───幼馴染の……───
凍弥 「というわけで、この写真はその時のものだ」 浅美 『妙な出来事ですね。というよりも何者なんですか?その志摩兄弟って』 凍弥 「……人類には違いないんだろうけど……」 時々疑いたくなる勢いを感じる。 浅美 『いろいろなことがあるんですね……やっぱり』 凍弥 「………」 俺の隣に座っている小さな体の女の子。 産まれた環境の所為で、生きて自分自身の未来を築けなかった少女。 俺はそんな彼女の頭を撫でて、笑って見せた。 浅美は驚いた顔をみせたけど、俺の目を見上げると……穏やかに微笑んだ。 浅美 『……大丈夫です、泣いたりしませんよ。後悔もしてないんですから』 凍弥 「そっか。強いんだな浅美は」 浅美 『強さとは無関係ですよ。……ただ、これで良かったって思えますから』 凍弥 「………」 撫でていた頭をわしゃわしゃと撫でくりまわした。 浅美 『わぷっ?ど、どうしたんですか?』 凍弥 「べつに。なんかそうしたい気分だった。───次、見るか」 浅美 『……───ハイ』 やわらかな微笑み見せて、写真に目を移す浅美。 そんな浅美を見ていると思う。 ……どうか、この状態でだけでも。 ささやかな幸せでもいい、彼女がそんな思いを抱けますようにと…… 浅美 『凍弥さん?』 凍弥 「え?あ、ああ……悪い。えっと、この写真はな───」 写真を見てその景色を思い浮かべた。 だけど隣に居る少女を見ると、 小学3年で命を無くした彼女にそれ以上の思い出を話すのは辛く思えてきた。 浅美 『…………そんな顔しないでください』 凍弥 「え……?」 浅美がそっと俺の頬に手を触れた。 どこまでもやさしい笑みを浮かべて。 浅美 『わたし、今この瞬間を嬉しいと感じますから……きっと、幸せですから……』 凍弥 「浅美……」 浅美 『確かにわたしには中学校の思い出も高校の思い出もありません。     でも……思い出なら今からでも作れるじゃないですか。     触れられる人が居て、話し合える人が居て。     そんな人と一緒に居られることって、きっと何よりも大事なんだと思います』 凍弥 「………」 浅美 『え?あ……』 俯きながら浅美の頭をまた撫でた。 そして顔を上げて言う。 凍弥 「ったく……そんなことは解ってたつもりだったのにな……」 浅美 『……だったら、いつも通り悟りを見せてくださいよ。     落ち込むなんて凍弥さんらしくないです』 凍弥 「……その悟りってゆうのはよく解らんが……確かにな、俺らしくない」 浅美 『そうですよ、元気出してください。あ、それでこの写真ですけどね……』 うきうきしながら写真を指差す浅美。 彼女は『後悔はしていない』って言うけど……それはもしかして、 そうすることでしか自分を納得させることが出来なかったんじゃないだろうか。 浅美 『凍弥さん?』 凍弥 「なんでもないよ。この写真だったな?これはな───」 だからこそ願う。 どうか、この限られた条件の中でも、彼女が幸せを掴めますようにと─── ボーン……ボーン……ボーン……ボーン…… 振り子時計の鐘が鳴った。 それに続くように聞こえる教会の鐘の音。 凍弥 「っと、もう昼か。悪い浅美、ここまでにしてもらえるか?」 パタム、という音を醸し出してアルバムが閉じられる。 浅美 『え?なにかあるんですか?』 凍弥 「ああ。人と会う約束してるんだ。約束を破る趣味はない」 浅美 『………………………』 凍弥 「うん?」 なにやらじぃ〜〜〜〜〜〜っと見られる。 浅美 『男の方ですか?』 凍弥 「んにゃ、女の子らしいけど」 浅美 『───』 ……オウ?なんか知らんが睨む目つきが鋭くなりましたよ? 凍弥 「ど、どうした?なんか顔が怖いぞ」 浅美 『……誰ですか?』 