───その刀の中で生きてゆく少女───
───……冥界。 リヒト「───これぞ極み」 その深淵とも呼べる、深い闇の中の男が言った。 目の前には鮮やかな刀が寝そべっている。 名を、月光。 鳥肌が立つほどに眩く美しいその刀身は、 風すらも切れると思わせるほどの威圧感を放っていた。 リヒト「だが、今だ不完全」 極みにして不完全。 矛盾を語る男はその刀を手にし、その生涯で初めて笑った。 しかしそれは歓喜の笑みでも絶望の笑みでもなく。 なにに対してでもない、『笑み』と敬称付けられるだけのものだった。 やがてその刀が逆手に持たれ、男は笑ったまま、その刀で己を貫いた。 刹那に絶命。 だが、男の体は刀に飲まれるかのように消えてゆく。 銀色の光を放っていた刀はその男をゆっくりと飲み込むと、 その刀身を銀色から薄い紅蓮に換えた。 薄いというのに紅蓮を思わせる矛盾。 それは、刀に飲み込まれた男─── ブライン=リヒトグローウンの意思が流れたからに違いなかった。 ウィル「……ご苦労だった」 紅蓮の輝きを見せる刀を手にした男は笑う。 死神の長にして、シェイドの中に流れた死神、ウィルヴス=ブラッドリア。 その男はその刀を手にしたまま、地界に転移した。 ───地界に転移したブラッドリアは、ひとつの社に舞い降りた。 ただひとつの契約を果たすために。 ウィル「……フン」 その社でひとりの女を見つけると、ブラッドリアはつまらなそうに呟いた。 「神魔の祖は死んだのか」と。 その言葉を聞いた女は振り向く。 その場に居る、死神の長へ。 嗄葉 「……あなたは、人間ではありませんね」 女───嗄葉はそれに気づいた。 ウィル「ほう、解るか。流石は『神魔の祖』の子孫だ。     我が内にあるシェイドといい勝負だな」 嗄葉 「神魔の祖……?あなたはわたしの先祖を知っているのですか!?」 ウィル「当然だ。貴様の先祖───開祖と融合し、力を与えたのは我なのだからな。     だが、そのようなことはどうでもいい」 ブラッドリアは口の端を歪め、嗄葉に『邪神刀-月光-』を渡した。 嗄葉 「これは……?」 ウィル「契約を果たしに来た。その刀は神の力と死神の力を増幅するものだ。     精製するのに時間がかかったが……なに、ほんの百と数年だ。     それはもう貴様の物……そして契約は果たされた」 嗄葉 「待ってください!どういうことなのか───!」 ウィル「己で考えるのだな。     それを渡した時点で、我が貴様ら人間と馴れ合う理由は無くなった」 嗄葉 「……っ」 ブラッドリアは目を真紅に変異させ、嗄葉を睨んだ。 それだけで、嗄葉は動けなくなっていた。 ウィル「……ひとこと言っておく。その刀には死神が眠っている。     そいつは少々変わり者でな。     そのまま使おうとすれば、力の暴走で貴様はおろか、     触れた者は呪われ、いずれは死するだろう」 嗄葉 「え───!?」 嗄葉は驚き、刀を手放そうとする。 だがブラッドリアに睨まれると、それをすることも出来なかった。 ウィル「武器の能力を能力として扱うには、相応の(くさび)が必要なのだ。     ……解るな?死神の能力の解放のため、死神の魂は献上した。     あとは貴様側が神の能力の解放のために神の子を献上すればいい」 嗄葉 「そんな───!確かにわたしには子供が居ますが、神の子なんて……!」 ウィル「──────……フン、確かにそのようだ。     母は立派だが、その子供はクズ同然だ。     ……交わる者を違えたな。これでは貴様の先祖も浮かばれまい」 嗄葉 「っ……!わたしは生贄欲しさに子を産んだのではありません!!」 ウィル「……フン」 ブラッドリアはつまらなそうに、物陰に隠れて自分と女を見ている子供を睨んだ。 子供は泣き出すことも出来ぬまま、その場で涙を流した。 声は出せない。 