───鏡に映ったぼくらの未来───
───……。 大広間へと降り立った。 その景色の中心に立っている彰利は、 天井を見上げながら、まるで放心しているかのように見えた。 悠介 「彰利……?」 黒衣に身を纏った彰利に声をかける。 その手にはまだ鎌が握られていて、 その鎌で母親を切ろうとしていた彰利を思い出させる。 彰利 「悠介……」 彰利の目が俺を映す。 まるで覇気の無い声で俺の名を呼び、ゆっくりと天井から視線を外す。 彰利 「悠介……ごめん。お前に謝っておかなきゃならないことがあるんだ……」 悠介 「謝る……?なにを」 彰利は震えている。 俺に向けていた視線もいつしか逸らし、俯かせながら呟く。 彰利 「俺……俺さ、『弦月彰利』なんてヤツじゃなかったんだ……」 悠介 「なに……?」 今、なんて言ったこいつ。 彰利が、彰利じゃない……? 悠介 「おい……なんの冗談だ?」 彰利 「冗談なんかじゃないんだ……どうか信じてほしい。     俺は『弦月彰利』の心が割れた時に作られた人格なんだ……。     一部始終、見てたんだろ?     母さんだった人と一緒に消えたのが……本当の弦月彰利さ」 悠介 「彰利……」 彰利 「変だな、とは思ってた。俺が本体なら───     どうして子供の俺が思い出を独占することを、止められなかったのかなって。     そして、どうしてオリジナルを消したがってたのかなって」 悠介 「………」 彰利 「ちょっと考えてみれば簡単だった。     俺は……ちゃんとした『俺』でありたかったんだ。     母さんに愛されてる『弦月彰利』でありたかった。     だってのに……母さんに出会った途端、その感情の全ては憎しみに変わった。     当然だよな、『母さんが好き』って結果だけが残ってるだけだ。     辛い思い出しか残されてない俺が、     俺の人生を狂わせたあの女を好きになれるわけがなかったんだ。     『結果』だけじゃ人を好きになれるわけ……なかったんだよ」 吐き捨てるように彰利は言う。 その表情からは、本当に憎しみしか感じなかった。 彰利 「悠介……これから俺はお前に質問をするけど……どうか、正直に答えてくれ。     お前が思った通りのことを言ってくれていいから」 悠介 「───解った」 どんな質問をされるかなんて解らないけど、こいつが真剣なことくらい俺にだって解る。 だから目を逸らすわけにはいかなかった。 彰利 「俺は……さっきのことで生きる意味を見失うところだった。     オリジナルが消えて、この体の中に存在するのはニセモノの俺と死神だけ。     それでも……俺は生きていていいのかな、悪いのかな……」 悠介 「いいに決まってるだろ」 彰利 「それじゃあ、さ。俺はいったい、なにを糧に生きていけばいいのかな。     俺は今まで、小さいけど大事なものだった筈のハハオヤの記憶を糧にしてた。     辛い中にも楽しいことはあった筈だ、って。     けど……俺はもう家族の記憶なんて要らないんだ。     だったら───俺は何を糧にしていけばいいんだろうか……」 悠介 「彰利……」 感情を無くしてしまったかのような彰利の口調に戸惑いを感じる。 それはまるで、本の朗読をさせられているような喋り方だったから。 果たして俺は───こいつを今まで通りの彰利だと思って接することが出来るだろうか。 ……決まってる、接するさ。 悠介 「うりゃっ」 べしっ! 彰利 「……悠介?」 デコピンされても表情を変えない彰利に、俺は自信たっぷりに言ってやる。 悠介 「たとえお前が自分のことをニセモノだとか言おうが、     俺が今まで付き合ってきた『弦月彰利』はお前なんだろうが。     だってのに、今更なにを確認するつもりなんだ?お前は」 彰利 「………」 悠介 「誰がなんて言おうが、俺が親友だって断言するヤツはお前だよ、彰利。     それに、お前が経験したり生きたりした時間はニセモノなんかじゃないだろ?     俺から言わせてもらえば、お前が何に対して不安になってるのかが不思議だ。     糧が欲しいなら、その経験や生きた思い出を糧にしたらいいだろ?」 彰利 「あ……」 今気づいたかのように、彰利は声を漏らした。 