風の吹く世界。 空は蒼く、その世界を照らしていた。 綺麗と思えるその世界は今も変わらない。 時々に思う。 自分が産まれた時、世界にはこんな蒼はあっただろうかと。 空が好きな自分はその答えを知りたいと思っていた。 もちろん答えてくれる人なんていない。 その世界には頼れる人も心を許せる人も居ないから。 だけど、時々に思う。 もし、なにもかもを捨ててでも信じられる人が現れたら。 自分はきっとその答えを知ることが出来るんじゃないかと。 ───人の心を持った死神───
───……。 その空が蒼かった。 思い出に残るその蒼はいつまでも色褪せず輝いて。 いつだってその空の下を暖かく見守っていてくれた。 空と風に託された思いを感じて空を見上げるのが好きだった。 生まれた時から見上げていたその空。 産まれたあとも見上げていたその空。 違うものといえば空気が汚れてしまったことくらいか。 ───いつからだろう。 その空が、風が微笑むようになったのは。 悲しんでばかりだったそのふたつの意思が微笑むようになって、 自分は自分のことのように喜んだものだ。 何が原因なのかは解らない。 だけどきっと、それは喜ばしいことだから。 ───わたしは確かに微笑んだ。    だけど今、その笑みは遠く霞んで。    どこかに起き忘れたのかと思うくらい、霞んでしまって。       その微笑みがわたしの表情に浮かぶことはなかった。 …………じゃりりりりりりりん! がしょん。 ……うん。 凍弥 「よし、完治!」 声をあげた。 体は軽く感じ、それが風邪の快復を実感させてくれた。 凍弥 「よしよし、頭痛がしないってのはいいことだ」 満足に頷いて、俺は制服に身を包んだ。 そして鞄を手にして少しドアを開けて、サクラが居ないことを確認すると素早く階下へ。 ───階下の厨房に立つとパンを用意してトースターで焼く。 べつに客席近くにトースター置いてもいいと思うんだけどなぁ。 調理担当の与一がそれを許してはくれなかった。 凍弥 「……待ってる内に顔でも洗うか」 洗面所に入って顔を洗う。 その途中でチーンという音。 ……早くないか? 凍弥 「まあアレも古いし……     そろそろ買い換えなきゃいけないって与一も言ってたしな」 厨房に戻ってトースターを覗くと、生焼けのトーストが。 凍弥 「……ちゃんと焼けるかどうか解らんし、このままでいいか」 生暖かいパンを口にくわえて冷蔵庫を漁る。 凍弥 「ふぇーほ、ひゅうひゅーひゅうひゅー」 冷蔵庫で牛乳を発掘するとコップに注いで飲む。 凍弥 「……ふむ、やっぱり朝は牛乳だな。低温殺菌牛乳は譲れん」 そのままの勢いでパンを流し込むと鞄を手に取った。 と、その時。 サクラ「……ふぁひゅひゅ……ぅ……」 ……サクラ、降臨。 しかも寝惚けてるっぽい。 どうする?このまま逃げるか? 1:昨日の恨み!からかってゆく 2:額に王、中、肉!もちろん鞄に隠された油性ペンで!! 3:ポセイドンウェーブ⇒ロメロスペシャル 4:無視して行く 5:危なっかしいから起こしていく 結論:2!ファイナルアンサー!! 凍弥 「……………」 きゅぽん。(キャップを外す音) 凍弥 「……………」 気づかれずに近づいて伝説の3文字を書くのだ……! そして気づいた時にからかってやる……! さ、さあいざっ……! サクラ「………」 凍弥 「……あ」 突如、パッチリと開いた目。 その目が俺の目と合う。 サクラ「………」 そしてその視線が俺が持っているペンに移る。 額に伸ばされたそのペンに。 サクラ「───」 にっこり。 サクラが微笑んだ。 