出せば殺されると、幼いその思考で理解したのだ。 嗄葉 「っ……やめてください!」 ウィル「……言っておくぞ。     神の子を刀に融合させねば、その刀は貴様の家系に滅びを齎すだろう。     それは決して避けられぬ未来だ。     ひとりの命のために、貴様の家系自体が滅びるのだ」 嗄葉 「───で、でしたらわたしが!」 ウィル「いいや。貴様には神の素質が皆無だ。     能力こそ先祖・楓に近いが、神の子ではない。     貴様では楔になれず、滅びるのみだろう」 嗄葉 「そんな……!!ではどうすれば……!」 ウィル「その素質を持って産まれたものを宿せなかった自分と、違えた者を恨むのだな」 ブラッドリアはそれだけ言い残すと、その場で消え去った。 ……残されたのは、顔を手で覆い、その場で泣く嗄葉と─── ようやく弾けるようにして大声で泣き始めた子供だけだった。 ………………───一年後、次女の紗枝が死んだ。 死因は不明。 その三年後に長男の宗太が死んだ。 これも、原因は不明だった。 そして……今。 次男の慶太が原因不明の高熱に侵されていた。 ……もし。 この全てが刀の災いだとしたら、彼女はどうするべきだったのだろう。 神の子の素質を持たない子供たちは、ただ死にゆくのみ。 かつてこの地で行われた神の降臨の儀式とやらもやってはみたが、何も降りなかった。 どうすれば、刀の呪いを止められるのか。 彼女は日々、そればかりを考えて泣いていた。 嗄葉 「……お願いします、先祖さま……。もしわたしの声が届くのなら……!     この子を……!慶太を助けてください……!     わたしは……わたしはただ、静かに暮らしたかっただけなのです……!     もしこれが、あなたが死神と契約してしまったための出来事なら……!     どうか……この呪いを立ち切る術を教えてください……!」 彼女は願った。 涙も拭わず、ただ手を合わせて願った。 ───その時だった。 嗄葉 「え……?」 虚空が輝いた。 その部分だけ景色が歪み、そこから光が漏れた。 嗄葉 「うっ……」 彼女は目を細め、なんとかその光の正体を見ようとする。 だが無理をするまでもなく、やがて光は消え─── そこにはひとりの子供だけが残された。 子供、と言うよりは赤子に近い。 嗄葉 「いったい……?」 その赤子が虚空からゆっくりと降り、 嗄葉が思わず抱きかかえた瞬間、大声で泣き出した。 嗄葉 「あっ……!」 嗄葉は慌てて赤子をあやした。 子供は何人も育て、慣れてはいる。 その証拠に、赤子はもう泣き止んでいた。 ───……五年が経った。 虚空から現れた不思議な子供は嗄葉が育てることにした。 ……慶太は、助からなかった。 子供は『みさお』と名づけられた。 ───さらに五年。 嗄葉に残されているのは長女の音菜(ねな)と、あの日に受け入れた子供だけだった。 ───そして。 みさお「……?」 みさおが10歳になった時、大樹の上で寝ているひとりの男を発見した。 好奇心旺盛な年頃、たまたま上ってみた木の上で見つけた男───彰衛門の頬を突付く。 彰衛門「う、いやんダーリン……」 みさお「……だーりん……?」 首を傾げる。 だーりんってなんだろう、ってゆういかにも解らないって顔で、みさおは首を傾げた。 それでも構わず頬を突付く。 彰衛門「や、やめろってダニエル……お、俺はそんな趣味は……や、やめっ!うわっ!?」 がばっ! みさお「わっ……」 男が勢いよく起き上がった。 みさおは内心驚きながらも、その男の目をじっと見つめた。 不思議な違和感を感じたからだ。 どういうわけか……─── みさお「………」 彰衛門「ぬお……」 どういうわけか、みさおはその男のことを既に信用していたのだ。 不思議な気分だっただろう。 初めて会う人物だというのに、この人は無条件で自分を守ってくれると信じてしまった。 