───次元遊戯───
彰衛門「う、むむ……」 ふと目が醒める。 彰衛門「む、むおお……」 軽く頭を振って、その現状を見るに…… 彰衛門「わぁ、まだ江戸だ」 夢オチはなかったようです。 まあそんなことは一度寝た時に解りきってたことですがね。 彰衛門「いや〜、寝るのが遅かった所為で既に昼のようですな」 首をコキコキと鳴らし、大樹から下界を見下ろした。 彰衛門「むう」 するとそこには、楓巫女の様子を見に来たであろう村人たちが集まっていた。 が、草木が邪魔していて入れないようだ。 ザマァみさらせ。 村人A「なんなんじゃあこりゃあ」 村人B「だから何度も言ってるだろ、これはあれだよ。     神の子が自分の寝所を自分でお作りになられたんだ」 村人C「するってぇと、俺達が入れねぇのは神の子が眠りを邪魔されないためか」 村人D「そういうこっちゃろ。さあ神の子はお眠りの最中じゃ。もう降りるとしよう」 村人E「そ、そうじゃな。この村に残ってくださると解っただけで十分じゃ」 ムラビトンどもは適当なことを言って降りていった。 彰衛門「……ふむ、どうやら楓巫女はまだ寝てるようだな。小僧はどうだ?」 アタイは木を少し降りて、小僧が居る自然の部屋を覗いた。 隆正 「………」 うむ、どうやら小僧もまだ寝ておるらしい。 彰衛門「さて、どうしたもんか……ぐふっ」 ぐふ? 彰衛門「ぶっ……くふふ……ふはは……!?」 あ、あれ……?なんか突然笑いが……!? 彰衛門「くほっ!ぐふふほはははははは!かははははははは!!     がはっ!な、なにごっ……ごははははは!!」 やべぇ!よく解らんが笑いが止まらん! 彰衛門「あ、も、もしかして寝る前に食った松茸か!?」 確かに俺の頭から生えたものが美味いだけで済むとは思えんかったが……! 彰衛門「ゲフッ!ゴフッ!……ほ、ほはははははは!     ど、どなたかー!ヘルプミーッ!!」 そんなアタイの願いも虚しく。 結局笑いが止まるまで誰も来やしなかった。 ───……けひゅー、けひゅー……。 彰衛門「か、かは……う……グウウムムウ……」 喉がカラカラです。 笑いすぎで腹筋がとても痛い。 まずは水分を……そうじゃ! 彰衛門「梨じゃ……梨を食うんじゃーっ!!」 アタイは大樹を登りきり、そこから裏山へジャンプした。 祭壇と山はそう離れておらず、ジャンプだけで十分届く場所である。 ……まあもっとも、家系の身体能力を基準にすればの話だが。 彰衛門「とーう!」 ずしゃっ! アタイは見事に着地し、梨の木へ目を向け───ギャア! 村人F「この場所にこんな木、あったじゃろうか」 村人G「不思議じゃのう……」 村人H「これも神の子の力じゃろうか」 村人I「男じゃわしゃあ……」 ムラビトンどもが梨の木に群がり、その果実に手を伸ばす。 彰衛門「おやめなさい!」 村人J「なんじゃあ?」 村人K「な、なにーっ!?」 村人L「お、おまえはーっ!!」 村人M「……だ、誰じゃ?」 村人N「男じゃわしゃあ……」 気づかれると思ったが、自然の風に揺られていたお陰で髪が下りていたようだ。 彰衛門「ふぁ〜ったくクソカスどもが……。     その木は神の子が生やした木であらせられるぞ。     貴様らのようなムラビトンが食していいものではないわ」 村人O「なんじゃとコラーッ!」 村人P「クソカスじゃとーっ!?」 村人Q「この木を神の子が生やしたって証拠でもあるのかーっ!」 村人R「男じゃわしゃあーっ!!」 彰衛門「お静まりなさい!神の子の御前……てゆうか御後であるぞ!」 村人S「なにわけのわからんことぬかしとんのじゃーっ!」 