───ただ幸せのために───
キヒィンッ!! 彰利 「やあ」 光から現れた彰衛門は、酷く穏やかにそう言った。 にこやかな笑顔だった。 遥一郎「……よっ」 その言葉は与一の言葉だった。 どこか恥ずかしそうな顔をしている与一。 それがどうしてなのかは解らなかった。 凍弥 「それで……ウィルスの方は?」 彰利 「………」 俺の言葉に、彰衛門はただ顔を逸らすだけだった。 凍弥 「え……?ま、まさか……」 遥一郎「ん?あ、いや大丈」 ぐしぃっ!! 遥一郎「ふんぐぉおっ!!!」 彰利 「実は……ダメじゃったんじゃ……」 凍弥 「な───」 何故か弁慶の泣き所の少し上─── またの名を『弁慶の中の弁慶』を押さえてのた打ち回る与一。 だがそれ以上にも彰衛門の言う言葉が信じられなかった。 凍弥 「うそ……だろ?そんなの……」 彰利 「ウソじゃ」 凍弥 「───」 その時覚悟が決まった。 拳を硬く握った俺は、彰衛門の背後で拳を振るう与一とともに───ボゴシャアアア!! 彰利 「ウギャアアーーーッ!!!」 ……ゴトッ。 俺の拳を避けようとした彰衛門の後頭部に、与一の精霊パンチが直撃した。 まるでこちらにまで衝撃が突き抜けたような音だった。 ……まあ痙攣している彰衛門は無視するとしよう。 どう弁解しようが自業自得だ。 遥一郎「ウィルスの入手には成功したんだ。薬も完成した。     ちょっと待ってろ……えーと……どこに仕舞ったんだ……?」 与一が彰衛門の懐を探る。 彰利 「う、うーん……ハッ!?キャッ……キャーッ!?     な、なにしてるのアンターッ!!イヤーッ!イヤァーーーッ!!痴漢よ痴漢!」 遥一郎「やかましいっ!」 ゴドドンッ!! 凍弥 「あ」 与一が勢いよく拳を落とし、彰衛門の頭を打ち抜いた。 その勢いは凄まじく、殴られた彰衛門の頭部は床にも叩きつけられ、 彰衛門は本気の本気でぐったりと動かなくなった。 ……なにやらドス黒い汁が耳から流れてるし。 遥一郎「………」 凍弥 「………」 なんとも言えない重苦しい空気が辺りを包んだ。 遥一郎「あー……えーと……あ、薬、あったぞ……」 薬のカプセルを発見した与一がカプセルをよこしてくれる。 ───が!その時信じられないことが起こった!! 彰利 「させるかぁ!」 遥一郎「うおっ!?」 なんと彰衛門が起き上がり、薬を横取りしたのである! 彰利 「なんてことするの!これはアタイの薬ぞ!?」 遥一郎「なに言ってるんだ!それは風間のために渡す薬だろう!」 彰利 「何を申されるか!これはアタイの薬だと言っておるだろうか!ホレ!」 ゴクリ……。 遥一郎「あっ───あぁーーーっ!!!?」 凍弥 「がっ……ががっ……!」 彰利 「うぅうううううまぁああああいぃいいいいッッぞぉおおおおおおっ!!!!!」 叫ぶ彰衛門の口から眩い光がゴシャアアアアと溢れる! 遥一郎「ばばば馬鹿野郎ォオオオオッ!!!!なに考えてんだ!!     薬が無けりゃ風間の知り合いを助けられないんだぞ!?それを───」 彰利 「薬?薬ってコレじゃろ?」 凍弥 「へ?」 彰衛門はコサ、とカプセルを見せた。 遥一郎「……騙したな?」 彰利 「失礼な!きっちりと『アタイの薬』と言ったでしょう!     さっきのはアタイが特別に開発、作成した安眠薬ぞ!     レタスの安眠成分を抽出した気分の薬です。     実際にそうそう簡単に抽出できたら薬剤師は苦労しませんぜ?」 遥一郎「そりゃそうだが……」 彰利 「そら小僧、薬だ」 凍弥 「───!」 彰衛門は快く……かどうかは解らないが、薬を渡してくれた。 俺はその薬を握り締め、いてもたってもいられずに走った。 電話の前に滑り込み、すぐさまに受話器を取って風間の家に電話する。 ……コールが続く。 