───因果の行方、骨の再来───
───話を聞く 凍弥 「……聞きます。聞かせてください」 俺はしっかりと悠介さんの目を見て、そう言った。 悠介さんはその言葉に頷いて、ゆっくりと口を開いた。 ………………。 ……そして。 その言葉に大きなショックを受けた。 全ての答えはそこにあった。 第三者。 重郎さんや、他のヤクザ達を病院送りにしたのは……───そういうことか。 牙王は他のヤクザとは違うと言われていた。 その圧倒的な統率力、強さを誇り、どんな相手にも負けないくらいの力量はあった。 当然、殴り込みにきたヤクザ達はひとたまりもなかっただろう。 牙王のみんなは、簡単に勝鬨(かちどき)を上げただろう。 だが、もしその第三者が─── 凍弥 「すいません!俺───椛の所に行ってきます!!」 悠介 「なに?───おいっ!凍弥っ!」 悠介さんの言葉も聞かず、俺は工房から飛び出した。 出た場所は鈴訊庵。 その場所から駆け出し、がむしゃらに月詠街を目指した。 ───………………。 そして───……石段を登りきった場所で。 腹部から血を流している椛が倒れていた。 凍弥 「……!」 駆け寄ろうとした───が、それを遮る姿があった。 凍弥 「っ……!佐古田……!!」 行方不明とされていた佐古田……いや、櫂埜上喜兵衛……! 佐古田「……禊隆正……霞吹鮠鷹……!殺す……!」 その手には剣。 禍々しく黒い闇に覆われた剣だ。 佐古田「家系……神の子の末裔は全て殺す……!」 凍弥 「……どうしてだよ……!どうしてお前が……!」 佐古田「死ねっ!!」 ヒィンッ!! 凍弥 「くぁっ!」 振られた剣をなんとか避ける。 その剣から漏れる闇が、なにか嫌なものを感じさせる。 そして、その波動は─── 凍弥 「月蝕力───!?どうして!」 とてつもなく深い闇が、その剣に宿っている。 斬られれば、その呪いが体を蝕むというものだろう……。 じゃあ、血塗れの椛は……どうなる? いや、月聖力がある───大丈夫……大丈夫さ。 佐古田「助かると……思ってるか?」 凍弥 「なに……?」 佐古田「よしんば助かったとしても、呪いは消えない……。     月聖力を流したところで治りはしない……。     神の子は蝕まれながら生きていくだろう。     この剣が……それを可能にしたのだ……!」 佐古田……いや。 喜兵衛が剣を掲げる。 それは───……石塚に刺さっていた剣だったんじゃないだろうか───
悠介 「……この時代には、櫂埜上喜兵衛の転生体が居る」 凍弥 「転生体……?それって……」 悠介 「いや、逝屠じゃない。逝屠以外に居るかもしれないんだ。     そいつは───より強い月操力に引かれる者。     常に神の子やお前を監視しようとし、無意識に付いて回り───     お前の知り合いとして、その場に居る者だ」 凍弥 「より強い月操力……?椛や俺について回って……俺の知り合いとして───?」 ひとりだけ、心当たりがあった。 そいつは行方不明になっている筈の、俺の知り合い。 そして……そいつは確かに、強い月操力に引かれていた。 いつか───俺が桜の木の下でぼぅっとしていた時。 現れた彰衛門の冥月刀を真っ先に拾ったのは誰だっただろうか。 悠介 「そいつはな。どんな目的かは知らないが、彰利の屋敷に潜り込んで……     月の家系に伝わる三刀の中のひとつを盗んだらしい」 どんな目的? どんな─── 悠介 「彰利が言ってたよ。     喜兵衛が十六夜逝屠として転生したのは、     一番最初に死ぬハメになった原因、弓彰衛門と同一人物である彰利を殺すため。     けど、喜兵衛は逝屠の自我の強さに負けた。     結果として、月の家系を消すだけの不安定な殺人鬼になり───俺に消された。     そして、『そいつ』に転生したのは……     椛やお前、そして月の家系の者達を殺すためだろうってな───」
