───放浪精神『第十三章◆海好き浜茶屋親子丼 お新香(しんこ)無し』───
──────………………。 そうして時は流れてゆく。 あれから結構な時が流れ、三人は今では中学生だった。 苛められ、人を拒絶する筈だった椛も明るく成長し、 風間家で成長する筈だったメルっちょも、聖として元気に成長。 椛の月蝕力で蝕まれる筈だった浅っちも、普通に成長していった。 彰利 「よっしゃあ聖!今日は病院へ災狩です!」 聖  「うんっ!」 結婚式場で見せたようなタライの落下現象は無く。 恐らくそれが、聖とメルっちょの心の持ちようの違いなんだろうと思った。 聖はちゃんと、自分から進んでやっていて、メルっちょは嫌々やっていた。 多分メルっちょは、自分が狩った災いが怖かったんじゃないだろうか。 そんなメルっちょは、深層意識内で自分の中の災いを外に出したいと思った。 その心の現われが、タライとして出たのでは……? あのタライにゃあ確かな『災い』の気配を感じた。 恐らく、そう考えて間違いはねぇでしょう。 つまり─── 彰利 「……アタイの教育は……間違ってなかった!!」 そう───アタイの教育は風間家を超えたのだッッ!! この調子で、愛を忘れずに成長していっておくれ、聖や……!! ───……だが、時とは案外……残酷なものである。 彰利 「月詠街───浄化完了!!」 聖  「か、かんりょー!」 聖、中学3年の冬。 ようやく月詠街の悪霊的スポットの浄化が完了した。 これで小僧と初めて会った時に聞いた幼馴染が、悪霊に取り込まれることもあるまい! 彰利 「くうう!やはり聖はめんこいのぅ!どれ、今日は拙と一緒に寝るかね!?」 聖  「え───あ、あの……恥ずかしいから、ヤ……」 彰利 「──────!」 恥ずかしいから、ヤ…… しいから、ヤ…… ヤ…… 彰利 「………………」(ヤ……ヤ……ヤ……) 聖  「あ、あのね?椛ちゃんも浅美ちゃんも、いい加減『親離れしろ』って……。     だから……だからね?もう、パパとは一緒に眠らないの……」 彰利 「………………………………」(ヤ……ヤ……ヤ……) 聖の言葉が頭の中で反響しまくってる……。 聖が……聖が『ヤ……』だって……。 これが……これが親離れ……? これが……───…… 聖  「だから……ごめんね、パパッ」 たたたっ…… 聖が走り去ってゆく。 俺はそんな姿を定まらない視界で見送り……ただ、呆然とした。 ───……。 カラス「ア゙ー!ア゙ー!」 コツコツ…… 彰利 「………」 カラス「ア゙ー!」 コツッ!コツンッ!! 彰利 「………………」 なんだろね……不思議だね……。 なんかね?ヘンなんだけどね? 身体に力が入らないんだよね……。 おかしいとは思ったんだけどね? カラスが頭をつついても気力が出ないんですよ……。 悠介 「腐ってんなぁ〜……」 夜華 「どうにかなりませんか……。鬱陶しくてかないません……」 悠介 「相当ショックだったんだろ、聖に親離れされたのが。     溺愛してたからなぁこいつ……」 彰利 「………」 なんか聞こえるけど……どうでもいいやぁ……。 だってね?なんか気持ち良くてね? 悠介 「元気出せって。別に嫌われたわけじゃないだろ?     だったら今まで通り接してやればいいじゃないか」 彰利 「でもね……?巣立つ子供を引き止めることなんて出来ませんよ……?     大丈夫ダヨ〜、だってアタイ、椛の時だって泣き明かしたんだもの〜……。     でも乗り越えられたから……大丈夫ヨ〜……」 悠介 「……ほんと腐ってるなぁ……」 彰利 「聖……思い出をありがとう……」 悠介 「しかも完結させようとしてやがる……。ほら、しっかりしろって。     別に重症負ってるわけじゃないだろ?」 ……心には大ダメ−ジだったンスヨ……。 これぞハートブレイクショットですよ……。 彰利 「そうだ……京都、行こう……」 悠介 「落ち着け……まず落ち着け。