか。 ずっと謝りたいと思ってた。 俺なんかに関わらなければって思ってた。 でも結局こうして自分で会いに来て───……いや、 会いに来たからこそ謝らなきゃいけないんだ。 悠介 「櫻子さん……ごめん。俺は───」 櫻子 「気にしないでと言ったでしょう?     未来のわたしも、深冬ちゃんを守れて満足だったと思うわ」 悠介 「けど……」 まだ幼すぎた深冬は、丸く屈んだ櫻子さんの下から発見された。 それだけで、どんな状況だったのかくらい解る。 櫻子さんはせめて深冬だけでもと盾になってくれたのだ。 息を引き取っても、ずっと……ずっと。 ───謝らないままでなんて居られる筈が無い。 悠介 「……ごめん、ごめんなさい」 櫻子 「……もう、いいって言っているのに……しょうがない子ねぇ……。     それじゃあこうしましょう。悠介さん?あなたにはまたここに住んでもらうわ。     もちろんここで子供を産んでもらって構わないし、     わたしたちが寿命で死んでからも使ってくれていい。     わたしたちは子宝に恵まれなかったから、     正直遺産のこととかも決めあぐねていたの」 悠介 「ちょ、待ってくれっ!住むか住まないかは別としても、遺産とかは困る!     やっと晦の親に押し付けられたものから抜け出せたんだ!     他のことならなんでもいいけど、遺産だのを譲るってのは無しにしてくれ!」 櫻子 「そう。じゃあ住んでくれるのね?」 悠介 「へ?……ぐあ」 ここまで来て、ハメられたことに気づいた。 櫻子 「働く気があるならそこから少しずつ家賃を払ってくれればいいわ。     どうせタダで住む気は無いのよね?」 悠介 「……おっしゃるとおりで……」 櫻子さんの『人を見る目』は超がつくほど凄まじい。 一緒にお茶を飲めば、もう相手のことを大体読んでしまうのだ。 加えて俺は“映像”を見られてる。 クセや行動パターンなどお見通しだろう。 ああ……また厄介な人に捕まったものだ……。 悠介 「あぁ……えっと。久義さんはどうしてるのかな」 櫻子 「あの人なら部屋でひとりチェスをやっているわね。     わたしはルールなんて知らないから、相手をしてやれないのだけれど」 悠介 「チェスか……チェスは俺も解らないな。将棋とかなら相手をしてやれるんだけど」 櫻子 「いいのよ、気にしなくて。わたしとしては家が賑やかになるだけで十分だわ。     それに───今のあなたなら、家のボディーガードにもなれるでしょう?」 悠介 「あ……はは、そうだな」 確かにそうだ。 今なら強盗が現れてもどうにでも出来る。 たとえ何かの間違いがあって再び櫻子さんが殺されてしまっても、 彰利が居る限りにはどう死んでも生き返らせることが出来るのだ。 たとえば……肉体から魂が離れて冥界に行ってしまっても デッドブレイカーで冥界から魂を引っ張り出して、 デスティニーブレイカーで『一時的にしか現世引っ張り出せない』という決まりごとを 破壊してしまえばあっさりと復活可能、と……。 ほんと、凄まじいヤツが親友だなとつくづく……って、 彰利にしてみれば俺も似たようなものなんだろうな。 悠介 「それじゃあ、……うん。ここに住まわせてもらっていいかな」 櫻子 「まあまあまあまあ、大歓迎よ。それじゃあ早速クッキーでも焼きましょう。     今日はお祝いね。あの人も呼んで、騒がなきゃ」 悠介 「あ、い、いや、そういうのはいいから……。こっちには妊婦も居るわけだし」 櫻子 「母胎に居る頃から賑やかなことを教えなきゃ、     生まれてからは暗い子になっちゃうのよ?そんなことじゃダメよ」 悠介 「………」 時々思うが、それは子宝に恵まれなかった人の言葉なんだろうか……。 櫻子 「それじゃあ早速」 悠介 「だぁっ!だからいいって!     か、家族になるっていうんならそれこそそんな気遣いは───」 櫻子 「あら。わたしは家族のためにお茶会を開くだけよ?気遣いなんて無いもの」 悠介 「ああもう……」 ダメだ。 やっぱりこの人には口では勝てない。 悠介 「解った、解りました。お茶会するなとは言わないから、せめて厳かに……」 櫻子 「ダメよ悠介さん。お茶会は賑やかでなくては意味が無いもの」 悠介 「………」 人の話は受け取らないのがこの人の特徴でもあったりする。 人を見る目がある分、 どれほどの無茶が通るのかも頭の中にインプットするのもこの人の特技だ。 俺は諦めて、招かれることにした。 ……まず、この屋敷全体の空気を浄化しよう。 それと、今の地界は空界より時の流れが早いだろうから───そうだな、 今のうちに適当な仕事でも見つけて……うん、建築だの土木系だのがいいな。 幸い、体力には呆れるほどの自信がある。 いやマテ、建築系は自然を破壊してからその場所に作ることもしばしば…… 自然の声が聞こえる俺にとって、それは正直辛いことだ。 よし建築系は放棄、と。 短時間で成果が出せるものなんてあっただろうか───やっぱり悪霊退散か? あとは旅のメシ屋とか。 ……よし、出来ることをとことんやってみよう。 こういうのも地界ならではだ、どんと来い。 悠介 「あぁ櫻子さん、俺ちょっと仕事探してくるからここらで失礼。     お茶会はまた今度、ルナとかと一緒に賑やかにやろう」 櫻子 「まあまあそうなの?だったらしっかりと探してきなさい」 悠介 「了解」 それだけ言うと駆け出した。 大丈夫、なんとかなる。 空界ならまだしも、地界でなら自信が持てそうだ。 今なら竜王たちに言われた言葉も実行出来そうな気がする。 俺はなんでも出来る───今だけは、その言葉を受け取ることにしよう。 ───……。 ……。 悠介 「というわけで。     調理師の免許と運転免許やらといったものとその他を手に入れてきた」 櫻子 「………」 さすがに驚いたらしかった。 悠介 「ああもちろん、試験会場にまっしぐらで一発合格してきたわけだから、     教習所には通ったりしてないわけだが。大丈夫だぞ、     以前クラスメイツが勉強してた教本の内容は頭に全部叩き込んであったから」 櫻子 「そ、そうなの……」 やっぱり驚いたらしかった。 悠介 「そんなわけで俺は旅のメシ屋になる。ひと稼ぎしてくるから、しばらく帰らない」 櫻子 「………」 櫻子さんは、既に見守る人の目になっていた。 ───……。 ……。 さてさて、こうして旅のメシ屋を開始したわけだが─── 悠介 「材料は創造するから材料費一切無し。     火も魔術か魔法か創造でどうにでもなるし、水も然り。     味も健康面も好きに変えられるから───」 うん、なんとかなりそうだ。 あとは、もし取材でも来たら意地でも断るのみだ。 全ての料理は五百円以下にして、誰でも気軽に食えるようにするとして─── 悠介 「こりゃ、彰利も呼んだ方がいいな。     俺は日本料理には自信があるが、それ以外はどうにも彰利以上に作れない」 大体にしてあいつも地界の金は必要な筈だ。 いくら自給自足で生きていくにしても限度ってものはある。 やはり多少なりとも金は必要になるわけだし───よし。 