───時の狭間に眠る家系───
彰衛門「……うう……問答無用で刺すところなんて全然変わってないんですもの……」 夜華 「黙れ」 彰衛門「黙れ、だって健在だし。そんなこったから殺生院黙子って呼ばれるのよ」 夜華 「呼んだのはお前だけだろうが!」 彰衛門「グウム……」 からかうとオモシロイんだが、度量が過ぎると絶対刺してくるから怖い。 スリル満点です。 夜華 「───うん?」 彰衛門「どぎゃんしたと?」 夜華 「あ、いや……気のせいだろう。こんなところで血の臭いなど……」 彰衛門「あの、さっき俺が刺されましたけど」 夜華 「……忘れていた」 彰衛門「うわヒデェ!!殺人鬼!外道!     貴様みたいな者がおるから血も涙もない者が現れるんじゃ!」 夜華 「う、うるさい!お前がやかましいからだろう!!」 声  「……おとうさん?」 彰衛門「む!?」 聞こえた声に振り向くと、そこにおわすは楓さん。 彰衛門「お、おお楓さん!なんともお美しい姿に……!!」 楓は綺麗な白い着物に身を包んでいた。 なんとも……ああ、なんとも……うお!? 夜華 「ぐ、ぐがが……!!」 彰衛門「……ホレ、このハンケチーフくれてやるから鼻血拭け……」 夜華 「ず、ずばだい……」 鼻声で『すまない』と言う夜華さんは、それはもう情けなかった。 楓  「おとうさん、わたし……鮠鷹さまと……」 彰衛門「うむス。ようやく婚儀じゃな。しっかりやるんじゃぞ?」 楓  「う、うんっ!」 楓が満面の笑みで頷く。 おお、なんとも可愛いことよ。 彰衛門「………」 でも気になることがひとつ。 俺は夜華の首根っこを掴み、楓から離れて話をした。 彰衛門「夜華さん……双子山はこの山とは同じくらいに離れてるのか……?」 夜華 「何故だ?」 彰衛門「考えてもみろ、女である楓がもう来てるんだぞ。     男の脚でここまで遅れる距離なのか?」 夜華 「───あ……!」 彰衛門「もう一度訊くぞ?双子山とこの山とは、ふたつとも同じくらいの距離か?」 夜華 「い、いや……!鮠鷹の居る山の方が近いくらいだ……!」 彰衛門「チッ!!」 舌打ちをして走り出す。 夜華 「あ、おいっ!!」 彰衛門「そこに居ろ!!探してくる!」 夜華 「しかし!」 彰衛門「馬鹿っ!!楓を頼むって言ってんだ!」 夜華 「あ───ああ!任せろ!!」 夜華さんに楓を任せて、山を下ってゆく。 すると……確かに血の臭いがした。 彰衛門「鮠鷹───!!」 嫌な予感は頭の中にこびりついたかのように、消えてくれなかった。 ─── 鮠鷹 「き、貴様ぁああ……!!」 男  「くはははは……!神降ろしの名を辿れば会えると思っていた……!」 不覚だった。 婚儀のことで集中力が乱れていたのか、奇襲に対応できなかった。 鮠鷹 「櫂埜上喜兵衛……!貴様までこの時代に居たとは……!」 喜兵衛「私も神の子の血を飲んだのでね……。     驚いたよ、自分の中に前世の記憶があるのだからな。     そして私は悟った。神の子が貴様に血を飲ませていた理由をな……!     はっはっはっはっは!まさか転生とは!」 鮠鷹 「おのれっ!」 喜兵衛「無駄だ、刀を持たぬ貴様など恐るるに足らんわ。     ほれ、放っておいてもその脇腹から流れる血がお前を殺してくれる」 鮠鷹 「ぐ……ゲホッ!ガハッ!!」 喉が焼け、血が吹き出る。 だけど死ねない。 死ぬわけにはいかない。 こいつは私を殺したのち、楓まで殺す気だ。 もしくは神の子の力を利用するに決まっている。 そんなことは───! 喜兵衛「苦しいか?苦しいだろう。私とてその苦しみの中で死んだのだ。     あの日、貴様が屋敷に来なければ私は死ぬことなどなかった。     この苦しみ……貴様に返すために私は転生したのだよ……」 鮠鷹 「かはっ……ぐ……」 だめだ。 もう意識が朦朧としてきた。 せめて、せめて楓だけでも守らないと…… 鮠鷹 「……き、喜兵衛……」 喜兵衛「なんだ。命乞いか?」 鮠鷹 「違う……苦しいんだ……。もう、ひと思いに殺してくれ……」 喜兵衛「…………はっ、これが剣聖と呼ばれた鮠鷹か。     所詮は刀無しでは何も出来ないのだな」 鮠鷹 「う……ぐ……」 喜兵衛「いいぞ、とどめを刺してやる。ひと思いに首を切り落としてなぁ!」 喜兵衛が私の傍まで寄り、その刀を振り上げる。 ───この瞬間を待っていた。 鮠鷹 「ブッ!」 喜兵衛「ぐあぁあっ!?き、貴様っ……!」 喜兵衛の目に血を勢いよく吐き出し、その視界を奪う。 そして喜兵衛が目を庇った隙に刀を奪い─── 喜兵衛「はっ……!?や、やめろ!やめ」 ザンッッッ!!!! 