07/能力

 ……ふむと頷いた。
 時が来て新聞部は別れ、それぞれが帰路を歩む。
 夕暮れに朱の景色を歩く中で頷いた悠介は、軽く持ち上げた掌を見下ろした。
 輪を作って一言、鳩が出ます。
 そうするだけで飛び出る鳩を見て、かなり呆れる。

「これって命を創り出してるって認識でいいのか……?」

 用事があるとかで傍には誰も居ない状況。
 珍しくも毎度毎度ついてくる彰利も今日に限ってはおらず、久しぶりの静かな帰宅時間を満喫していた。

「……鳩が出ます」

 鳩が出る。

「鳩が出ます。鳩が出ます、鳩が出ます鳩が出ます……」

 出る、出る出る出る……。

「鳩が出ます鳩が出ます鳩が出ます鳩が出ます」

 ……出し続け、それが50羽に至ったあたりでゴハァと謎の汁を口から吐き出し、彼はその場に両手両膝をつくカタチで崩れ落ちた。
 周囲には50羽の鳩。
 鳩の中心で哀を叫びそうになったが、気持ち悪さがそれを許さなかった。

「げっほ……! やっぱ……能力的なものなら、対価があるよなぁ……そりゃ……」

 気持ち悪い。
 というより、立っていられないほどの気だるさが体を襲った。
 まるで体力を奪われたかのような脱力感。
 どうしたものかと悩むが、とりあえずは這いずるように近くの木へと寄り、幹に背中を預けて溜め息を吐いた。

「あー……」

 手を動かしてみる。
 ……が、少しの間動いただけで、完全に動かなくなってしまった。
 持ち上げていたというのにぼてりと落ち、足にも感覚はあるのに動いてくれない。
 まいったな、と一人でつぶやき、彼は鳩に囲まれながら誰かが通るのを待った。

……。

 基本、この島の大人の定義は外のそれとは違う。
 どこぞの親が学生結婚をあっさり認める理由もそこにあり、14、15を過ぎれば結婚もするし子供も作る者も居る。
 インターネットなどで男性が18、女性が16からと決められていることに気づいたのは、つい最近の出来事ではあるが───それは外の話だと開き直り、現在に至る。
 即ち結婚している者も子供が居る者も居るわけであり、逆に外で言う大人な存在にとって、その歳まで結婚もしていないとなると焦りの材料にしかならないわけであり。

「これは由々しき自体だと思うの」
「………」

 晦悠介は、やってきたと安堵した救世主(だと思っていた存在)を前に、途方に暮れていた。クセッ毛ではあるものの、黒の長髪が風に撫でられふわりと揺れる。生徒の姿をしていないソレは、教師であった。
 名前は弥弥弥茶沙良。八幡高校が誇りたくもない変態ストーカー教師である。

「私ももう23歳でしょ? 14を越えてからもう9年。毎日凍弥くんに襲いかかってるのに、全部スルーされて……」
「おい待て教師この野郎。なんだ、今毎日襲ってるって言ったのか」

 そんな教師を前に、助けてくれよりもツッコミが先に来る彼も彼であるが。
 ……弥弥弥茶沙良。顔良しスタイル良し、子供の頃は神童とさえ呼ばれるほどの成績を残し、運動勉強家事から喧嘩までなんでも出来たとされるミス・パーフェクト。
 しかしながら唯一の弱点が犬であり、犬を前にすると足が竦んだり、舐められたり吼えられたりすると腰が抜けることもしばしば。彼女を妬んでいた者たちはその姿を笑い、馬鹿にしたりもしたのだが……その場で唯一笑わず、彼女を庇って前に出た誰かさんの背中に惚れ、彼に生涯を預けようと決めた。
 その結果がまさかの変態ストーカーであり、夜這い朝駆けは当然のこと、どんな時でもその彼を第一に考えるあまりに他がおろそかになり、ポンコツ茶葉と呼ばれている。
 今でもやろうと思えばなんでも出来るキャパシティは持ち合わせているが、その全てが彼への奉仕にしか向いていないために役に立たない。そんな彼からは茶葉、ポンコツ茶葉、茶葉姉ぇなどのあだ名をつけられている。
 もっぱらの目標は24になる前に彼と添い遂げ、子を宿すこと。
 そのための手段は選ばず、日ごとに過激になる所為で相手は結構疲れているそうな。

「今日も襲いに行くのか」
「それはもちろんだけど、そろそろ手段を変えようと思うんだよ」
「変えるって、どう?」
「ご飯にシビレ薬作戦は失敗したから、シビレ吹き矢作戦で」
「普通に告白して普通に成功しようって気はないのかアンタは」
「学生でいる間は結婚する気も子供作る気もないって言うんだもん。同意が得られないなら力ずくでモノにするしかないと思うのよね、私」
「………」

 それは教師として正しいのだろうか。静かに思考を巡らせる悠介であったが、相手にとっては大切なことなのだろうと結論づけることで、騒がしい思考の内部を落ち着かせた。

「ちなみに、家族の了承は───」
「凍弥くんは妙な性格してるからね。私みたいなしっかりさんとくっついてくれるならってご近所さんからも太鼓判が」
「生徒の前ではただの変態ストーカーなのにな」
「ふふふ、そう言えばこの私が怯むとでも? 好きな人のあとを尾行回(ツケマワ)してなにが悪い」
「悪いだろ。いや悪いよな? 悪いだろ」

 言ったところで聞いちゃいない。
 完璧な人は自分にとって都合の悪いことなど流すものなのだ。
 その返事の思い切りの良さのあまり、言った相手自身に自分は間違っているのかもと思わせる力があるから困る。

「婚儀と子作りが前後してもいい、孫の顔が見たいとまで言われてるのだ」
「……閏璃よぅ……」

 お互い嫌な家族を持ったな、と彼は思った。心の底から思った。
 そう。この変態ストーカーに狙われているのは閏璃凍弥。
 彼の者こそポンコツウルーリィマニアと呼ばれる存在であり、その他一切がどうなろうが知ったことではないという教師失格物体である。

「この9年の間に襲った回数は?」
「一日に何回も襲ったことがあるから、3285回でも足りないね」
「そ、そか。それで、相手の反応は……」
「最初こそ慌てたんだけど、しばらくしたら慣れられちゃって、普通に躱されるようになったかな。でもお風呂に突撃かけたときはさすがに叫ばれた。そしてたくましかった《ポッ》」
「あんた今すぐ教師やめろ……」
「成功したらやめるつもり。ずっと一緒に居たいしねー、うふふはは」
「……女って怖ぇえなぁ」

