00/はじまりはじまり

 ───日本のどこかにある孤島、八幡(やわた)島。
 人口はそれほどない島で生きる人々は、そのほぼが外の世界を知らない。聞いた話、見た話のみを信じる者ばかりではあるが、だからといって島の外のものをまるで知らないわけでもない。

「フゥウウーーーーアァーーームアァーーーーイ!!」

 島には様々な言い伝えがある。
 信じる者信じない者に関わらず、伝説は古より。
 その奇跡に触れた者は力を得るとされ、それらを島の外に伝えることを否とした。
 故に島民は外を知らない。

「ほれほれダーリン! キミも叫ばんね!」

 神が居たとされる島。
 八幡と聞けば八幡宮を思い出す者が多々だろうが、この島に居たとされる神とその神とは別のものとされている。

「やかましい! いいからさっさと終わらせろ!」
「そうですよ、部長さん。部長さんの所為で作業が滞ってるんですから」
「キャアつまりアタイったらウォール! ステキウォール! 完成させたくばこのアタイを越えてゆけ!」

 学校も小中高大と一つずつしかなく、出席日数さえ足りていればどれだけ成績が悪くても卒業が可能。留年したければ出来るという場所で、学び直すことは恥ではないとされ、むしろ留年は己を高めるためのものであると褒められるべきこと。

「御託はよろしいですわ。いいから完成させなさいと言っています」
「おっ……お願い、します……!」
「麦茶を淹れますから、どうぞお急ぎください」
「オウヨ! あんがとかなっち!」

 ここ、八幡高校変則新聞部では、この島のかつてに迫ったことを書いている。
 部長である弦月彰利を始め、副部長の晦悠介、部員に島の三大勢力の頂点……の娘である三人、巳浜=アリス=十和、マリヤスカーレット=フレルミラージュ、白瀬香夏子を迎える異様な部活。
 その5名からなる新聞部は現在……

「おっしゃ完成じゃーーーい! 巳浜っち、これ刷ってきて!」
「ええ! って自分で行ってきさない! 誰の所為でこれだけ遅れてると思っていますのっ!?」
「そうだこのクズが!」
「ダーリンがクズ呼ばわり!?」

 部の存亡を懸けて、新聞作りに励んでいた。

 ───部員数は十分。足りないのは新聞の必要性。
 伝説を探るといっても古文書でも解けば解りそうなものばかり。
 しかし古文書をわざわざ解く者など居ない。
 ならばと立ち上げた新聞部自体がろくな話を書かないとされ、潰れかけていた。
 これは、そんな辺境の新聞部の日々を適当に書いた、別にハンカチは要らない物語である。




  ───カニボレ




01/八幡の神の世界

 ことの始まりは原初。
 産まれた時間から病院まで全てが同じだった他人と友達になった時から。
 俺、晦悠介とあいつ、弦月彰利はいわゆる腐れ縁として、今日までを生きてきた。

「先日、ようやくサシでカニボレを倒せました。テイルズウィーバーって奥が深いね」

 キリリと冷える冬の季節───八幡高校、変則新聞部部室。
 部長席でニコリと微笑む弦月彰利がそんなことをのたまう。
 ろくな新聞を作らないことから、自然と変則新聞部なんて名前がつけられたここ。
 元の部の名前は“ロマンストルネード新聞部”。もう訳が解らん。
 そのくせ部費だけはたんまりもらってるんだから、この学校はいろいろとおかしい。

「どうぞ、あったか麦茶ですよ、部長さん」
「ややっ、こりゃあありがたい」

 現在の部室には、部員が全員揃っている。
 今日は緊急会議ってことでみんな呼び出されたんだが、集ってみればカニボレだ。
 一発殴ってくれようか、このたわけめが。

「で? 緊急会議ってなんなんだよ」
「オウヨ、ちと待って《ゴパァン!》ホシモス!!」

 お茶を用意してくれた白瀬香夏子(しらせかなこ)の尻を触った彰利が、お盆で思い切り殴られていた。
 ……元気なことだ。

「おぢぢぢぢ……えっとね、じっさまから言われたことがございましてね?」
「黄仁のじいさんからか?」

 羽棠黄仁(うどうおうじん)。俺の祖父だ。一応この学園の理事長を務めている。
 苗字の違いはあまり気にしないでいい。そういう家庭だ。

「うす。ろくな新聞作らんから、今月中にいい新聞を作れなければ廃部じゃいと」
『………』

 一同が凍りついた。
 え? と訊き返す者、頭をコンコンとつついたのちに、もう一度彰利を見る者、反応は様々だ。

「はいっ……? 廃部って、部長さん!?」
「オウヨ! 廃部である! だからちっと気合い入れっべーって話をね?」

 白瀬の言葉に、テコーンと歯を輝かせて返す彰利。
 ほんといい根性してやがる。その根性自体がもうちょっとまともだったらと何度考えたか。
 当然そんな彰利に対し、挙手してまで言葉を放つ真面目っこが一人。巳浜だ。

「冗談ではありませんわ! 私が居る部活が廃部!? なんとしても阻止するのです!」
「言われるまでもねーやいバッキャローメン!! だからネタくれコノヤロー!!」
「………」
「ありゃ? マリヤっち? おーいマリヤっちー?」

 廃部と聞かされてから、ビシィと固まったマリヤが瞬きもせずに停止したまま。
 彰利の言葉も右から左へ、終いにはゴトリと机に突っ伏した。

「ゲェーーーッ!!」
「部長さん……? マリヤちゃんになにしたんですか《ギロリ》」
「ち、違う! 俺じゃない!!」
「では犯人は部長さんですね?」
「あれぇ!? アタイ俺じゃないって言ったよね!?」
「事件ものでそれを言う人は犯人なんです!」
「ギャアひでぇ! あ、ところでかなっちや? 肩にゴミがついとーぜ?」
「え? どこで───」
「毒霧!!」
「《ぶしぃ!!》ふきゃう!? あうあぁあーーーーっ!!」
「悪は去った……」

 親友にして腐れ縁、弦月彰利は今日もやかましい。
 しかし部員に毒霧吐いてはぐらかす部長がどこに居るんだどこに。

「あ、悠介、マリヤちゃんの介抱よろしゅう。で、問題はどげなネタで新聞部を救うかなんだけど」
「ラーメン大全集なんてどうでしょう」
「カナっち? この島でラーメン屋なんて三軒しかねーよ? つーかもうそのネタ使ったじゃない。つーか復活早いねキミ」
「伊達に鍛えられてませんよ《むんっ》」
「キャア! 張られた胸が豊か! 触っていいですか!?」
「いいわけあるかたわけ。それよりネタ出ししろ、ちゃんと」
「グ、グゥムッ……」
「では島民グルメマップなどはいかがかしら」
「メシ関係はあらかた使ったっしょが。よってここは女生徒パンツィラ列伝でも」
「却下だばかたれ」

