───遠い昔の記憶を辿り いつかを思う神の歌 神の子として生まれた彼女は幸せを求め 永い旅を続け そんな折に幾度となく流す血の色こそ 彼女が生きた証なり けれど欲するは証などではなく ただひとつの未来 神として扱われ 能力ばかりを頼られ やがて滅ぶ村 だけど人のやさしさ 人として見られることが嬉しかった神の子は ───ただひとりの男性を 愛し続けた─── ───時の歯車───
気になることがあった。 天界に行く前に美紀が残した『千歳飛鳥(ちとせあすか)』という名。 誰のことか解らないが、その名を憶えていてほしい、と。 少しのことなら柾樹や夕……つまり、凍弥の両親が知っているという。 あいつがお節介になるきっかけや、ある一定の線を越えようとしない理由。 それがそこにあるという。 遥一郎「………」 だから俺はその親……柾樹と向き合っている。 苦痛に顔を歪めるように、目の前に座る柾樹は言い辛そうにしていた。 柾樹 「飛鳥のことは……誰から聞いたんだ?」 遥一郎「美紀からだ」 柾樹 「美紀?だが美紀は……」 遥一郎「長くなるから、俺が精霊だからってことで適当に頷いてくれ」 柾樹 「……ああ」 やがて柾樹はゆっくりと口を開いた。 柾樹 「飛鳥はな……凍弥の初恋の相手だ。     凍弥よりひとつ下なのに大人びていて、困ってる人を放っておけない子だったよ。     そんな印象からかな。凍弥は飛鳥のことを『おねえちゃん』と呼んでいたよ」 遥一郎「だった、ってことは……やっぱり」 柾樹 「ああ。もうこの世に存在していない」 柾樹は諦めているように溜め息をついた。 柾樹 「凍弥は飛鳥の後ろばっかり付いて回ってな。かわいいものだったよ。     おねえちゃん、おねえちゃん、ってな。どっちが年上だか解らんよ」 遥一郎「………」 柾樹 「飛鳥も凍弥が初恋の相手だったらしくてな、     結婚しようとまで言ってたんだ。マセガキだろう?」 柾樹はククッ、と笑った。 だが……その表情は笑っているようには見えなかった。 柾樹 「だがな。飛鳥は心臓に病をもっていた。現在の医学でも治療不可能なものだ。     移植できるものもなく、飛鳥はあっという間に世界から見放されたよ。     それでも不幸中の幸いとでも……言えるのか。     飛鳥が倒れた時、手の打ちようが無いということで飛鳥への面会は許された」 ……ようするに、別れの挨拶ってことだろう。 柾樹 「けど、会いに行った者たちは凍弥以外、追い出された。     親でさえ、だ。飛鳥がそう言ったんだ。凍弥とふたりきりに、って」 遥一郎「それで……?」 柾樹 「その時に凍弥がなんて言われたかは解らない。     ただ、病室の外で待っていた俺達は、凍弥の泣き叫ぶ声を聞いて病室に戻った。     ……その時には、もう飛鳥は亡くなっていたよ」 遥一郎「………」 柾樹 「それから飛鳥は火葬され、墓の下で眠りについた。     凍弥は……それからずっと、狂ったように泣き続けたよ。     そして……その二日後くらいだったか。凍弥は変わった。     自分のことを『俺』と呼ぶようになったり、泣くことも無くなった。     なにより、困った人を助けるようになったんだ」 ようするに、お節介発動か。 柾樹 「『何かがが見える』って言い出したのもそのあたりだったかな。     しばらくはそんな困った人の味方だったけど……     ある日、突然自分の名前を嫌い出した。     その理由は、まあ……叔父さん……いや、     亡くなった人と同じ名だということを俺が話したからだ。     その頃から乱暴者になってな。手がつけられなかったよ。     だが俺と思いっきり喧嘩したとある日、     お前とサクラを連れて、あいつは帰ってきた。     その表情は……もう、乱暴な顔じゃなかったよ。もう安心だって思った。     