───空の果ての世界で───
───……その空が蒼かった。 その空の蒼は何度見ても蒼で。 雲ひとつ無いその空を見て、俺は溜め息を漏らした。 遥一郎「はぁ……」 ミニ 「………」 小さくではあるが、隣に居たミニも溜め息をつく。 理由は簡単。 ……サクラの容態が、お世辞にも良いと言えるものではなかった。 ただ、それだけだ。 ミニ 「遥一郎さん……あの。     ウィルスから取り出したワクチンで、なんとかならないんですか……?」 遥一郎「もう試したらしい。そして……ダメだった。     サクラの状態はウィルスの所為じゃなく、奇跡の魔法の消失からくるものだ。     天大神も匙を投げた。……もう、消えるのを待つだけだ」 ミニ 「そんな……っ!」 遥一郎「………」 正直、やってられない。 どうして世界ってのはこうも不平等なのか。 そんな言葉だって、もう何度繰り返したか解らない。 ただ頭の中に巡ることは─── 俺達は、この世界じゃ幸せになんかなれないんじゃないかってゆうことだけ。 ヒナが死に、フレアが消え、ノアが消えて蒼木が消えて……俺が消えて。 果たしてその先に、幸せはあったんだろうか。 『奇跡の魔法』ってゆうのは……あまりにも幸せとは懸け離れている。 誰かの幸せを願っては消えてゆく者たちの先に、一体─── どんな幸せがあったっていうんだろうか……。 レイル「……よっ、精霊」 遥一郎「……よぅ、配達屋」 空を見上げたまま、石の瓦礫に座る俺の視界に影が入る。 眩しいくらいの太陽を背に、レイルの野郎が俺を見下ろしていた。 遥一郎「何の用だ?あんたが俺に用があるとは思えないんだけどな」 レイル「まーまー、そう邪険にぶつかってくるなよ。     暗い誰かのために雰囲気を盛り上げるのはムードメーカーの仕事だ」 遥一郎「名乗りをあげるムードメーカーには、     ロクなやつが居ないってのが定番なんだよ……。     無理に盛り上げんでいいから少し考え事させてくれないか……?」 レイル「そう言うなって。サクラが呼んでる。行ってやれ」 遥一郎「サクラが?」 ミニ 「わたし?」 レイル「お前はミニで十分だ」 ミニ 「うう……」 どこか拗ねているミニはこの際無視。 俺はゆっくりと立ち上がって、サクラの家へと歩いた。 ───……。 サクラ「与一……来てくれたですか……」 家に入れば、嫌でも目についてしまう……寝たきりのサクラ。 正直、痛々しいくらいにやつれている。 当然だ、あの発作の苦しみは尋常じゃない。 遥一郎「言うまでもないけど……大丈夫か?」 サクラ「……はい。大丈夫です」 遥一郎「……うそつけ、ばか」 サクラ「あう……」 自分でも自覚できるほどに無意味な質問をした。 もう、何度も同じことを訊いている。 ───俺はこんな状態のサクラに会うまで、 あの症状はウィルスによるもののみだと思っていた。 だが、その認識は間違っていた。 考えて見れば解ることだったんだ。 ウィルスも、そして奇跡の魔法の消失も、同じ『存在力の消滅』。 自分が消えてゆくということが、苦しくない筈もなく。 今度は俺が、苦しむサクラを目の前にしてなにも出来ないでいる。 きっと俺が発作で苦しんでいた時、サクラはこんな気持ちだったんだろう。 立場が逆になる日が来るなんてこと、正直考えたこともなかった。 遥一郎「よっし、リンゴ剥いてやろう。食え。食わないとヒドイぞ」 サクラ「ジャイアンです……」 遥一郎「おうジャイアンだとも。……しっかし、どうして天界のリンゴは青いかね。     『青リンゴ』ってのは地界にもあるけど、天界のはほんとに青いからなぁ」 サクラ「天界のリンゴはおいしいですよ。     地界のリンゴは……なんてゆうか、パサパサしています」 遥一郎「そうか?」 サクラ「ええ、そうです」 遥一郎「……そっか。そうかもなぁ」 クスッと笑うサクラに、俺も笑顔で応える。 最近笑ってなかったサクラだからこそ、 そんな些細な笑顔を見せてくれることが素直に嬉しい。 けど……リンゴを剥いたって、サクラはモノを食べられなかった。 ───……。 ジェス「王手」 レイル「ぬおっ!?」 遥一郎「家に入ってきてどうするのかと思ったら……」 しばらくすると、天大神ら一行がサクラの家に入ってきた。 