次の瞬間、サクラの腕にある機械……イマンシペイトっていったか? それが眩く光り、その光りがすぐに消えると、その手にはストレインが……! 凍弥 「キャーッ!!」 俺は逃げた。 朝っぱらから撲殺されたくなかったからだ。 しかしいつかそうしたように、彼女は凄まじい速さで追ってきた。 サクラ「懺悔なさぁあああああああああいっ!!!」 凍弥 「いやぁあっ!やっ!やめっ!俺ガッコ───あぁあああっ!!!!」 ボォッグシャアアアアアアアアアアッ!!!!!! ───…………どちゃっ。 聴覚の片隅で、何かが水溜りに倒れるような音が聞こえた。 ───……気づいた時、時間は既に昼だった。 凍弥 「うぐっ……頭痛ェ……」 せっかく治った頭痛が再来した。 殴るこたないだろまったく……! サクラ「……ごめんなさい」 凍弥 「謝るくらいなら気絶するくらいに強打するなよな……」 サクラ「だ、だって凍弥さんが人の額にラクガキしようとするから……」 凍弥 「それの報復がこれか?朝からガッコに行けなかった上に頭痛が報復か?     これがラクガキを『しようとした』者に対する報復なのか?」 サクラ「う……ううう……」 凍弥 「……お前が俺を嫌ってるのは解るけどさ。     その撲殺癖、いい加減にしてくれないか?」 サクラ「……え?嫌うって……」 凍弥 「お前は上からの命令で一緒に居たくもない男と一緒に暮らす羽目になった。     来たばっかりの時に俺に殴られたり馬鹿にされたりもしたんだ。     ……嫌われない方がどうかしてるだろ」 サクラ「あ……───」 サクラは俯いて何も言わない。 ……肯定、ってことか。 ま、当然か。 凍弥 「……ぶり返すようなこと言って悪かった。     じゃあ、これからでも俺、ガッコ行くから」 サクラ「………」 俺は息をついてから鞄を持って立ち上がった。 気絶してる間に部屋に運ばれたらしく、 俺は部屋のドアを開けて階下に下りて、学校を目指して外に出た。 ───……。 で、ガッコ。 凍弥 「……だんだん昼登校が定着しつつある自分が怖い……」 学食を目指しつつ、ぶつぶつとぼやいた。 ええ、仕方ないことなんですよ。 周りが平穏を許してくれねぇってんですから。 凍弥 「……うあ」 学食の中は凄絶だった。 ギャースカと騒ぐ人々。 俺は呆然とするしかなかったわけだが…… 凍弥 「………………」 おや? 凍弥 「……あの娘、たしか……」 視線の先に立っている人物。 それは俺が笑わせようとして珍態をさらす原因になった女の子だった。 メルティアっていったっけ。 凍弥 「……あーあー、あれじゃあいつまで経っても昼食食えんぞ……」 人垣を前におろおろする姿を見て溜め息。 しかし予想を反して少女の目がクワッ!と赤く染まり、 ついには人垣の中に突っ込み───! 凍弥 「お……おお!」 どすっ。 少女 「あうっ」 ……弾かれた。 凍弥 「………」 どうやら力は強いわけじゃないらしい。 あれが朧月だったらそこら中の生徒どもを蹴散らしてただろう。 ……て、そうだった。 彼女、死神だったんだよな。 凍弥 「……はあ」 霊寄りの者の困り顔には弱いな。 俺は自身に心の中で罵倒を飛ばし、彼女の隣に立った。 凍弥 「何が食べたいんだ?」 少女 「え……?」 声をかけてきた俺にゆっくりと振り返る視線。 俺はその目を真っ直ぐに見て『よっ』と声をかけた。 だが、少女はビクッという擬音が出るような雰囲気の中で距離をとった。 凍弥 「ごめんな、あの時俺の所為で注意されてたな」 少女 「………」 思いっきり警戒されてるな。 どうやらインパクトが強すぎたようだ……───って、そりゃそうだよな。 