───幸せな夢を見ている。 いつまでも続いてゆくしがらみを思いながら、在り来たりの日常に身を包んで。 そして、いつまでも幸せの価値を探してゆく。 自分の人生を思い返して、夢の続きを想像して、叶わない幻想を抱いて。 そしてまた……夢を見る。 自分が子供だった頃、自分が高校に上がった頃、自分が……消えた頃。 その全てを幸福と呼ぶには、自分には夢の価値の存在が多きすぎた。 いつまでも周りの人達と楽しく過ごす夢。 日常は退屈な筈なのに、居てくれる人が居るだけでこんなにも楽しくて。 だから……いつかその夢が終わりを迎えた時。 ───俺は、俺が泣いてしまうことくらい知っていた─── ───アルバムを見よう───
───……つんつん。 凍弥 「……うー……」 つんつんつん。 凍弥 「んうう……?」 頬を突つかれる感触。 くすぐったくて俺は寝返りを打った。 今日は日曜の筈だ、早起きする必要ない。 だというのに……この感触はどうしてここまで人の睡魔を殺してゆくのだ。 凍弥 「う……」 目を開けずにその突ついた存在を捕まえた。 声  『わっ』 すると聞こえる声。 ……聞き間違えか? なんか浅美の声に似てたような…… 凍弥 「……浅美?」 のっそりと体を起こしてみた。 手は何かを掴んだままだ。 俺の視線は部屋の景色からその何かに移り…… 凍弥 「……手?」 その小さな手を確認した。 ……さわさわと触ってみる。 凍弥 「……?」 誰の手? 俺はその手を伝うように視線を上に上げてゆき─── 浅美 『……あの』 浅美と目が合った。 凍弥 「浅美?……うおぉっ!?」 俺は瞬時にその小さな手をもう一度確認した。 さわさわ……。 浅美 『あぅっ、く、くすぐったいですよっ』 凍弥 「…………」 呆然。 愕然かもしれん。 とにかく思考が上手く回転してくれない。 凍弥 「……あのさ、浅美。お前っていつから人間になったんだ?」 浅美 『元から人間ですけど……ただ霊体なだけで』 凍弥 「言い方が悪かった、どうして実体があるんだ?」 浅美 『ないですよ。霊体のままです』 浅美は自分も疑問に思ってるようで、そんなことを言った。 見事に首を傾げていることからして、どうやら本当に謎らしい。 凍弥 「……じゃあどうして触れるんだ?」 だが訊かずにはいられない。 浅美 『わたしも不思議に思ってたんですけどね?     詳しい理由は解らないですけど、多分『場』のおかげだと思いますよ』 凍弥 「……朧月の時はどうだったんだ?」 浅美 『触れませんでした』 凍弥 「………」 違うんじゃないですか? 凍弥 「………」 ポンポン。 浅美 『わぷっ?ど、どうしたんですか?』 浅美の頭を撫でてみた。 ……ちっこいな。 浅美 『……今、失礼なこと考えませんでした?』 凍弥 「ん?失礼かどうかは解らないけど『ちっこいな』とは思ったぞ」 浅美 『うー……失礼ですよぅ。     確かにわたしは子供の頃に霊体になったからその時のままですけど、     心は椛ちゃんと同年代なんですからね?』 凍弥 「解ってるよ。でも思うことは抗い様が無いんだから仕方ないだろ?     とはいえ……ごめんな。好きでその時代に霊体になったわけじゃないもんな」 浅美 『……先に謝られたら何も言えないじゃないですか』 しゅん、と不満そうな顔で俺を見る浅美。 俺はそんな浅美を真っ直ぐ見て微笑んでみせた。 凍弥 「俺は悪いと思ったらちゃんと謝るよ。     だけどそれでも謝るべきじゃない場面じゃ謝らないけどな」 浅美 『知ってます。なんかそんな感じですから』 凍弥 「そっか。解りやすいのかな、俺って」 浅美 『それはまた別問題ですよ。凍弥さんは捉えにくい性格ですから』 クスクスと笑う浅美。 俺はその意味がよく解らなくて訊き返すことにした。 凍弥 「捉えにくいって?」 浅美 『……そうですね。近づこうとしなければ近づいてくるんですけど、     近づこうとすると離れるって、そんな感じですかね』 凍弥 「……なるほど、そりゃ捉えにくいだろうな」 浅美 『でしょう?』 