───いじめ格好悪い───
凍弥 「……つまり、朧月にはあの娘は見えてないってことかぁ……」 浩介 「オウ?なんのことだ?」 屋上から降りてきて数時間後の放課後。 俺は志摩兄弟の面倒を見ていた。 教科書を見ながら溜め息を撒き散らしている志摩兄弟の面倒は、なんだかおかしい。 浩介 「それにしてもあの寒気はなんだったのやら。身の危険を感じたぞ」 凍弥 「そかそか。そりゃよかった」 浩介 「……投げ遣りにそげなことを言われると我は悲しいのだが?」 凍弥 「まあまあ。いーから勉強しろよ」 浩介 「しかし、まるっきり解らんぞ」 凍弥 「理解してくれ。俺が帰れないだろうが」 浩之 「そう言うな盟友。我らは盟友同士だろう」 都合のいい時だけ盟友だもんなぁ。 でもまぁ、馬鹿やれるってのは大事なことだ。 凍弥 「……はーぁ……俺の部屋に来るか?俺は帰りたい」 浩之 「うむ、その方がよさそうだな」 凍弥 「だろ?……大体にしてどうしてこんな遅くまで……」 ……ちなみに言うと、外は中々暗かった。 浩介 「だが、その要求を飲むわけにはいかんな」 凍弥 「へ?どうしてだ」 浩之 「馬鹿め、何故我らがこの時間まで解らん勉強内容に堪えてきたと思っている」 凍弥 「…………何故って……」 ……………………? 凍弥 「ってまさかっ!!お前ら答案ムグゥウッ!?」 浩介 「フフフ……それ以上は禁句だぞ盟友……!」 浩之 「我らの野望は凍弥の野望……!ともに歩まん外道の道!」 凍弥 「お、お前らムグゥッ!!グムゥウウッ!!」 浩介 「まあ見つかった時は貴様を置いて全力で逃げるが」 凍弥 「───ぷはっ!……お前さ。ホントに俺を盟友だって思ってるのか?」 浩介 「もちろんだ同志」 浩之 「ああもちろんだ。我が逃げ遅れたとしても気にするな。     必ず貴様に罪をなすりつけて逃げてくれる」 凍弥 「……盟義に反するぞ」 浩介 「フフフ、それが盟約というものだ。     たとえ何処にあれど、貴様が盟友であることに変わりない。     ようは気持ちなのだ。罪をなすりつける程度では消えぬよ」 凍弥 「そうかぁ?」 すっごい怪しいんですが? 浩介 「だが、夜の校舎を俳諧しているのが真に椛だとしたら、     我が確かめるしかないだろう?     そのためなら貴様が犠牲になろうと、我は強く生きるぞ」 凍弥 「………」 やっぱり怪しさ最強でした。 この野郎……。 凍弥 「ま、いいや。答案盗むにしてもお前らだけで行ってくれよ?     俺はここで寝てるから」 浩介 「なにを言う、貴様も来るのだ。我らだけでは頭脳が足りずに掴まるだろう」 凍弥 「そんなこと偉そうに言うなよな……聞いてるこっちが悲しくなるわ」 浩介 「ぬ?そうか?事実は事実として受け止めねばどうにもならぬぞ」 凍弥 「お前の中にある『物事の事実』ってのがよく解らんのだが」 浩之 「つまりブラザーが馬鹿ということだ」 凍弥 「ああ納得」 浩介 「修正ィイイイイッ!!」 ボグシャアッ!! 凍弥 「ラブリィイイッ!!」 浩介の拳が俺の頬を捉えた。 だが俺は志摩兄弟の真似をして自ら後ろに飛んだ。 ……なるほど、これは確かに面白い。 浩介 「なにぃ!?志摩に伝わるバックステップを閃かせたというのか!?」 凍弥 「そんな大袈裟なものじゃないだろ。     それにお前らの闘法をマスターすると絶対喧嘩には負けると思うぞ」 なんてったって避けることが身に染みてるから、 殴られ続けられればバックステップばかりして後方不注意になるし。 浩之 「よくぞ見破った……さすがは盟友」 凍弥 「一度戦えば解ると思うけど」 浩介 「ふむ。まあいいだろう。もう少ししたら我とともに行動するのだ。     