あんな赤裸々アート、俺でも泣きそうになった。 なにせ、流そうとしたら油性だった所為で全然落ちないんだもんなぁ。 ……って、そんなことは今はどうだっていい。 凍弥 「……ほら。何を食べたいんだ?この前驚かせたお詫びに取ってきてやるよ」 少女 「………」 凍弥 「………」 朧月と違い、喋ってもくれないので誘導も出来ない。 これは強敵だ。 少女 「………」 む? 今、チラリとメニューの方を見たよな。 ……あの視線からして───あれか? 凍弥 「───よし、任せろ。ちょっと待ってろな」 少女 「え───」 ───………… ───かちゃん。 凍弥 「ほい、お待たせ」 俺は直感を信じて手に入れてきたものを少女に差し出した。 浅美 『相変わらずお節介ですね』 凍弥  <癖みたいになりつつあるのか、なってるのか……> 浅美 『でもそういうの、嫌いじゃないです』 凍弥  <あんがとさん> 少女 「………」 だが少女は困惑顔で応えた。 うわ、ブツを間違えたか? 凍弥 「わ、悪い……これじゃなかったか?」 少女 「………」(……ふるふる) ……いいみたいです。 凍弥 「あ、じゃあ悪くならない内に食いなさい。鮮度は大事だぞ」 少女 「………」(……こくり) 少女は頷いてトレーを受け取った。 俺は自分の所為でこの娘をこんなに怯えさせてしまった馬鹿さ加減を感じて、 せめてと思って頭を撫でた。 少女 「…………?」 少女はきょとんとした顔で俺を見上げた。 凍弥 「……ごめんな。あの時俺、キミを笑わせたかっただけなんだ」 少女 「………」(……ふるふる) 凍弥 「え……許さない!?」 少女 「……!」(ふるふるふるふるっ!) 凍弥 「え?あ……気にしてないってこと?」 少女 「………」(……こくこく) 凍弥 「………」 だったら喋ってくれるとありがたいんですが。 凍弥 「ああ、まあ良かったらゆっくり食べてくれ。     ……でも、ほんとにそれでいいのか?レタス盛なんて……」 ざわっ……! 凍弥 「……へ?」 俺が言葉を放った途端、辺りの空気が変わった。 男子A「レタスって……うわぁーっ!メルティアだぁーっ!!」 女子A「止めるのよ!早く!誰でもいいから!」 ……なにごとだ? 一年あたりの生徒が騒然としている。 少女 「……いただきます」 少女はそう呟くと、水洗いされたレタスをゆっくりとした動作で口に運び─── 男子A「うわっ───うわぁあああっ!!」 女子A「いやぁあああっ!!」 ───しゃくっ。 と、食べた。 凍弥 「…………なんだってんだ?」 少女 「…………」 凍弥 「おい?どうかしたか?」 少女 「───うっく」 凍弥 「へ?」 ……酔ってる!?レタスで!? 凍弥 「マジすか!?」 驚愕の瞬間が目の前に! 少女 「……にう」 彼女は微笑むと立ち上がり、凄まじい速さで逃げ出した人を捕まえた。 女子 「きゃーっ!いやー!いやーっ!」 少女 「………」 少女はどっからかキュウリを出した。 それをポッキリと折り、女子の口にねじり込んでゆく。 女子 「キャーッ!!キュウリは!キュウリはアレルギーがぁああああっ!……あ゙」 がくっ。 女子がオチた。 男子A「こ、こら笠原ー!いきなり気絶するやつがあるかーっ!!」 少女 「………」 男子A「はっ……しまっ───」 逃げようとする男子。 しかし女の子にあっさりと捕まった。 男子A「いやー!いやー!ナメタケだけはいやぁあああっ!ギャッ……ギャーウ!」 ……がくっ。 男子生徒が撃沈。 凍弥 「な、なにごとなんだこれは!」 男子B「メルティアはレタス食うと酔っ払って、     本人でも知らない『アレルギー』をもたらすモノを無理矢理食わせるんスよ!」 