───幸せの在り処を探している。 少し前から見ている夢の中で、大切な人を待ち続けて。 現実に戻れることもなく、永遠と夢の中で幸せを求めていた。 普通に生きてきたわたしが普通の幸せに憧れて、また普通に生きてゆく。 幸せを掴めるかはきっと自分次第だろうけど、 一歩を踏み出す勇気がわたしには無かった。 けれどいつか。 その幸せに手が届く日が来るまで、わたしは願うのだろう。 生まれ変わっても、またわたしで居られますように、って─── ───月詠街へ───
───……。 夜の闇は深く。 わたしはただひとつの仕事をするために、ひとつの街に降り立った。 伝えられたことはひとつ。 死神としての仕事をしろ、という言葉だけ。 一度しか使ったことのない鎌がチキ、と音を鳴らす。 多分わたしはまた辛い思いをするのだろう。 だけど放っておくことは出来ないから。 ……人を迎えることが辛いのは今も昔も変わらない。 その度にわたしは『どうして死神に産まれたんだろう』って思うんだろう。 まずは行方不明になった人。 もう亡くなってしまった人の魂を浄化してあげなければならない。 辛いけど。 殺されてしまった人を浄化するのはとても心が痛むけど。 だけどやらなければ、その人はずっと世界を迷うことになるから。 ……わたしがやらなきゃいけないんだ。 わたしが……。 ───夜の月詠街は不気味なくらいに静かだった。 本当に人が居るのかと思うほどに誰も居なくて、それが相当に恐怖を連想させた。 家に電気が点いてはいるが……どうしてこんなにも静かなんだろう。 凍弥 「………」 不気味だ。 美紀はこんな街に居たのか? 凍弥 「……どうするか」 まず何処に行こうか。 病院……は、閉まってるだろうな。 だったら晦神社か。 新聞に載ってた場所に行けば、なんらかの情報があるだろう。 ……って言っても夜に訪ねても迷惑だろうなぁ。 ───まいったなぁ。 凍弥 「……神社で野宿……かな」 決定でしょうか。 仕方ないよな。 ここまで来たなら本当にしょうがない。 凍弥 「……はぁ」 ここまで来た勢いもどこへやら。 俺はとぼとぼと歩き出した。 駅についた時に見た地図で、大体の位置は解ってる。 問題は寝れる環境かどうかだ。 風邪引き直すのは勘弁だし。 凍弥 「愚痴こぼしても、それこそ仕方ないな。さっさと行こう」 呟きと一緒に溜め息を吐いて、俺は晦神社を目指して歩を進めるのであった。 ───……。 ……えっと。 凍弥 「な、なんだこりゃ……」 俺は石段の前で絶句していた。 こんなの登るのか……? 先の方が暗くて見えないぞ……? しかも相当長い……否、長すぎだ。 駆け上ったら吐けそうだな、こりゃ……。 凍弥 「………」 だが立ち止っている気分じゃない。 だから石段を登る。 ……そして気が遠くなる。 長い……長すぎだって……。 凍弥 「ここに住んでる人って……足腰の筋肉ゴリモリなんじゃないか……?」 そんな想像をしてみておかしくなった。 ちょっとは気が紛れたが……石段が長いことには変わりはなかった。 凍弥 「……休み休み行くか」 ………………。 ───……。 凍弥 「はー……はー……」 ずしゃ、ずしゃ……。 長ぇ……長ぇよ……なんて長ぇんだ……。 まるで天上界の住人にでもなりに行く気分だ……。 凍弥 「もう……何回休んだっけ……?」 足がフラついてきやがった。 こりゃ、明日は筋肉痛だな……。 凍弥 「情けないなぁ……」 体内の熱を吐き出すように息を吐いた。 それでも熱い。 この長ったらしい石段を登ってきたせいだ。 しかもまだ頂上が見えない。 凍弥 「……普通に泣きが入るってこんな時なんかな……───ふんっ!」 ガクガクと震える足に渇を入れる。 凍弥 「根性ォオオオッ!!」 ダッ!ダダダダダッ───…… ───…………。 凍弥 「かはーっ!かっ……ひはー!ひはー!」 馬鹿やった。 息が……肺が酸素を受け付けねぇ……! うおお……眩暈が……汗が止まらねぇ……! 