───月空(げっくう)───
若葉 「木葉、おにいさまは帰ってきてるのよね?」 木葉 「はい。先程、お茶を淹れてきました」 若葉 「そう。それじゃあ挨拶してきます」 木葉 「姉さん。挨拶というよりはただ会いたいだけなのではないですか?」 若葉 「そんなことはありません」 木葉 「そうでしょうか」 若葉 「そうですっ。     木葉、あなた自分の意識が戻ってから随分と疑り深くなったわよね」 木葉 「はい。どうやらわたし自身の意識が濃い時は連結魂のリンクが薄いようです。     つまり、姉さんの意識の影響下にない場合は、     姉さんの意識は読み取れないようなのです。     ですから疑り深くなるのは必然になってきます」 若葉 「……確かに月日が経つにつれて、あまり読み取れなくなってきたけど。     だからってなんでも否定されたら痛いのよね」 木葉 「姉さんの意識の影響下にあった時の思考を思い起こせば、     今の発言は当然の発言かと思うのですが」 若葉 「うぐ……とにかく、わたしはおにいさまに挨拶してくるだけですから。     妙な勘繰りはしないことです。いいですね?」 木葉 「そうしろと仰るのであれば」 若葉 「……いつまで経っても、あなたには慣れないわ……」 木葉 「時間がかかっても構いません、慣れてください。     これが本来のわたしなのですから」 若葉 「あー、うん。解ってはいるんだけど。     それじゃ、わたしはおにいさまの部屋に行ってくるから」 木葉 「はい。くれぐれも騒ぎを起こさぬよう、努めてくださるよう願います」 若葉 「………」 少し、おにいさまの気持ちが解った気がした。 姉妹でこの丁寧さは疲れる。 若葉 「さてと、お茶とか持っていった方がいいかしら」 部屋を出て、少し思考を回転させる。 気が利かない女だとか思われたくないのは認める。 あ、でも木葉がお茶を持っていったって言っていたっけ。 それなら─── 若葉 「たしか、お茶請けの良い羊羹があったわね」 台所まで歩き、そこで羊羹を取り出す。 頻繁にお茶を嗜む我が家では、必然的にお茶菓子なども欲しくなる。 そこでセレスさんが買ってくるのが、この羊羹だ。 いいお店を見つけたとかで、確かにこの羊羹は家の中でも人気が高い。 若葉 「………」 兄の喜ぶ顔が頭に浮かび、自然と表情が緩む。 いけないいけない、わたしは挨拶に行くだけなんだから。 羊羹を切り、皿に移し変えてお茶のお代わりも用意する。 うん、準備は完璧だ。 なんとなく気になって身なりを改め、鏡で変な顔になってないかを確かめる。 うん、今度こそ完璧。 お膳に羊羹とお茶を乗せて、兄の部屋を目指す。 兄の分の他に、もうひとつ羊羹とお茶を用意しちゃってる若葉はいけない子でしょうか。 若葉 「ふふっ」 小さく笑みをこぼして、やがて兄の部屋の前に辿り着く。 すう───はぁ。 どこか緊張する。 深呼吸を何度か繰り返して、よしと呟き、ざっ!と襖を開け放ち、 若葉 「あ、あの、おにいさ」 思考回路が停止した。 ギャア。 俺と彰利の喉が無意識にそう鳴った。 若葉 「なっ……な、なな……!!」 若葉が声を震わせる。 ああヤバイ。 ていうかこの状況、どう足掻こうと誤解されること以外に選択肢が存在しない。 彰利 「こ、これッ!!ノックもせず、しかも着替え中に部屋へ入るとは何事ですか!」 彰利が吼える。 俺はそんな彰利の隙をつき、こいつをブッ飛ばすという真心を込めて 悠介 「この馬鹿野郎ーーっ!!」 バガァアッ!!と殴った。 彰利 「ギャアアアア!!」 彰利はその反動で壁に激突し、ズルズルと崩れていった。 それはいいんだが─── 若葉 「お、おおお、おにい、さま……が、メ、メイド服を……!!」 若葉がガタガタと震えだした。 ギャア!やっぱり誤解以外に答えが見つからねぇ! 若葉 「いっ───いやぁああああああああああああっ!!!!」 悠介 「だぁあっ!静かに!