───孤独という名のカケラ達───
浩之 「腹が減っては戦は出来ぬとはよく言ったものだが……ぬうっ!?     この香りは……まさか!だがしかし……とんこつラーメン!?     ば、馬鹿な!だが確かにこちらの方からおわぁーーーっ!!!」 ひょっこりと現れた浩之が、ごしゃーっ!と空に飛んでゆく。 ……もとい、天井目掛けて飛んでゆく。 凍弥 「やっと捕まえたぞ浩介ーーっ!こっちだーーっ!!」 浩介 「おおっ!そうかーーーっ!!」 あれから俺と浩介は散々話し合い、埒があかなくなったのでエサで釣ることにした。 浩之が通りそうな場所に料理の香りを漂わせ、吊り上げトラップで捕獲した。 べつにトラップにかかる前に声をかけてもよかったんだが、 なんというか……散々探させた罰ということで。 ああちなみに、とんこつラーメンは浩介が懐に隠していたのを借りた。 カップラーメンだったから、お湯は厨房で頂いたわけだが。 凍弥 「しかし浩介よ。何故にとんこつカップなど持ってたんだ?」 浩介 「フッ……時にはこんな一大事もあろうかとな。     ずっと持っていたのだ。ちなみに賞味期限は一昨年だ」 凍弥 「……そんな匂いに釣られるなよ浩之……」 トラップの所為で天井に吊るされた状態になっている浩之を見て呆れる。 が、当の浩之は得意な顔で『とんこつラーメン差別はせんのだ』と言ってのけた。 浩介 「なにはともあれ、ようやく見つけたぞブラザー」 浩之 「べつに朝食にでもなれば会えたのではないか?これは相当な侮辱だと思うが」 浩介 「やかましい、少々話があるのだ。食事になれば親父に聞かれるだろう」 浩之 「食事が終わったあとでもよかったのではないか?」 浩介 「………」 怪しい。 何故そんなに話を遠ざけようとするのか…… 浩之   「早く降ろしてくれ!ブラザー、同志!       このままではとんこつラーメンが伸びてしまう!」 凍弥&浩介『ああ、なるほど』 ふたりして納得。 そうだよなー、こいつの場合、なにか重要なことがあってもそっちを優先するよなー。 凍弥 「じゃ、降ろすか」 浩介 「そうだな」 俺と浩介は溜め息を吐きながら、浩之を降ろそうと─── 凍弥   「なぁ浩介。ちょっと訊きたいことがあるんだが」 浩介   「奇遇だな同志。我も貴様に訊ねたいことがある」 凍弥&浩介『これ、どうやって降ろすんだ?』 …………。 後先考えてませんでした。 凍弥 「さらば盟友……貴様のことは一生涯忘れん……」 浩之 「なにぃ!?」 浩介 「似合ってるぞブラザー。     天井に吊るされた男など、世界中捜しても5人と居まい」 浩之 「嬉しくないわ!降ろせ!」 凍弥 「それなんだがな、降ろし方が解らん」 浩之 「な、なんですと!?」 浩介 「同じ事を二度言わせるな。降ろし方が解らん」 浩之 「二度言われずとも解っておるわ!!」 浩介 「ふむ……まあ恨むなら無駄にデカいこの屋敷を恨め。高過ぎて届かぬ」 浩之 「ならばどうやってこのトラップを作ったのだブラザー!!」 凍弥 「すまん、お前を探すのに夢中で覚えてない」 浩之 「な、なにぃ!?」 ああ、浩之の声が涙混じりっぽくなってきた。 でも知らんもんは知らん。 凍弥 「けど……アレだな?あのロープさえ斬れれば……」 浩介 「うむ。ブラザーも顔面から着地してくれるだろう」 浩之 「普通に助ける気がないのかブラザー!」 浩介 「皆無だ」 浩之 「むごっ!?」 うおう、即答だ。 浩之 「さすがブラザーだちくちょう……!     だが立場が逆なら絶対に同じ事をしていたであろう自分が憎らしい……!!」 凍弥 「お前らって……」 さすが志摩兄弟。 たとえ吊るされても、その根性は曲がらない。 ───っと、そうだ。 凍弥 「ちょっといいか浩介、浩之。     えーと……苗字は今まで通り『志摩』って呼んでいいのか?」 