だが……」 遥一郎「だが?」 柾樹 「………」 言葉を区切るには長すぎる沈黙。 だが、柾樹は俺の目を見て口を開いた。 柾樹 「ひとつだけ、重要なことが残ってたんだ」 遥一郎「重要なこと?」 なんだ?想像がつかない。 柾樹 「飛鳥の死から二日後、凍弥は飛鳥のことを忘れていたんだよ」 遥一郎「………」 柾樹 「子供が……いや、人が実行する、心を守る能力だ。     恐らく飛鳥の死が辛過ぎたんだろう。     あいつは飛鳥に関する全てを封印して、現実から逃げ出したんだ」 遥一郎「それは仕方なかったことじゃないのか?」 柾樹 「あいつが認めてやらなきゃ飛鳥は納得出来やしないさ。     子供なりに真剣だったのは、俺がよく知ってる。     確かに子供心には必要なことだったかもしれない。だが……」 遥一郎「……まさか」 柾樹 「……ああ。凍弥はな、その日からずっと逃げている。     逃げながら、偽りの記憶に今までの人生を書き込んでいってるんだ」 遥一郎「じゃあ、逃げ出すことをやめたら……あいつは今の記憶をそのまま受け取るか……」 柾樹 「偽りの前の、子供の記憶に戻る、と。俺はそう思ってる」 いや……どうなんだろうか。 その頃の凍弥になったとして、あいつは生きる希望を持てるか? そこに絶望しかないのら、あいつは消えることに…… 柾樹 「あいつはな、飛鳥のことを忘れる代わりに自分の中に飛鳥を作ったんだ。     困った人を助けるお節介も、大人びようとしていたところも。     みんな飛鳥の性格だった。それを演じることで、あいつは逃げたんだ」 遥一郎「………」 柾樹 「飛鳥のことが深層意識にあるからかどうかは解らないが、     あいつは女とは必要以上に親しくなろうとはしない。     どんなに気になっても、好きにならないんだ。     だから……あいつを好きになったヤツは悲惨だぞ。絶対に実らない」 遥一郎「そうか……」 納得がいった気がした。 確かにあいつは女性をそういう目では絶対に見ようとしなかった。 親しくはなっても、それが必要以上になると途端に距離をあける。 普段通りなのに、どうしてもそこには壁が見える。 いつか、美紀がそう言っていた。 だが…… 遥一郎「なぁ。凍弥は本当に忘れてるのか?」 柾樹 「なに?」 遥一郎「俺はあいつが人を忘れて逃げるようなヤツには思えないんだ。     たとえそれが、慕っていた人の影響を受けた性格だとしても」 柾樹 「………俺には解らない。     時々思うんだ、あいつはヒドく冷たい目をする時がある。     それはなんてゆうのか……物事を逆手にとられて冷めるってゆうのか……」 遥一郎「………?」 柾樹 「忘れたにせよ覚えてるにせよ、もうあいつは十分に苦しんだんだよ。     子供の頃にひどい思いをして、     それでも成長してからも恋が実らないなんてあんまりじゃないか。     だから俺はあいつに、どんな娘を連れてきても許すって……。     あいつが好きになれたなら、言うことなんて祝福以外にあるわけがない……」 ……親、か。 いいもんだな。 遥一郎「そうか……悪かった、妙なこと訊いたりして」 柾樹 「気にするな。飛鳥のことを知れば、訊きたくなるのは当然だ」 遥一郎「……あ」 ふと気がついて、俺は柾樹に訊ねることにした。 遥一郎「千歳飛鳥は……亡くなる前に、凍弥に何を言ったんだ?」 柾樹 「別れの言葉だった、って聞いてる。凍弥が泣きながらそう言ってた」 遥一郎「そうか……」 溜め息を吐いて、俺はその場を離れた。 考えることがありすぎて落ちつけたもんじゃない。 ……俺が思うに、凍弥の周りには凍弥のお節介の所為で、 少なからず凍弥に興味を持っている娘が結構居るように感じる。 ということは…… じゃりりりりりりりんっ! がしょん! 凍弥 「………」 来ちまった。 とうとう朝が来ちまった……。 