京都行ってなにするつもりなんだお前は」 彰利 「木刀強奪してアバンストラッシュで世界を滅亡に誘いましょう……。     そして災いとなって災狩されるんや……。     アタイは聖の血となり肉となり、いつまでもいつまでも……」 悠介 「ダメだこりゃ、完全に魂抜けてる。……しばらくは放っておいてやるしかないか」 夜華 「そうですか……」 ふたりの姿が遠ざかってゆく。 ふふ……君たちまでオイラを置いてゆくのですね……。 そうだよなぁ……最近よそよそしいって思ってたんだよ、聖も、椛も……。 そうか……やっぱりどんな娘にも親離れの日は来るもんなんだよね……。 彰利 「ここで、親である俺が子離れ出来なくてどうするよ……。     椛の親離れを願ってた俺じゃないか……。     だったら今度も、聖の親離れに協力しないと……」 そう……そうさ。 あとは若人の生き様に全てを任せるんだ……。 どうせ俺は童心……この世界でだけ映える存在。 この精神の旅が終われば、聖───メルっちょだって、俺のことなぞ忘れるんだから…… ───……それからの俺は、聖ひとりで出来そうなことは全て聖に任せていった。 突然のことに驚いていた聖だったが、驚愕度合いでは絶対負けてねぇので問答無用。 これも貴様の成長を思えばこそ……許してくれ。 彰利 「いいかね。おなごたるもの、料理も作れなければならぬ」 聖  「う、うん……」 この瞬間は精神の中でだけの、儚き花のようなもの……。 ならばこそ、俺の知り得る全てのことを、聖に伝授するのだ。 彰利 「次に掃除なり。───ム」 聖  「あ───」 彰利 「ちょいと聖さん!?ここにこんなに埃がございましてよ!?」 聖  「ご、ごめんなさいっ……」 全て……そう、教えられること全てを……。 彰利 「次に裁縫。おなごたるもの、こういうことも覚えておかねば。     よいですかな?メイド服の作り方はですね」 聖  「………………いたっ!」 彰利 「ひじ───!……ぐ、うう……!な、なにをしているのです……!     針で指を刺すなど、集中力が足りない証拠ですよ……!」 聖  「パ……パパ……」 鬼になれ。 これは俺が聖に贈る、最後の鞭だ。 娘の成長を思えばこそ……許してくれ、聖……! ───だが。 時として、鞭は子供の心を荒ませる。 聖  「もう……やだよ」 彰利 「む?なにがかね」 聖  「もうやだって言ったの!もうこんなことしたくないっ!」 ドシャッ! 彰利 「ムオオ!作り掛けのメイド服が!」 聖が作っていたメイド服が、製作者自らの手で地に叩きつけられた! な、なんということを……! 聖  「パパ、変わっちゃったよ……。前はこんなのじゃなかった……。     やさしくて、強くて、大きくて……。     どうして……?どうして変わっちゃったの……?」 彰利 「………」 ……俺は何も答えず、投げ捨てられたメイド服を広い、土を払った。 彰利 「作ったものをこんな風にしてしまってはいかん。……さ、続きだ」 聖  「───!もういいったら!どうしてなにも言い返さないの!?」 彰利 「………」 ちく……ちく……。 裁縫を続ける。 教えなきゃならないんだ。 聖を、どこに出しても恥ずかしくない娘にするために……。 聖が、馬鹿になんかされないように……。 聖  「どうして……?なんで何も言ってくれないの……?」 彰利 「聖。この部分はな、縫い方にコツがいるんだ。よ〜く覚えておきなさい……」 聖  「こんな裁縫のことなんかいいよっ!」 バサッ! 彰利 「───!」 聖の手が、俺が縫っていたメイド服を払いのけた。 ───けど、俺は冷静を装い、メイド服を拾い上げて縫い続ける。 聖  「どうしてっ……?解らないよ、パパの考えてること……!」 彰利 「………」 聖  「もういいよ……パパなんて───大ッ嫌い!!」 ……目に涙を溜めた聖が走り去っていった。 