その目指す先に我らが望む至宝が存在する」 凍弥 「至宝って……もうちょい自分でなんとかしようって思わないのか?」 志摩 『思わぬ!!』 凍弥 「………」 それは大層自信に満ち溢れた返答でしたとさ……。 ───上履きを脱いで行動は開始された。 足音がするよりこちらの方がいいとの提案。 付け加えると、その提案をしたのは浩之だったりする。 浩介 「では宿直のセンセを欺きながらのこのミッション……     味方を見捨ててでも答案を死守せよ……!」 凍弥 「死守って……守るんじゃなくて奪い取るの間違いだろ?」 浩介 「黙れ!寸分の狂いも存在せぬわ!」 凍弥 「………」 目的のためなら本気で盟友も突き落とすだろうなこいつは。 浩之 「ミッションを報告するッッ!!」 浩介が異様なオーラを発している中、浩之がクワッと目を見開いた。 浩之 「まずこの教室で盟友が大暴れして捕まってる隙を見て我が答案を手にする」 凍弥 「いきなり犠牲者を出す方法なのかよ!     せめてまず誰も犠牲にならない方法とか考える気ないのかっ!?!」 浩之 「微塵にも無いッ!!」 凍弥 「………もうイヤ……こいつら……」 呆れ果てるしかなかった。 ─── 凍弥 「しっかしさ。反省テストに答案なんてあるのか?」 浩介 「ある。絶対にだ」 凍弥 「あー……ど、どうしてそう思うんだ?」 浩介 「筋肉番付No.1馬鹿マッスル佐藤シャンポリオンが答案も無しに企てるわけがない」 凍弥 「いつの間にか凄まじいあだ名に昇華してるのな……」 でも的を射てる。 浩之 「そういうことが理由で、我らはこの計画を考えついたわけである」 凍弥 「そか。そんじゃあついでに質問。     その筋肉馬鹿が自分でも解らんような問題になるであろうテストの答案を、     むざむざ置いていくと思うか?」 志摩 『───……』 そう。 馬鹿マッチョシャンポリオンは並の馬鹿ではないのだ。 テストだって必死こいて難しいものを厳選してるに違いない。 そうなると───ああ、そうだ。 自我自賛のような気分で問題の答案用紙を手にしながらニヤニヤしている可能性が高い。 だとしたらこの行動は全くの無意味。 凍弥 「どうする?それでもやるのか?」 志摩 『………』 志摩兄弟は考える。 浩介 「……うむ。今日のところはこれで勘弁してやろう」 浩之 「うむ。明日という期間中にシャンポリオン宅を襲撃して答案を入手する」 凍弥 「俺は手伝わんぞ」 志摩 『だめだ』 凍弥 「そ、即答すんなっ!俺はやらんぞ!」 浩介 「なにを言う同志。貴様それでも盟友か?」 凍弥 「……お前さ、目的遂行のために暴走してないか?」 浩介 「そのようなことは一切ない」 浩之 「むしろ我らは貴様のためならたとえコンロの前や水溜りの上」 凍弥 「小ッさ!スケール小さすぎるぞ!火の中、水の中くらい言えないのか!?」 浩之 「我には無理だ。そのような嘘はつきたくないな」 凍弥 「……だよな」 浩介 「口説き文句でもあるまいし、そのような世迷言を唱える者の気が知れぬよ」 凍弥 「だよなぁ……」 浩之 「な、何故我を睨むかな?」 凍弥 「いや、スケール小さくて当然だなって」 浩之 「……どういう意味だ」 凍弥 「人のために火の中水の中に入れるのは相当だって意味だよ。     その時にならなきゃ出来るかどうかなんて安い返事は出来ないよなって話」 浩之 「むう」 誰かのために頑張れるってのはいいもんだろうけど、 死に直面してまでってゆうのは別問題なんだと思う。 浩介 「……ここでこうしていても仕方ない。帰るか?」 凍弥 「そうだな。賛成だ」 浩之 「だな。では行くか」 上履きを履いた志摩兄弟が鞄を手にして教室を出てゆく。 