どうして思考回路が乱暴なのかは俺の体に……訊かないでくれ。 凍弥 「………」 沈黙のままで、彰利がオモシロ半分に置いていった姿見の前に立つ。 ……すっきりしたボデ〜ラインに、胸にある凹凸。 そして以前より険の剥がれた、スッキリとした顔。 ……極めつけに、どうしてか伸びやがってる髪の毛。 そのどれもが俺を絶望の淵へと追いやる。 凍弥 「あの……神様?俺ってなにか悪いことしましたか?」 今日という今日は本気で涙が出てきた。 そしてふと気がつくと、姿見の中で天上を仰ぎながら手を組み合わせて泣いている俺。 うあ……すっげぇ無様……。 凍弥 「いい……俺、もうヤケになりますよ?」 そう、これは神に対する挑戦状だ。 どうせ空回りに終わるだろうが、このままではこの理不尽気分全開の心は落ち着かない。 凍弥 「……俺……女……もう……ヤケ……」 ───……よし。 ではまず適当に女らしさでも振り撒いてみますか? 凍弥 「……ふむ」 俺はその場でヒラリと優雅に演舞してみせて、スッ……と可愛らしくキメてみた。 凍弥 「オエッ!」 ダメだ。 どう足掻いたって男であった俺が自分を美しいなどと思えるわけがない。 てゆうかヤケっぱちになりすぎてる。 人生まで捨てる気か俺。 凍弥 「……いーや、ようするにこの胸の凹凸をなんとかすりゃいいわけだ」 変わってしまっている自分の声を他人の声のように流し、 俺はひとまず制服に着替えることにした。 ゴソゴソ……と 遥一郎「凍弥〜、朝だぞー」 凍弥 「へ?キャーッ!?」 突如、与一が部屋の中に現れていつものように声をかけてきた。 で、俺は服を脱いでいたわけで。 凍弥 「ひ、ひどい……もうお嫁にいけない……」 せっかくだから遊んでみることにした。 遥一郎「……遊んでないでとっとと着替えろ」 凍弥 「あ、解った?」 いきなりバレた。 つまらん。 遥一郎「あのなぁ、女になったって、どうせ胸が出てきただけなんだろ?     それくらいで動揺してちゃあ、     ラブラブバカップルが告白しに来る桜の木の精霊なんてやってられないよ」 凍弥 「………」 俺はその言葉に深い絶望を憶えた。 遥一郎「……凍弥?」 凍弥 「……アノサ。ソレガネ……?」 で、なんか泣けてきた。 遥一郎「え……お前まさか、……マジか?」 凍弥 「………」 俺は頷くしかなかった。 つまり、俺は名実ともに……って言うのも泣けるが、体だけは完璧に女なのだ。 凍弥 「まあそんなわけだ……。それとさ、出来れば出てってくれ。     なんか非常に泣けてくる……」 自分以外に女であるこの体を見られたくないっつーかなんつーか。 いかん、結構ストレス溜まってるかもしれん。 遥一郎「言われんでも消えるわ……って、なぁ凍弥」 凍弥 「うん?なんだよ」 遥一郎「お前さ、もし……」 もし? 遥一郎「……いや、なんでもない」 凍弥 「惚れた?」 遥一郎「気絶するまで殴りますよ?」 凍弥 「ほんの冗談だって」 そう言った次の瞬間、もう与一は消えていた。 凍弥 「…………は〜……」 そして俺は自分の体を見てマジ泣きした。 遥一郎「お前さ、本気で学校行くつもりか?」 凍弥 「家に居たくない気分なんだ」 遥一郎「なんでまた」 凍弥 「いや……傷口が広がるってゆうか……ほら、俺ってここで女に変貌しただろ?」 遥一郎「あ〜……」 与一が物凄く疲れた声で頷いた。 それとともに納得してくれたのか、 サンドウィッチ入りのバスケットをよこして『いってこい』と送り出してくれた。 ───……で、鈴訊庵を出た時、それは起こった。 夕  「あら、凍弥」 凍弥  <キャーッ!?> 心の中で大いに絶叫。 事情を知っているとはいえ、親にはこんな姿を見せたくないものだ。 夕  「学校、行くの?」 凍弥 「……家に居たくないから」 暗黒めいた声を搾りだしたつもりが、口から出るのは高めの綺麗な声。 夕  「…………でも、それ、男ものの制服でしょ?」 