───志摩浩介の受難───
屋上へ続くドア。 相変わらず立入禁止と書かれた札の先にあるそれを開け、屋上に吹く風を浴びた。 その風は今日も穏やかで。 時期にしては寒い筈のその世界をやさしく包み込んでくれていた。 凍弥 「空気はまだまだ寒いってのに、風が暖かいなんてどうかしてるよな」 空気が寒いって感じるのは微量でも風が吹いてるからってわけじゃないんかな。 ……ま、どっちにしても暖かいなら問題ないよな。 凍弥 「……ふう」 ベンチに寝転がって空を見上げた。 その先にある太陽が眩しく、俺はつい目を細めて手で影を作った。 そしてふと視線を感じて、その視線に振り向いた。 椛  「………」 朧月だ。 相変わらず無表情に近い表情で俺を見ている。 凍弥 「……よ、昼寝か?」 椛  「………」 凍弥 「………」 椛  「………」 ぬお……思いっきり無視されてる。 朧月は溜め息もつかずに空を見上げて、もう一度俺を見たあとにコロンと寝転がった。 凍弥 「………」 俺も首を突っ込まずに目を閉じた。 だが、とある音を聞いて目を開く。 聞き間違えることのない、『くきゅー』という音。 前に、どっかで聞いたよな。 凍弥 「………」 ……はぁ。 凍弥 「腹、へってるのか?」 声  「へってませんっ!」 即答だった。 凍弥 「……ひとりごとだったんだが?」 声  「なっ……!」 凍弥 「……くっ……はははっ……」 俺はなんだかおかしくなってベンチから起き上がった。 石屋根を見上げてみると、真っ赤になりながら俺を睨んでいる朧月。 凍弥 「悪い。笑うつもりはなかったんだけど」 椛  「結局……あなたもわたしを笑い者にしたかっただけなんですね……」 凍弥 「む。あのね、俺は人を笑い者にする趣味はないよ」 椛  「……笑ったじゃないですか」 凍弥 「ああ、笑ったな。でも笑うつもりはなかったって言ったろ?悪かった、ごめん」 椛  「…………」 心中複雑といった表情で、朧月は俺を見ている。 俺はその目を見つめ返して言った。 凍弥 「お詫びに学食で何かおごろうか?」 椛  「………」 ……あ、考えてる。 凍弥 「心配か?」 椛  「え?」 凍弥 「他意はないから安心していいよ。     本当はお詫びに金を使うのは好きじゃないんだけどな、     腹へってるならそれがいいと思うし」 椛  「どうしてですか……?」 凍弥 「え?なにが?」 椛  「……お詫びにお金を使いたくないって」 凍弥 「ああ、それか」 いつの間にか少し落ち着いた表情の朧月に頷いてみせて、口を開いた。 凍弥 「お詫びなのに金使うと、金で釣ってるみたいじゃないか。     俺そういうの嫌いだからさ。     悪いことをしたなら金じゃなくてもっと別のことで謝りたいんだよ」 椛  「………」 朧月は、さっきのメルさんのように驚いた顔をして俺を見た。 椛  「あ、あのっ」 浩之 「そーかそーか。ならば我に何か奢ってくれ」 が、何かを言おうとした朧月を遮るように浩之が現れた。 凍弥 「浩之……どうしたんだ?」 浩之 「いやなに、用をたしていたら突如何かしらの波動と電波に導かれてな。     ようするに腹が鳴ったからメシを食そうと企んだんだがな。     金が無いどころかサイフが紛失してしまった所為で現時点では無一文なのだ」 聞いていてとても悲しくなる出来事を細かく説明してくれる心やさしき浩之くん。 凍弥 「それで……浩介は」 浩之 「うむ、話せば短く纏まるのだが───」  ───回想─── 浩介 「むう……ブラザー、一体どこに落としたというのだ」 浩之 「なにを寝惚けているのだブラザー。     無くしたとは言ったが落としたとはひとこも言っていないぞ」 浩介 「ぬう、これは迂闊だった。だがせめていつ頃無くしたかくらいは解らぬのか」 浩之 「無理だ」 浩介 「即答か。まあいい、あれが無ければ我らは生きられぬのだ。     探すぞブラザー」 浩之 「フフッ、我に任せろ。探し物は得意だ」 浩介 「胡散臭さ最高潮だなブラザー。そげなことが出来るなら何故に見つけないのだ」 浩之 「……腹が減って本領が発揮できないのだ。     