村人T「てめぇ何様のつもりじゃーっ!」 村人U「男じゃわしゃあーっ!!」 彰衛門「ともかく!     その木の実は貴様らクソカスどもが食べていいものじゃありません!」 村人V「そう言われりゃあ食べたくなるのが人間ってもんじゃ!」 村人W「俺の青春もなんぼのもんじゃい!」 村人X「これだけ生ってるんじゃからひとつぐらい食っても十分じゃろうが!」 村人Y「そうじゃそうじゃ!」 村人Z「男じゃわしゃあーっ!!」 こいつら徒党組んでる所為で、人に反発することしか出来ないモノホンのクズどもだ。 てゆうかさっきから男じゃわしゃあってうるせえ。 彰衛門「どうしてもそれを食すと言うのなら、     神の子の戦士である私を倒してからにしなさい」 村人衆『くたばれぇええええええっ!!!!!!』 彰衛門「ウヒョオオオオオッ!!!!????」 男衆が一気に襲いかかってきた! だが───甘いわ! 一気に闘えるのはせいぜい4〜5人じゃ!! 彰衛門「武器を持たぬ貴様らなど敵ではないわ!来るがいい!」 男衆がとことん攻撃してくる。 その何発が俺を捉えたが……うむ。さすがは堕落する前の働き者の人間。 攻撃のひとつひとつの威力が現代ッコとは比較にならん。 だが、所詮はそれだけぞ!我の敵ではない! 彰衛門「八極正拳奥義!波動旋風脚!!」 どっかぁーーんっ!! 村人Q&U『ぐわぁーーっ!!』 村人QとUが吹き飛び、その後ろに居たやつらも雪崩れ式に倒れてゆく。 そして俺はその隙を見逃さなかった。 彰衛門「天に三宝!日、月、星!」 ババッ! 彰衛門「地に三宝!火、水、風!」 ババッ!! 彰衛門「龍炎拳!」 ゴォッパァアアアアアアアアアアンッ!!!!! 村人P&R&S&V&その他『ぐあぁあああああああっ!!!』 村人の大半が吹き飛んだ。 更に、怯んだ村人どもの隙をついて印を結ぶ。 彰衛門「煉精化気煉気化神!くらえ!打透勁!!」 カァッ!ズドドドドドドド!! 村人Z「うべらべべべらぶべらべらっ!!」 打透勁(弱)をムラビトンZに集中射撃する。 彰衛門「ほれほーれほーれ!ほーれほれ!ほーれ!!」 ズドドドドドドド!ゴガガガガガガ!! 村人Z「ほげらごげげら!ぶべっ!ぶべらぶべべらぶべらべら!」 村人N「こ、このガキャーッ!」 村人I「男じゃわしゃあーっ!!」 襲いかかってくる男衆。 だがまず先に村人Iに 彰衛門「バッスー・ピンコオ拳!!」 グボォッ!! 村人I「グヘッ!!お、……男意気……万歳……」 ガクッ。 村人Iが力尽きた。 村人N「くたばれーっ!」 彰衛門「むっ!」 ガツッ! 彰衛門「ぐおっ!」 村人Nが振り下ろした棒キレが俺の頬を捉えた。 彰衛門「おのれ貴様、俺に傷をつけるとは……ぬ!」 ふと、とろりと血が流れた。 彰衛門「ち、血……俺の血……」 村人N「な、なんじゃあ!?血を見るのが怖ぇえのか!この腰抜けが!」 彰衛門「血……!いてぇよぉ〜っ!!」 村人N「なっ……」 ぱぐしゃあっ!! 村人N「ブゲッ!」 村人Nの顔面に張り手をブチかました。 その容赦無い一撃で彼は大地に沈んだ。 彰衛門「いてぇよいてぇよぉ〜っ!!」 村人衆『な、なんじゃあこいつ!血を見た途端に豹変しおったぞーっ!』 彰衛門「いてぇよぉ〜〜〜〜っ!!!!!!!」 ぱぐしゃごがしゃべきごきばきぼぐしゃごんがんごしゃぁっ!! 村人衆『ぎゃああーーーーーーーーっ!!!!!!!!』 ───その昼、裏山は梨の木の前に、村人たちの悲鳴が木霊した。 彰衛門「成敗!!」 ズビシィッ!と、気絶中の人山の頂点で決めポーズを取った。 そう、それはもう、トイレットペーパーを手に入れた龍造寺淳平のように。 