03/家族ぐるみでやかましく

 そんなわけで神社への石段を登り、途中の横道を逸れた先にある母屋へと来た俺達。
 八幡の島の中でも一番高い山にある晦神社は、その裏側に滝があり、いつでもマイナスイオンが味わえる空気が美味しい場所だ。

「よい空気じゃの」
「だろ」

 毎朝ってわけでもないが、彰利が勝手に来訪して俺を起こしたりする。
 何故か時々ナスの被り物(メイドイン・フレルミラージュ)を被り、「マイ! ナス! イオン!」と叫んでいたりするんだが……いつか足を滑らせて滝つぼに落ちても、なんかフツーに生きてた。たんこぶひとつで無事に生還した。ちなみにナスの被りものは脱げなかった。
 あいつ、被り物に呪われてたりするんじゃなかろうか。

「ただいまー」
「今帰ったぞー」

 玄関をガラガラと開けると、俺の声に習って八幡も帰宅を唱える。
 するとどうだろう。
 廊下の奥でどがしゃーんと音が鳴り、ばたばたと走ってくる我が父君。

「おっ……おぉおおおおお!! キミが! キミが私の義娘! 輝耀晃光くんだね!? 私は晦道明! ミチアキだから気軽にミッチーどでも呼んでくれたまえ!」
「断る」
「《ぐさっ》ぬふぅ!? ……お、おぉお……さすが悠介が選んだだけはある……! 反応が冷たい……!」
「その返事で納得されるのは、息子として嘆くべきなのか?」

 晦道明。ツゴモリドウメイではなく、ミチアキ。旧姓・漣道明。
 母である晦嗄葉に惚れ、神事を習い、求婚して晦の姓を得た。
 「サザナミって苗字、書きづらかったんだ……」が、俺が初めて聞いた父の愚痴だった。

「妾は八幡おろ《がぼっ!》ふぐむっ!? んー! んー!」

 なんて考えている横で自己紹介を始めた八幡の口を手で塞ぎ、そわそわする親父に背を向けるようにして小声で話す。

「アホかお前はっ……! ここで私は神ですなんて言ったら、いろいろまずいことくらい解るだろうがっ……!」
「なっ、妾にウソを吐けというのかっ……!?」
「ん? 嫌ならいいんだぞ? 嫌なら俺は実力を行使して貴様を追い出すだけだ」
「…………」
「………」
「やあ」《どーーーん!》

 サブタイ:振り向けばそこに。
 男口調で喋ってはいたが、何故か白瀬が居た。ご丁寧に誰かさんの声真似をして。

「退屈なので来ちゃいました。トランプやカルタはいかがでしょうっ!」

 きゃーぅ!と例の顔(>ヮ<)をしつつトランプやらカルタやら、お遊びグッズを突き出す白瀬。こいつ、お稽古とかそっちのほうはもうどうでもいいのか?

「お前、習い事は……」
「マッハで終わらせてきました!」《どーーん!》

 白い髪をファサァッと揺らしつつ、笑顔でサムズアップ。
 静かにしていれば綺麗なお嬢様なのに、どこでどう間違えた。
 …………すまん、そもそも俺が連れ出したからだった。

「お母様もノルマをこなせば文句はないでしょうし。下々の方と遊ぶなんて何事ザマスのと言ってきたので、毒針入りのおはぎを渡して黙らせましたが」
「怖い! 黙らせ方が怖いぞシラセよ!」
「覚えればいいだけのことをしつこく言う人なんて嫌いです。もはや母者はお稽古では我の足元にも及ばぬ。そんな人にいつまでも命令されるがままで居るほど、香夏子は弱い娘ではありません」
「のう!? のうゆーすけ!? こやつはほんにシラセなのか!? 変わりすぎじゃろう!」
「落ち着け八幡……白瀬なりの冗談だ」
「……ホエ?」
「はい、冗談です」

 にこりと微笑んで、頬に手を当てての暴露。
 ぽかーんと硬直してしまった八幡をよそに、白瀬が玄関を通って親父に挨拶をする。

「おおっ、よく来たね香夏子ちゃん。美人さんになっちゃってぇ〜! ど、どうだい? おじさんと夜通し楽しいことを───」
「親父さま? 仲間に手ェ出したら刺し違えてでもブッ潰すぞ?」
「チッ、おのれ可愛くない息子めっ……! 俺は娘が欲しかったんだぞ! 息子も欲しかったが! 産まれてきてくれてありがとうだが、どうせなら双子で二人とも可愛ければ文句はなかった!」
「感謝したいのか嘆きたいのかどっちじゃあっ!」

 一言で言えば、彰利と同類の変態だ。
 逆に彰利の親は真面目なのだが……絶対に生まれる家を間違えただろ、俺達。

「それで香夏子ちゃん? 今日はどうしたんだい? 生憎と今日は大事な家族会議があってね、遊ぶことは───」
「はい。白瀬香夏子、悠介さんと婚約を結びに来ました」
「………」
「………」
『なにぃいいいーーーーーーっ!!!?』

 沈黙、のちに絶叫。

「お、おぉおお奥手だとばかり思っていた息子が親の想像を遥かに越えたヤリ手だった事実にパパどうすればいいの!?」
「まず落ち着け! それから白瀬っ、こりゃいったいどういうことだ!」
「いえ冗談です」
「笑える冗談を言えといっつも言ってるだろうがぁああーーーーーっ!!!」
「今なら告白しても許されると聞いて!《ガラリ》」
「彰利!?」

 そして騒ぎに乗じてどっからか沸いて出た親友。
 白瀬と同様、しっかりと私服だ。
 こいつ、黒が好きだよなぁ……白的なものを着ているところ、一度も見たことがない。
 かく言う俺は、白が好きなわけだが。

「ハァハァダーリン……! アタイ、貴方を愛してる! この婚約争奪戦……俺も参加するぜ〜〜〜〜〜っ!!」
「おおっ、ソウルフレンド! 今日もよく来たね!」
「キャアダーリンのパパさん! 今日はお招き預からずありがとう! だから来たよ! 自力で来たよ!」
「帰れ」
「やだいやだい! 僕だけのけものなんていやだい!」
「そうですっ、楽しいことは一緒にやってこそですよっ、悠介さんっ」
「人の安寧を崩すのがそんなに楽しいのかお前らはぁああああっ!!」
『イエースザッツライト!』
「てめぇらぁああああああっ!!!」