喜兵衛「がぁああああああっ!!!!」 肩から腹にかけて、鎖骨を砕き、肋骨を裂いた。 喜兵衛「ごぼっ……!お……のれ……またしても……また……しても……」 鮠鷹 「………」 刀から手を離すと同時に、私は力なく倒れた。 喜兵衛「復讐してやる……復、讐……!貴様が……辛い思いをするように……     神の子の血族を……すべて殺して……───」 どちゃっ……。 喜兵衛は凶々しい表情のままに倒れ、絶命した。 鮠鷹 「…………どうして俺は……いつもこうなんだ……」 また、楓を……楓巫女を悲しませてしまう。 鮠鷹 「げほっ……!が、は……!」 血は治まることを知らないように流れてゆく。 口からも溢れ、体はもう言うことを利かない。 鮠鷹 「俺が魔法使いだったら……助かったかな……彰衛門……」 やがて、霞む世界を閉ざし……俺の意識は完全に途絶えた。 ───……。 彰衛門「………」 目の前にある光景は、ひどいものだった。 血の中で絶命している鮠鷹と、 肩から腹を裂かれ、人間とは思えない形相のままに死んでいる男。 こいつは…… 彰衛門「……マゲ野郎」 過去の時代で会った、隆正を殺したヤツだ。 こいつもこの時代に……。 彰衛門「……くそっ……!くそ!くそくそくそぉおっ!!!     楓になんて言ってやりゃあいいんだよ!!どうすりゃいいんだよ!     あいつはお前じゃなくちゃダメなんだ!     また……また死んじまうかもしれねぇだろうがぁあっ!!」 既に事切れてる鮠鷹に叫ぶ。 ……当然、返事は無い。 だがその頬に伝う涙は、間違いなく楓を思ってのものだったんだろう。 彰衛門「なんとか言ってくれよ……隆正ぁ……っ!!」 もうわけが解らなかった。 この歴史を見せているヤツがいったい何を考えているのかも。 どうして自分がこんな思いをしなくちゃいけなかったのかも。 そして……どうして楓巫女の望む幸せを与えることが出来ないのかも……。 なにもかも……解らなかった。 やがて……日は傾いた。 俺は心を引き裂かれる思いで全てを話し、今……ここに居る。 楓は山頂の小さな祭壇の前に立ちながら……来る筈もない人を待っていた。 ただ悲しくて。 ただ好きな人と一緒に居たくて。 ただずっと笑って、時には怒ったり照れたりしたかっただけの小さな幸せ。 そして……そんな願いすら叶えられなかった、紛い物のかみさま。 ───自惚れって言葉がある。 こんな力を持っていて、なんでも出来るつもりだった自分と、 どうにも出来ないもどかしい現状。 それがきっと、その言葉の最果てなんだって……俺は痛感した。 俺は何も出来やしない。 ただこうやって情けなく、夕暮れの中で待ち続ける楓を見ていることしか出来なかった。 来る筈の無い人を待ち続け、やがては涙する楓。 その涙を拭う資格すら、きっと今の俺には無いんだと。 俺はそう思って……空を見上げながら涙した。 ───……。 夜華 「楓さまは?」 彰衛門「ようやく眠ってくれた。相当ショックだったんだろうな」 夜華 「そうか……」 夜。 耐えきれなくなった楓は泣き出し、俺と夜華で社まで連れ戻した。 だけど楓は必死に『あそこで待つ』と言い張り、ずっと泣き続けた。 今は泣きつかれて寝ているだけだ。 夜華 「……どうすればいいのだろう」 彰衛門「夜華?」 夜華 「わたしは……こんなときどうすればいいのか解らない。     慰めの言葉すら浮かばん……」 彰衛門「無理に慰めない方がいい。ほっとけ」 夜華 「しかし……!それではあんまりにも楓さまがっ……!」 彰衛門「人の死はさ、ショックを受けた本人が乗り越えなきゃいけないことなんだ。     どういうカタチであれ、そうしないと自分じゃ歩けなくなる」 夜華 「なっ……知った風な口を叩くな!貴様は」 彰衛門「俺はっ!!俺は……目の前で母親を殺された!」 夜華 「っ!」 彰衛門「そしてこの歴史の前では娘が目の前で死んだ!     楓巫女が自分の胸に矢を刺し!動かなくなっていくのをこの目で見たんだ!!     知った風な口を叩くな!?どうしてお前にそんなことが言える!!」 夜華 「あっ……ぐ……す、すまない……」 彰衛門「………っ」 荒れ狂う心を落ち着かせる。 怒鳴る気なんてなかった。 だけど目の前で人の死を見た俺には、『知った風な口を叩くな』という言葉は辛過ぎた。 彰衛門「怒鳴って悪かった……お前ももう寝ろよ」 夜華 「………」 夜華さんは俺に頭を下げてから歩いていき、やがて自分の部屋へと入っていった。 彰衛門「馬鹿か俺……。八つ当たりなんて、らしくねぇことしちまった……」 俺は頭を強く掻き毟り、その場から離れた。 ───……。 