───涙に滲んだ並木道───
並木道の途中の芝生にあったベンチ。 俺と美紀はそこに座って、緩やかな風に当てられていた。 見上げれば真っ青な蒼空。 いい天気なことは間違いなかった。 美紀 「ねぇ凍弥くん」 凍弥 「うん?」 美紀 「凍弥くんは今、どんな風な暮らししてるの?」 凍弥 「んー……どんな暮らし……かぁ」 言われてみてから初めて考えるような質問だな。 俺の暮らしねぇ。 凍弥 「早起きしてるのは変わってないぞ。     サクラは相変わらず五月蝿いし、志摩兄弟は騒がしいし、与一は冷静だし」 美紀 「あはは、なんだか簡単に想像できちゃうのが面白いね」 凍弥 「だろ?なんか本当に変わってないんだよ。この前なんか浩之がさぁ」 美紀 「あはは、やっぱり浩介くんと浩之くんの話なんだ」 妙なところで悟られている志摩兄弟が情けなく感じるけど、それはそれで楽しかった。 凍弥 「ま、そんなわけでだ。俺も相当変わってないよ」 美紀 「そっか。なんか安心したな」 凍弥 「安心?……そっか、よく解らんがそりゃよかった」 美紀 「あはは、なにそれ」 凍弥 「なんでもないよ。それより他にどっか行きたい場所ってあるか?」 美紀 「───……うん。付いてきて」 美紀はベンチから立ち上がると、ゆっくりと俺の少し前を歩いた。 美紀 「ねぇ凍弥くん?幸せってさ、何処にあるのかなぁ」 凍弥 「さぁなぁ。人によってはバラバラだからな」 突然の質問にを流すように答えた。 まあ実際、俺はそんなものだと思ってるけど。 美紀 「探すのは嫌いじゃないけど、いつまでも見つからないのはちょっと嫌だなぁ」 凍弥 「そりゃそうだ。見つからなきゃ幸せにはなれないだろ」 美紀 「……むー。凍弥くんっていちいち言うことがもっともだよね」 凍弥 「ははっ、現実家なんだよ俺は」 美紀 「ふふふっ、夢がないなぁ」 楽しげな笑い声。 俺は釣られて笑うと、その横に並んだ。 美紀 「やっぱりオトコノコだねー。歩幅が大きいや」 凍弥 「ん?そうか?」 美紀 「うん。手だってこんなに大きいし」 歩きながら、美紀が俺の手を取る。 そして手を合わせてその大きさを比較して微笑んだ。 美紀 「ほら、やっぱり大きいよ」 凍弥 「お前の手が小さ過ぎるんだよ」 美紀 「当たり前だよ、女の子だもん」 凍弥 「……そんなもんか?」 美紀 「そんなもんそんなもん♪」 クスクスと笑って、美紀はまた一歩前に出た。 美紀 「わたしね、昔っから凍弥くんの後ろばっかり歩いてたからさ。     一度こうやって前を歩いてみたかったんだ」 凍弥 「そうなのか?……で、どうだ?感想は」 美紀 「ん……思ったよりつまんなかった」 凍弥 「そりゃそうだ」 美紀 「えへへー、でもなんか『びくとりー』な気分だよ〜」 凍弥 「……幸せな思考回路だな」 美紀 「む。馬鹿って言いたいんでしょ」 凍弥 「誰もそんなこと言ってないだろ」 美紀 「いーえー、今の顔は絶対そういう顔だったぁっ」 凍弥 「そんなことないよ。ただ楽しそうでいいなって思っただけだ」 美紀 「……うー」 拗ねる顔も懐かしく感じる。 3年ってのはやっぱり長いんだなって……そう思った。 凍弥 「そうそう、シュウのヤツがな、     連絡もしないでよろしくやってるって聞いて拗ねてたぞ」 美紀 「よろしくやってるって……。     そんな楽そうな暮らししてるつもりないんだけどなぁ……。     ひとり暮らしって結構大変だし……」 凍弥 「だろうな。でも案外気楽なんじゃないか?」 美紀 「んー……寂しいよ?夜ってなんか怖いし」 凍弥 「……はぁ。そういうところも変わってないのか」 美紀 「うー」 にこにこだった顔がまた歪む。 俺はそんな美紀の頭をポンポンと撫でた。 凍弥 「気にすんな。相変わらずってのはいいことだと思うぞ」 美紀 「……そうかな」 凍弥 「そうだよ。それよりホレ、お前が先行かないと道が解らないだろ」 トンと背中を押して先を促した。 