だが俺は……それでも裁縫を続けた。 ただただ、あいつのためになるように、と─── ───しかし、親の心、子知らずとはよく言ったもので─── 彰利 「こ、これっ……聖っ……!」 聖  「うるさいっ!話し掛けないでっ!」 がしゃーーーんっ! 彰利 「おわ〜〜っ!」 壊されてゆく……! 俺が聖と一緒に作っていった家具が……! 壊れてゆく……! 俺と聖が一緒に作ったという証が……! 聖  「1、2、3……少ないなぁ、こんなお金じゃろくなもの買えないよ」 彰利 「ま、待っとくれ聖……それは今月の生活費……」 聖  「てーーっ!うるさいっ!」 げしっ! 彰利 「アウッ!」 聖  「話し掛けないでって言ったでしょっ!?」 ───がしゃーーん!! ああっ!一緒に作ったガラス細工が!! 彰利 「きゃ〜〜っ!やめて〜〜!竜ちゃ〜〜ん!」 聖  「今度来る時はもっと稼いでおいてよ!?」 彰利 「ウッ……ウッ……」 ───……聖が……グレた。 ───……。 彰利 「……今日も、外泊だろうか……」 悠介 「最近、根を詰めすぎじゃないか?少し休んだ方が……」 彰利 「……いえ。聖は俺の大切な娘ですから……。     あの娘が帰ってくる確率が1%でもあるのなら、それに賭けるのが北斗神拳…」 悠介 「……結構余裕そうに見えるのは俺だけか?」 余裕などない。 事実、悪い見本にならんようにと始めたバイトなどで稼いだ金も、もう尽きかけてる。 また切り詰めていかなければ……。 悠介 「また……なにも食わないのか?」 彰利 「生活の……ためですから」 悠介 「そんな生活してると身体壊すぞ?」 彰利 「よいのですよ……。     海原雄山の妻殿だって、主人のために身を削るようなことをしてきたのです。     努力をして、雄山を立派な食通や陶芸家にしました……。     いつかは聖にも、胸を張れる何かになってほしい……。     俺が聖に託す思いは、それだけなんですよ……」 悠介 「彰利……」 声  「帰ったよー。……ふんっ、相変わらず狭い部屋……」 彰利 「あっ……聖の声だ。食事の仕度をしないと……」 悠介 「………」 ───……。 ───……。 悠介 「おいっ……どういうつもりだっ!」 聖  「な、なに……?なんの用?」 最近の彰利のやつれ具合を見て、我慢ならなくなってきた俺は─── 彰利がバイトに出ているうちに、聖に詰め寄った。 悠介 「彰利のことだ!お前、あいつがどれだけ苦労してるか解ってるのか!?」 聖  「知らないよそんなの。あいつが勝手にやってることだもの」 悠介 「っ……!『あいつ』……だぁ……!?」 聖  「この歳にもなって『パパ』はないでしょ?他に呼び方なんて出てこなかったし。     それに、勝手にやってることは確かだもん。     どうせ、いまさらわたしに構おうとしてるんでしょ?     構ってほしかった時に構ってくれなかったくせに、虫がよすぎるよ」 悠介 「───っ……!かぁああああああっ!!!この馬鹿たれぇえええっ!!!」 ッパァーーンッ!!! 力任せに聖の頬を思い切り叩いた。 だが驚く瞬間も与えないままにその胸倉を掴み、引き寄せる。 悠介 「てめぇっ!!今まで彰利から何教わって成長してきた!!     構おうとしてくれなかった!?勝手にやってる!?     あいつはお前が親離れし始めたって思ったからこそ、     自分の知っていることの全部をお前に託そうとしたんじゃねぇか!!     それを真っ先に裏切ったのは誰だ!?彰利か!?」 聖  「あ…………」 悠介 「あいつは最後までなにをお前に見せてた!!     今のお前みたいにヤケっぱちになってる姿か!?     てめぇにはあいつが最後まで裁縫を教えようとしてた姿が見えなかったのか!?     ッ……てめぇが『彰利と寝るのが恥ずかしい』って言った時からなぁ……!     