俺は一度頷くと彰利を召喚すべく、空界へと戻った。 【ケース97:晦悠介(再)/世界最強メシ屋伝説】 そんなこんなで彰利を連れて来た俺。 現在は自分で貯金しておいた金を全て引き出して購入した中古車、 超豪華怨霊付属大特典号を分析、書き換えてカタチを変え、旅の車メシ屋にしたところ。 もちろん創造した材料も腐るほど積んであるし、困ることなどなにひとつ無し。 彰利 「この場合、オイラも調理師の免許持っといた方がいいんかね」 悠介 「ん……そうだな。取りに行くか?」 彰利 「オウヨ!!」 そう元気に言って、免許を取ってきたのが昨日。 基本的に馬鹿だと思っていたこいつだが、こと料理に関しては頭が回る男だった。 しっかりと免許を手に入れた彰利は、俺が運転する車に乗り込むとケタケタと笑った。 悠介 「ん……そういやイモ子はどうした?」 彰利 「丁度夜だったからね。中井出のところに肉じゃが食わせにいったきりだぁね。     戻る場所が無くなったから、肉じゃが食わされまくってるかもしれない」 悠介 「そか」 ちなみにこの車の超豪華特典である怨霊様は、 死神王である彰利を見た途端にとんずらした。 やはり普通の霊にとって、死神は苦手な存在なんだろう。 彰利 「さて……じゃあメニューはどうすっか」 悠介 「風峰の喫茶店もどきでやったのと同じでいいだろ。     要望があれば仏跳牆でもなんでも来いだ」 彰利 「よっしゃ!腕が鳴るぜ〜〜っ!!」 彰利は腕を動かさず、そのままゴキベキと効果音だけを高鳴らせた。 腕の中でなにが起こってるのかは気にしたら負けなんだろう。 彰利 「あ、ちなみにさっき空界で、ミル・ゴーレムを右腕で食らってきたわけで」 悠介 「説明せんでいいっ!!」 どうやら鳴っている右腕ではゴーレムが咀嚼されているらしい。 ……というより噛み砕かれているらしい。 彰利 「でもさ、実際驚いたよ。ホントに“ミル”が強くなってんだわ。     モンスターが塵になると別のモンスターに強さが上乗せされるってホントなのね。     ミル・ゴーレム、結構硬かったよ」 と言う彰利の腕は、もう音を発していなかった。 既に食い終えたらしい。 悠介 「メルヘンには気を付けろよ?空界のモンスターと交わって生まれたメルヘンは、     もう神界の生き物じゃなくて空界の生き物だ。倒せば塵になるし、     ドラゴンとの間に生まれたヤツだったりしたら、別のヤツに移った時が厄介だ」 彰利 「ああ、そういやこの前久々に会いにいったらスッピーがそげなこと言ってたね。     空界産まれのメルヘンが塵になった場合、     どんなモンスターにでも塵が上乗せされるって。     事実───ホレ、前にヒュドラメルヘン居たじゃない?     阿修羅面(怒)が百本伸びてた、あの」 悠介 「あ〜あ、あのメルヘンは凄まじく笑ったな。腹よじれて戦いどころじゃなかった」 彰利 「アレの塵が混ざったのか、このゴーレムって物凄く強かったのね。     もう竜族もかくやってくらいの強さ。まあ食ったけどさ」 悠介 「ご馳走だったわけか」 彰利 「あとはヤマタノメルヘンか。アレの塵を受け取ったミル・ラットンが居てさ。     もう古代魔術使い放題よ。棒人間の集落が崩壊してたよ」 悠介 「古代魔術……っていうと、エクスカリバーとかか?」 彰利 「おろ?よく知ってんね」 悠介 「そりゃな……」 エクスカリバー自体が古代魔術だ。 それを、未熟な賢者の石を使用して ラットンから読み込んで自分の魔導魔術にしたのがイセリア。 それを、見ただけで真似てみせたのがベリーだ。 だから力を手に入れたラットンが使う古代魔術といったら、それしか思い浮かばなかった。 けど逆を言えば───いや、逆と言うのかは別にしても。 より高い分析能力さえあれば、 もっとラットンからは古代魔術が検索できるのかもしれない。 気にはなるけど、だからといって争いの力を求めるのもどんなものだろう。 ───などということを隣に座る親友に言ってみると、妙に納得したように頷いた。 彰利 「は〜ん?なるほど?つまりイセリッ子はラットンからヒントを得たと」 悠介 「そういうことになる」 彰利 「けどさ、もっと強い力を求めるってのはキミ、争いの力を求めるのとは訳が違う。     だってさ、キミが求める“力”ってのは『守るためのもの』じゃん」 悠介 「………」 意識してないから周りに馬鹿って言われるんだろうか。 今の今まで、自分の力の在り方を忘れてた。 悠介 「でもな、そこで納得してハイ分析ってわけにはいかないだろ。     それって、なんか物凄く軽い。そんなんじゃいつか志を忘れるよ」 彰利 「忘れたら俺が思い出させてやるけぇのぉ。     好きなだけ無茶やりなさいな。そのための馬鹿な親友だろうが」 悠介 「……はぁ、そうだな」 相変わらず楽観的な親友の存在に安堵する。 考えたって始まらないことは多々あるにせよ、 そんなことはいつだってこいつと解消してきた筈だ。 ほんと今さらだ、何を悩む必要があるのか───。 強い力だっていうなら、全てを分析して対処法を考える方がまだいいじゃないか。 そうすることが出来るなら、俺はきっと今以上にいろんなものを守っていける。 悠介 「よし。それじゃあひと稼ぎしたら空界のミル・ラットンを分析してみるか。     それから、古代魔術を行使しまくってるそいつは危険なので抹コロがし」 彰利 「抹殺って言やぁいいのに」 悠介 「殺すって言うよりはコロがすのほうが心に優しいと思うが。     そこのところは俺は『魁!クロマティ高校』に感謝してるぞ?」 彰利 「……キミが、アニメに対して感謝したのってこれが初めてな気がする」 悠介 「俺もそう思う」 ともあれ、広い場所に着くと用意をし、なんの躊躇も無く行動開始。 彰利 「ここでやるん?」 悠介 「ん、ホレ。営業許可証」 彰利 「……うおう」 事前に交付してもらった許可証を手に、俺は次々と用意を重ねてゆく。 看板はとりあえず『なんでも屋』。 料理以外のことでも一通りは出来るし。 悠介 「じゃ、始めるか」 彰利 「オウヨ!さぁ〜いらはいいらはい!なんでも屋ですよ〜!」 車を拠点とした商売が始まった。 確認するようだがなにをするにも費用無し。 儲かるだけの卑怯な商売だが、能力の有効利用と思って観念しよう。 金を創造しないだけマシだ、と心の中で硬く言い聞かせて。 ───……。 ……。 子供 「ねーお兄ちゃんたち。ほんとになんでも屋なの?」 彰利 「オウヨ」 そうしてチラホラと客が怖いもの見たさで集まってきた時、 まず子供が俺達に話し掛けてきた。 子供 「だったらねー……僕、漫画とかであるお肉が食べたいっ!」 彰利 「おお、マンガ肉ね。あるぜよ?」 子供 「えぇ?うっそだー、ある筈無いよ。     かーさんもそんなものはありませんって言ってたもん」 彰利 「“絵”に描かれるものに原型あり。     マンガ肉があんなカタチをしてるからには、     きちんと原型になったものがあるってこった。だから───ホイ♪」 さっ、と。彰利が俺が創造したマンガ肉を子供に渡す。 