凍弥 「いや……それが俺も会ったことはないんだ。     後輩の妹らしくてな、俺に会いたいらしい」 浅美 『……会いに行くんですか?』 凍弥 「一応な。会って何するわけでもないだろうけど」 浅美 『………』 凍弥 「?」 な、なんなんだ?この鋭い視線は……。 凍弥 「どうかしたのか?」 浅美 『凍弥さんって女の人なら誰も会いにいくんですか?』 凍弥 「───へ?ちょっと待て、どうしてそういう話になるんだ?」 浅美 『違うんですか?』 凍弥 「ああ、違いすぎてるぞ。     俺はただ風間のヤツが会ってやってくれってしつこいから了承しただけだ。     そこに他意なんてありはしないよ。     それに俺は、女との間にそういう噂が立つことが嫌いなんだよ。     茶化すヤツってのはしつこいからな。     腹が立つのが好きなヤツなんてどこにも居ないだろ?そういうことだ」 浅美 『………』 凍弥 「別に何もありゃしないって。会って話するくらいだろ」 浅美 『………』 凍弥 「浅美?」 浅美はなにやら俯いていた。 だがその顔をバッと持ち上げると、俺を見上げて言う。 浅美 『わたし、凍弥さんの中で眠ってますね』 凍弥 「へ?」 浅美 『多分、わたしが起きていると……』 凍弥 「起きていると?」 浅美 『えと……な、なんでもないです』 誤魔化すように……どころか、完全に誤魔化したくて笑う浅美。 浅美 『……わたしが眠っていれば……場の力の消耗も少ないですよね……』 凍弥 「……浅美?目を合わせずにボソボソと言うのはよくないと思うぞ」 浅美 『あぅ……ごめんなさい。でも、信じることにしたんですから許してください』 凍弥 「信じるって……俺は何をそんなに疑われてるんだ?」 浅美 『秘密です』 そう言った浅美は悪戯っぽく笑って、俺の中に消えた。 凍弥 「浅美?」 名前を呼んでみたが、もう声は聞こえなくなっていた。 凍弥 「……勝手だなぁ」 それでもなんだか楽な気分になった俺は、パパッと着替えをして部屋を出た。 昼食は……まあ腹は減ってないからいいか。 階下へ降りてそのまま外へ出ると、俺は公園を目指して歩いた。 ───……。 しばらく歩くと見えてくる公園。 その先にある噴水広場の噴水を囲う石に腰掛ける。 なんとなく目についた石畳の上では、蟻が蝶の羽根を運んでいた。 小さな体でよく頑張るな、と思いながら空を見上げる。 その先には飛行機のカタチをした雲。 なんだかおかしな気持ちを抱きながら、それを笑って見送ろうとした。 その時になんとなく目の片隅に映った人影に振り向く。 凍弥 「……あれ?メルティアじゃないか」 空を見上げながら立っている人物。 それは見間違えることなど無さそうな気配を出していた。 後ろ姿なのに解るってのも、なんか凄いよな。 ……待ち合わせでもしてるのかな。 凍弥 「……ふむ」 見てみれば、メルティアはただ空を見上げているだけだった。 ぽや〜っとした雰囲気を感じさせる彼女は、 とても待ち合わせをしているようには見えない。 エアウォッチングでしょうか。 凍弥 「……ま、いいか。別に深く関わる必要性なんて無いし」 元より『なにやってるんだ〜?』なんて言って、 いきなり近寄ったらナンパみたいじゃないか。 いや、それは行き過ぎだとは思うけど自分の中では大差無い。 困ってることがあったりするなら首を突っ込もうとは思いはするけどさ。 凍弥 「……はぁ」 このまま待つことに決定。 寄らずとも平穏崩れることなし。 静かな時間は嫌いじゃないしな。 ───ぐぅっと伸びをして落ち着く。 公園の時計を見れば、時間は12時を過ぎようとしていた。 ……早いな。 凍弥 「まいったな、小説でも持ってくればよかったか」 与一が集めている小説のひとつでも持ってくればこんなことには……。 