04/灯台守の一族

 八幡島は基本、金の有り難味があまりない島である。
 それというのもそれなりに広くはあるが、人の数がそれほど多くないからだ。
 自給自足が基本であり、肉類などの生産ラインは島の外に比べれば底も底。むしろ皆無。
 食べられれば良しってくらいの世界であり、主食は海産物や穀物がほとんどだ。
 家畜を殺すことは禁止されている。
 ともに生きるのであれば、その命を寿命以外で絶つことは許されない。
 故に家畜は友であり、家族である。なので肉の味など知らない者が大半だ。

「やあ」
「ちーーっす」
「右門さん、左門さん、おっす」

 休日の昼時、晦悠介と弦月彰利は灯台の傍まで来ていた。
 青空の下、風に吹かれながら新聞のことを纏めたいという理由からだった。
 神社は親がやかましく、学校は用事が無い限りは立入禁止となっている。
 なので心地良い場所はと選んだ先が灯台守が住む灯台の近くだった。
 ……冬だというのに。

「左門さんは相変わらず“やあ”だな」

 灯台守左門(とうだいもりさもん)、灯台守右門(うもん)。
 挨拶を大切にする、マッスルだけどやさしい兄弟だ。

「挨拶を大切にするのは解るが、いつ、何時に会っても“やあ”なのはどうなんだ?」
「ええじゃない、時間に囚われない挨拶じゃぜ?」
「そりゃそうだが」

 灯台守の仕事は、島唯一の船継ぎ場を守ること。
 主に、外からの来訪者を追い返すこと。

「あのー、ちなみにどっちが兄でしたっけ?」
「俺が兄だ」
「僕が弟です」

 左門が弟、右門が兄のようだった。
 やあ、と声をかけてくる方が弟らしい。

「で、今日は他の家族さんたちは?」
「灯台の周囲で遊んでいますよ。今日は外の真似で野球とサッカーをしているんだとか」
「賑やかなことだな、まったく。少しは手伝えばいいものを」
「はは、なに言ってるんだい兄さん。外の人が来たら、真っ先に動くのはあの子たちじゃないか」
「……元気なのはいいが、長女が戦闘狂というのもな……」

 ぶつぶつと兄がこぼしながらちらりと見る灯台の下には、12人ほどの少年少女が居た。
 見たところまだ子供のようだが、長女が戦闘狂らしい。

「へえ、他に家族が居たんすか。初めて知った」
「はははっ、いや、お恥ずかしい限りです。まだまだやんちゃ盛りでして。あ、こんな口調をしてますが、べつに僕は親ではありませんよ?」
「もちろん俺もだ」

 左門と右門はそう言いながらも、片方は笑い、片方はムスッとした顔。
 少し気になり、悠介が質問を投げる。

「結婚の予定は?」
「相手が居ません」
「ギャア即答!? ……寂しい人生送っとんのやね、サーモン……」
「さ、左門ですが」
「ていうかさ、あっちの子供の中の一人が、物凄い目ぇ光らせてこっち見てるんだが」
「気にするな、ただのブラコンだ。常に左門に欲情して、毎朝寝込みを襲おうとしている程度のブラコンだが」
「レベル高ェエっすねそれ!!」
「お恥ずかしい……いつもやめなさいと言っているのですが……」

 頬を染め、そんな頬を目を伏せながらコリコリと掻く左門。
 そんな様子に思わず噴き出した二人に、右門が言う。

「なにか相談ごとがあるのならあそこの岩壁がオススメだ。風もあまり届かない上に、座る場所もある」
「オッ、そりゃええわ。ちと纏めたいネタもあったし」
「必要でしたらお茶でも用意しますが?」
「いや、さすがにそれはいい」
「そうですか。必要になったらどうぞ」
「お前は茶屋かなにかか左門。いいから仕事に戻るぞ」
「はいはい、解ってますよ、兄さん。ではのんびりとどうぞ。あ、もし不審な輩が居たらお報せを。正義の名の下に、デストロイです」

 バッと敬礼をして見送ってくれた左門を見て、二人は警官みたいなノリだなと苦笑しながら、島の一部が削れた岩壁の傍へ。
 周囲が海水で囲まれているそこは、小さく残った道を残して通る道が他には無い。
 二人も例に漏れずその道を通り、まるで公園にでも作られたかのような自然石の椅子とテーブルに座り、話を始めた。

「……くくくっ、サーモンか。いい名前じゃないか」
「ほうっておいてくれますか、兄さん。人を笑うのはよくないことですよ」
「ああすまん。それよりあっちをどうにかしろ。小さい体なりに色気を使って必死にアピールしてきているぞ」
「あとでタバスコドリンクでもプレゼントしますよ」
「やめておけ。朝駆けされても俺は知らんぞ」
「……やっぱりタバスコでは喜ばれるだけですよねぇ」

 左門は苦笑をもらし、右門とともに家族のもとへと歩いた。
 その先で家族に囲まれ、わやわやと賑やかに会話をする。
 そんな二人を、悠介と彰利は笑いながら見ていた。

「大所帯だけど、ええ家族やね」
「そーだな。って、それはいいから新聞だ。あと課題」
「宿題出すなんてな〜に考えとんのかねぇオイちゃんは」

 オイちゃん。及川先生。八幡高校の教師である。
 やさしい教師として慕われており、あだ名は“僕らのオイちゃん”。
 そんな僕らの彼が宿題を出した。一部の人が“てめぇらのオイちゃん”と改めた。