全ての答えは無意識下のことで─── つまり俺と椛は、ずっとこいつに監視されていた、ということだ。 凍弥 「確か……月操剣ルナカオスっていったっけ……?     彰衛門の馬鹿野郎……!なんであんなものいつまでも残しておくんだよ……!」 ジリ、と間合いが詰められる。 距離に入ったら迷わず振ってくるだろう。 佐古田「───シッ!」 凍弥 「チッ!」 フィンッ! 音だけ聞けば綺麗な剣閃が、髪の毛を数本斬ってゆく。 佐古田「憎い……!殺す……!よくも……よくも……!」 凍弥 「やめろ!目ぇ覚ませ佐古───ぐぅっ!?」 ドクンッ───! ……眩暈。 吐き気がして、腕がブレて見えて───数瞬、消えた。 発作……!?こんな時に!! ───ザキィッ!! 凍弥 「がはぁっ!?」 佐古田「はっ───!」 鎖骨が砕ける音。 肉が斬られ、骨が砕かれ……血が噴き出す。 返り血が佐古田にかかって……俺の体は傾いて─── 倒れる瞬間、無表情のままに涙を流す佐古田の顔が見えて─── ───俺は、踏みとどまった。 凍弥 「佐古田……!」 佐古田「………」 涙が流れる。 ただ、流れる。 返り血の数滴が、その涙で流され……まるで血の涙を流しているような気がして。 そんなものを見たら、倒れてなんかいられなかった。 けど……左腕がまったく動かない。 激痛で意識がどうにかなってしまいそうだった。 立っていられるのが精一杯の俺に、なにが出来るだろうか。 斬られた部分の呪いを吐き出そうと、体の中の奇跡がそれを駆除する。 けど、その度に体から存在感が消えてゆく。 呪いが駆除されたと感じられても、自分の存在が希薄すぎた。 自分はどうしてる? 立っているか? 目の前に居るのは───ドカァッ!! 佐古田「───っ!?」 目の前に居るのは……槍で貫かれた佐古田。 けど、何かが変だった。 おぼろげに見える景色が草原に見えて─── その全てが黄昏に染まっているように思えた。 そして思った。 俺はきっと、もう意識はハッキリしてないんだろう、と。 槍で貫かれた佐古田は無傷で、けど───貫いた槍には喜兵衛が居て。 その姿を無数の光で消す誰かがそこに居た、気がした。 ───……。 悠介 「凍弥!?おい!凍弥!!」 立ったまま動かなくなった凍弥。 その姿が一瞬、消えて見える。 ヤバイ───そう感じた俺は、 椛と凍弥と───凍弥の知り合いである佐古田好恵を抱えて、 鈴訊庵へ続くブラックホールを創造した。 俺なんかが何かをするより、 リヴァイアの方がなんとか出来るかもしれないと思ったからだ。 すぐにブラックホールへと飛び込み、鈴訊庵へ降りる。 土足のままだが───構わずリヴァイアの部屋に飛び込んだ。 リヴァ「誰だ?ノックくらい───なんだ悠介か。それに───」 部屋───工房の主であるリヴァイアが、血に塗れた凍弥と椛を見て、眉を動かす。 それから特に慌てた様子もなく寝台を用意して、そこに寝かせろと指示するだけだ。 俺はその指示通りに凍弥、椛、佐古田を寝かす。 リヴァ「ひどいな、これは。どんなもので斬りつければこれだけの傷が出来あがるんだ」 悠介 「………」 まさか、自分の創造したものだ、などとは言えない。 いや、言ってどうなるものでもない。 リヴァ「まあいい、傷の縫合をする。     悠介、創造の理力で傷を治すものを創造出来るか?」 悠介 「ああ。それは出来る。簡単だ」 リヴァ「じゃあサポートを頼む。わたしは凍弥の方をやる」 悠介 「俺は椛を、だな?解った」 リヴァ「そっちの女は傷が深い。まずは内側からゆっくりと治すのがいいぞ」 悠介 「解ってる」 意識を集中させ、イメージを作る。 そしてそのイメージを弾けさせ、椛の傷を治す水を創造する。 これを傷にかけるわけだが、染み込んでいって中から治すイメージ付きだ。 傷が治れば、それとともに水は消える仕組みになっている。 悠介 「ちと染みるが……そこは計算に入れてなかったから我慢してくれな」 最初に椛に謝っておく。 それからおもむろに───傷口に水をぶっかけた。 椛  「───!!」 椛の体が跳ねる。 俺はそれを押さえ───る前にイメージを弾けさせて、 椛の体を押さえる拘束具を創造、装着させた。 それでも暴れる椛だが───やがて、傷が内側の方から消えてゆく。 普通に見ると気持ち悪いものだが、そんなものはどうでもいい。 椛  「う、ぐ……!!お、おじいさま……!?」 悠介 「よう、目覚めはどうだ?」 椛  「最悪……です……!