凍弥 「あー……だがしかしなぁ、俺ってそんな男か?」 浅美 『断言します』 凍弥 「うお……」 断言されてしまった。 ここまで言われるってことは……俺に自覚が無いだけなのか? 凍弥 「あ、あー……それより、どうしたんだ浅美……こんな朝早くに。     今日、何かあったっけ?」 時計を見てみると、時間は6時だった。 昨日散々寝たためか眠気は無くなっているが、それにしても早い。 浅美 『いえいえいえいえ。あんまり寝すぎるのも脳に悪いかなって思いまして。     あ、決して退屈になったからじゃないですよ?』 凍弥 「……そっか、退屈だったのか」 浅美 『……実はそうです』 あっさりと肯定した。 浅美 『なにかしませんか?』 凍弥 「なにかって……トランプとか?」 浅美 『あー……試してみたんですけど、     わたしが触れるのって凍弥さんだけみたいなんです』 凍弥 「あれ……そうなのか?」 ふうむ……。 凍弥 「じゃあアッチ向いてホイでもやるか?」 浅美 『古いですね』 凍弥 「定番と言え。過去のモノが無ければ何も出来ないのが現代の人間どもなのだ」 浅美 『うあー……現実ですねぇ……』 凍弥 「……なんかやだよな、そういうの」 浅美 『はい……。あ、じゃあ本を読みませんか?     わたし触れないですけど凍弥さんがめくってくれれば読めますし』 凍弥 「んー……見たいって思うものが無いから却下」 浅美 『そんなー……』 寂しい顔をして俺の顔を覗くように見つめる浅美。 俺もその目を見て…… 凍弥 「……ふむ。じゃあ部屋の整理でもするか」 そう言った。 浅美 『ええっ?どうしてそういう結論が出るんですか?』 凍弥 「押入れの中に昔っから封印しておいたものがあるんだよ。     それ引っ張り出して、懐かしむのもアリかなってさ」 浅美 『はぁ……。あ、じゃあわたし、アルバム見たいです』 凍弥 「アルバム?俺のか?」 浅美 『わたしのアルバムなんてここにあるわけないじゃないですか』 凍弥 「それもそうだな。じゃ、ちょっと待ってろ」 浅美にそう言って、押入れを全開にする。 浅美 『え?いいんですか?』 凍弥 「ん?なにがだ?」 浅美 『いえ、普通こういうのって見せたがらないものだと思いまして』 凍弥 「別に構わないぞ?面白くはないと思うが」 浅美 『面白さなんて望んでませんから。ただ子供の凍弥さんを見てみたいんですよ』 凍弥 「……そか。物好きだな」 押入れの物色を再開する。 押入れの中には大きなダンボールのような箱があり、それの蓋を開けて中を漁る。 凍弥 「んー……あ、これか?」 奥にあった大きな本のようなものを引っ張り出す。 凍弥 「……卒業、文集?」 見当違いなものが発掘された。 しかも小学の頃のやつだ。 浅美 『卒業文集ですか?見せてもらっていいですか?』 凍弥 「俺の文集か?」 浅美 『はい。そこだけでいいですから』 凍弥 「んー……あんまり面白くないぞ?てゆうか凄まじくつまらないぞ」 浅美 『それでもいいですよ。見せてください』 凍弥 「解った解った。えーと……ほい、これだ」 パラパラとページをめくり、俺の文集部分を開いて畳の上に置く。 そこに重りとして適当な単行本を置き、浅美に促す。 凍弥 「じゃ、俺は漁ってるから」 浅美 『はい。えーと……』 浅美が文集に目を移すのを確認してから押入れに向き直った。 浅美 『……【語ることなど無い】。……ええ!?』 そして驚愕の声。 一行しか書かれていないそれに真剣に驚愕。 浅美 『語ることなどないって、それだけで許されるものなんですか!?』 凍弥 「言っただろ?つまらないって。     大体な、プライベートを無理矢理書かせて、     しかも本人の同意無しに残すなんて卑怯だろ。だから俺もそう書いたわけだ」 浅美 『………』 浅美はポカーンとした顔で俺を見ている。 だがハッとして俺に詰め寄ると、口を開いた。 浅美 『なにか言われたりしなかったんですかっ!?』 凍弥 「言われたよ。