「う〜ぬの〜〜〜♪ 声が好〜〜〜き〜〜〜♪ い〜つ〜も〜こ〜ころ〜に〜ZUNと〜くる〜♪」
「くるな。つーか現実から逃避するな。するにしてももっとマシな歌を歌え。いや、曲に罪はないがお前の歌声と替え歌がいろいろと問題だ」
「替え歌を馬鹿にするでないよ! でもとりあえずは纏めが先やね。悠介、課題もそうだけど、テストのヤマもおせーて」
「はぁ……ちょっと教科書貸せ。あとお前はもうちっと記憶力高めろ」
「出来るヤツは簡単に言うけど、ンなもんポンポン高められたら苦労しねーっつの」
「違いないな」
「でも歌とかは割りと楽に覚えられるのよネ。人って不思議」
「……違いないな」

 はぁ、と溜め息を吐いて、教科書にチェックをつける。
 及川という存在の性格を考えての範囲を示し、対面して座る相手に教えてゆく。
 その上で新聞の話も進めると、段々とカタチになってくる下書き的な一面。
 新聞とはいっても校内で配るものだ、何枚も重なっているようなものではない。
 なので両面だけ埋められればいいというものなわけで、二人は簡潔に、かつ壮大なゴッドストーリーをどう表現したものかと悩んでいた。

「タイトルはカニボレ。見出しの一文は“巳浜、ついに脱ぐ!”で、内容はGOD。しかしこれだけで本当にいいのか? 写真もなんだかんだで生き残ったパンツィラ写真しかねーし」
「真面目に語るならもうちょっとマシなことにしてくれ。お前それ下書きにした時点で巳浜にエルボーされて、倒れたところに顔面ストンピングされただろうが」
「うす。その瞬間、スカートの中を激写したら半コロがしにされました。最強。ところで勉強を歌で覚えると、きっと記憶できると思うんだが、どーデショ」
「それを作るために録音技術でも身につけるか?」
「ワーオめんどくさそ。俺がやらんでも誰かがやるっしょ」
「そんなだからなにもかもがそのまんまなんだけどな……この島も、きっと外も」

 外のことは情報だけ。
 金持ちは外を知っているどころかその身で知ったこともあるが、子供は外を知らない。
 インターネットなんてものを普及させた御三家に感謝を、とはいうが、島の外を知らない者にしてみれば異常なテクノロジーだった。
 なにせテレビがついたのもそう昔というわけでもないのだ。
 テレビが普及してビデオが仕入れられ、やがてパソコン、インターネットと、いろいろと揃うまで時間は掛からなかった。しかし、モミアゲ少年は自分の手と目で追うことが出来る読書というのが、そう嫌いではなかった。

「文明っていうのかな。俺はそういうの、正直興味が無い。進んだら進んだで、本が用済みって言われてるようでさ」
「オウ? ネットとか嫌いかね?」
「好きだ。笑わせてもらったりもした。スマイル動画はいろんな言葉が飛び交ってて、随分と興味を動かされたよ」
「ほれみぃやぁ〜、ほれみぃ〜」
「けど、それも最初だけだ。最初の頃はみんな純粋にその場を楽しんでたんだろうが、すぐに“自分の居住まい”を見つけちまった。俺は最初の頃の、おっかなびっくりながらもみんなが笑って盛り上がってた頃のほうが好きだ」
「あー……たまに見るね、そーゆー言葉」

 話しながらも新聞のこと、勉強のことについてを進める。
 勉強なんてものは教科書を覚えてしまえばいいと言った人が居たが、悠介はそういうタイプだった。趣味は特に無く、強いて言うのなら読書。その読書の部分が教科書に向いたことがあり、しかしながら───そこに答えが載っているわけでもない。
 教える者も居ない状態で教科書の知るには無理がある。だから答えが解らないパズルを組み立てようと脳が働き、僅かずつではあるが脳組織の伝達能力が成長する。
 一日に鍛えられる組織の数などたかが知れているが、何事も積み重ねなのだ。

「たまに、変わらないものを見たくなる。本はそういうものを残してくれるから好きだ」
「ナルホロ。変わっていくものの中で変わらないものを探すとか、歌であったねぇ。じゃけんど、あっしゃあどうにも文字だらけってのは苦手でしてねぇ」
「どうしてそこで下っ端みたいな喋り方になるんだ」
「時折言葉遣いを変えたくなる時があるのサ。まあそれはそれ」

 走らせていたシャーペンの芯をカチリと戻し、胸ポケットに仕舞う。
 やることも終えた彰利は悠介へと歯を見せて笑うと、

「お陰でカニボレに会えた。俺ゃ衝撃受けたよ、あのキュートなモンステウに」
「モンスターな」
「そうそれ。なんか派手なヤツがいるなーとか思って画像取り込んでアップしてみたら、モノスゲーカワイイのよ! 惚れたね! ……でも胴体の部分がどうなってるのかがイマイチ解んねーんだよね。あ、そだ、ちとイメージ膨らませながら書いてみよう」

 ……笑んだまま、再びシャーペンを手に取った。
 新聞用に下書きをした紙の端に、絵が描かれてゆく。

「自慢じゃないけど、絵はうめぇと思うのよ、アタイ。で、顔はちょっと長方形っぽくて、口はジグザグ口で……頭の周りには花びらっぽいのが生えてて〜……首がまあまあ長くて、腹はちょっと出っ張ってる感じで、足がこうで腕が……腕、腕〜……どんな感じだったっけ? んまあいいや、こうでこうでこうっ! どーだー!!」

 バッと出された絵は実に見事だった。
 ノリノリで描いたために、視覚的ななにかが不覚になっていなければもっとよかったのだろうが───その紙に描かれた絵は、どうみても妖怪だった。

「……お前、妖怪腐れ外道描いてどうすんだよ」
「え? やだなぁなに言ってんの悠介、この寒さで冷静な判断が出来なくなってる? カニボレが腐れ外道になるわけギャア外道だこれェエエーーーーーっ!!!」