な、んなんですか……これは……!この痛みは……!」 悠介 「良薬口に苦し。それは口だろうが傷口だろうが一緒だってことだ」 椛  「そんなうんちく……聞きたく……あ───」 がくっ。 悠介 「椛?って……気絶しちまった」 そんなに染みたのか。 まいったな、今度からは無痛のイメージも組み込まないと。 悠介 「リヴァイア、そっちは───!?」 気楽な気持ちでリヴァイアの方───つまり、凍弥を見た。 しかしその姿が消えかける。 それで───薄れていた緊張感が蘇った。 悠介 「なっ───大丈夫なのか!?」 リヴァ「騒ぐな、気が散る……!     まったく……天界はなんてゆう厄介なものを生み出してしまったんだ……!     こんなものをひとつの存在に持たせるなんて……!」 悠介 「リヴァイア……」 リヴァ「存在力が足らない……。圧倒的に足りなすぎるんだ……。     以前までの凍弥なら、春まではもった筈なのに……!」 悠介 「………」 いったい、なにがあったのか。 そう考えたが、そんな疑問はあっという間に吹き飛んだ。 悠介 「……お節介か」 リヴァ「ああ、間違いないな……!この馬鹿、あれほど注意したのに……!」 リヴァイアが光で何かの文字を描き、それを弾けさせた。 すると消えかけていた凍弥の姿が、 うっすらとではあるが───そのままの状態を保ったまま、変動を見せなくなった。 悠介 「リヴァイア?」 リヴァ「……もって、せいぜい三日だ。     凍弥の時の流れをいじって、症状を食い止めてもそれが限界だ……」 悠介 「三日……!?そんな馬鹿な話があるかっ!こいつはまだまだ───!」 リヴァ「受け止めろっ!現実は甘いものじゃない!     知り合いだからって助かるに決まっているなんて思考は、     いつだって裏切られるものなんだ!!」 悠介 「……───」 俺の言葉を遮るように放たれた、リヴァイアの言葉。 その言葉の意味の前に、俺は……何も言えなくなってしまった。 俺が考えていたことは、まさしくその通りだったから。 当然のように居たヤツが居なくなるわけがない。 そんなものが偽りの思考だなんてこと、ずっと昔に知っていた筈なのに。 悠介 「……悪い。頭……冷やしてくる」 リヴァ「……ああ。そうしろ」 熱くなった頭を冷やすため、俺はリヴァイアの工房を後にした。 ───……。 夜華 「悠介殿……」 鈴訊庵を出て、その空を見上げたところで、篠瀬に声をかけられた。 悠介 「もう起きてもいいのか?」 夜華 「ええ、体が重いような錯覚はありますが、平気です」 悠介 「そっか……」 夜華 「………」 悠介 「───……」 沈黙が訪れる。 お互い、どんなことを話していいものか解らないんだと思う。 ───けど、そんな沈黙を、篠瀬が破った。 夜華 「……鮠鷹が消える、というのは……真実なのですか?」 鮠鷹?……ああ、凍弥のことか。 悠介 「ああ。せいぜいで三日後に消える……って言ってたな」 夜華 「そう……ですか」 篠瀬が俺の数歩後ろあたりで空を見上げた。 夜華 「この世界は……姿こそ変わりはしましたが、昔と変わらないのですね……」 悠介 「……篠瀬?」 夜華 「……あまりに残酷です。人が簡単に死に、悲しみばかりが増えてゆく。     立ち直れる者も居れば立ち直れぬ者も居て……     あまりにもやさしさに欠けた世界です」 悠介 「………」 そうなのかもしれない。 この世界はずっと昔から厳しくて。 俺達はこれからも、こんな世界で生きていかなきゃいけない。 為す術もなく、流され、抗って…… その苦労の先にあるものもまた、悲しみだと知った時─── 俺達はいったい、どうなってしまうんだろうか。 そう考えると、途端に心の何処かが悲しくなった気がした。 悠介 「けどさ。篠瀬はどうだったんだ?」 夜華 「どうだった───とは?」 悠介 「『救い』があったかどうか、だよ。     このあまりにも残酷な世界の中で、篠瀬……お前には悲しみ以外があったか?」 夜華 「………」 つ……と視線を俯かせて、篠瀬は黙った。 何を考えているのかは解らなかったけど、答えは俺と同じものだと信じてる。 が─── 夜華 「……いえ。