彰衛門「……!?」 朝、俺は凶々しい気配を感じて起きた。 何事かと思って立ち上がれば、空は暗雲に包まれ、社の周りには瘴気が溢れていた。 彰衛門「───死神の気配!?」 嫌な予感がする。 死神の気配なんてゼノと戦ってるときに腐るほど感じたが、これはケタ違いだ。 間違い無くゼノより強い。 彰衛門「楓!夜華さん!」 俺は急いで社の中に入って楓と夜華さんを探した。 夜華さんの部屋には……誰も居ない。 彰衛門「くっ……!」 部屋から飛び出し、楓の部屋も見るが、そこにも居ない。 彰衛門「くそっ!どこだ!?どこに居る!」 いろいろな部屋を虱潰しに駆け巡り、やがて一番奥のお堂に───ふたりは居た。 彰衛門「楓!夜華さん!」 だが様子がおかしい。 夜華さんは倒れていて、楓は巫女装束を着ている。 夜華 「あ、彰衛門……!楓さまを……とめてくれ……!」 彰衛門「夜華さ……───っ!?」 夜華さんに近づこうとした時、死神の気配の正体に気づいた。 楓が居るお堂の祭壇の上の虚空に居る、漆黒の存在。 死神 「神の子が死神を呼ぶとは……如何なる用件だ」 楓  「わたしは簾翁楓という者。どうか、わたしに争いのための力を齎してください」 死神 「争いの……?馬鹿な、神の子に争いの力なぞ不用だろう」 楓  「必要になったのです……。わたしは自分の無力が情けない……!だから……」 死神 「だから。この私と融合しろと?」 楓  「そうです……」 死神と融合……!?なにを馬鹿なことを! 彰衛門「楓!お前なに考えて」 死神 「部外者は黙っていてもらおう」 ブワァッ!! 彰衛門「ぐあっ!?ぐあああああああああっ!!!!!」 ドガァッ!! 彰衛門「がはっ……!」 見えない力に体を縛られ、俺は壁に叩きつけられた。 やっぱりだ……こいつ、確実にゼノより上だ……! 死神 「小娘。貴様のような気の強い者は嫌いではないが───貴様。     このわたしが何者か、知ってて言っているのか?」 楓  「…………!」 死神 「その様子では知っているようだな。     我が名はウィルヴス。ウィルヴス=ブラッドリア。     死神を統率する至高たる闇の存在だ」 彰衛門「ウィル……!?」 マジか……!? 死神の長って言われてるあの……!? 彰衛門「ははっ……ゼノより強いわけだ……」 勝てねぇ。 天地がひっくり返っても勝てる気がしねぇ……。 次元が違いすぎる。 彰衛門「でも……だからってぇ……!     娘が非行に走るのを黙ってみてられっかぁーーっ!!」 バツンッ!! ウィル「む……?」 俺を縛っていた見えない何かを強引に引き千切り、ウィルヴスに向かって走る。 彰衛門「くらえっ!月聖───」 バヅンッ!! 彰衛門「なっ……!?」 ウィルヴスに辿り着く前に、俺の体は止まっていた。 彰衛門「楓……お前……」 楓  「お願い……!邪魔をしないでおとうさん……!」 彰衛門「このっ……馬鹿!死神と融合したら、     神の子であるお前の体が耐えられるかなんてわからないんだぞ!?」 楓  「それでもわたしは力が欲しいの!次の時代で鮠鷹さまを守れるくらいの力が!」 彰衛門「そんな悪魔に魂売るようなことをして!鮠鷹が喜ぶとでも思ってるのか!?     お前が隆正に言ったんだろうが!鬼の気配しかしないって!     今お前がやろうとしてるのはあの時隆正が歩いた道を歩くのと同じなんだぞ!」 楓  「それでも───それでも構わない!」 彰衛門「このっ……!くそっ!」 本気で叩きたくなった。 あの楓巫女がここまで変わってしまった。 一途な気持ちは変わっていないのに、今の楓からは悲しみしか感じられない。 だけど……俺の体は楓によって行動不能にされている上に、 楓はあの時のように光の壁を作っている。 ウィル「静まれ、人間。すぐに済む」 彰衛門「やかましい!くっそ……動け!動けよこらぁっ!」 もはや首から上しか動かない俺は、どうしようもない無力感に包まれていた。 楓  「あなたを死神の長と知ってもなお言います。わたしに、力を……」 ウィル「………」 死神は何も言わない。 だがやがて口の端を歪ませ、笑った。 ウィル「死神の頂点が神の子と融合か……。     長、自らが異端となったなら、他の死神がなんと言うだろうな。     ───面白い。小娘、貴様の願いを叶えてやろう」 楓  「………」 ウィル「だが、ただ貴様の願いを叶え、融合するだけではつまらん。     交換条件を出そう。構わんな?」 楓  「交換条件……?」 ウィル「簡単なことだ。お互いに何かを献上するのだ。     それで納得するとしよう。だが───」 死神は更に口の端を歪ませる。 