志摩 『愚問!!』 即答でした。 ま、そうだよな。 こいつらが今更カンパニーがどうとかで動じるわけもない。 浩介   「我のことはこれから、       志摩=ゴールデンアブソリュート浩介=レイヴナスと呼んでくれ」 凍弥&浩之『全力で断る』 即答。 浩介 「な、何故だ!?呼び名くらいでケチケチするな!」 浩之 「くらいで、どころの騒ぎかたわけ。なんなのだその『たわけでしかない』名は」 浩介 「……たわけか?」 凍弥 「ああ、たわけだな」 浩介 「………」 おお、落ち込んだ。 なにやら新鮮だ。 浩介 「まあそれはそれとしてだ。ブラザー、少々満を持しておけ」 浩之 「意味が解らんが……我はなにに対して期待に胸を膨らませばいいのだ?」 浩介 「貴様を降ろしてやる」 浩之 「おお!それは満を持さねばなるまい!少々待つからさっさとしろ!」 浩介 「態度が太いぞブラザー。貴様、生涯をその天井で過ごしたいか」 浩之 「冗談ではないわ!!」 凍弥 「そりゃそうだ」 しかしどうやって降ろすつもりか……っと、 そんなことを考えてる間に、浩介はものスゴイ勢いで廊下を走っていってしまった。 浩之 「……同志よ。ブラザーは我を助けるのではなかったのか?」 凍弥 「用意が要るんだろ、脚立だとか高枝切りバサミとか」 浩之 「おお、なるほど」 だが、こんな豪邸にそんなものがあるかどうかは不安ではある。 しかし予想を反して、浩介はさっさと戻ってきた。 その手に、本当に予想もしなかったものを持って。 浩介 「待たせたなブラザー!今すぐ降ろしてやる!」 浩之 「……是が非でも訊きたいのだが。それを使ってどうやって降ろすつもりだ?」 浩之が浩介の持っているモノに指を指す。 ……そう、銀色に輝く、厨房限定の伝説の武具を指差す。 が、浩介は浩之の質問に対して、 包丁を軽く宙に舞わせ、それを掴み直してから当然のように言った。 浩介 「投擲だが」 浩之 「死ぬわっ!!」 そう、浩介は包丁一式を投擲し、縄を切ろうというのだ。 縄が切れる前に浩之の生命が切れやしないかと不安ではあるが…… 面白そうなので傍観することにした。 浩之 「同志!この馬鹿ブラザーを止めてくれ!」 凍弥 「浩之……俺はいつでも貴様を見守っているぞ……!」 浩之 「見守らんでいいわっ!!さっさと止めろ!!」 凍弥 「すまん、持病のギックリ腰が発生して動けないんだ」 浩之 「初めて聞いたぞそんな持病!!」 凍弥 「実は俺は慢性の椎間板ヘルニアの持ち主だったんだ」 浩之 「初耳だと言っている!!」 凍弥 「安心しろ、骨は拾って砕いて海の風に流してやる」 浩之 「ビッグなお世話じゃあああああっ!!!!」 浩之が叫んでいる内に、浩介は包丁をジャキリと構える。 嗚呼、口から自然に屁理屈が出る自分が不思議だ。 もしかして俺、何かに目覚めた? 浩介 「ショラッ!!」 シュヒィンッ───ダコンッ!! 浩之 「ウヒョオアァアアッ!!?」 浩介が投擲した包丁が、浩之の頬を掠って天井に突き刺さる。 包丁はその衝撃でビィイイ……ンと揺れるが、 そんなことを気にしている余裕など浩之には皆無だったとさ。 浩之 「こっ───こここ殺す気か貴様ァアーーーッ!!」 浩介 「馬鹿な。我が唯一無二のブラザーを殺すわけがあるまい」 浩之 「死んでたわ!!今、我が避けねば顔面に刺さっていたわ!!」 凍弥 「いや、それは目の錯覚かなにかだろう」 浩之 「目前にせまった包丁に錯覚など起こすか馬鹿者!!」 凍弥 「じゃあ幻聴」 浩之 「何故だ!?同志が物凄く砕けている!これは何かの前触れか!?」 凍弥 「そんな日もあるだろ。浩介、俺にも一本貸してくれ」 浩介 「いいとも」 浩介の腰にぶらさがった包丁を一本抜き取る。 それをギラァと輝かせながら、天井にぶらさがった浩之を見上げる。 浩之 「ギ、ギックリ腰はどうしたァーーッ!!     