『人生は夢である』 遠い昔にそんな言葉を聞いた。 俺はそれに『ああ、確かに』と頷き、だけどどこかで否定していた。 もし今生きているこの瞬間が夢だとしたら、目が醒めた時にきっと悲しむだろう。 夢ってゆうのは、自分の理想があるからこそ夢なんだ。 そこに現実の介入なんて許されない。 だから、もし目が醒めてしまうときがくるのなら。 その時こそ俺は、目覚めることを拒否して。 いつか見ることのできなかった、長い長い夢を見たい。 もしその願いが叶うのなら、俺は─── きっと、ずっと微笑みの中に居られるんだと思う…… ───心の弱さと人としての弱さ───
今頃は学校に行っている時間。 だが、俺は停学中の身で。 何をするでもなく、無気力にボ〜っとしていた。 凍弥 「………」 世の中ってのは上手く行かないことばっかりである。 言っていいことと悪いことの区別もつけられないほどになってしまった俺は、 彰衛門と別れてからこんな調子が続いている。 凍弥 「だはぁ〜〜〜〜……ぁ」 出る溜め息は果てしない。 一生分の溜め息でも吐いてしまうんじゃないかと思うほど、その溜め息は続いていた。 凍弥 「椛は今頃、体育祭の準備とかかな……」 ひどいことに、停学は相当長いものだった。 てゆうか延ばされた。 『自宅謹慎』とか言わなかったくせに、 家から出てたことを知ると、停学期間を延ばしやがった。 だから、浩介も浩之も同じような目に合っている。 その期間ってのが文化祭が終わるまでっていうんだから残酷だ。 既に俺と志摩兄弟を厄介者としてしか見ていないらしい。 文化祭中に問題を起こされないようにってハラだろう。 まったく、現実ってのが嫌になる。 凍弥 「………」 ───でも、どうだろう。 いっそのことこのまま消えてしまうのは。 消えるって言っても、家出って意味での消える、だが。 だがしかし行く宛てもなし。 あ〜あぁ……こういう状況ってとんでもなく嫌いなんだが。 凍弥 「……椛との婚儀、もうすぐ……だよな」 泣かせたくはない。 だけど……いや、だからこそ、俺は椛と結婚するべきじゃない。 たとえ傷つけようと、あとに幸せが残る未来を手に取らせるべきだ。 そしてその幸せの未来は、いずれ消えてしまう俺と添い遂げる未来じゃない。 凍弥 「たしかに、な……」 こんなところでいつまでも考えるよりは、 誰にも見つからないところへ行くのも悪くない。 けど、俺だってこの場に居たいって思ってる。 その気持ちはウソじゃない。 出ていくには、住み馴れすぎたんだ……。 ───でも。 凍弥 「……ごめん、みんな」 俺はやっぱり、弱い人間だった。 ……。 サクラ「え?ポシェットを?」 凍弥 「ああ。直ってるんだろ?」 サクラ「はい、一応……でもどうするんですか?」 凍弥 「ちょっと貸してほしいんだ。……だめか?」 ───出ていくことを決めた。 今はみんなにたくさんの迷惑をかけてしまうけど、いつか記憶から消えるから。 だから、どうか───俺のことなんて、心配しないでほしい。 サクラ「いえ、かまいませんけど……」 凍弥 「……悪い」 サクラにポシェットを借りた。 ……もちろん返せる自信なんてないし、返すことすら出来ないんだって確信していた。 凍弥 「食材が出てくることは変わらないよな?」 サクラ「はい。相変わらず、どこから出てくるかは解りませんが」 凍弥 「はは、それは作った人物にしか解らないだろ」 サクラ「……それもそうですね。ふふっ、ふふふっ」 凍弥 「あ……」 ……こんな時になって、初めてサクラの微笑を見た気がした。 見ようと思えばいくらでも見れたに違いないその笑みは、 今では儚いくらいに遠くに感じた。 