凍弥 「うおお!?せっかくまともな性格のヤツに会えたと思ったのに!」 浅美 『どういう意味ですかそれはっ!』 凍弥 「な、なんでもない!なんでもないって!」 男子B「で、では俺はこれで───はああ!」 だんしBはにげだした!しかしまわりこまれた! ああ、なんて昔のRPGチック! 少女 「にう〜……」 男子B「へ?ヨーグルト?……な〜んだ、乳製品なら好き」 がぽっ。 男子B「んむんむ……ゔッ!?ゲホォッ!な、なんだ!?いきなり嘔吐感が!?     そ、そういや俺、牛乳とかはよく飲むけどヨーグルトって初めて───」 少女 「にうぅ〜」 男子B「あ、い、いやぁーっ!やめてぇえええケダモノーッ!」 ガボッ。 男子B「ギャーァアア!!」 ……がくっ。 だんしBはたおれた。 おお、男子B、死んでしまうとはなにごとじゃ。 凍弥 「って、そうじゃなくて。     浅美、あの娘と話したことあるんだろ?なんとかしてくれ」 浅美 『わ、わたしですかっ?……わたしもあんなメルちゃん見るの初めてで……』 凍弥 「先人の言葉でこんなものがある。『茄子はなる。洗えば食える』と……」 浅美 『【為せばなる】ですよそれ!』 凍弥 「しのごの言うな!行くのだ浅美!」 浅美 『うあー……友達になったら容赦無いんですねー……』 凍弥 「それが友達ってもんだと俺は考えておりますが」 浅美 『……そうですね、理想系です。     わたしも凍弥さんの冗談には少し免疫がついてますから。     冗談の域をわきまえた関係って楽しそうですよね』 凍弥 「うむ」 浅美 『……どうして突然偉そうになるんですか』 凍弥 「遺伝だ。気にするな」 浅美 『ふふっ、はいはい、そういうことにしておきますね』 浅美はクスクスと笑いながらメルさんに近寄った。 浅美 『……メルちゃ〜ん?』 メル 「…………にう」 浅美の声に振り返るメルさん。 その目が浅美を見つめて…… メル 「……にうー!」 飛びついた。 浅美 『あっ……いやぁーっ!マヨネーズはやめてーっ!!』 メル 「にうにうー!」 浅美 『キャーッ!』 浅美が涙目で俺の背後に隠れる。 凍弥 「マヨネーズが苦手って……」 浅美 『ちょ、ちょっとしたトラウマがありまして……』 凍弥 「アレルギーじゃないじゃないか」 浅美 『……多分、メルちゃんてば人の弱みを見つけるのも得意なんじゃないかと……』 凍弥 「そ、そうなのか?」 浅美 『わ、わたしちょっと離れてますねっ』 凍弥 「へ!?あ、こらっ!浅美チャン!?そりゃないんじゃない!?」 浅美は苦笑いを俺に送りつつ、天上に消えていった。 ……いいなあ、霊体って。 それにしても───ハッ! メル 「………」 凍弥 「ゔ……」 なんかじ〜〜〜っと見られてるぞ? メル 「………」 凍弥 「………」 俺も負けじとその目を見る。 ……ちなみにギャラリーは既に無く、学食は静かなものだった。 メル 「………」 凍弥 「……ああ」 そっか。 俺って苦手な食べ物ってないし。 そういうことか。 メル 「………っ」 凍弥 「うおっ!?」 安心しきってた俺の裏をつくように、メルさんがポロポロと泣き出した。 な……何事!?って───まさか 凍弥 「俺の苦手なものといえば……」 泣く人! ぐあぁあ!そう来たか! く、くそっ、どうする!? あ、い、いや……とにかく誰か来る前に泣き止ませなければ! ……どうやって? 泣き娘の扱いなんて知りませんよ俺。 ど、どうする!? 凍弥  <あ、浅美……浅美!カムヒアー!> 俺は念を送ってみた。 