 歴史を伝える気が微塵にもありゃしない。
 こいつは本当に部を存続させるつもりがあるんだろうか。

「ふむぅ、なにかかつてない斬新なネタが必要だ。ゴッドが舞い降りるとかそんなの」
「現実を見てください」
「あらかなっちさん、さっきまで涙目だったのにもう治ったん?」
「部員に毒霧をかける部長さん? とりあえずおやつからレタスを抜いておきますから」
「なんですって!? お、横暴だ!」
「自業自得ですっ!」
「グ、グウムッ」

 毎食とおやつにレタスを欠かさない変人が口を噤む。
 自分も料理できるくせに、誰かからの手料理を愛してやまない馬鹿者だ。料理の腕を上げるって理由もかねて、我が部では当番制で昼飯作りやおやつ作りをしている。だから誰かが作る日は絶対に自分で作りやしない。
 まあそんなことはともかくだ。

「それで? 神云々は置いておくいしても、斬新ってのはどこからどこまでを指すんだ?」
「そりゃおめぇアレだぁ。ファンタジックなこととか」
「………そんなもんを無理に追い求めるから、いつもいつもダメ出しされるんだろうが」
「そったらことねぇだYO!! ねぇかなっち!」
「そうですねぇ……洞窟の探検なんてどうでしょう」
「あれぇ!? 無視!? 僕部長なのに無視すんの!? でもナイスアイディア! よっしゃあみんな! 洞窟いくべー! 今から!」
『今から!?』

 立ち上がりながらとんでもないことをぬかす部長に、部員全員がツッコんだ。
 ああいや、マリヤはまだ気絶中か。白瀬もべつに騒いだりはしなかったし。

「時間は待っちゃくれねーんじゃぜ!? いつかって今さ! そしてゴッドでもなんでも見つけるのさ! ネタを逃さぬためにもキャメラは常備! そして舞い降りた神がおなごだったら、かつてより気になっていたゴッドもパンツ履いているのかを調べるノデス」
「部長さん」
「なんだい部員よ」
「死んでください」
「えっ……笑顔でなんてことを! 死なんよ!? なしていきなり死ななきゃならんとよ! でも解ってる。アタイ解ってる。ほんとに死んだらかなっちやマリヤさんがむせび泣くの、解ってる。だから死なんよ僕。たったふたりきりの家族だもの、強く生きていこうぜ!」
「勝手にご両親を殺した上に、人を家族にしないでください」
「あ、あれ? だめですか?」

 弦月の両親はともに壮健だ。
 このメンバーの中で暗い家庭事情を持つやつなんて居やしない。
 って、だからそういうのはいいんだってばよ……!

「ああもう解ったから。洞窟行くならさっさと行くぞ」
「本当に行きますの!?」
「はぁ……部長が言い出したんだ、逆らっても時間の無駄だぞ巳浜」
「クォックォックォッ、そういうことだ、人の子よ」
「あなたも人の子でしょう!」

 怒鳴られようが、スズ……と優雅に麦茶を飲む彰利。
 俺もお茶を飲んで一息。
 無茶をしない限りは言葉でツッコむ程度だが、こいつの場合は無茶が常って感じだ。
 曰く、新聞部の変態部長、歩く変態、喋る変態、パンチラ大明神、あだ名なんて腐るほどある。よく磨かれた廊下を走ってから滑り、イナバウアーをしながら女子のスカートの中を激写して“変態ナバウアー”と呼ばれたのも嫌な思い出だ。もちろんその場で捕まって女子連中にタコ殴りにされたのち、二階の窓から捨てられていたが。

「なぁ。今さらだがお前って何で出来てるんだ?」
「人としての成分は“愛と勇気と希望”で出来ている。そして思いは“情事にボインにパンチラ”で。これだけあれば私は幸せなのだよ」
「よし、お前が変態だということはよーく解った」
「日に何度確認してるんですか、悠介さん」
「まったくだよな……」

 心労を労うように、傍に来て一緒に溜め息を吐いてくれる白瀬の頭を撫でると、白瀬は目を細めて気持ち良さそうにした。

「ゲヘヘヘヘ、ぶ、部長であるアタイも撫でてあげよう、ハァハァ……!!」
「きゃーんっ♪ どこを撫でる気ですか、変態さんっ♪」

 白瀬が彰利の変態的態度にノって、“>ヮ<”な顔で笑う。
 そこへ巳浜が冷静に、彰利を見て一言。「どこの変態オヤジですの」と。
 ……白瀬って結構ノリがいいよな。

「アレェ!? なにこの温度差! 変態変態言うから変態チックにしてみたらこれだよ! でもノリのいいかなっちって結構好きよ? つーわけでレッツタッチユー!」
「頭撫でるのにどうして両手をワキワキする必要があるんだこのたわけ!」
「雰囲気作りって大事じゃん?」
「変態の雰囲気出してどーすんだよ!!」
「え? あ、ギャア!!」

 どうやら言われるまで方向性ってのを考えていなかったらしく、本気で驚くアホが居た。
 しかしニコリと笑うと、部室の壁にかけられた簡易掲示板にチョークでカカッと文字を書く。

「今日のお題! 部員への愛について!」
「ネタはどうなりましたの!?」
「いやネタじゃねぇゼ!? 今のアタイ真面目だから! 失礼だとは思わないのかねキミ! 人が真面目にお題を出したというのに!」
「……殴って構いませんかしら」
「あいつ相手に遠慮はいらないって、この一年で学んだだろ」
「はぁ……それもそうですわね」
「お? なんだ? やンのかコラ《ベパァン!!》ニーチェ!!」

 スナップの利いたよいビンタだ。
 乾いた音とともに彰利の口から血が噴き出て、何故か一緒にナルトが飛んでいった。

「なぁ彰利よ。お前ってどうして殴られるたびに口からナルトを飛ばすんだ」
「そりゃあ俺が強ェエエからよ」

 理由になってねぇ……ああもういい、今度こそいい。
 いい加減、話を進めよう。

「話進めるぞ。……白瀬、頼む」
「はい」

 視線とともに声をかけると、白瀬は黒板消しで彰利のお題を綺麗に消して、洞窟探検に関することを書き連ねてくれる。
 纏めれば簡単だ。

1、洞窟に行く。

2、なんでもいいからネタを探す。

3、探し出したものからこれだというネタを記事にする。

 これだけだ。

「そんなわけで、まず洞窟に行こう。洞窟っつーか遺跡か?」
「行くと言いましても、もう夕刻ですわよ? 今から行ったところであっという間に暗くなりますわ」
「ああ。だから今回は俺と彰利だけで行く」
「そうだ! 臆病者は帰れ!《ガドッ!》ベンケェエーーーッ!!?《ズパァン!》うわらばっ!!」

 胸を張って指を指してまで言った彰利が、白瀬に弁慶の泣き所を蹴られ、巳浜にチョッピングライトビンタをされ、床に沈んだ。
 部長の扱いはいつもこんなだ。じゃないと調子に乗りすぎて廃部になる。

