25/ぼくらはマッスルに憧れる

 で。

「おいどうすんだよこれ……。足だけ気色悪いくらいにマッスルになったじゃねぇか……」

 陽も傾いてきた頃、足だけムキムキマッチョになったテッドがそこに居た。
 僕の足を支えていた腕も結構ムキムキだけど、足ほどじゃない。
 そしてスタミナがめっちゃ増えた。持久力がすごい。

「まあまあ。それよりも、やっぱりステータスとは関係無しに筋肉は普通に鍛えられるみたいだね。レベル+10のステータス分までしか鍛えられないかと思った」

 つまり純粋にレベルだけしか上げていない人の中には、STRが100あってもひょろい人が居る可能性があるのだ。
 ………………あ、なんだ。それアニメとかゲームだと普通だ。
 不思議だよねー。なんであんな普通の体格の勇者様が、ゴリモリマッスルの戦士よりも筋力あるんだろーとか思ってたけど、こういうことなのか。

「ちなみにテッドのSTRは……あ、5上がってる。他はAGIが5」
「うえっ!? じゃあもう鍛えられないってことか!?」

 知っている情報の交換は済ませたから、僕らの知識はどっこいどっこいと考えていい。なにより協力して強くなっていくのは、なんだか面白い。
 なにより彼の性格が、裏表が無さ過ぎて楽なのだ。

「まあまあ。次は上半身を鍛えればいいよ。ということで、STRとAGIは1にして、またマッスルトレーニングを」
「鬼だなお前!!」
「あ、うん。お前でいいよ、あんたよりも他人って感じがしないから」
「そういうことじゃなくてだなぁ!」
「大丈夫、僕もテッドの上で、装備しても重すぎて振るえない堅晶硬拳を頑張って持ち上げてるから」
「途中から別の重さが増えた気がしてたのそれの所為か!?」

 そんなわけで、マッスルトレーニングは続いた。夜になっても帰ることもせず、シアンからメールが届いても気にしないでくれと返して、続いた。

「きぃいーーーんにくっ! きぃいいーーーんにくっ!!」
「マッスルマッスルマッスルマッスルごくろーさんハイッ!!」

 モートス森林の奥深く。
 筋肉が慣れてくると、もっと重いものを求め彷徨い、ブル豚くんを見つけると二人掛かりで襲い掛かった。
 頭の中が賑やかなのは気にしちゃいけない。だって重いものを担ぐのが楽しいんですもの。なんだろうこれ。脳内麻薬とかそういうの?

「ブル豚見ィイイっけェ! いくよテッド! キャオラァアアアッ!!!」
「ブル豚てめぇちょっと体貸せコラぁあっ!!」
『ブヒッ!? ブブルゴファアアアッ!!』

 いきなり襲われたブル豚くんは当然暴れた。ボコってボコられて、それでも無理矢理気絶させたらそれを担いでマッスルマッスル。
 肉体疲労は癒しても精神的疲労を癒さなかった僕らはやがてハイになり、途中から肉体疲労も笑いのツボになってゆき、笑いながら筋肉を酷使して、癒して、超回復を促した。
 文字通り超がつくほどの回復速度で、急に成長した筋肉の所為でお肉が裂けたなんてこともあったけど……そこはそれ、皮膚も即座に回復させては繋ぎ合わせて、テッドとともに寝ずの夜を過ごした。

「野宿……! 野宿ってなんかいいね! 男の子って感じだ!」
「あーもうメシが美味ぇええええなぁあああ!! ヒト! それ俺にもくれ!」
「あばははははは! マリーモスの鱗粉って山椒っぽいなぁ! 舌が痺れる! ああばははははは!!」

 宿に戻らずにハイテンションで騒ぐ。主食は魔物肉。食べられるかは不安……ではなかった。むしろ“ダメでも癒せばいいやー!”なんて気分でアマラットンを処理、肉を焼いてもぐもぐ。……これがまた、なんとも野生臭い。でも香草と一緒に焼いたら実に美味しかった。
 美味しさとともに、肉体が栄養を求めて躍動。メコモコと成長してゆく体に笑みを浮かべつつ、夜は更け───明けて翌日。
 今朝も早よから……どころか眠りもせずにマッスルマッスル。
 物凄い早さで筋肉が仕上がってゆく中で、柔軟も忘れずに徹底的にやりつつ、理想のパーフェクトマッスルを目指す。
 鏡がないから調べようがないけれど、とりあえず一日で腹筋は綺麗に割れて見えるようになった。でも僕知ってる。腹筋って元々割れてるけど、それを鍛えることによって膨らんで、それで割れているように見えるだけだって。