 最初は物静かだった女が騒がしくなった事例を思い出した。
 メイドモードの時は静かなのだが、と考えると、彼はやはり遠い目でどこかを見やる。

「さて、と。それじゃあ私、凍弥くんの家に押しかけるから」
「ほどほどにな……ところで生徒がこんなところで動けない状態にあっても、あんたはどうでもいいのか」
「ケータイ、持ってるでしょ?」
「生憎とバッテリー切れだ」
「そ? じゃあ───」

 弥弥弥茶沙良が流れるような行動で折りたたみ式の携帯電話を取り出す。
 パチーン!と気持ちの良い音が鳴り、掴んだ片手でズガガガガッとボタンをプッシュすると、名乗りもせずにこの場所だけを話すととっとと切り、ほいじゃねーとウィンクひとつ、手を振って去っていった。

「………」

 大人の女はよく解らん。
 彼はそう思いつつ、鳩とともに誰かが来るのを待っていた。

……。

 ソレが辿り着いたのは5分もしないうちだった。
 息を荒げ、彼の前に屈み、その状態でペコリとお辞儀をした。
 メイド姿の香夏子であった。

「……あの人、お前の番号知ってたんだな……」
「申し訳、ありません……っ……はっ……掃除をしていたために、来るのが遅れ……」
「いやいやちょっと待て、急に場所だけ言われて切られたってのに、全力で来る必要がどこにある。むしろ来てくれただけで十分だろ」
「メイドたる者、主がスムーズに事を為し易くするために準備をするもの。相手を待たせたとあってはメイドの名折れというものです」
「そ、そうなのか? よく解らんが……」
「それで悠介さん、私はどう動けばよろしいのでしょうか。───状況を確認するに、鳩に囲まれ動けない、というわけでもなさそうです。もしや足を挫かれましたか?」
「いや。実は鳩を出しすぎて動けなくなった。制約はないのかと調子に乗って出しすぎたら、体力が底をついたみたいでな……」
「……なるほど。ではこれをどうぞ」

 言って、メイドが一本のスティックを取り出した。
 “ナッツみっしりスゲェ満足、スニッパーズ”だ。FF11のカニモンスターがプリントされた包装紙が目印である。別にカニは材料に含まれてはいない。

「…………? なにを意図として出したのかは解らんが、生憎と手も動かん」
「では、口を開いてください」
「マテ。それはなんだ、俺が食うものなのか」
「はい。単純的に考えるのであれば、体を動かすためのエネルギー、カロリーが不足しているのだと思います」
「……手が動かないと言ったが?」
「口を開いてください」
「………」
「………」
「それはなにか、俺に、この島では既に大人な年齢である俺に、あーんをしろと言うのか」
「私が噛み砕いて口移しをする、という方法もございますが、恋人でもない限りは望ましくはないでしょう」
「当たり前だ」
「はい」

 目を閉じ、こくりと綺麗に頷く。
 いちいち絵になるなと思いつつも、素直にそれを褒める気にも口に出す気にもならない。
 素直ではないのだ、いちいち。
 たまにしか褒めたり口に出したりをしないものだから、親友にツンデレ呼ばわりされる。

「では開口を」
「……せめて俺の手に持たせて、それから口まで運んでくれないか?」
「───悠介さま。我が儘が過ぎるとお仕置きをしますよ」
「よせっ! あと様付けもやめろ!!」
「はい。それでは改めて開口を」
「〜〜〜……メイドモードは淑やかで落ち着きがあるのはいいんだが、どうしてこう融通が利かないかな……」
「メイドとは従うだけの存在ではありません。仕えるべき方によりよく過ごしてもらうために動き、主人の行動を予測。先に動き、準備をしておくのが基本の努め。掃除洗濯などといったものは仕事ではなく、己の日課として受け入れて然るべきです。仕事はあくまで主人の行動の下準備。もちろんメイドの仕事にも様々がありますが、大きなお屋敷に仕えるわけでもないのなら、掃除等をしただけで済むようなものはメイドでなくとも出来ます。そもそもメイドとは」
「だぁあああっ! もういいからっ! 彰利みたいに熱弁せんでいいっ! 食うからっ!」
「はい。では開口を」
「…………うう、ちくしょう」

 観念して口を開けると、そこへスニッパーズが運ばれる。
 いや、運ばれようとしたところで香夏子の動きがピタリと止まり、

「……あ〜ん、と言ったほうが男性は喜ばしいものですか?」
「いいから食わせろよもう!!」

 恥ずかしさでどうかしてしまいそうだった彼は、もういっそやけくそ気味に叫んだ。
 そんな彼に「はい」と笑顔で頷いて、スニッパーズを運ぶメイド。
 そして……そんな姿を、丁度見ていた閏璃凍弥。

「野外プレイか。レベル高いな」
「ふおっ!?《がぼっ!》ほぐもむもっ!?」

 喋ろうとした瞬間に口の中にスニッパーズが突っ込まれた。
 危うく喉に詰まるところ。迷わず抗議の視線を送る悠介であったが、

「……《ギロリ》悠介さま。口にものを入れながら喋らないでください」
「…………」

 目の前のメイドの眼光の鋭さに畏縮、静かにもしゃもしゃとスニッパーズを咀嚼した。

「よう、晦に白瀬。今帰りか?」
「いえ、私はここに呼び出されただけで、またすぐに学校へ戻ります。仕事が残っていますので」
「熱心だな……晦は? まさかバードウォッチングか? そこまで鳩を侍らすバードウォッチングなぞ初めてお目にかかるが。もしやお前は女王蜂ならぬ女王鳩なのか」
「《ごっくん……》───誰が女王だ誰《がぼっ!》がほふっ!?」

 咀嚼し、飲み込んでから言葉を発した直後、スニッパーズが捻り込まれた。
 抗議しようとするが、笑顔の隙間から見えるメイドの瞳はとても怖いものだった。
 仕方なく黙して食べるのだが、顔は納得いかないという言葉を貼り付けたように微妙な表情だった。

「それで、本当にどうした?」
「はい。なんでも鳩を出せるようになったとかで、鳩を出しすぎたら動けなくなってしまったとか」
「なにぃ、鳩だと。ちなみに俺はスリッパが出せる」
「へ?」
「え?」

 隠す気もないのか、木にツッコミを入れるように手を振るう凍弥。
 するとその手にスリッパが出現し、ミパーンとみょうちくりんな音を立てた。

「……お前、その力……」
「驚きの事実だ。俺はこれで石油王ならぬスリッパ王になるつもりだ」
「誰が買うんだよそれ……」
「一定のサイズしか出せないのが難点だな。どれ、俺も……《スチャリ》」