 親父と彰利、白瀬までもが息を合わせ、サムズアップしつつキッパリと。
 ひと昔前の英会話のCMっぽいノリを見せ付けてくれやがった。
 八幡は状況についていけずに固まったままだし。

「ははは、いや〜、しかし私は、嫁に来るなら絶対に香夏子ちゃんだと思っていたんだがねぇ。ノリもいいし美人さんだし、私だったら絶対にほうっておかないな」
「うふふ、いやですわおじさま。寝言は寝てから仰ってください」
「香夏子ちゃんひどい!」
「ですが、悠介さんのことは普通に好きですよ。一年の頃、一人きりで歩むことを然としていた私の手を引いて、楽しいを教えてくださったご恩。そして手を繋いだ時の暖かさ。初めて殿方に触れられて、胸が高鳴りました」
「ククク、そしてアタイが二番手よ」

 尻触って半殺しにされたんだったよな。
 白瀬が完全に吹っ切れたのは、確かその時だった。
 戸惑いから始まり悲鳴に繋がり、暴走に至って血塗れ劇場に終着。
 それから白瀬は俺達に対して遠慮という言葉を無くした。

「香夏子ちゃん、そこまでこのむっつり息子のことを……」
「シリアスムードのままむっつり言うな」
「いやっ、よくぞ告白してくれた! こんな息子ではあるが、やることはやっていたということだな! 二股とはやってくれるじゃないかこのジゴロが! パパ、父親としてちょっと誇らしいゾッ! そしてもし香夏子ちゃんと結婚したら、香夏子ちゃんのパパにもなるわけだな!」
「チェンジで」
「香夏子ちゃん!? 父親チェンジシステムなんか無いから! パパでいさせて!? あ、今ちょっとパパって言葉になんでも買っちゃうぞ〜的ななにかを感じた。よっし香夏子ちゃん、パパと出かけようか! こっちのことはマイサンに任せるとして!」
「いえいえ、おじさまに用はありませんから」
「地味に冷たい!? なんなのこの温度差! 私と悠介とでなにがそんなに!? ハッ! そうかモミアゲか! おのれこの揉上美麗人(もみあげびれいど)めが! パパの格好良さの10分の1も引き継いでいないくせにモミアゲだけでモテおって!」
「八幡、状況適応的なリハビリも兼ねて、この親父さまを一発殴ってくれないか?」
「引き受けた」

 なんだか俺が10分の1も格好よさを引き継いでいないという言葉に怒ってくれたらしい八幡が、素直に拳を握って親父さまをブン殴った。
 すると廊下を飛び、正面にある厨房へと消える親父さま。

「ふむ。悪は去ったな」
「経験値にすると5くらいやね。つーわけでダーリン、かなっち、ダーリンの部屋行くべ」
「そうですね。夜通し遊びましょう」
「いや待て待てっ! この靴の量を見れば解るだろっ、輝耀の親が来てるんだよっ!」
「では一緒に遊びましょうっ!《ぱああ……!》」
「アー……」

 目を輝かせる白瀬。
 お嬢の風格は微塵にもないが、容姿は間違い無くお嬢だ。
 ちなみに、白瀬の親とは何度も会っているが、やさしく落ち着きのある人だ。
 母親は窓際の物静かなお嬢様をそのまま大人にしたような人。父親はダンディ紳士。
 彰利がムッシュ・ダンディーって変なあだ名をつけるくらいにダンディーな人だ。
 「葉巻とかパイプ吸わないんですか?」と訊いてみれば、「肺が弱くなるからあんなものは吸わない。いいかい? 紳士ならば格好よさより己を一分一秒でも長生きさせ、妻や娘をより長く幸せにすることを望みなさい。それが男だ任侠だ」とやさしく返してくれた。
 任侠は関係ないんじゃ……とも訊いたんだが、「一流のダンディーは冗談も言えるようでなくては」と笑って返した。
 ほんと、いい親父さんだ。

「香夏子には小さな頃から随分と無理をさせてしまったからね。キミたちに会うことで、子供らしい“楽しい”を得られたことを嬉しく思うよ」
「……あの、当真さん? 回想から這い出たみたいに隣に居られても困るんですが」
「いやなに、香夏子をここまで送ったのは僕だ。夜道は危険だからね。ところで悠介くん」
「な、なんですか?」

 わしりと両肩を掴まれ、ずずいと顔を近づけてくる。
 と、真面目だった顔がにこりとやさしい笑みに変わり、

「我が家へ婿にこないかね?」

 ……なんてことをのたまった。

「いやいや、輝耀さんの娘といい仲になったという噂を聞いて、いてもたってもいられなくてね。安心しなさい、恋愛は自由だ。これはただ僕がキミがいいと思って言っているにすぎない」
「そこまで包み隠さず言われると逆に引きますが」
「紳士は自分を偽らない。美徳というものだよ。さて、そこで包み隠さず返事が欲しいのだが───輝耀さんの娘さんといい仲になった、というのは本当かね?」
「いえ、真っ赤な嘘です」
「ぬあっ!? こ、これっ!」

 紳士は自分を偽らない。
 ならばその本気にこちらも返すと、ムッシュ・ダンディーはにこりと笑って帽子を取り、軽く会釈を。

「その偽らない振る舞いに敬意を。というわけで、悪いが僕は娘を推させてもらうよミスタ・道明!!」
「ぬう! 聞き慣れた声が聞こえると思えば当真! 白瀬当真か! あ、紫子さんは元気か?」
「壮健だ」
「ならば憂い無し! 表へ出ませい!」

 親父と、ムッシュ・ダンディーこと当真さんが外へ。
 メンコを取り出して奇声をあげつつ、熱いバトルを始めた。
 殴り合うなんてことはしない。つーか、したら無事じゃ済まない。
 当真さんも親父も、これで喧嘩は強いのだ。でも妻には弱い。二人とも。
 ……八幡には風がある。
 いつでも涼しげな風が吹く八幡は、血生臭い争いがない。
 だからこそ、メンコ勝負なんてものをいい大人が笑顔でやれる。
 ここは、そんな島なのだ。