ウィル「それが大きなものでなければ、私は納得せんぞ?」 楓  「大きなもの……?」 ウィル「貴様にとって大切なもの、ということになるな。     私は……そうだな、貴様の能力と私の能力に見合う刀を創らせよう。     融合するのだからな、その融合した能力を増幅させるものがいい」 楓  「刀……?そんなものを……」 ウィル「力が欲しいのだろう?願ってもないことだと思うがな」 楓  「………」 融合を受け入れたとはいえ、死神の言葉の方が優位だ。 それはそうだ。 あの死神に比べれば、楓は子供に等しい。 守りしか出来ない楓と、全てが優れすぎている死神。 融合を受け入れただけでも奇跡だろう。 彰衛門「………」 俺は黙って楓を見る。 その顔は辛そうな顔をしている。 『どうしても力が欲しい』という表情。 だけど大切なものが思い当たるのか、思い当たらないから辛いのか。 楓は巫女装束をギュッと握っていた。 彰衛門「───楓」 楓  「え……?」 彰衛門「お前、力が欲しいんだな?」 楓  「おとうさん……?」 彰衛門「どうしても欲しいんだよな?」 楓  「……うん」 彰衛門「───はぁ」 気持ちは曲がらないようだ。 そして───もう潮時なのかもしれない。 彰衛門「おい死神」 ウィル「なんだ?」 彰衛門「俺に関する記憶をくれてやる」 ウィル「なに……?」 楓  「記憶……?」 彰衛門「この時代に居る全ての者にある、俺に関する記憶の全てをくれてやる」 楓  「おとうさん……?それってどういう……」 わけが解らない。 楓はそんな顔で俺を見た。 彰衛門「お前や夜華さん……そして、鮠鷹が俺のことを忘れるってことだ」 楓  「───!!」 ウィル「……ほう」 楓  「そんな!そんなのやだ!どうしてそんなこと言うの!?」 彰衛門「力を手にするには代償が伴なうものなんだよ。     俺は……お前にそれを教える日が来るなんて思わなかったけどな」 楓  「……あ……ぅ……」 彰衛門「楓、泣くことは許さないぞ。     『力』ってものはいろいろな犠牲の上に成り立つものだ。     それから目を逸らしちゃいけない。     お前が望んだものはそういうものなんだってことを覚えるんだ」 楓  「だめ!やだ!おとうさんを忘れるなんてそんなの……!」 楓は泣いた。 だけど俺はその涙を見ない。 彰衛門「死神。どうだ?悪くない献上品だと思うがな」 ウィル「気に入った。お前は面白いことを言う。     どうやらお前の存在は相当に大きいようだ。     人の身でありながら神と呼ばれ、人々に認められている。     大きさで言うならばここに居る小娘ふたりと、     鮠鷹という男の中の記憶だけで十分だが?」 彰衛門「だめだ。中途半端は無しだ」 楓  「おとうさん───!!」 ウィル「……おかしなヤツだ……まあいい。     ではこの時代に居る者すべてから、貴様に関する記憶のみを頂こう」 彰衛門「あ、忘れるなよ?お前の中の記憶からもだ」 ウィル「なに?……ふっ……ふははははは!面白いやつだ!     そうだな、確かに私もこの時代に居るのだからな!ふははははは!!」 死神は笑う。 どうやらこいつ、死神の長だってのに感情があるようだ。 ウィル「では契約成立だ。小娘、貴様に私の力をくれてやろう」 楓  「待って!いやっ!おとうさん!?おとうさん!!」 俺に関する記憶を失うのが怖いのか、楓は俺を見て涙を流した。 だが俺はそれに対して首を横に振る。 彰衛門「よいか楓。これが、じいやの最後の教えじゃよ。     大き過ぎる力を手に入れる者は、必ず何かを失う。     それは手に入れる力が大きければ大きいほど、失うものも大きい。     これからじいやは楓の中で知らない人間になるがの、     今の言葉、忘れるでないぞ……?」 楓  「っ……!!や、やだ……!や……!」 彰衛門「死神、始めてくれ」 ウィル「ほざくな、既に始めている」 死神の姿がおぼろげになり、やがて黒い霧のようなものになる。 楓はその霧と俺を見比べてただ泣くだけだった。 夜華 「貴様……!楓さまを泣かせるようなことを……!     わたしは止めてくれと言ったのだぞ!」 彰衛門「夜華さん、キミと話すの結構楽しかったよ。これからも楓のこと、頼むな?」 夜華 「ばっ……馬鹿者!何を言い出す!     わたしは……悔しいがわたしでは貴様の代わりにはなれぬのだ!     親の貴様が娘の楓さまを泣かすな!」 彰衛門「写真、千切ってくれて助かったよ。残ってたら怪しいだけだろうからな」 夜華 「っ……!!