居ないのか、それとも絶望を抱いている所為で電話に出る気力が無いのか。 どちらにしても苛立ちを隠せない。 凍弥 (風間……!早く出てくれ……!     薬があっても手遅れになったら笑い話にもならない……!) ブッ…… 声  『はい、風間ですが───』 凍弥 「かざっ───あ……風間さんのお宅ですよね!?」 声  『はい、そうですが……あの、どちらさまでしょうか』 凍弥 「すいません、俺……霧波川凍弥っていいます。雄輝くんは居ますか?」 声  『まあっ、凍弥くん!?まあまあまあ!!あ、わたし雄輝の母の幸代です!     まあまあ〜っ!あなたのことは毎日って言っていいほど雄輝から訊いてるわ!     知らないことの方が少なそうなくらいよ!』 凍弥 「ど、どうも。それで───雄輝くんは」 声  『雄輝?雄輝なら深刻そうな顔で帰ってきたと思ったら、     部屋に入ったっきりで閉じこもりっぱなしで……』 凍弥 「居るんですね?なら『救えるから電話に出てくれ』って言ってください!     それでも出てこなかったら───『俺を信じてくれ』って!」 声  『───ありがとう。     事情はよく解らないけど……雄輝のために助力してくれてるのね?     本当、雄輝の言った通りの人みたい。……待ってて、呼んでくるから』 凍弥 「……お願いします」 コトッと受話器が置かれる音を聞く。 それからしばらく時間が経つが受話器が取られる気配は無い。 だが───ようやく受話器は取られた。 声  『……センパイ』 凍弥 「───風間だな!?」 声  『俺……どうしたらいいか……』 凍弥 「情けない声出すなよ。     いいか、これから急いで病院に向かってくれ。俺もすぐに行く」 声  『センパイ……どうしたんですか……?それに、『信じろ』って……?』 凍弥 「……薬が手に入ったんだよ。皆槻を助けられるんだ」 声  『───………………ほっ……本当ですか!?』 長い沈黙の後に、風間は声を張り上げた。 恐らく言葉の意味が染み渡るのに時間がかかったんだろう。 凍弥 「こういうことで俺がお前にウソついたことがあるか?」 声  『とんでもないです!解りましたすぐ行きます!』 がちゃんっ!! 凍弥 「っ……!ったく、受話器置くくらい静かにやれっての……!」 悪態をつきながらも俺は外に駈け出て、自転車に跨った。 遥一郎「気をつけてな!」 凍弥 「オーライ!」 親指を立てて見せ、ペダル思いきり踏み込んだ。 凍弥 「うおおおおおおお!!!!」 少しずつスピードを上げる自転車が、やがて風に乗るかのように速さを増す。 いつもよりとても強い追い風が吹いて、俺を押してくれたのだ。 遥一郎「……サンキュ、蒼木」 与一が何かを言っていたような気がしたけど、俺は迷わずペダルを踏んでいた。 ───急がなきゃいけなかった。 面会終了時間まで時間が少ない。 病院に辿りつけても、この薬を飲ませられなきゃ意味がないんだ。 声  「センパァアアアアアアアイッ!!!」 凍弥 「───!風間!」 後ろから自転車を漕ぐ風間が追いついてきた。 大したスピードだ、サッカー部所属は伊達じゃない。 風間 「大丈夫なんですね!?静香、助かるンスヨね!?」 凍弥 「ああ!面会時間に間に合えばだ!」 風間 「───!」 家族に忘れかけているなんて相当なことだ。 恐らく、本当に時間が残されていないんだろう。 だから『明日出直そう』だなんて悠長なことは言ってられない。 急がなきゃ───よし、見えてきた! 凍弥 「急ぐぞ風間!」 風間 「はい!!」 病院の門を通り、停車させるのも惜しくて半ば自転車を飛び降りるように降りた。 そのままの勢いで病院へ入り、ただ走る。 だが─── 看護婦「あっ!ダメですよ!もう面会時間は終わってます!」 