「優雅に……そして力強く!《メトーン!》」
「ぬおっ!? なんというダンディズム溢れるメンコ投げ……! この俺のオヤシロ様メンコが危うく裏返るところであったわ……!」
「くっ……まだダンディズムが足りない……! 僕の紳士性よ、もっと燃え上がれ!」

 ……で、そんな親を無視した子供たちは玄関を通り、廊下の奥へ。
 客間に座った輝耀の親と会って、八幡以外のことを細かく暴露することとなった。
 といっても、玄関での会話が聞こえてたのか、苦笑をもらしてはいたが。


───……。


 さて、それからどうなったのかといえば。

「はぁ……階下がやかましいことこの上ない」
「おじさまとお父様が顔を合わせれば宴会なんて、いつものことじゃありませんか」
「まあ、そうだけどな」

 俺の部屋に集った彰利、白瀬、八幡の四人で、適当に敷いた布団に潜って話をしていた。
 真正面に捉えた豆電球が、大人しい光を灯している。

「ふぅむ……さすがに表に出すぎたの……くらくらする」
「てゆゥか、キョンちゃんが結構不憫デショ。キミが表に出てると、中のほうでぐっすりモードなんしょ? まるで夢遊病じゃわい」
「いや、交代しようと思えばいつでも出来るぞ? 今のこの状況も、こやつは見ておる」
『そうだったんすかァ!!』

 俺と彰利と白瀬が同時に叫んだ。
 よくもまあこれほど、申し合わせたわけでもないのに合わせられるもんだと感心するがどこもおかしくはない。

「それマズイんでない? キョンちゃんがあることないことバラしたら、もういろいろ大変YO?」
「大丈夫だろ。八幡を売るのは親を売る行為も同然だ。聞いた限りじゃ、八幡のお陰でこの島は平和なんだ。神は神って認識のままが一番だし、そもそも自分の中に神が居るって言って信じてくれるやつが何人居る」
「おや、言われてみりゃあそうやね」
「悠介さんが仰るなら、私は信じますよ?」
「あ、アタイもアタイも。しかしなんじゃね? こうしていると修学旅行にでも来たみたいじゃよね?」
「うふふ、そうですね」

 うつ伏せになり、枕を抱くようにしてお互いがお互いを見る。
 階下では羽棠のじーさんまで来たのか、盛り上がりが最高潮だ。いや、どうやらそのじーさんが巳浜やフレルミラージュの親父さんまで連れて来たらしく……

「うるさくて眠れねぇなおい……」
「賑やかでよいではないか」
「ここに来るまで、あんなに楽しく笑うお父様の声、聞いたことがありませんでした」
「おっほっほっほォ、元気だぁ。どーやらキョンちゃんのご両親もめっちゃ楽しんどるようだし、ええんでないの?」

 まあ、それに関しては文句はない。
 あるとするなら、

「で、お前はどうしてにじり寄って人の布団に潜りこもうとしているのかな?」
「さ、寒くて凍えてしまいそう! ダーリンアタイを暖めて!?」
「そこでヒンズースクワットでもしてろ」
「うわぁい暖まりそォオーーォオオ!!!」

 こいつと、さらにいえば白瀬だな。

「お前も、会話に紛れてにじり寄ってこなくていいから」
「親しい友人に夜這いをかける女! スパイダーマッ!」
「やめい!!」

 いつもの顔できゃーぅと笑って言う白瀬。
 つくづく外見と中身が合わない女だが……まあ、初めて声をかけた時の、つまらない日常が当然っていう死んだ目をしていた頃よりかはよっぽどいい。
 だから、にこにこ笑顔のまま俺の傍まできたそいつの頭を、寝転んだままに撫でる。
 そして「今、楽しいか?」と訊いてみた。
 すると笑顔のままに静かに頷き、撫でている手に自分の頬を当て、目を閉じた。

「そか。だったら、あの時強引に引っ張ったのは間違いじゃなかったな」

 穏やかな時間。
 下から騒がしい声が聞こえるとしても、そんなものは日常的なものだ。
 広くはあるがそこまで人口が多いわけでもないこの島では、人付き合いは大事なもの。
 車も数える程度しかないこの島では、重いものを運ぶ時以外には車は動かない。
 つまりはそういう運び屋的な仕事を持った人が居る。そういう人と人とが助け合って暮らす島で、俺達は互いの絆ってのを大事にしながら生きている。

「……よい顔をするのぅ」
「ん……そか?」

 八幡が、俺の手に頬擦りする白瀬を見て言う。
 まあ、そうだな。落ち着いた顔だ。

「恋をする、というのはそういう顔が自然と出来るものなのだろうか」
「知らん。なにせしたことがない」
「アタイはあるぜ? そして恋をするというのは、自然とそげな顔が出来ることはもちろん、ハートがドキドキメモリアルな日常を送れることなのYO!」
「……い、いまいち解らんな」

 彰利の妙な熱弁を耳にしても、八幡は枕を抱きながら首を傾げるだけ。
 そんな反応を見て、すっと目を開けた白瀬が少し赤らめた顔を八幡に向け、微笑んだ。

「では私が軽くですが説明を」
「説明できるものなのか。恋とはよく解らんものじゃのう」
「まっくら森くらいに不思議な感情じゃけぇのぉ」

 白瀬が正座をして、重ねた手を自分の胸に持っていき、目を閉じながら語る。
 それは柔らかくも落ち着いた声で語られる恋のお話。

「私と悠介さんの甘い甘い学園ラブストーリー。隣に座る彼をちらちらと見てしまう日々。落ちた消しゴムに手を重ねてしまうひと時。胸の鼓動がうるさくて、けれどどこか心地良い……そんな日々を過ごせる……それが恋です」
「むぅ……よく解らん」

