───ほっとけない娘───
きーんこーんかーんこーん。 放課後が訪れた。 歩きゆく人々が下駄箱に吸い込まれてゆくその世界で、 俺は用具入れに入ってその現場を見ていた。 テストがなんだ、反省がなんだ。 俺はそれよりもやらなきゃならんことがあるのだ。 いい加減、イジメをやってる馬鹿野郎を始末せにゃならん。 そういうわけで、掃除を終えた者どもが去ったあとにここに忍び込んだわけですよ。 凍弥 「…………ふむ。今のところは怪しい人物なし、と」 事前に朧月の靴の場所も調べておいた。 あとは馬鹿者がそれに引っ掛かるかだ。 ……まあ、イジメ馬鹿ってのは懲りることを知らないし、 ワンパターンだから絶対引っ掛かるだろうが。 女A 「……うわ、見てよちょっと。プールに捨ててやったのに戻ってるよ?」 ……ほれみろ。 女B 「うわー、あの中に入ったっての?きったなーい」 悪かったなこの……! お前らの方こそ、やること汚ぇだろうが。 女A 「今度はどこに隠してやろっか?」 女B 「そうだねぇ、あ、ほら、灯台もと暗しってやつ?     そこの用具入れにでも入れちゃえば?」 女A 「あ、いいね〜それ。どうせ『用具』なんだしね」 女B 「あはははは!それいい〜!」 ……たわけが。 女A 「それじゃ───」 がちゃっ…… 凍弥 「ア゙ァーーーーーッ!!!!」 女A 「キャーーーーーーーッ!!!????」 女B 「きゃー!?きゃーきゃーっ!!」 用具入れを開けられた途端に叫んでやった。 すると女Aが腰を抜かした。 女B躓いてコケた。 ───丁度いい。 凍弥 「おいお前ら」 女A 「きゃぁあああ!きゃあああああああ!!!いやぁあああああっ!!!!」 凍弥 「……おい?」 女B 「やぁああああ!いやぁああああっ!おかあさぁあああんっ!!!」 凍弥 「………」 女子どもが俺の顔(ステキなアート付属)を見てマジ泣きした。 ……かなりショックだった。 しかも帰ろうとしてた生徒達の視線を欲しいままにしている。 尚且つ、ボソボソと語られてる。 その視線が怪しい目で、しかも俺だけ見ていることからして…… 俺が何かをしでかしたとしか見られてないようだ。 ……俺、悪人ですか? 凍弥 「ち、違うぞみんなー!俺は」 風間 「霧波川センパーイ、女泣かせてなにやってんスかぁ」 凍弥 「風間……あのな、これのどこがそう見える」 風間 「え?現に泣いてるじゃないスか」 凍弥 「………」 確かに。 風間 「それよりその顔、なんスか?新手の大道芸?」 凍弥 「殴るぞ」 風間 「ちょ……冗談ですって。で、ホントにどうしたんですか?」 凍弥 「ああ、ちょっとな。一年でイジメがあったの知ってるか?」 風間 「あ……知ってますよ。朧月でしょ?前からヒドイなって思ってたんスけどね。     犯人が誰なのか解らなくて……」 凍弥 「犯人ならホレ、そこで泣いてる女だ」 風間 「……マジすか?」 凍弥 「ホレ、テープレコーダーで録音しといたから聞いてみろ」 風間 「え?あ、こりゃ用意がいいスねー。どれどれ……」 ─── 風間 「……確かに。こりゃ動かぬ証拠ッスね。     あ、だけどなんだってセンパイが解決しようって思ったんです?     ……いつものお節介ッスか?」 凍弥 「そんなところだ。それより……」 女A 「っ……」 女B 「………」 凍弥 「あのさ、こんなつまらないことするなよ。気分悪いだろ」 女A 「……ふん、センパイさんには関係ないでしょ?     それにあの娘ムカツクのよ。     人のこと無視して、少し触っただけでも払ってきて、     決まって『触らないでください』よ?ナマイキだしムカツクし……」 女B 「そ、そうよ。わたしたちがやらなくてもきっと他の人がやってたわよ」 ………… 凍弥 「……なぁ風間。こういうヤツどう思う?」 風間 「すっげぇムカツク」 凍弥 「だな」 女A 「ちょ、ちょっとなに……!?なにかしたらママが黙ってないわよっ!?」 凍弥 「そのママってのにこのテープ聞かせても、まだ同じこと言えるか?」 女A 「あっ……なによそれ!卑怯じゃない!」 凍弥 「集団イジメは卑怯じゃないのか?     都合のいいことだけ正当化するな。人として情けないぞ」 女A 「な、なによ……そんなテープが無くちゃ真っ直ぐに意見言えないんでしょ!?     そっちこそ情けな───」 凍弥 「親のバックがなけりゃ意見も言えないんだろ?」 女A 「───!」 女Aの顔が真っ赤になる。 自爆しまくってるなぁ。 凍弥 「おまけに言えば知り合いが居なきゃイジメにも踏み切れなかっただろ、お前」 女A 「う、うるさいうるさい!」 凍弥 「でもまぁ、俺から見ればその娘がお前の友達だなんて思えないけどな」 風間 「そうスね」 女A 「ど、どういうことよ!」 凍弥 「あのさ。さっきから話してるけど……一度でも庇われたか?」 女A 「………」 女B 「………」 女A 「ちょっと……なに黙ってるのよ!あんたも言い返しなさいよっ!」 だが、女Bは目を逸らしたまま何も言わない。 ……故意に逸らしてる時点で見放してるようなものだ。 風間 「ところでセンパイ」 凍弥 「ん?」 風間 「その顔で凄んでもカッコつかないッスよ」 凍弥 「言うな……忘れさせてくれ」 風間 「はぁ……油性だったんスね……」 凍弥 「お前って妙なところで鋭いよな……」 風間 「俺、センパイの目を逸らさないところって気に入ってるッスよ。     だから俺もセンパイには正直ッス」 凍弥 「誤解招きそうな言葉はやめような。───それでさ」 女A 「……なによっ……!」 凍弥 「もうやめろよ。イジメなんて最後は絶対にミジメになるんだから。     今回のことで解ったろ?」 女A 「………」 女Aが女Bを睨む。 凍弥 「こらこら。だから、イジメなんて虚しいだけだっての。     腹いせにその娘もイジメたら何も変わらんだろうが」 女A 「うるさい!先輩ヅラして偉ぶらないでよ!」 風間 「てめっ……!霧波川センパイはなぁっ!」 凍弥 「落ち着けって。怒鳴ってもどうにもならないだろ」 風間 「いや、でもこいつムカツクッスよ!俺のセンパイに!」 ……俺の? あ、いや……聞き流そう。 凍弥 「俺は人として注意してるだけだ。そこに先輩後輩は関係無い。     ミジメだからミジメだって言ったんだ。やめてほしいからやめろと言ってる」 女A 「わたしはあの娘がムカツクからやってるわ。だったらそれでいいじゃない」 凍弥 「だとしてもやりすぎだ。せめてからかうくらいにしろ」 女A 「───はっ!?」 女Aが大層驚いた。 女A 「な、なにそれ……イジメをやるなって言ってるんじゃないの……?」 凍弥 「イジメはダメだ、ダメージがデカい。     だから冗談の域をわきまえた程度のからかいにしとけと言ってる。     隠れてコソコソとするのが気に入らないんだよ俺は。     事情も知らずに傘を隠したのもお前らだろう」 女A 「だ、だったらなんなのよ」 凍弥 「あれは……朧月の友人の遺品なんだよ」 女A 「え……」 凍弥 「朧月な、それ探してる時、本気で泣いてた。お前にその時の気持ちが解るか?」 女A 「………な、なによっ。大事なら家に保管しておけばいいじゃない。     そっ……そんなもの、学校に持ってくるほうが変なのよ!」 凍弥 「───」 ……ぺちん。 女A 「あ……」 女Aが頬を抑えた。 俺が軽く叩いた場所を。 凍弥 「そんな悲しいこと言うな……。友達を大切に思ってなにが悪い……?     一緒に居たいと思って何が悪い……?     あの娘の……朧月の生き方は、     お前がどうこう言えるほど生易しいものじゃないんだよ……。     そんな娘が拠り所を求めて……なにが悪い……」 女A 「………」 辺りが静まった。 あれほどがやがやと騒いでいた野次馬生徒どもも、ただ黙っている。 ───…… 凍弥 「っ……」 な、なんだ……? 今頃眩暈が…… 風間 「センパイ……?なんか顔赤くないッスか?」 凍弥 「なんでもない……」 風間 「……うわっ、デコがすっごく熱いッスよ!?」 凍弥 「なんでもない……昨日、夜の水浴びしたら伝染病にかかっただけだ」 女A 「───水浴びって……」 ゔ。 しまった……熱の所為で考えが纏まらん……。 凍弥 「いいか、お前が思ってるようなことは俺はしてない。     ……少しでも反省してくれたならもういいから……帰れ」 女A 「ちょ、ちょっと待って!靴取りに行ったのあんたなの!?」 凍弥 「知らんと言っている。尋問なら他をあたれ……」 女A 「………」 大体心配するような口振りするくらいならプールに投げるなよな……。 風間 「センパイ保健室行きましょ保健室!俺、こうみえても看病得意ッスから!」 凍弥 「大丈夫だって。お前ももう帰れ」 風間 「いや、センパイ……足がおぼつかないっスよ?     あ、俺送っていきましょうか?」 凍弥 「いーから。それにお前、部活だろ?」 風間 「う……確かにサッカーの練習あるけど……」 凍弥 「行ってこい。好きなら中途半端はだめだぞ」 風間 「───……お、押忍!俺頑張るッス!好きなら諦めちゃいけないッスよね!」 怪しいまでに輝かしい笑顔で手を振る風間が走り去ってゆく。 ……なんだか知らんが、異様な寒気を感じた。 うーむ、風邪の所為だろうか。 凍弥 「ほら、お前らも散れ散れ。野次ってても何も出ないぞ」 溜まっていた生徒達を追い払う。 その大半に顔を見られて笑われたが。 凍弥 「ほら、お前もさっさと帰れ。イジメなんかもうやめるだろ?」 女A 「………」 女Aは素直に頷いた。 どうやら虚しさに気づいてくれたようだ。 女A 「ちょっと訊きたいんだ……ですけど」 凍弥 「いまさら先輩扱いは変だろ?さっきのままでいい」 女A 「……なんであの娘のこと庇うの?」 凍弥 「へ?なんでって……ふむ。……なんでだろうなぁ」 女A 「はぁっ!?」 凍弥 「……その『はぁっ!?』ての禁止。真面目に聞く気無いみたいでムカツク。     使ってる人は気づかないだろうが、その言葉は空気を沈めるぞ。     