凍弥&風間『───!!』 間に合わなかった───!? 凍弥 「───」 風間 「───……!」 俺は風間に目で合図した。 それとともに薬のカプセルを風間に向かって放り、走らせた。 看護婦「あっ───ちょっと!待ちなさい!」 凍弥 「行かせてください!お願いします!」 看護婦「だめです!規則は規則です!そこをどきなさい!」 くそっ……!規則規則って……!人の命と規則と、どっちが大切なんだ! 声  「───センパイ……」 凍弥 「!?か、風間……?」 風間 「………」 聞こえた声に振り向くと、肩を落とした風間が医者に連れられていた。 ……くそ……!捕まっちまったのか……! ───……。 夕焼けすらも沈んでゆくその景色の中で、俺と風間は力無く病院を見上げていた。 風間 「静香……」 凍弥 「………」 ひとつの窓を見上げたまま、涙を流す彼に対して言えることなんか無くて。 俺も、ただその窓を見上げることしかできなかった。 ───そんな時だった。 凍弥 「───ッ!!……いつっ……?」 ギシィッ、と音を立てて、視界が軋んだ。 そして……自分の知らない景色が浮かぶ。 凍弥 「…………これは」 これは……あの時と同じ……? 椛が死神に取りこまれそうになった時と……。 雪の中で泣く男と、その傍らで倒れている女の子の…… 凍弥 「───……あ……」 俺の意識とは関係なく、俺はとある病室の窓を見上げた。 そこで───少女が小さく手を振った。 その少女は、あの途切れた丘で見た少女。 そして……この軋む記憶の中───泣いていた男の傍らで倒れていた少女だった。 凍弥 「………」 男  『……こっちだ、来いよ』 凍弥 「あんたは……」 ふと見た場所。 そこには、どことなく俺に似た男が居た。 雪の景色の中で泣いていた男。 その人は……きっと、父さんが憧れていた人なんだって解った。 男  『ったく、少しは気転を利かせろよな。     普通に入れなかったら侵入するしかないだろう』 凍弥 「……あんたは、閏璃……凍弥……?」 男  『お前は、人の命がかかっている時に、人の質問しているようなヤツだったか?』 凍弥 「───!」 男  『いい反応だ。こっちだ、付いてこい』 男は窓枠に足をかけ、出入り口の屋根を登ってゆく。 凍弥 「───生前にもやったことなのか?」 男  『柿崎じゃあるまいし、こんなことするか』 凍弥 「……柿崎はやったのか?」 男  『聞いたこともないな』 凍弥 「………」 悟った。 柿崎教諭を強くしたのは間違いなくこの男なのだ。 事実、全くと言っていいほど会話で勝てる気がしなかった。 風間 「センパイ……どこ行くンスか?」 凍弥 「……そっか。お前にはみえないんだな」 男  『連れてきてくれ。もう誰にも、誰かを失う気持ちは味わわせたくない』 凍弥 「……解ってる。風間、一緒に来てくれ」 風間 「……は、はあ」 …………。 少女が居た場所の窓は、いつの間にか開いていた。 そしてそこは───丁度、皆槻の病室だったらしい。 男  『……そんじゃあな。汝の未来に幸多からんことを』 少女 『最後まで希望を捨てちゃダメだよ?     諦めるってゆうのは、人にとっての罪だと思うから』 皆槻が規則正しい寝息をしている中で、俺達が病室に入ると……ふたりはそう言った。 やがてゆっくりと姿を消そうとしているふたりを、俺は呼び止めた。 凍弥 「待ってくれ……。どうしてここに……?霊体ってのは『場』が無いと……」 少女 『それはね、ここがわたしの病室だったからだよ』 男  『この場所には少なからず、思いが残ってたってことさ。     ……まあ、この場所じゃなけりゃあここまで強く具現出来なかっただろうけど。     話はそれで終わりだな?うむ終わりだ。