それはもう、顔の塗れたアソパソマーソのように。     だが間違うな。我の頭は食えぬぞ。それは殺人に繋がる」 浩介 「それ以前に頭など食えぬわ。……だが、フフフ。     主力技が噛みつきという、伝説のキンコンカーンならあるいは……」 浩之 「おお、確かに彼奴ならばあるいは……!」 と、そんな馬鹿な会話をしている時であった。 ふと、あること思い出した我はブラザーに語りかけたのだ。 浩之 「ブラザー、そういえば我がサイフにはある種の臭いをつけておいたのだ」 浩介 「臭い?どのようなものだブラザー」 浩之 「うむ、例えるならば……ドリアン」 浩介 「誰も拾わぬな」 浩之 「冗談だブラザー。本当は強烈なレモンの香りぞ」 浩介 「レモンか。ならば───うむ、向こうの方からしてくる感じがするぞ」 浩之 「おお、ついに人間を超えたなブラザー。臭いの発生源が解るなど」 浩介 「フフフ、我、極めたり」 浩之 「馬鹿やっている暇があったら案内せぃ」 浩介 「話を振ってきたのはブラザーだろうが。……まあいい、ふむふむ……」 ブラザーが鼻をヒクヒクと動かして廊下を進んでゆく。 ハタから見れば変質者のそれと大差なさそうに見えるその行為。 我には……やはり変質者にしか見えなかった。 浩之 「我は悲しいぞブラザー」 浩介 「なにがだブラザー」 しかも気づいていないから性質が悪い。 浩介 「───むっ」 浩之 「どうしたブラザー」 浩介 「……うむ、ここらがニオうぞ」 浩之 「すまぬ、屁をこいた」 浩介 「修正ィイイイイッ!!」 ボグシャア! 浩之 「ラブリィイイッ!!」 ドシャア。 ブラザーの拳が我の顎を貫いた。 膝から崩れた我は、脳震盪のためか立ち上がれなかった。 浩介 「我らの生活がかかっているというのに、     フローラルレモンの異臭を放つ放屁などするでない、たわけが」 浩之 「うぶっ……グゥム……脳震盪か……?眩暈が……」 浩介 「顎を打ち抜かせてもらった。すぐには立てぬよ。さてサイフは……」 ブラザーが我を無視してサイフを探索する。 そしてひとつの教室の前に立つと、鼻を利かせてニヤリと笑った。 体勢を屈めて、廊下ばかりを眺めているのでその教室がなんなのか解っていないらしい。 やがてブラザーはそのドアに手をかけ、ガラッと開けた。 浩介 「サイフーッ!」 ……が。 佐藤 「なんじゃあおんどれ。職員室では静かにせんかい」 そう、そこは職員室だった。 ブラザーが沈黙したのちにゆっくりと顔を上げると、『職員室』と書かれたプレート。 浩介 「……ギャア!」 そして叫ぶ。 佐藤 「なんじゃい、なんか用なんかコラ。……ん?おい貴様、今は授業中やろが」 浩介 「ぬう……いや、ここで引き下がるわけにもいかん。     臭いの発生源は───」 佐藤 「あ〜ん?」 ……我はフラつく体を抑えながらその行方を目で追った。 やがてブラザーの目が佐藤のジャージのポケットに行き着き。 浩介 「そこだーっ!」 その膨らんだポケットに手を突っ込んだ。 佐藤 「うあっ!?な、ななななにするんや!それはワイの───」 浩介 「黙れ!これは我らの命ぞ!返してもらうっ!」 バッ!と、ブラザーの手がポケットから出る。 佐藤 「や、やめぇやっ!」 浩介 「何を言うか!貴様いくら貧乏だからって我らの命とも呼べるこの」 …………。 浩介 「…………この……」 我は目を見張った。 ブラザーの手に握られているもの。 そこには『明るい家族計画』と 浩介 「キャーッ!」 佐藤 「キャーッ!!」 ブラザーと佐藤はほぼ同時に叫んだ。 浩介 「キャーッ!?キャーッ!」 明かに混乱しているなブラザー。 佐藤 「おんどれそれが命て……何考えとんじゃコラァッ!!」 浩介 「ち、違う!こんな筈では……!というより貴様!     学校にこのようなものを持ってきてなにをするつもりだったのだ!」 佐藤 「や、やかましいわ!これは、そ、そうじゃ!生徒から没収したんじゃい!     ええから早よ返さんかっ!───ええいお前も連行じゃ!」 がしぃっ! 浩介 「なにぃ!?ば、馬鹿な!まさか貴様ソッチの気が!?」 