ほんと、らしくない。 でも……これはこれで新鮮かもしれん。 彰利 「じゃあ俺は───『弦月彰利』のままでいいんだろうか」 悠介 「そんな当たり前のこと訊いてどうするんだよ。いいに決まってるだろ?     それともなにか?別の名前でも考えてたのかお前は」 彰利 「あ、ああ……セルゲイ=ボルゴニア=ロドリゲスとか」 悠介 「どこの国の人間だよそりゃ……」 彰利 「ロシアとドイツのハーフといったところだが」 悠介 「………」 彰利 「フッ」 ああ、ようやく理解した。 こいつ、放心なんかしてなかった。 悠介 「お前、俺を試したろ」 彰利 「さて、なんのことかね?ワタシにも解るよう、平明に説明してもらえんかね?」 悠介 「野郎……」 つまりこいつは、多少のショックは受けたものの─── 精神を閉ざすような馬鹿な真似はしなかったのだ。 彰利 「ン?どうしたのかね?     説明してみなさい。ほらほら、やってごらんよホラァ〜!     それとも言いたいことを忘れたのかね?えぇーっ!?どうなんだい!」 野郎……完全に立ち直ってやがる。 悠介 「お前さ、なんのために俺を呼んだんだ?」 彰利 「いえですね、この創造刀を返そうかと。幽霊騒動も終わったし、必要ないから」 悠介 「だったらモニター消させたのは?」 彰利 「フッ……俺と悠介の会話が気になって、     狂おしいほどにソワソワする椛と夜華さん……最高じゃないですか!」 悠介 「ようするにからかいたかったと」 彰利 「オウヨ!」 彼は元気いっぱいだった。 真面目に心配した自分が馬鹿みたいに思える。 彰利 「ま、あれだ。     人のプライヴェートをいつまでも見るんじゃねぇザマスってとこだ。     ───って、そうそう。俺の精神の中いじくったってホント?」 悠介 「ほんとだぞ」 彰利 「うわひでぇ!キミ、ヒドすぎますよ!?     あ、でもどんな場所だった?楽しかった?」 悠介 「……お前さ、     ディズニィーランドゥとかディズニィースィーとか行った時あるか?」 彰利 「いやいや、行きたいなぁとは強烈に思ってるんだがね」 つまり……こいつの思考回路の所為で、 俺達はロクでもないことに巻き込まれたってわけか。 彰利 「……え?なに?もしかして俺の精神ってディズニィーだったの?」 悠介 「……ああ。散々だったぞ」 彰利 「むう……それはそれで行ってみたかった」 冗談じゃねぇ、俺はもう二度と行きたくないぞ。 悠介 「話はこれで終わりか?」 彰利 「ああ、話すことはこれくらいだ。っと、ホレ。刀返す」 悠介 「おう、消していいんだよな?」 彰利 「オウヨ」 彰利が投げてよこした刀を受け取り、ブラックホールに投げ捨てる。 悠介 「ところで……なにに使う予定だったんだ?」 彰利 「およ?言ってなかったっけ。     悠介に作ってもらったのは幽霊さんを分割する刀だろ?     真里菜の中に別の霊が混ざってたのは解ってたから、     それを分割しようと思ってたんだ。……けどなぁ、まさか家族の霊だとは」 悠介 「彰利……」 彰利 「へ?ああ、やだねぇダーリンたら。俺はもう吹っ切れたよ。     俺には元々家族なんて居なかったんだから。     ホントは弦月を名乗る資格もないんだろうけど、俺は俺として生きるだけさね。     あとは……ウム。元の時代に戻って粉雪と結婚して家族を作るだけさー!     きっとそれからが新たなスタートラインぞ!?」 悠介 「………」 どうしてだろう。 俺はこいつに、この時代でも幸せになってもらいたいと思った。 それは友人として当然の思考だと思うが、……いや違うな。 俺は確かにこいつに幸せになってもらいたい。 ここで───この時代で、幸せになってもらいたい。 それはつまり───もう居なくなってほしくないってことだ。 この世界で幸せを見つけて、いつまででもこの時代に居てほしいと─── 悠介 「……なぁ彰利」 彰利 「ウィ?なんザマス?」 悠介 「この時代でやりたいことやったら、帰るんだよな?」 彰利 「ん……まぁな。お前にゃ悪いけど、俺が未来を築けたのはあの時代だけなんだ。     だから、いつまでもこの時代に居るわけにはいかないんだよ」 悠介 「そっか。