「ち、ちくしょう部長を部長とも思わんその所業……許せんっ!!」
「許してくれたら次回の私の担当のお昼を減らしますよ。許さないなら抜きですから」
「また温度差がひでぇ! く、くそう言葉の暴力に対しておかずの暴力に走るなんて!」
「おかずの暴力じゃあありませんよ? ご飯もあげませんから」
「かなっちひどい! 食事の暴力に走るなんて! キョホホホホだが甘い! アタイにゃあダーリンというリーサルウェポンが居るのさ! ねっ、ダーリン! 晩飯食いに行ってEよね!?」
「おかずが緑黄色野菜ふりかけだけでいいならな」
「え? ふりかけだけ? ま、まあええよ! アタイふりかけ好きだし!」
「じゃあ米一粒とふりかけひと欠片な」
「そんなの僕の知ってる晩ご飯じゃない!!」
「あーうるさいうるさい」

 話を切り上げて行動を開始する。
 気絶中のマリヤは───

「あーっと……澤田さーん」
『《ズシャアッ!》ここに』

 呼びかけてみれば、部室のあちらこちらから現れる澤田さん。
 澤田、という苗字を持つ者のみを集めた澤田ファミリーはフレルミラージュ家……というよりはマリヤスカーレットの執事やメイド。
 世界に散らばる澤田さんの中でも孤独な澤田さんを掻き集めた集団。
 澤田さんしかいないし、苗字しか名乗らないから澤田さんとしか呼びようがない。

「お嬢様は我ら澤田が命に代えましてもお届けしますので」
「助かる」
「坊っちゃんはどうなされますか?」

 坊っちゃん、と呼ばれたそいつはきょとんとしたあとに頭を掻いた。

「いやあの、坊っちゃん言うのやめない?」
「いえ。お嬢様の命の恩人であり、慕っておられる貴方様は未来の旦那様。我ら澤田、お嬢様には坊っちゃんの言うことは絶対だと教えられておりますゆえ」
「アイヤー……」

 気絶中のマリヤをお姫様抱っこし、キリッと語る年老いた澤田さん。
 澤田さんの中でも最年長の澤田さんであり、澤田さんの頂点に立つ男だ。
 マリヤがこんな部活に入ることになったのも、そもそも彰利がマリヤを救ったことがきっかけだ。……ちなみに巳浜は弱小部活動を自分の手で頂点にという克己心から、白瀬は俺と彰利が作った新聞第一号が面白かったからという理由で。
 白瀬の場合、それはあくまで“入部理由”なわけだが。

「いや、あのね? アタイ別に特別なこたぁしとらんよ?」
「なにを仰るか。乱暴な運転をしていた車から、お嬢様をお守りくださった」
「………」

 そう。こいつはマリヤを暴走車(酔っ払い運転)から救ったことがある。
 “パンを口に噛み、曲がり角で激突すればアタイにも春が来るんじゃぜ!?”とアホゥなことを言ったそいつは、本気でパンを噛み全速力でダッシュ。結果として飛び出しすぎて、その先に車に撥ねられそうになっていたマリヤが居て、彰利がその間に割り込むカタチになってどっかーん。
 フロントガラスを破壊するほどの衝撃にようやく酔っ払いも驚きやがり、ハンドルを思い切り切ったお陰でマリヤは無傷。彰利は病院送りとなった。
 それ以来マリヤは彰利を命の恩人と捉え、身を挺して守ってくれたその存在を王子様として認識、慕っていたりする。
 アホみたいな話だが……実話だ。

「しかし不思議ですわね。女と見れば見境なしの貴方が、何故マリヤさん相手では手を出しませんの?」
「フッ……これだから何も知らぬペッツァリーノは……。いいかい? 僕は紳士だよ? 自らを好んでくれている相手にそげな、エロス目的で近付くなんてするはずがないじゃないか! ああいうのは嫌がる相手にやるから興奮するんだよ!」
「クズですわね」
「ああクズだな」
「ノゥ違う! 嫌がる反応がええっつーとるの! べつに本気でやる気なんてねぇザマスよ!? アタイはスケベだけど紳士的! 嫌がる子をそんな無理矢理だなんて!」
「つまり、盗撮は相手が気づかないようにやれば嫌がられないからいいんですのね? というか誰がペッツァリーノですか」
「そう! そうなんだよ! だから僕は盗撮を続け《ゴバキャア!》アーーーーッ!! アタイのケータイが無惨なことに!」

 熱弁を始めた彰利の胸ポケットからケータイをスルリと取り、広げた上で膝蹴りで破壊する巳浜。その顔はひどく穏やかだった。

「ななななにすんの巳浜っち! それ高かったのに!」
「ご安心あそばせ? すぐに我が巳浜カンパニーの最新の携帯電話と交換して差し上げます。ただし盗撮は一切禁じますが」
「うんアタイ真面目に生きる! だからさっさと寄越せテメー!」
「ちなみに三日に一度、メモリー内のデータがカンパニーに自動で送られます。いかがわしい内容であった場合、即刻削除されますのでご理解のほどを」
「僕のプライバシーってどこにあるの!? ねぇ!!」

 騒いでいる間に澤田さんがお辞儀をして去っていった。
 俺はといえば、白瀬が淹れてくれた緑茶をすすりながら彰利と巳浜の口論を若い澤田さんとのんびりと眺めているところ。

「婿候補があれだと苦労するだろ……」
「もう少し真面目であればというのが理想ですが、お嬢様を救ってくれた恩人であり、お嬢様が慕っておられる方。賑やかなのはよいことですよ。せめてもう少し落ち着きを、とはやはり思ってしまいますが」
「それで今の状況が変わると思うか?」
「…………変わりませんね」
「だろ」

 白瀬が自分で淹れたお茶を手に、澤田さんにもお茶を渡して俺の横に立つ。
 三人同時に口に含み、同時に溜め息を吐いた。

「白瀬も、いつも騒がしくて悪いな」
「いえいえ。好きでここに居ますから、気にしないでください」

 にっこり笑顔でこう言ってくれるヤツなんて、この学園に何人居ることか。
 同類だって言ってしまえばそれまでなんだが、それだとこっちが笑えない。
 ……まあその、胃痛的な意味で。

「なぁ澤田さん。婿候補に選ぶんだったら、絶対に白瀬みたいなのを選ぶべきだったぞ」
「そうですね……そうしたら絶対に、こんな部に入るのを阻止してたと思いますが」
「それが当然の反応だろうな」

 我が親友の部活ながら、ひどい認識だ。
 加えて言うと、親友である俺もひどい部活だと思っている。
 なにせ部長が平気で女子のスカートの中撮る部活だ。

「ほら彰利、そろそろ行くぞ」
「へへっ……俺はこいつを食い止めるぜ……! 俺に構わず行けぇえーーーーっ!!」
「そうか。じゃあな」
「任せとけ!! ……………あれ? あのー、ここってお前を置いていけるかー、とか言うところじゃ……」
「結構。巳浜流護身術皆伝のわたくしに単独で挑むとは大した度胸ですわ」
「フッ……なんの、アタイなんてパイロットウィングス世界大会優勝の腕前だぜ? 外には出れねーこの島で、ネット大戦で優勝を果たしたこのアタイに……貴様ごときが勝てるとでも?」
「はっ!」
「《ドゴォ!》ニーチェ!!」