だから、まず名前を知ってみようと思った。 みさお「あなたは誰ですか?」 彰衛門「身分低き者故、名乗るほどでは……」 みさお「低くてもいいです。わたしは、そんなことは気にしませんから」 彰衛門「うおう……」 なんとしても聞きたい。 今までいろいろなものに興味を持ったみさおだったが、 今この時ほど胸が弾むような気持ちになったことはなかった。 心の中が確信している。 この人は『弓彰衛門だ』と。 瞳の奥に悲しみを帯び、だからこそ……自分のような子供にはやさしくしてくれる。 そう思えるからこそ心が許せた。 それはきっと、どんな子供でも同じなんだ───と。 みさおはそう確信していた。 彰衛門「俺は弓彰衛門っていうんだ。よろしく」 だからその口からその名を聞いた時、飛び上がりたいくらいに喜んだ。 書物を見て、どういう人物だかを知っていたからではない。 ただその名に、信じられないくらいの安心を感じていた。 信頼して大丈夫。 きっと守ってくれる、と。 だからみさおは、出来る限りに彰衛門に会いにこようと心に決めていたのだ。 ───……。 みさおは呆然とした。 目の前で『ドラゴンカードゲーム爺さんのかめはめ波』をやっている彰衛門を見て。 みさお「……他のがいいです」 彰衛門「ぬ、ぬおお……」 彰衛門はそんなみさおを見て顔を赤くすると、 すぐさまにオセロ盤を取り出して別の遊戯をしようと取り繕った。 どうやらよっぽど恥ずかしかったらしい。 ───……。 オセロでみさおが39勝したあたりで、嗄葉がみさおを探しに来た。 彰衛門「ほれ、嗄葉が来たぞ。早く降りてけ」 みさお「あ……は、はい」 みさおは既にこの時、自分の気持ちが解っていた。 母や姉と一緒に居るより、彰衛門と一緒に居た方が楽しいと。 だからひどく名残惜しかった。 大樹を降りて、嗄葉の顔を見ても───心から甘えたいとか話したいとか思えなかった。 みさお「……ずっと……一緒に居られたらいいのに」 小さく呟く声はあまりにも小さく、嗄葉にも彰衛門にも届かなかった。 ───……。 嗄葉の注意が自分から逸れると、みさおは決まって彰衛門を探していた。 興味が尽きない……というのもあるけれど、傍に居るとひどく落ち着いたのだ。 遠慮のない性格と、自分を見るやさしい目がそうさせる。 なにより彰衛門の傍に居ると日常を感じることが出来た。 日常を感じられる……つまり、いつでも楽しく充実した時が過ごせるということ。 遠慮もなくぶつかって、笑って、怒って。 そうした時の流れが驚くほど速く感じるのは、彰衛門に日常を感じているからだと。 みさおはそう理解していた。 彰衛門「よぅ、どうした?こんなところに」 みさお「なんとなくです。こちらの方に彰衛門さんが居るような気がして」 彰衛門「そっか」 本当になんとなくだった。 何かに惹きつけられるように進んだ先に彰衛門が居ただけ。 けれどみさおは、 それが月の家系の波動を探知することが出来たからだということには気づかない。 みさお「………」 彰衛門「………」 興味が尽きない。 一緒に居たい。 こんな人と一緒に居られたら、毎日が楽しいだろうな─── 様々な思いが入り乱れる中、ふと気づいた石塚のことを訊いてみた。 けど、返ってくるのは素っ気の無い言葉。 ……なんとなく解ってる。 ここにあるものは危ないものだから、知らない方がいいんだと。 でも構ってほしくて、しつこく訊いてみると───彰衛門は寝たフリを決め込んだ。 けれどもそれはすぐに本寝になったことに気づくと─── みさお「………」 彰衛門の寝顔をたっぷりと観察してから、みさおはその場をあとにした。 ───…………。 みさお「えっと、これを……?」 彰衛門「ああ。これをこう持ってな?───こうっ」 シュッ───ゥウウウウン……ぽてっ。 