独り言の時でも、周りに人が居ない時くらいにしとけ。     使うとしてもせめて『はいぃっ!?』程度の方がいい」 女A 「………」 話がズレたな。 凍弥 「俺が朧月を庇う理由って言われてもな、俺は庇ってる気はさらさらないんだよ。     イジメは嫌いだし困ってるヤツは出来るだけ助けたいし。     ……理由っていっても、多分そんなとこだぞ」 女A 「……そんな理由で人を助けてなにになるの?」 凍弥 「……あのな、少しは自分で考えてからものを言え。     イジメは嫌いだから助ける。困ってるから助ける。     そこに『何になるか』なんて考えは無いんだよ。     相手が『ああ、助かる』程度に思ってくれたら十分だろうが」 女A 「だって……そんなのただのお節介じゃない」 凍弥 「解ってるじゃん」 女A 「え───?」 凍弥 「そういうことだよ。俺のはただのお節介だ。     相手のこと助けて、どう思われようが構わないってゆう、たんなるお節介だ」 女A 「なにそれ……馬鹿みたい」 凍弥 「だろ?でも……例えばさ、それをやってみろって言われたら出来るか?」 女A 「わたしはそんな無駄、したくないわ」 凍弥 「いい答えだ。だったらそれでいいじゃないか。俺は俺、お前はお前だ。     俺は馬鹿な行動でも少しでも助けになれればいいと思うぞ」 女A 「………」 凍弥 「じゃあな」 手を軽く挙げて自分の下駄箱目指して歩いた。 ……女Aはただその場に立ったままずっと俯いていた。 ───わからない。 どうしてそう思えるんだろう。 無駄なものは省くべきじゃないだろうか。 それなのに…… 男子A「いや〜、今日の授業笑えたな〜」 男子B「あれって3年の霧波川って人だろ?」 男子A「そうそう、サボリ魔って呼ばれてるわりに頭が良い、我が校の不思議人。     時々ああやって馬鹿やってくれるって兄貴が笑いながら言ってたんだけどさ。     いや、学校であそこまで笑ったの初めてだよ俺」 男子B「馬鹿だよな〜あの人」 ……そうだ、馬鹿だ。 先生の話じゃあ授業を妨害したことで処罰を下されるらしいじゃないか。 そんなことが無駄以外のなんだというのだ。 男子A「ああ、でもさ。楽しかったじゃん」 ───え? 男子B「確かに。また明日にでも来てくれねぇかなぁ」 …………。 男子A「あれ?佐野崎じゃん。帰らねぇの?」 佐野崎「……ねぇ」 男子A「ん?なに」 佐野崎「あの霧波川って人、どう思う?」 男子A「どうって……馬鹿だろ、どう見ても」 ……そうよ。 どうしようもない馬鹿だわ。 どうかしてる。 男子B「でもさ、俺、ああゆう人となら友達やってけるって思うよ」 男子A「あ、やっぱり?面白そうだよな」 佐野崎「……なにそれ」 なにそれ……! 佐野崎「な、なに言ってるのよ!あんな不良なんかと!サボリ魔よ!?」 男子A「へ?な、なんだよ佐野崎……なに怒ってんだ?」 佐野崎「怒ってないわよ!」 男子B「………」 ひとりが溜め息。 その目がわたしの目を見る。 男子B「あのさ。サボってりゃ不良なわけ?」 佐野崎「え……?」 男子B「確かにあの人サボってばっかりのサボリ魔って言われてるけどさ、     結構いろんな人に慕われてるぞ?相談乗ってくれたりしてさ。     馬鹿やってるくせに成績も悪くないらしいし面白いし……     なにより、友達大事にしてるって噂だし。     ……サボってりゃ不良っての、なんか違うと思うぞ」 男子A「そうそう、結構言い合いやってるところ見るけどさ、すっげぇ楽しそうだよな」 男子B「どっからどこまでが冗談だか解ってる感じだしな」 佐野崎「………」 男子A「なによ佐野崎、なんかあったわけ?」 佐野崎「………」 男子B「佐野崎?」 佐野崎「なによ……そんなのただの噂じゃない……。     それにさっきわたしは散々言われて───」 男子A「言われたって……霧波川センパイに?……ほんとかよ」 佐野崎「なによその言い方……疑うってゆうの!?」 男子B「お、おい落ち着けよ。どんな風に言われたっていうんだよ」 佐野崎「とにかく言われたのよ!散々怒鳴られたの!怒鳴られ───」 ……怒鳴って……たっけ……? 男子B「……あのセンパイが怒鳴る?想像出来ねぇぞ?」 男子A「ああ。あの人冗談でノリツッコミする時以外は叫ばないって兄貴も言ってたし」 佐野崎「とにかく言われたのよ……!グチグチとしつこく……」 男子A「へー……そんでさ。そのグチグチと言われたこと、どこか間違ってたか?」 佐野崎「───!」 ………… 男子A「あの人、真面目な時は絶対目ぇ逸らさずに話してくれるらしいけど。     曲がったことを言う時はよっぽどのことで、     兄貴や相談した人は間違ったこと言われたことないって話だぞ」 男子B「へぇ……すげえなそれ……。     俺はダメだな、先公に見られるとヤバッ!って思って目ぇ逸らすぞ」 男子A「やましいことでもあるんじゃないか?」 男子B「違う違う、条件反射だって。なんつーの?