───放浪精神『第七章◆死に向かう神の子とロリコンと』───
───……。 悠介 「さて……と」 夜の内に歩き詰めて、朝に辿り着いた場所で一息をついた。 ここは昂風街。 目の前には鈴訊庵があり、その周りで小さな子供達が遊んでいた。 ひとりは間違いなく凍弥。 もうひとりの少女は───椛の面影を感じる。 恐らくこの娘が、楓の転生体ってゆう飛鳥って娘だろう。 その飛鳥がふと俺の顔を見て、ハッとする。 凍弥 「おねえちゃん?」 飛鳥 「むっ!凍弥ちゃん!     わたしのことは飛鳥って呼ばなきゃだめって言ったでしょ!」 凍弥 「あ、う……ごめん、飛鳥」 飛鳥 「うん。───ごめんね凍弥ちゃん。ちょっとあの人に用があるから」 凍弥 「え?あ、うん」 俺を見た飛鳥が、とたとたと近づいてきた。 そして俺を見上げて、にっこりと笑う。 飛鳥 「月の家系───朧月の人とお見受けします。どういったご用でしょうか」 悠介 「───解るのか」 飛鳥 「はい。あなたから感じる波動は月の家系のものです。けれど決して悪じゃない。     ……あなたの目は、力を悪巧みに使っているような人の目じゃありませんよ」 悠介 「そっか。そりゃよかった」 自分でも不思議なくらいに微笑み、受け答えた。 飛鳥の傍は不思議なくらいに穏やかだ。 悠介 「早速で悪いんだけどな、知らせたいことがあって来たんだ。     いつかは確定できないけど、ここに『十六夜逝屠』ってゆうヤツが来る」 飛鳥 「十六夜……月鳴の名ですね」 悠介 「ああ。そしてそいつは、『楷埜上喜兵衛』ってヤツの転生体だ」 飛鳥 「───!あの男の……!?」 悠介 「本当にいきなりですまない。     戸惑うかもしれないけど、俺をここに置いてくれないだろうか。     お前を知ってるやつに、くれぐれも頼むって言われてるんだ」 飛鳥 「わたしを知ってる人に……?誰でしょうか……」 悠介 「弓彰衛門、って……いや。言っても解らないよな、きっと」 飛鳥 「……いえ。その人はわたしにとって大切な存在です。     彰衛門───おとうさんの知人だったのですね」 悠介 「え───?」 飛鳥 「あの人のお知り合いのかたなら疑う必要はありませんね……」 目を閉じて、祈るように手を合わせる飛鳥。 その顔は、懐かしいものに触れた少女のようだった。 飛鳥 「あの……おとうさんは今……?」 悠介 「あ、ああ……月詠街に居る。多分、俺を止めるためだ」 飛鳥 「あなたを……?すいません、よく解りませんが……」 俺を見上げて困ったような顔をする飛鳥。 俺はその目をじっと見て苦笑してみせた。 悠介 「俺はこの時代の俺じゃないんだ。     とある出来事がきっかけで、この時代に来た存在。     そして───この時代の『俺』の中には、月蝕力で蝕んだ十六夜逝屠が居る。     そいつが俺の体を乗っ取った時、家系の開祖であるお前を殺しに来る」 飛鳥 「……そうでしょうね。     あの男は、執拗にわたしと隆正さまの幸せを壊しにくる男ですから……」 悠介 「俺も聞いた程度の話だから、詳しくはないんだ。     けど───逝屠の所為でお前の病が悪化することは確かだ。     だからその歴史を、潰させてもらう」 飛鳥 「……そういうつもりでここに来たんですね?ありがとうございます。     ですけど……わたしはどの道、長生き出来る体じゃあありませんよ?」 ───む。 今のは減点。 デコピン一発贈呈。 ───ズビシィッ! 飛鳥 「ひゃうっ!?」 悠介 「あのな。命を軽く考えるな。一分一秒でも長生きして、凍弥の傍に居てやれ。     長生き出来る体じゃないなんて、間違ってももう言うな」 飛鳥 「………」 飛鳥はポカンとしたままの表情で俺を見上げていた。 ───が、その後ろから飛び込んでくる影がひとつ。 凍弥 「このっ!」 べしっ! ───凍弥だ。 飛鳥にデコピンをしたことで憤慨したんだろう、いきなり飛び蹴りをかましてきた。 悠介 「おー、威勢がいいなぁ凍弥。     義理の祖父に対して蹴りをかますとは恐れ入った」 飛鳥 「え……?」 凍弥 「うるさいっ!飛鳥をいじめるヤツはぼくが許さないぞっ!」 飛鳥 「と、凍弥ちゃん、ちょっと待って!落ちついて!」 凍弥 「飛鳥っ!ぼくの後ろに居て!こんなやつ、ぼくがやっつけてやる!」 飛鳥 「あ、あうあうあう……あ、あのね、凍弥ちゃん……」 凍弥の言葉が嬉しかったのか、顔を赤くして狼狽(うろた)える飛鳥。 けどキッと凛々しい顔をすると、凍弥を抱きとめて動きを封じた。 凍弥 「あっ!飛鳥、なにするんだよっ!」 飛鳥 「と、凍弥ちゃん!わたしのために勇気を振り絞ってくれるの嬉しいけど、     そんなに野蛮なことしちゃだめだよ!」 凍弥 「う……で、でも……。ぼく、飛鳥のこと守るって決めたから……     いつまでも弱いままじゃいけないじゃないか……」 飛鳥 「あうあう……!!隆正さま、かわいい……!!」 悠介 「……落ちつけ」 飛鳥 「───はうっ……」 ……どっちが年上だか解らん。 凍弥の方が年上の筈だが、話を聞くだけだと『凍弥はヘタレだ』と聞こえる。 なるほどなるほど、凍弥は子供の頃、一人称は『ぼく』で通してたのか。 飛鳥 「あ、あのね凍弥ちゃん。わたしはこの人と大事なお話があるから。     もうちょっとだけ待ってて?……ね?」 凍弥 「……飛鳥がそう言うなら……」 渋々、といった感じでその場から離れる凍弥。 なるほど、椛に頭が上がらないわけだ。 既に尻に敷かれてるケがある。 飛鳥 「あの……っ!ひとつ、聞かせてくださいっ……!     あなたが凍弥ちゃんの義祖父って、どういうことですかっ……!」 悠介 「どうって……あのさ。お前、魂がふたつに分かれてるんだろ?」 飛鳥 「ど、どうしてそれを……?」 悠介 「いろいろあるんだ、ひとまずは聞き流してくれ」 飛鳥 「はい……」 悠介 「で、お前は逝屠が原因で早死にすることは確かだ。     凍弥に自分の力の全部を託して、な」 飛鳥 「あ……それはそのつもりでした。わたしは凍弥ちゃんに未来を託そうと……」 悠介 「けどな、その託された未来の先で、凍弥はお前の魂の片割れと出会う。     そいつが朧月椛───俺の孫だ」 飛鳥 「あなたの……?それでは、凍弥ちゃんは……隆正さまは……     わたし以外の人と……結ばれてしまうのですか……?」 ふらっと、眩暈を起こす飛鳥。 悠介 「ちょ、ちょっと待て!そうじゃないだろうが!     椛もちゃんとしたお前の片割れだろうが……!     椛にはちゃんと、お前の記憶も前世の記憶も、     月操力もなにもかも、移植されるんだよ。だから椛はお前でもあるんだ」 飛鳥 「それでは……わたしは、     この先の未来で……隆正さまと結ばれることが出来るのですね……!?」 悠介 「ああ……一応な」 飛鳥 「……一応?」 感動に打ち震えていた飛鳥の表情が、途端に沈む。 俺は少し考えてから、やっぱり話すことに決めた。 悠介 「凍弥はな、お前に能力の全てを返すことで、寿命が大きく縮む。     俺が居るべき未来では、まさにその状況があって……     今、冬を越しても春を乗り切れるかどうかも解らない状況だ。     ……理由は、もちろん『奇跡の魔法』の所為だ」 飛鳥 「……やはり……そうなのですか」 飛鳥は知っていたかのように俯いた。 いや、事実知ってたんだろう。 