なにをするのかと思えば───なんのことはない、将棋を始めるだけだった。 しかもレイルがあっさり負けた。 でもありがたかったのが現実だ。 今のサクラに必要なのは、こういうなんでもない日常だろうから。 遥一郎「………」 横目に、クスクスと笑っているサクラを見た。 ───発作は夜に来て朝まで続く。 それは、俺がウィルスに侵されたときとそう変わらないらしい。 だからこそ、今の内に眠っていた方がいいんだが─── サクラは睡眠時間よりも俺と居ることを選んだ。 ……日に日にやつれてゆくサクラを見ているのは辛い。 辛いけど、目を逸らすことなんて絶対にしない。 頼まれたって……してやるもんか。 ……なんて、人が真面目に考えてる横では、 アルベルトさんが負けたレイルに追い討ちをかけようと、乗り出すところだった。 アル 「よっしゃ、次は俺が相手だレイル」 レイル「おっ、お前には負けねぇぞアル。どんと来い!」 レイン「じゃあその次は私とお願いしますね、兄さん」 レイル「フッ……誰が来ようと3分で決着だ」 大した自信だけど……まあ確かに、3分で天大神に負けたのは事実である。 あれもある意味決着なわけだし。 ───で、見事に3分で決着。 もちろんレイルの負けで。 レイル「おかしい……この俺が……」 ジェス「おかしいのはおぬしの弱さじゃろ……」 アル 「だな。弱すぎだぞお前」 レイン「ここまで弱いとは……」 遥一郎「天性の弱さだな、稀少すぎる」 レイル「や、やかましゃあ!!んじゃお前が相手しろ!お前になら負けねぇ!」 遥一郎「俺?いいけど、将棋は得意中の得意だぞ?」 レイル「……やっぱサクラでいいや」 遥一郎「あんたなぁ……」 ジェス「情けないヤツじゃな……」 アル 「男の風下にも置けないやつだ」 レイン「こんな人が兄だと、悲しくなってきますね」 レイル「言いたい放題してんじゃねぇ!情けなさよりも勝ちたいんだよ俺は!」 ジェス「しかしなぁ」 サクラ「いいですよ。やりましょう、レイル兄さん」 レイル「おっ、やっぱサクラは話が解るなぁ。よっしゃ勝つぞぉ!」 遥一郎「フッ……誰が来ようと3分で決着だ」 レイル「うるせぇって!!」 ───……で、きっかり3分後のその場所に、 将棋盤の前で真っ白に燃え尽きたレイルが居た。 ───……。 そして夜が来る。 その闇の中で、サクラは辛さに耐えていた。 ジェス「くっ……しっかりするのじゃぞサクラ……!」 レイル「鼻息荒くして法術唱えるために手ェ伸ばしてると変態だと思われるぞ」 ジェス「やかましいわ!集中せい!」 アル 「了解だ、変態」 ジェス「アル!?き、貴様、実の親に向かって!     ───くごふっ!?い、いかん、きばり過ぎた所為で鼻血が!」 レイル「うおっ!なに欲情してんだジジイ!!てめぇには緊張感ってのがねぇのか!」 アル 「歳ってもん考えろよこのヒゲ!息子として悲しいわ!」 ジェス「なんじゃとこのこわっぱどもが!きばりすぎたと言っておろうが!!」 レイル「ウソくさいんだよこのエロヒゲ危機一髪が!     怒号と唾を飛ばしてる暇あったら詰め物くらいしろや!」 アル 「ほんと節操ねぇなエロヒゲ!あんたそれでも天大神か!?」 ジェス「ぬわあああ!!!やかましいわやかましいわ!!集中しろというのに!!」 レイン「言いたい放題ですねぇ……」 天界の男衆がサクラを囲んで、痛みを緩和させる法術とやらを送っている。 効果は高いものじゃないらしいけど、普通の痛みに比べたらずっと楽なんだそうだ。 俺が天界に来る前から、この方法で夜を越えていたらしい。 ……俺もなにかしてやりたいけど、俺が出来ることなんて何も無い。 こうして目の前に居てやれているっていうのに、なんて歯がゆいんだろうか……。 ブピィッ! ジェス「ムグオオオ!!」 ドサッ。 レイン「天大神さまっ!?」 レイル「うわっ!鼻血噴いて倒れやがった!歳甲斐もなく興奮するからだジジイ!!」 アル 「なにやってんだエロジジイ!     あんたが一番法力(ほうりょく)が強いのに、一番に倒れてどうすんだよ!」 レイン「……本当に言いたい放題ですねぇ……」 ……断っておくが、天大神は一度として欲情だの興奮だのはしていない。 ただアルベルトさんの言う通り、法力が一番あるから倒れただけだ。 