───馬鹿者どもが夢のあと───
椛  「つまり……?」 一通りを話して訊かせると、朧月はそう言った。 確認をするように息を飲み、俺を見る。 凍弥 「つまり、俺は幽霊にもなれるし、人間にもなれるバケモノになったわけだ」 椛  「………あの、先輩?」 凍弥 「凍弥でいい。で?」 椛  「はぁ……あの、つまり凍弥先輩は、全世界の能力を使える素質を得たと……?」 凍弥 「そんな大袈裟なもんじゃないと信じたいけど、どうやらそうらしい。     信じられるか?人ひとりにハンパじゃない可能性があるなんて。     しかもその力を霊体に流すと実体を持つばかりか、     根拠の無い自信に満ち溢れるみたいだし」 椛  「………」 凍弥 「……うおう」 一気に喋る俺に戸惑う朧月に今更気づいた。 凍弥 「えーと……」 椛  「あの……それは人体に送ったらどうなるんでしょうか」 凍弥 「この力を?んー……正直どうなるかは解らない。     自信満々になるか、暴走するのか。まあ暴走ってのは無いとは思うけど」 椛  「───その力、少し譲ってもらえませんか?」 ───え? 凍弥 「おいおい、どんなことが起こるか解らないんだぞ?」 椛  「構いません。その力が霊体を見えるようにするのなら、     人が霊を見るように出来ると思うんです」 凍弥 「……でもな」 椛  「お願いします。もう浅美ちゃんを見失いたくないんです」 浅美 『椛ちゃん……』 ……。 凍弥 「……いいんだな?」 椛  「構いませんと言った筈ですが」 凍弥 「口が減らないなぁ……ま、いいか。朧月らしいし」 俺は朧月の目の前に手を掲げ、力を送るイメージを開く。 浅美 『……そうですよね、ヘンなんです。家系の人って大体は霊が見えるのに、     死神寄りの椛ちゃんが霊を見ることが出来ないなんて……』 美紀 『家系、っていったっけ?それってどんな家元なの?』 浅美 『月の家系。過去の名前は月の末裔って呼ばれてた。     遠い遠い昔に死神と契約して融合したことから能力を得た血筋なの。     元は【月光力】ってゆう、とんでもない力を得ていたんだけど、     子孫を残す度にその力は薄まって、ひとつひとつの能力を持った家系になった。     その中で【弦月】と【朧月】は相反する力って唱えられてて、     弦月は魔人の血が濃く、朧月はそれを消す力が濃い筈だった』 美紀 『……よく解らないね』 浅美 『うん、家系の人以外には理解しにくいと思うよ。     ……でも───うーん……椛ちゃんの場合【朧月】に産まれたのに、     死神の血が濃かった所為で魔人寄りになっちゃった例みたいなの。     死神の血を打ち消す方向に【朧月】の能力が働いてくれればよかったんだけど、     椛ちゃん自身が能力を嫌っていた所為で死神にその能力を取られちゃったの。     暴走してからはわたしが取り込まれることで死神を抑えてたんだけど……』 美紀 『ごめん、もういい……結局解らなそう……』 浅美 『そうかな』 ……どうでもいいが人の傍で喋るのはやめてほしい。 集中出来ない。 凍弥 「……よし、と」 それでも能力を送ったことを確認すると、俺は息を吐いた。 凍弥 「どうだ?浅美と美紀が見えるかな」 椛  「……ちょっとおぼろげですけど」 凍弥 「ちょっと送るくらいじゃダメか。よし、それじゃあ───」 俺はさっきの要領で朧月に力を送る。 ……ちなみに、その時点で自分が人間である自覚なんてどこかへ行ってしまった。 凍弥 「どうだ?」 椛  「えと……ハッキリ見えます」 凍弥 「……そか」 ぽてり。 気を抜いた途端、俺の体が屋上に倒れる。 浅美 『凍弥さんっ!?』 凍弥 「あ〜……そういや自覚無しで能力を使いすぎるなって、     リヴァイアに釘刺されてたっけ……」 やばいな、立ってられない。 