椎間板ヘルニアはどこに消えたァーーッ!!」 凍弥 「治った!」 浩之 「治るかぁっ!!」 浩之の罵声を無視して、手元で包丁を軽く舞わせ、掴み直す。 やがてナイフ投げの要領で、下から上へ弧を描くように投擲する。 フィンッ!ザコォッ!! 浩之 「ぎゃーーーっ!!」 包丁は円を描きながら飛翔し、浩之のズボンの裾を切り裂いた。 その後、天井に弾かれて廊下に落下する。 凍弥 「上手くいかないもんだな」 浩之 「はっ、はー、はー……!だ、だが今のはなかなか筋がよかったぞ……!     今の調子でさっさと縄を切ってくれ……!ブラザーに殺される前に!」 凍弥 「いや……俺も顔面狙ったんだけど」 浩之 「ふざけんなぁーーーーっ!!!!」 わぁ、怒った。 ま、そりゃ怒るか。 凍弥 「俺が持ってきた木刀があれば、     さっさとトドメ……もとい、降ろせるんだけどなぁ」 浩之 「マテ!いま恐ろしいことをサラリと言わなかったか!?」 凍弥 「知らんぞ」 浩之 「いや聞いた!確かに聞いたぞ!トドメがどうとか!」 凍弥 「ドドメキの聞き間違いだろう」 浩之 「……ドド?」 凍弥 「妖怪の一種だ。ウソツキが大好きらしい」 浩之 「……マテ。まさか貴様がウソツキだってオチではあるまいな」 凍弥 「おお、今日の浩之、冴えてるじゃないか。バッチリ正解だ」 浩之 「嬉しくもなんともないわぁっ!!降ろせぇっ!!」 凍弥 「だから今、木刀を探してこようと思ってるんじゃないか。     安心しろ、悪いようには……えーと、うん、しないぞ?」 浩之 「今の───今の間はなんだぁっ!!ま、待て同志!ブラザーッ!?どこへ行く!     我をひとりにするな!いや!それよりも意味深なことを言い残して去るな!     待て!待てって!どうして肩震わせながら歩いてゆくのだ!!     ───振り向きザマに陰謀抱いた顔を見せるのもやめぃっ!!     あ、こらっ!同志!?ブラザー!?ま、待てぇええええええっ!!!!」 ───……。 ───……そんなこんなで牢屋。 俺はメイさんの姿を探しながら声を出す。 凍弥 「メイさーん、没収した木刀あるかな」 ……と、メイさんの代わりにゴソリと何かが動いた。 彰利 「ややっ!?何奴!!」 凍弥 「って……彰衛門?」 その場には彰衛門だけが座っていた。 辺りを見渡してみるが、やっぱりメイさんの姿は見えない。 凍弥 「メイさんは……あ、いや、彰衛門、どうしてこんなところに?」 彰利 「ちょいと用があってのう。だがまあ丁度よかった。小僧、貴様に話がある」 凍弥 「俺に……?」 彰利 「うむ、小僧にだけだ。貴様はお呼びじゃない」 浩介 「ぬ……」 俺の後ろに居た浩介が不満そうな声を出す。 が、彰衛門が刀を構え、輝かせると───浩介は居なくなった。 凍弥 「あー……何処に?」 彰利 「庭……?」 ……どうして疑問系なのかはまったく謎だが、死ぬようなことはないだろう。 彰利 「ま、話を聞いていけ。そんでもって───これから話すことでウソは言うな」 凍弥 「───!」 彰衛門は真剣だ。 その目がウソを許さないと言っていた。 凍弥 「解った。俺もちょっと話したいことがあった」 彰利 「OK、なんでも訊け。今この場では、俺もウソはつかないから」 ───やがて、俺と彰衛門は向かい合って座り、話を始めた。 ───……。 凍弥 「……これで、全部だ」 彰利 「こっちもだ」 彰衛門にはすべてを話した。 俺が長く生きられないことや、自分が椛と結婚する気が無くなったことを。 彰衛門は、リヴァイアから聞いた全てを俺に話してくれた。 彰衛門が言うには、彰衛門はさっきまでここでリヴァイアと話をしていて、 リヴァイアが帰り、メイさんがお茶を取りに行ったところで俺が来たらしい。 そして───彰衛門がリヴァイアから聞いた話というのが、俺の魂のこと。 