───愛と友情とスカッドミサイルと───
───……。 凍弥 「ンー……どうしよう」 浩之 「ふたりでは届かなかった故、ブラザーを呼ぼうとしたわけだが……」 浩介 「ぬう……これはちと高いぞ……」 各自に、救出できないんじゃないかという不安がよぎる。 だが、俺の頭はひとつの起死回生を閃かせていた。 というよりは、案外こっちが危険になるかもだが。 凍弥 「浩介、浩之。俺に名案……と呼べるかは微妙な案があるんだが」 浩介 「む?なんだ、言ってみろ」 浩之 「我は菜苗を助けられるならなんでもするぞ」 凍弥 「そうか、それじゃあブレイクダンスをしてみてくれ」 浩之 「……それは菜苗と関係あるのか?」 凍弥 「いや皆無」 浩之 「同志よ……」 凍弥 「冗談だって。えっとさ、小学とか中学の時、『組体操』ってのがあっただろ」 組体操……それは、多数の生徒が力を合わせて競技を織り成すものだ。 浩介 「うむ、それは知っているが。それでどうすると?」 凍弥 「トーテムポールだ。     かつて、肩車をして手を広げるという物悲しい組体操があった。     それを俺達三人で極めるんだ!」 浩介 「………」 浩之 「………」 菜苗 「…………え〜と……誰が一番下になるのでしょうねぇ〜」 凍弥 「浩介で」(きっぱり) 浩介 「なにぃっ!?同志貴様!」 凍弥 「だって菜苗さんは浩之が助けるべきだろ?     そうなるとほら、一番下はお前が最適になるじゃないか」 浩介 「異義アリ!同志!貴様はどうなるのだ!     貴様が下になってもよいのではないか!?」 凍弥 「……しまった気づかれた!」 浩介 「同志!貴様気づかれないとでも思っていたのか!」 凍弥 「いや、思ってた。だからこそからかってみたわけだし」 浩介 「おのれ同志……!」 凍弥 「最初から俺が下になるつもりだったから、気にするな」 浩介 「む……」 俺は菜苗さんの真下まで来て、まず屈んだ。 凍弥 「一号機セット!スタンバイ!」 浩介 「───む!二号機セット!ドッキングスタンバイ!」 浩之 「三号機セット!ブラザーとのドッキングを開始する!」 浩介 「よし来いブラザー!」 浩之 「おうともブラザー!」 浩之が浩介の肩に跨り、上手くバランスを取る。 その上で、浩介が勢いよく立ちあがり───ドグシャア!! 浩之 「ゴゲェッ!!」 変形バックドロップの完成である。 しこたま背中を打ちつけた浩之は、その場でブレイクダンスを始めた。 浩之 「ゲハァーーッ!!ゴッハ!ゲホッ!ゴホッ!」 浩介 「おぉお!素晴らしいぞブラザー!なんと無様なブレイクダンスか!」 浩之 「や、やかましいわブラ───ゲホッ!ゴホッ!」 凍弥 「ダメじゃないか浩之、ちゃんとバランスを取らないと」 浩之 「今のはバランスがどうとかの問題ではないわっ!!     ブラザーめ!自ら後ろに飛びおったのだ!」 凍弥 「きっと自ら後ろに飛ぶことで、パンチの威力を軽減させたかったんだ」 浩之 「この局面で誰が殴るかァーーッ!」 浩介 「うむう……なにやら同志が以前に戻りつつあるな……。     だが今はそれよりも菜苗さんの救出を先決しよう!」 浩之 「お、おのれブラザー……!人を落としておいてよくも……!」 と言いつつも、再びスタンバイする俺達。 懲りない者達こそが、大業を成し遂げるのが世界である。 というわけで─── 浩介 「二号機、三号機とのドッキングを確認!直立する!」 凍弥 「おう!一号機、二号機三号機の直立を確認!直立する!」 こっからは根性だ。 かつて、組体操で『ピラミッドの鬼』と言われた俺の力、とくと見よ! ……って、これピラミッドじゃなくてトーテムポールじゃん! 凍弥 「フンッ!!───ぐ、ぐぉおおおお……!!」 だが、やるからには全力!! というよりは一回しかもちそうにないかも……! し、失敗は許されん……!それが男塾魂……! 凍弥 「ぐおぉ……!!ぉおおおおおおおお!!!!」 ガバァッ!! 浩介 「おわぁっ!?と、っとととと!」 浩之 「ホワァッ!?こ、こらっ……同志っ……!!もっとゆっくりと───!!」 