───LunarCalendar───
───……そして───その場に立つ。 聖には先に俺の時代へと飛んでもらい、俺は別の時代の景色の中に立っていた。 ……そう。 その景色が懐かしかったのを覚えている。 かつて、その景色の中に身を委ねていた頃を思うと、どこか懐かしくて泣きたくなった。 ───『玄関は壊れてますから縁側へ回ってください』という張り紙を見て苦笑する。 目の前に存在する壊れた玄関は、まるで俺を拒むかのようにボロボロだった。 けど……それでもよかった。 俺はこの時代に居るべき人間じゃないし、俺には俺の時代がある。 そここそ俺の居るべき場所。 でも……今の俺には、この玄関はとても懐かしくて、眩し過ぎた。 手を伸ばして、そっと触れてみる。 ……途端、今まで繰り返した分だけ触れてきた感触が蘇った。 意思はなく、ただボロボロになって、玄関の機能を果たさないその玄関が儚かった。 クッ、と呼び鈴を押してみる。 すると、今まで忘れていたような音が鳴って、そのどれもを懐かしいと感じた。 もう一度張り紙を見て苦笑して、縁側へ向かう。 聞こえてくるのは『団欒』の声。 風が流れるたびに揺れる桜の花を眩しく眺めながら、その砂利道を歩く。 たっぷりと、時間をかけて。 やがて見えてくる縁側。 視線の先には悠介。 その腰に抱き着いている若葉ちゃんや、服を脱ごうとして倒れた水穂ちゃん。 すぐに寝息を吐くその顔は真っ赤で、お酒かなんかを飲んだんだろうと確信した。 懐かしい景色。 もしこの時代で生きていられたなら、その場に身を置けたという惜しさが沸いてくる。 眩し過ぎて、儚過ぎて。 汚れた俺なんかが触れてしまったら壊れてしまうんじゃないかって思って…… 俺は、その景色が見える場所で、ただその景色を眺めた。 ───ふと、ジャリ……と石が鳴った。 風に揺られたからか、ただ意思としてやったのか。 足下の石が音を鳴らした。 その音に気づいた悠介が俺を見る。 腰に抱き着いていた若葉ちゃんも今は眠り、その場には俺と悠介が残された。 ……驚愕の表情。 消えた筈の俺がここに居るという矛盾。 その表情は、それを物語っていた。 ゴツ、という音。 乾いた音とともに俺は悠介に殴られた。 わけも解らずに怒ってみると、あいつも怒っていた。 ───ただ、どこか懐かしくて。 自分の時代に戻れば、こんなことはいつまでだって出来るというのに…… 俺は、この一瞬を二度と感じることの出来ない時間なんだということを確信していた。 自分のために泣いてくれる人が居る。 それは、どれだけ嬉しいことだろう。 長い未来───違う歴史において、俺は目の前の親友を死なせてしまって。 そして……こうして自分だけ生きている。 ナムの思考が自分のものになってからというもの、その重みはいつだって俺の中にあった。 ……俺が親友に、残っていた未来を譲ってもらったのは確かだ。 申し訳無いと思うと同時に、そんな彼が自分に話し掛けてくれることがとても嬉しかった。 殴ってくれたっていい。 罵倒してくれてもいい。 ただ、自分にとってのただひとりの友達が目の前に居てくれること。 それが……とても嬉しかった。 神社の前に立って、振り向いてから『よっ』て言ってみた。 あいつはそんな言葉に苦笑しながらも返してくれた。 ウソを言うのは辛くて。 でも、自分が消える未来なんて知らないで居た方がいいんじゃないかって。 裏切る結果になったとしても、俺がこの時代に居る真実は告げなかった。 ……だって、俺は馬鹿だから……この未来の先でお前を死なせてしまうかもしれないから。 ───小さな冗談から始まる小さな喧嘩が嬉しかった。 世界は人がひとりひとりの行動をする度に変わる。 世界にはその行動の分だけの時空や時代があって、 もしかしたら俺と悠介がこうして殴り合える歴史が無い時代もあるのかもしれない。 ───殴り疲れて、石畳の上で寝転がって笑い合えることが嬉しかった。 ふと見上げてみた空は蒼かった。 そんな空を見て思った。 いつかずっと昔にも、こんなことをしていたんじゃないかと。 それは自分達が出会うもっと前。 