誰か来られたら弁解のしようがねぇっ!!」 若葉 「なななんですかそんな姿で近寄らないでください!!」 悠介 「これは彰利が無理矢理着せただけで俺の意志じゃないんだ!     って聞け!耳を塞ぐな!頼む聞いてくれ!!」 若葉 「うわぁあん!おにいさまがっ!おにいさまがぁあああっ!!!」 悠介 「泣くな!泣くなら誤解を解かせてからにしてくれ!」 彰利 「俺で良ければキミの全てを聞こうじゃないか」 悠介 「黙れこのボケ!ていうか俺の服返せ!」 彰利 「だめさ!」 悠介 「返せっつーのこのタコォッ!!」 バガァッ!! 彰利 「ギャーッ!」 ドシャア! 悠介 「ったく、なんで俺がこんな馬鹿なことに巻き込まれなきゃ───って離せ!     これは俺の服だろが!メイド服なんて返すからお前も返しやがれ!」 彰利 「断る!」 悠介 「ッ───かああっ!本気でいっぺん地獄見てきやがれ馬鹿たれがぁああっ!!」 彰利 「え!?ギャアア悠介がキレぎゃあああああああああああああああああ!!!!」 ───…………。 悠介 「───ってわけだ。わかったか?」 若葉 「……ゔー……」 悠介 「返事はっ!」 若葉 「は、はいぃ……」 彰利をブチノメして裁きを流して殴って蹴ってブチかましてシュートして、 ようやく服を取り返してから逃げようとした若葉を捕まえてみっちりと説いた。 悠介 「大体だな、俺があんな服を自分の意志で着るわけないだろうが。     少しは頭を働かせろ馬鹿者」 若葉 「だ、だって……」 悠介 「だってもクソもないっ!」 若葉 「は、はうぅ……」 悠介 「…………はぁ。まあ、いきなりで気が動転するのは解るけどさ。     もう少し、兄の人格を信用してくれ、頼むから……」 若葉 「ご、ごめんなさい……」 悠介 「……いや、解ってもらえればいい。怒鳴ったりして悪かった」 まだ少しふるふると脅えている若葉の頭を撫でてやる。 若葉 「あう……子供扱いはやめてください……」 悠介 「まあ、気にするな。……それでさ、なんか用だったのか?」 若葉 「あ、その……お茶とお茶菓子を持ってきて……」 悠介 「あ……助かる、ありがとうな若葉」 若葉 「あ、えと……えへへ……」 悠介 「……で、だ。そのお茶とやらはどこにあるんだ?」 若葉 「え?そこに……」 若葉が視線を向ける。 俺もその視線を追うが、そこにはなにもなかった。 ……代わりに、モッチャモッチャと咀嚼する音が 若葉 「あ、ああ……あぁーーーっ!!」 若葉が叫んだ。 その先にはお茶をンビンビと飲み、羊羹をズオォと口に含み、 モッチャモッチャと咀嚼する彰利が。 いや、無くなっていた時点で予想はついていたけどね。 ホント。 なぁ? 彰利 「いやー若葉ちゃん、ごちそうさま。この羊羹美味いねぇ。     わざわざ俺の分まで持ってきてくれるとは思わなかったよ」 若葉 「あ……あああ…………っ!」 彰利 「あ、あれ?どうかした?」 ブチリ。 何かが切れる音が 若葉 「うわぁああああああああああん!!」 彰利 「え?なになに!?なにごブボッ!!いやどうしたの若葉ちゃん!     美味かったって!いやホント!これ以上ないってくらいに!     嘘ついてないって!美味かブボッ!     な、なに!?どうしたの若葉ちゃブボッ!若っ!ブボッ!わブボッ!     ギャヤヤァアアアッ!!ヘルプ!ダーリンヘルプボッ!     ヘルッ!ブボッ!ヘルボッ!ヘルイェーッ!!」 彰利が容赦なくボコボコに殴られてゆく。 途中、俺の方に若葉の影が伸び、次の瞬間には彰利がスパークした。 月鳴力を受信して発動させたらしい。 が、突如フラつき、彰利とともにパタリと倒れた。 悠介 「……受信するのは勝手だが、少しは考えて使えな……」 俺を操って裁きを流したわけではなかったので、その消費量は若葉から引き出される。 もちろん、その際には月影力も使っているので、普通はこうなる。 