あいつが一番辛かったんだよ……!     本当に虫がいいのはどっちだぁっ!!アァッ!!!?」 聖  「ひっ……」 悠介 「恥ずかしいって言って突き放したのはてめぇだろうが!!     それをなんだ!?構ってもらいたかっただぁっ!?     自分からそういう状況作っておいて、虫がいいだなんて言うんじゃねぇっ!!」 聖  「っ……ひっく……ご、ごめ……」 悠介 「俺に謝ってどうすんだよ!謝る相手が違うだろうが!!」 聖  「ごめ……ごめんなさいぃ……ひっく……ごめ……ふぁあああぁぁん……」 悠介 「っ……面白くねぇっ……!」 泣き出してしまった聖を離し、境内から見渡せる景色へと目を移した。 その景色のどこかで、今もやつれた彰利が働いている。 何件も掛け持ちをして、眠る時間なんかないあいつが。 悠介 「……ああそうだな……あいつは勝手だよ。     あれだけ辛い思いをしてても、お前が謝れば許しちまうんだろうよ……。     嫌な顔ひとつしないで、笑うんだ……」 聖  「っ……ひぅっ……っく……」 悠介 「お前、彰利の記憶を見たんだろ?     だったらあいつがどれだけ辛い思いをしてるか知ってるってことだろ?     それなのにどうしてあいつの心に気づいてやれなかったんだよ……。     親の愛情より暴力を知って、そんな親を嫌悪してたあいつが……     娘であるお前にひどいことをするわけないだろうが……」 聖  「うっく……う……っ……!ごめんなさい……ごめんなさいぃっ……」 どうしようもなくやりきれない気分の中。 ……聖はただ、地面に座りながら、ずぅっと泣いていた。 その場から俺が離れても、ずっと。 ───……。 彰利 「ふぅっ……ただいま……」 ……パパが帰ってきた。 わたしは申し訳無さでいっぱいで、 パパが帰ってくるまで、ずっと『帰ってきたら謝ろう』と思ってた。 でも……その顔を見れない。 申し訳ない気持ちがいっぱいすぎて、パパの顔……見れないよ。 彰利 「おお聖、今日は大樹に居たのか。どれ、待っといで。今晩御飯つくるからね」 聖  「え……、───っ!」 負担をかけたくなくて、『わたしがやる』って言おうとした。 そして勢いでパパの顔を見てみたら……─── 聖  「っ……パ……パァ……ッ……!」 ……パパは、信じられないくらいに痩せこけていた。 目の下にはクマが出来て、顔色もどこか悪くて。 ふらふらとした感じで、大樹の裏に置いてある鍋を手に取ろうとしていた。 ……それだけのことを、わたしはしたんだ。 思えばわたしは、パパに対する暴力的な行動が後ろめたくて、 もうずぅっとパパの顔なんて直視してなかった。 けど……その結果がこれだった。 初めてこの人をパパと呼んだ時の、あの大きな背中も今では凄く小さく見えて。 頼り甲斐があったあの男らしさも、今では煤こけたかのように消えてしまっていた。 聖  「うっ……あ……うぁああ……!!」 涙が溢れた。 ただ申し訳無くて。 そして、パパは変わってなんかなかったってことに気づけなかった自分が情けなくて。 パパは……いろいろなことを教えてくれようとしてたのに……。 ───がしゃんっ 聖  「っ!?」 突然の物音。 その方向を見てみると─── 聖  「あ───パパァッ!!」 パパが、揺れる鍋の傍で倒れていた。 ───倒れた。 あのパパが。 そして……そうさせてしまったのは、間違い無くわたしなのだ─── ───……。 医者 「過労……ですね。それも、並大抵の過労じゃない。     ここまでの過労に今まで耐えていられたのが不思議なくらいです」 悠介 「そう……ですか」 彰利は医者に運ばれた。 今は点滴を打たれて、少しは落ち着いたところだ。 医者 「通常なら死んでいてもおかしくないくらいの疲労物質が溜まっていました。     ……いったい、どうやればあそこまで疲労が蓄積されるのか。     