───凍弥二世と志摩兄弟と───
じゃりりりりりりりりんっ。 がしょん。 凍弥 「うー……」 目覚ましにチョップをキメて黙らせた。 そのまま時計を見れば、程のいい時間帯だった。 遥一郎「凍弥、朝だぞ」 凍弥 「うー、解っちゃいるけど体がぬくもりを欲しているわけで」 遥一郎「布団剥ぐぞ?」 凍弥 「そう言うなよおっさん……」 遥一郎「……外見が同い年なお前にはもう『おっさん』と呼ばれたくないんだが?」 凍弥 「ああ、俺はあんたの嫌がる顔を見ると目が醒めるんだ」 遥一郎「はぁ。だったら着替えて学校に行くんだな。     言葉遊びなら帰ってきてから付き合ってやるから」 嫌がる風でもなく、与一は言った。 ───子供の頃に出会ったそいつは、今も同じ姿で俺の周りをうろついている。 桜の精だから歳はとらんのだと言い切るそいつは、 昔はちゃんとした人間だったらしい。 そんな小説や漫画の中でしか御目にかかれないような怪しい現実の具現がこいつだ。 今ではおっさんと呼ぶよりは与一と呼ぶことの方が多く、 くだらない名前のしがらみから解放してくれたこいつが、俺はそう嫌いじゃなかった。 ……さて。 父さんが買い取った元そば屋───鈴訊庵ってところに俺は住ませてもらってるわけだが、 どうしてか与一もサクラも鈴訊庵の部屋を使いだした。 おかげで安住の地になったであろうそこは、とんだ牢獄じみた場所になってしまった。 なんと言っても、朝になると必ずサクラか与一が起こしにくるのだ。 たとえそれが休日であったとしても。 凍弥 「……着替えるから出てけ」 遥一郎「見守っていて欲しいなら話は別だが」 凍弥 「話に脈絡を持てよ。誰がそんなこと言った」 遥一郎「冗談だ。じゃあな」 与一が手をチャッ、と振り止めて去っていった。 俺はそれを見届けてから制服に着替えて、調理場に向かった。 元々そば屋だったそこにはダイニングやリビングなどという気の利いた場所はなく、 朝食を作るのは調理場、メシを食うのは客席と、そんなカタチになっている。 父さんが買い取る前は相当に汚れてたこの場所だけど、 業者さんに頼んで清掃してもらったら文句の言いようが無いほどに綺麗になった。 父さんはここをフリーの貸し部屋にしようとしていたらしく、 二階には部屋が四部屋ある。 俺と与一とサクラの3人が居るが、あとひとつが空いているのだ。 だけど別に入居者募集とか書いてあるわけでもなく、 俺達の内の誰かが誰かに持ちかけない限りはそこが埋まることはないだろう。 ……でも、今更誰かが来たって気まずいだけじゃないかと俺は考えてる。 凍弥 「っと、それよりメシメシ」 階下へ降りてレンジを回す。 そこにパンを突っ込むと、飲み物を見繕ってひたすら待つ。 やがてチーン、という音を聞くと、パンを手に取って元客席に座った。 今朝の食事はトーストだった。 それを牛乳で手早く流し込むと、共用トイレの手前の水道で顔を洗って歯を磨く。 そして気合を入れると、さっさと鞄を持って家を出た。 ……うん、よしよし。 サクラはいちいち五月蝿いからな。 見つかったりしたらまた、やれ襟が曲がってるだの行儀が悪いだの……。 そんなことを避けるあまり、朝は早く出ることが日課になってしまっていた。 一見馬鹿みたいなこの行為、実は俺自身も馬鹿みたいに感じている。 しかしながら……まあ早起きは三文の得って言うし。 凍弥 「フオオ……!朝露に揺れる風のなんと清々しいことよ……!」 ぬおおと伸びをして空気を肺に詰め込むように吸い込む。 ……うむ、心地よいぞよ。 自然に心が穏やかになるその朝。 て言っても毎度のことなんだが、俺はこの朝が好きだった。 静かで、穏やかなこの朝。 誰にも邪魔されないくらいに澄んだ世界は心にやさしい。 凍弥 「こんな日はなんだかいいことがありそうだよな」 ……ちなみにこの言葉は毎朝と言っていいほど使ってる。 明かに有り難味の無い言葉に思わず苦笑を漏らす。 のんびりと歩を進めるのは止めずに、空を見ながらてくてくと。 カラっと晴れてくれてなによりですよ、天候殿。 ドンッ。 凍弥 「ん?」 体に何かが当たったな。 なんだ?って─── 凍弥 「女の子?」 空から視線を戻すと、そこに女の子が倒れていた。 