世界の都合で子供に戻されることは何度かあった。
 今回もそんな始まり方のようで、俺は真っ暗な世界に居た。
 この時点で自分に解ることなど自分のことくらいであり、そこが何処かも解らない。
 ただ、心地良い感じがしたから、まるで揺り篭にでも揺られているかのように、自身を包む温かさに抱かれ───

「産まれました! 可愛い赤ちゃんですよ!」

 …………なんか産まれた。


───……。


 その世界で中井出博光は赤子として降臨した。
 赤子のくせに今までのことを全て覚えていて、まあなんというか……全力で赤子というのを楽しみつつ成長する。
 赤子特有のおもらしの度に屈辱を味わい、授乳の度に顔を真っ赤にしていたクソガキャアである。
 両親の仲は良好。
 赤子の前で平気でイチャつく恐ろしい二人であり、しかしながらその二人にこそ老後もそんな仲で居てほしいと願っていた。

「うー、あーう……」

 喋り方は知っているのだが、声帯がまだ未発達な所為だろう。
 満足に喋ることは出来ず、しかしながら人器を使って己の体のあり方を前の世界の自分のものへと戻す努力を惜しまなかった。
 両親は「この子はきっと将来すごい子になるぞー!」などと言っていたが、それはまあ大体どこの家庭でもありそうな親ばかなセリフの一つだ。
 そのガキャアは楽しむこと以外には特に興味を示さず、成長してゆく過程で“大切なものは友達と仲間と家族だけです”と、なにかしらの自己紹介があるたびに言っていた。

……。

 そんな彼が幼稚園に通う頃、彼は既に普通のガキャアと比べれば異常者と言ってもおかしくない変態になっていた。
 成長するにあたって体に異常が起きない程度の筋肉組織の発達が、なんかもう子供らしくなくて彼は結構周囲から怯えられていた。

「へっちゃらさーーーっ!!」

 しかし馬鹿だから気にしなかった。

……。

 そんな馬鹿だが、幼稚園でとある出会いをする。
 二人のちびっ子少女が、数人のちびっ子少年たちに囲まれてイジメられているのだ。

「はっ! い、いかーーーん!」

 そんな姿を見て走り出したのは、べつに助けたかったわけでも格好つけたかったわけでもなく───

「ジャングルの平和を乱す奴はゆるさーーーん!!」

 ただターちゃんの真似をしたかっただけという、なんともおかしな理由だった。
 いや、もちろん他にも理由はあるのだが。

「な、なんだよおまえ」
「おまえにはかんけいないだろー! あっちいってろよー!」
「ばかもん! 数人がかりで二人のお子を囲んで怒鳴りつけるなど言語道断! 許せる!」
「ど、どっちだよー!」

 他の子供に比べて発音がしっかりしているその馬鹿者は、囲まれていた少女二人を見た。
 確か、名前は織斑千冬(おりむらちふゆ)篠ノ之束(しのののたばね)。
 黒髪で、どこか目つきの鋭い織斑と、幼稚園児のくせになんかパソコンをいじくってる篠ノ之。

「え? あ、の……」

 囲まれていた恐怖からだろうか。
 黒髪の少女は自分と男子の間に割り込んできた中井出を見つめ、おずおずと声をかける。
 守ってくれるのだろうか、庇ってくれるのだろうかという期待を込めた戸惑いだったのだが、あろうことかこのばか者はきっぱりとこう仰った。

「この俺をのけものにしてこんな面白いことをしているとは許るせーーーーん!!《どーーーん!》」

 なんでか“許せん”ではなく“許るせん”と言ったそいつの言葉に、そんな思いは砕かれたのだ。結局この男もいじめっ子なのだと泣きそうになった千冬───だったのだが。何故かその男は男子たちと対峙していた。
 女子をいじめることを面白いことと言っていたと思ったのに、この人はなにをしているのか。千冬は戸惑いながらももう一度声をかけてみると、

「大勢で少数をイジメるのは勇者の理論だ! そして俺は英雄勇者が大嫌い!! 故に! 悪とは邪道に非ず! その意思は、全ての外道の志の総算たるが故にィイイ!!」

 なにやらそんな言葉を返された。
 何処かで誰かが“然り! 然り! 然り!”と叫んでいるような気分だった。

「な、なんだよおまえ」
「あっ! おまえへんたいじゃん!」
「そうだ! へんたいひろみつだ!」
「な、なんだと……! よもやこの博光の名がそこまで知れ渡っていようとは……! 皆様に愛されて56億……博光です《脱ギァアアーーーン!!》」
「うわあああ!! なんかぬいだぞーーー!!」
「へんたいだ! へんたいだー!!」

 ……脱いだ途端、変態と叫ばれて逃げられた。
 彼は小さくホロリと涙し、振り向いて二人の少女を見た。

「やあ僕博光」

 なにやら自己紹介された。
 なんだかよく解らないうちに千冬も自己紹介をし……しかし、束は無視してパソコンをいじっていた。

「ホ? なんかおもろいことしてんね。あ、でもそこ間違っとるよ? それ組み立てるならそのパーツは右じゃなくて左で、バランス取らなきゃ」
「!? ───解るの!?」
「ホホ、麻呂にかかればこれしきのこと、当然でおじゃーる」

 篠ノ之束が見ていたノートパソコンの画面にツッコミを入れると、彼女は心底驚いた風情で中井出を“認識”した。興味がないものは雑草か障害物としてしか見ない彼女にとって、認識する対象というのは“身内”と“織斑千冬”くらいなものだった。

「じゃ、じゃあこれは!?」
「おお簡単簡単。まずは構築要素を分析して、完成させたい理想像をイメージ。んでもって、そこまでの過程をゆっくりと構築していけば……はいカタタタタッと。これでどーだ!」
「───すごいすごい! 束さんが考えてたものとは違うけど、完成させた!」
「ゲェエーーーーッ!! 違うの!? あれぇ!? パーフェクツだと思ったのに! おのれぇこんなことは許すまいぞ! ならばこれでどうだぁああーーーっ!!」
「わ、わ……こんな作り方もあるんだ……!」
「フッ……感心するのはまだ早いぜ? なにせ俺は四天王の面汚し……こんなことが出来るのは偶然というもっぱらの噂だ……! ってそんなことはどうでもヨロシ! ほらおりむー! キミも混ざりなさい! 教えてあげるから!」
「え? え?」

 急にパソコンの話題になって、疎外感を感じていた千冬の腕を引っ張り、パソコンの画面の前へと座らせる。
 解らないなら教えればいい。当然のことで、案外様々な人があっさり諦め放置することだ。

「戸惑いなんて捨てちゃいなさい! 今からこの博光が───楽しいを教えてしんぜよう!」

 その日、二人の少女は……今まで大して緩ませることもなかった頬を盛大に緩ませ、初めて……腹筋が痛くなるほどに笑った。


───……。


 とたたたたたた……どごぉ!!

「ヘヴォォオゥヴァ!!?」
「ひーくん! おっはよぅ!!」

 一年後。彼の腰に見事なタックルが決まった。

「な、なにをなさるのタンバリン! この博光をうさぎ組四天王の面汚しと知っての狼藉か!」
「えっへへ〜、知ってるよー? なんたって束さんは四天王のナンバーワンだからねー!」
「なんだと!? 貴様いつの間に!」
「ちなみにちーちゃんも四天王のナンバーワン! 束さんとちーちゃんは、力と知能の一番さんなのだ!」
「ず、ずるいぞ! じゃあ俺は面汚しナンバーワンだ!」
「……ねぇひーくん? なんでひーくんはそこまで面汚しにこだわるの?」
「え? だってすげぇ特別感あるじゃない? 四天王になれたのが不思議なくらいの小物とか面汚しとか。べつに俺、偉くなりたいわけじゃないし」
「んーー……その方が面白いの?」
「俺の中では」

 にこりと笑い、遅れてやってきた千冬に「おーい」と手を振るお馬鹿さん。 
 束もにこーと笑って千冬に手を振り、この謎だらけのおかしな男にどんどんと興味を抱いた。

……。

 たたたたたたっ───どごぉ!

「ゲヴァァアアーーーーッシュ!!!?」
「ひーくんっ! おっはよぅ!!」

 さらに一年後。体が大きくなるにつれ、タックルも鋭さを増す中、彼の腰が悲鳴をあげた。

「キミね! 出会い記念日とか称して一年ごとにタックルかますのやめない!?」
「大事な儀式なんだよ!? なんでそんなひどいこと言うのひーくん!」
「俺が悪いみたいな言い方やめて!? 僕被害者だよ!?」
「ひーくんって被害者ヅラする時“僕”って言うよね。なんで?」
「ヅラじゃなくて本気で被害者なんだけど!?」

 タックルののちに背中にはりついて、すりすりしてくる束を振り回す……のだが、取れやしない。そんな彼女をとっつかまえ、ようやく引き剥がしたのは千冬だった。

「ごめん、ひろくん……束が急に走り出したけど、とめられなくて……」
「あー、いいのいいの、チッフィーは気にしないで。こやつが暴走機関車なだけだから」
「ち、チッフィー!?」
「あ、いいないいなー! ひーくんひーくん、束さんにも愛称ちょうだい愛称!」
「何を言っとるんだこの男は……貴様にはタンバリンという素敵な名前があるだろう」
「そんなポコペンつつかれて吐き出された卵生物みたいな愛称嫌だよ!? ていうか束さん女の子!」

 その年も騒がしい一年を過ごす。
 中井出は周囲からは変態として遠巻きにされているらしく、むしろ千冬と束は心配され、中井出だけが嫌われるという光景がよく目についた。
 しかし子供のイジメというのはなかなかに上手いもので、幼稚園の頃から手が込んでいた。保育士が居るところでは決して仲違いの姿は見せず、死角で囲んではイジメる。
 ……のだが、いまさらイジメくらいでどうにかなるほどの“普通の精神”など持ち合わせているはずもなく、イジメてくる相手を逆に一人ずつそそのかしては、気づけば笑わせていた。

……。

 どどどどどどどっ───ぎゅむー!

「はうひゃあああああああっ!!?」
「秘奥義───タックル抱き締め殺し!!」

 やはり一年後、記念日に突貫してきた束を、中井出は優しく抱き締めて迎えた。予想外の行動だったらしく、慌てふためく天才さん。そんな彼女にサバオリをしたのちにスープレックス。いわゆるM11型デンジャラスアーチが炸裂したところで、記念日は終了した。


 そんなこんなで幼馴染的な関係は続き……何年後かの現在。

 彼はそんな幼馴染たちから離れた場所で、かなり腐りながら作業をしていた。







───IS/インディアン・ソウル(タイトルに意味はない)






01/忘れられた彼は

 テイルズオブファンタジアの世界でマナを得てから何年経っただろう。
 今やマナの種の生成も出来るほどになり、辿り着く世界で種を植え、マナを掻き集め続けた。
 世界のことになど興味はない。
 ただマナを集め、時が来れば次の世界へと旅立つ。
 時折、マナ集めしかしないおかしな馬鹿に手を伸ばす者も居るが、そんな馬鹿より馬鹿な俺はその手を取り、その度に涙を流した。
 それでも笑顔を忘れないようにと、泣いても笑い、いつかあいつらと再会する日を夢見てマナを集め続けた。
 笑ってしまうくらい結末が見えている未来を夢見て。
 戻れたとして、俺を迎える笑顔などない。
 既に他人となった“家族”が俺を迎え入れることなどないだろう。
 それでも、もうあそこは“故郷”だったから。
 自分はその地へ帰ることを望み───かつての故郷である地界ではなく、そこに帰ることを望み、歩き続けていた。

「………」

 中井出博光。
 家族にもらった大切な名前。
 頭を撫でてもらい、許してもらった時、その名の意味を知った。
 博愛と光を合わせた名。
 隔てなく広く照らせる光であれ。
 そんな思いを籠められて、彼は産まれた。
 そして生き、カタチはどうあれ、人に笑顔を与える光となった。
 楽しいというものを教えたいという、周りから見ればただの馬鹿。
 だが、馬鹿だからこそ歩んでこれた。

「試験体……利用されるために生まれる命か……」

 そんな彼は今、ドイツに居た。
 歪んだつもりはない心で、歪みきった心のまま。
 もはや他人の笑顔で温かくしたような心は無く、マナを集めるだけの人形になっていた。
 現に、この世界のひとつ前の世界は滅んだ。他でもない、彼の手で。

「利用されることも知らずに生まれるのか。寂しいもんだな」

 感情を籠めない声でそう言った。
 彼の瞳には、もう光らしい光はない。
 あの世界から今まで、ずっと魔王と呼ばれてきた。
 してきたことなどマナの木々を育てることのみ。
 しかしそれが人の癒しなどに効果があると知るや、人は彼からそれを奪おうとした。
 最初は交渉。あげるわけがない。
 次に強奪。怪我を負わせ、警告した。もちろん取り戻した上で。
 次はこちらを殺してでもという強硬手段。殺す気には殺す気で返し、近付く者は皆殺しにした。
 そうして人は欲望のままに挑み、死に続け、やがて彼だけが残った。

「名前は───」

 次の世界……この世界で、彼は逆に迎えられた。
 ただの気まぐれだったと言っていい。
 赤子として産まれ、家族に迎えられ、幼稚園では友達も出来た。
 それはとても懐かしい感覚だった。
 友達と戯れ、記念日なんてものさえあって、一年経てばタックルが来て。
 多分、久しぶりに笑顔でいられたんだと思う。
 でも……そんな夢の日々はあっさりと辻褄に殺された。
 二人は彼を忘れ、やはり彼は伸ばした手の先で泣いたのだ。

 そして結局マナの草花を育てることだけに没頭してゆく。
 世界はその見たこともない花に興味を示し、異常性を知ると手元に置きたがった。当然、潰した。
 そうしたことが極秘裏に続き、手に負えないのであれば迎えればいいとし、彼はドイツに身を置き、マナの草花や木々を自由に育てていいという条件で、とある研究所に居た。
 研究員にしてみれば、研究して技術を盗み、マナの草花を独自に栽培できるようにという考えだろう。
 当然、そんなものが解るはずもない。
 しかし研究員らは諦めることなく研究を続けている。
 中井出はそんな中に混ざり、敢えて異常者であると見せ付けるために死神の能力を解放。銀髪赤眼で髪型は彰利を真似てトンガリオールバックにした。
 年齢も多少あげて顔も変えるとほぼ別人である。
 名前は適当なところでラグナにした。友人の武器と固有結界の名前からもじったものだ。
 顔も髪もレオ=フォルセティーに似ていてはいたが、名前は適当だ。
 そんな彼は、研究所にある、一見すると大きな試験管の中に居る、小さな命を見ていた。
 その下には識別番号と……名前が。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 利用される者の名前を唱え、試験管越しにソレを撫でた。もちろん届かない。

……。

 ソレはすくすくと育った。
 強化人間ということもあり、人の身体能力の平均など軽く越えている。
 中井出は研究員の気まぐれか賄賂かなにかのつもりなのか、ラウラを預けられた。
 好きに育ててみてくれとのことだった。
 ただし、軍事用にするということだけは条件に入れた状態で。

「………」
「………」

 少女だったそれは、自分を見上げる。
 中井出は大した興味もなくソレを見下ろし、とりあえず歩くことから教えた。

……。

 すくすくと育つ。
 子供というのは吸収力が強く、ラウラは教えたことを軽くこなしてゆく。

「あー、うー!」
「…………」

 興味もなかったが、あーうーとしか喋らないソレに、彼は言葉を教える。
 また、どんどんと覚えていく。

「あ、あ、あー……ちち、うえ!」
「誰が父だ」

 気に食わない言葉を聞いて、彼はソレを引っ叩こうとした。
 しかし少女は自分が何をされるのかも解っていないようで、振り上げられた手を興味深そうに見ていた。

「………」

 彼は引っ叩いた。
 ラウラは、初めて訪れた直接的な痛みに、どうしていいか解らずに泣いた。

……。

 少女は男を追いかける。
 男は、興味無さそうに振り向きもしない。

「きょ、きょうかん。わたしを、やくだてるようにしてください!」
「黙れ」
「っ……」

 息を飲む音を聞いた。
 その時になってようやく彼は振り向き、ソレを見下ろす。
 不安そうに自分を見上げるソレ。
 叩いたことで、軽い恐怖というものを覚えたようだった。

「お前もどうせ忘れるんだ。そんなヤツにどうして俺が手を伸ばさなきゃいけない。俺はな、もう疲れたんだよ。だから何にも期待しない。世界なんてクソッタレなもののために、俺はもう期待しない。俺はただ帰りたいだけなのにな……どこに行けば帰れるのかも解んねぇ。……てめぇもだよ。実験のためなぞに作られて、体は強くても教え手が俺じゃあ成長できやしねぇ」
「わ、わすれ……? わすれません! きょうかんもわたしのきおくりょくはしっているはずです!」
「そういう問題じゃねぇんだよ、知ったふうなことをほざくな、クソガキ」
「っ……」
「……あ、あーあー、いや、すまん。今のは卑怯だった。何も言わねぇのに“知ったふうなこと”なんてのはずりぃな。……言えた義理じゃねぇが、覚えとけ。自分から何も言わねぇくせに、そいつ相手に“お前に何が解る”とかほざくやつはタコだ」
「たこ……?」
「ああ」

 歩く。
 ついてくる。
 振り向いてみると、ソレは彼を見上げていた。
 その目を見て、理解した。

「……てめぇ。後ろついてくれば、さっきみたいに俺が勝手になにか教えるだとか思ってねぇだろうな」
「な、なぜわかったのですか!? きょうかんはすご《ごぢんっ!》あうっ!」
「うるせぇ、黙れ」
「〜〜〜……」

 拳骨され、しゅんとする。
 それでも彼は知ったことかと歩き出した。

「………」

 ……ラウラは、周囲の他の実験体や教官からは出来損ないと笑われていた。

……。

 しばらく経った。
 その日、試験体同士を戦わせる模擬戦闘があったが、当然ラウラはボロボロ。
 悔しそうに戻ってきたソレへ、中井出は視線さえ向けなかった。
 ……次の日、試験体同士で諍いがあった。
 ラウラが他の試験体に襲い掛かったという話らしく、責任者として中井出が呼び出された。

「てめぇ、なにやりやがった。面倒は起こすなって言っておいたが?」
「………」
「言え。命令だ」
「……他の、試験体と研究員が……教官のことを馬鹿にしました」
「……どこにてめぇが怒る部分がある」
「教官を侮辱されたのなら───!」
「教えることもしねぇヤツをてめぇは教官と呼ぶのか? いい加減気づけ、気づいて他のヤツに教えを乞え」
「………」
「チッ……おい」
「ヒッ!? な、なななにか?」

 黙りこくったソレから視線を外し、目の前の研究員と殴られたという試験体を見る。
 研究員はビクリと震え、彼がどんな人物かを知らない試験体は中井出を睨んだ。

「なんだ貴様。そんな弱者しか育てられない無能が我々に意見か?」
「ひぃいっ!? ななななにを言っている! 黙───」

 試験体の言葉に、研究員が悲鳴をあげる。
 しかし逆に中井出に睨まれ、「お前が黙れ」と言われて何も言えなくなっていた。
 中井出は試験体を見る。
 その目は怯むことなく中井出の目を睨み、無能は殺すとさえ見える殺意を滲ませている。

「おい。聞かせろ。てめぇ、なにやろうとしやがった? 言っておくがコレは理由もなく人を殴るようには躾けてねぇ」
「ふん、それくらいの頭は回るのか。ああ、そこの出来損ないが女々しくも花の手入れなぞしているから、その行為を馬鹿にしてやった」
「───」
「聞けば貴様に命令されたからだそうじゃないか。お前はなんだ? 戦地に花売りでも飛ばす気なのか? とんだお笑い種だな!」
「〜〜〜〜っ……き、きさっ───」