私には理解できませんよ……」 悠介 「………」 あの彰利が倒れたんだ。 恐らく、本当によっぽどの疲労だったんだ。 ……当然だ。 俺から見ても、彰利がやっていたことは自殺行為にしか見えない。 朝昼晩と水しか飲まず、そのうえ朝から晩まで仕事。 無事でいられる筈がない。 『すぐに能力に頼るのは、聖の成長によくない影響を及ぼすから』なんて言って、 あいつが能力に頼らずに生活してさえいなければ…… こんなことにはならずに済んだかもしれない。 俺だって理力を使って、何かを出してやることも出来た筈だ。 けど……あいつはそれを、笑って拒否した。 『立派な大人になってほしい』ってのは解るよ……。 けど……それでお前が潰れちまったら、どうしようもないだろうが……。 ───……。 彰利 「ウウ……翔……どうしたのです……。母の声は届いているのですか……」 聖  「……パパ……」 あれからパパは、ずっと(うな)され続けている。 『しょう』ってゆうのがなんなのかは解らないけど、とても苦しそうだった。 聖  「ごめんなさいパパっ……わたしの所為で……」 彰利 「く、くるしい…………アレーーーッ!!」 聖  「パパッ!?」 彰利 「ウーーーン!!」 聖  「パパッ!?しっかりして!パパァッ!!」 バタンッ! 医者 「どうしたのかね騒々しい───はっ!?キ、キミ!鎮静剤の投与を!」 看護婦「は、はいっ!」 看護婦さんが小走りして、注射器を構えた。 そしてパパの腕に針を当て、押し込む───と、針がグニィと曲がった。 看護婦「っ───!?せ、先生っ!針が通りません!」 医者 「な、なんだとぉっ!?」 彰利 「ウウ……!本物の槍じゃなきゃ俺の腕筋は通らねぇ……!」 医者 「そ……そこまで鍛えているのかッッッ……!     あ、そこのキミ!彼はこれから集中治療室へと運ぶ!     これから順調に回復するまでは面会謝絶だ!いいね!」 聖  「そんな───!い、言いたいことが───!     言わなきゃいけないことがあるんです!」 医者 「医者は患者を治すのが仕事なのだよ……!     そこに、誰の感情優先もしてはいけないんだ……!解ってくれ……!」 聖  「そんな……」 医者 「キミッ!湯谷先生を呼んでくれたまえ!」 看護婦「はいっ!!」 ……やがて、パパが運ばれていき……その場にわたしだけが残されても。 わたしは申し訳なさから、そこから動けないでいた───…… ───……そして、それから一週間後。 ようやく面会が許された。 彰利 「………」 ドアから覗いてみたパパは、前よりは初めて出会った頃のパパに近かった。 けど、何も言わずに窓の外を眺めているパパは……なんだか悲しげだった。 聖  「……?」 ふと、何かを思い立ったのか。 パパは裁縫道具を取り出して、何かを編み始めた。 彰利 「春が近いとはいえ、まだ寒いから……。聖に手袋でも編んであげるかねぇ……」 ───! 彰利 「たとえ受け取ってくれなくても……少しでも可能性があるのなら。     また……あの娘の笑顔が見たいからねぇ……」 ……もういい……もういいよぅパパ……。 どうしてそんなに笑顔でいられるの……? わかんないよ……あんなにひどいことしたのに……。 どうしてわたしのためなんかに苦労するの……? 彰利 「楓巫女も……楓も……椛も。みんな、俺から巣立っていった……。     きっと飛鳥だって、ミントやリーフだって……。     だから……次は聖の番なんだ……背中を押してやろう。     これは……俺からの、最後のプレゼントじゃ……」 ……パパは、穏やかな笑顔のままに、編物を続けてゆく。 とても、とても穏やかな笑顔のまま。 わたしはいつしか涙を押さえられなくなり、その場で声を殺して……泣き続けた。 ───……翌日。 わたしはパパの病室に入って、パパと向き合っていた。 彰利 「おや聖……今日は友達と遊ばなくていいのかい……?     