えーと……もしかして俺がぶつかったのか? あ、そりゃ何かが当たった感触はあったけど、随分軽かったし。 凍弥 「だ、大丈夫かっ?」 俺は慌てて手を伸ばした。 俺の責任なら立たせてあげるだけでも───びしっ。 凍弥 「あてっ!?」 伸ばした手が弾かれた。 女の子「───触らないでください」 凍弥 「………」 俺は訳が解らなくて混乱した。 いや……払われたのは何故とか、それは確かに思ったけどさ。 それは俺の不注意だったから叩かれても良かったが。 ……あれ?じゃあ何を疑問に思ってるんだ俺は。 そんなことを考えている内に、女の子は立ち上がった。 銀色の髪を揺らして、その薄く赤い瞳で俺を見た。 ……え? 銀色の髪?赤い目……? 凍弥 「キミ……」 女の子「……!」 髪の毛と目を見ていた俺に気づいたのか、 女の子は悲しそうな顔をして俺から距離をとった。 両肩を自分で抱くようにして、俯く。 凍弥 「その髪……その目……」 女の子「───やめて」 凍弥 「カラーコンタクトとビゲン早染めか?」 女の子「───」 女の子は唖然としていた。 どうやら図星らしい。 凍弥 「ふふふ、俺の洞察力と観察力を侮るなよ」 そうは言うものの、俺の思考の片隅で与一が『アホゥ……』と言って呆れていた。 そしてその女の子も呆れ顔を人形のような整った顔にしてその場を 凍弥 「って、なんにも応答無しかっ!?」 そんな言葉も無視して歩いて行ってしまう女の子。 凍弥 「…………なんだってんだ一体……」 近年稀に見る───いや、見ぬか? それくらいおかしな状況が今まさに? ……ただ単に嫌われただけか。 別にどうでもいい。 凍弥 「そんなことよりガッコだな」 ガッコ自体は好きではないが、知人友人との馬鹿話は好きだ。 そんな適当以外のなにものでもない気分が俺を学校へと誘うのだ。 ああ、これぞ神秘? 凍弥 「……間違い無く違うな」 もともと神秘だの神さまだの、そんなものなんぞ信じちゃいない。 ああ、存在を否定するわけじゃなくて、神が人の救世主だとか言うのを信じてない。 もちろん本当に救世主だとしたら余計にお断りだが。 誰かに命運を握られるなんて冗談じゃない。 凍弥 「っと、考え事よりも先だ先。時間はあるだろうけど道草する気分じゃない」 自分で言うことで意識して、俺は足を動かした。 別に勉強したくてそういうことするわけじゃないし、向こうに着いたら寝てしまえばいい。 如月高等学校の教師達はいい加減だからな、寝てても無視してくれるから有り難い。 ……さっさと行って眠気を貪るか。 そう思い立った俺は、なんとなく早歩き(当社比1.5倍)で学校を目指した。 凍弥 「………」 ……当社ってどこだろう。 ─── ……教室に入ると、日直がチョークを補充しているだけだった。 俺は軽く挨拶をすると自分の机に座って寝る体勢を取った。 授業なんてかったるいし。 ─── ゆさゆさ。 ……んぐ? ゆさゆさゆさゆさ。 凍弥 「……誰よ」 やる気のない声を搾り出して目を開ける。 が、うっすらと膜が貼ったように視界がぼやけてる。 うわっ、メクソか? 浩介 「もう昼だぞ凍弥」 凍弥 「ん……ああ、浩介か」 目の前で喋るこの平和そうでいていい加減そうな顔の男は志摩浩介。 俺の友?だ。 浩之 「そうそう、朝から寝てるのって相当スゴイな。でも昼飯は食わねばな」 目の前で喋るこの平和そうでいていい加減そうな顔の男は志摩浩之。 俺の友?だ。 つまりは同じ顔なんだが、言ってしまえば双子のこいつらは兄弟揃って俺の友達だ。 志摩 『なににつけてもグッドな目覚めを堪能した我が盟友よ!     今すぐ学食に行こうではないかっ!』 志摩兄弟が同じポーズを取って同じことを言う。 目覚めには見たくないワンシーンだ。 凍弥 「……鬱陶しいからやめてくれ」 浩介 「うおう、ひどいな盟友。だがそれでこそ我が盟友、凍弥。     つべこべ言わずに我らに付き合え」 凍弥 「友として賞賛するかゴリ押しで語るかどっちかにしろ」 浩之 「まあまあまあまあまあまあ、いいからとっとと立つのだ同志」 凍弥 「同志言うな」 浩介 「それではな。我は席の確保をするとしよう。     ブラザー、貴様は食事を死守するのだ、髻(もとどり)に懸けて」 凍弥 「髻は関係ないだろ……」 浩之 「チッチッチ、甘いな凍弥。