凍弥 「当たり前だろ、それ」 夕  「視線、集めるわよ?」 凍弥 「………」 夕  「女の子が男ものを、だなんて」 凍弥 「大丈夫だよ……女になった、なんてバレなきゃいいんだ」 夕  「胸、誤魔化しきれると思ってるの?それに髪も顔も声も」 凍弥 「………」 夕  「母さんに任せてみない?悪いようにはしないから」 凍弥 「う……か、かあさぁあああああああああん!!」 泣いた……。 俺はこの時、母さんが聖母のように見えて、すがりつくように泣いた……。 ───……そして再び泣く。 信じるんじゃなかった。 夕  「わー……」 凍弥 「………」 俺は滝のように流れる涙を拭うこともせず、姿見の前に立たされていた。 修道院生みたいな制服に、頭の上にちょこんと乗せられた帽子。 母さんが学生時代に着ていたものなのだという。 そう、つまり。 俺、女装……。 泣き止めない。 泣き止めないよ……母さん……。 夕  「今だから言うけどね、母さん、女の子も欲しかったの」 凍弥 「………」 夕  「双子だったらなー、とか思ってたんだけどね。     まさか凍弥が女の子になるなんて」 凍弥 「………」 夕  「でもカワイイね……。ちょっと羨ましいかも」 実の『息子』に対してなにトチ狂った見解を述べてやがりますか母上殿。 夕  「はい、これで胸を気にすることもないよ」 最後に俺の唇にリップクリームを軽く滑らせ、母さんは俺の背中をポンと叩いた。 凍弥 「うぐっ……う、うぅううう……」 夕  「凍弥?」 凍弥 「うああああああ……」 俺は泣いた。 マジで。 理解者が出来たと思ったら、その人こそ最大の敵であったような悲しみだ。 夕  「ほーら、そんなに泣かないの。女の子にとって涙は武器なんだから」 凍弥 「泣かずにおられようか……」 だがこうしていても遅刻するだけだ。 覚悟を決めねばなるまい。 凍弥 「……もういい、ガッコ行くよ俺……」 夕  「わたし」 凍弥 「へ……?」 夕  「俺、じゃなくて、わ・た・し」 凍弥 「………」 すげぇ。 この人、ここまで俺を泣かせておいて、さらに追い討ちかけるってのか。 俺は昔、こんな人に盾突いていたのか。 フフ……俺も青かったなぁ……。 夕  「……凍弥?     そんな何千年も生きた人が人生について考えるような遠い目をしないでよ……」 凍弥 「……俺……いや、わたし……学校に行ってきます……」 ……もう、諦めよう。 傷ついた心に現実の波は破壊力がありすぎるよ……。 女、女だ……わたしは女なんだ……。 凍弥 「……ららら〜ら〜ら〜ら〜……ら〜ら〜……ららら〜……」 テイルズオブデスティニーのジャンクランドの音楽を口ずさみながら歩く。 それほど心が荒んでしまった。 てゆうか諦めモードに入ってしまった。 今ならいつまででも泣ける自信があった。 ……だって…… 椛  「………」 前方に朧月が居るんですもの……。 幸いこちらには気づいてないけど……うう……。 凍弥 「……救われないなぁ……」 ちなみにジャンクランドのテーマは朧月を発見した時点で止めました。 凍弥 「それにしても……」 スカートってのはどうにもこう……なんていうんだ? スースーってゆうかなんてゆうか……。 普段ズボンを履いている男としては、まるで下は何もつけてないような感覚だ。 視線がスカート部分に向かいがちですし。 ……でも、世代は変わっても制服は変わらないんだな。 そこのところは安心した。 凍弥 「ま、いいや……このまま何事も無く済めば」 そう呟きながら曲がり角を曲がった時だっドカァン! 凍弥 「ッ!」 声  「いてっ!」 どっかで聞いた声とともに、俺は尻餅をついた。 相手は走っていたらしく、勢いがついていたためにこっちとしては目がチカチカしてる。 声  「おい、どこ見て歩いて……やべっ!女だ!」 声の主は俺を女と見て慌てていた。 