人体に秘められた神秘級に」 男子A「なんだそりゃ」 佐野崎「………」 彼は間違ったことを言ってただろうか。 わたしと話をする時、一度でも目を逸らしただろうか。 ……間違ってないし逸らしてない。 だったら……わたしは何に対して苛立っていたというのだろう。 佐野崎「……ねぇ」 男子A「あ、悪ぃ。こっちで勝手に盛り上げちまって」 佐野崎「───朧月さんのこと、どう思う?」 男子A「どうって……髪の毛銀色で最初は驚いたけどさ。     別にいいんじゃねぇの?センセが言ってたけど、アレ地毛らしいし。     なんか親の中に外国人が混ざってたとかでさ」 男子B「そーそー、確かによくサボるけどさ。     なんかサボリって言葉、この学校だと不良のイメージ0だよな」 男子A「だよなー。前例が居るわけだし」 佐野崎「……でも、近寄ったり触ったりしただけで叩かれたのよ?」 男子A「気をつけりゃいいじゃん。世の中広いんだからそういう症状の人も居るって。     潔癖症なのか、なんか別の事情もあるかもしれねぇだろ?」 男子B「なに、佐野崎って朧月のこと嫌いなわけ?」 佐野崎「───……」 違う。 最初は仲良くしたかった筈。 だけど手を払われて、あの目で睨まれたら……なんだか変な気分になって。 佐野崎「嫌ってなんか……ないわ」 男子A「だったらいいじゃん。なんでそんなこと訊いてきたのか解らんぞ」 佐野崎「……だって……彼女、浮いてるじゃない」 男子B「確かにあの髪は目立つな。まあ気にしなけりゃいいんじゃねぇ?     それ以外は普通の女のコだろ?」 男子A「うおっ、オンナノコだって。進クンたらハズカシ〜」 男子B「は、恥ずかしいってことはないだろっ」 男子A「今時オンナノコだなんて言うやついねぇよなぁ佐野崎?」 佐野崎「………」 男子A「え───あ、おいっ!な、なんで泣いてんだよ!どうかしたのか!?」 佐野崎「な、なんでもない……」 男子B「えーとこんな時ってハンカチだよな!     えーと……って、そんなもん持ち歩いてねぇや」 男子A「そんなとこだけ今時の若者になってんじゃねぇよ……」 男子B「わ、悪い……って、お前は持ってるのかよ健」 男子A「へ?あ、あー……生憎と今朝、登校中に泣いていた少女に渡してしまってな」 男子B「バレバレの嘘ついてんじゃねぇって」 男子A「あ、やっぱ解るか?」 …………馬鹿はわたしだ。 何を拘る必要があったのか。 あの人は正しい。 なんてミジメなんだろう……。 男子A「……なんか元気ねぇのな。あ、なんだったら一緒に来るか?     今からゲーセン行くんだけど」 佐野崎「え……」 男子B「おお、いいね。どうする?」 佐野崎「あの、わたしは……」 男子A「都合悪いんなら無理にとは言わないけど。ああ、考えが纏まってからでいいぞ」 男子B「それ、センパイの真似だろ」 男子A「あ、解るか?」 佐野崎「………」 ……それがいいかもしれない。 謝る勇気なんてないから、せめて忘れてしまおう。 佐野崎「わかった、付き合うわ」 男子A「うぅっし決定!じゃ、行こうぜ」 男子B「おーう!」 ───解らないこともあれば理解出来ることもあった。 結局のところわたしはイジメるだけイジメといて謝りもしない臆病ものだったけど、 いつか勇気を出せた時に謝ろうと思う。 ……決して、目を逸らさずに─── ……まいった。 正直歩くのも辛い。 教師との追いかけっこで無駄な体力使った……。 凍弥 「………」 中庭にある木の幹に背中を預けて息を吐いた。 だめだな……。 風邪ってこんなに辛いもんだったっけ……? 気を張ってないと、頭が空に浮いてしまうような感覚に襲われる。 浅美 『大丈夫ですか……?』 声を聞いた。 その時点で誰だか解る自分もすごい。 凍弥 「大丈夫だから。朧月の傍に居てやれ。俺はちょっと休んだら帰るから」 浅美 『………』 凍弥 「だーかーらー。そんな顔すんなって」 浅美 『でも……』 凍弥 「………」 はぁ。 凍弥 「俺は大丈夫だから。朧月のところに居てやってくれ。     元々そのためにキミはこの世界に居るんだろ?」 浅美 『………』 凍弥 「……へぇっくしょいっ!……ゔー」 うぅ、いよいよもって寒気が。 途中で倒れたりしなきゃいいが。 もしそんなことになったらいい笑い者だぞ。 こんなステキなアートを顔に描いた人が道端に倒れたりしてみろ。 ……俺はお天道様の下を歩けなくなってしまう。 浅美 『ところで……』 凍弥 「うん?」 浅美 『それは趣味ですか?』 凍弥 「断じて違うっ!」 フェイスに描かれたアートを指差して言う彼女へ全力で否定。 凍弥 「これはちょっとな、一年に居た……あ、そうだ。     なぁ、一年に人間じゃない者が混ざってるのは知ってるか?」 浅美 『───はい。間違いでなければ』 凍弥 「そか。メルティアって名前だったんだが」 浅美 『ええ、間違いありません。たまに話相手になってくれる人です』 凍弥 「へぇ……。やっぱりその娘にも見えてるんだな」 浅美 『彼女がどんな種族か知ってますか?』 