だから俺も俺の道徳を振りかざした。     元々大人ぶった子供だったからな、昔っから言葉で負けることは少なかった。     大人達に大人の事情があるように、子供にだって事情がある。     なのに大人だけの言うことを強制されるのは何か違うだろ?     だからそういうことを言い続けて卒業まで逃げたってわけ」 浅美 『…………子供の頃から普通じゃなかったんですね』 凍弥 「ははっ、うん、そうかもな。……っと、これか?」 ゴソゴソと取り出してみると、それは『みんなのうた』と書かれたものだった。 凍弥 「これって確か、父さんからもらったやつだったよな。ふーむ、どれどれ」 浅美 『アルバム探してくださいよぅ』 凍弥 「……解った解った。えーと……」 再び葛篭を漁る。 凍弥 「……オウ?」 手に触れたそれを取り出してみる。 独特の手触り。 これは期待大だな。 凍弥 「………」 だが、それは卒業文集(中学編)だった。 凍弥 「……一応訊くけど、見るか?」 浅美 『……内容は一文字でも違うんですか?』 凍弥 「いや、一字一句違って無い」 浅美 『………』 浅美がモシャファアと溜め息を吐いた。 でも一応俺の文集部分を開いて置いておく。 そこにはしっかりとした『語ることなどない』の文字。 結局、浅美が再び溜め息を吐いただけだった。 凍弥 「えーと……?」 そろそろ見つかってもおかしくないんだがなぁ。 凍弥 「……お?これだっ!」 今度こそはと思って引きずり出す。 実際、本系のものは他に想像がつかない。 ───筈だったんだが。 凍弥 「……何故?」 手にあるそれは『中国人のニシさん大全集』という謎の溢れる物体だった。 誰だよニシさんって……。 試しに見てみたが、全く見覚えのないものだった。 しかも全然中国人じゃなかった。 どう見たって日本人男性だ。 浅美 『見つかったんですか?』 浅美がそれを覗いてくる。 凍弥 「見るか?」 ひょいとそれを見せてみる。 浅美 『………うあ』 浅美は物凄く嫌そうな顔をして後退った。 気持ちは解る。 そもそもニシさんって誰? 凍弥 「……ま、いいや」 俺は中国人のニシさん大全集を放り投げて物色を再開した。 ………………。 凍弥 「……次こそは」 手にある手応えを感じつつ、それを引き抜いた。 それをシゲシゲと見てみると、それは『わたしの秘密』と書かれたアルバムだった。 凍弥 「この悪趣味な名前……間違い無いな」 溜め息を吐きながらメシャアとめくると、それは確かに俺のアルバムだった。 どうでもいいがどうしてアルバム開く時って変な音が鳴るんだろうな。 浅美 『あ、見つかったんですか』 ニシさん全集を険しい顔で見下ろしていた浅美がこちらへ来る。 横から覗くようにしてその場にちょこんと座る。 浅美 『最近の写真は入ってるんですか?』 凍弥 「いや。中学とか高校からの写真はあそこの本棚にあるやつだ」 浅美 『……ああ、あれですね?』 凍弥 「そ」 本棚を指差す浅美に言葉を返してアルバムをめくる。 そこには赤子の俺が居た。 浅美 『わー……これ、凍弥さんなんですか?』 凍弥 「そ。宇宙人みたいだろ」 浅美 『そんなことないですよ、かわいいです』 写真の中の俺を見て幸せそうな顔をする浅美。 そんな浅美をよそに、俺は前から思っていたことをぶつけてみることにした。 凍弥 「思うんだがさ。赤子と今の俺はしっかりと同じ生命体なんだろうか」 浅美 『え?…………あ、当たり前じゃないですか。何を言い出すんですか』 当然のように唖然とした浅美。 凍弥 「いやさ、だって不思議だろ?     こんな宇宙人みたいな顔のちっこい物体が俺になるなんて想像出来ないだろ。     思うんだけどさ、みんな『生態の進化』がどうとか言うけどさ、     赤子が成長することほどスゴイことってないんじゃないかな。     だってここまで変わるって、誰が予想出来る?」 浅美 『次行きましょう、次』 凍弥 「………」 無視されてしまった。  まあいいか。 浅美 『これは……保育園ですか?』 凍弥 「だな。