こういう時だけは足速いんだからなぁ。 さて俺も……っと? ………… 凍弥 「……何か用か?」 教室の窓際に少女が居た。 浅美、だったっけ。 凍弥 「朧月の傍に居てやらなくていいのか?」 浅美 『……下駄箱に椛ちゃんが居ます。行ってあげてくれませんか?』 ブレるような声。 実体が無いのに喋ってるんだから、普通に聞くより違和感が存在する。 凍弥 「……まさか、また靴隠されたとか」 浅美 『………』 図星か。 ったく、どうしてこう……! 凍弥 「一緒に来い。見えないからって、離れられると不安になると思う」 浅美 『……はい』 俺は鞄を持って駆け出した。 ったく!イジメ馬鹿ってのはどうしてこうワンパターンなんだ! もっとレパートリーを増やしてだな……。 凍弥 「───ってそうじゃねぇだろっ!アホか俺はっ!」 とにかく急ごう! ───階下、下駄箱に駆け下りると、俺は朧月の姿を じゃんじゃがじゃじゃん・じゃんじゃんじゃじゃんじゃん、 じゃんじゃがじゃじゃんじゃん♪ 浩介 「オウイェーイ!」 じゃんじゃがじゃじゃん・じゃんじゃんじゃじゃんじゃん、 じゃんじゃがじゃじゃんじゃん♪ 浩之 「オウイェーイ!」 ……探す前に、思いっきり呆れた。 凍弥 「何やっとんじゃいお前らぁあっ!!」 浩介 「むっ!?邪魔をするな同志!我らは椛のために賑やかな曲を」 椛  「迷惑です」 志摩 『ギャア!?』 ズキーンという擬音が聞こえた気がした。 ……哀れだな。 浩介 「……ところでどうしたのだ同志……。遅かったではないか……」 絶望の淵に居るような顔で話題を逸らそうとする浩介。 ……見れば見るほど悲しいな。 凍弥 「あー、ちょっと話をしててな」 浩之 「話?あの教室には───っと、貴様は霊とかが見えるのだったな」 凍弥 「───っ!」 浩之 「……ムグ?」 慌てて浩之の口を塞いだ。 恐る恐る朧月を見てみると…… 椛  「………」 困惑顔で俺を見る朧月。 ……はふぅ、どうやら聞き取れなかったらしい。 それとも意味が解らなかったか。 凍弥 「あ、えーと……独り言だ独り言っ!ひとりで話してたんだよっ!」 浩之 「……ヴム」 うむ、と頷く浩之。 安堵の息を吐きながら口に合わせていた手を離すと、浩之が息を吐いた。 ……その視界の隅で未だ上履きのままの朧月が居た。 凍弥 「……。───あ、俺用あるからこれでな。ちょっと急ぎなんだ」 浩介 「ぬ?ちょっと待て同志。今ちと困っていたのだ。椛の靴が」 凍弥 「そんじゃっ!」 靴を履いて飛び出した。 ここの学校の鍵は内側からなら簡単に開けられるものだから苦労はない。 浩之 「同志!?同志っ!人の話は最後まで───」 悪いと思ったが、志摩兄弟の話を無視して走り去った。 ───校舎の外に出ると、人目のつかない場所まで走って彼女と向き合う。 凍弥 「……どこに隠されたか解るか?」 浅美 『………』 コクリと頷く浅美とやら。 凍弥 「あ、えと……浅美、でいいんだよな?」 浅美 『……はい、浅美です。それより……早く靴を……』 凍弥 「ああ。それで……どこだ?あっ、勢いで出てきたけど、外でも大丈夫かな」 浅美 『はい。外にありますから……』 凍弥 「そ、そうか。それで?」 浅美 『プールの方です。こちらへ』 凍弥 「ああ」 浅美がプールの方へ向かってゆく。 その表情はどこか申し訳なさそうな顔だった。 凍弥 「………」 戸惑いながらも、俺はそれを追って走った。 ─── ……プールまで来ると浅美がプールを指差した。 俺はその先を見て……なんとなく理解した気がした。 とはいえ……まさか中に放り投げたのか? ったく!