それじゃあな』 凍弥 「あ……待ってくれ」 男  『言いたいことはいっぺんに言えよ……こちとら暇じゃないんだぞ。     からかうなら柿崎にしろ』 凍弥 「だ、誰も『からかう』だなんて言ってないだろ?」 男  『じゃあなんだ?金ならないぞ』 凍弥 「霊体に金借りる馬鹿がどこに居るっ……!」 男  『今俺の目の前に』 凍弥 「借りるかっ!!」 男  『なにぃ、そうなのか。初耳だ』 凍弥 「こ、このっ……!冗談言ってる場合かっ!」 風間 「わっ!セ、センパイ……!声が大きいッスよ……!     霊な人と話してるのはなんとなく解るッスけど……」 凍弥 「あ……すまん」 男  『見ろ由未絵、後輩に叱られてるぞ』 由未絵「と、凍弥くん……そんなにからかったりしたらヒドイよぅ……」 凍弥 「………」 やっぱりだ。 この人たちは…… 凍弥 「……ごめん」 閏璃 『ん?どうしたいきなり』 凍弥 「俺……あんたが死んでるのをいいことに、     死んだ人の名前は嫌だとか言って……」 閏璃 『……そうだな、慰謝料払え』 凍弥 「い、慰謝料っ!?」 由未絵『凍弥くんっ!』 閏璃 『冗談だ、ほんの冗談。俺から言えるのは気にするなってことくらいだ』 凍弥 「………」 風間 「あ……センパイ、静香が起きました。薬を」 凍弥 「え?あ、ああ」 俺は風間の方に向き直って、風間の手にカプセルを預けた。 そしてもう一度振り返ってみるが─── 凍弥 「───」 さっきまでふたりが居た場所には何も無く、風に揺れるカーテンが見えるだけだった。 もう、戻ったんだろう。 凍弥 「………」 ……俺は特に何を言うでもなく、ただ頭を下げることにした。 風間 「……静香、薬を持ってきたんだ。飲んでくれ」 目を覚まし、体を起こした皆槻に、風間はそう言った。 だが皆槻は弱々しい顔で風間を見て、小さく呟いた。 静香 「……だめですよ……。     この病気が『治らないもの』だってことは……わたしがよく知っています……」 風間 「静香……で、でも大丈夫なんだ。ほら、飲んでくれ」 静香 「……いやです」 風間 「静香……?」 どういうわけか、皆槻は薬を拒んだ。 申し訳なさそうに風間から目を逸らして。 静香 「この病院に居る時……     わたしがどれだけ薬を討たれたり飲まされたりしたか、知ってますか……?     夜は発作に苦しんで、朝になれば人体実験まがいに薬を飲まされて……。     だから……お願いです、雄輝くん……。     あなたの手で、わたしに薬を見せないでください……。     わたし……あなたを嫌いになりたくないんです……」 風間 「静香……」 明らかな拒絶。 謝りながらも、皆槻自身が一番苦しそうだ。 でも─── 凍弥 「───皆槻。すまないと思うなら、目を逸らしちゃいけない。     本当に謝りたいなら真っ直ぐに相手を見ないと。     キミはやましいことをしているわけじゃない。     ただ嫌なことを嫌って言ってるだけなんだ。     それならせめて、相手を真っ直ぐ見るべきだよ」 静香 「霧波川センパイ……」 俺の言葉に、皆槻は風間の目を真っ直ぐに見た。 だが……風間がダメだ。 凍弥 「くぉら」 ぐわしっ! 風間 「うわっ!?」 力無い目で皆槻を見ていた風間の頭を鷲掴みする。 そのまま強引に俺の方を向けさせ、その目を真っ直ぐに見る。 決して逸らすことなく。 凍弥 「───風間。彼女を真っ直ぐに見てやれ。     病気でもないお前がそんな不安な顔してどうするんだ」 風間 「で、でも俺……だんだん不安になってきて……。     この薬、本当に効くのかな、って……」 凍弥 「───」 俺はちょっとムッとして、風間の額にデコピンをくれてやった。 凍弥 「あのな、それは俺の恩人が確かな場所から手に入れてきた薬なんだ。     