───ぼくは、ぼくと同じ名を持ったその人が大嫌いだった。
行く宛てがあるわけでもなかった。 憶えてるのはそれだけ。 ただがむしゃらに走って、その世界に辿り着いた。 綺麗な桜だった。 それに気づいたのは、その桜が輝いてからだった。 ぼくはその大きな桜の木を見上げて、呆然としていた。 木が光るなんて知らなかったから。 真っ黒な世界に覆われた『夜』という時間の中、ぼくはただその桜を見つめていた。 すると、その光が空から降りてきていることに気づいた。 そして気づいた時には─── ……その光に守られるように、女の子が風に浮くように降りてきていた。 いや、落ちてきた。 ぼくの上に。 女の子は慌ててトン、と地面に足を着くと、ぼくに向かって言ったんだ。 『あなたの幸せのお手伝い、させてください』って─── 女の子「………」 凍弥 「………」 女の子はよく解らない長い棒のようなモノを頼りない両手で持ちながら微笑んでいる。 憎たらしいくらいのニコニコ顔だった。 そのニコニコ顔がふいに、かくん、と傾く。 ぼくが返事をしないから『?』というふうに首を傾げているんだと思う。 それでも顔はニコニコしていた。 なんかムカムカする。 ぼくは父さんと喧嘩してきたっていうのに、どうしてこんなに幸せそうに笑ってるんだ。 ぼくの顔を見れば不機嫌だってことくらい解ると思う。 女の子「あの〜……」 凍弥 「……なんだよ」 そうするつもりでもないのに、声が低くなった。 明かに怒っている時の声だ。 自分でもそれくらいは解った。 でもそれを感じられるくらいには冷静らしい。 冷静に怒ると激情を披露するよりも恐いっていうけど、 ぼくはそんな馬鹿なことはしない。 ……しない筈だ。 だって怒るのはあまり好きじゃない。 怒られるのが嫌なのに、相手にそんなのことして楽しいわけがないんだから。 女の子は守る相手だって父さんは言ってた。 ぼくはそんな父さんを尊敬してるし、かっこいいと思う。 だけど自分の名前は嫌いだった。 凍弥。 それがぼくの名前だ。 喧嘩の原因がそこにあることを、父さんは本気で怒った。 『凍弥』って人は父さんが尊敬する人らしい。 父さんがどんな風にその人を尊敬してたかなんて知らないけど─── ぼくはきっと、好きになれそうもない。 だって……その人はもう居ないのだから。 ぼくは存在しない人を尊敬出来るほど自分が器用だなんて思わない。 自分を『ぼく』って言うのだって、その反発の現れだ。 女の子「………」 相変わらず、女の子はニコニコしながらぼくを覗き込む。 ……なんか、やっぱりむかむかした。 だから叩いた。 チョップってやつだ。 てし、って。 馬鹿みたいに情けない音が鳴った。 女の子「わっ……」 女の子はその行為じたいにびっくりしたのか、少し距離を取ってぼくの顔を覗いた。 その顔はもう、ニコニコしてなかった。 だけど状況整理が終わったのか、またにっこりと笑った。 ……どうにもぼくは、人のしつこい笑顔が嫌いらしい。 それもその筈、父さんが尊敬する人が『笑顔好き』だったんだ。 ぼくはそこに反発を覚える。 だから……でしっ! 女の子「あっ……!」 今度は、あまり加減無しにやった。 少し、手が痛んだ。 女の子は状況を理解してないようにぼくを見て、 やがて痛んできたのであろう頭に両手を重ねてから……うるうると目を潤ませた。 凍弥 「……泣くなら泣けばいいだろっ!弱いやつなんか嫌いだ!」 女の子「うっ……くっ……うぁあああ……ん」 ……女の子は本当に泣いた。 近所のミキちゃんを泣かしそうになった時、 さっきの言葉を言ったら泣かなかったんだけどな。 なんだ……こいつ、ほんとに弱いじゃないか。 凍弥 「……ふん」 ぼくは罵倒を飛ばすように吐き捨てて、そこから離れようとした。 みんな、ぼくのことを嫌いになればいい。 どうせ『本当の友達』なんてものは幻想でしかないんだから。 ……昔から、ぼくは『友達』というものに疑問を抱いていた。 どこからどこまでが友達なのか。 どこからどこまで許されるのが友達の領域なのか。 どこまでが許されるのか。 例えば……ケシゴムを返し忘れた次の日に終わる関係なんて友達じゃない。 それでも知り合ったから友達だなんて寝惚けたことを言っているやつは居る。 どこかで聞いた言葉だけど、友達はひとりだけなんだと思う。 一生を歩く中でたったひとりだけ必要な、笑いながら殴り合えるくらいの人。 ハッキリ言えば、女の子なんて友達にしたくない。 叩いただけで人の見る目が変わってしまうその存在は、 人生においてのジョーカーでしかないと思う。 ……ぼくはあまり女の子が好きじゃない。 守る存在だ、なんて言われたって守りたいとは思わないし、 まず先に関わり合いたいとも思わない。 凍弥 「………」 そこまで考えて、ふっ……と苦笑する。 ここまで考える自分は普通の人達から睨まれている。 それを思い出したから。 ぼくはいわゆる、大人びた子供だった。 誰よりも先にゴールを目指すような馬鹿な子供。 どこで得たのかも解らない知識を持って産まれたような、怪しい子供。 仮面をつけながら話すのはもう慣れた。 人の話を真面目に聞きながら、それでもどこかで流しながら聞いている。 ぼくは実際、心を開いて喋った事なんてないんじゃないだろうかと……そう思う。 そんなぼくだが、父さんと話す時だけは遠慮がなかった。 ……ぼくは父さんが嫌いだった。 父さんはぼくに『凍弥』という名前をつけて、母さんとともにぼくを育ててくれた。 だけどその目はぼくじゃなく、『凍弥』という名前をつけた男の子を見ていた。 それはぼくであってぼくじゃない。 ようするに……『凍弥』って名前だったらそれでいいような顔。 言えば否定するだろうけど、ぼくはなんとなくそれを感じていた。 尊敬はしていても、それが好意とは限らない。 ぼくはそれを知っていた。 ぼくは泣いている少女に背を向けて歩き出した。 もちろん家に帰る気なんてない。 ここらへんで野宿するのも一興だ。 くいっ。 凍弥 「………」 袖を掴まれる感覚。 ぼくはその過程の一歩を踏みとどめたけど、気づかないフリをして歩き出した。 女の子「あっ……」 女の子はぼくが歩いていくとは思わなかったのか、すぐに掴んでいた袖を離した。 ぼくはそのまま歩いて……くいっ。 凍弥 「………」 また引かれる感触。 ぼくはまたイライラして女の子に向き直った。 凍弥 「……なんだよっ」 弱いやつは嫌いだ。 泣くヤツなんて信じられない。 だから……ぼくはぼくでさえ信じていない。 女の子「あっ、あの……………………お手伝い…………」 凍弥 「いらない」 ぼくは女の子の手を払って歩き出した。 払った瞬間、女の子が痛がった。 爪が妙な角度で当たって、傷をつけたらしい。 だけどそれだけだ。 ぼくには関係無い。 ぼくの目には女の子の涙なんて映ってなかった。 女の子「………」 また、泣く声。 人は人を傷つけるものなんだ。 どうしてそれを知ろうとしないんだろう。 傷つくだけなら接触しなければいいじゃないか。 ぼくはそう思う。 人が嫌になったら実力で排除したらいい。 文句があるのに言わないで陰口叩いているやつは人として認めたくもない。 そこに実力が届かないのなら、強くなればいい。 ……まあ、言うだけなら簡単だろうけど。 それが難しいってゆうこともぼくは知っている。 ……だからだろうか。 凍弥 「………」 女の子「…………?」 凍弥 「……用があるんだろ、早く言えよ」 女の子「え……?」 女の子はビクッとした表情で半歩下がった。 そこにはもう、本当にさっきまでの笑顔はなかった。 だけど無理矢理な笑顔を作って、ぼくを正面から見つめた。 ……人の目を見て話すやつは、そう嫌いじゃない。 凍弥 「……ほら、言えよ」 女の子「う、うん……」 女の子は下げていた腕をうんしょと胸の前まで持ち上げて姿勢を正した。 