───小さな波───
チュンチュン……チチ…… 凍弥 「ん……」 小鳥の囀りを耳にして、俺は目を開けた。 凍弥 「あ……れ?」 開けた視界に広がるのは見慣れない場所。 だけどなんだか懐かしくもあって、俺は驚くこともなくゆっくりと起き上がった。 凍弥 「……椛の家か」 自分の居る場所を把握して、大きく深呼吸した。 そうして落ち着いてからようやく、自分がここに泊まったのだということに気づいた。 とはいっても、気絶させられてからようやく目が醒めたと言うべきだけど。 凍弥 「………」 ざっと部屋を見渡してみても誰も見当たらない。 ただ俺の体には毛布がかけられていたらしく、傍らにそれが落ちていた。 凍弥 「ん……」 小さく伸びをして立ちあがる。 時間を確かめようと思ったけどこの部屋には時計が無く、 でもなんだか時間を調べるよりも外に出ようと思った。 神社に行くのも悪くない。 そう思い立った俺は、静かに襖を開け、玄関に向かって歩いた。 玄関に辿り着くと別に慌てる風でもなく、普通に靴を履いて外に出る。 凍弥 「………」 家を出た先の景色は穏やかなものだった。 『自然が残ってる』って言うんだろうか。 生き物が人に怯えることもなく、ただ普通に生活している。 凍弥 「………」 俺は近寄ってきた兎に軽く手をあげて、神社への石段まで歩いた。 そしてそれを昇っていき、しばらくすると見える神社。 ところどころ変わってしまったが、大部分は変わっていない『神楽の社』。 昔はそう呼んでいたものだが、いつの間にか晦神社になっていた。 時間が流れるのは早いな。 凍弥 「……大樹ももう、大樹とは呼べなくなってきたな」 ところどころが朽ち、大きなヘコミのある大樹を見る。 彰衛門が楓巫女と俺のために作ってくれた寝所。 それはもう、あの頃の緑を見せてはくれなかった。 ───どこか悲しい思いを抱きながら大樹を昇る。 目的は俺の部屋だった場所。 凍弥 「……よっ……っと……」 木登りのコツを思い出しながら昇る。 ほんと、彰衛門には世話になってばっかりだった。 それを考えると、かなり痛いけどいろいろとはしゃがれるのも悪い気分じゃなかった。 凍弥 「っと」 木の上の方にある穴は、なんだか頼りなく小さくなってしまったように見えた。 それともただ、俺が大きくなってしまったからだろうか。 大樹自体が弱りきっているのか、既に琥珀珠が無くても入れる。 草木はもう枯れていて、夏だというのに新緑すら咲かせていなかった。 凍弥 「……ひどいな」 そして、部屋だった場所は荒みきっていた。 蜘蛛の巣が張り巡らされ、よく解らない虫や生き物がいる。 かつて、害虫とよべるものが決して入ってこなかった場所はもう無いのだ。 それは恐らく……長い年月を経て、彰衛門の魔法効果が尽きたということなんだろう。 凍弥 「………」 なんだか悲しくなってきて、俺は大樹を降りた。 そうしてからもう一度、その大樹を見上げてみる。 凍弥 「………」 周りの樹木は緑を生して、風が吹く度にサワサワと音を立てている。 けれど、この大樹は孤独だった。 ───ズキッ……。 凍弥 「いて……っ」 そんなことを考えていたら、突然胸のあたりが痛んだ。 凍弥 「……?」 もしかしたら過去の自分が泣いているのかもしれない。 そんなことを思いながら、椛には悪いと思ったけど学校に行くことにした。 時間なんか調べる暇があったら行こう。 ここには思い出がありすぎる。 『あの頃とは違いすぎる思い出』が。 凍弥 「………」 無言で大樹に頭を下げて、やがて踵を返して歩き出した。 と、そんな時。 ───ゴトッ。 凍弥 「うん?」 社の中から妙な物音がした。 凍弥 「………」 俺はそこらへんの棒キレを手に持って、ゆっくりと近づく。 俺の予想では彰衛門あたりじゃないだろうかってところだけど、 俺の予想は昔っからハズレることが多いのでこの予想は保留だ。 ───ゴトッ。 ゴトン。 凍弥 「……っ」 気のせいってことは無いようだ。 やっぱり誰か居る。 この神社の関係者かもしれないが、 もし無視して帰ったりでもして、相手が泥棒だった日には夢見が悪い。 凍弥 「っ!」 俺は意を決して社を開け放ち、中に入り込んだ。 凍弥 「何者だ───って……」 夜華 「……きゅう」 凍弥 「浅美?いや……篠瀬か?」 夜華 「は、鮠鷹……すまぬ……な、なにか食べ物を……」 凍弥 「………」 ぼてっ。 凍弥 「あ」 篠瀬は目を回して力尽きた。 おそらく何も食っていないのだろう。 ま、そりゃそうか。 浅美は霊体だったわけだし、篠瀬はこの時代じゃあ右も左も解らないだろうし。 凍弥 「……仕方ないな」 俺は軽く頭を掻いて篠瀬を抱えた。 すると思ったより軽く、ちょっと驚いた。 凍弥 「……女って不思議だな」 男じゃこうはいかんだろう。 そう思いながら、俺は石段を降りていった。 ───で。 椛  「と、凍弥先輩!どうして夜華とべったりくっついてるんですか!」 神社から降りてきたところを椛に見つかり、現在に至る。 椛  「ヒドイですヒドイです!わたしのこと抱き上げてくれたことがないのに!」 どんどんと話がズレていってるのは気の所為なんかじゃないことを断言出来る。 椛……いや、『朧月』ってこんな性格だったっけ? ……そうなのかもなぁ。 でも、なんか今朝は妙に元気だな。 凍弥 「しゃあのない」 椛  「なにがですか!もう凍弥先輩なんて知りません!」 俺はひとまず篠瀬を叢(くさむら)に寝かせ、そっぽを向いてる椛を抱き締めた。 椛  「ひゃあっ!?」 よっぽど驚いたのか、今までにない声をあげる椛。 ほんと、こんな小さなお嬢さんが家系の開祖さまだっていうんだから……妙なものだ。 凍弥 「そぉ〜らぁっ」 椛  「きゃあっ!あ、やっ……と、とと凍弥先輩!わたし子供じゃありませんよ!?」 高い高いの真似をしていると、そう言われてしまった。 凍弥 「はは、なんか彰衛門にも言いそうな言葉だな、それ」 椛  「───」 凍弥 「ありゃ?」 思ったことを口にした途端、椛は顔を赤くして俯いた。 ……ちなみにまだ持ち上げっぱなしです。 軽いんですもの。 凍弥 「……もしかして、彰衛門にも言った?」 椛  「………」 コクリ、と。 赤い顔をもっと赤くして、観念したようにゆっくりと頷く。 観念する意味なんて無いんだけど、そこはそれ、彼女の素直な部分の現れなんだろう。 凍弥 「ぷははははははっ!!!」 でも笑いました。 その素直さが嬉しかったから。 椛  「あっ……わ、笑うなんてひどいです!ヒドイですヒドイです!」 ぽかぽかぽか…… 照れくささからなのか、まるで力の入っていないポカポカ攻撃が俺に降ってきた。 それでも降ろさない。 だって軽いんですもの。 凍弥 「椛って軽いなぁ。ちゃんと食べてるか?」 椛  「た、食べてます!女の子に体重のこと訊くのは失礼ですよ!?」 凍弥 「それにしたって軽いしさ」 俺はなんだか楽しくなって、椛を持ち上げたまま回転した。 椛  「きゃっ……!」 だがなんとなく嫌がりそうだからすぐに降ろす。 凍弥 「すまないな、少し調子に乗ってしまった」 隆正風に喋ってみる。 すると椛は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。 ムウ、彰衛門じゃないが、これは確かに苦労しそうだ。 凍弥 「あ、そうそう。篠瀬のヤツに食べ物を食べさせてやってくれないか?     社の方で行き倒れてたのを抱えてきたんだけどさ」 椛  「え!?や、夜華!?大丈夫なのですかっ!?」 椛も夜華のことになると楓の口調になるらしい。 ……ああ、彰衛門が絡んでない時だけだと思うけど。 夜華 「も、申し訳ありません楓さま……。夜華は……夜華……は……」 がくっ。 椛  「きゃあっ!?や、夜華ぁあっ!」 