彰衛門「ふはは!やはり俺がナンバーワンなのだ!……と、言いたいところですがね」 ここまで騒いじゃあ楓巫女が起きてしまうでしょう。 ひとまずこいつらを移動させないとな。 彰衛門「よし、転移して……むん!」 ───……。 彰衛門「あら?げ、月空力?」 ───……。 彰衛門「……あれ?」 月空力の反応が無い。 こりゃ……あれぇ? 彰衛門「………」 無言で梨の種を手に取る。 そして……念じた。 彰衛門「……ふむ、ちゃんと成長しますな」 じゃあ……ありゃあ? 何故か転移系が全く使えん。 彰衛門「ってことは……ギャア!暦間移動もできねぇ!?」 ってことは……ってことはぁあああ!! 彰衛門「俺、ずっと江戸の人ですか!?この大地に骨をうずめろと!?」 ───ギャア!!なんてこったい! 彰衛門「な、なんてこった……このままじゃあ悠介がゼノに……!」 そんな未来は想像したくない。 したくないが……! 声  「彰衛門〜?居るのか〜?」 彰衛門「!!」 いかん!この声は小僧じゃ! こ、こげな村人の気絶っぷりを見ては、あまりよろしくないでしょう! 彰衛門「月然力、重力操作!そしてぇえええっ!家系の腕力よ、今こそ猛ろ!     全てをブッ壊すほどの力よ!我が腕に宿れ!フルブレイクストレングスッ!!」 ムラビトンどもを抱え、遠くへ投げまくる。 そして落下地点に月然力・風を発動。 受けとめて下ろすようにして投げまくった。 彰衛門「───ラストォオッ!!」 最後のひとりをジャイアントスイングでフッ飛ばした。 彰衛門「……ふう、いい運動をした」 隆正 「あ、彰衛門」 彰衛門「ヨゥメェ〜ン、目覚めは最強かい?」 隆正 「めぇ〜ん?なんだそれ」 彰衛門「気にすんな。それより……うむ。メシにしよう」 隆正 「昼餉?あ、うん、そうだね」 梨を何個かもぎり、小僧に渡す。 俺は俺で、月然力を発動させてマツタケモドキを生やす。 隆正 「うわっ!頭にキノコが生えた!」 彰衛門「ほっほっほ、アタイに不可能の方が少ないというもっぱらの噂だ」 隆正 「よくわからないぞ」 彰衛門「まあ貴様の思考なぞ、そんなもんじゃろ」 隆正 「なんだいそれ」 馬鹿にされたことにも気づかず、小僧は首を傾げた。 彰衛門「小僧」 隆正 「ん、なに」 彰衛門「楓巫女はどうした?」 隆正 「まだ寝てる。よっぽど眠かったんだろうな」 彰衛門「そかそか、そんじゃあ……」 俺は辺りを見渡し、小僧にちょいちょいと手招きをする。 彰衛門「小僧!貴様にアタイの奥義を授ける!」 隆正 「お、奥義!?なんだよそれ!」 彰衛門「うむ、あの木刀はまだ持ってるな?」 隆正 「え?あ、ああ……ほら」 小僧が背中から木刀を取り出す。 彰衛門「着物の背中に仕舞っておったのか」 隆正 「彰衛門から貰った大事なものだし」 彰衛門「そうか。それでは……これから貴様には、     アバン流刀殺法奥義・アバンストラッシュを伝授する!」 隆正 「あば……?」 彰衛門「アバンストラッシュじゃ!こころせよ!     今回の伝授は今までのものとは比べ物にならんほど辛いものとなるぞ!」 隆正 「えぇ〜……?」 彰衛門「しのごのぬかすなぁっ!」 ドシュシュッ!バオバオッ!ビッ!ブバッ! でげででげででげでで〜ん♪ 彰衛門「うむ!よくぞこの辛い修行に耐えた!これで貴様はアバンの使徒じゃ!」 隆正 「げほっ……ごほっ……!は、はぁっ……な、なに……?」 彰衛門「アバンの使徒じゃ。ホレ、このアバンの印をあげましょう」 樹液と木で作った首飾りをかけてやる。 彰衛門「貴様は見事にじいやの手から巣立った!ということでここに印を立てよう!」 