 凍弥が体勢を低くして構える。
 それから腕を振るい、立ち木目掛けて両腕を振るいまくる。
 それを何度も繰り返していると、次々と投げられたスリッパが地面に溜まり───

「うじゃぁああ〜〜〜〜……《どしゃあ……っ!》」

 凍弥、昏倒。
 こぽこぽと口の端から謎の汁をこぼしながら、ビクンビクンと痙攣している。

「お、おーい……? 閏璃〜……? 大丈夫か〜……?」
「体……からだが動かん……これはいったい……? ハッ!? まさか貴様、そういうことか……! 道理で風上に居ると……!」
「はい? あの、閏璃さん?」
「これはシビレ薬……! あの茶葉がたびたび使ってくる神経毒に違いない! おそらく晦もそれにやられたに違いない!」
「いや違うが」
「そうか、口止めされてるんだな? 皆まで言うな、解る」
「いや解ってないからお前。いいか? これはだな───」
「いや、もしや昼食に食った弁当に一服盛られていたのか? 遅延性能のある毒とは……ぬおお、やってくれおるわあの茶葉め」
「それも違う。ていうか聞け」
「なにぃ、では俺の弁当に毒を盛ったのはお前なのか」
「どーしたそうなる!!」
「話の流れから今この場にある情報だけを頼りにプロファイリングしてみたんだが」
「それプロファイリングじゃねぇ! 難癖つけて人の所為にしてるだけだ!!」
「そ、そうか。ではまず毒を盛った人物の目的を考えよう。俺が痺れて動けなくなることで得をする人物は誰だ? ここで立ち止まらなければきっと俺は家に戻っていただろう。となるとやはりあの茶葉が毒を盛ったというのが一番の確率を占め……」
「毒から離れろ!」
「なに……!? 毒ではないというのか……!? ……なるほど、見えたぞ。つまりあの茶葉が作った弁当自体が危険物だったということか。毒を混ぜずに毒を食わすならば、弁当自体を毒にすればいい。これはさすがの俺も気がつかなかった」
「ああもうなんで俺の周りはこう人の話を聞かない奴らばっかかなぁ!!」
「なに。野外で木に凭れ掛かりながらメイドにあーんしてもらってる男の言葉をどう受け取るかなど、受け取る側の自由であったと。それだけだろう」
「んがっ!? あっ、だっ!? いやっちががががこれはだな!!」
「まあそれはいい。それよりもそろそろ助けてくれ。うつぶせで野に倒れているといろいろと不都合がだなっ……ぬおっ! こらよせっ! おのれ蟻畜生が! そこは鼻の穴だっ! お前の求める甘みがあるのは野に咲く花のほうだっ! しまった花に寄るのは蜂だったかっ! ならお前は俺の鼻に何を求めて寄り付くッ……っふぇっ……ふぇっ……!? ぶええっくしゃあああいっ!!」

 蟻と動けない体で戦う勇者の図である。
 しかしその大魔王野良アント様も、鼻に侵入すると同時にくしゃみで吹き飛ばされ、視界から消え失せた。

「ぬう、体が動かん。くしゃみは出るというのになんということか。これメイドよ、朕を起こすでおじゃ」
「立たせれば問題ありませんか?」
「そうしてもらえると助かるな。出来ればこう、面白おかしく起こしてくれ。マジックでも使ったかのようにこの体が勝手に直立状態でガバーと起き上がる、なんてことがあるのなら、俺は“イエーイパパダスよー”と叫ばざるをえないんだが」
「努力はします」
「……なん……だと……!? 常人ならばここで“無理です”だの“何考えてるんだ”だのととあえず否定の言い訳を出すというのに、まさか努力をするとは《ガスゴスドスドス》カッケェエエーーーーッ!!?」

 了承を得るや、メイドが倒れている男を殴る。
 手際よく間を置かずにドスドスと。するとどうだろう、倒れていたはずの男は体を引っ張られるように立ち上がり、体の痛みにギャーと叫んでみせた。
 脚気検査と言えば聞こえはいいが、ようは部位ごとに一撃を入れ、無理矢理立たせた。
 ……しかしながら体力がないのは変わらぬ事実であり、彼はごしゃりと崩れ落ちた。

「うおっ……!? だ、大丈夫か閏璃!」
「騒ぐな、ただの五体投地だ。大地に感謝したかっただけだから気にするな」
「投地じゃなくて崩れ落ちてただろうがお前!」
「崩れ落ちる投地をしてみたかったんだ。斬新だろう。その名も新ジャンル・五体崩地だ」
「ジャンルで分けるほど目新しくもないんだが!?」
「実は俺は日に一度は五体投地をやらないと血を吐いて死ぬ病気を患っていてな」
「明らかに嘘だと解るが、それを治せば平穏が訪れるなら、是非治療法を聞きたいな」
「簡単だ。そっちの崖からお前もろとも落下すればいい」
「それただの無理心中だからな!? ───っと、おっ……? 体、動く……?」

 ツッコミと同時に、無意識に体が動いた。
 それを確認すると香夏子が“やはり……”と頷いて、凍弥の傍へと歩む。

「閏璃さん、これを」
「ぬう、これはナッツの圧縮具合が有り得ん、ありゃ馬鹿だろと噂のナッツみっしりスゲェ満足スニッパーズではないか。満足というか嫌味としか思えないくらいにナッツが圧縮されていて、カロリーはこれ一本で800は下らなかったはず……」
「どんな菓子だよそれ! つーかマジか!? そんなに重いのかそれ!」
「うそだ」
「…………オォオオまァアアあぇえええなぁああああああああっ……!!!」
「怒るな、シワが出来るぞ」
「そういうことは女相手に言え!!」
「……怒るな。シワが出来るぞ」
「とりあえず言ってみないでください」

 言いながらも、溜め息ひとつ吐かずにスニッパーズを食べさせる。
 しばらくすると凍弥も動けるようになり、能力は“体力”というよりは“カロリー”を消費して発動出来るらしいことを確認。

「なるほど。スニッパーズのカロリーは893。ヤクザもびっくり893だ。それを吸収した状態で何回能力とやらが使えるかだが……晦、試してみてくれ。ちなみに俺は嫌だ」
「いきなり人に全部丸投げるな! そういうことは自分でやってみるもんだろうが!」
「なにぃ、何故だ。理解に至りたい学者さんはモルモットという名の実験体を以って知識を深めてだな」
「そういう生々しい話はやめろな!? つーかモルモット扱いかよ俺! ……ん?」

 モルモットの話で思い出したわけでもないが、悠介はふとひとつの事柄に思い当たる。
 もしこの颪のギフトがカロリーや体力を削って使えるものなのだとしたら、自分の親友はカロリーが無くなれば大変な怪我を負うのでは、と。