凍弥 「…………それじゃ、俺……ちょっと出掛けるな」 サクラ「え?出かけるって……自宅謹慎は?」 凍弥 「気にするな、見つからないようにするから」 サクラ「……いつからそんなにワルガキさんになったんですか?」 凍弥 「え?……ははっ」 それは些細な質問だった。 つまらないきっかけで出会った少女は自分と一緒に成長して、 いつしか兄妹みたいに話せるようになっていた。 けど、俺の勝手な都合で彼女を拒絶し、傷つけたりもしたんだろう。 それでもサクラは俺の幸せを一生懸命になって探してくれた。 その頃はとても邪魔だ、なんて思ってたのに─── 凍弥 「……サクラ。俺はきっと……子供の頃からなにひとつ変わっちゃいないよ」 今は、その幸せ探しを……もう一度したいと思った。 くだらない強がりなんか捨ててしまって、ただがむしゃらに、子供らしく。 だけど時間は戻らない。 俺が歩いてきた時間は『俺』を象るために必要な時間で、 無駄な時間なんて一秒だってなかったんだから。 凍弥 「与一も出掛けちゃってて、リヴァイアも居ない。     サクラが留守番することになるけど───大丈夫だよな?」 サクラ「むっ。子供扱いしないでください。     わたしだっていつまでも子供じゃありませんよ?」 凍弥 「……うん。いい返事だ。じゃ、頼むな」 サクラ「わぷっ!?」 サクラの頭を撫でて苦笑した。 サクラは何が起きたのかよく解らないって顔をして、 だけどすぐに『子供扱いしないでくださいっ!』と怒ってみせた。 俺にはそんな風景が眩し過ぎて。 ぷんすかと怒るサクラの顔を直視できないままに、その場をあとにした─── ───……。 サクラ「……凍弥さん、なんだか様子がヘンでしたけど……」 撫でられた頭に触れてみて、首を捻ってみた。 なんだかよく解らない。 サクラ「でも……凍弥さんに頭撫でられたの、初めて───ですよね」 いっつもいっつも邪険にされて、近づき過ぎると怒られて。 だけどいつからかそんな駆け引きも楽しくなって、ふたりして怒り合った。 いっつも負けていたけれど、遠慮が無くなる頃には、 わたしはストレインを振りかざして圧勝を得ていた。 けど、わたしは知っていた。 なんだかんだ言って、凍弥さんは無闇に人を傷つけない。 わたしに遠慮なくぶつかってきたのも、 どこか遠慮していたわたしを元気づけるものだった。 サクラ「……どうして、こんなことばっかり頭に思い浮かぶのかな……」 不思議だった。 だけど答えには辿り着けなくて。 わたしはまだ感触が残っているような気のする頭に触れて、鈴訊庵に入った。 ───……。 佐野崎「……あ〜あ、どうしてわたしがコピーなんてしてこなきゃならないのよ」 そりゃ、学校のコピー機が天に召されたんだから仕方ない。 けど、それでわたしが駆り出されるのはなにか間違っている気がする。 ───うん? 佐野崎「あれ……霧波川……」 コンビニに向かう途中、私服のセンパイさんを見つけた。 そういえば停学にされたって言ってたっけ。 丁度いいかもしれない。 朧月のことで、まだちゃんと謝ってなかったし。 我ながら、いじめなんてやってた自分が恥ずかしい。 佐野崎「ちょっとあんた〜!停学処分中なのにお出かけ〜!?」 凍弥 「ん……?あ───あのときのイジメっ子」 佐野崎「うぐっ……」 霧波川は直球だった。 確かに朧月をイジメたのは確かだし、 それ以外で霧波川とは面識はないから、印象を持たれるとしたらそんなことだ。 けど、面と向かってイジメッ子はさすがに…… 凍弥 「どうした?俺にリベンジしに来たのか?」 佐野崎「それも面白そうだけど、やめとくわ」 凍弥 「そっか。