女の子「……あなたの幸せのお手伝い、させてください」 凍弥 「………………やだ」 吐き捨てて、ぼくはくいっ。 凍弥 「……離せ」 女の子「ま、待って……」 凍弥 「話は聞いた。もう用なんてないだろ」 女の子「あの、どうして嫌なんですか……?」 凍弥 「泣くやつは嫌い」 女の子「あう……」 凍弥 「弱いやつはもっと嫌いだ」 女の子「……ぅ」 女の子はまた目を潤ませた。 ぼくはもう、だからどうしたって感じだ。 声  「───おいおい、そんな言い方はないだろ」 凍弥 「……え?」 ふと聞こえた声に、ぼくは振り向いた。 そこには……男の人が居た。 男  「女の子はもっと大切に扱うもんだぞ」 凍弥 「なんだよにいちゃん、関係ないだろ」 男  「残念だったな、大有りだ。俺はこいつの……まあ、保護者みたいなものだ」 女の子「…………?」 女の子は男を見て首を傾げる。 男  「いや……そこで知らないって顔されるのはちょっと悲しいんだが」 凍弥 「関係ないんじゃないかよ。あっちいけよ」 男  「……口のへらないクソガキさまで」 凍弥 「だろうね」 男  「自覚があるってのはいいことだな。治す気はあるか?」 凍弥 「冗談じゃない」 男  「……あっそ。なぁミニサクラ、こいつはやめとけ。ムカツク」 女の子「みに……?」 凍弥 「なんだよ、人を指差すなよ」 男がぼくを指差して女の子に言う。 ……なんか偉そうなやつだ。 凍弥 「大体、どこから出てきたんだよ。足音なんて聞こえなかったぞ」 男  「はい?……しょうがないな、お馬鹿なクソガキさんは解らないとくるかぁ。     しかたないなあ、教えてやるかぁ」 凍弥 「……なんだよおっさん。偉そうに」 男  「残念だけどそれで俺を怒らせるつもりなら考えが浅いな。所詮子供だ」 凍弥 「なっ───!」 男  「俺は穂岸遥一郎。まあ……桜の精霊のようなものだ」 女の子「え───?」 男のふざけた言葉に、女の子は目をパチクリしている。 女の子「……あなたが、穂岸さま……?」 遥一郎「『さま』は勘弁な。でも、知っている通りだと思う」 女の子「……どうして姿を現せるんですか?     聞いた話じゃ……イマンシペイトを解放しなきゃ……」 遥一郎「……うん、いい質問だ。あのクソガキとは大違い」 凍弥 「う……」 男はいちいちぼくを見て鼻で笑った。 遥一郎「いいかいミニサクラ。この桜も結構成長してきてる。     俺がイマンシペイトに触れながら消えたからかどうかは解らないけど……     この桜にも『幸せ』を吸収する力があるみたいでな。     どういうことか告白スポットなこの木の下では毎度のように告白が、な。     好き合ったヤツしか来ないもんだから幸せも自然に溜まってな。     おかげでこうして、木の力だけで姿を作れるってわけだ」 女の子「そうだったんですか……。     あ、わ、わたし……ごめんなさいっ、名前も言わずに……」 遥一郎「サイファー=クレイ=ランティス、だろ?知ってるよ」 女の子「ええっ?どうしてですか?」 遥一郎「空と風はな、俺の友達なんだ」 男はそう言って笑った。 遥一郎「で?おいボーズ」 凍弥 「ボーズじゃない」 遥一郎「お?一丁前に反論か。お前、名前は?」 凍弥 「どうしてあんたに教えなきゃならないんだ」 遥一郎「知りたいからに決まってるだろ。そんなのことも解らないのか、クソガキ」 凍弥 「子供扱いすんなっ!」 遥一郎「クソガキのお前をどうやって大人扱いしろっていうんだ?     些細なことでヘソ曲げっぱなしで、女に八つ当たりするようなボーズを」 凍弥 「うっ……!」 痛い言葉だ、って思った。 痛くてズルイ言葉だ。 だけど……この人は俺の目から自分の目を一切逸らさなかった。 凍弥 「………」 嫌だったけど。 癪だったけど。 ぼくは、口を開いた。 