みさお「わぁっ♪」 彰衛門「これが伝説に名高い『太卦頓墓(たけとんぼ)』だ」 みさお「たけとんぼ……」  ◆太卦頓墓───たけとんぼ  程よい大きさに切った竹をさらに切り、プロペラのようなカタチにする。  それを勢いよく回すことにより、竹のプロペラを飛ばすという奥義である。  『とんぼ返り』という語源はここにあり、  飛ばしてもすぐ戻ってくるところから名づけられたらしい(大デマ)。  *神冥書房刊『奥義・太卦頓墓の極意』より みさお「彰衛門さん、いろいろな遊戯を知っているんですね」 彰衛門「すげぇだろ。これでも遊びには自信があるぜ?」 みさお「わたしには一度も勝てませんけどね」 彰衛門「む!ならばまた勝負するか!?今度は『戸乱布』だ!」 みさお「とらんぷ……?」  ◆戸乱布───とらんぷ  トランプのことである。  明かりを燈すランプの語源はここにあり、  暗い雰囲気を楽しく払拭するところから名づけられている(極デマ)。  *神冥書房刊『男色ディーノ、その奥義』より 彰衛門「男爵じゃないのがポイントだ」 みさお「よく解らないです……」 彰衛門「それでえーよ♪楽しむためのものなんだから、楽しめればいいんだ」 みさお「はいっ♪」 ……次第に彰衛門自身もみさおに付き合うようになり、 みさおはそれから4年間の時のほぼ大半を、彰衛門とともに過ごした。 ……けど、その4年が経過してから───みさおが彰衛門と会うことはなかった。 ───……。 みさおが14になった時、嗄葉はそれを見てしまう。 みさおが座っている場所の草むらだけが、豊になっていることに。 それはまさしく、自然を癒し、人をも癒すと言われた『神の子の力』だった。 嗄葉は一時喜んだ。 これで、長女は生きることが出来、その後の家系も滅することはないと。 だが─── みさお「お母さま、お母さまっ!見てくださいっ!」 みさおが嗄葉に花で作った飾り物を見せた。 その笑顔は、あまりに眩しい。 そして……『生贄』にするには、あまりにも多くの時間をともに過ごしすぎたのだ。 自分を母と呼んでくれる子を、どうして生贄になど出来るだろう。 嗄葉そう思ってしまったら、そんなことは出来ないでいた。 だが─── 一月経ったある満月の夜のことだった。 音菜 「はっ……はぁっ……!はぁ……!!」 とうとう、長女の音菜までもが高熱に侵されたのだ。 もちろん、嗄葉に為す術などない。 嗄葉 「どうしてっ……!どうしてこんな……!」 声  「チャンスをくれてやっただろう」 嗄葉 「───!?」 虚空から声が聞こえた。 見てみれば、何も無い場所から真っ黒な服を来た男が出てきた。 ……ウィルヴス=ブラッドリア。……彼だった。 ウィル「なぜ14年間も時をくれてやったというのに、神の子の魂を献上しなかった」 嗄葉 「出来るわけがありませんっ……!!この子は……この子は……!」 ウィル「……拾いものだろう?」 嗄葉 「───!」 みさお「え……?」 みさおが、力が抜けたようにがくがくと震え始める。 ───そう。 みさおは、自分が拾われたことなど知らなかったのだ。 嗄葉も自分がずっと育てるつもりだったから、そんなことは言わなかったのだ。 ウィル「なんだ、知らなかったのか。それはヒドイことをしたな」 みさお「うそ……ですよね、お母さま……」 嗄葉 「っ……!」 みさおの問い。 だが、嗄葉は何も言えずに目を閉じ、歯を食い縛りながら俯くことしか出来なかった。 ───それが、少女にとって肯定だということ少女は知っていた。 みさお「そんな……」 ウィル「フン……いいか、娘。貴様は神の子だ……選ばれし存在だ。     神界などという、     天地空間の中では辿り着けるものが居ないと言われる幻想の世界の存在。     貴様は類を持たぬ至高の存在だ。だが……」 ブラッドリアがみさおを見下ろし、目を真紅に染める。 ウィル「……どうやら、『力』は産みの親に封印されたようだな。これは厄介だ。     