 ラウラは自分でも解らない怒りに背中を押され、殴りかかろうとした。
 しかしその手が握られ、止められる。

「教官!? なぜ! ここまで侮辱されて、なぜ!」

 悔しさからか涙まで滲ませていた。
 そんな“彼女”の頭に、ぽんと手が乗せられた。

「え───」

 そして、そのまま撫でられた。
 温かいものがこみあげるのを感じる。
 自分が産まれてから今までで、二度目の感覚だった。

「“ラウラ”」
「え……あ、は、はいっ!」
「お前は、あいつを殴ったか?」
「っ……殴り、ました」
「そうか。よくやった」
「え……あ、え……?」

 もう一度くしゃりと頭を撫でられ、ラウラは何がなんだか解らなくなっていた。
 そんなことをした張本人は試験体に貼り付けの笑顔を贈り、訊ねる。

「よぅ、お前はラウラがしたことを馬鹿なことだと思うか?」
「当然だ。実験のために作られた我々が、花の手入れ? 笑わせる」
「あぁそうかい。んじゃあてめぇは軍人失格だ。あれはな、俺が命令したことなんだ。軍人ってのはなんだ? 上の命令を断れって言われてんのか?」
「黙れ無能が。知っているぞ? 貴様はこの場で歓迎されていない。いつも貴様が居ると居心地が悪いと聞いている」
「そりゃそうだ、そうなるようにしている」
「自覚があるか。それは丁度いい。私も……貴様の無能ぶりには苛立っていたところだ!」

 試験体がナイフを構え、地を蹴った。
 この場で亡き者にしてくれようとしての判断だったのだが、

「ウェスタン!!」
「《ガボォンッ!!》ぶきゅうっ!?」

 その一歩に合わせて振るわれた烈風ウェスタンラリアットが彼女を大回転させた。
 ゴシャーンと彼女が倒れたあとには、腰を抜かす研究員と、気絶する試験体だけが残る。
 そんな、腰の抜けた研究員へ、中井出は頭を下げた。

「!? 教官!? なにを!」
「どんな理由があろうと、お前が殴った分は謝る。筋ってのはそういうもんだ」
「───!」

 自分が謝らせるような状況を作ってしまった。
 そのことに、ラウラはまた叱られるかもしれないという恐怖に怯えた。
 しかし、代わりに待っていたのは、

「よし、じゃあ戻るかラウラ」
「《なでりなでり》…………え?」

 頭を優しく撫で、笑う自分の教官だった。

「きょ、きょう、か……?」
「俺のことは提督って呼べ。……ったく、お前の所為だぞ? イジメなんてされてるから、思い出しちまったじゃねぇか」
「おも、い……?」
「……俺もな。昔に馬鹿やって、なにも事情を知らない祖父を謝らせちまったことがある」
「教官が!?」
「ほれ、いーから歩け」
「は、はい」

 急に頭を下げられたことに気絶してしまった研究員を無視し、彼は奥へと歩いていった。
 それについてくるラウラは、どこか不安げだった。
 そんな彼女の前で、中井出は頬を二回思い切り叩くと笑った。

「ラウラ。強くなりたいか?」
「……はい」
「よっしゃ、二言は聞かん。お前を最強にしてやる」
「《わしゃわしゃ》わぷぷっ!? は、あ、え!? きょ、教官!?」
「提督だ。お前が俺を忘れるまで、どれくらいあるかは知らん。でも、それくらいの面倒は見てやる。恨むなら、俺に思い出させた自分を恨め」
「? ?」

 ラウラは撫でられた頭を両手で押さえながらも、中井出を見上げていた。
 そこにあったのは………………笑顔だった。
 ニヤリとしたものでもフンとしたものでもなく、柔らかな笑顔だった。
 目の前で笑うのは、“凍てついた死神”とさえ呼ばれ、研究員の間では恐怖の対象と言われた者のはずなのだが。

「いいか、ラウラ。お前が俺を忘れるまで、俺はお前の友であり仲間であり家族だ。お前が俺の“歩く理由”の名誉を守ったなら、俺はお前を守ってやる。守るのなんて好きじゃないが、そうも言ってられん。マナも溜まってきたし、そろそろ休憩が入ってもいいくらいだろう。だから───楽しいを知らんお前に、楽しいを教えてやろう」
「た、楽しい? 教官、私は戦の術を───」
「ん。そういうのをひっくるめた“楽しい”だ。大丈夫だ、任せとけ。俺は他人には激烈厳しいし興味もないが、家族は大事にするコヨーテだ。俺はお前を甘やかすぞ、力の限り甘やかす。俺のやり方で、お前が俺を忘れるまで」

 言いながらラウラを抱き締め、高い高いをした。
 ラウラは考える。………………何を考えればいいかをまず考えなければいけないようだ。

「あ、あのっ、教官」
「提督だ。ん? なんだ?」
「その。忘れる、とは……?」
「言葉の通りだ。俺ね、他人が俺を忘れる病気を持ってるんだ。最初はいいんだけど途中から忘れられ始めて、最後は名前さえ覚えてもらえなくなる。俺はそんな人生をずぅっと歩んできた」
「……家族は?」
「ガキの頃に全員死んだ。それからは気の許せるやつだけを家族として迎えて、その度に忘れられる時間をずぅっと過ごしてきたってわけだ。結婚もしたし子供も居たんだぜー? なのに二人とも俺を忘れて、他の男のところに行った。ひでぇもんだろ」
「人を寄り付かせなかったのはそのため、ですか」
「そゆこと。信用するのも面倒くさくなった。でもな、恩を感じないほど薄情になったつもりはない。お前は俺の花の名誉を守ろうと戦った。なら、俺はその恩に報いる」

 高い高いのあとはぎゅうう〜っと抱き締められ、頭を撫でられた。
 強烈な壁を感じていたというのにこの豹変ッぷり。
 恐らくあの花は教官にとって相当大切なものだったのだろう。
 ラウラはそう思い、軽くのどを鳴らした。

「つーわけで早速だラウラ! 時間は待っちゃくれねぇ! おぉっと先にこれをどうぞ。お兄ちゃんからのプレゼントだ」
「!? ぷ、ぷれっ……!?」
「そう! 眼帯! 俺の家族の知り合いの軍人がつけていたものさ! あ、いや、ほんとに同じものってわけじゃなくてね?」

 眼帯である。
 ラウラはそれを受け取り、目を輝かせた。
 プレゼント。
 今まで突き放されてばかりだったというのに。
 なんだか少しじぃんとしてしまったが、どうせならもっと早くにくれればよかったのにと軽く悪態も抱いてしまった。
 人は欲望には素直なものである。

「それは一応深いところで俺と繋がってるものだ。それをつけてれば、俺の経験から戦闘に関するものをダウンロードできるかもしれん。もしそれが出来たら、戦闘に役立てなさい」
「は、はいっ!」
「うむよし! ではいくぞラウラ一等兵!」
「Ja!」

 駆け出してゆく。
 豹変した“親代わり”を追って。
 彼がどれほどの実力を秘めているかなど、関係がなかった。
 ただ、産まれてどれくらい経った時か。
 彼に一度だけ頭を撫でられた時に感じた暖かさを追って、彼女は彼の傍を離れなかった。
 それはきっと間違いではない。
 そんな奇妙な確信を持って、彼女は駆けた。

……。

 それからのラウラの日々は、他より遅れているものをいとも容易く吸収する日々だった。
 ともかく教え方が上手い。
 まるで何億もの知識を内包しているかのように正確に教えてくれ、それを飲み込むだけの力を持つ彼女はすいすいと吸収していった。
 しかも、彼はラウラがなにかしらの成功を修めるたびに、頭を撫でたり抱き締めてをしてくれたりもした。出来て当然だなどと言われると思っていたのに拍子抜けだ。

「そう、狙い方はそうだ。まだ撃つなよ? 引き付けて……フォイア!」
「Ja!」

 引鉄を引く。
 すると構えた銃から弾丸が飛び出し、飛翔する的を破壊した。

「次は二枚だ。少し早くするぞ」
「はい!」

 中井出はまったく躊躇せずに能力を使った。
 ラウラは様々な能力を使う自分の教官に驚いたが、そもそも周囲に嫌われた存在である彼だ。特殊な能力を持っていても不思議じゃないと思うことにし、軽く受け入れた。
 受け入れたなら真っ直ぐ走るだけだ。
 朝早くから起きて、やたらと美味い料理に感激し、料理も教わりながら朝の鍛錬を。
 昼になれば早速簡単な料理を作り、コツを教わり、休憩が終われば鍛錬。
 筆記ももちろん習い、思考の回転速度を上げる。
 夜が来ると風呂。
 くたくたに疲れていた体から悪い物質を取り除かれ、疲れを癒され、体や髪の手入れまでをしっかりとされた。
 寝る時は中井出の腕枕で寝て、また朝が来る。
 そんな日々を続け、次の模擬戦闘。
 黒相手に対人戦にも慣れていたラウラに躊躇はなく、最下位の役立たずはあっさりと最強に上り詰めた。

「提督! やりまし《がばしぃっ!》ふわぁあっ!!?」
「よっしゃよくやったぁあっ!! 偉いぞラウラぁっ!」
「あ、う、あ……は、はいっ!」

 中井出は素直に褒めた。
 しかし慢心しそうになるとこってりと叱り、その慢心の元を自分の手で叩き折る。
 自信を叩き折られたラウラはしゅんとした犬のようになり、しかし頭を撫でられるともう一度立ち上がり、自身の練磨に励んだ。


───……。


 どれほどが経っただろう。
 もはや敵無し。
 幼いながらも最強の座についたラウラは、とある部隊の隊長を務めていた。
 ここまで自分を育ててくれた教官を素直に敬愛し、もはや、なんというか、彼の命令ならばなんでも出来るというほどの、一種の神格化した視線で彼を追っていた。
 父でもあり祖父でもあり、祖母でもあり母でもある。
 兄でもあり姉のようでもあり、弟のような無邪気さを持ち、妹のような朗らかさを持っている人。かと思えば友のように暖かく、仲間であるように一緒に居て楽だった。
 そんな彼だが、やはり他の人には冷たかった。
 自分以外には“家族”を作る気はないのか、その愛情は自分だけに向けられていた。
 独占出来てなによりだとも思ったが、教えの中には“周囲には強くもあり優しくもあれ”というものもあった。
 飴と鞭というやつだろう。

「提督は何処に?」
「花の回収に行くと」
「花───なるほど、あそこか」

 試験体の皆も、既にラウラを馬鹿になどしない。
 強さが全て。
 中井出博光の持てる全てを使い、育てられたラウラの強さは異常であった。
 もちろん、何も持たずに拳一つで破壊兵器を壊せるかといったら、そういうわけでもないが、対人戦ではまず負けはない。
 銃弾飛び交う戦地を武器無しで駆け、制圧してみせたこともある。
 が、「自分から危ないことをするなこの馬鹿!」と中井出に殴られ、抱き締められ、深く反省。以降は自分の身も大切にし、やはりすくすくと育っている。
 ……目下の悩みは身長が望むように伸びないことだろうか。

「提督!」

 そんな彼女の目に、見慣れた背中が映る。
 彼女は駆け、その背中に呼びかけた。
 振り向いた彼は笑顔でちょいちょいと手招きをし、近付いてみれば頭を撫でられ、自分の髪を纏められた。

「提督?」
「贈り物パート2だ。そろそろ“忘れる時”が近いっぽいからな」
「え……まさか、以前言っていた病気が!?」
「この感覚は嫌でも忘れられないさ。だからまあ、俺はちょいとここを離れようと思う。困ったことに忘却は発動するくせに、次元の扉は開かないとくる。次の世界に飛ぶのはまだまだ先になりそうだが、それでも行く。これで結構“家族”に忘れられるのは怖いものなんだ」

 愛おしそうに自分を撫でる彼に、ラウラは何も言えないでいた。
 “忘却”のことについては何度も訊いて知っていたのだ。
 それが回避不能のことであることも、それのお陰でどれだけ彼が悲しんだかも。

「……出発は?」
「今すぐだ。次に何処に行くかは決めてないが、まあ。のんびり花を育てながら生きるさ」
「提督……」
「それ、大事にしてくれな。ポニーテールは我が青春で、それを纏めてるのはマナと癒しの樹脂を結晶化させて作った無二の飾りだ。あと……そだな。これをお前に」

 言って、中井出はひとつの袋を渡した。
 透明なもので、中には種が入っていた。

「これは?」
「マナと癒しの種だ。それを、ここで育ててみろ。育てるコツは歌と手入れだ」
「う、歌!? 歌など歌ったことが……!」
「お、そうか。これは博光失敬。だったら教えよう。いいか? まずは然の歌だ」

 既に回収し、ヒロラインに送った花とは別に、中井出は地面に種を埋めた。
 そこに水をちょいとかけ、歌い始める。
 ラウラは聞き逃さないように耳に意識を集中させ……その綺麗な歌声と、胸に染み渡る感動に涙した。

「す、すみません、軍人たるものが泣くなど」
「ばーかもーん! 俺の前では遠慮すんなって言っとるだろうが! 家族にゃ遠慮しない! そして歌を教えよう!こいつらはな、歌が好きなんだ。お前が好きな歌を聞かせてやれ。嫌々歌う歌が嫌いなんだ、こいつら」

 見れば、埋めたばかりの種からはもう芽が生えていた。
 ラウラはさすがに驚いて、不思議そうに芽をまじまじと見る。

「“然の歌”と“幸せ”と“勇気”の歌を教えよう。いや、もっと別の歌もだな。気に入ったものがあったら言え。きっちり教えたる」
「それが終わったら提督は……」
「ああ、出発する。だからって時間稼ぎは無駄だぞ?」
「解っています」
「ならばよし。じゃあ歌うぞ」

 中井出は座り、胡坐を掻くとその足の上にラウラを座らせ、抱き締めながら歌を歌う。
 ラウラは抵抗することなく身を預け、歌を聞いた。
 けっして忘れまいと、ただただ口を挟むことなく、聞き続けた。

「ラウラ。俺はしばらく、落ち着いた存在になろうと思う。静かに何もしない者であれば、誰もちょっかいを出してくることもないだろう。だから、神父かなんかになってのんびりと花を育てようと思う。お前は忘れてしまうだろうが、その言葉を置いていこう」

 邪魔されないためにも、適当に誰かを軽く救いながら。
 彼はそう言って、穏やかに笑っていた。
 笑いながら……いつの間にか、目の前から居なくなっていた。
 そんな彼は各国を回りながら、世界中にマナと癒しを植えていった。
 邪魔する者には冷静に対応、一方的にいつまでも邪魔をするようなら痛めつけ、さらに仕返しするようなら説得。それでもダメならば……容赦しなかった。
 そんなこんなを繰り返しながら、ゆっくりと日本を目指した。





02/変わる世界で

 ……白騎士事件。
 そう呼ばれる事件が起こったのはいつだったか。
 ミサイルが各国から一斉に放たれるという事件を前に、一体の機械を操る女性の手によって、その危機は回避された。
 ミサイルを破壊し、国を守った者は英雄として崇められ、彼女が乗っていた機械もまた認められ、世界に広く知られることになる。
 名をインフィニット・ストラトス。
 通称を“IS”といった。
 開発者は篠ノ之 束という女性一人。自分を天才と言って譲らないその者は、この事件をきっかけに世界的に有名になる。

  そんな事件が起こった日、その事件現場。

 ISがミサイルを迎えんとした時、隣に黒衣を纏った一人の男が現れた。顔には見たこともないような仮面をつけており、どんな顔なのかはまるで解らない。空中を浮いているISの隣にそいつは浮き、面倒くさそうに近付いてくるミサイルの群を睨む。

『なっ……!? お前、なにをしている! ここは危険───』
「はいはいお静かに〜。このまま飛んで来られては、花が巻き込まれるのですよ。無駄話は結構ざんす」

 言って、男は手に持っていた巨大な剣で虚空を切った。
 すると一直線に剣閃が飛び、直線状にあったミサイルの全てが爆発し、丁度左と右へとミサイルが割れ残る。

「右を頼みます。左は僕が」
『お、お前はいったい……』
「国を救った手柄など差し上げますよ。さぁ、叩き落としませう」

 言うや否や、紅蓮蒼碧の巨大長剣を振るい、彼はミサイルの群へと突っ込んでいった。
 その飛翔速度は凄まじく、飛んでいったと思えばミサイルたちを切り刻み、爆発するよりも早く次を斬り、余波さえ食らわず剣一本でミサイルを斬り滅ぼしていった。
 戸惑う白騎士へも、もちろんミサイルは飛んでくる。

『ちーちゃん!』
『あ、ああ、解っている!』

 通信を耳にし、白騎士も行動を開始する。
 こちらもブレードひとつで対処してみせたが、それが終わる頃には……男は居なくなっていた。

『……束。ヤツが何処に行ったか、解るか?』
『ちーちゃんが見てる方向を真っ直ぐに飛んでったよん。なんだろね、なんだろねあれーっ! 久しぶりに興味が沸くものを見つけたかもだよ!』
『何者かは?』
『自称お偉いさんのところをハッキングして調べてみても、顔に一致する情報はないんだよね。みすてりあすだねー! 束さんドッキドキだよ!』
『どうする、追うか?』
『ちーちゃんが危険だからそれはだめだよ。余波で結構くらっちゃったでしょ?』
『むぅ……』
『それにしても、空飛ぶ剣かー! にゅふふ、これは束さんに対する挑戦だね! しかもあの剣の斬れ味の凄さ! ちーちゃんちーちゃん、今度会ったらあの剣盗んじゃおうよ!』
『…………馬鹿かお前は』

 言いながらも、白騎士は気になっていた。
 単独であの能力。
 どうやったのかは解らないが、このISよりも速く、力強くミサイルを破壊した存在。

『あ、追跡させた機械からデータ飛んできた。ちーちゃん、そこからずっと行ったところに小さな島があるんだけど、そこにさっきのが下りたみたい』
『島に?』
『綺麗なお花畑があるよー? そこに降りて、歌を歌ってるね。わ、わわわ、なにこれなにこれ! ちーちゃんちーちゃん、すっごい綺麗な歌だよ!』
『………』
『あれ? ちーちゃん? そっちは帰り道じゃないよ? 知らないおじさんについていったらだめなんだよ?』
『おじさんというかお兄さんという雰囲気だったな。ならば大丈夫だろう』
『あれれ? ちーちゃん興味深々?』
『危険ならすぐに逃げるさ』

 白騎士は、言われた方向へと飛んだ。
 流れる景色には海が続き、しかししばらく進んでいくと、確かにひとつの島へと辿り着いた。小さいが、人一人が住むのならば十分な大きさ。
 その地面のほぼには花が咲いていて、それはそれは綺麗な花の絨毯が出来ていた。

『これは───……』
『踏む?』
「踏んだら許さんよ。命が惜しければそのまま浮いておきなさい」
『!?』

 聞こえた声に構え、振り向く。
 そこにはどこかの礼服のようなものに身を纏った───……見知った顔が居た。

『え、あ、え───!?』
「おお? 人の顔見るなり素っ頓狂な声とは随分とご挨拶だ」
『ジークン!? ジークンだよね!?』
「ジ…………ちょっと待て。貴様はもしやタンバリンか?」
『違うよ!? 束さんは束さんだよ!? なんで急に楽器になるの!?』
「おいおい何言ってんの? 楽器と比べては楽器が可哀相だろコノヤロー。ピッコロ大魔王のシモベで十分だ」
『急に緑色の生命体にクラスチェンジさせられた! ジークンひどい! ひどいよぅ!』
「だからジークンはやめろと……おお? それは通信か? つーことはキミは織斑か」
『っ…………ああ』