どうしてこう面倒なことばっかりするんだイジメ馬鹿ってやつは! もっと建設的なことに頭を捻ろってのボケが!! 凍弥 「……〜っ!」 がしゃがしゃとフェンスを登る。 まったく、面倒くさい……っ! なにやってんだ俺……! 凍弥 「───っと!」 フェンスの上から内側に飛び降りて中を探る。 凍弥 「どこだ?」 浅美 『………』 ……浅美は何も喋らない。 凍弥 「……まさか……中、か?」 浅美 『………』 浅美はゆっくりと頷いた。 最初から気まずそうにしてたのはそういうことか。 凍弥 「………」 プールの水はずっと取り替えられてない。 去年の夏以来か? ……妙な虫とか居なきゃいいが。 あ、そうだ。 凍弥 「なぁ。せめてどこにあるかくらい解らないか?漠然と探すのは効率が悪い」 浅美 『………』 浅美は水の中の一点を指差す。 ……まいったな、潜らないと届かない。 凍弥 「………」 浅美 『………』 はぁ。 凍弥 「そんな顔するな。ちゃんと取ってやるから」 そう言って笑いかけてみたが、どうしても苦笑気味になってしまう。 でもまぁ、仕方ないか。 よっしゃ。 どうせ入るなら兼ねてより研究中だった技を─── 凍弥 「後方伸身大回転4/1捻りエビ投げエントリィイーーーーッ!!」 タンタンタンタンッ、バッ!───ぼしゃああああんっ!! 凍弥 「ギャーッ!!謎の虫がっ!虫がぁあっ!     あ、ゲンゴロウ!?いや、タイコウチか!?     どうでもいいからズボンの中に入るな!や、やめろこらっ!!」 プールに入った途端、謎の虫が俺のズボンの中に侵入する。 ウヒョオ!!気色悪ィ!! 凍弥 「ぐっ、と、とにかく虫と戯れてる場合じゃないよなっ……!!く、靴は……」 足で探ってみる。 しかしその度に、コケのようなもので滑りそうに 凍弥 「って、お、おぉわっ!?」 ───ばしゃああああんっ!! 凍弥 「ブッ!!ぶへっ!!」 うおお!顔に虫が!虫が───あ? 凍弥 「……この感触。……靴、か?」 コツンと足に触れたものを取ろうとする。 ……しかし伸ばしたところで届かない。 凍弥 「結局潜るんかい……」 呆れる。 ほんと呆れる。 凍弥 「……しばらく水なんて見たくなくなるかもな。いざ───っ」 ばしゃあんっ!! 水の中に潜ってその物体に手を伸ばす。 目を開けていられないので足の感触に頼るしかなかった。 ───と、これかっ! 凍弥 「ぷはっ!はぁ……あ〜……靴、だな。良かった……」 さっさと出たい。 ということで 凍弥 「くっは……!よっ……!」 ざぱぁっ。 音を立ててプールから上がる。 うあー、豪快に濡れたな……くそっ。 ひとまず上着脱いだ方がいいよな……。 凍弥 「上着くらい脱いで入ればよかったな……アホか俺」 上着を脱ぎながら愚痴る。 うへー、妙な虫がべっとりくっついてるよ……。 浅美 『ごめんなさい……』 凍弥 「え?ああ、ははっ。キミが謝ることじゃないよ。     それよりどうしようか。靴は取れたけど、濡れてちゃ履けないだろ?」 浅美 『………』 凍弥 「え?そこの脱衣所?……ああ、そっか。ドライヤーくらいあるかもな」 浅美 『ごめんなさい……』 凍弥 「謝るなって。それだけ朧月のこと好きなんだろ?」 浅美 『……不思議ですね。霊体に親身に話をする人なんて初めてです』 凍弥 「目を見れば危険な霊か否かくらい解るつもりだよ。     えーと、それじゃ……うん、タワシはこれでいいか。     ドライヤーっていってもタワシかなんかで洗ったあとじゃないとな」 タワシをムンと構えてさっそく 凍弥 「───……」 早速…… 凍弥 「……洗眼水で靴洗うことになるとは思わなかったぞ」 水泳後に目を洗うアレで靴洗いを始めた。 うう、どうして虚しいんだろう……。 ─── ゴアァアアーッ……。 ドライヤーが音を鳴らしている。 もちろん髪に当てているわけではなく、洗い終えた靴に当てているのだ。 し、しっかし…… 凍弥 「へっ……ふぇっ……ふぇぁああっくしょおおぉいっ!!」 グ、グウム……。 明日あたり、風邪ですかねぇこりゃ。 浅美 『………』 凍弥 「こーら。そんな顔すんなって。     これは俺が勝手にやったことだから……っと、よし。     これだけ乾けばもう最強だろう。それじゃあ行くか?」 浅美 『はい……すいませんでした』 凍弥 「んー……あのさ、俺はべつにキミを驚かせたり怖がらせたりしないし、     朧月にだってそんなことはしないよ。     だから、本人がいいって言ってるのに謝るのはやめてくれないか?」 浅美 『………』 凍弥 「まあ、ゆっくりでいいから。じゃあ行こう」 浅美 『……はい』 その言葉を聞いてプールをあとにした。 ───じゃんじゃがじゃじゃん・じゃんじゃんじゃじゃんじゃん、 じゃんじゃがじゃじゃんじゃん♪ 浩介 「オウイェーイ!!」 じゃんじゃがじゃじゃん・じゃんじゃんじゃじゃんじゃん、 じゃんじゃがじゃじゃんじゃん♪ 浩之 「オウイェッ……オウ?」 浩介 「どうしたというのだブラザー!椛に捧げる曲を途中で忘れるなど!」 浩之 「いや……あそこにある靴だが」 浩介 「む?……おお!?椛、あれは椛の靴ではないのか!?」 椛  「え?あ……」 言われてみて気づく。 下駄箱から見える窓の先に、靴が置かれていた。 だけど変だ。 外も見た筈だ。 確実にあそこも調べた。 浩介 「ともかく確保ォッ!     ……ム、サイズといい色ツヤといいヌクモリといい、間違い無い!」 浩之 「おいおいブラザー。     外に置かれていたのにぬくもりがあるわけがなかろう。気でもフレたか?」 浩介 「暖かいが?」 浩之 「……ヌオッ!?た、確かにっ……!し、心霊現象!?」 浩介 「馬鹿め、この世にそのようなものが───ががっ!?」 浩之 「どうしたブラ……ががっ!?」 椛  「……あの?」 ふたりが見下ろしていた場所。 そこには水滴が落ちていた。 相当濡れていたのか、その水滴はもう結構な範囲に広がっていた。 浩介 「……き、気の所為だブラザー!このような水滴などっ……!」 浩之 「そ、そうだなっ!ともあれ椛よ!帰るとしよう!」 椛  「え?あ───」 渡された靴を履く。 すると、確かにその靴は暖かかった。 ……どうして? 声  「誰か居るのかっ!?」 志摩 『ッ!!』 見回りの先生らしき人の声。 ふたりは相当驚いたようで、声は出さないものの暴れだした。 志摩 『とんずらぁあーーーっ!!』 声  「こ、こら待てェーーーッ!!」 やがてわたしの手を握って走りだした。 ひとりずつがわたしの手を握っていたものだから、その手は払えなかった。 ───……。 凍弥 「ほら、もういいだろ?傍に居てやれ」 浅美 『……はい。それでは……ありがとうございました』 凍弥 「礼なんてやめてくれ。俺が勝手にやったことだ」 浅美 『……おかしな人ですね』 凍弥 「ああ。俺のおかしさは近所でも有名だからな」 浅美 『そ、そうなんですか?』 凍弥 「霊体をどもらせる高校生なんて俺くらいだろ?」 浅美 『……ふふっ、そうかもしれませんね』 凍弥 「それじゃあな。俺は家帰ってシャワーでも浴びるよ」 チャッ、と軽く手を挙げてその場から離れる。 浅美 『あ、あの』 だが、呼びとめられる。 凍弥 「どした?」 浅美 『あの……こんなことを頼むのは変ですけど……』 凍弥 「ああ」 浅美 『その……椛ちゃんの理解者になっていただけませんか……?』 凍弥 「朧月の?」 