その日、桜の木が消えた。 その言葉の意味を考えると、どうしてか自分は悲しくなった。 最初から無かったかのように消えたその木は、誰の記憶にも残らない。 ただ、俺とサクラだけは……そこに桜があったことを覚えていた。 その桜がなんだったのかって訊かれれば首を傾げるしかないのだけれど、 なにか大切な想いがあったんじゃないかって思えて……なんだかとても悲しかった。 けれども時間は普通に流れてゆく。 消えてしまった何かのことなど誰も気にもとめないまま。 そんな事実が悲しいから……俺はきっと『悲しい』と感じれるんだと思った。 カタチの無い悲しみ。 その正体がなんだったのか……思い出せないのが悲しかった。 そして───いつしかそんな疑問まで忘れてしまいそうな自分が悲しかった。 ───春風の詩───
───……。 風間 「そんな───退学ってどういうことですか!?」 校長 「キミね、困るんだよ。     生徒が生徒を妊娠させたなんてこと、我が高校始まって以来の問題だ。     そんな問題児を我が校に置いておくと沽券に関わるんだよ」 風間 「沽券……って……なんですかそれ!     学校側の体裁のために退学させるっていうんですか!?」 校長 「ああそうだ」 風間 「なっ……!」 校長 「キミはバイトをして学業を疎かにしているらしいね?     我が校ではバイトは禁止してはいないが、     学業を疎かにするようなバイトを認めるわけにはいかない」 風間 「そんな……」 校長 「勉強をサボることが絶対悪とは言わん。     実際、霧波川のように授業をサボっていても成果が出せれば私は文句はない。     だがキミはどうかね?夜は土木工事のバイトをして授業では寝て。     当然そんな生活をすれば成果など出るわけがない。     今回の試験結果……知らないわけはあるまい?」 風間 「そ、それはこれから直していきますからっ!」 校長 「どの道、キミの退学は変わらん。既に決定済みだ。当然、皆槻くんもだ」 風間 「───!静香は関係ないでしょう!?どうして!!」 校長 「関係ない、と言えるのかな?キミが子供を孕ませた人だろう」 風間 「………」 校長 「言った通り、既に決定したことだ。下がりたまえ」 風間 「……───」 ───……。 ───……。 嫉妬があった。 俺はセンパイに嫉妬している。 センパイは要領が良くて、勉強も出来て運動神経もいい。 確かに授業サボってても結果が残せる人だ。 天性ってわけじゃなくて、ちゃんと苦労して今の状況を持っている人。 ……解ってる これは俺の身勝手な嫉妬だ。 その矛先をセンパイに向けるのは間違ってるとは思うけど……感情ってゆうものは難しい。 センセ「こらぁっ!!貴様ら留年くらった身だろうがぁっ!!」 凍弥 「うっせうっせ!どうせ俺たちゃ学校側から見りゃヘタレだわい!!」 浩介 「まったく!久しぶりに学校に来てみれば留年だと!?     笑わせるならもっとマシなネタを持ってこい!!」 浩之 「そうだこのハゲ!」 センセ「ハゲ!?」 目の前をセンパイ達が駆けていった。 ……って、なんて言った? 留年……? 留年って…… 凍弥       「───浩介!」 浩介       「───む!」 浩之       「ムウウ!!伝わったぞ同志アーーンドブラザー!!おい教師!!」 センセ      「先生と呼べ!」 浩之       「同志霧波川凍弥を始め、志摩浩介と志摩浩之!           我ら三名、この高校を退学する!」 凍弥&浩介&センセ『な、なんだってぇーーーーっ!!!!?』 え……えぇ!? 退学って…… 凍弥 「お、おおおおお前ぇえーーーっ!!いきなり何を言い出すんだぁっ!!」 浩之 「なにって……どうせオチットさんの魔の手から逃げられぬのだから、     授業に出れない我らは退学するべきでは、という話ではないのか?」 浩介 「なにを血迷ったかブラザー!!今のは各自散らばって攪乱(かくらん)しろという合図だ!     我らは高校を卒業したら正式にカンパニーを継ぐことになっているのだぞ!?     そ、それはつまり───」 浩之 「む?つまり?」 