 視線の先に居たのは、黒と紫が混ざったような軍服にも似た礼服を着た男。
 ツンツンと尖った黒髪と、光がないように見える茶眼。
 それは見間違えることのない───“束が残していた映像に映っていた人”の成長した姿だった。
 名前は……中井出博光。束が彼に興味を持ってから、ずっと盗撮していた対象の名だ。
 彼は彼でドイツに居た頃の顔は直して、普通の顔でそこに存在していた。

『な、なあ。降り───』
「ダメ。花が折れるでしょう。降りるのなら向こうの砂浜の傍にしなさい」
『……解った』
『ジークン、なんでそんなに刺々しいの?』
「家族が一人減った。それが悲しいのだ」
『? 家族って誰だれだれ? 独り身だ〜って言ってたのに』
「お黙りなさい。忘却のあとで出会った貴様らにゃあ解らん」

 中井出博光は日本に居た。
 相変わらず花を育て、静かに暮らしている。
 “忘却”は既に発動し、自分を忘れた妹分を思い、彼は落ち込んでいた。
 そんな中、たまたま出会ったのが……いや、再会したのが千冬と束だった。
 その千冬が白騎士としてミサイルを落とした目の前のフルアーマーの女性であり、束と呼ばれた通信から声を出す女性が、それを作った本人だった。その白騎士の女性が砂浜でISを待機状態にし、きちんとした女性の姿のままで戻ってくる。

「それで? なにを思って、ミサイルを飛ばして落としたの」
「気づいて……いたのか」
「タンバリンがハッキングをしない限り、日本を目掛けて各国が一斉にミサイルなんて在り得ないだろ」
『わーい! ちーちゃん! 束さん褒められたよ!』
「…………ウサギよ」
『え? なに?』
「キミ、これから起こることに責任と覚悟を持てるか?」
『ゴミどもが騒ぐだけだよ? 興味が無いものが騒いだってどうでもいいんだよ』
「ほーう? それでキミらの家族がどんな影響受けるか。そこのところもきちんと考えているのか?」
『………』
「た、束?」

 声がぴたりと止まった。
 しかし不敵な笑い声が聞こえると、

『束さんの大事なものを穢すやつなんて、束さんが───』
「たわけ、パソコンで暴力が止められるもんかい。ミサイルを撃ち落とせるパワードスーツ? そんなもの、戦争に使おうとたわけたことを考える者が寄ってくるに決まっているでしょう」
『そんなことさせるわけが───』
「さらにたわけ。天才だろうがなんだろうがようく覚えておきなさい。子供が出来ることと大人が出来ることに、それほどの差は確かに無いかもしれんがね。それでも大人というものはやり方が姑息なのですよ。キミ、妹を人質にされて抵抗しきれる?」
『そんなことしたら───』
「政府の大事な情報を壊す……か? それじゃあ逆に大切なものを壊されるぞ」
『………』
「……中井出。私は、大切なものを壊されるくらいなら」
「自分から壊しに行くか? やめておきなさい。壊してしまえば後には引けなくなる」

 言いながら歩き、辿り着いた小屋で、彼は女性……織斑千冬を迎えた。
 癒しのお茶を出し、深く深く息を吐かせる。

「中井出、ここはいったい」
「俺の別荘ですよ? 気にしない気にしない、きちんと法律の上で正式に購入したものざんす。そんなことよりきみらだ。ミサイル2000発を叩き落すなんて、まったくなに考えてるんすか。空気が一気に汚れて、花たちが弱るでしょうが」
「え、そ、そこなのか?」
「俺にとってはそこだね。だからこそ左半分を破壊したの。風向きの所為で明らかにここに飛んできそうだったからね。ああ、まあそれはいいや」

 溜め息を吐きながら、中井出はお茶を飲んだ。
 千冬にもすすめると、彼女もスズ……と飲み、あまりの美味しさに驚く。

「きみらは知らんかもしれんが……ああ、タンバリンは知っているかもしれないね。一応、俺はお尋ね者だ。外にある花を育てている所為でね」
「花……そういえばあの花はいったい?」
「そう不安そうな顔をしない。麻薬とかでは断じてないと、僕の全てに懸けて誓いましょう。短く言うのならね、あれは“僕の命”ぞ」

 命? 千冬は首を傾げた。

「様々な事情があって、あれが無いと僕死ぬの。俺はあれから出るもので生きている」
「………」
「信じてくれるとは思ってないけどね。疑いたければどーぞ疑って。俺が空を飛べるのもミサイルを壊せるのも、そこに理由があるからだ。信じないならこの時点で話は終わりさ」

 言って立ち上がる。
 千冬は慌てて声をかけたが、彼は振り返らずに外へと歩いていった。
 すぐに追いかけようとしたが、残すのはもったいない味だったのでお茶は飲んだ。

……。

 外に出ると、中井出は歌を歌っていた。
 心に染みるような、とても綺麗な声だ。

「その歌は?」
「然の歌といいます。この世界で知ってるのは俺と……もう一人だけだね。覚えていれば」

 する質問には応える。
 だが、興味らしい興味を向けられたことがなかった。
 それは出会った頃から変わらない。
 道端で出会って、「ハーーロォオーーーウ! 僕とお茶しなーーーい!?」といきなりナンパされた。よくあることだったんだが、振り向いてみればそいつの顔には見覚えがあって。そいつは、どうしてそこにあるのかも忘れてしまった、束が見せてくれた映像の中の男だった。
 出会う前から興味が湧いていた束にしてみれば、その出会いは巡り合わせ以外のなにものでもなかったのだろう。映像の中で“ひーくん”と呼んでいたから“ひーくん”と呼んで、からかうつもりで抱きついたんだろうな。
 ……そいつは泣いた。覚えててくれたのかと言って、泣いた。しかし束はきっぱりと“ううん知らない!”と言って、目の前のそいつを別の意味で本気で泣かせた。ああ、あれは無いな。ハタから見ていた私でも殺意を覚えた。
 ……というのが、千冬の知る中井出博光という人物。
 どうやらいろいろな事情を持っているらしく、一定期間がくると人に忘れられてしまうらしいということを知ると、束はますます興味を示した。

「ああ、えぇと。いまさらだが、何故正義が嫌いなんだ?」
「うん? ああ、映像のアレか。そうだねぇ……自分の意思ばかりを貫いて、相手の意思を叩き潰して自分だけが他の者達に褒められる。叩き潰された相手は自分の貫きたかった意志を叩き折られて、周りからは嫌われる。それが悪ではなくてなんだといいますか。俺はね、正義にこそ悪って名乗ってほしいのですよ。意思を貫くというのはそういうことでしょ?」
「………」
「解らんか? まあ、それならそれでいいや。僕の勝手な考えだし。けどね、これだけは覚えておいて。正義を振り翳せば何をしてもいいわけじゃないよ? きみは正義の味方が急に“きみの家族が悪だから倒す”などと言い出したら、正義を応援できるか?」
「できないな」
「ん、それでいいっしょ。そこで即答できるなら、きみらはまだこちら側だ」

 そう言いながら、中井出は千冬の頭を撫でた。
 ……千冬にしてみればよく解らない状況。
 彼はいつも誰かの頭を撫でている。
 ずっとそんなことを?と訊ねると、「誰かさんに自分の過去を思い出させられてからね」と言った。今までのどこか投げやりな言葉とは打って変わって、その声は楽しそうだった。
 ……そして、その誰かさんとは、彼にとっての唯一の家族らしい。
 しかし、もう自分のことは覚えていないだろう、なんて寂しそうな顔で言った。
 なのに、笑顔だった。

「なんで笑めるのかって顔、してるね」
「寂しいと言った矢先だぞ?」
「……ああ、あれだ。遥か昔に感情が壊れたんだよ、俺は。出来ることと言ったら笑顔くらいだった。あの人に楽しいを教えてやりたいって久しぶりに思えたのも、そのある人が感情らしい感情を持ってなかったからなのかもしれない」

 そしてまた歌う。
 飽きることなく、違う歌を何度も何度も。

「それは?」
「ピンク髪の怖がりに歌ってやった歌だ。ブレイブっていう」
「勇気、か」
「そう。勇気の歌だ。僕らなら出来るって思いながら戦う。イメージするのは新しい未来。きちんと明日を考えて戦おうとしてる。俺はこれまでを無理して、我慢してばかりだった……笑えない筈だ」
「我慢? したことがあるのか?」
「容赦ないねぇ」

 また頭を撫でる。
 顔は苦笑していて、しかし、彼女はその笑顔がそう嫌いではなかった。
 それは、映像に映っていた、自分をチッフィーと呼んで笑っていた顔と同じだったから。

「我慢していなかったなら、世界などとっくに滅んでるよ。俺は正真正銘大魔王で、こんな長旅なんてとっくに放棄していただろうね。理不尽の塊みたいな旅だ、今までただ歩いてたのが不思議なくらいだ」
「?」
「はは、解らないよね、当然だ。でも、だからこそいいんさ。……話戻そうか」

 中井出は懐からタバコを一本取り出すと、ホレと千冬に投げ渡した。
 千冬はキッと中井出を睨むが、もう一本タバコを取り出し、ペリペリと包装紙を剥がしてチョコレートを出す姿に呆れた。というか、この人はなにを「え? なに?」などと無邪気な声で返しているのか。

「チョコレート嫌い? 気まぐれのタバコチョコレートなんだけど」
「…………こんなもの、まだあるのか?」
「創った」

 “つくった”の意味が違うのだが、とりあえず千冬は納得して食べることにした。

「チョコレートは頭の回転にいいんだぜ? でだ。きみらはこれから、いい意味でも悪い意味でも世界から注目を浴びることになるよ? あの機械はミサイルを叩き落せる“兵器”として。きみはそれを操る者として。タンバリンはそれを作った者として」
「はい」
「お国が考えることなんて自分とこの利益だけだ。兵器が手に入るなら我が国へ、ってみんなが思う。きみらが日本人だろうとどうだろうと関係ない。最悪、身内を捕虜にして兵器を開発しろとか言い出すでしょう」
「!? なっ……」
「何を目的にさっきの機械を作ったのかは知らんし俺にとってはどうでもいいことです。んー……分析するに、それは女性にしか使えないようだな。男尊女卑を女尊男卑にでも変えたかったんすか? まあ、それもどうでもいいことだね」
「………」
「もう発表してしまったんだろうから、いろいろと問題は付き纏います。男は肩身を狭くして、女は戦争に乗り出す。優位に立てて喜ぶ女も居るだろうけど、気楽ってだけではいられなくなるだろうね」
「反対、か?」
「どーでもいいです。ただ影響力ってもんを考えてほしいということ。まあ、何を作るのかなんて誰にとっても勝手だろうし、タンバリンが創ったものを否定する気もありゃあせん。むしろよくやってくれました。男どもにはいい薬です」
「え……?」

 予想していなかった言葉に、千冬はぽかんとした。

「俺は、俺の周囲が静かで楽しければそれでいい。俺はそれでいいのですが、きみらはどうザマショウ。さっきも言ったけどさ、その機械が世界に与える影響力ってのは尋常じゃあござんせん。織斑は家に帰ることが難しくなるだろうし、タンバリンは各国に狙われるでしょう」
「え? え……?」
「戦のために多額の金を使って研究してた研究者は、急に沸いて出た機械に研究の打ち切りを宣言されて廃業。仕事としてやっていたならまだしも、そこに自分の夢を乗っけていた者なんかは最悪自殺するかもしれんね」
「───……」
「あー……こほん。でもま、それは他人の勝手だ。なにを研究して何を発表するのか。そんな機会は誰にでもあって、そこで挫けて自殺するか別を追うか、自分で稼いで自分で研究するかはそいつ次第だしなぁ」
「あ、ああ……? 結局なにを言いたいんだ……?」
「強い意志を持つのはいいことさ。でもね、周りが自分たちと同じとは思うな。それだけ」

 散々と回りくどいことを言ったわりに、数秒で終わってしまた結論に、千冬はやはりぽかんとする。結局それ以上のことは解らず、訊けば応えてくれるのだが、自分が理解できる言葉ではついに話してもらえなかった。

「……はぁ。解った、もういい」
「そうそう、物解りのいい子、おじさん好きよ?」
「からかわないでくれ。……それより、お前のあの剣は───」
「俺の相棒だ。難しく考えずに、お前がもってる機械と似たようなもんだと思っとけ。ていうか、やっぱりもうヒロくんとは呼んでくれないのね」
「いっ、いつの話をしている!」
「幼稚園の頃だね。つーかそんなのまで記録に残ってんのか。まあいいさね、ともかく相棒です」
「〜〜〜……それは、束が?」
「俺の、相棒だ。誰にも作れないものだ」
『ジークンジークン! 研究さして?』
「なんだ居たのか」
『ひどい! ジークンがひどい! ちーちゃん慰めて!?』
「なんだ居たのか」
『ちーちゃんまでひどい!? 束さん泣いちゃうよ!? ウサギさんは寂しいと死んじゃうんだよ!?』
「それな、迷信だ」
『もちろん知ってるよん、ぶいぶい』
「Vサインしても見えないから黙ってろ」
『うぅう……ジークンがひどいよぅ』

 ジークンと言うなというのに……そう呟く彼は、頭を乱暴に掻くと、また歌を歌う。
 千冬は小さく息を吐きながらも、これから起こること……影響力の話を考えていた。
 何も考えずにあんなことをやったわけではない。
 だが、所詮はただの学生なのだ。
 自分が特殊だとは思ったことはあったが、世界の影響までは本気の本気に考えたことがない。
 だからこののち、自分が危険人物として見られることなど考えていなかった。
 それでも影響という言葉が自分の周囲に危険を及ぼすことくらいは、軽くではあるが感じていた。

「なぁ。それが素の喋り方なのか?」
「うす。誰かに干渉されにくくなるよう、空気のように過ごすつもりでした。あの頃も、キミとタンバリンがイジメられていなければ、僕が出しゃばる必要もなかったのでしょうが」

 そう言って、彼は苦笑する。
 そんな彼を真っ直ぐに見て、彼女は口を開いた。

「……ヒ……な、中井出。私に剣を教えてくれ」
「へ? ……篠ノ之の道場で習ってるって聞いたけど?」
「ああ。だが、それでは足りないと本能が言っている」
「どれだけ鋭い勘を持ってりゃそうなるのか知ってみてぇ言葉だなおい……」
「頼む。私は……何かを守れる力が欲しい」
「…………子供だな。守る守りたいとか希望を持って言えるなんて」
「なっ……」

 少しカチンときた。
 思わず睨んでしまったが、中井出は気にしたふうでもなく千冬を見る。

「チッフィー。ガキに夢を見るななんて言わない。ただ、口にはするな。自分の中だけの大切な言葉にしておけ。口にしたら、それはもう夢じゃなくて枷になる。“そうしなきゃいけない”になっちまう。守りたいが守らなきゃいけないになった時、お前はいつか何かを見捨てなきゃいけない」
「………」
「だからな、胸の中には大きな夢を抱け。口では“自分のために”と言い続けろ。そうすりゃ周りはお前に期待しない。お前はお前の思うように動ける。お前の夢に他人の期待なんか乗せるな。お前の夢はお前だけのものだ」
「…………お前は、誰かを見捨てたことがあるのか?」
「生きてりゃ必ず誰かを見捨てる。自分の知らないところでも、案外そうしてるもんだ」
「しかし、お前は同い年だろう。どうすればそんな悟ったものの味方が出来る」
「んじゃ訊くが。お前は俺が何歳だか解るか?」
「……いや。だから、同い年───」
「56億を越えてる。俺はそれだけ生きて、それだけ人を見捨ててきた」
「ごっ───!?」

 聞いた時はさすがに驚いたが、すぐに冗談だと───……思えなかった。
 目が本気だ。そこにはもう光もなく、どれだけのものを見ればそうなるのか、彼女には想像も出来なかった。

「俺の本当の故郷はこの世界じゃない。別の世界から飛ばされてきた。そんな旅を何回やったかね。もう思い出すのも面倒だ」
「本当、なのか?」
「どうするかは勝手にしろ。俺は、そういった世界で心を許した相手とだけ、“家族”ってものを構築した。言葉遊びの延長だろうが、俺はそれでも幸せだったよ。お前たちと一緒のときも、もちろん」
「だった、か」
「俺にはな、言った通り“人に忘れられる呪い”がある。どれだけ仲良くなっても、一定の時間が過ぎると忘れられるんだ。急に起こるもんだから対処できない。ついさっきまで仲良かったヤツが、急に自分のことを敵だと言って心臓を刺してきたこともあった」
「………」
「ウソだと思うだろ? だったらいい、踏み込むな。俺はもう自分の過去なんざどうでもよくなってる。大切なものだが、知りたいって言うなら教えるし拒否もしない。そんな過去も利用して、俺は必ず戻らなきゃいけない場所に辿り着く。今の目的なんて、それだけなんだから」
「戻らなきゃいけない場所とは?」
「俺のことなんかもう忘れちまった家族のもとに。約束したからな」
「相手が忘れているのに?」
「家族との約束は果たす。相手が忘れてようが、俺は約束した。その先で馬鹿にされようが惨めになろうがな、俺はそこでようやく泣けるんだよ」

 感情なんてとっくに潰れている。
 しかし、対等であった人に殴られ、涙した感情は確かにあった。
 そんな自分だから歩かなきゃウソだ。
 歩いて、たとえその先で家族だった人にこそ否定されても、今度はその時にこそ泣こう。
 きっとその時、完全に涙を失うことになるだろうが……“楽しい”を探す心がなくならない限りは、もう……いっそ永遠を孤独に生きよう。
 そうなったらもう誰も家族にはならないしさせないだろうが、歩くことをやめることはないのだ。

「んで、剣だったな。いいぞ、利用できるなら好きなだけ利用しろ。俺は俺の楽しいを邪魔されなけりゃ、この世界に干渉する気なんててんでない。それくらいのことを考えられるくらいまでは、妹分に思い出させてもらえた」
「あ、え───いいのかっ!?」
「ああ。剣の腕では右無し女にしてあげましょう。この世界での弟子二号だな」
「……一号は?」
「俺の妹分だ。もう、俺のことは“忘却”で忘れてる。名前を教えても無駄だろ」
「………」
「そうと決まれば早速やるぞ。刀でいいか?」
「え? 今、ここでか?」
「二言はない。ほれ」

 だるそうに言うや、手に召喚したスパーダを投げる。
 思わず受け取ってしまったが、その武器の重いこと。

「それを片手で振るえるようになれ。文句は聞かん。“なりなさい”。いいね?」
「うぅ……」

 それはかつての世界でレコン・キスタと空中戦を繰り広げた際、中井出がシャルロットに渡した武器だった。
 5秒待てば剣閃が放てる機能はない。代わりに、大きさ相応に重たくなっている。
 ISを装着すれば持てるだろうが、中井出はそれを禁止した。

「望んだのはお前だ。嫌ならやめちまえ。弱音を吐いたらその時点で終わると思え。鍛錬も、お前が抱いている“守る”って夢も。夢を叶えるってのはそれだけ大変だってことだ」
「ああ……いや、はいっ」

 結局千冬は進むことを選んだ。師と仰ぐのなら口調もと。
 通信から束が応援を寄越していたが、すぐに異翔転移で飛ばされ、目をぱちくりしているところにアイアンクローされた。