浅美 『普通の人間として生きてきた人が、急にそんなことするからですよ!     お節介もほどほどにしないと……!』 凍弥 「でもさ……友達同士が近くに居るのにお互いが見えないなんて酷だろ……?」 浅美 『……それでも、ほどほどにしてください……。     それでもし死んじゃったらわたし達も消えちゃって、     それこそ酷じゃないですか……』 凍弥 「……そこまで思考が回らなかった」 ───……あー、ダメだ……意識が遠退く……。 美紀 『凍弥くん!?』 浅美 『凍弥さん!』 まるで世界が真っ暗になるように、俺が見ていた景色が暗転した。 視界にはさっきまで空に輝いていた太陽すら見えず、 自分の目がおかしくなったんじゃないかとさえ感じる。 そう思った途端、俺の意識はブラウン管の電源が落とされたかのように完全に途切れた。 ───……。 ゾボボボボボ。 ゾボ。 ズズズー……ゴトン。 浩介 「むふう、やはり掻き揚げうどんは美味ぞ」 どんぶりを置き、息を吐く音。 米も捨て難いが、やはり我はうどんぞ。 浩之 「学食にもとんこつラーメンを入れるべきだと思わんかブラザー」 浩介 「知らんな、我は掻き揚げうどんさえあれば幸せだ。     これで目の前に座るのが貴様ではなく椛ならば文句などないのだがな」 浩之 「おのれブラザー、それは我のセリフであるぞ」 浩介 「知ったことか。……それより盟友はどうしたのだ?     今朝から見掛けないが」 浩之 「知らぬ。彼奴めは最近付き合いの気が薄い気がする」 浩介 「むう……それはそうかもしれぬが、     彼奴が変わったのではなく、周りの所為であろう。     彼奴は困った者を優先させるからな」 浩之 「だからといって、我らが困ったところで助けてくれると思うか?」 浩介 「当然だ。同志はそういうヤツだ。だからこそ盟友にしたのではないか」 我がそう唱えるとブラザーはニヤリと微笑み言葉を放つ。 浩之 「フフフ、どうやら考えは同じようだ」 浩介 「うそつけ」 浩之 「なにぃ!?」 その言葉に無慈悲なツッコミを入れると、ブラザーが吠える。 浩介 「まあ貴様のことなどどうでもいい。それより盟友だ。     昨日の今日でサボるとは思えんのだが」 浩之 「屋上ではないか?彼奴ならばあそこに居る可能性が高いだろう」 浩介 「フッ……浅知恵に流されてみるのもたまにはよかろう」 浩之 「……今日のブラザー、キツイぜ……」 ───かくして、我らは屋上へと向かうことになった。 昼は長い、どうとでもなるであろう。 ───……さて、屋上前である。 浩介 「準備はいいかブラザー」 浩之 「待て、お肌の身だしなみがまだだ」 浩介 「おお、言われてみれば」 我は懐からコンパクトを取り出しボグシャア!! 浩之 「キャーッ!?」 浩介 「ブラザー貴様!いつの間にこのようなモノを我が懐に入れた!」 浩之 「コンパクトを投げつけた上で言うことがそれだけかブラザー!     そもそも貴様だって我の懐に携帯微塵切りニンニクを───なにぃ!?」 ブラザーが懐から微塵ニンニクを取り出して驚愕する。 浩之 「……これはとんこつラーメンを食す頃に平和利用させてもらうとしよう」 小さな小瓶を懐に仕舞い直し、ニヤリと笑みをこぼすブラザー。 悟ったなブラザー。 浩介 「さあ行くぞブラザー!たのもぉおおおおっ!!」 ドアノブを勢い良く回し、その先へ駆け出した。 が。 志摩 『なっ……!』 そこで見たものは、倒れた盟友の傍に寄り添うように座る椛の姿だった。 それを見た瞬間、我らの意識は驚くべき同調を成功させた。 浩介 「ブラザー!」 浩之 「おうとも!」 我とブラザーは一直線に盟友の傍へと駆ける。 やがて盟友の傍まで駆けた我は、先を走るブラザーの背を踏み台にして空を舞った。 