凍弥 「退学したらその時点でカンパニー継ぐってことだよ!!」 浩之 「なにぃ何故だ。卒業したら、であろう?」 凍弥 「お前馬鹿!凄い馬鹿!」 浩介 「我らが今までカンパニーを受け継がなかったのは学校があるからであろう!?     その学校を辞めれば相続の話が出るのは当然だろうが!!」 浩之 「───……は、はああ……!!しまったそうか!」 なんだかとっても志摩センパイらしい失敗……。 でもまあ、すぐに取り消せば───って、あ…… 浩之   「チィイ!これ以上忙しくなるのは冗談ではないぞ!おい教師!今のは」 校長   「許可しよう」 凍弥&志摩『校長ォオオオーーーーーーーーーッ!!!!!?』 校長が聞いてた……。 しかも受理されちゃったようで……あはは、なんだかほんとセンパイ達らしいや。 凍弥 「いや校長!?今のは」 校長 「もう受理された。思えばキミ達も家のことで手一杯。     最近は成績も落ちる一方だったね?試験用紙を届けさせたが、結果は散々。     ……残念だよ霧波川くん。キミは我が校でもトップの成績だったのだがな。     プラスだったものがマイナスになるのは悲しいことだ」 凍弥 「───……ちょっと待ってください。     あなたが気にしているのは学校の体裁だけですか?」 校長 「ああそうだ。私にはこの高校を維持する義務が」 凍弥 「退学する」 志摩 『なっ……』 ……センパイが校長の声を遮って、その一言を呟いた。 凍弥 「俺、正直あんたなんかより柿の方がよっぽど校長に向いてると思うよ」 校長 「なんだとっ……!?」 凍弥 「そんじゃ、俺はもうこの高校の生徒じゃないから。これで失礼するよ」 校長 「待ちなさい!私の話を」 凍弥 「俺は、もう、この高校の、生徒じゃないから、これで失礼するよ」 校長 「ぬぐっ……!」 凍弥 「浩介、浩之、お前らはどうする?」 志摩 『───決まっている。我らの心、同志とともにあり』 校長 「……いいんだな!?本当に退学で!」 凍弥 「決まったことなんだろ〜?」 志摩 『いまさらなにをぬかすのだ馬鹿めが』 校長 「ばっ───馬鹿だと!?」 ……無茶苦茶だ。 なんて無茶苦茶な人たちなんだ……。 自分で未来を捨てて…… 凍弥 「覚えてろよ校長っ!俺達は絶対に幸福を手に入れてみせるからな!     高校で学ぶことが全てじゃないってことを思い知らせてくれるわぁーーっ!!!」 ───! いや……捨ててない。 そうだ……そうだよ。 どうして気づかなかった。 高校が全てじゃない。 現に俺は……自分の幸せを背負うために苦労してるんじゃないか。 この血豆だって……その証なんだ。 俺は───何を迷ってたんだ……っ! 風間 「ッ───」 頑張ろう。 ただそれだけを思って、俺は駆け出した。 ───……鈴訊庵。 遥一郎「……そんで?勢いで退学?アホかお前は」 凍弥 「うっさいよ……」 俺は光とともに降りてきた与一に捕まり、鈴訊庵に連れてこられた。 そこで話し合ってる内に───叱られた。 遥一郎「ったく……!お前の前途が心配すぎるぞ……。     こんなアホゥに自分の未来やあいつらの未来を託すとなると……」 凍弥 「え……?なんのことだよ」 遥一郎「……はぁ」 与一が一呼吸して、俺の目をじっと見た。 遥一郎「……今日まで、サクラとともに短いけど楽しい時間を過ごしてきた。     それは……既に一度消滅した俺にはもったいないくらいの……確かな思い出だ」 凍弥 「……与一?」 遥一郎「聞け。どうせ忘れちまうんだろうけど、俺からの最後の言葉だ。     ……受け取ってやってくれ」 凍弥 「最後って……」 どういうことだと問い返したかった。 けど……与一の目があまりにも真剣で、 あまりにも優しすぎたから何も言えなくなってしまった。 遥一郎「……サクラな、本当は俺と一緒の時間を過ごしたくて……     天大神がかけていた時の法術を解いてもらおうとしたらしいんだ。     でもな、あいつは短い時間より少しでも長く俺と一緒に居ることを願ってくれた。     そして……今日。あいつは消えたよ。俺の中に」 凍弥 「ちょ、ちょっと待ってくれよ……サクラが消えたってどういうことだ?     