───忘却の聖夜───
───……。 夜華 「彰衛門!わたしだ!わたしは───覚えてるだろう!?」 彰利 「彰衛門って……いや、あの、人違いじゃないか?俺の名前、彰利だし」 夜華 「っ……バカなっ……!!こんな……バカな……!」 悠介 「………」 しばらく経って、ルナに話を聞いたのか───篠瀬が走ってきた。 そして今の現状にあるが……やっぱり彰利はいろいろな記憶を失っていた。 夜華 「っ!違う……バカは貴様だ!そうだ、馬鹿だ貴様は!     どうだ、悔しいだろう!言い返してみろ馬鹿者めが!!」 彰利 「おいおい……ちょっと待てお前。     人に向かってバカバカ言うのはどうかと思うぞ?」 夜華 「っ……なん、だ……!なんだそれは……!どうした!     いつものように『バカとはなんだコノヤロウ』と言ってみろ!!     わたしをカスと罵ってみろ!!     貴様はっ……貴様はそんなヤツじゃなかっただろう!!」 彰利 「……なぁ悠介。やっぱ人違いされてるぞ俺。なんなんだよこの状況」 悠介 「………」 彰利 「黙秘か……まいったな畜生」 どうしようもない。 俺には、彰利の中から消えた記憶を戻してやることも創造することも出来ない。 そんな方法すらわからないんだから。 夜華 「っ……何故……こんなことに……!!     楓さまになんと詫びたらいい……!くそっ……くそぉっ……!!」 悠介 「篠瀬……お前の所為じゃない。     お前がこいつの刀を弾く前から、もう兆候があったらしいんだ。     元凶は……こいつの中の死神にある……」 慰めの言葉も届かず。 篠瀬はただ、彰利の胸倉を掴んだまま、泣き出してしまった。 彰利 「………」 彰利は状況が理解できず、ただ困った顔をするのみで……─── 篠瀬を慰めることも、喋ることさえしなかった。 ───……。 悠介 「なぁ彰利。日余、って知ってるか?」 彰利 「日余?ああ、中学ン時に同じガッコだった日余だろ?どした、突然」 悠介 「お前、日余のこと好きなんだよな?」 彰利 「……あの。何故にそんな質問が飛ぶんですか?     俺ャァべつにそんなことありませんよ?」 悠介 「………」 彰利 「どうしたんだよ。今日の悠介、妙だぞ?」 悠介 「……お前に言われたく……ねぇよ」 彰利 「……そか。確かにヘンだもんな、俺。お前の言い分はもっともだ。     雪子さんにも迷惑かけてばっかだし、早く自立したいよ、ほんと。     思えばさ、楽しかったかなって思える思い出って悠介とのことばっかなんだ。     小さい頃に辛い思いしてさ、少しはそれから解放されたかなって思って……     そして、日常が出来たって思ったら……更待先輩に嫌われちまって。     どうして……俺ってこうなんだろうな……」 悠介 「………」 更待先輩。 その言葉でなんとなく解った。 彰利の精神に入ったあの日に見た景色。 彰利の顔。 それは…… 悠介 「………」 今の彰利は、最初の彰利だ。 自分で自分を貫いて、俺の身勝手な能力で甦った、最初の。 蝕みはそこまで深く染み込み、彼が未来を目指した数百年の歴史を全て踏みにじった。 悠介 「………」 ……苦労してたんだ。 あいつはいつだって泣いてた。 泣きながらがむしゃらに未来を目指して、死んで、甦らされて。 そしてまた、知り合いの妹に殺されかけて。 何度も同じ涙を流し、やがていつしか……涙を流せなくなっていた。 『人』が死ぬ時はどんな時だ? 文字通り死んだ時か?───違う。 周りがその人を忘れた時か?───違う。 ……自分が、自分を忘れちまった時だ。 周りが覚えてればいいってもんじゃない。 そいつはそいつだからこそそいつであって、 周りが覚えてたところで、もうそいつはそいつじゃないんだ。 だったら、人が死ぬ時ってのはそいつがそいつじゃなくなった時だけだ。 彰利 「なぁ悠介。