今思えばこの頃初めて霊が見えたんだよ」 浅美 『そうなんですか?』 凍弥 「ああ。ほら、戯れで一室をオバケ屋敷みたいに変えて肝試しとかしただろ?」 浅美 『ええ、わたしもやりましたけど』 凍弥 「その中でさ、ホンモノ見ちゃって逆にスッキリしてな。     先生が『ガァー!』とか言っても怖くないのな。面白かった」 浅美 『……すごい保育人生だったんですね』 凍弥 「言われてみればそうかもしれないな」 浅美 『それで……その霊ってどんな方だったんですか?』 同じ霊体だからか、興味を引いたような面持ちの浅美が訊ねてくる。 凍弥 「おじいさんの霊だったよ。穏やか〜な人だった。名前までは知らないんだけど」 浅美 『おじいさんですか……』 ふむふむと頷く浅美。 俺はそれを横目にページをめくった。 凍弥 「……あ」 浅美 『?あ……』 そのページにはサクラと無理矢理写真を取らされたぶっちょう顔の俺が居た。 その背後には心霊写真でも作りたかったのか、与一が無茶な体勢で立っていた。 浅美 『この髪の色……サクラさん?』 凍弥 「そうだな。この前日にサクラと与一と会ってさ。     済し崩し式に家に住むことになるわ訊かれるは笑われるは茶化されるわ……。     あの時は間違い無く俺はサクラが嫌いだったぞ」 浅美 『今はどうなんですか?』 凍弥 「うん?んー……嫌いではないよ。     大体にしてサクラが何かしたわけじゃないから、     嫌う理由が見つからないって気づいたからこそ今の状況があるわけだし。     まあ今の状況って言ったってその時の延長みたいなもんで、     俺のサクラに対する喋り方も変わらないんだけどさ」 浅美 『……冷たく当たってるんですか?想像出来ないです』 凍弥 「いつも普通に話そうとしてるんだけどさ。     どうにもあいつがポカやらかすと黙ってられなくて」 浅美 『……複雑ですねー……』 凍弥 「そうだよな……」 ふたりしてハァ、と溜め息。 だがいかんな、暗くなるためにアルバムを出したわけじゃないんだから。 浅美 『……あの、この女の人は?』 凍弥 「え?あ……」 いくつか収められている写真のひとつ。 見なれた近所の景色の中に女の子が立っていた。 凍弥 「朝村美紀。俺の幼馴染だ」 浅美 『朝村さん……あれ?でも今は居ませんよね』 凍弥 「うん、高校に上がる頃に別の高校に分かれたんだ。     運動神経よくてさ、その関連の高校に推薦でね」 浅美 『推薦入学ですかー、すごいですね』 凍弥 「それ『だけ』が取り得だったからなぁ……」 浅美 『……もしかして凍弥さんって昔から知っている人には容赦無いんですか?』 凍弥 「人種と信頼度によるな。信頼してるヤツには遠慮なんてしたくないんだよ。     だから……まあ、言わなくてもいいようなこと言って泣かせることもあった」 浅美 『複雑な心境だったんですね』 凍弥 「そうだな。サクラと会うまでは美紀をからかって苛めてたりしたからさ。     案外俺も恨まれてたかもしれないけど……うん。     居なくなると寂しいもんだよな。軽く突つき合う程度の関係でも、     やっぱり傍に居た人が居なくなるってゆうのは寂しいよ」 浅美 『仲は良かったんですか?……あ、表面上って言うのも変なんですけど』 凍弥 「んー……仲は良かったと思うぞ?少なくとも俺はそう思ってる。     志摩兄弟とかとも一緒になって騒いでたりしたしさ。     そういう関係が嫌だとか思ったことなんて一度も無かったよ。     それに、勝手な先入観かもしれないんだけどさ、     あいつは思ったことを隠したままにするようなヤツじゃなかったから。     俺のことが嫌いだったら嫌いって言って、それなりのことがあった筈だよ」 ……そう。 あいつは本当に思い立ったら即行動ってヤツだった。 隠しごとが苦手で、しんみりとした空気が嫌いで、いっつも笑ってるようなヤツだった。 まるで……そう、『愉快』の具現みたいなヤツだった。 そんなあいつは……どこの高校に行ったっていったっけ? 