浅美 『はい。知ってるとは思いますが、     椛ちゃんは自分の血の所為で人から距離をとっています。     だけどそれでは逆に死神の力を広げるだけなんです。     孤独や寂しさ、絶望は闇の糧です。     ただでさえ人より闇の要素が強い朧月の家系です……。     弦月とは違う、『蝕む者』の末……。     家系の力に抵抗を持たない椛ちゃんはそれに飲み込まれやすい体質なんです』 凍弥 「家系……?」 浅美 『わたしと椛ちゃんは、     血に死神が宿っていると言われている『月の家系』というものの子孫です。     椛ちゃんが空を浮いたのも大鎌を具現させたのも、     椛ちゃんのおじいさまが死神と交わったことに原因がありました。     椛ちゃんのお母さま、深冬さまは椛ちゃんのおじいさまのご息女でしたが、     少々病弱だった代わりに死神の血は濃くなかったんです。     ただ───その反動が椛ちゃんに……』 凍弥 「……朧月は健康だった代わりに、死神の血が濃かった……か?」 浅美 『……はい』 凍弥 「………」 そんな……。 それじゃあその家系ってものの血筋に生まれたってだけで、 そんな辛い目に合ってるってゆうのかよ……。 浅美 『椛ちゃんは『血の濃さ』で言うと弦月の次に濃いと言われる、     朧月の家系の子なんです。     朧月は本来なら『家系の力』を抑える力を持っているんですが、     その能力は椛ちゃんが扱おうとしない所為で……     逆に死神に吸収されて、力にされてしまっているんです』 凍弥 「……どうにかできないのか?」 浅美 『……ですから、お願いします。     死神の力を抑えるのは絶望などではなく、     嬉しいと思う気持ちや楽しいと思うことです』 凍弥 「……友達と馬鹿やるってことか?」 浅美 『家系の先人達は孤独が常だという先入観の所為で、     今まで間違ったことを伝えてきました。     本当は孤独に打ち勝つことこそ死神に食われない最善の方法だったんです』 凍弥 「……先人ってのは馬鹿なのか?」 浅美 『馬鹿です』 即答だった。 凍弥 「そっか……。でもさ、朧月が受け入れてくれると思うか?」 浅美 『いきなり仲良くしろだなんて言いません。     ゆっくり、椛ちゃんが慣れていくまで根気良くいってください』 凍弥 「……はは、善処する」 浅美 『はい、頑張ってくださいね』 凍弥 「……ああ」 浅美 『………』 浅美が俺に向かって微笑む。 やがてその姿が校舎の方へと消えてゆく。 凍弥 「ひとつ訊いていいかっ?どうしてそんなに『家系』ってやつに詳しいんだっ?」 その姿が見えなくなる寸前、俺は彼女に向かって声を張り上げた。 声  『───先ほども言った通り、わたしも家系の人間です。     それに……椛ちゃんのおじいさまにいろいろと教えてもらいましたから。     そういうことには詳しいんですよ。     ああ、そうでした、ここで言ったことは───椛ちゃんには黙っててくださいね』 ───……やがて気配が消えた。 俺は呆然としながら、その複雑な事情を血に秘めた女の子を思った。 ……朧月椛。 なんだってそんな複雑なものに飲まれなきゃいけなかったんだろうか。 血に宿る死神? それってつまり、生まれながらにしてその闇と生きていくことになってたってことか? ───そんなの……どうかしてる。 凍弥 「……孤独じゃなくなれば死神は抑えられるか。     確かに昼に出てきた死神もそんなこと言ってた気が───」 ───う。 凍弥 「へぇっくしょぉおいっ!!うおぉお寒ッ!!」 話に夢中になってて、体が濡れてるってこと忘れてた……! さっさと家に帰って風呂にでも入るか……。 