俺の魂は『閏璃凍弥』の子供の頃の記憶がベースで、 奇跡の魔法のカケラのおかげで生きているのだそうだ。 それで納得が出来た。 どうして同じ名前ってだけで、あれほどまでに『閏璃凍弥』を嫌ったのか。 同じ記憶、同じ魂を共用するような『閏璃凍弥』を否定しなきゃ、 俺の中の魂は『閏璃凍弥』じゃ居られなかったんだ。 自分の存在異義のために、俺の中の『閏璃凍弥』は『閏璃凍弥』を嫌った。 俺が彼を憎んだ理由は、そんなくだらない理由だったんだ。 凍弥 「……怒らないのか?椛と結婚しないって言ってるようなもんだぞ?」 彰利 「いいんじゃないか?お前がそう思ったなら、俺もどうこう言うつもりはない。     まあ正直、小僧と椛の結婚式は見たかったが……     その事情じゃあ頷かないわけにはいかないだろ」 凍弥 「彰衛門……」 正直、彰衛門がこんなこと言うなんて思ってもみなかった。 彰利 「俺はお前に幸せにならなきゃ許さないって言ったが……忘れてくれていい。     多分、俺とお前は───幸せにはなれないだろうから」 凍弥 「え……?それってどういう……」 俺と彰衛門が幸せにはなれないって…… 彰利 「お前の話で確信出来たよ。お前は自分が消えることで幸せを掴めず、     俺は───自分の魂の維持が出来ずに魔人化して……     いつかは誰かに消されるだろう。そんなヤツが幸せになれるわけがない。     もし魔人化をしなくても、俺の中には魂が足りないんだ。     いつか体に追いつかなくなる。     そうなったら……たとえ月空力を使ったって無駄だ。     魂の時間なんて戻しても、削られた魂が治るわけがない」 凍弥 「………」 彰利 「最近、俺も自分がよく解らなくなってきたんだ。     俺はどうしてこの時代に居るのかなって。この時代にさえ来なければ、     ずっと真実を知らずに生きていられたかもしれない。     自分がニセモノとは思わずに、いつかは幸せを掴めたかもしれない。     結果だけでも母親を愛して、いつかは───……」 それは……どう言ったらいいんだろうか。 彰衛門にはまるで覇気が無かった。 その目は幸せを求めるような顔じゃなくて、ただ絶望の色に染まっているように見えた。 彰利 「……そんな顔するな。お前らに会えたことに後悔はないから。     けど……俺はまた、     家系の宿命だとか他人の都合に巻き込まれて死ぬって考えると……な」 凍弥 「それは……」 彰利 「この時代に来なかったら、俺は『弦月彰利』のままで生きていられただろう。     傷を背負いながらでも、今よりは長生きできた筈だ。     ……だが、それだけだ。この時代に来なかったとしたら、     お前らにも会えなけりゃ、傷に負けて死んでたかもしれない。     どっちが大切かって言われりゃあ自分の時代なんだろうけど……     俺は、この時代が好きだ。そうそう簡単にサヨナラなんてできやしない」 凍弥 「彰衛門……お前……」 彰利 「いいか、最後の最後まで諦めるなよ。お前に足りないのは『存在』だ。     その存在率か奇跡の魔法ってのが手に入れば、少なくともお前は生きられる」 凍弥 「少なくとも、『お前は』……?なんだよそれ……それじゃあまるで、     彰衛門が死ぬみたいな言いかたじゃないか……」 彰利 「みたい、じゃなくて……死ぬんだよ、俺は」 ───! 凍弥 「なっ……どういうことだよ!彰衛門が死ぬなんて……!!」 彰利 「さっきも言っただろ。俺はいずれ、自分の中の死神と戦わなけりゃならない。     けど、どっちが勝っても魂は3分の1になるんだ。     そんなちっぽけな魂が、俺の月操力や弦月の血。     そして……俺の体の傷に耐えられるわけがないんだ。     どうあっても……俺は、助からない」 凍弥 「そんな……ウソだろ?」 