自分を、名乗るために。 凍弥 「霧波川……凍弥」 遥一郎「凍弥……凍弥か。なんか、昔どこかで聞いた名前だな」 男はどこか遠い目をすると、ぶつぶつと何かを喋った。 凍弥 「おっさん。あんた制服のままだぞ。……もしかしてサボリか?」 遥一郎「……俺はとある時から時間が止まったままでね。     ───って、なんだよその『なんだよコイツ』って顔は。     あ、お前信じてないな?なんなら触ってみろ。なぁ?ミニ……えーと。     ひとまずお前はこの娘をサクラと呼べ。俺はミニサクラと呼ぶ」 サクラ「ミニ?」 凍弥 「なんのことだ?」 遥一郎「呼び方だよ。お前だのなんだのじゃあ呼び辛いだろ?」 凍弥 「………」 サクラ「ミニサクラ……」 凍弥 「ぼくには関係無い」 遥一郎「捻くれてるなぁ」 凍弥 「うるさいな。おっさんには関係ないだろ」 遥一郎「関係なきゃここまで首つっこむか。あのな、俺はこいつを見守る義務があるの。     貴様のような小僧がウダウダ言ってようがいまいが、     俺はミニサクラの……まあ守護霊みたいな役割を果たすさ」 凍弥 「……ぼくには関係ないじゃないか」 遥一郎「だから。少しは思考を回転させてから喋る努力をしろ馬鹿者。     ミニサクラがお前の幸せの手伝いをするなら、     俺が付くのは当然のことだろう」 凍弥 「な───」 遥一郎「なぁ、ミニ?」 サクラ「あ、あの……」 サクラはおろおろしていた。 ……冗談じゃない。 こんなヤツがぼくの家に来たら、それこそ父さん達がなんて言うか─── 遥一郎「ん?……ははーん?お前、親にどうのこうの言われるのが恐いんだろ」 凍弥 「こっ───恐いもんか!」 遥一郎「はーぁ、ガキだねぇ本当に」 サクラ「穂岸さま……聞いていたより口調が……」 遥一郎「遙一郎でいい。さま、は余計だ。……それに、ミニのためじゃないか」 サクラ「わたしの……?」 凍弥 「な、なに内緒話してるんだよっ!」 遥一郎「お前がガキだってことをな。     実行してもいないのに無理と決めつけるクソガキは、     そのまま帰ってママに甘えて寝るがいい」 凍弥 「むっかぁ……!」 なんだよこのおっさん! むかつく! 凍弥 「ぼくはガキじゃない!いいよっ、家に連れていってやるから!     でもおっさんは付いてくるなっ!」 遥一郎「………」 サクラ「あっ……」 おっさんがサクラの背中をトンと押した。 サクラがよろめいたからぼくは咄嗟にそれを庇った。 ───そしてその次の瞬間、もうおっさんは居なくなってた。 凍弥 「………」 サクラ「遙一郎、さん……?」 ……その景色に残されたのは暗がりの中に立つ、枯れた桜だけだった。 ─── 駅で見慣れた名前の切符を買って、電車に乗り込んだ。 サクラの分も買った所為で、ぼくのこづかいは絶望的になっていた。 凍弥 「………」 サクラ「………」 電車に揺られている中、サクラはひとことも喋らなかった。 ただ少し震えながら、ずっとぼくの服の袖を掴んでた。 ─── ……そして深夜、ぼくは自宅に辿り着いた。 サクラは目をコシコシと擦りながら僕の袖を掴んで離さない。 凍弥 「……どうやって切り出そう……」 いきなり『憑り付かれた』とか言ったら怒られるだろうし…… 声  「……凍弥?」 凍弥 「え?」 声に気づいてその先を見た。 玄関前に立っていたその影はぼくの所まで小走りに駆けて来た。 夕  「……どこに行っていたの?心配したのよ?」 凍弥 「……知らない」 夕  「凍弥……」 凍弥 「やめてくれよ……その名前、嫌いだ」 夕  「………」 ……くいくい。 凍弥 「ん?な、なんだよ」 サクラ「親に向かってなんてこと言うんですかっ」 凍弥 「え───?」 サクラが怒っていた。 どうして怒る必要があるのかが解らなかったぼくは、それが意外でならなかった。 夕  「凍弥……その子は?」 凍弥 「だからっ!