美紀はなんかちょっと寂しそうな顔で俺を見たけど、にっこりと笑って先を歩いた。 凍弥 「………」 俺はそんな美紀の後姿を見ながら歩いた。 だけどその視界を空へと逸らして息を吐いた。 出た息は溜め息。 どうしてそんな息が出てしまうかなんてことは、俺はもう気づいていた。 俺は彼女を直視出来ない。 それは…… 美紀 「……凍弥くん?」 凍弥 「うあっ!?」 美紀 「ひゃっ!?」 声を聞いて視線を降ろしたすぐ目の前に美紀の顔があって、しこたま驚いた。 凍弥 「あ、あー……ど、どうかしたか?」 美紀 「だって、ぼ〜っとしながら歩いてるから。     こっちだよ?このまま行ったって川に落ちるだけだけど。     どうしてもって言うなら止めないけど」 凍弥 「あのなぁ……」 でも確かに目の前は川へと続く崖っぷちだった。 凍弥 「まあ止めてくれてサンキュ。こっちだったよな?」 美紀 「ん。こっち」 少し前に出て、チラチラと後ろを見ながら歩く美紀。 凍弥 「……落ちたりせんから前向いて歩け」 美紀 「だって心配だし」 凍弥 「お前ほど心配させた憶えは無いつもりだが」 美紀 「あぅ、ひどいよそれ……」 凍弥 「ほらほら、いから歩けって。行きたい場所なんだろ?」 美紀 「うんっ、すっごい綺麗な桜が咲いてるんだ〜♪     屋上から見た時、絶対に一度は行こうって思ってたんだよ〜」 凍弥 「へー……ここらの桜じゃ満足出来ないのか?」 美紀 「目じゃないもん」 ズビシとよく解らんポーズを取って胸を張る美紀。 無意味なところで威張るこんなところも変わってない。 凍弥 「ほんと変わらないなお前は」 美紀 「お任せあれ」 意味が解らん。 凍弥 「てゆうか結構歩くんだな。まだか?」 美紀 「うん?あそこの道曲がった所だよ」 ……ああ、なんだ、もう少しか。 凍弥 「……しっかし、パジャマ似合わんな」 美紀 「友達が選んでくれたやつなんだけど……やっぱりそう思う?」 凍弥 「パンプキンばっかりの柄なんて怖いだけだと思うが」 美紀 「うーん……でもわたし、そんなに嫌いじゃないよ?」 凍弥 「友達に貰ったってことで美化されてるんだろ」 美紀 「……いじわる……」 凍弥 「変わってないのはいいことなんだぞ」 美紀 「そういうところ、変わっててほしかったかも……」 うー、と唸って俯く美紀。 それでもクスクスと笑って、小走りにその道を逸れてゆく。 凍弥 「急ぐ距離でもないだろ?」 美紀 「いーのいーの〜♪」 てこてこと走っていって、美紀は並木の角を曲がっていってしまった。 凍弥 「………」 俺は苦笑しながらそのあとをのんびりと追った。 ……嫌な予感は的中するものである。 あまり急ぎたくはない気がする。 凍弥 「これで落とし穴とかあったら面白いんだがなぁ」 ……はぁ。 凍弥 「……覚悟、決めるか」 ───俺は小さく呟いて並木の角を曲がった。 その景色にある坂のその先に……美紀が居る。 凍弥 「いつまでも手のかかる馬鹿……か。それは誰のことだったんだろうな……」 歩を進める。 その途端、体が急に重く感じた。 浅美 『………』 凍弥 「浅美……」 浅美 『……行く、の?』 凍弥 「行くよ。いつまでも待たせたらあいつは怒るだろうから。     あ、別にあいつのことが好きとかじゃないからな。     あいつは俺の大切な幼馴染だからでな」 浅美 『………』 凍弥 「そう睨むなって。何もありゃしないって前にも言ったろ?」 浅美 『……ほんとにそう思ってる?』 凍弥 「………」 ……今回ばっかりは食い下がってほしくない。 凍弥 「いーから行かせてくれ。あいつが待ってる」 浅美 『………』 浅美は俯いたまま、再び俺の中に入った。 凍弥 「……悪い、浅美」 そして今度こそその坂を登ってゆく。 ゆっくりと……ゆっくりと。 凍弥 「───……」 やがてその景色が開ける頃。 俺は……歩を止めた。 凍弥 「………」 綺麗な場所だった。 大きな、本当に大きな桜の木が風に揺れている。 