 ナックル一発で負けていた。

「あのぅ、悠介さん? 護身の第一発目が拳でいいんでしょうか」
「攻撃は最大の防御という言葉があってだな」
「大変ですっ、湿布、用意しませんとっ」
「白瀬、赤チンつけときゃ治るからほっとけ」
「それは便利ですねっ」
「……モノは言いようだよな」

 バカにつける薬などないのだ。アレはほっとけばマッハで治る。
 便利ですねと言いつつもやはり“>ヮ<”な顔の白瀬の頭をぽむぽむと撫でて歩き出す。
 そうこうしているうちに鼻血を親指でグイと拭い、ペッとナルトを吐き出した彰利が復活。ストレートに殴られてもめげないヤツだ。でもな、そこで吐くのは血の混ざったツバか歯にしとけ。


───……。


 ようやく部活も解散となり、俺と彰利だけが暗い夜道をゆく。
 校舎の裏手にある森林公園の奥。そこにある八幡遺跡に行くためだ。

「な、なんかドキドキするよね、二重の意味で。お化け出たら排除よろしく。睦み合っている男女が居たらアタイに任せて。激写するから」
「お前は少し冷静になれ」
「失礼な! 僕はいつでも冷静だよ! ただ自然を写すことがライフワークになっているってだけで、たまたまそこに人が写ってるだけさ!」
「お前の写真に人が写ってないことなんかただの一度もねぇだろうが」
「人と人との絆をカタチに残したいだけだから、アタイ変態じゃないよ?」
「で、その写真は相手に渡してるのか?」
「渡したらストレートに殴られてスマキにされて、校舎の二階の窓から捨てられた」
「それでどうして今もピンピンしてるんだろうな、お前は……」
「あ、ちなみにすぐ近くを女生徒が通りがかったから、スマキを引きちぎってすぐに激写したよ?」
「どうして写真渡されたヤツは、まず最初にカメラを爆砕しなかったんだろうな」
「フフッ……弁償できるんだろうなー! って脅したら一発よ」
「お前なぁ……」

 カメラを「ホーワーイトニング〜♪」と上機嫌に歌いながら磨く親友。
 どうしてこんな変態と親友やっているんだろうなぁと時々考えるが、困ったことに根はいいヤツなのだ。じゃなければ退屈凌ぎ目的以外に付き合ったりはしないだろう。

「しかし、デケェところよねここも」
「だな。随分昔からあるってことは、俺達の先祖かなんかが造ったのかどうなのか」
「アタイはGODが造ったと見るね! そしてここには今もGODが祀られている! 名前はえーと……八幡の神だから、ハトポッポ? ……そうか! レッドホットチリペッパーだ! ジョセフも言ってた!」
「落ち着け」

 八幡遺跡。
 俺が産まれるよりもずっと前からあり、歴史書に曰く、神が住んでいた場所だのなんだのと云われている。それが真実かどうかは謎だが、入ってみたところで防空壕にしか見えんのだ。
 すぐに行き止まりがあるし、そもそも光が入らないから進むのも怖い。
 一応灯りになるものは彰利が用意してくれたらしいが、果たして役に立つかどうか。

「そろそろ入り口だな。彰利、ライトは?」
「オウヨ、ここに」

 彰利がバックパックを漁って、取り出したものをゴシャリと渡してくれる。
 それは……

「…………なぁ彰利。どうしてカンテラなんだ?」
「え? そのほうが広範囲を照らせるじゃん。一方しか照らせない懐中電灯なんてメじゃねぇぜ!? そして包丁は添えるだけ」
「よし行けトンベリ、お前が先頭だ」
「ギャアイヤァ!! やだアタイ怖い! アタイまだ初めてなの!」
「もう何度も来てるだろうが!」

 カンテラを持たせた彰利を先頭にし、ゲシゲシと押す。
 すると覚悟も決まったのか、足を削岩機ばりにシュガドドドドドドと震わせながら歩く。

「お前さ、震えるの定義を絶対に間違えてるぞ」
「きっと前世は削岩機だったのよ」

 ニコリと笑うソイツはそのまま前へ。
 眩しい光を放つカンテラを手に、遺跡へと進みいった。

……。

 遺跡の中をゆく。
 暗い場所ではあるが、おぞましいほどに光を放つカンテラのお陰でさほど暗いとは感じない。

「どうなってんだよそのカンテラ」
「ちとかなっちに頼んで改造してもらった。白瀬カンパニーの技術力はすごいやね」
「技術云々でカンテラが輝いたら苦労しねぇよ」

 灯火どころか燃え盛っている。
 しかも油が無くならないとくる。どうなってんだこれ。

「しかし中は結構広いやね。こんな道、今まであったっけ?」
「あったよ。妙なフラグ立てようとするな」
「ヌッハッハッハ、言ったモン勝ちってヤツYO!」

 中には木で作られた建物のようなものが幾つか存在する。
 防空壕とは言ったが、これで結構広いのだ。
 だがもうそろそろ突き当たりがあり、そこで終わり。
 建物の中にもとくにコレといったものはなく、言ってしまえばここには何度も来たことがあるのだから……今さら来たところで新しい発見があるわけでもない。
 ただし彰利が言った言葉で正しいことが一つだけある。
 “初めて”といったが、夜に来るのは初めてなのだ。
 なにせ、基本立ち入り禁止だから、ここ。

「しっかし誰もおらんとね。当然だけど。なんか足跡っぽいのを見つけたから、先住民がおるのではと震えたのじゃけど」
「先に言おうなそういうことは! ……マジか?」
「オウヨ。ここに来るのは初めてのヤツっぽい。それか極度の怖がりか。壁にバッテン印書いて進んでるようだったわ」
「そうか……」

 外から来たヤツではないだろう。
 恐らく、遺跡に興味を示して今頃探検を始めたヤツ。
 今ここに居る俺達が言うのもなんだが、ここに来てもなにがあるわけでもないのにな。

「どうする? まだ居るやもしれんし探してみる?」
「さすがにそれはないだろ。来てたとしても昼とかに違いない」
「そらそっか」

 歩く。
 カンテラを灯しながら、ご丁寧に包丁を持った彰利とともに。
 護身用YO!とかぬかしていたが、遠くからこんな格好で近寄られたらきっと叫ばれるのだろう。

「あ、そうだ。せっかくだからマリヤっちにもらったアレを着よう」
「アレ?」
「オウヨ。かなっちにカンテラの依頼頼んだ時に、丁度隣にマリヤが居てね? それならって急遽作られたステキなものがあるの。その名も───トンベリ変身スーツ!!」

 バックパックを開き、ズルリと取り出されたそれを「どーだー!」と見せびらかす親友。
 ……いや、どーだーっつーかな。物理的にどう入れてたんだよそれ。

「クォックォックォッ、これを着れば雰囲気倍増! もう、何も怖くない!」
「そうだな。怖いのはお前だけだ」
「え? だから何も怖くないったらアタイ」
「お前って存在が怖くなるって意味だ」
「ふっ……とうとうアタイの怖さも頂点に達したか。アタイってば最恐ね」