そう呼ばないでくれったら!」 ぼかっ! 凍弥 「たっ───!な、なにすんだよっ!」 痛みに振り向くと、サクラが杖を持って怒り顔を作っていた。 サクラ「親を大切に出来ない人は、心が貧しい人です。     授けられた名前に反発しながら生きていくつもりですか?」 凍弥 「嫌いなんだからしょうがないだろっ!?」 サクラ「それではあなたは死ぬまでずっとそうやって自分の名前を呪うのですか!?」 凍弥 「っ───!」 ……心にズシンときた。 反発の言葉が浮かばない。 だけど女に言い負かされるのは嫌だったから、ぼくは声を張り上げた。 凍弥 「───死んだ人の名前を付けられて嬉しいわけないじゃないか!!」 サクラ「……わたしの名前」 凍弥 「……?」 サクラ「サイファー=クレイ=ランティスと言います。     ……その頭三つを取って『サクラ』と呼ばれています」 凍弥 「それがどうしたんだ……」 サクラ「知っていますか?     わたしのその呼ばれ名も、祖母の名前が使われてるんですよ」 凍弥 「………」 サクラ「確かに呼ばれ名くらいではあなたの痛みを知ることは出来ないかもしれません。     ですが……それはわたしじゃないんです。     わたしはサクラではなくてサイファーと呼ばれたかった」 ………同じだ。 ぼくだって自分は自分として呼ばれたかった。 みんながぼくを『凍弥』と呼んでも、自分が呼ばれたような感覚は襲ってこない。 ぼくの先に居る『閏璃凍弥』という人物を呼んでいるようで嫌だった。 遥一郎「いやいやいや、安心しろ、俺はちゃんとミニと呼んでいる」 凍弥 「えっ!?う、うわっ!?」 夕  「!───はぁあ……」 どさっ。 凍弥 「母さんっ!?」 サクラの杖から幽霊のように浮き出たおっさんを見た母さんが倒れた。 凍弥 「か、母さん!?母さん!」 遥一郎「……ふむ。オフクロさんが嫌いなわけじゃないんだな。     クソガキからガキに昇格してやる」 凍弥 「お、お前がいきなりそんなとこから出てくるからだぞっ!」 遥一郎「俺がどこから出てこようと勝手だろう」 凍弥 「ムカツクやつ……!」 遥一郎「お互いに、な」 サクラ「遙一郎さん、ダメですよ。喧嘩はいけません」 遥一郎「…………サクラの子孫とは思えない口調だな。     語尾に『です』は標準搭載だと思ったんだけど」 サクラ「そんなことはしません」 遥一郎「そっか。それより中に入るか」 凍弥 「───だ、だめだ!」 家の中へ向かうふたりを止めた。 遥一郎「どうしたガキ」 凍弥 「ガキって言うな!」 遥一郎「……で、どうした」 言い改める気もないらしい。 ムカツクやつだ。 凍弥 「今日は父さんと母さんの知り合いが来てるんだ……。     おっさんみたいな幽霊が居たら母さんみたいに倒れちゃうだろ……」 遥一郎「……気が回るんだな。ガキからボーズに格上げしてやる」 凍弥 「ホンッットにムカツク奴だなぁっ……!」 ───今日は朝から家に客が来てた。 家の近くにある元そば屋を代用した部屋にもその客人のいくらかが来ている。 遥一郎「お前ほどじゃない。可愛げのないボーズが何を言う」 凍弥 「ぐっ……!」 カラカラ……。 声  「こらー、うるさいぞー。夜中には静かにしろー!」 元そば屋の二階から見知った人が声を上げた。 遥一郎「…………観咲?」 その顔を見て、おっさんがそう呟いた。 たしかにあのおばさんの苗字は観咲だけど…… 雪音 「……はい?」 遥一郎「よう、久しぶり」 雪音 「─────────…………ホギ……っちゃん!?」 遥一郎「まだその名で呼ぶかっ!?」 雪音 「え!?えぇっ!?なんで!?どうして子供のままなの!?」 遥一郎「思考は大人だ。ちゃんと成長しとるわ」 雪音 「あ、ちょ、ちょっと待ってて!     今降りるから───って、まゆちゃん!まゆちゃん!?起きて!」 その影が中の方へ消える。 