どうしてあいつが……」 遥一郎「───……なぁ凍弥。俺はお前の言うサクラのことをなんて呼んでた?」 ふと与一がヘンな質問をしてくる。 俺が聞きたいのはそんなことじゃないのに……! 凍弥 「そんなの『ミニ』に決まって───あ……」 叫ぼうとしてみて気づいた。 与一は『サクラ』と言った。 それは与一にとっては『サクラ』であり、俺にとっては『サクラ』じゃない。 凍弥 「……あれ?」 ……なんだか不思議な感じだ。 それじゃあ与一の言う『サクラ』は誰で、どうして消えたんだ……? どうして与一は俺にそんなことを話して聞かせるんだ……? 遥一郎「……もう、俺と天上界以外の誰もが忘れてる。酷だが、ミニもだ。     血を分けたといっても本当の肉親じゃないミニは、     覚えていることが出来なかったらしい」 ちょっと待ってくれ……思考が追いつかない。 そんなにいっぺんに喋らないでくれ…… 遥一郎「俺はな、凍弥。こうなることを後悔するつもりはない。     この行動の先にあるのは絶望じゃなくて希望だって信じてるからだ。     この行動の先に───俺達が切望した『夢』があるだろうから……」 与一の手が俺の額に触れる。 それとともに与一の体が輝き───俺の意識が急速に薄れていった。 瞼が勝手に下りてゆく。 遥一郎「……だから、俺達は笑って消えることが出来る。     死ぬわけじゃない。忘れられるだけだ。     それをお前が気に病むことはないし、覚えている必要もない。     これはな、お礼なんだよ」 お……礼……? ああ、だめだ……意識が遠退く……。 眠るな……気をしっかりもて……! 遥一郎「……本当に、楽しい毎日だった。     こんな日常を引っ張ってきてくれたお前に、俺は感謝がしたかった。     数年前……ほとんど悪ガキ同然だったお前が人を守る存在になって……     そして、今はこんなにも期待に満ちた未来への可能性を抱いている。     正直この未来の先がどんなものなのかは解らないが……     それをお前がしてきたお節介の積み重ねのために消えるなんてこと、許さない」 凍弥 「与一……」 感じた実感は……修復、とでもいうのだろうか。 そう言ってしまっていいのだろうか。 まるで自分の中で決定的に足りなくなっていたものが癒されていくような感触。 遥一郎「俺達の『未来』をお前にやる。だから生きろ。     ちっこい頃から幸せを集めてきたサクラと、     確かに輝いてた春の日を駆けた俺達の『未来』だ。     きっと……お前に幸せをもたらしてくれる」 凍弥 「ちょ……待て……」 頭が痛む。 いろんな意識が流れてきて、まともに思考してられない。 遥一郎「俺達のことは気にするな。同化したら……俺達に関する記憶は消える。     それが『奇跡の魔法』ってものなんだ。     己の存在力を砕いて、他の誰かのために何かを起こせる究極のお節介。     その果ては消滅だけど……───ああ。     お前が今日までずっとそうしてきたように、そのお節介は無駄なんかじゃない。     現に───お前にはお前を思ってくれる友人がいっぱいいる。     だからこそ、お前は消えるべきじゃない。だからこそ、お前に未来を託すんだ」 待てって……言ってるのに……! 遥一郎「……ふふっ……あんなガキがなぁ……。時間が経つのは……早いよな」 ぺしんっ。 額に軽い衝撃。 それを感じ取って初めて、自分がデコピンされたんだって気づいた。 遥一郎「なぁ凍弥。俺はなにもお前を束縛するわけじゃない。     お前が必要として、お前が頷ける時が来たなら……     迷わずお前の中の奇跡の魔法を使え。俺達は誰も拒んだりしない。     ははっ……まあ、出来ればお前が消えるなんて場面が来ないことを祈るよ。     ───じゃ、そろそろお別れだ」 待て……!待てって言ってるだろうが……! 消えるってなんだよ……!いきなりすぎて訳が……! 遥一郎「……だまらっしゃい。     お前の中の奇跡の魔法を回復させるにはこうするしか方法が無いんだよ。     けどな、誤解するなよ。俺達はお前を憐れんだからこんなことをするんじゃない。     