わたしは───この世界になんのために生を受けたのか……。     未だに答えが見つかっていないのです」 悠介 「答え……?」 夜華 「わたしは孤児として生まれました。右も左も解らぬ、その世界に。     気づけば孤独。理解してみれば人からは遠目に見られ───     薄っぺらな心情のみを振りかざして精一杯に生きたつもりでした。     けど───それはわたしが見せた、子供の意地。     施しは受けないだとか、一丁前のことを言っては……     わたしはわたしを見る哀れみの目から逃げていただけだったのです」 悠介 「………」 篠瀬は淡々と語った。 自分の生きてきた道を。 夜華 「わたしに話し掛ける者は全員がそういう目をしていた。     わたしを哀れみ、可哀相だと思い……暖かくもない心で触れようとする。     わたしにはそんなことが我慢できなかった。     中途半端な気持ちで自分に関わってほしくなかった」 悠介 「篠瀬、それは───」 夜華 「……解っています。     その目が哀れみに見えたのは、わたしの心にも問題があったのでしょう。     ですが、わたしは自分の目を信じる他なかった。     孤独であったわたしが、他になにを信じれるというのでしょうか」 悠介 「篠瀬……」 夜華 「けど……そんなわたしにも信じることの出来る人が現れた。     その人はわたしの母となってくれたうえに、     意地を張ったままでは解らないことを、本当にいろいろと教えてくださった。     けれど……わたしはその人の意思を裏切ってしまった。     見い出し始めた『生きる意味』をそこで失い……     わたしはまだ、ずっと……生まれた意味が解らないままなのです」 悠介 「……でも、変化はあっただろ?ほら、彰利に会えたこととか」 夜華 「───彰衛門、ですか」 彰利の名を出した途端だった。 篠瀬は苦しそうに目をあさっての方向に投げ、辛そうにしていた。 夜華 「最初は鬱陶しい男でした。わたしが守っていた存在を奪われたような気がして。     ……楓さまはわたしがもう一度見つけることの出来た、『生きる意味』だった。     それを……素性の確かさも解らない男に奪われ───     楓さまはその男を『おとうさん』と呼びました」 歯を噛み締める音が聞こえた。 ───その感情は……憎しみなのだろうか。 夜華 「途端にわたしの中に言いようのない苛立ちが湧き上がりました。     邪魔だ、なんだこの男は、ここから出て行け、斬るぞ……     ……ふふ、本当に身勝手な感情でした。素性の確かさが解らなかったのは、     楓さまにとってのわたしも同じだったのでしょうに……」 悠介 「………」 夜華 「なにかあれば騒ぎたて、楓さまを泣かせ、わたしを馬鹿にした彰衛門……     そんな男を、わたしは容赦無く斬りました。     この男が去れば、また以前のような暮らしが戻ってくるのだと信じて。     そして……ふと冷静になってみると、     それがただの嫉妬であることに気づいて……。     ……とても惨めでした。わたしは一体、なにをやっているのか、と。     ……羨ましかった。素直に楓さまにぶつかることの出来る彰衛門が。     そして、ぶつかられて笑っている楓さまを見て───     ああ、わたしには……楓さまをあのように楽しませることなど出来ないと……     そう悟ってしまったのです……」 ……そうか。 篠瀬にとっての彰利は、その存在全てが羨ましさの塊だったのかもしれない。 たとえその時の彰利がまだ感情を取り戻していなかったとしても─── 篠瀬にはそれが、とても楽しそうに見えたのだ。 ……それだけ、自分の『道』を意識しなけりゃ歩けないくらいの寂しかったのだろう。 夜華 「けど……最初こそ訳が解りませんでしたけど。     おかしなことに、斬られても斬られても、     彰衛門はわたしに突っ掛かってくるのです。     彰衛門が楓さまと同じ癒しの力を持っているのは知りましたが、     それでも……痛覚がないわけではないのに。本当に、訳が解りませんでした。     ……しかし、そんな悶着を続けている内に、ふと───楓さまが笑ったのです。     声を出して、元気に」 悠介 「……ああ」 夜華 「何故だろう、と思っていると……     それが彰衛門という存在なのだな、と……不思議と納得出来てしまった。     そう……彰衛門からは『日常』を感じる。     あの男が居ないだけで妙につまらなくなった現実は消えない」 ……篠瀬もそう思ってたのか。 あいつからは日常を感じるって。 夜華 「わたしだけでは楓さまは笑みを見せてはくれない。     そう思って、わたしも彰衛門にからかわれる度に向かっていきました。     その内……どういう心境の変化だったのでしょうね。     その男に惹かれ始めている自分に気づき、それを否定して───     けれども、楓さまのことを心配する彰衛門や、     身を呈してわたしを助けてくれた彰衛門───     その姿を思い浮かべると、自分を保っていられなくなりました。     そうなって初めて……それが好意を超えたものなのだと気づきました。     しかし……気づいたその先で、     鮠鷹が死に───楓さまが塞ぎこまれてしまって……」 悠介 「……自分の気持ちの整理をする間もなく、彰利が自分の記憶から消えた、か」 夜華 「……はい」 頷く篠瀬に俺は、ひとつ訊いてみた。 『だったら、彰利に会えて、そういう感情を持てたことはいいことなじゃないか?』と。 だが───篠瀬はそれを否定した。 夜華 「……叶わぬ想いほど残酷なものはありませんよ。     そして……そんな感情を持ったわたしは、武士としても中途半端。     結局わたしは……この時代でもなにひとつ満足に成し遂げられず、     なにも出来ないままに……死にゆくのでしょうね」 ……無理に作ったような笑みが……そこにあった。 悠介 「篠瀬……」 夜華 「ですが、悪いことばかりでもなかった。     わたしは武士としてでなく、女としての感情を手に入れた。     辛いことばかりだけれど……それを乗り越えればまた、     その先にある何かを探すために頑張れそうな気がするのです」 悠介 「………」 その何かが。 俺には……彰利としてしか聞こえなかった。 篠瀬はまだ、彰利を諦めきれちゃいない。 悠介 (……当然か。初恋の人なんだろうしな) あいつが初恋の相手ってゆうのも、案外残酷なものだ。 結ばれたとしても、人一倍苦労しそうだ。 でも案外───彰利は恋愛ごとには純粋そうなケがある気がする。 あいつは孤独と辛さを知ってる分、 自分に好意を抱いているヤツにはとことんやさしいだろうから。 ……うん。 篠瀬の初恋は間違っちゃいない。 あのからかい癖さえなければ、あいつは間違い無く───いや違うか。 からかわれても好きで居られるヤツこそ、あいつには合っているんだと思う。 悠介 「篠瀬は本当に彰利のことが好きなんだな」 だからつい、そんな言葉が漏れた。 篠瀬は───最初こそ驚いていたが、やがて否定しようと何かを言おうとして─── 夜華 「……ここで否定しても、どうなるわけでもないのでしょうね。     わたしは……彰衛門が好きです」 ……いや。 意外にも否定の言葉は出てこなかった。 夜華 「正直に言うと、こんな感情を持ったのは初めてなのです。     わたし自身驚いているのが、     あんな男の何処に惹かれているのかが解らないところです。     ですが、気持ちに偽りはありません」 そんな言葉に最初こそ驚いたものの、 ゆっくりとその意味を噛み締めてゆくと、頷ける気がした。 それに─── 悠介 「……ん、それでいいと思うぞ」 夜華 「……悠介殿?」 悠介 「無理に『忘れる』だとか『諦める』だとか……     そんなことはさ、死ぬまでやらなくてもいいことだと思うんだ。     だって、死ぬまでなにが起こるか解らないのが人生なんだから。     もしかしたら彰利だってフラレたりして、     一人身を続けることになるかもしれないだろ。     不謹慎だとは思うけど、そうなれば篠瀬にもチャンスはあるんじゃないか?」 そう。 忘れる必要なんかない。 せっかくの感情を諦める必要なんてない。 