あたしのこたぁいいんだよ……?友達と遊んどいで……」 聖  「………」 どう切り出そう。 ううん、とにかく謝らないと……。 彰利 「あぁ、そうか……お金がないんだね?待っといで、今出してあげるから……」 聖  「───!」 パパの手が、パパの服を探る。 ……あんなに大きかったパパの手。 それが……こんなにも細くなって…… 彰利 「いくら欲しいんだい……?言ってごらん」 聖  「…………っ……」 財布を開けて微笑むパパに、わたしは首を横に何度も振った。 申し訳無さが嗚咽となって、津波のように襲いかかる。 苦しい。 ごめんなさい。 こんな姿にさせてしまって、ごめんなさい─── ……頭は動いてくれるのに、口は全然動いてくれない。 彰利 「安心おしよ。お父さん、給料出たばっかりだから、お金はあるんだよ?     ほら、言ってごらん……」 ……悲しかった。 衰えとともに、ただただやさしくなってゆくパパが。 そして、そうさせてしまった自分が憎くて仕方がなかった。 彰利 「───……自分を、恨んでいるのかい?」 聖  「───!?」 信じられない。 自分の心を言い当てられたわたしは、バッと顔をあげて、パパの顔を見た。 そこには、目を細めて穏やかに微笑む……痩せたパパが居た。 彰利 「いいんだよ……自分を恨むようなことをしなくても。     あたしが聖に焦りを押し付けちまったんだよ……ほんと、父親失格だねぇ……」 聖  「そっ───そんなこと……」 彰利 「ほら、ここに五万円あるから。友達と遊んどいで。さぁ」 聖  「っ……!」 ぐい、と財布を押し付けるパパ。 その顔はどこまでも穏やかで…… 聖  「っ……〜〜……!」 そんな笑顔に、今までずっと気づけなかった自分が情けなくて…… 聖  「ふぐっ……う……っ〜〜〜……!!ご……めんなさい……パパ……!!     ごめ……ごめんなさぃ……っ……」 わたしは肩を震わせながら、やがて……泣いてしまった。 彰利 「おやおや……どうしたんだい聖……。具合でも悪いのかい……?」 聖  「ちがっ……ちがうのぉっ……!!ごめ……うぁあああああん……!!」 情けなかった。 本当に……情けなかった。 自分はなんて親不孝だったんだろう。 この人はわたしに、いろいろなものをくれたのに。 わたしはただひとつとして、その恩を返せていたのだろうか。 与えられるばかりで、少し態度が変わったと思ったら、もっと与えてもらいたくなって。 その末路が───痩せこけてしまったパパ。 彰利 「生活のことを気にしているのかい……?     大丈夫だよ、お父さん、そんなに弱くないから。     また、聖が自由に遊べる時間、たっぷり作ってあげるからね……」 聖  「違う……ちがっ……違うんだよぅ……!!     もうっ……お金なんていらないから……!!     わがままなんて言わないからっ……!!     謝るからっ……!もうっ……身体を壊すようなこと……しないでパパぁっ……」 彰利 「聖……」 フワッ……。 聖  「……───あ」 小さな子供のように泣くわたしの頭に、懐かしい感触が乗せられた。 暖かくて、やさしくて……そして、安心できるパパの手が。 彰利 「……聖?あたしはね、聖に親離れの頃合を感じた時、正直ショックだったよ。     けどね、あたしは賭けてみることにしたんだ……。     だって、自慢の娘だもの……。     目の中に入れたら、激痛でのた打ち回るほどの愛娘だからね……。     だから、あたしは聖に……あたしの持っている全てを教えようと思った。     いつか誰かと結婚した時に、やさしいお母さんになれるように。     だって……家庭を知らない母親なんて、あんまりに寂しいからねぇ……」 聖  「パパ……」 彰利 「でも……あたしはいつこの時代で消えるか解らない存在だよ……。     