この様子じゃあ、自分が力を送らなければ長生き出来なかったのは凍弥だということも。 悠介 「ひとつ聞いていいか?知らなかったらそれでいい」 飛鳥 「……おとうさんのことですね?」 悠介 「ああ。どうも府に落ちない。彰衛門の記憶は消されてたんじゃなかったのか?」 飛鳥 「……最初の頃は、本当に忘れていました。ですけど……不思議ですね。     人の言う『神様』は、死期が近い人にはやさしいのかもしれません。     自分の死期が近づくにつれ、忘れていたものが甦ってくるんです。     自分には親が居なかったのに、確かに親と呼べる存在が居た。     その人は暖かく、面白く、わたしを見守っていてくれました」 飛鳥の物言いは凄く大人らしかった。 けれど、『彰衛門』のことを話す飛鳥は、子供のようにとても純粋な目をしていた。 飛鳥 「わたしは───そんなあの人のことが大好きで……。     どの歴史でも、どんな歴史でも、あの人に出会えたわたしで居たくて……。     月空力で時間干渉をして、あの人と同じ波動を持つ人を過去に飛ばしました。     けど───どんな歴史でも隆正さまは死んでしまって、     それを変えることが出来ない『因果』が悔しくて……。     『楓巫女』が隆正さまの後を追うことを邪魔されないように、     わたしは彰衛門を押さえつけました……。     彰衛門は叫びながらわたしに手を伸ばして……。     動けないって解っていても伸ばして……」 悠介 「………」 飛鳥 「辛かったです……。自分のためになにかをしようとしている人を止めることは。     本来なら、わたしが喜兵衛に攫われる頃まで、     彰衛門に居てもらうべきだったかもしれません。     けど……わたしは弱い自分でなんて、ありたくなかった。     だから……隆正さまが変わってしまうと解っていても……」 飛鳥の肩が震える。 俯いたその姿からは表情は窺えないけど……きっと、涙をこらえてる。 飛鳥 「でも……わたしたちはその先の未来で楓と鮠鷹さまとして転生しました……。     その歴史に彰衛門を転移させたのは……     きっと、わたしの成長を見てほしかったから。     でも、結局わたしは成長してなんかいなかった。     結局鮠鷹さまは死んでしまって、彰衛門の記憶を犠牲にして力を得て……。     ───わたしは……なにを成し遂げたかったんでしょうか……。     今のわたしには……それが解らない……。     わたしを愛してくれた彰衛門を裏切ってまで、どんな力が欲しかったのか……。     結局わたしは力を得ても病弱で、     好きな人と一緒に死にゆくことさえ叶わない……」 アスファルトに水滴が落ちた。 震える肩が痛々しい。 俺はそんな辛さを背負った少女に気の利いた言葉のひとつもかけられないまま、 彼女が泣き終えるまで……ただ、ずっとそうやって立っていた……。 ───……。 悠介 「……落ちついたか?」 飛鳥 「はい……ごめんなさい。見苦しいところをお見せしてしまって……」 悠介 「いや、いいよ。気にしてない」 しっかし……ほんとに、礼儀正しい娘だよなぁ。 それがどうして、椛の中に入った途端、あんな性格になるんだか。 飛鳥 「……あの。この時代に彰衛門は……おとうさんは居るんですよね?」 悠介 「ああ。それはウソじゃない」 飛鳥 「それなら……伝えてください。今のわたしがそのまま未来へ進んだとしたなら、     わたしは最後におとうさんを自分の病室に転移させます。     そこでわたしは何も知らないフリをするつもりです。     ですから……その時のことを謝っていた、と。伝えてください」 悠介 「……どうして。