 今にも“もう我慢できねぇなぁ〜!”と叫びそうな絵があった。
 悠介は腹の底から溜め息を吐き、そんな熱が白く放たれ、やがて消える。
 風はこないのだが、寒いことには変わりはない。なにせ冬である。

「つーかなんでアタイら、冬なのにこげに寒い場所に?」
「お前が“他の部員には見られたくないの……アタイらの秘密の場所に来て?”なんて言ったからだろうが」
「え? 言ったっけそんなこと」
「ご丁寧に、来なかったら白瀬の髪をヴィゲン早染めで大変なことにしてやるって脅しまでかけてな」
「フッホホ、やるつもりなんてありゃあせんよ。でも効果はばつぐんでしたなっ!」
「やられてたまるか。白瀬はあれだからいいんだよ」
「かなっちが自分で染めたいって言い出したら?」
「そりゃ好きにさせる。俺はあいつの白い髪が好きだが、それをどうするかは本人の意思だ。お前のおかしな奇行と違って、止める理由はないよ」
「おやまあ」

 意外なものを見る目で悠介を見る。
 対する悠介は特に気にしたふうでもなく、教科書をパラパラと流し読みしていた。

「もしかしたら独占欲みたいなもん、持っとると思ったのに」
「アホか。んーなもん縛るだけだろうが。部活仲間ってだけで、そんな図々しく出れるやつのほうがどうかしてる」
「かなっちのことになると、落ち着いてないって自覚、ある?」
「なんかほっとけないんだよ。一年前からだ、ほっとけ」
「キミが他人に興味を持つなんてねぇ……男友達なんて、大人ばっかなくせして」
「うっせ、どーせじじむせぇよ」
「ふーむ……そういう意味じゃないのだが」

 消しゴムで外道を消しつつ、彰利が溜め息を吐く。
 ───一年前、友人である晦悠介は一人の女を連れて来た。
 八幡の島民ならば誰もが知る金持ち三人衆の一人、白瀬香夏子。
 開いた口が塞がらず、パクパクと動かしながら「なにをなさっておられるの?」と声を絞り出した。返ってきたのは「つまらなそうだったから」の一言だけ。
 白瀬香夏子を見た彰利の反応は、べつに“普通”だった。つまらないことを普通と受け取っているために、つまらない日常が当然であるだろうその目。それが彼は気に食わなかった。
 基本、人を嫌うことはしない。
 自分は馬鹿をやっていられる時間が好きだからと、誰に縛られることなく好き勝手に動くのが彰利の行動原理。
 なのに“楽しい”がある空間に“つまらないのが当然”が入ることを、彼は恐れた。
 恐れればあとは……好き勝手に動くだけ。いつもと変わらない。
 結果として散々振り回された白瀬香夏子は遠慮を無くし、今では笑顔が似合う女性になっていた。その笑顔は綺麗なものだ。自分と悠介とで芽生えされたもの、と考えると誇らしくもあると彰利は胸を張った。

「まあ、かなっちはええお子よね。べっぴんさんだし胸もある」
「お前の判断基準はそこなのか……」
「およ? じゃあ悠介は?」
「自分が傍に居て落ち着けるかどうかだよ。相手にとってはうざったい話だろうけど、大事なことだ。一緒に居て息が詰まるヤツとは、出来れば一緒に居たくない」
「んーなもん、八幡島民の中じゃ稀少でしょーよ」
「だよな。みんながみんな、きさくで気軽に声を掛けてきてくれる。だから、外の技術を日常的に使うことで、いつか変わっちまうんじゃないかってのが怖いわけだ。好きだったヤツが急に人が変わったようになったら、誰だって一度は引く。それが染み付いちまったら、もう笑顔で手は振れない」
「あー……もしかして、シモ的なことでギャースカ言うアタイ、怖かった?」
「あー……すまん、そういう意味で言ったんじゃない。確かにわけが解らないってので戸惑ったりはしたが、それもやっぱり慣れなんだろうって考えは確かにあるんだ。でも、内側では変わらないことを願ってる。最近じゃあ特にだ。八幡を見たらさ、目が覚めた先で全部が全部変わっちまってたらどう思うんだろうなって思った。思ってみたら、たまらなく怖かった。好きだからな、この島の今の空気が」

 外道が消された下書きを見る。
 自らや白瀬、彰利や巳浜、マリヤが書いた文字が、汚さと綺麗さも不揃いに並べられている。それを見て笑う悠介は、冬の寒さにくしゃみをした。

「さむっ……! 〜〜〜っ……はぁあ〜〜……しっかし、元気だなぁあいつら」
「子供は風の子やね。あのバンダナくんが“風とともに出現!”とか叫んどったし」

 視線の先には灯台下で燥ぐ子供たち。
 冬にしては綺麗な蒼の空の下で、わいわいと子供ならではの遊びをしているらしい。
 その中の一名の頭がやけに輝かしく、「すげぇ輝いてる子供が居るな。物理的に」と彰利がもらす。

「アタイらも混ざる?」
「その前に課題」
「やっといて?」
「いいぞ? 及川がどんな反応を見せるか楽しみだな」
「どげな答えを書くつもりで!?」
「彰利の成体をだな。こう、常にヨダレをたらしていて、そのヨダレは石をも溶かすと」
「自分でやりますから無理に恐ろしい想像しないで!? そんなのダーリンじゃない!!」
「だったら最初からそう言ってくれ、頼むから」

 慣れないことはするもんじゃない。
 多少顔が赤くなるのを感じながら、悠介は教科書を睨む彰利を溜め息混じりに見守った。


───……。


 青々としていた空が白く濁る。
 寒さは増すばかりで、気づけばシバリングをしながら課題をする二人。

「シバリングの持続時間って2時間っつったっけ……」
「まだ一時間だからいける!」
「無理して屋外でやることないだろうが!」
「それはそれで負けたような気にならなくない!? 見なさいよもう! あっちで遊んでるお子たちは実に元気ですよ!?」
「ああ……この寒さでタンクトップ一枚ってどうかしてるだろ……」