浩介 「スーパーダイビングセントーン!!」 ドボォッ!! 急所を避けた重力が盟友を襲う。 それに続けてブラザーがムーンサルトプレスをする。 が、───盟友は無反応だった。 浩介 「……やや?」 浩之 「妙だぞブラザー。同志がなんの反応も示さん」 浩介 「寝ているのであれば目を覚ますのだが───ま、まさか!?」 嫌な予感が頭をよぎる。 浩介 「ブラザー、脈だ!脈拍を計れ!」 浩之 「がってんだブラザー!」 ブラザーが腕を掴んで落ち着ボグシャア!! 浩之 「キャーッ!?」 浩介 「己の脈拍計ってどうするのだ馬鹿が!!同志の脈だ同志の!」 浩之 「言っている暇があるなら貴様が計ればよかろうが馬鹿が!!」 浩介 「なんだとブラザー!」 浩之 「やる気かブラザー!」 我とブラザーは立ち上がり、間合いをゴッッ───グシャアッ!! 浩介 「なっ……!」 ブラザーが間合いを取るためにバックステップを披露した途端に大地に沈んだ。 馬鹿な……しぶとさがウリの(?)ブラザーが……!? 浩介 「………」 落ち着いてその後ろに居る影に注目する。 その影は─── 椛  「……意識の無い人に───……」 椛だった。 しかもなにやら怒っているようだ。 椛  「なんてことを───するんですかっ!」 浩介 「なっ!?消え」 ドゴグシャアアッ!! 浩介 「ギャーッ!」 椛が消えたように感じた途端、我は屋上に倒れ、バウンドした。 ……どうやら殴りつけられたらし───い………………ゔ……。 ───……。 浅美 『……椛ちゃん、ちょっとやりすぎなんじゃ……』 椛  「やりすぎなんかじゃない」 浅美 『でも……なんか痙攣してるよ?』 椛  「生きてる証拠」 浅美 『うう、怖いよぅ……』 変異したままの目で、凍弥さんを診ている椛ちゃんの周りが歪んで見える。 ああ、すごい殺気だ。 相当に怒ってる。 浅美 『………』 でも……そうだよね。 朝に倒れてからこの昼まで、ピクリとも動かないんじゃ心配にもなるよ……。 息はしてるけど、怖いくらいに動かない凍弥さん。 まるで植物人間みたいに眠っている。 浅美 『───……まさか、ね』 能力の酷使で脳の回線が切れたなんてことは無いと思う。 もちろん不安ではあるけど、悪い方を考えるのはなるべくやめよう。 美紀 『家系の力ってゆうのでなんとかならないの?』 浅美 『わたしの能力が月生力とかだったら良かったんだけど……』 美紀 『……ごめん、言っておいてなんだけど、     【げっせーりょく】とか言われても解らない……』 浅美 『いろいろと癒す力のことだよ。不思議だよね、     死神って悪いイメージしか浮かばないのに癒す力があるなんて』 美紀 『あ……そう考えると妙だよね。死神に癒しの力って想像つかないよ』 それだけじゃなくて、 死神自体が闇だというのに月聖力なんかの破邪能力があるのも不思議だ。 ……思うんだけど、死神と融合を果たした人も、 元々普通の人じゃなかったんじゃないだろうか。 破邪の家元だったとか……て、神社とか営んでたとか? 浅美 『………』 そういえば、晦神社って随分永く建ってるって聞いた。 でも……まさかね。 美紀 『それよりもどうしようか。凍弥くん起きそうにないけど』 浅美 『それが問題なんだよね……』 美紀 『それと───』 ちらりと倒れているお馬鹿さん達を見る美紀ちゃん。 その後、間も無く搾り出される溜め息は相当呆れている証拠だと思う。 美紀 『───ホント、変わってないんだなぁ……』 浅美 『え?』 美紀 『この街の人。特にわたしの知ってる人は何も変わってないよ。     ……うん、背が高くなったこと以外は何も……ね』 浅美 『それって……精神が成長してないってことなのかな』 美紀 『……そうなるかも』 懐かしそうな顔をしていた美紀ちゃんの顔が曇る。 というよりは……うん、やっぱり呆れてる。 