隆正 「巣立ったって……?」 彰衛門「もはや貴様に教えることはたぶん無いだろうってこと」 隆正 「……そうなのかな」 彰衛門「アバンストラッシュを覚えれば十分じゃ。     ……と、そうじゃ。よいか小僧」 隆正 「え……なに」 彰衛門「アバンストラッシュは楓巫女のために、貴様に伝授したものじゃ。     調子に乗るでないぞ、楓巫女のために使うことを許可するが、それ以外は……」 隆正 「うん。あ、でもさ。自分が本当に危なくなった時とかは?」 彰衛門「……ふむ。それは許可しますじゃ。ただ……」 隆正 「ただ?」 彰衛門「自分から危機に身を置くような行為をしたうえでの使用は禁止するぞ」 隆正 「う、うん……」 彰衛門「うむ。さて、と……」 頭のキノコを手に取り、ブラストで焼く。 彰衛門「小僧!これを食せ!」 隆正 「な、なんだよそれ」 彰衛門「キノコじゃ」 隆正 「……いい、俺この木の実だけで」 彰衛門「だめじゃ」 隆正 「じゃあ彰衛門が食べてみせてくれよ」 彰衛門「………」 隆正 「……そこで目を逸らすの、どういう意味?」 彰衛門「知らぬ」 適当に流して、俺はマツタケモドキを見た。 それをかじると、やはり美味かった。 彰衛門「そんじゃ、貴様にはやらん」 隆正 「う……いいよ、別に」 彰衛門「ほうかほうか」 モニュモニュとかじり、種を成長させて思い通りに木を精製する。 それを軽く切り取ると、木の鍋とお椀が軽くで出来た。 彰衛門「水」 月然力・水で鍋を満たす。 彰衛門「ブラスト」 そこにブラストを打ち込み、沸騰。 彰衛門「月然力」 キノコを生やして、それを除菌した上で鍋に放る。 しばらく沸騰を続けると、いいダシの出たキノコスープが完成。 スープっつーかお吸い物に近いが。 彰衛門「……む」 ズズ……とすすってみると……美味! 彰衛門「小僧、飲むか?」 隆正 「いらない」 彰衛門「即答ですか……じいやは悲しいかぎりですじゃ」 ま、確かにワライタケ系のマツタケモドキじゃあしょうがない。 彰衛門「ならば……むんっ!」 ぱしゃっ! お椀に月然力・水を作り、小僧に渡す。 隆正 「これは?」 彰衛門「水じゃ。喉乾いただろ」 隆正 「彰衛門って便利だよね」 彰衛門「……てめぇ今、アタイのことを猫型ロボットって思ったろ」 隆正 「だから、なんなんだよそれ」 そう言いつつ、小僧は水を一気飲みした。 彰衛門「あ!こ、これ!それは───」 隆正 「あっ……う、うああああああっ!?     な、なんだこれ……!頭がキィーンってする……!」 彰衛門「馬鹿モンが!それは冷却水じゃ!ちびちび飲まねばダメですタイ!」 隆正 「た、ただ普通に『水』としか言ってなかったじゃないかぁ……!うう……!」 彰衛門「馬鹿者!じいやはキッチリと『水じゃ』と言ったわい!」 隆正 「うぅ……やっぱり馬鹿だよ彰衛門って……」 彰衛門「馬鹿とはなんだコノヤロウ!」 ……っと、そろそろ楓巫女も起こした方がええじゃろ。 彰衛門「よし、楓巫女を起こしてきますか」 よっこいせと年寄りの真似をして立ち上がる。 隆正 「あ、お、俺が行ってくるよっ!」 彰衛門「なんと!貴様が行くとな!」 隆正 「どうしてそこまで驚くんだよ」 彰衛門「知らんよ」 首を軽く振る。 やがて疲れた中年男性のように手を軽く振り、任せましたぞ……と言った。 隆正 「あ、ああっ!」 小僧は元気よく走っていった。 彰衛門「おっほっほ、青春の風が吹いておるのぅ」 さて……ワシが出来ることはここまでじゃ。 メシも作った、邪魔者も排除した。 ワシの奥義のひとつも小僧に伝授した。 