「………」

 イメージしてみたが、全然想像出来なかった。
 それどころかカロリーが無くなっても平然と復活するイメージばかりが浮かぶ始末だ。

「しかしなるほど、神に会ったっていうのは本当だったか。俺の中に隠されていた力がついに目覚めたのだと喜ぶのと同時に、明日から右腕に包帯を巻いてみようと思っていたプランが崩れてしまった」
「お前はどこの中学生だ」
「なにを言う。自分が格好いいと思ったのならどこまでもそれを貫き通すべきだ。いい大人が特撮ヒーローものを見ていても、お前は“どこの子供だ”と言えるか? いや俺は言うが」
「言うのかよ」
「言ってみるだけで自分も見るわけだが。なにせヒーローモノは大好きだ! 中でも伊藤レンジャーは最高だな! 伊藤の平和しか守らないところに相当シビレた俺参上!」

 ……。

「……ごほん。いや、つまりな? 何が言いたいかというとだな。なにも無言で冷たい目で見ることないじゃないか……ではなくて、いや実際それもそうなんだが、……もういい」

 がっくりと肩を落とし、彼は去っていった。
 残されたモミアゲとメイドは暗くなってゆく景色の中でボーゼンと立ち尽くし、しばらく経ってからようやく動き出した。


───……。


 閏璃凍弥は自宅住まいである。
 寮にも部屋を持つのだが、基本は自宅通いだ。
 何故そんなことをしているのか……そのきっかけは彼を好いている女性に原因があった。

「ただいまー」

 玄関を開け、中へ。
 体力を使ったこともあり、スニッパーズだけではなく何か摘みたかった彼は、靴を脱ぐと台所を目指し───

「おかえりなさいませ旦那さま。お風呂ですか? お食事ですか? それとも───」
「スルーで」
「はうぅっ!?《がーーーん!!》」

 三つ指立てて待っていた茶沙良を普通にスルーし、歩いた。
 台所に入るとまずはうがいをし、それが終わると冷蔵庫を開く。
 めぼしいものは特になく、ならばと開けた戸棚にコーン菓子。隣人に貢がれたものだ。

「あ、それ食べてくれるの? 愛情たっぷり籠めたから美味しいよ?」
「残念だな。愛情は味覚では感知できないんだ」
「じゃあ味の解る愛情を、今すぐベッドでめしあがれっ! ののの濃厚なチューから始めよっ!? ねっ!?」
「なるほど、こういう時は真似したくなるな。うん。寝言は寝て言え」
「寝てくれるのっ!?《ぱぁあっ……!》」
「いや、そうじゃなくてだな。……まあいいや、これで」

 袋詰めのコーン菓子を食らう。
 もしゃもしゃと噛むと、塩味ではなく甘い味が口いっぱいに広がる。
 ひどい甘さではないものの、あまり食べ過ぎると気持ち悪くなりそうな甘さだ。

「これってお前が作ったのか?」
「うん。おいしーでしょー?」
「カロリーが高そうでなによりだ。今はありがたい」
「えへへー……凍弥くんって偉そうだよねー……そこも好きだなー……」
「そもそも嫌われたくてこんな口調になったんだが……どうして好きになるかなお前は」

 生意気な男だと嫌われればそれでよかったのに、と呟くが、茶沙良にとっては恋が全でその他一切は小さなことだった。好きになれば過程などどうでもいいのだ。
 好きな相手に全てを以って尽くすといったタイプの女であり、相手が最低男の場合は身を滅ぼすタイプでもあるのだが……

「今日、親父とお袋は?」
「会合で向こうに泊まるって。ふ、二人きりだね凍弥くんっ……《ポッ》」
「そうだな。晩飯どーすっかな。リクエストあるか?」
「凍弥くん!」
「トムヤムクンか。また難しいものを注文する」
「あ、あれ? 正しく伝わってないよ? 凍弥くん? 凍弥くんっ!? 私、凍弥くんがいいって言ったんだよー?」
「茶沙良、仕込みするから手伝ってくれ」
「あ……呼び捨て……《ポッ……》う、うんっ! なにを手伝えばいいっ? 凍弥くんのためならどんなことだってするよっ? 裸エプロンで料理を作るのも、この場で初めてを捧げることになっても……!」
「お前はいったい何を作る気だ」
「子供っ♪」

 頭を抱えた。
 普段、人をからかい慣れている凍弥ではあるが、この自称お姉ちゃんは苦手なのだ。
 だから身を滅ぼすタイプであるはずなのに、滅びない。
 彼にぞっこんで、凍弥のためならばなんでも出来るのに、どこか優位に立っているのが弥弥弥茶沙良という女性だった。
 踏み込んでしまえばそれはもうなんでも言いなりに出来るのだろうが、興味がないわけでもないのだが踏み込めないでいる凍弥自身にも原因はあるのだが。

(女ってよく解らん)

 頭の中はまだまだ子供。
 悪ガキがそのまま大人になった状態なので、女に興味はあっても結婚や肉体関係というところまではいかない。凍弥は相手が女でも、“どうせなら一緒に遊ぼうぜー”と言うタイプだった。

「ところで凍弥くん、文化部に入ったんだって?」
「ん? あー。ギュスター部が潰れたからなぁ。何もしないのも刺激が足らないし、せっかくならって。と、そだ。茶沙良、文化部の顧問になってくれないか? 顧問が居ないと正式に認められないそうだ」
「ちゅーしてくれたらいいよ?」
「じゃあいい」
「あうぅっ……!? そんな即答で諦めなくたって……!」

 目の端に涙を溜めて言うが、気にしたふうでもなく仕込みを続ける。
 制服の上にエプロンという格好のじーーっと睨む茶沙良だが、睨みは数秒でうっとり顔に変わっていた。頭の中は襲い掛かる妄想などでいっぱいである。
 そんな妄想に夢中になりかけていた時、ふと頬に吐息を感じてハッとした瞬間、ちむ……と頬に触れる暖かい感触。
 思わずバッと仰け反ると、視線の先に顔を赤くしてそっぽ向く凍弥の姿。

「……ちゅーしたからな。約束は守れよ」

 ぶっきらぼうにそう言うと、まな板に寝かせた長ネギを怨敵でも切るかのようにズガーと切ってゆく。見事な照れ隠しだと感心するがどこもおかしくはない。
 それよりも茶沙良なのだが、キスされた頬にぼーっとしたまま手を当てると、急にかくんと膝を崩し、その場に座り込んでしまう。