 ムキーンとポージングを取っている子供を見て、二人は同時に頷いた。
 くどいようだが季節は冬。
 そんな中をタンクトップで駆け回る子供が居る。
 二人は目を瞬かせてみるのだが、現実は消えなかった。

「世の中にゃあ〜……タクマスィーお子がおるもんじゃね……」
「逞しいで済むのか、あれが」

 二人の中で“逞しい”の文字がランクアップした。
 左門と右門も筋肉でいえば逞しいのだが、そういう意味での逞しいではない逞しいが、二人の中で産声をあげた瞬間である。

「名前はタクマ=シイにしましょう。産声を上げたからにゃあアタイがパパYO!!」
「いきなりなにを言ってるんだお前」
「ギャア冷てェ!!」
「名前はC-タクマに決まってるだろうが」
「予想外の返答が!? でもなんか“野蛮なれ”ってつけたくなるような名前だね」
「いや、実はな。さっきのこともそうなんだが、“八幡にもうちぃと砕けてみよ”とか言われてな……」
「ホヘ? そんで実行? 言われたことをすんなりやるなんて、ダーリンらしくもねぇ」
「あのな、一応俺は神社の跡継ぎで、相手は神なんだぞ?」
「…………オーウ!!」

 今思い出したとばかりに彰利は頬を手で覆って驚いた。
 見る人がみればオーマイコンブと言いたくなる姿だが、それを知る者は居なかった。

「じゃけんど神だから全てに従うの?」
「自分のためになるならな。基本、デコピンで終わりだ」
「このダメ神主さんめ」
「知ってるだろ。神だからって無条件で信仰ささげるような安売りはしたくないんだ。ただ、冗談を言ってみることに興味がないってわけでもない。平然とウソをつくお前や冗談を笑顔で並べる白瀬に、ちょっとは憧れがあったし……な」

 やることも終え、出していたもの全てを片付けると白い息を吐いた悠介が立ち上がる。
 いい加減に体が底冷えしてきたのだ。終わったのなら無理して隠れて進める必要もない。
 習うように彰利も立ち上がり、灯台下でヒーローごっこをしている子供たちに軽く挨拶を飛ばした。

「あんま遅くまで遊んで、怖いおっちゃんに捕まるでねぇぞーーーっ!!」
「はっはっは〜、いいなそれっ、返り討ちだっ」

 ……黒髪ワンピースの少女が腕を組みながら即答で返した。
 むしろ望むところだと。二人はまた頷き、あれが長女であることを確信した。

「普通の人間なら朝霧海斗くらいの力は欲しいな……おーい左門ー! いや、右門でもいいか、退屈だから相手しろー!」
「しません! 大人しく遊んでなさい! というかもう少し落ち着きを持ちなさいと言っているでしょう! なんのためにワンピースを着せてると思っているのですか!」
「ひらひらしてて鬱陶しいんだよこれ……制服でもない限り、ジーパンとかのほうが落ち着くんだぞわたしは。……しかし、うーん……お前、やっぱり悪としてのほうが口調が合ってるぞ」
「なにを言いますか。僕は正義です。ですからこれでいいので───うぅっぷ、急に吐き気が」
「人間、素直が一番だと思うぞー……」
「はっはっは、せっかく色を変えられるのなら、自分でない自分になりたいじゃないですか。差し当たり、僕は恵まれた環境での成長を願いました。結果がコレですがね」

 いろいろと問題発言が出たが、意味が通らない人にとっては首を傾げる程度である。

「うじゃ、サーモンさんたちに挨拶してから帰りますかい」
「うじゃってなんだよ」

 苦笑を漏らしながら二人、右門と左門のもとへ。
 右門は寄ってきた二人に腕を組みながら「帰るのか」と言い、左門は「お茶を用意したのですが」と、お茶を差し出していた。
 もちろん寒空の下、冷えた体を動かしたばかりの二人にそれを受け取らない理由はない。
 素直に感謝の言葉を投げ、湯飲みを受け取った。

「ごくっ。……このわざとらしいお茶味!」
「やかーしぃ。……いい味だな」
「うん。兄さんが育てた茶葉で淹れたお茶でね、“アアアアェイ゙お茶”、っていうんだ」
「すっ……すげぇ名前ッスネ! ネーミングセンスに全アタイが惚れちゃいそう!」
「今すぐ殺そう」
「《ちくり》オヒャーーーイ!?」

 惚れちゃいそうと言った彰利の背後に、いつから居たのか小さな子供。
 先ほど、子供ながらにアピールしていた薄紫色の髪をした少女が、木の枝を彰利の脇腹に軽く押し当てていた。

「だだっ、誰!? このお子だぁれ!? つーかチクチク痛い! やめて!?」
「左門に近付くヤツは誰であろうと許さない。惚れるなんてもってのほか。でも左門から好きになったら素直に身を引く。理解のある女なわたし。10点」
「ゲゲェ子供とは思えん発言がポロリと! そしてやめてって発言があっさり無視だ!」
「でもフラれたら全力で慰めて、愛を以って受け止める。包容力のあるわたし。その時こそ真実の愛を知る時。じゅるり」
「ギャヤヤァアーーーッ!! なんか脇腹チクチク刺しながら頬染めて舌なめずりするお子がおるーーーっ!!」