わざわざ知らないフリする必要なんてないだろ?」 飛鳥 「おとうさん……きっと怒るだろうから。     『どうして目の前で消える命を助けさせなかった』って。     あの人はやさしいから……。どこまでも、他人にはやさしすぎるから……。     だから、黙っていれば済むことで……心の重荷にはしたくないんです……」 悠介 「……そか」 確かにあいつは、自分より他の誰かのことを気にする。 この事実を知れば、あいつはきっと怒るだろう。 悠介 「けど……それなら知らないフリをしていたことを、     今更言う必要もないんじゃないか?」 飛鳥 「いえ……。『わたし』が凍弥ちゃんと結ばれることが出来たのなら……     その時のわたしはもう、怒られるべきです。     そして次は───おとうさんが幸せになる番ですから。     重荷になるよりも、怒ってくれたほうがいいと思います」 悠介 「……こりゃあ、未来の椛がお前を恨むかもな」 飛鳥 「構いませんよ。『わたし』なんですから……ね?」 悠介 「……そうか。そう、かもな……」 小さく笑みをした。 その時───俺はふと頭の中に掠ったことを、訊いてみることにした。 悠介 「なぁ飛鳥。今……どこかの過去で、彰衛門は存在してるのか?」 飛鳥 「……はい。わたしが過去へと飛ばしています。     身勝手なことですけど……わたしはきっと、     おとうさんが居なかったのなら小さな頃に挫けていました。     だから……怒ってくれてもいい……。わたしは、おとうさんに傍に居てほしい」 悠介 「……大したファザコンっぷりだな」 飛鳥 「ふぁざこん……?なんですか、それは」 悠介 「いつか、お前が椛になった時、解るよ」 飛鳥 「そう、ですか。楽しみにしていますね」 悠介 「ああ。忘れるなよ、きっと笑っちまうだろうから」 飛鳥 「はい」 にっこりと笑う飛鳥に、俺も笑みを返した。 どうしようもないくらいのファザコンにして、どうしようもないくらいの愛の探求者。 そんな目の前の少女を見て、俺はやがて声を上げて笑った。 そんな風に笑えるのはたぶん…… 『……幸せになれるといい』 ただ純粋に、そんなことを思えたからだと思った。 ───……。 悠介 「……ガハッ……!ハッ、ハァッ……!!」 闇。 その深淵を思わせる色が、赤を求める。 血を見たい。 もちろん、家系のヤツラの血を。 悠介 「ハッ……!ハァア……!!」 あと少しだ。 あと少しで、こいつの意識の無い時は俺が外に出れる。 その時が来たら、まず誰を殺してやろうか。 ……決まってる、力の強いヤツからだ。 そいつの波動はずっと感じていた。 少し遠いが関係無い、殺してやろう。 逝屠 『抗うなよ人形……!蝕んだ程度でこの俺が消えるわけがねぇだろうが……!!』 笑う。 ワラウ、サラニワラウ。 はやく殺しタイ。 憎いんだ、家系が。 殺して、殺して───そして最後に自分を殺そう。 そうすれば復讐は完了する。 逝屠 『復讐───?なんの復讐だったかな───』 そんなこと、もう覚えてない。 ただ、心の中の何かがコロセコロセと叫ぶ。 あと少しだ。 時が来たら、好きなだけ殺せるさ……! ───……。 彰利 「……おろ?」 ふと、喩えようの無い嫌な空気を感じて振り向いた。 大樹のてっぺんから見下ろす母屋は緑に囲まれていて、なんだかとっても穏やかです。 彰利 「……気の所為……?」 まあ、あんな感覚は現れない方が世の為であり人のためでござる。 それにしても─── 彰利 「今の腐った性根の波動は……喜兵衛のものだよな」 あの感覚は忘れられない。 そして───あれ? ちょ───待てよ……。 彰利 「……まさか、なぁ」 今の波動を、微量ながら……未来で感じた気がする、なんて。 