凍弥 「いや、知らないな」 浅美 『……死神です』 どこか微笑むようにして、浅美はそう言った。 凍弥 「───死神?」 浅美 『ええ。自分でもそう言ってましたし、確かに波動が椛ちゃんと似てますし』 凍弥 「そっか……やっぱりそうなのか」 浅美 『あなたも感じていたんですか?』 凍弥 「ああ。死神化した朧月と同じ感じの気配がした。     ……それにしても、随分とオドオドした死神だよな」 浅美 『人見知りが激しいんです。引っ込み思案というやつですね』 凍弥 「引っ込み思案の死神って……おいおい」 少し苦笑してしまう。 なんだか今年の一年はヘンなヤツばっかりだな。 凍弥 「まあ、とにかくこのアートはその娘を笑わせようとした思考錯誤の末だ」 浅美 『……無様としか言いようがないんですが』 凍弥 「そう言うな。俺はこれでも必死だったんだ」 その時を思い出して、つい苦笑する。 浅美はそんな俺を見ると微笑み、俺の顔に手を滑らせるように動かした。 浅美 『……はい、汚れは取りましたよ』 凍弥 「え───そんなこと出来るのか」 浅美 『小細工みたいなものですけどね。     ……あの、ひとつ訊いていいですか?あ、話は変わるんですけど』 凍弥 「ああいいよ。どうぞ」 浅美 『……その、どうして見えるんですか?』 凍弥 「え?なにが?」 浅美 『わたし達のことです』 凍弥 「……どうして霊体が見えるか、か。それって前に話さなかったっけ」 浅美 『聞いてません』 ……そうだっただろうか。 凍弥 「まあいいや。俺が見えるのは……偶然じゃないか?     特別に何かしたってことはないぞ。     俺は霊媒師の息子でもないし奇跡の伝道師の息子ってわけでもない」 浅美 『なんですか?その奇跡の伝道師って』 凍弥 「ああ、勢いで言っただけだから。     奇跡のもとに生まれた者なら、そんな能力があってもよさそうだろ?」 浅美 『はあ……なんだか愉快な脳内なんですね、あなたは』 凍弥 「……浅美チャン、なんだか遠慮が無くなってきたね……」 浅美 『あっ、す、すいませんっ』 凍弥 「いやいや、責めてるわけじゃないんだよ。俺はそれの方が嬉しいし。     朧月の死神化を食い止める盟友としては、それくらい当然なんだよ。     俺が真面目に言うこと以外は冗談だって受けとってくれ」 浅美 『……はい。って……あの、わたし、友達なんですか?』 凍弥 「え?違うのか?同じ問題を共有する盟友だと俺は思ってるが」 浅美 『…………あ、あはっ……なんか面白いですね、それ』 凍弥 「……ああ。面白いだろ」 浅美 『あははっ……死んでまで友達が出来るなんて……思いませんでした……』 凍弥 「……ああ」 目の前の少女は泣いていた。 亡くなった時のままの姿で。 小さな体が震え、その目から涙がこぼれる。 ……家系ってゆうのは一体、どんな生き方を強制してきたんだろう。 友達が出来ただけで泣いてしまうその人生は…… 一体、どれだけ辛かったというのだろう……。 凍弥 「……泣くなよ。まだまだ、これからもっと楽しくなるから」 浅美 『……はいっ』 凍弥 「………」 …………ダルイな。 気持ち悪いし。 だがいい笑顔の前でそれを表現するのも無粋なので堪える。 ……。 浅美 『それで、あの……もうひとつ訊きたいんですが』 凍弥 「───あ、ああ」 浅美 『どうしてあの傘がわたしの遺品だって解ったんですか?』 ……ああ、あれか。 凍弥 「簡単だよ。朧月が傘に気づいて手に取ろうとした時、キミの名前を言った。     しかも泣きながらだ。そしてキミは霊体。……解るだろ?」 浅美 『……そうですね』 凍弥 「それに傘を手に持った時、微量だけどキミと同じ波動を感じたよ。     元の持ち主が居るとしたら、キミしか考えられなかった」 浅美 『……本当に、霊感が強いんですね』 凍弥 「霊感かどうかは知らないけどな。危険な霊とかは見えないみたいなんだよ俺」 浅美 『そうなんですか?』 凍弥 「ああ。だからメルティアって娘が死神って聞いた時、驚いたよ。     朧月の時は媒介があったから解るけど、     死神自体を見るのは初めてだった」 浅美 『………』 ……ふう。 さあ、喋るのも辛くなってきましたよ。 凍弥 「…………じゃあ、今度は俺が質問していいか?     答えたくなかったら答えなくていいから」 浅美 『はい……』 凍弥 「……あのさ。キミは死神に食われたって聞いたんだけど……本当なのか?」 浅美 『……はい』 凍弥 「食うってどういう意味なんだ?俺にはそれが解らない」 浅美 『食うというのは、家系のことで言う【蝕む】ということです。     月の家系というものの中にある【朧月】は、     月の家系の人間であればその存在を【食ってしまう】ことが出来るんです。     ……文字通り、その人間という存在ごと、です』 凍弥 「……食うって……口で?」 浅美 『いえ。朧月は【魔】寄りというよりも【闇】寄りなんです。     朧月は闇を操り、その闇で存在を食います。     