凍弥 「っと、こりゃ本気でヤバイな。椛、篠瀬を運ぶから玄関を開けてくれ」 椛  「は、はい!鮠鷹さ───ではなくて凍弥先輩!」 なんだか呼び名がごっちゃになってるが。 とにかく急いで篠瀬を運ぶことにした。 ───かちゃん。 夜華 「……馳走になりました」 篠瀬が箸を置く。 まだ誰も起きていないようなので俺が朝食を作らせてもらったわけだが─── 俺と椛も折角だからと朝食をとったわけだが、篠瀬と椛は驚くほど小食だった。 凍弥 「……軽いわけだ」 椛  「凍弥先輩───」(ギロリ) 凍弥 「あ、いや……なんでもない」 そういや学食でもレタス盛頼んでたしなぁ。 でも睨むのは勘弁してほしい。 夜華 「また、楓さまに助けられました。感謝の言葉もありませぬ」 椛  「もう……夜華?今のわたしは簾翁楓ではなくて朧月椛です。     それをきちんと覚えてください」 夜華 「それを言うのならば、わたしも夜華ではなくて浅美だそうですが?」 椛  「う……」 凍弥 「どっちもどっちだな」 夜華 「貴様は鮠鷹……ではなく、凍弥、というのだったな」 凍弥 「そ。霧波川凍弥。姓が凄まじいが、気にしないでくれ」 夜華 「霧波川か。確かに妙な苗字だ」 素直な感想を受け取った。 そして俺はなんとなく部屋の中を見渡して─── 凍弥 「そういえば椛、彰衛門はどうした?」 椛  「───!」 夜華 「彰衛門?ここに来ていたのですか?」 椛  「………」 質問してみたが、椛は肩を震わせながら俯いてしまった。 凍弥 「椛……?」 椛  「おとうさん……死んじゃった」 凍弥 「え───!?」 彰衛門が……死んだ!? 椛  「昨日、この場所でわたしが無理言った所為で……     おとうさん、力の使い過ぎで……天国にいっちゃった……!」 夜華 「……そんな……!」 凍弥 「そんな馬鹿な……なにかの間違いじゃないのか?」 椛  「おとうさん……わたしにお別れ言ったの……心残りだった、って……」 凍弥 「そんな……それじゃあ本当に……!?」 夜華 「………」 篠瀬は何かを必死で抑えるように、自分の袴を強く握っていた。 椛は俯いたままで震えている。 そして思う。 椛が元気だと感じたのは、無理していた結果なんだと。 凍弥 「あ、あのな……椛」 こんな時こそ俺が慰めてやらなきゃいけない。 俺はそのためにここに居るんだから。 俺は椛を抱き締めてやろうとガタタンッ! 凍弥 「ん?」 なんか聞こえた。 上の方からだな。 声  『…ぉ…ぁ……ぇ……ぇ…ぁ〜!』 そしておぞましい何かの声。 くぐもった、何か嫌な予感をさせるものだ。 凍弥 「篠瀬……聞こえたか?」 夜華 「ああ……ただならぬ邪気を感じる」 俺と篠瀬は立ち上がり、武器を構えた。 俺は部屋に置いてあった刀。 篠瀬は自分の腰にある刀。 凍弥 「椛、刀を借りるぞ」 椛  「え……?」 凍弥 「今、上の方で物音がした。邪気はどうだか解らないけど、調べてくるから」 椛  「わ、わたしも行きます」 当然の椛の申し出。 だが俺は首を横に振った。 凍弥 「俺達が傷ついた時、頼れるのはお前だけなんだ。     それに……もしお前が傷ついたりしたら、彰衛門に申し訳がない」 椛  「ですが……!」 凍弥 「……頼む。ここで待っていてくれ」 椛を抱き締めて、その暖かさを感じる。 もし、篠瀬の言う通り邪なる者ならば、満足に戻れるという保証はない。 だから─── 椛  「……無事、戻ってきてくださいね」 凍弥 「ああ。誓おう」 俺は純粋に想ってくれる彼女に口付けをした。 夜華 「……場所を弁えてほしいのだが」 ゴメンナサイ。 チキ、ン……。 夜華 「いつでも攻撃できる態勢で望めよ、鮠鷹」 凍弥 「解っている。これでも剣聖と呼ばれたほどだぞ、見縊るな」 夜華 「それが慢心となったからこそ、彰衛門に殴られたのではないか?」 凍弥 「……返す言葉もないな。