凍弥 「はっ……はっ……!」 石段に座り込んで、ただ息を吸う。 あー……空が綺麗だー……。 ……───。 凍弥 「………………」 独り言言うのも疲れた。 いや、無駄と感じた。 ただゾンビのような足取りで頂上を目指した。 凍弥 「……あ」 そんな時、途中で左にずれる道を発見した。 その先にあるのは───家だった。 家、といっても……昔の……和風っていうんだろうか。 そんな屋敷みたいなものだった。 凍弥 「大きな家だな……」 明かりも点いている。 誰かが住んでいることは確かだな。 でも俺が目指しているのは頂上だ。 凍弥 「………」 汗を拭いながら、俺は頂上を目指した。 ───……。 さて。 凍弥 「だはぁ……っ!つ、着いたぁ……!」 神社の佇まいを眺めて、思いっきり息を吐いた。 フラフラと神社に近づいて、その段差に腰掛ける。 ……ここで寝るのか……? 凍弥 「………」 それもいいかもしれない。 なんか落ち着く感じのする場所だし。 凍弥 「……はぁ」 熱い息を吐いて寝転がった。 見える星空はさっきと変わらない。 周りが静かなことも変わりなく、不気味なのにどこか落ち着くことが出来た。 凍弥 「………」 落ち着いてきた呼吸を受け入れて目を閉じる。 ゆっくりと睡魔を膨らまそうとして───っ!? 凍弥 「───っ」 勢いよく起きあがった。 死神の気配を感じたから。 朧月のものでもメルのものでもない。 そしてその気配はすぐそこにあった。 その気配と同じくらいに人の気配も感じる。 ワケが解らない。 凍弥 「誰だ……!」 呟くように言い放つ。 その声が闇に溶け…… 声  「あなたこそ誰よ」 という言葉となって戻ってきた。 それとともに空から降りてくる存在。 黒衣を身を纏い、長い髪を揺らしながら降りてくるその存在。 月明かりに照らされたその顔は、同年代ともとれる女性だった。 女性 「人様の領地内で野宿?     やめてよね、ここは人が近づいていいような場所じゃないんだから」 凍弥 「……人───ってことは、あんた……死神か?」 女性 「……ふーん。     なんか人とはちょっと違う波動を感じたから『まさか』って思ったけど。     あなた、天界の回し者?」 凍弥 「天界……?なんのことだよ、俺は人間だ」 女性 「あ、そう。別にどうでもいいわ。それよりここから出ていってくれない?     ここに悠介以外の男が居るのはハッキリ言って目障りなのよ」 凍弥 「───悠介さんを知ってるのか!?」 女性 「……え?」 ……………… ───……。 女性 「なんだ、そういうことはもっと早く言いなさいよね」 死神は怒ったような顔でそう言った。 話も聞こうとせずに出て行けって言ったのは誰だよ。 凍弥 「それで、悠介さんはここに居るのか……?」 女性 「居ないわよ、少し前から行方不明。     魂結糸が切られてからというもの、自分が情けなくてしょうがないわ」 こんけつし?なんだそりゃ。 女性 「それにしてもわざわざご苦労ね。こんなところにこんな夜に。     巷じゃあ殺人事件とか行方不明事件とかでこの街にすら寄る人が少ないのに」 凍弥 「……その事件に俺の幼馴染が巻き込まれたんだ。     ……黙ってなんて居てられるか」 女性 「……それって友情?それとも同情?」 凍弥 「多分、どっちとも」 そう言って、俺は空を見上げた。 いつの間にか空は曇っていて、さっきまで見えていた星は隠れてしまっていた。 女性 「雨になるわね……」 凍弥 「………」 女性 「家に来る?丁度椛も来てるし」 凍弥 「へ?朧月が?」 どうして…… 女性 「祖父が行方不明って聞けば、黙っていられるわけないでしょ。     あの娘、悠介のこと好きだったし」 凍弥 「ふーん……あ、ところであんた、朧月とはどんな関係なんだ?」 女性 「……はい?」 凍弥 「いや、だから関係だよ関係。もしかして友達とかか?」 女性 「……ああ、そっか。