ま、引きとめようとは思わないけどな」 彰利 「あら、それはそれで悲しいわね。ちょっとくらい引きとめてくれたって……」 悠介 「帰るな」 彰利 「断る」 悠介 「即答で断るなよ!言った自分が馬鹿じゃねぇか!!」 彰利 「キャア!自分で認めやがった!馬鹿め!馬鹿め!」 悠介 「お前に馬鹿とか言われたかないわ!!」 彰利 「俺は自分が馬鹿だとは思ってねぇもの!ダーリンには負けるわ馬鹿め!     でも……からかい度なら夜華さんがダントツだから、そう悲観するな」 悠介 「しの───ぶふっ!」 彰利 「ややっ!?ダーリンが吹き出した!?」 やべぇ、思い出しちまった……。 篠瀬のオカマウェイが頭から離れねぇ……。 悠介 「ぶふっ……く、くはははは……!!」 彰利 「……ダーリン?何事?」 悠介 「い、いや……なんでもないから……!そ、それじゃあ俺はもう戻るぞ……」 彰利 「?……オウヨ。なんかよく解らんが、帰るなら止めはせん。     アタイはまだここに用があるッタイ、まだ帰らんとです」 悠介 「そっか。金品強奪か?」 彰利 「うんにゃ、それもあるけど、まあ、オメェ……アレだ。小僧に用があるかも」 悠介 「小僧……凍弥か?」 彰利 「オウヨ。それだけじゃねぇかもしれんけど、そこはそれ、風任せでさぁ」 悠介 「まあいいさ。そんじゃな、暇になったら神社に遊びにこいよ」 彰利 「ルナっちが鎌とか振り回さなけりゃね」 そんな彰利の言葉を最後に、開けっぱなしのゲートをくぐる。 その際、『ルナが鎌を振り回さなければ』という条件を第一に想像してみたが、 出た結論は『ああ、それは無理だな』だった。 夜華 「───悠介殿!ど、どうでした!?彰衛門は……!」 リヴァイアのラボに戻ると、いきなり篠瀬が問いただしてきた。 喋ろうとした椛さえも押しのけて。 悠介 「ああ、問題無い。あいつはやっぱりあいつのままだったよ」 夜華 「そ、そうですか……」 安堵の溜め息を吐く篠瀬。 ……そういえば椛が、彰利のことが気に掛かってるって言ってたっけ。 それでか、こんなに彰利のことを気にかけてるのは。 俺としても、あいつを大事に思ってくれてるヤツが居ることは嬉しい。 椛  「それじゃあ、おとうさんはもう大丈夫なんですか?」 悠介 「魔人のことに関しては断言できないが、今のところなら大丈夫だ。     いくらあいつでも、そうそう無茶はしないだろ」 椛  「そうですか……よかった……」 ……しっかし、彰利は過去でどんなことをしてたんだ? あいつ、人に好かれる性格してたっけ。 うーむ、謎だ。 リヴァ「用は済んだんだな?だったらモニターを……」 悠介 「あ、待ったリヴァイア」 リヴァ「うん?どうした」 悠介 「彰利のことを覗くのは、もうやめてやってくれ。     あいつがお前の助けが必要になったときだけ、     ゲートを開いて助けてやってくれないか」 リヴァ「……何故だ?そんな面倒なことを」 悠介 「頼む。あいつのプレイベートを守らせてやってくれ」 リヴァ「………」 リヴァイアはなにか考えていたようだったが、それもすぐにやめて頷いてくれた。 リヴァ「まあいい。わたしも自分のことを覗かれるのは好かない。     それは相手だって同じだろう」 夜華 「い、いや、しかしですね……」 が、篠瀬は引こうとしなかった。 しかも何気に、椛までもが『見たい派』だった。 篠瀬を盾にするように、小さく意見をもらしていた。 リヴァ「なんだ、お前は見たいのか?」 夜華 「なにを馬鹿な!わっ、わたしは彰衛門の身を按ずればこそ!邪な気持ちなど!     そんなものはありません!ええ、ありませんとも!」 リヴァ「だったらいいだろう、今のところ検察官には異常は見当たらない」 夜華 「なにを言いますか!今が大丈夫でも、あとが解らないでしょう!」 リヴァ「それくらい自己管理できないでどうする」 夜華 「うぐ……!し、しかしですね……!」 おお、篠瀬が劣勢だ。 思うんだが、篠瀬が会話で勝ったことってないよなぁ。 椛  「……夜華、もういいです」 あ、椛が諦めた。 夜華 「よくはありません。     これから先、彰衛門がどのような行動をとるのか監視しなければなりません」 悠介 「プライベートもなにもあったもんじゃないな」 少々呆れる。 