 小枝を匠に操って、「ここかー、ここがええのんかー」と小声で囁く少女。
 その顔は無表情に近いというのに、左門の話題になるとうっとり顔になっていた。

「ぬ、ぬうう! うぬがサーモンのことが好きなのは解った! つまりサーモンのためならなんでもすると!」
「する。問題ない。左門の頼み、願い、命令、全てを完璧にこなしてみせる。私にとって左門は全て」
「エ、エート……死ねと言われたら?」
「あなたを殺して私も死ぬ」
「アタイ死に損じゃね!? それ使い方間違っとるよ絶対!」
「そうですよ、古都(こと)。あなたが死んだら僕が困ります。そうなったら家族を殺して僕も死にますよ」
「ゲゲェより物騒になった!」

 それでもつつくのをやめない古都と呼ばれた少女を、左門は肩に手を置いて笑顔で宥める。すると小枝が手からこぼれ落ち、少女は頬を染めると俯き、ささやくように言う。

「あ……左門だめ……急に抱き締めるなんて、みんな見てる……っ」
「肩に手を置いただけですよ。そういうことを人前でやってはいけません、メッ」
「うんすぐやめる」
「早ッ!?」

 しかし左門に言われるとあっさりと脇腹をつつくのをやめ、ととっと小走りに左門の腰に抱きついた。

「すいません、うちの妹が……。ほら、お兄さんたちに挨拶をしなさい」
「妻です《ポッ》」
「なんですって!? こ、このロリコンがっ!!」
「違いますよ!? こ、こら古都っ! 嘘をつくんじゃありませんっ!」

 両頬に両手を添え、頬を赤らめる少女に、紹介を促した左門も紹介された二人もたまげざるをえなかった。
 慌てて誤解を解くのだが、その間も少女は左門の腰に抱きついたまま。

「えらく好かれてるんだな」
「え、ええまあ……」
「愛してる。でも束縛はしないよ? 好きでいてくれている間だけ、全力で愛してくれれば満足。別れる時にはきっと号泣。でも、変わる努力は怠らない。いつか戻ってきてくれるまで、ずっと愛してる」
「ワーオ……!」

 少女の言葉に、むしろ感心した彰利。
 そんな様子を、少し離れた位置で眺めるのは悠介と右門。

「……軽く兄妹愛を超越しちゃいないか?」
「アレの左門好きは産まれつきだ。産声をあげた時も、親に抱かれると盛大に泣き、左門に抱かれると笑った。両親の泣き顔といったらなかったぞ」
「うおお……本当に産まれつきなのか……」
「独占欲は強いんだが、それは左門と家族に対してだけだ。束縛するつもりは毛頭無い。ただ……家族を、特に左門を嫌う相手に対しては敵意剥き出しだ。正当な理由がないのに左門を傷つけると、漏れなく弓の餌食にされる」
「弓?」

 訊くと、あれだと指差される。
 見ると少女の背中にはおもちゃの弓が備えられていた。
 吸盤つきの矢も一緒だ。

「ははっ、なんだ、可愛い武器じゃないか」
「吸盤にタバスコが塗りたくられていて、しかも目を狙われてもか?」
「怖いなおいっ!!」
「しかも狙ったものを外したことがない。弓術の腕は一流だぞ」
「うわぁ……って、もしかして他の子供も……?」
「ああ。それぞれがなんらかのカタチで秀でている。……言っておくが俺と左門は普通だ。強いて言うなら左門のやつが正義って言葉が好きで、スケベなことが嫌いだ。重度のファミリーコンプレックスで、家族をこよなく愛している。その点では俺も同じだが、家族全員というよりは左門を大事にしている」
「結局家族愛か」
「ふふっ……親が左門から下に愛情を注いだ分、左門は祖父母に甘えて成長した。おかげで、考え方が少々老人的だ。“老い先短いのだから、ただ家族を愛したい”という意思ばかりが強い。左門はどうにも家族愛がすぎて、自己犠牲に走りすぎるところがあってな。ほうっておけん」
「へぇ……」

 少し感心しつつ、悠介は左門を見る。
 薄紫髪の少女に負けじと抱き付いてきた白髪の少女に戸惑いながらも、笑いながら頭を撫でている。

「あの白の子は?」
「あれもあっちと同類だ。親の腕で泣き、左門の腕で笑った。あれでも双子だ」
「うーあ……」

 頑張ったんだな、両親……と静かに思った。

「ちなみに右門さんは長男で、家族の中での腕っ節は?」
「妹に負けた。ああ、長女な。あれは妹ながらバケモノだ」
「………」

 背筋に冷たいものが走ったという。

「あ、あー……ところで、名前は───」
「妹に手を出したらただじゃおかねぇぞテメェ……!」
「出さない出さないっ!! つーかいきなりキレるなワケわからんっ!!」
「ならいい。名前を知る必要もない。そうだな?」
「そ、そうですね」

 そして思わず敬語だったという。

「あー……しかしだな。あの薄紫髪の子は、左門さんに古都、って……」
「チッ……聞き流せばいいものを。……古都、というのは古き地、(みやこ)にちなんでつけられた。古都のように雅であり落ち着きのある、しかし大きな子であれ、という親からの想いを見事に受けた良い名だろう?」
「……名前負けしちゃいないか?」
「なんだとテメェ……! 舌を全力で伸ばしながら俺に突き出してもういっぺん言ってみろ……! その舌をオーラブラシで奥まで磨いて嘔吐感味わわせてやる……!」
「なんなんだよその限定された嫌なツッコミ!!」
「雅で落ち着きがあって大きな子だろーが、あぁ? 左門に一途で左門が居なけりゃ一日中読書、愛ばかりが大きくて可愛いだろーが。しかも他のヤツに左門を取られても相手を恨まねぇって身を引くんだぞコラ」
「そ、そうだな、すごいな」
「しかし相手に飽きたかフラレでもして独りになった左門を、暖かく迎えるつもりだっていう。健気だろーが。ドアベル=クライニーだって拍手で迎える」
「いや誰だよ」