自分が自分じゃなくならない限り、その想いは残すべきだと俺は思う。 この世界には、いろいろな思いを持っていながら、 否定され続けながらも───決して未来を諦めなかったヤツだって居るんだ。 そいつに打ち勝つくらいの思いを持とうとすることは、決して悪じゃない。 夜華 「あの、悠介殿。ふられる、とは一体……?」 悠介 「んー……ああ、そうだな……」 思考の中、神妙な顔つきで篠瀬が訊ねてきた。 悠介 「ひとことで言うと、愛しい人に嫌いだと言われたようなことかな。     好き合っていたとしても、人間は意見の食い違いには脆いものだからな」 夜華 「それは……その相手の女性のおこぼれを奪う、ということになるのですか?」 悠介 「へ?あ、ちょっと待て、それは違うんじゃないか?     たとえば篠瀬が彰利を好きだとして、その思いに偽りはないって言った。     それは別の誰かと別れた男だからって、一緒に居たくないって程度の感情か?」 夜華 「───!あ……な、なるほど。そう、ですね。     わたしが彰衛門のことが好きならば、わたしはその思いに素直になるべきで……     それは、誰かと離別したからといって消えるような感情ではありません……。     なるほど……なるほど!そういうことなのですね!?     では───!ではわたしは……!     彰衛門のことを諦める必要などないのですね!?」 悠介 「そりゃそうだろ。あいつに恋愛ごとが似合うかどうかは別としても、     篠瀬は篠瀬の気持ちを大事にしたらいい。     だって、篠瀬の気持ちは篠瀬にしか解らないんだからな」 夜華 「悠介殿……」 思ったことをそのまま口にしてみると、篠瀬は心打たれたような顔でやさしく微笑んだ。 『確かに、その通りですね』と言う篠瀬の表情は、 とてもさっきまで思いつめていた人のするような表情には見えやしない。 ───などと思っていた時だった。 声  『ほねっほねっほねっ……!麗しくも感動的な話じゃないか……!』 ……なにやらとても嫌な予感を彷彿させる笑い声が聞こえてきた。 初めて聞く声なのに、どうしてそう感じたのか……ああ、まったく解らんわけだが、 とにかく物凄く嫌な予感がした。 夜華 「悠介殿……」 悠介 「あー……このまま無視して逃げるってのはどうだろうか」 夜華 「武士として逃げるわけには……」 妙なところで武士の誇り発動。 比喩として、死んじまっちゃあ武士の誇りなんて関係ないのになぁ。 悠介 「で……どこのどなたさんで?」 骨  『俺の名はナム。ボーン=ナムだ』 悠介 「………」 振り向いた先に居た骨が自己紹介をした。 骨姿に黒いマントのようなものを着て、大きな黒塗りの鎌を持った骨。 顎がひっきりなしにカタカタと揺れているのが印象的だ。 ……だからどうってことは、まるっきりない。 なんだこいつ。 夜華 「貴様!あの『りかしつ』とやらに居た骨!何故ここに───!?」 南無 『そう!俺だ!何故というのも、     俺は貴様が気に入ったから精神に取り憑いただけだが』 夜華 「なっ───わたしの精神にか!」 南無 『そうほね。言われてなかったほね?     あの精神世界は聖の精神を過去に貼り付けたようなもの。     つまりあの世界は正真正銘の過去世界で、     精神体だったのは貴様らだけだったほねよ』 夜華 「だからわたしに取り憑くことが出来た……!?」 南無 『そうだ。そうしたらどうだ。     景色こそ変わらんが、時間軸の違う世界へと降り立てるではないか!     これを喜とせずなにを喜とする!』 悠介 「知るか馬鹿」 南無 『なんと!?……おい夜華、こいつ性格腐ってるんじゃないか?     悪いことは言わないぞ、デスノートを受け取れ』 夜華 「呼び捨てにするな!貴様なぞに呼び捨てにされる筋合いはない!     それにその悠介殿と『ですのーと』とやらに、なんの関係があるというのだ!」 南無 『ほねっほねっほねっ、威勢がいいな夜華。俺はそういうおなごが大好きだ。     というわけで、子供を作る気は無いか?』 夜華 「なに───!?ふざけるな!誰が貴様などの子を!」 南無 『ほねっ!?