そりゃ賢明な判断だ。今の俺はからかい好きだからな」 佐野崎「……?」 よく解らないけど、わたしが変わったように、霧波川も変わったってことだろう。 佐野崎「それより。どこかへお出かけ?     自宅謹慎を命じられたって聞いたんだけど」 凍弥 「ふむ……驚いたな。     てっきり説教された腹癒せになにかしてくるかと思ったんだが」 佐野崎「ふふ〜ん、わたしだって常識ってゆうものを知ってるのよ。     どう?まいった?見直した?」 凍弥 「……有頂天になって、佐古田二世にだけはクラスチェンジするなよ……?」 佐野崎「……それ、シャレになってないわよ」 確かにさっきのわたしの発言は、 佐古田先輩に近いものがあったかもしれないけど…… 佐野崎「それで、何処に?」 凍弥 「知りたがりは長生きしないってゆうけどな……。     あ、その前にひとついいか?お前、どうして俺に話し掛けてきたんだ?」 佐野崎「どうしてって……あんたが居たからよ」 なにを当たり前のことを訊いてるんだろう、この人は。 凍弥 「そうじゃなくて。サッカー部のこと、聞いてるだろ?」 佐野崎「え?……あーあーあー!そっかそっか!     そりゃあ、停学中のあんたが知ってるわけないわよねー」 疑問が解けた。 ようするにこの人はまだ知らないんだ。 凍弥 「なんのことだ?」 佐野崎「サッカー部の暴力事件なら、もう真相が解っちゃったのよ。     相手高校の生徒が風間の彼女に手を出した所為で、風間が殴ったって。     だから、あんたのことは誤解だったって知れ渡ってるのよ」 凍弥 「……マテ。じゃあなんで停学が解けないんだ?」 佐野崎「ああ、それ?それなんだけどね……。     『モンスターハンター』を名乗る妙な男が校長を脅迫したらしいわ」 凍弥 「モン……なに?」 佐野崎「モンスターハンター。ちゃんと聞いてなさいよね。     よく解らないけど、その人が校長を脅迫して停学期間を延ばしたとか」 凍弥 「な、なんだそりゃ……」 理不尽なとばっちりを受けた人のような顔をする霧波川。 気持ちは解る。 凍弥 「今朝、いきなりの連絡だったんだが……そういうことだったのか」 『誰だか知らんが……』とか呟く霧波川。 凍弥 「まったく、嫌なヤツも居たもんだ。どうせなにかの逆恨みだろうけど……。     なにか文句のひとつでも言ってやりたいもんだが、犯人が解らん」 佐野崎「手掛かりならあるわよ。その脅迫してた人、     『夜華さんがよそよそしいーーーっ!!』って叫んでたらしいから」 凍弥 「俺が悪かった」 佐野崎「え?なにが?」 凍弥 「いーや、停学が延ばされたのも当然と受け取れたってことだ。     志摩兄弟はとばっちりだけど」 佐野崎「……よく解わないんだけど。     また相変わらずで、なにかお節介関連?懲りないのね、お節介」 凍弥 「あー……いいや、そうでもない。前の方がお節介だったに違いない。     だいたい、もうお節介してやれる相手も居ないしな」 佐野崎「へえ……そうなの」 凍弥 「ああ。そういうこった。俺にはもう、そうしてやれるだけの余裕が無い」 佐野崎「ふーん……」 よく解らないけど、ようするに疲れたのか。 それはそうだ、目に付く人全員って言っていいほどにお節介をして、 周りのいろいろな相談に乗っていたことを考えれば、 わたしなら一日と経たずにうざったくなる。 凍弥 「……っと、どこに出かけるか、だったよな?     まあ、そうだな……散歩みたいなもんだ。     家の中に閉じ篭もりっぱなしだと体が腐ってくるんでね」 佐野崎「散歩、ねぇ……。