貴様、何故そんなに普通でいられるのだ!     人に忘れられるのだぞ!?どうして───」 彰衛門「……俺はもう、何度も人に忘れられてるんだ。     辛かったけどさ……涙が止まらないくらい辛かったけど……     俺は親友を助けたいために歴史を繰り返して力を手に入れたよ。     そして気づいたらさ、もう忘れられるのに馴れちまってたよ」 夜華 「貴様……」 彰衛門「どこかで心が死んでるのが解るんだ。……もう解っただろ?     それが、俺が力を手に入れるために無くした『代償』だ」 夜華 「彰衛門……貴様は───」 彰衛門「もう喋るな。すぐに忘れられる。     お前は今まで通り、楓のことだけ守ってやってくれ」 俺は夜華さんから視線を外し、ただその時を待った。 光の壁を消した楓は俺に駆け寄ろうとしたが、今度は俺が楓の動きを止めた。 楓  「おっ……おと……さ……っ!!」 彰衛門「……元気でな、楓。お前は俺の、自慢の娘だよ」 そう呟いて、最後に楓の頭をわしゃわしゃと撫でた。 やがて死神の霧が楓の影の中に消える頃、その世界は真っ白に染まった。 俺はその光に紛れるようにお堂を出て、社の外へ出た。 ───……。 楓  「………」 その世界は白かった。 だけどゆっくりと色を戻すように景色は落ち着いて、 自分が立っている場所がお堂の中だったということを思い出す。 夜華 「楓さまっ!無事ですか!?」 楓  「夜華……?え、ええ……」 そうか、わたしは死神と融合したんだ。 よく無事だったものだ。 夜華 「まったく、無茶です!なにを考えているのですか!     もし交換条件が成立しなかったらどうするつもりだったのです!」 楓  「交換条件……?───ねぇ、夜華」 夜華 「なんですか?」 楓  「わたしが献上したものって……どのようなものでした……?」 夜華 「え?それは……───それは……?」 思い出せない。 なにか、とても大切なものだった筈なのに。 夜華 「あ……楓さま、髪が乱れています。すぐに整え」 楓  「───!ダメッ!!」 バシィッ! 夜華 「あっ……か、楓さま……?」 楓  「……え……あ、夜華……?ご、ごめんなさい……」 わけが解らない。 解らないのに、この髪の乱れがとても大切なことに思えて仕方が無い。 なにか、とても暖かいものがあった筈なのに。 『楓、泣くことは許さないぞ。  力ってものはいろいろな犠牲の上に成り立つものだ。  それから目を逸らしちゃいけない。  お前が望んだものはそういうものなんだってことを覚えるんだ』 楓  「!」 あ……れ……? 夜華 「楓さま……!?す、すいません!     許可も得ずに髪に触れようとしてしまいました!」 楓  「ち、ちが……!違うの夜華……!」 ただ、ひとつの言葉が心の中を打った。 誰が言ったのかも解らないのに、 その言葉を思い出しただけで涙が止めど無く溢れてくる。 夜華 「楓さま……」 楓  「うっ……う……うぅうううう……!!」 心にあった筈の暖かさはいつの間にか無く。 産まれる前に自分を包んでくれたあのぬくもりが、今は思い出せなかった。 ───……。 彰衛門「……辛いな」 そして俺はまだこの時代に居る。 俺を知る者はもうこの歴史には居ないっていうのに、俺はまだ転移されない。 彰衛門「なあ、首謀者さんよ。もういいだろ?俺を元の歴史に戻してくれ」 …………。 彰衛門「返事がない、ただの屍のようだ」 …………。 彰衛門「ツッコミも無しか。つまらん」 体を包む光は無い。 どうやらこの時代で、まだ何かがあるらしい。 彰衛門「これ以上俺になにしろってんでしょうね、まったく」 俺は溜め息を吐いて、大樹の頂上から社を見下ろした。 すると社の中から出てくる夜華さん。 彰衛門「むう、記憶があるならからかいもするものですがねぇ」 既に楓との繋がりが無い俺は、完全なる部外者だ。 彰衛門「───……おお」 それはそれでおもろい。 というわけで 彰衛門「だぁーっ!」 妖怪・腐れ外道の真似をして大樹から飛び降りた。 そしてゆっくりと夜華さんに近づいて…… 彰衛門「み、水……」 ケンシロウの真似をして倒れた。 夜華 「うん?……なにをしているのだお前。ここは楓さまの社で……」 彰衛門「み、水……」 夜華 「水?喉が乾いているのか」 彰衛門「違います」 夜華 「………」 わぁ、睨まれてる。 彰衛門「えーとですね、俺さま、実は泊まるところが無い流れものなんです。     だから泊めろこの野郎」 アタイは出来る限り控えめな声で言った。 夜華 「貴様、それが人にものを頼む態度か?」 彰衛門「頼んでんじゃねぇ、命令してんのよこの俺は」 夜華 「貴様!」 