これで……ワシは己の時代へ変える旅へと……─── 彰衛門「小僧、楓巫女……じいやは幸せでしたぞ……」 大きな大樹にゆっくりと頭を下げ、アタイはその場を離れた─── その途端、アタイの体を眩い光が包み込んだ。 彰衛門「なっ!?こ、これは……月空力!?しかも暦間移動───!」 その光は問答無用でアタイを飲み込むと、あっと言う間にアタイを消した。 その時に気づいたが、これは記憶には作用しない暦間移動───バシュンッ! ───…… 隆正 「ほらっ、彰衛門も待ってるから」 楓巫女「う、うん……あ、えと……はい」 隆正 「はい?」 楓巫女「ねむるまえ、あきえもんがていねいごをつかえって……」 隆正 「あ、そっか。まあそれはいいから行こう。     彰衛門、なんか飲み物みたいなのも作ってたから」 楓巫女「うん……あ、はい」 俺は楓巫女を起こして、裏山への道を歩いていた。 自分を魔法使いって言う彰衛門は、起きてみても変なヤツで、 なんだか心が許せる家族が出来たみたいで嬉しかった。 こんな風に怒ったり笑ったりしたのはどれくらいぶりかな、とか思いながら、 やがてその道を抜ける。 そこには彰衛門が居るはずだった。 だけど─── 隆正 「あれ……?」 そこには、作ったまま置かれている汁と、何個かの木の実があるだけだった。 楓巫女「あきえもん……?ねぇたかまさ……さま、あきえもんは?」 隆正 「あ、れ……?さっきまでそこに居たのに……」 ……その日。 どれだけ待っても、その場所に彰衛門が現れることはなかった。 ───……。 翌日。 元気の無い楓巫女を起こして、木の下にやってきた。 彰衛門が作ってくれた木の下に。 楓巫女「あきえもん……いっしょにねむってくれるって……やくそくしたのに……」 隆正 「……ほ、ほら。いつまでも泣いてちゃだめだろ?」 楓巫女「う……ぐすっ……ふぅう……ぅ〜……」 隆正 「あ……、……」 彰衛門は帰ってこなかった。 どこに行ったのかも解らない。 もしかしたら……宛ての無い旅とやらに出たのかもしれない。 あいつは自分を旅の魔法使いと言っていたから。 だけど……頼むよ。 俺じゃあ楓巫女を泣き止ませられないんだよ……。 戻ってきてくれよぉ……。 ───……翌日。 隆正 「…………」 俺は今日も、楓巫女を起こしにきていた。 涙のあとを頬に残す彼女を起こすのは、正直辛い。 だけどなにか食べさせなくちゃ、死んじゃうから。 俺は楓巫女が死ぬのは嫌だから。 だから……嫌われてもいい、無理矢理にでも食べさせるつもりだった。 ───……。 ほぼ毎日、一日を涙で過ごしている楓巫女。 見ているこっちが辛くなってしまうほど、楓巫女は悲しんでいた。 そんな折、ふと村人の声を聞いた。 なんでも最近、川で釣りをしていた村人がバケモノに襲われた、とか。 隆正 「………」 そこで思った。 もしかしたら、また彰衛門がバケモノのフリをして驚かせているんじゃないかって。 そう思ったら……なにか少しでも楓巫女のために何かをしたかった。 だから……俺は走った。 その、噂の川へ。 ─── 川へ着く。 そこは妙な霧が立ち込めていて、見るからに怖いところだった。 隆正 「あ……彰衛門〜?彰衛門〜……楓巫女が泣いてるんだ、帰ってきてくれ〜」 少し気圧されさながらも声を張り上げる。 もしここに居るのが彰衛門なら、一発でも殴ってやろう。 あいつを泣かせた罰だ。 隆正 「彰衛門〜!?彰衛門〜!」 ガサッ……! 隆正 「彰衛門!?」 物音のする方を向く。 すると、その場には一匹の兎が居た。 隆正 「な、なんだ兎か……期待しちゃったじゃないか」 俺は溜め息をその兎に歩み寄った───次の瞬間! ドチャッ!! 