けど───ひとつの道理が頭から離れない。 もし。 もしも、だ。 喩えとして、転生のための『楓』の魂を割った存在があった。 飛び立った魂にぶつかることで、その魂を割った『楷埜上喜兵衛』の魂。 考えなかったわけじゃないが…… 彰利 「喜兵衛の魂は、神の子である楓の魂を割った───。     そんなことをして、果たして……ぶつかった魂は無事で済むか?」 ───もし。 もし俺の考えが合っていたら───喜兵衛の魂も、ふたつに割れたんじゃないだろうか。 そうじゃなけりゃ、やっぱり辻褄が合わんのだ。 喜兵衛の転生体を見たのは俺が高校3年の頃だ。 十六夜逝屠として、更待先輩殿の家族を殺したのちに現れた。 けれど、神の子の血を飲んだ者は、 神の子が転生した頃と同じくらいの時代に転生する筈。 神の子───飛鳥や椛が転生したのは、大体今のこの時代と考えていい。 だったら……? もしかして、俺が知っているやつらの中や、別のところに─── その転生体が居るんじゃないか……? 彰利 「………」 不吉だな、ちくしょう……。 しかも俺がその、下衆の波動を感じたのは……あいつが傍に居た時だけだ。 まだ人格は浮上してないようだが、何かの拍子に浮上するかもしれない。 そうなったら、一番危ないのは凍弥だ。 いや……未だ家系を恨んでいるのであれば、椛が───。 どちらにせよ、ふたりが危ないってことだ……。 彰利 「くそっ……どこまで行っても、結局世話がかかるんだからなぁ……」 ほとほと呆れる。 だがしかし、放っておけばいいとか言われても放っておけないやつらだ。 そんなことを知ってしまってる俺だから、なんとかするしかない。 ほとほと、過去の因縁に縛られているやつらばっかりだ……。 彰利 「………」 俺の膝ですいよすいよと眠っている聖の頭をやさしく撫でる。 どんなヤツにでも過去はあって、大体はそれが枷になっているパターンが多い。 でもまあ、それが土台になってるからこそ立てるんだから…… 多少のことには目を瞑るしかない。 彰利 「ピエロアイーーン!!」 グミミ……!! 彰利 「……うむ!異常はないわゴメス!」 母家を見てみても、その家から人が出てくる様子はない。 ふはははは……出てきてみろ悠介……! 貴様が逝屠に乗っ取られようが普通であろうが、 貴様の外出はこの俺が未然に防いでみせるぜ! 絶対に飛鳥のもとには行かせぬ! 彰利 「てゆうか目ェ痛ッ!!渇く!すっげぇ渇くよこれ!」 説明しよう! ピエロアイーンは世界レヴェ〜ルな奥義故に、その代償が高いのだ! 彰利 「まあそげなことは置いておくとして……」 パコンッ、とピエロアイーンを便利に収納する。 そして『このままで終わると思うなよ』的なことを言ってたわりに、 てんで来ない悠介(おっちゃんバージョン)【以下、悠介O】を思う。 なにやってんのかな。 もしかして自分で言ったこと、忘れた? 彰利 「それならそれでもよかギン、とにかく監視は怠らんぞ〜〜〜!     浅っち!コーヒー淹れてくれ!」 浅美 「はい……」 後悔の溜め息をモフシャアアと吐く浅っちが、 かっぱらってきた市販ドリップオンコーヒーにお湯を注ぐ。 もう、かっぱらうことなんて吹っ切れました。 どうせ俺達、この時代の武士(もののふ)じゃないし。 浅美 「あの……やっぱりコーヒーくらいは自分で淹れてくれませんか……?」 彰利 「お黙り!貴様は校務仮面を侮辱したのだよ!?     よくも額に『馬鹿』などと書いてくれたものだね!!     大体、『再びボンバータックルされたくなかったら小さな仕事を受け持て!』     という条件を飲み込んだのは貴様だろうが!」 浅美 「うう……わたしの馬鹿……」 彰利 「馬鹿とはなんだコノヤロウ!!」 