それは、かつて俺と彰利が味わったミノタウロスの肉だった。 ……まあ、さすがにアレほど大きいわけではないが。 子供の両手で、両脇の骨を掴むのに丁度いいくらいの大きさだ。 それを喜々とした表情で受け取り、がぶりと噛み付く少年。 その瞬間─── 子供 「はっ!!こ、これは!!」 少年の顔は、味を知る者のような表情へと豹変。 次々と訳の解らん評論を始めた。 子供 「こ、このほどよい弾力と柔らかさ、     肉汁の量が多いというのに味に疲れぬ爽やかな食感……!     こっ……これはいいものだーーーーっ!!!」 彰利 「とりあえずキミ子供っぽくないから500円置いてとっとと失せなさい」 子供 「いい味だった。また寄らせてもらうよ」 チャリンと500円玉を置くと、満足気な顔で去る子供。 ……なんなんだ? おっさん「おお……ここらじゃ有名な我が儘小僧を満足させるとは……」 おばさま「本物なのね……?ちょ、ちょいと!あたしにもおくれモミアゲさん!!」 悠介  「モミッ───!?」 彰利  「うあぁあああどうどうどうどう悠介!!どんなものでも出発地点が大事!!」 おっさん「おお!俺っちにもくれ!そこのツンツン頭!」 彰利  「オ、オウヨ!」 青年  「ここってなんでも屋なのか?じゃあ俺、美味いラーメンが食いてぇ」 彰利  「あいよ!金は前払いだからそこに金入れて整理券出てきたら持っといて!」 女   「いくらなの?」 彰利  「500円均一!ただしフランス料理フルコースとかナメたものはダメ!!      せいぜいで定食まで!OK!?」 女   「そ、そうなの!?じゃああたし掻き揚げうどんとお握りセット!」 彰利  「今や懐かしのカフェテリアセットですな?」 女   「わっ!解ってるねおにーさん!!」 彰利  「ィヤッハッハッハ!!ナンノナンノ!!まあそげなわけで、整理券取ってね」 カシャリと五百円を入れる女性。 するとデジタル文字で『1』と描かれた整理券が出てくる。 それを女性が取ると、他の輩が次々と五百円を入れる。 彰利 「ほい、1番でお待ちのお客〜」 女  「早ッ!!」 彰利 「フフフ、ウチは回転の速さが武器なのでね。     ああ大丈夫、きちんと味は保証するよ」 ……まあ、俺は大きな車の中でカーテンを締め切って調理すればいいわけだし。 あとは茹でる時間やテンプラを揚げる時間を時魔法でいじくればあっと言う間だ。 そんでもって完成品を頭に叩き込んでおけば、同じ注文が来た時は複製すればいい。 ようは『完成品の完成度』がこの店の決め手になる。 だからこそ、俺だけでは最高にお手軽の店は完成しないのだ。 俺が得意なのは───さっきも言ったが、せいぜいで日本料理。 それも、彰利には勝てるがミズノおばちゃんには勝てない。 それならミズノおばちゃんを呼べばいいのだろうけど、 おばちゃんはこういう商売を良しと思わない筈だ。 俺自身、相当卑怯なことだって理解してのことだし。 多分、親に0点のテストを隠す小学生の気持ちってのはこんなものだろう。 ……言っておくが、俺は0点なんて取ったことはないぞ? まあその、中学、高校の英語のテストでなら何度かあるが。 社会、国語、現国、歴史などの授業は問題なく完璧だったんだが……。 彰利 「ほい悠介、どんどんヨロシクヨー」 悠介 「解ってる」 場所自体は広いここには、客用のテーブルなども用意されている。 というより、車の中で創造して並べただけだが。 車の中で創造してから出さなければ、さすがに危険すぎるからだ。 彰利 「つーかさ、悠介〜?」 悠介 「どしたー?」 黒の膜の先から聞こえる彰利の声。 それに返事を返すと─── 彰利 「お客様がとんでもないことになってる。     500円でなんでも食えるって聞きつけて集まったみたい……」 悠介 「うおう……」 女性 「わ、わたしワンホールケーキセット!飲み物紅茶で!     フラレたからヤケ食いしてやるんだぁっ!!」 彰利 「悠介、ケーキだとよ。しかもワンホール」 悠介 「豪気だなぁ……まあいいよ、ケーキは水穂が得意だったし味は覚えてる。     紅茶は───そうだな、櫻子さんの紅茶でいいだろ」 というわけでイメージを弾かせると創造し、黒越しに彰利に渡して一息。 女性 「早ッ!!しかもいい匂い!!え!?え!?これって出来合いじゃないの!?」 彰利 「失敬な。出来合いのケーキがそんなに弾力を持っとるかね?     紅茶がそんなに香しく出せるかね?」 女性 「う、う……」 彰利 「ではでは、後が痞えておるのであちらの席でどうぞ」 女性 「……ゴ、ゴクッ!」 黒越しにちょいと覗いてみた女は、 メシを前にした漂流教室の子供のように唾を飲むと席のほうへと駆けていった。 ……なんなんだかな。 ───……。 ……。 それから体力にモノを言わせて不休で物事を続け、とっぷりと夜。 彰利 「フゥ〜〜〜ンム……やっぱり一日で10万単位行くのはキツイかねぇ」 現在、彰利が儲けの金を調べているところである。 悠介 「まあ、五百円じゃあな。     後になるとひとりがデカイの頼んでみんなで食うって方法取ってるヤツも居たし」 彰利 「あぁ居たね。困るね、ああいう食べ方。     でも……はぁ。実際はこんなもんなんかねぇ。     食事処ってあんま儲からないのかもって本気で思っちまった。     だってさ、こっち元手要らずで10万以下の世界よ?     普通は材料費とか電気代水道代、経理費だのを込みにすると結構イタイっしょ」 悠介 「それはそれとして。     なぁ。これからは『弁当式』にしないか?その方が回転が早い」 彰利 「……おお、そりゃ確かに。     座って食ってもらうと、どうしても席が空くまで時間かかるわ」 悠介 「よし。お題は体にいい健康弁当だ」 彰利 「ダイエットにも効果アリ、は基本ね」 悠介 「筋肉の運動を活発にしてやればいいんだろ?     そうすれば効率よく脂肪が燃焼される」 彰利 「疲労回復も欠かせませんな」 悠介 「滋養強壮栄養満点、と。内容はどんな感じのものがいい?」 彰利 「野菜系と肉系、それと肉と野菜の半々系とで分けよう。     で、客の出方を見て決める方向で。もちろん渡すときはアツアツ状態」 悠介 「だな。よし、それじゃああとは明日だな」 彰利 「せやね」 なんだかんだで疲れた俺達は、そのまま車の中で寝ることにした。 一応場所さえあれば何処でも寝れる体質の俺達だから、 そう時間はかからずに眠りの旅へと旅立った。 ───……。 ……。 で、翌日。 目を覚ましてみれば車は囲まれていて、人々が五百円玉を握って開店を待っていた。 俺と彰利はすぐに起き出し、弁当屋にしたことを人々に伝えると、 まずは試食してもらった後に買ってもらった。 もちろん試食はひとり一回。そうして売り出していった。 ───反応は上々。 人々は次々と弁当を買っていき、 昨日とは違い、ひとりが数個買ってゆくこともあるから売り上げはまあまあだと思う。 そんな風にしながら創造したり意見聞いたり売り続けたりした先─── ヤクゥザ「オゥコラテメェ!!オレらのシマでなぁにやってんだオゥ!?」 彰利  「………」 ヤクゥザ登場。 