 鋭い眼光に顔をひくつかせ、軽く距離を取った。
 そんな様子にこほんと咳払いをひとつ、右門は語る。

「ま、アレだ。今の話とは関係ねーが。俺達は灯台守だ。外とこことを繋ぐ場所を守る。ここは一つの世界だ。外は別世界。それを知るからこそ、俺達家族は外を嫌う。この世界に外の“真理”なんてものは必要ない。敵でしかないからな。俺達はそういうものから世界を守る仕事をしている」
「よーするに余所者排除家族か」
「そんなところだ。まあ、つまらんことは気にせず、お前らは楽しめ。邪魔者は俺達が潰す。それが家族のルールだ」

 言うや、右門は手をヒラヒラ揺らして歩いた。その先には左門。
 ヒラヒラ揺らした手とは反対の手に湯飲みがあるのに気づき、自分の手にそれが無いことに気づいた悠介は慌てるが、左門がぺこりとお辞儀をするので思わずお辞儀。
 ハッとして顔をあげた頃には、右門と左門は灯台へと歩いていってしまっていた。
 ……腰に、少女ふたりをくっつけたまま。

「……いろいろとおかしな家族だな」
「オウヨまったくじゃわい」

 独り言を拾った彰利が悠介の隣に立ち、笑った。
 少女たちの反応に気を良くした彼は散々と少女や左門をからかっていた。
 余程に楽しんだのか、顔がツヤツヤしている。

「さんざんっぱらからかってたな」
「だっておもろいんですものっ! サーモンの慌てっぷりったらなかったワーイ!」

 悠介の脳裏に、さきほどの困ったように微笑む左門の顔が浮かんだ。
 からかえばからかうほどに少女二人に抱き締められ、おろおろしていた。
 穏やかで笑顔ばかりが印象に強い存在。いい人そうなんだが、恋人は居ないらしい。

(……まあ、妹二人がガーディアンな所為なんだろうが)

 そう思うと、妙に納得のいった悠介は彰利を促して移動を始めた。
 最後に一度振り返った先では、黒髪ワンピース……長女に無理矢理肩車され、進め進めとペシペシ頭を叩かれている姿が。
 自分に妹が居たら、あそこまで懐かれたんだろうかと思いつつ、悠介は帰路を歩んだ。




05/ただの日常

 八幡高校の授業はひどく平凡。
 どこの学校もそうだろうが、インターネットなどで見る外のWEB漫画や動画などから見られるような刺激は無い。
 どこまでも淡々と、静かに進められていく。

「クォックォックォッ……! 授業中、机という限られたフィールドで無限に広がる遊びを考える。関くんにも負けねぇ授業遊びマスターを目指したい……!」

 そんな中にあって、授業は真面目に聞かないくせに遊びには真面目なお馬鹿が一人。
 弦月彰利である。

「使う道具は筆箱の中にあるもの。決して机というフィールドから離れたところにあるものを使用してはならぬ。それは関くんに敗れたことを意味する」
(誰だ、関って)

 ぶつぶつと呟く親友を横目にツッコミを入れる親友、晦悠介。
 溜め息を吐きながらもノートを取り、教師の言葉を頭に入れてゆく。

「関くんは消しゴムのカスとチョークとおろし金で富士山を作ってみせるツワモノだからな……さて、アタイはなにを作るか」

 関くんに関しては“となりの関くん”という漫画を見てみよう。

「のうっ……のうっ、ゆーすけっ」

 消しゴムアートに燃える彰利をよそに、隣からは少し苛立ちの籠もった声。
 悠介は今日何度目かを数えるのも鬱陶しいくらいの溜め息を吐いて、右隣の女生徒を見やる。輝耀晃光(IN・八幡)である。
 特にこれといった厳しい校則もない八幡高校では、席順も好き勝手に決められる。
 授業の度にころころと変わる生徒、そして席順。
 学年ごとに受ける授業は同じなので、クラスが違っても気に入った人と授業を受けることが出来る。なので自ずと気の会うグループが出来てくるのだが、ここ最近の輝耀晃光の行動には様々な生徒が目をまんまるくしていた。
 曰く、孤独な文化女。
 どのグループにも属さず、たまに白瀬香夏子と一緒に居るところを目撃する程度であった彼女が、何を思ったのか怨敵だとさえ言っていた新聞部と仲良く行動をしているところを目撃するようになる。
 それどころか授業の時も新聞部の傍に来るという奇行っぷりに、生徒たちはいったいなにがあったのかと噂をするようになっていた。

「授業中は静かにって言ったろ、八幡」
「こんな話のなにが面白いものかっ、妾はもっと面白いのがよいぞっ」
「だったら輝耀に体返してお前は寝てろ」
「それでは妾がつまらんではないかっ、退屈は敵じゃっ」
「だったら彰利でも見習って、なにか授業中に出来る遊びを閃かせてみせろ」
「むっ……」

 言われ、ちらりと悠介の姿越しに見える彰利を見やる。
 なにやら消しゴムをシャーペンの芯で繋げたヒトガタのものを作っていた。

「消しゴム人間、イレイズルフィくんだ。伸びはしないが、書けもするし消せもする。相手は死ぬ」

 妙な設定を満足げな顔で唱え、うっとりとしていた。

「うーん……せっかく晃光ちゃんも居るんですし、やっぱりマリヤちゃんも混ぜた授業を受けてみたいですね」

 香夏子が言う。
 その横では十和が「そうですわね」と呟き、ノートをとる。

「留年は自由ですし、二年をもう一度繰り返してみます? 復習は悪いことではございませんし、一年潰すくらいどうということもありませんわ」
「やめとけ。んーなことしてみろ、マリヤが怒るぞ」
「……まあ、そうですわね。最終的には喜びそうな気もしますけれど」
「私は嬉しいですよ? 足りない分を学ぶだけなんですから。それでマリヤちゃんと一緒になれて、しかもみんなで授業を受けられる。青春ですねっ」

 エイオーと拳を突き上げる香夏子。
 張り切るのは結構だが、と悠介が思った矢先に、「よし、では白瀬、解いてみろ」との言葉。どうやら手を挙げたのだと勘違いされたらしい。

「あ、え、あ、……答えは、その……」

 完全に聞いていなかった香夏子は慌てて黒板を見て、内容を頭の中で追う。
 さらには別の生徒が開いている教科書のページと自分のページを照らし合わせ、状況から答えへのピースを掻き集め、やがて───!