浅美 「うわぁ……誰への言葉でも、『馬鹿』には反応するんだぁ……」 それがマルボロ魂ですから。 いやまあ、実際は一回しか言ってないんだけどね。 彰利 「ンビンビ……クハァ!カフェインが染み渡る気分だぜ〜〜〜っ!!」 実際、そげなことは解らんのだがね。 インスタントにもちゃんと、カフェインはあるんでしょうかねぇ。 浅美 「んっくんっく……うあっ……にがいぃ……。     もっとやさしい味のコーヒー、なかったんですか……?」 浅っちがコーヒーを飲んだ途端に文句を飛ばす。 彰利 「苦い方がカフェインが多そうじゃん。文句があるなら飲むんじゃありません」 浅美 「ミルクコーヒーを飲みたいですよ……」 彰利 「へえ……浅っちって甘党?」 浅美 「え?はあ……そうかもしれませんね。確かに甘い方が好きですね」 手に持った苦いコーヒーに視線を落としての呟き。 どうやら本気で苦いのはダメらしい。 彰利 「ん、解った。今度は甘いのもかっぱらてくるさね。     とりあえずそれは我慢して飲みんさい」 浅美 「うー……」 唸る浅っちを余所に、視線を母家に戻す。 彰利 「───あら?」 その先で影が動いた。 その影は母家を出て、石段に向かって走って───そして登ってくる。 彰利 「浅っち……誰か来るぞ」 浅美 「え?誰でしょうね、こんな朝早くに」 彰利 「ふむ……」 影はどんどんと近づいてくる。 その影はちっこく、俺の予想が当たってれば……椛だと思う。 彰利 「椛、かな。ピエロアイーーーン!!」 ピエロアイーン発動! 目を伸ばし、遠くの景色を見る! 彰利 「───キャア!椛YO!?う、うおお!なんとめんこい!」 その景色の先で、石段をたとたとと登ってくる小さな椛を発見! なんとも……なんともめんこい! 浅美 「えっ!?椛ちゃん!?ちょ、ちょっと貸してください!」 彰利 「へ?」 ぎゅむっ!! 彰利 「キャオラァアアアーーーーッ!!!!!」 突如、何を思ったのか浅っちが、伸びたアタイの眼球を掴んできおった! 浅美 「ひゃあっ!?気持ち悪い感触───!!」 彰利 「ごあぁああああっ!!目がぁああ!!!目がぁああ!!     お、おのれ浅っち!アータ、人の目をなんだと思っとるのかね!!えぇ!?     人体望遠鏡かね!?人の目で景色が見えるわけねーべよ!!」 浅美 「あ、あはは……ご、ごめんなさぃいっ……」 大量の涙が流れる中、その視界の片隅で……境内まで登ってきた椛を見た。 俺はその小さな姿に向かって声をあげる。 彰利 「椛〜、こっちなりこっち〜」 椛  「あ───やっぱり生きていたんですねっ」 彰利 「なんのことかね!俺は校務仮面なんて人は知りませんよ!?」 椛  「知ってるじゃないですか!」 彰利 「うーぬ……」 言い返しながらも、大樹を登ってくる椛。 しかし、登り馴れていないようで、覚束無い。 助けてやりたいが、オラの膝の上では聖が眠っておるでよ。 ほんにのう、よう寝る娘ッ子じゃて。 ……それだけ安心してくれてんのかね? 椛  「よいっ……しょ、……はう、やっと着きました……」 彰利 「おうご苦労さん。キミもこちらに来なせぇ」 椛  「……?」 ハタ、と。 てっぺんに登って来た椛が、俺の膝の上で眠る聖に視線を移した。 そして───何故か頬を膨らます。 ガバッ! 彰利 「ウヒョオ!?」 背中に衝撃ッ! メーデメーデー!敵襲ザマス!? ……いや、椛が抱きついてきただけですけどね? 彰利 「なにをなさる!」 椛  「あ、あれ……?すいません……なんだか無性に悔しかったので……」 彰利 「悔しいって……」 なんぞね、意味が解らん。 椛  「あ、あのっ。わたしにも膝枕、してくれますかっ」 彰利 「む?