……。

 少しののちのある日。
 育ての両親の家を見上げていた。
 当然のことながら家族にも忘れられたので、中に入ることは許されない。
 一度目の辻褄の時にもこうして見上げていたが、未練だなぁと呟くのと同時に虚しさもこみあげてくる。

中井出「やれやれ、やだねぇ」

 溜め息をトヒョーと吐いてから歩く。

中井出「さてさてこれからどうすっかねぇ」

 マナの草花は日本にもある。
 刈り取られていなければ、麗しき学び舎にも残っているはずだ。

中井出「ちょほいと見ていきますか。待っておりんさい学びの園よ」

 誰にともなくそう言って、彼は歩く。
 もはや誰一人自分を知る者の居ない故郷の道を。

中井出「懐かしいねぇ……ここをこう歩いてれば後ろからタンバリンが、
    ひーくんおはよーとか言ってタックルぶちかましてきたっけ」

 もはやそんなことが起こることもない。なにせ、映像で見られたからといって、それを見た本人がそうする道理などはないのだから。
 もう一度溜め息を吐いて、かつて最後まで通う筈だった小学校を目指した。

……。

 辿り着いた学校の裏庭には……当然、マナの花はなかった。
 誰かが刈り取っていったのか、それとも枯れてしまったのか。
 音楽室を見上げられるそこにはただの土だけが残されて───

中井出「……この博光も老いたものよなぁ……」

 ただ、寂しさと……置いていかれたような孤独感を覚える。
 そんな時だ。
 既に放課後らしいこの学び舎にて、残っているお子めらの声の中、あまり好きではない類の声が聞こえた。
 それは……まぎれもない、男子が寄ってたかって女子をいじめる声だった。

中井出「イジメは好きですか? 俺は大っ嫌いです」

 なので部外者であろうが一向に構わんッッ! と叫び、勢いをつけて………………窓をぶち破って入ろうとしたけどそのまま走り、昇降口から来客用スリッパに履き替えてとある教室へと飛び込んだ。

中井出 「おんどれらなァァァにしくさッとんじゃぁああーーーーーいい!!!」
お子めら『うわぁあああああっ!!?』

 部外者in The教室。
 子供らが驚くのも無理はなかった。

中井出「その方! 一人のお子をよってたかってイジメるとは言語道断!
    人を男女などと言うならばたった一人で立ち向かってみるがよいわ!
    男のクセに情けない! この女男め!!」
男子 「な、なんだとぉ!?」
男子 「ていうか誰だよおまえー! 不審者かー!?」
中井出「キノコ狩りの男! スパイダーマッ!!」
男子 「キノコ!?」

 聞こえてきていた言葉は“や〜い男女男女〜!”というものだった。
 よってたかって一人をいじめるという状況に、かつての幼稚園を思い出した彼としては面白くない。とても面白いくない。
 しかもそこに居た少女はどうも束を思い出させる顔立ちで、それを庇っていた男もどうにも千冬に似ていたのだ。
 これで苗字同じだったら僕笑っちゃうよと思いつつも、

男子 「へへーんだ! どーせ大人は子供に手ぇあげられねぇんだろ!」
男子 「やっちまおうぜみんなぁ!」
中井出「よーし解ったゾー☆ オゥラァッ!!」

 パゴシャドンガァッ!!!

 ───……その日。
 一人の少女と一人の少年は、人が人の拳を中心に大回転する様を初めて見た。

……。

 なでりなでなで……。

少女 「あうぅう……」
中井出「おぅおぅ、可哀想にねぇ……。よもや泣いてしまうほど怖かったなんて」
少年 「いや……今のぜってー兄ちゃんを怖がってたんだと思うぞー?」
中井出「いやいやァ、なに言ってんの、俺人畜無害だよ?
    下郎は人でも畜生でもないから有害だけど」
少年 「でもさっきのすごかったなー! どうすりゃあんなパンチが出来るんだ!?」
中井出「鍛錬あるのみさ。
    ……はぁ、それにしても、いろいろ面倒な世の中になりそうだね」

 ───世界はあっさりとISを危険視した。
 製作者である篠ノ之束と操縦者である織斑千冬はすぐに危険人物として報じられ、彼女らの生きてきた環境は一変した。二人は周囲からまるでバケモノを見るような目で見られ、それは家族とて変わらない。
 それとは関係あるのかは解らないが、妹である篠ノ之(ほうき)はイジメられることが増え、男勝りな性格が仇となり、“男女”と呼ばれてからかわれていた。のだが。
 その日、篠ノ之箒は人が人の拳を中心に縦に大回転するのを初めて見たわけで。

中井出「イジメてくるヤツが居たらおじさんを呼びなさい?
    おじさんがしまっちゃってあげるからねー?」

 どこか楽しげな一人の男を見上げる。
 自分を助けてくれた、楽しそうだけどどこかダルそうなお兄さんだった。

箒  「あ、あの…………あ、ありがとう、ござい、ます」
中井出「礼はいらん。だから、笑いなさい。そちらのお子も、よくぞお庇いなすった。
    格好よかったぞぅ少年」
一夏 「な、なんだよ。からかうなよっ!」

 少年───名を織斑一夏。千冬の弟であり……イケメンだ。
 何気なく名前を訊いた中井出が笑い出してしまうのは、まあ当然のことだった。
 しかし中井出は箒の前にしゃがむと目線を合わせ、人懐っこいやさしい笑顔を見せる。
 そしてぷにょりと箒の口角を持ち上げてやると、無理矢理笑わせた。

箒  「は、はにょ?」
中井出「お子は元気で笑顔がいい。表情筋は子供の頃から鍛えておきなさい」
箒  「ひゃい」

 こくりと素直に頷く。
 ええ子や……そう素直に思った彼は、少女の頭を撫でた。

箒  「あの、スパイダーさん」
中井出「あ、俺ってそう認識されてんだ。まあいいや、なにかね箒くん」
箒  「守るために力を振るうのは……間違いですか?」
中井出「人によりますなぁ。というか、イジメは相手が悪いから好きなだけ返しなさい。
    そもそも大勢でってのがいかん。やるなら一人でレッツゴー。
    相手は嫌なら反論して、むかついたら殴りなさい。
    あ、もちろん上手く誘導して相手に殴らせてからね?
    そしたら正当防衛として殴っても平気だ」
箒  「せ、せいと……?」
中井出「はは……小学一年じゃあまだ解らんか?
    ……さて、ところで箒ちゃん。正義と悪、どっちが好き?」
箒  「正義です」
一夏 「正義だっ」
中井出「ぬおっ」

 きっぱりだった。
 まあそうだ、子供っていうのはそういうもんだろう。
 中井出はくすりと笑い、もう一度箒と一夏の頭を撫でると、彼と彼女を家まで送ってから行動に出た。

……。

 三日後、織斑千冬や篠ノ之束の周囲の評価は、恐怖から英雄へ変わっていた。
 二人は何がなにやらだったが、いつの間にか世界征服を目論む企業から世界を救った英雄ということにされていた。

束 「背景たちが騒がしいなぁ。いったいなんなの? 束さんは静かに暮らしたいのに」
千冬「先日まで距離を取っていたというのに……これはなんだ?」

 やたらと前に出たがっている一人に事情を訊いてみると、二人が英雄だという話をなんの脚色もなく話された。
 束はすぐにパソコンをいじって中井出にメールを飛ばした。
 もちろん、プロテクト重視のハッキング不可メールだ。
 返事はすぐに来た。

  “箒が悪より正義がいいって言ったからやった。頑張れ英雄。俺は悪だから知らん”

 それだけだった。
 なにをやったのかは知らないが、恐らくは心境が反転してしまうほどのなにかをしたのだろう。なんというかその……二人は同時に思った。
 彼はロリコン……というか、子供に相当弱いのではないだろうかと。

……。

 などと思っていた時期が、二人にはあった。
 なのに、中井出の態度は変わらない。
 誰相手でも願われれば大抵のことはやるし、付き合いもまあ、神父みたいなことをしているのが似合いそうな態度で付き合っている。ただ、親しい者が見れば、それは作り物の笑顔だった。
 ただし話題が“正義だ悪だ”のことになると、とことん拒絶する。
 箒の願いは叶えたというのに、これは意外だった。

千冬 「《ずぱぁん!》ふきゃうっ!?」
中井出「鍛錬中に考え事か。偉くなったなぁ小娘」
千冬 「うぅうう……」

 現在、織斑千冬は中井出博光と剣の鍛錬をしていた。
 といっても千冬はスパーダ、中井出は竹刀だ。

千冬 「小娘、というのはやめてくださいと……!」
中井出「ドイツでのクセだ、諦めろ。というかな、事実小娘だろーが。
    俺にしてみりゃ年寄りだって胎児だ」
千冬 「それは、そうかもしれませんが」
中井出「無駄口はいいからとっととかかってこい。勝てれば対等に見てやる」
千冬 「! 言いましたね《ズパァン!》いたぁっ!?」
中井出「いいから来いっつーの!! つーかキミこそ同級生に敬語とかどうなの!?」
千冬 「こ、このっ───!」

 千冬はまるで子供のように突っ込んだ。
 軽くあしらわれるが、その攻撃が武器に振り回されることはない。
 既にスパーダの重みは克服しており、楽に振っていた。
 それを確認すると、中井出は次に巨大な剣を取り出した。

千冬 「こ、これは……? いえ、まさか今度はこれを振るえとか」
中井出「そのまさかです」
千冬 「……………」

 絶句。
 しかし弱音は吐かず、ソレ……アルトリウスの巨大剣を手に取った。
 重すぎである。

千冬 「こ、これのっ……名前、は……っ……!?」
中井出「アルトリウスの巨大剣。大狼シフが守ってた剣だな。
    シフを倒すと一緒に消えるからかっぱらってきた」

 試しに振るってみると残像が出る。太陽の光を浴びると綺麗な深い蒼の輝きを見せ、とても綺麗だった。……が、重い。重すぎる。
 それでも鍛錬はやめず、筋肉痛どころか筋肉激痛に耐えながら、彼女は守るべきもののために頑張った。

千冬 「ところで、ヒロ───師父はこれを───」
中井出「片手で余裕だが」

 むしろ様々な世界で武具を手に入れたために、大きさが異常なジークフリードを取り出すと、それを片手でブンブンと振り回してみせた。
 試しに持たせてもらったら、ボゴンッ、と肩が抜けた。絶叫である。
 突然の痛みに思わず泣いてしまったところへ肩を入れられ、癒されると、ようやく落ち着く。この人は異常だ。それが再確認できた千冬であった。自分も大概だが、この人の前では確かに小娘だと認めた。

千冬 「これは、何故師父が持つと枝が腕に伸びるんですか?」
中井出「“紅桜”の影響だな。持ち主の力を吸い取って成長してるんだよ、この大剣」
千冬 「え───平気なんですか!?」
中井出「慣れた」
千冬 「慣れ……───」

 やはり呆れた。
 そうしてそのまま鍛錬を続けに続けて……物心ついた頃。
 IS専用の重いブレードとかも軽く振り回せるようになっていたが、なんかもう今さらな気がして、気にするのも馬鹿らしくなっていた。

……。

 第一回モンド・グロッソ。
 世界にISが広まり、人のバランスが男尊女卑から女尊男卑に変わってしばらく。
 ISの大会が開かれ、千冬はそれにあっさり優勝。
 初代ISパイロットは現時点で最強であり、ブリュンヒルデなんて二つ名もつけられていた。千冬は師に自分の成長を見せ付けるがごとく喜んでいたが、彼としては適当に手を振るだけで十分だ。祝福は周りが勝手にやるだろう。そう切り替えた中井出は、今もまだ日本に居た。

……。

 いつだっただろうか。
 織斑姉弟の両親が突然蒸発した。
 二人は突然親無しになり、千冬は───

千冬「いいか一夏。これからは、私たちだけが家族《げしっ》あうっ!?」

 ───なんか自ら危ない橋を渡りそうだったので、中井出はソレに蹴りを入れた。

千冬 「な、なにをする! ───って、師父!?」
中井出「誰が師父か、スパイダーマッて呼べ」
一夏 「マオ兄!」
中井出「おいこら一夏、そりゃ大魔王スパイダーお兄さんの略か?
    それとも中華一番ですかコノヤロー。
    とりあえずチッフィー、親のことなら気にするな。
    お前は気にせず自分のやりたいことをやれ」
千冬 「え……? な、なにを言って……?」
中井出「親代わりくらいしてやるって言ってんだ、素直に甘えろ」
千冬 「けど、お金が」
中井出「金? んー……一億ありゃ足りるか?」
千冬 「───」

 千冬が固まった。
 しかし言った言葉は本当だったようで、それからの織斑家は変わる……はずなのだが。
 自分のやりたいことをやれと言われ、はいそうですかと頷けるほど、織斑千冬は───

中井出「正座」
千冬 「い、いえ! だからそこまで甘えるわけには!」
中井出「正座」
千冬 「ですから、その」
中井出「正座」
千冬 「……はいぃ」

 正座をさせられていた。

中井出「お子が遠慮しない。とりあえずやりたいことを全力でやってみろ。
    大体、お前が働きに出たら一夏が一人になるだろが」
千冬 「うう……」
中井出「お前は守りたいやつの体だけ守れてりゃ満足か?
    守るってのは、どっちかってーと体より心だ。子供の場合は特に」
千冬 「だ、だから私が働きながら一夏を───!」
中井出「一緒に居てやりなさい」
千冬 「ですが!」
中井出「一緒に居なさい」
千冬 「で、ですが」
中井出「居れ!」
千冬 「居れ!?」

 ともかく無理矢理にでも説得し、織斑千冬はそのまま学生として生きていった。
 のちに様々な分野で才能を発揮。
 頭も良く身体能力は特に異常の部類に入るほどのもので、周囲からは“筋力パネェ人”として認識されていた。ついたあだ名がリアルブリュンヒルデだ。
 さすがに砲丸投げで測定不能が出るとは思わなかったらしい。

千冬 「はぁ……師父と出会ってから、人生がいろいろとおかしい……」
中井出「タンバリンは喜んでるじゃないか」
千冬 「そういえば、束とはいつ知り合ったんで?
    仲がまあまあよくなったある日、“面白い人知ってるよ”と言われた時は、
    何事かと思いましたよ。それがあの映像の人だと知った時も、
    私たちが忘れてしまっていたという事実を知った時も」
中井出「ある日にハッキングしてきたから返り討ちにした。そしたら気に入られた」
千冬 「………」
中井出「ドイツに居た時にやられたのが一番最初だな。
    そのあとは忘却が混ざってるからあいつは覚えてない。
    でも、機械に忘却は通用しないから、その記録は残ってたんだろうな。
    天才で天災なあいつはそこの矛盾点までしっかりツッコんできた。
    嬉しかったからそのままダチになった。それだけだ」

 物凄いため息が、千冬の口から漏れていた。
 まあ、そうだろう。
 千冬にしてみれば、束のアレコレに巻き込まれすぎた結果が現在なのだ。
 両親のことは既にどうでもいいが、弟である一夏だけは絶対に守る。
 そんな想いを胸に籠め、口にはせずに胸をノックした。

千冬 「気になっていたんですが、なぜジークンなんですか?」
中井出「ああ、あれか。俺のネットでのハンドルネームがジークフリードなんだ。
    そこから取ってジークン」
千冬 「……あの馬鹿者は」
中井出「あいつのハンドルネームはぷりてぃーらぶりぃ★ウサギちゃんだったんだが、
    個人情報から苗字だけ手に入れて篠ノ之で調べたら一発だったな」
千冬 「そんなことまで?」
中井出「知り合う前ならただのハッカーだ。遠慮が必要か?」
千冬 「……なるほど」

 素直に頷く千冬の頭を撫でて、中井出は笑った。
 最近、笑う回数が増えている。
 それは嬉しいことだが、また忘れられて次に行くことを考えると、腹の中に黒いものが溜まる思いだった。

……。

 第二回モンド・グロッソ。
 ISバトル大会第二回に、織斑千冬はまたも参加していた。
 その圧倒的な力量から再び優勝かと思われたが、それを阻止せんとどっかの馬鹿者が一夏を誘拐。千冬はそれを知り、決勝戦を捨ててまで助けに走った。
 行われたのがドイツということで、急な仕合放棄で迷惑をかけた責任をとるため、千冬はドイツでIS操縦技術を教える教官として滞在。
 その間、中井出は一夏を預かり、寂しくないように楽しいという楽しいを叩き込んだ。
 しかしそれでも多感な年頃。
 既に唯一の肉親となった姉が居ないことで、落ち込みもしたし泣きもした。
 なので中井出は“帰ってきた千冬に、手料理でも作って驚かせてやれ”と料理を教える。

中井出「炊事洗濯掃除!」
一夏 「全てを普通にこなす男!」
二人 『スパイダーマッ!』

 千冬が居ない約一年間。
 一夏は少しずつ料理の腕を磨いていった。
 ……もちろん、奇妙な部分の影響もしっかり受け入れながら。

中井出「いいか一夏! 料理はリズムだ愛情だ!
    食べてくれた人が笑顔になるような場面を思い浮かべてみなさいよォ、
    もうそれだけで嬉しいじゃねーの。
    だからつまりこれらは、自分が相手の笑顔をみたいから作るのだ。
    つまり自分のため!!」
一夏 「そうなのか!?」
中井出「そうだ! ここでそれは違うと否定したら、
    お前は二度と相手の笑顔など望んじゃいかんのだ! 笑顔見たいだろ?
    悲しい顔より笑顔だろうよ! ならば自分のためだと頷こう!」
一夏 「おお! 俺は笑顔が見たい! ああそっか! 自分のためだこれ!」
中井出「うむ! その通り! ならば声を出して張り切っていこう!
    今日の晩御飯はハンバーグだ!」
一夏 「やったぁ!」
中井出「よっしゃあ!!」
二人 『Your My Friend! Hey!』

 叫び合ってズパァンと手を叩き合わせ、そのまま握手。
 そしてそのまま料理を続けた。

中井出「というわけでこれがモッツァレラチーズとトマトのサラダだ。試食だGO」
一夏 「いただきます《ぱくり》ウんまァアアーーーーーイ!!
    す、すげぇ! マオ兄なんだこれすげぇうまい!!」
中井出「次は娼婦風スパゲティだ! さあ……料理を続けましょう!」

 中井出に遠慮はなかった。
 利用されることにもはやなんの躊躇も感じず、能力も隠さない。
 自分に危害を加えない、花を摘んだりしないのならば、彼自身が害になることはない。
 ただ時々ラウラのことを思い出すと、きまって一夏か箒の頭を撫でた。
 束には何故かアイアンクローだったが。






03/黒いウサギのその後。

 ドイツ、シュヴァルツェ・ハーゼ隊。
 黒兎隊の隊長を務めていたラウラがIS開発の中で力を落とし、再び落ちこぼれとして扱われ始めたのは、モンド・グロッソが終わるより少し前だった。
 ドイツに教官として滞在することになった織斑千冬とラウラが出会うのは、それからしばらくあとのこと。

千冬 「名前は?」
ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 片目に眼帯をつけた銀髪ポニーテールの少女だった。
 雰囲気からは落ちこぼれとは思えない気迫が感じられる。
 しかし、実際に模擬訓練をさせれば力量が足りず、いや、むしろ自分の感覚を取り戻せずに苦労しているように感じられた。

千冬 「ボーデヴィッヒ。その動きが貴様の全力か?」
ラウラ「そんなことはない! 兄上に鍛えられた私が、こんな無様な……!」

 兄上。兄が居るのか?
 訊ねてみても、「教えたところで無駄だ!」と苛立ちをぶつけてきた。
 よくは解らないが、その兄のことがとても大事なのは受け取れた。

千冬 「騒ぐな馬鹿者。これから一年で、私が貴様を最強に戻してやる」
ラウラ「貴様が? 確かに身体能力は人間のそれを大きく凌駕しているようだが、
    実験前の私には届かぬ貴様がか!」
千冬 「実験……?」