あなた馬鹿でしょ」 凍弥 「えっ!?な、なんで」 女性 「いーのいーの、どうせ家系に関わろうとする人間なんて馬鹿ばっかなんだから。     で、わたしと椛の関係だったわね?」 凍弥 「………」 馬鹿って言われた……。 女性 「なにショック受けてるのよ……ああ、ま、いいわ。椛はね、わたしの───」 ───……タンタンタンッ。 凍弥 「ん?」 石段を登る足音。 石段の方を見てみれば、そこには人影があった。 女性 「椛じゃない、どうかした?」 椛  「はい、あの……え?」 凍弥 「……よ」 俺に気づいた朧月が微妙な顔つきになった。 そして俺と女性を見比べるように交互に見て…… 椛  「おばあさま……どうしてこの人と……?」 と言った。 ………………………………耳、腐ったかな。 凍弥 「えっと……朧月?今、なんて……」 椛  「………」 女性 「耳悪いのね。……つまり、椛はわたしの孫ってこと」 凍弥 「………………えぇえええええええええええええっ!!!???」 ───……、 家に連れられた(強制連行とも言うが)俺は、ひとつの部屋で話を聞かされていた。 凍弥 「えっと、つまり……あなた様は朧月の祖母のルナ=フラットゼファーさんで……」 ルナ 「うん」 凍弥 「……悠介さんの……妻……」 ルナ 「そういうことだけど」 凍弥 「………」 ちょっと待て。 死神って歳とらんのか? どう見たって俺と同年代くらいの風貌だぞ……? それに比べて朧月はちゃんと子供の頃があったらしいし……。 ああっ……解らんっ……! ルナ 「質問するだけしといて黙り込むなんて失礼なヤツね」 凍弥 「あ……失礼……ちょっといろいろと考え事が……」 ルナ 「ふーん……ま、いいわ。とにかくここに悠介は居ないわよ」 凍弥 「それはもう解ったけど……消えた日がいつか解るかな」 ルナ 「んー……そうね。椛から『すずめあん』って場所から連絡を貰った次の日ね。     それまではちゃんと居たんだけど」 凍弥 「……じゃあ、やっぱり消えてなかったのか……」 椛  「………」 俺と朧月は互いに頷いた。 ルナ 「なんなの?消えるだの消えないだのって」 凍弥 「悠介さんは朧月を救うために、     自分の体から『童心』を切り離して俺達が通う高校にやってきたんだよ。     そこで朧月の中の死神を消してくれて、     でもこのままじゃ朧月が危険だって言って、そのまま同化した……」 ルナ 「……同化、ね。つまり魂を結合させたんでしょ?     だったら妙ね……肉体だけの存在がどうして行方不明になんか……」 凍弥 「それは俺も気になってて……」 そう、それが変なんだ。 魂が抜けて、辛うじて生きている存在がどうして動けるのか。 もしかして誰かに連れ去られたとでもいうんだろうか。 ルナ 「まったく……魂結糸を切ったりするからこんなことになるのよ……悠介のばか」 ルナさんは拗ねたように愚痴をこぼした。 そこのところはなんだか子供っぽく感じる。 ルナ 「……それで?どうするのキミ。泊まってくの?」 凍弥 「え?あ……」 椛  「おばあさま……」 ルナ 「そんな変な顔しないの。大丈夫でしょ、椛が嫌がらない人なんて珍しいし」 椛  「おっ……おばあさまっ!」 ルナ 「あはははは、椛のそんな顔、初めて見るわ」 椛  「う、うー……!」 ルナ 「……キミ、まだ話がしたいわ。今日は泊まっていくこと。いいわね?」 凍弥 「はあ……」 有無も言わさぬ気迫で睨まれたら頷くしかなかった。 やがてルナさんは壁を通り抜けて消えてしまった。 凍弥 「……いつも、あんな人なのか?」 ……部屋の中に残された俺は、朧月に訊ねてみた。 椛  「……普段はもっと大人しいんですけど……」 恥ずかしそうに俯きながら語る。 見れば、その顔は真っ赤だった。 凍弥 「……悪い、押し掛けるみたいになっちゃったな。     本当は悠介さんが行方不明になったのかどうかを確認しに来たんだけど……」 椛  「べつに……気にしてません」 凍弥 「そっか、ありがとう。