隆正 「え……?」 さっきまで目の前に居た、生きていた兎が……ただの肉片になった。 隆正 「え……え……?」 怖かった。 だけど、ゆっくりと視線をあげると…… 隆正 「あ……う、うわぁぁあああーーーーっ!!!」 そこには本当の『バケモノ』が居た。 顔は皮が剥げたかのように爛れ、腕は骨が見えている上に腐っている。 体はとてつもなく大きく、とにかくバケモノという言葉以外は相応しくない存在。 化け物「けは……ケハハ……!ニク、ニクだ……!ヤワラカソウなガキのニク……!」 そのバケモノの目には俺が映っていた。 それだけで、俺はもう死ぬ思いだった。 隆正 「あっ……ひっ……ひああっ……!!」 慌てて武器を探す。 なんでもいい、少しでも生きていたい! しっ……死にたくない!! 化け物「ひやっ……ひやっ……ひやっ……」 バケモノは冷たく乾いた声で笑いながら、俺の方に歩いてくる。 決して急ごうとはしない。 『こいつは食えるんだ』と確信してるんだ。 俺が動けないことを、知っているんだ……───! 隆正 「ひっ……く、くるな……!!」 視界が涙でいっぱいになる。 そんな時───ふと、手に当たるものがあった。 隆正 「あ───」 彰衛門にもらった木刀!! 隆正 「そ、そうだ!これがあれば───」 俺は後ろに下がって距離を取り、バケモノを見据える。 隆正 「大地を斬り、海を斬り、空を斬る……!出来る……俺は出来る……!     くらえっ!アバンストラッシュッ!!」 木刀を逆手に持って、掛け声とともに大きく振った。 するとその木刀から光が溢れ─── 化け物「ギャッ!?ナ、ナンダこの光ハ……!ワ、ワシが溶けるダト……!?オノレ!」 ゾブッ! 隆正 「えっ……?」 バケモノが振り下ろした腐った腕の骨が、俺の脇腹を裂いた。 隆正 「ぶっ……えはぁっ!!」 口から血が漏れる。 だけどここで倒れるわけにはいかない。 隆正 「くそっ……消えろぉおおおおおおっ!!!!!!」 もう一度構え、アバンストラッシュを放った。 化け物「ギャアアアアアアアッ!!!     お、おのレ!ワシが……ワシが人間のガキなんぞに……!     ゲ……ゲキャアーーーーッ!!!!!」 バケモノは、木刀から放たれた光で溶かされ、地面にジクジクと消えていった。 隆正 「……う……げほっ!」 それとともに辺りに立ち込めていた霧は晴れ……近くに村人が居たことに気づいた。 隆正 「赤次さん……?」 赤次 「隆正が……バケモノを……!?」 赤次さんは一部始終を見ていたようだ。 赤次 「だ、大丈夫か!?すぐに神の子を連れてくるからな!     あの方ならきっと、お前の傷くらい治してくれよう!」 隆正 「…………」 そう言われた時、俺の意識はもうひどく薄かった。 やがて……俺は気を失った。 ───………………………………。 隆正 「う……?」 脇腹に暖かさを感じて目が醒めた。 まるで、彰衛門に癒されてる時と同じ感覚を浴びていたから。 隆正 「彰衛門……?」 視界をハッキリさせて、その顔を見てみると……それは、楓巫女だった。 隆正 「楓巫女……」 楓巫女「………」 楓巫女は涙目で、怒った顔をして俺を見ていた。 楓巫女「どうして……バケモノとなんかたたかったんですか……?」 隆正 「……村人を襲ったバケモノが……変装した彰衛門なんじゃないかって……。     彰衛門、連れ戻したら……楓巫女、また笑ってくれるかなって……」 楓巫女「そんなことのために、しぬおもいまでしたんですか……!」 隆正 「………」 怒ってる。 楓巫女は本当に怒ってる。 