こういうものはノリが肝心なのだ。     我から言わせてもらえば結果など二の次なのだ」 ……あ、そ。 浩介 「さて友よ。貴様にも使命を送ろう。     我としては盟友であるお前にモノを頼むのは心苦しいがな」 凍弥 「やめてくれ、気を使われる方が疲れる」 浩介 「うむ、我が盟友ならばそう言ってくれると信じていたぞ。     それでモノは相談なんだが」 凍弥 「ああ」 浩介 「我らのために歌ってはくれまいか」 凍弥 「却下」 浩之 「おううっ!どのような歌かも聞かずに断るのは盟義に反するぞ友よっ」 凍弥 「いいから……学食の席取っておいてくれよ」 浩介 「おっと、これはトンだ失態だな。我としたことが……よし行くぞブラザー」 浩之 「良しきたブラザー。それではな、盟友」 志摩兄弟は滑るようにズシャーと走り去っていった。 そして途中で衝突した男子生徒に何故かクロスボンバー極めて逃走。 なにがやりたいんだあいつらは。 思わず廊下に倒れて痙攣している男子生徒の心配をしてしまう。 やつらと衝突したのが不運だったな、男子生徒よ。 小さく念仏を唱えて学食を目指す俺であった。 ─── 昼の学食は殺伐としていた。 カウンターに群がる亡者の如き生徒達と、弾かれては口惜しそうに潜り込む生徒。 おお、醜いねぇ。 凍弥 「って、俺も人のこと言えないけどな」 俺は体に力を入れて人垣に─── 浩介 「盟友よ、面倒なことはこの際却下だ。     さあっ、我輩の掻き揚げうどんを食らうがいいっ」 凍弥 「……お前が自分のこと『我輩』って言うとき、あまりいい思い出がないんだが」 浩介 「それは気の所為というものだな同志よ。     我輩はただ貴様にこのうどんの味を知ってもらいたくてだな」 凍弥 「何が狙いだ」 浩介 「ふっ……くふふはははははっ!盟友は騙せんな。     モノは相談だが───凍弥よ。我輩に貴様の席を譲ってはくれまいか」 凍弥 「ん?ほら」 たった今座ったばかりの椅子からガタッ、と立って、席を促す。 浩介 「違う、早とちりをするな同志よ。教室の机の話だ」 凍弥 「……なんでまた」 浩之 「知らんのか盟友よ。今日は一年に転校生が来たのだぞ」 凍弥 「へー……それで?」 浩之 「その転校生の席がニ年で言う貴様の席なのだ」 凍弥 「………」 それと席を変わってほしいのと、何がどう関係してるんだ? 凍弥 「それで……なんだって席に座りたいって?」 浩介 「うむ。ミステリアスさに惚れた」 浩之 「我輩は対人拒絶っぷりに惚れた」 …………。 ふたりの話だと転校生は確かに居て、 しかもわざわざ一年の教室にまで行って質問しまくったらしい。 その前に俺も同行させようとして、ふたりして体罰に走ったらしいが、 そんな状態でも俺は熟睡だったらしく、クラスメイツ達に呆れられてたそうな。 でもその娘は完全に無視を決め込むと同時に、 人を拒絶するフィールドを展開してたらしい。 凍弥 「惚れる、か。俺には理解出来ない感情だな」 浩介 「それはまだそれに見合った人物に会っていないだけの話だ友よ。     好みにストレートが決まれば惚れる以外に道はないものだ」 浩之 「そういうことだ盟友」 凍弥 「ふ〜ん……ところでその惚れた娘ってゆうのはどんな娘なんだ?」 浩之 「知ってどうする?」 凍弥 「うん?知ってどうするも、知ったら知るだけだろ?」 なにを言い出すんだこの男は。 浩介 「正論だ。勘繰りは感心せんぞブラザー」 浩之 「そいつぁすまねぇブラザー」 浩介 「修正ィイイイッ!!」 ボグシャアア! 浩介の拳が浩之の頬を的確に捉えた。 浩之 「ラブリィイイッ!」 浩之が奇妙な断末魔をあげて大地……いやもとい、学食の床に沈んだ。 凍弥 「それで?その娘って?」 浩介 「うむ」 だが俺は無視することにして、浩介もそれに習った。 浩介 「その娘の名は朧月 椛(おぼろづき もみじ)といってな。     髪の色は銀色、目はうっすらと赤く、どこか人間離れを見せつける娘でな」 銀色……赤? 