誰かのために何かを出来る馬鹿野郎なお前だから。     そして俺達もそんな馬鹿野郎だから……お前にそうしてやりたいんだ」 てめぇまさか……俺に何も言わせないで消えるつもりじゃ……! 遥一郎「うん?……ははっ、当たり前だ馬鹿者。     誰がお前の言葉なんか聞いてやるか。一生悔やめ、『クソガキ』」 こ、このやろっ……! クソガキって言うな!俺はもうあの頃のなにも出来ない俺じゃ─── 遥一郎「……わぁってるよ。お前はお前だ」 え……? 遥一郎「『自分の名前』に誇りを持てよ?     その名前は、お前の親が憧れの思いだけで付けただけのものじゃないんだから」 それってどういう…… 遥一郎「『産まれてくる我が子』に自分本位な名前を付ける親が何処に居る。     お前は祝福されて生まれてきたんだ。親を、その名を信じてやれ」 祝福されてなんて……どうして与一に解るんだよ。 俺は…… 遥一郎「……解るさ。お前は純粋に育ち、     純粋だったからこそその名の由来に傷ついたんだから。     さて……そう育ててくれたのは誰だ?」 あ…… 遥一郎「そういうことだ。まだまだ頭の回転が少ないな、馬鹿者」 う、うるさいっ! とにかくやめてくれ! 俺に奇跡の魔法を使うってことは、お前が消えるってことじゃないか! 俺、そんなの嫌だぞ!? 俺はまだ与一を超えてないんだ! 俺の目標を、目標自身が消すなんて馬鹿げた話があるかよ!! 遥一郎「目標?へー、お前そんなこと考えてたのか。     ……あのな?俺はお前が目標にするほど立派な人間なんかじゃないんだよ。     俺はな、泣いて懇願する少女をひとり残して消えた、最低の男なんだ。     お前の目標がそんな男なら止めはしないが……」 もう二度も好きな人を残して死んだ……。 最低加減なら負けちゃいないんだ、俺は……! だから消えるなよ!あとちょっとで追いつけるんだ! ここで消えられたら、俺は誰を目標にしたらいいんだよ! 遥一郎「まずは馬鹿たれ」 なっ───!? 遥一郎「お前なんぞが俺を超そうなんて片腹痛いわ大たわけ」 こ、このっ! だったら目標でいさせてくれよ! ガキだった頃からの目標なんだぞ!?それを─── 遥一郎「ホホホ、やだ」 こっ……こォオオンの野郎ォオオオ……!!! 遥一郎「なぁ凍弥。もっと前を見てみろ。     過去からのしがらみなんて壊しちまってさ、この広い世界を見てみろよ。     ……多分大した実りもなく、時間の無駄だったって気づけるから」 なんだよそれ……普通は逆だろ? 遥一郎「喩え話さ。世界は広いって言うけどさ、     その広い世界をひとりで見るのは無茶なことだ。     ふたりだって三人だって、それはそうそう変わらない。     だったら視野を狭めて、     自分の視界が捉えることのできるその全てを守る力があればいい。     ……なぁ凍弥。目標ってのはなにも『人』だけじゃない。     自分の内側から湧き出たものを貫くのも目標だ。     目標が欲しいならそうして自分の作った目標を貫いていけ。     俺は……俺達は、それを応援してやるから」 ふざけるな! どちらにしたって俺の目標がひとつ消えることには変わりないってことだろうが! ちょ───待てコラ!今すぐ奇跡の魔法を止めろ! 殴らなきゃ気が済まねぇ!人の犠牲の果てに手に入る幸せなんて─── 遥一郎「……フ───犠牲の果ての幸せを与え続けてきてたお前に言われたかないわ!」 な、なんだってぇっ!? 俺がいつそんなことを! 遥一郎「お前のお節介が周りを幸福に向かわせて、     お節介がお前の寿命縮めてた。それで十分だと思うが?」 う…… 遥一郎「理解したら受け入れろ。意識があるヤツと同化するのは難しいんだ。     ……それとも気絶させて無理矢理同化しようか?」 同化自体をやめてくれって言ってるんだよ俺は。 遥一郎「これは俺の勇者としての決定だ!誰にも文句は言わせん!!」 どういう理屈だ!! お前性格変わってるぞ!? 遥一郎「生前から考えて約50年。     それだけの時間で性格が変わらないヤツが居たら相当なことだ。     たとえ俺が変わってないって思っても、周りから見れば変わっていたりする。     