そりゃ構わんが……」 椛  「♪」 俺の返事を聞くと、うきうきとした感じで聖にかけていた毛布に潜り込む椛。 そして、聖に向かい合うように俺の膝に頭を乗っけると、心底嬉しそうに目を閉じた。 彰利 「……なにがしたかったんザマス?」 浅美 「はぅう……可愛いです……」 彰利 「浅っち?」 浅美 「え?あ、えと……そ、そうですねぇ。嫉妬じゃないですか?」 彰利 「嫉妬?ふむ……」 夢で見たってゆうアタイとの記憶ってやつに感化されてるんかな。 まあ、甘えられることは嫌いじゃないけどね。 浅美 「顔、緩みきってますよ」 彰利 「いいんだ……俺、感動に打ち震えておるんですから……」 浅美 「とろけそうで怖いです」 彰利 「仕方ねぇのよ。この娘ッ子達が可愛すぎるのがいかんのだ」 ふたりの頭を撫でる。 やぁ、やはりなんともめんこい。 彰利 「……む?」 そんな、とろけそうアタイを横目に見て、浅っちがひとこと。 浅美 「……ロリコン」 ───何気に痛恨の一撃だった。 彰利 「な、なにを言うのかねキミは!俺のは愛ですよ愛!親心!解るかね!?」 浅美 「実の親じゃないじゃないですか」 彰利 「お、お黙り!アタイのはロリコン魂じゃなくて、     実の親にも勝る絶対的な親心ぞ!?」 浅美 「どーですかねぇ……」 彰利 「むごっ!?な、なんですかこの……!」 浅っちったら、なんで『我、勝利を確信せり』みたいな顔してくれてんでしょうね……。 もしや、雑用任せたの怒ってる? 彰利 「でもな、校務仮面を愚弄した罪は重いんだぞ?」 浅美 「なんですか、いきなり」 彰利 「む……」 どうやら違ったらしい。 てゆうか、いきなり言っても訳が解らんか。 彰利 「ま、いいさね。俺も監視に戻るとしよう」 浅美 「わたしは椛ちゃんの寝顔でも見てますよ」 彰利 「……ロリコン」 浅美 「それはあなたです」 きっぱりと即答。 ひでぇや……。 ───……。 彰利 「はぁ〜、昼も北海ミルクパンか……」 浅美 「贅沢言わないでください。あなたが持ってきたんでしょう?」 彰利 「そーだけどさ……。あー……、新鮮採れたてのレタス様を食したい……」 太陽が頭の上あたりを通る頃、アタイ達は昼餉の用意をしていた。 用意っつったってパンの封を開けて、 かっぱらってきた容器に月然力・水を入れてブラストで沸かして、 ドリップオンするだけなんだが。 彰利 「んー……味噌汁でも作ってみようか?」 浅美 「お味噌汁?どうしたんですか突然」 彰利 「んにゃ、なんてゆうかさ、     眠気のピークは超越したからコーヒーはもういいかぁ、と。     材料はいまからかっぱらってくるから」 浅美 「まあ……たまにはいいかも、ですね」 浅っちも何気に吹っ切れてるようだ。 既にタオチェイになんの抵抗も感じさせんし。 彰利 「そんじゃ、ちと行ってくるわい。ふたりには月清力でも流しておきませう」 よく寝るふたりの頭を撫で、そこから月清力を流し込む。 これで身もこころも落ちつき、まだしばらく寝ていられるでしょう。 その隙をついて材料を集めてこようってわけよぉ〜〜っ!! 彰利 「そんじゃ、留守を頼んます」 浅美 「はい」 この場を浅っちに任せて転移。 悠介の中の逝屠もまだ動く気配はないし、大丈夫でしょう。 ───……。 彰利 「というわけで、微食倶楽部の主人の威信に賭けて、     選りすぐりの材料を手に入れてきた」 浅美 「うわ……たくさんありますね……」 彰利さんは手に持った材料を大樹の傍に置いて、極上のスマイルを見せてきた。 そして早速、その材料を漁って料理を始める。 彰利 「まず味噌汁が大味にならないように、味噌汁の具は控えめに、小さく切る。     