確か隣町の……月詠街にある女子校っていったかな。 あそこは昔、しょっちゅう殺人事件があったらしいから不安ではあるんだが……。 浅美 『……さん。凍弥……さん?』 凍弥 「え?あ、悪い。どうした?」 浅美 『どうしたじゃないですよぅ。急にぼ〜っとしだしちゃって』 凍弥 「いや、なんでもないよなんでも。     美紀は愉快で楽しいムードメイカーだ。OK?」 浅美 『はぁ……それはいいんですけど』 凍弥 「ならよし。ほらほら、次だ次」 誤魔化すようにページをめくって、次の写真郡へ目を移した。 浅美はなんだかよく解らないといった感じに首を傾げたが、 めくられたページの写真を見てそっちに興味を示した。 浅美 『これは?』 凍弥 「これは父さんと喧嘩した時のやつだな。     サクラの面倒を見ろだとかどうとかしつこく言ってきたから俺がキレた」 浅美 『わー……』 写真の中の俺は父さんにアルゼンチンバックブリーカーをキメられ苦しがってた。 ……ちなみに俺の記憶が確かなら、この時シャッターを押したのは与一だった筈だ。 浅美 『こっちの写真は?』 凍弥 「慰めようとした母さんを振り払って走り去ろうとしたら、     サクラに叩かれて俺の中で本気で何かがキレた瞬間。     だけど父さんに止められて再び理不尽な体罰だ。     ……この後、俺は数日間家族を避けた」 浅美 『うわぁ……』 他の写真は部屋で落ち込んでいる俺が写っていたりした。 与一も趣味が悪い。 俺は次のページをめくりながら溜め息を吐く。 浅美 『これは……』 凍弥 「保育園に居たじいさんと一緒に撮った写真だ。     ……って言っても、俺ひとりしか写ってないんだけどな。     じいさんさ、その日に天国とやらに行ったんだ。     なにかと話相手になってくれて、いい人だったよ」 浅美 『………』 凍弥 「でもさ、その時の俺って『天国』がどんなところなのか解らなかったんだ。     だからずっと別れることになるだなんて思わなかった。     ……でも、会えないだけでもショックだったんだろうな。     今まで俺、じいさんのこと忘れてた。……いや、忘れようとしてたのかな」 浅美 『………あ……えと。こ、これは?』 浅美が気を使って他の写真を指差した。 俺は苦笑しながらその写真に目を移して、ああ、と呟いた。 凍弥 「これはな、サクラが初めて料理を作った時のやつだ。     これがまたマズくてなぁ。家族総出で悶絶してるところを与一が撮った」 浅美 『……壮絶ですね』 凍弥 「だろ?」 ふたりして溜め息を吐いた。 凍弥 「しっかし……俺って昔から禄な目にあってないな……」 浅美 『わたしもそれを今言おうとしたところですよ……』 やっぱりそう見えるか。 浅美 『それはそうと、次はなんですか?』 凍弥 「ああ、これはな……」 ───……。 …………はぁ。 凍弥 「俺ってつくづく禄な目に合ってないんだなって再確認してしまった」 浅美 『ですね……』 幼年期編のアルバムを閉じて溜め息を吐いた。 大抵誰かがいじけてるか泣いてるかぐずってるかのどれかの写真ってのがスゴイ。 浅美 『凍弥さん凍弥さん、次行きましょう次』 浅美が青年期(?)編のアルバムを指差して急かす。 俺はヤレヤレと思いながらもそれに手を伸ばした。 凍弥 「こっちの方はちょっとアレだぞ?」 浅美 『アレ?アレってなんですか?』 凍弥 「……俺の口からはちょっと」 浅美 『凍弥さん以外に誰がわたしに答えてくれるんですか』 もっともだ。 凍弥 「まあいいや、見てみれば解る」 アルバムをバリッと開けて浅美に見せてゆく。 浅美 『あ、高校入学ですね?』 凍弥 「ああ。中学時代の知り合いとはここで別れた」 浅美 『今の高校にお知り合いは誰も居なかったんですか?』 凍弥 「そうなるかな。付き合いがなんとなく長いのは佐古田と志摩兄弟だな。     あいつらとはヘンな意味での腐れ縁だ」 浅美 『腐れ縁ですか……。それは嬉しい方の言い方ですか?』 