 しかし八幡は眉間にシワを寄せて、解らん宣言。
 ならばと彰利がゴシャアと目を輝かせ、布団に正座して声高らかに宣言。

「ハイハイハーイ! んじゃあ次アタイねアタイ! ……僕とダーリンの、甘ぁい甘ぁい、学園サヴストーリー……ふんどしを締めた男たちとの熱いぶつかり合い。飛び散る汗と、熱き抱擁のたび、胸は鼓動を速め、熱い吐息を吐かせ《ボスゥ!》ニーチェ!!」

 語りながらウネウネと蠢く親友の顔面に枕を投擲した。

「気色悪いこと言い出すなたわけ!!」
「えぇーっ!? なんでぇ!? ええじゃんサヴストーリー! ホモって言わんところにアタイなりの恥じらいが混ざってイイ感じなのに《ボスゥ!》ニーチェ!」
「枕投げですねっ! 頑張りますっ!」
「あれぇ!? 人が事細かにサヴの素晴らしさを語ってるところへ勘違いしたまま枕を投擲する恥知らずな淑女が居た!? だがOK遊びとあっちゃあアタイは逃げーーん!! かかってこいオラァ!!」
「なんじゃなんじゃ、やかましいのう。そういうことは明るくなってから《ボフゥ!》むぎゃんっ!?」
「フッ……神よ。今テメーは一度死んだぜ?」
「…………上等じゃこのたわけめがぁあああああっ!!!」

 神、参戦!
 しかし咄嗟に枕を奪った彰利を前に、武器を持たぬ彼女は───あろうことかスーパー頭突きで彰利を襲う!
 それを肉弾戦の合図と受け取った彰利が肉技のオンパレードで応戦し、

「トタァーーーッ!! トルネードフィッシャーマンズスープレックスーーーッ!!」
「ひょぉわぁああっ!!?」

 八幡が再び抱えられる! その瞬間、

「八幡! 彰利の首をしっかり掴め! 回転も利用して、逆に頭から落とすんだ!」
「! 心得た!」
「なにぃ!? ギャアアアアア!!!」

 助言を飛ばし、その通りにした八幡と跳んでしまった彰利。
 ギュリギュリと回転し、しかしゴッドパワーで首を捉えられてしまって身動きが取れないままに、彰利と八幡は落下し───スウィング式DDTがゴドシャアと炸裂した。

「いつつ……! う、腕にくるのぅ……!」
「グビグビ……」

 口から泡を吹いてノビている彰利はまあほっといても復活するだろう。
 それよりも俺は、対面し、襲いかかってきた白瀬を正面から受け止め、吸引力の変わらないただ一つの大門さんよろしく、超大外刈りで布団の上へと叩き落とした。
 普通は痛がるんだろうが、白瀬は目をきらっきら輝かせて楽しんでいる。
 まるでかまってほしい盛りの犬だ。

「しかし枕投げ、のはずがいきなり終わってもーた。どないしまひょ」
「もういいからお前は寝てろ」

 八幡の下で泡を噴いていた親友が既に復活していた。ほんともういいから寝てろ。

「子守唄を歌ってもらえますか?」
「いきなりなにを要求しとんのだお前は」

 で、俺の眼下では胸の前で両手の指を絡めた白瀬がニッコリ笑顔で子守唄を所望。

「あ、じゃあ最近知ったナウい子守唄をプレゼンテッドバーイ彰利ィーーーッ!!」
「もういいから寝かせろっ!」
「いやいや、良いではないかゆーすけ。せっかく歌うと言うておるのじゃ」
「そーよそーよダーリンのツンデレ!」
「どういう罵倒なんだよそれはぁぁあ……!!」

 「まあよまあよ」と言いつつ、コホンと咳払い。
 俺達もいい加減自分の布団へと戻り、すっかり寝る体勢をとると、やがて彰利が歌いだす。

「ハーアッブの〜香り漂う〜♪ イ〜ケ〜メンすぅ〜ぎて困る〜♪ わぁ〜ったしぃ〜はっ、えっらっいぃ〜〜〜っ♪ 聖〜〜〜徳〜〜〜太子〜〜〜っ♪」
「それの何処が子守唄だ!!」
「全てが! 聞いた瞬間体が震えたぜ!? そして興奮あまり暴れまくったら体がだるくなって、眠くなったのYO!」
「そりゃただ暴れすぎで疲れただけだ!」
「マジっすか!?」

 もういいから寝ろと言って目を閉じる。
 階下はやかましいが、眠気があれば寝れないほどじゃない。

「ぼそぼそぼそ……」
「ひそひそひそひそ……」

 なのに彰利と白瀬がくすくすと笑いながら、ヒソボソと小声で話し始める。
 話し合うっつーか、そのままひそひそぼそぼそ言ってる。

「……なぁ。今からでもいいから部屋、男女別にしないか?」
「そんなの私の知っている修学旅行じゃありませんっ!」
「そうじゃないほうこそ知らんわ!!」
「ですけどですけどぅっ、せっかくこうして集ったんですから、分かれて眠るなんてつまらないですよぅ」
「つまるつまらないの問題じゃなくてだな……」
「アッー! なるほどっ! ダーリンたら夜這いする際のあの緊張感を味わいたいのね!? 解る解る! やっぱ夜這いって別の部屋からセルのごとく忍び寄るからEのよね!! ……キミも成長したね。もはやアタイが教えることはなにもねー」
「じゃあ寝ような」
「ウィ」
「むぅっ……みなさん眠るなら、もういいです。私も寝ちゃいますから」
「つーかゴッドは? さっきからてんで喋ってねぇけど」

 ? 言われてみればそうだな。
 と、ちらりと見てみれば、すいよすいよと眠っている八幡。

「キャアやっぱり子守唄だったのYO! すげぇ聖徳太子! つーわけでかなっち!」
「はい部長さん!」
「ネプチューンマン!」
「ビッグ・ザ・武道!!」
『天気予報〜〜〜っ♪』
「僕〜の」
「寝ろよもう!!」

 寝ずに騒ぐ気満々だった二人に怒号を進呈しつつ、拳骨を放って黙らせた。
 それからしばらくして睡魔にやさしく誘われた俺は眠りにつき、やがて朝を迎えた。


───……。


 チュンチュン、チ、チチチ……チギャァアアーーーーーーッ!!!