ジジくさいのね」 凍弥 「ほっとけ」 霧波川は苦笑しながらそう言うと、『じゃあ』って言って歩き出した。 特に用があったわけでもなかったから、その姿を見送ることもなくコンビニに向かった。 ───……。 凍弥 「…………はぁ。あのな、今の俺は、人を支えられるほど力がないんだぞ?」 公園に向かう途中、そう呟いた。 すると体の中から顔を覗かせる美紀。 異様な光景だ。 美紀 『大丈夫。使ってるのはサクラちゃんの場だから。     ポシェットにある残り香みたいな【場】を使ってここに居るだけだから』 残り香だから、すぐに無くなっちゃうけどねと言う美紀。 なんの用があるのかは想像がつく。 こいつは昔から、俺のこととなると鋭いヤツだったから。 凍弥 「……気づいてたのか?」 だからそう言った。 美紀はやっぱり少し自虐するように頷いて、 『こんなことばっかり解っても、辛いだけなのにね』と言った。 凍弥 「それがお前だろ?自分を変えることなんてそうそう出来やしないさ」 美紀 『……でも、凍弥くんは変わったじゃない。     前の凍弥くんは、どんなことがあっても誰かの幸せを守ろうとする人だったよ』 凍弥 「……今だって似たようなもんだろ」 椛の未来を悲しみだけで終わらせたくないから、俺はこうして─── 美紀 『ううん、今の凍弥くんは逃げてるだけだよ』 凍弥 「逃げて……?なんでまた」 美紀 『椛ちゃんの幸せって言うけど、     椛ちゃんはずぅっと昔の前世から凍弥くんのことが好きだったんだよね?     だったら、凍弥くんと添い遂げること以外で幸せな未来があると思う?     本当に、そう思ってる?』 凍弥 「……痛いところをつくなぁ、お前」 そんなことは解ってるんだけどな。 まさか美紀に説教染みたことを言われる時がくるとは。 美紀 『じゃあ、解っててこの道を選ぶの?』 凍弥 「結婚して一年も経たずに消えちまう夫が居るか、ばか。     そんなヤツと結婚するくらいなら、最初からひとりの方がいいだろう」 美紀 『……凍弥くん。その見解は間違っています。マイナス20点』 凍弥 「是非どこが間違ってるのか訊きたいが……その前になんだ、そのマイナスは」 美紀 『……好感度?』 どうして疑問系なんだ? 美紀 『とにかく、凍弥くんは解っているようで全然解ってない。     さっきも言ったでしょ、     椛ちゃんは凍弥くんと一緒になれることこそ願いだって。     一緒に生きる時間なんて、二の次だよ、きっと』 凍弥 「……そうかぁ?」 美紀 『そうだよ』 凍弥 「へぇ……じゃあ美紀、お前の場合はどうだ?     結婚してわずか数ヶ月で消滅する夫と一緒になって嬉しいか?」 美紀 『えーと……』 じーーー……と俺の顔を見る美紀。 で、やがて何故か頬を少し赤らめて言う。 美紀 『……そ、その、個人的には嬉しい……かも』 ……ああ、なんだろう。 こいつじゃあ話にならないって脳内が唱えてる。 美紀 『でもね、凍弥くん。どんな理由があるとしても、今の凍弥くんは間違ってるよ』 凍弥 「んー……お前も俺と同じ状況になれば解ると思うぞ?」 美紀 『どんな状況下でも解りませんっ』 ぴしっと叱りつけるような口調で言う美紀。 なかなかに頑固だ。 美紀 『───あ、でも……』 凍弥 「うん?」 美紀 『もし凍弥くんが消滅したとするよ?』 凍弥 「さらりと嫌なことを喩えるな。すげぇ悲しい」 美紀 『いーからいーから。     もし凍弥くんが消滅したとして、また来世に転生できるものなのかな』 凍弥 「……無理だろうな。今回は『死ぬ』んじゃなくて『消滅』するんだ。     