もちろんそんなものは出やしないだろう。 しかし現在ワラにもすがりたい心境! 笑わば笑え! 凍弥 「………」 だが、当然の如く浅美は来なかった。 ちくしょう。 メル 「………」 えぐえぐと子供のように泣くメルさん。 ……えっと……仕方ない。 特に思いつかなかったので頭を撫でてみることにした。 ……なでなで。 メル 「………」 凍弥 「………」 構わず泣かれています。 どうしろっていうんだ。 無視して逃げるのは絶対に嫌だし。 んーむ。 なでなでなで…… メル 「………?」 凍弥 「…………お」 メルさんが俺を見上げた。 その涙に濡れた目が俺の目を見る。 ……泣き止んだ、か? 凍弥 「泣いてばっかじゃつまらないぞ。笑わなきゃ」 鼻を鳴らしているメルさんに対して俺の口から出たのは、 自分でさえ気休めだとした思えない言葉だった。 メル 「………」 納得してくれたのかどうなのか、メルさんはただ俺の目を見ている。 …………………… 凍弥 「………」 俺はなんとなくその涙が気になって、頬に触れるように拭ってやった。 が、それに驚いたのか、バッと突然距離をとるメルさん。 ……ふむ。 凍弥 「レタス、全部食べないともったいないぞ。ほら」 メルさんがさっきまで座っていた席を指差す。 酔っ払いメルさんは、ぼ〜っとした顔をしながらもこくりと頷いて席に着く。 俺もそれを見届けてから自分の分の昼食を取りにガシッ。 凍弥 「うん?」 メル 「………」 ……う。 見られてる……めっちゃ見られてる……。 凍弥 「ど、どうした?」 メルさんに服の袖を掴まれて動けない状態。 そんな中でメルさんは俺の目をじぃ〜〜っと見たあと、 レタス盛をテーブルの真中に置いた。 凍弥 「え……一緒に食べろって?」 メル 「………」(こくこく) だそうだ。 むう…… 凍弥 「……ん、解った。いただくよ」 俺は微笑んでみせて彼女の前の席に座った。 そしてレタスに備え付けのドレッシングをべしっ! 凍弥 「いてっ!」 ……かけようとしたらメルさんに手を叩かれた。 凍弥 「ど、どうした?やっぱ食っちゃまずいのか?」 メル 「………」(ふるふる) 凍弥 「……?」 なんなんだ? もしかしてミャーズで手を洗えとか言う気じゃ メル 「ちゃんと……ミャーズで手を洗ってから……食べてください」 ビンゴ!? 凍弥 「そ、そうか、そうだよな。人間清潔が肝心!じゃ、ちょっと行って洗ってくるよ」 メル 「あ……」 俺はそう言い残すと学食備え付けの水道で手を洗い、戻った。 凍弥 「お待たせ。見よ、この手の輝き」 むん、と手を見せる。 が。 メル 「あの……冗談……だったんです……けど」 凍弥 「ぐお……」 謝られてしまった。 凍弥 「あ、あー……じゃあ一体どうして手を叩いたんだ?」 メル 「……ドレッシングなんて邪道です」 凍弥 「………………はい?」 メル 「レタスは……水洗いしたら……そのまま……食べるんです……」 凍弥 「…………」 なるほど。 だから叩いてきたわけか。 凍弥 「でもさ、味気なくないか?」 メル 「美味しいです」 凍弥 「だけどドレッシングかけた方が美味いよ絶た」 メル 「無用です」 凍弥 「いや、だって」 メル 「そのままが一番です」 凍弥 「けどさ、ドレ」 メル 「無用です」 凍弥 「………」 ……負けました。 彼女のレタスに対する愛は相当のようです。 凍弥 「そんなにドレッシングは嫌いか?」 メル 「違います。レタスにはドレッシングが不用なだけです。     それ以上でもそれ以下でもありません」 凍弥 「……うはぁ」 ある意味すごいぞこの娘。 