開花したわけでもないのに無茶するからだ。 悠介 「……やれやれ」 俺は若葉を自分の布団に寝かせると、布団を被せ、彰利を引きずって部屋を出た。 そんなところで。 木葉 「……お兄様」 木葉と遭遇した。 木葉 「お兄様、そちらに姉さんが乱入したと思うのですが」 悠介 「ああ、若葉なら中で寝てるぞ」 木葉 「そうですか。では自室へ連行しましょう」 悠介 「え?木葉、運べるか?」 木葉 「女性に対してのその質問はどうとっても失礼ですお兄様。     それと、運ぶことについては支障はございません」 そこまできっぱりと言うと、部屋の襖を開けて中に入る木葉。 木葉 「姉さん、お手を拝借します」 若葉の側に屈み、その手を取って 木葉 「イグニッション」 ドシュウッ!! 飛んでいった。 壁にぶつかると思いきや、壁抜けをして若葉と木葉は消えた。 悠介 「……便利なのかどうなのか……」 呆れるしかなかった。 彰利が目を覚ましてから数分後。 俺と彰利は屋根の上に立っていた。 彰利 「話ってのは他でもねィェー!明日の体育祭のことYO!」 悠介 「どうせ雨だろ」 彰利 「うん、そのままなにもしなければきっと雨だわよダーリソ」 悠介 「ダーリソ言うな」 彰利 「だがしかしな?ここで俺が祈祷師になって雨を止ませるって寸法よぅ。     ぬおお、なんて斬新な思考ルーチンなのかしら。褒めてやりてぇわ」 悠介 「ああ、だからそんなイカレた格好してたのか」 彰利 「イカした格好と言ってほしいな」 悠介 「イカ」 彰利 「ギャアもう、そういう意味じゃねィェーッ!     いいから空をごらんあそばせ!もう曇ってきてるでしょう!?」 悠介 「そうだな」 彰利 「ふふふ、おーく見ておけ。これが伝説のロストムーンフォース、月空力だ!」 彰利がなにやら構え、空に向かって片手を広げた。 彰利 「我、時空を操る術を持つ者。     我が御名、我が血を持って、我が秘術を完成されたし。     ───オンラブラトルアンベルト・オンラブラトルアンベルト……。     アルティメットブレイクハートでタ〜イムソ〜サ〜♪」 どこぞの魔法少女のように決めポーズまでとる。 やがて彰利の目が、魔を称える隻眼へと変わると─── 空の景色があっという間に流れ、雨が降ったと思ったら止み、青空が広がった。 彰利 「……ほい、これで明日は雨降らんよ」 悠介 「……なにやったんだ?」 彰利 「イエ〜ス、簡単なことさ。     月空力で時間を操って来週の空まで時間をスッ飛ばしたんだ」 悠介 「……お前さ、もう既に人間じゃないのでは?」 彰利 「やあねぇダーリンたら。     自分が人間だと思うことを放棄しないかぎり、心まで腐るこたぁねぇのよ?」 悠介 「んー……」 彰利 「ああ、しかしなぁ。     いっくら練習しても『鳴』『療』『影』だけは実用出来ん」 悠介 「使えはするのか?」 彰利 「影はそれなりに。見てろ?あそこのカエルを操るから」 悠介 「ああ」 彰利 「……むん……っ」 彰利が目を閉じ、集中する。 やがて影が動き、カエルの影に入り込むと─── 彰利 「ゲコッ」 彰利がカエルになった。 彰利 「ゲコッ、ゲココッ」 起用にバインバインとジャンプして、やがて水を求めて滝壺へダイブした。 悠介 「ばっ───彰利ぃいいいっ!!」 やがて彼は長い時間をかけて落下していき(別に落下速度が遅いわけではない)、 ついにはごぱぁあああああああああああああん!!という音とともに水中に消えた。 ───しくしくしくしく……。 情けない声が響く。 ああもう鬱陶しい。 悠介 「お前がカエルに操られてどうすんだよ……」 彰利 「もっとやさしい言葉が聞きてぇよアタイ」 悠介 「しょうがないだろ、まさか滝壺に飛び込むとは思わなかったんだ」 自殺行為もいいところだ。 結果、彰利は腹から滝壺の水面に落下し、陸に上がった頃には吐きまくった。 その衝撃は俺のボディブロゥの比ではない。 