明日になったらすぐ出て行くから。     ……どうしても確かめたいことがあるし」 椛  「確かめたいこと……?」 凍弥 「……幼馴染が今回の事件に巻き込まれたんだ。     いや、巻き込まれたかもしれないんだ。だから、それを確かめに行く」 椛  「巻き込まれたって……だって、新聞には……」 凍弥 「だから、それを確かめに行くんだ。住所なんて知らないけど、探せば見つかる」 椛  「………」 朧月はただ黙って俺の目を見てきた。 俺も逸らさずにその目を見つめ返した。 引き下がる気はない。 確かに今こんな状況の真っ只中のこの街で動き回るのは危険だ。 でもそんなことここに来る前に覚悟してあるんだ。 今更帰れるわけがない。 凍弥 「お節介な俺らしいって、納得してくれると嬉しいんだが」 椛  「……馬鹿です、あなたは」 凍弥 「そうかもな。いや、そうだろう。     馬鹿やってなきゃ、世の中はつまらないもんなんだしさ。     だったら俺は自分の意思で馬鹿にでもなんでもなるさ。……でも自殺はしない」 なんとかなるよ、と言ってその場に寝転がった。 凍弥 「もう寝るな。風のこない場所の提供だけでありがたいから」 椛  「……布団はいらない、ってゆうことですか?」 凍弥 「察しが良くて助かるよ。おやすみ」 椛  「………」 カチン。 電気の紐が引かれ、電気が落ちる。 朧月はゆっくりと部屋をあとにして、その場には俺だけが残された。 凍弥 「……もう、話すことなんてないから。明日、さっさと出よう」 ……朝村美紀という名前の女は病院に運ばれた。 病院の場所は地図で確認してあるから大丈夫だ。 問題はそこに『朝村美紀』の名前のプレートがあるかどうかだ。 もしあって、そこに彼女が居たら……俺はどうするんだろうか。 再会に涙するのか、それとも……───それとも……。 ───翌朝、俺は習慣のように早く起きてその場を去った。 登る時はあんなに大変だった石段も降りる時は楽なものだった。 が、筋肉痛は避けられそうもない。 登りより下りの方が負担が大きいからだ。 凍弥 「なんにせよ、さっさと病院に行くか」 微妙な痺れを感じられる足を庇いながら歩いた。 道のりなんてものは知らないが、場所的には知っているから問題ない。 石段から眺めれば一発で病院が見つかったからだ。 凍弥 「美紀……」 冗談であってほしい。 悪い冗談で、偶然に道端で会って笑えたなら、どれだけ幸せだろう。 安心から得られる幸せもあることを今ほど望む瞬間はなかった。 ───……。 病院に辿り着くと、病室を巡り続けた。 探すものはひとつ。 『朝村美紀』のプレート。 それがあっても無くても、俺はきっと不安なのだろう。 それでも探さなくちゃいけない。 もし『朝村美紀』が居るのなら、俺はその人物を確認しなきゃいけないから。 知らない人だったらいいと思う反面、 そんなものはその人にとっては恨まれてもおかしくないことだ。 看護婦「あ、病院内では走らないでくださいっ」 凍弥 「───すいませんっ」 途中、看護婦に注意された。 だけど足は勝手に駆け足になる。 気持ちが抑えられず、体が言うことを聞かない。 安心できるならさせてくれ───! 凍弥 「───あ……」 通り過ぎた空き病室。 そこに、どこか懐かしい後ろ姿があった。 凍弥 「………」 俺は喉を鳴らしながらゆっくりと病室に入っていき…… 凍弥 「……すいません」 静かに、声をかけた。 その声に肩を揺らし、窓から外を眺めていた女がこちらへ振り向いた。 その女は…… 美紀 「あれ……凍弥くん?」 朝村美紀、本人だった。 凍弥 「美紀……そんな……」 じゃあ、あれは嘘じゃなかったのか……? 美紀 「どうしたの?あ、もしかしてお見舞いに来てくれたとか?」 凍弥 「………」 …………。 美紀 「凍弥くん?」 凍弥 「あ、えっと……久しぶり、だな。美紀」 美紀 「うん、もう3年くらいだっけ?