体が死んでも魂は無事だけど、消滅のあとには何も残らない」 美紀 『じゃあ、来世は望めないってこと……?』 凍弥 「そういうことだな」 美紀 『あ、じゃあ消滅する前に自殺すれば』 凍弥 「お前って時々、素でヒドイこと言うよな」 まあ別に、手段として考えなかったわけでもないが。 こんな不安定な状態のままに死んだとして、来世が望めるかどうか。 それ以前に『転生』ってことは、椛に死ねって言ってるようなもんだ。 俺が死んだら、あいつはまた自害してしまうかもしれない。 でも───あれ、ちょっとマテ。 今、なにやら答えが見えたような…… 凍弥 「なぁ美紀。もし俺が自殺したら、     ずっと昔から俺を思ってくれていた椛はどうするだろうか」 美紀 『え?シリアスな顔していきなり惚気(ノロケ)?』 凍弥 「除霊するぞこの野郎」 美紀 『あ、じょ、冗談だから。えっと……そうだねぇ……』 美紀は『んー』と唸りながら考えていた。 が、何度繰り返しても同じ答えだったと言うかのように口を開いた。 美紀 『自殺しちゃうね、きっと』 凍弥 「……やっぱりか」 過去の俺達を知らない美紀がそう言うんだ、椛も相当思い込んでくれているって証拠だ。 凍弥 「じゃあ、俺が消滅したらどうする?」 美紀 『え?あ……』 美紀は言葉に詰まった。 だけどその答えは揺るぎ無い。 やがて美紀はその答えを知っていたように口を開く。 美紀 『……生きる意味を無くして、その……』 それだけで十分だ。 どのみち、椛は未来を放棄してしまうかもしれない。 だって、どっちの未来でも『俺が居ないこと』は変わらないんだから。 それなら、今自殺しようがあとで消滅しようが、未来はさほど変わらない。 だが、その過程で彼女を幸せにすることは出来る。 それは─── 凍弥 「……そっか。馬鹿だなぁ俺……」 美紀 『仕方ないよ、馬鹿だし』 凍弥 「よし除霊しよう」 美紀 『わわわっ!ちょ、ちょっと待ってよ!』 凍弥 「……冗談だ」 美紀の頭をポムポムと軽く叩いて苦笑した。 答えは簡単だった。 結婚でもなんでも、してしまえばいい。 どう転んだって、今の現状のままじゃあ俺が消える未来は揺るがない。 それならせめて───椛を幸せにしてやればいい。 たとえ一時だけの幸せだとしても。 凍弥 「なぁ美紀」 美紀 『え……なにかな』 凍弥 「悪い。やっぱ俺、間違えてたわ」 実にアホらしい。 納得してしまえば実にくだらないものだった。 精神的に追い詰められてるとはいえ、 逃げることしか頭に浮かばなかった自分に腹が立つ。 凍弥 「よっしゃ、帰るかぁ」 美紀 『え───家出、やめるの?』 凍弥 「ああ、やめる。家出なんてやめて普通に生きるさ。     足掻きつづけた先の自分の未来、最後まで見てみたくなった」 美紀 『凍弥くん……』 凍弥 「消滅するならするで、     その時が来るまでは椛だけでも幸せにしてやらないとな     ───サテ、そうと決まればさっさと帰ろう。誰かに見つかったらコトだ」 美紀 『え?どうして?』 凍弥 「馬鹿おまえ、俺は停学処分中なんだぞ?     こんなとこ、誰かに見られたら停学通り越して留年だって有り得る」 美紀 『そうかなぁ』 凍弥 「一度受けた疑いってのはなかなかどうして、心の中に残るもんなんだよ。     だから一度『問題を起こした』って事実が校長にでも教頭にでもある以上、     『俺が問題児』って事実はそうそう消えやしないってこと。オーケィ?」 美紀 『……さっきまで、どうにでもなれって態度だったのにねぇ』 ほっとけ。 生きるって決めたからには躓きは許されんのだ。 