血が混ざってなかっただけマシだ。 ていうかよく生きてたな、こいつ。 彰利 「うう、ちくしょう……ダーリンがカエルを操れだなんてぬかすから」 悠介 「お前が見てろって言ったんだろ」 彰利 「うっうっ……返す言葉もござんせん……」 そしてまたしくしくと泣き出す馬鹿者。 鬱陶しいことこの上ない。 彰利 「あーくそ、やっぱ月影力はムズイなぁ」 悠介 「月療力は?」 彰利 「融合と再生か。よし、やってみるか」 彰利が懐から雪見だいふくとドラ焼きをズオォと取り出す。 彰利 「さぁーてレドゥィース・ゥエーンド・ジュィウェンテュリュミュィェエンヌ!」 悠介 「誰だ」 彰利 「知らん。とにかくお立ち会い!今からこのふたつを見事に融合させてみます!     成功したら拍手と熱いキッスをプリーズ!」 悠介 「断る」 彰利 「ギャア!そう来ることは読めてたわよダーリンたらもう!     ではとくと見よ!むぅうううん……!!」 彰利がドラ焼きを上下に剥がしてアンコを取り出し、 そこに雪見だいふくを乗せてドラ焼きの片割れを乗せた。 彰利 「ハーイ!変形合体ユキミドラー!」 ドゴォッ! 彰利 「ギャーッ!」 悠介 「どこが融合だこの野郎……ッ!!」 彰利 「だって上手くいきそうになかったんですものーっ!     仕方ないじゃないダーリンの馬鹿ーッ!でも愛してるーっ!」 悠介 「わぁった、もういい。月鳴力は?」 彰利 「フフフ、もう何度も試してるんだが無理だ」 悠介 「……そか」 彰利 「あとは……」 悠介 「いや、そんなもんだろ?他にあったか?」 彰利 「俺が知ってる中じゃ、あとふたつな」 悠介 「……そういや『確認されているもので』って、月名の書にも書いてあったな」 彰利 「そゆこと。当然、確認されてない月名もあるってこと。     そんでもって……その内のひとりは俺の幼馴染みだ」 悠介 「へえ、知り合いなのか」 彰利 「ほら、昔、悠介と一緒になってクッキーの箱を埋めた時あったろ?     その後に俺は親に連れてかれて別の場所に移ったんだけどさ。     そこで会ったのが、月視力の使い手だったってわけだ」 悠介 「ふーん……あ、それでそいつの名字は?なんて家系なんだ?」 彰利 「んー……悪いけど口止めされてるんだな、これが。     まあ今はこの国に住んでないから探しても無駄だけど」 悠介 「……そっか」 彰利 「まあ実際、そいつが能力者だって気づいたのもそう昔のことじゃないんだけど」 悠介 「そうなのか?」 彰利 「ああ。まあほら、俺って何回も生きたまま輪廻転生繰り返してるじゃん?     そういった意味では過去のことになるんだけどさ。     ……ま、いいか。そいつが能力者だって知ったのは中学の時だ。     ハッキリ言って驚いたよ。それまで全然教えてくれないんですもの」 悠介 「中学って……その頃に初めて知ったって?」 彰利 「イエース」 悠介 「───」 ……待ってくれ。 それだったら俺、心当たりがある……。 でも、まさかとか思ってたけど……。 でも、あの力は確かにそうだ。 それなら納得出来る。 そして今はこの国に居ないっていったら…… その人は、俺の知る中でひとりしか居ない。 ……日余 粉雪。 でも…… 彰利 「あ、言っとくけど日余じゃないぞ」 悠介 「───なぁっ!?」 彰利 「やっぱり図星か」 悠介 「人の思考を読むなよ……」 ……ああ、でも確かに俺達の通っていた中学だなんて一言も言ってなかったか。 彰利 「いや、お前なら多分そう言うと思って。     確かにあいつも親の都合で外国行ったけどさ。     でも違うんだなこれが。まあ、悠介とは面識の無いヤツだから」 悠介 「……そっか。あ、じゃあさ、どんな能力なんだ?」 彰利 「うむ、実は月視力はなんでも透けて見えるという素晴らしい能力なのだ。     ヤツもよく、知らん顔しながら女子を舐めるように見ていたものだ」 悠介 「それはお前だ」 彰利 「あ、バレた?」 