凍弥 「……あいつらに限っては微妙すぎてどうとも言えないな……」 浅美 『凍弥さんにそこまで言わせるなんて……難しい人なんですか?』 意外そうな顔で俺を見上げる浅美。 俺はそんな浅美の頭にポムと手を乗せて笑った。 凍弥 「俺は別に聖人なんかじゃないよ。俺にそこまで言わせる、とかじゃなくてさ。     俺も人間だから意見も出せば思考も凝らす。     微妙な関係のヤツは微妙だって思うし、面白ければ面白いって言うよ」 そのまま頭を撫でる。 さらさらとした髪が、触るだけで気持ち良かった。 凍弥 「あ、説教してるわけじゃないからな?     ただ、お節介な馬鹿だけど自分のことも考えてるってことをだな」 浅美 『話題が変わってますよ』 凍弥 「え?うおう」 浅美 『あはは、やだもう……凍弥さんたら』 くすくすと笑う浅美。 俺はなんだか恥ずかしくなって咳払いをした。 それでも相手の目から視線を逸らさないのは……いや、逸らせないのは最早癖だ。 凍弥 「ほら浅美、次だぞ」 浅美 『あ、待ってくださいよぅ』 いつまでも小さく笑っている浅美を促すように、ページを戻す。 開いた際、開く場所が悪かったために途中からになっていたのだ。 さて、開いたページのそこには…… 浅美 『あ゙……』 志摩兄弟と共に写る俺が居た。 補足すれば、その三名のいずれも頭から血を流して倒れている。 これは丁度、初めてサクラに赤裸々撲殺された時のものだ。 そういや……いつの間に撮ったんだ与一……。 あんたあの時居なかったじゃん……。 浅美 『これは一体……?』 凍弥 「あ、そっか。この前の時って浅美は居なかったもんな。     これはな、志摩兄弟と盟友になるきっかけとなった日の写真だ」 浅美 『え……それじゃあ出会って間も無い日なんですか?』 凍弥 「んー……間も無いってゆうかこの日に会ったばっかりだったんだ。     学校の屋上で会ってさ、そこで喧嘩した後だな。     友達になろうって話になってさ。     だけど霊体の与一と天界人のサクラのこと知って、     それでも友達でいられる保証なんてないだろ?     だからここに招待して、まずはサクラに挨拶させようと思ったんだが……     恐ろしいことに、サクラの部屋のドアを開けたらサクラが着替え中だったんだ」 浅美 『………』 凍弥 「それはもう凄まじい地獄絵図だったぞ。     この写真の通り、三人とも撲殺された」 死んでないけど。 浅美 『ノックとかしなかったんですか?』 凍弥 「しなかったな」 うん、しなかった。 ただ奇襲かけたかっただけだった筈だったんだが。 まさか着替え中だったとは思わなかった。 泣き叫びながらキレて撲殺だからなぁ。 ストレインって撲殺以外に使われてないんじゃないかな。 なんか『魔器』だとか言ってたけど。 そもそも魔器ってなんだ? 浅美 『次いきましょう次』 凍弥 「え?あ、ああ悪い。えーと……」 撲殺現場の写真を飛ばして写真を見る。 2ページ連続で撲殺現場を載せるのもどうかしてる。 てゆうかいつの間に貼りつけたんだか謎だ。 凍弥 「これは……うお」 ページをめくった先には、 志摩兄弟がハングドマン状態で洗濯物と一緒に吊るされている写真があった。 凍弥 「……確かこれは料理が出来ないサクラがせめてこれくらいって、     洗濯に走って……で、その時丁度にふたりでサッカーしてた志摩兄弟が、     洗濯カゴにオーバーヘッドキックでシュートをキメてな。     激怒したサクラがふたりを撲殺した後に吊るしたんだ」 浅美 『……ムゴイ』 正直な感想を頂いた。 それには俺も賛同する。 確かに現場には居たが、写真で見るのは初めてだったりするからだ。 久しぶりに見るとこれはムゴイ。 浅美 『あ、これは?』 気を取り直そうとして浅美がひとつの写真を指差す。 凍弥 「これは───サクラが子犬を拾ってきた時の写真だな」 そこにはタロウと名づけられた犬が居た。 今はもうこの鈴訊庵には居ない。 浅美 『かわいいですねー。