力の使いすぎってやつね。 そしてアルベルトさんとレイルの騒がしい言動も、サクラを元気付けるためのものだ。 ……確実に元気付ける方向が間違ってる気がするのは、気の所為ではないとは思うけど。 その心意気は素直に嬉しかったから……俺も笑っていた。 作り笑顔なんかじゃない、自然な笑顔で。 だって、苦しそうにしながらも……サクラも笑っていたから。 ───……そして朝。 男衆 『グビグビ……』 天界の男衆、法力の使いすぎでダウン。 その際の様子が何故に、 掟破りのロビンスペシャルを食らったロビンマスク風だったのかは永遠に謎だろう。 サクラ「……は、あ……」 とりあえずは発作が治まったサクラが、 長い間していなかった呼吸をするかのように息を吸い、そして吐いた。 サクラ「与一、すごいです……。     こんなに苦しいのに、そんな素振りを見せようとしなかったなんて……」 遥一郎「余計な心配かけたくなかったからな」 サクラ「……でも、なんでも言ってほしかったのが本心ですね。     気兼ねなんてしないで、苦しかったら苦しいって言ってほしかったです。     わたしも……きっと、ノアも」 遥一郎「───……?ノア、って……サクラ?」 サクラ「…………不思議です。ずっと忘れてたのに……思い出せます。     ノアのことも、澄音のことも……。     ずっと昔に無くしてしまった記憶だと思ってたのに……」 遥一郎「サクラ、それは───」 それは。 それは……お前の存在率が…… 遥一郎「っ……」 素直に喜べやしない。 ノアや蒼木のことを思い出してくれて嬉しいのに、 サクラがそれを思い出したってゆうことは、もう消える日が近いということだ。 そう……いつか、あの夕暮れの屋上で、あいつは言ったんだ。 俺がした質問に蒼木は答えたんだ。 『僕がこれから消える存在だからだよ』 存在率の消滅─── 奇跡の魔法の発動とともに人々の記憶から消えたノアを、蒼木は覚えていた。 それは何故かと問うと、自分が消える存在だからだと彼は答えたんだ。 そして今、あの時からノアを忘れていたサクラが……ノアと蒼木のことを思い出した。 それは───……そういうことなんだ。 遥一郎「………」 消滅が近い。 やがて、発作が無くなる一日が訪れるのだろう。 そしてその後に───サクラは消える。 別の何かになるんだ。 俺や蒼木、フレアやヒナやレイチェルさんのように。 そして……それを見届けた後。 俺も、この世界から……消えるつもりでいる。 その時こそ、この世界から『奇跡』なんて言葉が無くなる時。 悲しみの上に起こる奇跡に、価値なんてないのだから。 だから……この世界から消えて、俺達は俺達の幸せのある場所へ向かう。   その場所で……俺達はやり直すんだ。      あの懐かしい景色の中で、懐かしい学生服に身を包んで───             ───懐かしい、幸せだった時間を─── ───……時は無情と人は言う。 確かにその通りだと、いろいろな人が頷く中。 俺はきっと、首を横に振るんだろう。 時の流れが無ければ自分たちは歩けないのだから。 けど、時の流れを悲しみ、涙することは許されるんだと思う。 ……泣けないのは悲しいから。 悲しいのに泣けないのは辛すぎるから。 人が強くなるためには───涙が必要だなんてこと、小さい頃から知っているから……。 サクラ「与一……」 遥一郎「………」 そして……今日。 サクラは自分で歩けるくらいの状態で、俺に微笑みかけた。 俺はその細くやつれてしまった身体を抱きしめてやり、それとは逆に……涙を流した。 ……現実という悪魔が訪れた。 恐らく今日が……サクラの最後の日となる。 ───涙が出るならいくらでも出そう。 辛いというのなら、いくらだって叫ぼう。 でも、諦めることだけはしたくないから……無駄だと知っていても抗うんだろう。 それを馬鹿だと罵る人も居るだろう。 だけど……俺はそんな馬鹿のひとりなんだな、って……いまさら理解して笑った。 観咲のことを馬鹿だなんて言えた義理じゃない。 一番馬鹿やってた日が懐かしい俺が、他の誰かを馬鹿だなんて言えるわけがない。 遥一郎「───よし。メシ食って外に出よう。今日はいい天気だぞ」 サクラ「天界には雨なんて降りませんから」 苦笑気味に笑うサクラが儚く見える。 