悠介 「……ハァ、まただんまりか」 彰利 「う……わ、解っちまう?」 悠介 「わからいでかっ!そんな能力がなんの役に立つんだ!」 彰利 「えー?アタイったら超絶無敵に欲しいけど」 悠介 「お前なぁ……」 彰利 「いやー、ホント悪いっ!口止めされてる以上、いくら悠介でも言えないんだ」 悠介 「……ん、まあ気にならないって言ったら嘘だけど、我慢は効くから。     あんまり深く考えないでくれ」 彰利 「助かる。それで、もうひとつの家系だけど───」 悠介 「ああ」 彰利 「………」 悠介 「うん?どした?」 彰利 「あ、いや……」 なんだ、歯切れが悪いな。 彰利らしくもない。 彰利 「まあその、なんだ?その家系ってのは『朧月』っていう月名なんだ」 悠介 「朧月?」 彰利 「ああ。元はどっかの家系の者だったんだけど、     そこんとこの坊ちゃんが厄介な能力を開花させちまってさ。     その『造られた月名』、『朧月』とともに家系を追放されちまったのさ」 悠介 「追放とは……穏やかじゃないな」 彰利 「しかもその力は全家系から嫌われちまっててな、     朧月は望んだわけでもないのに全家系と敵対するカタチになっちまった」 悠介 「………」 彰利の話方に違和感を憶える。 例えるならそれは─── 彰利 「『力を持つ者は孤独を背負う』って言葉はそこから来てる。     どこの家系の人間だって、いつそんな力を開花させるか解らないんだ。     でも、そんなリスクを背負いながら、ソイツは生きていった」 例えるなら、それはまるで─── 彰利 「他の家系も、そいつが攻撃を仕掛けない限りは襲おうとはしなかった。     やがてソイツも子供を授かって、今の今までひっそりと生きてきた」 まるで。 『ソイツ』を知ってるかのような、口振り。 彰利 「でも、それもこの現代において終わりを迎えた。     そこの息子さんが蒸発したそうでさ。     それからしばらくしてそこの両親は殺されたそうだ。     ……正直、その息子がどうなったかは───」 彰利はそこで言葉を止め、唇を噛んだ。 彰利 「……わからない」 やがてそう呟き、溜め息を吐いた。 悠介 「……お前、その『ソイツ』の家系がどんなとこなのか知ってるのか?」 彰利 「……まあ、な。月空力使って遊んでる時に、たまたまね」 悠介 「それでもその子供の行方は解らなかったのか?」 彰利 「そう都合よくはいかないもんじゃよダーリン」 悠介 「……だんまりか?」 彰利 「そうじゃないって、こればっかりは俺も知らん。     そいつがどういう生活したのか、俺は途中までしか知らんから」 悠介 「むぅ」 彰利 「俺の場合は魂が別の歴史のものだけど体はこの歴史のものだから、     そこまで歴史に影響がないからいいんだけどさ。     この体ごと別の歴史に飛ぶと時間軸が変わりすぎるから長居は出来ないんだ。     てわけで、そいつがどういうヤツかくらいしか解らなかった」 悠介 「そっか……」 彰利 「……よっしゃあ!湿っぽい話は終わり!ハッスルぞ!?」 彰利が万歳!とか言って駆けだした。 ああ、ちなみに。 彰利の服を乾かす名目もあり、現在我らは屋根の上に 彰利 「ギャアアアアアアアアッ!!」 ───居たわけです。 ああ、落ちた。 見事に落ちた。 俺はそんな様子を傍観して、彰利が作ったユキミドラを頬張った。 悠介 「……不味ぃ」 ユキミドラはそれはもう不味かった。 願わくば、もう二度と食したくない味だったことをここに公言したい。 コップと水を創造した俺はそれを飲んで、その場で寝転がった。 ───そうして、また。 日常は、過ぎてゆく。 ───うぉおおおおおっ!! 校舎全体が、喧噪の渦に飲まれたような騒ぎが巻き起こった。 理由は言うまでもなく、万端ではなかった体育祭の準備である。 