そういやさ、どうして俺……刀なんて持ってんだ?」 悠介 「ああ、それか……?それはな、お前を病気から守るための刀なんだ」 彰利 「ほへ?そうなのか?」 悠介 「ああ……。お前は今、死に至る病に侵されてるんだ。     だから、その刀が必要なんだ」 彰利 「うおっ!?マジかっ!?そ、そんな、いつの間にそんな愉快な病気に……!     で、で……?病名は!?」 悠介 「知らん」 彰利 「うおう……ひでぇ……無名じゃあ誰にも治せねぇってことじゃん……」 悠介 「月生力で治してみろよ」 彰利 「げっせ……?なんだそれ。薬かなにかか?あの……消臭力みたいな」 悠介 「………」 だめ、か。 やっぱりこいつは最初の彰利だ。 まだ月操力のなんたるかも知らない、純粋な頃の。 そしてこいつは、その先になにがあるのかも知らないでゼノに殺された。 だったら─── 悠介 「………」 だったら。 もう、いいんじゃないか? こいつはもう十分に苦しんだじゃないか。 だから……このまま、何も知らないままで…… 彰利 「うん?どうした?」 悠介 「あ、い、いや……」 ふと。 クリスマスを楽しみにしていた椛の顔が頭に浮かんだ。 感謝の気持ちを込めて、彰利にプレゼントをしたいと言っていた。 ……きっと、楽しい一日になる筈だった。 それなのに─── ───……。 椛  「……うそ、ですよね?」 その言葉に、黙って首を横に振った。 そうすると目を見開き、ショックを受ける椛。 その手から落ちる、包装されたなにか。 恐らく、彰利へのプレゼントだったんだろう。 椛  「お、おとうさん……?わたしだよ……?椛だよ!?おとうさんっ!!」 彰利 「おわっととと!い、いきなりなにすんだよ!     俺ゃお前なんか知らないし、おとうさんなんて呼ばれる歳じゃねぇぞ!?」 椛  「───ッ……!!そんな……!うそ……うそだよ……!」 彰利 「初対面のヤツにウソなんかつくかよ……。おー、びっくりした……」 やりきれないのが現状。 そして、上手くいかないのが現実。 現実ってのは厄介なもので、天使にも悪魔にもなる。 そして、今ここにある現実は紛れも無い悪魔なんだろう。 彰利に『日常』を感じていた俺にとって、 彰利が喪失したものは彰利自身の問題だけでは済まなかった。 椛  「治す方法は……」 悠介 「あれば……とっくにやってるな」 椛  「っ……」 当たり前だ。 俺だってこんな彰利を見ていて堪えられるわけがない。 方法があれば、真っ先に俺がやっていた。 ビジィッ!ブゥウウ……ン─── 悠介 「───?」 ふと、虚空に歪みが発生する。 やがてそれは穴となり、そこからリヴァイアが出てくる。 リヴァ「悠介、手伝ってくれ。少し試してみたいことがある」 悠介 「試し……?」 リヴァ「ああ。それと───なにか強い『聖』の力を持つヤツは居ないか?」 椛  「あ……それならわたしが───!」 リヴァ「お前はダメだ。聖の力よりも魔の力の方が高い。     純粋な『聖』がいいんだ。それ以外じゃあ成功は望めない」 悠介 「成功、って……助ける方法があるのかっ!?」 リヴァ「騒ぐな。言っただろ、『試す』って。     『助ける方法』かどうかは成功しなきゃ解るもんか」 悠介 「そ、そうだよな……悪い」 ……馬鹿か、俺。 なにをムキになって……いや。 ムキにもなるさ。 彰利は俺のために何度も死んだんだ。 もし今の彰利になにかが必要だってゆうなら、 今度は俺がこいつのために命を張る番だろ。 リヴァ「それで、ないのか?それがないと始まらない」 悠介 「……そうは言っても……って、あ───」 ふと。 田中の顔(体?)が頭に浮かんだ。 神王の竿と呼ばれたアイツの姿が。 たしかアレは、やかましいからルナカオスと一緒に埋めたって彰利が言ってた。 ……生きてりゃいいけど。 悠介 「あるっ!心当たりがあるぞっ!