「答えは───、……?」

 答えようとした視界の隅で、サッと広げられるなにか。
 ちらりと見てみると、彰利がノートになにかを書いて広げていた。

「───! ……答えはっ! ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲ですっ!」
「完成度高けーなオイ」

 広げられたノートに書かれた文字をそのまま唱えるとそう返され…………廊下に立たされたのだった。


───……。


 部室。

「ひどいですっ! ひどいです彰利さんっ!」

 その部長席に座る彰利に詰め寄る香夏子は、恥を掻かされたことに大層ご立腹だった。
 悠介はそんな姿を意外そうに見つめていた。
 てっきり貴重体験ですとでも言うと踏んでいたのだ。

「ほっほ、これこれ、そげに目ホエールたてるんじゃあござーません。冷静にいこう」
「それを言うなら目くじらだ」
「いつでもツッコミたいお年頃のダーリンに感謝を」
「恥ずかしかったんですからねっ!? なんですかネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲って! クラスメイトさんが書いてくれた絵を見たら、私っ……私っ!」
「完成度高かったっしょ?」
「はいっ!」

 そのオチは読めていたとばかりに、悠介は溜め息を吐いた。
 どうせ“ひどい”と言った理由も、そんなネタを今まで教えてくれなかったことへのひどいなのだろうと……

「ってそんなわけがありますかっ!! そのっ、奇妙な完成度の高さは認めますけど、あれはそのっ、ととと殿方のっ、そのっ……!」

 ……読んでいたのだが、そう思った時ばかり外れる。
 香夏子は顔を真っ赤にしながら怒ったままで、視線をあちらこちらへ泳がせながら人差し指同士をついついと胸の前でつつき合わせていた。

「おいおいなに言ってんのォ。言っとっけどアレはアレだよ? あくまでネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だから。最近の若いコは棒と球がふたつあるとすぐそっちを連想する」
「ででですけどっ! そのぅ……!」

 顔を真っ赤にしてわたわたと身振り手振りでなんとかしようとする香夏子だが、言葉が浮かばず狼狽えるだけ。
 そんな彼女の横では、意味が解らずきょとんとするお嬢様二人。十和とマリヤだ。

「……? なんですの? そのネオ……なんとかというのは」
「殿方の…………なんなんでしょう? あ、あの、彰利さんは知っているのですよね?」
「え゙ッ……!? あ、やーそのぅ……それはですネィ?」

 恥ずかしがる香夏子をよそに、十和とマリヤは首を傾げたて彰利を見る。
 訊ねられた彰利はびくりと肩を弾かせ、悠介にアイコンタクトを試みるのだが、

「説明してやれ彰利。白瀬が想像してるようなものじゃないんだもんなぁ? 説明できるよな? 出来なかったら投げ捨てる」
「どこからなにを!?」
「窓から彰利を。スマキと獲物固め、どっちがいい?」
「亀甲縛りで!!」
「嫌な選択肢増やすなよこのドたわけ……」
「いや考えてみみなさいよダーリンこの野郎。亀甲縛りで投げられたらどんな感じで落下するのか興味深くない?」
「……亀甲縛りって、別に手足は拘束しないんだぞ?」
「え? マジで?」

 部室でも例に漏れず溜め息が出た。
 ちなみに獲物固めは漫画などでよくある、両手両足を縛って棒に通すアレである。異民族に捕まったキャラなどが背中を火炙りにされそうになるアレである。

「なんつーかほら、手足を後ろで縛るイメージない? 亀甲縛りって」
「知らん」
「縛った状態で女王様が引っ張ってさ、ほら、ね?」
「知らんと言っている」
「あ、彰利さ、んが……女王さまっ……女王さまって……!」
「あれギャア違うよマリヤちゃん!? アタイべつにそげなプレイとか興味ないから!」
「昔は叩かれて伸びる子だって言われてたんだぞこいつ」
「アタイどこのM!?」
「いや、実際言われてただろ、親父に」
「ぬう」

 二人で思い浮かべるは過去のこと。
 晦道明にそう言われたのは、彼と悠介が小学の時。
 あまりに行動に無茶があり、怪我ばかりをしていた彰利は、親に無茶をするなとゲンコツをくらったことがある。一度や二度ではない、何度も。
 その度に親には心配はかけない。しかし行動は自由であるべきだと、無茶はしすぎない方向でのベクトルの違う無茶をし始めた。
 生傷は消え、やがてゲンコツの数も減ってきた頃。道明は彰利の頭を撫でながら言った。
 「キミは叩かれて伸びる子なんだね」と。
 つまり嘘ではないのだ。