ロビンの時といい、俺達はヤクゥザに縁でもあるのか? 彰利  「営業許可証ならあるぜよ?」 ヤクゥザ「ヘイ!ヘイ!ヘイ!そういう問題じゃあねぇんだよ兄ちゃんよぉ!!      ここで営業したいんだったら売り上げの8割よこせっつーんだよ!」 彰利  「イヤザンス」(即答) 当然の即答だった。 ヤクゥザ「あぁっ!?んだっ!てめーワ!死にてぇのか!?」 彰利  「お客様が怯えるのでとっとと失せやがってくださいザンス。      弁当買わないならただの営業妨害ザンス」 ヤクゥザ「て、てめぇ、オレの怖さが解ってねぇよぉだなぁ……」 彰利  「ワ〜、コワ〜イ♪よし帰れ」 ヤクゥザ「なめったらねぇぞてめぇ!!そういう意味じゃねぇ!!」 彰利  「なめったらってなんじゃいおどりゃあ!!失せろゆぅんが解らんとね!?」 ヤクゥザ「あぁん!?なんだてめぇ田舎モンか!?」 彰利  「あぁ、そういやヤクザモンって大体、故郷が田舎だったりするよね」 ヤクゥザ「ぶはっ!?う、うるせぇ!!」 図星だったらしい。 彰利  「ともかく。弁当買わないなら失せなさい。      ここは騒いでもいい場所ですが、それが喧嘩腰なら話は別でござる」 ヤクゥザ「だったら金払え、このオレに8割」 彰利  「いやだぁ」 ヤクゥザ「(健に似てる……!)───じゃねぇ!!      いーから出せっつってんだよ!店潰されてぇのかコラァ!!」 彰利  「……しゃあのない」 彰利が黒で覆われた車の奥に入ってくる。 丁度、俺が潜んでいる場所だ。 彰利 「ちょっと遊びますわ」 悠介 「ああ。ヤクゥザに慈悲は要らん」 極上ガイアスマイルの彰利にそう返すと、天窓を開けて車の上へと登る彰利。 そして───シャ〜ン♪シャ〜ン♪シャ〜ン♪マリュリュリュリュリュリュン♪ 彰利 「ヨウヨウそこゆくあ〜〜んちゃん、街〜の掟を知って〜るかぁ〜〜〜〜い?」 少年 「ケンカ厳禁、暴力反対」 彰利 「そうさそうだよ掟は守らにゃダメだぜベイベー?」 少女 「もし破ったら?」 彰利 「オーーーッ!!ノーーーッ!!」 少年 「違反したら?」 彰利 「ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる!!」 皆様 『どうなるどうなるどうなるどうなる〜〜っ?』 彰利 「おォ〜〜ゥきィてを〜破る悪い子ッにゃ〜〜っ♪     正義の鉄槌お見舞いす〜る〜ぜ〜〜〜ッ!!」 ジャ〜ンチャ〜ンチャ〜〜ン♪ 男衆 『いよゥッ!───正義の味方〜〜っ♪』 彰利 「そ〜れ〜が〜オゥレ〜たち〜……そ〜れが〜オ〜レ〜たち〜の〜ゥ……     OH!OH!……仕事だぜぇ〜〜っ!」 皆様 『ウ〜〜ッ!!ボンバァーーーズ!!!』 彰利 「ヨウヨウ……解ったかい?」 …………。 ヤクゥザ「………」 彰利  「ヨウ?」 彰利は正義の歌を謳った! ヤクゥザは混乱している!! 彰利  「とにかく!これが総意!冷やかし大歓迎だが迷惑かけるヤツぁ失せなさい!」 町人  「そうだこのタコ!!」 ヤクゥザ「タコ!?て、てめぇら誰にモノ言ってんのか解ってんのかコラァ!!      俺ァ朽鬼系神楽組の───」 彰利  「知らん。肩書きが無けりゃモノ言えないなら失せなさい」 ヤクゥザ「ぐっ───なんだとてめぇ!!」 彰利  「図星?図星かノン?図星だったら怒るノン?      ケツの穴の小さいヤツノン。鬱陶しいから近寄らないでほしいノン」 ヤクゥザ「て、てめぇ……!!この俺を怒らせやがったな……!!      オラァッ!!こっちにゃ刃物あンだぞ!!大人しく金───」 皆様  『ざわ……』 ヤクゥザ「あぁ!?なに見てやがんだテメぇら!!」 彰利  「……いえ、ただその花束を贈呈してくれるのかなぁと」 ヤクゥザ「はぁあ〜〜っ!?……はぁっ!?」 ヤクゥザが、取り出した花束を見て驚愕する。 まあ単純なことで……ドスの在り方を書き換えて花束にしただけだ。 彰利 「イッツァマジック!!懐から花束を出すなんて!!     ブラボ〜〜〜〜〜〜……」 パチパチパチパチ…… 男   「ブラボ〜〜〜……」 女   「ブラボ〜〜〜……」 皆様  『ブラボ〜〜〜ッ……』 ヤクゥザ「やめろてめぇら!!この俺を敵に回したらどうなるか解ってんのか!?」 彰利  「だったらキミひとりで来てみるノン。      それともなにノン?やっぱり後ろ盾がないと怖いノン?」 ヤクゥザ「てめぇその『ノン』ってのやめろ!!無性に腹が立つ!!」 彰利  「やれやれノン。人が忠告してやっているのに騒がしいヤツだノン。      もしかして腹が減ってるノン?一口試食させてやるから落ち着くノン」 ヤクゥザ「だからその『ノン』をやめろ!!」 ああもう五月蝿い……!! 悠介  「あのな、客の迷惑になるって解らないのか」 ヤクゥザ「あぁん!?もうひとり居やが───はうあっ!!?」 悠介  「……?おい?」 ヤクゥザ「な、なんて美しいモミアゲ……!!      すげぇ……今まで様々なモミに会って来たが、      ここまで見事なモミアゲなんて見たことがねぇ……!!」 悠介  「───……」 体に満ちているマナが躍動した。 俺は静かに13点を魔法で描くと、死のゲート───サーティナルラインゲートを…… 彰利 「ひえぇええいぃっ!!?ちょ、落ち着きめされい!!」 ───発動させようという時に、車の上から飛び降りた彰利に羽交い絞めされた。 悠介  「フフフ……ダメだよサド隊員……我慢の限界だ……。      なにもかももういいじゃないか……あいつを殺そう……」 彰利  「なんでここでサド隊員が出てくるのかね!!      と、とにかく落ち着け!!落ち着いてぇえーーーーっ!!!」 ヤクゥザ「ち、ちっ……そ、そこまで見事なモミアゲを見せられちゃ仕方ねぇ……。      俺がモミアゲ愛好家で良かったな……。ま、また寄らせてもらうぜ?」 それだけ言うと、 尊敬と憧れの眼差しを俺のモミアゲに集中させながらヤクゥザは帰っていった。 彰利 「は……はふぅ……。あのねキミ……モミのこと言われたからってそげに───」 男  「お、おお……!すげぇ!!モミアゲでヤクゥザを黙らせたぞ!!」 女  「平和のモミアゲよ!!」 老人 「奇跡じゃ〜〜っ!!奇跡のモミアゲじゃ〜〜っ!!」 老婆 「ありがたや〜〜……ありがたや〜〜……」 皆様 『モミアゲ様の奇跡だーーーーっ!!!!』 彰利 「イヤァアアアアアあおらないでぇえええええっ!!!!」 ───……その日から。 『弁当屋原中亭』と看板を出しているにも係わらず、 この店の名が『モミアゲ弁当』と言われるようになった。 神よ……俺はここで燻るハートに火をつけるべきだろうか、つけぬべきだろうか……。 ───……。 ……。 そうして、我慢すること一週間。 悠介 「というわけで。一応百万円を寄付する」 櫻子 「………」 俺は蒼空院邸に戻ると、櫻子さんに家賃……と言うべきものなのかは解らないが、 ともかくしばらくの間の厄介賃を渡した。 何故か櫻子さんに呆れ顔をされてしまったが。 悠介 「……ちゃんと働いて溜めた金だぞ?」 