佐藤 「アホなこと言うとらんでとっとと来んかい!」 浩介 「ギャアアアアアアアア!!ブ、ブラザァアアア!     我の操が!貞操が!ブッ!ブラッ!助けてブラザァアア!!」 佐藤 「あぁん?もうひとり居るんか」 佐藤が廊下に顔を覗かせた。 我は貞操の危機を感じたのでそのまま 浩之 「とんずらーーーっ!!」 ブラザーを見捨てて逃げ出した。 浩介 「ブッ……ブラザァアアアッ!!貴様脳震盪ではなかったのかぁああっ!?」 最後に聞こえたブラザーの声が、ヤケに遠くに聞こえた17の日の春だった……。 ───回想終了─── 浩之 「……とまあ、こういうわけだ」 凍弥 「………」 沈黙。 相変わらず馬鹿やってんなぁ……。 凍弥 「……ま、いいや。それでどうだ?朧月も来るか?」 浩之 「おお、奢ってくれるのか」 凍弥 「ちゃんと返せよ」 浩之 「なに!?金を取るのか!」 凍弥 「朧月にはお詫びで奢るんだよ。ただで奢るわけがないだろう」 浩之 「相変わらずケチなのだな」 凍弥 「お前に言われたくないぞ」 浩之 「そう言うな。腹が減っては戦が出来ぬ」 凍弥 「一戦やらかすのか?」 浩之 「うむ、激戦となるだろう」 よく解らんがうむうむと頷いている。 凍弥 「佐藤とか?」 浩之 「いや。ブラザーの貞操など知ったことではない。     我は我のためにサイフを取り戻すのだ。     なにせ、校舎裏に居た野犬がサイフを盗んでいやがったのだ」 凍弥 「……とっくに逃げられたんじゃないか?」 浩之 「いやいや。佐古田に見守ってもらっているのだ。     その隙に我は食事をして力を蓄えるという計画よ。     腹さえ膨れれば修正の拳も力づく」 凍弥 「………」 椛  「………」 言葉が出ない俺の横……といっても石屋根だが、そこで呆れてる朧月。 凍弥 「じゃ、あんまり遅れると佐古田も怒るだろ。パンでいいならこれで買ってくれ」 ピィン、と500円を弾いて渡す。 浩之 「オウヨ!ではな、盟友!恩にきる!」 浩之がドアを開け放って走っていった。 …………。 凍弥 「……で、どうする?さっき何か言いかけたみたいだけど」 椛  「…………いえ、もういいです」 凍弥 「そか」 俺は息を吐いてベンチに座った。 お詫びとは言っても、俺としては朧月から話してほしい。 確かに人が苦手ならば人を避けるのは当然だ。 だけど朧月は『苦手』なんじゃなくて『傷つけたくない』だけなんだ。 死神ももう消えて、人を避ける意味もなくなったんだから…… 凍弥 「……なのにな」 どうしてこう人を避けるんだか。 ……って、俺が真実を教えてないからか。 凍弥 「………」 椛  「……あの」 凍弥 「うん?」 トン、と飛び降りて俺を見る朧月。 凍弥 「どうした?」 椛  「あの……お願いします」 凍弥 「?」 椛  「…………ごはん」 凍弥 「……ああ。じゃ、行くか」 椛  「………」(こくり) 俺が立ち上がると朧月が後ろをついてきた。 顔を赤くしながら俯くその姿は、正直に可愛いと感じた。 ……どうかしてるな、俺も。 ───……。 さて。 凍弥 「何食いたい?なんでもいいけど」 椛  「………」 じーっ……と品目を見る朧月。 そしてうろうろと視線を泳がせる。 凍弥 「………」 もしかして学食は初めてなんだろうか。 学食には何度も来てるけど、朧月を見たことってなかったしなぁ。 ……やれやれ。 凍弥 「俺も何か食うかな。……あ、ついでに取ってこようか?」 椛  「え?あ、は、はい……」 凍弥 「なにがいい?」 椛  「えと……レタス盛」 凍弥 「………」 椛  「……あの?あ、もしかして美味しくないんですか……?」 凍弥 「あ、いやっ、なんでもないから。じゃ、取ってくるよ」 椛  「……?」 疑問の眼差しを背中に受けながらカウンターに歩いた。 ……死神にちなんだ者ってレタスが好きなんだろうか。 解らん。 ─── 先ほどもレタス盛を頼んだことから、学食のおばさんにヘンな目で見られた。 そして何故か『モテるのね』と言われた。 凍弥 「……なんのこっちゃ」 俺はこう見えても産まれてこのカタ、女にモテたことなどないぞ。 凍弥 「……よっと。