悠介 「まあいいさ、俺はこれで失礼する。リヴァイア、晦神社にゲート繋げられるか?」 リヴァ「造作もない」 リヴァイアは虚空で手を動かすと、何かを呟いた。 するとドアだったものが襖になる。 悠介 「繋げたのか?」 リヴァ「ああ。問題ない」 悠介 「そっか、サンキュ」 軽く手を挙げ、退室───する前に、篠瀬と椛の襟首を掴んで退室した。 夜華 「なっ、ゆ、悠介殿!わたしには使命が!」 悠介 「却下」 篠瀬の意見を全く無視した今日この頃だった。 ドコントドコトコ♪ 彰利 「ルパンザサァーーーッ!!ワァーーーオ!!」 でっでげって〜ん♪で〜ってって〜ん♪ でっでげって〜ん♪でってけって〜ん♪ でげでで〜ん♪でげでで〜で〜ん♪ でげで〜ん♪で〜でで〜ん♪ 彰利 「俺の名前はゴハァ〜〜〜ン三世。     世界のご飯をおいしく食べるのが野望のナイスガイさぁ〜。     というわけで───お台所です」 厨房とも言いますが。 サーテ、まずは腹ごしらえぞ。 ハラが減っては戦はできねぇって言うザマスし。 この言葉作った人、天才。 彰利 「サーテ、このバカデカい冷蔵庫には一体なにがあるのやら?」 ゾボッ!と冷蔵庫を解放。 冷蔵庫ってヘンな音鳴らすよね、不思議と。 彰利 「フームフムフム……なかなかのラインナップってやつだな。     いい材料揃ってるよ、いろいろと。けど……レタスが無いのは減点だな」 いかんぜよいかんぜよ。 こんなことではいかんぜよ。 まずは無意味に大量にあるキャベツを……って、 他人さまの家のものを勝手に動かしちゃいけないよね。 目的はあくまで小僧の探索ぞ。 というわけで、このハムでも頂いていきますか。 動かすんじゃなくて、食ってしまえば失礼もなにも……失礼だね。 彰利 「まあいいコテ」 冷蔵庫を閉めて、ボンレスハムにかぶりつく。 …………あんまり味しねぇ。 彰利 「……よし、せっかく厨房なんだから、サッと調理を……いや待て」 アタイは厨房のコンロを見て、ハタと閃いた。 彰利 「おお……あれだ!」 アタイはボンレスハムにそこらへんにあった鉄串を刺し、 コンロの火を灯した。 その上で、串を通した肉を回す。 彰利 「さあ!ミュージックスタート!」 ベッポッベッポッ♪ でんてけてけてけ♪でんてけてけてけ♪ でけてんでけてんでけてんでけてん・でんとんてんとんてん♪ 彰利 「ハァッ!!」 バシュウッ! よい頃合を見て、肉を火から離す。 彰利 「上手に焼けましたーっ!!」 デントテントテントンッ───テンッ♪ ……………………。 彰利 「……うわ、なんかすげぇ虚しい」 誰も居ないのって悲しいね。 でもいいや、食おう。 ───ガツガツガツガツモシャモシャ…… 彰利 「ぶへっ!中がまだ冷てぇ!!」 そりゃそうですな。 考えてみれば、あれしきの時間で中まで火が通るわけがねぇ。 モンスターハンター敗れたり……。 彰利 「まあいいや、このまま食っちまえ」 もしゃもしゃ…………うーむ、やっぱりあんまり美味くねぇ。 彰利 「ま、それも今はどうでもいいや。まずは腹ごしらえさえ出来れば」 ボンレスハムをモシャモシャと食い、腹にモノを詰め込んだところで厨房をあとにする。 さて、小僧ったらどこに居るかな。 彰利 「FUUUUM……いいや、まずはメイさんに会いにいこう。     小僧のことも会えた時で十分だろ」 焦るべきことだが、なんかもう少し休みたい気分だ。 心の疲れって、案外体に振りかかるのよね。 彰利 「決めた。メイさんのところで寝かせてもらうとしよう。     豪華なベッドなんぞクソクラエだ」 アタイは楊枝代わりにしてた鉄串をそこらへんに捨てて、 メイさんの居る牢獄へと歩いた。 ───……。 凍弥 「でだ。浩之は居たか?」 浩介 「居ないな。何処に行ったんだか」 屋敷の中を歩きながら、浩之を探す。 が、何故かどこにも見当たらない。 浩介 「さっさといろいろと相談して段落をつけたいのだがな」 凍弥 「そろそろ停学も解ける頃だしなぁ」 浩介 「同志はあれか?停学が解けてもサボリか?」 凍弥 「ああ。屋上か空き教室で寝るのは間違いないだろうな。     今更真面目になんて出来るか」 浩介 「違いない。