「亀仙流のようにジャンプ力が上がったりは───しない! そりゃそうだ!」

 多少の跳躍力は上がったものの、あくまで常識の範囲でしか跳べやしない。けれどそれがどうしたというのだろう。鍛えれば鍛えるほど確実に完成してゆくという、結果が解る鍛錬ほど楽しいものはない。
 悲しいかな、ステータスの伸びはやっぱりレベル+10までだけれど、筋肉はメキメキと成長している。言葉通りメキメキと。それは実に嬉しいことだ。

「だはははは! やべぇ! 杖が軽ぃ! おぅいヒト! ナイフ貸してくれナイフ! 今ならものすげぇ速さで投げられる気がする!」
「あっはっはっはっは! どんどん受け取れどんどんー!」

 ナイフを所望とあらば即座に用意。テッドにナイフの欠片99個を渡して、僕は僕で敵と戦う術を研究していた。といっても頭が上手く働いてくれず、ちょっとした暴走状態ではあるが。一日徹夜程度でこんなことになるとは想わなかった。全体的な疲労に比べて、体は癒しても精神は癒さなかったための暴走なのだろう。この時の僕に疲れなどの自覚は一切無く、終始テンションが高いままだった。

「面白いなぁこの世界! 筋肉はついてるのに、STRが足りないって理由だけで武器がこんなにも重い!」
「やっぱ体鍛えるのっていいよなー! なんで俺には体術適性とかなかったんかなー! あーくそ悔まれ《ピコーン♪》へ? な、なんチューチャイ三段蹴りィイイ!《ベキベキベキ!》ギャアア!!」
「テッドォオーーーッ!!」

 その途中、テッドが不貞腐れながら大木をテシテシと蹴っていたら突如として技を閃き、足を破壊して泣いた。
 細かな過程を語ればキリがないけど、纏めるならこれ。僕らのテンションは明らかにおかしかった。なんか目がぐるぐる回るし。何故か“状態異状:混乱”の文字がナビに表示されるし。混乱? いえいえ、ちょっと頭が愉快なだけですよ?

「冒険者なのに依頼も受けずに筋肉トレーニング……いいね!」
「いや違うぜヒト……俺達は今、筋肉なんだ。筋肉が己を鍛えることを忘れちゃ、それはもう筋肉じゃねぇんだ。だから……許されるのなら俺は、筋肉でありたい……!」
「鍛えなきゃ弱々しいだけの僕たち……なるほど、筋肉だ。つまり鍛えれば強くなれる。“ステータス”の加護がなきゃ、やっぱりそこまでの強さはないけど……それでも強くなれるなら」
「やってやろうぜ、ヒト!」
「やってやろう、テッド!」

 僕らは筋肉になった。冒険者ではなく、筋肉に。筋肉だから鍛えて成長する。その間、クエストは一切受けない。ただひたすらに己を鍛える筋肉と化した。

「筋肉は退かない! 見敵必殺!」
「格好いいこと言っても毎回泥沼バトルだけどね!」
「しょうがないだろやっぱりSTR少ないんだから!」

 その過程、解ったことはいくつかある。STRをどれだけ上げようと、それで戦いの才能が急激に芽吹くわけでもなく、僕らにはバトルセンスというものが皆無だった。
 なので敵と向き合えばとりあえず殴ったり魔法を使ったりプレスしたり。そんなのばっかり。DEXMAXでテッドのバトルセンスを磨いてはどうかとか考えたものの、悲しいかな、やっぱりそんなに都合よくはいかなかった。
 積み重ねでしか得られないものはやっぱりあって、それを数日でマスターすることは無理すぎました。はい。
 けれどそんな泥仕合めいた戦いからも得られるものは当然あって、休み無しで戦い続ければその内容も密度が高いものになってくる。

『《がしぃっ!》ギョエッ!?』
「ヘイテェーーーッド!」
「いくぜヒトォッ!! チャァアーーージッ! ブラストォッ!!」

 コボルトベビーを捕まえて、テッドに空へと飛ばしてもらって、キン肉ドライバーでトドメを刺す。
 ともかくこのチャージブラスト、物体を飛ばすことに関してはとても便利で、高い跳躍が出来なくてもこれさえあればいろいろと出来るのだ。
 そして、僕らにとっての現在の最大の武器は、世界共通、重力ってものだった。高いところから落ちればダメージは当然ある。甲殻系の硬いモンスターも、ダメージはあまりないものの衝撃は通るので、しばらく行動不能に出来たりする。
 そういうものを応用しての戦いが続くと、戦い方もどんどんとおかしな方向に転がっていって、