で、ようやく目のチカチカが治まった頃…… 風間 「だ、大丈夫か!?だ……あ……」 凍弥  <………> 俺を見下ろす風間雄輝が居た。 風間 「………」 凍弥 「………」 風間は俺を見て呆然としている。 そりゃそうだ、こいつなら俺に気づいても無理は 風間 「あ、あのっ……あの!名前を教えてもらえますかっ!?」 凍弥 「……はい?」 うわ、どうしよう。 こいつ気づいてねぇや……。 凍弥 「………」 えーと……無視しよう。 大体、ぶつかっといて謝ることもせずに別のことを持ち込むなど……たわけとる。 風間 「え?あ、ちょっと……!」 さっさと歩き出した俺を見て、風間は俺の腕を掴んできた。 ……ちなみに、俺はこういう自分本意そうな行動も大嫌いです。 てわけで 凍弥 「ふっ!」 ブォンッ! 風間 「へっ……!?」 風間を合気の要領で投げ飛ばした。 風間は背中からアスファルトに落ち、少し噎せる。 その隙に俺はさっさと歩くことにした。 ……さて、学校である。 毎度毎度、朧月の人を避ける態度には感謝できる。 俺と風間の悶着を気づきながら、さっさと歩いていってくれるとは。 おかげで進みやすかったです。 感謝。 というわけで───屋上である。 凍弥 「他にやることなんてないし」 そう呟いてベンチに座る。 ふと見上げてみれば、石屋根の上に寝転がる朧月。 が、何を思ったのか起き上がり、俺の方を見た。 椛  「……凍弥先輩じゃない……けど」 女チックになったとはいえ、俺の顔が気になる様子の朧月サン。 スタッ、と飛び降りて、たとたとと近寄ってくる。 ああ、神様。 どうしてこういう人達って普段人を避けるくせに、こんな時だけ寄ってくるんでしょうか。 人類の神秘ですか? 椛  「あの。あなたの名前を聞かせてもらって構いませんか?」 凍弥 「………」 どうするよ。 ……あ、いや、俺ってば女になりきるって決めたじゃないか。 だったらせめてその状況を楽しもう。 ポジティブだ。 というわけで……普段使わない嘘でも使ってみますか。 凍弥 「わたしは霧波川冷子といいます」 椛  「霧波川冷子……霧波川……」 うむ、掴みはまずまずだ。 冷子 「実は生き別れの双子の兄を探してこの学校に……」 椛  「双子……兄……!?」 ますますOKだ。 椛  「そ、それで、あの……お兄様の名前は……!?」 冷子 「霧波川凍弥といいます」 椛  「!!」 朧月の背後に雷鳴が轟いた気がした。 椛  「ちょっ……ちょっと待ってください!どうして生き別れたんですか!?」 冷子 「あの……話に脈絡を持ってください。     さきほどから質問の趣旨が変わりすぎているような気がするんですが……」 椛  「あ、えと、ご、ごめんなさい……っ!」 いえいえ、見てて面白いからいいですけど。 あ、ちなみに冷子ってのは俺が凍弥だから。 凍えると冷えると掛けたわけですね。 や、捻りの無い名前で申し訳無い。 冷子 「実はわたしは……赤子の頃、ひとさらいに遭ったんです」 椛  「ひとさらい……?」 冷子 「はい。ですがその、さらった人……つまりわたしの育て親になるんですが、     その人は子供を産めない体だったため、そんなことをしたそうです」 椛  「………」 冷子 「確かに育ててくれたことには感謝していますし、わたしの育ての親でもあります。     ですがわたしは……その時に居たもうひとりの赤子、という話が気になって」 椛  「成長してから探しに来たんですね?」 冷子 「はい。幸いにして家はすぐに見つかって、先ほど本当の両親に会ってきました。     ですが……兄は既に出たとかで、会うことすら……」 椛  「そうだったんですか……」 朧月は親身になって聞いてくれた。 俺は逆に申し訳無い気分だ。 だが……よくもまあここまで嘘を吐けたものだ。 日頃抑えつけてるからかな? 椛  「解りました」 冷子 「はい?」 