レタスのことになると口調がキッパリ系になる。 凍弥 「えっとさ、もしかしてまだ酔ってる?」 メル 「酔う……?その……それはどういう……ことでしょうか」 うお、やっぱりレタス以外のことになると弱気だ。 凍弥 「やっぱりドレ」 メル 「無用です」 ……速ェよ……いきなり話題変えたのにこの速度だよ……。 スゴイっすよこの娘……。 凍弥 「わかったわかった。じゃ、食べようか。……そのまま、ね」 メル 「……はい」 やがてふたりでモシャモシャと食べる。 ハタから見れば異様な光景だろうなぁ。 でも確かにレタス本来の味が楽しめて……うん、悪くないな。 凍弥 「美味いな」 メル 「…………」(……こくん) 俺の言葉にゆっくりと頷くメルさん。 その顔は幸せそうだった。 ……よっぽどレタスが好きらしい。 メル 「……あ、あの……」 そしてふと、メルさんが声をかけてきた。 俺は食べるのを中断すると、その目を真っ直ぐに見た。 凍弥 「どうかしたか?」 メル 「あの……浅美ちゃんとは……どんな関係で……?」 凍弥 「浅美?ああ……俺は浅美の友達にして霊体の場である者だ」 メル 「霊体の……場……。じゃあ……見えるんですか……?」 凍弥 「ああ。キミが普通じゃないのも知ってる」 メル 「!」 がたっ! メルさんが急に立ち上がった。 凍弥 「っと、待て待てっ。見えるし解るけど、それだけなんだよ。     誰かをどうこうする力なんて俺には無いからっ。     だからそんな怯えた顔しないでくれ」 メル 「………」 凍弥 「な?」 メル 「………」(……こくり) ゆっくりと頷くと、メルさんは席に着いた。 凍弥 「ごめんな、びっくりさせちゃったな」 メル 「………」(ふるふる) ……はぁ。 また無口モードになってしまった。 凍弥 「……ほら、食べよう?」 メル 「………」(………………こくり) ……うお、なんかすっごく間があったんですけど。 ま、仕方ないよな。 普通じゃないなんて真正面から言われたのは初めてだったんだろう。 凍弥 「……ごめんな。普通じゃないなんて、言い方が悪かった。     キミにとってはキミは普通なのにな……」 メル 「………」 メルさんは少し驚いたような顔をして俺を見た。 メル 「あ、あの……その……」 凍弥 「うん?」 メル 「………………あぅ……」 凍弥 「……ゆっくりでいいから。     思考が纏まってから言うといいよ。いくらでも待つから」 メル 「………」 自分でも信じられないくらいに穏やかな声。 そんな俺を見て、メルさんは頬を染めた。 ……熱でもあるんかな。 凍弥 「ど、どうした?顔赤いぞ?」 メル 「………!」(ふるるるるるるるるっ!!) 凄まじい勢いで顔を横に振るメルさん。 メル 「な、なんでもありませんからっ……あの、失礼しますっ……!」 がたたっ! 何故か慌てながら席を立つメルさん。 凍弥 「うわっ、ちょっと待った!そんな慌てると危な」 がつっ! メル 「あぅっ!あ、あ───!」 案の定足を引っ掛け、つまづくメルさん。 俺は可能な限りの反射神経を奮い立たせて立ち上がった。 凍弥 「くっ!間に合え───」 がし。 凍弥 「へ?」 助けようとして近寄った俺の服の袖を掴む手。 それは紛れも無い、メルさんの手だった。 凍弥 「うわっ!ちょっと待て!体勢が悪すぎるって!お、おわぁあっ!」 無意識に掴んだのか、瞬間的に見えたメルさんは目を固く瞑っていた。 どう足掻いても離してくれそうにない。 凍弥 「くっ───!」 このままその手を引っ張って立ち上がらせることも出来るが…… この体勢だ、そんなことをしたら腕の筋がおかしくなる可能性がある。 