「……こちらアルファONE。敵、ポイズンキャタピラーを発見」
「こちらアルファTWO。了解だ」

 遠くにモンスターを発見すれば、僕をチャージブラストで空へと飛ばして、僕は鬼憧装備の重量と堅晶硬拳の重量をずっしりと身に受けたままにバンカーバスター。風切り音に敵が気づいた時には、相手を全体重で潰して終了。
 なるほど、テッドの“投擲精度は高い方だ”って言葉は実に確かだ。
 そんなことを続けていたら、なんとミル・アマラットンと遭遇。空中に撃ち出され、落下とともに蟻塚を壊してみれば、出てきたのはアマラットンの王様でした。
 すぐにテッドも駆けつけてのバトルが始まったんだけど、注意だとか警戒だとかは素っ飛ばして、僕らは相変わらずハイテンションだった。

「だっはっはっはっは!《ばごぉ!》ソルベ! かかってこいや《ばごぉ!》ソルベ! だぁあくそ強ぇえええっ!《バゴォ!》ソルベ!」
「大丈夫! 1ずつでもダメージは入ってる! 癒し癒し癒しぃいいいっ!!《ばごぉ!》ソルベ!」

 そして、なんかこのミル・アマラットン。彼の攻撃を喰らうと、どうしてかソルベって言葉が出てくる。何事だろう。
 しかしモンスターの中では最低ランクあたりに居るラットンの王様なのに、強いこと強いこと。1ダメージずつ与えているとはいえ、どれほどHPがあるのかも解らないと随分と大変だ。

「テッド! 相手の攻撃は僕が受けるから、テッドは魔法で!」
「ま、魔法で!?」
「……頭突きしてきたラットンを僕が抱き締めるから、そのままチャージブラストであそこの岩に飛ばして!」
「オッケィ任せろ!」

 躊躇をしないっていいですね。相手がシアンだったら絶対にダメですと言われていたところだ。
 僕のことを大事に思ってくれるのは嬉しいけど、一分一秒を争う状況での論争ほど意味のないものはない。シアンには悪いけど。
 だからこうして素直に受け取って、あとで謝ってくれたほうがまだいい。

『ギチュウ!』
「! テェーーーッドッ!《ドゴガシィッ!!》」
『ギチュッ!?』

 ミル・アマラットンの頭突き! 腹の芯を貫く衝撃が防御を徹して響く! ……でも癒して抱擁!
 跳んできた途端にテッドには合図を送ったから、一秒あれば発動するチャージブラストによって《ドゴォオーーーン!!》……なんかもう飛ばされた。

『ギチューーーーッ!! ギギィッ! ギギチュッ!!《ギュッ……》ギチュッ!?』

 命の危険を察してか、思い切り暴れ出すミル・アマラットンを強く抱き締める。腕に張り付いているイグも発熱を開始。前足ではなくその身にDマグナムの熱を集め始めた。そして、僕はラットンに言葉を届けるのだ。

「ミルさん……君のいうように、ぼくらはやはりふたりでひとりだったのかもしれないな。奇妙な友情すら感じるよ……。そして今、ふたりの運命は完全にひとつにな《キャボシャアンッ!!》ゲベェゥウェッ!!?」

 届け途中で岩に激突しました。
 もちろんミル・アマラットンが潰れるよう、ミルアマラットンを盾のようにして抱き締めつつ備えていたので、ミルさんの方から何かが破裂したような音が鳴ったわけですが。
 前方には岩、後方にはイグのマグナムヒート。破裂音を出したミル・アマラットンは、岩に張り付いたまま動かなくなっていた───

「おげぇえっほげっほげほっ! 立て続けに腹に衝撃はきっつい……! で、でもこれで───あぁっ!? イグが愉快なオブジェに! しまった熱を出してるんだからもろくなって当然だった! イグ!? イグー!」
『ギ……チュ……!!』
「───!?」

 ───と、思っていたのだが。潰れるなんてトンでもない。
 ふらふらとへたり込んだ視界で見た、大きな岩に血をばら撒いてひっついていたミル・アマラットンは、それでも動き出してきた。
 僕はまずイグに癒しをたっぷり流したのち、ミル・アマラットンのその不屈の精神に敬意を払い───

『《がしぃっ!》ギチュッ!?』

 ───捕えた。

「ワハハハハ!! テェーーーッド! ワンモアタァイム! ゴー!!」
「よっしゃあチャージ完了いつでもこぉおい!!」
『ギッ……ギチュゥウウーーーーーーッ!!!《どごぉおーーーん!》ヂューーーッ!!?』