凍弥 「ぜ、贅沢言うなぁっ!こっちだって必死なんだぞ!」 浩介 「し、しかしだなっ!     こういきなり立ち上がられるとバランスというものがっ!!」 浩之 「お、おわっ……おわぁーーっ!!」 うわっ!バランスが崩れた!! 凍弥 「浩之っ!!菜苗さんを助けろっ!!」 浩之 「───!承知!!」 バランスが崩れ、倒れそうになる中。 浩之が懐から取り出したナイフで、菜苗さんを雁字搦めにしている縄を─── 凍弥 「って馬鹿者ォーーッ!!そりゃ食事用・紳士ナイフじゃねぇかぁーーっ!!」 浩之 「為せばなる!食事時はナイフを右手、フォークを左手でどうぞ!」 凍弥 「そんなこと言ってる場合かぁっ!!」 そう言う間にも、浩之がナイフを一閃させる! だが、当然の如く切れやしなかった。 浩之 「な、なにぃーーっ!?我の力では縄に勝てぬというのかーーっ!!」 凍弥 「あぁもうお前馬鹿!───浩介!修正の一発、レッツゴー!!」 浩介 「承知!!」 前のめりに倒れそうになる中、浩介が浩之の足をガッシと掴む! そして─── 浩介 「急降下落下式リバースパワーボムゥーーッ!!!!」 浩之 「なにぃ!?ぎゃああああーーーーーっ!!!!」 ドゴバガァンッ!!! 浩之 「ぶぎゅっ!!」 浩介の凄まじい腕力(当社比:普段の1.25倍)に振るわれ、 浩之が誰よりも早く床にキスをした。 浩介 「ふう……危なかった……。ブラザーが居なかったら、     全員が手痛いダメージを受けているところだった……」 凍弥 「これこそチームワークの力だな……」 で、俺達はというと、先に落ちた浩之のお蔭でバランスを保つことが出来、 ゆっくりと体勢を立て直すことに成功した。 今回の被害───浩之:顔面強打+鼻血と気絶。 凍弥 「さて……浩之が痙攣しつつも動かなくなったんだが」 浩介 「困ったな。頂点が居なくなってしまった」 これはどうしたものか。 浩介 「うーむ……あの縄さえなんとか出来ればな」 凍弥 「───縄……タライ……まてよ?」 ハタ、と思いついたことが。 凍弥 「えーと……」 俺はまず、菜苗さんの真下に気絶した浩之を設置した。 そして例のブツを探す。 浩介 「同志?」 凍弥 「ちょっと待っててくれ。多分解決できるから」 たしかこのヘンに……お、あった! ジッと見てみると、床に小さなスイッチがあった。 かつて、菜苗さんが鑼衛門に落としたタライの発動スイッチとお見受けする。 つまりだ。 これさえ押してしまえば、タライと同様に菜苗さんも落ちるってわけだ。 凍弥 「スイッチオン!」 ポチッとドグシャア!! 菜苗 「きゃんっ!」 浩之 「ゴゲェッ!!」 浩介 「おおっ!」 スイッチを押した途端、菜苗さんは縄ごと落下した。 結構な高さからの落下だったが、その下に居た浩之がそれを暖かく受けとめた。 おお、愛だ……! 凍弥 「浩之よ……俺はお前のどうしようもないくらいの愛を見た……」 浩介 「ブラザー……貴様が身を呈して菜苗さんを救ったことを、     我は生涯忘れぬだろう……」 浩之 「グビグビ……」 浩之が泡を吹いて気絶してるのをいいことに、俺達は言いたい放題だった。 さて……それで、無事救出された菜苗さんだが……(注:浩之は無事ではないが)。 菜苗 「助かりました〜……ありがとうございます〜……」 落ちた衝撃でどこかをぶつけたのか、目を回しながらそう言っていた。 でも傷とかは無さそうだ。 ヤア、ヨカッタヨカッタ。 凍弥 「っと、悪かった。寝たばっかだったのに起こしちまって」 浩介 「む?……うむ、気にするな。その程度のこと、気にはせん。     危機には人に頼るのが人間だろう?     そもそも以前の同志が自分ひとりで物事を解決しすぎだったのだ」 凍弥 「……そうかも」 浩介 「人を頼るようになったきっかけは……朝村美紀のことであろう?」 凍弥 「───……」 浩介はあっさりと言って見せた。 多分、それは間違ってない。 あの時ほど、自分が無力だと思った時は無かったから。 だから、自分だけで頑張るより、誰かと一緒に頑張った方がいいと思った。 凍弥 「───あ〜……なぁ浩介。