例えるなら……闇で【溶かして】取り込むようなものです』 凍弥 「……そりゃ、痛烈だな……」 浅美 『椛ちゃんはその所為で【朧月】という苗字を嫌っています。     ……わたしの存在を【蝕んだ】ことを悲しんでいます。     わたしは───わたしの意思で蝕まれたようなものなんですけどね』 凍弥 「でも、朧月のためだろ?誰かが誰かのために悲しむのは大切なことだよ。     ……引きずりすぎるのもよくないけど……うん。     自分が消してしまったとあっちゃあ……引きずるなって方が無理だよな。悪い」 浅美 『いえ。わたしは本当に椛ちゃんを救いたくて吸収されました。     あの場合はそれ以外椛ちゃんを救う手がありませんでしたし、     わたしも……首を掴まれて逃げられませんでしたし……ね』 凍弥 「………」 ひどい話だ。 蝕まれるしか道がなかったなんて。 凍弥 「キミは、そのことを───?」 浅美 『はい。後悔していませんよ。     ……椛ちゃんはわたしが見えていないようですけど、     わたしはずっと一緒に居れることが嬉しいんです。     おかしいですよね、お話も出来ないのに……』 凍弥 「おかしくないさ。友達ってそういうものだろ?     むしろ……不謹慎だとは思うけど、俺はそういうの羨ましいよ」 浅美 『羨ましい……?』 凍弥 「たとえ亡くなっても、友達でいられるってゆうのは……俺は羨ましいと思う」 浅美 『…………お友達、好きなんですね』 凍弥 「え?ああ……本当の友達が居るってゆうのはそれだけで幸せなんだと思うよ。     朧月の場合、きっとキミがその友達だったんじゃないかな」 浅美 『………』 …………。 凍弥 「……もう、訊くことはないのかな?」 浅美 『はい。いろいろと理解できることがありました。     ……ひとりじゃ解らないことってたくさんあるんですね』 凍弥 「そうかもな。……あ、なにか朧月に伝えたいことがあったら聞くけど?」 浅美 『いえ。今のところはありません』 凍弥 「そっか。それじゃ、俺もそろそろ帰るよ」 浅美 『はい』 浅美は微笑んでゆっくりと姿を消した。 恐らく朧月のもとに戻ったんだろう。 凍弥 「俺も行くか……」 重い体を起こしてゆっくりと歩き始め─── 凍弥 「っと……」 まいったな。 凍弥 「もしかして、全部聞いてたか?」 椛  「………」 黙って頷く朧月。 ……迂闊だな。 熱の所為で気配が解らなかった。 椛  「どうして───」 凍弥 「うん……?」 椛  「どうして嘘、ついたんですか……」 凍弥 「嘘?」 嘘……ああ。 椛  「……傘を見つけてくれたのも、     靴を取ってくれたのもあなただったんじゃないですか……。     あなたは嘘をつくことがないって聞きました……。     それだけ嘘が嫌いだったんじゃないですか……?」 ……こうなるから嫌だったんだよ。 そんな風に泣きそうな顔されたらこっちも辛いだろうが……。 凍弥 「……そんな顔するなよ、べつにどうでもいいじゃなか。     経緯はどうあれ、大切なものが戻ってくるってゆうのはいいことだろ?」 椛  「わたしは……人を巻き込みたくないんです……。     その首の傷だって……わたしがやったものなんでしょう……?」 凍弥 「……バレてるなら仕方ないよな。確かにこれは死神につけられた傷だ。     だけどこれはキミの意思じゃないだろ?」 椛  「………」 凍弥 「あんまり自分を責めるなよ。話を聞いてたなら解るだろ?     キミが悪いわけじゃない。自分を責めることなんてなかったんだよ」 椛  「でも……わたしは浅美ちゃんを……」 凍弥 「後悔してない、って言ってたよ」 椛  「え───?」 凍弥 「キミの友達はキミと一緒になったことを後悔してないって言ってた。     一緒に居られることが嬉しいって言ってた。     それなのに友達のキミがそんなんでどうするんだよ」 椛  「でも……」 凍弥 「大事なんだろ?それならキミが思い出を忘れなきゃいい。     話がしたければ俺が協力するよ。     だから、これ以上浅美を悲しませるな」 椛  「………」 浅美 『わたしは椛ちゃんが幸せならいいんですけど』 凍弥 「……妙な横槍刺すな」 椛  「え?」 凍弥 「あ、いや……浅美がな、朧月が幸せならそれでいいって言ってるぞ」 椛  「……そんなの、イヤ」 凍弥 「え?───どうして」 椛  「わたしは浅美ちゃんも幸せじゃなきゃ……!」 ……。 凍弥 「だ、そうだけど?」 浅美 『いえ、ですからわたしは椛ちゃんが幸せなら幸せなんですよ』 凍弥 「……えっとさ。朧月が幸せならわたしも幸せだって言ってるけど」 椛  「………」 ……うん、考えてる。 椛  「……解らないんです」 凍弥 「んあ?なにが?」 椛  「……幸せってなんですか?     感じたこともないものに何をどう望めばいいんですか?     わたしは……そんなもの信じられない……」 凍弥 「………」 もっともだな。 