 ───僕と彼はまた飛んだのです。厳密に言えば、彼が塵と化すまで。
 脳内に疲れが溜まった時のハイテンションって怖いですよね。
 そんなこんなで───ギルド・トーテムポールロマンスの初のミル討伐は、アマラットンで決定。なんか聞いたこともない音楽がナビを通して聞こえたけど、きっとミル討伐おめでとうな音楽だっただろうからそのまま筋肉鍛錬を続けた。

  そうして、二日三日と時は過ぎ───

 テッドを連れ、久しぶりに宿屋に戻る頃には、一丁前のマッスルが完成していた。


───……。

……。

 ある朝のこと。
 疲れた体を風呂で清めてから、テッドが作ってくれた新品の服に着替えて自分の部屋へ。
 もはや懐かしくも感じる扉をトトンッとノックすれば、中からぱたぱたと元気に駆けてくる音。匂いで僕だと解ったのだろう、その足音は、どこか弾んでいて嬉しそうに聞こえた。
 とりあえず不可視化はしてあるけどゴツイ鎧のまま帰宅というのもアレだ、服もあることだし、装備は外す。

「お帰りなさいませっ! ご主じ───っ……!?」

 冒険者っぽい衣服を着た僕を前に、シアンはハッと息を飲んだ。その視線の先に、マッスルな僕。
 ノックをされて扉を開けてまで出迎えてくれたシアンが固まるほどである。

「うなっ……な、ななななっ……なぁあ……!? ごしゅっ……ごっ……!?」
「? なになにどしたの? ヒトかえった? ヒトー! ヒ…………」

 固まっていたシアンの横からひょいと顔を覗かせたマリアも、僕の顔を見てニパッと笑顔。でもその視線が僕の顔から体に移ると、何故か目からハイライトが無くなって、突如「やぁあーーーーっ!!」と泣き出した。えぇえっ!? 何事!?

「どどどうしたのマリア! なにか悲しいことでもあった!? 奥歯にもやしが詰まったとか!?」
「あぁ解るわぁ、あのヒレヒレした細っこい部分が挟まると、イライラするよなぁ。つか、地界にももやしってあるのな」
「空界にももやしがあることに今僕が驚きだよ! それよりどうしたのさマリア!」
「ヒト、硬くなったぁーーーっ! やわこいのがいいのに! いいのにぃいーーーっ!!」
「いい加減ミート扱い以外で僕を見てくれません!? え!? 家族って誰!? 家族って何処!?」

 “それが竜族!”と笑顔で言った彼女の眩しさが、僕の頭の中から消えていきますタスケテクラサイ。

「あ、の……ご主人様……? その姿は……」
「鍛えた《ムキーーーン》」

 言いつつ、これ見よがしにサイドチェスト。
 その横でモコムキとポージングを取るテッド。

「あ、あのあの……? 数日程度でそこまで……? 知識とは、まるで違っていて……あの……」
「既存の知識だけが、全てじゃないのさきっと。サイド・トライセップス!《ムキーーーン》」

 答えつつ、サイド・トライセップス。
 その横でモコムキとポージングを取るテッド。

「そちらの方は……」
「新しいギルドメンバーのテッド。一緒に筋肉を鍛えた仲さ!《ムキーーーン》」

 返しつつ、アブドミナル・アンド・サイ。
 その横でモコムキとポージングを取るテッド。

「………」
「シアン?」

 疑問を浮かべつつ、フロント・ダブル・バイセップス
 その横でモコムキとポージングを取るテッド。

「その……その方は、どちらにお泊まりに……」
「ここ……はまずいから、隣に。いいよね、テッド」

 質問を投げつつ、バック・ダブル・バイセップス。すごい漢だ。
 その横でモコムキとポージングを取るテッド。その過程でしっかりと頷いた。

「って言っても、実は生け花スキルを取得した時点で金が相当無い。たぶんここの一泊でスッカラカンだ。服の代金もあるけど、あれはちょっと別の方向で使う予定があるから。だから出来たら明日、クエスト手伝ってくれるとありがたい」
「あ、だったらシアンとマリアの服を作ってくれないか? それ買うから」
「っと、その手があったか。それなら喜んでだな。…………と、とととところで寸法はどうする? おれおれおれれれれ俺が測ろうか?」
「言いながら真っ赤っかじゃないか」
「いやっ……実は俺、見ての通りあんなだったから、クスクス周りで笑われることはあっても話すことなんて……! 正直女の子ちょっと苦手でさ……! だ、だってずっとお姫様呼ばわりだったり笑われたりしてたし! しゃーないだろ!」
「大きな胸の中で死ぬのが夢なんじゃなかったの?」
「え? おう。夢だぜ? けど夢って叶わないじゃねぇか。夢はでっかく! どうせ叶わねぇならでっかく! ……だから、ヒト飛ばしたあとにブル豚にベアハッグされそうになった時は違う意味で夢が叶いそうで泣きたくなった。あの無駄に多い脂肪の塊の中、天からお迎えが来そうになった時ほど、生きたいって願ったことはなかったね」