一層に気を引き締めるとしよう」 篠瀬と話してると自然に昔の口調になるな。 『自然に』だから改めようがない。 ゴトン。 声  『ゃ……ょぃ……』 また聞こえた。 凍弥 「どうやら屋根裏みたいだな」 夜華 「ああ。……いいか鮠鷹、約束しろ。絶対に死ぬなよ、もう楓さまを苦しめるな」 凍弥 「当たり前だ。俺はもうあいつのために生きると決めたのだ。     危なくなったら無様でも逃げ切ってみせる」 夜華 「それならいい。戦って死ぬのは馬鹿者のすることだ。     たとえどう思われようが、生きてさえいればどうとでもなろう」 俺と篠瀬はゆっくりと階段を登り、やがて屋根裏へと辿り着いた。 夜華 「───……まるで闇の世界だな。何も見えん」 凍弥 「気配を探れ。明かりに頼ればいい的になるぞ」 夜華 「ほざくな。それしきのこと、わたしが解らぬとでも思ったか」 屋根裏に立ち、気配を探る。 目に頼らず、己の神経のみで。 夜華 「……?おい鮠鷹……気配、感じるか?」 凍弥 「……妙だ。全く感じない」 屋根裏はひっそりとしていて、まるで何者の気配も感じない。 気の所為だったとでもいうのか? ガシャァンッ!! 声  「きゃああああっ!!」 !! 凍弥 「椛っ!?」 浅美 「楓さま!!」 なにかが割れる音と、椛の悲鳴。 それを聞いた俺は全てを振り払う勢いで階下へと駆けた。 だが─── 凍弥 「椛っ!?椛ぃっ!!どこだ!!」 椛が居たはずの部屋は荒れ果て、その場所に椛の姿は無かった。 夜華 「なんということだ……!!楓さま……!」 なんだっていうんだ……? いったい何が起きている……! ズキンッ! 凍弥 「ぐあっ!!」 そして、再び胸のあたりが痛む。 くそ……なんなんだこれは……! 夜華 「っ!鮠鷹!これは───!!」 凍弥 「くっ……ど、どうした!?」 夜華 「これは……」 篠瀬が見ていたもの。 それは、血塗れの如月校の制服の切れ端だった。 嫌な予感が頭から離れない。 凍弥 「まさか……まさか、喜兵衛がまだ生きていたとでも……!?」 夜華 「……どうする、鮠鷹。わたしは……こういう時どうしたらいいのかが解らない」 凍弥 「………」 決まってる。 凍弥 「椛を探すんだ。絶対に生きている。諦めたらそこで終わりだ」 夜華 「あ、ああ」 俺と篠瀬は手分けして椛を探した。 でも気になることがあった。 家の中を捜してみても、悠介さんもルナさんも居ないのだ。 ……そう、ふたりが居たらしき部屋も荒らされ、血が散っていた。 考えたくは無いが、まさか───ふたりも……? ガシャァアアアアアアアン!!!! 声  「うわぁっ!?う、うわぁあああああああああああっ!!!!!」 凍弥 「篠瀬!?」 篠瀬の悲鳴を聞いて走った。 だが─── 凍弥 「……そんな馬鹿な……」 篠瀬が居たらしき場所は、さっきと違って荒れ果て、血が散っていた。 襖は窓ごと破壊され、ところどころに無残に散っている。 そして俺は……過去、隆正であった頃のことを思い出した。 あの川に居た本物のバケモノのことを。 ズキッ。 凍弥 「いつっ……!?」 そしてまた、胸が痛む。 まさかとは思うが、バケモノに斬られた場所が痛んでるんじゃあ……? ……いや、あの時斬られたのは腹だった筈だ。 じゃあ……? 声  「……ぅぇ〜……ぅげぇ……ぅう……!!」 凍弥 「!!」 再び聞こえる妙な声。 俺はその声を辿ろうと走り───ガクンッ! 凍弥 「なっ!?」 脚が動かない! そんな馬鹿な!! 凍弥 「うっ……!?な、なんだよこれ……!」 見下ろしてみれば、足には無数の手がくっついていた。 それは畳から生えているようで、しかも真っ赤な血に濡れている。 正直、見ているだけで吐き気がする。 その無数の手が俺の足を掴んで離さない。 俺は刀を抜き、その無数の手に刺した。 だが全然効いていないようで、離そうともしない。 凍弥 「くそっ!