凍弥 「あ……多分俺、その娘のこと知ってるぞ」 浩之 「ほほう、盟友も隅に置けんな」 凍弥 「……よう、目覚めたのか」 浩之 「インパクトの瞬間に自ら飛んだのでな、     大袈裟に吹っ飛んだのはそういうことだ」 凍弥 「そ、そうか」 元気なやっちゃなぁ。 浩介 「それで盟友よ。貴様の知っているその娘はどのような?」 凍弥 「浩介が言った通りだよ。     銀髪で目が赤くて、なんか……うん、綺麗とカワイイが混ざったような娘」 浩介 「ほう?女人とは好んで付き合おうとしない同志にそこまで言わせるとは」 凍弥 「だから、お前は別に女が苦手なわけじゃないんだから……。     意味も通らないのに俺を同志って呼ぶなって」 浩之 「それは違うぞ盟友よ。我らは同じ秘密を共有した盟友ではないか。     あのサクラという小娘が人外の力を持ったオナゴであることを公言しないという、     そんなプロミスの名の下に確立されたこの絆、ナニモノにも変え難い」 浩介 「盟友=同志と、この辞書にも書いてあるであろう」 凍弥 「お前が辞書持ってると気持ち悪いよ」 浩介 「そうか?ふむ、そうか。これは意外な反応だったな」 凍弥 「意外か?ああ、まあいいけど。とにかく席替えを希望してるわけだ」 浩之 「話が解るな同志」 凍弥 「だが……俺の席はひとつしかないぞ。どう座るつもりだお前ら」 志摩 『───』 志摩兄弟が呆然とする。 凍弥 「言っておくが、俺に決めろって言うのは却下する。     それを強制させられるくらいなら席は譲らない」 浩介 「くっ、さすがは盟友。先の先まで読んでいるな」 浩之 「そう誉めるな」 浩介 「お前を誉めた覚えは無いぞブラザー」 凍弥 「あー……どうでもいいけどメシ食えよお前ら……」 すっかり冷めてしまった料理を見る。 浩介 「───しまった!我の掻き揚げうどんが!     というより盟友よ、食っていなかったのか」 凍弥 「俺は奢りほど警戒するものはないんだ。     親切なヤツほど何かを企んでる、ってね」 浩之 「荒んでいるな、友よ」 凍弥 「そう誉めるなよ」 浩之 「誉めてはおらんがな、まあいい。     ブラザー、それで我と貴様、どちらが椛と同じ席に座るかだが」 凍弥 「……既に呼び捨てなのか」 浩介 「おっと勘違いするなよ盟友よ。これは椛が自分で言ったことだ。     『ちゃん』だの『さん』だの言われるのは嫌だそうだ」 ……そっか。 でもそれにしたって抵抗もなく、 むしろ当然というかのように呼び捨ててるお前らも相当だが。 それよりむしろ、一年に居る人物と同じ位置にある席に座って嬉しいか? 凍弥 「……なぁ、ふたりとも」 キーンコーン…… 凍弥 「ぐあっ!?」 浩介 「おお、昼食の時間が終わってしまったな。残念だったなブラザー」 浩之 「ざまぁないなブラザー」 凍弥 「……お前らさ、互い互いで足引っ張って面白いか?」 浩介 「こうすることで互いを高めるのだ。それくらいは暗黙の了解だろう盟友」 浩之 「さあ、冷めてしまっていようが腹に入れば同じこと。我は食うぞ」 浩之が、既に油の浮いたラーメンをマズそうにすする。 浩介はすっかりフニャけた掻き揚げを摘んでがっかりしていた。 ……ちなみに俺は何も食べてない。 浩介 「───うむ。うどんの一気飲みは危険だから真似をするのは推奨できんな」 凍弥 「うわっ!やりやがった!」 見ればもううどんは残っていなかった。 どうやらマジらしい。 浩介 「盟友よ、貴様は食わんのか?」 浩之 「そうだぞ盟友。断食はお肌と筋肉の敵なのだぞ」 凍弥 「……解った、食うよ。どうせ今行ったって授業には間に合わないしな。     怒られるって解っててわざわざ早く行くのは馬鹿のすることだ」 浩介 「正論だな。だが我は行こう。幸いなことに、もう食し終えたからな。     次の授業は出席の回数がヤバイ教科なのでな」 浩之 「我もだ。同行するぞブラザー」 浩介 「好きにしろブラザー。だが邪魔と感じたら叩き落とすぞ」 浩之 「望むところだブラザー」 フフフと笑いながら学食を駆け出てゆく志摩兄弟。 ……って 凍弥 「おーい!この食器、俺が片付けるのかーっ!?」 ………………。 だめだ、もう行っちまった。 仕方なく俺は、とぼとぼと食器を片付けるのであった。 くうう、情けない……。 Next Menu back