人間ってのはそういうもんなんじゃないか?     変わらないものなんてないってのがお前の考えじゃなかったっけ?」 それは…… 遥一郎「もう喋るな。お前がどう足掻こうが俺はお前に未来を託す。     どうしても嫌だってゆうなら足掻け。ふはははは!足掻け足掻け!」 未来託すヤツに悪魔的なこと言ってどうするんだよ!! 遥一郎「俺はいつだって楽しい日常を望んでいる。     その果てにこの結果があったことを後悔するつもりはない。     さっきも言っただろうが」 後悔するつもりはないってことだけは……って、 なにフライパンなんか持ってきてるんだよ。 遥一郎「埒があかん。気絶しろ」 死ぬわっ!! 遥一郎「大丈夫大丈夫、こう見えて俺は精霊だ。     どれくらいの衝撃で相手が気絶するかくらい解るぞ。生死は問わないが」 マテ。 今とんでもないことを言わなかったか? 遥一郎「黙秘!」 まっ───待てって!!ちょ、マジで殴る気かっ!? 遥一郎「大丈夫だ、俺を信じろ!南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」 殺す気満々じゃねぇかぁーーーっ!!! 遥一郎「死ね!」 ゴコォッ!! ギャーーーッ!! ───……ぐお……意識が遠退く……つーか血ィ出てるじゃん……。 なに考えてんだ与一……! 遥一郎「……幸せになれよ、馬鹿者」 あの……今まさにアータに殺されそうなんだけど……? 遥一郎「その方がいいだろ、湿っぽくなくて。こういうお別れをしてみたかったんだ」 血塗れのお別れ会なんて俺は御免なんですけど……う、うおお……景色が回る……。 遥一郎「じゃあな、凍弥。     俺がお前の中に消えたらお前はもう俺のことを覚えてないだろうけど、     『幸せ』はいつもお前の傍にある。だからのんびり歩いていけ。     周りのことは周りが片付けてくれる。     またお節介で自分を削るようなら、天界のヤツらが止めてくれるだろうから。     てゆうかそうしてくれるように頼んでおいた。     ……っと、最後にみんなからの伝言だ」 待て……こら……! 遥一郎「……どうか、お前の未来が幸せでありますように───」 …………。 与一が光になる。 その輝きは幻想的で、現実のものを見ているような気がまるでしなかった。 けれどもそれは現実で、確かに今……目の前で消えてゆく男が居た。 その名前がだんだんと思い出せなくなり、その思い出がどんどんと思い出せなくなり。 やがて……目の前に居た男が消えて無くなる頃。 俺は……どうして自分がその場に居たのかさえ思い出せなくなっていた。 誰と話をしていたのかさえ。 誰がここに居たのかさえ。 ……思い出そうとすると、どうしてか悲しかったから。 やがて……いつしか思い出そうとすることを拒絶していった。 ……───それから数日後、志摩兄弟と遊びに繰り出した時に知った。      桜の木が消えたこと。      そして……なにか大切なことを忘れてしまった自分のことを。      思い出そうとすると悲しいのは相変わらずで。      だけどその悲しささえ日常へと変わってゆく頃───      いつしか俺はその悲しみにさえ慣れてしまい、      『なにか』を完全に忘れてしまった。      覚えていることは……あの場所には確かに『桜』があったということだけ。      けれどもなんとなく予感があった。      きっとその『桜』のことも忘れてしまうのだろうという予感。      俺はそれを否定できなかったし、確かな予感でもあったから。      椛が学校を卒業する頃の俺は、桜のことはおろか───      確かにあったのであろう思い出さえも忘れてた。      卒業までもたないと言われていた自分がどうして消えなかったのかも解らない。      けれどもそれを考える度に暖かくなる自分の心の中には……      きっと大事ななにかがあるんだろうって思えて。      それだけで俺は、微笑みながらその日常を歩むことが出来た。      なんの変哲もない、普通の日常を…… Next Menu back