だが……楔としては文句のつけどころのない存在だ」 みさお「……くさ、び……?」 ウィル「ほう……?」 みさおがブラッドリアの目を真っ直ぐに見て、その言葉を放つ。 死神の長たるその存在の目は、目を合わせただけで死する者すら居ると言われている。 それが、たった14の子供が逸らすことなく見つめたのだ。 ウィル「大した力だ。……楔に興味があるか?娘」 ブラッドリアの問いに、みさおは頷いた。 みさお「それで、お母さまの苦悩が晴れるなら」 小さな肩を震わせて、言った。 少女は、母の悩みなどとうに知っていたのだ。 嗄葉 「だ、だめっ……!なにを言うのみさおっ!!」 ウィル「───黙れ」 ブラッドリアの真紅の瞳が、嗄葉を射抜いた。 眼光だけだが、嗄葉は動けなくなってしまう。 ウィル「実にくだらん。貴様などよりこの娘の方がよっぽど強いぞ」 震える少女。 だが、それでもブラッドリアから目を逸らすことはしなかった。 ……心に刻まれている。 どんなことがあったって、物事から目を逸らすことはしたくない。 それは心に刻まれた信念だ。 どうしてそう思うかは解らなかったが、 みさおにとってそれは、掛け替えのない思いだった。 みさお「……お聞かせください。その『楔』というものと、わたしの関係を……」 ウィル「いいだろう、聞かせてくれる。     だが、貴様にとってそれは、死を意味することになるかもしれん。     それでも聞くか?」 ブラッドリアの言葉に、深く頷くみさお。 その目に、もう迷いはなかった。 ……母はただ、涙を流すのみだった。 ───……。 みさお「わたしが、神の子……?」 ウィル「そうだ。遥か未来からこの時代に飛ばされた者だ。     母は神の子である楓の転生体。父は……ほう」 みさおの額に触れ、その記憶を見ていたブラッドリアが口の端を歪ませる。 ウィル「奇跡の魔法か、これは驚きだ……。     死神と神の子の血に加え、     天界の至宝たる奇跡の魔法までもが貴様ひとりに流れているとは」 みさお「……?」 みさおはブラッドリアが言っていることが解らず、呆然とするだけだった。 だが、目を逸らすことはしない。 ウィル「……貴様、困っている者を見るとどう思う?」 みさお「え……?あ、あの」 ウィル「答えろ」 みさお「は、はい……その、助けてあげたいです」 ウィル「それが自分には到底出来ないような助けでもか?」 みさお「はい。少しでもいいんです。     その人にとってそれが少しでも救いになるのなら、それは素敵なことです」 ウィル「……重症な遺伝だな」 みさお「え?」 ウィル「……集中しろ」 みさお「す、すいません……」 ブラッドリアはみさおの記憶より深淵───その元素を探っていた。 どのような力が眠っているのかを見ておけば、刀への同調と融合も楽になるからだ。 それはみさおにも言えることで、 能力もなにも知らずに無理な同調をさせ、楔にしてしまっては、 みさおの意識がズタズタに破壊され、無事では済まないのだ。 みさお「……やさしいんですね、ブラッドさん」 ウィル「ブラッドリアだ。何度言えば解る」 みさお「ご、ごめんなさい……」 ブラッドリア自身、何故こうも世話を焼きたがるのかが謎だった。 以前の自分ならば、強引にでも、苦しもうが意識が破壊されようが、 無理矢理にでも同調と融合をしていただろう。 ウィル(……フン。シェイドに流れたのは失敗だったかもしれんな) 彼は、彼には似合わない、ぶすっとした表情で意識を集中させていた。 そんな折、みさおがクスクスと笑う。 ウィル「なんだ」 みさお「いえ、あの、子供みたいな顔をするんだなぁって……」 ウィル「───貴様っ!!真面目にやる気があるのかっ!!」 みさお「あわぅ───!?」 ウィル「う……」 再び彼らしくもなく叫んでいた。 そして頭を痛める。 ウィル(シェイド、貴様……!遊んでいるな……!?) 