これからどうする?」 浩介 「……フッ」 見切られたのが恥ずかしかった俺は、話題を逸らそうとした。 そしたら浩介が含みをもったように笑うもんだから、一層恥ずかしくなった。 凍弥 「あ、あのなぁ……」 浩介 「よいのではないか?人に頼れる内は頼るべきだろう?     もちろん我らはそれを迷惑だとは思わん。     むしろ貴様が頼ってきてくれることを嬉しく思う。     出会った頃からお節介魔人だった貴様だが、     その大半を自分ひとりで解決してしまった。     我としては盟友同士で手を組み、     事件を解決するハードボイルドダンディになりたかったんだがな」 凍弥 「リッチモンドさんかよ」 浩介 「まあそれはそれだ。我はな、同志。     貴様が朧月と出会って初めて、感情らしい感情を見せてくれた気がするのだ。     それまでの同志は普通ではあるが、その上がないようなヤツだった。     ふざけはするのだがな、どうにもぶつかり難かった」 凍弥 「十分振り回せたと思うのは気の所為か?」 浩介 「ぶつかり辛かったが故の無茶だ。笑って許せ、我が盟友」 凍弥 「………」 そう言われると返せない。 事実、子供の頃の俺は、そんなに周りを信用していたとは思ってない。 信用していたのは一部の人間だけだった。 それは美紀と飛鳥とサクラと与一、そして父さん母さんくらいだった。 そんな俺が志摩兄弟と会って、あっさりと盟友になった。 不思議と、こいつらと一緒に居るのは苦じゃあなかった。 お節介なくせに、人付き合いが鬱陶しくて授業をサボッてたりした俺がだ。 はっきり言って、俺はこいつらと会うことで変われた。 人付き合いも嫌だとは思わなくなったし、 なにより、大体のヤツに心が許せるようになってきた。 凍弥 「……サンキュ」 浩介 「む?なにがだ?」 凍弥 「礼を言いたい気分だったんだ、言わせてくれ」 浩介 「……まあ、いいがな」 どこかポカンとしている浩介の胸を、軽く拳で突く。 そしてお互い笑い合い─── 未だに倒れたままの浩之の処理について、考えることにした。 ───……。 浩之 「ろくなものではないな、貴様ら……」 社長室で目覚めた浩之の第一声はそれだった。 鼻に詰め物をして、鼻血を抑えている浩之の姿は実に日常的だった。 次期社長2の威厳はまるでないから、実に身近に感じられた。 ……元々、威厳はない気もするけど。 菜苗 「大丈夫ですか〜?浩之さん〜」 浩之 「あ、ああ……心配には及ばぬが……」 凍弥 (愛だな) 浩介 (愛だ) 俺と浩介は、視界の先で恋人チックフィールドを展開しているふたりを見て笑った。 おそらくその笑みは、とても邪悪なものだったことでしょう。 まあ、素直に嬉しいんだが。 凍弥 「そういえば……浩介の恋人は?えと、なんて言ったっけ」 浩介 「ラチェット=シルフィート。シルフィーと呼んでいる」 凍弥 「そこまで呼ぶなら『ト』まで呼んでやれよ……」 浩介 「いやいや甘いぞ同志。これはシルフィーの願いだ。     あいつはシルフィートよりシルフィーと呼ばれたかったらしいからな」 凍弥 「そか。で、その人は?」 浩介 「……仕事だそうだ」 仕事?ふむ……。 凍弥 「その人の仕事って?」 浩介 「我の監視、だったんだがな。     監視する必要が無くなってからは、婦長のサポートをしている」 凍弥 「婦長って?」 浩介 「オチットさんだ」 あー……あの人か。 あら?でもオチットさんがこの部屋に居る時、そのラチェットさんは居なかったよな? どうしたんデショ。 凍弥 「なぁ浩介」 浩介 「私情は挟みたくないそうだ。だから我との邂逅を避けている」 凍弥 「いや浩介。それ、既にすっごい私情挟んでる」 浩介 「……やはり貴様もそう思うか?」 だって、自分の都合で会いたくないってのは私情でしかないだろ。 そんなことするくらいなら会ったほうがまだマシだ。 凍弥 「───ふむ。浩介はそのラチェットさんと一緒に居たいのか?」 浩介 「当然だ。もはやアヤツ以外の女は考えられぬ」 凍弥 「そか。だったら───」 浩介 「む……?」 