湯には沸騰する前に、鰹の削ったものを通し、沸騰する前に捨ててしまう。     沸騰するまで入れておくと、魚臭さが残ってしまうからな。     出汁に使うのが昆布出汁の時でも同様だ。昆布は湯にくぐらせる程度でいい。     ふたつ一緒に使うのは駄目だ。鰹と昆布が風味を殺し合ってしまう。     同じ海産物だと油断すると大変なことになる。     主をワカメにする場合は、出汁は昆布の方がいい───だが、例外もある。     出汁の取り方が上手いのであれば、鰹と昆布も合うもんだ」 テキパキと順序よく調理をしてゆく。 蘊蓄(うんちく)ぶってるけど、本当に料理が上手みたいだ。 彰利 「味噌汁は熱く煮ないことが基本だ。煮立つとやはり、風味が飛んでしまう。     十分に温まったら、弱火でゆっくりと温めてやる。     具に出汁が通ったところで味噌をゆっくりと溶かしてやり、     やはり少しのあいだ、弱火で温めてやる。     味噌を溶かしたことで冷えた汁を温めるためだ。     ここで『なにくそ!』と強火など使えば、あっという間に風味が死んでしまう」 浅美 「あの……別に蘊蓄しなくてもいいですから、黙って作りませんか?」 彰利 「この味噌は市販のものではなく、     あまり有名ではない味噌蔵からお裾分けしてもらったものだ。     だが、味は本物だ。化学調味料を使っていない、昔からの味噌だ。     ……さあ出来たぞ、飲んでみろ」 浅美 「無視ですか……いいんですけどね」 木で作られた椀に盛られたお味噌汁を一口含む。 すると─── 浅美 「うわっ───わぁぁ……!!こ、これが……お味噌汁……!?」 そのお味噌汁は、今まで飲んだことのないくらいに美味しいものだった。 信じられないくらい美味しい……。 しかも、よく飲むようなお味噌汁とは違い、熱すぎない。 具が大きくなく、量も少ないために、具の味が風味を殺すこともない。 煮詰めた所為で出るアクのようなものも無くて、お味噌汁の味が楽しめるものだった。 彰利 「……うむ。澄んだ味が出た。     いつか行った忘れられた村で飲んだものより劣って感じるが、悪くはない。     やはり日本人は味噌汁を飲まねば」 彰利さんはズ……とお味噌汁を飲むと、一息をついた。 彰利 「うーぬ……米が無いのが悔やまれるな。味噌汁にミルクパンは合わない」 それはそうだろう、わたしもそう思っていたところだ。 でも……不思議です。 ちゃらんぽらんな人だと思ってたのに、こんな特技があったなんて。 浅美 「お料理上手なんですね。驚きました」 彰利 「それはそうだ。微食倶楽部の主人であるならば、これくらいは出来ねばな」 浅美 「……なんなんですか?その微食倶楽部って」 彰利 「俺が海原雄山(かいばらゆうざん)率いる美食倶楽部に対抗して創立したものだ。     主人としての名は海原雄山(うなばらおっさん)。     ただ海原雄山の名前の読み方を変えただけどね」 浅美 「それで……『微』の方には会員は居るんですか?     美食倶楽部の方は『海原雄山率いる』って言ってましたから、     会員は居るんでしょうけど」 彰利 「………」 浅美 「あ、あれ?」 うわ……なんだかすごく…… 今まで見たこともないくらいに寂しそうな顔をされちゃった……。 も、もしかして悪いことを聞いちゃったのかな……? 彰利 「会員は……主人である俺だけなんだ……」 浅美 「うあ……」 やっぱりだ。 なんてゆうか予想通りな言葉。 なんて言ってあげればいいのか、対処に困る状況だ。 彰利 「……味噌汁、飲もうか……」 浅美 「そ、そうですね……」 それから、昼餉が終わるまで───終始、重苦しい沈黙が続きましたとさ……。 Next Menu back