どうせ雨が降るだろう、なんて思っていた生徒会役員や生徒達は阿鼻叫喚の嵐だ。 風見 「柴田ー!このコピー50部ずつ頼むー!」 高村 「ほらっ!さっさと入場門の立て付けやって!」 朝馬 「皐月、ペンチ取ってくれ!……アホッ!こりゃモンキースパナだ!」 ところどころで看板や道具箱に加え、ダンボールなどを持った男子女子が疾走する。 これからクラスごとに競う者達が団結して働く様は微妙な光景ではあった。 そんな中。 ドシャーン!がらがらがらーっ! 彰利 「あぁんっ!いたぁ〜い!」 人の目の前でわざとコケる馬鹿者が居た。 彰利 「キャアア!膝がパックリ割れて骨が見え隠れしてるわダーリン!     舐めて!アタイの傷を舐めて消毒してそっとバンソーコーを張って!」 ───よく、わざと怪我をして気を引こうとするヤツは居る。 だが……ここまで露骨なヤツは初めて垣間見た。 悠介 「そっか、そりゃ大変だな」 ていうか骨が見えるほど怪我してるなら傷を舐めるどころの問題じゃない。 そもそもそれじゃあ絆創膏では間に合わんだろう。 彰利 「ね?そうよね?だから舐めて!じゃないと吉田の命は無いものと思え!」 誰だよ。 悠介 「オキシフルが出ます」 彰利 「ええっ!?舐めてくれないの!?」 悠介 「さあ、思う存分に飲め」 彰利 「飲むんかいっ!でも好意は受け取るのが俺の信条。ありがたく頂戴いたす」 俺からオキシフルを奪い、そしてごふごふと飲み下して嘔吐する彰利。 彰利 「うぶっ……おほぇっ……!げぇっ……!」 アホゥ。 悠介 「ほら、馬鹿やってないで運べ」 彰利 「おう任せろ」 そして彼は走り出した。 ……ダンボールを持たずに。 悠介 「………」 思考を変えて、あえてツッコまないでおいてみた。 が、彰利はそのまま走り去ってしまい、俺とダンボールが残った。 ……まあ、こういうのもたまにはアリだ。 悠介 「よっ、と」 俺はそれを持ち上げてその場をあとにした。 ───かったのだが、これをどこに置けばいいのか、肝心なことが解らなかった。 やれやれ。 悠介 「彰利……実はお前に、ずっと言えなかったことがあるんだ……」 俺はその言葉をボソリと呟く。 と、遠くから叫び声に混ざって、奇声が聞こえてきた。 声  「おらおらおうらおぉおうらぁっ!どけどけ去れ去れ邪魔だちくしょう!     俺にはダーリンの告白を受け取る義務と黙秘権があるんじゃい!」 告白するつもりはないし、そもそも黙秘権は関係ない。 もとより、どういう聴覚してるんだ。 そんなこんなで騒ぎが近くなってきたと思ったら彰利の姿が少し見えた。 声  「邪魔ーッ!邪魔だって言ってんでしょがタコスケどもぉおっ!!     ウィーッ!ウィーッ!オンェーィッ!オンェーィッ!!」 彰利が自分とは逆に走る生徒達にウェスタンラリアットとランニングエルボーを決める。 ……なんか、ヤバイことになってる。 そもそも普段、行事に参加しない俺がこんなことを手伝うこと自体が間違っている。 そんなことに今更気づいた俺はその場から逃げ出した。 声  「ダーリンお待た───ダーリン!?     あれ!?さっきの場所ってここだったよね!?」 通行人(生徒)に問いただす彰利。 それに対して、その生徒は何がなんだか解らないような表情をして困った。 やがて耐えかねた彰利が 声  「てめぇーっ!アタイのダーリンをどこにやったーっ!あーっ!?     ことと次第によっちゃあ今この場で貴様に接吻ぶちかますぞクラァッ!!」 罵詈雑言ですら使い方を間違っている彼には、 彼を愚か者と呼ぶことですら愚か者という言葉に失礼な気がした。 やがて騒いでいた彼が数人の教師に連行されるのを俺は黙って見送った。 声  「イヤァーッ!なんでーっ!?     アタイはただダーリンの告白を聞きたかっただけなのにーっ!     警部さん聞いてください!俺様にはダーリンの告白を受け取る義務と黙秘権が」 声  「話は生徒指導室で聞かせてもらう」 声  「うわぁ!