 俺はお前の脳が恐いよ。
 ともあれスーツという名の着ぐるみを装着した彰利が、キュートな目をゴシャーンと輝かせて笑う。
 そして俺に預けていたカンテラと包丁を受け取ると、ずしゃりずしゃりと進み始めた。
 うん、どっからどう見てもトンベリだ。間近で見ると余計に恐い。

「俺……今とっても輝いてる!」
「ああ輝いてるな。輝きすぎてて恐いから振り向くな」

 カンテラの光に当てられたキュートな目が輝いていた。
 同意を求めるように振り向かれたから余計に恐かった。

……。

 ややあって突き当たりへ到着。
 とくに何事もなく、蝙蝠を数匹見つけた程度で終わってしまった。

「ぬう。これしきで終わりとはなんたること。ダンジョンマスターとしてのアタイのハートはいったいどこにいけば?」
「寮の門限もあるしな。今日はこれくらいにしとくか?」
「否でございますわダーリン。きっとここらにモンスターにしか開けられない不思議な扉があるのYO。トンベリなアタイなら解る。きっとこの横の洗面台みたいなところに水を汲めば新たな道が! もしくはかつてここには水が溢れていて、ダンジョンマスターがここで魔法の研究をしながら空腹で餓死を」
「偏った知識はいいから。……でも、くまなく調べるのは久々だし、ギリギリまで粘ってみるか」
「その意気やヨッスィー!」

 そうと決まればと探索を再開。
 怪しいところはないか、自然だけどその自然さが不自然ではないかという様々な視点から探りを入れるが……

「くっ! ぬっ! ぬ、ぬうう! トンベリスーツでは上手く行動できーーーん!! ぬ、脱ぐよ!? アタイもう脱ぐよ!? いいよね脱いでも! アタイトンベリだけど、脱いでもヘンタイにならないよね!?」
「わざわざ訊くなやかましい」
「確認しないと変態呼ばわりされそうな気がして。これも日頃の素行の為せる業よ」
「威張るなンなもん」

 やがて脱ぎ脱ぎと、何故か艶かしく脱ごうとする彰利。
 しかしその行動が急に閊え、ビクッ、ビクンと痙攣するように動く。
 その後に急に激しく動き始めたかと思うや、

「いやーーーん!!」

 彼は叫んだ。
 どうやら脱げなくなったらしい。

「アレェどうして!? 呪い!? もしかしてこれって八幡さまの呪い!? お、おのれぇゴッド八幡め! 出会えたらただじゃおかねー! だから今はアタイを救ってぇぇえ!!」

 そして無意味に逆恨みする親友がアレである。
 もう無視して作業を続けよう。

……。

 でげってってて〜〜〜〜ん!!

「闇を照らす霊訓! ……なんでも面白がって着るもんじゃねぇやね……」
「はい! 吾郎さん!」
「やかまっしゃあ! こげな時ばっかり元気に返事するでないよ!」

 さて、トンベリが悲しみに暮れてから数分。
 結局なにも見つからなかった俺と彰利は、とぼとぼと来た道を戻っていた。
 こんなことはもう何度もやっているのだが、見落としが無いかと何度も来てしまう。
 俺自身が昔のことを調べるのが好きってこともあるが、この場所の雰囲気がそう嫌いじゃないのだ。

『───』

 と、賑やかにしていたところで、奥にある建物……さっき通り過ぎた建物から物音が。
 どうせ何もないと思い、素通りした場所だ。

「彰利」
「オウヨ」

 横に並んでいた俺は後ろに下がり、彰利が再び先頭に。
 カンテラを揺らしながらにじりにじりと歩くその様だけで、相手が誰だろうが戦慄するに違いない。
 当然、お相手さんも

「ほきゃああーーーーーーーあああああ!!?」

 ……盛大に叫んでくれた。俺達の予想の遥か上の悲鳴で。
 しかも一瞬カンテラの光に照らされたその顔には見覚えがあった。
 文化部(愛好会)部長、輝耀晃光(きようあかり)。
 新聞部には入らず、私のやり方でこの島の文化を守ると言ったヤツだ。
 いわば新聞部の敵なんだが……部員が部長である輝耀だけなんだよな。
 巳浜にあっちのほうが腕が鳴るんじゃないかと言ってみたが、“面白味がないからお断りしますわ”と言われた。どうにも輝耀とは合わないらしい。

「ハァ、ハァ……! い、嫌がる女の子に迫るこの興奮……!」

 なのにどうしてこいつの部になんか居るんだろうなぁあいつは。
 腰を抜かしてしまった輝耀へと、ジリジリと歩く異常物体。
 こんな場所じゃなければこれがただの着ぐるみだって気づけたろうに、腰を抜かしたってことはよっぽどな怖がりなのだろう。それでよく一人で来れたもんだ。

「い、やっ……いやぁああ……! こ、こないでぇえ……!!」

 輝耀は腰を抜かしながらも下がる。しかしその速度はトンベリの一歩に遠く及ばず、やがてあっさりと目の前に立たれてしまう。

(ところでトンベリってさ、頭さえ変えればなんかヴァンプ将軍っぽいよね)
(ここでソレを俺に言う意味はあるのか?)

 ボソリと会話するが、輝耀は混乱で頭が回っていないのか気づいた様子もない。
 むしろ自分の悲鳴で冷静になれる言葉を掻き消していた。

「キャアどうしようダーリン! 目が合えば罵倒観音だった輝耀さんがこんなにもキャワイイ!」
「だからどうして俺に話を振る」

 こちらへ振り向く彰利。
 その瞬間を隙と見たのか、必死だった輝耀がそこらへんに落ちていたものをこちらに投げてきた。しかしトンベリスーツに当たるとボスムボスムと弾かれるばかりで、ダメージなんて当然通らない。

「なんなんだぁ? 今のはぁああ……!!」

 それで調子に乗った彰利が、どうやって出しているのかギュピギュピと奇妙な足音を慣らしながら後退れた分を埋めてゆく。
 そうしている間もボスゴスとモノを投げられまくっているわけだが、手元が狂ったのか輝耀が投げた石がカンテラを破壊。少しの煌めきののちに……完全なる闇が訪れた。

「ワッツ!?」
「ひっ……!?」
「……おいおい」

 基本、この遺跡には光が届かない。
 入り口以外に穴は開いて無いし、どこぞの展示場よろしく、遺跡を曝しモノにしたりもしていない。だからこの遺跡には灯りとなるものは置いてないし、ずっと暗いまま。
 だから灯りがなければ真っ暗で、方向感覚を失えば帰るのにも難儀するのは当然。

「やっ、やぁあっ! 暗いのやだっ! 暗いのやだぁあっ! うぁああんおかあさーーーーーん!!」

 そして輝耀が泣いた。声だけでしか解らんが、こりゃ泣いたな。

「イヤァアアア! 暗いの怖い! 狭いとこが愛しい! ママーーーーン!!」
「お前が恐怖してどうすんだよトンベリ!!」
「なんにも見えないのにトンベリだからって平気とかひどい偏見だよ! だが任せろ! こんなこともあろうかと、アタイのバックパックには予備のカンテラが! ……よっ! はっ! くぬぅ! ………………いやーーーん!!」
 