樹齢いくらくらいかも考え付かない大木。 そして……風が吹き、桜が飛び交うその景色の下に───美紀は居た。 美紀 「遅いよ、凍弥くん」 俺は頬を膨らませて怒る美紀に歩み寄って、悪い、と謝った。 凍弥 「ここか?来たかった場所って」 美紀 「うん。綺麗でしょ?」 美紀が空を仰ぐように微笑む。 俺は……やっぱりそんな美紀を見ていられなかった。 美紀 「……凍弥くん?」 どこか楽しげに悪戯っぽく俺の顔を覗く美紀。 そんな美紀に、俺は……言わなくちゃいけないんだ。 凍弥 「………」 言わなくちゃ……。 美紀 「凍弥くん……泣いて……るの?どうして……」 言わなくちゃ……いけないのか……。 凍弥 「………」 体が震えた。 喉もガクガクと震えて、嗚咽が込み上げてくる。 でも俺は…… 凍弥 「……もう、終わりにしよう……美紀」 これ以上、彼女を見ているのが辛いから。 こんな笑顔を……見ていられないから。 美紀 「終わりって……?」 凍弥 「お前は……」 お前は……もう…… 凍弥 「もう……死んでるんだよ……」 美紀 「………え?」 美紀が首を傾げた。 そんな、自然な表情が辛かった。 美紀 「なに……言ってるの?あ、またいつもの冗談?」 凍弥 「聞けっ!」 美紀 「っ!」 俺はたまらずに怒鳴った。 美紀が驚くって知っているのに。 凍弥 「……お前はさ……事件に巻き込まれた時……重症を負って……」 美紀 「………」 凍弥 「病院に運ばれたけど、どうしようもなくて……」 美紀 「……………」 凍弥 「……もう、死んでたんだよ……!」 美紀 「………………っ……うそっ!」 美紀は叫んだ。 俺を真っ直ぐに見ながら。 美紀 「うそでしょ!?ねぇ!だって凍弥くんわたしの目、見てないもん!     真面目な話する時も冗談言う時も、絶対逸らしたことなかったじゃない!     どうしてそんなこと言うの!?だってわたしっ……ここに居るんだよ!?」 凍弥 「……っ……」 ……涙で世界が滲んでいた。 凍弥 「違うんだよ……!」 最初に病室で会った頃から解っていた。 彼女がもう、生きた生命じゃないことを。 そして……プレートには『朝村美紀』の名前が無く、 もうその顔を見ることさえ叶わなかった筈だったことも。 外出許可を貰おうとした時だって、他の人には見えないことくらい解ってた。 ……夢であってほしかった。 幼馴染が死んだなんてこと。 ほんとはもっといろんな場所に連れて行ってやりたかったのに。 ……彼女は彼女じゃなくなっていたから……それが出来ないくらいに辛かった。 凍弥 「頼む……!もう認めてくれ……!     俺はもう……お前が変わっていくのなんて見たくない……!」 地面に生えた雑草に俺の涙が弾けた。 美紀 「なに……?だって……わたし、どこか変わった……!?     凍弥くんのこと、覚えてるよ!?サクラちゃんのことも志摩くん達のことも、     遥一郎さんのことだってシュウのことだって!……近所のペスのことだって!」 凍弥 「……気配……」 美紀 「え……?」 凍弥 「気配だよ……。お前は……朝村美紀だけじゃない……」 美紀 「なに言ってるの……?わたしは美紀、朝村美紀……だよ?」 凍弥 「頼むよ……!そのまま……消えてくれ……!せめてお前の意識がある内に……!」 美紀 「……なにそれ……解らないよ……」 ギチィッ! 凍弥 「ぐっ!?」 美紀の手が、俺の首を絞めた。 美紀 「どうしてそんなこと言うの……?ワタシ……ずっとあなたを待ってたのに……」 声が変調してゆく。 男の声とも女の声とも捉えられない声に。 凍弥 「気づけ美紀……!お前はもう……!」 美紀 「うるさいなぁ……!     わたしはあの病院で他の患者さんたちと楽しくやってるのよ……!     今更なにしにわたしの前に現れたわけ……!?     同情?見舞い?冗談はよしてよ……!腹が立つ……!     ガキはガキらしくしてりゃあいいのよ……!」 言葉がどんどん支離滅裂になってゆく。 