なんなんだよ!おい!椛をどこにやった!」 ザクザクと突き刺す。 だが余計に血塗れになり、その手は恐怖でしかなくなった。 ───ズキンッ!! 凍弥 「かぐっ……!?ぐ、ぐああああああああっ!!!!」 胸の痛みが大きなものへと変わる。 それは気が狂いそうなくらいの痛みだ。 自分を形成しているものが崩れそうになるような痛み。 その痛みの所為で視界が滲む。 そして立っていられなくて膝をついた時。 声  「…ぉ…ァ……ぇ……ぇ…ぁあ〜っ!」 またあの声が聞こえた。 俺は力を振り絞り、その手を振り払って走った。 凍弥 「椛……椛っ!!」 胸の痛みなんて関係ない。 俺はあいつさえ無事なら───!! どがしゃあああああああんっ!!!!! そして俺はズッコケた。 だって…… 彰利 「もぉ我ァ慢できねぇなぁあ〜っ!!」 ゴリゴリ、シャリ、シャリシャリ…… その場に居たのは彰衛門だったから。 何故か冷蔵庫の前に屈み、大根を食っていた。 夜華 「……おい」 彰利 「はらへっだ……おなご、ぐいでぇ……」 シャリシャリ…… 凍弥 「おいっ!」 彰利 「だぁ〜……?」 凍弥 「なにやってんだよ!お前死んだんじゃなかったのか!?」 彰利 「だぁ〜っ!」 ゴロゴロゴロ…… 凍弥 「あ、おいっ!」 振り向いた彰衛門は妙な声を出すと、 でんぐり返りでゴロゴロと転がっていってしまった。 追ってみたけど、廊下に出てみればもう彰衛門の姿は無かった。 凍弥 「……どうなってるんだよ」 声  「いやぁあああああっ!!!やぁっ!やぁあああああああっ!!!」 凍弥 「!!椛っ!?」 椛の叫び声が聞こえた。 それは上の方からだ。 凍弥 「二階か!」 俺は駆け出してカチッ。 凍弥 「……カチ?」 ドバァンッ! 凍弥 「ゲホォッ!!」 妙な音がしたと思ったら、壁から木柱が飛び出してきた。 凍弥 「ゲホッ!ゴホッ!!な、なにが……」 脇腹に直撃した木柱はあっという間に引っ込み、何事も無かったように壁になった。 ……どうなってんだ?この家。 凍弥 「くそ……とにかく足元には気をつけないと……って!     そうそう、壁にも気をつけないとな」 俺は壁についていた手を慌ててどかした……ら、カチリと音がした。 ……手遅れだったみたいです。 凍弥 「う、うわぁあああああああああっ!!!!!!」 ドンガラガッシャンドカバキゴワシャァアアアアアアアアアンッ!!!!! ドカァン! 凍弥 「彰衛門!!てめぇ出てきやがれ!!」 散々な目に遭った俺はキレる寸前でした。 屋根裏に続く扉を蹴破って、ズカズカと入り込む。 そこは相変わらず真っ暗で、一歩先すら見えなかった。 凍弥 「………」 それを見ると流石に冷静になる。 凍弥 「───……気配は……あるな」 人の気配がする。 それはこの先に……ガツンッ! 凍弥 「っ!?」 なにかに足が当たった。 思わずコケそうになったが、なんとか踏みとどまりカツンッ。 凍弥 「うわっ!?」 体勢を立て直した途端。何かを踏んだ。 するとひとすじの光が点く。 凍弥 「か、懐中電灯か……」 犯人が彰衛門ということは間違いないと思った俺は、それを拾い上げた。 そして足にぶつかった何かに照らしてみると─── 凍弥 「うっ……!」 それは黒塗りの柩だった。 まるで吸血鬼が寝る寝所みたいな作りだ。 冗談で作られたものではなく、明らかに何者かが入るために作られたようなサイズ。 そしてよくよく見てみれば、こびりついて変色している血が。 凍弥 「……どうなってんだ?この家ってなにが……」 がたたんっ!! 凍弥 「!誰だ!」 自分以外の気配があることを思い出し、ライトを向ける。 そこには───ネズミが居た。 凍弥 「な、なんだよ脅かしやがって……」 どうやら気配はこいつのものだったらしい。 俺は呆れながら近づいてブシャッ! 凍弥 「え……?」 ネズミが肉の塊になるのを、この目で見た。 