だから絶対に効く。確かに『確信』なんてものはどこにもないよ。     でも……俺は信じてる。その薬で皆槻の病気が治るって。     だって───あいつが持ってきてくれたんだ、信じないわけにはいかない」 風間 「センパイ……」 そう。 彰衛門は人の命がかかっていることでウソをついたりはしない。 確かにふざけることはあるけど……それでも、俺は彰衛門を信じてる。 まだ俺が隆正だった頃、息を引き取る前に誓ったんだ。 『俺は彰衛門を信じる』って。 凍弥 「風間、しっかりと逸らさずに目を見ろ。     お前は皆槻の恋人なんだ、     滅多なことで彼女を悲しませるようなことをしちゃいけない」 そう……俺のように……俺が楓巫女にしたようなことはあっちゃならないんだ。 風間 「……───!」 風間は目の色を変えるかのように、しっかりとした意思で皆槻を見た。 風間 「静香……この薬を飲んでくれ」 静香 「雄輝くん……でも……」 風間 「静香にとって、無茶なことを言ってるってことは解ってる。     でも……でも俺は、静香が苦しんでるところなんて見たくないんだ。     薬を飲むのはもう辛いかもしれない。でも……辛くても俺が支えるから。     だから、静香はただ……俺を、信じてくれ」 静香 「雄輝くん……」 風間のその表情からは、もう迷いの色は見えなかった。 ───俺が彰衛門を信じているように、風間も俺を信じてくれている。 そして─── 静香 「……うんっ」 皆槻も、風間を信じた。 震えながらも風間に微笑みかけて。 それは確かに無理をして作った『作り笑顔』だったけれど。 その笑顔を作るために皆槻がどれだけ頑張ったのかなんて…… きっと、この世界に居る誰にも解りはしない。 風間 「それじゃあ……」 静香 「……うん」 風間の手から皆槻の手へと、カプセルが移動する。 皆槻は水差しに手を伸ばしてそれを取り、目を瞑って薬を流し込んだ。 静香 「───っ!!!!!」 だが、途端に拒絶反応が出る。 薬ばかりを飲まされた所為だろう、体が無意識に薬の侵入を阻止しようとしているんだ。 風間 「し……静香!」 苦しそうにしながら口に手を当てる皆槻を、風間は抱きしめた。 ……もう、ぼんやりと透き通って見える、皆槻を。 風間 「大丈夫だから……!必ず治るから……!     だから……苦しいかもしれないけど、飲んでくれ……!     俺……お前と、まだまだ楽しい思い出作りたいんだ……!     いつか年老いても、あんなことがあったなぁってふたりで笑えるくらい……!」 静香 「……っ……っ……」 皆槻は確かに苦しそうにしている。 だが、薬を吐き出そうとはしなかった。 ───皆槻も未来のために頑張っている。 でもそれは、どんな未来でもいいわけじゃない。 死に近づいた皆槻が選んだもの。 それは───風間との未来だ。 風間 「どんなことがあっても必ず傍に居るから……!     お前の傍に居るから……!だから……!」 静香 「………」 泣きながら皆槻を抱き締める風間の傍ら。 その抱き締められている皆槻の喉が……こくん、と音を鳴らした。 風間 「静香……静香ぁ……っ」 静香 「雄輝……くん……」 信じると誓っても付き纏う『不安』ってゆうバケモノ。 それに押しつぶされそうになりながら、風間はただ皆槻を抱き締め続けた。 けど……そんな『不安』もやがては消える。 だって、俺が見た皆槻静香はもう……透き通ってなんかいなかったんだから。 凍弥 「……ありがとう、彰衛門」 俺の視線の先で、互いを慈しむように抱き合うふたり。 そのふたりが、いつ『もう助かっている』ことに気づくのかは解らないけど…… 凍弥 (……言うだけヤボってもんだよな、これは) ひとまず俺は退散した方がいいらしい。 