ちょっと待ってろ!」 リヴァ「あ、ああ……」 突然の大声に驚く椛もリヴァイアも気にすることなく走り出した。 靴も履かないで、ただ一直線に封印の石塚へ。 するとそこに───剣と一緒に埋められた竿があった。 ご丁寧に石に突き立てられてる感じだ。 そしてその横に『長ネギ』という立て札が矢印つきで立ててあった。 ……さすが彰利だ。 田中 『あ……今までよくも私を放置してくれてましたね。     あなたは知らないでしょうけど、私は雨の日も風の日も』 悠介 「お前の力が要る。手を貸してくれ」 田中 『……聞いちゃいねぇ』 ───……。 ───……。 悠介 「持ってきたぞー」 田中 『あー、この人ですか?記憶喪失になったってゆうのは。     神罰ですよきっと。わたしを長ネギと一緒にするからですよ。     自業自得ってヤツですね、当然の酬いです』 椛  「……折っていいですか?」 悠介 「うわバカ!やめろ!こいつ折ったらもう『聖』の知り合いに心当たりがない!」 椛  「うー……!」 正直気持ちは解らなくもないが、 こんなヤツでも彰利を救うための数少ない手掛かりなんだ。 田中 『あなた、私と同じ神界産まれですね?でも類称を持たない神だ。     時の神でも癒しの神でもない。ただ神の子として【能力】だけ持った神だ』 椛  「───……」 田中 『神が扱える能力は一通り持っているのに、     類称がないなんておかしなものですねぇ。     時操、癒し、退魔、破邪、転移、聖域、性別変換……ほかにもありますね。     あなた、何者なんですか?     これだけの能力があるのに、争いのための神力は持っていなかった。     神の子は修行すればいろいろな能力を持てる筈です。     それなのに、あなたは修行した風には見えないし、     普通の神のように100年に一度、歳をとるようにも見えない……。     こんなバラバラな能力を持った神の子なんて、     私は見たことも聞いたこともない』 椛  「……だから、なんですか」 田中 『べつにどうこう言うつもりはありませんよ……。     ただ珍しいと感じただけですから。つまりあなたは異端なんですね。     おそらく……神界人と天界人との間に生まれた突然変異の神の子』 椛  「わたしが……?」 田中 『元素の波動が【聖】しか感じられませんから。     死神とか、地界人とか空界人の間にというのは考えられません』 椛  「わたしは……純粋な神の子じゃあ……なかったってゆうことですか?」 田中 『あくまで仮説ですがね。     真実なんて、いつも仮説に塗りつぶされるものですから』 グギギギギ!!! 田中 『ギャーーーッ!!!』 悠介 「あー……そろそろいいか?急いでるんだが」 田中 『な、なにをするんですか失礼な!!私は』 悠介 「あ〜ぁハイハイ、御託は後でゆっくり語ってくれな」 リヴァ「じゃあ行くぞ、悠介。しばらくは帰れないが、構わないな?」 リヴァイアが彰利を眠らせ、肩に担いだ。 ……何気に力持ちさんらしい。 悠介 「ああ、それでいい。じゃ、留守番頼んだぞ椛。     ……まあ、ルナに任せればいいから、お前は凍弥と一緒に居てやれ。     それから大変申し訳ないが、ルナには上手く言っておいてくれ」 椛  「うあ───ちょ、ちょっと待ってください!     おじいさまのことでのおばあさまへの言い訳なんて───!」 悠介 「すまん!俺だって嫌だ!」 椛  「わぁあーーっ!!ま、待ってくださいぃいーーーっ!!!」 ビジュンッ!! 俺は相当に慌てる椛の顔を見ながら、虚空の穴に消えた。 ああ、椛が居てくれて助かった。 しばらく帰れないなんて言って、 しかも女と一緒に居るだなんてことが知られたら、絶対に激怒する。 好いてくれるのは嬉しいことだが、あいつは加減を知らないからな……。 ───……。 