美紀 『でも、わたしは嬉しいよ。     凍弥くんのお節介もコウくんやヒロくんの馬鹿なところも、     本当に全然変わってないから』 浅美 『うわ……本当に昔からこんな無茶なことしてきたんだ……』 美紀 『凍弥くんのお節介がいつから始まったかはもう覚えてないんだけどね。     ───……懐かしいなぁ。     わたしもよくコウくんとヒロくんと一緒に馬鹿やってたんだよ……』 浅美 『………』 想像出来ない。 こんな大人しそうで、恋に恋するような人が……このお馬鹿さんたちと───!? だ、だめだ……頭痛くなってきた……。 美紀 『? どうしたの?頭痛?』 浅美 『ひやっ!?あ、えと……う、ううん、なんでもないの、なんでも……』 美紀 『そう?』 浅美 『うん……なんでも……ないよ、うん』 ……やっぱり想像出来ない。 でも───例えばコースケさんみたな行動を美紀ちゃんがとったとしたら───!? ───…… 美紀 『ウドン!ウドン!モミジ!モミジ!』(注:想像) ……───NO! 有り得ない無理絶対無理似合わない噛み合わない確実確定確立! 浅美 『………』 美紀 『?』 ちらりと見てみると、不思議そうにわたしを見るその目と合った。 その顔には『幸せ』の二文字が滲み出ていて、 無粋なことを言って野暮するのも躊躇われた。 というか、する気すら失せる。 ……元々無かったけど。 浅美 『凍弥さんも気になるけど、わたし達はお馬鹿さんの様子を見てよっか』 美紀 『───』 わたしの言葉を意外に感じたのか、ポカンとした感じでわたしを見る美紀ちゃん。 だけどしばらくしてクスッと笑い、笑顔で頷いてくれた。 やがてぼ〜っと時間を捨てるみたいに呆然とする。 椛ちゃんに殴りつけられたふたりは、 痙攣は治まったものの、動かないのは相変わらずだった。 ようするに退屈なんだ。 だけど───……こんな風に時間の経過を感じるのはどれくらいぶりだろうか。 ただそれが懐かしいって思えた。 ───カチリ。 どこかで雑音を聞いた。 真っ暗な世界はいくら目を擦ってみたところで変わらない。 完全な漆黒と静寂の中、ただ雑音のみが聞こえる。 とても小さいのに、それだけしか聞こえないことが嫌に気持ち悪い。 音が鳴る間隔はとても長い時もあれば、連続して落ちる雨のように速い時もあった。 人間の感覚ってやつは厄介なもので、小さな音でもいつかはそれが大きく聞こえてしまう。 普段なら困る要素なんて見つからないというのに、今回ばかりはそれがなかった。 闇。 闇だ。 この右も左も下も上も同じ景色しか見せてくれない世界の中、 音だけが聞こえるのは神経によくない。 カチリ、カチリ、カチリ。 規則や法則なんてものも無い音はいつまで経っても絶えることはない。 単純な音なのに、ずっと聞いていると気持ち悪くなってくる。 ───時々見る夢の中に居る間隔に似ている。 見渡す限りの水晶が浮いている部屋に立たされ、 そこから動くことも叫ぶことも出来ない状況。 その部屋では水晶以外には何もなく、ただ真っ白な世界だ。 キィイイー……ン、という耳鳴りに近い音が聞こえる、ただそれだけの世界。 長く、そして永い時間をかけてようやくそれが夢だと気づいた途端、 その世界は必ず崩壊する。 夢から醒めるだなんて、そんな幸せな終わりなんかじゃない。 いつだってそれは爆発……いや、やはり崩壊で終わる。 自分の手の平に信じられないくらいの『恐怖』という『熱』がこもり、 やがては爆発して自分が手の平から消滅してゆくのが解るんだ。 正直、気が狂いそうになる。 夢の中なのにだ。 怖くて仕方が無い。 自分が消える感覚が解るんだ、それも当然かもしれない。 だけどなにより怖いのは『消滅する感覚』を知ることが出来る筈のない人間が、 その時はそれが『消滅する感覚』だと思えることかもしれない。 