凍弥 「───てゆうか昼のいつ来るんだ?」 ふと肝心なことに気づく。 公園と言われても、この公園って結構広いし。 ……おのれ風間め。 凍弥 「……逆恨みはいかんな、詳しく訊かなかった俺も悪い」 詳しく話さなかった風間も悪いが。 凍弥 「……………………うーむ」 暇だ。 やることが無い。 どうしたものか…… 凍弥 「………」 ふと、公園にある遊びモノが目に映った。 鉄棒やらシーソーやらその他いろいろ。 ……どうしよう。 1:鉄棒で大車輪 2:シーソーでジェットローラーシーソー 3:砂場で環境利用闘法 4:綱渡りもどき 5:暇してる 結論:5 ……なにも無理してアレコレやることは無いよな。 空でも見上げながらまったりしてますかぁ。 ───……。 さて。 時刻は2時17分でございます。 もしかしてすっぽかされましたか? ……だろうな。 凍弥 「まあなんか事情があったんだろ。     俺は携帯なんて持ち歩かないし、向こうから連絡があるわけがない」 うん、だったらここに居るのも無駄でしかないな。 立ち上がってグルゥリと見渡す。 その景色には誰も居なかった。 メルティアも帰ったみたいだ。 1時あたりに見た時は蟻を見ながら穏やか〜な顔をしてたけど。 凍弥 「よし、行くか」 退屈な時間に身を置いたおかげで結構な思考休めになった気分だ。 やはり水の傍は微妙に空気が違う。 凍弥 「今日はなんか眠気も出てこないし……うむ、万事快調とはこのことか?」 歩を進めながらそう言ってみた。 人が居ないから出来ることだな。 凍弥 「…………………」 なんだかなぁ。 歩を進めたはいいが、体が乗り気じゃない。 凍弥 「……もう少し待てってか?」 でも2時間オーバーですよ? ……待つ時間なんて俺的にはどうでもいいが、 相手の方が妙に気を使うから好きじゃない。 遅れてきた人がひたすら謝るのって気分悪いもんだよなぁ。 凍弥 「…………はぁ」 それでも乗り気ならないものは仕方ない。 ……もうちょっとだけ待ってみるか……。 …………。 さて、4時でございます。 ちょっと待つつもりがなんで倍化してるんでしょうね。 仕方ないじゃん、ここまでなると相手の方が気にかかる。 もし事情があったりして遅れてくるっていうなら、 誰も居ない公園なんかでガラの悪いあんちゃんとか、 そこらのナンパ師に絡まれたりするのを想像するだけでアウトだ。 男A 「おい……あいつさっきからずっとあそこに居るぜ……」 男B 「ほっとけよ、すっぽかされたんだぜ絶対」 ……ほっとけ。 凍弥 「……アホだな俺。自分に溜め息が出るわ」 ……吐き出した溜め息は相当に熱かった。 ───……。 さて、9時でございます。 もう周りなんて真っ暗です。 街灯点いちゃってますもん。 凍弥 「……やれやれ」 ここまで待った自分は相当アホです。 そもそも暗くなった時点でさっさと帰るべきだろ。 凍弥 「はぁ〜あっと」 立ち上がって伸びをする。 今度は乗り気じゃなかった体など無視して歩き出した。 アホらしい、今度風間にはステキな嫌がらせをしてやらないとな。 そう心に決めて見上げた空。 俺はあの月に誓おう。 必ず嫌がらせはすると───うおう? 凍弥 「……なんだありゃ」 ……見上げた空の景色。 そこにある何かは、明かに鳥やヒコーキではなかった。 凍弥 「……人?」 そう、人だ。 ……浅美か?って、浅美はまだ俺の中で寝てる筈だし…… 凍弥 「ちょっと、行ってみるか」 その人はただ宙に浮いている状態なだけで、移動はしてないようだし。 俺は噴水から離れてその影の傍まで走った。 凍弥 「…………」 で、傍でございますが。 月に照らされたその姿は、どうやら女のようだった。 で、気配は……って、この気配─── 凍弥 「おーい、メルティアー?」 