我は立場上、もうサボリは出来そうにないがな。     だが忘れるな。貴様と我は、何時如何なる時でも盟友だ」 凍弥 「……ああ。もちろんだ」 コツンと軽く拳を合わせて、俺達は笑い合った。 浩介 「……と。そんなところでひとつ気になっていたことがあるんだが」 凍弥 「気になってたこと?なんだよ」 浩介 「……菜苗さんは何処だ?」 凍弥 「……あ」 そういやさっきからヤケに静かだなぁと思ったら……。 そっか、菜苗さんが居なくなってたのか。 べつに菜苗さんが煩いわけではなく、 菜苗さんが引き起こすアクシデントが大変って意味で、今は静かなわけでして。 って、誰に言ってるんだ俺は。 浩介 「……まあ正直、あの人の傍は大変だから安心してるが」 凍弥 「ああ、実は同感だ。     あの人ってトラブルメーカーってゆうか、厄介事を素で巻き起こすから恐い」 今会いたくない人ナンバーワンに輝いてるかもしれん。 凍弥 「まあそれはそれとしてさ。どうだ?浩之が居そうな場所って解るか?」 浩介 「部屋の中も我の部屋も調べたが居ないしな。これは困ったことだ」 凍弥 「俺としてはお前の恋人が既に部屋に居なかったのが残念だったが」 浩介 「シルフィーのことは忘れろ」 凍弥 「ごめん、俺って記憶力よくて」 浩介 「都合のいいときだけ思考を回転させるな同志」 まったくで。 しかし不思議だ。 どうして人の冷やかし事になると、人は記憶力が向上するのやら。 自分のことは案外忘れやすいのになぁ。 凍弥   「あ、そうだ。これからお前と浩之、ここから通うことになるんだよな?」 浩介   「うん?まあ、そうなるな」 凍弥   「遠過ぎやしないか?徒歩だと一時間以上かかりそうだ」 浩介   「うむ……それが問題なのだが」 声    「いいえ、それは問題ではございませんよ」 凍弥&浩介『ッ!?』 突然の声にバッと振り向く。 するとそこには── チット「浩介さまは旦那さまのご子息なのですからね。使用人に送迎させましょう」 最強おばさん、オチットさんが。 思わず体が緊張してしまった。 浩介 「待ったオチットさん、訂正してくれ。     我は志摩浩介であって、『親父の子供』って名前の存在じゃない」 チット「あらあら、そうでしたわね。     これは失礼してしまいましたわ、わたくしとしたことが」 ……どこか調子狂うんだよな、この人との会話。 会って数瞬で気絶させられた所為もあるだろうけど。 浩介 「それより───なんの用だ?」 チット「旦那さまが何者かに襲われたので、怪しい者をご存知ではないかと」 浩介 「居るぞ」 凍弥 「居るな」 ほぼ同時に、俺と浩介はそう言った。 浩介 「そいつはドラえもんみたいな格好をした変人だ。     見つけたら遠慮なく叩き潰してくれていい」 チット「まあ……そのような怪しい者が屋敷の中に。困りましたねぇ……」 オチットさんはどこか可笑しそうに、廊下を歩いていってしまった。 凍弥 「……なんだったんだ?」 浩介 「時々、我にもあの人のことは理解出来ぬのだ」 浩介は頭を掻きながらそう言った。 確かに、どこか掴み所の無い人だ。 凍弥 「ま、いいさ。とにかく浩之を探して今後のことを───っ!?」 寒気。 かなり重度の寒気を感じた。 魂が警告している。 ニゲロ、ニゲロと。 浩介 「同志?どうした?」 凍弥 「…………!?」 『災厄』が来る。 ニゲロ。 ニゲナケレバ───ヤバイ!! 凍弥 「に、逃げるったって……」 ニゲロニゲロと魂が警告するわりに、逃げたところで無駄なことすらも魂が知っていた。 そしてその『災厄』は、ゆっくりとした歩調で俺の前に現れた。 女の人「……うん?お前は───」 長髪を後ろに束ねた髪に、スラっとした体。 どこか男を感じさせる格好に、だけど顔は整った美女の印象を感じさせる。 そしてその口には……タバコが。 ヤバイ! ヤバイヤバイ!! ニゲロニゲロニゲロ!! 敵わない勝てっこない無理絶対無理!! そんな言葉が頭を駆け巡る。 そして、俺は知る筈もないのに、この人の名前を知っていた。 『閏璃葉香』。 間違い無い。 最強にして最悪の───……? どうして、だ? どうして、最強にして最悪の……『姉』だなんて、俺は思った……? 