しかも───自分は消滅したっていうのに景色だけは見える。 そして自分はその世界を見るんだ。 自分と同じように消滅してゆく世界を。 これが怖くないとしたら、他に何も怖くないだろう。 夢の中でさえ吐き気がするほど怖いんだ。 消滅する世界に巻き込まれて肉を焼き、骨を溶かし、最後に人とは思えない声で叫ぶ人。 その全てが知らない人だっていうのに、何故かその人達は自分を見るんだ。 叫んだ拍子に内臓が口から出てくるんじゃないかって思うくらいに悲痛な声をあげて。 夢は、俺が目覚めるまでその景色を延々と見せる。 ───そしてようやく起きた俺は……必ず泣いているんだ。 手が夢の中に居た時みたいに凄く熱いんだ。 胸から込み上げてくるような吐き気の感覚がしばらく抜けないんだ。 それが恐怖じゃなくて一体なんだ? その場で赤子や子供みたいに叫べればどれだけ楽だろう。 いっそ狂えてしまったらそれで楽になれたのかもしれない。 だけど……人間ってやつはやっぱり上手く出来ているらしい。 理性がそんな行為を許してはくれないんだ。 その理性を超えた人や、人としての防衛に飲まれた人が───狂えるのだろう。 俺はその夢を見るたびにそう思っていた。 ───カチリ、カチリ。 もう、何時間こうしてこの音に耳を傾けていたんだろうか。 無視をすることも出来ない自分の感覚を疑う。 唯一の感覚情報を無視することも出来ない人間は、やっぱり弱いものなのか。 いつだって助けを求めて伸ばしていた手も、ただ自分が伸ばしていると思っているだけだ。 感覚もなければ、それを掴んでくれる存在もない。 けど……もし掴んでくれる存在があったとして、果たして俺は冷静で居られるだろうか。 姿も───いや、人間であるかさえ解らない存在にその手を掴まれて、冷静で─── ───思考だけが自由であるこの世界で、ふと音が止まっていることに気づいた。 耳障りな音が無くなったというのにこの心細さはなんだろう。 無意味にイライラして、かと思えば不安になり、怖くなり。 なんでもいいから気持ちを紛らわせるものが欲しかった。 でも口を開いても何も声は出ない。 いや、口を開いたという感覚でさえ虚ろすぎる。 ……だから思う。 この世界はどうかしてる、って。 夢なら醒めてほしい。 ───そう思った瞬間だった。 ───カチリ。 その音が再び鳴った。 それと同時に、あの夢のように手に熱がこもる。 メキメキと軋むような音を立てながら、まるで焚き火が燃えるように焼ける感覚。 そんな矛盾ばかりを集めたような何かが、俺の体を蝕んでゆく。 こんな時だけどうしてっ───! そう叫んだ。 だけどどうしようもない。 これが始まって無事でいられたことなど一度も無いのだから。 都合よく『今日だけは大丈夫でした』なんてことがあるほど、この夢はやさしくない。 だけど思う。 ……こんな時だけどうして、と。 どうして自分が消える時だけ、自分の体が見えるのか。 夢ってゆうのはこんなに残酷なものだっただろうか。 夢ってゆうのは人の願望もあるものじゃないのだろうか。 だとしたらこの夢は一体、誰のものなんだろうか─── ───……。 椛  「───あっ!」 浅美 『? どうかした?』 聞こえた声に振り向くと、椛ちゃんが凍弥さんを見て驚いていた。 しかもその表情は普通じゃない。 慌てて傍に寄ってみると、凍弥さんの様子がおかしかった。 汗を出して、苦しそうにうめいている。 椛  「今、突然苦しみだして───」 浅美 『………』 だめだ。 わたしが診たって何が解るというんだろう。 とにかく保健室か何処かに───……えっ!? 椛  「───今……」 浅美 『う、うん……』 今、凍弥さんの手が消えかけた。 もしかして、凍弥さんの存在が消えかけてる───!? 浅美 『ど、どうしよ!このままじゃ凍弥さんがっ!』 