声の質なんて、何度も変動して美紀の声なんて消え失せていた。 凍弥 「……てめぇ……!だれだ……!」 美紀 「ウルサイ……!お前を殺して……その体を乗っ取ってやる……!     ク……フフフハハハハハ……!この娘もカワイソウよねえ……!     友達助けようとして殺されたんでしょ……!?馬鹿みたい……!     大体ね、人を助けて何になるってのよ……!     裏切られて終わるのがオチでしょ……!?」 凍弥 「ぐ、がぁあ……!」 喉がメキメキと音を立てた。 女の力じゃない。 やっぱりこいつ……ひとつの霊じゃない……! 美紀 「痛いんだよ……!あのクソヤブ医者野郎、俺を見捨てやがって……!     俺はまだまだやりたいことがあったのに……!ぐっ……ウゥウウオオオゥ……!」 美紀……いや、霊は苦しそうに唸った。 ……今までこんな霊を見たことはなかったのに……。 美紀を媒介にした所為なのか……? くそっ……!人の心を利用しやがって……!許せねぇ……!! 凍弥 「この馬鹿野郎……!あんま調子に乗ってんじゃ───ねぇっ!!」 ドカッ!! 美紀 「うぁああうぅう……!!」 霊を蹴飛ばして距離を図った。 ……くそ、ある程度は覚悟してたのにこんなことになるなんて……。 ───そんなことを悔いている時だった。 美紀 「くっ……!う、ぁあああぁぁ……!!」 突然、霊の様子がおかしくなった。 その顔が……どんどんと悲しげな顔になってゆく。 凍弥 「───美紀……!?」 美紀 「……苦しいよ……!凍弥くん……!」 凍弥 「美紀っ!」 俺は思わず駆け寄った。 うずくまる美紀の傍に屈みこんで 美紀 「デモ───今はトッテモ気持ちがいいの───!」 凍弥 「なっ!?」 バリィッ!! 凍弥 「くあっ!ぐぅっ!」 美紀の爪が俺の腕の肉を裂いた。 血が滲み出る。 凍弥 「くっ……!てめぇっ!」 美紀 「やさしいやさしい凍弥くん……ほら……もっとこっち来てよ……!     その首、引っこ抜いてあげるからさぁ……!     霊にはやさしいんでしょう……?ほらぁ……」 凍弥 「み……美紀ぃ……」 もう……だめなのか。 さっきまであんなに楽しそうだったのに……。 せめて行きたがってた場所で、送り出してやりたかったのに───! 美紀 「どうしたの……?来ないの……?」 凍弥 「美紀っ!聞こえるなら返事しろっ!美紀っ!」 美紀 「返事してるじゃない……ほらぁ……凍弥く〜ん、て。あはははははっ!!」 凍弥 「っ……このゲスが……!」 美紀 「その言葉……生前に聞き飽きたわ……。だからね、逆に嬉しいわよ。     また聞けるなんて思ってもみなかったわ……。     この娘を見つけてくれた時、あんたならって思ったわ……。     その時のわたしの気持ち、解る?とっても嬉しかったんだから……。     ああ、もちろんこの娘本人も相当喜んでたわ……。     死んだことに気づかないなんてマヌケよねぇ。そう思わない?」 凍弥 「うるせぇ……!それ以上美紀を侮辱するんじゃねぇ!!」 美紀 「なに言ってるのよ。傍に置こうとしないで成仏を願ったあんたがそれを言う気?     そっちの娘はよくて、幼馴染はダメだってゆうの?」 凍弥 「………!」 一瞬、浅美が外へ出ようとしたがそれを拒んだ。 凍弥 「うるせぇって言ってんだよ……!さっさと美紀の中から出ていきやがれ!!」 美紀 「いやよ。こんな純粋な娘の魂なんて久しぶりだもの……。     わたしがちゃんと自縛霊にしてあげるから心配しなくていいわ……」 凍弥 「ふざけるな!」 美紀 「ふざけてなんかねぇよ……。     オレはただ幸せがどうだとか言ってるやつが気にいらねぇのよ……!     だカらわたシが……!永遠に彷徨わせて……!」 凍弥 「───ンの野郎……!!」 美紀 「あ〜?怒る?はぁ〜、怒りますか。で?お前に何が出来るわけ?     見えるだけじゃあオレ達は消せませんよ?     ……ま、消せたとしても美紀チャンも消えるけどねぇ〜」 ───くっ……! 凍弥 「頼む……!そいつを楽にしてやってくれ……!     そいつが……美紀が何したっていうんだよ……!」 美紀 「何をしたかなんてどうでもいいんだよ……。     ようはさ、楽しけりゃそれでいいんだ……解るか……?あン?」 凍弥 「……っ……!」 美紀 「悔しいか?ア?ほれ、悔しいって言ってみろよ!オラァ!!」 凍弥 「………」 くそっ……! 美紀 「所詮友情だのなんだの言ってて、こういう時に何も出来ねぇんじゃねぇの!     恥ずかしくねぇのお前!馬鹿みてぇなことやってんじゃねぇよ!     他人なんか信じて何になるってんだよ!死ねよカス!」 声  「───死ぬのはあなたです」 凍弥 「え───?」 聞こえた声に振り向いた。 そこには─── メル 「………」 メルが居た。 その手には……大きな鎌が握られている。 美紀 「なっ……!?何故死神が……!?」 メル 「……あなたを、消しに来ました」 凍弥 「───!」 消しに───!? 凍弥 「待ってくれメル!そいつは───そいつは俺の───!」 メル 「……残念ですが、既に彼女に『朝村美紀』としての意識はありません。     ここに辿り着いた時点で、もう大半の意識を使ってしまったのでしょう。     ここまでもったのが不思議なくらいだったんです。     ……こんな、大量の悪霊に囲まれた中で……」 ……そんな……! メル 「こうなったらもう、どうにも出来ないんです……。鎌で存在を否定する他……」 凍弥 「……待ってくれ……頼むよ……!その鎌……死神の鎌なんだろ……?     そんなんで切ったら、美紀が……!」 メル 「他に……方法がないんです……!     あなたと美紀さんの関係はシェイド様から聞かされています……!     だけど……!彼女、苦しがってるんです……!だから───」 メルがゆっくりと美紀のカタチをした霊に近づいてゆく。 俺は─── 凍弥 「だめだ……やめろ!それでもまだ美紀は居るんだろ!?     可能性を捨てる方法なんて間違ってるじゃないか!そんなの許さないぞ!」 メル 「解らないんですかっ!?彼女はあなたとの時間に全てを費やしたんです!     彼女をもう……っ……!楽にしてあげてください……!」 凍弥 「───っ……でも……でもよぅ……!!」 笑ってたんだ。 大会があるって。 頑張らなきゃって。 それなのに───! 凍弥 「美紀ィッ!!」 俺はたまらずに走った。 だが───それを引き止める力があった。 凍弥 「ッ!?」 浅美 『───……っ!!』 凍弥 「浅美……!?なに……なにすんだよ!離せ!このままじゃ美紀がっ!!」 メルが美紀に近づいた上で、鎌を振り上げる。 美紀は消滅への恐怖か、震えるだけで動こうとはしなかった。 凍弥 「やめっ……やめてくれメル!頼む!やめてくれぇーーっ!!」 俺は叫んだ。 喉が焼けるように熱くなるほどに。 だがメルは悲しそうな顔で俺を見て…… メル 「……ごめんなさい」 美紀の体を……その鎌で切った。 美紀 「ッ……!!あ、あぁああ……!!」 ザンッ、て音が鳴って……美紀の体が歪む。 文字通りの死神の鎌が、美紀のカタチを消してゆく。 凍弥 「美紀ィッ!」 黒い影がボロボロと崩れてゆく中で…… 美紀の表情が、やわらかな……でも悲しい顔になってゆく。 美紀 「やだ……やだよ……!凍弥くん……!凍弥くぅん……!」 そんな美紀が泣きながら俺に手を伸ばした。 凍弥 「美紀ィイイッ!!くっそ……!離せ!離してくれ浅美ぃ!!」 浅美 『───……ッ!!』 浅美を振り解こうとする。 が、浅美は涙を散らしながらも俺を離そうとはしない。 凍弥 「離せ!離せぇぇええっ!美紀!美紀ぃいっ!!」 美紀に向かって手を伸ばす。 だが距離が離れていて届きもしない。 それなのに美紀は苦しそうに歪んでゆく。 浅美 『もうやめてくださいっ……!あの人はもう……美紀さんじゃないんです……!』 