葉香 「……まさか。ばかな、お前……凍弥、か?」 凍弥 「……ぐっ……!?あ、ああ……!?」 頭が痛い。 景色がブレる。 どうして……どうして雪景色が見える……!! どうして……女の子が倒れてる……!? どうして……そんな悲しい笑顔を俺に見せるんだ……!! 凍弥 「……姉、さん……!?」 葉香 「……凍弥、なのか」 ああ、解った。 もう拒みはしない。 俺の中にどんな魂があったって、その魂のお蔭で俺が生きているというのなら。 それを拒む理由なんて無い。 今目の前に居る人は俺の姉さんで、閏璃葉香ってゆうマルボロの好きな人だ。 メイさんが言っていた、月の家系の十三夜の子供。 本当の姉じゃないことは少なからずショックだけど……強さの謎が解けたのは面白い。 葉香 「お前が今どんな状況の上でここに居るのかは解らない。だが……」 凍弥 「…………?」 姉さんが歩み寄る。 あの頃のままの姿で、俺の肩に手を置き、やがて俺を抱き締めた。 葉香 「……また会えて嬉しいぞ、凍弥……」 ……その時。 俺はどう感情を表現したら良かったのか、なにも解らなかった。 姉さんの涙なんて初めて見たし、 姉さんが俺にこんなふうにしたことでさえ初めてだったから。 そう思ったら、『俺』は閏璃凍弥の記憶の断片でしかないだなんて言える筈もなくて。 俺は姉さんが泣き止むまで、ただじっと、そのままで居た─── …………。 葉香 「……そうか。お前は凍弥であって凍弥じゃないのか」 姉さんが泣き止むと、俺は姉さんに全てを話した。 横で聞いていた浩介も相当驚いていたが、盟友に隠し事を続けるのも心苦しかったから。 浩介 「だがしかし、同志よ……。貴様どうするつもりだ?     貴様が消滅してしまうということを、朧月は知っているのか?」 凍弥 「……いや。きっと知らない」 浩介 「では婚儀はどうする気だ」 凍弥 「……悪いけど、俺はその時が来たらひとりで消えようと思ってる」 浩介 「なに───!?」 なにもかもを話した。 俺が消えることも、婚儀をせずに家を出ることも。 浩介 「貴様───……!それでは意味がないだろう!     貴様は幸せにならねばならぬのだ!     我は貴様のそんな顔が見たくて盟友を続けてきたわけではないぞ!?」 凍弥 「……悪い。もう決めたことなんだ。     考えてもみてくれ……俺と結婚したのに、     その先に待つ未来が俺の消滅なんかじゃあ椛はきっと泣くだろう」 浩介 「ぐ……っ!だがしかしな……っ!」 凍弥 「今朝見た夢で、全て解ったんだ。     俺……『霧波川凍弥』なんて人物は、とっくの昔に死んでいたんだ。     今の俺は、『閏璃凍弥』の記憶の奇跡のカケラと、     転生のための魂……それに加えて、     飛鳥にもらった存在力のおかげでギリギリ命を繋いでるだけにすぎない。     自分のことだ、なんとなく解るんだ。     秋や冬は越せたとしても、多分……春は越せないって」 浩介 「なっ……馬鹿な!!ふざけるな凍弥!     それ以上ふざけたことを言うなら殴るぞ!」 浩介の手が、俺の胸倉を乱暴に掴む。 けど、ウソなんか言わない。 俺には自分のことが客観的に見えて、自分の最後がなんとなくだけど見えていた。 葉香 「待て貴様」 ボゴッ! 浩介 「ぶはぁっ!!」 姉さんのボディブローをくらい、浩介が腹を押さえて蹲る。 ……完璧に入ったな、今のは。 葉香 「聞かせろ。助かる方法はあるのか無いのか」 凍弥 「助かる方法は……無いと思う。     存在力を分け与えることの出来るヤツなんて神の子以外には居ないだろうし、     仮に椛が俺に存在力を分けてくれたとしても、今度は椛が消滅する」 葉香 「……同じ量に存在力ってやつを分けることは出来ないのか?」 凍弥 「残念だけど。存在力ってゆうのは人ひとりに『ひとつだけ』だ。     人ひとりでようやく『存在』って呼べるんだから。     つまり存在力を分けた時点で、その分けた人は死ぬしか無いんだ」 そう、かつて飛鳥がそうだったように。 けど、不思議と飛鳥は人々に忘れられなかった。 それはきっと、魂を同じくした『朧月椛』の存在があったから。 元々同じ魂の存在だったのだから、それも頷ける。 