捨て犬だったんですか?』 凍弥 「ああ。ご丁寧に『拾ってください』って書いてあったらしいぞ。     それを拾ってきたのがサクラだった」 浅美 『……凍弥さんはどう反応したんですか?』 凍弥 「ん?俺か?……怒りまくったぞ」 浅美 『え?どうしてですか?』 凍弥 「ちゃんと育てられるかも解らないのに拾ってくるな、ってな。     責任を負うってゆうのは大変なことだよ。     しかもそれが命の責任だとしたら余計だ」 浅美 『……でも、見捨てるなんて出来ませんよ……。凍弥さんはどうなんですか?』 真剣な顔で俺を見上げる浅美。 その目には微量だが、涙が光っていた。 凍弥 「助けるよ。決まってるだろ」 浅美 『え───?じゃ、じゃあどうして怒ったりしたんですか?』 凍弥 「隠しながら飼おうとしたからだよ。     真冬だってのにバレるとマズイからって子犬を外で飼おうとしたんだ。     俺じゃなくても怒ると思うぞ」 浅美 『………』 凍弥 「育てる以前の問題だったから怒ったんだ。     ……ま、結局逆に俺が与一と父さんと母さんに怒られたけどな。     お前に見つかったらからかわれると思ったんだろうがー!って。     その後なんか志摩兄弟には散々からかわれるわ罵倒されるわで。     その頃の俺は人に意見するのが嫌いになってたな」 浅美 『うー……』 微妙な顔で首を傾げる浅美。 苦笑いを浮かべたその顔は、どうリアクションしたらいいかが解らないように見える。 凍弥 「気にするな。結局タロウも知り合いに飼ってもらうことになって、     今じゃもうここには居ないしな」 タロウは柴犬だった。 どこにでも居るような犬だったけど、俺にとっては世界に一匹だけの家族だった。 犬の癖に野菜が好きで、野菜は消化が悪いって言っても聞かなかった。 犬は肉食で、野菜の消化はあまり強くない。 けれどもあいつは気分屋で、よく俺の皿から野菜を奪っていた。 ……いつだっただろうか。 そんなことを繰り返す内、タロウは腹を壊した。 医学知識なんてものを持ってなかった俺は慌てるだけで、 低く唸って苦しそうにするタロウを見ていることしか出来なかった。 そんな俺の横で与一は冷静に淡々と応急処置をして、受話器を取った。 やがてタロウは病院へ連れていかれ、その日の内には元気になって帰ってきた。 でも俺はどうしてもそれ以前のようには接することが出来なかった。 ……引きとってくれる人を探し始めたのも俺が最初だ。 それがどうしてか、なんて。 そんなことは簡単だった。 腹を壊して病院に運ばれる。 たったそれだけであんなに心配でならなかった。 だとしたら、もしタロウが目の前で亡くなるなんてことに直面したら、 俺は耐えられるのだろか。 そんなことを考えたら……俺は今まで通りに接することなんて出来なくなっていた。 それが、俺の限界だった。 目の前で命が消えるなんてことには誰だって直面したくないと思う。 ……そういえば、他のみんなには随分と反感を食ったな。 怒鳴られたり愚痴こぼされたり。 確かに俺の勝手な判断で引き取ってもらおうとしたんだ、 どんな理由があったとしても何言われても仕方が無いって思ってた。 凍弥 「…………はぁ」 溜め息を吐いて次のページを開く。 凍弥 「あれ?これって……」 浅美 『?』 表情を変えた俺に反応するように、浅美が横から覗いてくる。 俺はその写真をじ〜っと見た。 その四角形の中の世界には、羽子板で熱く戦う志摩兄弟が居た。 浅美 『これは……』 浅美がゴクリと息を飲んだ。 凍弥 「……正月の時の写真だな。羽根突きでヒートアップして、     歯止めが利かなくなったところを激写したのを憶えてる」 浅美 『ふたりとも顔がもう真っ黒じゃないですか』 凍弥 「書くところが無くなるほど負けたり勝ったりを繰り返したんだ。     見てて楽しかったけど、あいつらはどっちも本気だったぞ」 浅美 『聞かせてもらっていいですか?』 凍弥 「んー……別にいいけど」 ……物好きだな。 Next Menu back