 ……僕も含めて、このギルドってまともな性格の人居ないんじゃないかなって、改めて思った。

「まああれだよ。脳内でエロス考えるくらい自由だろ。オトコノコだもの。というわけで寸法はヒトに任せる」
「こう言うのもなんだけど、いいのか?」
「あーその。あれだよ。言ったろ? 夢はでっかく。俺、結婚する相手以外の女にはあまり触れたくないんだよ」
「べつにシアンとマリア、僕の婚約者ってわけでもないんだけどね。……その可能性、無いらしいし」

 ちらりと見れば、僕の筋肉を見てわなわなと震え、そっと触れてくるシアンさん。まだまだ一般人が超頑張って鍛えましたよレベルだけど、どうせならボディビルダーくらいになってみたいと思ってしまう。
 あ、でもどれだけ鍛えても、冒険者として活用出来なきゃ意味がないよね。
 難しいな、そういうの。

「? 誰かがそう言ったのか? それともえーと、シアンちゃんが?」
「とっても偉い、未来が見える存在……かな」
「……ふーん。まあ、それでいいならいいけどよ。…………いいやよくねぇよな。やっぱ素直にそう思い込んでるのが気に食わねぇな、よし」

 僕の返事を聞いて、テッドはしきりにうんうんと頷いてから僕を見る。
 顎に手を当てての、なんか推理をしている探偵みたいな格好も解いて───ポージングしながら語りかけてきた。顔は真面目なのに、何事だろうか。

「……なぁヒト。三日休まず、ともに筋肉に憧れたよしみで言うけどな。偉い人が“それは不可能だ”なんて言ったからって、それを信じるだけでいいのか?」
「? それって?」
「言っちゃなんだがよ。この世界、いろんなルールがあるだろ? けどまあ、だぁれもそれが真実だーなんて正直思ってねぇと思う。むしろ“決まったルールから抜け道探して上を目指してみろー”って世界だろ。それは解るよな?」
「まあ、いろいろあったし、解ってるつもり」
「じゃあなんだってそう言われたからって馬鹿正直にそれを信じてるんだよ。シアンちゃんがお前に惚れない理由なんてないだろ。あ、俺テッド。えーときみがシアンちゃんだよな? で、ヒトのこと、どう思ってる?」
「《びくり》……《ソッ》」

 テッドに話しかけられたシアンが肩を震わせて、僕の後ろに隠れた。
 ……完全に怯えてらっしゃる。
 そんなシアンの反応を目の前で見たテッドは、「……な?《カタカタカタ……!》」と、かなりのショックでカタカタと震えながらサムズアップしていた。

「やっぱ俺、女って苦手だ……。みんなクスクス笑うし、話しかけようとしたら逃げるし……! あ、で、だけどよ。そうして頼られてんなら、いつか芽生えるものもあるだろ。むしろ芽生えてるかもしれねぇじゃねぇか。最初っから否定してやるなよ、もし本当に好きで、アプローチがあったとしたら、お前……それを“偉い人が言ってたんだから好きになるわけがない”って突き放すんか? やめろよほんと。俺、姉が居るんだけど、似たような理由で泣いてるとこ、見たことあんだから」

 ……意外だ。なんというか、そういうことを誰かが言ってくれるなんて。
 世の隣人友人などは、“そいつ自身が気づかなきゃ意味が無い”とか、悟ったものの言い方をするものだとばかり思ってた。それを素直に言ってみると、

「なんだそりゃ……気づかなきゃ意味ないって、そんなのそいつが勝手にそう思ってるだけだろ。むしろ何様だよそいつ。勝手に人の在り方決めて、んで、気づかないままだと勝手に怒ったりするのか? ……おいおいそれって本当に友達なんか? 教えもしない、勝手に距離とって気づくの待って、気づかなきゃ一方的に怒って殴る? そんなの自分勝手な理由にかこつけて急に殴ってくるただの最低野郎じゃねーか」