 やっぱり脱げなかったらしい。
 いや、俺も予備の灯りくらい持ってるけどさ。

「はぁ、さっさと帰るぞ。今点けるから」
「あれ? ライトかなんか持っとるの? だったら先に言わんね」

 懐から懐中電灯を取り出す。
 そしてスイッチをつけると………………灯りがつかなかった。

「ブラックライトか。すげぇ趣味してんな」
「つかないんだよ! ンな馬鹿なっ! 来る前に取り替えたばっかだぞ!?」
「あ、もしかして部室の棚の電池? あれってアタイが新品に見せかけて仕掛けといたトラップYO」
「どぉおおおおおしてこういう時にいらんトラップ仕掛けるんだお前はぁああああ!!!」
「い、いや、驚くかなーって」
「驚いたわ! お前の馬鹿さ加減に驚きの連続だわ!!」

 ええいくそっ! ライトはもうだめだ!
 だったらどうする!? 手探りで帰るか!?
 ……って待て、俺、どっちの方向から来た?
 振り向いてみても闇。戻してみても闇。
 …………やばくないか? これ。

「……闇ってのは怖いもんだな、ほんとに。どうする彰利、帰り道が解らん」
「え? そげなことゆーて、あそこ光っとるやん」
「なに?」

 光? 探してみるが光なんて…………あった。

「ね? ほれ行きませう。このままじゃ行方不明になって迷子だよ」
「いろいろおかしいが今はそうだなと言っておく」

 そんなわけで光を目指して歩く。
 輝耀もその光に気づいたのか、背後でもぞりという音と、泣きべそ。
 人って弱いな、闇の中で灯りを見つければそこへ向かってしまう。

「ン……?」

 だがそこで気づく。
 今は夜。この遺跡に光は届かない。
 なのに何故光る? 外の明りってことは絶対にないし、さっき調べた時にも明りになるようなものがないことは解っていたはずだ。
 あれはなにか? かすかな光が届けば存在できないような不思議な光だとでもいうのか?
 まずいだろそれ。実家が神社であり、俺も退魔的なものは教わってきたが、そういうのはむしろ自分から近付くほうが愚かしい。
 自分から突っ込んでって悪を見つければ始末するなんて、最悪だ。
 降り掛かられた火の粉ならまだしも、それはいくらなんてもひどい。

「彰利、あれはなんかヤバい。今からでも───彰利?」

 すぐ前に居たと思っていた彰利。
 その姿に手を伸ばしたつもりが、スカッと空振り。
 代わりに視界の先にあった筈の光が異様な物体の影に遮られ、それを怪しく照らした。
 それは……トンベリだった。

「光ものに弱き男! スパイダーマッ!!」

 そんなことをのたまうトンベリが、光をグワシと掴んで───ってアホォオーーーッ!!

「お前スパイダーどころかトンベリ───ってンなこと言ってる場合じゃねぇええっ!!」

 走ってトンベリのもとへ!
 アレが何かは知らないが、手に持ってシゲシゲと眺めているからにはなにかしらの球!
 もとの位置に戻せばなにも起こらないってのがゲームでよくある話だが、今はそれを信じ───

「あ」

 足元がゴバァと砕けた。
 地面を蹴るはずだった足が空振りをし、コケる瞬間の恐怖を一瞬だけ味わう。
 だが地面に衝突することもなく、足は空振りしたまま。
 割れた地面からは眩いばかりの光が溢れ、すぐ隣に輝耀が居たことを気づかせてくれた。
 その顔は恐怖で染まり、涙で溢れている。

「っ……輝耀ぉおおっ!! 手ぇ伸ばせぇえええっ!!」
「えっ……あっ───!」

 今初めて俺に気づいたのか、藁にもすがるって表情で手を伸ばす。
 宙を掻き、なんとかその手を掴んで抱き寄せた瞬間、俺はもう一方へと振り向いて彰利へと叫ぶ───前に。

「親方! 空から女の子が!」

 トンベリが胸の上で指を組みながら、横になってそんなことを叫んでいた。
 ご丁寧に光る球を胸に構えているから無駄に状況が似てやがる。

「どこをどう見りゃ女の子だこのたわけぇええっ!! いいから手を伸ばせ!!」
「イエスユアマジェスティ!《うにょにょうにょうにょ》」
「うぎゃああああああああっ!!? 物理的に伸ばすなぁあああ───ってどうやって伸ばしてんだこれぇええええっ!!」

 などと叫んでいる間に地面が見えてきて、何を言う暇も無く───ぎゅっと目を閉じた瞬間には俺達は地面に叩きつけられていた。

「っ……ぐっ………………う、……う?」

 いや。叩き付けられたはずなんだが、不思議と痛みを感じない。
 もしかして感覚が麻痺してる?
 試しにうっすらと目を開けてみると、ただ地面に倒れているだけの俺と彰利。
 腕の中にはひっくひっくと泣いている輝耀が居て、どうやら無傷の様子。
 俺自身もてんで傷も痛みもなく、輝耀に声をかけてから立ち上がると、辺りを見渡した。

「……社……?」

 そこはまるで神社だった。
 いつから灯っているのか、いくつも並べられた松明が場を明るくし、大きな社を照らしている。
 ふと気がつけば一緒に落ちてきていたはずの瓦礫もなく、あれはなんだったのかと思うくらいに無事なままにこの場に居る。

「グ、グーム。これはいったい」
「それでもお前はトンベリなのな」
「だって脱げねぇんですものこれ」

 ともあれすんすんと泣いている輝耀を起こし、ついていた土ぼこりを取ってやる。
 それから頭をポムと撫でると、いざ正面へ。

「いろいろヤバそうな雰囲気出してんじゃねぇの……神社の息子としてどーよコレ」
「霊的なものは異常なくらいに感じる。量で言えば、やばすぎるくらいだ」
「マジっすか!? ぬ、ぬうう! そこにおるものよ! 出てこい!」
「ばっ!? う、迂闊に刺激するようなことをだな……っ!」
「え? ギャア言っちゃまずかった!? そういうこたもっと早くだねぇ!! ……あ」

 神社手前の石段の上の中空。
 なにもないそこに、景色が歪むように渦が発生した。
 思わず息を飲み、身構える。
 正式に家業を継いでいない俺にどこまで出来るかは知らんが、多少を押さえる程度は出来るはずだ。最悪、親友と輝耀だけでも逃がす……!