 言われたラウラは、忌々しげに、しかし大事に傷つけぬように眼帯をそっと外す。
 眼帯に隠れていた左目は、赤い右目と違って金色に変色していた。

千冬 「その目……」
ラウラ「ISとの適性値を向上させるためにナノマシンを埋め込んだ。
    他の奴らは成功したようだが、私は失敗だ。
    お陰で瞳は変色し、兄上にもらった眼帯をこんなことに使うことになった……!」
千冬 「……貴様にとって、その兄はなんだ」
ラウラ「決まっている! 生涯をかけて追いかけるべき背中だ!」

 キッとなって言ったが、迫力はない。
 むしろ得意顔になって、少し頬を染めながら兄についてをべらべらと喋り始める。

ラウラ「確かに私は力が落ちた。落ちこぼれと言われても仕方が無い。
    だが、それでも良しと受け取れることもあった」
千冬 「なに? 力が落ちたのにか」
ラウラ「ヴォーダン・オージェ。ナノレベルの“機械”、ナノマシンを体に埋め込み、
    ISとの適性値を上げる実験で不適合などという結果が出たが、
    お陰で“兄上のプレゼントと私が繋がった”。私はもう二度と兄上を忘れない。
    ここに意思がある限り、夢で兄上の過去を見る限り、私だけが兄上の理解者だ」
千冬 「………」

 力などいくらでも取り戻してみせると胸を張って言うラウラを前に、千冬は笑った。
 いい気迫だ。
 どれだけの無茶を言っても断らないだろう。
 訓練での成績は基準値を大きく下回っていたが、実験前のデータはパーフェクト。
 ……いいだろう、そこまで戻してやる。
 だが、そうだな。まずは───口調だな。
 年長者は敬うべきだ。
 それを叩き込むことを第一に、千冬はいつか中井出がやっていた黒い笑みを浮かべた。
 ……これから怒る、もとい起こることは、決して苦労成分の発散ではない。断じてだ。

ラウラ「ラウラ。お前に夢はあるか?」
千冬 「あるが口にはしない。口に出来る願いは、兄上を見つけることだ」
ラウラ「兄か……名前は?」
千冬 「知らん。あの人は自分のことを私に教えてはくれなかった。
    だが、今もきっとどこかに」

 ラウラはどこか遠くを見つめていた。
 相当にその兄とやらが大事なのか。
 ……兄弟というのなら、髪の色も同じだろうか。
 千冬は自分が会った男の中で、銀髪の男が居るかどうかを思い浮かべてみた。
 何人か居るには居たが、ボーデヴィッヒという苗字ではなかった。

……。

 それからラウラは少しずつ力を取り戻していった。
 言うだけあって、感覚を取り戻したラウラは強かった。
 だが、ISを操る彼女とは別に、それを巨大剣だけでブッ倒してみせた千冬も大概だ。

ラウラ「き、貴様どうかしているんじゃないか!? 剣だけでISを!? 異常だ!」
千冬 「敬語はどうした小娘。貴様じゃない、教官だろう」
ラウラ「う、ぐ……!」

 中井出との鍛錬が原因だろうが、千冬はどこかサディスティックな笑みを浮かべてラウラを見ていた。
 しかし意外なことに、ラウラは慢心することが少ない。
 指摘されるとすぐに直し、眼帯と髪を結っている髪飾りに触れると、ふっ……と……優しい笑顔を浮かべた。それを指摘してやると顔を真っ赤にして慌てふためいた。

ラウラ「ち、違う! これは兄上にもらった大切なもので……!」
千冬 「なるほど。兄が好きか、このブラコンめ」
ラウラ「兄が好きでなにが悪い!!
    貴様になにが───あ、……い、いや! 私はタコじゃないぞ!」
千冬 「……? タコ?」
ラウラ「い、いいか! これから私が兄上の素晴らしさをみっちり教えてやる!
    そうしてから私が怒るなら、私はタコじゃない!」
千冬 「なんのことだが解らんが、私語は慎め。それから、敬語を使え」
ラウラ「なんだと貴様! 兄上の話を聞きたくないなどと───」
千冬 「三言はないぞ?」
ラウラ「ひうっ!? う、ぐぅう……!
    兄上……屈辱です……! 兄上以外にこんな……!」
千冬 「お前はそこまで兄が好きなのか」
ラウラ「大好きだ! 世界で一番尊敬している!」

 普段は静かに、氷の表情を持っているラウラ。
 しかし、ひとたび“兄上”の話になると“ダメな子”に変貌する。
 そしてその兄のことを馬鹿にするとキレる。本気でキレる。

ラウラ「ISに乗らなければ私とて貴様には負けん!
    能力基準が下がるのは、ISのほうだ!」
千冬 「お前はISに乗りたいのか乗りたくないのか、どっちなんだ」
ラウラ「単身で敵部隊を制圧したら兄上に叱られたからな。無茶はもうしない」
千冬 「………」

 千冬は額に手を当てて溜め息を吐いた。
 真正のブラコンだな、このばかは。と。

千冬(………)

 そういえば、彼はドイツに妹分が居ると言ったが───

ラウラ「さあどうした! 早く教えろ! ぐずぐずするな!
    兄上の技術に貴様の教えを組み込むのは癪だが、
    弱いままでは兄上に申し訳が立たんから教えられてやる!」

 ───……無いな。
 とりあえず躾けよう。主に拳で。
 その日から千冬のスパルタ教育が始まった。
 吠えまくる犬を躾けるように序列を叩き込み、しかし確実に彼女の力を磨かせていった。
 結局一年経つ頃にはラウラは再び最強の隊長に戻り、ISも使いこなせていた。

ラウラ「教官」

 序列を叩き込むことに成功してからは、ラウラも千冬のことを認め、尊敬していた。
 今では忠犬のようだ。

千冬 「うん? なんだ」
ラウラ「教官は、なぜそこまで強いのですか?
    なぜ、そうまで強くあろうとするのですか?」

 訊ねられた千冬は、明日には日本に帰る。
 だからこそラウラは今訊ね、千冬は自分を振り返った。

千冬 「……ふふっ、お前は確かに私の弟子なのかもしれんな。
    私も同じことを師に訊ねた」
ラウラ「教官の師に?」
千冬 「ああ。自分には妹が居て、そいつに無様を見せないためだ……なんて、
    見せたこともない笑顔で言った。……少し、腹が立ったよ。
    仏頂面で、笑顔なんて見せたこともなかったくせに」
ラウラ「…………私も、教官のそんな顔を見るのは初めてですが」
千冬 「そうだな。今ならば師の気持ちも解る。
    私には弟が居る。そいつを守ってやりたいし、無様は見せたくない」
ラウラ「………」
千冬 「お前は、それを私の弱さだと思うか?」
ラウラ「はい。ですが、弱さを知らぬ者は強さを暴力にしか出来ない。
    兄上が教えてくれた言葉です」
千冬 「ふっ……いい言葉だな。モンド・グロッソで二連覇出来なかったのは、
    思い返せばもったいないとは思わんでもない。
    だが、私はそれよりも家族を選んだ。優勝は、またいつかすればいい。
    だが、名誉で弟は救えないんだよ」
ラウラ「はい。同感です」
千冬 「…………ふふふっ」

 千冬は、ラウラの反応に意外な答えを聞いた気がして笑う。
 しかし、ラウラは本気でそう言っていた。

千冬 「兄が大事か?」
ラウラ「はい」
千冬 「私も弟が大事だ。
    一年もほったらかしにしてしまったが、会える日が楽しみだった」
ラウラ「お察しします」
千冬 「お前も。……会えるといいな」
ラウラ「いいな、ではありません。会います」
千冬 「くっ……はっはっはっは……! そうかそうかっ……!」

 千冬は可笑しくなり、ラウラの頭を撫でようと手を伸ばした。
 が、その手がハッシと掴まれ、妨害される。

ラウラ「失礼とは思いますが、教官。私を撫でていいのは兄上だけです」
千冬 「………」

 ひどいブラコンを見た。
 笑みを引き攣らせた千冬がドイツで抱いた強烈な感情は、それだけだった。

……。

 千冬が日本に戻り、織斑家で過ごすようになってから、中井出はちょくちょくと姿を消していた。なにやら何処かで暗躍しているのか、時折に束とウェヒヒヒヒと奇妙な笑い声を放っているのを千冬が発見している。
 それはしばらく続き、ついには中井出は蒸発した。
 書置きがあって、“金は通帳に振り込んであるから、ガンバッ★”という言葉だけ残されて、彼は行方不明扱いとなった。

一夏「千冬姉、いってくるなー!」

 千冬がいろいろ考えているうちに、一夏は出かけていった。
 篠ノ之の道場で鍛錬があると言っていた。
 そんな一夏ももう中学卒業だ。
 藍越学園に入学が決まっている。
 そういう千冬自身はIS学園で教師をしている。
 ISのことを教えている、いわば女子校だ。
 なにせ女性しか動かせないのだから、女子校という表現はぴったりだろう。

  しかし、まあなんの因果か陰謀なのか。

 ある日、試験会場で道に迷った一夏は入る場所を間違え、そこに置いてあったISに触れた。触れてしまった。するとISが起動し、動き出すではないか。

一夏「へ……?」

 その瞬間、彼は世界で唯一ISを動かせる男として注目を浴びることになり、藍越学園ではなく、IS学園への進学が決まった。
 ニュースでその話は早速報じられ、逃げ道など残されていなかった。
 ほうっておけば研究機関に攫われ、人体実験のいい餌食になるだけ。
 それを恐れた千冬は半ば強引にIS学園に入学させた。
 なにせIS学園はそこ自体が一つの国家のように機密が守られ、干渉が禁じられている。
 この学園に居る限り、外からのいかなる事情も、なんというか無視できるような場所だ。
 だから一夏はIS学園に入学して以来、よその国からの干渉を受けていない。
 そもそもISについても千冬が干渉させなかったため、ISってスゲーんだな程度の知識しかない。周囲はISについて詳しい女生徒ばかり。一夏は早速胃がキリキリ痛むのを感じた。
 唯一の救いは、幼馴染である箒が居ることくらいだった。


───……。


 さて。
 一夏がIS学園に入学する前に、IS学園は一人の男を呼び出し、勧誘していた。
 そいつは第二回IS世界大会モンド・グロッソにて、決勝で織斑千冬とぶつかる筈だった者。
 妹がどうしているかがどうしても心配で、戦いの時だけ転移で飛んできていたシスコン。
 名を、中井出博光といった。
 結局はラウラを見つけるどころではなかったために、会えはしなかったわけだが、今はともかく目の前のウサギをからかっていた。

中井出「情報は秘密にしといたはずなんだけどね。なぁタンバリン、なにか知ってるか?」
束  「し、しし知らないよ?
    束さんはなにも知らなごめんなさい知ってます頭掴まないでいたいいたいー!!」

 場所はIS学園理事長室。
 そこで裏の理事長をしている篠ノ之束は、頭を押さえて涙目で中井出を見上げた。

中井出「まあ、無事に学園が出来ててなによりだ。
    ISって盾があって、それを操縦する者を養成するとあっちゃ、
    他国も早々に侵入できないしな。
    お前も堂々と千冬や一夏や箒と一緒にいられるわけだ」
束  「よく考えたよね。理事長なんて面倒なこと、
    束さんは考えることすらしたくなかったからしなかったのに。
    ここならうるさい研究者も来ないし、
    箒ちゃんもいっくんも、らぶりぃちーちゃんも一緒一緒!
    束さんやっぱり天才ぃああああたたた痛い痛いよジークン!
    アイアンクローはやめてぷりーずぅう!!」
中井出「はぁ……んで? どうやって俺がモンド・グロッソに出てたって知った。
    俺のことをハッキングするのはやめろといっといたろ……」
束  「大会をハッキングしたらジークンが居ただけだよ!? 束さんは悪くないよ!!」
中井出「ハッキングをやめなさい!」
束  「だってちーちゃんがどんな活躍をしてるか見たかったんだもん。
    そしたらフルアーマーのIS! 熱反応がどう見ても男の子!
    調べてみたらジークンだったんだよ! 束さんたまげたね!
    だからこうしてここで教師してくれたらなーって」
中井出「遺言は“アイラブげろしゃぶ”でいいか?」
束  「全力でごめんだよ!? なんでジークンは束さんには冷たいの!?
    束さんはもっと暖かいのがいいんだよ!?」
中井出「粗茶ですが」
束  「《ばっしゃあ!》あっつぁああーーーーっ!!? なんでお茶かけてくるの!?
    熱いよとっても! 暖かいどころじゃないよ!?」
中井出「俺の気持ちだ、受け取ってくれ」
束  「じ、ジークン……! あれ? さっき思いっきり粗茶ですがって言ったよね?」
中井出「チッ」
束  「舌打ちした! 今絶対舌打ちしたよ! やさしさを、やさしさをちょうだい!?
    とろけるくらいの、黒くない優しさを要求するよ束さんは!」
中井出「………」
束  「なんで無言でバファリン出すの!?
    少量のくせにその半分しかやさしさが籠もってないものなんて要らないよ!
    束さんが欲しいのはジークンのやさしさなの!」

 本気でえぐえぐとしゃくりあげるウサギもどきを見て、さすがにここまでだなと頭を撫でる───のだが、途端に掌返して涙を引っ込めてべたべた触れてきたので毒霧を吹いたら絶叫。
 「目がぁああ! 目がぁあああ!」とのた打ち回っている。

中井出「お前も少しは学習しような」
束  「うへへへぇ、甘いねジークン! 甘あまだねっ!
    こんなこともあろうかと束さんの目には、
    ISにも使ってるシールドがつけられてるのだー!
    引っかかったね!騙されたね!
    《ディシィッ!》あっ……シールドエネルギーが《ぶしぃっ!》みぎゃあああ!!
    目がぁ! 目がぁあああ!!」

 シールドがあるらしかったのでデコピンでシールドエネルギーを0に。
 続いて毒霧を吐けば、今度はフリではなく本気で悶絶する束が居た。

束  「うぅうう……ひどい、ひどいよぅ」
中井出「妙な小細工するからだ」

 言いながらも頭を撫でる。
 すると「えへへー」とあっさり機嫌が直るあたり、純粋だ。

中井出「で? 俺に教師をやらせるってのは本気か?」
束  「うん。教師っていうか、監視をしてほしいんだよね」
中井出「監視?」
束  「うんそう。他の子がどうなろうと束さん的にはどうでもいいけど、
    怪しい人が来たら滅殺するとか、
    箒ちゃんやいっくんやちーちゃんに近付く怪しいやつを抹殺するとか、
    ISの訓練で危ない時があったら助けてほしいとか」
中井出「……用務員なら請け負うぞ。実は密かな憧れだった」
束  「用務員さんに化けて女の子にあれやこれをなんでもないですごめんなさい割れる割
    れる中身が出ちゃうよぅーーーっ!!」

 途中でアイアンクローに移行。
 あっさりごめんなさいをした束を解放し、中井出はその話を受けることにした。

中井出「つーかまあ、お前が理事長ってのも物凄い違和感だな」
束  「ジークンがそうしろって言ったくせに」

 むんっ、と胸につけられた“開発・理事『篠ノ之束』”のネームプレートを見せ付ける。
 中井出は溜め息を吐きつつも、きゅぽんとマジックペンの蓋を開けた。

中井出「だめじゃないか、げろしゃぶが抜けてるぞ?」
束  「最初からついてないよ!?
    なんでそんな“しょうがないやつだなぁ”ってやさしい顔で言うの!?
    もっとべつのことでやさしさが欲しいよ! こんなやさしさごめんだよ!」
中井出「なんでげろしゃぶが抜けてんだよてめぇ!」
束  「だからって怒られたいわけでもないよ!? あと最初からないよ!!」
中井出「……誰だてめぇ! 俺のげろしゃぶを何処にやりやがった!」
束  「束さんだよ!? げろしゃぶじゃないことだけは確かだよ!!」

 そんなやり取りが結構続いたが、結局は了承。
 中井出博光はIS学園の用務員となり、普段は顔を隠すために無茶な格好をすることに決めていた。

束  「でもジークンはどうしてISを動かせるの?」
中井出「俺が用意したものだからだろ。似せてるだけで、ISなんてもんじゃない」
束  「むう。名前は?」
中井出「オメガ。正確にはオメガボディだな。
    気軽にジェノサイドクロウかジェノサイドハートとでも呼んでくれ」
束  「性能は?」
中井出「………」
束  「………」
中井出「お前のことだから、もうハッキングして見てあるんじゃないか?」
束  「機械で調べられるように設定してないくせに、それはひどいね、極悪だね」
中井出「おお、気づいてたか」
束  「解っててからかうなんてひどい、束さん泣いちゃうよ?」
中井出「お前には笑顔が似合ってる」 
束  「束さん笑顔で居るよ!」

 それでいいのかお前は。
 普通にそう思ってしまい、中井出はごしごしと強めに束の頭を撫でた。

中井出「守りはしない。勘違いすんじゃねぇぞ、
    俺はここなら余計な邪魔が入らずにマナを育てられるからここに居るだけだ。
    んで、侵入者が誤って花を潰すかもしれないから侵入者も潰す。それだけだ」
束  「束さん愛されてるね! それってツンデレとかいうのだよね!」
中井出「ああ。ツンツンしてて最後にデッド・レイジングなんだ。荒ぶって死ね」
束  「初耳だよそんなツンデレ!」
中井出「初耳? なに言ってんだ、お前はウサ耳だ」
束  「あ、そうだった《メキメキメキ》いたたいたいたぁああたたたぁあーーーっ!!」

 今日も元気にアイアンクローだった。

束  「痛いよジークン! 束さんやさしさが! やさしさがほしいよぅ!」
中井出「む。やさしさか。どんなやさしさがいい?」
束  「え? それはもちろん多少痛くても我慢するけど、
    こうきつく抱き締めてくれるような暖かさとかが、
    ウサギさんにはやさしくて心地良いんじゃないかって、あれ?
    ジークン、どうして束さんのこと前かがみにさせるの?
    後ろに回ってなにを、え? おらっぷ? なにそれいたたたたぁあーーーっ!!?
    ジークンジークン! これ絞めてるだけで抱いてないよ!?」
中井出「名をOLAPと言う」
束  「名前なんか聞いてないよ束さんはぁああいたいいたたたたた!!」
中井出「黙れ小僧! バファリンのありがたさも解らぬ貴様にはこれで十分ぞ!」

 不思議の国のアリスな服を着たエプロンドレスの女性は、今日も悲鳴をあげていた。

中井出「まあでも、監視ってのは承った。やり方は俺任せでいいんだな?」
束  「いたた……う、うん。ジークンの好きに引っ掻き回しちゃって」
中井出「りょーかい。んじゃあ変装でもして別人になりきってみるか。
    アリーナで対戦相手を求める誰かの善き対戦相手となろう。
    こう、訓練したいんだけど相手が居ない! ってヤツの相手をするの」
束  「IS動かせないのに?」
中井出「ISじゃなくても鍛錬くらい出来るわ。むしろ返り討ちにしてくれる」
束  「うん、そっか。じゃあ束さんはジークンの様子を観察してるね?」
中井出「…………べつに、ひーくんでも構わないけど?」
束  「いいの? じゃあ……ひーくん?」
中井出「おう」