「ぬおっ!? ど、どうした! もしや誰かに狙撃されたのか!? それとも───そ、そうか漏れそうなのか! ええいいい大人がそんなになるまで我慢をするとは何事だ!」

 いろいろと失礼なことを言われているが、当の茶沙良は幸せいっぱいで腰をぬかしていただけだった。顔は灼熱し、目は潤み、体は震えているのにその震えが心地良い。
 大胆なことをするものの、基本は純情。応えてもらえればとても嬉しいし、そもそも自分から突撃することは呆れるくらいにあったが、こうして相手からしてもらったことは……二度しかなかったりする。

「ねぇ凍弥くん」
「ぬ? なんだ? おまるの用意なら可能な限りしてみるが」
「ひ、必要ないよそんなの……あのね、負ぶってくれると嬉しいなって」
「ほう。目的地はどこだ」
「ベッドという名のヘヴン」
「ヘヴンか。ならば負ぶった状態で崖へと五体投地だな。運が良ければ生きてベッドで目覚められるぞ」
「心中はヤだなぁ」
「そうか、ならば朗報だ。投地するのはお前だけだ」
「いやだよそれ!?」
「なにぃ、心中が嫌だと言ったから譲歩したというのに。わがままなヤツめ」
「死ぬことを我が儘扱いされたのはさすがに初めてだよ……」
「心中を嫌がる茶葉よ、オトモはなにがいい? カナブンでも懐に入れてから投地してやろうか?」
「私のオトモの価値って昆虫一匹なの!?」
「そうか……ヒキガエルのほうがよかったか……」
「それもヤだよ!」
「よし解った。ドブネズミだ。これ以上は譲れん」
「譲ってよ! ていうか投地すること前提で話進めないでよぅ!」
「解った投げない。だがオトモはドブネズミだ」
「その話も進めなくていいから!」

 閏璃凍弥はマイペースである。
 昔からこの姉もどきにひっつかれ、恥ずかしい思いやキケンなことを経験してきた所為もあって、多少のことでは騒がない性格や冷静な自分を何処かに置くクセが出来ていた。
 しかしながらそれは受身の場合ばかりであり、自分からの行動にはそこまで慣れていない。そのこともあって、頬とはいえキスをしたことに対しては思い切り動揺していた。からかわれている茶沙良は気づいていないが、実は耳まで真っ赤である。

「ところで凍弥くん。なんでそっぽ向きながら話してるの?」
「たった今急に寝違えたんだ」
「寝てないよね?」
「俺は立ったまま眠れると近所でも評判だからな。実はこれも寝言なんだ」
「お姉ちゃんのこと好き?」
「人としては好きだ。昔っから何かと世話を焼いてもらったしな。これで嫌いだなんて言えるヤツはただの見栄っ張りか馬鹿だろ。俺は恩は忘れん。ただ、恨みも忘れん。お前がところ構わず抱き付いてきたりキスマークつけてきたり夜這い朝駆け、風呂への突入やノックもせずにトイレへ突入することといった恥辱まみれの人生を歩ませてくれたことを、俺は生涯忘れんだろう」
「うん忘れなくていいよ? 私も凍弥くんとのことは忘れないし」
「無駄に逞しいのも困りものだよな。だがとりあえず、人が風呂に入ってる時に裸で突入してきてマイサンを握ったことは忘れろ」
「私には黙秘権があります」
「じゃあ頷け」
「無理。私の記憶の全ては凍弥くんを基準に置いたものばっかりだもん。それを忘れるとなると、他の記憶にも障害が出てくるから。大体人ってよく忘れろーとか言ってくるけど、忘れられるわけないのにね。そんな都合のいい生き方出来るなら、人間なんてとっくに滅んでるよ」
「学ぶ学ばないの問題じゃなくて、気分だけでもいいから忘れろって言ってるんだ。それよりさっさと手伝えポンコツ茶葉。大暴れ将軍が始まる前までには終わらせたい」
「ん。じゃあ一緒にやろっか。えへへー……こうしてると新婚さんみたいだねっ♪」
「伴侶がドブネズミなのか」
「ドブネズミから離れよう!? そんなネズミだなんて………………いやーーーっ!!?」

 想像してみたら怖かったらしい。
 頭を抱えて斜め上のどこともとれぬ場所を睨んでイヤーと叫んでいた。涙目だ。
 そもそも腰が抜けている状態なので、新婚さんみたいもなにもあったものではない。

「候補としてはゼノギアスのハマーあたりがいいと思うんだが」
「なんか途中で我が身可愛さに裏切りそうだよ!? 大体私は凍弥くんがいいの! 凍弥くん以外となんて死んでもヤ!」
「ドブネズミにトーヤクンという名前を」
「つけないもん!!」
「なにを言う。按摩器にトーヤクンとか名前つけてたのを忘れたか」
「いやーーーっ!!? いやぁああーーーーっ!! 知らない知らない知らないもん!!」
「あと、知らぬ間に寮とここの俺の枕が紛失して、何故か外で干されていたことが何度かあったんだが」
「……シ、シラナイヨ?」
「ある夜、忍者ごっこに目覚めて押し入れの中で気配を殺してた俺は、姉代わりだった女が部屋に入ってきたことを知る。何をするつもりなのかと見ていたら、突然布団にダイブして毛布などにくるまってごろごろと回転を始める茶葉。困惑する弟分。しかしなにか新しい遊びなのだろうと気づいた俺は、その遊びを完全コピーするべくじっと覗いていた」
「ふえっ!? え、やっ、えぇっ!?」
「しばらくごろごろと転がっていた茶葉であったが、突然ぴたりと停止するとうっとりとした顔で弟分の名を連呼しつつ、布団にくるまりながら衣服の全てを脱ぎ捨てた」
「あややぁっ!? ちょちょちょっと!? 凍弥くん!?」
「押し入れの中で闇に慣れていたこともあって、豆電球な部屋の様子など鮮明に見えた。茶葉は熱かったのか布団までもをどかし、それに抱き付き顔をうずめると、やがてその手を」
「いやぁああーーーーーっ!!? 見られてたぁあああーーーーーーっ!!!」