「お、おのれ妖怪!!」
「今のお前の姿のほうがよっぽど妖怪だ!! ってツッコんでる場合かっ!!」

 いよいよソレは姿を現した。
 眩い閃光を放ち、現れたソレは───

『なんじゃなんじゃ、騒々しい……久方ぶりの目覚めだというのに……』

 ……なんか、青白い姿のままで、目をこすりながらそんなことを仰った。
 格好は巫女装束……ではなく、なんかジパングっぽい格好。
 モミアゲを瓢箪みたいに結ってそうな格好って言えば解るだろうか。結ってないが。

「あのー、おたく誰?」
『んん? ………………しばらく見んうちに、人は斯様な進化を遂げたか』
「すげぇだろ」《どーーーん!》

 早速コンタクトをとるトンベリだったが、あっさりと受け入れられて胸を張った。
 しかし次の瞬間には溜め息を吐かれ、ツッコまれていた。

『おおすごいすごい。すごいからその被り物をとっとと取れ』
「わあバレてる。えへへ」

 本当の姿じゃないと気づいてくれたのが嬉しいのか、彰利はご機嫌だった。
 しかし脱ごうとしても脱げず、トンベリのままに顔を手で覆ってしくしくと泣き始めた。

『ふむ……あれからどれほど時が経っておるのかは知らんが、賑やかなことじゃのう。……自己紹介が遅れたの、妾は八幡。八幡颪神(やわたおろしのかみ)じゃ』
「おろし?」
『風のことを云う。つまり風の神じゃ。妾はここで八幡の風を守っておる』

 ほれ、と風を吹かせてみせた。その風はとても冷たく、俺と輝耀は思わず身を守るように縮こまった。

『おおすまぬすまぬ、ちと強かったか。というか、ぬしの他にも人がおったか。どれ、面をあげよ。そこの被り物とは違い、ぬしらはしゃんとした人であろう?』
「あれ? 何気にアタイ、人として認識されてない?」

 そんな彰利は無視して、ふわりと八幡の神が傍に来る。
 そんな飛行の瞬間を逃さず、なんと彰利が「ふーん!」とか言ってトンベリスーツをベリビリと引き裂く! っておぉおい!? そんなことがあるなら最初からだな! っつーか破いた瞬間に何取り出してやがるてめぇ!

「激写!《カシュンカシュン!》」
『む? なんじゃ?』

 ジュザァと仰向けで滑り込み、八幡颪神の服の下を撮る彰利。
 ジパング的な衣装ではあるものの、上の服の丈が長いだけで下はスカートもズボン的なものも履いていない。それを狙っての行為なのだろうが……ああもうこのたわけは。

「やった! 撮った! 仕留めた! …………しまったフラッシュたかなかったから何も見えん! ……もう一枚いいですか? 美しい下着を一枚収めたいのです」
『………………なるほど? ふふっ、見せてやりたいのはやまやまじゃが、生憎と下穿きなんぞ身につけておらんでの』
「ななななんですって!? いいっす! そのままでいいっすから一枚!《ぐわし》……あれ?」
『おお、くるしゅうないぞ? ずずいと目に焼き付け収めるがよい。……出来るものならばな』
「《めきめきめきめき》ワナババババババ!!?」

 霊体であるはずのその手が、彰利の頭を掴む。
 トンベリスーツから脱皮を果たしたその頭を体ごと軽く持ち上げ、笑んだままに……投げた。

「飛んだァーーーッ!!?《ドゴッシャア!!》デネヴ!!」

 投げられた彰利は壁に激突、ぐったりと動かなくなった。

『ふぅ。まったく、いつの世も男というのは……む?』
「………」

 そんなバケモノじみた力の持ち主が、俺を見る。
 宙に浮いたまま、ずずいと顔を寄せて。
 すると……どうだろう。急にその顔がポムと朱色を含み、自分でも驚いたように距離を取って、赤くなった頬に両手を添えて視線をあちらこちらへ動かしていた。
 え……? な、なんだこの反応。
 なんだ……すごい、ものすごい嫌な予感がする。

『の、のう、ぬし。名をなんという?』

 うわー……すげぇ名乗りたくねぇ……。
 しかし名乗られて訊かれたのであれば返さないのは礼儀に反する。

「……晦、悠介」
『つごもり、ゆうすけ……晦、晦か。ふむ、良い名じゃの。ところでぬし……』

 顔を近づけ、耳打ちをしてくる神を初めて見た。
 しかもその言葉が“妾の夫になれ”と来たもんだ───なにぃ!?

「全力で断る!!」

 いきなりなに言い出しやがるんだこの神様は!
 つか……なにぃ!? 夫!?

『ふふっ……まずは接吻から始めようの……。何分、妾も初めてじゃ……やさしくしてたもれ……?』
「人の話を聞けぇええええっ!!」

 ええいもうどうして俺の周りのやつはこう、人の話を聞かないのか!
 ケータイ片手に指を鳴らすどこぞの大天使の気持ちが今なら解るわ!

「とにかく断る! 誰とも知らんヤツと接吻が出来るか!」
『んん? 自己紹介ならばしたであろう? そう冷たくするでない……久方ぶりに目覚めて出会った相手にこうまで邪険にされては、妾はどうしたらいい』
「うぐっ……」

 それは、確かに不安にもなるだろうが……いやそもそも目覚めさせた覚えもないんだが?
 責任問題ならなんの準備も警戒もなく、妙な球を手に取ったあのたわけに言ってくれ。

「お、おい輝耀、お前からも何か言ってくれ……」
「…………か、神……神様……!? すっ……スクープ……! スクープよね、これ……」
「って、輝耀?」

 カタカタと震えながらも、瞳に宿るは希望の光。
 輝耀はポケットからカメラを取り出すと、八幡颪神に向けてシャッターを切った。
 もちろんフラッシュもたいてあるため、ボシュボシュと眩い光が八幡颪神を遅い───

『うぷっ!? なにをするかこのたわけめが!!』
「《ゴバシャア!!》うひゃあっ!? ……え?」

 ギンとひと睨み。
 するとカメラが爆発し、コナゴナに砕けた。
 まるで内部に暴風が発生して、内側から砕かれたみたいに。

『そこの男といいぬしといい、神をなんだと思っておるか!』
「な、なんだ、って……スクープ……」
「穿いてないおなご!!」
「お前は寝てろ!!」
「《パゴシャア!》ニーチェ!!」

 いつの間にか起き出してきていた親友の顎を拳で打ち抜き、昏倒させた。
 しかし倒れた先でもカメラを構え、八幡颪神をローアングルから《ゴシャア》……踵で潰された。

『のうぬし、こやつの生命力はいったいどうなっておる。だいぶ強く投げたつもりだったのじゃが……』
「ゴキブリは知ってるか? それを倍にしても足りん生命力を持っている」
『……呆れ果てた生命力じゃな』

 ゴキブリは知っているらしい。
 ……というか、ちょっと待て。なんで普通に会話してるんだ俺達は。

『まあそれはそれじゃ。ぬし、早速妾と添い遂げようぞ?』
「だから断るって言ってるだろうが!」
『はっはっは、いやよいやよも好きのうちとかいうものじゃな? ならば強引に頂くまでよな』
「だから人の話を聞けぇえええっ!!」

 神の手が伸びる! 俺を逃さぬように俺の首の後ろに回された手が、俺を引き寄せるようにして───スカリと抜けた。

『……おや?』
「……へ?」

 ……もう一度伸び、しかし擦り抜ける。
 八幡颪神はもう一度彰利を蹴飛ばそうとするが、それもスカリと擦り抜けた。

『なっ、なっ……何事じゃ……!? 何故触れられぬ!』
「えーとそれがそのー。貴様に投げられた瞬間、大事に持ってた輝く球が砕けまして。青白い球が貴様のパワーの源だったとか?」
『………………ふぎゃあああああーーーーーーーーっ!!?』