「さて、雑談もそこそこに新聞のことなんじゃけどね? もう完成間近。あと一歩」
「だったらさっさと完成させちまえ」
「や、なんかもうちょい待てばステキなネタが手に入るんじゃねーべかと、少し不安になってしまって。そういう時って、あるよね? まああとはアタイの作業範囲だけなんだけど。待ち続けると忠犬ハツィ皇みたいに褒められそうな予感! ステキ!」
「やかましい! いいからさっさと終わらせろ!」
「そうですよ、部長さん。部長さんの所為で作業が滞ってるんですから」
「キャアつまりアタイったらウォール! ステキウォール! 完成させたくばこのアタイを越えてゆけ!」

 直後に悠介の拳が彰利の顔面を捉えた。
 自称ウォールは顔面のみを狙われた龍虎の拳のミッキー・ロジャースのようにヘァアアゥウ……と呻きつつ前のめりに崩れた。

「うう、なにもマジで殴らんでも……壁を殴るなんてハン・コーキかしらこのモミアゲめ」
「人名みたいに反抗期を呟くな。そして人をモミアゲだけで判断するな」
「だってYO!」
「御託はよろしいですわ。いいから完成させなさいと言っています」
「おっ……お願い、します……!」
「麦茶を淹れますから、どうぞお急ぎください」
「オウヨ! あんがとかなっち!」

 変わり身の速さは八幡一。
 彰利はニコォオオ……!と怪しく笑むと、早速作業にとりかかった。
 やることのない部員たちは全員リラックスモードで。

「おっ、この麦茶おいしいな」
「豆からこだわった白瀬印の麦茶です。風味が高いですが、苦味もそう出ません」
「ふふっ、懐かしいですわ。小さいころはよく、お母様にお砂糖を入れてとせがんだものです」
「わたっ、わたしはっ、そのっ……はは、はちみつを……」
「麦茶に蜂蜜か。美味しかったか?」
「……麦茶の味はしませんでした」
「だろうなぁ……」

 懸命に作業をする部長。
 談笑する部員。
 その温度差に、部長は少し遠い目をした。

「僕のキミたち……もうちょっとアタイを愛して」
「愛に見合う分の作業をしたらな。お前がもたもたしてるからお前の作業だけ残ってるんだろうが」
「青春は今しかないんだぜ!? なのに遊ばないでどーするのYO!」
「じゃあ遊んだ分今返せ。俺達は真面目にやった分を今返してもらってる」
「グ、グクー……。アタイも口八丁上手いつもりだけど、悠介も結構言いくるめるの上手いよね」
「正論振りかざしてるだけだ。それをきちんと受け取ってくれるヤツだからそれが成立するんであって、受け取る気がないヤツじゃ話にもならんだろ。どこぞの神様とかな」
「話聞かねぇもんねぇ」

 お前も大概だがなと返したかったが、返せば作業が中断されるだろうことが想像に容易かった悠介は、はふーと息を吐くと温かな麦茶を飲んだ。

「しかし、なにもしないっていうのも暇だな」
「生涯ゲームなどいかかでしょうっ」
「……お前はどこからそういうゲームを取り出してるんだよ」

 ぽろりと漏れた言葉に異常なまでの反応を見せ、ボードゲームを取り出す香夏子。
 しかし時間がかかりすぎると却下され、ならばと出されたのは……オセロだった。

「オセロと聞いちゃ黙ってられねェエエエーーーーーィェエエエエーーーーーッ!!!!」
「黙れ」
「はい黙ります」

 オセロが始まる。
 一手一手を四人で回す方向で、悠介と十和、香夏子とマリヤで。

「よし、ここだな《ぺたん》」
「私のターン! モンスターカード“白オセロNo.2”を攻撃表示!《ぺたんっ!》白オセロNo.1とのコンボで黒オセロを撃破!!」
「無駄に気合入れんでよろしい」

 風が巻き起こり、盤上が揺れるようなイメージが悠介の視界の中で流れたが、ただの幻覚である。
 悠介、香夏子の順でオセロを置き、次いで十和、マリヤと続く。

「では次は私の番ですわね。ん…………ここ、ですわね」
「え、えと……それではそのっ……ここに……」
「よし、じゃあここで」
「私のターン! トラップオセロ発動!」
「ないから」
「彰利さんの時のようにもっと激しくツッコんでくださいよぅ!」
「やかーしぃ」

 溜め息混じりに言ってやると、そんな悠介をムスッとした顔で睨み、なにを思ったのか厚紙をミギミギと折り畳み、ガムテープでぐるぐると巻いて突き出す。
 ……いわゆるハリセンというやつだ。

「さあっ!《ズッパーーーン!!》はきゅうっ!?」
「じゃあ続きな」

 会心の一撃! ハリセンは勢いのあまり破裂した!

「うぅううぇぅう〜〜〜っ……悠介さぁああん……!!」
「ええい泣くなっ! どうしてほしいんだよお前はっ!」
「楽しいのがいいですぅ、黙々とはいやですぅ」
「泣きつかれてもこれが俺なんだから燥げ騒げ言われたって無理なもんは無理だ」
「モミアゲ切り落としますよこの野郎」
「お嬢なのか異常なのかどっちなんだよお前は!!」
「……〜〜〜〜!!《ぱぁああっ……!!》」
「………もういやだこの部活……」

 つい激しくツッコミを入れると、両の頬に両手を添え、じいいいんと震える同級生。
 そんな彼女を前にした彼は、少し泣きそうになっていた。
 ……そんな状態でも、オセロでは勝利をもぎ取っていたが。
 いい加減いろいろと限界なこともあり、ぐったりとしている。
 なにか些細なきっかけがあれば、空気に乗じてどんな言葉でも吐けそうな勇気が今!

「おっしゃ完成じゃーーーい! 巳浜っち、これ刷ってきて!」
「ええ! って自分で行ってきさない! 誰の所為でこれだけ遅れてると思っていますのっ!?」
「そうだこのクズが!」
「ダーリンがクズ呼ばわり!?」

 ……早速解き放たれた。




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