彰利 「……言っただろ。今、この場所では……ウソはつかない」 凍弥 「そんな……」 絶望の目をするのも当然だ。 彰衛門は自分が死ぬこと理解している。 その上で、俺の目を真っ直ぐに、逸らさずに見て言葉を放ってる。 自分の死が恐くないのかって訊こうとしたけど…… 彰衛門の目はただ、『もう疲れた』という言葉しか放っていなかった。 彰利 「俺は……弦月彰利じゃない。     なのにどうして……     家系の宿命なんて背負わされなきゃならなかったんだろうなぁ……」 彰衛門は自分の手の平を見て、そう言った。 ……なにも言えなかった。 かける言葉も見つからず、慰めの言葉も言えなくて。 俺はただ、なんの表情も持たないような彰衛門の顔を前に、 黙ることしか出来なくなっていた。 彰利 「……いつか、旅がしたいって思ってた」 凍弥 「彰衛門?」 彰利 「……聞け。くだらない昔話だけど、そう悪いもんじゃないから」 凍弥 「……あ、ああ」 彰衛門はその場に寝転がって、天井近くに見える窓を見た。 そこから漏れる陽の光が眩しくて、俺は目を細めた。 彰利 「いつか、旅がしたいって思ってた。     誰も居ない世界で、自分だけがゆっくり歩く旅を。     もちろんそんなものは夢の世界でしか有り得ないって思ってた。     いや、違うな……思い込んでたんだ」 凍弥 「………」 彰利 「けどな、それは違ったんだ。誰も居ない世界ってゆうのは自分の中にあって、     俺はずっとそれに気づけないでいた。     ……いつだったかな、俺は自分の大切な場所でボーッとしていた。     やることなんてなにもなかったし、     もとよりそんなことが出来るような世界じゃあなかった。     俺が居た世界は特別で、なんでも許可がなければ出来なかった。     ……もっとも、俺はその時別人で、ただ自分が誰かもしならい存在だった。     けど……これだけは覚えてる。その大切な場所に侵入者が来たんだ」 彰衛門は懐かしそうに物語を話す。 どこかくすぐったそうな顔をして、かと思えば悲しそうな顔をして。 彰利 「俺はそいつを追い出そうとして、喧嘩をした。     本当にくだらない、猫のナワバリ争いみたいな喧嘩だった。     けど……その喧嘩が終わった時、俺はそいつの親友だったんだ。     その時になって初めて、『ふたりで旅をしたい』って思えた。     俺の幸せはきっと、そこにあるんだろうって思った。     今でもその選択は間違ってないと思う」 凍弥 「………」 彰利 「でも、現実ってのは不平等に冷たかった。     俺は絶望を糧に生み出されて、     辛いことや悲しいことを背負わされて生きてきた。     情けない話だが、一番最初に手に入れたものは『悲しみ』だった。     人に産み出された俺は、人に恨まれながら悲しんで……やがて笑った。     でも……いつか笑える日が来るってことを疑っちゃならなかった。     それを疑ったら俺は、自分の存在の意味を無くしてしまうから。     ……それなのに、世界は俺の幸せを拒みたかったのかもしれない。     或いは……殺してしまった家系の人の恨みでも背負ってしまったのか。     気づいたら俺は、自分が素直に笑えなくなっていたことに気づいた」 凍弥 「素直に……笑えない?」 彰利 「馬鹿話をして笑う。人に冗談を言って笑う。誰かをからかって笑う。     そんなことを何回繰り返しても、俺は自分が笑ってる感覚が全然無かった。     けど、俺の周りの人はいい顔で笑うんだ。幸せそうに……とても幸せそうに」 凍弥 「………」 彰利 「やがて気がついた。自分の感情が壊れていたことに。     自分で壊しておきながら、そんなことさえ忘れるほどに壊れていた。     ……いつだって恐かった。