ノゥ!ノゥノゥ!!違う!それは大きなミステイク!ミステイク?     それは間違いだ夜華!甚だしい勘違いというもの!     つまりはね、こういうことなのだ』 スリスリ…… 夜華 「ひぃっ!?」 ボーンナムが篠瀬の腹を撫でた。 妊婦の腹をやさしく撫でる父親のように。 夜華 「な、なにをするかこの不埒者がぁーーーーっ!!!!」 コパキャアアアーーーン!!! 南無 『ほねぇえええーーーーーっ!!!!!』 振りかぶった篠瀬が、刀の鞘でボーンナムの頭を打った! 小気味の良い音がして、ボーンナムの頭部のみが飛んでゆく。 パッパァ〜ッ!───メゴシャッ!! 南無 『ほぎょっ!!』 ……しかも通りすがりのダンプカーに潰された。 これぞ粉骨砕身……いや、身体は残ってるから砕身とは言わないか? カラカラ……ごしゃっ。 悠介 「うん?……うお」 頭が無くなったボーンナムの身体がバラバラになって崩れていった。 俺は─── 1:組み立ててみる 2:今日は燃えないゴミの日だったな 3:あんなところに変食犬で有名なベスが! 結論:2 悠介 「……篠瀬、手伝ってくれ。今日は確か燃えないゴミの日だった」 夜華 「え?あ……はあ」 悠介 「幻覚が見える袋が出ます」 ポムッ。 特殊なゴミ袋を創造して、その中にボーンナムの身体を入れてゆく。 この袋、中に入れたものが別のものに見えるという変わったイメージつきの袋だ。 誰も中身が骨などとは気づかない。 収集員「あ、早く持ってきてくださーい、もう出ますよー」 悠介 「っと、ほいほい」 しっかりと締めたゴミ袋を、ゴミ収集車の回転圧縮機に放り込む。 すると───バギッ!メギボキャ!ボギョン!!という生々しい音が鳴り響いた! 声  『ほねぇえええええーーーーーっ!!!!!』 ふと見てみれば、 ダンプに轢かれた筈のボーンナムヘッドが復活していて、悲痛の叫びをあげていた。 ……どうやら痛覚は連結しているらしかった……。 ───……。 南無 『ひどい侮辱だ!貴様ら俺をなんだと思っている!     俺が再生能力完備の骨死神じゃなかったら御陀仏だぞ!』 悠介 「うるせぇハゲ」 南無 『血も涙もねぇ!?……ほ、ほねっほねっほねっ……!     だがしかし、そうやって粋がっていられるのも今の内だ……!』 スリスリ……コパキャズバァーーーン!! いきなり腹に触れてきたボーンナムの顔面を殴り、地面に叩きつけた。 南無 『ほねぇっ!?な、なにをする!』 悠介 「お前が『なにをする』だ!人の腹いきなり触って───!」 南無 『フッ……これを見よ!』 ボーンナムが、ふたつの小瓶に入った謎の液体を見せる。 ───が、それを見た途端にさっきまで感じていた嫌な予感が蘇ってきた。 南無 『ほねほねほね……!そう、これは貴様らの精子と卵子!     あ、ここだけの話だが、     我ら骨死神はこういう方法で無理矢理子供を作ることが出来てね?     そういう方法で、死神と神の子供だって作れるのだよ。     もちろん、天界人と神界人の子供も。     そういう異神が堕ちに堕ちると、立派な骨死神になれるのだ。     俺は神が堕ちた者じゃないが、どうやって骨死神になったかは忘れた!』 悠介 「それをどうするつもりだ……」 南無 『適当なサンプルと人工ならぬ骨工授精させて、素体を作るのだ。     本来なら神力を注いで(かえ)らせるのが一番なのだが、     残念ながらここに神は居ない。ならば───どうなると思う?』 悠介 「御託はいいから返せ」 南無 『そう……貴様の言う通りだ。あの弦月彰利という存在、     冥界でもお目にかかれないほどの良い闇力(あんりょく)を持っている。     あいつの能力で孵らせることが出来れば、素晴らしい子供の誕生だ!』 『貴様の言う通りだ』なんて言われるようなことを言った覚えは無いが─── メキャア! 南無 『ほねぇっ!?』 とりあえず殴っておいた。 悠介 「ごちゃごちゃ五月蝿いんだよっ!!さっさと返せ!!」 南無 『フッ……もう遅い。弦月彰利の精子と夜華の卵子を合わせたものを卵化して、     弦月彰利の傍へ転移させた……!もう、誰も止めることは出来ぬのだよ!     