それはまるで───あの時と同じ景色を眺めているようだった。 化け物「ニク……ニクだぁ……!!」 そして、壁だと思っていたソレは、ノソリと動き出した。 凍弥 「う、うわ……!」 化け物「ぐいだりねぇ……オマエもぐう……ぐっでやる……」 その姿は、あまりにもあのバケモノを思い出させる。 俺が隆正だった頃に現れた、あのバケモノを。 けど─── 凍弥 「……食い足りない?」 その言葉が俺の理性を焼き切ろうとしていた。 化け物「さっき、おなご、ぐっでやっだ……ぢいさなおなご……うまがっだ……!」 凍弥 「………」 俺の中に、先ほど聞こえた椛の悲鳴が木霊する。 小さなおなご。 その言葉が───!! 俺は理性を繋ぎ止めるのも馬鹿らしくなって駆けだし─── 凍弥 「!!」 ……駆けだそうとして、その化け物の足元に転がる血塗れの存在に気づいた。 腕を無くし、足を無くし、ただぐったりと倒れている彰衛門。 凍弥 「……う、うそだろ……!?」 この化け物……彰衛門が変装してるんだと思ってたのに……! 冗談でも『食う』だなんて言ったから……! だから……! 化け物「おまえ……堅ぐでマズそう……げど、おで、はらへっでる……!     だがらおで、おまえぐう。ぐっでやる」 凍弥 「う、うう……!」 彰衛門が敵わなかった。 それだけで体が震えた。 ……そうだよ、こいつは椛を襲ったんだ。 開祖である椛を。 そして食ったと言った。 だとしたら……? だとしたら、俺なんかが敵うのか……? 凍弥 「───ハッ」 だからどうした。 俺はもう守ってやりたいヤツが居なくなってしまったんだ。 だったら……愚者でも構わない。 戦って死んでやるまでさ! 声  「……ぞ、う……」 凍弥 「!」 声  「こ、ぞう……」 凍弥 「彰衛門!?」 声のした場所を見てみれば、彰衛門がブルブルと震えていた。 凍弥 「彰衛門……!」 だがその姿は力なく、その目が俺を見るだけだ。 彰利 「これを……つかえ……!」 ───カラン、カラン。 何かが投げられ、俺の足に当たった。 それは───あの木刀だった。 凍弥 「彰衛門……でも、俺……」 彰利 「今のお前なら……扱いきれる筈だ……!だ、だから───」 ドシンッ! 彰利 「ぐあっ───う、うぐぁあああああああああっ!!!!!1」 凍弥 「彰衛門!!」 化け物が彰衛門を踏み潰そうとする。 化け物「おまえ、まだいぎでだ……?マズイおどご、さっさとしね……!」 凍弥 「っ!」 彰利 「ガハッ……!た、頼む……!か、かえでのみこのかたきを……!     た……たのむぅ……!!───……」 コトッ───……。 凍弥 「あっ……!彰衛門!!」 彰衛門は最後に涙を流し、力無く手を落とした。 凍弥 「っ……!!貴様ァアアアアアアアッ!!!!」 化け物「デェケケケケ……!!おまえばか……!そんなぼうで、なにするき……?」 凍弥 「……うるせぇ」 化け物「あぁ〜……?」 凍弥 「うるせぇって言ったんだよ……!!てめぇは黙ってろ!!」 化け物「オメ……なに?あのおなご、だいじだっだが……?」 凍弥 「当たり前だ!!俺にとっては何よりも大事な人だったんだ!それを貴様!!」 化け物「だっだらあわぜでやる……!だがらぐわぜろ……!!」 凍弥 「っ───!!こ、殺してやる……!!」 ───『……小僧よ……』 凍弥 「!」 ───『憎しみだけでは、その木刀は操れんぞ……』 凍弥 「その声は……彰衛門……?」 ───……。 凍弥 「……そうだったな」 俺は憎しみを落ち着かせて木刀を構えた。 静かなる心とともに、荒波なる心を持ちながら、 さりとて、さしずめ捻れる紙の先が如く。 凍弥 「……お前を消す。ただ、それだけだ」 化け物「にんげんに、なにがでぎる……?ぐわぜろ……!」 凍弥 「アバン流刀殺法───極意!アバンストラァーーーッシュ!!!!」 ゴカァアアアアアアッ!!! 