櫻子 「解ってるから驚いているの。     一応確認しておくけれど、賭け事なんてしていないのね?」 悠介 「そんなことはしない。小さな物ならまだしも、金を使った賭け事は嫌いだ」 櫻子 「そう。それなら預かっておくわね。でも、どうしたの?こんなに」 悠介 「500円の弁当屋を開始した。     普通500円じゃ食えない量に、いろいろと健康的な要素を混ぜてみた。     味も量も健康面もダイエット効果も期待大だぞ」 櫻子 「あらまあ……」 悠介 「弁当で500円ってのは高いんじゃないかって思ったんだけど、なんとかなった。     でも今度は客捌きが大変になってきてさ。     どっから聞きつけてきたのか、嫌になるくらいの客が毎日押しかけてくる状態だ」 櫻子 「あらあらそうなの、ふふふっ」 金を渡した時の『預かる』って言葉が気になったけれど、 当の櫻子さんは俺の話を聞いて、ただ穏やかに笑っていた。 俺も案外単純なもので、まあ笑ってくれてるならいいか、 などと考えて深く追求することもなく─── こうして俺は、蒼空院邸に厄介になることとなった。 【ケース98:晦悠介(再々)/ゆるやかな幸せの道を───】 紹介、というか案内された部屋は随分と広いものだった。 そこをポカンとした表情で眺めるに、 レイヴナスカンパニーにも負けていない豪邸に呆れ返る。 いったいこの家はどういう経緯で金持ちになったのやら。 櫻子 「それじゃあ、何か困ったことがあったらいつでも言うのよ?     こう見えて構いたがりだから」 そう言った櫻子さんは、音も立てずに長い廊下を歩いていってしまった。 そして時折こちらを振り返ると、ニコリと笑いながら肩越しに小さく手を振る。 ……こう見えてもなにも、どっからどう見ても構いたがりにしか思えないよな。 悠介 「さてと」 空気の浄化は順調だ。 この屋敷全体の空気が空界のサウザーントレントの癒しの大樹の周りに近いものとなり、 ただ大きく息を吸うだけでも随分と落ち着く。 悠介 「……ん」 俺はふと思い立つと、別れ際にドリアードに貰った癒しの種を取り出した。 それともうひとつ、オリジンに貰ったマナの種を取り出して、ふむと頷くと庭へと降りた。 櫻子 「あらあらどうしたの?早速なにかあったのかしら」 そこでは先ほどと同じように、櫻子さんが庭で優雅に紅茶を飲んでいた。 俺はそんな櫻子さんに『樹を植えていいか』と訊く。 ……即答で返ってきた言葉は『了承』だった。 ───……。 ……。 櫻子 「あらあらあらあらあまあまあまあまあ……!!」 そうして大地を豊かにしてから植えた種は瞬時に成長し、 広い広い庭の両脇に大きな姿を構えた。 櫻子 「これはすごいわねぇ……!おばあちゃん、いい歳して驚いちゃったわ……!     ───……あら?なにかしら……痛かった腰が……?」 悠介 「ああそうだ、言い忘れてた。えっとな、櫻子さん」 櫻子 「なにかしら……?」 悠介 「俺な、魔法使いなんだ」 自然に、子供のようにニカッと笑うと、かつて彰利が楓巫女に教えた自己紹介をした。 櫻子さんは一度ポカンとしたのち、おかしそうにクスクスと笑い出す。 ……穏やかな時間がそこにあった。 未来でのことも合わせても、数えられる程度にしか会ったことのないこの人が。 どうしてこんなにも『家族』として感じられるのか。 それはとても不思議だったけれど、 やっぱり俺はこういう穏やかだけど賑やか好きな老人は嫌いじゃない。 櫻子 「そうなの?魔法使いなの。     ふふふ……それじゃあ腰痛が治まったのもあなたのおかげなのかしら?」 悠介 「いや、それはこの樹のお陰だ。原理は秘密だけど、悪いものじゃないから」 櫻子 「大丈夫。家族を信じるのは家族の中での暗黙の了解よ。     だって、現に腰痛が治ったんだもの」 言って、また可笑しそうに笑う櫻子さん。 笑う老人は嫌いじゃない。 それを見ているだけで、心がやすらぐのを感じることが出来るからだ。 ……まあ、全ての老人がその雰囲気を持っているわけじゃないのだが。 櫻子 「ああそういえば。神社を出てきたっていうけれど、荷物とかはどうするの?」 悠介 「俺、あまり私物とか持たないヤツだったから。     部屋に行っても何も無いし、どうするのかって考えるほどのものは無いよ」 大体にして、自分の工房の中の方が荷物だらけなくらいだ。 っと、一応工房への扉も移しておかないとな。 いつまでも晦の母屋に繋いでおくわけにはいかない。 悠介 「じゃあ、ちょっと部屋の方を整理してくるから」 櫻子 「はいはい、忙しい子ね」 悠介 「……櫻子さん、その『しょうがない子』に言うような言葉、勘弁してくれ」 櫻子 「うふふふふ、いいじゃないの。おばあちゃん、一度言ってみたかったのよ」 櫻子さんは本当に楽しそうだった。 既に自分をおばあちゃんと言っているあたり、 俺を完全に家族として見てくれているようだった。 悠介 「………」 俺はそんなことに照れくささを感じながら、頬をコリ……と掻いてから部屋へと戻った。 ───……。 ……。 彰利 「ほへ〜〜〜……広いやん」 さて、こうなればもうどうとでもなれと、部屋の大幅な改造をした翌日。 ガチャリと音を鳴らして部屋に入ってきた彰利が、物珍しそうに部屋を見渡した。 ……もちろん入ってきた場所は普通の出入り口ではなく、 この部屋と弦月屋敷を繋いだドアからである。 彰利 「こりゃええわい。っと、こっちが工房へのドアかね?」 悠介 「ああ。一応原中の猛者どもに連絡つけといてくれるか?     入り口は晦の母屋じゃなくなった、って」 彰利 「オッケオッケ。     まあ原中の猛者どもはひとりに連絡すればすぐに皆に伝わるからねぇ」 原中の結束は硬い。 普段から大変失礼なことを言い合う仲だが、 それも互いが互いを信頼してるからこそ出来ることだ。 当然『ただの友達』には出来ないことであり、 中学時代という戦乱を教師相手に駆け抜けてきた猛者たちだからこそ出来ることだ。 彰利 「しっかし……なんか凄まじく落ち着くねここ。     なんかマナが満ち満ちてるし───ってなんで!?何故ゆえマナが!?」 悠介 「ん?ああほら、そっから庭見てみろ。大樹があるだろ」 彰利 「あ〜〜〜ん?……あらほんと。もしかしてアレが原因?」 悠介 「原因とか言うな。悪いみたいな印象が出るだろうが。     あれはドリアードとオリジンに貰ったマナの種と癒しの種で作った大樹だ。     だからマナも溢れれば癒しも溢れる。     ……もっとも、結界創造して張ってあるから、効果があるのはこの屋敷だけだが」 彰利 「うおう……意外トミミッチイト言ウカ……」 ズパァン!! 彰利 「ウベッ!!」 とりあえずビンタ炸裂。 やはり『意外トミミッチイト言ウカ』と言った相手にビンタをするのは礼儀だろう。 彰利 「ナ、ナイスビンタ……」 悠介 「あのなぁ、これはみみっちいとかじゃなくて、ちゃんと考えあってのことだ。     こんな汚い空気が無限発生してる場所全体に空気の浄化を齎しても無駄だ無駄。     だから最低限、世話になる場所の空気を変えたんだ。