いつだって泣き出したかった。     殺されるために生きて、自分の意味を無くさないように生きて、     でも……俺は死んでゆく。     目を開ければ恨まれて、殴られて……そしてまた、同じ時を繰り返す。     ……きっと俺は、生きることに疲れてるんだと思う。     それでも希望は捨てるには眩し過ぎて……いつまでも旅には出なかった」 凍弥 「……どうして?出たかったなら出ればよかったんだ」 彰利 「───かもな。     けどな、絶望しか知らなかった俺に、陽の光を運んでくれた人が居た。     俺はきっと、そいつにお礼がしたかったんだと思う。     どれだけ傷ついても、傷つけられても。あいつが俺の友達で居てくれる限りは」 ……あいつ、って……悠介さん……? 彰利 「この無限とも言える時間軸の中で、あいつだけが俺を解ってくれた。     俺にはそれが……正直眩し過ぎたんだ。     何度死んだって、また眺めたくなるくらいに」 凍弥 「………」 彰利 「忘れるなよ、凍弥。『幸せ』ってゆうのはな、きっとくだらないことなんだ」 凍弥 「くだらない……?でも彰衛門はそれを求めて……」 彰利 「……そうだな。俺もそのくだらないことを、もう何十年も探してきた。     それなのに、ようやく解っても未来は閉ざされる。     だから……お前は俺のようにはなるな。それを言いたかった」 凍弥 「……解らないよ。『幸せ』ってなんなんだ……?くだらないことって……」 彰利 「『日常』を大切にするんだ。     幸せなんてものは、そこらへんに腐るほど落ちてるんだからな」 凍弥 「彰衛門……じゃあ、彰衛門も」 彰利 「……いいや」 『一緒に幸せに』と続けようとした。 けど、彰衛門はそれを拒んだ。 彰利 「俺の手は……幸せを抱くには汚れ過ぎちまってる。     だからこそ、俺が俺としてこの時代に居る理由があるんだと思う」 凍弥 「理由って……?」 彰利 「……俺もきっと、お前と同じなんだ。     正直、俺なんかが粉雪を幸せに出来るわけがない。     俺は自分のどこがいいのか解らないし、     『好き』ってだけで生きていられるっていったら、     現実はそんなものじゃない」 凍弥 「あ……」 彰利 「俺にはきっと、あいつの笑顔を真正面から見る勇気が無いんだ。     他人の幸せばっかり願ってた俺が、自分の幸せを守れるわけがない。     だから俺は、自分の世界には戻れないんだ」 解らなかった。 彰衛門は悲しそうな顔をしながら笑っている。 どこか諦めたような顔が悲しかった。 だから解らなかった。 どうして、この人のこんな顔を見る時が来たのかが、まるで解らなかった。 彰利 「でも───」 凍弥 「え?」 彰利 「でも……な?もし俺が俺に自信を持てたら……そんな時が来るんなら……。     俺は、胸を張って自分の時代に……───」 凍弥 「………」 ───……。 ───……。 凍弥 「なぁ、彰衛門」 彰利 「うん……?」 凍弥 「お前さ、どうする気なんだ?」 彰利 「なにをだ?漠然すぎて質問の意図が解らん」 凍弥 「えっと……これから、かな」 俺も自分が何を言いたかったのかが解らない。 けど、俺は彰衛門に『気にするな』くらいの言葉をかけたかったんだと思う。 落ち込む彰衛門なんて……見たくなかったんだと思う。 彰利 「これから、か……。俺の中の死神を殺して……ははっ、死ぬんじゃないかな」 凍弥 「死ぬって……そんな」 彰利 「なまじっか『絶望』ってものを見ているとな、     『希望』って言葉の意味が解らなくなるんだ。     だから俺は、高望みなんてものはしない」 凍弥 「そっか……でもさ、きっとその死神にも簡単に勝っちゃうんだろうな。     彰衛門、強いから」 彰利 「……そう、思うか?」 凍弥 「え?