「…………嫌な目覚めをありがとう」

 小鳥の囀りと、親友の奇声で目が覚めた。
 恐らくは神社方面で叫んでいるんだろうが、ほんと無駄に朝が早い。
 俺だってこれでも家族の中では一番に目が覚めるんだが……うーむ。

「ん、んんっ……ん〜〜〜〜っ……くぁああひゅひゅ………………んむ。さてと」

 まだぼ〜っとする頭と体を起こして布団から出て立ち上がる。
 境内の掃除、しないとな。
 まずは顔洗って、それから、それか…………ら…………

「………」
「………」

 ……それから、着替えをしている茶髪女と出会った。
 場所は俺の部屋のままで、寝巻きを脱ごうとしているところだった。
 ……マテ。
 誰だコレ。じゃなくて、茶髪だからこれはあれだよな。いや解ってるんだ。つまり今の状況はそのー……

「よし解った話し合おう。八幡の話が本当ならここまでの経緯もいろいろと知ってるはずだろ、な?」
「あんな話のっ……いったいなにを信じろっていうのよぉおおおおーーーーーっ!!!」
「うわばかやめろ話せばっ!!《ずっぱぁああん!!》ぶばぁあっはあっ!!?」

 震え、顔を真っ赤にした輝耀のビンタは……それはもう痛かった。 


───……。


 で。

「ゆうべはおたのしみでしたねっ!」

 朝食も終え、現在は神社の境内。
 そこで一足先に来ていた白瀬に迎えられ、俺と隣の茶髪は盛大に溜め息を吐いた。

「楽しむどころか安眠妨害されたわ! それと目覚めも最悪だ! 友人だろっ、なんとかしてくれっ!」
「香夏子っ、こんなヤツの言うこと聞いちゃだめ! 神だかなんだか知らないけど、結局あたしの中に入ってるなんて言ったらあたしの頭がおかしいって言われるだけじゃない!」
「誰の言うことを聞くかを決めるのは私です。自分が気に入らないからといって、友達にそういうことを言うのはメーですよ、晃光ちゃん」
「でもっ!」
「そう! イッツ・ア・ヨクナーーーイ!!」
「ひゃあっ!?」

 そうして話し合っていれば、どこから現れたのかにこりとスマイルな親友。
 しっかりと宮司服を着ていて、「華麗なる着こなしインド人」とわけの解らんことを言ってポージングをとっていた。

「いかんよキョンちゃん、それはいかん。それはまるで、スマイル動画で争いを続けるユーザーなみによろしくない」
「喩えの時点でまるで解らないんだけど? ていうかなんでアンタまで居るのよっ!」
「たとえば他の動画で流行った言葉を別の動画でも頻繁に使うとか」
「人の話を聞きなさいよ!」
「でもアタイがヨクナーイと思ったのは、そんなことよりも“他の動画の言葉を別の動画で使わないでほしい”と言っていた人が、別の言葉なら喜んでいたことだったんだ……。アタイもう何も信じない。解って───くれるね?」
「しっ……心底どうでもいいんだけど!?」

 スゥウと涙を流しながらの彰利の言葉だったが、輝耀は怒るだけ。そりゃそうだ。

「はい部長さん、ちなみにその言葉って?」
「レズ☆ハッピー」
「………」
「………」
「………」
「………」

 四人が固まった瞬間である。

「人の嗜好はそれぞれ。でも不思議。男は女と結ばれるべきだと言える人でも、女同士は許せても男同士は許せない。そんな人が居る。こんなの絶対おかしいよ! お前友情でもレズとか書かれて友情物語にほっこりしてたところに冷水浴びせられる人の気持ち考えたことある!? いやべつにマジでレズシーンなら逆にほっこりするのですが!」
「人知を越えたお前の趣味はいいから、さっさと掃除するぞ」
「なんか今後ともヨロシク的なカタチで今の会話の全てをアタイの趣味にされた!?」
「ま、そうよね。無理して男とヨロシクするくらいなら、女同士のほうが気楽でいいわ」
「そうなん!?」

 地味にショックだったようで、口を縦に開いた彰利が輝耀を見る……が、その驚愕顔がニヤァと歪んだ。なんかドゥフフフフとか笑ってる。

「とか言いつつ、洞窟での落盤の瞬間には涙目で、ダーリンの手にしがみついて抱きついたキョンちゃんなのでした」
「はうっ!?《ぼぼっ!》にゃなっ……なななに言ってんのよ! ていうかなんであんたがそれ知ってるの!?」
「なに言ってんだよラーメンマン、おいら近くに居たじゃないか。トンベリ姿で」
「あれはあんたかぁあああああああっ!!!」

 カッと顔を真っ赤にした輝耀がズカズカと歩く!
 もちろん向かう先には彰利が居て、

「こんな時だからこそ聞きたまえ! おなごが仲良くしてるシーンがあればすぐレズ☆ハッピーの文字! 勘弁したれや! そういう関係を否定するわけではないが、友情をレズと断言するのはいかがなもの! だが安心したまえ! アタイはレズもいける! だから見せて! アナタの可能性を! アタイに!」
「んなこたぁ訊いとらんわぁああああっ!!」
「《ずぶしゃあ!!》みげーる!!」

 輝耀は目潰しを放った! 彰利に99のダメージ!