悪いか」 彰利 「や、全然悪く無い。むしろ何気なくやった真似事で     即座にビンタが飛んできたから俺もうすげぇビックリ仰天だった」 悠介 「……時々、お前がなにをしたいのか解らなくなる時がある」 彰利 「俺としてもキミがモミアゲって言われた時の行動パターンが読めんわ」 悠介 「………」 彰利 「………」 モハァ、と出た溜め息はほぼ同時だった。 結局、どれだけ長く一緒に居ようが親友やってようが、見えない部分ってのはあるものだ。 それは行動パターンだったり突発的な思考だったりと、 やっぱり目では見えないものが多い。 それでもやっぱり思うのだ。 裏切らない、裏切りたくない相手が居るっていうのはこんなにも嬉しいことだって。 彰利 「あ、あー……なぁ悠介?そういやさ、子供の取り上げは誰にやってもらうんだ?     やっぱ病院&分別室?それとも我が家で知り合いに?」 悠介 「後者だな。正直病院は好きじゃない」 彰利 「あ、俺も。入院したことあるけど、ものめっさ退屈だわ」 悠介 「だからこそ抜け出したんだろ?工事現場の可動式看板をスケープゴートにして」 彰利 「ィヤッハ、まあその通り。あの時食ったメシ、美味かったわぁ〜。     やっぱメシ屋でメシを食う時は鬼塚先生食いに限るっしょ」 悠介 「知らん」 彰利 「即答ッスカ……」 悲しそうに言葉を発する彰利を横目に、最後の扉を創造した。 ……っと、これでよし。 彰利 「……?なにやら扉ばかりの部屋になりましたな。なにコレ」 悠介 「これが未来の地界の神社の社務所に繋がってる扉、     これが現代の鈴訊庵に繋がってる扉、それがお前の屋敷に繋がってる扉で、     こっちが空界に繋がってる扉だ」 彰利 「うおう……それは解ったけど、何故に鈴訊庵が?」 悠介 「ん?ああ、食材だのそば粉だの打ち粉だのを創造してくれって頼まれた。     どうせ同じ昂風街なら、って挨拶がてらに蕎麦食べに行ったんだよ。     その時に『出来ないか』って言われた。     ホレ、やっぱ添加物だの農薬だのって気になるだろ?     それにやっぱり一年中新蕎麦が出せれば気持ちがいいって言うから」 彰利 「おお、そりゃ確かに」 悠介 「俺はいいって言ったんだけど、金も払うからって言われてさ。     タダで貰うのは営業者の恥だってヤケに真面目に言うから、     普通の材料費の三分の一を貰うことにした。     だってなぁ、こっちは元手なんて要らないわけだし」 彰利 「体力消費を超越しちまった時点で、もう怖いモン無しだからねぇ」 悠介 「あとは鈴訊庵を経由して頼まれたもので、喫茶カルディオラからも注文が来てる」 彰利 「忙しそうやね」 悠介 「まあ、仕方ないだろ。それにこれで金は安定すると思う。     いざとなれば錬金術で練成したものを売って───って、そりゃ犯罪か。     錬金術は金のために身につけるものじゃないからな」 彰利 「当たり前っしょ。地界人にとっちゃ、     空界の練成魔具なんて喉から手が出るほどのものっしょ。     錬金術師として、それを金にすることだけはやっちゃならないっしょ。     錬金術は人のためにあれ、っしょ。これでバッチグーっしょ」 悠介 「ああ。さて、俺はこれから閏璃のところに行くけど───お前はどうする?」 彰利 「あ、俺も寄ってくわ。弁当屋のおかげで懐には余裕あるし、蕎麦でも食ってく」 悠介 「そか。じゃあ行くか」 彰利 「オウヨ」 彰利の返事を聞くのとほぼ同時に、鈴訊庵への入り口を開く。 いや、厳密に言えば鈴訊庵ではなく、 閏璃の家の使用されていないクロゼットに続いているわけだが。 彰利 「ここ、鈴訊庵に繋がってんだっけ?」 悠介 「ああいや、さっきはそう言ったが───あ」 閏璃 「あ」 通った先に閏璃。 探し物でもしてたのか、整頓された物置の中でゴソゴソと蠢いていた。 悠介 「探し物か?」 閏璃 「いきなり出てきていきなり普通に話し掛けられるのもアレだが。     まあそういうことになるというかウムゥ……」 彰利 「ほへ〜、ここってキミん家?まさかどこぞの一室に繋がっていたとは」 閏璃 「ここは倉庫───というか、家の物置みたいなもんだよ。     親父様の遊び道具だのがかなり仕舞われてる」 彰利 「あ、ゲームウォッチだ。     こっちにゃファミコンウォーズ……おお!こっちにはバーチャルボーイが!!     さらに夜でも安心のゲームボーイにくっつけるゲームボーイライトまで……!     いや〜、どれも微妙なもんばっかだねぇ〜」 閏璃 「物置だからな」 悠介 「物置だからってもうちょっと『物』っぽいものはないのか……?     どれもゲーム関連ばっかりじゃないか」 閏璃 「ウチの親父はゲーム好きだからなぁ。     その割に時間が無くて、ゲームばっか溜まってく」 彰利 「うっうっ……痛い……目が痛いよぅ琥珀さん……」 悠介 「早速バーチャルボーイやってんじゃない!!目ェ悪くするから今すぐ外せ!!」 閏璃 「根性あるなぁお前。まさかいきなりバーチャルボーイをやるとは」 悠介 「こいつのは根性じゃなくて馬鹿って言うんだ」 閏璃 「ああなるほど」 彰利 「あっさり納得してんじゃおへん!!」 説得力はあったと思うが。 お前の行動そのものに。 閏璃 「で……お前らは結局なんの用で来たんだ?」 悠介 「たわけ、店の材料を創造しに来たんだろが」 彰利 「そうだこのタコ!!」 閏璃 「ここぞとばかりに罵るなよ……解った、じゃあまず店の厨房の方に来てくれ。     由未絵にはもう話は通してあるから」 彰利 「そうなん?店の従業員とかは?」 閏璃 「なんとかなるって。それに今日定休日だから俺と由未絵しか居ないし」 悠介 「って、そうなのか?蕎麦食いにも来たんだが……そか。じゃあ早速行くか」 閏璃 「ああ。けど───本当に三分の一でいいのか?」 彰利 「くどいぞ仁赦(じんしゃ)!!」 悠介 「誰だよ!」 閏璃 「ていうかお前にゃ訊いとらん!」 彰利 「なんと!?……それってすっげぇ寂しいッスね……俺ここに居る意味無し?」 悠介 「無いな」 閏璃 「うん無い」 彰利 「少しは気ィ使いましょうよ!!」 即答で応えてやったらとても悲しい声が返ってきた。 ともあれ俺は行動に出た閏璃の後に続き、物置から出ていった。 彰利 「あぁっ!待ってよぉ!!」 それを、地獄先生ぬ〜べ〜に出てた人体模型の幽霊の真似をして追ってくる彰利。 もうほんと、こいつは普段からなにやりたいのか解らんな……。 ───……。 ……。 閏璃 「……んー……じゃあ鴨肉が10、大海老が6、小海老が4、(きす)が3、     ここにひとつずつ並べたから、個数ずつ頼む」 悠介 「ああ。───……んー……弾けろ」 ポポムポムポムッ!!ゴワシャシャシャシャッ!! 分析を終了させてイメージを弾けさせると、 厨房の台に冷凍の鴨肉や海老などが音を立てる。 悠介 「他には?」 閏璃 「……平然と言うけど、これって凄まじいことだよな……」 彰利 「閏璃くん、キミは正しい」 悠介 「感心してないで次」 閏璃 「あ、ああ。