 彰利が、砕けた欠片を見せると、神がお叫びあそばれた。
 どうやら彰利が語った予想が的中しているらしく、神パワーで球をくっつけてみせるのだが……無惨にゴシャアと砕けた。

『あわ、あわわわわ……!! ななななんということを……!』
「お? なんだこのゴッドめが、よもやアタイの所為にする気かクズめが」
『ぬしがそもそも人の肢体をじろじろと見てくるからであろうが、このたわけが……!』
「ゲェ反論出来ねぇ!! でもそこにおなごが居れば目移りするのがアタイ!! 胸を張って言えるね!! 写真一枚いいですか!?」
『はぁ……お断りじゃな』
「ギャアしみじみ断られた!」

 言うとおり、しみじみと断ると八幡颪神は輝耀を睨んだ。
 その睨みに輝耀が肩を弾かせるのと、神が動くのとはほぼ同時だった。
 あろうことか、神は輝耀の体へと入り込んだのだ。
 悲鳴を上げる暇もない。
 するとどうだろう。輝耀の茶色の髪が真っ黒に染まり、変化が起きた。といっても大した変化ではなく、八幡颪神の髪型のように髪の一部分……揉み上げ部分が、空き缶のようなもので結わわれただけだ。
 …………いや冷静に状況見守ってる場合か!? これ憑依だろどう見ても!!

「……おお、これよこれ。やはり生身はよいものよなぁ」
「…………オウ?」

 手をわきわきと動かして呟く輝耀を見た彰利が、どこぞのオウムのような声を出した。
 そんな彰利の反応に気づいた輝耀がこちらへと向き直り、にこりと笑う。

「宝玉が直るまでしばらく厄介になるぞ。この娘とは波長が合うのでな」
「なんだ急に空き缶装着した文化部。急に神の真似事か?」
「真似事ではなく妾が神じゃ。体を借りるといったじゃろう」
「ほほっ、己を神と申すかこのこわっぱめが……頭が高い!」
「こ……こわっぱじゃと? ぬし、誰に向かってそのような口を」
「それは貴様ぞ文化部! 前から言おうと思っておったが、自分の部活が未だに愛好会扱いだからって突っかかってくるんじゃねィェーーーッ!!」
「…………《ピククッ……!》」

 おお、神が憑依した輝耀のコメカミがバルバルと躍動している。
 しかし怒らない。神だから堪えているのか、ふぅと溜め息を吐いて説得にあたった。

「と、いうかな。あんた、憑依しておいて意識を完全に乗っ取る気か……?」
「いや、それは無理じゃな。そんなことをすればこの娘の体が()たん。適度に引っ込んでやらんとな。じゃが恩恵もあるぞ? 大事故に巻き込まれようと復活が可能じゃし、相当に打たれ強くもなれば力も高まる。神の奇跡というものじゃな」
「アタイに女子の衣服だけ透視出来る能力をください」
「やるものか馬鹿者が」
「なに!? じゃあ持ってんのか!? 寄越せテメー!!」
「それが神にものを頼む態度か……」
「どうかアワレなこのヒューマンに奇跡をくださいお願いします」
「……一瞬でここまで卑屈になれるのも物凄いものじゃのぅ……」

 凄まじいほどに潔い跪き方だった。
 そんな、ある意味で男な態度に神が慈悲を与えたもうた。

「……いいじゃろう。ぬしの歪みながらも真っ直ぐな心に免じて、ひとつ奇跡を貸してやろう」
「マジっすか!」
「透視能力ではないがな。これは素晴らしい力ぞ。“苦難に堪える者の奇跡”といい、滅多なことでは死なぬほどに頑丈になる」
「わぁい! ……あれぇ!? なんか今とそんな変わらない気が!」
「なに? そんなことはなかろう。人とは弱きものじゃ。倒れただけでも下手をとれば死んでしまうほどで───」
「あー……神さま? こいつ、スマキにされて高いところから頭から落とされてもピンピンしてるぞ」
「頑丈という域を越えておるじゃろうそれは! ぬし、ほんに人間か!?」
「人間ですよ失礼な!」

 ……騒ぎ始めると止まらない。
 体を手に入れた神様はそれはもう元気に口論を始め、彰利にからかわれまくられ、奇跡を発動。彰利がさらに頑丈になったところで容赦のひとつもせずにボッコボコに殴り、壁画にしてみせた。

「ろくでもないやつじゃな、まったく……」
「ホホ、嬢……そげに褒めるものではないよ」
「ふぉわぁっ!? なっ……え、なっ……!?」

 そして、奇跡を与えた神こそがその復活速度に驚愕していた。

「フフ……奇跡か。素晴らしい能力だ素晴らしい。よもやこうもすぐに復活出来るとは思わなんだぜ……? アタイ自身驚いているのさ……この脅威の回復速度……! よほどアタイの体にマッチしたと見える……!」
「ふん……じゃが力は人間のソレじゃろう。いくら頑丈になったとて……」
「神には勝てぬ、とでも? どうかなぁ……やってみなきゃ解んねぇ!!」

 いや……あのな? そこで威勢よく返す意味も、そもそも戦う理由もないだろ?
 どうして無駄に戦うことを意識してるんだお前達は。
 それより外に出ようとか思わないのか? つーかマテ、その体は一応輝耀のなんだから、殴られたりしたら傷がだな……!!

「ほぁーーーたたたたたた!!」
「《パゴッ!》ふぐっ!? わ、妾に一撃当ておったな!? 八幡に住む者としての自覚が足りぬ!」
「自覚云々でバトルに勝てっかバーロイロイ!! さあ、来るがよい! 貴様の全て……受け取ってネタにしてくれる!」

 こんな状況でもまだ新聞部のこと考えてたのかお前は!
 見上げた根性だけどもうちょっと別のことに意識向けような!? そもそもここから帰れるのかよ俺達!

「とったぁーーーーっ!! トルネードフィッシャーマンズスープレックスーーーッ!!」
「なぁっ!? ぬ、ぬわーーーーっ!!《ガドォッ!》ふぎゅぶ!?」
「ナンバーワーーーーーン!!!」

 なんとかして止めようとした矢先に輝耀の懐へ潜り込み、抱きかかえて跳躍すると回転しながら落下。見事に鈍い音が鳴り、輝耀は頭を押さえて悶絶した。
 そんな輝耀の横で指を天に掲げて喜んでいる親友に対し、俺はどう反応すればいいのやら……。
 しかしそこは神。さっさと回復すると彰利に襲い掛かり、彰利もまた応戦。神々の奇跡で魔法的に戦うなんてことはなく、肉弾戦が繰り広げられた。相手が女だから神だから人間だから男だからとかそんなこと一切無視。殴り殴られ、しかし吹き飛ぶのは彰利だけ……なのだが、復活が早くて口が減らないためか神ばかりがムキになっていた。

「…………帰りてぇ」

 そして、ぽつんと残された俺は体育座りをしながら社を眺めるのであった。






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