それは彰衛門を見つけられなかったからだろうか。 それとも、間違えたことに呆れてるんだろうか。 楓巫女「そんなことされても、わたし……うれしくありません……!     こんなことをして、たかまささままでいなくなってしまったら……!     わたしは……ほんとうにひとりになってしまうじゃないですか……!」 隆正 「楓巫女……」 楓巫女「ひとりでいるこどくをしっているひとが……     ひとにこどくをおしえるひとにならないでください……!」 隆正 「………」 ……その通りだ。 俺は……俺は、この木刀が無ければ死んでいたんだ。 そうなったら……この村に残るのは、楓巫女を神の子としてしか見ない人だけだ。 隆正 「……ごめん」 楓巫女「たかまささま……?」 隆正 「今こそ、この木刀に誓うよ。     俺は……この木刀を持つ限り、楓巫女……キミを守り抜く。     たとえ離れることになっても、いつか必ず助けにいくから……」 楓巫女「……たかまささま……はい」 彰衛門が居なくなってから数日。 ずっと泣いていた少女は、この日……本当に久しぶりに微笑んだ。 その笑みが俺だけに向けられたものだということが、俺は……何故かとても嬉しかった。 ───あれから、俺の生き方は変わったんだと思う。 楓巫女はすっかり言葉を喋れるようになって、 村人にも微笑むことが出来るようになった。 ある日のことだが、楓巫女は祭壇に立ち、村人にこう言った。 『隆正さまを、わたしを守る守衛者にする』と。 村人が恐怖していたバケモノさえも倒したってこともあって、 村人の中でそれに反対する人は居なかった。 そして俺はまだここに居る。 彰衛門が創った、大きな大樹の家の中に。 それは……彰衛門が居なくなってから6年も経った、今のことだった。 ───……。 楓巫女「隆正さま、隆正さま」 隆正 「どういたしました?楓巫女さま」 楓巫女「……だめです。ふたりの時は呼び捨てですって言ってるじゃないですか」 隆正 「ははっ、言ってみただけだって。で、どうかしたのか?」 この村に6度目の秋が訪れた頃。 楓巫女は俺を見上げて微笑んだ。 楓巫女「隆正さま、今日、面白いことがあったんですよ?」 隆正 「へえ、どんなこと?」 楓巫女「はい。わたしの寝所に、鳥が巣を作っていたんです。     朝、目が覚めたらチュンチュン、って鳴くんです。びっくりしました」 隆正 「そうか。それはびっくりするだろうな」 そんな穏やかな季節の巡りの中で。 きっと、俺達の中で彰衛門の名が忘れられたことなど一度だって無い。 あいつが居たからこそ、今……俺はこうやって、楓巫女を守ってやれている。 楓巫女「隆正さま……?なんだか今日は元気がありませんね……」 隆正 「あ、うん……今日はな、     少し離れたところの村に物の怪が出たから退治してほしいと頼まれたんだ」 楓巫女「まあ……それで、どうするんですか?」 隆正 「……うん。放っておけないって思ってる」 楓巫女「………」 隆正 「どうしたら、いいかな」 楓巫女「……隆正さまが思う通りに動いてくださいませ。     物の怪に苦しめられている人は確かにかわいそうですが、     なにも隆正さまが行くことは無い筈です。けど……」 隆正 「……いや。やっぱり行くよ。それが、今の俺の仕事だから」 楓巫女「……ええ。隆正さまならそう言うと思っていました」 隆正 「楓巫女……」 楓巫女「無事をお祈りしています、隆正さま」 隆正 「……ああ。行ってくる」 俺は彰衛門から譲り受けた木刀を手に、祭壇の階段を降りてゆく。 不安が無いと言えばウソになる。 