化け物「なっ……!?なんだごのひがり……!やげる!おでのがらだがやげ───!!」 ───……ォオオ……ン。 化け物は消滅した。 何か喋ってたけど、そんなことどうでもいい。 凍弥 「……すまない、椛……。すまないっ……!」 俺の視界は涙で何も見えなくなっていた。 ただ申し訳なくて。 力無く、屋根裏の床に膝をついた。 凍弥 「あんなに愛していたのに……!あんなに守ると言ってやったのに……!     生涯をかけて守ると決めていたのに……!     俺は……俺はぁあっ……!!ぐっ……ふぐっ……ぁああああああ……!!!!」 そして俺は泣いた。 暗い世界の中で、惨めに。 カシャッ!カシャシャシャシャッ!! 凍弥 「───へ?」 パンパカパーン!! 彰利 「ハワァーーーッ!!!」 トパァン!カパァン!! 突然、部屋に明かりが点き、くす玉が割れた。 そして見渡してみれば、そこに居る皆様。 彰利 「いんやー!見事な告白でした!こりゃプロポーズですよね!?     だって『生涯をかけて守る』ですものね!!」 凍弥 「え……?え……?」 彰利 「どうよダーリン!ルナっち!まだ文句あるかね!?」 悠介 「あのな……俺は元々、椛が選んだんなら文句なんか無かったんだ。     いいからコレほどけ」 ルナ 「うー……癪だけど、そこまで決心が固いなら言うことなんて無いわよ。     いいからコレほどいてよ」 夜華 「おぉのれ貴様!!わたしを縛ってどうするつもりかと思えばこのようなこと!」 椛  「あ、あの……凍弥先輩?ふ、不束者ですが……その……」 凍弥 「…………」 まるでワケが解らなかった。 凍弥 「あ、あれ……みんな……なんで……」 悠介 「あー……すまなかったね、凍弥くん。     悪いとは思ったんだが、キミの気持ちを確かめさせてもらった。     どうにもキミはオロオロしてばかりで、椛を守ってやれるか不安だったんだ」 ルナ 「そこへホモっちが来て、いい提案がありますぜって」 凍弥 「へ……?」 彰利 「追い詰めればなんとかなるだろうってことでのぅ。     ちなみにその木刀、ダーリンに創造してもらった特注品。     その名も『椛が好きであればあるほど最強ですよ木刀』だ。     そんでもってさっきの波動は見事にマックスレベル。文句無しでしょう」 椛  「あ、あの……その……」 凍弥 「え……?じゃ、じゃあさっきのバケモノは……?あの赤い手も……」 彰利 「スペシャルサンクスの冥界アドバイザー、シェイド=エリウルヒドさんです」 ルヒド「どうも」 スチャッ、と陽気に手をあげる死神さん。 彰利 「彼に、貴様が最も恐れたバケモノチックなモノを引き出してもらったのじゃ。     つまりは映像を映してたってわけ。     それをシェイドが微調整してアタイを踏んだりしてたわけね。     赤い手は冥界の怨霊さん達に協力してもらいました。     そしてどうでしたかな!?アタイの叫び、ステキな演技だったでしょ!!」 凍弥 「な、な、なぁあ……!!じゃあみんなして騙したのか!?」 彰利 「ちなみにアタイはただ倒れてただけですじゃ。     『月奏力、幻惑の調べ』でキミの視界を調整しながらね。     アタイってば腕と足が無いように見えたっしょ?」 ……黙って頷いた。 彰利 「さて、それでは質問デース。     腕の無い存在がどうやって小僧に木刀を投げたのでしょう♪」 凍弥 「へ?あ、ああぁあーーーーっ!!!!」 彰利 「ほぉっほっほっほ!その時に気づかなかった貴様が悪いわ!カスめ!カスめ!」 凍弥 「ぐ、ぐ───……!!」 彰利 「ま、よかったでないの。これで両親と祖父母に許可取れたんだし。     あ、そうそう。小僧ンとこの両親はどうなん?」 凍弥 「………」 彰利 「ややっ!?放心してらっしゃる!では仕方が無い!」 Next Menu back