そんなことを思っている暇なんて一秒もないのに─── 俺には、消えてゆくその命が悲しすぎた。 遥一郎「結局、料理の作り方もなにも教えられなかったんだよな……。     今からでも教えてやろうか?」 サクラ「……───はいですっ♪」 ……この時が悲しいなら、俺達だけでも戻ろうか…… あの、懐かしい頃の俺達へと─── ───……。 遥一郎「いいか?まずこの包丁を……」 サクラ「むむ……奥が深いです……」 覚束無い手で包丁を操るサクラ。 口調はすっかりあの頃へと戻り、 俺もまるであの頃に戻ったかのように、自然な気持ちでサクラに接していた。 あの頃───料理を教えてやろうとして、結局教えてやれなかったものを教えるように。 そしてまた笑うのだ。 ───楽しいことなんて山ほどある。 悲しいことなんて忘れたいくらいある。 道に迷うななんて言われたいわけじゃない。 『悲しいことから逃げるな』なんて綺麗ごとを聞きたいわけじゃない。 だって、人は弱いんだから。 いつだって前を向いていたら─── きっといつか……後ろを振り向くことを忘れてしまう。 遥一郎「次にこれをな……」 サクラ「こう、です?」 前ばかりを見ることが正しいわけじゃなく。 後ろばかりを見ることが正しいわけでもない。 ほんとに正しいことを知っている人なんて、きっとこの世界には居ない。 いつか俺の友達が言ったように、 認められなかった言葉達から出発した俺達は─── 結局答えなんて見つけられないままに死にゆくのだろう。 だって、答えを教えてくれる人なんて居ないのだから。 俺達はずっと、自分で出した『仮説』を答えに生きてゆく。 遥一郎「いや違う、ここをな……」 サクラ「あぅ……こうです……?」 あの時あれがこうだったら、だなんてことは思わない。 ただ───世界にさまざまな人が居るように、 その分だけのさまざまな思考があることを、俺達は忘れちゃいけない。 後悔はあるのかもしれないけど、 俺はこの道に至ったことを……自分が思うほど悲しんでないのだろう。 ───立ちあがれないほど泣いてしまうのだと思ってた。 だけど実際……存在率を蝕まれようが、力強く生きようとするサクラを見たら─── そんな涙も無意味なものだと思えてしまった。 生きようとする人へ悲しみの涙を贈るなんて、絶対に間違ってると言える。 たとえ結果が抗いようもなく変わらないものだとしても、 生きようとしている人を否定しようだなんて思わない。 だから俺が流す涙は、そんなサクラと別れることになることのみへの涙なのだろう。 死にゆく者だなんて考えない。 だって───サクラはなにかになるのだから。 ───などと考えている時だった。 声  『ほねっほねっほねっ……麗しき愛じゃないですか……。     眼球の無い俺でも、思わず涙してしまうところだったぜ……』 遥一郎「っ!?」 緊張感の無い笑い声が、家の中に響いて聞こえたのだ。 サクラ「なっ───なにです!?」 骨  『ああ失礼、わたくし、こういう者です』 突如現れた……骨? ま、まあそいつが名刺を渡してきた。 骨  『何処から現れたのかは秘密だ』 訊くつもりだったが、秘密らしい……。 遥一郎「ン……」 ふと目を通した名刺には、 『天空×字=南無』という文字と、読みがなで『ボーンナム』という文字。 ───そんなことを確認している時だった。 スリスリ…… サクラ「ひぅっ!?な、なにするです!!」 コパキャアアーーーッ!!!!! 南無 『ほねぇえーーーーっ!!!』 何故だかサクラの腹部を撫でていたボーンナムが、フライパンで思いきり殴られていた。 その拍子に頭部が首から外れて───って! 南無 『必殺!入れ歯カミカミ!!』 ガブッ!! 遥一郎「いてぇっ!?」 ……あろうことか、俺の腕に噛み付いてきた。 スリスリ…… 遥一郎「ぞわぁああっ!!?」 しかも腕に気を取られていた隙に、身体の方が俺に触れてきやがった! こいつ───変態か!? 遥一郎「なにしやがんだこの変態野郎ォーーーーッ!!!!」 メゴキャアア!! 南無 『ほねぇえええええーーーーっ!!!!』 問答無用で殴ってやった。 その拍子に俺の腕から外れた南無が、身体と合体を果たす。 