 ひどい言われ様だった。まあ、解るけど。

「……ん。解った。確かに考えを固めすぎだったかもしれない」

 そうだ。思えばこの世界は抜け道探してそれを正当化させて楽しむような世界だ。
 既存に従うんじゃなく、その言葉の裏を探して理解する。そんな狡猾さが……ああいや、違うか。そんなとんちに打ち勝つ“楽しい”が必要な世界なんだ。

「───あ」

 …………あ、じゃあ……あれって。

「……なんだ、そっか。……そっか」

 そういう可能性もあるんだ。
 もしそうだとして、それを実行する時が来るのなら……きっと、泣くだろうなぁ僕。
 でも殴ろうね。一発は絶対殴ろう。その時は……デビル天秤さんに向ける筈だったこの鍛えた体の一撃を、未練も残さず確実に、あいつにぶつけよう。

「でもさ。その流れからいくと、僕はきみの言葉も信用しちゃならないってことになるけど」
「おうっ、話半分で十分だ! 自分で決めちまえそんなもんっ!」
「言ってることが滅茶苦茶だ、ほんと《きゅっ》うわっと?」

 苦笑を漏らしながら言うと、僕の背に隠れたシアンが僕の服を掴む。
 え? なに? もしかして僕の背筋に興味が? そ、そう! そうなんだよシアン! HIMOで役立たずだった僕でも、集中して鍛えればきちんと筋肉がついたんだ! 今なら鬼憧さん装着してても結構動けるんだよ!?
 そんな僕の心の中の歓喜なぞ知らず、シアンの視線は相変わらずテッドにあって、震えていた。…………うん、解ってた。筋肉自慢なんかしても、普通の女性には引かれるよね……。

「えっと。まずは勝手にメンバーを増やしてごめん。むしろシアンも裁縫を頑張ってくれてたのに、服目当てで誘ったようなものだし……」
「本人を前にそういうこと言うか……。や、長所を褒められんのは嬉しいけどよ」
「ぃぇっ……あのっ……ご主人様、それなのですが……」
「それ? どれ?」

 僕の謝罪を聞くなり、握られた背中部分の服が余計に突っ張った。
 もしかしてスキルギルドでなにかあった? ……まさか僕が居ないことをいいことに、ゲスな教師役がシアンにひどいことを───したらマリアに潰されてますね、はい。勝手に拳武器を拝借して重りに使ってたから、心配ではあったんだ。

「わ、わたしの……! 私の裁縫スキルは、満足に服を作れるところまで伸びることはないと……!」
「───」

 聞くに、どうやらスキルギルドで限界確定を言い渡されたらしい。
 いい調子で上がっていたのに、次のレベルでいよいよ服の製作を───というところでカンスト。マリアは裁縫スキルの才はなかったらしく、そもそもダメ。
 えっと、なに? じゃあつまり、服を作って買ってくれって僕がテッドに言った時点で怯えた感じだったのって、それが原因?
 テッドも自分を指差して首を傾げたあとに「やっちまったァアア……!」って唸り始めたし。

「女性の活躍の場を奪うとか、なにやってんだ俺……! ご、ごめんなシアンちゃん! 俺そんなつもりじゃなかったんだ! だから影でぶちぶち言ったり内緒話をするのは勘弁してくれ! 男のくせに女より女子力適性があるとかキモイとか言わないでくれ! もうたくさんだあんなの!」

 ああ……。言われたこと、あるんだ……。これはさすがに同情する。

「つーわけで! ───役割を決めよう!」
「あ、賛成。じゃあ第一回役割分担会議を始めよう」
「あ、ヒトは防御と回復な」
「……解ってたけどさ」

 役割分担会議開始から僅か二・三秒で役割が決まった。

「シアンは先手役、マリアは……」
「ほぐすー!」
「なにを!?」
「指圧習った! 指圧は硬いところ、ほぐす! やわこくする! ヒト、柔らかい! はっぴぃ!」
「だからいい加減食事事情から離れましょう!?」
「? ヒトって結構柔らかいぞ? 柔軟も一緒に極めんとした俺が保証するぜ!」
「……なんにもわかってない、これ」
「これ!?」

 テッドの胸を張ったドヤ顔解説に、マリアが心底呆れた表情で言った。しかも“これ”呼ばわり。
 言われたテッドは頭を抱えてカタカタ震え出す始末。
 ……女性との間になにかあったんだろうなぁ。いや、さっきの言葉を聞くだけでも結構十分だとは思いもするけどね。