凍弥 「うるさい!あいつが泣いてるんだ!離せ!離してくれ!」 浅美 『凍弥さんっ……!!』 無理矢理進もうとしても、浅美はその霊としての力で俺の動きを止めている。 いくら手を伸ばしても、その伸ばされた手には届かない。 美紀 「痛い……痛いよ……!凍弥くん……どうしてわたし……!     ただ……普通に暮らしたかっただけなのに……!」 凍弥 「美紀……!」 美紀 「みんなに会いたいよぅ……。シュウ……おとうさん……おかあ……さぁん……」 涙を散らしながらそう呟いて……やがて、美紀は消滅した。 俺はまるで目の前が真っ白になったような感じがして…… ただ呆然として、その現実を必死に否定しようとした。 だけどそうすればそうするほど……現実は現実として俺の心を蝕んだ。 ───……遠く。 だけど近く……懐かしい夢を見ている。 一緒に並木道を歩いた、短くて楽しい夢を。 凍弥 「もしさ、生まれ変わるとしたら、何になりたいと思う?」 美紀 「生まれ変わり───どうしたの?突然」 凍弥 「幸せ探しも見方が変わるかなってな」 美紀 「あ、そっか。そういう考え方もあるね」 俺の馬鹿みたいな質問に、美紀は真剣になって考え込んだ。 だけどすぐにパッと笑顔を見せて答えてくれた。 美紀 「わたしっ」 凍弥 「うん?」 美紀 「朝村美紀は、生まれ変わっても朝村美紀になりたいよ」 凍弥 「……参考までに、それはどうしてか聞かせてもらえるか?」 美紀 「うんうん、知りたがりの凍弥くんらしいね」 黙って頷いておけばいいのに、俺は『ほっとけ』なんて思って。 だけどそんなことを思ってる内に、あいつは俺を見て言った。 美紀 「わたしさ、他の誰かになるなんて考えられないよ。だってさ───」 空を仰いで、手を広げて。 美紀 「わたし、この世界が大好きだもん。     友達が居て、家族が居て、未来があって、わたしとしての過去がある。     そんな現在に、わたしが居る。……他の誰かになんかなりたくないよ」 凍弥 「……そっか」 俺は素っ気無く返事を返して前を向いた。 その時に見たあいつは微笑んでいた。 俺もつられるように笑って、ゆっくりと歩き出した。 美紀 「ねぇ凍弥くん?」 凍弥 「うん?」 そして俺が彼女の横に並んだ時、あいつは俺の顔を覗くようにして言った。 美紀 「わたしの初恋の相手、誰だか知ってる?」 その時、美紀の悪戯っぽい笑い声が耳に残ったんだ。 俺はさ、少し呆然としてから訊き返したよ。 『誰だ?』って。 そしたらさ。 美紀はこれまで見せたこともないような顔で……頬を染めながら言ったんだ……。 ───『わたしね、凍弥くんのこと……ずっと見てたよ』、って……。 ……風が静かに吹いていた。 穏やかな風が吹く中で俺は涙で情けなくくしゃくしゃになった顔で、 その景色を馬鹿みたいに呆然と見送って─── ただ……桜の幹に残った涙の跡を見て…… 彼女が本当に居なくなってしまったことを知って…… 凍弥 「あ……くっ……!ぅ……あぁあああああああああああああっ!!!!」 まだ俺を抑えながら泣いている浅美のことも、 俺を見ながら悲しそうにしているメルのことも見ないで─── 木の幹に滲んで消えてゆく彼女の涙を見て……大声で涙した。 涙は枯れることなんて知らないみたいに流れ出て、俺の呼吸を苦しめた。 苦しくて、悲しくて。 ただ3年離れて……久しぶりに会えた時には彼女はもう……─── 凍弥 「ああぁぁ……うぁああああああっ!!あぁああああああっ!!」 ───地面を殴りつけた。 何度も、何度も。 拳の痛みなんて気にならない。 そんなものより悲しさの方が強くて、何かに当たらなきゃ冷静でいられなかった。 ……やがて夜が近づいて……急激に自分の中が凍り付いてしまった時。 俺は自分でも覇気が無いと思うような声で浅美を離し、ただゆっくりとその場を離れた。 ───……。 …………。 凍弥 「………」 陳腐な公園の、その中にあるブランコ。 小さな子供用のそれに座って、漕ぐこともせずにただ地面を見ていた。 