南無 『ほ……ほねほねほね……。まったくなんという無礼な……。     俺はただ、消えゆく者達の波動を感じたから来てやっただけなのに……』 遥一郎「呼んでもいないのに来るな!大体誰だよお前!」 南無 『ほねほねほね……。     なんだって俺が話し掛けるヤツってみんな喧嘩腰なんでしょうね……』 そりゃお前が嫌なヤツだからに他ならないと思うがな……。 南無 『名刺は見せたが名乗らせてもらおう。俺の名は南無。ボーンナムだ。     これでも死神だ、すげぇだろ』 遥一郎「それで……!その変態骨野郎がなんの用だよ……!」 南無 『変態とな!?……ほねっほねっほねっ!!     呆れたものだな!貴様はいつかその言葉を尊敬の意を含めて放つだろう!』 サクラ「尊敬の意を含めても、変態は変態です……」 遥一郎「……お前、そう呼ばれて本当に嬉しいのか?」 南無 『……ごめんなさい、物凄く悲しいです』 謝られた……なんなんだこいつは。 とか思うものの……なんだろ。 なんか俺、こいつのこと知ってる気がする。 初対面だってのに……どうなってるんだ? 南無 『ホネホネホネホネホネ!!だが茶番はここまでだ!     俺は貴様らの心の声を感じてここに来たのだ!     そして、来たからには精子と卵子を頂く!』 遥一郎「なにっ!?」 サクラ「え───!?」 南無 『というか、さっきのでもう頂いたわけですがね?』 言って、小さな瓶を見せる南無。 南無 『ホネッ!これを使ってキミ達の子孫を作ってしんぜよう。     拒否は聞く耳持ちません。だって骨だから耳無いし。     十分聞こえるけど無視の方向でヨロシク!ね?』 遥一郎「なっ───ふざけるな!そんな方法で作られた子供が欲しいわけ───!」 南無 『なにも言うな……解る。     おなごが腹を痛めて産んだ子供でもないのに、可愛がれるわけがないホネ。     だがな、考えてもみんしゃい。そのおなごはそろそろ消える。     そんなおなごがいきなり子を産めるわけがないでしょう?     だから愛の代行者たるこの南無が、子を授けてやろうと』 遥一郎「いらん!」 南無 『ホネッ!?な、何故!?こんなにいい話が他にあると思うのか奥さん!』 遥一郎「誰が奥さんだ!とにかく!いらんもんはいらん!!」 南無 『フッ……拒否は聞かんと言ったホネ。だから知らんホネ』 遥一郎「だったら実力行使だ!」 ブンッ! 遥一郎「なっ!?」 不意打ちとも言えるくらいにいきなりの攻撃だったのに、南無は簡単にかわして見せた。 南無 『ホネホネホネ……。無駄、無駄ホネよ……!     この南無にはそんな攻撃、効果無いホネよ……!     大体俺は、子を産めぬ悲しい者どもの助けを行う、流離(さすら)いのカルボーンホネ。     それを何故いきなり殴ろうというホネ?まったく理解出来んホネ』 遥一郎「俺達が子供を作れない状態だとしても、     死神の力を借りてまで子供が欲しいだなんて思えるわけがないだろ!」 南無 『ならば聞いて喜ぶがいいホネ!!俺は元人間ホネ!』 遥一郎「なっ───!?」 人間───!?こいつが……!? 南無 『だからね!?ホラ!安心して子供を作らせるホネ!文句は言わせねぇホネよ!?』 遥一郎「………」 サクラ「与一……」 遥一郎「人間だった頃の名前を教えてくれないか?それによってはお前を信用する」 南無 『ほねっ、交換条件とはなかなかに策士系な男のようホネ。     だが俺は人の頃の名前など捨てたホネ。     だから秘密ホネよ。知りたかったらコウモリにでも訊くホネ』 遥一郎「じゃあ俺は───あんたを信用することは出来ないな」 南無 『ほねっほねっほねっ、解っていないホネねぇ。     貴様の精子とその女の卵子は俺の手の中にあるホネ!     いまさら貴様らの承諾が必要か否かなど、全ては俺の判断で決まるものホネ!』 遥一郎「性根が腐ってるな……」 南無 『失礼なことを言うなホネ!     全身隈なく骨な俺だが、どこをとっても腐ったところなどないわ!』 遥一郎「性根なんてものが見えるんだったら、さっさと直してもらいたいところだよ……」 南無 『ほねほねほね……それは無理な話だ。     過去を捨てた俺だが、心までは捨ててないホネ。     