声  「そーゆーことならアタイにお任せーッ!!」 美紀 『誰ッ!?』 美紀ちゃんが屋上のてっぺんを見上げる。 今では椛ちゃんの特等席みたいな場所であるところ。 そこにはひとつの人影があった。 真上に上る太陽の下、妙なポーズを取っている人影。 ……しかもどこからか音楽が聞こえてきてるし……。 ───。 じゃちゃーんちゃちゃー、じゃちゃーんちゃちゃー、ちゃかちゃっちゃ、 ちゃーらっちゃ、ちゃーらっちゃ、ちゃららっちゃーん! 彰利 「弦月彰利ィ!推ッ参ッ!!とーう!」 バッ! 美紀 『と、飛んだっ!』 奇妙な音楽とともに彼は飛びました。 クルクルと体を丸めて前方回転しつつ、ついには屋上の大地を踏みしめゴキィッ! 彰利 「───……ッッ……!アーオ!アーォオオオオオオッ!!」 ……足を挫いたみたいです。 ゴロゴロとローリングクレイドルしてます。 わたしはその彼の傍に歩き、小声で言います。 椛  「……一体何しに来たんですか……。     同じ血族だって思われたくないから早々に消え失せてください……」 彰利 「うお!?大人しい顔してキツイお言葉!でもまあそう言うなよウーメェ〜ン。     アタイにかかればこのようなこと、些事にしかすぎませんぜ?」 彼の顔は真剣……そうに見えなくもありません。 どのみち他に方法がないのなら任せるしかないようです。 椛  「……そこまで言うなら……任せますけど……」 彰利 「うっしゃあそう来なくっちゃ!えーと、で、これが噂の消える手ですか。     うおう、ホントに薄っすらですなー……握手(アクセス)」 きゅむ、と。 彼は先輩の手を握りました。 そしてうんうんと頷きます。 彰利 「FUUUM、実体はあるみたいザマスね。ひとまずは安心と。     で、直し方ザマスが───」 浅美 『直し方が解るんですか!?』 彰利 「お嬢、この俺様を誰だと思ってやがる。     時折ウィタリアに茶ァしばきに行きたくなる男、弦月彰利ぞ?     というわけで、パパレポパパレポドミミンパ♪キリングハートで……ベホイミ♪」 パァアアア…… 彰利 「………」 浅美 『ちっとも治りませんよ?』 彰利 「それじゃあ俺はこれで」 ガシッ。 美紀 『待たんかい』 彰利 「イヤアア!なんか声の質が変わってますよ!?」 浅美 『治せるんでしょう……?きっちり治してから消え失せてください……!』 彰利 「うはぁん!思いっきり使い捨て系統に送る言葉だーっ!キミ外道!かなり外道!」 浅美 『貴方が治せるって言ったんでしょう!?ウィタリアの茶しばき男の底力、     ここで見せずに何処で見せる気ですか!』 彰利 「何処って……じ、自室?」 浅美 『アホですかーっ!!』 ドパァーン! 彰利 「ギャウッ!」 浅美 『あ、あれ?触れる……』 彰利 「殴っといてそれだけ!?……フフフ、まあ俺様が説明してやろう。     このメェーンがこの状態にあることで、     貴様に送られている奇跡の魔法とやらの効力が薄れているのだ。     ホレ、悪霊とかって理不尽に人に触れるじゃん?それと同じよ。     貴様の存在がそれはもう限りなくあの世行きに近づいてる証拠YO!」 浅美 『何がYO!ですかぁあああっ!!』 ボッゴォッ! 彰利 「キャプリコーン!?」 美紀 『ふざけてる場合じゃないでしょうがぁーーっ!!』 ボギャア!! 彰利 「ダニーッ!?」 ……やがてふたりに私刑(リンチ)をされてゆく彼を無視して、 わたしは先輩の様子を見ることにしました。 このままにしておくより、誰かこういうことに詳しそうな人に訊いてみた方が─── 椛  「……おじいさま」 悠介 「うん?」 椛  「おじいさまの力で治してあげられませんか……?」 悠介 「無理だ。創造の理力を使えば、逆にお前がこうなる。     彰利の力でも治せないんだ、この状況は深刻なものだ。     