凍弥 「え?クリスマスパーティは中止にしたい?」 声  『はい……ごめんなさい。少し厄介なことが起きてしまって……。     あ、今厄介なのはおばあさまだけですから安心してください』 凍弥 「ルナさんか……」 また悠介さん絡みか、彰衛門絡みだろうな。 こうしてわざわざ電話をかけてくるってことは、 結構大変なことになってるってことだろう。 ここで俺が行ってややこしくするのも危ないしな。 凍弥 「解った。それじゃあお互い、なるべく何事もないクリスマスを過ごそうか」 声  『……はい。ごめんなさい、凍弥さん』 凍弥 「気にするなって。事情があるのはお互いさまだろ?」 声  『はい……』 『凍弥さん』。 婚儀の儀式が過ぎてから、椛は俺をそう呼ぶようになった。 最初は照れくさかったその呼ばれ方も次第に馴れて。 今ではすっかり違和感が無くなってしまった。 凍弥 「それじゃ、切るぞ」 声  『はい……あの、わたし、     本当は凍弥さんと一緒に居たかったです。本当にごめんなさい……』 凍弥 「一緒に居たかったのもお互いさまだ。今日じゃなくてもいつでも会えるさ」 声  『そうですね……それじゃあ』 凍弥 「ああ。風邪、ひくなよ?」 声  『それもお互いさま、ですか?』 凍弥 「ははっ、そうかもな。それじゃ」 暗く落ち込んでいた椛の声に、 少しの明るさが戻ったことを確認すると、俺は受話器を置いた。 凍弥 「……はあ」 別にクリスマスじゃなくても一緒に居れることは確かだ。 けれども、そういう恋人らしいことをしていない俺達にとって、 そんなバカップルと思われるような行為は大事な通過点だった。 そしてそれは、年に一度しか訪れない貴重な時間だ。 凍弥 「クリスマス、かぁ……」 ロンリーホーリーナイトか……? 勘弁してくれよ……。 凍弥 「ああっ……こんな時に誰かぁあ……!」 プルルルルルルッ! 凍弥 「?───っと、もしもし?」 受話器を置いてから間も無くかかってきた電話に出る。 すると、その受話器からは聞き慣れた声が漏れた。 声  『同志か?我だ我!』 凍弥 「───……俺に『我』だんて名前の知り合いは居ませんが。     間違い電話じゃないですか?」 声  『お約束のボケはよいわ!!我だ、志摩浩介と書いて盟友と読む存在だ!』 凍弥 「志摩浩介はどう書いても志摩浩介だろ」 声  『ええい揚げ足をとるな!     同志、ダメ元で貴様をクリスマスパーチーに誘おうという魂胆だが、     貴様の都合はどのような按配だ?我らは暇をしている!』 凍弥 「威張れることかっ!」 声  『我は威張る。ということで、返事を聞きたいのだが?     ダメか?やはり朧月とホーリーナイトフィーバーか?     というか、初夜はどうだったのだ?是非聞かせてほしいのだが』 凍弥 「なっ───ばばばばかっ!!そんなこと訊くやつがあるかっ!!」 声  『───おーおー、その反応から察するに、もうキメたのか。     同志よ……これで貴様は大人になったのだな……』 凍弥 「〜〜っ……!!切るぞ!!」 声  『ぬおっ!?待つのだ同志!     我らの祝いがその同志の成長祝いも含めての祝いに昇華したのだ!!     是非参加してくれ!というかその夜の出来事を聞かせろ!』 凍弥 「誰が聞かせるかっ!!言えるわけないだろうがっ!!」 声  『フッ……認めたな?『誰が聞かせるか』、『言えるわけない』ということは。     やはり……貴様はキメたということだな!』 凍弥 「くはっ───!!」 今回ばっかりは、自分の脳内を究極に恨んだ。 顔が灼熱するのを感じる。 俺は何も考えることの出来なくなった思考回路を無理矢理黙らせ、受話器を叩きつけた。 ───それで、浩介の声は聞こえなくなった。 浩介 「というのはひっかけで、実はもう来ている」 凍弥 「どぉおおわぁああああっ!!!!」 