解るホネよね?これは君達のための行為ホネ。     弦月彰利程度の存在を糧に、君達の子が産まれるホネ。     それはとてもよいことなんじゃないホネか?』 遥一郎「───……」 弦月彰利の存在を糧に……? 遥一郎「馬鹿かお前……」 南無 『ほねっ、そんなことは人間であったときに自覚したホネ。     馬鹿じゃないやつはきっと、俺みたいに骨にならなかった筈なり。     だがこの骨化は自分で選んだ道───。     さらに言えば、選んだからにはやりたいようにやるのは当たり前のことでしょう」 遥一郎「………」 南無 『思えば……随分と長い時間だったホネ。     遥か昔からいろいろなものを見て生きた。……───キミに解るほね?     未来を諦め、骨と化して、死ぬこともなく生き続けた俺の気持ちが』 遥一郎「骨の気持ちなんて知らないな」 南無 『そう、その通りだ。     ここで【知ってる】だなんて言ってたら、俺はキミを許さなかっただろう。     まあそれは置いておくとしても、これだけは覚えていてほしい。     俺は間違いなく、キミ達のために行動している。     残すものが何もなかったキミたちのためにだ』 遥一郎「なに───?」 違和感を感じた。 残すものがなにもなかった……? まるで、一度見たような言い方を─── 遥一郎「お前、もしかして……」 南無 『一度未来から過去に飛んだ存在か、かね?     確かにこんな時代のことは見たことがある。     だが、俺は過去に飛んだんじゃない。【飛ばされた】のだ。     ほねっほねっほねっ、アテが外れたかね。     だが間違いなく、俺は弦月彰利の馬鹿さ加減の所為で死んだのだ。     そんな時代の中で死んだりしていった者たちを弔うため、     俺は子を作っているのだ』 遥一郎「………」 確かに俺は、サクラの消滅を見届けたら消えるつもりだ。 だが、弔いを望むほどの無念は無い。 ただ消えるだけではないのだから、そんなものは無い筈だ。 遥一郎「死んだり、消えたりするヤツは何人くらい居るんだ……」 南無 『ほねっ?ほねほねほね、消えるのはキミがよく知っている者たちだけだ。     今のキミならば解る筈だ。キミがこれからすることを考えればね』 遥一郎「───……」 南無 『死ぬ……いや、犠牲者は晦悠介にルナ=フラットゼファー、そして弦月彰利だ。     ほねほねほね……だがこの歴史は俺が居た歴史とは違う。     どうなるかなどは、この時間軸に訊くんだなぁ。     ……だが、弦月彰利への同情や救いは一切要らない。     あいつは情けないヤツだ。     ヤツの行動が、終わる筈だったものの全てを破壊したのだ。     あれでは親友がまるで浮かばれない』 遥一郎「……そいつらの子も作るのか?」 南無 『ほね?ほねほねほね、その通りほね。     晦悠介とルナ=フラットゼファーだが、     ここではあえて【ルナ】ではなく【フレイア】の卵子を用意しておいた。     どんな子が産まれるのか楽しみだよ、ほねほねほね……!』 サクラ「……最低ですね。あなたはその人たちを利用して楽しんでいるだけです。     どうしてそんなことを───」 俺の言いたかったことをサクラが言った。 ───が、南無は全く動じることもなく、サクラに向かって呟いた。 南無 『……解らぬよ、キミなどには。     言わせてもらえば、楽しまなければこんなことやっていられない。     自分の生き方がどれだけ無様だったのかが解っているとね、     全ての道が狭く見えてしまうものなのだ。     そんな道の中で俺は【堕ちること】を選び、死神になったんだ。     長いこと生きていると、いろいろなことが解るものだ。     視野が広がるというのかな、とにかく俺はいろいろな間違いに気づいたのだよ』 ……まあ南無の言葉は気になるけど、まずその前に。 遥一郎「どうでもいいけど、いきなり態度太くなったぞお前」 南無 『仕様だ、許せホネ』 遥一郎「いや……先に言った通り、どうでもいいんだけどさ」 南無 『そうホネ?ならばいちいち言うなホネ。     それより天界って暑いね。骨に直射日光はヤバイよ……。     