けど……きっと、椛が母体の中で流産していたとしたら…… 今の俺のようになっていた可能性だってあった。 半分の魂で、今まで生きてこられることは奇跡だろう。 でも問題は起こってしまっている。 椛の中に存在した『死神』を消してしまったこと。 それはきっと、椛の中の存在力を大きく削った。 救いだったのが、『死神』と『椛』として存在が分かれていたこと。 あとになって、悠介さんは椛の中に入って『魂を創造した』って聞いた。 けど、果たしてそれは本当に成功していたんだろうか。 魂は人がイメージ出来るほど単純なものだろうか。 もしかしてそれは、ただ一時的に椛の助けになっただけなんじゃないだろうか。 そんなことを考えたら、椛から存在力を返してもらうわけにはいかなかった。 凍弥 「だから、さ。椛を怒らせることになっても、     俺だけが悪者になって……消えることにしたんだ。     怒ってくれてもいい、恨んでくれてもいい。     ただ、始まったばかりの幸せを壊したくないから……」 浩介 「同志……」 葉香 「………」 ふたりはそれ以上なにも言わなかった。 浩介は体を蹲らせたままだったけど、ただ悲しい顔をしていた。 姉さんは『馬鹿は死んでも治らないか』と呟いて、やがてその場を立ち去った。 しばらくして、浩介が起きあがって言った。 浩介 「卒業までよろしく、という言葉は偽りになってしまったということか」 その言葉は、俺の胸に響いた。 ウソをついていたことが申し訳無くて仕方が無い。 浩介 「……気にするな。今の同志の心境は、きっと我などには理解出来ぬものだ。     貴様がそうしたいからしたのだ、どうせ我に気を使ったのだろう?」 凍弥 「……悪い」 謝るしかなかった。 こいつはなにもかもを知ったうえで、それでも俺の気持ちを解ってくれている。 そんな浩介を騙そうとした自分が恥ずかしかった。 浩介 「気にするなと言っているだろう。     まったく、何年貴様の同志をしていると思っている。     貴様は根が真面目すぎるのだ。少しくらいの冗談で謝るな、馬鹿者」 凍弥 「浩介……」 浩介 「きっと貴様の気持ちは我には解らん。     だが……貴様が消えると知った我の気持ちも、貴様には解らぬだろう。     ならばきっと、この状況はおあいこなのだ。それで……いいのではないか?」 凍弥 「………」 浩介は俺の胸に拳でトンと叩き、苦笑してみせた。 そんな時に思った。 『ああ、こいつの友達で良かった』、『こいつが友達で良かった』って。 俺は消えてしまうけど、その最後まで忘れたりなんかしない。 俺には俺を思ってくれた人がたくさん居て、 その全てがとても大事な思い出だったことを。 凍弥 「ありがとう……ありがとうな……浩介……」 そして、出来ることなら…… 今まで流せなかった分の涙を流しきれるくらい大泣きしながら消えてゆこう。 『笑顔で』なんて強がりはもう言わない。 だって、誰だって消えてしまうのは悲しいから。 どれだけ強がっても、きっと俺は泣いてしまうだろうから─── ───……。 彰利 「よっ、メイさん」 メイ 「……彰利さまでしたか。どうなされましたか?」 牢獄に降りてきたアタイは、メイさんに手を上げて挨拶した。 ふと見たメイさんの傍らには、メカ猫のミーアさんが。 彰利 「ちょいとメイさんと話したくて。……時間、いいかな」 メイ 「ええ、構いませんよ」 メイさんは相変わらず牢獄の中でちょこんと座り、アタイを促した。 アタイも牢獄の中のメイさんの正面に座って、ひと息つく。 メイ 「それで、どのようなお話を?」 彰利 「うん。今回は……俺の知り合いの小僧のことを、ちょいと」 メイ 「わたしが聞いてもよろしいのでしょうか」 彰利 「構いませんぞ、メイさん」 アタイは笑ってみせて、どっかりと腰を休めた。 正座なんて馴れないものはするもんじゃないので。 彰利 「そいつはね、たぶん……俺に似てるんだ」 メイ 「彰利さまに?では、愉快な人なのでしょうね」 彰利 「……メイさん、俺をそんな風に見てたんだ」 なにやら新鮮な意見でした。 でも話を続けることにします。 彰利 「まあ、外見とか性格とかじゃないんだけどさ。     