俺は浩介に自分の思考を伝えることにした。 凍弥 「あのさ、この屋敷って使用人が申請するものも書類として来るだろ?     だったらさ、第三者的な人が申請したそれを受理しちまえば、     それはまかり通るってわけだ。言ってる意味、解るか?」 浩介 「まったく解らん」 凍弥 「えぇと、つまりだな……。     申請されて、受理した書類にはオチットさんも逆らえないだろ?」 浩介 「む?まあ……そうだな。     親父の言伝で、『これも修行だ』ということで、     書類の云々は一度決めたら誰も覆すことは出来なくなっている」 凍弥 「だったら受理してみるか?俺の申請する書類」 浩介 「……?意味がよく解らんが……」 ───…… 浩介 「了承!」 ドカン! 浩介が、俺が申請した書類に高速で判を押した。 その書類は、 『ラチェット=シルフィートを、本日より志摩浩介の専属使用人に任命する』 ───というものだった。 浩介 「なるほど……この手があったか」 その書類を手に持ちながら、どこかうっとりする浩介。 うん、不気味だ。 浩介 「では早速、この書類をネタにシルフィーを呼び出そう」 凍弥 「頑張れー」 俺もどこか笑みをこぼしながら、その様子を見送る。 なんにしても、誰かが嬉しそうに笑っているのを見るのは嬉しいもんだ。 ……まあそれも、親しいヤツの笑みに限るだろうけど。 浩介 「あー……」 カチリ。 浩介が、デスクに備え付けてあるパネルを操作した。 その途端、どこからか『ガガッ……』という音が鳴る。 どうやらマイクを操作するパネルかなにかだったらしい。 浩介 『あー、テステス。ただいまイアン・マクレガーのテスト中』 それはマイク・タイソンもどきだ。 浩介 『使用人の緊急呼び出しをする。     ラチェット=シルフィート、音速を超えて社長室まで来い』 凍弥 「無茶言うな!」 浩介 『なにぃ同志!?無茶かどうかはやってみなければ』 凍弥 「やらんでも解るだろ!」 浩介 『ぬうう……まあとにかく、出来るだけ早く社長室に来るように』 ブッ……─── 言いたいことを言い終えたのか、パネルを操作して放送を終了する浩介。 浩介 「ふう……やはり屋敷内放送は緊張するな」 凍弥 「お前が緊張するタマかよ」 浩介 「フッ……我も人間だからな。恐怖と緊張はどうあっても拭い去れん」 凍弥 「それでもお前が緊張ってゆうの、想像出来ないんだけど」 浩介 「同志よ……貴様は我をどんな男として見ているのだ」 凍弥 「神も知らない新事実だろ」 トントン。 声  「失礼します。ラチェット=シルフィート、お申しつけ通りに来ました」 浩介 「入れッッッ!!」 ボゴッ。 浩介 「おほう!?」 凍弥 「なにやりたいんだよお前は……」 浩介 「いやなに、社長代理というのも案外息抜きが欲しいものでな。     浩之が菜苗さんに借りている漫画を見させてもらって、それでな」 ……それで、ビスケット・オリバになったと。 チャッ─── シルフ「失礼します」 浩介とくだらない掛け合いをしていると、 ラチェットさんが入って来た。 その顔は、実に涼しげな使用人フェイスだった。 シルフ「社長代理様、どういったご用件でしょうか」 浩介 「ああ。本日付で貴様を我の専属使用人にする」 シルフ「───……恐れ入りますが。仕事に私情を挟むのは好ましくありません」 浩介 「ところがな、書類申請でこのようなものが届いてな」 浩介が、俺が書いた申請書をラチェットさんに見せる。 と、ラチェットさんはそれでも表情を変えずに浩介を見た。 シルフ「わたしに『仕事』をしろと、そう言いたいのですね?」 浩介 「いいや、貴様には地で我にぶつかってもらう。     一切の使用人の規律を捨て、我とともにあれ」 シルフ「承伏致しかねます。それは社長代理の私情以外のなにものでもないでしょう」 浩介 「嫌か?」 シルフ「社長代理。わたしはこの仕事に誇りをもっています。     あなたのように私情ばかりを挟んでは、     上手く立ち回ることなど無理な話です」 浩介 「感情を殺せ、と。そう言いたいのか?」 シルフ「そうは言ってません。