随分になるよねー」 凍弥 「ああ」 俺は苦笑いのままに返事をする。 人が事故にあったってのに笑ってられる方がどうかしてる。 ……特に、俺の場合は。 美紀 「……元気ないね、どうしたの?」 凍弥 「いや、なんでもないよ。それより動き回って大丈夫なのか?」 心にも無いことを呟いた。 そんなこと、動き回ってる美紀にはどうでもいいことだろうに。 美紀 「べつにどうってことないよ。どこも痛まないし」 凍弥 「そっか。そりゃなによりだ」 あまり懐かしさの無い再会だな……とか考えながら俺は答えた。 三年も会ってなければ懐かしいだろうに。 美紀 「それでさ、やっぱりお見舞いに来てくれたのかな」 凍弥 「そんなところだ。こんなことがなけりゃあこの街に来る機会なんて無いしな」 美紀 「ん、そうだね」 にっこりと笑って、美紀は答えた。 昔から変わらない笑顔で。 当時の俺は『笑顔』というものが嫌いで、 俺を『凍弥くん』と呼んだり、笑顔を向ける美紀が嫌いだった。 苛めてた理由だってそんな陳腐な理由だった。 からかえば泣き、転べば泣き、置いていけば泣き、無視すれば泣き。 美紀は、そんな弱い子供だった。 だけど頑張り屋でもあった彼女はいつだって他の誰より努力してきた。 料理も出来なければ勉強も苦手だった彼女は、 唯一上達出来た運動でみんなに認められた。 その時の笑顔を、俺は忘れない。 誉められた時に嬉し涙を流した美紀は、とても嬉しそうだったから。 凍弥 「……今でも運動はやってるのか?」 美紀 「うん。今度ね、高校の代表で大会に出られるんだよ。     だからもっともっと頑張って悔いが残らないようにしたいな〜」 ……変わってないな。 どうしてこう、幸せそうに笑えるんだろう。 そんな強さを分けて欲しいとさえ思う。 美紀 「あ、凍弥くんこれから時間あるかな」 凍弥 「ん?どうした?」 美紀 「ちょっと外でお話ない?     窓から見てみたんだけど、ちょっと行ってみたい場所があるの」 凍弥 「そか。俺なら大丈夫だぞ」 美紀 「うん、じゃあちょっと外出許可貰ってくるね?凍弥くんはここで待ってて」 凍弥 「え?あ、おい…………行っちまった」 美紀はパタパタとさっさと走り去ってしまった。 凍弥 「………」 俺は何の飾りっ気のない病室の中を見渡す。 静かだ。 時折聞こえてくる子供と子供の楽しげな声以外は、静かなものだ。 美紀はこんなところで何をしていたんだろうな。 凍弥 「……はぁ」 美紀が立っていた窓際から外を見てみる。 その景色は思った以上に退屈なもので、 こんな世界に閉じ込められたら疲れるだろうと感じた。 美紀 「ただいまー」 凍弥 「っと、美紀か」 美紀 「うん、わたし。……あの、ごめんね凍弥くん。     看護婦さんや医者さん達、忙しいみたいでわたしの話聞いてくれないの」 凍弥 「そりゃヒドイな」 美紀 「だよね、ヒドイよね」 拗ねたように俯く美紀。 俺はそんな美紀を元気づけるように笑いながら言った。 凍弥 「ほら美紀、そんな顔するなよ。どっか行きたいなら行けばいいだろ?     医者が無視したってゆうならあとでそう言えばいいんだから」 美紀 「…………あ、そっか。それもそうだね」 こくこくと頷く美紀。 相変わらずの笑顔に、俺は……初めて人の目から目を逸らした。 ───……。 美紀 「わぁ〜っ……綺麗だなぁ〜っ」 数は少なくなったけれど、まだまだ飛び交う桜の中。 美紀は嬉しそうに手を広げて、踊るようにくるっと体を回転させながら微笑んでいた。 俺には時折に俺の肩に舞い降りる桜が儚げに見えて、ちょっとだけ悲しかった。 凍弥 「………」 自然が好きだ。 一度は絶えても、また咲いてくれるから。 だけどこの舞い散る桜だけは慣れなかった。 綺麗なのに、どうして散らしてしまうのか。 その理由が解らない。 凍弥 「……なぁ、美紀」 俺は俯かせていた顔を上げて美紀に声をかけた。 並木道を楽しげに歩く美紀に。 