「ち、違うのかね!? 女同士のほうが気楽でいいっていうから、こうしてカメラも用意したのに! お、鬼! 悪魔! 僕の純情を返したまえ!!」
「純情持ってるヤツが他人の情事を撮るわけないでしょうが!!」
「え、え……!? し、しないものなの……!?」
「ちょっと香夏子! こいつ純情の基準がおかしいわよ!? やっぱりあたしと文化部やろ!? こんなのと居たら香夏子がおかしくなっちゃう!」
「フッ、手遅れだ《ベパァン!》ニーチェ!」
「あんたには訊いてないわよ!!」
「呼ばれてないのにじゃじゃじゃじゃあぁあ〜〜〜んっ!!」
「ギッ……ギィイイイーーーーーーッ!!!」

 輝耀にビンタされた彰利だったが、めげずに人を逆上させるダンスで見事に輝耀を逆上させていた。俺はそんなやかまし劇場を横目に、白瀬の隣に立って気になったことを訊いてみることにした。

「なぁ。輝耀ってなんだってあんなに男が嫌いなんだっけ?」
「子供の頃に、男の子に高い場所から突き落されたことがあったそうです。今の私たちの背からすれば、そう大したことのない高さですけど……それでも笑いながらの面白半分で突き飛ばされて怪我をして。それがとっても怖かったんだそうです。以来、高いところから落ちる感覚や男の子が苦手になってしまったようでして……」
「あー……」

 だからか。
 八幡の遺跡で幻覚落盤に遭ったあと、震えながら泣いていたのは。
 普通に怖かったってのもあるんだろうが……そうだよな、トラウマってのは誰にでもあるもんだ。

「トラウマってやつ……だよな」
「はい。ちなみに私のトラウマは、子供の頃に見た“みなさまのうた”のメトロポリタンミュージアムです。今見ても雰囲気とか最後の結末とか、怖すぎますよね。楽しげなリズムなのに、最後は絵の中に“閉じ込められる”んですよ。入った、とかではないんですよ。当時はあれが怖くて、絵に近寄るだけで泣いていました」
「ああ……あれかぁ。俺はあのミイラの動きがキライだったな。トラウマとまではいかなかったが、まっくら森の唄の魚が苦手だった」
「あぁあっ! わわ解りますっ! あれは私も苦手でしたっ!」

 同士を見つけたりとばかりに、怯えた様子と嬉しさを混ぜたような微妙な顔で声を荒げる。そんな彼女の頭を落ち着きなさいと撫で、彰利と輝耀は無視する方向で掃除を開始する。

「これだから男は!」
「これだから女は! とアタイはアタイは言い返してみたり!」
「おぉおおおおおお無駄にむかつくわあんたぁあああっ!!!」
「無駄なくむかつきたいとな!? どうするの!? ねぇどうすればできるの!?」
「ギ、ギィイイイイーーーーーーッ!! 揚げ足取りやがってぇええーーーーーっ!!!」
「キャアなんかキョンちゃんたら男らしい! だがしかし待ってもらおう! 貴様の過去になにがあったか知らねーが、アタイはテメーになんにも───」
「トンベリの着ぐるみ着ておどかしていてなに言ってんのよ!」
「ゲゲェしまったやっちまってた! 謝るから許せ!」
「いちいち態度太いのよあんた!」
「なにぃ!? ならば態度の細いアタイを想像してみろ!」
「………………キモッ!」
「なんと!?《がーーーん!》バッケヤラァもっと想像してみんさい! きっとどこぞの王子様と見紛うほどに美麗でキモッ!! 想像してみたらキモイ! なにこれ! キモイ!」

 掃除を続ける。
 この冷える季節でも落ち葉は結構あるものである。
 秋の名残というべきか、まだくっついていた葉が飛ばされたのだろう。
 それらを集めると、火をつけて芋を放り、焼き芋にする。
 少々古い芋だが、まあなんとかなるだろう。

「おらー、焼き芋が出来たぞー」
「まずはお毒見つかまつる!《がぼぉ! ジュウウ!!》ひょんげぇえーーーーっ!!」
「おぅわ馬鹿っ!! そのまま一気に食うヤツがあるかっ!」

 濡らした新聞紙とアルミホイルで包み、熱した芋はとても熱い。
 それを、アルミと新聞紙を取り払った刹那にガブゥと喰えばそりゃ火傷するわ。

「おぉお熱い熱い……! ……しかしもう治った! すげぇ! 火傷でも大丈夫なのかなって試してみたらステキ! アタイステキ!」
「お前はもう少し静かにしろ……あと落ち着きを持ってくれ」
「二次元美少女と一緒に焼き芋食べられるなら考えなくもない」
「無茶な要求も出すな」

 白瀬と、それからなかなか近付いてこない輝耀に焼き芋を差し出し、白瀬が二つ受け取って輝耀に渡す光景を眺めつつ、溜め息。
 ここ最近だけで何度溜め息吐いたっけ、俺。
 まあいい、今は芋だ。

「やぁ、二次元はいいね。現実も捨てられぬステキ空間だけど。アタイは二次元なら様々を受け入れられそうな気持ちをいつも心にトキメキドキュン。現実のサヴもレズもきっとアタイは引いてしまうのだろうけど、二次元なら受け入れられる。“男の娘”だってそうさ。男装少女だってきっとそう。目を覚ますんだ諸君。二次元と現実を一緒にするなと怒り叫ぶ者が、女より可愛い男が居るかとか言ってどーなさる。骨格からしておかしい? そんなの二次元だからいいのですよ。表現の自由を謳うならそれを否定しちゃあなりません。心にもっと許容の心を」
「美味いな」
「美味しいですね」
「まあ……悪くない味だわ」
「聞いて!? ねぇ聞いて!? ここで無視ってあんまりじゃない!?」
「やかましい。二次元についてを熱く語られながら焼き芋を食うこっちの身にもなりやがれ」
「ぬう、何故この暖かソウルが届かんのか……」

 ぶちぶち言う彰利をよそに芋を食べ終えると、焚き火の跡に水をかけて始末完了。
 着替えてくるぜ〜と寮へと走る彰利と白瀬に手を振り、俺もそろそろ着替えよう……と踏み出した時。

「ちょっと待った!」
「ん?」

 後ろから声をかけられ、振り向いてみれば輝耀。
 なんでか俺を睨んでおり、怒られる理由を頭の中で検索してみるも……彰利以外で理由が見つからん。

「どした? 食べたりないならお袋に言ってくれ。芋はもうない」
「そんなんじゃないっ! ち、違くて、あ、あー、そのっ……!」
「勝手に婚約宣言ならお前の中の神がやったことだ。気にしなくても大して仲良くもない状況を見続ければ、親父たちの熱も自然と冷めるだろ」
「だからそーじゃなくて! 喋らせなさいよ!」
「よしきた」
「うぇっ!? あ、あぇあ……」

 聞く体勢を取り、言葉が吐かれるまで待つ。
 当然、相手の目をじっと見たまま。
 ……さて。睨まれる理由は婚約のことくらいしか思い当たらなかったんだが……もし理不尽に全てを俺の所為にしようっていうなら、勝手に遺跡に忍びこんでいたことも含めていろいろ言い返してやるつもりだ。
 しかしそんな思考とは裏腹に、髪の毛をわしゃわしゃと掻き混ぜながら「だーーっ!」と叫んだ輝耀は、

「助かったわよ! ありがたかったわよ! 感謝してやるわよ! それだけ!」

 ……と、よく解らんことを叫び、だんっ、と石畳を叩くように踏んだ。

「………」
「………」

 よし解らん。怒られる理由どころか感謝される理由も見つからんのだが?
 あ、もしかして泊めたことに対してか?