椛  「わたし、お手伝いさせてもらいます」 冷子 「え……えぇ!?」 計算外!まさかこんなことになるとは! 冷子 「そんな……今会ったばかりの人に、そんなこと……」 椛  「凍弥先輩はわたしの恩人ですから、その妹さんなら恩人の家族です。     会ったばかりだなんて関係ありません」 冷子 「………」 まいった。 真っ直ぐですよこの娘の瞳。 成長したな……朧月よ。 わしゃあ嬉しいぞえ。 椛  「……なんか今、失礼なこと考えませんでした?」 冷子 「めっそうもないです」 考えを読むとでもいうんでしょうか。 かなり驚きましたよ? 椛  「とにかく、恩には恩で酬いるのが当然です。     わたしはあなたに協力しますから」 冷子 「………」 どうしよう、こう言われると朧月に申し訳ない。 んー……うん、悪いけどここは辞退してもらおう。 冷子 「もしかして、友達が多いんですか?それとも情報に強いとか……」 椛  「うぐ……」 言っちゃ悪いがそのどちらでもなさそうな朧月は言葉に詰まった。 ……それに上乗せするように、こちらも罪悪感に襲われる。 ごめん、朧月。 椛  「いえ、あの……友達は居ないし、だから情報にもうといから……えと」 冷子 「………」 椛  「でも、わたしだけでも凍弥先輩を探すことは出来ますから。     あの人はどうしようもないくらい救いようのないお節介ですから、     困った人が居れば出てきますよ」 冷子 「そ、そうですか……」 そうですか……俺、そんな風に見られてたのね……。 ちょっぴりショックですよ朧月サン。 椛  「だから、えっと……」 冷子 「冷子です。霧波川冷子」 椛  「冷子さん、でいいですか?」 冷子 「呼び捨てでも構いませんよ?」 椛  「いえ、冷子さんでいいです。わたしは朧月椛といいます。椛と呼んでください」 やはりそう来たか。 だがダメです。 名前じゃ呼びませんよわたしは。 冷子 「───兄さんの知り合いなんですよね?」 椛  「え?あ、はい一応」 冷子 「兄さんはあなたのことをなんて?」 椛  「……苗字で」 冷子 「そうですか。それじゃあわたしも苗字で呼ばせていただきますね」 椛  「あう……」 なんてゆうか、どうしても朧月って名前で呼ぶのを躊躇われる。 言ったら何があるだとかは知らないけど。 多分、志摩兄弟と同じ呼び方をしたくないだけだとは思うんだが……。 椛  「お願いですから名前で呼んでもらえませんか?苗字、あまり好きじゃなくて……」 冷子 「だめですよ、苗字というものは血筋以外での親との繋がりなんですから。     それを放棄するのは親に対して失礼です」 椛  「あう……さすが兄妹……」 以前、似たようなことを言って朧月を怒らせたものだが…… 一応は憶えていてくれたらしい。 冷子 「え?兄さんも同じようなことを?」 椛  「はい……あなたもやっぱりお節介だったりしますか?」 冷子 「そういうものは自覚がないものだと思いますけど」 椛  「……そうですよね」 なるべくお節介は控えてみましょうか。 男バージョンとは逆になってみるのも面白いかもしれない。 ───……キーンコーンカーンコーン………… 椛  「あ……授業始まりますよ?」 冷子 「えと……実はですね。わたしこの高校の生徒じゃないんです。     だから授業に出ると逆におかしいからいいんですよ」 椛  「でもその制服……」 冷子 「本当のお母さんがここの卒業生なんです。それで、兄さんを探すために変装を」 椛  「……大変ですね」 少し驚いた表情をする朧月。 椛  「あ、じゃあずっとここに居るんですか?」 冷子 「そうしようと思ってます。兄さんが家に居ないのでは帰っても意味がないので」 どこにも居ませんけどね。 椛  「それがいいと思いますよ。凍弥先輩、よく授業をサボってここに来ますし」 冷子 「そうなんですか?」 椛  「はい。