メル 「え?あ……」 空に浮いていたメルティアが俺を見下ろす。 凍弥 「こんな時間にどうしたんだー!?危ないだろー!」 メル 「………」 メルティアは何も言わずに空からゆっくりと降りてきた。 メル 「こんばんわ、です」 ペコリとお辞儀をしての挨拶。 俺もさながらにお辞儀をして挨拶を返した。 凍弥 「で、どうしたんだ?こんな夜に女が外に出ちゃ危ないだろ」 メル 「……死神には……そんなこと、関係ありませんよ」 凍弥 「でも女の子だろ?」 メル 「………」 ぽかん、と呆然気味に俺を見る目。 少し赤のかかったその目は、月の光を受けると美しく見えた。 メル 「あの……あなたこそ何をしているんですか?」 凍弥 「ん?んー……まあ、散歩みたいなもんかな。     目的が実行されなかったんだから、そういうことになる」 メル 「お散歩、ですか……」 凍弥 「ああ、お散歩ですよ」 少しある虚しさを紛らわすために笑ってみせた。 が、それは思った通りの笑顔にはならず、苦笑になってしまったように感じた。 凍弥 「で、メルさんは?」 メル 「メル……さん?」 凍弥 「ああ、悪い。浅美がそう呼んでたから……って、あっちは『ちゃん』だったか。     なにはともあれ、自己紹介でもしておくよ。俺は霧波川凍弥」 メル 「メルティア=ルウェインフォードです……。     わたしは……その、お空の散歩……していたんです」 凍弥 「なんだ、どっちも散歩だったわけか」 メル 「………」 メルティアはなんだか気まずそうな顔をして目を逸らした。 凍弥 「?……どうかしたか?」 メル 「いえ……なんでも、ないです」 凍弥 「……ふむ」 本人がなんでもないって言ってるんだからなんでもないんだろけど……。 なんでかな、こんな気まずそうな顔をされるとこっちもやり辛い。 凍弥 「もしかして、空飛んでるところ見られたのが嫌だったか?」 メル 「それは当たり前です……」 ……そうだったのか? でも当たり前ってことはこれじゃないのか? って、そんな詮索することじゃないだろ。 朧月にこんなこと言ったら『知りたがりは長生きしませんよ』って絶対言われるぞ。 凍弥 「ま、いいか。俺はブラつきながら帰るけど……メルティアはどうする?」 メル 「……メルで構いません。わたしも凍弥さんと呼ばせてもらいます」 凍弥 「そか。じゃあメルはどうする?」 メル 「あの……抵抗というものは無いのですか?」 凍弥 「抵抗?……ああ、本人がいいって言ってるんだからいいんじゃないかな。     俺はそれでいいと思うし、堅苦しいよりよっぽど楽だと思うよ」 メル 「………」 メルはやっぱり呆然として俺を見る。 もしかして呆れられてるか? 凍弥 「……じゃ、俺は帰るから。メルも気をつけて帰れよ?     あ、なんだったら送っていくけど」 メル 「……噂通りのお節介焼きさんなんですね」 凍弥 「そうかもな。で、どうする?」 メル 「……わたしは……いいです。しばらくここに居ます」 凍弥 「そか。もう一度訊くけど……大丈夫か?」 メル 「危険になったら……消えてでも逃げますから……。     死神は、人がどうこう出来る存在じゃ」 ゴインッ! 凍弥 「ぐはっ!?」 ゴインッ!ゴイン!ゴインゴインゴイン……! 凍弥 「………」 何故か空からタライが降ってきた。 凍弥 「……なにコレ」 メル 「……!ごめんなさい……!」 凍弥 「へ?ごめんって……まさかメルが仕掛けたのか?」 メル 「………」(……うるうる) 凍弥 「あ、いや……そんなわけないよな」 涙目で睨まれてしまった。 凍弥 「じゃあ……なんなんだコレ」 メル 「その……わたしは一応死神ですから……その存在自体が不幸を招くんです……。     