「どうせいずれバレるだろうから先に言っておくね、テッド」
「え? なんだ? お前の悲しい女性関係でも教えてくれるのか? ちなみに俺は女性に告白してそれを周囲に言い触らされた経験を持つほど経験豊富だぞ……」
「大丈夫、僕は親に愛されてないことを周囲に言い触らされてイジメにも遭ったから。相手の膝を粉砕していろいろやってスッキリしたけど」
「重てぇよ!! もっと気軽に“仕方ないなぁテッドは、あははははー”程度の返事が来ると思ったよ!」
「ていうかさ、きみ。顔立ちいいのにどうしてフラれたのさ」
「女子より家庭的なところと男のくせに女子より筋力側の才能がないこととそのくせ威勢がいいだけでてんで雑魚でもやしなところが原因だとよ……」

 一息で物凄い悲しみを暴露された。
 でもそれってそのー……。

「それってさ、料理が出来ない女性には好かれるんじゃない?」
「馬鹿言え、この世界でそんな女性っていったら頭の中までパワーでいっぱい、料理なんて食えりゃあいいって女ばっかじゃねぇか。彼女らが求めてるのは料理じゃねぇ、戦力だ」
「あっちゃー……」

 なんだろ、物凄く解ってしまった。それはそうだ、戦力以外に望まない。

「とにかくだ。顔がいいからってモテるとか幻想だ。そんなもんより俺はマッスルになりたい。魔法が強けりゃヒョロくていーじゃねぇかとか思ったこともあったけど、ありゃ間違いだ。狩りのために移動するだけでぜぇぜぇ息荒くして、な〜にが冒険者だ。だから俺は筋肉と持久力に憧れた! VITMAXにしてもらった時の感動を俺は忘れねぇ! というわけだヒト! こう見えても俺は受けた恩を一生忘れねぇ! 改めて、ギルドメンバーにも、PTメンバーにも入れてくれ!」
「二人から了承を得られたらね」
「うぐっ……え、ええと。俺、“テッド・ボリバス”イイマス。サ、裁縫と生け花と少々の風魔法が使える以外、あまりに才能が少ない“お姫様”ってあだ名のマッスルです……。ど、どうか仲間にしてくだしゃい」

 あ、噛んだ。
 ほんとに女性が苦手なんだなぁ。
 さて、二人の反応は───

「ご主人様に服を作ってください」
「へ? あ、おうっ、それは言われなくてもだぜっ」
「いや、それよりシアンとマリアの服を優先して頼む」
「だ、だめですご主人様、主人より奴隷を優先するなんて」
「その問答はもういいから。ね?」
「うぅうう……!!」

 あの。なんでそんなに嫌がるの? 顔赤くして、口を波線みたいにして上目遣いの目でじとりと見上げてこられても、僕にどうしろと。

「あー……なぁ、ヒト? お前さんいろいろ言ってたけどよ、ど〜見ても主従っつーよりは甘えん坊同士のカップルにしか見栄ねぇんだが。えと、なんだ? 爆ぜるか? 砕け散るか? それとも塵と化すのか?」
「なんだっけそれ。リアルが充実している人に言う、えーと。リア充爆発しろ? 見る度に思ってたけど、どうして祝福できないのかな」
「当事者がそれ言うか。まぁよぉ、別に幸せ噛み締めてるヤツにおめでとさんって言うのは俺もいいんだけどよ。俺としてはそれに素直に返さず誤魔化すヤツが許せん。もったいぶったもんより素直な感情だろ! おめでとうにはありがとう、それでいーじゃねぇか。というわけで話を戻すけど、服は作る。シアンちゃんのもヒトのもだ。で、そっちのえーと……」

 マリアを見て、コマンドパレットを動かしてギルドメンバーの名前を確認するテッド。「えと、まりあ〜……えむ、すおう、ちゃん?」と確認するように言うテッドに、マリアはこくりと頷いてみせた。……何故かシアンと同様に僕の背中に隠れて。

「改めて、テッド・ボリバスだ。調理に裁縫、生け花、女子力を要求するものなんでもござれ! 筋肉に憧れつつもお姫様よばわりのナイスガイだぜ!《どーーーん!》」
「……ん。マリア・M・スオウ……だよです」
「マリア、だよですはやめなさい」
「ボリの所為でヒトにおこられたー!」
「ボリ!? いやいや俺あんまそっちの名前好きじゃなくて……! テッド! な!? テッドって呼んでくれ!」
「あ……そういえばなんで嫌いなんだ? 変わった苗字……ファミリーネームだと思うけど」