見るということもまるで自覚もなく、本当は地面さえも見ていないのかもしれない。 凍弥 「……美紀……」 思い出すことはあいつの笑顔ばっかりだった。 悲しい顔なんて思い出せなくて……ただ幸せそうに笑ってるあいつばかりが……。 凍弥 「…………」 そうして俺の喉が沈黙を望んだ時。 音も鳴らさず、何かの気配を感じた。 影が俺の視界に入り込み、そこに誰かが居ることが解った。 その気配を受け止めた上で、俺はその名を口にした。 凍弥 「メル、か……」 メル 「………」 俺は視線を持ち上げようとはしなかった。 持ち上げた時点で、メルに何をするか解らなかったから。 凍弥 「……何か用かよ」 メル 「……ごめんなさい」 凍弥 「ッ……!謝るくらいならっ……!」 ギリ、と拳が軋んだ。 でも……冷静にならなきゃいけない。 メルはやりたくてやったわけじゃないって解ってる。 解ってるなら……抑えなければいけない……。 解ってる、そんなことは。 でも理屈じゃない。 どうしようもない気持ちってゆうものが確かにある。 だけど…… 凍弥 「……っ……」 だけど俺は……抑えられずに立ち上がった。 キッとメルを見て……そのまま彼女を抱き締めた。 メル 「えっ……?」 苦しくて仕方が無い。 涙を抑えることが出来ずに、幾筋もの涙がメルの服に消えていった。 凍弥 「……美紀はさ……頑張り屋だったんだ……」 メル 「………」 凍弥 「子供の頃なんかドジでマヌケで……両親に怒られてばっかでさ……」 懐かしむように笑った。 でも……その笑い声は詰まってしまって、俺は自虐するように鼻で笑った。 凍弥 「でもさ……あいつ、一生懸命変わろうとしてさ……。     勉強も料理も頑張ってみたけど全然ダメでさ……。     だけど運動だけはなんとか頑張って……推薦まで選ばれてさ……。     今度さ……大会があるんだ、って……張りきってたんだ……。     それで……それ、で……っ……これから……だったのに……!」 涙が溢れる。 散々泣いた筈だったのに、涙は枯れてはくれなかった。 凍弥 「ちくしょう……!どうして……!ちくしょう……!」 苦しみから逃れたくて、俺はメルを抱き締める手に力を込めた。 メル 「あっ……!?」 メルが苦しそうな声を上げる。 だけど振り払おうとしないのは……罪悪感からくるものなのだろうか。 メル 「ごめんなさい……悲しませてしまいました……」 凍弥 「謝るな……!あいつは……幸せを探すために天国に行ったんだよ……!     謝ったら……謝られちまったら……!     あいつが消えたこと……受け入れられねぇよぉっ……!」 メル 「凍弥……さん……」 子供のような泣き声だった。 大切なものを無くして泣き喚く子供のような涙。 泣くことで全てを吐き出せたらどれだけ楽だろう。 だけど楽になってしまったら、 俺はもう彼女のために悲しむことは出来なくなるんじゃないかと。 そんなくだらないことを考えた。 くだらないなんて思ってるくせに……俺はそれを笑い飛ばすことが出来ない。 それは大切なことだから。 くだらないなんて、自分に嘘ついてまで笑えるわけがない。 だから……泣くことしかできなかった。 メル 「凍弥さ……」 凍弥 「くっ……うぁぁあ……!」 メル 「………」 子供みたいに泣く俺。 普段背伸びしてるくせにこんなことになったら自分を制御出来なくて。 子供の頃から泣かないように頑張ってた俺は、最近になって涙というものを知った。 誰かのために消えた人のことは辛い。 幼馴染の死はこんなにも辛い。 その辛さがいつまでも喉の奥に詰まってるみたいで、嗚咽が治まることがなかった。 メル 「───」 そんな俺の頭を撫でてくれる人が居た。 ただ黙って、何も話さずに俺の髪をゆっくりと撫でてくれる存在が、すぐ傍にあった。 凍弥 「………」 泣く子供をあやす行為。 そんな行為に心がゆっくりと穏やかになれる俺は、子供なんだろうかと考えた。 ……いずれにしろ、いつまでも悲しみを抱いているわけにはいかないのかもしれない。 解ってる、そんなことは。 凍弥 「………」 俺はメルから離れて、涙を拭わずに真っ直ぐメルの目を見た。 凍弥 「……忘れない」 メル 「え……?」 凍弥 「俺が……美紀のことを忘れない……。     だからもう……そのことで誰かを恨んだりしない……」 メル 「……ごめんなさい」 凍弥 「謝るなよ……」 メル 「わたしがあなたをそこまで追い詰めてしまったんですよね……」 凍弥 「関係ない……。メルは最善の方法を選んでくれたんだ……。     受け入れるには時間がかかるけど……そう、思えるようになるから……」 メル 「………」 メルは何も喋らなかった。 だけどしばらく沈黙が続いたあとでゆっくりと口を開いた。 メル 「わたし……創られた死神だったんです」 凍弥 「メル……?」 メル 「冥界では異端としてしか扱われないで、ずっとひとりでした。     でもある日、この世界に送られて、地界の人に拾われて───     多少だけど人と話せるくらいになって……     でもふと気づいても周りに友達なんて居ませんでした……」 凍弥 「………」 メル 「だけどひとりだけ。たったひとりだけわたしと一緒に居てくれる人が居ました。     その人はわたしを恐れることもなく、一緒に居てくれました。でも……」 ……… メル 「……雨が降ってました。雷が鳴ってて、先の方が見えないくらいの大雨の日。     その人は信じられないくらいの凶行に走ったんです。     なにかを叫びながら他人の家の窓ガラスを割って……。     最初、それがどうしてなのかまるで解りませんでした。     こんなことする人じゃないのに、って。     だけど───その日の前日にシェイド様から言われていたことがありました。     それを思い出した時……ああ、そういうことかって思ったんです」 凍弥 「………」 メル 「……シェイド様がわたしに言ったことは……     『その人の魂を浄化させろ』というものでした。     浄化というのはさっきの美紀さんと同じようにしろってゆうことで……     わたし……嫌だって言ったのに……」 凍弥 「メル……」 メル 「大雨が降り荒ぶ中、わたし……その人……切っちゃったんです」 凍弥 「───……」 メル 「その人……泣きました。どうして、って。     わたし……泣くことしか出来なくて……ただごめんなさいって謝って……。     その人が消えるまで……ずっとその人の泣き声聞いて……わたしも泣いて……。     そんなこと……もう無いって……思ってたのに……っ……」 凍弥 「メル……」 メル 「ごめんなさい……!ごめん……なさい……っ……!!」 凍弥 「っ……」 くそっ……! なにやってんだよ俺……! 凍弥 「………」 でも。 今、何言っても自分の心を喋れない気がした。 だから───彼女を離して…… メル 「凍弥さん……?」 凍弥 「悪い……しばらく……ひとりにしてくれ……」 その時になって初めて涙を拭って……その場から逃げるように駆け出した。 メル 「凍弥さんっ!」 呼び止めようとする声も無視して駆けた。 拭っても出る涙は変わらなかった。 ───宛ても無くがむしゃらに走り続けた。 悲しみから逃げたくて、嗚咽を拭い去りたくて。 やがて辿り着いた場所で、俺は倒れた。 凍弥 「ぐぅっ……!」 痛くはなかった。 でもすぐに立ち上がろうとはしないで、仰向けになって空を見上げた。 そこには星空と一本の木が見えた。 凍弥 「……ちくしょう」 その空を見上げて……小さく呟いた。 凍弥 「助けて……やれなかった……!     ちくしょう……!ちっ……く……ちくしょうぅ……っ!!」 涙で目の中に反射する星々の輝き。 綺麗と感じるわけじゃない。 ただ眩しくて。 夜風が俺を撫でる景色の中、俺は……目の上に腕を置いて、思いきり泣くことにした。 Next Menu back