 返事をすると、なんだかじぃいいいん……といった風情で篠ノ之束は震えていた。
 消えてしまったいつかを思い出しているのだろうか。
 そんな彼女を横目に、彼は歩き出す。
 引っ掻き回すなら、どんな手段がいいだろうか……などと考えながら。


───……。


 IS学園。
 インフィニット・ストラトスという、女性にしか動かせない機械を動かすことを学ぶ学園。ぶっちゃけていえばそれだけをする学園。
 入学前に適性値を調べ、C〜Sのランクが存在する。
 当然、C、B、A、Sの順で、Sが最高ランクとなるが、Sにまでなると世界大会優勝者レベルの実力者となる。
 各々はそれらの適性値や操縦技術を学園で学ぶ。
 軍事目的で使うことは良しとされていないし、そもそもスポーツ部門での使用を主とされているので、戦争などに使うと大罪である。
 ただしISを使用しての何者かの暴走には、当然他のIS使用者が鎮圧して良しとなっている。
 ISには絶対防御という、操縦者を完全に守る機能が備わっていて、操縦者が死ぬことはよほどのことがない限りは在り得ない。
 だからこそ戦争に使われればどの国にも不利となるため、ISは兵器であると同時に各国にとっての盾にもなっている。

一夏「…………」

 さて。
 難しい言葉が教師の口から放たれる中、織斑一夏はごくりと喉を鳴らしていた。
 理由はといえば、授業の内容がまるで解らないからだ。
 藍越学園で友人である五反田弾と、いつもと変わらぬ日々を過ごすはずだった。
 だというのに学んだこともないISについてを教えられるIS学園に来て、解りますかと訊ねられれば当然否。
 教本は確かに渡された。タウンページほどのゴツイ本だった。
 しかし間違えて捨てるという愚かな行為をしてしまったため、内容などちんぷんかんぷんだった。

真耶「は、はい。ここまでで何か質問がある人はいますか?」

 教えてくれている教師、山田真耶が生徒に向き直っての言葉。
 女99%で男1%の、女の香りしかしない状況の中、織斑一夏は静かに手を挙げた。
 そして言う。「ほとんど、全部、解りません」と。
 直後に出席簿を頭部にズパァンと落とされ悶絶する。

千冬「参考書は渡しただろう、必読と書いてあったはずだが?」
一夏「ち、千冬姉《ゴズゥ!》いだぁっ!?」
千冬「織斑先生だ。ここではそう呼べと言ったろう」
一夏「お、おりむらセンセ……」

 縦だった。
 千冬の腕力で振り下ろされる出席簿アタックは既に破壊兵器だ。
 食らえば悶絶必至。
 それが縦でやられると、全力疾走で壁に激突するような痛みに襲われる。

一夏「い、いや、その。
   古い電話帳と間違えて捨ててしまいまして《ゴパァン!》へぶぅ!」

 三度の出席簿だった。
 結局は「再発行するから一週間で覚えろ」と言われ、「一週間であの量は」という言葉もひと睨みで黙らされた。

一夏「不幸だ……」

 どこぞの上条さんのような言葉が漏れた。
 実際、女尊男卑のこのご時勢に女の中に男が一人。
 ISを操れるわけでもないのに、女だからという理由だけで男を奴隷のように思う者も居るくらいだ。
 女好きの男にしてみれば、この状況がハーレムだなどと言うのだろうが、実際は違う。
 まるで見世物小屋の見世物だ。
 唯一の男性操縦者。しかもかつてのブリュンヒルデ、織斑千冬の弟。
 注目する理由は揃っており、一夏はそこいらの男が舌打ちするくらいのイケメンだった。
 ミス・パーフェクトの弟で、家事全般が出来て運動も成績もいい。
 ISについての知識が無かっただけで、姉と比べなければパーフェクトに近い才能を持っていることは確かだ。
 ……ただし、ミス・パーフェクトである織斑千冬に家事の才能が皆無なように、織斑一夏には恋愛方面の才能が皆無だった。

  一言で言うと“ミスター鈍感”

 様々には鋭く感づく敏感さを見せるというのに、女性が関係したものごと……たとえば好意の視線などにはまるで気づかない。
 それを間近でずっと感じてきた篠ノ之箒が、どれほどの日々をもやもやと過ごしてきたかなど、この馬鹿者は知らない。
 女性が近くで自分の気持ちを伝えても、「え? なにか言った?」などと“鈍感スキル:難聴”が自動発動する困った色男だ。
 そのくせ、千冬同様に人を惹きつけるセンスというものを持っている。
 友人である弾の妹もその毒牙にかかってしまっており、兄である弾は日々、妹に同情しながらも肩身が狭い思いをしている。何度も言うが、女尊男卑の世界だ。妹だろうと女は強いのだ。

一夏「………」

 ぼう、っと授業に耳を傾ける一夏。
 頭から煙が出そうになっているが、真面目に取り組んではいる。
 ぼうっとしているのは、聞いているのに出てくる言葉のひとつとして理解出来ないから。
 なんだ、わんおふあびりてぃーって。いぐにっしょんぶーすと? なに?
 頭の中はぐるぐると回転しすぎで熱くなるばかりだ。
 そうした授業が終わればクラスメイトに質問攻めにされ、心休まる時間がない。
 女尊男卑の時代に女性の中に男が一人……苦痛でしかないだろうが、一夏はそのヒーロー性とでも言えばいいのか、天性の女垂らしっぷり(自然発動)で、なにもしなくても人気があった。
 ……そんな、休み時間の折。

中井出「一夏いるかー」

 がらりと引き戸を開け、入ってくるのは中井出博光。
 ただし変装をしているため、事前に知らされている一夏と箒くらいしか、その正体を知る者は居ない。

一夏 「マオ兄!? え、なんでここに!?
    つーか今まで何処に行ってたんだよ! 連絡来た時はまさかと思ったけど!」
中井出「教師になれって勧誘された。でも今は用務員。そして今までここに居た」

 いや。
 事前に知っていたのはその格好のみであり、ここで働いていることなど二人は知らなかった。現に、ちらりと見てみれば箒も驚いた表情で中井出を見ていた。

中井出「タンバリンに言われて参考書持ってきたぞ。ほれ」
一夏 「うえ……」
中井出「いやお前、人が届けにきたのに目の前でそんな真っ青な顔すんなよ」
一夏 「も、もうちょっと薄くならないか?」
中井出「薄くしてほしいのか?
    圧縮するだけならいいが、開きづらくなっても文句言うなよ?」
一夏 「そういう意味じゃなくて!」

 ちなみに中井出の格好は、かつての時代にどこぞの女王陛下にプレゼントされた貴族衣装だった。
 マントもあれば帽子もある。
 どう見ても用務員ではないが、顔には仮面をつけているので正体はバレない。

声  「ちょっとよろしくて?」
中井出「え? なに?」
一夏 「え?」

 そんな貴族衣装が気になったからか、それとも別の用事があったのか。
 一人の金髪ロールが席を立ち、一夏の傍へと歩み寄った。……の、だが。

おなご「まあ! なんですの、そのお返事。
    わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、
    それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
中井出「………」
一夏 「………」

 瞬時に二人は理解した。苦手なタイプだと。
 今のこの世をそのまま人にしたような、女尊男卑な相手だと。

中井出「な、なんて光栄なんだ! あなたに声をかけてもらえるなんて!」

 しかし中井出は即座にそう言うと、女性───セシリア・オルコットの出方を見る。
 一夏は「え?」と中井出を見たが、その表情は仮面に隠れて解らない。

セシリア「あ、あら。少し早とちりをしてしまったかしら。
     あなたは中々に人を見る目が───」
中井出 「しかし我々のような下々に声をかけていいはずがありませぬ!
     ささ、我らのことなどほうっておいて、あちらへ!
     このままではあなたが穢れてしまいます!」
セシリア「え? えぇ? なっ、ちょっと!」

 中井出は懐から布手袋を取り出して装着すると、セシリアの肩を優しく掴んで回れ後方をさせ、そのまま席までやさしく押した。
 そしてエスコートするように椅子を軽く引き、座らせると椅子を正した。

中井出 「それではミス、良い休み時間を」
セシリア「え、ええ、その、下がりなさい?」
中井出 「では」

 華麗にお辞儀をし、中井出は一夏のもとへ戻った。
 そして先ほどの話を再開する。

セシリア「ってそうではありませんわ!」
中井出 「いけませぬ! 光栄を振り撒いてはミスの価値が下がります!
     こちらへ来てはなりませぬ!」
セシリア「それでは話せないではありませんの!」
中井出 「話し掛けられただけで光栄であります!
     胸いっぱいであります! 十分であります!」
セシリア「……あなた、そう言いながら、わたくしを馬鹿にしてますの!?
     この入試主席、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットを!」
中井出 「いけませぬミス! 真にエレガントであるならば、
     己の評価を自慢することなど、されてはなりませぬぞ!
     評価とは周囲がするべきもの!
     己で己の価値を触れ回るなどエレガントではありませぬ!」
セシリア「まっ! …………た、たた確かに、少々熱くなりすぎてしまいましたわ」
中井出 「人間なのです、当然と言えましょう。
     そこで落ち着けるミスを、とても眩しく思います」

 様々な世界で執事経験もある。
 この手の相手は褒められるところを褒めればいいのだ。
 予想通り口調は穏やかなものになり、余裕というものが態度に出始めて───

一夏  「でさ、マオ兄。代表候補生ってんだ?」
セシリア「───《ピクリ》」

 ───その分、反動がデカかった。

セシリア「ああ、ぁあああなた! そんなことも知らずにここに居ますの!?」

 ブチーン、とあっさり堪忍袋の緒が切れた。
 中井出はウアッチャーイ!と額に手を当て天を仰ぐ。

一夏  「しょうがないだろ、だってほんとに何も知らないんだから」
セシリア「……あなた、ISについて何も知らないくせに、
     よくこの学園に入れましたわね。
     唯一男でISを操縦できると聞いていましたから、
     少しくらい知的さを感じさせるかと思っていましたけど、期待外れですわ」
中井出 「……ミス。勝手な期待で勝手に落胆するのは結構ですが、
     それを理由に相手を責めるのは淑女的とはいえません」
セシリア「うっ……あなた、嫌なところを突いてきますわね」
中井出 「女尊男卑大いに結構。
     しかし、そこに理不尽がついて回るのならば反論しましょう。
     それにこの男、織斑一夏は他の学校で友達とともに青春を送る筈でした。
     それをISを動かせたというだけでここに入れられ、友達すら居ない状況です。
     藍越学園に入るために勉強したほぼが無駄になり、
     疲れているところに急に参考書を読めと渡され、覚えられなければ殴られる。
     理不尽でしょう」
セシリア「それは……まあ、解らないでもありませんけれど。
     疲れたことを理由に努力を怠るのであれば、わたくしは口を出しますわ」
中井出 「確かに。しかし、理解してくださいミス。今が、その努力の時なのです。
     この男、織斑一夏は日々の勉学も運動もしながら、
     家では家事全般を請け負っております。
     その際、うっかり参考書を間違えて捨ててしまったのです。
     家事の大変さを、あなたは知っておられますか」
セシリア「う、ぐ……したことなどありませんわ」
中井出 「そういうことです。
     自分がやったことのないことで人を叱りつけるのは愚であります。
     私はミスが代表候補生であることに素直に素晴らしいと思います。
     才能だけでなれるほど甘い地位ではありません。
     しかし、だからこそそれを言いふらすことで、
     価値を下げてほしくなどないのです」
セシリア「むぅう……」

 どんどんと言いくるめられてゆく。
 一夏はなんだかその状況が面白くなって、見守っていた。

中井出 「“人に宿る素晴らしきは、自分を理解できる者だけが理解していればいい”、
     ですよ。大多数にそれを望む必要はありません。
     ですからどうか、高貴であってください。
     “貴族”とは、“地位”とは振り翳して脅すものではないのですから」
セシリア「………」

 セシリアは本当にぽかんとして、中井出を見ていた。
 しかしハッとすると、興味から、本当に単純な興味から、男に話し掛けていた。

セシリア「随分と語ってくださいましたが、貴族と係わったことが?」
中井出 「没落貴族ですよ。侯爵を授かっておりました」
セシリア「こっ……!? それは、まあ……!」
中井出 「今ではIS学園で用務員をしております。主に花を育てておりますが、
     どうかこの仕事を下々のものだなどと言わないでくださいますよう。
     花も整理も管理も、誰かがやるから整うのです。
     それはとても立派で、大切なことですよ」
セシリア「………」

 侯爵を名乗った途端に表情が変わるのを見越して、中井出は普段はマントの内側に隠してある勲章を見せた。
 そこにはトリステインで作られた勲章や、固定化がかけられたままの証明証があり、セシリアはそれを見て“それは、まあ……!”と信じた。

セシリア「訊いても、よろしいですか? なぜ没落したのかを」
中井出 「はは、時代が変わったのですよ、ミス。
     私は人々を笑顔にすることばかりを考え、
     私の代わりにその場へ就いた者は周囲の幸せを願った。それだけです」
セシリア「…………お名前、もう一度伺っても?」
中井出 「既に無い名でよろしいのなら。
     ……ヒロミツ=シュヴァリエ=ド=ナカイデ=ド=ウエストウッドといいます」
セシリア「…………そう、ですの。奪われた地位を取り戻そうとはしませんでしたの?」
中井出 「ミス。私は人々の笑顔を望みました。
     それは必ずしも私が与えなければいけない笑顔ではなく、
     次代を担う者が幸せを願うのであれば、
     自然とそうなるものだと確信しております。
     ……だからこそ、私にはなんの文句もない。
     自分が預かったかつての領土が幸せに溢れ、笑顔に満たされる。
     自分が信じた者がそれをしてくれるというのです。
     いったい何を取り戻そうと思えましょうか。
     力で制するばかりが平穏に繋がるわけではありません。
     納得し、身を退くこともまた平穏に繋がります」

 そこまで言うと、チャイムが鳴った。
 セシリアはどこか悲しそうな顔をしたまま、席へと戻ってゆく。

一夏 「……マオ兄ってあんな話し方も出来たんだな」
中井出「伊達に長生きしちゃいないさ。言ったことになんのウソも混ざってないし」
一夏 「貴族だったってあれか? ほんとなのか?」
中井出「ああ。領土を女王に貰って、そこでいろんなことをした。楽しかったぞ〜?」
一夏 「……そっか。マオ兄が楽しかったなら、それ以上はいいや」
中井出「そか? ……悪いなぁ」

 苦笑しながら一夏の頭を撫でる。
 一夏はさすがに嫌そうにしていたが、彼は構わず撫で続けた。

……。

 さて。
 一、二時間目と違い、山田先生ではなく織斑千冬が教壇に立つ三時間目。
 傍らには山田真耶が立っており、ノートを構えて真剣な表情をしていた。

千冬「さて諸君。再来週にあるクラス対抗戦に向け、
   代表者を選ばなければならないわけだが」

 クラス対抗戦? 代表者? 一夏が首を傾げるのが見えたが、千冬は気にせず話しを進める。

千冬 「代表者とはその名の通り、クラスの長だ。決定すると一年間変更はない。
    対抗戦は各クラスと戦い、新入生の力量を測るためのものだ。
    候補者は自薦他薦を問わん。好きに名乗り上げろ」
女生徒「はいっ! 私は織斑くんを推薦しますっ!」
一夏 「え?」

 一夏は首を傾げた。
 まさか授業にもついていけない自分に白羽の矢が立つわけがない。
 なら自分の他にも織斑が居るのかも、などと本気で考えていた。
 こう、読み方は同じでも書き方が違う〜とか、そっちの方向で。
 檻村とかどうだろう。折邑でもいいな。難しい方向で澱群とか!

千冬「推薦で織斑一夏に一票か。他にはいないか?」
一夏「えちょっ……千冬姉!? 織斑って俺じゃ《ズパァン!!》へぎゅう!?」
千冬「織斑先生だ。それと挙手を忘れるな」
一夏「は、はい……って、じゃあ俺は代表候補生っていうえーと……
   お、オルコットさんを推薦する!」

 自分が任されたくないあまり、一夏はついそんなことを言ってしまった。
 するとその言葉を受け取り、鼻を伸ばした天狗さんが笑いながら立ち上がる。

セシリア「あらあら、礼儀を知らない極東の猿かと思っていましたら、
     なかなかに見所があるではありませんか。
     そう……クラス長はこのイギリス代表候補生にして専用機をもつわたくし!
     セシリア・オルコットにこそ相応しいのですわ!」
一夏  「………」

 極東の……猿?
 セシリアの言葉を聞いて、一夏の心に軽い怒りが沸いた。

セシリア「そう、代表に選ばれるべきはクラスで一番強い者。即ちわたくし。
     ただ男だからと、物珍しさだけで決定されては困ってしまいますわ。
     大体、この時代に男が代表だなんていい恥さらしです。
     わたくしはこのような島国までIS技術を学ぶために来ているのであって、
     猿とサーカスをしに来ているのではないのですから」
一夏  「……《ビキッ》」

 一夏の心に言い様の無いモヤモヤが生まれる。
 それは、セシリアが得意げに語れば語るほど、大きなものへとなってゆく。

セシリア「本当に。ただでさえ文化としても、
     後進的な国で暮らさなければならない辛さがあるというのに。
     その上代表が一年間猿だなどど……耐えられませんわ」
一夏  「…………」

 ああ、無理だ。
 ここまで言われたら女尊男卑関係なく“男じゃない”。

一夏「そっちだって島国だし、大した奥に自慢ないだろ。
   世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 だから言ってしまった。
 みるみる怒りにまみれてゆくオルコットの表情を見て、一夏は素直にやっちまったと思った。が、後悔はしていない。

セシリア「あっ、あっ……あなたねぇ! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
一夏  「その口ぶりからすると、
     日本のことを詳しく知ろうともしないで馬鹿にしてたんだろ。
     出てくる言葉が猿ばっかだったしな。
     ところで代表候補生さん? 授業の一環のことをサーカス呼ばわりしたり、
     人のことを極東の猿呼ばわりしたり、
     後進的だなんて言うことは国に対する侮辱じゃないのか?」
セシリア「う、ぐっ……!」
一夏  「侮辱されたら言い返すことくらいさせてくれよ。
     それともそんなことすら許さないくらい、堪忍袋の緒がもろいのか?」
セシリア「〜〜〜っ……では訊きますが。
     あなたはわたくしの祖国のいったいなにを知っていると言いますの?
     イギリスにも美味しい食べ物はありますわ。
     それを知らずに耳にした統計ばかりを口にするあなたが、
     “詳しく知ろうともしないで”と言うことは正しいのですか?」
一夏  「うっ……さ、先に言い出したのはそっちだろ!」
セシリア「後か先かで言えばそうでしょうね。
     では先に“詳しく知ろうともしないで”と言ったあなたは、
     イギリスの何を知ってらっしゃいますの?」
一夏  「じゃあ後進的だって言ったオルコットは日本の何を知ってるんだ」
セシリア「ぬぐぐぐぐ……! あ、あなたって人はすぐにあーだこーだと揚げ足を……!」
一夏  「どっちがだよ……! 俺のことを言うならまだしも、
     関係ない国のことを急に侮辱してきたのはそっちだろ……!」
セシリア「くぅう、ほんとうに口の減らない殿方ですこと! もう結構!
     口で言っても解らないのでしたら決闘ですわ!」
一夏  「決闘!? ハッ、望むところ───」

 だ、と言おうとしたところで、

中井出「ハァアーーーロォオーーーゥッ!!」
千冬 「───……なぁっ!?」

 ───突如現れる馬鹿ひとり。
 馬鹿というかまあ馬鹿なんだが、つまりは中井出だった。

一夏 「マオ兄!? え? さっき───あれ? なにか忘れ物か?」
中井出「転校生!《どーーーん!》」
一夏 「……へ?」
千冬 「し、師父っ……ちょっと!」
中井出「《グイィッ!》おふぅ!? や、ちょっ、なに!?」