いつの間にか背後に居た浩介に驚愕! 俺は余計に頭が混乱するのを感じながらも、慌しく浩介との距離をとった。 浩介 「おー、赤いな同志。耳まで真っ赤だぞ」 凍弥 「お、おおっ……お、おーお、お前がヘンなこと言うからだろうがぁっ!!」 舌が思うように動いてくれない。 ……まいった。 自分で思っている以上に混乱してる……というか慌ててる。 浩之 「そんな同志を激写」 ボシュッ! 凍弥 「撮るなっ!!」 浩之 「冗談だ、フラッシュ効果だけを出すオモチャだ」 凍弥 「ぐっ……!!」 浩介 「安心しろ我が盟友。     貴様が朧月ときっちりとゴールインしたと聞けただけで十分だ。     これ以上詮索するつもりはない」 凍弥 「あ、あってたまるかっ……!」 浩介 「まあそう怒るな。パーチーに誘いたかったのは本当なんだ。     それだけは解ってほしい。……とまあ説明したところで……貴様の妻は?」 凍弥 「……用事が出来て、今日は家に居ることになったそうだ」 浩介 「なんだそうなのか?ということは同志。今日はフリーなんだな?」 凍弥 「まあ、一応……な」 浩之 「そうか!ならば我らがレイヴナスカンパニーに招待しよう!!」 浩介 「同志!貴様に拒否権は無い!」 凍弥 「いきなりな上に拒否させないつもりなのかよ……」 どういう誘いなんだか……。 アア、アタマイタイヤ……。 浩介 「さあ、身支度しろ。外に車を付けてある」 浩之 「オチットさんの監視も今日は無礼講ということらしい。     激しく騒げるぞ同志よ。居ない者のことなど気にするな」 凍弥 「はぁ……やっぱお前らってそういうヤツだよな……」 小さく溜め息をついて、気持ちを切り替えることにした。 確かに、パーティーなどの中で居ない者のことを考えても仕方が無いのは確かだ。 凍弥 「よっし、それじゃあ楽しむかっ」 志摩 『うむ!そうこなくては!!』 俺達は互いに頷き、思い思いに散らばった。 もちろん俺は身支度をするため。 志摩兄弟は───……多分ノリなんだろう。 こういうやつらだ。 凍弥 「悪い気はしないから、いいけど」 小さく呟いて自室へ。 そこで外出着に着替えてコートを着て、階下へ。 そこでは既に志摩兄弟が待っていた。 浩介 「遅いぞ同志。時は待ってはくれぬ」 浩之 「旅立ちの日は今だぞ」 凍弥 「何処に旅立つ気だ」 志摩 『我らが騒ぐ希望の場所へ、だ』 凍弥 「……秋前半までは、帰るのも嫌だったくせに」 浩介 「それは言うな。状況が変わったのだ」 浩之 「うむ。ブラザーは環境に応じて己を変えるのが得意な、     スベスベマンジュウガニのような男なのだ」 凍弥 「スベスベマンジュウガニは関係ないだろ」 浩之 「そうか?語呂が好きなんだがな……実在するカニだし」 実在する、というところに意味があるらしい。 こいつがスベスベマンジュウガニ(確か毒持ち)のなにをどう熱弁したいのかは別として。 浩介 「では、いくか。家族への報告はいいのか?」 凍弥 「あー。椛とふたりきりでパーティーするって言っちまったからなぁ……。     だから報告って分なら、しなくてもいいと思うぞ」 浩之 「寂しいヤツめ」 凍弥 「お前に言われたくない」 浩介 「いや、まあ聞いて驚け同志」 凍弥 「うん?───って、まさか……?」 浩介 「そのまさかだ。ブラザーに恋人が出来た」 恋、人。 その言葉が俺の心を突き刺した。 凍弥 「えーと……恋人ではなく『変人』の間違いでしたー、なんてことは……」 浩之 「同志、貴様はなにか?我に変人と付き合えと言うのか?」 凍弥 「まあその、状況にもよるけど、さ」 浩之 「否定しないのか……」 だってさ、アレだろ? 浩之を追い掛け回してた存在っていったら……さ、佐古田、だろ? あいつが浩之のラバーズになっちまったってゆうなら、確実に俺の所為だし…… 浩介 (……安心しろ同志。