お待たせ」 椛  「待ってません」 凍弥 「そりゃよかった。じゃ、いただきます」 椛  「いただきます」 ふたりして小さく手を合わせてお辞儀した。 掻き揚げうどんをずぞぞーとすする。 うん、やっぱりここの掻き揚げうどんは美味いな。 椛  「………」 しゃくしゃくと音を出すレタス。 食べているのは朧月だ。 …………ふむ。 凍弥 「あのさー朧月。ドレッシ」 椛  「いりません」 凍弥 「………」 やっぱり。 椛  「それより……いい加減にやめてくれませんか?」 凍弥 「うん?なにが」 椛  「わたしを『朧月』と呼ぶことをです。わたし……その苗字は嫌いです」 凍弥 「───む」 なんだかカチンときた。 だってその苗字は─── 凍弥 「……どうして。お爺さんとの接点じゃないか」 椛  「え……?」 凍弥 「嫌いになるのは勝手かもしれないけど、苗字に罪はないだろ。     ……そんな家を血の繋がりを否定するようなこと、言うなよ」 椛  「………」 朧月は黙った。 だけどキッと俺を見ると、口を開いた。 椛  「どうして───お爺さまのことを知っているんですか?」 凍弥 「……会ったから。それだけ」 椛  「会った……!?いつ、ですか」 凍弥 「悪いけど言えない。……キミはそれを知ることを拒否したんだから」 椛  「拒否……?そんなことしてません……」 凍弥 「……昨日。俺はキミに話があるって言った。     聞かないと後悔するとも言った。そして、一度きりとも言ったよ。     そして、キミは来なかった。考える時間が30分もあったのに、だ」 椛  「───!そんなっ!そんなの卑怯じゃないですか!     どんな話かも解らないのに、わたしが人についていくと思ったんですか!?」 凍弥 「思ったよ。だってキミは人間だ。自分で考えて自分で行動する。     偶然を期待したわけじゃないけど、キミはもっと人に近づくべきだったんだ。     死神の覚醒を嫌うなら、     人から言われるんじゃなくて自分から動くべきだったんだよ」 椛  「………」 凍弥 「……酷いことを言ってるって自覚はあるよ。だけど、そんなんじゃ浮かばれない」 椛  「浮かばれない……?それってどういう意味ですか……」 凍弥 「……なんでもないよ。ほら、レタスがしなびる。食べなさい」 椛  「………」 がたっ。 凍弥 「朧月?」 椛  「───失礼します」 朧月は涙目になりながら席を立って、学食を出ていった。 凍弥 「……はぁ」 そして呆れる。 俺も何を意地になってるんだかな。 朧月のこと、かまってやってくれって頼まれたのになぁ。 泣かせたらどうにもならないだろうに……。 でも、教えてやればよかったのか? 俺は……なんかそれは違うと思う。 凍弥 「………」 少しぬるくなったうどんをすすった。 それはさっきまでの味とは違い、ひどくマズく感じた。 ───……。 浅美 『うう……』 凍弥 「ん?よう、戻ってきたのか」 空き教室の机に突っ伏して寝ていると、浅美が俺の傍に降り立った。 浅美 『せっかくだからってどこまでが場になってるのか試したんですけど……     場を離れた途端に意識が途切れそうになって……』 凍弥 「んー……よく解らんが、どこまでが場なのか解ったのか?」 浅美 『……言ってしまえば目に見える場所ですかねー。     それ以上は意識が保てなくなります。     今だって凍弥さんがここに来てくれなきゃ、そのまま消えてたかもしれません』 凍弥 「……ばか。無茶するな」 浅美 『……ごめんなさい』 素直にペコリと謝る浅美。 浅美 『でもよく解りました。やっぱり凍弥さんの場は特別です。     目に見えないほどに離れると危険ですけど、     その範囲内ならどんな無茶しても平気みたいです』 凍弥 「そうなのか?よく解らないが……まあ、プラスになってるならよかったよ。     ……くぁ……ぁああ〜……」 浅美 『……眠たそうですね』 凍弥 「ああ……熱の後遺症なのかな……眠くてしょうがないんだ。     ……ごめんな、少し眠るよ」 浅美 『いえ、気にしないでください。