 訊いてみれば、ちょっと気まずげな表情。
 もしかして家出をしてきたどこぞのお坊ちゃまだったりするのだろうか。

「あーいや、実はこれ、ミルドネームなんだよ。オヤジがボリバスなんで、ファミリーネームは無いんだ。孤児だったし、オヤジも自分の親は知らないって人だった。だからせめて、自分の“名前”を継がせようってことらしい」

 いきなり重い。「あ、ちなみに姉はロゼ・ボリバスだ」と笑顔で言われても、重い。が、どうせならと、僕も自己紹介をすることに。

「そうだったのか……あ、僕は両親は居たけど、世間体のために産んだだけで、基本は無視されて育った。気が向けばサンドバッグ状態だったけどね。なんでも娘が欲しかったとかで、息子だったって気づいた時には随分と落胆したそうな。お陰でいろんなことを知らずに育ってさぁ、いやぁ馬鹿にされながら育ったもんだよ」

 はい、と促してみると、次はシアンがこくりと頷く。

「あの。私はモンスターと人間との忌み子で……名前も付けられずに育てられて、親に売られました」

 はい、と。次はシアンがマリアに促す。

「ん? んんー……親のこと、よく知らない。まりあ、たぶん家族なんて居ないよ? だからヒトが家族! はっぴぃ!」

 両手を挙げて“きゃーう”と燥ぐマリアは嬉しそうだ。そんな彼女の笑顔を前に、テッドは額に手を当てて“たはぁあ……”と溜め息。

「……なんでこんな重い人生のやつばっか集まってんだよこのギルド」
「ちなみにリシュナさんもチャイルドエデン育ちの捨て子だって」
「だから重てぇって! 〜〜……エデン育ちが一番マシってどうなってんだよほんと……」

 ええほんと。エデンの噂はちょくちょくと耳にするし、マクスウェル図書館で調べた限り、子供にも仕事があるものの、平和であることに変わりなし。喧嘩はいけませんな空気の中、ひどく平和な日常を送れるのだとか。ああ羨ましい。でも捨てられたことには変わりはないわけで。

「僕はてっきり、きみはどこぞの貴族の息子とかだと思ってたんだけど」
「はっは、冗談だろ? 俺ゃそういうの大嫌いだぞ? 金持ち=偉いってんなら、その地盤を固めてる働き蟻である平民さんのほうがよっぽど偉いわ。まぁ、その貴族がきちんと働き蟻を纏めているかどうかだよな。出来てないならただの無能だ」
「あ、ところでシアン、いい加減中に入っていいかい?」
「!? す、すいませんご主人様!」

 立ちっぱなしで話すのもなんだからと訊いてみれば、ぴうと退いて部屋へと歩を促すシアンさん。
 マリアはといえば、さっきから僕の腰に足を回して張り付いて、しきりに肩やら背中やらに指圧をしてきている。……いや、柔らかくなりませんからね? 実際はどうだか知らないけど。知らないから、二度三度指圧するたびに甘噛みしてくるの、やめてください。




ネタ曝しです *筋肉! 筋肉!  リトルバスターズより、筋肉祭り。  ぐるぐる回りながら、筋肉とわふーが筋肉筋肉叫び続ける。 *マッスルマッスルマッスルマッスルごくろーさんハイ!  ガーディアンヒーローズより、ゴーダッツの勝利台詞。 *キャオラァアアッ!!  グラップラァ〜〜……刃牙ッ!! *ブブルゴファアア!!  ブルスコファー!  ファービー。 *男の子って感じ  ソースの味って男の子だよな *亀仙流  ドラゴンボールより。マゴゴソラさんの基本はここにあり。  クリリンはずっと現役でいてほしかった。老界王神に潜在能力引きだしてもらって、アルティメットクリリンとかないかしら。いや、それだともはや努力の甲斐もないか。 *バンカーバスター  KOFシリーズより、マキシマの技。  拳を地面につけて、ヴェイパーキャノンで空を飛び、機械の体特有の重量で押し潰す技。 *奇妙な友情すら感じる  ジョジョ第一部のラストより、ディオの頭部を抱いたジョナサンの言葉。 *ワンモアタァイム! ゴー!  ビーズブートキャンプより。 *連続ポージング  ジャングル王者ターちゃんのアニメOPを思い出す。  あ、あとジャングルの王者ゲッダンちゃんが削除されてて落ち込みました。 *サイド・トライセップス!  なばら俺が出よう───サイド・トライセップス!  ぷちますより、Pのポージング。  でもこのポージングってトミタケプリンセスを連想させる。 *トミタケプリンセス  ……悪いことは言わない。気にしないほうがいい。 Next Menu Back