仕方ない───がたぁあんっ!! 凍弥 「ぐぅっ……!!」 背中と頭に衝撃を受けて思わず唸った。 うあ……目の前がチカチカして見えねぇ……! 声  「あ……あぁあ……だ、大丈夫、ですか……!?」 聞こえる声はメルさんのものだろう。 だけどさっきから耳鳴りもしてる所為で上手く聞き取れない。 ……やべ……打ち所……悪かったか……。 妙な吐き気を感じながら、俺の意識は消えていった。 ───。 メル 「あのっ……あのっ!大丈夫ですか……!?」 わたしを庇ってくれた人。 その人が床に倒れたまま動かなくなってしまった。 倒れる筈だったわたしは彼の胸に倒れ、その代わりに彼は頭を打ってしまったようだ。 ……どうして。 どうして見ず知らずの人のためにそこまで出来るのか。 わたしが普通じゃないって……解ってた筈なのに。 メル 「……あなた、ばかです……。死神に関わって、ただで済む筈がないのに……」 死神というのはその存在だけで災いを招いてしまう。 それは小さな災いだったり大きな災いだったり、類を持たない。 だけどわたしの場合は違った。 襲ってくる災いは小さなものだけど、その回数が多い。 今だって注意しながら立ちあがったのに躓いてしまった。 巻き込んで倒れるつもりなんかなかったのに。 メル 「…………ごめんなさい。でも……これでいいんですよね」 自分に害があると解れば、きっと彼も自分から離れてくれるだろう。 わたしの目を見て話してくれた人は初めてだったけれど……それも終わり。 メル 「……でも」 でも……なんだろう。 こんなにやさしい人に会ったのは初めてだ。 もっとこの人のことが知りたい。 本当は死神がそんなこと考えちゃいけないんだろうけど…… メル 「わたし……」 わたし、この人のこと嫌いじゃない……。 要領が悪くて口が回らなくて、ヘンなクセもあってヘンな目で見られてたわたし……。 そんなわたしに、笑いかけてくれた……。 頭が混乱してたわたしに『いつまでも待つよ』って言ってくれた。 そんなの……初めてだった。 メル 「……………」 ……魂結糸、結んじゃえば……離れられないよね……。 メル 「…………」 結べば……傷も治せるよね……。 メル 「は、はぁ……」 指が震える。 その指がゆっくりと彼の頬に触れて…… メル 「…………」 綺麗な肌。 綺麗な顔立ち。 わたしに送ってくれた、やさしい笑顔。 思い出すだけで心が暖かい。 ……いっそ、ずっと一緒に居られたら─── メル 「───ッ!」 ダメだ! 何を考えてるのわたし……っ! 相手の合否もなしにそんなことしたら……! 冥界の狩人がわたしを……いや、もしかしたら彼も殺すかもしれないのに……! メル 「………」 一緒に居たい。 この人の傍はどうしてこんなに暖かいのだろう。 逸らすことなくずっと目を見て話してくれた人は初めてだった。 わたしに微笑みかけてくれた人も初めてだった。 わたしの口下手を受け入れてくれたのもこの人だけだった。 ……一緒に居たい。 こんな気持ちは初めてだ。 願わくば……ずっと、その微笑みの傍に…… メル 「…………でも」 でも。 またいつ、さっきのような衝動にかられるか解らない。 それに……もし彼が頷いてくれたとしても、 創られた存在のわたしに『契約』の資格があるとは思えない。 ……彼の迷惑にしかならないだろう。 だったら。 メル 「……ごめんなさい」 そう。 することなんて決まってる。 あんな衝動が出ないように距離を置けばいい。 わたしは一年なんだ、噂話では彼はニ年だと聞いた。 だったら何をしなくても会う機会なんて稀だろう。 