それが焦りとなって、     焦るあまり……知らず知らず、聖にきつく当たりすぎていたんだろうねぇ……。     結果的に、あたしは聖にとってマイナスになるようなことしか……」 聖  「───……」 悲しそうに笑顔を作るパパ。 そんな作り笑いまでさせてしまったのだ、わたしは。 聖  「………」 わたしは黙って、お見舞いのリンゴと果物ナイフを手に取った。 そして……それをゆっくりと綺麗に剥いてゆく。 聖  「……ほら、見てパパ……。パパが教えてくれたこと、わたし覚えてるよ……?     無駄なんかじゃないよ……マイナスなんかじゃない……。     パパはいつだって、わたしにいろいろなことを与えてくれたんだもの……」 彰利 「聖……」 聖  「ごめんなさい、パパ……。     わたしがしちゃったことは……謝って許されることじゃないと思う……。     こんなにわたしのことを思っててくれたパパを……     わたし、大嫌いって言ったんだ……。本当に……ごめんなさい」 膝の上に置いた手を強く握り締めた。 身体は震えて、消えかけた嗚咽が襲ってくる。 ───今度こそ嫌われる。 そう、確信したから。  ……それなのに。 彰利 「いいんだよ、聖……」 パパは、変わらぬ笑顔でわたしを見ていた。 なにもかも……なにもかも童心さんの言う通りで……。 パパはあんなにも酷いことをしたわたしを、最初から責めるつもりなんかなくて……。 聖  「っ……くぅう……!うっ……ぅうう……!!」 それに甘えることでしか解決できない自分が、あまりにも情けなくて……。 わたしはもう一度、嗚咽の波に飲まれることで……大声で涙した。 聖  「パパッ……ぱぱぁ……ひぐっ……うあぁあああああああああん!!!!」 ……強くなろう。 もう二度と、パパが倒れたりしないように。 もう二度と、こんな苦しい思いをしないために。 パパが自慢できるくらい、強い存在になろう……。 それが今のわたしに考えられる、精一杯の恩返しなんだろうから……。 ───……その三日後。 看護婦「弦月さーん、検温の時間で───あぁっ!?」 クイックイックイッ…… 看護婦「ふッ……布団の中身が工事現場の稼動看板にッ……!!     湯谷先生ぇーーっ!!422号室の弦月さんがまた脱走しましたぁーーっ!!」 湯谷 「なにぃーーーっ!!?またかぁーーっ!!!」 ───……。 彰利 「グァッ!グァッ!グァッ!グァッ!グァッ!」 がつがつがつがつがつ!! 彰利 「おっちゃん!鳥のから揚げ追加ね!グァッ!グァッ!グァッ!」 主人 「あいよっ!」 ったく!病院食なんて飽き飽きだぜ! 食うもん食わねぇと血や肉にならねぇだろうが! 聖  「パパ……病院抜け出してよかったの……?」 彰利 「おー?大丈夫大丈夫!ちゃんと変わり身置いてきたから!     いやー、しかし!やっぱ月詠街の定食屋『やまふじ』の料理は美味ぇなぁ!!」 主人 「あんがとよっ!おう、そっちの嬢ちゃんはなににする!?」 聖  「あ、わたしは肉類が食べられないので、それ以外を見繕ってください」 主人 「おっ!菜食主義者かい!若いのに大変だねぇっ!     ちゃんと肉も食わねぇと精つかねぇぞ!?」 聖  「せ、精……?」 主人 「そうだよ。そのあんちゃんの彼女なんだろ?」 聖  「パパが……───彼氏?わたしの……?」 主人 「パパ?」 聖  「パパが……」(グボンッ!!) 主人 「おわっ!?」 彰利 「ややっ!?聖っ!?」 聖  「きゅぅ〜……」 ばたっ。 彰利 「聖!?聖ーーーっ!!」 なんと!聖が顔から煙を出さんくらいの勢いで顔を真っ赤にして倒れおった! しかも気絶してるらしく、目をぐるぐる目にしながら動かなくなってしまっていた。 彰利 「なにごとかね、まったく……!」 そう愚痴をこぼしながらも、もう一度アタイに笑みをくれる聖が嬉しかった。 いろいろあったけど……俺達はまた、元のサヤに戻っていた。 Next Menu back