佐古田ではない) 凍弥 (へ……?そ、そうなのかっ!?) 浩介 (ああ。だが同志も知っている者だ) 凍弥 (………) 俺の知ってる人で……浩之に馴染み深そうな人って言ったら…… 浩之 「……同志。何故、哀れみの目で我を見るのかな?」 凍弥 「浩之……俺はおまえが老け選でも同志だからな……」 浩之 「オチットさんではないわッッ!!」 凍弥 「おお、すごいぞ浩之。よく俺の言いたいことが解ったな」 浩之 「わ、解らいでかっ……!言っておくがな、老人などではないっ!」 凍弥 「もしかして姉さ……葉香さん?」 浩之 「ますます違うわ!!というか殺されるわ!」 凍弥 「じゃあ……───まさかメイさん?」 浩之 「それも違う!」 凍弥 「……………………」 じゃあ、誰だ? 俺が知ってる中で、尚且つ浩之の知り合いな人は……って、あの人? いや、まさか……いやいや、でもなぁ。 凍弥 「まさかとは思うけど……菜苗さん?」 浩介 「ビンゴだ」 凍弥 「ウソォオオオオオオッ!!!!!!??」 浩之 「……凄まじい驚き様だな」 凍弥 「やっ……だって……えぇっ!?マ、マジなのか……!?」 浩之 「大マジだ」 凍弥 「は───……」 いや、冷静になれ。 そりゃあ、菜苗さんだってあんなポンヤリな人だが女の子だし、 浩之だってこんな性格ではあるが男だ。 男女であるからにはそこに愛が芽生えないことはないかもしれない。 だが……ああっ……わかんねぇっ……! 浩介 「盛大に思い悩んでいるな、同志……。解るぞ、その気持ち。     我もブラザーに報告された時は驚天動地の気分だった」 浩之 「そこまで驚くかブラザー……」 凍弥 「ちなみに告白はどっちから?」 浩介 「……いや、案外冷静なのかもしれん」 浩之 「冷静にパニックになっているだけかもしれんぞ、なにせ同志だ」 浩介 「うむ」 凍弥 「勝手に結論出してないで、教えてほしいんだが?」 浩介 「おお、そうだったな。告白は菜苗さんからだ」 どさっ。 浩介 「ぬおっ!?」 浩之 「ど、同志!?いきなり倒れるとは何事だ!!」 浩介 「そこまで信じられぬ事態だったのか!?同志!同志ィーーーッ!!」 浩之 「ぬう!?それはどういう意味だブラザー!いくらブラザーでも許せぬ!     歯を食い縛れ!修正ィイイイイイイイッ!!!!」 メゴシャア!! 浩介 「ラブリィイイーーーッ!!!!」 ───…………。 凍弥 「……えーと。まあその、なんだ。一応おめでとうと言っておくよ」 てゆうか佐古田じゃなくてよかった。 そう考えれば、どんなことよりも喜ばしいことかもしれない。 浩之 「うむ。素直に祝福されるのは悪い気分じゃないな」 浩介 「最初から祝福しろと言わんばかりの物言いだなブラザー」 浩之 「当然の物言いだと思うぞブラザー」 違いない。 確かに祝福しないのはヘンだった。 凍弥 「おめでとさん、浩之。けどさ、意外だったよ。     菜苗さんが浩之のこと好きだったなんて」 浩介 「実はな、兄である我が言うのもなんだが……     ブラザーの初恋の相手は菜苗さんなのだ。     ところが、当時は床に伏せってばかりだった菜苗さんに遠慮してか、     奥手で臆病で一丁前に照れ屋だったブラザーは、会えず終いだったわけだ」 凍弥 「『兄である我が言うのもなんだが』もなにも……浩介。     それは兄であるお前にしか言えない言葉だと思うぞ」 浩介 「そうか?」 浩之 「好き放題言い過ぎだブラザー……」 凍弥 「まあ、浩之の初恋の相手が菜苗さんだったってことは解った。それで?」 浩介 「ああ。親戚筋の養女でもある菜苗さんは、今とは違って別の屋敷に住んでいた。     それを時々、その親戚が連れてくる時だけ会えたわけだがな」 浩之 「告白されるまで、我はきっかけなんてものは忘れていたのだがな」 凍弥 「お前らって、ほんとその時その時を全力で生きてるからなぁ……」 忘れやすいのも頷ける。 