凍弥 「ところでさ、なにかおかしいと思わないか?」 美紀 『おかしいって……なにが?』 凍弥 「いやほら、考えてもみろよ。俺は学校での問題で停学処分を受けただろ?     それで今は誤解も解けてる。そこで俺は思うわけだ。     ……なんだって、椛はそれを教えてくれなかったのかなって」 美紀 『あ───そういえば』 凍弥 「……なんだろな。椛なら俺のことは逸早く教えてくれると思うんだけど」 美紀 『んー……』 美紀は俺の横を歩きながら、口に人差し指を当てて上目遣いに空を見上げた。 そしてにこっと笑って─── 美紀 『それ、今度こそノロケだよね?』 ……と言った。 凍弥 「う、うっさい」 話とは関係ないうえに、実は図星だった。 好きな人、大事な人を良く言いたくなるのは仕方ないことだろう。 そこらへんのツッコミは勘弁してやってください。 美紀 『で、さっきの問題の答えだけどね。椛ちゃん、人当たり悪いでしょ?』 凍弥 「───あ」 そうだった。 椛は今でも人当たりは悪い。(特に男に) 俺と彰衛門以外の男に触れられるのを極度に拒み、 触れたら触れたで『わたしに触らないでください』発動。 学校でもそれは大して変わらないらしく、 このあいだ『わたし、凍弥先輩以外の人に触れられてませんから』と胸を張っていた。 美紀 『だから、噂とかも聞かないんじゃないかなぁ』 凍弥 「……そうかも」 ようするにガッコでひとりぼっちなのは変わらないってことだ。 なにをやっとるんだあの馬鹿は……。 美紀 『もし学校でひとりぼっちだとしたら、椛ちゃん寂しいと思うよ?     ……凍弥くんが停学になんかされちゃうことするから悪いんだ』 凍弥 「ま、アレだ。あれが最後のお節介って考えていいんじゃないか?     誤解も解けて、問題も円滑に収まったんならいいじゃないか」 美紀 『……わたし、凍弥くんが凍弥くんである限り、     凍弥くんのお節介には【最後】なんてないと思いまーす』 凍弥 「お前ってさ、ホント揚げ足とるよな」 美紀 『そんなことないよ』 凍弥 「問題らしい問題なんて俺が抱えてる消滅への未来くらいだろうが。     俺は俺以外のことでお節介してる余裕なんてないぞ?」 美紀 『でもさ、凍弥くんが消えちゃったらいろんな人が悲しむよ?』 凍弥 「俺が消えれば誰の記憶からも俺は消える。そこに……問題なんか残らないよ」 美紀 『………』 だから、俺はきっと……椛に謝らなきゃいけないんだ。 でも謝るだけじゃなくて、言いたいことも伝えたいお礼も、たくさんある。 想ってくれてありがとう。 巡り会えてよかった。 ずっと一緒に居てやれなくてごめん。 ……言ってやりたいことなんて山ほどある。 遺したい言葉だって、きっと数え切れない。 だけど、俺は遺言を残したくて生き足掻くわけじゃない。 俺はただ───そう、あいつの夢を、未来を、笑顔を守っていたい。 たとえ最後に泣かせてしまうのが俺であっても、それはきっと変わらない。 凍弥 「……だから、思い出を」 そう。 だから思い出を作ろう。 『消えてしまう』なんて思考が色褪せた写真のようになってしまうくらい、 短い時間の中を永久と呼べるくらいに駆け抜けよう。 その夢を描く材料は、もう俺の周りにあるんだから。 美紀 『……凍弥くん?』 立ち止った俺を見て、美紀が声をかける。 俺は笑ってみせて、既に人間より霊体に近いであろうその手で美紀の頭を撫でた。 ……自分はいつからこの世界に居て、 いつから俺のことを『凍弥くん』と呼ぶこいつの頭を撫でていたのか。 そんなことを考えて、『俺』という存在が希薄になるのを感じた。 Next Menu back