凍弥さんの寝顔、可愛くて好きです』 凍弥 「はは……あんまりジロジロ見ないでくれな……?」 浅美 『ふふ……はい、凍弥さん』 …………。 大した間もなく、俺の意識は途切れた。 ───……。 わたしは苛立っている。 理由は簡単……なのに複雑。 どうして話してくれないのか。 ……凍弥と呼ばれた人。 嫌いじゃないけど、好きでもない。 とてもやさしい目をしているのに、 時折に見せる真剣な表情の時───彼はとても意地悪だ。 彼は何を知ってるんだろう。 何を思ってるんだろう。 わたしに近づくだけ近づいておいて、そのくせに近寄ると離れる。 まるで掴み所がない空気のような存在。 椛  「……どうして───ごはん、食べさせてもらおうって……思ったのかな」 ───屋上で空を見上げてみた。 その空は憎らしいほどに蒼くて。 どうして憎いと思ったかも解らなくて。 ……やがてそれがただの八つ当たりだと気づいて。 それなのに……わたしは笑った。 今更じゃないか。 こんな、人間みたいな気持ち……。 椛  「………わたしは、死神の子」 …………。 椛  「元々……人になんか関わったりしちゃ……いけなかったんだ……」 今までみたいに人を避けていればそれでいい。 だって……近づいたら離れてゆくって、さっき解ったじゃないか。 椛  「………」 それで、いいじゃないか。 そしたらもう、こんな嫌な気分を背負わなくてもいい。 椛  「───……眠ろう」 石屋根に寝転がって息を吐いた。 眠気はなかったけれど、今は起きて何かを考える気分じゃなかった。 ───……。 浅美 『…………うーん』 考える。 浅美 『うー……ん……』 さらに考える。 浅美 『…………うー』 どうしたらいいんだろう。 椛ちゃんには教えるべきだと思う。 凍弥さんは意地でああゆうことを言ってるわけじゃないと思うけど、 あれは言っておかなきゃいけないことだ。 でもわたしには教えることが出来ないし───がらぁっ! 浅美 『?』 浩介 「はー……はー……」 ……変態の片割れさん?(←何気に容赦無い) 浩介 「やはりここに居たか……!盟友!ブラザーの居所を教えろ!     ブラザーである我を見捨てた行為!捨て置くことは出来ぬ!」 浅美 『あっ、だめですよ!凍弥さんなんだか疲れてるんですよ!?』 浩介 「起きるのだ盟友凍弥!ええい起きぬかーっ!!」 がくがくがくがくっ! 変態1が凍弥さんの肩を揺する。 浅美 『うー……!……あ』 そっか。 霊体ならではの解決方というものがあったじゃないか。 そしたら椛ちゃんにも───うん! 浅美 『じゃ、早速』 わたしはぐっと力を込めると、彼の傍に近寄った。 浩介 「ぞわわぁああーーーーーーーっ!!!!」 浅美 『ひゃっ!?』 変態1がしこたま叫んだ。 浩介 「な、なんだ今の寒気は!……こ、ここには何かが───!?」 教室中を見渡す変態1。 でも躊躇する時間ももったいないので、わたしは彼の中に入った。 浩介 「ギャアワワァアアアーーーーッ!!!」 彼は妙な絶叫を出した。 うん、入ることには成功したみたいだし、あとは椛ちゃんに真実を 浩介 「お、おのれ……!     我の意識を乗っ取ろうなどと……!あ、甘いわぁああああっ!!」 バチィッ! 浅美 『きゃあっ!?』 ……弾き出された。 なんて自我の強い人だろう。 浩介 「ぐはー、ぐはー……!め、盟友よ!ここはやばいぞ!危険だ!起きろ!」 浅美 『あ、こらっ!ダメだったら!』 わたしはそれを止めるために彼の中にもう一度侵入した。 浩介 「ギャッ───ギャアワワァアアァァーーーッ!!!!」 すぐさまに弾き出されそうになる。 だけど耐える。 ……乗っ取ってやる!椛ちゃんのために! 浩介 「ぐっ……!ぐああ……!!い、意識が消える……!?馬鹿な……!」 浅美 『ううう……!普通、入ろうと思えばすぐに入れるのに……!』 浩介 「と、言いたいところだが……相手が悪かったな……!     我は志摩!名は浩介!何者かは知らんが実体の無い者に意識を奪われるほど、     情けない人道を貫き歩んでおらんわぁああーーーっ!!」 彼の意識にスゴイ力が溢れた。 