すまんけど水を一杯くれないか?』 遥一郎「飲めないだろ、お前」 南無 『ほね?…………………………そうだったホネ……。     喉も胃も無いんだったホネ……。     だがしかし、飲み物が飲みたかった俺の心意気はかってくれるホネね?』 遥一郎「まあ……一応。てゆうかさ、結局なにが言いたいんだお前は」 南無 『ほね?───…………否応も無しに子供を作らせてもらうほね!』 遥一郎「お前、目的忘れてただろ」 南無 『その通りホネ』 遥一郎「………」 やばい。 こいつ……観咲ほどとまでは行かないが、馬鹿だ……。 頭が暖かいヤツだ……。 しかも融通が利かない分、馬鹿さ加減は差し引いても観咲の相手をするより疲れる。 南無 『まあそんなわけだから了承してくれると、     同意の上ということでやりやすいほね。どうする?』 俺は疲れた頭を庇いながらも、骨の後ろを指差して一言を呟いた。 遥一郎「あ、犬」 南無 『なぁあああにゃああああああああああっ!!!!!???』 シュババァッ!! 骨が物凄い勢いで後ろを振り向く。 南無 『おンのれクソ犬が!!また俺の体をカミカミしようって魂胆か!!     灼熱のごとく熱したウィンナー、口に放り込んでくれようか!?     ……ほね?い、犬など居ないほね……』 遥一郎「隙ありゃああああああっ!!!!!」 南無 『ほねっ!?』 ブンッ!! 遥一郎「なぁっ!?よ、避けたぁっ!?」 不意打ちに次いで、隙をついての攻撃までもが避けられた───!? な、何者だこいつ……! 南無 『ほねほねほねほね……残念だが俺に不意打ち系は効かないほね』 遥一郎「くっそ……!お前それ返せ!子供を作るなんて反対だ!」 南無 『ほねっ!?な、何故だ!さっきも言ったが悪い話じゃないほね!     そこなお嬢さん!!キミは!キミはどうなのだ!!』 サクラ「わたしがお腹を痛めて産んだ子供以外を、自分の子供だなんて思えません」 南無 『ほねっ……な、なんてことを……!     DNA鑑定すれば一発で解るというのに、自分の子供と認めないほね!?』 サクラ「認めません」 南無 『ほねほねほね……気の強いお嬢だ。     だがやはり、俺は俺で好きにやらせてもらうほね!     お前らの指図は受けんほね!!』 遥一郎「だったら訊くなよ!     さっきから思ってたけど、お前って本当に身勝手なヤツだな!」 南無 『人間をやめた俺だからな、もはや誰の迷惑を考えることもないほね。     そうなれば、勝手に振舞うのは当然のことなのではないか?』 遥一郎「くぅ……」 どうしてこんなにもムカツくのか。 こいつを見ていると、ただ悔しい気分になってくる。 南無 『それでは俺はそろそろ、御暇(おいとま)させてもらうほね。     さらばほねぇええええええええええっ!!!!』 遥一郎「っ───このっ!逃がすか!!」 空を浮き、逃げようとする骨に向かって拳を振るう───が、やはり避けられる。 どういう反射神経してるんだ───って、神経無いんだよな……骨だから。 遥一郎「サクラァッ!!絶対に逃がすな!勝手に子供なんて作られてたまるか!!」 サクラ「はいっ!!」 返事を返したサクラが、その場にあった椅子を手に───骨に襲い掛かった! サクラ「シャアアアアアアーーーーーッ!!!!」 南無 『ほ、ほねっ!?』 メゴシャアッ!! 南無 『コアァッ!』 振り上げ、振り下ろした椅子が、骨の脳天を砕いた!! ……ついでに言うと、椅子も壊れた。 どういう勢いで殴ったんだ、サクラよ……。 ───どしゃっ。 遥一郎「───あれ?」 で、骨なんだが……なんか一発で倒れてしまった。 前のめりに、雄々しく。 ……もしかして、避ける能力はあっても打たれ弱いのか? 遥一郎「いやいやっ、今はそんなことよりも!」 俺は骨が持っていた小瓶ふたつを奪い取ると、 トドメとばかりに骨の後頭部に下段突きを下ろした! ───バゴッシャア!! 遥一郎「………」 骨の頭部は完全に砕け、その体も全く動かなくなった。 やがて───カラカラと音を立てて、バラバラになる骨。 サクラ「……弱かったですね。偉そうにしてるから、もっと強いのかと思っていました」 遥一郎「まったくだよ。攻撃が当たってみれば、なんてことはない……。     