それを創造の理力で治すとすると、相当な体力の消耗が想像できる。     そんなことをしたら、元々人としての魂が少ないお前は死ぬ可能性だってある」 椛  「───!で、でも」 悠介 「でも魂の創造の時は大丈夫だった、だろ?あれはこいつが傍に居たからだ。     不思議なものだが、こいつの近くは力が増すんだ。     家系の力でさえ増幅させる『場』を持ってる。     当然、創造の理力だって容易になる。     だが───今はその『場』の力自体が弱まっている。     その状態で創造の理力を発動させたら命を作るどころか、お前が消える」 椛  「………」 悠介 「俺は実体が無いようなものだからな。体力を糧にする理力は使えない。     代わりにお前の体力を糧にするしかないんだ。     だけどお前には人としての魂の許容量が極端に少ない。     死神としての許容量が多過ぎる所為だ」 椛  「それがどういう関係が……?」 悠介 「……俺は魔人の再発を恐れて、人間側の魂の創造しかしてない。     つまり、お前の魂は普通の半分以下しか無いんだ。     それも手伝って、お前に疲労を感じない程度の消耗で創造が出来た。     だが今の状態で大きな創造をしてみろ、本当にお前が耐えられない」 椛  「そんな……」 ショックでした。 最近自分が疲れやすいとは思っていたけど、そんな理由だったなんて……。 彰利 「それを逃れるためにはアタイと禁断の恋に」 ガシッ。 彰利 「ギャア!?」 浅美 『いつの間に逃げたんですか……!話はまだ済んでませんよ!』 美紀 『ギャアギャア喚いてないでこっちに来るの……!』 彰利 「イヤァ助けてぇえっ!     出来心やったんやぁーっ!!てゆうか治ると思ったのよー!」 浅美 『大体なんで貴方が奇跡の魔法と凍弥さんの関係のことを知ってたんですか!』 彰利 「フッ、こんなこともあろうかと盗聴」 美紀 『盗聴!?』 彰利 「ギャアなんでもない!なんでもイヤァアアアアアアア!!引きずらないで!     や、やめて殴らないでゲブボッ!け、蹴るのもダメェーッ!!」 ……引きずられていって、 所定の位置でボコボコにされる彼は……やっぱり無視することにしました。 所定の位置というのはさっきまで居た場所のことです。 悠介 「ま、あいつは無視するとして。とにかくそういうことだ。     こいつの知り合いに話してみるしかないだろう」 椛  「そう、ですよね……」 でも、どうやって運ぼうか。 学校に呼ぶわけにもいきませんし……。 彰利 「フフフ、そういうことは俺に任せんさい」 いつの間にか隣に居た彼が自分の胸をドカァンと叩きます。 彰利 「ホゲェーッホッ!ゲホッ!ゴホッ……!」 ……と思ったら、ミゾオチを打ったみたいです。 その景色の向こうでは浅美ちゃんともうひとりの人が驚いていました。 本当にいつの間にこっちに来たんでしょうか。 悠介 「……お前さ、その自信ってどっから来るんだ?」 彰利 「アタイの脳からYO!みよ!我が究極のロストムーンフォース!!     本俸初公開、月空力!!開けアラビアンゲートォオオゥッ!!」 悠介 「アラビアンゲート出してどうする気だ!     って───月空力!?もうマスターしたのか!?」 彰利 「オウヨ!オウヨー!!もう俺ってば最強!最強すぎてもう最強!意味わからん!」 悠介 「そりゃこっちのセリフだ!」 彰利 「何を言うダーリンこの野郎!どのセリフを言おうがアタイの勝手でしょ!?     というわけでアブラカタブラファイナルドギューンパーンチ!!」 ドギューーーーン!! 彼が空に向けて拳を振るうと、そこから大きな光が放たれて空に穴を作りました。 彰利 「異翔転移!おいでませリヴァイアさーん!!」 Next Menu back