だけど美紀は聞こえなかったかのように飛び交う桜に夢中だった。 …………。 凍弥 「なんて……」 なんて……幸せな光景なんだろうな……。 こんな時間がずっと……続いてくれたらいいのに───……。 ……俺は舞い降りる桜を見ながら、そう思わずには居られなかった。 美紀 「凍弥くん凍弥くーん!」 美紀が楽しそうに俺の名前を呼んだ。 俺は苦笑しながらその距離を狭めて、美紀の隣に並ぶ。 そうした時、美紀が俺の顔を真っ直ぐに見て言った。 美紀 「───わたしね、この世界が好きだよ」 凍弥 「世界?なんで」 美紀 「だってさ」 両手を広げながらてこてこと小走りに俺の先を歩いて、美紀は俺に振り向いた。 美紀 「こんなにも穏やかな世界で幸せを探せるのって、なんか嬉しいもん」 美紀はにっこりと笑ってそう言った。 俺はそんな美紀に、ひとつの質問を思いついた。 凍弥 「なぁ美紀」 美紀 「んー?なにかな、凍弥くん」 空を見上げ、桜の木を眺めて、やがて彼女は俺を見た。 そんな彼女に俺は言葉を放つ。 凍弥 「もしさ、生まれ変わるとしたら、何になりたいと思う?」 美紀 「生まれ変わり───どうしたの?突然」 凍弥 「幸せ探しも見方が変わるかなってな」 美紀 「あ、そっか。そういう考え方もあるね」 美紀はふむぅ、と顎に手を当てて考え込んだ。 だけどすぐにパッと笑顔を見せて答えた。 美紀 「わたしっ」 凍弥 「うん?」 美紀 「朝村美紀は、生まれ変わっても朝村美紀になりたいよ」 凍弥 「……参考までに、それはどうしてか聞かせてもらえるか?」 美紀 「うんうん、知りたがりの凍弥くんらしいね」 ほっとけ。 美紀 「わたしさ、他の誰かになるなんて考えられないよ。だってさ───」 ───……ザァ、と桜の花が揺れた。 穏やかな風が桜を揺らすその頃、 彼女と俺が紡いだ言葉はどこにでもあるような言葉だったんだろうけど。 俺はそれをとても大切に思った。 だって……それはどこを探しても、ひとつしかないのだろうから。 ───……。 ルナ 「ねぇ椛?あの男、何処に行ったか知ってる?」 遅く起きてきたおばあさまは、わたしの顔を見るなりそう言った。 椛  「いえ……。何かを確かめるとは言っていましたけど、その詳細までは」 ルナ 「ちぇー……。話があるって言ったのに……つまんないの」 椛  「おばあさま……」 こういう時のおばあさまは本当に子供みたいだ。 いつまで経っても老いることの無いおばあさまは、外見は高校生くらいに見える。 死神と人間のハーフとして生きてきたおばあさまは、わたしの良き理解者だ。 わたしもおばあさまのように黒い髪を持って産まれてこれれば、 もっと安心だったのにな……。 ルナ 「しょうがないなぁ……。     この家も妹達や波動娘にネッキーが出てってからは退屈なのよね。     張り合いが無いってゆうのかなぁ……。     悠介と一緒になってからはホント、妹達の反応が面白かったものだけど」 椛  「みなさま、もう結婚なされたんですよね?」 ルナ 「んー、うん。妹達もなんだかんだ言って楽しくやってるそうだし。     ネッキーはネッキーで、深冬の世話してくれて助かったし」 椛  「お母さまはまだ蒼空院邸に?」 ルナ 「そうね。まだあそこに居ると思うわよ?     思い出があるから離れたくないとか言ってたし。     ネッキーも多分まだあそこに居るんじゃない?深冬のこと可愛がってたし」 椛  「はぁ……」 ネッキーと呼ばれているのは、セレスウィル=シュトゥルムハーツという人。 吸血鬼で、おばあさまとの仲はとても悪い。 だけどお母さまとはとても仲がよく、 わたしが生まれる前から蒼空院邸のお手伝いさんをやっていた。 わたしが蒼空院邸を出てからは解らないけれど、多分今でも……。 ルナ 「は〜ぁ……。悠介とのふたりっきりの生活が、どうしてこんなことにぃ……」 椛  「元気を出してください。