幸せなんて、言葉ではいくらでも言えるけど───所詮カタチには無いものだ。 そんなものをいきなり信じろって言われて信じれるわけがない。 凍弥 「冷えたワサビを抹茶のアイスだと言って食わせるようなもんだよな」 椛  「え……?」 浅美 『…………サムイですよ』 ゴメンナサイ。 でも場を和ませたかったんですよ? 凍弥 「と、とにかくだ。俺が言えるのはこれだけだ。     幸せなんて信じなくていいんだよ」 椛  「え?だって……」 凍弥 「幸せじゃなくて、誰か信頼をおける人を信じればいいんだよ。     だってさ、幸せなんてその信じた先に訪れるものだろ?     幸せを求めただけじゃ幸せになんかなれやしないし、     全てを拒絶して幸せだけ求めても、手に入るのは孤独だけだろ?」 椛  「………」 浅美 『もっと言ってやってくださいっ!     落ち込み過剰な椛ちゃんにはたまにはいい薬です!     もっと!もっと言ってやってください!』 凍弥 「日本人ならお茶漬けやろがぁっ!」 椛  「ひえっ!?」 浅美 『…………なに言ってんですか……』 凍弥 「い、いや……なにやら父さんの古いビデオに入ってたCMを思い出してな」 ラ○スを思い出さずにはいられない状況だったもので、つい。 浅美 『……やっぱり愉快な脳内です』 凍弥 「ほっとけ」 椛  「え……?」 凍弥 「いや、朧月にじゃなくて浅美に言ったんだ。     人のことを愉快な脳内だと言うから」 椛  「……そこに、居るんですよね?浅美ちゃん」 凍弥 「ああ。伝えたいこととかあるか?」 椛  「………」 ……ふむ、考え込んでしまったぞ? 凍弥 「朧月?」 椛  「……あの、浅美ちゃん」 凍弥 「いやいや、こっちこっち」 椛  「え?あう……」 見当違いの方向を見ながら語ろうとした朧月にツッコミ。 ぬう、なんだか新鮮だぞ? ……てゆうか俺ってこんな性格だったっけ? 椛  「あの……浅美ちゃん。……げ、元気、かな」 浅美 『………』 凍弥 「きょとんとしてるぞ」 浅美 『そんなことは伝えなくていいです』 凍弥 「そんなことは伝えなくていいです、だそうだ」 浅美 『……怒りますよ』 凍弥 「怒りますよ、だそうだ」 浅美 『───呪いますよ』 凍弥 「ゴメンナサイ」 椛  「?」 朧月に疑惑の視線を送られてしまった。 浅美 『……元気です、って伝えてください』 凍弥 「俺を呪うと脅せるほどに元気だそうだぞ」 浅美 『───』(ギロリ) 凍弥 「……げ、元気だそうだ」 椛  「………」 いかんな、真面目にやろう。 俺はどうにも場を和ませることには向いていないらしい。 凍弥 「……悪い、真面目にやる」 浅美 『……お願いします』 微妙にドスの利いた声でした。 凍弥 「えーと、他に訊くことは?」 椛  「えっと……ずっと一緒に居てくれたの?」 浅美 『───……』 浅美が俺に語りかける。 俺はただその言葉を口にした。 凍弥 「ずっと一緒に居ました。なるべく死神の力は抑えてきたけど、     抑えきれなかった時のこと……ごめんなさい」 椛  「そ、そんなっ!そんなことない!わたし、きっとずっと助けられてきた!     死神の意識、前よりも出てこなくなった!わたし、わたし……!」 浅美 『───……』 凍弥 「椛ちゃん……」 椛  「浅美ちゃんっ……!」 朧月が俺を見て涙する。 ……確かに浅美は俺の近くに居たけど…… 俺が通訳(?)してる所為もあってか俺の方見てるし……。 凍弥  <フォロー頼むよ。人の涙ほど苦手なものってないんだ> 浅美 『……なんだか、あなたらしいですね』 凍弥  <知らないよ、そんなの> 浅美 『───……』 凍弥 「……泣かないで。わたし、椛ちゃんの涙なんて見たくないから」 椛  「うっく……あ、浅美ちゃん……っ」 浅美 『───……』 凍弥 「わたしは話してあげられないけど、一緒に居ることは出来るから。     だから泣く必要なんてないんだよ。だから……お願いだから泣かないで」 椛  「………っ」 感極まったのか、涙を堪えられなくなってぼろぼろと泣き出す朧月。 凍弥 「……泣くなよ。浅美が悲しそうにしてるぞ」 俺は放っておけなくなって、その頭を撫でてやった。 もちろん払われる覚悟もした。 それで少しは元気になればそれでいい。 ……だけど、手は払われなかった。 ただ……頼りない泣き顔のまま、朧月は俺を見上げた。 浅美 『……涙、拭ってあげてください』 ……ああ。 俺は朧月の頬に触れ、その涙を拭ってやった。 だけどその視線は俺の目から離れない。 凍弥 「……どうした?」 椛  「……ごめんなさいっ……」 凍弥 「うん?」 朧月が俺の首の傷に触れて、また涙を流した。 椛  「傷つけるつもりなんてなかったのに……!」 凍弥 「……いいよ。反省してるならこれからは自分に自信を持たなきゃな」 椛  「わたしの所為で……嘘をつかせてしまいました……!」 凍弥 「いいんだって。気に病むことじゃないんだ。