偶然居合わせた子供が互いにいがみ合いながら喧嘩して。 それで、泣くことが格好悪いからと子供なりに意地を張っていた頃のこと。 そう……どこかの広い草原で。 ぼくが、キミと友達になる前に。 ───軽い冗談を受けとめてくれる友人が居ることが嬉しかった。 たっぷり楽しんでから、『幸せか?』と訊ねた。 あいつは途端に気まずい顔になって。 だけど、俺の目を真っ直ぐに見ていた。 そんなあいつに、俺は『相変わらずやさしいんだな』って…… 『言うことなんて決まってるだろ』って言って…… ───自分勝手に死んでしまった俺に、友人として接してくれることが嬉しかった。 あいつは理解してしまった。 あいつが気づいてしまうまではこの時代に居よう、なんて思ってた俺は苦笑する。 それでも決心が鈍る前に理解してくれてよかったって思う。 とんだ矛盾だったけれど、そんな弱さが今は大事に思えた。 ───『俺の記憶』を無くすことに悲しんでくれる友達の存在が、嬉しかった。 ただ、言葉を唱えた。 小さなお別れの言葉を。 しっかりと笑顔を作ってた筈なのに涙が溢れて。 やがて、俺は唯一の友達の記憶の中から、『弦月彰利』の記憶を消した。
「俺のことは忘れて、今の幸せを追いかけてみろよ、親友───」
それが、ぼくが子供の頃から一緒に居てくれた友達へ贈った、最後の言葉だった─── ───その黄昏が大好きだった。 ぼくらが出会ったその景色は今も色褪せず、 いつか喧嘩しながら友達になったぼくらが、今でもそこに居るようにさえ思えた。 ただ懐かしくて。 その木の幹に触れて、小さく苦笑した。 風に揺らされる木は儚く。 その黄昏の景色の中に、ぽつんと存在していた。 ───思えば。 ぼくはこの木に『自分』を重ねていたのかもしれない。 広い草原の中に一本だけある、孤独な木。 嫌なことがある度にその木に寄りかかっていた。 だから、その場所に訪れたあいつが邪魔だった。 邪魔だったのに───ぼくらはいつの間にか友達になっていて。 互いが互いをとても大切に思っていた。 春、夏、秋。 その季節を一緒に駆けて───やがて、別れも言えずにさよならをした。 すべてはこの木から始って、この木で終わる。 それはきっと、自分とあいつが同じ歴史に居るのなら変わらない。 どんな歴史であっても、俺とあいつはこの木の下で出会うって確信してる。 だから─── ───その木の下で、あいつを見送った。 空を飛ぶ死神に連れられて、あいつは帰ってゆく。 俺の傍なんかじゃなくて、家族の待つ家に。 いつかあいつの友達としてこの木の下に立っていた頃を思い出して、 俺はあいつに微笑んだ。 必死に手を伸ばすあいつの涙を見ながら、俺は小さく手を振った。 笑顔で、『また明日、この場所で』と─── ───……とても幸せな夢だった。 その夢を、ぼくは目覚める最後の瞬間まで見ていたいと願った。 でも、もう目覚めなくちゃいけない。 自分が居るべき場所に戻って、自分の未来を作ってゆこう。 どれだけ時間がかかったって構わない。 あいつがくれた『未来』という苗を、大事に大事に育ててゆこう。 そして、いつかその未来が枯れそうになった時こそ─── もう一度、この場所で出会いたい。 いつか約束したように……あの日、初めて出会った時のように、喧嘩をしたい。 その頃まで一緒に居られる保証なんてないけど…… だけど、その約束があるからこそ。 その思い出があるからこそ、ぼくらは生きる意味を持ち続けられる。 その未来が訪れた時、自分がどうしているのかなんて解らないし、知りたくもない。 けど───ただ願う。 どれだけいがみ合っても笑い合っても、どれだけの時間が経ったとしても…… ───どうか、いつまでも友達でいられますように、と。 そう言って笑って、俺は帰るのだ。 誰のもとでもなく、自分が居るべき時代に。 人生まだまだこれから。 ……さあ、頑張って幸せを掴み取ってみせますか。
───他の誰でもない、俺達の日常のために───
                               〜F i n〜 Menu back