やがて、これが最後とでも言うかのような熱いキスを交わしたふたりを余所に、 俺は静かに病室から出た─── ───ところで、ボロボロと泣いている女の人と遭遇した。 女の人「よかった……よかったわね静香……!     最後に風間くんみたいな人に会えて……!」 ハンケチーフで涙を拭いながら、とても不吉なことを言う女の人。 言葉から察するに、どうやら皆槻の母らしいが─── 凍弥 「……あの。盗み聞きしてました?」 女の人「!」 今俺に気づいたとでも言うように、皆槻(母)は驚いた。 凍弥 「盗み聞きはよくないと思いますけど」 女の人「だ、だって……あの子、今日が最後かもしれないだなんて言うから……     気になって様子を見に来たら、あなたと風間くんが居て……」 凍弥 「それで入るに入れなかったと」 女の人「そうなのよ……でも……よかったわね静香……。最後に夢が叶って……」 凍弥 「……あの。『夢』ってのが何かは知りませんが、     皆槻……あ、いや、静香さんはもう治ってますよ?」 女の人「え?……あはは……取り繕う必要なんてないのよ……。     頑張っていたあの子が、『もうダメかもしれない』って言ったんだから……」 凍弥 「でも治ってますよ?」 女の人「………」 凍弥 「なんなら覗いてみてください。     俺が見た風じゃあ、もう顔に赤みも差してるし……なにより元気そうでした」 女の人「そうなの……?そんな……そう……」 女の人はまだ信じられないかのように、ゆっくりと静かにドアを開け、中を覗いた。 そこでは───! 静香 「雄輝くん……わたし……最後に思い出が欲しいな……」 風間 「最後だなんて言うな!静香は絶対に良くなるから……!」 静香 「風間くん……お願い。わたしを……」 風間 「───え……」 皆槻が、風間に何かを言った。 その途端、風間は赤くなったが……決意の目をして頷いた。 凍弥 (……?なんて言ったんだろ) 女の人「……?」 わけが解らずに首を傾げる俺と皆槻(母)を余所に、 抱き合ったふたりはやがてベッドに沈み───って 凍弥 (だあっ!!何考えてやがる風間!!) 女の人(まああ!!なんて大胆!あ、で、でもここは娘の成長の記録を……!) 凍弥 (ちょっ……アンタそれでも母親かっ!?) 俺は皆槻が風間に言った言葉の意味をなんとなく理解した。 だけど理解しても尚、覗いてる勇気など微塵もない。 女の人(そ、そう!そこで手を回して……!!) 凍弥 (………) 俺は、この人の『母親』としての立場を疑った。 凍弥 (まずいですよっ……!離れましょう……!) 女の人(あら、何がマズイってゆうの?     あの子は大丈夫なら、何もマズイことなんてないじゃない) 凍弥 (都合のいい時だけ納得しないでください!!     娘の情事を鼻息荒くして覗く親がどこに居るっつぅんですか!!) 女の人(今まさにあなたの目の前に!) ズビシィ!と決めポーズを取る人。 そして悟る。 この人は、ある意味で強い人なのだと。 そして俺はそんな皆槻(母)にこの言葉を贈りたい。 『とうとうヤツもイカレちまった』。 ───……で。 女の人「はふぅ……堪能したわ」 まるで娘の成長を見届けたかのような顔で、遠い目をしつつも言う皆槻(母)。 俺は俺で離れたところでその皆槻(母)の様子を見ていたんだが…… もう、覗き魔にしか見えませんでした。 女の人「もうこっちに来てもいいわよ、終わったから」 凍弥 「……極上の笑顔でそういうこと言うの、やめてもらえます?」 ため息を吐きつつ、俺は背もたれさせてた壁から背を離し、 皆槻(母)の居る場所まで歩いた。 女の人「若いっていいわねぇ……」 凍弥 「そんなことはいいから、もう離れませんか?」 