なぁ、新蕎麦の蕎麦粉って見たことあるか?     季節が季節なだけに、新蕎麦の見本が無いんだ」 悠介 「彰利」 彰利 「悠介」 閏璃の言葉を聞くや否や、俺と彰利は腕をガッシィとぶつけ合うと転移した。 ───……。 そして十数分後。 悠介 「ホレ新蕎麦粉」 彰利 「わざわざ1から作ってきたんだから大切に使えよ〜」 閏璃 「作ってきたのか!?」 彰利 「ウィームッシュ!!しかも空界産。品質と味の保証はパーフェクトざますよ?」 悠介 「他に必要なものとかあるか?絶対に割れない丼とか     絶対に焦げ付かない鍋やフライパンが欲しいなら創造するが」 閏璃 「あ……た、頼む」 彼は素直に頷いた。 こうして鈴訊庵大改造計画は開始され─── 彰利 「美しい……」 ふと気づけば金のかからない蕎麦屋が出来ていた。 悠介 「水は空界の究極の純水“ウンディーネの水”を無限創造、     蛇口を捻ればいつでも出るようにして。むろん水道代金ゼロ。     火もガスじゃなくて純粋な“サラマンダーの火”を創造。     無駄な水蒸気が出ない分、料理がベチャベチャにならないしガス代ゼロ。     丼からグラス、全ての食器は落としても割れないものを創造して、     箸もスプーンもフォークも折れず曲がらずの二拍子。     みりん、醤油、味噌を始めとする調味料も全て空界の大地と水を使い、     独特な製法で製造した逸品と呼べるものを用意。     野菜や果物なども無農薬で豊かな大地で作った究極物。     米もしっかりと研究と失敗を繰り返して完璧に至った米だ」 ゴシャゴシャと栽培したものから創造したものまで、なにもかもを置いてゆく。 水道や火を点けてみせて危険性の説明やらもして、気をつけるべきを説く。 閏璃 「な、なにからなにまで悪い……」 悠介 「ばか、やるからには全力で、だ。     ちゃんとうどん粉も天婦羅用の油もこだわりの逸品だから安心してくれ。     もちろん砂糖や塩、酒や焼酎、餅から漬物のヌカ味噌まで完全に───」 閏璃 「ああいいっ!解った!解ったから!!」 悠介 「……?ここからが説明のし甲斐があるんだが……」 彰利 「日本料理が多い店だからって張り切ってますな」 悠介 「そんなつもりは無いんだけどな。ヘンか?」 彰利 「生き生きしてましたぞ?」 そんなこと言われたって知らんが。 悠介 「ああちなみに油の釜も蕎麦を茹でる大釜も、     火をつければ一瞬で適温になるから気をつけろ。     油も、海老を数本入れたからって温度が変わっちまうなんてことはさせないから」 閏璃 「あー……た、助かる」 悠介 「もちろん客席は常に人体に丁度いい温度───22〜25度が設定され、     どんな服を着ていようがその温度が身を包み込む。     さらに周りの子供が苦しまないように、     喫煙者から撒き散らされた煙草の煙は瞬時に消滅する空気を創造!     さらには料理以外の余計な匂いを完全に抹消する親切設定!さらに───」 閏璃 「いやいい!ほんとにいいから!!」 悠介 「むっ!?」 説明の途中で待ったをかけるように叫ぶ閏璃。 さらに後ろからは俺を羽交い絞めにして押さえる彰利が─── 彰利 「落ち着け悠介!なんか目がグルグル回ってるぞ!!」 悠介 「馬鹿お前!!日本料理を作る場に貢献出来るんだぞ!?     これを喜ばずになにを喜ぶ!!」 彰利 「うおっ!やっぱ純粋に暴走してやがる!!     落ち着けボーイ!それはキミの真実じゃねぇ!!     作るのは蕎麦であって、全てが日本料理なわけじゃないのです!!」 悠介 「やかましゃぁあああっ!!!!しゃらぁっぞンだらぁがいぃやぁああっ!!!!」 彰利 「ゲェ!マジで壊れてるーーーーーっ!!!」 悠介 「壊れてない!説明しておかないと危険なものもあるから1から説いてるんだ!!」 彰利 「壊れておらんキミがどうして『しゃらぁっぞ』とか言うのかね!!     えーからまず深呼吸!ねっ!?はい!ね!?」 悠介 「だぁっ!いいから離せ!───ってもういい!このまま語るし変えてゆく!」 彰利 「うぉお汚ねぇ!!人の忠告くらい聞こうや!!」 止めようとする彰利を振り払うこともせず、 鈴訊庵の中の『金を必要とするもの』を変換してゆく。 もちろん説明付きで。もはや誰にも俺を止めることは出来ん!! 閏璃 「……苦労を噛み締めてるヤツって時々暴走するっていうからなぁ……。     ハハ……電球から加熱用具の様々が無料で使えるものに変えられてってるわ……」 悠介 「さらに!新鮮でいて美味でいて体に良い生ビールサーバーも進呈!!     もちろんガスも無限!!ビールも無限で腐らない!!洗浄要らずの究極品!!     ビールに使用した麦はもちろん我らが栽培品!     もちろん進呈した酢もしっかりとした米から醸造!!コシヒカリにも負けん!!」 彰利 「だぁ止まんねーーーっ!!誰か!誰か彼を止めてぇええーーーーーっ!!!」 悠介 「ざる蕎麦用の海苔にも拘りを!あべかわ用のきな粉にも拘りを!!     小麦粉や片栗粉にも気を使い、腐らず風邪も引かない粉たちを製作!!     カレー南蛮用のカレー粉も厳選し、豚肉にも究極の物を!!     刺身はもう無茶して大トロ!!卵は天界の天鶏の卵を!!     鳥肉は空界のモンスター、コカトリスをブフーの包丁で仕留めて入手した肉!     これを分析して複製!玉葱やネギ類を始めとする野菜も天然栽培である!!」 彰利 「………」 閏璃 「……とりあえず、終わるまで待つか」 彰利 「せやね……」 ───……。 ……。 悠介 「───というわけで。また足りなくなったらいつでもお邪魔してくれ。     部屋のテーブルに注文表書いた紙でも置いといてくれればいつでも届ける」 閏璃 「……やっと終わった……」 彰利 「勘弁したれや……」 気づけばとっぷりと夜。 あれからここに立ち寄った橘と郭鷺も混ぜ、店のことについて話し合った。 ……もちろん、喫茶カルディオラも旅館橘も改造する方向で。 それで今、ようやくそれが終わったところだ。 郭鷺も橘も随分と疲れた顔をしていたが、 材料にお金がかからないのはいいことだと俺に創造をお願いしてきた。 ……まあ、こうしてコツコツと稼いでいこう。欲張りをするつもりはない。 各店をそうしたように、自分には自給自足するだけの力があるのだから。 悠介 「……まず、地界の書類から『晦悠介』の名を抹消するとか」 というかそもそも、俺のこの名前は偽名であるわけで…… ちゃんと政府というか、お偉いさんのところに『晦悠介』という名前はあるのだろうか。 ちと気になってしまった。 でもその割には、試験だのなんだのはあっさり通ったし。 身分証明さえ出来ればどうでもいいんだろうか。 いやそもそも、そうなると俺が使った身分証明自体がニセモノということに…… ……まあいいか、通ったんだし。 多分俺は───『朧月和哉』は世間では死んだことになっている。 さらに言えば『晦悠介』の誕生記録など何処を探しても無い。 つまり俺は、地界には存在しないことになっている人物だ。 