浩介 「当時、小さかった菜苗さんは親の目を盗んで屋敷の中を駆け巡った。     が、途中で発作が起こって倒れた。     その日は親戚筋だけの用事ということもあって、使用人が出払っていたのだ。     そこへきての発作だ。当然、助けてくれる者など居ない」 凍弥 「そこへ助けにきたのが……浩之?」 浩介 「いや、正義のヒーロー・校務仮面だ」 凍弥 「こうむ、かめん……?」 わけわからん。 浩之 「うむ。校務仮面とは、     素顔を隠さねば生きてはゆけない宿命のもとに産まれたヒーロー。     弱きを助け、強気をそれとなく懐柔する能力を持っているのだ!」 凍弥 「……それとないヒーローなわけか。     で、その校務仮面の正体があっさりバレたのはいつだ?」 浩介 「助けた刹那だ」 凍弥 「意味ねぇ!!」 素直にツッコミを入れた瞬間だった。 浩之 「まあそんなことがあって知り合えた我らだったがな。     当時は惚れながらもオドオドしたヤツだなと見下げてたものだ。     だが……菜苗は強かった。     それを、発作と必死になって戦ってる時に知ったのだ。     思えば……あの時なのだろうな、我が本気で菜苗に惚れたのは」 凍弥 「で、家出を真剣に目論むあまりにそんな恋心を忘れて、     家出してからは思いっきり羽根を伸ばしすぎて、     菜苗さんのことはスコーンと忘れていた、と」 浩之 「……面目ない」 後悔の自覚はあったらしい。 浩介と同じなんだ、つまり。 浩之 「まあ告白されてからは、晴れて恋仲となったわけだが……」 凍弥 「わけだが?」 浩之 「菜苗はな、無類のゲーム好きなんだ。しかも強い。     我もゲームは好きだからな、何度もともにゲームをしているのだが……」 凍弥 「……まさか」 浩介 「その、まさかだ。我もやらせてもらったが、ただの一度も勝てぬ」 凍弥 「マジですか……」 浩介 「ふたり合わせて7473戦0勝7473敗だ。     そのうち、格闘ゲームは1000回以上はパーフェクト勝ちされている」 ……神懸り的な強さなわけね……? 聞いていただけでもよぉ〜〜く解った。 凍弥 「って、そうだ。     つい聞き流しちまったけど、菜苗さんは小さい頃病弱だったのか?」 浩介 「ああ。子供の頃から、実は最近まで病気に侵されていた。     しかしあの……なんといったか?」 浩之 「弦月彰利だ、ブラザー」 浩介 「そう、そいつだ。そいつに治してもらったとかでな。     それで元気になった菜苗さんは、     ありったけの思いをブラザーに伝えたというわけだ」 凍弥 「へえ……けどさ、浩之ならべつに病気でも気にしなかったんじゃないか?」 浩之 「それはそうだがな。菜苗も病気が病気なだけに遠慮していたのだろう。     ……なにせ、不治の病だったらしいからな」 凍弥 「え……そうだったのか?」 浩之 「ああ。だが、もう治ったのだ。     ……何気に過去形にしてくれたこと、感謝するぞ同志」 凍弥 「……妙なところで鋭くなるなよ、まったく」 頭を掻く。 ……まあ、こんなヤツだからこそ同志でいられるんだと思う。 そして、それは多分……こいつらにとっての俺も同じだ。 凍弥 「なにはともあれ、おめでとさん。それじゃあそろそろ行くか?」 浩介 「ああ、そうだな。それとな同志」 凍弥 「どした?」 浩介 「カンパニーは我と浩介で継ぐことになった。双子で、結婚相手も居るのだ。     オヤジ殿には文句は言わせなかったし、了承も得た。     お前らが継ぐカンパニーだ、好きなようにやれ、だそうだ」 凍弥 「……そっか。よかったじゃん」 志摩 『うむ』 同時に頷く志摩兄弟を見て、どこかおかしくなって笑った。 