わたしはあなたに立派な社長になっていただきたい。     そのためならば、現在を未来に見送ることくらい苦ではありません」 浩介 「ふむ……」 ……まいった。 ラチェットさんて大人だわ。 純粋に浩介のことを思っていればこそ、今よりも先を望んでいる。 ───でも。 だからといって、恋人同志で腹を割って話さないのはどうかな? 凍弥 「はい質問」 シルフ「え───?これは、霧波川凍弥さまですね?     話は聞き及んでおります。カンパニーの家族になったとか」 凍弥 「はい、カタッ苦しいのはやめてくれ」 シルフ「ですが」 凍弥 「じゃあ命令。敬語はやめろ馬鹿」 シルフ「え───?」 浩介 「ど、同志っ?」 凍弥 「ちょっと待っててくれ浩介。この解らず屋を諭すから」 シルフ「………」 ラチェットさんの目付きが少し穏やかさを無くした。 そうそう、もっと怒ってくれ。 あのままじゃあ人間と話してる気が、ちっともしない。 凍弥 「いいかラチェットさん。今の会話であんたが浩介の未来を願ってるのは解った。     けどさ、なんだって恋人が離れ離れじゃなきゃならないんだ?     ハッキリ言ってあんたは間違ってる。     傍に居るのに、周りに認められてるのにそれを拒むあんたは───     ……そう、ただの臆病者だ」 シルフ「なっ───あなたに何が」 凍弥 「あーハイハイ。俺にあんたの何かが解るわけないだろ。     すぐにその言葉を出すのは人間の悪いクセだ。     椛にも言ったけどな、その言葉はとっても卑怯だ。     俺はあんたのことを知らない。あんたも俺のことは知らない。     それは腹を割って話したりしてないからだろ?     だってのにあんたはそれを拒んでる。     そんなんで、解り合える筈もないこんな状況で、     その言葉がどれだけ卑怯か考えたことがあるか?」 シルフ「え、あ……う……」 凍弥 「未来を願うのはいいことだよ。うん、決して悪じゃない。     けどさ、どうしてそれを任せっきりにするんだ?」 シルフ「え……?」 凍弥 「あんたの夢が浩介が立派な社長になることだってゆうなら、     その夢をふたりで育てていけばいいじゃないか。     それを、やれ見送るだの苦ではないだの……。     俺はな、すぐ傍に幸せがあるのに、     それをむざむざ突き放すような贅沢者が大嫌いなんだよ!」 シルフ「っ……」 俺が言いたいことを言うと、ラチェットさんは肩を跳ねらせて俯いた。 浩介 「同志っ!言い過ぎだ!」 凍弥 「っ……言い過ぎなもんかっ!     『幸せが傍にある』ってゆうことがどれだけ幸福なのかも知らないで……!     それを夢だとか立派になって『ほしい』とか言って、     どうして願うだけで自分で叶えようとしないんだよ!!     こんな状況にある人が世界にどれくらい居られてると思ってるんだ!     そんな幸せを突き放すばっかりのヤツに、言い過ぎもなにもあるかっ!!」 浩介 「ど……同志……」 浩介が、どうしたらいいか解らないといった表情で俺とラチェットさんを見比べる。 凍弥 「……なぁ、ラチェットさん。あんたの答えを聞かせてほしい。     あんたは本当に浩介と一緒に居られる『今』を突き放したいのか?」 シルフ「っ…………!!」(ふるふるっ……!) ラチェットさんは俯いたままに、その首を横に振った。 ……それで十分だった。 トンッ。 浩介 「おっとっ……?」 凍弥 「ほら。あとはお前が説得しろよ。     俺のお節介もここま───はぁあああああっ!!!!」 浩介 「うおっ!?」 やべ……お節介しちまった! 浩介の背を押した刹那に思い出した。 俺、お節介しちゃいけない体だったのに……。 凍弥 「……いやいや……今は浩介だ。ほら、お前の愛でラチェットさんを慰めるのだ」 浩介 「お、お……おお……」 首を傾げる浩介だったが、やがてラチェットさんの肩を抱き、 そのまま腕を回して抱き締めた。 シルフ「っく……うっく……ごめんねこーすけくん……。     わたし……ほんとは怖くて……」 浩介 「……いいんだ。