メル 「………」 静かに立ち上がった。 彼には『死の影』が見えないから死にはしない筈だから。 メル 「……美味しかったです。     人にご馳走してもらったのって初めてだったから……緊張しちゃいました。     でも……それもやっぱり一度きりでしたね。……ご馳走様でした」 意識の無い彼に頭を下げて、わたしは学生食堂をあとにした。 ───……。 凍弥 「うぐっ……いっつぅ……!」 ひときわの痛みに意識が戻った。 目を開けた先に見えるのは天井。 どうやら学食で倒れたまま放置されていたらしい。 浩介 「……む、起きたか」 ん? 凍弥 「あれ?浩介……いてっ!ててて……!」 浩之 「ああ、無理はしない方がいいぞ盟友。     貴様の後頭部にはデカいタンコブが出来ている。     我から言わせてもらえば、     どういう経緯かは知らんがよく床に頭を打って生きていたものだ」 凍弥 「……昔っから悪運は強いんだよ。ってそれよりお前らどうしてここに?」 浩介 「いや……それがな。一年の娘に学食で盟友が倒れてるという情報を得てな」 凍弥 「一年の?誰」 浩介 「さあな。名を訊ねようして自らがまず名乗ったんだが、その隙に逃げおったわ」 浩之 「我らの美しさに畏怖したに違いない」 凍弥 「安心しろ、それはない」 志摩 『どういう意味だそれは』 同時に講義を申し立てる志摩兄弟。 俺はそれを無視してさっきから気になっていたことをツッコむことにした。 凍弥 「……あのさ。浩之」 浩之 「ぬ?どうした同志」 凍弥 「……どうして俺のポケットからサイフを抜き取ってるんだ?」 浩之 「───しまった気づかれた!」 凍弥 「そら気づくわっ!アホかお前はっ!」 浩之 「当然だ」 凍弥 「胸を張るなよ……」 モシャァ〜ンと溜め息が迸る。 自信満々に胸を張っていた馬鹿者に溜め息を隠せなかった。 凍弥 「ホレ、いいから返せ」 浩之 「モノは相談なんだが同志よ。我が手元にあるこの金でパァッと騒がぬか」 凍弥 「幽体離脱したいなら手伝うぞ」 浩之 「じょ、冗談だ同志よ。さあ受け取れ」 ポンとサイフを返してくる浩之。 凍弥 「抜き取った金も返せ。サイフだけでどうしろってんだ」 浩之 「……至極もっともだ。さあ受け取るがいい同志、我からの施しぞ。     ───ほぉ〜ぅれ、一万円札じゃぁ〜い」 凍弥 「俺の金だろうが!なに自分の金みたいに言ってんだよ!」 浩之 「同志のモノは我のモノ。ブラザーのモノも我のモノ。我のモノも我のモノ」 浩介 「馬鹿な!そんなことは神が許しても我が許さんぞ!     どちらかと言うとブラザーのモノこそ我のモノ」 凍弥 「どっちもどっちだろ。よっ、と……」 痛む頭と背中を庇いながら立ち上がった。 ……くそ、最近頭痛ばっかだなちくしょう。 凍弥 「そんじゃ、俺もう行くから。……っと、その一年、どこに行ったか解るか?」 志摩 『知らん』 凍弥 「………」 こういう時にこそとことん役に立たないヤツらだ。 くだらん時には博識なのになぁ。 凍弥 「じゃ、お礼も兼ねて探してみるよ。んじゃな」 浩介 「盟友よ、今は授業中だが……それでも探すと?」 凍弥 「……そか。じゃあお礼どころじゃないな。屋上行って寝るか」 浩之 「屋上?椛も居るだろうか」 凍弥 「さあな。俺は寝に行くだけだ、センセ以外の誰が居たって構わないよ」 浩之 「死神でもか?」 凍弥 「………」 ……ははっ。 凍弥 「……そうだな。それも悪くない」 浩介 「?」 不思議な顔をした志摩兄弟に軽く手を振って、俺はその場を離れた。 ……目指すは屋上だ。 Next Menu back