 頭を抱えてまた叫ぶ茶葉が居た。マジ泣きである。

「まあなんだ。貴様が人の布団で何度絶頂に至ったかとか、律儀に数えてた俺も俺だが。困ったことに遊びだと思っていたピュアな俺はあれを完全にラーニングしてしまってな。……まさか姉代わりの存在から自慰を教わるとは思わなかった」
「うわぁあああん!! いっそ殺してえぇええっ!!!」
「よし五体投地か」
「それはいやだってば! うぅうう……と、凍弥くんはその……えっちなお姉さんは、嫌いかな」
「出来ることをしただけで嫌われるのはどうかとは思うが。いいんじゃないか? むしろ平気で夜這い朝駆けしてくるくせに、自慰で恥ずかしがる貴様が解らん」
「恥ずかしいものなの! 夜這いや朝駆けは覚悟してるからいいの! 覚悟してないものを見られると恥ずかしいの! 解るでしょ!?」
「そうか! キングオブファイターズを利用したな!?」
「なんでそんな話になるの!?」
「……KOF97のシェルミーの真似じゃないのか?」
「真面目に話をする気がないってことはよく伝わったのに、それでも愛してるよ凍弥くん。今日は一緒に寝ようね?」
「いいぞ。ただしお前は気絶させてもらう」
「なんで!?」
「朝目が覚めたら童貞卒業してそうだからだ」
「じゃあ卒業したらすぐ起こしてあげる」
「それ以前にお前は気絶してるが」
「気持ちよすぎて?」
「いや、とりあえず首でも捻って気絶させる」
「怖いよ!?」
「お前のほうが怖いわ。大体俺の夢は大賢者様になることだ。レベル30で魔法使い、45で妖精、80までいけば大賢者。生涯で大賢者様となるのだ」
「……なんの話?」
「解らんならいい」

 恋に目覚めない者は、稀に生涯目覚めることなくその一生を終えるという。
 その場合、その者は大賢者様として称えられる。
 一般人からは結婚もしない偏屈な野郎と見られるだろうが、一部の大きなお友達からはいろいろな皮肉も込めて大賢者様と呼ばれる。かもしれない。

「そういえば凍弥くんは自慰とかしないの?」
「お前はなにを言っているんだ」
「だ、だって人の自慰見たことをこんな時に告白して! こんな時じゃなきゃ訊けないよもうこんなこと! もう私には怖いものなんてなにもないんだから! 言ってみなさいよどちくしょー!!」

 叫びながら泣いていた。
 しかし凍弥がその頭を撫でるとすぐにとろんととろける顔で落ち着きを見せる。

「覚えたがやったことはないな。なにせ男と女とではやり方が違うだろうし。とりあえず貴様が気持ちよくなるポイントはインプットしたつもりだ」
「いやぁあーーーーーあぁああっ!!!? 喜んでいいのか悲しんでいいのかぁあっ!!」
「下品と思うかどうかは人それぞれだな。ちなみに俺がこうして堂々と恥ずかしいことを口にして貴様を困らせているのは、幼い頃からの仕返しだと思って甘んじて受けろ。貴様は泣いても叫んでもやめなかった」
「あの頃は嫌よ嫌よも好きのうちとかいうフレーズに騙されてたんだよぅ!」
「その割には泣く俺をうっとり顔で苛めてただろうが」
「な、泣いた顔が可愛かったから……もう何度食べてしまおうかと思ったことか……うっとり」
「口でうっとり言う暇があるなら手伝ってくれ」
「童貞卒業を?」
「いや。五体投地」
「もうそこから離れようよ!」

 ……閏璃凍弥はエロスに興味のない男である。
 そういった意味では灯台守一族のバンダナ男と気が合うのだろう。
 それに向けて悲しげに抗議を投げる茶沙良だが、ほぼスルーされる。
 実際、夜這いや朝駆けも関節極められたりドラゴンスリーパーされたりと、様々を以って回避されている。
 しかし23の冬。
 彼女はこの一年にかけていた。

「……こほん。と、ところで凍弥くん? 私たちももう長いよね?」
「髪の毛がか。確かに伸びてきたな」
「や、そうじゃなくて……付き合いって意味でっ」
「漫才的な要素か。俺が一方的にツッコンでばっかりな気もするが」
「それ絶対逆だから。じゃなくて、付き合いっ! 幼馴染的な意味で!」
「おおそうか。まあ、なんだかんだと付き纏われてるな。思えばあの時べつの男が貴様を救っていれば、俺はもっと純粋で素直な美男子として成長していたのではないだろうか」
「わ……自分でそこまで言うんだ……」
「俺は自分を誇大評価するのが好きなんだ。のちに自分の小ささにがっくりくると、明日は頑張ろうって気持ちになれる」
「嫌な方向でポジティブだね。で、そのー……付き合いなんだけどさ。そろそろステップアップしてみる気、ない? ううん、しようしちゃおう今しちゃおう!!」
「ステップアップ?」

 言われた言葉に思考を回転させる。
 今までの経験と知識を総動員させ、答えを導き出す。
 出た答えとは───!

「無理心中か」
「五体投地は忘れていいの!! むしろ崖から跳ぶ意識を忘れてよもう!!」
「じゃあなにをステップアップさせたいんだ。給料か? それならオージーンに言え」
「そうじゃなくて! 私たちの関係!」
「姉と弟から宿命のライバルになるわけか。なるほど、漫画などではありそうだ」
「そうじゃないってば!!」
「改めて訊きたいんだが、俺のどこがいいんだお前は」
「なんだかんだで付き合ってくれるところ。あと全部」
「そうか。俺も好きだぞ。一途なところは好感が持てるし、完璧な年上が年下に甘えるというシチュエーションは悪くない。だが必要以上にエロスなのはどうか」
「エ、エロスじゃないもん! あらぶる繁殖行動に忠実になってるだけだもん! それがエロスだっていうなら、人間なんてみんなエロスだーーーっ!! 好きな人とそうなりたいって考えて何が悪いのよぅっ!!」
「………」

 ぽむぽむと二度、茶沙良の頭の上で手を弾ませる。
 するとあっという間にもじもじとし出して騒がなくなる目の前の生物に対し、凍弥は困ったように溜め息を吐いた。昔は格好よかったんだがなぁ、と頭の中でつぶやいて。
 初恋相手が居るとするならば間違い無く茶沙良。だからこそ犬から庇ったのだし、あの時の自分は今の自分よりもきっと勇気があったと自覚している。
 しかしながらベタ惚れ度合いとそれからの日々がいろいろと考えを改めさせた。
 べったりで依存しまくりの茶沙良は、もう格好よくはなかったのだ。
 だが格好だけで人を判断するのはどうかという考えもあるため、強くは押し返せない。
 見た目で判断するなという言葉と、しかしながら見た目も判断材料であるべきという考えはいつだって矛盾しか生まず、恋心の始まりが見た目だったのなら、それを重視するのは当たり前だという考えももちろんあるのだ。
 故に、格好いい茶沙良は好きである。それも結構な想いを込めて言える。
 変身ヒーローに憧れる気持ちに近くはあるが、それでもだ。