「それはどういったありがとうだ? 泊めたことか?」
「遺跡でのことよそれくらい解んなさいよ手ぇ引いて庇ってくれたでしょーが!!」
「へ? …………あ、あーあー、あれかぁ」

 手ぇ伸ばせっていって、そういや抱き締めた。
 いや、咄嗟だったし特にこれといった考えも無しに行動したから忘れてた。

「借りを作ったままなのは癪だから何か言いなさいっ! 男が女に望むことなんて考えただけでゾッとするけど、それでも借りがあるままだと安心して過ごせないのよ!」
「晃光ちゃんが悠介さんの虜になったと聞いて!《ずしゃあっ!》」
「ひゃあうっ!? か、香夏子!?」
「戻ってくるの早いなおい!!」
「はー! はー! い、いつでもっ……や、やれば出来る子をっ……目指しっ……て……げっほごほこほっ!!」
「今の一言って呼吸困難になるまで頑張ることか!?」

 しかも誰も虜になんぞなっていないとくる。
 なのに白瀬は満足そうに目を輝かせていたので、あえてツッコみすぎるのはやめておいた。

「はっ……はー……はふぅ…………いえ、本当はただ服が貸していただいたもののままだと気づいたので、途中で引き返してきただけなのですが。まさかこんな場面に出くわせるとは……!《きらきら……!》」
「うぐっ……か、香夏子……? また何か勘違いしてるみたいだけど、これはそういうのじゃ……」
「愛の告白ですねっ!?《ぱぁあっ》」
「違うわよ!!」
「あなたのためならどんな命令も! って場面じゃないんですか?」
「ええもう大変嬉しいことにそういう場面じゃ断じてないわ!! 命かけるわよ!!」

 ……これで案外、輝耀も苦労してるのかなぁと、この時初めて思った。
 顔真っ赤にしながら涙目で口元を引き攣らせての叫びだ。思いたくもなる。

「そうですか。それは早合点でした。ではどうぞ、続きを」
「……その前に、どうして二人きりになってから切り出したのかとか、そっちの方向に気を回すつもりはないわけ……?」
「告白ではないのなら特に問題はないと思うのですが……いえいえ、私のことはいっそ空気とでも思ってくださればっ。二酸化炭素を吐き出す空気ですが、良しと言われるまで黙してますしっ」

 例の顔できゃーぅと小さく叫ぶ白瀬を前に、輝耀はぐったりと全身で項垂れて溜め息を吐いた。
 そんな友人の相手をとうとうやめた輝耀が、「あんたがさっさとしないから……」と悪態をつきつつこちらへ向き直る。

「それで、なに? なにかあるでしょ願いたいこと。可能な限り一つだけ叶えてあげるからさっさと言いなさい」
「お前はどこの神の龍だ」

 新聞部に突っかかる時も常に高圧的でやりずらいんだよなぁこいつ……。
 そのくせ打たれ弱くてすぐ逃げ出すし。
 彰利が言うには“きっと極度の寂しがりなのYO”だそうなのだが、それこそここまで高圧的な寂しがり屋なんて二次元でもなければ居ないのではないだろうか。

「いいからっ! 言うっ! そしてさっさと面倒な状況からあたしを解放しなさいよ!」
「自分から面倒事に首突っ込んでるって自覚はないわけな……」

 もう俺帰りたい。ああここ自宅だった。どこに帰ろう。

「ちなみにアタイは高圧的な二次元おなごが嫌いではないが、物静かで反応が機械的な二次元おなごも嫌いではない」
「だから……戻ってくるのが早いと言っとるだろうが……!」

 彰利が現れた。しっかりと学生服を着て。
 くるりと巻かれた長いマフラーが、実に本日の気温の低さを物語っている。
 俺も早く暖まりたいよ。色々な意味で。

「あのキャラが嫌い、こいつが嫌いと唱える者よ、愛を知りなさい。そんな、自分が好きな性格のキャラばかりが集う物語が何処にある? 二次元に向けて言う言葉じゃねーが、もうちょい現実を見よう。そんな楽園があるならアタイこそ行きたいワーイ! 性格の悪いやつが居るからこそ性格のいいヤツの存在が輝くのさ!」
「いいからお前は帰れ」
「えぇ!? アタイ戻ってきたばっかだよ!? ま、まあそげなわけだから、キョンちゃん。そげにツンツンしてばっかりじゃあお願いしたくても出来ませんぜ? もっと棘を隠しましょう? で、近付いてきたらブスリと」
「帰れ」
「より簡潔になった!?」

 溜め息を吐いて自宅へと戻る。
 後を追う輝耀が呼び止めてきたり「ちょっとっ、早く言いなさいよっ」と急かしてきたりと忙しいが、願いなんて特にない。
 なので聞こえないフリをしてさっさと着替えて、メシを食って登校を開始した。


───……。


 ……さて。

「略称ってあるよね。なんでか四文字であることが多い略称。なんで四文字なんだろ」
「知らん」
「やっぱりね? やっぱりなのね? 助けてくれた時は男の中にもいいやつも居るんだって思ったのに、結局こうしてよからぬことを考えて引き伸ばして……ぶつぶつぶつ」
「良いお天気ですねー」