そして彼はわたしを振り払うように駆け出しドゴォッ!! 浩介 「ほんごぉっ!!」 ───……机の脚に小指を強打した。 ……付け足すと、『ペキョッ』って音がした。 浩介 「ほっ───ほぎゃあああああああっ!!!!     シュビウビダバダーッ!シュビドゥバァーッ!!あーっ!あ゙ァーーッ!!」 浅美 『………』 ……わたしは呆れながら、彼の意識を乗っ取った。 浩介 「ぐおっ!?イ……イヤァアーーッ!!───……」 ───……そして、意識はわたしに移った。 浩介 「……うん、ちゃんと動けるよね」 こくりと頷いて、わたしは教室を出……あ。 浩介 「………」 眠っている凍弥さんの顔を見て、わたしは微笑んでみた。 が、窓にその笑顔が映っていることを確認すると、不気味だった。 ……そうだった。 今、わたしは変態1に入ってたんだった。 うう、窓に映る笑顔が悲しい。 浩介 「って、こんなことで悲しんでる場合じゃないよね。     えーと……椛ちゃんは屋上かな」 わたしはその教室から出てドバァンッ! 浩介 「はぶっ!?」 ───遠慮無しに顔面からドアに衝突した。 浩介 「ううううう……霊体の時の癖が……」 壁抜けを実行しようとして失敗した。 顔がヒリヒリする。 痛みは感じるみたいだ。 そういえば小指も痛い。 浩介 「……でも、こんなところで挫けるわけにはいかないからっ」 バッと身を弾けさせてドアを開けた。 そして廊下を走って屋上を目指した。 階段を登って立入禁止のドアを開けて───やがて、屋上に。 浩介 「───椛ちゃんっ」 実体を持って椛ちゃんと話すのは久しぶりだ。 どこか高揚して、わたしは声を張り上げた。 ……しばらくしても返事はない。 わたしは梯子を登ってその姿を……居た。 寝転がりながら空を見上げてる。 浩介 「椛ちゃん」 椛  「……ちゃん?」 浩介 「あの……話があるんだけど」 椛  「わたしにはありません」 う……。 浩介 「お願い、聞いて椛ちゃん」 椛  「その呼び方をしないでください。そう呼んでいいのは……ひとりだけです」 浩介 「椛ちゃん……」 椛  「呼ばないでくださいって言ってるんです」 ……やっぱりガンコだ。 浩介 「わたし、浅美。浅美だよ、椛ちゃん」 椛  「───冗談でもそんなことを言わないでください。     どこで浅美ちゃんの名前を知ったのか知りませんが、     そんなことを言うなら……許しませんよ」 そう言って、椛ちゃんは石屋根から飛び降りた。 わたしは慌ててそれを追って降りて、その肩を掴んバシッ! 浩介 「たっ……!?」 椛  「……触らないでください」 浩介 「………」 強情だ。 こうなったら無理矢理にでも言うしかない。 浩介 「聞いて椛ちゃん!」 わたしは椛ちゃんの肩を掴んで真っ直ぐに目を見た。 そして口を開いてゴシャア! 浩介 「ぐわぁっ!」 両腕を封じられた椛ちゃんの、まさかのチョーパン。 わたしはそれを逸早く察知して意識を交換した。 浩介 「鼻がっ……!鼻がぁぁああ……っ!!」 そして痛がっている隙にもう一度意識を乗っ取った。 浩介 「お願いだから聞いて椛ちゃん!わたしは」 コキィンッ! 浩介 「おぐぅっ!!」 今度は椛ちゃんの膝が黄金を貫いた。 もちろんわたしは意識を彼に返したので……あ。 浩介 「ぐぅうぇ……」 ドシャア。 変態1が顔を腫らしたミッキー・ロジャースのように膝から崩れ落ちてゆく。 …………これはもう無理かな。 浅美 『……いじっぱり』 わたしは椛ちゃんにそう言い残してその場を去ることにした。 だけど最後に聞こえた椛ちゃんの声は、とても寂しそうなものだった。 『誰も、何も知らないくせに』。 そう言った椛ちゃんは……きっと泣いているだろうから。 わたしは振り返らずに屋上をあとにした。 泣かせないでくれって……悠介さまに言われたのに……。 上手くいかないな……。 ───やがて屋上のドアを通り抜けようとした時。 どこかから犬の咆哮と誰かの絶叫が聞こえた。 それが誰のものなのかは解らないけど、なんだかおかしくなってわたしは笑った。 その笑顔はきっと、頼りない笑みだっただろう─── Next Menu back