笑える場所があるってことがどれだけ大切なことかを知っている俺たちにとって、 その場所ってのが同志たちとの会話であることが嬉しかった。 凍弥 「俺達、ずっと盟友で居ような」 だからだろうか。 自然と、そんな言葉が出た。 その言葉にふたりは『?顔』をして言う。 浩介 「……なにを言っているのだ?」 浩之 「そんなこと、貴様と同志になってから改めたこともない」 凍弥 「じゃ、腐れ縁になるってことか」 浩介 「とうに腐ってる。だが、腐っても鯛という言葉がある。     我らは至極当然のようにそれにあたるだろう?」 違いない。 そう返事を返してまた笑った。 やがて外に出て車に乗って───俺達は、カンパニーへの道のりを進む。 その過程でいろいろなことを話して、また笑って。 思い思いに好き勝手なことを話したけど、不快になることなんてなく。 その話題も、終始他愛のない日常の話だったことが、なにより幸福に感じられた。 ───で。 ゾボゾボゾボゾボ……ゾボ、ズゾゾゾゾゾ。 浩介 「ムグムグ……ム?どうした同志。食わんのか?」 浩之 「美味だぞ、遠慮するな」 凍弥 「いや……なんてゆうか……お前ら絶対、クリスマスをナメてるだろ」 ふたりは別にケーキを用意するわけでもなく、豪華な食事を用意するわけでもなく。 掻き揚げうどんととんこつラーメンをすすっていた。 浩之 「バカめ……考えてもみろ同志。     せっかくの無礼講日に贅沢をせずに、なんのための無礼講か」 浩介 「その通りだ。好物だけを好きなだけ食す。     ……これのどこが贅沢ではないという?」 凍弥 「高いのか安いのか、微妙な贅沢だよな……それって」 浩介 「この日のために、シェフに極秘裏に修行させていたのだ。     我は昔ながらのあっさり系のダシを使った掻き揚げうどんを。     ブラザーは、こってりとした太麺に馴染むとんこつラーメンを。     もちろん材料費は普通のものと変わらぬ。     ここで最高の材料を、などと言ったら、我らの好物にかける愛が損なわれる。     我らはこの味だからこそ好きなのだ。高級物に興味はない」 凍弥 「……お前ら絶対、いい後継ぎになれるよ……」 浩之 「うむ、当然だ」 威張れることかどうかは別にしても、まあ……悪いことじゃないし。 贅沢三昧で家を潰すよりかはいいだろ。 って、こんなこと俺が考えても仕方ないけど。 凍弥 「それでお前ら……自分の恋人はどうしたんだ?」 浩介 「仕事中だ」 浩之 「迷子になっている」 凍弥 「……で、俺の方は家の用事で来れない、と……」 ふたりとも、悲しそうだった。 クリスマスにまで仕事に走る彼女と、迷子の所為で会えない彼女。 ……凄まじい組み合わせが出来たものだ。 結局は男だらけのパーティーとなるわけだ。 凍弥 「まあ……俺達らしいって言えばらしいんだけどなぁ」 浩介 「なに、女とともに騒ぐのがクリスマスではないだろう。     なんであろうと、ようは楽しければいいのだ」 浩之 「うむ、その通り!」 そう唱えて、二杯目に突入するふたり。 俺も呆れはしたけど、考えるより楽しむことにした。 ……まあ、俺が食ったのは掻き揚げうどんだけど。 どうも俺は、ラーメンよりうどんの方が好きらしい。 それが前世の所為かどうかは別としても、そのうどんは確かに美味かった。 ただ、ひとつだけ。 凍弥 「ホワイトクリスマスの夜に麺類を食いまくるヤツなんて、俺達くらいだぞ……」 志摩 『ならば我らが世界初となろう!麺類好きで何が悪い!!』 凍弥 「………」 ああ、そっか……そうだよね……。 開き直った人間は強いから……。 俺はこんなふたりに振り回されながらも、もう一度気分を切り換えることで順応した。 やがて、パーティーとは名ばかりの宴が麺類大食い対決に変わる頃。 俺達は食い過ぎで動けなくなるという情けない事態をもって、 クリスマスを終えたのだった。 Next Menu back