 ばらばらのことを語りながら道をゆく。
 森の小道を歩いた先にある丘。その上に建つガッコへ向けて。
 今日もいい風が吹いている。いい朝だ。

「けいおん! とかそふてにっ! とかってさ、やっぱ略さないとタイトルらしくないから略しとんのかね。“軽音楽部!”とか“そふとてにすっ!”とかの方がよっぽど雄々しいと思うのに」
「女が主人公のものにどんな雄々しさを求めとんのだお前は」
「こんな会話も日常チックでいいじゃないか。ところでしまパンって縞々パンツの略かな。縞々パンティェーの略かな」
「前者ですね。ただし縞々はひらがなで書くと、よりコクが出ます。パンツはカタカナで書くと少女らしさが、ひらがなで書くことで幼女の味わいが滲み出まして」
「深ェなオイ」
「真顔で感心してないで、いーから歩け……」

 朝から疲れる。
 そんな俺をちらちらと見る輝耀は、彰利との会話が終わったと見るや白瀬に話しかける。……まあそうか。この中だと白瀬くらいしか気軽に話せる相手、居ないもんな。

「そげなわけでけいおんもそふてにも、“軽音楽部!”や“そふとてにすっ!”と呼ぶことにしてみようかと思ったんだけど、どうだろう」
「正式な名前があるのに解っててそれを無視するのは、インなんとかさん症候群だーってこの前お前言ってただろうが」
「……ハッ!? ギャアそうだった! いかんこれはいかん! アタイとしたことが! でも冷静に考えるとインデックスってスゲー名前よね? …………俺、決めたよ! これからは“もくじ”と呼んでくれ!」
「せめて目録って言え」
「……じゃあ“背表紙”で! とある魔術の禁書背表紙! ……やべぇカッケェ!!」
「………」
「あ、あれ? お気に召さない? ならば“あとがき”と呼んでくれ! 禁書あとがき!」
「いい風だなー」
「そうですねー」
「ちょっとっ! 香夏子は今あたしと話してるのっ! 横から入ってこないでよ!」
「……無視っすか───ってゲゲーーーッ! そういや弁当作ってねィェー!」
「うあっ! あたしもだっ!」
「ではお母様に出前を頼みましょう。きっと届けてくれます」

 言って、ケータイを取り出す白瀬。
 そこでハタと叫ぶのをやめた彰利が、俺の傍へと寄ってきて耳打ちをする。

「そういやさダーリン。このケータイの電波ってどうなっとるんだろうね? 外とは大した交流もない島なのに」
「そこんところは白瀬と巳浜とフレルミラージュがなんとかしてるって聞いたぞ? よその手がここに届かないようにって、三つの家がこの島を買ったって噂がある」
「……まあ、そりゃそうよね〜ィェ。この島で金持ちでも大して意味ねーし。つまり金持ちの御三家は、外での金持ちってことか」
「そういうこったろ。島民の全員が全員、外を知らないわけじゃない。その上で御三家が島を買ってくれたのは、物凄くありがたいことだ」
「むしろここって一つの国として起ったほうがよくない? 独立国家八幡って感じで」
「それは賛成だ。外からの介入は是非とも無しの方向でな」

 八幡は蒼い空と透き通る海が目立つ場所。
 人口もそう多くはないし、余計な建物を建てたりしない。
 一度その場に家を建てたなら末代まで、がこの島の暗黙のルール。
 平和だから血生臭い喧嘩らしい喧嘩も無いし、どの家庭も家族仲は穏やかなものだ。
 外の技術を使ったインターネットやケータイなどで知ることとなった、様々な家庭事情を知った時は随分とたまげたものだ。俺達にしてみれば信じられないことの連続だ。
 それを知って以降、島民の中に外の者を招こうと思う者は一層に居なくなった。
 インターネットなどで知ったこともいろいろだが、いつかはこの技術も捨てるのだろう。
 干渉は極力減らす。
 どこで接点を持たれて踏み込まれるか解ったものではないからだ。
 そういうことをもうずっと前から続けているのが、この島の民なのだから。

「FUUUM、もしこの島に誰かが来たりしたらどうなるんかね」
「八幡が言ったことが繰り返されるだけだろ。この島に“八幡の血”を持たないヤツはいらないって。“ここ”を知らないヤツが来るだけで、そいつは“ここ”を自分がよく知る世界に変えようと躍起になる。ここの良さを知らないヤツに引っ掻き回されるなんて冗談じゃない」
「だぁね。まぁ、来たとしても灯台守のあんちゃんらに追い返されるだけだろーけど」
「だな」

 島外れの灯台には二人の青年が居る。
 名前は知らないが、近くを通れば“やぁ”と軽く手を挙げて挨拶される。
 白瀬や彰利がたまにやるのが、それの真似だ。
 物心ついた頃からず〜っとあそこで暮らしているんだが……何歳なんだろうな。

「ふぅ」

 考え事をしながらも辿り着いた校舎を見上げる。
 ……今日も今日とて一日が始まる。
 奇妙な関係で成り立つ、平和だけが取り柄の島で。
 最近だけで随分と様々な体験をしているが、どこかわくわくしている自分も隠すことは出来なかった。

「ほいじゃ、頑張って新聞完成させまショ。タイトルはカニボレ! 依然変わり無く!」
「ウィーバーのカニボレには罪はないよな」
「オウヨ。悪いのは全部あのゴッドじゃぜ?」
「そういえばウィーバーも最近はやってないですね」
「えぇ!? か、香夏子あれやってるの!? 教えてくれたらよかったのに!」
「いえ、実は他のプレイヤーさんに騙されて床に置いたアイテムを全部奪われてしまって。それ以降は全然……」
「んむ、やはり外のヤツなぞ来なくてEよねィェ! つーわけで記事トップは“巳浜、ついに脱ぐ!” で行こうと思うんじゃけんども」
「またスマキにされて捨てられるぞ」
「望むところだ」
「いや……望むなよ……」

 ここは八幡島の八幡高等学校。
 奇妙な新聞部が少し奇妙な日常を送る世界。
 この平和を呼ぶ風が吹く島で、これからどんな日々を送るのかは…………多分、神でも解らんだろう。あんな神を見た後では、余計にそう思った。





Next
Menu
Back