「女の子にこれだけ言わせて返事もないのっ!?」
「多くの女のその言葉は、好き勝手言って“いい返事をよこせ”って言ってるるソレとなんら変わらん。言わせて、じゃなくて、相手にしてみればいきなり言われたのと何が違う」
「はうぐっ……で、でもぉお……そろそろいい返事の一つくらい……」
「イーッ!」
「戦闘員だよそれ! と、とにかく! 私は24歳になる前に凍弥くんと結婚するの! 凍弥くんの子供を宿すの! あわよくば産むの! それでそれで教師なんてやめて凍弥くんとのおはようからおやすみまで暮らしに夢を広げる百獣の王のごとくしっぽりとしてあまぁい日々を送るの!」
「えー……? 俺、まだガキのように遊んでいたいんだが……」
「そんな、バンダナくんみたいに子供みたいなこと言わないの!」
「女よりも冒険したいって気持ちが解らないかねぇ」
「女で冒険すればいいって気持ちも解らないでしょ?」
「む。それは一理ある」

 火傷しかしなさそうな文句だが、ふむと一度頷いてからは早かった。
 凍弥はちらりと自分を見つめる茶沙良(腰が抜けたまま)を見やると、その体に手を回し、ひょいとお姫様抱っこをしてみせた。

「ひゃうっ……? え? あ、え……? と、凍弥くん……?」
「女で冒険をしてみようと思う。覚悟はいいか?」
「あ……《ポッ》……う、うん……。その、初めてだから……やさしくしてくれると、うれしいな……」
「もちろんだ。なにせ俺も初めてだ」

 歩き出す。
 茶沙良の胸の鼓動は落ち着きを忘れ、顔は真っ赤になりっぱなし。
 目は自然と潤み、悲しくもないのに涙がこぼれた。
 それは夢が叶うことへの喜びからなのか、受け入れてもらえたことへの感謝からなのかは解らない。が、自分が幸せであることは間違いはないと、ただそれだけを確信し、訪れるべき時を待っていた。

「……あ、あれ……? 凍弥くん……? こっち、玄関……お部屋、あっちだよ……?」
「いいんだ、なにも言うな」
「わっ……そんな、初めてが外でだなんて……っ……!」
「腰は大丈夫そうか?」
「ん、う……うん、たぶん……」
「そうか。乗っかったりするから、痛めていたりしたら大変だからな」
「の、乗っかっちゃうんだ……」
「ああ。ちょっと激しいかもしれない」
「……大丈夫だよ……なにがあっても、受け止めてみせるから……。覚悟を決めた女の子は、とってもとっても強いんだから」
「そうなのか。それは頼もしいな」
「うん、そうなんだよ」

 彼女は幸せの只中に居た。
 目は涙をこぼし、しかし笑顔。
 これから訪れるであろうどんな苦痛も、この幸せの前にはなんの障害にもならないと確信していた。

…………。

 ……そう。どんな苦痛も。

「トー! テム! ポール!!」《どーーーん!!》
「………」

 閏璃家の玄関先。
 肩車をした男女が立っていた。
 男は棒立ちする女の肩に乗り、両腕を左右にピンと伸ばしている。

「さあゆくぞ茶葉よ! スライムナイトならぬ茶葉ナイトだ!」
「……あ、あの……凍弥、くん……? これっていったい……」
「ぬ? 女で冒険だ。まさか貴様にこんな趣味があったとは」
「ないよ!? なんでこれ私の趣味になってるの!?」
「なにぃ、だってお前、なんでも受け入れてみせるとか覚悟を決めた女は強いとか」
「ちちち違うもん! こんなの私の覚悟の範疇じゃないもん! うあぁあーーーーん!!」
「おお、雄たけびか。うぉおおーーーと叫んでほしいところだが、それもまた良しだ。さあ冒険でおじゃ! 今宵のぬしは朕をどんな冒険へと誘うでおじゃるか!」
「ひっくひっく…………ハッ!? ベ、ベッドの上での男女の冒険!」
「隣に眠るのはドブネズミか」
「ドブネズミはもういいってば!! うふ、うふふっ、失敗したね凍弥くん! 私に足を使わせてる時点で凍弥くんはもう逃げられないよ!」
「転蓮華していいか?」
「ギャーやめてぇえーーーっ! 死んじゃうぅううーーーーっ!!」

 男一人を肩に乗せてもブレない。
 ミス・パーフェクトの名は伊達ではないが、泣き顔や慌てた顔を見せるのは凍弥の前だけと決めている。授業中にたまにボロを出すが、それを知るのは生徒のみであり、だからこその悠介の前での緩んだ表情。
 しかしながら凍弥以外のことはどうでもいいというスタンスは変わらず、学校外の人と出会えば───

「おー、茶沙良ちゃん。今日もキレーだねぇ」
「《ビシィッ!!》お世辞は結構です。あと何をどさくさ紛れに名前で呼んでいやがりますか」
「うぐっ……あ、相変わらずきっついなぁ……」

 通りかかった腹の出っ張った大魔法使いに声をかけられるや、ミス・パーフェクトに変身。
 しかし八方美人はしないという構えも持っているため、好きでもない相手にはこの調子。
 自分に好意を抱いていると感じれば、それこそひどい対応で早々に諦めてもらう。
 それが彼女のやり方だった。

「……凍弥坊ぉ、おめぇの姉ちゃんはどうすりゃ心開いてくれるんだ?」
「まずは胸ばっか見るクセを直すべきだな」
「てめぇだってそう言いながら、足を胸にむにゅむにゅ押し付けてっ……くあっ! 羨ましい野郎だなこのヤロォ!! 俺と変われ!」
「世迷言を続けるようなら潰しますよ」
「…………はぁ。やっぱ俺なんかじゃだめなんかなぁ……。いや諦めはいかんな。よー弥弥弥ちゃん、明日俺とデートでも───」
「命懸けで断ります。どうしてもと言うのならカナブンを胸に添えて崖から五体投地してもらいますが」
「な、なんでそこであえて五体投地なのかはしらねぇけどよ……そりゃあ遠慮するぜ……」

 眼光鋭く、二人きりの時間を邪魔するなとばかりに殺気を飛ばす。
 ご近所付き合いする気はゼロ……というわけでもない。
 自分に好意を向ける異性以外にはよいお姉さんなのだ。
 ただし八方美人はしない。好きと決めたなら一途であり、その他一切の男からの好意など価値は無しと断じている。