このまま生かしておいてもヤツの未来はお先真っ暗!     ならばここで新たな命のために闇力を使わせることこそ愛!     解るかね!この骨の繊細な気持ちが!俺の思いは成就されるのだ!』 悠介 「じゃ、ここでお前が滅ぼされても誰も困らないわけだな?」 南無 『え?あの……そんなことされると俺が困るんですが……?』 悠介 「うるせぇ!あいつに負担かけるようなことしやがって!お前は消えろ!!」 ゴキベキボキバキゴシャメシャベキャア!! 南無 『ほねぇええええーーーーーーーっ!!!!!』 ───……。 南無 『ほ、ほねっほねっ……』 危ないところであった……。 まさかキレて襲いかかってくるなど……。 南無 『だがこれで、ようやく相性のいい精子を手に入れることが出来た……。     あとはこの晦悠介の精子を、     遥か過去に消滅寸前まで追い込まれながらも手に入れた、     フレイア=フラットゼファーの卵子と融合させて卵化……!     ほねっほねっほねぇーーっ!!これだ……これがやりたかった!     通常ならば絶対に胎児しないと言われる死神!その子供を作る!!     この卵子の相性に合う精子をずっと探してきたのだ……!!     そしてついに!ここに卵が完成した!ホネホネホネホネホネホネ!!!』 通行人「なんだあの黒フード……。     後ろ向いててよく解んねぇけど、天下の往来で精子とか胎児とか叫んでるぜ?」 通行人「変態だよ変態。関わりたくねぇや、行こうぜ」 通行人「ああ」 南無 『ほねぇえええーーーっ!!??』 大いに誤解されてしまった……。 南無 『いいのだ……ハードボイルドダンディはいつの世も理解されないもの……』 ならば骨は骨らしく、高らかにケキョキョと笑っていればいいのだ。 しかし…… 南無 『随分遠くまで逃げたな……どこだここは』 見知らぬ土地、見知らぬ民家……。 だが間違い無く農村のような場所。 フッ……のどかなことだ。 聞け、カエルの声を。 やつらも猛っているぞ。 カエル1「ゲロゲロゲロゲロ」 カエル2「ゲコゲコゲコゲコ」 南無  『ホネホネホネホネ……ほねぇっ!?』 しまった……ナチュラルに共鳴している場合ではないではないか。 この骨としたことが、帰り道が解らないなどと…… 南無 『……転移あるからいいか』 結論は軽いものだった。 南無 『さて……どうなることやら、ホネホネホネ。     どうせこの時代でも、晦悠介にとって弦月彰利は死神でしかないだろう。     ならばこそ、こうしてあいつの精子を奪った……。     疫病神が糧になるだけで子供が産まれるのなら……それでいいホネよ……』 そのためには手段なんて考えない。 立派な骨死神として、大儀を為すとしませう。 南無 『ホネホネホネホネホネ……!ホーネホネホネホネホネホネホネ!!』 ───……。 悠介 「見失ったか……くそ」 夜華 「………」 泣き叫びながら逃走するボーンナムを追いかけていたが、人ごみに紛れられて見失った。 くそ……なんだってこう、面倒ごとばっかり立て続けに起きるんだ……! 夜華 「ですが、いろいろと周りが騒がしかったお陰で、暗い気分は払拭出来ました。     ……戻りましょう。もし鮠鷹が消えかけているのであれば、     出来るだけ傍に居た方がいいと思うのです」 悠介 「篠瀬……───そうだな、戻るか」 そうだ、骨になんか構ってる場合じゃない。 ……場合じゃないんだけど─── あいつを見た時、なんでか『何処かで会ったことがある』って思ったんだよな。 どうしてだろ……。 夜華 「しかし……不思議ですね。     初めて会った時から妙な違和感は感じていたのですが……」 悠介 「篠瀬?」 夜華 「……あの。以前にあの骨と会ったことなどあったでしょうか」 悠介 「───……」 篠瀬もそう感じたのだろうか。 あいつと会ったことがある気がする、なんて……。 悠介 「いや……会ったことなんてないと思うぞ。     骨の死神を見るのは初めてだった」 夜華 「───そう、ですよ……ね」 どこか釈然としない気持ちのまま、俺と篠瀬は鈴訊庵に戻った。 Next Menu back