例のごとく刀を抜く夜華さん。 彰衛門「なにかねその刀は!それでどうするというのかね!?」 夜華 「失せろ!ここは貴様のような流れ者が立ち入っていい場所ではない!」 彰衛門「馬鹿野郎!この高貴で気高いアタイを見て『流れ者』とはなにかね!」 夜華 「貴様が自分で言ったんだろう!」 彰衛門「自分で言うのと他人に言われるのとは違うんじゃボケ!     それくらい理解しろ!COOLにな!」 夜華 「貴様……わたしを愚弄するというのだな!?」 彰衛門「違うわボケ!黙って寝床をよこせと言っておるのよ!」 夜華 「失せろ!」 彰衛門「よこせ!」 夜華 「失せろ!」 ぬう、人の話を聞かないのは相変わらずですね。 彰衛門「もうええわい!アタイは好き勝手にさせてもらうからな!」 夜華 「なに!?おい待て!どこへ行く!」 彰衛門「ウェッヘッヘッヘ、そりゃもうアンタ、     この社に居るってゆう巫女さんを一目見に」 夜華 「楓さまを!?」 彰衛門「あらそう!楓っていうの!ステキな名前ねぇ〜っ!」 夜華 「待て貴様!どうしても行くというのならわたしを倒してから」 彰衛門「ちょえーっ!大外刈りーっ!」 ズッパァーーンッ!! 夜華 「うわぁああっ!?」 夜華さんに大外刈りをキメて、『倒した』。 彰衛門「ふはははは!倒してやったわ!貴様弱いなぁ!カスめ!カスめ!」 夜華 「おのれっ!倒せというのはわたしを黙らせてみろということだ!」 彰衛門「………」 夜華 「な、なんだ……?」 がばぁっ! 夜華 「きゃあっ!?うわっ!?き、貴様どこを触って!」 彰衛門「ウェッヘッヘッヘ、それをあっしに言わせますかい!     ウフフフフ、どう可愛がってくれようか!!」 夜華 「───!な、き、貴様まさか……!」 彰衛門「その……まさかよ!」 ジリジリと、倒れている夜華さんに詰め寄る。 夜華 「や、やめ……やめろっ!わたしは、わたしは清くなくてはならぬのだ!!」 彰衛門「嫌よ嫌よも好きのうち……なぁに、お前はせいぜい泣いてくれりゃあいいのよ」 夜華 「やっ……いやぁああ……!!」 彰衛門「イエーッ!!」 やがて夜華さんに襲いかかり─── 夜華 「いやあああああっ!やだっ!やめてぇっ!!」 彰衛門「よいではないかよいではないか!」 夜華 「んっ───!?く、くははははははは!!ぶはっ!やっ……!!     な、なにを……!!くははははははは!!」 彰衛門「なにって、くすぐり地獄ですよ。やぁねぇこの子ったら。     いったい何をされると思ったんでしょう」 夜華 「なにって……くははははははは!や、やめてぇえっ!!     た、助けてください楓さ……ぶはははははははは!!!!」 彰衛門「ほぅ〜れこちょこちょこちょ〜♪」 夜華 「うわっ……うわはははははは!!!やめっ……いやぁあああっ!!!」 ───3分後。 夜華 「………」 夜華さんが笑いすぎでグッタリ中です。 彰衛門「うむ、約束通り黙らせたところで、楓とやらに会わせてもらうぞ?」 夜華 「や、やめ……この……」 彰衛門「ふわはははは!もはや声も出ないようだね!     守衛者がこの程度では、この社の警備もタカが知れているようだ!」 夜華 「く……そ……!」 彰衛門「それではな、小娘」 軽く手を挙げて、社の奥のお堂へと歩いてゆく。 記憶が消えていてもどうだとしても、俺が転移されていないならまだ何かがある。 それを確かめるために、俺はその景色に足を運ぶ。 彰衛門「………」 やがてお堂に辿り着くと、そこには泣いている楓がひとりで居るだけだった。 だけど俺は手を差し伸べようとはしなかった。 ……正直、もう何かをするのは疲れた。 俺がなにをしたって、肝心なことは曲がらないこの時間の旅に、いい加減うんざりする。 だから早く終わってほしいと願った。 ───そんな折、楓の体が輝き、 その光が楓の前に動いていき、やがてその光が消える。 彰衛門「………」 するとそこにはふたりの子供が居た。 平和そうな顔の子供だ。 楓  「……ひどいことを頼んでいることは承知です……。     でもお願い。やっぱりわたしには争いは出来ないの……。     だから、どうかわたしたちを守って……」 子供 「……か、あ……さん?」 楓  「……ごめんなさい。     わたしは……あなたたちに母と呼ばれる資格なんて、きっと無い存在なの……」 子供 「………」 楓  「わたしは自分の幸せのためだけに……力を欲して、あなたたちを創った……。     神の子、失格ね……」 子供 「………」 楓  「ケホッ……!ごめんね……本当に、ごめんなさい……」 ドサッ……。 