女の人「……あなた、若いのにそういうことに興味ないの?」 凍弥 「ありません」 女の人「随分とハッキリ言うのね……」 凍弥 「ほら、いつまでもこんなところに居たらバレますって。離れましょう」 女の人「あら、もしかして誘ってくれてるの?」 凍弥 「全力で屠りますよ?」 女の人「や、やぁね……冗談よ……」 佐古田みたいな冗談を言う皆槻(母)へ、殺気を送りつつ言った。 ……いいや、俺は俺で適当にブラつこう。 この人と居ると疲れるわ……。 女の人「あら、どこに行くの?」 凍弥 「風間が出てくるまでうろついてます」 ……もちろん、医者などに見つからないようにだが。 女の人「あ、ちょっと待ってもらえるかしら。この後、ふたりを家に招きたいんだけど」 凍弥 「………」 女の人「なにかしら、その疑わしそうな目は」 凍弥 「何か企んでませんか?」 女の人「何言ってるの。ずっと覗いてたけど静香も大丈夫そうだし、     あなたが言っていたことが本当だって解ったから、薬のお礼をしたいのよ。     今晩はわたしの家でご飯食べていってちょうだい」 凍弥 「いや、俺は」 ガチャッ─── 風間 「あっ、セ、センパイ───に、お母さん」 女の人「あらっ!わたしのこと『お母さん』って呼んでくれるの!?」 風間 「えっ!?あ、いや、えっと……」 女の人「まーまーその話はまた後でいいわ。     さっきそこの男の子がわたしを呼びにきてくれてね、     もうず〜っと話をしてたんだけど……」 風間 「そ、そっスカ。よかった……」 女の人「よかった?なにがよかったの?」 風間 「えぇっ!?あ、いやべべべ別になにも……!!」 女の人「あらそうなのぉ〜♪」 ……それから皆槻(母)は信じられんばかりのウソを並べた。 『自分はこの場に居なかった』ってことを前提に繰り出されるウソの数々は凄まじく、 一緒に居た俺でさえ、 俺はここに居たんだろうかと思うほどの信憑性を持たせるウソだった。 風間は風間で、静香が無事なことや、 今晩、家に招きたいってことを話されると唖然とした。 しばらくそれは続いたけど突然病室に駆け込むと、 ベッドで横になっている皆槻を抱き上げて嬉しそうに笑い、やがて涙を流した。 ……その際、皆槻は力無く微笑み返したが…… どうして力無かったのかは、多分ツッコミを入れちゃいけないところなんだと思う。 ───ただ幸せのために・了─── 凍弥 「で、あとは皆槻の家に招かれて、     風間がアレやコレやを根堀り葉堀り尋問されて、帰れたのが遅かったってわけ」 彰利 「………」 彰衛門はただ黙って話を聞いていた。 だが、『ぬう……』と喋ると、わなわなと震えだした。 凍弥 「彰衛門?」 彰利 「これだから最近の若人は……!愛を育むなら結婚してからでしょ!?     『初夜』って言葉を知らんのかね!まったく!」 凍弥 「あ〜……同感」 こればっかりは同感だった。 彰利 「昔はよかったのぅ……初々しくて。     それが今はどうだい、あっさり結婚するヤツが居て、すぐに離婚をしおる。     軽い気持ちで愛を育まれると、なんか嫌な気分だ」 凍弥 「そうだなぁ……。祝福してくれた人に悪いって思わないのかな」 彰利 「思うわけねーべさ。いや、そもそも悪いって思うなら離婚なんてせんよ」 凍弥 「んー……それもちょっと違うと思うけど」 彰利 「えーのよえーのよ。離婚者が多いのは事実だ」 凍弥 「まあねぇ」 そう呟きながら寝転がる。 それと同時に『寝るんか?』と彰衛門が言う。 俺はそれになんとなく返事をして目を閉じた。 彰利 「よっしゃ、俺も寝よ。月清力……」 彰衛門は俺に何かを流したあと、自分にもそれを流して寝転がった。 その途端に眠くなり、間も無く俺は眠りにおちた─── Next Menu back