俺が勝手に嘘ついたんだから」 椛  「でもっ……!」 凍弥 「朧月は物事を気にしすぎる性質なんだな。     ───大丈夫だから、そんなに泣くなよ。     ……俺はそんなこと気にしてないから」 椛  「………」 凍弥 「な?」 髪をくしゃっと撫でた。 朧月は肩をビクッと震わせたが、 ゆっくりと俺の目を見ると……涙目のままでそのまま逸らさなくなった。 浅美 『……あなたは人を落ち着かせるのが上手いんですね』 凍弥  <そうか?> 浅美 『誰にでもやさしいんですか?』 凍弥  <なんか含みがありそうな言い方だな。     ……まあ、霊体寄りの存在にはやさしいつもりだ> 浅美 『……どうでもいいですけど、誰にでもやさしいと嫌われますよ』 凍弥  <へ?誰に> 浅美 『椛ちゃんに』 …………何故そこで朧月が出てくるんだ? 椛  「…………?」 浅美の方を見ながら黙っていた俺を見上げている朧月に気づく。 しまった、変に思われたか? 俺は誤魔化すようにポンポンと朧月の頭を撫でて、笑ってみせた。 ───その時。 椛  「ッ───!」 熱の状態でも解るほどの死神の気配がその場に溢れた。 椛  「くっ……!あ───!……に、逃げてくださいっ……!早く……!」 ……そして朧月はそう言った。 だが俺は逃げる気はなかった。 ああ、そんなことは出来やしない。 こんなに辛そうにしてるヤツを放って逃げるほど不良やってるわけじゃない。 凍弥 「浅美!大丈夫かっ!?」 浅美 『っ……!いつもの比じゃありませんっ……!     危険です……!こんな力、わたしには……っ!!』 凍弥 「───」 死神が……現れようとしてるってことか? ───俺を殺すために。 凍弥 「死神の目的は俺なんだな?」 浅美 『───……!』 浅美は何も言わなかった。 つまり、そういうことだ。 凍弥 「死神の糧が孤独と絶望なら、確かに孤独を消そうとしてる俺は邪魔だよな。     おまけに俺を殺せば人殺しの罪悪感で朧月も絶望になる。     ……なるほど、合理的だ」 椛  「なニを……言ッテるンですか……!!早ク……逃ゲ……!!」 声が変質してくる。 抗えきれないのは目に見えている。 こんなに嫌な感じは初めてだ。 椛  「逃げてって───言ってるのに───!!」 やがてその手に大鎌が具現する。 ───あいつだ。 あの死神が来る。 椛  「お願いっ……!逃げっ───ぁあああああああっ!!!!!!」 何かが壊れるような絶叫。 朧月は涙を散らしながら叫んだ。 空を仰ぐその目から、大粒の涙が溢れ……地面に消えた。 椛  「───……サア。惨殺ショウノ始マリダ」 やがて彼女がもう一度俺を見た時。 彼女はもう彼女じゃなかった。 ───悪い、サクラ。 俺、お前の説教……もう聞いてやれないかもしれない─── 浅美 『だめ……!逃げて───!逃げてください!』 ……でも、俺は決めたから。 泣いてるやつをほったらかしにしていけるほど、馬鹿じゃないから。 だから─── 凍弥 「……俺を殺すのか、死神」 椛  「当然ダ。最早貴様ノ存在ハ大キスギル。消エテモラワネバ我ガ危ウイノデナ」 凍弥 「………光栄だよ」 椛  「───遺言ハソレダケカ。ナラバ───死ネ!!」 凍弥 「くっ!」 ───振り上げられた鎌。 凍弥 「───っ……!」 俺は必死にそれを避けようとして。 凍弥 「あっ───!」 だけど突然眩暈が襲いかかって。 凍弥 「………!」 大きな鎌が、俺の鎖骨から脇腹までを切った。 凍弥 「あ───……」 ミチミチと、肉が裂ける音が聞こえて。 凍弥 「かふっ……!」 ……血が、噴水みたいに出て。 凍弥 「───……」 体がどんどん冷たくなっていって。 ……立って、いられなくなって。 ───意識が……朦朧として……。 凍弥 「……大丈夫だから……」 だけど視界の中で少女が泣いているのが見えて……。 凍弥 「泣くな……ばか……」 ただ、最後に泣き顔の少女の涙を拭って。 凍弥 「……笑わないやつは、幸せになんか……」 にっこり、笑ってやって…… 凍弥 「なれ……ないんだ……ぞ……」 ……最後に、衝撃。 自分が倒れたことに気づいた。 ───血が流れた。 体が冷たくて、意識が残ってるのが不思議なくらいだった。 椛  「いや……!やだっ……!やだぁ……っ!」 ピクリとも動いてくれない体。 だけど耳には少女の泣き声が響きつづけて離れない。 泣くなって言ったのに……。 まったく、人の話はちゃんと聞くもんだぞ……。 そんな、自分でも呆れるようなことを最後に考えて、やがて意識も消えてゆく。 ……最後に、『俺、こんな生き方で良かったのかな』って考えた。 後悔はあるか、という自問自答。 だけど答えは最初からあったかのように───俺は笑った。 後悔なんてない。 あったとしてもしてやらない。 後悔しながらじゃあ満足なんて出来ないから。 だから───ああ、でも。 せめて、俺を揺すりながら泣いている少女には笑っててほしかった。 ……後悔、したくなかったんだけどな。 仕方ないか……─── Next Menu back