朝は早いのに、どうしてか授業には出ないみたいで」 冷子 「おかしな人なんですね」 椛  「そうですよね、おかしいですよ……って、あれ?冷子さん?」 ……面と向かって言われると結構ショックでした。 それにしても…… 冷子 「………」 椛  「?」 朧月、随分と笑うようになったな。 こんなに話してくれるし───最初の頃とは段違いだ。 椛  「あの、わたしの顔になにかついてますか?」 冷子 「え?あ、いえ……いい笑顔で笑うんだなぁ、って思って」 椛  「!」 うあっ!もしかしてまた殴られる!? そういやこの前、このパターンでバチィイイインッ!と…… 椛  「わ、わたし……笑ってました?」 オヤ?きませんね。 もしかして自分自身でも意外だったとか? 冷子 「はい、カワイイ笑顔でしたよ」 椛  「っ……!」 グボンッ!という効果音が合ってそうなくらいに真っ赤になる朧月。 ……ヤバイな、なんかやたらとカワイイんですけど……って、 そういえば俺がこんな風に思ったのってあれ以来朧月だけなんだよな。 冷子 「………」 それってもしかして……ラヴ、ですか? 冷子 「ッ……!そ、そういえば兄さんのことを恩人って言ってましたけど!     それってどんなことがあったんですかっ!?」 思考を消すように捲くし立てた。 自分の暴走を落ち着かせるためだ。 俺が朧月のことを好きになったって……アホか!んなワケあるか! なんだってそんなことを考えてるんだ俺は!恥を知れ! 椛  「そうですね……」 朧月はゆっくりと深呼吸することで赤く染まった顔を落ち着かせ、語り出す。 椛  「凍弥先輩が居なければ、     今のわたしは居なかったと言っていいくらい、ですかね」 冷子 「え……あの、大袈裟では?」 椛  「これでも控えめですよ?」 冷子 「え……?」 控えめですか? そもそも『今のわたしは居なかった』を上回る言葉なんてあるんですか? 椛  「……凍弥先輩はわたしにいろいろと思い出させてくれたんです。     人と話すことの楽しさや何かで笑うこと。     そして誰かを大切に思う気持ちを……あの人は思い出させてくれました。     ……ふふっ、本当にお節介なんですよ?     こっちが突き放しても、弾んで戻ってくるみたいに」 冷子 「あ……もしかして兄さんは迷惑だった……とか?」 椛  「そんなことないです。感謝してもしきれないくらいですよ。     恩返しが出来れば、って、いつも思ってるくらいです」 ……そんなこと、気にすることないのに。 冷子 「兄さんは恩返しとかそういうの、好まないらしいですよ?     自分は勝手にやっただけだって言うと思います」 椛  「解ります。本能でお節介してそうですから、     自分が善行をしたことすら気づいてないでしょう。間抜けなのか頭が悪いのか」 いや、それは言い過ぎ。 椛  「でもいいんです。これはわたしの気持ちですから。     先輩のお節介が、ちゃんと人を救えてるって言いたいんですよ」 朧月はそう言って、照れくさそうに笑った。 その顔がまた……─── 冷子 「……───」 ヤバイ。 なんかヤバイ。 普段見せない分、笑顔がすごくカワイイ。 な、なんなんだ……!?このよく解らん厄介な気持ちは……! 冷子 「グウウ……ムムウ……!!」 椛  「あ、あの……冷子さん?     コメカミに夥しいくらいの青筋が浮きあがってますけど」 冷子 「い、いえ……なんでもありません……!」 椛  「でも、なんだかとっても雄々しかったですよ?」 冷子 「なんでもありませんから……!」 一瞬、朧月に手が伸びかけた。 伸ばしきったらなにするつもりだったのか見当もつかん。 堪えねば。 堪えねばならぬのだ……! たとえこれが恋であったとしても、俺にはそれを受け入れられる度胸がないんだから。 冷子 「………」 椛  「冷子さん……泣いてるんですか……?」 冷子 「え……?」 