内に居るシェイドへ向けて言葉を放つ。 が、無視でもしているのか、無反応だった。 ウィル「いい度胸だ……」 みさお「ご、ごめんなさい……出過ぎたことを言ってしまって……」 ウィル「構わん、貴様は関係ない」 みさお「……?」 確かに死神の長にも関わらず、彼には感情があった。 だがそれは、先ほどのように叫んだりするほどの明確なものではなかった筈だった。 ……が、この有様。 ブラッドリアはやはり頭を痛めていた。 みさお「あの……わたしのお父様とお母様はどのような方なのですか?」 目を閉じて意識を集中しているブラッドリアに、みさおはそう問う。 が、ブラッドリアはその言葉を無視して目を閉じ続けた。 みさお「………」 みさおは残念そうに顔を俯かせると、再び目を閉じた。 …………。 みさおは、嗄葉から離れさせられながら暮らした。 寂しいとは思ったけれど、嗄葉の顔を見てしまったら最後、自分は死にたくなくなる。 だから、会うことを拒んだ。 ……拒み続けた。 その間にも、意識の集中は続けられた。 ゆっくりと紐を解くように、自分の中の暖かいなにかが広がってゆくのを感じた。 ───そして、ブラッドリアとみさおの邂逅から十日目の夜。 ウィル「……これを持て」 ブラッドリアが邪神刀-月光-をみさおに持たせた。 普通ならばその妖刀に触れるだけで災いが降り掛かるものだが、 みさおはそれを受けとめた。 ……契約はここに完了した。 あとは─── ウィル「解っているな。その刀を手にし、なんの影響もないということは」 みさお「……己が楔を意味すること」 ウィル「その通りだ」 みさおは真なる楔として認められた。 能力の回路も開かれ、神法力と死法力に加え、全月操力を身に宿している。 全ての能力が解き放たれてからずっと、みさおは心地良いぬくもりに抱かれていた。 それが親から受け取った唯一のもだと知っているからなのだろうか。 ウィル「本来ならば神法力と死法力の融合など、     成功しても体を滅ぼすことにしかならない。     だが……貴様は良い親を持ったようだ。     奇跡の魔法……それが貴様を破壊から救ってくれている」 みさお「奇跡の魔法……たしか、お父様がわたしを救うために使ってくれた……?」 ウィル「美談は好ましくないがな、そういうことだ。     そしてその奇跡の魔法は少しも衰えていない」 みさお「はい、感じます。多くの人の思いが、自分の中にあることを」 ウィル「……フン」 ブラッドリアは口数が多くなった自分を呆れていた。 会話をさっさと終わらせるように吐き捨て、みさおの目を見た。 薄い赤の色を宿した、その目を。 ウィル「心の準備はいいか」 みさお「……はい」 みさおは頷く。 だが…… ウィル「震えているぞ」 みさお「……武者震いです」 みさおは震えていた。 消滅を前に、震えていた。 精一杯の虚勢も、すぐに消えた。 みさお「……困りました。覚悟していた筈なのに……」 震えは大きくなる一方だった。 目には涙が浮かび、視界を滲ませる。 みさお「ごめんなさい……ごめんなさい……」 ウィル「何故謝る」 みさお「だって……ブラッドさんはわたしを立派な楔にしようと、     いろいろなことをしてくれました……。それなのにわたしは……」 ウィル「チッ……」 ブラッドリアは頭に血が昇りそうだった。 怒鳴りつけそうになったが、それを抑えるために舌打ちをした。 ウィル「戯けたか貴様。我は貴様に『死ね』と言っているようなものなのだ。     謝られる道理なぞ皆無だ」 みさお「……どんな形であれ、わたしは人が自分にしてくれたことを大事にしたいです。     ブラッドさんはわたしに『死ね』と言ったことは無かったし、     わたしにいろいろなことを教えてくださいました。     『未熟だった楔』を、『立派な楔』に仕立て上げてくれたんです」 ウィル「……戯けが」 ブラッドリアはつまらなそうに呟く。 