なんてゆうのかな……どこかで似てるって思えるんだ。     魂……そう、魂かな。どこか作り物めいたモノを感じさせるんだ、そいつ」 メイ 「作り物、ですか。わたしのように?」 彰利 「ああ、ははっ、確かにメイさんからもそんな気配はする気がするね。     でも俺や小僧よりよっぽど人間っぽいよ、メイさんは」 メイ 「……そうでしょうか?」 彰利 「ああ、きっとね」 苦笑してみせた。 そして、どこか感慨深い気持ちのままに続ける。 彰利 「自分の死や犠牲も問わないみたいな馬鹿野郎を続けてさ。     全てを救ってるつもりなんだけど、その実……自分だけは救えてない。     そんな馬鹿野郎の気配が、そいつからはするんだ。だから……かな。     俺みたいにはなってほしくなくて、そいつには厳しく当たってた」 メイ 「……話からするに、その方は彰利さまとの関係としては下の方ですか?」 彰利 「……うん。まあ子供みたいなものかな。     けどね、そいつは結局馬鹿野郎だったんだ。     やさしすぎたし、好きになった人もやさしすぎた。     だから自分を削ってまで人を助けて、自分の幸せを後手に回しちゃってさ」 メイ 「……損な性格なのですね」 彰利 「うん、そうだね。馬鹿野郎ってのはいつも、損ばっかりしてるんだと思う。     だからこそ……俺もいつか幸せになりたいし、     そいつにも幸せになってもらいたい」 メイ 「ええ、もちろんです」 メイさんは自分の胸に手を当てて微笑んだ。 そんな笑顔が、ただ眩しいと感じた。 彰利 「……今度さ、そいつ……結婚するんだ」 メイ 「そうなのですか?」 彰利 「ああ。ずっと好きだった娘と結婚するんだ。きっと幸せになってくれると思う」 メイ 「よかったですね」 彰利 「……うん。でも……どうしてかな。     あいつを見てるとさ、幸せになんかなれないんじゃないかって……そう思うんだ」 メイ 「……何故、でしょう」 彰利 「それは……」 それは。 きっと、自分を見ているようだから。 俺とあいつはどこか似ていて、どれだけ足掻いても、誰かのために尽くしても…… 一生かかったって、幸せになんかなれないんじゃないかって。 そう、思ってしまうから。 一生を賭けて走って、走り続けて、幸せが見えてきても…… いつか自分が自分じゃなくなってしまうんじゃないかって、思ってしまうから。 だからきっと、もしあいつが椛との結婚を目の前にして逃げたとしても、 俺はあいつを責めることが出来ないんだろう。 だって、それは間違いなく椛を思っての行動なのだから。 他の誰がそれを否定したところで、 『その状況』を知らないヤツにそれを否定する資格なんてありはしない。 彰利 「やっぱり、あいつが俺に似てるからなんだと思うよ。     あいつが俺に似てるなら、あいつはきっと幸せになんかなれないんだ」 魂や存在の大元である『弦月彰利』はハハオヤだったモノと消え、 今は俺とレオだけが残っている。 『人格』という存在が消えたことで、俺達の魂は弱っている。 いつかレオと俺とで『俺』という存在を決める時がくれば、俺かレオのどちらかが死ぬ。 けど、果たして三分の一以下の魂で、その時の『俺』は生きていけるだろうか。 ……いや、きっと生きれない。 だから……俺は幸せになんかなれないことを知っている。 だから……俺に似ているあいつも、幸せにはなれやしないって思った。 根拠なんて、きっと無い。 彰利 「そうさ……。きっと、幸せになんか……なれやしない。俺も、あいつも。     でもね、だから笑っていられるんだ、誰かのために。     馬鹿な話だけどさ、馬鹿ってのは死んでも馬鹿なんだ。     だからこそ、一生かかったって治りやしない馬鹿なんて、     神様は祝福してくれないんだよ」 メイ 「彰利さま……」 彰利 「だからさ、そんな馬鹿は最後まで他人を思って……終わりを迎えるんだと思う」 絶望や家系の宿命を背負わされるために『弦月彰利』に作り出された俺は、 その絶望を抱いたままに、悠介との約束も果たせないまま死ぬのだろう。 夢も希望も諦めようとした俺だったけれど。 ただ……それだけが心残りで。 きっと、流す必要もなかった涙を……俺は流した。 Next Menu back