すぐに戻ってきますよ」 ルナ 「……だといいわね」 おばあさまは覇気を無くしたような顔で溜め息を吐いた。 わたしはかける言葉を失って黙るしかなかった。 こういう時、何も話せない自分が少し悔しい。 ……友達とかが居たら、きっともっと話せたのだろう。 ルナ 「……ん〜ふふふふふ〜」 椛  「……?」 おばあさまがいやらしく笑う。 こういう時のおばあさまはちょっと危険だ。 ルナ 「ねーねー椛?あの男とはどんな関係なの?」 椛  「男?」 ルナ 「すっとぼけちゃって。昨日来た男よ」 椛  「どう、と言われましても」 ルナ 「……なに?まさか名前も知らない間柄なの?」 椛  「名前くらいは知ってます」 ルナ 「ふーん。じゃ、ちょっと教えてよ。名前呼べないのって割と不便だわ」 椛  「はぁ……」 おばあさまはニヤニヤとした顔でわたしを見る。 わたしはなんとなく嫌な気分ながらも彼の名前を口にした。 ルナ 「ふーん、霧波川凍弥ね。変わった苗字なのねぇ」 椛  「………」 ルナ 「で?そのムナミーとはどんな関係なの?」 椛  「ですから……どんな、と言われましても……」 ルナ 「ヒント」 椛  「ありません」 ルナ 「核心」 椛  「なんですか、それ」 ルナ 「むー、テコでも喋らない気?そんなにイイ関係なわけ?」 椛  「あの……仰ることの意味が解らないのですが……」 ルナ 「だって椛ったら直球でいくと真っ赤になって何も話せなくなるでしょ?」 椛  「なっ───」 なんて人だ。 つまりはそういうことなのか。 椛  「わたしは別に彼には特別な感情など抱いていません」 ルナ 「ふーん、椛ったらいつの間に特別じゃない人を避けないようになったの?」 椛  「うぐ……」 ルナ 「んー?いつからなのかなぁ?」 椛  「……おばあさま……遊んでいますね……?」 ルナ 「当たり前じゃない」 ……言うのもなんだけど、ヒドイ祖母だ。 ある意味で最低だ。 ルナ 「椛が来るまで退屈だったのよ……。     すぐに帰ってくるって思ってた悠介は帰ってこないし、     新聞は勝手に悠介の名前出すし」 椛  「え……?あれはおばあさまが捜索願いを出したのでは?」 ルナ 「冗談でしょ?探すだけならわたしだけの方が早いわ。     案外深冬か誰かが捜索願いを出したのかもしれないけど、     わたしには心当たりがないわよ」 椛  「………」 ルナ 「どの道、人間なんて宛てにならないわ。     わたしもそろそろ本腰を入れて探そうって思ってた頃だし」 椛  「心当たりはあるんですか?」 ルナ 「……嫌な予感は的中するものだけどね。多分───」 椛  「……おばあさま?」 ルナ 「───なんでもないわ。さ、朝ご飯でも食べよっか」 おばあさまは伸びをするフリをして居間を出ていった。 ……わたしにはおばあさまが先ほど見せたあの顔がどうしても不安に感じられた。 何もなければいいんだけれど……───あ。 椛  「───あ、あの!おばあさまっ!?」 ルナ 「ほぇ?なによ、素っ頓狂な声出して」 椛  「あの……お、おばあさまが料理を作るのでしょうか……」 ルナ 「他に誰か居るなら紹介して欲しいわね」 椛  「………」 いやな汗が出た。 夢なら醒めて欲しい。 おばあさまの料理ではニ、三度あっちの世界を見せられている。 ……ああ、都合がいいとは思うけれど、 あの人が居ればこんなことにはならなかったかもしれない。 確か料理は得意だって聞いていた。 ……でも、居ないものを望んでも仕方が無い。 あとはせめて、おばあさまが『張りきる』とか言わないことを願うだけだ……。 ルナ 「じゃ、今日は腕によりをかけて張りきってみましょうかねー」 椛  「!!」 ……嫌な予感は的中する。 ああ、確かにそうかもしれないかな……。 わたしはがっくりと項垂れて、 ただ『どうか生きて明日の朝を迎えられますように』と願った。 ……本当は昼を迎えることすら怪しいけれど。 Next Menu back