その時、おっさんが呟いた。 遙一郎「……そっか、不安だったが……。     俺がここに存在してる時点で俺に関する記憶は戻ってるってことか」 ……ドタバタと騒ぎたてながら、やがてふたりの人影が降りてきた。 真由美「与一くん……!?」 雪音 「ホギッちゃんてばどうしてこんな……」 遥一郎「……あのさ。幽霊でも見たような顔はやめてくれないか?」 雪音 「違うの?」 遥一郎「……えーとさ。最後に花見に行ったのは憶えてるか?」 真由美「え?あの……桜の木?」 遥一郎「ああ。あの木、いきなり生えただろ?」 雪音 「そうそう、怪奇伝承として着々と受け継がせてるよ」 遥一郎「すなっ!……あ、まあ俺はあの桜自身なんだよ。     いろいろあって桜の木になってしまったわけだ」 真由美「………」 遥一郎「それより……ええと。真由美さんの娘で悠季美ってコ、居たよな?」 真由美「え?う、うん」 遥一郎「どうしてる?」 真由美「うーん……独身のままで幸せを掴んでみせるからとか言って、     今はわたしの家の喫茶店をやってるけど……」 遥一郎「不幸ではないわけだ」 真由美「うん」 遥一郎「……そっか。よかった」 真由美「?どうして?」 遥一郎「幸せになってもらいたいからさ。まあこの話は忘れてくれ」 凍弥 「おっさん」 遥一郎「ん?」 会話に花を咲かせているおっさんを呼ぶ。 おっさんは会話を邪魔されたというのに気にする風でもなく、笑いながら振り向いた。 遥一郎「どうした?」 凍弥 「あ、えと……」 遥一郎「ああ、思考が纏まってないならゆっくりでいい。言いたいことを言え」 凍弥 「………」 変わったヤツだった。 ぼくの周りには居ないタイプだ。 ぼくの周りには人の話を待ってくれる人なんて居ない。 そう考えたら、こいつはそう悪いやつじゃないって感じた。 凍弥 「えっと……も、もういいから家に入れよ」 雪音 「こーらー、凍ちゃん?そんな言葉遣いしちゃでダメだって言ったでしょ?」 凍弥 「うるさい因業ババア」 雪音 「いんごっ……!?」 遥一郎「落ち着け因業ババア」 雪音 「ホギッちゃん!?」 ギロォッ!と、いつもの恐ろしい眼光で睨みを利かせる因業ババア。 ぼくはこの目は苦手だった。 けど、おっさんは動じることなくババアをからかっている。 …………明かに自分より格上であるその人は、 恐らく自分とは比べ物にならないくらいにいろいろな経験をしたんだと感じた。 柾樹 「……あのな、人の家の前でギャースカ騒ぐなよ……って凍弥」 凍弥 「!」 凍弥、と呼ばれて、ぼくの中の反発が吠える。 だけどここで怒ったら、いつまで経ってもぼくはボーズだ。 たった今、自分の中に目標が浮かんだ。 絶対、おっさんを超えてやる───! 凍弥 「な、なに、父さん」 柾樹 「その娘は?」 父さんがサクラを見て呟いた。 凍弥 「あ、その……」 サクラ「サイファー=クレイ=ランティスです。……サクラとお呼びください。     凍弥さんの幸せのお手伝いをするためにここに住むことにしました」 凍弥 「ば、ばかっ」 柾樹 「了承」 凍弥 「ええっ!?」 衝撃がぼくを襲った。 だけど父さんは構わず話を進める。 柾樹 「さ。凍弥、とサクラ。家に入りなさい」 凍弥 「───……わかった」 サクラ「はい」 反発を押さえる。 既に条件反射くらいまで獰猛になったその精神は、 押さえると胸の中に黒いものが溜まっていく気分になる。 だけど─── 遥一郎「暖かくして寝ろよ……『凍弥』」 ───そんな声が聞こえた時。 反発の心よりも……どうしてか、ぼくは嬉しいと感じた。 そんな蒼い季節の日々。 それを思い出へと変えながら、やがてぼくは成長してゆく。 気づけば大人に近づいていた自分が空を見上げた時。 久しぶりに訪れたその桜の木の下で、 俺はその『春』という季節に抱かれながら呑気に眠っていた。 Next Menu back