あ、ああ……うん」 彰利 「………そっか」 彰衛門は寝かせていた体を起こして、俺を見た。 彰利 「俺はさ、強くなんかないんだ」 凍弥 「へ?あ、な……何を言い出すかと思えば……」 彰利 「強いのは俺じゃなくて、月操力だ。     そして……月の家系に産まれた『弦月彰利』。俺には当てはまらない」 凍弥 「でも彰衛門は……」 彰利 「家系の身体能力と月操力。     それが無かったら、俺はただの……カケラでしかないんだ」 凍弥 「カケラ……」 目の前で悲しげな顔をする人は、きっと自分に似ているのだと思う。 俺もカケラでしかなく、彼もカケラ。 他人のために馬鹿やって、自分をなげうって、やがては消える。 そんな存在は俺だけだと思ってた。 だというのに、目の前のその人は…… 彰利 「俺さ、最後の時が来たらきっと泣いちまうと思うんだ。     約束も守れないで、誰にも理解されずに……傷を背負ったまま。     そして二度と、歴史を繰り返さない」 ……その人は───俺なんかより深い絶望を背負って、100年以上も苦しんできた。 想像なんて出来ないし、そんな小さな想像で物語れるほどの絶望なんかじゃない。 彰衛門は言った。 『殺されるために生きた』と。 どんな地獄を見たのかなんて解らないけど、 それは……俺が想像することさえ許されない地獄だ。 ───人ひとりの心が壊れた。 どんな地獄か、だなんて……それだけで十分なんだろう。 凍弥 「彰衛門はそれでいいのか?」 彰利 「いいわけあるか。でもな、俺ももう疲れてるんだと思う。     今まで心の支えだった母さんも消えて───俺の中の魂も3分の2になってる。     結局、心の支えだった人はとんだ疫病神で、     俺は余計に苦しむことになっただけだった。     生きる糧が見つからないままじゃあ、壊れた俺の心は耐えられないだろう。     孤独ってゆうくだらない宿命を背負わされた挙句に、     オリジナルには逃げられて。     俺は押しつけられたまま、誰かを憎んで消える。     憎むヤツはもう死んでるのが……悔しいだろうな」 凍弥 「………」 彰利 「いいか小僧、お前はこうなるな。     助かる方法があるなら、それに縋り付いてでも助かれ。     お前がその『閏璃』とかゆうヤツの記憶を持ってたとしても、お前はお前だ。     俺には助かる方法なんてないけど、最後まで足掻いてみせるから」 凍弥 「方法が無い……って……」 彰利 「試しにリヴァイアにも訊いてみたんだけどな。     魂の移植は確かに出来るらしいが、俺の魂の受け皿は『弦月彰利』のものだ。     他の誰かの魂は受け入れられないらしい」 凍弥 「………?」 なにかが引っ掛かった。 それは……なんて言えばいいんだろうか。 彰利 「言った意味、解るか?」 凍弥 「あ、いや……何かが引っ掛かったんだけど……」 彰利 「……ったく。ようするに、お前の魂の受け皿は『奇跡の魔法』なんだ。     どんな魂でも受け入れられるし、糧にも出来る」 凍弥 「な……んだって……?」 彰利 「想像が追いつかないか?     考えてもみろ、確かにお前は楓巫女の転生の法で転生した。     だが、『霧波川凍弥』って人物が既に死んでしまった以上、     転生するべき魂や記憶は行き場を失って、やがて消滅する筈だ。     けど、お前はその全てを持って生まれた。     ようするに、お前の中の『奇跡の魔法』って受け皿はどんな魂も受け入れる。     どんな記憶だろうが、他人の魂であろうがな」 凍弥 「じゃあ、俺は……」 誰かの魂を受け入れれば、生きていられると……? 彰利 「……そういうこった」 俺の言いたいことを察したのか、彰衛門はそう言った。 ……だが、俺は目の前が真っ暗になる思いだった。 今まで誰かのために頑張ってきた。 