わたしの場合はその災い自体が小さいものですが、     それが頻繁に起こるんです……」 凍弥 「……災い?」 メル 「はい……」 凍弥 「……これが?」 メル 「はい……」 凍弥 「………」 コワワワワ……ン、と音を鳴らしているタライを見下ろす。 ……。 凍弥 「これさ、漫才以外のナニモノでもないと思うんだが」 メル 「そんな……そんなことありません……!     気づけば人の頭に落下してくるタライ……!恐ろしい災いです……!」 凍弥 「………」 わぁ、どうしよう。 この娘マジだ。 凍弥 「あのー……メルさん?」 メル 「は、はい……なんでしょう……」 凍弥 「あのね、こんなモノは」 ゴインッ! 凍弥 「ふごおっ!」 喋ろうとしたところに落下するタライ。 しかも先ほど落ちたものは既に消滅している。 ……どうやら使い回しらしい。 メル 「ああ……やっぱり……」 凍弥 「いや、だからね?こんなものは災いだなんて言う方がおかしいの。     いいか?これを災いだっていっても、近づけば誰かには必ず落ちるんだろ?」 メル 「……はい」 凍弥 「だったら近づく近づかないなんて関係ないじゃないか。     学校でも席に着かなきゃいけないんだから周りのヤツにも当たる。     それならさ、いっそのこと誰か気の許せる人と一緒に居るようにして、     発散できるならすればそれでいいんじゃないか?」 メル 「………」 凍弥 「そうだ、タライ落とすならいい候補がふたりも居るぞ」 メル 「こ、候補……ですか?」 凍弥 「ああ。きっと喜ぶぞ」 ……うん、きっと、多分。 凍弥 「まあ……俺も別に迷惑じゃないからさ。そんなに気にするなよ」 メル 「………」 凍弥 「ああ、じゃあ俺はこれで帰るよ。     長い散歩も終わりだ。じゃあな、気をつけて帰りなさい」 メル 「死神に気をつけて、なんて言う人……初めて見ました」 凍弥 「ん?……ははっ、そうかもな」 笑いながら手を振って、俺は帰路への道を辿った。 ……その途中、料理店の看板を見つけて、ふと思った。 凍弥 「……あ、そういえば朝から何も食ってなかった」 でも不思議と腹は減っていない。 俺って案外食わなくても生きていける男? 凍弥 「……馬鹿な。どうせ今までのツケが来ただけだろう」 今まで食が進んでたからあぁ。 三杯飯食べたのは初めてだったぞ。 ……なんて呟きながら、ふと見上げた空。 凍弥 「……夜空ってのも悪くないな」 早朝の空や夕方の空を仰いでばかりの俺にとって、それは今更なのに新鮮に感じた。 その空を見て思う。 闇という存在のことを。 あの人は朧月のために自分を犠牲にした。 闇は払えたが、その代償は高かったのだ。 ……だから───もしかして、って。 そう思う。 だけどメルティアからはそんな気配は感じない。 また闇が胎動することは無いんだと思う。 それでももし孤独から暴走する修正が死神にあるとしたなら。 俺は彼女を放ってはおけないのだろう。 もう、誰かが苦しむ姿は見たくないから。 凍弥 「………」 空に浮かぶ満月。 メルティアはどうしてかその月を見て、目の光を赤く反射させていた。 それがどうしてもあの死神を連想させて……まず最初に恐怖を思い出させた。 次に感じたのが『美しさ』。 だけどどれもその月があればこそだった。 凍弥 「……はぁ」 どこか虚ろ気なメルティアを思い出して少し息をついた。 こんなこと考えてたってどうにもならないよな。 仕方なくそう納得させると、俺はそのままの速度でゆっくりと鈴訊庵に戻るのであった。 ───……。 遥一郎「ん?おう凍弥か。遅かったな、どこに行ってたんだ?」 凍弥 「散歩ついでにちといろいろとね。って……その新聞……またか?」 