「あー……あのよぉ弥弥弥ちゃん? そこまで嫌だって言うってこたぁ、好きな相手でも居るってことか?」
「居ます」
「ど、どんな野郎だそりゃ! そいつに勝ったら俺と付き合ってくれ!」
「何故そうなりますか。頭のネジが外れているのですか? そもそもあなたが嫌いなのでありえません」
「……凍弥坊。おじちゃん泣いていいか?」
「ヘタに濁されるよりもいいと思うけどな、ズパッと言われたほうが。だいたいおいちゃん、茶沙良の体しか見てないだろ」
「胸とかめっちゃ揉みてぇ」
「正直なのはいいが、今ので俺からの好感度もめっちゃ下がったからな……」
「つかてめぇ、いつから弥弥弥ちゃんを呼び捨てにする仲になりやがった!」
「普段からだが?」
「普段は茶葉姉ぇとか言ってただろうが!」
「気分によってだ。たまたまそれが重なっただけだろ」
「うぬぬぬぬ……!!」

 ぐぬぬと凍弥を睨むおじさまだったが、その視線もすぐに下ろされ、でへへと茶沙良を見つめていた。
 その茶沙良はあっさりとおじさまに背を向け、家へと戻ろうとする。
 そこへおじさまがさっと近付き、おじさま奥義【尻撫で】を発動させようとするが、

「《ズパァン!》はぶぅいっ!?」

 その頭に、大空よりの洗礼が振って落とされた。
 何事かと見上げてみれば、スリッパを手にする凍弥。

「な、な、なにしやがるっ!」
「なるほど。こういう輩にはたとえ嘘でもきっちり言ってやるべきなのか。あのな、茶沙良は俺の女だ。軽い気持ちだろうがなんだろうが、気安く触るな」
「んなっ───!?」
「ふえっ……!?」

 おじさま、硬直。
 茶沙良、硬直……ののちに腰が抜けて、また崩れ落ちた。
 バランスを崩して盛大に顔面から地面に落下した凍弥はといえば、出てきた鼻血をフンと親指で圧迫してかむように噴き出すと、ジロリとおじさまを睨みつけた。

「ん、んじゃあ凍弥坊、てめぇが茶沙良ちゃんのいい人だってかっ!」
「そうだ。夜這い朝駆けなんでもありの関係だ」
「なぁああっ!? ぶ、ば、ふがっ……お、俺のっ……俺の茶沙良ちゃんが汚された!!」
「《むかり》……ちょっと待ておじさま貴様、誰が誰の茶沙良だって? こいつを呼び捨てにしていいのも触っていいのも、親以外では俺だけだ。解ったら次の恋でも探せ」
「………」
「………」
「……ん? どうした?」

 おじさまと茶沙良が顔を見合わせる。
 茶沙良は「これは夢ですか?」と訊ねるために。おじさまは「それはマジですか?」と訊ねるために。しかし双方の困惑を絵にしたような表情が互いを確信へと至らせると、おじさまは肩をがっくりと落としてとぼとぼと去り───茶沙良は、子供のようにぽろぽろと泣き出してしまった。

「ぬおっ!? ど、どうした! 何故泣く!? あれか! 裸で夜這いしに人の布団に侵入してきて、翌日風邪を引いたことをこの寒さを以って思い出したのか!? それとも朝駆けでどこかうっとりした顔で人の部屋に入ってきた際、机に小指ぶつけて自分でムードブレイクしたのを思い出したのか!?」
「うあぁあああ〜〜〜〜ん!!!」
「ぬう!? 余計に泣いてしまっただと!? これはどういった状況だ! まさかその前日、朝駆け宣言で“凍弥くんを色っぽい声でメロメロにしちゃうんだからねっ!”と言っていたことを思い出したのか!? 確かに机に小指をぶつけた時の声は“〜〜〜〜〜……ツアッ……!!”で、お世辞にも色っぽくはなかったが!」
「ひあぁああ〜〜〜ん!!」
「なにぃまさかこれでもないというのか! ならば───」
「やめてぇ!! やめぇええ!! これ以上過去の失敗をほじくり返さないでぇええ!!」

 なにやらマジ泣きで腰にすがりついてきた姉代わりの変わり果てた姿に、彼はいったいなにが……と割りと本気で動揺していた。自分が原因である自覚はないらしい。
 凍弥はそんな茶沙良の両肩にソッと手を置くと、

「茶沙良」
「はうっ……ななななにかな、凍弥くん」

 真面目な顔でその泣き顔を見下ろし、それから持ち上げた指で涙を拭いながら言った。

「お前はお前のままで居てくれ」
「え……それってどういう……? あ、も、もちろん凍弥くんのことを好きな私は一生かかっても変わらないから安心───」
「いや。お前がここぞという時にポカやらかしてくれるからこそ、俺の貞操はまだ無事なんだろうなって妙に納得したから」
「うあぁあああああああああんん!!! もうヤだーーーーーっ!!!」
「ぬおお貴様、せっかく拭ってやったのにまた泣くとは何事だ」
「そこなの!? 第一に言うことそこなの!? ひうぐぅう……凍弥くんにとって、私ってなんなのぉお……?」
「…………茶葉?」
「それ凍弥くんがつけた不名誉なあだ名でしょ!? 私ポンコツじゃないもん! これでもミス・パーフェクトとしてご近所でも有名なんだから!」
「……万年発情変態ストーカー?」
「凍弥くんにだけだもん!」
「それが困ると言っとるんだが……ふむ。ではあれだな。女教皇。ハイプリエロスス」
「ハイプリエステスだよそれ!!」
「女の恐ろしさを教えてくれるミス・パーフェクトだから皇帝的な名がいいと思ってな」
「嬉しくないよ! 女の子にあだ名つけるなら、もっと可愛いのにしてよぅ!」
「ふむ」

 思考。そして結論。

「……フーミンか、げろしゃぶだな」
「いやぁあああああああああーーーーーーーーーっ!!!?」

 あらん限りの声で叫んだところで、迫るあだ名の魔の手は止まることを知らなかった。
 いよいよもって泣き出した姉代わりを前に頭を掻きつつ、「軽いことなら言うこと聞いてやるから機嫌直せ」と言うと一秒で復活する姉代わり。
 出された願いに渋々頷いた彼は、姉代わりと同じ布団で寝ることになったわけだが───

「……うふふ……凍弥くん。私たち、ついに……」
「ついに? なんだげろしゃぶ」
「……つ、ついに、その……む、むむむすばれ……」
「なにを結ぶんだげろしゃぶ」
「なにってそりゃ……」
「? どうしたげろしゃぶ」
「………」
「………」
「げろしゃぶ呼ばわりをやめてください……それが私の願いです……」
「了解した。では───この変態ストーカーめ! 朕の部屋から出ていくでおじゃ!!」
「うあああーーーーーん!!」

 ムードもなにもない状況に耐え切れず、彼女は自ら機会を手放した。
 これはそんな、あと一歩を踏み出せない者たちの心温まる物語である。




Next
Menu
Back