なんかヤバイですよ!?     ていうかどうせ聞いてくれるならここでもいいじゃなかとーっ!?     待ってー!お急ぎの用ならアタイを置いていってーっ!     アタイをそっとしといてーっ!」 騒いでた彼は結局連行され、その姿を消したのであった。 ───と思ったら突然扉を開け、彰利が飛び出した。 彰利 「ふははははーっ!アタイを!このアタイを!     いつまでも囚われのお姫様を演じるダンディーな男とお思いでないよーっ!?」 彼は走った! ……途端、背後から編み縄が放たれ、彼を襲った。 ていうかダンディーな男は姫様など演じない。 彰利 「な、なにっ!?」 縄に襲われた瞬間、予想外の事態に陥った彼は暴れた。 それがいけなかった。 彰利 「くあっ───!こんな……俺としたことが!」 編み縄は絡みつき、彰利はとうとう倒れた。 そしてズルズルと編み縄ごと引きずられ、生徒指導室に 彰利 「くそっ、くそぉっ!こんなところで俺は……っ!     ……ふふっ、だが……どうしてだろうな……。     なんか、悔いが残らねぇ……。     …………悠介、お前が無事なだけで、俺は……」 彼はあくまで劇的に物語を進めていた。 やがて出入り口が閉ざされ、俺は合掌した。 あんなことをするのは恐らく及川だけだろう。 彰利の行動パターンを自分なりに予測し、編み縄を投げたようだ。 ……実に妙な時間だった。 俺は溜め息を吐きながら頭を掻いて、その場所をあとにした。 ───そして、相変わらず空を眺める。 ここで寝るのも定番になってしまった。 悠介 「……ふう」 屋上に吹く風は穏やかだった。 熱くもなく寒くもないその風と陽気にあてられて、俺は静かに目を閉じた。 途端。 声  「ダーリン!?」 突然、ドアが開け放たれる音とともに、馬鹿の声が聞こえた。 俺は面倒だったので返事もしないで視線を空に戻した。 声  「チィ……ここじゃなかったか……!」 ───バタン! ドアが閉められる音。 奴は去ったらしい。 というか捕まってたんじゃなかったのか。 ……まあ、あいつならどこに居ても逃げ出せるだろうけど。 悠介 「やれやれ」 俺はその場から飛び降りて、ぐぅっと伸びを 彰利 「と見せかけといてダーリンッ!?」 ───あ。 彰利 「ダーリン見っけーっ!ラアブリィイイッ!!」 ガコォオッ! 彰利 「ウギャアアーーッ!!」 彰利がギュリギュリと唸りをあげて倒れる。 悠介 「さてと、そろそろ時間か」 しばらく休んでいたにしろ、いい加減用意をしないと体育祭もなにもない。 ていうか準備で休む暇もなかった生徒達が争って、正当な体育祭と呼べるのか。 ……考えても仕方ないな、校長がそういう人だったと諦めるしかない。 悠介 「彰利、そろそろ用意するか」 彰利 「───」 彰利はぐったりとして動かなかった。 ……しまった、クリティカルだったらしい。 しかし時折ビクンビクンと痙攣し、 お得でっせ……と言って空中に向かって突っ張りをした。 何がお得なんだかは謎だ。 悠介 「おぉら起きろ彰利ぃーっ」 パンパンベシベシィッ! 彰利の頬に往復ビンタを喰らわす。 彰利 「ギャアア!なにすんのよダーリン!こういう時はキッスでしょう!?     眠ったお爺さまは姫さんの熱烈なキッスで目覚めるもんだぞこの野郎!」 悠介 「何処にお爺さまに目覚めのキスする姫さんが居るんだよ。     お馬鹿なこと言ってる暇あったらさっさと用意するぞ」 彰利 「任せろ。自分の着替えよりむしろ、悠介のブリーフ姿に釘付けになってやる」 悠介 「誰がブリーフだっ!!」 彰利 「やぁねぇ気にすることないのに。ブリーフなのは俺も同じだよ同志」 悠介 「俺はブリーフじゃない。いいから行くぞ」 彰利 「おうおう任せてダーリソ」 まったく……。 一度、こいつは脳波検査を受けた方がいいぞ、絶対。 そんなことをぶつぶつと考えつつ、俺は屋上を後にするのだった。 Next Menu back