けど……それでも見過ごすことは出来ないんだ。 隆正 「………」 ふと振り向くと、楓巫女が手を振っていた。 そんな笑顔があるから、そんな笑顔を必死で守りたくなる。 だからこそ……俺は頑張れるのだから。 ───……馬で走ってしばらく。 その村は見えてきた。 隆正 「どうっ!……すまない、そこの方!」 村人 「はい?」 隆正 「この村に物の怪が現れると聞いて、やってきたんだが……」 村人 「物の怪ぇ?ははははは!なにを馬鹿な!     こんな平和な村、他のどこ探したってないよ!     あんた騙されたんじゃないか!?」 隆正 「なに……?それではここには物の怪の類は……」 村人 「居るわけがないだろう。聞いたこともないよ、そんな話」 隆正 「───まさか!楓巫女!!」 嫌な予感がした俺は急いで馬を走らせた。 どうか無事でいてくれ、楓巫女───!! ───そして……───俺がその場で見たものは、…… 隆正 「ばかな……!」 ただ燃えてゆく、俺が産まれ育った村だった。 隆正 「楓巫女ぉっ!」 村の中でも構わず、俺は馬を走らせた。 ところどころで見知った顔が、既に生気の無い冷たい顔で眠りについている。 隆正 「くっ……!」 なるべくそれを見ないようにして、俺は大樹へと急いだ。 隆正 「くそっ……楓巫女!楓巫女ぉっ!どこだぁっ!」 馬から下りた俺は、大樹の前で琥珀珠を掲げて中を調べた。 だが……そこには既に楓巫女の姿は無かった。 代わりにあったものは、矢で突き立てられた一枚の紙だった。 その紙にはこう書かれてあった。 『禊隆正よ、神の子はこの櫂埜上喜兵衛が頂いてゆく。  わざわざの村への討伐、ご苦労であったな。褒美に貴様の故郷を焼いてやろう。  もう会うこともないと思うが、せいぜい悔やむがよいわ』 隆正 「くそ……!守るって言ったんだ!彰衛門と約束したんだ!俺は……!」 そこまで言って、ふと……頭の中に言葉がよぎった。 『よいか小僧。アバンストラッシュは楓巫女のために貴様に伝授したものじゃ。  調子に乗るでないぞ、楓巫女のために使うことを許可するが、それ以外は……』 ───! 隆正 「は……はは……」 不意に、笑い声が口から漏れた。 俺は……楓巫女を置いて、物の怪の出る村で何をする気だったんだ……? 楓巫女のため以外にこの木刀を振るう気だったのか……? 隆正 「なにが……何が彰衛門と約束しただ……。     俺はなんにも解っちゃいなかった……。     なにが守りたいだ……!     俺は……俺はこんな大事な約束を忘れて……!     自分の力でもない彰衛門の力に自惚れて……!     一番守りたかったものを……守れなかった……!!」 涙が溢れてきた。 自分自身を呪う涙が。 隆正 「オ……オォオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」 俺は子供くさい泣き声を空へと飛ばした。 もういい。 それがお前の応えなら……喜兵衛、 必ず地獄の果てまでも追い詰めて、楓巫女を取り戻してやる。 たとえどれだけ離れていようとも、俺は必ず助けると約束したんだ。 せめてこの約束だけは……必ず守ってみせる……!! ───やがて滅びゆく村を見下ろし、俺は涙を拭った。 そして、これだけ燃えているのに火の粉が移らない大樹を見上げ、頭を下げた。 隆正 「彰衛門、どうか見守っていてほしい。     いつか楓巫女を救うその日まで、俺の行く道に希望を……」 そう言い残し、俺は燃えゆく村をあとにした。 そしてそれが……その村で、俺が最後に口にした言葉だった─── Next Menu back