そんなことが自然になっていた俺が、 自分が生きるために誰かの魂を犠牲する、だなんて……そんなことは─── 彰利 「どうするかはお前次第だ。     でもな───俺は正直、お前には生きていてもらいたい」 凍弥 「彰衛門……」 彰利 「お前には生きて、自分の未来を眺め続けてもらいたい。     楓巫女の未来を見届けてもらいたい。     俺が馬鹿をやることで救うことの出来た人達の未来を……見てもらいたい。     無茶なことを言ってるのは解ってるが、     俺はきっと、そんな未来は見れないから」 ……悲しそうな彰衛門。 だけど、目を逸らそうとしない。 まるで俺に、自分の願いを託すような眼差しを向けていた。 だから俺は訊くことにした。 凍弥 「彰衛門……お前はいつ……」 いつ『死ぬんだ』、と。 彰利 「……さあな。もしかしたら今すぐ死神と戦って殺されるのかもしれないし、     体や意識を乗っ取られて、     傷つけたくない人を傷つけることになるのかもしれない」 凍弥 「そんな……」 彰利 「そんな顔するなって言ってるだろ?     でも……もしそうなったら、悠介に知らせてくれ。     あいつならきっと、俺を消してくれるから」 凍弥 「恐くないのかよ……。『消える』ってことを何度も繰り返してきたんだろ?」 彰利 「恐さを知らないヤツはな、誰かにやさしくすることなんて出来やしないのさ。     辛さや悲しさや絶望を知ってるヤツはな、誰かにやさしく出来るもんだ。     だから俺は、お前にこそ『未来』を見てもらいたい。     前世の頃から辛さや悲しみを知ってるお前に……な」 凍弥 「彰衛門……でも……」 ズビシィッ! 凍弥 「いでっ!?」 デコピン一閃。 彰衛門は苦笑しながら、俺を真っ直ぐに見た。 彰利 「あのなぁ。俺はお前に『生きろ』って言ってるんだぞ?     だってのにどうして、そんな辛気臭い顔してんだよ」 それは……いや、考えるまでも無い。 だから俺は、自分の中で当たり前になっていることを言葉にした。 凍弥 「そんなの、きまってる。彰衛門が言ったんじゃないか、前世の頃から、って。     俺だって前世の頃から彰衛門を知ってる。     だからこそ、彰衛門に死んでほしくないんじゃないか……」 彰利 「だめだ」 ……が、即答で返された。 凍弥 「なっ……生きてくれって言ってんのにここで落とすか!?」 彰利 「ええい、お黙り!ワシはまだまだ貴様に指図されるほど老いておらんわ!!     まったく何を言い出すのかと思えば!!     貴様、このじいやを馬鹿にしておいでか!!」 凍弥 「指図じゃなくて願いだよ!どうしてお前ってそうヒネクレてるんだよ!」 彰利 「知らん!自分で考えろ!!」 凍弥 「ぐっ……ぐがぁああああああっ!!!!」 ああっ……ムカつく……ッ!! そうだよ、彰衛門ってこういうヤツだった! 凍弥 「真面目に話してくれるんじゃなかったのかよ!」 彰利 「俺は年中無休で真面目だが」 凍弥 「そんなこと言ってる時点で真面目じゃねぇ!!」 彰利 「なんだとてめぇ!やるかコラこの野郎!!」 凍弥 「やってやるよ!今日という今日は頭にきた!覚悟しろ彰衛門!!」 彰利 「覚悟!?ほっほっほ!なんの覚悟かね!貴様が屠られる覚悟かね!?」 凍弥 「うるせぇええっ!!」 彰衛門の声を振り払うが如く、俺は牢屋の床を蹴った。 が、次の瞬間。 彰利 「サミング!」 ドチュリ。 凍弥 「ごわぁああああああああっ!!!!!!」 彰衛門の容赦無い目潰しが俺の瞳を襲った。 彰利 「死ぬぅぇえええええええいいぃい!!!」 凍弥 「おわっ!?ちょ、ちょ───待……っ!!」 ぱぐしゃあっ!! 凍弥 「ギャア!」 見えない視界の中、俺の顔面に打ち下ろすような衝撃が降った。 のちに……言うまでもなく、気絶。 Next Menu back