だから事細かく身分について調べる場所では、 どうしても能力でもなんでも使って強引に行かなければいけない。 そしてそれをするのはきっと今。 深冬が生まれる前までになんとかしなければ、深冬は書類上では親が居ないことになる。 悠介 「……まいったなぁ」 閏璃 「なにがだ……?まいったのは俺達の方だが……」 彰利 「まあまあそう言うでないよ。全てが無料になったのは確かっしょ。     店に流す音楽も有線放送から、日本っぽい音楽を延々と流すモノに変わったし。     なんてったって悠介だからね、曲数はハンパじゃあねぇぜ?」 閏璃 「だからだよ……。ここまでしてもらって、     金が食材の三分の一じゃあ逆にこっちが悪いって思うだろ」 悠介 「思わん!!」 彰利 「即答で暴走せんでください!!……や、すまんねボーイ。     こやつもこれで親になる不安に左右されているようなのです。     子供が生まれれば多分こげな状態からは脱すると思うから」 閏璃 「そうか……?」 彰利 「そうなんじゃい!!悠介!とにかくここに用は無くなったッッ!!     次に行こう!───よし次ってなんだ!!」 悠介 「俺に訊かれたって知るか!───っと、悪い閏璃、邪魔した。     食材の件は気にすることないからいつでも言ってくれ」 閏璃 「あ、ああ……ってちょっと待て!代金忘れるなって!」 悠介 「ん───」 ピタリと帰ろうとしていた歩を止める。 そしてコサ、と出された茶封筒を見るに─── 悠介 「───色をつけたりしてないだろうな」 閏璃 「俺、金の増減とかを疑われたのって初めてだぞ」 彰利 「僕らをそげないやしいヤツと一緒にされては困る!!     僕らはただ安定した金が欲しいのみ!欲張ってるわけではござらん!!」 閏璃 「あぁ解った、解ったから顔近づけてくるな気色悪い」 彰利 「きしょっ……!?」 悠介 「………」 ともあれ受け取った封筒の中身を見て、頷きひとつして彰利を引きずる。 悠介   「じゃあ確かに食材分もらってく」 閏璃   「ああ。ほんとなにからなにまで悪い」 彰利   「ほっほっほ、まあよまあよ。ところでキミの愛しの由未絵さんは?」 閏璃   「うん?ああ、紗弥香の面倒見てると思う」 彰利   「さやか?タレ?」 閏璃   「……?娘だが」 悠介&彰利『な、なんだってぇーーーーーっ!!!!』 閏璃   「や、なんでそこまで驚く……」 彰利   「え!?なにキミいくつ!?」 閏璃   「お前らよりふたつ上だが」 彰利   「なんと!?」 悠介   「───って、あ〜……そういや、       先輩の友達の支左見谷が先輩よりひとつ上だったっけ……」 彰利   「え?そうだったっけ?でも確かにそれ考えりゃあふたつ上だねぇ。       キミと由未絵さんは同級なんザマショウ?」 閏璃   「ああ」 こりゃ驚いた。 まさか、既に子供が居るとは思わなかったからだ。 となると、俺達の結婚式の時はどうしてたんだろうか。 ……まあ、問答無用で彰利が攫ったんだろうし、考えてる暇もなかったんだろうな。 それにあの時はまだ時間が流れる速度は空界の方が速かった。 だったらあっちでの一日も、こっちではほんの少しの時間だった筈だ。 彰利 「名前ハ紗弥香イイマスカ?」 閏璃 「紗弥香イイマス」 彰利 「そかそか。ところであのバイオレンスクルーミングに春は訪れた?」 閏璃 「来流美か?聞いたら驚くぞ」 彰利 「ウィ?何故?」 閏璃 「や、もう結婚してるし」 彰利 「早ッ!!な、なんで!?」 閏璃 「いや、その質問は大変同意見だが、ともかくあいつは結婚したし妊娠もしてる。     相手の方はこれがまたとんでもなく出来た人でさぁ、     正直あのバイオレンスツッコミファクターにはもったいないくらいで……」 彰利 (……ど、どうなってんの悠介。あのバイオレンスさんが……) 悠介 (ばか、今こっちの時間の流れは空界より速いんだ。     それなら俺達が空界でのんびりしてる間にはもう結構な時間が経ってるんだよ) 彰利 (あっ……あーあーあー!!なるほどなるほど!!理解した!COOLにな!!) COOLだっていうならまず叫ぶことをやめたほうがいいと思うんだが。 彰利 「えーと、一応おめでとうをクルーミングへ」 閏璃 「ありがとうをクルーミングより代弁」 彰利 「ちなみに出会いはどげな感じに?」 閏璃 「結婚式の翌日だったかな。蕎麦食いに来た客が居たんだけど、     そいつと年甲斐もなく一目惚れし合って、それで」 彰利 「うわっ!!よりにもよって一番似合わん愛の仕方を!!」 閏璃 「おお!やっぱお前もそう思うか!あいつに似合ってそうな出会いっていったら、     やっぱ暗黒格闘技会の対戦相手と!とかだよな!!」 彰利 「おおそりゃ似合いそうだ!!ィヤッハッハッハッハ!!!」 閏璃 「はぁっはっはっはっはっはっは!!」 悠介 「どういう幼馴染なんだお前……っと、そろそろ行くぞ彰利〜」 彰利 「オウヨ!ほんじゃまぁ、またいつでもご利用しやがれこの野郎」 閏璃 「どういう文句だ?まあいいけど。じゃあな〜」 ひらひらと手を軽く振る閏璃に見送られて、俺達はとっとと転移をした。 ───が、蒼空院に辿り着いた俺達を待っていたのは未来のたわけども。 なんでも浩介と浩之が『埋蔵金』を取り上げた番組を見て触発されて カンパニーの庭を掘っていたところ、埋蔵金ではなく不発弾を発掘。 驚愕のあまり、スコップを放り出してとんずらしたらしいのだが、 そのスコップが不発弾にヒット。その場はエクスプロードに見舞われたらしい。 凍弥と一緒に傍観していた椛が咄嗟に爆発を起こして相殺しようとしたらしいが、 予想以上に威力が高かったために屋敷が崩壊。 怪我人続出の上に大切な書類が消滅したんだそうな。 それの修理を頼まれ、すぐに元通りにして現代に戻ってみれば今度は空界からの使者が。 ───まったく忙しないもんだと呆れながら、やっぱり苦笑して歩いてゆく。 隣の馬鹿者は『断らないところがお前らしい』なんて言うけど、 まあ……小さな頃から距離を取っていた“人の輪”。 それに触れてみるのも、今からでも遅くは無いんじゃないだろうかって思えたから。 その言葉に対して、苦笑じゃない自然な笑みを返すことが出来た。 ……そう、人生まだまだこれから。 まだまだ何度だってやり直せる。 小さな頃から距離をとっていたからって、 俺が距離を取ろうとしたって、きっと周りはそれを許さないだろう。 だけど今はそれがとても心地いい。 ───だったら。 そんな渦中に、自分から飛び込むのもいいかなって───俺は笑った。 いつだって隣に居た親友はそれを見て穏やかに笑うと、頑張りますかと言う。 ……そう、ここから頑張ろう。 今までのことが辛さが集まった道の一端だったのなら、きっとここからが幸せへの道。 今までが辛かったのなら、ここからはきっとのんびりと歩いてゆける。 ───そんな遊歩道みたいな幸せの道を、ゆっくりと歩いてゆこう。    いつまでも、一緒に馬鹿やっていられる親友とともに─── Next Menu back