言われるまで気づかなかった。 言われた時にはもう、涙が制服に滲んでいた。 冷子 「……飛鳥……」 椛  「え?」 きっかけがあった。 それはとても小さなきっかけ。 自分が人にウソをつきたくなかった理由。 それはただ、飛鳥がウソをつくことを嫌ってたからだ。 忘れたフリをして飛鳥の真似事をずっとしてきた俺はには、ウソが許されない。 そう、自分に言い聞かせてきた。 だけど……そんなものは元から腐っていた。 忘れたフリをした時点で、俺はもう泣いていたんだから。 冷子 「……ごめん、朧月」 椛  「え?」 冷子 「俺、実は……」 全て話してしまおうと思った。 叩かれても構わない。 何を言われようが構わない。 俺はそれだけのことをしてしまった。 椛  「プッ……ク、ククク……」 冷子 「朧月?」 椛  「あはっ……!あははははははははははっ!!!」 が、何故か朧月は笑い出した。 声を大きくして、涙を浮かべながら。 そこまで来てようやく…… 『からかっていた』のではなく、『からかわれていた』ことに気づいた。 椛  「は、はっ……凍弥先輩、     ウソつくならもう少し演技を上手くしなくちゃいけませんよ?」 凍弥 「……やっぱバレてたか」 椛  「はい、途中からですけどね。     いくら双子だからといっても、仕草までは一緒にはならないと思ったんですよ」 凍弥 「じゃあ、俺がこんな格好なのはどうしてか推測出来たか?」 椛  「そうですね……トラブルに巻き込まれて女の子になってしまって、     家族にオモシロがられて女装させられた、とか」 凍弥 「…………」 スゴイですよこの人。 ピンポイントです。 椛  「図星ですか?」 凍弥 「図星です……」 悲しいなぁ。 悲しい風が吹いてるよ……。 椛  「でも本当に女の子になったんですか?ちょっと信じられません」 凍弥 「俺としては朧月が俺と砕けた語らいをしてることこそ信じられないけどね」 椛  「……そうですね。でも、さっき言った言葉にウソはありませんよ。     わたしは凍弥先輩に感謝していますし、それに……」 凍弥 「………」 ズキリ、と。 胸が痛み出した。 『それに』のあとに続く言葉を、俺は知っているから。 どうしてか俺は、人の『好意』というものを感じとってしまう。 だけどその『好意』がそれ以上成長することを許さない。 どう思われたって構わない。 俺は子供だったけど、本当に飛鳥のことが好きだったんだから。 だからゲームや小説だとかみたいに『新しい恋』ってゆうのが信じられなかった。 サクラに必要以上に冷たく当たったのだってそれが原因だったんだ。 今更……俺にどうすることも出来ない。 だから気づかないフリをするのが一番いいんだ。 凍弥 「………」 椛  「凍弥先輩?」 ただ、空が蒼かった。 あの日のようなこの空の下、俺は空を見上げながら涙した。 好きだった人が倒れた、熱い夏の日。 呆れるくらいに綺麗な蒼空の下で。 俺は……とても幸せだった。 椛  「ど、どうしたんですか?わたし、何かひどいこと言いましたか?」 忘れることなんて出来る筈も無く、新しい恋に走れることもない。 そんな中途半端な世界の中で、俺はずっと孤独だった。 いつしかサクラが俺を嫌いになってくれて。 だけど俺を見るその目が辛くて。 時折、自分はなにをしているんだろうって、馬鹿みたいに考えた。 だけど理屈じゃあ動けなかった。 飛鳥が死んだ時、自分の生きかたさえ見失ってしまった俺は飛鳥の生き方を真似て。 少しでも誰かの幸せを願って、少しでもその手伝いをして。 それでも……あとに残るのは遠くで俺を見つめる冷たい視線だけだった。 逃げればお節介を焼くのに、追えばそれ以上に逃げる。 そんな接し方をされたら、嫌いになるのは当然だ。 だけど仕方が無いんだ。 たとえ小さな命だったとしても、子供だったとしても、俺は…… Next Menu back