こうして素直になってくれたではないか」 シルフ「こーすけくん……わたし、こーすけくんと一緒に居たいよ……」 浩介 「……ああ。我もだ」 シルフ「こーすけくん……」 浩介 「シルフィー……」 そして人目をはばからず、唇を近づけてゆく浩介達。 ───だが!その時浩介に異変が起こった!! 浩介 「ぐっ───!?ふ、ふぐごっ……!!」 あ゙。 あれは…… 浩之 「菜苗、避難しよう」 菜苗 「はい〜、浩之さん〜」 凍弥 「俺も……」 今まで俺と浩介の様子を見守っていた浩之と菜苗さんに習い、俺は社長室をあとにした。 もう……あれは助からない。 ───さて。 それからの俺達が、『じゃっしゃぁーーっ!』という声を聞いたのは…… まあその、部屋を出てすぐだった。 それに続いて『こーすけくんの馬鹿ぁーーーっ!!』という泣き声にも似た声と、 強烈に響いたビンタ音。 凍弥 「………」 浩之 「………」 俺と浩介は胸の前で十字を切ることしか出来なかった。 ───……。 浩介 「我は……ラヴアレルギーでももっているのだろうか……」 キスしようとすると、くしゃみが出る気がする……と言う浩介。 その横で、拗ねながらも浩介の傍に居るラチェットさん。 ……なんにせよ、まあ……結果オーライ? 浩介 「しかし……よくもまあこの頑固者を諭せたものだな」 凍弥 「頑固?ははっ、頑固だって?ラチェットさんなんて椛に比べれば随分素直だよ」 シルフ「今の言葉……録音させていただきました」 凍弥 「キャーッ!?」 いきなりでした。 思わず漂流教室の仲田くんのような悲鳴をあげてしまった。 凍弥 「あー……あの、ラチェットさん……?」 シルフ「あなたのお蔭で素直になれました……。     けど、好き放題言われたことに関しては別問題です……」 凍弥 「……いい性格してるね、お前の彼女」 浩介 「これくらいでなくてはカンパニーの妻は勤まらんだろう?」 そうかも……。 凍弥 「で、その録音した音声、どうする気?」 シルフ「椛、という人に聞かれたくなかったら、わたしに謝ってください」 凍弥 「へへーっ、いやだねっと」 シルフ「なっ……どうしてですかっ!」 凍弥 「聞かせたかったら聞かせてみろ!     ここ最近、椛の顔を見てないから、     それくらいで会えるならむしろ望むところだ!」 シルフ「………」 浩介 「同志……お前ってやつは……」 浩之 「なにがあったのかは知らんが、強く生きるのだぞ……」 菜苗 「喧嘩でもしたのですか〜?いけませんよ〜、喧嘩は〜」 凍弥 「あ、あのなぁ……」 喧嘩とか、そんなんじゃないんだが。 凍弥 「椛の家の方でなにかあったみたいでさ。     最近電話にも出てくれないんだよ。出たとしてもやたら元気なくてさ」 浩之 「夜の営みに満足出来てないとか」 メゴシャッ!! 浩之 「ぶへっ……!す、すまぬ……!漢として失言だった……!」 彰衛門じゃあるまいし、そういうものの喩えばっかりされてりゃ殴りたくもなる。 凍弥 「………」 ───彰衛門……か。 死神と戦ってるって……言ってたよな。 て、あれ……?俺、この話をどういう状況で聞いたんだっけ……? 浩介 「同志?」 凍弥 「え?あ、いや……なんでもないよ」 頭に引っ掛かりがあった。 それは霧が掛かり過ぎていて、輪郭すらも解らないなにかだった。 ……無理だ、って心が言っている。 それを思い出すことは出来ないって。 浩介 「それで同志よ。朧月がおかしい理由に、なにかしらの心当たりはあるのか?」 凍弥 「……ある、と思う。でも多分、俺じゃあどうしようもないことだよ」 浩介 「そう、なのか。それは心苦しい事実だな」 凍弥 「───ああ。誰かが苦しんでるのに助けられないのは……歯痒いよなぁ……」 あの彰衛門が死神に負けるだなんて……いや、何かに負けるだなんて想像がつかない。 けれど、苦しんでいるらしい。 それはつまり、絶望的ってことじゃないのだろうか。 凍弥 「ああ……」 溜め息を吐いた。 けどその溜め息は、その場に居る誰にも届かず……静かに虚空に消え去った。 Next Menu back