みさお「ごめんなさい……。     わたし、ばかですから……こんな時になんて言えばいいのか解らなくて……」 ウィル「我は『死にゆく者』を『より死にやすい者』に変えただけだ。違うか?」 ……みさおはブラッドリアの言葉に首をゆっくりと振った。 みさお「……それは違います。     ブラッドさんはわたしが苦しまないように、能力を浮上させてくれました。     それはブラッドさんにしか出来なかったことで、わたしの中の温かみです」 ウィル「………」 みさお「最後まで生意気な子でごめんなさいでした……。さようなら」 みさおが刀を構え、両手で逆手に持ち───腹目掛けて勢いよく振った。 ブツッ、という音が鳴り、みさおの服が腹の部分から赤く染まってゆく。 みさお「っ……けほっ……!」 血を吐いた。 その血が、ブラッドリアのマントにかかる。 みさお「あっ……ごめ、なさ……っ!わた、し……」 刀で腹を貫きながらも、凄まじい激痛に襲われながらも、みさおは他人を気遣った。 その態度に、ブラッドリアは訳の解らない感情に襲われた。 そして気づけば───懸命に涙を流さぬようにしているみさおを、抱き締めていた。 みさお「あ……だめ、です……!服が汚れて……しまいます……!」 ウィル「戯け、黙っていろ」 みさお「……ごめんな……さい」 意識が朦朧とする中、みさおはそのぬくもりに抱かれていた。 今まで、額に触れる彼の指はとても冷たかったというのに。 ウィル「……らだ」 みさお「え……?」 ウィル「貴様がすぐ謝るのは……名前が弱いからだ」 みさお「そう……でしょう、か……」 ウィル「……そうだ。だから、名をくれてやる。そして強くなれ」 みさお「………」 みさおはブラッドリアの言葉に耳を傾けた。 その名を、決してこぼさないように。 ウィル「名乗るがいい。貴様の名は冥月。屠神、冥月だ」 みさお「めいげつ……?」 ウィル「そうだ。冥界に浮かぶ、一番力強き光のことを言う。     冥界の長である我にこの名を名づけさせたんだ……弱音は許さん。     神を屠れるくらい強き月の光であれ。その名に、相応しいくらいにな」 みさお「あ、はは……ブラッドさん……ずるいです……。     難しいことを……簡単に、言ってしまうから……」 ウィル「……構わん。強くあれ」 みさお「……はい」 みさおはブラッドリアに抱き締められながら、もう一度血を吐いた。 けど……弱音は吐こうとしなかった。 けれど最後に。 みさお「でも……ごめんなさい。     わたしが楔になれば……わたしには強いか弱いかなんて……関係が……」 ウィル「………」 ブラッドリアは、それが最後だと解っていたのか、耳を傾けていた。 そして、みさおが刀に飲み込まれる寸前、 『安心しろ』とだけ呟いて、抱き締めたままにその頭を撫でてやった。 ───やがて、刀だけが残される。 ウィル「……まったくだ。服が汚れてしまったな」 ブラッドリアはそう呟きながら、けれどその血を拭おうとしなかった。 そして床に落ちている刀を手にすると、その刀に自分の力を流し込む。 ───何故そうするのか。 死神の長たる者が、何故? ……いくら自問自答を繰り返そうと、その答えは出ない。 だが─── ウィル「……生きろ。そして強くあれ。貴様にはそれが出来る」 力を送り終えた時、自覚していた。 なんだかんだと言っても、いつの間にか───彼は心を許していたのだ。 疑うことを知らず、純粋そのものの馬鹿者に。 だから、刀の中に飲み込まれ、楔となるだけの少女に力を与えた。 少女が残した弱音を払拭するかのように。 そして少女は生き続ける。 その刀の中で、永い永い時を。 ───刀はいつからか『冥月刀』と呼ばれるようになった。    彼がそう呼んだためなのかは解らない。    が、その名はその刀とともに生き続ける。 ───少女は思う。    いつか永い時を経て、未来に存在するという両親に会えるかな、と。    もし会えたら、どんな言葉を贈ろうか、と。 ───その思いは永い永い時を経て、遥か先の未来で叶えられる。    言葉は伝えられなくても、自分がそこに居ることを伝えたかったのだろう。    遠い遠い未来。    その瞬間に訪れた喜びを胸に、少女は泣いた。    ずっと不安だった思い。    永い永い時の中で、ただひとつ苦しかった思いも、それで晴れた。    『自分は愛されていた』。    いらないから捨てられたわけじゃなかった。    それが嬉しくて、少女は泣き続けた。
───それは未来の物語。 遠く、永い時を経て、初めて親の愛を知った少女の物語。 遥か過去に委ねられ、遥か彼方の未来へと時を刻む少女。 心に不安を抱いたまま、けれどただ一度として泣いたことなどなかった。 それは、自分に名前をくれた人への感謝の気持ちでもあったけど。 いつかその時が来た時、少女はずっと溜めていた涙を流した。 ……弱いことは罪じゃない。 泣くことは弱さじゃない。 だけどいつしか、強くあろうとする思いに縛られ、涙を忘れていた少女。 ───けれど涙を思い出した時、少女は親の愛をも知ることが出来た。 そしてまた、永い永い時を生きてゆく。 ───永遠と続く、その永い永い未来を───
───……。 「……なぁ、ブラザー」 「……うん?どうしたブラザー」 とある街、とある病院の中───ふたりの男が顔を見合わせた。 「らしくない提案があるんだが……乗るか?」 「いきなりだな。だが、そもそも『らしさ』などを考える我らではないだろう。  なんだ、言ってみるのだブラザー」 双子の兄の方がチラリとひとつの部屋を見る。 そしてなんだかくすぐったそうに笑った。 「我らもあと少し経てば親になるだろう?だからな───」 「ふむ?」 「名を、ここで決めぬか?シルフィーと菜苗さんが納得出来るような名を」 「………」 双子の弟が、兄を見て呆然とする。 それは突然の申し出だったからじゃない。 現に───弟の方もその言葉をいつ繰り出そうかと悩んでいたのだ。 「……さすがだな、ブラザー。我も同じことを提案しようとした」 「……フッ、やはりかブラザー。我もそうなのではないかという予感は持っていた」 子供が産まれるのを待ちながらの笑みは、大した余裕が無さそうだったけれど…… 「名前はもちろん、アレなわけだな?」 「当たり前だブラザー……賭けてもいい。シルフィーは必ず女を産むだろう」 「ならば菜苗は男を産むな。我も賭けよう。そして───」 「ああ。名前は当然───」 名前が虚空に紡がれる。 その名前はすぐに病院の廊下に消えていったけれど…… ふたりは満足そうに顔を見合わせたまま笑った。 知り合いのふたりが消えて、どれくらいかぶりの笑み。 信頼していた男の奇跡の影響なのだろうか、その想いは人の記憶に残っていて、 ふたりはいつまでも忘れることなくその名を心に秘めていた。 ───今日。 そのふたりの子供が産まれる。 双子の兄弟の子供だからと、産まれる日まで同じとはと呆れたものだ。 ───そして。 ふたりは子供の名前など、ずっと前から決めていた。 もしかしたら『死んだ人の名前なんて嫌だ』とか言われるかもしれない。 だが、それこそ望むところだといった感じで、ふたりは弾けるように笑った。 やがて、今まさに聞こえた産声に耳を傾けて立ち上がる。 そんな瞬間から楽しみで仕方が無かった。 ───いつかその名前を受け入れてくれる時がくる。 けれどもそんなこともやがては過去となり、そいつはいつの日か思い返すのだろう。
───ぼくは、ぼくと同じ名を持ったその人が大嫌いだった、と───
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