脆すぎて、逆に驚いたよ……」 溜め息混じりに、手に取った黒塗りの小瓶をシゲシゲと見つめてみる。 これが俺とサクラの、ねぇ……。 遥一郎「ってオイ……。なんか『永森イスカンダル』とか書いてあるんだが……?」 サクラ「え───?あ!骨が居ません!」 遥一郎「なにぃっ!?ちょっと目を離しただけだぞ!?」 だがしかし、真実居なくなっている骨。 あんなバラバラな体で何処に───!? 声  『残念だったほねね。それはカルピスなり!     永森イスカンダルとは、俺が森永カルダズに対抗して作った偽メーカー!     味は保障せんがな!気が向いたら飲んでみるといい!ヘヴンが見えるほねよ!?』 遥一郎「誰が飲むか!お前が飲め!」 声  『おっと、せっかくのお奨めだが俺はそろそろ地界に戻るほね。     欲しかったのはキミ達の子供を作るためのアイテムなり。     なに、キミたちが気にすることはないなり。     何故かって、すべての負担は弦月彰利に降りかかるからなり。     あんなヤツ、どうなったところで悲しむヤツなど……     この時代には居ないに違いない』 遥一郎「なっ……そうだとしても!人に迷惑かけるようなことを許せるわけないだろ!」 ──────……。 遥一郎「くそっ!逃げやがった!」 骨の声はもう聞こえなかった。 そこからして逃げられてしまったということだろう。 サクラ「与一……」 遥一郎「……もし俺達の子供が作られるとして、     どんな負担が弦月にかかるのかは解らない。     けどさ、どちらにしたってあいつは『負担』って言った。     いま弦月がどんなことをしてるのかは解らないけど、     あいつは凍弥と同じだ……自分を犠牲にして周りを幸せにしようとする。     それを考えれば……弦月はもう負担なんか背負うべきじゃない」 サクラ「弦月……それはあの、ウィルスを発見した人ですか?」 遥一郎「……ああ。……まったく、骨が来た所為で振り出しに戻ったな。     あのさ、サクラ。俺と一緒の時くらい、口調は以前と同じでいいよ」 サクラ「……はぅ」 ちょっと困った顔をするサクラは、だけどクスリと笑うと『はいです』と言った。 遥一郎「じゃ、過ぎたことをグチグチ言っても仕方ないし───料理の続きをするか」 サクラ「らじゃーです」 気を取り直すように包丁をムンと構えるサクラ。 体は成長しても、やっぱりどこか頼りない仕草が面白い。 ……うん、焦ることはない。 のんびりと───今日という一日を過ごそう。 俺にとって、そして─── サクラにとっても最高の一日になるようにドゴシャアアアアアアアアアンッ!!!!! 遥一郎「どぉわあぁああああああああっ!!!!!?」 サクラ「ひゃうぅうっ!!?」 な、なんだぁっ!? 人が前向きに思考を大回転させてる時に───って…… 遥一郎「……レンジ?」 サクラ「あう……」 どうやら、天界式のレンジが爆発したらしい。 気になってふと調理材料を見てみると───どうにも天界の卵が見当たらない。 遥一郎「……サクラよ……」 サクラ「あはっ……あははははは……はぁ」 誤魔化すように笑うサクラ。 そんな彼女に自分の知らない一面を見たのは確かだが、それはそれ、これはこれ。 遥一郎「お前なぁ……仮にもクッキー焼いて子供たちに食べさせてるんだろ……?     最初っからこんなんじゃ、先が思いやられすぎて泣きたくなるんだが……」 サクラ「クッキーは得意です……」 遥一郎「『クッキーだけ得意』に訂正しろ。お前にはその権利がある」 サクラ「そんな権利、嬉しくないです……」 うん、確かに。 俺もそんな権利貰ったところで、すぐに権利を(なす)り付けるだろう。 遥一郎「はい、とにかく第一工程からやり直し。卵を割って───ぬおお」 いまさらだ。 卵が無くなっていたことなんて、さっき見たことじゃないか……。 やばいな、ボケたか? 遥一郎「サクラ、卵の予備は?」 サクラ「取ってこないと無いです」 遥一郎「そか。それじゃあ───待て。取りに行くって何処に取りに行けばいいんだ?」 サクラ「はぅ。それなら案内するです。覚悟を決めてほしいです」 遥一郎「覚悟?覚悟って───」 ───……。 Next Menu back