 プシュッと機械的に開いた自動ドアから転がり込んできた馬鹿は、千冬に腕を掴まれて教室の隅へ。そこで小声でヴォソーリと質問され、彼は笑った。

千冬 「今まで何処へ行っていたんですか……! というかその格好は……!?」
中井出「あ、これ? 用務員さんと生徒を兼任してみようかと。
    ちなみに今までここでタンバリンといろいろ悪巧みしてました。
    で、タンバリンが好き勝手に引っ掻き回していいよーって言うから、
    これこの通り制服を着て年齢いじってホーラ生徒!」
千冬 「じょっ……常識というものを考えてください……!
    そんな急に生徒と言われても……! 師父はISを動かせないでしょう……!」
中井出「うん無理。なので僕は僕の武器を使うし、
    リングシールドをシールドエネルギー……だっけ? それにするから平気平気」
千冬 「……つまり、生身で?」
中井出「イエースザッツライト」
千冬 「…………映像を見ても思いますが、本当になんでもありですよね」
中井出「ていうかもうさ、
    チッフィーは僕のとこでの修行を卒業したんだし、師父言うのやめない?
    昔みたいにヒロくんでいいのよ? 口調も砕けていいし」
千冬 「それは断るっ!」

 ざわっ……!
 突然の怒声に、クラスがざわめいた。

千冬 「あっ……〜〜〜っ……とにかく……!
    ヒ、ヒヒヒヒロくんなどと呼んだのは忘れる前の私なんですから、
    それはお断りします」
中井出「あらそう? じゃあ口調は他の生徒と同じでいいからね?
    僕もこれから生徒だし」
千冬 「…………決定……済み、なのか」
中井出「入学させたのがタンバリンだしね。というわけで自己紹介からいこうか!」

 隅から壇上へ移動。
 黒板にカカッカッと書くのは中井出博光の文字。

中井出「今日からIS学園へ転入することになった中井出博光である!
    生憎とISを本格的に動かせはしないけど、
    盾と武器なら扱える程度の半端モン!
    そんなおかしな状況で入学いたした! これからよろしく!」
一夏 「転入!? えぇっ!? だだだってマオ兄って俺より───」
中井出「お黙りやがれぇいワンサマー!
    誰でも過去と年齢はミステリアスなほうが魅力的なんだよ!」
一夏 「そういうこと言ってる状況じゃねぇと思う!」
中井出「状況さ! そんなわけで僕は織斑一夏くんをクラス代表に推薦します!」
一夏 「なぁああああっ!!? ちょっ、マオ兄!?」
中井出「だ、誰ですかあなた! 急に人のことをマオ兄だなんて!
    僕は中井出博光です! マオなんて人知りません」
一夏 「なんじゃあそりゃぁああああっ!!!」

 ツッコミまくるがどこ吹く風。
 むしろこんな早くに転入してくるなら、入学式からでも間に合ったんじゃと思わなくもない。

女生徒「え、えーと……質問いいですか」
中井出「趣味は楽しいこととうどん作り!
    嫌いなものは肉じゃが! 好きなものはうどんとあんぱん!
    一夏とチッフィーとはまあ幼馴染みたいなもんだ!」

 ざわぁっ!!

生徒『チッフィィイイイーーーーッ!!?』

 1−1の生徒全員が叫んだ。
 無理もなかった。なにせ相手は伝説とさえ言われるモンドグロッソ覇者、織斑千冬だ。
 ブリュンヒルデの名をほしいままにした覇者相手に、チッフィーなんて呼ぶとは……人間じゃない。ある意味で異常者として見られた。


───……。


 一週間後の放課後、第三アリーナにてクラス代表が決められることとなった。
 もちろんISでの決闘で。
 かたやイギリス代表にして専用機持ちのセシリア・オルコット。
 かたや元一般人、専用機なんてもちろん持っていないIS知識ほぼ皆無の織斑一夏。
 そして───

中井出「あの……なしてオラまで推薦されてるだか?」
一夏 「急に出てきて俺を推薦するからだろ……」

 もう一人、一夏に推薦されて逃げるに逃げられなくなったお馬鹿が一人。
 セシリアは中井出がさきほどの貴族だとは夢にも思わず、中井出に対してまで“決闘ですわ!”と言ってしまったため、もう後の祭り。
 珍しく千冬が頭を抱えて溜め息を吐くなんて光景が見られたものの、中井出も一夏もISを動かしたことさえほぼ無い。

一夏 「ま、とにかく大見得切ったからには勝たなきゃな」
中井出「休み時間に教本読むだけって、寂しいよね」

 そんなこんなでタウンページよりも分厚い教本を読んでいる。

中井出「えーと? まず搭乗した際、上X下B、LYRAの順に押すと、
    カカロットォ……!という声とともにブロリーと悟空さが───」
一夏 「なんで今さらファミマガなんて読んでんだよ! つか古ッ! いつのだそれ!」
中井出「え? さあ」

 読む? と渡してみると、一夏はモノ珍しさからか熱心に読み始めた。
 その隙に中井出は教本をズシャーとパラパラ漫画のように開き、そこにある文字全てを頭の中に叩き込む。人器で脳を活性化させなければまず出来ない芸当だ。
 もちろん、全てを覚えたからといっていろいろと任せられるのも嫌だから、難しそうなことを言われればとぼける気満々である。

箒  「あ、あの」
中井出「オウ? おおっ、ほーちゃん! 久しぶり!」
箒  「そこまで久しぶりでもないです……というか、何故ここに?」
一夏 「あれ? マオ兄、箒とは会ってたのか?」
中井出「引越して一人になると、いろいろと寂しいからね」

 IS製作者篠ノ之束の家族ということで、様々な目で見られることになった篠ノ之一家は、一度別の地域へ引っ越したことがある。
 マスコミだの研究者だのが日々張り込むような日常に耐えられなかったのだ。
 当然箒も一夏と離れることになり、その前から一夏に恋心を抱いていた箒にしてみれば面白くない。全ては姉とISの所為だと、全てを嫌いになり───一時期は好きだった剣道で人を痛めつけたりもした。
 それを叱りつけたのが、まあこの馬鹿者なわけで。
 その後は箒を説得、きちんと綺麗な剣の道を歩ませるため、精神安定剤代わりに一夏の手紙をあげた。“一人で寂しがってるかもだから手紙出すべー!”と、ほぼ無理矢理書かせたものだ。
 しかしそんなものでも箒にとっては嬉しかったらしく、箒も返事を書き、一夏も返事を書きと、そのやりとりはここで出会うまで続いていた。
 ……もちろん、“手紙出してやるぜ〜〜っ!”と受け取った彼が、ポストには投函せずに自分で手渡ししていたことなど知るはずもない。“切手代は僕が出すさー!”と言われれば、そりゃあ投函すると思うだろう。
 そのための、“箒とは会ってたのか”との一夏の言葉だった。

中井出「そうだ一夏、ISのことならほーちゃんに訊いてみたらどうだ?
    少なくとも俺やお前よりは詳しいと思うぞ?」
箒  「!?」
一夏 「え? あ、そうだな……俺も一人でうんうん唸ってるより、
    誰かに教えてもらったほうがいいし……」
箒  「うっ、なっ、わ、わわわ私はそんなに暇では!」
中井出(ほ〜〜〜ぉちゃん、自分に正直に。
    手紙だけじゃ言えなかったこと、いっぱい話し合いたいんでしょ?)
箒  「はうっ……! お、お兄さん、あなたは……!」
中井出「あ、僕今日からクラスメイツなんだから、お兄さんじゃなくて中井出でいいよ?
    チッフィーにも中井出か博光で呼んで?って言ってあるから」
箒  「し、しかし年上───」
中井出「同級生。ね?
    留年して同じクラスになった人に先輩って言うようなもんだよ、それ」
箒  「その気持ちはよく解りませんが……ん、んんっ、解りました。
    ではその。な、中井出と」
中井出「よろしくほーちゃん。あと敬語もいらんからね?
    あ、一夏も俺のことは名前か苗字でね? 同級生なのに兄はヘンだ」

 ちらりと一夏を見て言ってみれば、なんかひどくあっさりと「それもそうだな」って頷いた。物分りがいいのか面倒なのか。

一夏 「じゃあヒロでいいか? あ、嫌だったら言ってくれよ?」
中井出「いや、いいんでない? 俺その呼ばれ方好きだし」
一夏 「だったらもっと早く言ってくれよ……。
    俺、マオ兄のこと年齢関係無しに友達だって思ってたんだから」
中井出「おう、そりゃ僕もさ。んじゃ、改めて」
一夏 「ああ、よろしくな、ヒロ」
中井出「おうさ、よろしくな、ワンサマ」
一夏 「……それ、なんか嫌だな」
中井出「王大人みたいでいいじゃん」
一夏 「余計に嫌だっ!!」

 そんなやり取りのあと、二人は顔を見合わせて笑った。
 友情の儀式のようなものだろう。
 ずぱーんと手を叩き合わせて気安さを確かめ合うと、一夏は改めて箒に協力を願い、わたわたと慌てて思ってもないことを口走り始める箒は中井出に背を押されて了承。
 そして気づけばぽつんと一人で居るお馬鹿さん。

中井出「…………あれ?」

 なんか…………違くね?
 そんな、どっかのサンタと二足歩行のマッスルトナカイの真似をしつつ、彼は首を傾げた。

───……。

 その後のことはトントン拍子。
 自作ゲームのネット対戦で束と遊んでいた中井出と、箒と一緒に勉強をしていた一夏は、気づけば放課後の教室の中に居た。
 そこへ走りこんできたのは教師の山田真耶であり、聞けばなんでも寮の部屋が決まったとかなんとか。

一夏 「え? 確か一週間は自宅から通うって話になってた筈じゃ……」
中井出「え? 俺の部屋もう決まってるけど?」
一夏 「そうなのか!?」
中井出「うん。用務員室。タンバリンに用意してもらった」
一夏 「ほんとなんでもありだなあの人……。あ、それで俺の部屋って?」
真耶 「あ、はい。その、……あ、篠ノ之さんも居るなら丁度いい、かな?」
箒  「え?」

 それぞれが“え?”と戸惑いまくる中、山田真耶はすぅううと息を吸い、そして吐いた。
 どうにもいろいろとドジっこの香りがするあたり、人と話すのも苦手なのかもしれない。

真耶「織斑くんのお部屋は、篠ノ之箒さんと同じということになりました」
箒 「…………。…………? …………、───…………───!?」

 停止。そして沸騰。
 思考が答えに達した途端、箒の顔はグボッと真っ赤に染まった。

箒  「なっ、なっ、なぁあっ……!? ななな何を考えているのですか!!
    男女七歳にして同衾せず! 常識でしょう!!」
中井出「ちなみにほーちゃんはお泊りする時は必ず一夏の布団で一緒に寝てました」
箒  「お兄さん!?《がーーーん!!》」
真耶 「じゃあ安心ですねっ!《ぱああっ……!》」
箒  「なちっ、ちちちっ、違う! 違います!
    いえ確かにお兄さんに言われるままにそうしていたこともありますがっ!!」
一夏 「ガキの頃の話だし、今さら恥ずかしがることもないだろ箒」
中井出「イッチー……きみ、もう少しデリカシーってものを持ったほうがいいよ……」
一夏 「うわ! それヒロにだけは言われたくねぇ!!」
中井出「なんだとてめぇ! この博光を四天王の面汚しと知っての言葉か!」
一夏 「いろいろおかしいだろその文句!!」
真耶 「あ、あのー! とにかく、ですね!? もう決まっちゃっていることなんで、
    そ、そのっ、もちろん新しくお部屋が用意出来たなら、
    織斑くんにはそっちに移ってもらいますし!」
一夏 「ていうか俺も用務員室で───」
中井出「───!《ギラッ!》」
箒  「───!《ギラリッ!》」

 その瞬間のアイコンタクト、実に刹那。
 口ではどう言おうとも、一夏と一緒に居たいことは事実な箒としては、一夏の提案は是非とも却下しなければならなかった。素直じゃない子は面倒なのだ。

中井出「馬鹿野郎! 貴様はやまっちの心厚い心遣いが解らんのか!」
一夏 「へっ!? こ、心遣い?」
真耶 「え? あ、あの、中井出くん?」
中井出「やまっちはなぁ! 貴様がおなごたちに囲まれる生活に早く慣れてもらうため、
    こうしてまずは幼馴染であるほーちゃんと同じ部屋にしてくれたのだ!
    知った仲なら同じ部屋の中でもじろじろ見ることもない!
    そんな関係の中でじっくりと慣れてほしいから、
    普通なら拒否されるであろうおなごとの部屋というのを用意したというのに!」
一夏 「え、そ、そうなのか!?」
中井出「そんな想いに気づきもせずに、
    よもや用務員でもないのに用務員室に入り込もうとするとは言語道断!
    そんなわけでキミはほーちゃんと同じ部屋ね?」
一夏 「ああっ! 誰かの想いに気づきもしないなんて男じゃねぇよな!
    先生っ! すいませんでした! 箒! これからよろしくな!」
真耶 「えっ、あのっ、えっ、えぇっ!?」
箒  「あ、ああ。よろしく、たのむ…………(一夏と、一夏と同じ部屋……!)」

 戸惑うまやっちにズビシィーとサムズアップ。
 おろおろしてるけど、首を傾げながらサムズアップを返してくれました。
 おお、案外ノリのいい人。なんてことを思いながら、中井出は早速雑用をするために歩き出した。

……。

 夜。
 中井出は用務員室の部屋の前のドア、その中心からやや上にある四角いでっぱりに中指の第二関節を当て、四回ノックした。
 そうしてから開けると、扉がヒロラインへと繋がり、彼はそのまま中へ。
 扉を閉じると普通の扉へと戻るのだから、誰が訊ねてもその場には誰も居なかった。

中井出「………」

 ヒロラインの休憩所。
 猫の里の中心、地に降りた浮遊要塞の中で、中井出は溜め息を吐いた。
 そこにはかつてのファミリーが持ち込んだ私物がごろごろと転がったままであり、いつもはクッキーが淹れてくれた紅茶のパックがそのまま置いてあった。
 最後にみんながここに来た日を思い出し、少しだけ笑った。
 とてもいつも通りの集会だった。
 それが、リューベックから帰ってみればあれだ。

中井出「………」

 ちらりと、家具の上に置かれた写真立てを見る。
 そこにはファミリー全員で撮った写真がある。
 今ではとても出来ない、呆れるくらいに無邪気な笑顔をする自分が居た。
 ……幸せだったんだな、なんて、まるで他人事のように思った。

中井出「……帰るさ。絶対に帰る。呪いが解ければ、意思を戻せれば、きっとみんな思い出してくれるから。だから───そのあとは、また世界を巡ろう。今度は俺が辻褄を合わせる番だ」

 様々な世界で出会った家族に会いに行こう。
 恋姫まで戻ったら、最後は地界へ。
 もう、そこには自分の居場所など無いだろうが、神様に復讐してやらなきゃな。
 そう呟き、中井出は写真を手に取ってやさしく笑った。

中井出「みんな、ありがとうな。みんなが冒険してくれたお陰で、この世界はまだ生きられる」

 ヒロラインの人物に意思は残らなかった。
 けれど、起きた出来事はそのままに、動かした自然要塞は確かにここにあった。
 キャップがモンスターと戦うよりもトレジャーハンターばっかしてたことや、クリスが冒険よりも正義の仕事人になっていたことや、岳人が獣人族に勧誘されて筋肉帝国を築こうとしてモモ……先輩、に潰されたこと。
 今でも覚えている。思い出せる。
 けど、ここにある空気は……もう、とっくに冷たくなってしまっていた。

中井出「帰るから。絶対に」

 強く硬い決意。
 帰れるのならば、なんだってしようって誓った。
 どれほどの外道にもなろう。
 魔王と呼ばれても、もう壊れない。

中井出「俺は……まだ、笑えてるか? 京……」

 鏡を見ても、もう自分の本当の笑顔が思い出せない。
 これ以上壊れようのない自分で歩み、いつになったら報われるのか。
 それでも、自分が人間であるのなら、かつて人間たちが言っていた言葉を信じよう。

  努力は報われる

 たった一つの人間の言葉を信じて、どこまでも。
 鍛錬もなにもしなかった。
 努力と呼べることなんて、いったいなにをしてこれただろう。
 生きること? そうだ、生きることを諦めなかった。
 だから、これからも生きることを努力しよう。
 帰るために。
 また、出会うために。

中井出「……ああ。誰かの歌の通りだ」

 行き着いたその先には何が待っている?
 それは解らない。
 けれど、たとえそれが別れでも絶望でも……もう、往くしかないのだから。
 くすりと笑って、彼は歌った。
 フェルダールを埋め尽くさんとするほどの量のマナの草花が、その歌を受けて悲しげに揺れていた。


───……。


 用務員兼生徒。
 仕事、清掃とかをしつつ、騒ぎの中心の傍に居座る者。

中井出「ほーわーいとにんぐー♪《キュッキュッ♪》」

 中井出博光の朝は早い。
 随分と久しぶりに人に貢献していたりするが、ともかく早い。
 久しぶりな人間的な感覚に思わず心が躍り、要らんところまで掃除していたりする。
 結果はゴシャーン♪と輝く廊下などだ。
 そして、切り替えが早いことも彼らしさには……まあ、繋がっているといえる。
 “楽しい”が好きなのだ。落ち込んでなどいられない。
 昨日の夜の寂しさは横に置き、今日も元気に活動していた。

中井出「やべぇ、掃除がめっちゃ楽しい」

 掃除が済むと、彼は芝生や花の手入れを始めた。廊下掃除よりも丹念に。
 自然が大好き人間だ。マナで生かされているのだから、当然だろう。

中井出「でもこの格好って用務員向きじゃないよね」

 格好は貴族衣装&仮面のままだ。
 なので衣装を交換することにした。どのようなものに? 愚問である。

???「《ゴソゴソゴソ……》学園の掃除環境にむせび泣く男! スパイダーマッ!!」

 デッテテーーーッテテデッ! トコントトコントトコント・デゲッテデーーーン!!

蜘蛛男「アーーーッ! ……イェイェイイェーーーイ!! ワーオ!!」

 スパイダーマッである。なんかうすっぺらい。断じてスパイダーマンではない。

蜘蛛男「ふう、掃除するか」

 そうして、変態は掃除に取り掛かった。

……。

 5分後。

蜘蛛男「《ドゴォオオン!!》ゲボルギャアアアアーーーーーッ!!!」

 通りかかった千冬に問答無用で出席簿アタックをされた。
 出席簿で殴られただけだというのに、廊下をバキベキゴロゴロズシャーと転がり滑る姿は実に異常だった。

蜘蛛男「よ、よくも哀れな蜘蛛男の頭部を殴ってくれたな! 許せる!」
千冬 「不審者がいると山田先生から聞いて来てみれば……何者だ、お前は」
蜘蛛男「地獄から来た野生の少年のケツを粉砕する男! スパイダーマッ!!」
千冬 「………」

 ドゴゴシャベキゴキガンゴンガン!!
 しぎゃあああああああーーーーーーーーーっ!!!!