楓は咳き込むと、立っているのが耐えられないかのように倒れた。 子供 「かあさん……?どうしたの……?」 楓  「はぁっ……はっ……!……死神と融合した結果かな……。     ───ごめんなさい……産まれさせておいて、     わたしはあなたたちに何も出来ない……」 子供 「………」 楓  「ごめんなさい……」 ───……。 なぁ、あんた。 あんたは俺に、これを見せたかったのか? 俺に……また娘の死ぬ姿を見せたいってゆうのか? 彰衛門「……無駄なんだろう?」 助けたくても助からないんだろう? あの時と同じように、近づけばきっと動けなくなる。 それに……楓の状態の異常は病気とかの問題じゃない。 神の子としての何かが、死神と融合したことで侵食されている感じだ。 あれは月生力でもなんでも、絶対に治せやしない。 試したわけじゃない。 わけじゃないけど、それは確信出来た。 子供 「……おねがいです、かあさん。ぼくといもうとになまえをください」 楓  「………」 子供 「かあさん……?」 子供たちは、既に動かない楓を揺すっていた。 まだ『死』の意味すら知らない子が、初めて親から教わったことが『死』だなんて…… 彰衛門「……なんて過去だよ……。ひどすぎる」 どうして俺にこんな世界を見せるんだ。 わけが解らない。 彰衛門「………」 そして、俺は思った。 楓巫女の時のように、俺が名づけ親になってやろうと。 だが─── 子供 「う、うわっ……?」 子供……少年の方は黒い霧の渦に飲まれると、その場から消えてしまった。 彰衛門「な……」 そして……少女だけが残された。 少女はわけが解らずにカタカタと震えるだけ。 ───それを確認した途端、俺の体を光が包んだ。 ようやく終わるのかな、と思いながら……俺はその光に身を委ねる。 やがてその世界が光に包まれ霞んでゆく頃。 最後に楓の名を呼ぶ夜華さんの声が聞こえて……俺はどうしようもない気分に襲われた。 謝ることも出来ず、励ますことも出来ず、笑い飛ばすことも説明することもできない。 だって……最後に見た俺を見る夜華さんの目は、明らかに俺を憎むような目だったから。 ───……。 時空の狭間に飛ばされる瞬間、楓の体からひとすじの光が飛んだ。 たぶん転生するために魂が飛んだんだろうって思った。 だけどその魂の光は何かに遮られるように弾かれ、ふたつに割れた。 その何かに気づいた時、俺は激しい憎悪の心を燃やした。 ───ドス黒い何かは櫂埜上喜兵衛の魂だった。 まだ因果は続いていく。 そう感じた時、俺はこいつを許さないと本気で思った。 ──────…………。 そして俺はここに居る。 江戸時代から比べてみれば、明らかに馴染みのある世界に。 そして─── 少女 「……おにいさん、だれですか……?」 病院のベッドに眠る少女。 呼吸が荒く、もうあまり長くないのだということを感じられる。 彰利 「俺は……魔法使いさ」 怯える少女にそう言って、俺は微笑んでみせた。 少女 「魔法……?」 彰利 「……肝心なときになんにも出来ない、情けない魔法使いだけどな」 少女 「そうなんだ……ケホッ!コホッ!」 彰利 「キミはどうしたんだ?病気なのか?」 ベッドに横たわり、顔色のよくない少女に言う。 その少女が楓の転生した姿だということくらい解ってた。 少女 「───もう……お迎えのくる体なんです」 彰利 「………」 少女 「昔、ちょっと無茶しちゃいまして……その代償ですね。     誰かがわたしのことを叱ってくれたのに、わたし、また裏切っちゃったんです」 彰利 「叱ったのか。だったら別にいいんじゃないか?そんなヤツ」 少女 「よくなんかないですよ。     覚えてないけど、叱ってくれた人はきっとわたしの大切な人だったんです」 彰利 「覚えてないのに大切?はは、おかしな話だな」 少女 「……そうですね、そうかもしれません」 少女はクスクスと笑った。 だけどその笑みは力無く、痛々しいくらいにか細いものだった。 彰利 「……なぁ、キミの名前は───」 ドタドタドタ…… 彰利 「……誰か来たみたいだな」 少女 「うん……気配で解る。凍弥ちゃんたちだ……」 彰利 「───知り合いかい?」 少女 「…………うん、大事な人」 彰利 「そっか」 俺は息を吐いて苦笑した。 この時代でもダメなのか、と。 だけど気になることがひとつある。 転生の魂は、喜兵衛の魂の妨害でふたつに割れた。 そのふたつの魂はちゃんと、この少女に届いたのだろうか。 少女 「ごめんなさいおにいさん。わたし、これからお別れしなくちゃいけないから」 彰利 「…………ああ、そうだな」 俺の周りにも光が集まり始めてる。 