声  「こらぁっ!そこに居るのは誰だっ!?」 凍弥 「ぬおっ!?」 くしゃみに敏感に反応する教師……すげぇ。 だが、なにはともあれ 凍弥 「とんずらーーっ!!」 声  「あ、こらっ!待ちなさいっ!!」 誰が待つかボケ! 俺は心の中でそう罵倒して走った。 が、靴の中が水っぽくて走りづらかった。 ムオオ!?なんてこった! 声  「止まりなさい!とまれぇーっ!」 い、いかんぞ!これでは捕ま───ん? ……この足音……サンダルかなんかか? ───ならば負けぬ!曲がりなりにも靴なのだ! カカト辺りが走る度に浮いて、 しかもすっぽ抜けそうになるのを庇わなければならんものには負けん! 声  「く、っそ……もうサンダルなんぞ邪魔だ!」 凍弥 「ゲェーッ!?」 あの野郎サンダルを捨てやがった! このままでは───……ん? サンダル捨てたってことは……裸足か靴下だよな? ……ふむ。 凍弥 「ということで、脱衣所で偶然拾った画鋲がここに」 ジャラリと画鋲を構えて地面に転がした。 やがてゾブシュ。 声  「ギャーァアアアアアアッ!!!!」 ステキな絶叫が響いた。 凍弥 「とんずらーーっ!!」 俺はその隙に逃走した。 非の打ち所が無いほどに合理的だった。 ……。 鈴訊庵に戻ると、まず俺は自室のドアを開けた。 凍弥 「えーと着替えを……これとこれと……」 箪笥を開けて物色。 そんでもって適当な服を見繕って部屋を出る。 凍弥 「へぇっくしょいっ!……うー、やっぱり風邪引くかなこりゃ……」 なんか頭ボーッとするし。 こりゃさっさとシャワーでもなんでも浴びて寝た方がいいな。 …………ん? お───め、眩暈……? こ、こりゃいかん……! ほんと、さっさと寝た方がいいな……。 ─── …………。 シャワーを浴び終えると、俺は髪を乾かして寝転がった。 眩暈は落ち着いてくれているが……ひどくダルい。 寝よう、それがいい……ドバァーンッ! 凍弥 「うわっ!?」 目を閉じた途端、部屋のドアが文字通り『ドバァーンッ』と音を立てた。 浩介 「盟友ゥーッ!勉学の時間ぞォ−ッ!!」 そしてその先から現れる浩介。 凍弥 「浩介ぇ!?な、なんでこんな時間に」 浩之 「フッ……我も居るぞ」 後ろに浩之も居た。 ……あ、頭イタイ。 凍弥 「……今すぐ帰れ。俺は寝る」 浩介 「今夜は寝かさん」 凍弥 「帰れって!」 浩之 「安心しろ、リポビタンDくらい持ってきてある。     おお、コーヒーもコーヒーメーカーごと持ってきたぞ」 凍弥 「帰れ!」 浩介 「さあさ、これを見ろ。そして解け!」 凍弥 「お前が解け!」 浩之 「既に我らは努力した。解らないものに時間を費やすのは無駄だと思わぬか?」 凍弥 「お前らはもっと努力しろ……頼むから」 浩介 「断る。出来る者が居るのに出来ない者がやるから世の中の効率は悪いのだ。     なんのための『適材適所』という言葉だ」 凍弥 「大層な理論だが、お前の勉強はお前がやる以外どうにもならんだろ」 浩之 「ぬぐっ……いちいち的を射る言葉を……!」 凍弥 「勉強なら与一に訊け。俺も与一のおかげで成績はまあまあなわけだし」 志摩 『なんとっ!?それを早く言え!!』 双方が驚き合い、部屋を出ていった。 ……すまん与一、あと頼……ぐ…… 突然意識がぶっつりと切れた。 だけど布団に倒れる感触を感じると、俺は完全に眠りについた。 ……それから翌日になるまでずっと眠っていたわけだが、 なにやら夜中に誰かが騒ぎ回っていた感じがした。 ……その中に志摩兄弟とサクラの悲鳴が聞こえた気もするが…… 夢だと思うことで無視ることに成功したのだった─── Next Menu back