  ケツを粉砕する男はズタボロの状態で警察に届けられた。

……。

 しかし脱獄してきた。

蜘蛛男「はっはっはっはっは……はっはっはっはっは!
    ……はっはっはっはっは! ───摩り替えておいたのさ!《どーーーん!》」

 逃げてきただけである。

蜘蛛男「ふう、さぁて手入れの続きさ。すくすく育てよお前ら〜」

 花とも会話出来る彼にとって、彼らに足りないものを送るのは容易いこと。
 もちろん栄養過多になりすぎないように、馬鹿正直に花の言葉だけを聞くことはしない。
 花には暴飲暴食馬鹿が居るらしいのだ。

箒  「うん? あ───お、お兄さん?」
蜘蛛男「むっ!?」

 如雨露と書いてジョウロと読むで水をあげていたスパイダーマッに、声をかける者。
 振り向いてみれば、そこには少し表情の硬い篠ノ之箒が居た。

蜘蛛男「おお、ほーちゃんか。どうした?
    見ての通り、このスパイダーマッは怪しいところなぞ微塵もない状態で、
    草花を愛でているのだが」
箒  「いえ、怪しさ全開で───だ、だが」
蜘蛛男「マジで!?《ガーーーン!》」

 本気でショックを受けている目の前の兄代わりに、箒は苦笑をもらした。

蜘蛛男「お、笑ったな。うむうむ、苦笑だろうと笑顔は笑顔。
    親の心、子の心、スパイダーマッは全ての心に笑顔を与えたいのだ」

 言いつつ、苦笑している箒の口角をクイッと持ち上げ、ウムスと頷いた。

箒  「お兄さんはいつもおかしな格好をしていますね」
蜘蛛男「道化だからな。着るものは選ばないのだ。
    ところでもうスパイダーお兄さんとは呼んでくれないの?
    というか口調は普通でいいってば」
箒  「……恥ずかしいので」
蜘蛛男「そ、そうすか。まあいいや、それより、お願いね?
    くれぐれも、このスパイダーマッが僕であることは、
    他のみんな……特にチッフィーには内緒だよ? じゃないと面白くないし」
箒  「先ほど、変質者が警察送りになったと聞きましたが……」
蜘蛛男「捕まろうとも脱獄する男! スパイダーマッ!」
箒  「お兄さん。それは犯罪です」
蜘蛛男「まあまあ。しかし硬いなぁ。
    このスパイダーマッ相手でも、一夏と話す時みたいな感じでもいいんだよ?
    いや、逆にあっちのほうが硬いか?」
箒  「〜〜〜……《かぁああ……》」
蜘蛛男「はっはっは、相変わらず一夏のことになると茹蛸だねぇほーちゃんは」
箒  「か、からかわないでください!」
蜘蛛男「からかってはいるが、本気でもある。頑張りなさい、あいつは鈍感だからね」
箒  「うう……」

 ぽむぽむと頭を撫でるスパイダーマッ。
 傍から見れば異様な光景で───

真耶「きゃあああーーーーっ!! 篠ノ之さんが変質者に襲われてるーーーーっ!!」

 偶然通りかかった山田先生がそう叫ぶのも、不思議ではなかった。

蜘蛛男「なにっ!? 人と話をしているほーちゃんを襲う変質者……許せん!!
    しかもステルス機能を持っているとは! どこだ変質者めぇ!」
千冬 「お前だ」
蜘蛛男「《ゴドガァンッ!!》ヘキュルェヴァァアアーーーーーッ!!」

 再度出席簿で殴られ、壁に激突する男、スパイダーマッ。
 しかしよろよろと壁から抜け出し歩くと…………ぼてりと倒れた。
 どうやら当たり所が悪かったらしい。

箒 「ち、千冬さん! なぜここに!?」
千冬「織斑先生だ。……警察から変質者が脱獄したと連絡があってな。
   やれやれ、もう少ししっかりしてほしいものだ」

 出席簿を肩でトントンと弾ませると、倒れた変質者を鷲掴み、アイアンクローのまま運んでいった。時折、コキャリメキャリと乾いた音がして、「ハオッ! フオオ……ッ!」と切ない悲鳴が聞こえてくる。

真耶「大丈夫ですか篠ノ之さん! 怖かったでしょうね、もう大丈夫ですからね!」
箒 「へ? あ、は、はあ……」

 あの人の傍ほど安全なところはないのだが……そう思いつつも、引きずられる兄代わりがサムズアップしているのを見ると、口出しは出来そうになかった。
 出会ってから今日まで、なにかと世話を焼いてくれて、一夏とのことを影ながら応援してくれるのはあの人だけだ。
 だから一夏を抜かすのであれば、あの人のことを一番信頼している。もちろん、男の中では、という意味で。
 急に現れた人ながら、毒気が無いのだ。
 子供みたいに無邪気で、けれど時々すごく悲しい顔をする人。
 男なのに家庭的で、ふらりと現れたと思えばいつの間にか消えている。
 そんな、蜃気楼みたいな人。
 ……それが、篠ノ之箒の、中井出博光に対する印象だった。

……。

 その後の朝食時。

中井出「はははははは! そいでさー!」

 もしゃもしゃもしゃもしゃ……!

中井出「うまい! カツ丼!」

 …………。

中井出「なにか喋ってよ……」

 全寮制ということもあり、食事も食堂で用意してくれるこの学園。
 その中にあって、二人っきりの男である織斑一夏と中井出博光は軽い孤独感を……べつに味わっていなかった。
 中井出は孤独でも気にしない性質ではあるし、ISも満足に扱えない男だと知るや、周囲からの視線は興味からゴミクズを見る目に変わった。女尊男卑故の、役立たない男への視線とソレは同じものだった。故に───女性からの興味の視線は一夏に釘付けだ。
 しかしそんな一夏も自室で箒のバスタオル姿を見てしまったらしく、それでいたたまれなくなり、唯一の男性である彼のもとへとやってきていたのだが……楽しげに喋れる状況ではないわけで。
 「いや、それ一夏だけの所為じゃねーべよ」とは中井出の言葉。

中井出「ほーちゃんキミねぇ……自室のシャワー使うにしても、もっと気をつけないと」
箒  「わ、私は悪くない! 一夏が! 一夏があんなところに居たから!」
一夏 「俺はただ顔を洗おうとしただけでっ!
    ていうかなんで朝っぱらからシャワーなんて浴びてるんだよ!」
箒  「そんなものは私の勝手だろう! 大体、寝ていても汗は掻くんだから、
    そんな匂いを一夏に嗅がれたら……!」
一夏 「へ? 今なんて───」
箒  「なんでもないっ!! と、とにかくっ! これは───」
中井出「ははははは、そいでさー」
箒  「聞いてください!!」
中井出「キミこそいつまで怒ってるの!
    べつに全裸見られたわけじゃないんだからいいでしょうが!
    あ、ところでカツ丼食う? 厨房借りて僕が作ったんだけど」
箒  「要りません!!」
中井出「うう、なんだよう。あ、イッチーはどう?」
一夏 「え? くれんのか? 食う食うっ!」

 ホイと渡されたカツ丼をガツガツと食う一夏。
 次の瞬間には「うンまぁーーーい!!」と叫んでいた。
 それもその筈、肉はしっかり熟成されたサウザンドドラゴンの肉であり、玉葱も普通の玉葱ではない。汁も特性の水と味付けから完成されたものであり、米すらもが異常。
 食べる喜びを得た一夏は、それが中井出のものだということすら忘れて全てを平らげ、嚥下したあとも虚空を見つめてポ〜〜ッとしていた。

中井出「じゃあ一夏の和食セットは我輩が」

 つまりは中井出の食事はなくなってしまったので、交換というカタチになった。
 食べてみるとしっかりと美味。
 他人が作ったものなど久しく食べていない彼にとっては、とても暖かなものだった。

中井出「あっは、ゴチソウ」

 何故か訛ったようなセリフでご馳走を頂いた。
 ご飯に納豆、鮭の切り身に味噌汁に浅漬け。ステキ。

中井出「よくぞ日本人に産まれけり。ああステキ」

 味噌汁をスズ……とすすり、浅漬けを口の放るとご飯を。
 次に鮭を摘んでご飯を食べて、溢れる唾液と混ぜるように咀嚼。
 浅漬けを噛んで味噌汁。
 三角食いがステキというが、そんなものは食べる人の勝手でいいと思うのだ。

中井出「先人に習う。素晴らしいコト。でも食事、数少ない、許された自由。コレ大事」

 カタコトを言いつつも納豆が乗ったご飯を頬張る。

中井出「俺としては納豆は納豆でおかずとして完成してるから、
    べつに他のおかずは要らんのだけどね」

 それだと栄養が偏ります。
 だとしても納豆ご飯大好き。

中井出「はふぅ……馳走になりました」

 最後に手を合わせて達成した完食の空気を堪能。
 にこりと微笑み前を見てみると、なにやら言い合っている現場に気づく。
 箒、一夏、それとどうやら三年らしい人が、誰が一夏に教えるかをあーだこーだと。
 ……モテるね、さすがイケメン。彼はそう言ってお茶を飲んだ。

一夏 「ちょ、ヒロ! お茶なんか飲んでないでこの状況なんとかしてくれ!」
中井出「なんかとはなんだ! 貴様にお茶の何が解るんだコノヤロー!!」
一夏 「怒るのそこ!?」

 しかしながら、現実問題でいえば三年に教わったほうがいいのは事実。
 ISとは起動時間がモノを言うものであり、一年で大してISを起動していない箒と三年の熟練女子、どちらが教え方が上手いのかといえばもちろん三年だ。

上級生「ね? 悪い話じゃないと思うんだけど」
箒  「結構です。私は───篠ノ之束の妹ですから」
上級生「!? えっ……や、そ、そう……!? じゃ、じゃあ……仕方ない、わね……」

 勝ち取るまではねばりそうだった上級生だったが、篠ノ之束の妹という言葉だけであっさりと引き上げた。
 ISの開発者の名は伊達ではなく、敵に回せば異常なことになるのは、今時子供でも知っている。ISとは今やひとつの兵器だ。軍事施設も単騎で滅ぼせるほどのものと考えられており、その開発者の身内に喧嘩でも売れば、一家崩壊どころでは済まない。本人の考えはどうあれ、周囲はそう思ってしまうものなのだ。

中井出「おや珍スィ。ほーちゃんがタンバリンの名前を使うなんて」
箒  「説得では無駄だと悟りましたから。さあ一夏、教えてやるから行くぞ」
中井出「や、その前に授業っしょ」
箒  「ぐっ……!」

 勢いに任せてボイコットでもするつもりですかとツッコまれ、箒は顔を赤くした。
 しかし一夏も柔らかくなった雰囲気に安堵するとともに、歩き出した箒を追って走り出す。

一夏「よかったぜ、機嫌直してくれたんだな。
   裸見たんなら俺も見せなきゃいけないのかもとか考えてたんだけど」
箒 「はだっ……だだだ黙れぇえっ!!」
一夏「おわぁあっ!? だっ……だからなんで怒んだよ!!」

 ……あれで鈍感じゃなければ。
 中井出はそんなことをしみじみ思いつつ歩いた。

……。

 放課後の剣道場。

中井出「いーやうーりゃせいやそいやチェスタチェスタァッ!!」

 竹刀を振り回している中井出が発見され、その隣では竹刀で打ち合っている箒と一夏が確認された。

箒 「つっ……どうやら剣の腕は鈍ってないようだな……!」
一夏「怠けたくても怠けさせてくれない人が居たんでね……!」

 小学の時はずっと続けていた剣道だったが、箒が引越したあとはとんとやる機会が無くなった。
 中学に入ってからは帰宅部としてのんびり過ごそうとしていた一夏だった───が、それを許さぬお馬鹿が一人。

中井出「そいつねー、中学の時は帰宅部を満喫して怠けようとしてたのよ。
    だからとっ捕まえて鍛え直しました」

 いろいろと動き回っていたくせに、こういうことは自由な馬鹿である。
 元々千冬や束のこともあり、その家族のことは気にかけていたことが切っ掛けといえば切っ掛け。忘れられても多少は手助けしようかな、などと楽しき幼少時代のお礼をと考えていた結果がソレだ。一夏にしてみれば在り難迷惑というべき事実だが。

箒  「感謝します!」
一夏 「なんで箒が感謝するんだよ!」
中井出「だってイッチーさぁ、いつか千冬姉も周囲の人も守ってやるんだとか言って、
    じゃあ具体的にどう守るんだーって話になるじゃん?
    イッパシのことするんだったら、力くらいはないとダメでしょ」
一夏 「え、や、それはその……働いて楽をさせてやるってつもりで!
    そもそも千冬姉はほぼ世界最強みたいなもんだろ!」
中井出「うん……なんかごめん」

 今ではアルトリウスの巨大剣を片手で楽ゥ〜に振るえる千冬さん。
 試したことはないが、恐らく生身でISに勝てるだろう。
 それだけのことを才能と人器の許せる限りに叩き込んだ究極が彼女、ブリュンヒルデという二つ名を持つ“世界最強”だ。

一夏 「あの細い腕にどうすればあんな腕力が収納できるのか……!
    今日の朝なんて、出席簿で変質者を壁画にしたって言うじゃないか!」
中井出「………」
箒  「お兄さん……」

 ええはい、壁画になりました。なって、壁から出て数歩で倒れましたとも。
 少し自分が情けなくなり、遠い目をするお馬鹿さん。
 そんな彼を、事情を知る箒は同情と呆れを混ぜた目で見つめていた。

中井出「まあともかく、剣道大会優勝者といい勝負が出来るならステキさ。
    ほーちゃんもさすがだね、竹刀捌きがお見事お見事」
箒  「───……あの。お兄さん、私と打ち合っていただけますか」
中井出「え? 俺? えと……参考までになんで───と訊くのはヤヴォ!!
    事情も気にせず構える男! 私を倒してみるがいい!!」
箒  「───! はいっ!」

 ゴシャーーーン♪《中井出博光が現れた!》
 竹刀を片手にハオォオオと気合を込め、遠慮無用に人器を解放。
 千冬相手に出す、人としての本気で突っ込み───その日彼女は剣道場の壁画と化した。

……。

 シュウウウウ……

箒  「うう……私は……私はぁああ……」
中井出「はいはいそんなに落ち込まない」

 背中を打ちつけたようだから癒しを送りつつ、撫でる頭からは煙のようなもの。
 一種のギャグ的表現のひとつだが、壁画になったのは事実だ。
 あっさり負けてしまったことが思いのほか悔しかったのか、中井出をキッと睨むと「いつか勝たせていただきます!」ときっぱりと言った。
 一夏には大変厳しいが、年上をきちんと敬う心は持っている。

中井出「おうさ、楽しみにしております」
一夏 「ところでヒロ、ヒロって前に千冬姉と打ち合ってたよな。
    なんかいつか、ヒロのこと師匠とか言ってたし……。
    もしかしてヒロって千冬姉の師匠なのか?」
中井出「んや、違うよ?」

 師匠ではなく師父。中井出師父と書いてチューせんせいと読む、である。
 なのできっぱり否定すると、一夏は「だよなぁ」と言って笑った。

一夏 「ところでさぁヒロ。
    俺のことばっかり構ってもらってるけど、ヒロはどうなんだ?
    結局ヒロも代表決定戦に出ることになったんだろ?」
中井出「推薦しやがったキミがそれを言いますかい」
一夏 「ヒロだって俺を推薦しただろ!」
中井出「キミは俺と違って既に推薦されてたでしょーが!」
箒  「はぁ……まったく、お前らは……」

 などと言い争っている時だった。
 中井出のポケットに入っていたアラームが『イ゙ェアアアア!!』と鳴る。

中井出「ややっ!? これはいかん!」
一夏 「なんの音だ? ていうか携帯のアラームだとしても、今のはねーだろ」
中井出「失礼な! 僕はケータイとかいうものなぞ持っておらんわ!
    しかしすまん、ちと用事が出来た!」
一夏 「へ? あ、ああ」
中井出「じゃーねほーちゃん! ……頑張んなさい《ヴォソォオリ》」
箒  「!!《ボッ!》───なっ、ぐっ───!」

 こっそりと部屋での二人きりを勧められた途端、箒は真っ赤になって何かを言おうと振り向いた───のだが、すれ違った筈のお馬鹿さんは既に何処にも居なかった。


───……。


 ガッ……ゴスッ、こんこんこんっ、ガチャアリ……

中井出「やあ」

 とある場所、とある扉を設定されている通りにノック。
 すると次元の扉が開いて、その先には篠ノ之束のラボが。

束  「やっほ、ひーくん。急に呼び出してごめんね」
中井出「いやいや構わん。それよりなに?」
束  「おなかすいたからごはんつくって?」
中井出「………」

 子供のような無邪気な顔でそうおっしゃられた。
 薄暗い、機械だらけの小さな部屋、ディスプレイの明かりしかないそこで、にへらと笑うお子。
 そんな彼女にヒタヒタと常識はずれな足音で近づくと、彼は拳骨を落とした。

……。

 シュウウウ……

束  「ひーくん? ひーくんはね、束さんを大事にしなさすぎだと思うんだよ」
中井出「大事だから黙って食いなさい」

 頭のタンコブから煙を上らせる少女が、黙ってシチューハンバーグをつつく。
 拳骨ののちのリクエストにあっさりノった彼女がシチューハンバーグを望んだからだ。

束  「んん〜〜〜っ♪ やっぱりひーくんのごはんは美味しいなぁ」
中井出「過去のことなんざ忘れたくせに、どの口がほざきやがるのかねぇ」
束  「ふふ〜ん、束さんを甘く見てもらっては困るよ?
    機械がひーくんのことを忘れないなら、
    機械にひーくんとのことを記憶させておけばいいんだもん。
    確かにその瞬間に得た感動とかはわからないけど、
    いずれはそれも追体験できるような機械を束さんは作ってみせるよ」
中井出「期待しない」
束  「ひどい! ひどいよひーくん!
    普通そこは期待して待ってるって───待つことすら口にしてない!?」
中井出「期待してないからね」
束  「うう……ひーくんはなにが不満なのさー。
    束さんはこれでも頭がすっごくいいんだぞー?」
中井出「頭がどれだけよくても、科学にゃ限界があるってことざます。
    期待して落とされることなんて散々あったからねー、
    僕はもうそういう光には期待するのをやめたのです。
    状況を楽しむだけに専念するよ」
束  「むぅー……絶対に損はさせないのに。
    むしろひーくんがさ、そういうの創造してみたらどうなの?」
中井出「あー……それ無理なんすよね。
    僕がそれを作っても、存在率が減れば自動的に次に飛ばされるしさ。
    むしろ追体験の時点でそれが怪しいものとして認識される。
    相手が忘れてるんだから、俺をまず怪しむのって当然でしょ?
    今回みたいな数回忘れられても残れてるのは、
    まだマナに余裕があるからさ。前々回の世界で……んむ、
    マナが枯渇しても忘れられた状態でしばらく存在していられたのを考えるに、
    やっぱマナと存在率に関係してるようでね?
    一定期間を過ぎれば問答無用で飛ばされるって世界もありそうだし」
束  「……腹立たしいね。やっぱり神様は人を退屈にさせるのが好きみたいだ。
    その神様自体を捕まえていろいろと調べてやりたいくらいだよ」
中井出「いいねぇそれ。神様生活観察日記みたいなのつけてやりたいや」

 この場合真理の扉観察日記になるのやもだけど。
 彼はそう言って、しばらくの時を束との会話で過ごした。
 のんびりムードというものだ。
 束もそのムードに乗っかるようにして、適当な場所に腰を下ろした彼の背中に自分の背中を預けるようにして、そのへんに落ちていた機械を使って作業を再開させた。
 彼もそんな背中に体重をかけながら、自分の中の大自然の中でマナの育成に励んだ。








【気が向いたら更新予定。予定は未定。少しでも楽しんでもらえたならそれでいいや】


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