与一が腰掛けながら読んでいる新聞を見て言う。 遥一郎「ああ。お前の両親に許可を得てるから安心しろ。     もう寝るからどうぞ、だそうだ。それよりコレ、見たか?」 与一が新聞を軽く掲げて見せる。 凍弥 「新聞?いや……」 遥一郎「なんでもさ、行方不明者が出てるらしいぞ?     その中でちょっと気になることがあってな」 凍弥 「気になること?」 ……なんだろうか。 なにか嫌な予感がする。 遥一郎「行方不明者は4人だそうだ。それは本題じゃないんだが……うむ。     騒動に巻き込まれた人物の中にちょっとな……」 凍弥 「なんだよ。ハッキリ言ってくれ」 遥一郎「……ん」 与一が新聞を差し出してくる。 俺は滲み出る嫌な予感を払拭出来ないままにそれを受け取る。 そしてその新聞を開き─── 凍弥 「………」 『───月詠街にて行方不明者の捜索が警察に届けられた。  行方不明になったのは居待豊、中本真治、朧月悠介、加村可奈の4名で───』 凍弥 「……え?」 ちょっと待て。 ……この朧月悠介って───!? 朧月……こんな苗字、普通にあるわけないよな……。 凍弥 「……消えてなかったのか……?それとも……」 消えたからこそ、捜索願いが出されたのか─── 凍弥 「与一、これって……」 ん?いや……与一は騒動に巻き込まれた人、って言ってた。 これじゃないとしたら─── 凍弥 「………」 俺は改めて新聞を見直してゆく。 陳腐な見出しから始まる文字列を一文字逃さずじっくりと。 凍弥 「───!」 そして───その文字を、名前を発見してしまった。 『行方不明者である加村可奈さんと共に下校していた朝村美紀さんが、ある人物と接触。  その際、可奈さんが男に連れ去られそうになったためにそれを庇うが、  男になんらかの危害を加えられ───』 凍弥 「……そんな」 『朝村美紀』。 多分、間違い無い。 俺の知っている美紀だ。 凍弥 「与一……」 遥一郎「……見たか」 凍弥 「なんかの間違いだろ?あいつが事件に巻き込まれたなんて……」 遥一郎「………」 与一はただ俺の目を真っ直ぐに見るだけだった。 その目が語る。 『見たんだろう?』と。 凍弥 「……くそ」 焦燥感が沸き起こる。 むしゃくしゃするような感じに、気持ちのコントロールが効かなくなってゆく。 凍弥 「……!な、なぁ与一!俺、月詠街行ってくる!」 遥一郎「……行って、どうする気だ?」 凍弥 「病院行ってみれば全部解るだろ!?ならそうするまでだ!     その新聞が嘘か本当か解る!同姓同名かもしれないだろ!?」 遥一郎「……一応止めておく。やめろ」 凍弥 「……こればっかりは聞けない」 遥一郎「お前まで行方不明になったらどうする」 凍弥 「それでも確認したいんだよ!それくらいお前なら解るだろうが!」 遥一郎「───」 凍弥 「あ……───悪い。でも……俺は……」 何もせずにそれを見過ごすなんて出来ない。 自分の知ってるヤツが事件に巻き込まれたなんていうなら余計だ。 だから…… 凍弥 「今から行ってくる。学校はサボるからどうにでもなれだ」 遥一郎「……はぁ。止めても無駄なことくらい解ってるけどな。     『それくらいお前なら解るだろ』って言葉はそのまま返しておくよ。     お前がお節介なことくらい知ってるからな。     両親には俺から言わないでおく。時間稼ぎなら任せておけ」 凍弥 「………」 遥一郎「ホレ、早く行け。サクラに会わないように気をつけろよ」 凍弥 「与一……」 遥一郎「ちゃんと帰ってこいよ。じゃないと大変なことになる」 凍弥 「そりゃ大変だろうな。行方不明になったりしたら生きてる可能性なんて」 遥一郎「そんなことじゃない。お前はふたり分背負ってるんだよ」 凍弥 「へ?」 ふたり分……? 凍弥 「ふたり分って?」 