その光の瞬きの違いからして、どうやらここが終着だったらしい。 少女 「おにいさん……?その光……」 彰利 「言っただろ?俺は魔法使いだって」 少女 「………」 彰利 「最後に聞かせてくれるかな。俺に旅をさせてくれたのは……キミかい?」 少女 「……?」 少女は首を傾げた。 明らかに解らないといった感じだったけど……うん。 彰利 「愛しの凍弥ちゃんに言ってやれ。浮気は許さないぞ、ってな。     もし浮気したら、おとーさまが容赦しないって」 少女 「わたしのおとうさんが……?どうして……?」 彰利 「さぁな。訊いてばっかじゃいい大人になれないぞ」 少女 「……おにいさん、変わった人だね」 彰利 「任せろ」 ニカッと笑ってやり、頭をわしゃわしゃと撫でてやった。 少女 「あっ───!?」 彰利 「今度こそ、さよならだな。ここは終着みたいだから」 光がハッキリと色をなし、俺を包んでゆく。 少女 「待って!あなたは───」 彰利 「俺はどこにでもいる、しがない魔法使いだ。     キミの覚えに叶う人物なんかじゃないよ」 少女 「でも、でもあなたはもしかして、あの時もあの場所に」 彰利 「じゃあな、お姫さま」 やがて俺はその光に抱かれながら、この場所から姿を消した。 そしてその光は月空力の輝きの中でも異質。 つまり……記憶に作用するものだと感じた。 俺が消えるのと同時に、少女の中で俺が病室の中に居た事実は消えるだろう。 ───そして俺は時空の狭間を彷徨う。 そしてその中でいろいろな声を聞いた。 俺の声や楓巫女の声、隆正に夜華、飛んだ時代で出会った人々の声を。 おそらく、今までの歴史の中の声が繰り返されているんだろう。 その中にある声は俺の聞いたことのない声まであった。 俺が時空を彷徨う中で隆正と楓巫女が交わした言葉や、鮠鷹や楓や夜華の声。 いろいろな人の声に混じるように聞こえる心の声や、喜びや悲しみ。 その中を流れながら、俺は……神の子の血が転生の糸を結ぶものだということを知った。 そしてどうして都合よく楓巫女と隆正が同じ時代に転生していたのかを知る。 櫂埜上喜兵衛が楓巫女の遺体から血を飲んだことも、 その所為であいつまでもが同じ時代に転生することになったことも。 その全てが楓巫女の純粋な心が生み出してしまったものだと知り……俺は辛かった。 そして俺は声を聞く。 一際大きな声を。 『じいやは『紅葉』が好きでの、楓も秋の紅葉のひとつじゃ。  そして楓巫女、貴様は産まれながらにして巫女装束を纏っていた。  だから、楓巫女じゃ。『の』がついておるのは昔風にするためじゃ』 これは俺の声。 『いやです……!わたしはここで鮠鷹さまを待ちます……!  あの人が死んだなんてうそです……!』 これは……楓の声。 彰利 「───っ……!」 最後に聞こえたふたつの声を最後に、光は爆発でもしたかのように俺の目を眩ませた。 そして……視覚がゆっくりと戻ってゆく頃、ひとつの場所で誰かを待つ少女が居た。 寂しそうに膝を抱えて。 その景色はその少女が子供の頃から続いていて、 彼女はずっとひとりぼっちで来る筈も無い人を待ち続けていた。 そんな少女を眺めていた時、俺の頭の中に少女の見ている景色が流れ込んできた。 ……夢を見る。 見上げてみた空は、相変わらずいい天気で。 だけど崩れる世界の中、わたしはいつだって不安だった。 でもふと気づくと、わたしはここで誰かを待っていた。 それがどうしてかは解らないけど……どうしてか、心が暖かかった。 待っていると、まだかな、まだかな、と心が踊る。 わくわくして、きっと幸せになれるんだって思って、わたしは笑っていた。 だけど───その夢は決まって、最後に闇が訪れる。 待っても待っても、待っている人は訪れなくて。 やがて悲しい気持ちを抱くと、周りの景色は闇に蝕まれて消えてゆく。 そんな中で、誰かがわたしに手を差し伸べてくれた。 けれどわたしはそれを払ってしまい、そのまま闇に飲まれてゆく。 だけどふと気づくと……その景色はいっつも元通りになっている。 わたしはわたしに手を差し伸べてくれた人が誰なのかと思いながら…… ただその景色の中で、また誰かを待つだけだった。 その誰かが誰なのか。 待っているのに解らない自分がどうしようもなく馬鹿らしかった─── それでも少女は誰かを待つ。 その名に俺が好きだと言った『秋の葉』の名を刻みながら…… 割れた魂はひとつずつに分かれ、今もなお脈打っていた。 俺はそれをとても嬉しく思いながら─── やがて、自分の馬鹿娘が居る世界へと降り立った。 Next Menu back