あ、俺が死んだりしたら浅美も消えるかもしれないのか……。 いや待て、与一って浅美のこと知ってたっけ?。 遥一郎「ほら、もう行け。遅くなると電車なくなるぞ」 凍弥 「あ、ああ……じゃ、行ってくる!」 俺は与一に背を向けて走り出した。 鈴訊庵を飛び出て、駅まで突っ走る。 与一が言っていたことが気になったが、立ち止ってそれを考える余裕なんて無かった。 ───……。 遥一郎「………」 凍弥が出ていった先を見て溜め息を吐いた。 本来なら、どんなことがあっても止めるべきだって解ってる。 人の価値を天秤にかけたいわけじゃない。 だが……美紀が引っ越した場所は月詠街だ。 あの記事に載っていたのは間違い無く美紀だろう。 遥一郎「なぁ……蒼木……」 俺は過去に消えた友人の名を呟いた。 遥一郎「……いつまでこんなことが続くのかな……」 奇跡の魔法。 奇跡という名の希望だというのに、どうしてこんなにも苦しいのだろう。 人が消えること。 人が涙すること。 この魔法にはそんなものが多すぎる。 もし───もし月詠街で凍弥に何かが起きたなら、 ミニは奇跡の魔法を使うかもしれない。 『ふたり分を背負う』とは、そういうことだ。 もちろん使うとは限らない。 だが可能性というのは時に残酷だ。 俺はもう、俺の周りの人達が泣いたりするのは見たくない。 ……確かに凍弥が死んだりしたら、あいつはただ消えてしまうだけだろう。 もちろん誰の記憶からも消えるだろう。 そうなればミニが魔法を使うこともない。 だけど、もし。 ミニが凍弥のことを大切に思っていたら? 俺の時のように、サクラのように覚えていたら? ……間違い無く使う。 それがどんな願いになるかなんて解らない。 生きかえらせる?それとも…… 遥一郎「………」 どんなことでも叶う、奇跡の魔法。 世界のルールに完全に背いたものだが、その代償が自己の消滅。 そんなもの、もし凍弥がそうやって生き返らせてもらったとしても後悔するだけだ。 だから───行かせるべきじゃなかった。 遥一郎「くそっ……」 だけどあいつの気持ちは解るから。 無理矢理に止めることなんて出来なかった。 遥一郎「……こんな生霊みたいな存在になってまで……悩むことになるなんてな……」 自虐的に笑い声が喉の奥からこぼれた。 その笑い声は乾いてでもいるかのように虚しく鈴訊庵の中に響いた。 ───過去のしがらみは続く。 それはまるで呪縛のように自分の周りに纏わりつき、 邪魔でしかないそれはいつまで経っても消えることはないのだろうかと思わせた。 だけど願う。 どうか、その魔法を『希望』のまま終わらせてくれと。 誰もが望んで消えるわけじゃないのだから。 俺だってあんなことがなければ、 いつまでもサクラやノア、ヒナやフレア……そして、蒼木とも笑い合えた。 穏やかになる筈だったその未来。 今ではもう見ることの出来ないその世界。 そこへ辿り着くための道は、一体どこで崩れてしまったんだろうか。 力を合わせて道を作っていって、いつかは混ざり合うことを願っていた蒼い季節。 その全てが硝子細工だと気づいた時、俺はその全てをサクラに託した。 残酷なことだったかもしれない。 あいつは泣き虫だったから。 それでもミニに会った時、俺は素直に嬉しいと思えたんだ。 ……俺にとって、凍弥とミニは自分の子供みたいに思えていた。 世話の焼ける馬鹿者ども。 それなのにどうしても世話を焼いてしまう自分がおかしかった。 ……だから……何もなければそれでいい。 もうこんな世界が崩れるのは御免だ。 明日になって凍弥が帰ってきた時、全てを無かったことにしてやればいい。 しがらみなんていらないから。 だから願う。 ───どうか、その未来が幸せでありますように─── Next Menu back